#include(第十七回短編小説大会情報窓,notitle) 「それにしても、こんなところで進化を体験するなんて思っていなかったわけだけど」 ラプラスが牽引する小舟の船尾から、モクローは徐々に離れていく火山の山頂を見上げる。ダンジョンを流れる溶岩の上から炎ポケモンがたびたび攻撃してくるという、草タイプである彼にとっては苛烈極まる道の最奥。今回の「遠足」の目的地で待ち受けていた主・エンテイとの戦いの中で進化した瞬間を思い出している。 「うん。目線も高くなって力が沸いて、もう一回進化したいって思うよ」 「それはいいけど、タブンネ先生の授業の時に言った事を思い出しちゃって。どうかな?」 あの戦いの間、いつもよりも強烈な火球を放った足先を見下ろすヒバニーに対し、モクローはにやけ顔で顔を向ける。何のことだったかとヒバニーが逡巡すること数秒、不意に顔じゅうの毛並みが一斉に逆立つ。その様子の変化に、調査団のメンバーは一斉に色めき立つ。 「なんだよ? こいつ、何て言ったんだ?」 「他の子の『進化って』の言葉に繋げて……」 慌ててモクローの口を押さえ込もうとするヒバニーだったが、その手が届くあと少しのところでブイゼルとホルビーに足を押えられる。それでも必死に起き上がろうとするが、デンリュウとアーケンも押さえにかかっていた。抵抗できなくなったヒバニーの状態を前にすると暴露も流石に申し訳ないとは思うが、呆れ顔のクチートを除く全員の目線には逆らえなかった。ことここに至るという地雷を踏んでしまった事には申し訳なさがあるが、もう仕方ないとモクローは口を開く。 「……『もしかして、エッチな?』って」 場の全員がそれぞれに声を上げる。 ---- 「女の子の過去を暴露するなんて! モクロー! 最低!」 デンリュウの両手で獲物の如く抱え上げられて自由を奪われた状態で、ヒバニーは両足を振り回してモクローに向けて火の粉を飛ばす。自分たちが今どのような場所にいるかも考えずに。 「危ねえな。船が燃えちまうだろうがよ!」 「この足で炎を飛ばして走り回られたら大惨事でしたね。やれやれ」 モクローが逃げ回る必要も無く、ブイゼルが水鉄砲を放って消火してくれているお陰で小舟は炎上せずに済んでいる。それでも牽引するラプラスが背中で訴える苛立ちが痛いのはどうにも仕方ないが。船の類は木材でできているため炎に弱いことが多い。かと言って最近騒がれている石化事件のように石に作り変えるとなると、どうしても重量が発生するため沈没や牽引の問題が出てきてしまう。 「もう、やだ……」 「まあ……仮にも『女の子』を自称するならそんなことを言い放つんじゃねえよ」 疲れたのか火種が切れたのか、ヒバニーは諦めた様子でデンリュウの両手の上で全身を投げ出す。獲物であればこれから食肉として解体される状況だろうが。ひとまず火災を起こすようなことは無くなったと判断して、デンリュウはヒバニーを床に下ろす。 状況が落ち着いたのを見て、モクローは右の翼を伸ばして羽の先を眺める。こうして進化した後に戻って比較してみると、体に比した短さを感じてしまう。勿論自分一人なら飛ぶことはできるが、機敏に細かい動きで飛び回るなど誰かを乗せた状態でなくとも難しい。しかも飛ぶために翼を広げた状態になれば的が大きくなることにもつながるため、例えば岩石が雨あられの如く降り注いでくる状況など想像するだけで御免被りたい程である。 勿論翼を広げると的が大きくなった状態であるというのは進化後でも変わらない宿命だが、それでも長い翼であるだけで想像できる動きの逞しさはやはりもう一度欲しくなる。加えて翼の骨格の脇を走る一本の弦が「影縫い」の矢を放つことを可能にしてくれる。凛々しさも約束されている。 一方でヒバニーの方はどうだったか。 モクローと同じく腕や脚は大きく伸び、特に太腿の逞しさはその部分の毛並みが赤く染まったことでなおのこと強調されていた。今以上に足を使って炎等を繰る動きが洗練されることだろう。真っ直ぐ正面を捉え輝く瞳もその技に磨きをかけそうだ。それでいて胸から腹部へと下っていくラインは無駄な肉付きも無く……。そう思った瞬間、ヒバニーが言い放ったあの言葉が脳内で再生される。 流石にまずい。調査の仕事を共にするという点でのパートナーにということ以上に、記憶が正しければモクロー自身はかつては人間だった筈だからだ。本来は人間である自分がポケモンに対して感じ入るなど、たとえポケモンの体を受肉した今であってもあってはならない……モクローは首を振る。 「変なこと……考えてたでしょ?」 「ひぇっ?」 いつの間にか復活していたヒバニーは、すぐ脇に立ってモクローの表情を覗き込んでいる。こんなにありありと覗き込まれているというのに全く気付かず、最終的に声を掛けられると随分に頓狂な声を上げてしまう結果となり。もう誤魔化せないような気持ちもありつつ、それでも何とか取り繕おうかと渋い顔で頭を巡らせ始めた瞬間。 「とーとつにドリブル練習だっ!」 その頭の後ろに強烈な衝撃が叩き込まれる。ヒバニーはモクローを何かのボールの如く、足で蹴飛ばして転がす。そして上手く位置を取るように並んでいた他のメンバーの間を縫うように駆け回り、船首まで到達した瞬間大きく宙に蹴り上げ。 「よっしゃ! シュート決めろ!」 「ダンクっ!」 ホルビーはデンリュウに抱えられたところから、跳び上がったヒバニーを見上げて叫ぶ。直後に耳で作った輪を何かのゴールのようなものに見立てると、ヒバニーはモクローの体の落下を足で御しながら直接叩き込む。モクローの体は綺麗にホルビーが耳で作ったゴールの中心を捉え。モクローも一応俊敏とまではいかなくとも空中での動きを制御する力は持っていたし、デンリュウもコットンガードを床に張ることで直接叩きつけることだけは防いでくれたが、それでもえげつない衝撃だったのは間違いない。 「遠足の帰りも元気なのはいいですけど、船の床は壊さないでくださいよ?」 「このコットンガード、最後の情けじゃなかったのかよ……」 綿の山の中から這い出しながら、モクローはもうどこから言えばいいかわからない文句を言い放つ。コットンガードの中に叩き込まれた瞬間は、デンリュウも最後は団長らしく団員を怪我させないために気遣ってくれたのかと思ったが、どうやら船底が打ち抜かれることを防ぐことが目的だったらしい。他の面々も多くは軽く声を上げて笑うばかりで、誰一人モクローを気遣ってくれない。調査団を初めて訪れた時から周りを気にせずとんでもないことを見せ付けてくれる面々だとは思っていたが、この扱いを鑑みるに自分たちも完全に調査団に馴染んでしまったのは間違いないだろうと感じる。それは間違いなく悪い意味である。 「それにしても、お前マジでそんなこと言ったのかよ……」 「調査のお仕事を頑張っている姿からは想像できませんね~」 面々がひとしきり笑い終えると、次はヒバニーの方に目線が集中する。流石にここまで取り乱し暴れた今となってはもう否定などすることはできないが、思い返してみれば調査団のメンバーは二匹がおだやか村にいた時のことを全く知らない。一度村に来たことがあるダンチョーも、そこまで詳しくは知らない筈だ。 「た、確かに……」 「誤魔化すことができたんじゃないかぁーっ!」 彼らにとっては強い想いで調査団のゲートを潜り、その後の仕事を頑張る姿が全てであったのだ。おだやか村でさんざん見てきた破茶滅茶なヒバニーが、ワイワイタウンに来てからはすっかり鳴りを潜めていたことに初めて気付く。 「ああ、そうか……」 思い返してみれば、あの時のヒバニーは「自分」を持つことができずにいた。調査団に入ることが信じられないくらいすんなり進んだ点は流石に話が変わってくるが、どんなに閉ざされた奥底からも溢れ出るほどの憧れは確かにそこにあった。だがその憧れを向ける先は村の大人たちも他ならぬヒバニー自身も見つけることができないでいた。結果として道筋を失った憧れは言動を荒唐無稽なものとして振り回し続けていたのだ。 だが、今は間違いなくヒバニー自身が憧れを向かわせる先を掴んでいる。ここまで来れば、もう憧れと共にただ進むだけでいい。どんなに傷つこうとも道筋が見えていれば認められるものが自然と生まれていく。 あとは……。 「どうしたんですか?」 「ダンチョー……。流石に痛かったですからね?」 この奇矯どもだろう。今まで「自分」を持てずに空っぽであったヒバニーが、道筋を掴み色んなものを憧れと共に拾っていくようになった。そうなると大事になるのは周りに誰がいるかである。ここにいる先輩たちは憧れを認めて支えてくれるのはいいが、如何せん癖が激しすぎる。ようやく拾い始めた中に悪いものも混ぜていくのは間違いないだろう。 「ちょっと! モクロー! いくらなんでもそれはやりすぎ!」 「この先輩たちにはこれでも生ぬるいくらいだぁーっ!」 ヒバニーに悪いものを混ぜないために、この先輩たちも矯正していく必要がある。パートナーとして、モクローの苦労はまた別の形で続きそうである。揃いも揃って休むことなく騒ぎ続ける一行を、季節が進んでなおも灼熱を降り注がせる太陽が見下ろしていた。 長く苦しい日々を冬とし、そこを越えた新たな幕開けは春と喩えられることもある。通常の年であれば夏休みも終わりもう秋らしい実りの時期に入りつつある頃だが、彼らの幕開けはここに来てからだろう。更に進んだ先に何が収穫できるか……逆らえないものはあってもただ季節の移ろいの如く進むだけである。 はいねっと[[自分>オレ]]です。今回はポケダン超のネタを入れさせていただきました。 ネタ自体は実はプレイして割かしすぐに浮かんでおり、何年も頭の中で転がしたまま放置していたものです。そのため当初は[[この時>てきびしいしうち]]の時のように主人公ヒトカゲパートナーリオルで組まれていました。とは言え実際にはプレイした時のようにリオルは雌想定でしたが。それから何年も経過してアローラガラルと新世代の御三家が登場したので、そちらから使いたいと思い今回の組み合わせになりました。その中で進化系が一番エッチなポケモンは、迷うことなくエースバーンになるヒバニーとして採用されました。あの健康的なちっぱいライン最高じゃないですか。そして相方はアローラから選ぼうということで、迷った末にモクローを採用しました。それには勿論作中で触れたモクローバスケをネタに組み込みたかったというのもあります。ネット上でのコラ画像から話題になったあれですが、結局公式でもアニメでそんな扱いを受けていると今回知って吹きました。逆輸入なのか最初からそういう意図のデザインだったのか……後者だったらコラ画像になる元絵の配置も意図していたのかもしれません。それに加えて他の方が「モクローは飛行タイプで飛べるため、ポケダンだと扱いづらいから登場する作品が出ていないのではないか」という見解に対しての反証をしたかったというのもあります。流石にあの体だと相方を抱えて飛ぶのは難しそうですから、見捨てるのでない限り意外と逃げられる場面は限られてきそうな気はしました。 そして自分的には一番の肝として、やはりパートナーの奇行が調査団に入ってからは鳴りを潜めていたという部分が一番書きたかったものです。おだやか村にいた時は先を見つけることができず空転していたものが、気持ちの向かう先が見つけられてからはわざわざ奇行に走ってまで発散する必要が無くなったのだと感じたというのがあります。その上で、締めにもなった周りにいる調査団のクレイジーな先輩たちの悪影響に移るという流れが、プレイ中に何となく浮かんでいたものです。とは言えその後の展開を考えるとそれだけなのか若干微妙ですが。原作はパートナーが戻ってくるところでストーリーは終わりますが、個人的にはミュウとパートナーがやり取りするところも絡めてもう少し続いて欲しかった気持ちがあります。10年後くらいにリメイクがきたらお願いします。 タイトルはポケダンのパートナーのあの発言で、このwikiという場所のために皆さんもしかしなくてもそういう展開を期待したのかはわかりませんが、自分としてはそうしておいて実は健全に問題なく……という透かし方をやってみたかったというのがあります。が、結果のゼロ得票を見るとそれが良くはなかったのではないかと思えてならないですね。むねんである。感想会ではマイナスの評価を受けなかったので、周りが強かった中漏れて零れたというのもあるのかもしれません。執筆文字数バトルで書き上げた一日クオリティなのですが、もう少し結果を狙った方が良かったでしょうかね。むねんである。 今回はこの辺で締めたいと思います。また次回。 #pcomment(もしかしてコメントな?,10,below)