ポケモン小説wiki
アネモネと、僕 の変更点


つい最近、趣味が一つだけ増えた。
それは花を育てるという事。

仕事でいっぱいだった僕の身体には、ちょっとした楽しみになっていた。
最初はヒマワリから始まって、パンジーやブーゲンビリア……今では沢山の花でいっぱいになった。
気が付くと庭が花でいっぱいで、これ以上植えるのは難しいこと。
それでも、家に付くと手にはビニール袋が一つ。 中身は花、花、花だった。
分ってるくせに、買ってくるくせが止まらなかった。 なぜだか分らないけれど。
今日もまた、新しく入荷した「アネモネ」の花を二個買ってきてしまった。
「ご主人、また花?」
「そんな事言わないでよ」
「だって、花だらけで困るんだもん」
うちでは花の他にも、幼い頃から一緒の「マラカッチ」と一緒に住んでいた。
わがままなのは昔から変わらなくて、時には愚痴を言い合うパートナーだった。
テーブルにビニール袋を置くと、束の間の休息と言わんばかりに座る。
今日も沢山の仕事があって、本当に疲れてしまったと溜息が止まらない。
「寿命、縮まるよ」
マラカッチが欠伸をしつつ、僕に言った。
「そんなの、民間伝承に過ぎないよ」
適当にマラカッチにそういって、イスから立っては悩むように窓からずっと庭を眺める。
気のせいか、少しだけあいつは頬を膨らませていたような……、気のせいか。

「ご主人~、コーヒーいる?」
「後で自分でやるよ」
結局、冷蔵庫の上にビニール袋を無造作においては、さっき座っていたイスに戻った。
また頬を膨らませた感じが見えたが、多分気のせいだろう、多分。
ようやく落ち着いたと感じた僕は、冷蔵庫にあった残っているパンを持ってきた。
「ねぇ。やっぱりコーヒーいる?」
「だから自分でやるよ」
「もう……、好きにしてよ」
いじけたフリをして、どこかに行ってしまったマラカッチ。
多分、後三十分もすれば戻ってくるはずと考えている。
少しだけ憂鬱な気持ちになる僕に、誰も気が付いてはくれなかった。当たり前か。
仕事では辛い仕事をやらされ、上司にはあれこれ言われていて欝になるのは仕方が無い。
昔から後ろ向きな性格だった僕は、どうしてもポジディブに考える事が出来ない。
こうして、身体的にも精神的にも疲れながらも毎日を繰り返していた。
幼い頃はそうでも無かったのに、どうしても≪あの日≫を境に変わってしまっていた。

そういえば、アネモネの花言葉って何だったっけ。

ほわんと浮かぶ考えに、とりあえず本をあさっては「草花図鑑」を探す僕。
あの綺麗な紫の色をした花は一体どんな意味が込められているのだろうと興味津々だった。
まるで少年に戻った≪あの日≫のように、無邪気にページをめくる。
どうしても思い出したくない、哀しい過去からは目を背ける様に無邪気だった。


あった。


草花図鑑にはアネモネの鮮やかな姿が記されていた。
しかし説明文の所には、がむしゃらに真っ白な修正液をかけられた後があり、よく見えなかった。
途切れ途切れの文末と重なるように、途切れ途切れの記憶の糸。
思い出したいけれども、思い出したらいけない気がする記憶。
これじゃあ読めないじゃないかといじけながらも、さっきあった場所に本を戻した。
さっきまでいじけていたマラカッチも、横のイスにちょこんと座っている。
案外、完治するのは早いんだなぁと思いつつも、そろそろ風呂の準備か。
「まだ、ふくれてんのか?」
そう言っても、わざと無視をするマラカッチ。
もうちょっと放っておけば、少しは機嫌が良くなるかなと考えていた。
僕は少しだけ憂鬱な気分が戻ってしまったが、マラカッチと同じですぐに直るだろう。
そう考えていた。
嫌な事は出来るだけ考えないようにして、僕は風呂場へと向かう。

***

「ご主人。 まだ引きずってるよ」
「あら、そうなの」
物陰で昼寝をしていたジャノビーが首を起こす。
ご主人が帰ってきたにも関わらず、「おかえり」の一言も言わない彼女。
とりあえずボク自身の悩みを聞いてもらっても、普通の答えが返ってくるのかが不安だ。
「そのぉ、ドレディアのこと」
「へぇ~……、未練たらたら?」
「ち、違うと思うな」
ボクは焦りながらも答えを返して、ジャノビーの欠伸にはどうも過敏に反応してしまった。
あれだけ寝て まだ眠いのか。なんて思いつつも、ご主人の憂鬱にはどうしても悩んでしまう。
過去に一回だけスランプになってしまい、不登校になってしまったご主人の姿が脳裡で蘇る。
あんな哀しい顔はもう見たくなかった。 どうにかして楽にしてあげないと。
「そんなに大切だったの? あのドレディア」
「そりゃ初めてのパートナーだったし。 ボク達からすれば先輩じゃないか」
「まぁそうね。 ま、あたし疲れたからまた眠るわ」
また寝るの? なんて聞いたが、返事は帰ってこなくて、規則的な呼吸だけが聞こえてくる。
疲れているわけでもない癖に。呆れた思いなだけに、溜息がこぼれる。

ふと、さっき本を見返しながら涙ぐんだご主人の表情に疑問が沸いた。
一体 何を考えていたの? 独りで何を悩んでいたの?
ポケモンのボクには何にも分らなかった。いや、分ろうとしなかった。
ご主人、何を考えているか教えてよ……。
いつまでも悩む顔なんて、ボクもジャノビーもきっと見たくないよ。
たった一言なのに、本人には言い辛くて。結局、言えないまま時間だけが過ぎていく。

ぽちゃり。

風呂場に浮かぶアヒルのおもちゃ。
どこかで見た事のあるデザインだが、自分が幼い頃から持っているものである。
こうして淋しがり屋の僕は、こういう地味なもので気を紛らわせていた。
時折、マラカッチが見せる表情がどうしても分らなかったけれど、気にしはしなかった。

水面に立つ波が、僕の表情を歪んでいるように見せているのは腕を動かしたから。
いや、違う。 瞳から流れる雫のせいなのか……、やけに視界がぼんやりする。
目を擦って、瞳から落ちる雫の波紋がさっきよりもはっきりと見えた。

何故、泣いているんだろう。

そんな疑問がふと沸いて、あんな苦い思い出なんか思い出すことなんか無いじゃん。
思い出したら、余計自分が悲しい思いをするだけであって、ただの自傷行為に過ぎない。
ドレディア――、僕の初めてのパートナー。
少しだけ思い出せば、この深い悲しみは癒えるかもしれないと考えた僕は、もう一度思い返した。
あの時、あの光景、あの季節、あの匂い、全てを。

***

「お前の誕生日だろう?」

大きな大学で教授をしていた僕の父は、よく家にポケモンを連れてきては育てていた。
それには母も溜息交じりに許可を出していたが、僕はすぐにポケモンに飛びついた。
いつも遊んでいる子達とは違う遊び相手。 それは僕にとってはすごい新鮮な事でもある。
でもって、貰ったポケモンは小さくて可愛いポケモンのチュリネだった。
つぶらな瞳が優しく潤んで、僕を見つめる姿に僕は惹かれてしまったのかもしれない。
たった一日にして、最高の親友であって、最高の家族であって、もう親友以上の関係だった。
楽しそうな僕を尻目に、父は微笑みながらいつも母と話していた。

何を隠そう、僕は幼い頃から耳が悪かった。

友達はいたものの、周りから見れば奇奇怪怪な存在。
たまにそれで弄られる事もあったが、僕にはそんなのは別にいじめとは思えなかった。
それにそんな哀しい事を考えていると、母にも父にも哀しい顔はさせてしまい失礼だと思ったから。
だからずっと黙って、親友でもあったチュリネと毎日のように楽しく過ごした。
やがて十歳になる時、チュリネがドレディアに進化したその日が、とても嬉しかった。
人生最高の思い出と言うか、とても嬉しかった日だった。

「ドレディア、もし旅に出たら何処に行きたい?」
「私は此処が良いです」
「本当に?」
小さく頷く彼女の頭を小さく撫でる僕に、彼女はふと口を開きかけてまたつぐんだ。
「どうした?」
「いいえ、別に何でもないわ……」
やや語尾を濁して、独りだけで抱え込もうとしたその心の悩みの重さ。
そのしこりは誇大化することも無く、ドレディア自身の心の中で蝕んでいくに決まっている。
「お願い、言ってくれないか?」
「そ、それは」
「ごめん、君が悩んでるのは見られなくて」
僕は彼女の小さい手を握って、ドレディアの瞳を見つめた。
そうすると頬を紅色に紅潮させて、そのまま僕から視線を逸らした。
どうやら僕の仕草に照れている事は分っているけれど、彼女の抱く気持ちだけは気がつけなかった。
けれど、言葉ではしっかりと伝えてくれた。

「私、悠斗さんが大好きです」

一つ一つが途切れ途切れになって消えてしまいそうな一言には、彼女に気持ちが溢れていた。
僕はただ「大好き」と言われたので、≪友達≫として言っているのだと勘違いしてしまった。
そんなまだ子供な(まだ子供だけど)僕は、彼女の思いを素直にキャッチしてはいなかった。
「そうか」と頷いて、彼女の手をもう一回握っては少し微笑んだ。
それを見たドレディアはばつが悪そうに、表情を暗くしてしまった。

多分、その時から君と僕の別れ話は始まっていたのかな。

それはちょっと強い雨の日だった。
母が慌てながら洗濯物を取り込んでいる中、僕は自分の部屋で読書をしていた。
それはいつもの光景で、違う所と言えばドレディアがいなかったかぐらいだ。
此処の所、いつも外に出ては夕方になってくると彼女は帰ってきた。
でも、今日はいつもと違う。 その時間になっても帰ってはこない。
心配になった父は、青い合羽を着て外に出て行ったのが数分前の出来事。
僕も心配になって、母に行ってくるの一言だけをかけて、ドアを開いた。

あめ。

ざぁざぁと降る雨が、どうしても僕の視界といくてを阻んだ。
早くいかないとドレディアが危ないよ、もしかしたら――なんて考えが過ぎる。
嫌だ、そんな事は絶対にない、絶対に無いよと自分に強く言い聞かせて進み始めた。
大粒が僕の髪から身体から靴までぐっしゃりと濡らして、でも気にする暇は無かった。
でもこれが雨なのか、涙だったのかは僕は分らない。

目の前に見えたのは土砂崩れの後。
多分、地面が雨のせいで緩んで 木々を薙ぎ倒した後だった。
そして地面と土砂の間にひらひらと揺れる誰かがいる感触。

ドレディア。

顔の血の気が一気に引いて、僕は真っ青になった土砂を掘り返した。
どうしよう、このままじゃ君は助からない、なんて混乱しながらがむしゃらに掘り返す。
雨が更に強く降り続いて、叩きつけるような雨になった。
風も台風のような強さにもなって、それこそ木の葉を巻き込むように吹き飛ぶ。
やめろ、やめてくれ、やめろ、と掠れた声で叫ぶ僕に、丁度半分まで出てきたドレディアの瞳が小さく開く。
僕に触れる手が小さく痙攣して、もう息もか細い。
大丈夫? そう語りかける僕の声は嵐の音でかき消されてしまった。
それでも彼女は僕の声を聞き届けたらしく、か細い声で僕に言った。
「ごめんなさい、これ貴方の――」
丁度、この嵐の日が僕の誕生日であって、彼女は僕のプレゼント探しに歩き回っていた。
そんな時に出くわした災害のせいで、もう死にそうな顔をしていた。
「いやだ、やめてくれ」
子供のように連呼する僕の口に、流れが止まる事を知らない僕の涙。
こんな別れ方は嫌だった、別れるならもっと違う別れ方をしたかった。
死ぬという気持ちを始めて感じ取った瞬間でもあったのだけれど。

「悠斗、愛しています」

そう呟いて、ゆっくりと瞼を閉じるドレディアに僕は抱えていた手が震えた。
誰かがいなくなるのに、こんなに哀しくなるなんて。心にあいた大きな穴。
埋まる事は絶対に無い、そんな心の穴。  誰にも埋める事の出来ない溝。
涙腺が崩壊し、狂ったように叫ぶ声は嵐にかき消されてしまっていた。

そうか、大好きとはこういう事だったんだ。
どうして早く気が付いてやれなかったんだろう。
僕こそ、ドレディアを一番愛していたハズなのに……、ごめんね。
謝罪の言葉が次々と僕の口から溢れ出て、僕は自分で自分を罵った。
耳が聞こえなくて、いや、君の心の声を聞いてあげれば良かったんだと後悔した。

ごめんなさい。

ただそれしか言えない自分を、強く怨む。

僕もただひたすら、ドレディアの事を大好きだった。
自分もドレディア自身も、同じ気持ちだったんだなって感じる事が出来るのは最近になってから。
これが恋だったなんて、僕は知らなかった。

神様、僕の初恋は苦すぎて、口には合いません。

ただ、それだけ。

***

風呂を出て、さっき思い起こしていた事のせいか、風呂を出たはずなのに背筋が寒い。
あんな戦慄な1コマなんか思い出したら、夜なんか眠られない。
どうしてあんな事を思い出してしまったんだろう。 それも最初から最後まで。
自分にとっては、思い出すだけでもノイローゼにでもなってしまいそうな思い出なのに。
それでも思い出すのって、やっぱり僕は今でも彼女をひきずっている証拠なのか。
そういえば、さっきからマラカッチの事を少々意地悪がすぎたかな。
違う部屋で寝てばっかりのジャノビーも少しは起きてくれたかな。
自分のパートナー達に寂しい思いをさせていたのかなと反省をする僕。
だったら、この次の瞬間からでも心を開いて開ければいいではないか。
そんなポジディブ思考が過ぎったのも、多分自分が「知りたい」と思った欲求のせいなのかもしれない。
さて、そろそろ部屋へと戻るとするか。

「ご主人、風呂が長いよ」
「あぁ、ごめん」
小さく謝る僕に、心配そうな表情をするマラカッチ。
とりあえずごめんねだけは言っておかないと、あいつ自身も落ち着かないと思った。
そんな僕はマラカッチに謝罪の一言を言おうと思って、口を開きかけようとすると――
「ご主人、アネモネの花言葉見つかったよー」
そんな一言が聞こえて、本をぶらぶらと持ち歩くジャノビーの姿。
よく見ると、僕が幼い時に何回も何回も開閉を繰り返したせいで汚い植物図鑑。
風呂に入る前に見た図鑑より古い図鑑らしく、これは押入れの奥から出てきた代物だろうと思うと、僕はこの二匹が一生懸命に捜してくれたはずだろう。
僕はその本を受け取ると、アネモネの欄を捜しては何回も何回もページを読み返す。
そうするとアネモネの欄を見つけた僕は、黒い太字で書かれた花言葉を良く見た。

「はかない恋」

そう淋しく書いてあるだけで、後は水彩画で書かれた赤色の花の絵。
どうしてもそこの文字に釘付けになってしまい、周りの声なんて聞こえなかった。
案外、花言葉って残酷なものなんだななんて感じ取る僕に、唖然とするマラカッチとあくびをジャノビー。
そうか、なんて頷くとどうしても今の時間が愛しくなってしまって。
もう少し自分が強かったら。なんて後悔するよりも今の時間がどうしても幸せだった。

さて、明日からまた頑張ろうか。

「ご主人、あたしとは寝てくれないのー?」
「ちょ、ジャノビー、それはいけないと思うなぁ……」
淋しがるジャノビーに止めようとするマラカッチは、本当に仲が良い。
もしかしたらこれぐらい、僕とドレディアも仲良かったのだろうか。
幼かったから記憶があまり無いけれど、それでも感触としてはまだ身体は覚えていた。
変な被害妄想をするより、頭を空っぽの方が何でもかんでも上手くいきそうな感じがする。
あまり無理をしないように、周りに取り残されていても取り戻せばいいから。
&color(Red){Take it easy};
そう赤文字で図鑑の表紙に書き加えると、そのまま机に置いた。

また明日。

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初めまして、『[[鬼無 白]]』と言います。
初めてここで小説を書かせてもらうという事で張り切りました。
誤字脱字など、間違いなどがありましたらコメントでお願いします。

完結いたしました。
次回から何を書こうかと、検討中です♪

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#pcomment(アネモネ,10,below)


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