ぺーん ぺんぺん ぺーん ぺんぺん 不安なときはいつも、ポッチャマのぬいぐるみをかかえてこの言葉を口にする。どうか消えていきますように、なかったことになりますようにと願いながら。 ポッチャマのぬいぐるみは、小さいころからそばにいてくれる人生の相棒で、その昔父さんが出張先のシンオウで買ってきた物だ。 抱きしめていると、不安も恐怖もふわふわのやわらかさに包まれて消えていく。いつだって幸せな気持ちにしてくれる。 ぺーん ぺんぺん ぺーん ぺんぺん 本当は、ポッチャマの鳴き声なんて知らない。ポケモン図鑑は選ばれた子だけが持てるものだから。分厚い辞書のような図鑑で見てから、勝手に想像しているだけだ。 ペンギンポケモンというくらいなのだから、ぺんぺん鳴くんだろうなと。 シンオウへいって触れ合えたらいいのだけれど、トレーナーになれなかった自分には縁のない世界だ。今日もこうして、時間が過ぎるのを待っているだけ。 旅にも出ず、家を継ぐ気もない。年はとっく十七を過ぎ、なにをするにも遅くなってしまった。ゲームが好きなただの引きこもり、お先は真っ暗だ。 ああ、この家から出られないのなら、いっそぬいぐるみになってしまいたい。心地いいもふもふの手触りになれたら、きっと姉ちゃんみたいに愛してもらえただろうに。 現実の自分は男なのに弱々しくて、学校のポケモンバトルの授業でさえ怖気づいて逃げ出すようなやつでしかなくて。 ぺーん ぺんぺん ぺーん ぺんぺん 「ユキー、ただいまー」 玄関からスオウ姉ちゃんの声がした。もうすぐ階段を上がってくるだろう。また知らない男の愚痴を散々聞かされるのか思うと、ため息しか出ない。せめて来るまでは目をつぶっていよう。 「ぽちゃ」 突然部屋に聞き覚えのない声がした。驚いてベッドから飛び起きたが、見渡しても自分以外には誰もいない。 「ぽちゃぽーちゃ」 声の主はぬいぐるみだった。これが本物の鳴き声なんだろうか。いや、それよりなんで音が出るんだ。そんな仕掛けはない。あったらとっくに知っているはずだ。 驚く自分をよそに、ぬいぐるみは嬉しそうに近寄ってきた。いつものように抱きしめると、いつもとは違う、生きているような生暖かさがあった。 「ぽっちゃまー!」 ぬいぐるみ、もといポッチャマが元気に鳴くと同時に、身体が動かなくなった。手も足も顔も、瞼を閉じることさえ出来ない。 そのまま頭上から押し付けられるような圧力を感じた。ポッチャマは何かの作業が終わるのを待っているかのように、左右に揺れながらこちらを見つめてくる。 圧縮されギチギチギチギチと体中の骨が軋む。けれど不思議と痛みはない。どんどん身体が縮んで、ポッチャマと目線が同じ高さになった。 てっきり自分もポッチャマになったのかと思ったけれど、どうやらそうではないらしい。丸まった手足に白い縫い目が浮かび上がってきた。お腹も軽く感じる。臓器を全部抜き取って、綿を詰めたかのように。 そう、望んだものになってしまったのだ。ふわふわで、もこもこの……。 「ユキ、入るよー。……あれ?このぬいぐるみ、二つもあったっけ?」 スオウがユキの部屋のドアを開けると、ポッチャマのぬいぐるみカップルが、ベッドの上で寄り添いあうように座っているのだった。