[[これ>俺は拾い仔が大っ嫌いだ!]]の評判がそこまで芳しくなかったにもかかわらず、続きを書いて良かったかどうか非常に悩んだところ、このまま朽ち果てるのもアリかもねと思いはしたのですが、結局最後の更新までついてきて下さった比較的沢山の方々を裏切るわけにもいかず続けることとなりました。 貴様の自慰行為にも似たこの小説、読んでやろう。そんでもって批判の一つぐらいしてやろう。という方、どうぞ御スクロールなさって下さい。 ---- 帝都に、着いた。 ただそれだけで彼を含めここまで気分が高揚させるのは旅行という行為の持つ魔力か何かなのであろう。帝都に来た経験のない者は例外なく目が好奇心や興味で輝き、長旅で疲れてすっかり重くなった足取りはいっきょに軽くなり、また自然と財布の紐が緩みに緩んでなかなかの量の金銀をこの都市にもたらすのである。関を抜け、大通りに出れば屋台やら大道芸人やら店先の客寄せやらに視線がうつっている。 「あんな芸見たこともないよ」 「こっちに売ってるのは何だ?」 当然といえば当然なのだが、列はあっちこっちに乱れだした。ギッツ様はあらそこの若い子このお菓子食べていかないかいあらもしかして次の領主様と引っ張られ、クレトに至っては明らかに脱線している。かーわーいーいーと既にぬいぐるみ。こんな状態でも領主様のすぐ後ろでギーフがまっすぐ着いていくのははたして彼の成せる業なのか。ちょっと待て護衛まで。お役目はどうした、とギーフが心の中で呟いた。 一行の隣を鎧兜で武装したポケモンが何匹か反対向きに走っていった。たまたまその中の一匹と目があったギーフが顔が真剣だったのを見て犯罪か何かだろうと勝手に思った。 「そろそろ気をつけなよ。……こういう大都市だと、犯罪も必然的に…うぐっ」 「そのような水を差す言動、今は止めておけ」 領主様が説教をたれようとしたギーフの口をふさいだ。今ぐらいはそんな無粋なことを言わずに素直に目を輝かせようではないか。そんな意味だろうか。 ギーフは領主様の顔を見る限りではそんな楽天的な理由ではないように神妙な面持ちになっていたが、人目のある場所で尋ねるのもどうかと思い、尋ねなかった。代わりに、帝都に来るのを焦っていたようだったのを思い出して。 ---- 列から離れた皆を回収し、屋敷まで着いてから幾らでも連れてきてやるわと領主様が下知されればみなが列に戻って小さくなった。 雌が自分を強調する為の衣服と化粧をつけて後ろの追っかけ達と一緒になった大軍団と擦れ違った時にはこれも帝都なんだなあと感心したり。ちなみにギーフはこのとき追っかけの皆様が雄雌半々なのが変な話だと隣のクレトに話したら普通だよと言われてそれ以降は黙りこくってしまった。 繁栄と雑踏と……あとは珍味珍品珍事(?)を背にしながら、一行は閑静な諸領主屋敷街へ。大通りから二本も三本も脇道に入って、そこからまた領主様の屋敷までがまた遠いのでくねくね曲がった道を二列になったり一列になったり、偶に他の地方の領主様に付き従ってきたであろう者に礼をされたのでこちらも一同揃って礼を返して皆様礼儀正しいですねと笑われたりしながら屋敷に着いた。 が、門は叩かない。大きく傾いた日が辺りを真っ赤に染め上げた。だれかがまぶしくて敵わんと言った。おのおの荷物を受け取った。 「ギーフはここまで自分のは背負ってきたんだよね」 「……」 「いや、いじけないでよ」 「……結構傷ついたのでな」 「常識しらずだったことが? ギーフらしくもない」 「……どの客引きにも無視されたのでな」 「そ、そうかい」 ギッツ様が待ったをかけた。 「あんなに真剣な顔だと呼べるわけないでしょ」 「だそうです。気にすることないさ」 「まあ、原因などよいのですよ」 「それでこそギーフ」 荷物を受け取り終わった者は財布の中を覗いたり観光案内を開いたり落ち着かない。 「道楽で来たわけではないのだが……」 「え?」 ギーフは聞いていた。一言半句のがさず。これも彼の能力である。 「おっと、道楽だったな」 領主様はいつものように笑ったが、それはあくまでつもりで、ギーフには無理に笑っているようにしか見えなかった。 まだ疑惑の目を向けてくるギーフ。領主様は無視を決め込んだ。それが一番良い方法だろう。 「さて、はいろうか」 ---- 「御領主様御到着御到着~」 「ちちうえ~」 「はは…良い子にしていたかな?」 門をくぐれば、ギッツ様の妹を筆頭に衛兵((帝都の屋敷勤務の正規雇用の兵士))も召使いもおそらくこの屋敷で働いたり暮らしたりしている者のほとんどが出迎えた。多少長く領主様にお仕えしていて、かつ前回の帝都行きにもお供した老練の護衛兵((この度(旅)だけのために地元の常備軍から選んだエリート。この名前は職種であって職業であるわけではない))に至ってはお久しぶりですと出迎えた者に頭を下げられていた。 「おー、よしよし。リュミ((もちろん幼名))、母上はどうした?」 「ははうえはごびょーきでふせっていらっしゃるよ」 年端もいかぬポチエナの女の子が領主様に撫でられているのを見たギーフはこれがギッツ様の妹君かと頭に顔を焼き付けていた。出産((産卵ではない))孵化後に領主様は帝都まで来たのだが、ギーフはなんだかんだで留守番組だったので今日初めてお会いしたことになる。 確かにこうして並べば領主様(とギッツ様)は進化形のグラエナで、リュミ様はポチエナとはいえ所々に面影がある。 「そうか……病も知らせず…」 「親父、様子見なきゃ」 「あ、僕も行きます」 ギーフはまるで当然であるかのように後をついていくクレトに多少腹を立てながらもならば自分もと思ってついていこうとしたら話を聞いたギッツ様に大声で叫ばれた。 「ギーフはそこに居てよ。どうも感染る病気らしいから。何人も療養中だって」 彼は思わず前につんのめった。クレトはよろしいのでしょうか…と問いたくなったが妹君の手前、問わぬことにした。 「ちょっとギッツ様領主様心配なのは分かりますがお静かになさいませ」 ばたばたばた…と屋敷の外まで聞こえるのだから中は相当やかましいのだろう。が、それも御母堂を思ってこそなので、その言葉に怒りはこもっていなかった。 「え、と……あなたがぎーふ?」 「え? ええ、まあ……」 いきなり視界の外からぎーふと呼ばれてとまどったとはいえ、妹君の前でこんなにこもった返事をしたのを後悔した。 「じゃああのいーぶいがクレト?」 「はい。そうです」 「……あにうえがいつもおせわになっております」 「いえいえそんな……滅相も御座いません。むしろ我々がいつもギッツ様にお世話になっておりますと申しますか……」 ギッツ様の御母堂が教えたのだろうか。あれを言われた後は失礼な話であるがずっこけそうになった。意味まで分かって使っているのではなく、ただ音で覚えているといった感じだった。 「いやーこちらこそギッツ様にお世話に……」 「クレト? どうしたんだ?」 「部屋が狭いもんでおっぽり出された。さ、リュミ様、僕たちとお父上やお兄上が来るまで遊んでいましょうか」 僕たち……には勿論ギーフも入っていたため、半ば引きずられるように連れて行かれた。 ---- 「どうでした? 御母堂は」 「ああ、感染りやすいけど大した病気じゃないってさ」 「それを聞いて安心しました…いたいいたい」 リュミ様に毛を引っ張られた。 「ぎーふもいっしょにあそばないの?」 「ぎーふは疲れたってさ」 「いいよ、ギーフの代わりににいちゃんが遊んでやる」 クレト君とリュミ様を同時に追っかけたり背中にのせて走ったりした、というかさせられた為図体がでかくて残念だ、と思わされるほどに疲れ切ったギーフは、偶にはクレトをいいこと言うじゃないかと思いながら木陰にダウンした。 三匹の笑い声を尻目に体力回復を図っていると日が沈みかかっているため暗くなっていた目の前が更に暗くなった。領主様が立っていた。 「……うちの娘はどうかな?」 「……なんかクレトが懐かれました」 「はは……良いじゃないか」 そろそろ暗くなるから屋敷に入りなさいと言われて、彼らは屋敷に撤収した。疲れていたギーフではなく、クレト君が最後だった。 ---- 翌日。ほんの数時間後ではなく、翌日。なぜなら、翌日になって初めてギーフが御母堂と会えたからである。 一目見て、安心した。血色も悪くなく、医者からは熱も下がった。もう大丈夫でしょうと言われた。その上に、本人からギーフも心配してくれた? どうもありがとうと言われて、上機嫌になった。 「……ギーフってさ……ゲンキン、じゃないね……なんて言うのかな? 単純だよね」 朝食のために彼が廊下を歩いていると、今起きたばかりですと頭の毛が主張しているギッツ様に声を掛けられた。 「物も言い様。単純ではなく、扱いやすいとおっしゃって下さいませ」 「……大して変わってないと思うけどね。それ」 それだけの他愛の無い会話をすると、ギッツ様は顔を洗いに行った。ギーフは使用人達の邪魔にならぬようさっさと座敷へ。 「ぎーふどの」 「おお、ギーフ、来たか」 リュミ様は領主様と一緒の部屋で寝たためか、呼び方に殿が付いている。一言おはようございますと礼ををして、上座の隣の隣の隣に座った。ギッツ様も程なくしてやってきたのだが、どうしたことかクレトが来ない。 「……クレトは?」 ひとつ膳を隔てた隣にいるギッツ様とその隣の領主様に尋ねたところで返事がないことは分かるはずだったが、全員揃う前に食事を始めるのも失礼に当たるためとりあえず彼は尋ねてみたのだ。いつまで経っても片付けないのは使用人の皆様に迷惑だろうと、領主様直々にクレトの寝ている部屋まで出向いた。勿論、ただの寝坊ならぶっ飛ばしてやろうと意気込むギーフも、やれやれ困ったねと冷めたギッツ様を連れて。リュミ様は残して。 ---- 「クレトやーい…」 返事はない。ただギッツ様の欠伸だけが壁をはねかえってきた。 「入るぞー」 これもまた返事がないので、領主様を先頭に、かってに部屋に入る。クレトは耳の先まで毛布を被り、部屋の隅で小さくなっていた。クレト本人にも日は差している。傍目では、寝坊の他の何物にも見えない。 「おい、夢の中で何を見ている? そんなに起きたくないような楽しい夢か?」 「う゛ー……」 返事もせず、ただだるそうな声を上げるクレトに、ギーフは一撃喰らわせてやらんとするが、ギッツ様と領主様が制した。 「どうした? 大丈夫か?」 「き゛も゛ち゛わ゛る゛い゛……」 ようやくモゾモゾと毛布の中から這いだしてきたクレトの目には生気がなく、毛もぼさぼさ。顔も赤い。 「熱かな……」 「そのようだ」 ちょんと自分の額ををクレトの額にくっつけた領主様が首をかたむけた。ギーフが感染りますよ、と言って無理矢理引き離した。 「申し訳御座いません……」 「まあ、ゆっくり養生するがいい。もちろん外出は許さんが」 クレトは、はい…と申し訳なさそうにまた毛布に潜っていった。三匹も部屋を出ようとした。 「まあ、あいつのが感染ったのだろう」 「ねえ、ギーフ……一緒に残ってやってくれな……」 後ろ姿しか見えないながら、なにか、オーラのような怨念のような物を感じて、領主様もギッツ様も黙るほか無かった。皇帝陛下に拝謁するのは本当に楽しみにしていただろう。ギッツ様は言って後悔した。 「承れり」 二匹の方を向いた顔は引きつっていた。それが怒りではないことを感じて、二匹は心の中で安心した。 ---- 「ああ! 西域の反乱といい反乱といい昨日の帝都の蜂起未遂といい…」 「宰相殿の悩みの種はふたつだけですか」 「そんなことはない。あっちの国のはしっこで役人の不正が暴かれれば帝政は倒されるべきだと言いこっちのはしっこで干魃が起これば皇帝に徳が無いからだと言い肝心の陛下は崩御の数歩手前まで逝ってしまわれておられるし……」 「不吉なこと言わないで下さい。そんなもんですよ」 帝都の城の、執務室の一つで、冠を被ったピンク色のポケモンと、鎧を着込んだ青い毛をしたポケモンが相談…否、苦しんでいた。 「鎮西殿もだいぶ苦戦しておられるそうじゃないか」 「まあ、得体の知れぬ唯一絶対神だかなにかを奉じていながら平気で強盗殺人する奴らまで進入してきましたからね」 「ああ、お隣さんね……」 ピンク色の方は耳をぴこぴこさせて部屋中をふわふわ飛び回っていた。一方青い方は無駄話くらいでは動じないとひたすら書類や木簡に筆を走らせている。 「そういえば昨日の蜂起未遂の残党、まだ相当数捕まってないらしいですよ」 「今日にでも行動を起こす……と?」 青い方は黙っている。机の上に積まれている本日のノルマを確認するように部屋を一周りして、ピンク色の方が口を開いた。 「頼むぞー。君は皇帝陛下と帝都をお守りする最後の砦、近衛隊の一番上に位置するのだから」 「その件は大丈夫です。部下に命令しておきましたんで。そんなことより逃げないで下さい」 青い方は書類やら木簡やらから目を離すことなくピンク色の方の、身体ほどはあろうかという長い尻尾を掴んだ。出て行こうとしたからだ。 「だぁ! 何をなさる右近衛大将殿」 「逃げようったってそうはいきません宰相殿。鎮西の救援の話ですが…」 「西域の領主たち全員に協力するよう命令を出したはずだぞ? それでもきついと?」 「うーん……おそらく…」 「むむむ……」 暫くは二匹で首を捻っていた。ピンク色の方も逃げだそうとはしない。これでも自らの立場と役目はわきまえている。だからこそ、種族柄労働期間も寿命も長いとはいえ、十何年もこの役職に座っているのだ。 もったいないほどの時間が経ったのか、それともこの程度に留まるほどの時間しか経っていないのか二匹には知る由もないが、しばしの沈黙を室に近づいてきた足音と声が破った。 「セルフュの領主様が時刻通り拝謁に参りました」 「よし、いこう」 室のそとからの呼び声に、ピンク色の方は待ってましたと出て行ってしまった。青い方はひとつ大きなため息をついた。 ---- 「ようこそいらっしゃいませセルフュよりお越しの領主一行様」 「おお、宰相殿自らお出迎え下さるとは……」 初めて見る宰相殿にギッツ様は自然と後ずさっていた。そんなグラエナをみた宰相殿が怪訝そうな顔をして近づくので、なおさら引き下がる。領主様が微笑みながら言った。 「私の倅です。人見知りが激しくて…まだまだ子供です」 「そうでしたか。いい顔をしていらっしゃる」 そう言ってギッツ様の周りを飛び回るので、俯いて顔を赤くするやら青くするやら。見かねた領主様が助け船を出した。 「ところで、陛下は」 「そうでした。ささ、陛下がお待ちです」 かくして、宙に浮いたままの宰相殿に案内されるのであった。 ---- 「父上……」 「んー?」 ふよふよと飛びながら玉間へ案内する宰相殿をちらちら見ながら、ギッツ様がおそるおそる領主様に耳打ちした。 「宰相殿、あんなに珍しい種族なのですね……」 「なんだ? グラエナよりミュウの方が良かったのか?」 「いえ、そういうわけでは……」 「聞こえましたよ。確かに珍しいですね。同種の他者は見たことありませんし」 そんな他愛もない会話をしながら、一行は庭に面した年季の入った廊下を歩いていく。柱は朱塗りの上彫刻済みで、お高いのだろう。そんなことをボンヤリ考えながら歩いていたと日記をつけたよそ国の使節がいたとかいないとか。 あるところまで来て、特製の鎧兜をつけた兵隊――近衛兵だ――に止められた。後ろにはぞろぞろと付いてきたのだが、そこで四匹だけにされた。おそらく、この近衛兵の向こう側に皇帝陛下がおられるだろう。 「陛下の御容態はあまり優れられませぬゆえ……伏したままでの拝謁という形になり申す」 「問題御座いません」 ---- 「あ~陛下にお会いしたかったしたかったしたかったしたかったしたかった~!!!」 「君って結構しつこかったんだね……」 結局病人だったクレトと共に屋敷に置いてけぼりを喰らったギーフは単純に怒っていた。屋敷の庭の小さな池の前で、二匹並んでいた。 「こーんなに早く回復するなら……」 「悪かったよギーフ……」 領主様達が出て行ったのち、腹にものを入れて小一時間も大人しくしていれば、クレトはすっかり回復した。それは一緒に居てやってくれ、と頼まれたばかりに皇帝に御見えの敵わなくなったギーフをカンカンにさせるには十分である。ギーフはそんな奴だ。クレトはぼんやりとそんなことを考えていた。 すると、それがギーフに伝わったのであろうか、歯を食いしばりながらその真っ赤な目を見開いて顔を歪ませた。……残念ながら、迫力は今ひとつだ。失礼なことを言えば、変顔の域を出られない。 「ぬぬぬぬぬぬ」 「だから悪かったってばー」 「謝る気あるのか」 ギーフの鎌がきらりと光った。クレトは彼の本気が恐ろしい訳ではなかったが、なんだかんだで謝る気はあったのでこれ以上はふざけない。 「どう謝れば許す?」 クレトは、今自分が出来る限りの真面目な顔を作った。ギーフの顔を見て吹き出さないよう、十分注意して。 「誠意がなければ許さん。たとえ偽りの誠意かつ形だけの謝罪でこの世の何もかもに留まらず天の神様が許すことがあろうとも、このギーフだけはずぅおえったいに許さん」 「絶対をそこまで強調する意味、ある?」 空気が凍った。アブソルにもイーブイにも何かものを凍結させる能力はないが、実際に空気が凍ったのだ。 「よし、どうやら全く誠意を持ち合わせては居ないようなので……」 「誤解だよ誤解、誤解~!」 「あれだけ馬鹿にして、何が誤解じゃーっ!」 振り下ろされる鎌を必死に避けているように装いながら、クレトは後ずさっていく。ここで余裕を見せてはいけない。何年も一緒にいると分かるものなのだ。軽くあしらえば彼の怒りを助長するだけだということも。彼とクレトで腕っ節を比較すれば、クレトの方にお年玉に匹敵するほどのおつりが来ると言うことも。つまり、ギーフは弱い上に、怒りっぽいというわけだ。 「もう少し気を長く持たなきゃ…元服したんだし」 「ちったあ悪びれんか!」 ぶんぶん振り回しながら近づいてくるのを紙一重で避けながら、クレトは悪かったを連呼する。クレトの避け方が上手いので池の周りをぐるぐる回っていることになる。端から見れば微笑ましい……とまでは行かずとも、ほっといても問題ないように見える。むしろ問題になるようにはこれっぽっちも見えない。 「よく目を回さないよね、こんなに回っ…………て!?」 クレトはいい加減ぐるぐる回るだけ、というのに嫌気が差したのか、小さな池をぴょいと飛び越えて見せたのだ。後から着いてくるギーフに一応配慮して、彼でも出来ると思って飛び越えたのだが、どこで勘違いをしたのか、背後で水音がした時には、既に遅かった。逃げても良かったのだが、(勿論アブソルなら足がつくくらいの深さしかないが、あまりにも予想外すぎて溺れてないか心配になったため、)念のため振り返ってみると、溺れてはいなかった。あしがすべった……と呟いて、雫も落とさずに池から上がってきたので、すぐに水溜まりが出来た。垂れ下がった体毛を直そうともしないので、彼の怒りの程がよく分かる。落ち武者のように見えて迫力がまともになった感じがしないこともない。 「ぎーふ、くれといじめちゃだめー!!」 「にいいいいいがああああああさあああああああん!」 「わわわ……」 分かっちゃいるが、かといってどうすることも出来ない。普段なら領主様やギッツ様、それに古参の家臣の皆様が止めに入るタイミングなのだが、今この遠く離れた帝都の地の領主屋敷には一匹もいない。皆城へと行ってしまった。 勿論ギーフはクレトを追い回している。クレトはギーフに追い回されている。濡れたギーフも乾くだろう。 ところが突然クレトは後ろの足音が止まったことに気付き、念を入れて数歩進んでから振り返った。と、そこでこの屋敷にギーフをとめる役がいたことに気付く。 「こらーっ! ぎーふ、くれといじめちゃだめー!!」 リュミ様だ。まだ小さいとはいえ彼の主の妹である。こらーっ!の威力は絶大だ。 「リュミ様……!」 はっとなって大人しくなるギーフがおかしいのか、それとも遙かに小さな雌の子供に怒られているのか、それとも両方なのかは分からないが、クレトは笑いをこらえながらも言いたいことは言った。 「もっと言ってやってください」 「クレト!」 ギーフが再び怒りを露わにするが、またリュミ様に怒られた。 「仲良くしなきゃダメ」 「仲良くしなきゃダメ」 ---- ギッツ様が、初めて目の当たりにした皇帝陛下に衝撃を受けていたのは、ちょうどそのころだった。 近衛兵に中に通されて、最初に聞いたのは誰かが咳き込む音だった。父親の領主様は皇帝の伏している寝台を睨むような目つきで見ていた。あるいは、皇帝に取り憑く病魔を、既に睨んでいたのかも知れない。 「陛下……お連れ致しました……」 「ああ、丞相殿、有り難う」 天に代わってこの地を治める者の顔はむやみに晒すべきにあらずと産まれた御簾は、主のいない玉座で寂しく風に揺れている。寝台には御簾はない。挨拶をするまで近づけば、伏していようと皇帝がどうなっているのか分かってしまう。 父親と丞相殿に促されて皇帝の目の前に当たる場所に座ることになったギッツ様はあっとなってしまった。 不健康そうに目の下にはクマがはり、目はというとそれもうつろで、生気や光などと表現される物が全く宿っていなかった。頬もこけている。とにかく見る限り身体中に筋肉も脂肪もなく、骨格がキャタピーの最高級の繭で誂えたお召し物の間から浮いていた。下半身は毛布がかけられていてうかがい知ることは出来ないが、とても健康とはほど遠いのであろう。耳も力無く摂理に任せて((重力のこと))いる。ブースターだというに、首回りのもふもふはむしろちりちりだ。さすがに皇帝らしく、何百年も前の皇帝が各地より取り寄せられた金銀宝玉を当時の名工に何年も掛けて作らせた玉冠は寝所の上(かみ)の側に置いてはあるものの、被られざること長くなるらしい、あべこべに埃を被って皇帝と同じく本来の輝きも威厳も淘汰されていた。 (陛下は……よほど体調が優れられぬらしい……) 皇帝に跡継ぎがいないからであろう、領主様は今にも消え入りそうな声で申し上げる。 「跡継ぎの……ギッツです……」 「……君が」 不健康丸出しの顔でまじまじと観察されたギッツ様は皇帝に申し訳なくさえ思った。 不意に前足で頭を撫でられたが、皇帝の前足は、ブースターにしては冷たい。今までブースターに触れたことも触れられたこともないギッツ様だが、それだけは確信を持てる気がした。 「…………立派な領主になれるよ」 領主様が深々と頭を下げた。つられて、ギッツ様も。 「ふふ……余にもこのような可愛い世継ぎがいればな……」 「陛下……」 世継ぎがいれば、今頃こんな病床に皇帝はおられぬに違いない。玉座で威厳をふるっている。確実に、だ。 それからしばらくの間、部屋は沈黙に支配された。この国の支配者たる皇帝に代わって。そんな状態に涙する者がいたのは、朗報である。 沈黙を破ったのは鎧の帝国の紋章も割れてガタガタの、全身血まみれ満身創痍の兵士と、それを抱える近衛兵が廊下を駆けて同僚を押しのけて中へ入ってきたことだった。 「御注進! 御注進! 一大事、一大事で御座いますぞ!」 近衛兵の方が叫んだ。部屋にいた全員の顔色が変わった。勿論、これ以上変えようのないような皇帝さえも。 満身創痍の伝令の方が震える声で奏上する。鎧の留め具が外れて鈍い音がひびいた。 「西方の侵略者と合流した反乱軍はすでに帝国側を打ち破り最西の城間近に迫れり。いえ、あるいは既に……」 言い終わるか終わらないかのうちに、丞相殿は報告に来た近衛兵と伝令を引っ張って高速で消えてしまった。皇帝も起きあがろうとするが、おつきの者に止められた。 ---- 西域の中でも更に西域、隣国との国境にある地域の中心となる帝国の最西の城は、右近衛大将に得体の知れぬ唯一絶対神だかなにかを奉じていながら平気で強盗殺人する奴らと呼ばれた者たちに、鎮西大将軍や西域全領主の救援の甲斐無く陥落。ちょうど右近衛大将と宰相が更なる救援の話をしていた頃である。 「投降しろと申しましたのに…」 「何が目的だ! 今上帝を廃して、新たな支配者にでも成ろうというのか。シメオン!」 シメオン、と呼ばれた、この地の領主である、いや、つい先ほどまで領主だった上、今やなだれ込む外敵の前に奮闘むなしく部下は敗走、本人も責任者として鎧を着込んだがやはり敗れ、倒されてしまったフーディンの上に座っているエーフィは、やれやれと一つ大きくため息をついた。周りには同じように戦って敗れたためぐるぐる巻きにされている帝国側の兵士と、シメオンの配下であろう兵士と、それに合流した反乱軍が心配そうに見守っていた。戦死者はもうシメオン配下によって運び出されようとしている。壁にも床にも、果てには天井にまで血や爪、焼けこげた後が付いているが、それも同じように掃除されようとしていた。帝国は、この城で徹底的に抵抗したのだ。 「違いますよ」 シメオンは自らが支配者になるのが目的だというのは否定した。 「私ですね、未来が見えるんです。酷いものですよ。今のままでは。生き地獄です。次の皇帝は鬼、です」 シメオンの配下は本気でこんな荒唐無稽な話を信じているらしい。が、フーディンには信じている理由が少なからず理解できた。隣国は、ほんの数年前に天の声を聞ける者に統一されるまで小さな勢力が絶えず争っていた。その統一した者もイーブイの進化形だったので、今フーディンの上にいるのは、その者の血縁者なのだろう。でなければ、説明がつかない。 「ですから、立ち上がったんです。天の声を聞ける私が。善政を施す皇帝をたてるため」 「へぇ……誰が皇帝になるんだね」 「私にも分かりませんよ……ただ、天は“ぬしらが帝都に入った時点で帝都にいる、特殊な雌が”と」 「特殊ってのは……特殊な力のことか。貴様のように」 「さぁね…天は更なる手がかりはまだ寄越しては下さらぬ。ただ、私は何らかの形でその補佐になるそうです」 するとフーディンはふむ…と唸るような感心するような声を上げる。 「未来が見える、天の声が聞こえる、だから何だ。証拠でもあるのか。示せねば、貴様は謀反人…」 「ですから、申しました。勝負は見えているから、投降しろ。投降せねばどうなろうとも知らんと。私は動かずとも、彼らがあなた達を破ってくれていた…」 と、部下を尻尾で差した。 「それは、ただこちらの戦意を削ぐためだろう?」 基本だ、と付け加えた。が、シメオンはそれを否定する。 「……まさか。天の声に従ったまで。天は不必要な血を流すのは罪となさる」 まるでシメオン本人こそ天であるかのように。 「未来が見えると言うが、貴様が立ったがゆえに荒廃した未来を見ているのではないのか」 「俄には信じられないと思いますが、未来は幾らでも変えられます。私が見るのは、私がこれ以上何もしなかった場合の未来…」 「では、どうすれば思うとおりの未来に出来るのか。どうして分かる」 言われてちょっと考えたが、やはり根拠はあるらしい。 「思うとおりの未来……は適当な表現とは言えませんが」 彼は一つ間を開けた。窓からのぞく日輪に礼をしたのだ。 「天の声、ですね。」 「これ以上は何を話しても無駄か」 誰かがつばを飲み込んだ。シメオンも無駄だと悟ったのだろう、フーディンの上に座っていたのを立ち上がった。 「どうします? 未来、変えてみませんか?」 「天が、自ら選んだ地上の支配者に取って代われなど、ありえねば」 シメオンの表情がぴくりと動いた。 「訳の分からん妄想強盗とともに歩む謀反人としての道など、ない!」 フーディンは最後の力を振り絞って上に乗っているシメオンをはねのけた。が、周りを取り囲むその配下がそれを許すはずもなく、再び取り押さえんとする。すかさずシメオンがはねのけられたままの体位で念力をかけ、フーディンは床に押しつけられた。帝国の兵士が悲鳴を上げた。 万策も力も尽きたフーディンは重くのしかかる念力の中を、頭だけ天に上げて、叫んだ。 「天よ!」 取り押さえようとした兵士は爪を出した。次の言葉によっては生かしておかないらしい。 より一層大きな悲鳴が、城の中をかけた。 「どうぞ今上帝を守り給え!!」 言い終わる頃には、フーディンの急所に爪が突き刺されていた。 「…………残念です。引っ越すならこの領主様の地ベスト4に入った地のあなたを死なせたくないが為に一番初めにここを落としたのですが…」 シメオンはどくどくと流れる血を見て、再び大きくため息をつくと、目を閉じておそらく祈りであろう、意味の分からない言葉を呟いた。側のシメオン配下の兵士達もそれを真似した。 「天は禍根を残すなと仰る」 シメオンは、さて、といって捕虜に目をやった。これから彼らをどうするか。彼らは一瞬だけびくりと身体を震わせたが、観念したのか、煮るなり焼くなり好きにしろと叫ぶ者まで出た。 (……決まっている) これも、天の声なんだろうか。 (私は、欲に駆られた侵略者ではないのだ) ---- あ、ちなみに地の文の人から見てある程度身分の分かり、かつその身分が高い者→ポケモン、これだけの情報では分からんor身分は低い→~の者 となっております。 どうぞよろしくお願いします。ちょっと更新量が少なかったかも &color(red){皇帝やその一族にのみ二重敬語を使うことにしています。おかしなところがあればご指摘下さい。}; #pcomment(拾い仔の米,10,below);