『[[ベテルギウス]]』 の初作品。 --------------------------------------------- **-0- [#r712b108] 雲 一つ無い空。そんな快晴の大空には、七色の光が架かる。 葉に滴り落ちる、水滴がぴしゃりと地面へと 音をたてて落ちていく。 このようなプリズム効果を「虹」というらしい。 一匹のブラッキーは、虹を見つめては切なさを目に湛えた。 「あの空には・・、お母さんがいるのか・・・」 ぼそっと呟いた一言に、誰も反応はしなかった。 ラグビーボールを長細くした様な尾は、小さく揺れていた。 そして仄かに、彼の頬は濡れていた。 全て、あの虹が知っていると信じた。 **-1- [#r712b108] 「ご飯、食べる?」 「・・・いらない」 テーブルの上に積まれた書物の数々。・・題名を見れば、「天動説」や「力学的根拠」など、意味が分らない本が至る所に並ぶ。 椅子に腰掛け、テーブルに頬杖をつくブラッキー。・・名前はルナ。 家政婦であるミルタンクのチセは、此処の所 何も食べていない彼が凄く心配だった。 お腹が空いていない。何故だかは分らないが、どうしても放心状態がずっと続いていた。 「此処に置いておくから、食べてね」 チセは諦めかけた表情で、その場を立ち去った。 彼はフォーク((四足歩行用の特殊なフォーク))を、手にとり、覚束無い表情で食べ始めた。 只只、ルナは豆をフォークで刺しては、一粒、一粒噛み締めた。 皿を適当に台所に置いてから、ルナはまだ椅子へと戻った。 死んだ父が残した、「地動説」の本を読むのが大好きで、幾度も本を読み返してきた。 そのせいで、本の各所がボロボロに痛んでいるのが目印でもある。 * * * フーっ・・と小さく、僕は息を吐いた。 何をやっても、最近は感情の起伏すら無いのかと思うほどでも有る。 何にも無い。 何故だか生きている気力さえ感じられなくなった、今日この頃。 せめて、「エネルギー」の本でも読書しようかと 僕は本棚へと向かう。 オームの法則、相対性理論・・? 今日は子供じみた物でもいいやと心で確信しながら、茶色の表紙を手に取った。 題名には「虹」と書かれている。もしかしたら、一番子供っぽい論文を纏めた物かもしれない。 時間つぶしには良いだろうと考えながらも、僕は本をテーブルに置いた。 埃を掃って、僕は中途半端な厚い本の表紙を開く。 「・・んー・・」 中々、この僕でも頭を抱えた。 虹は「太陽の光が空気中の水滴によって屈折叉は反射されるときに、水滴がプリズムの役割をするため、光が分解されて複数色の帯に見える。と説明書きがしてあったのである。 少し複雑かもと考えながらも、その七色の美しさに僕は目をとられたようだった。 天空があんなに広大で広いのに、そんな一角で美しい光景が生まれているだなんて・・考えただけでもわくわくするものだ。 けれど、やはり僕には付き纏う「暗い影」があるものだった。 どうしても、振り切れなくて 僕の大切なモノが僕の欲望を掻き消した。 ふと 僕は本を床へと落としてしまい、鈍い音が無音な空間に音を放った。 「・・・もう、いいや」 僕は本を本棚へと戻すと、ゆっくりした足取りで僕は玄関へと向かう。 太陽にあたれば、少しはリラックス出来るだろうと 脳裏で考える。 **-2- [#r712b108] 屋外では、真っ青な空が水平線上に広がっている。 雲が覆っている限り、後、2、3時間で雨が降るだろうと予測していた。 僕は右手を翳すと、風向きは東の方向に流れる。 優しく僕の頬を撫ぜた。 「もう少し、日向ぼっこしていてもいいかな」 頭上に昇った太陽は、雲に覆われながらも僅かに光を放っている。 気付かなかったけど、灰色の雲の上では太陽が光り輝いている事を信じながら。 家の右側にある、小さめの岩に寄り掛かりながら、僕は悠久に時が流れるのを感じていた。 其の侭、ふーっと息を吐いてから、僕は瞼を優しく閉じた。 * * * ふと、目を開けると僕は真っ暗闇の中で寝ていた。 目の前に広がる光景に、僕は目を丸くしながら、暫く釘付けになっていた。 嗚呼、是は夢の中なんだと僕は、自分という存在を探しながら、不安になっている。 夢だと分っていても、怖くなってしまうものだ。 暗い闇はずっと広がっていて、天井も床も何にも感じない僕。 怖くなってしまったが、その時の自分は驚くほどに冷静だった。 「ルナ、ルナは此方へいらっしゃい」 優しくて 温かい声は、何処か懐かしい声。 寂しくて、闇に震えていた僕はほっとする。 目の前にはヒレが特徴的で、水色の・・けどぼやけていて分らなかった。 だけど、確信は持てた。―――この声は母さんだった。 * * * 「あんた、あんた、目を開きなさい!!」 是はお婆さんの声。横ではチセのすすり泣く声が聞こえる。 その時、僕は母さんの寝ているベッドにも背が届かず、まだイーブイだった。 どうなっているの? この上では何が起きているの? まるで、答えを尋ねる子供の様に。 そんな時。母さんは息をふーっと吐いた後、腕ががくっとなって落ちる。 ばさっ。という音に僕は吃驚して、分らないという顔をし チセに近寄る。 どうしたの? と質問をしたが、只只 首を左右に振っては涙を流しているだけだった。 お婆さんが泣き始めた。お母さん? お母さん? 不安になって僕は震えた。 母さんは・・流行病で亡くなった。 僕を産んで、数ヵ月後に病気がちだった僕を看病して、出産もしていたから、体力も落ちていたんだ。 その時、まだ子供だった僕には分らなかったけれど。 そんな「死」という概念すら無い。 「そうか、僕は―――」 **-3- [#r712b108] 「母さんは、僕を呼びに来たの?」 僕は急に恐ろしくなったせいか、声が震えてしまった。 母さん? それとも・・・と考えてしまうと、僕は急に怖くなって 声をあげて泣きたくなった。 「違うの」 「じゃあ・・」 僕はふと唾を飲み込む。「僕に会いたかった?」 「・・・あのね」 「お母さんは、貴方を見に来ただけなの。 私は貴方の傍にずっといる・・・」 「待って・・待ってよ!!!」 僕の目の前からすーっと何かが消えた。 怖くて、其れでも涙が毀れそうで、瞬きをして堪えた。 泣き叫んで、母さんに向かって一言だけ言いたかった。何かを言えればよかったのに。 自分がもどかしく見えた。 母さんが「泣かないで」と、言ってくれているみたい。 優しい声に、僕は涙を流す。 頬撫でる風が、「大丈夫」と言ってくれる。 顔も覚えていない「お母さん」。 今まで有難う。 やっと、成仏出来たんだね。 僕は嬉しかった・・が同時に、寂しさも隠しきれずにいた。 **-4- [#r712b108] 「ルナ。ルナ?」 僕は涙で濡れた瞳を擦りながら、ぼやけた視界ではチセが映る。 夕立気味だから、さっさと家に入りなさいと言われてしまった。 どうやら、寝ていていたらしく 僕は少しだけ恥かしかった・・。 「お腹は空かない?」 「大丈夫」 「身体は・・悪くない?」 「だから 大丈夫だってば」 僕は投げ遣りな言葉だけど、何処か冷たい言葉を投げ掛けた。 けど、僕の身体は欲求すら欲しがって居ない。 「・・お母さん、見たことがあった?」 「無いよ」 「そう・・ちょっと待ってて」 チセが、少し急ぎ気味で二階へと駆け上がった。 そうすると、息切れしながら 僕へ古ぼけた写真たてを渡した。 その擦り切れたような写真には、イーブイだった僕とチセ、お婆さんと・・。 「この美しいシャワーズ・・もしかしてお母さん?」 「そう。・・綺麗でしょ」 僕は思わず見蕩れてしまった。こんな綺麗なお母さんだったなんて。 笑顔で映る母さん・・そして僕は抱かれていた。 それを見るなり、あの声と照し合わせる・・・あの夢は本当だったのか? 「あら・・雨が強くなってきた。 洗濯物をとってくるわね」 と、チセは急いで二階へ、またもや駆け上がる。 僕は写真をずっと眺めては、懐かしい匂いと声にうっとりしていたのかもしれない。 「泣かないで」の一言が胸に焼け付いている。・・少しだけ鼻を啜る。 はぁ。と溜息吐いては、洗濯を取り込み終わったチセは、イスへ腰掛ける。 ぽつぽつと降り出す雨が、お母さんの死を今更、悲しんでいる様子であって。 そして、僕も涙を流したくなった。 **-5- [#r712b108] それから3時間。チセと世間話もしながらも、僕は母さんの事ばかりを考える。 外の雨は収まりつつある。僕の心の雲は晴れる様子は全然無いのだが。 すると、チセは窓に振り向くと 空を見た。 「西の空が晴れてる・・と言う事は、もうすぐ晴れるわね」 「うん。それは良かった」 僕は雨を凌ぐ事と母さんの事しか考えていなくて、チセは洗濯物の事しか考えていない。 二人とも、考える事は違っていても やはり何かに集中はしていた。 * * * 「あ、・・雨が晴れた」 さっきまで土砂降りだったのが、4時間もしたら上がった。 チセはふとガッツボーズ((とりあえず・・何らかのポーズだと考えてください。))をしながら、二階へ駆け上がっては洗濯物を干し始める。 僕は何も考えたくなかったが、外を眺めて気分転換をしていた。 すると、どうだろうか。 「虹・・」 七色の光が帯状に並んでいる。 これはあの本で見たものと同じモノ・・即ち、本物の虹? 美しくて見蕩れてしまった。こんなに美しい物を見たのは初めてなのかもしれない。 大空を跨ぐように、広がる虹。 それは、美しい配列で並んでいる。 これは、空気中の水分が並んで、光が屈折しているのでは無い。 母さん。 虹は・・母さんなんだよね。 その時、この世の全てを信じてみようかなと思っていたのに違いない。 **-エピローグ- [#r712b108] 優しい風は、一匹のブラッキーに「大丈夫」と告げている様子。 悠久と流れる時と同じように流れる風。それはあの「懐かしい」匂いを運ぶみたいに。 清楚な水。一匹のブラッキーは思わず息を呑む。 そして、目の前の母さん。 ブラッキーはふと、視線を落としたけれど ブラッキーの気持ちは変わらない。 虹みたいな母さん。・・違う、虹なんだ。 死んでしまったけど、生まれ変わったんだと信じたい。 その時、彼の頬は濡れていた。 汗なのか、涙なのかは分らなかった。 けど、雨が降らない限り この美しい光景は生まれない事に気が付いた。 アルコ・バレーノ。 大切な人に、贈りたい そんな言葉――――。 --------------------------------------------- 12月14日。 一気に終わらせました! 次回は官能有で頑張りたいと思います。 更新したのが多かったので、自分は誤字が沢山ありそうで怖いですが・・。 それでも温かい目で見てくださいね。・・嗚呼、皆様、本当にすみません。 --------------------------------------------- #pcomment