☆前回のあらすじ ホドモエシティの倉庫で追い詰められたチェリーだったが、サクノとクレナイが参戦により乱戦になる。 結果、カヅキがチェリーを倒し、サクノがマキナを倒し、続いてサクノとカヅキが激突する。 クレナイはアスカを撃破するが、今回の一連の黒幕であるミホシが襲い掛かってきた。 そして、サクノはカヅキのアビリティダウナーの力をスピードとテクニックで破ったのだった。 たった一つの行路 №288 サクノとカヅキがバトルを繰り広げている頃、クレナイとミホシの激突も激しく火花を散らしていた。 「『ラスターカノン』!!」 ドゴッ!! ユキメノコは鋼の塊を受けてダウンする。 単純に文章にしてみるとこれだけだが、この間にもユキメノコはシャドーボールと影分身の応酬でドータクンへと攻撃していた。 しかし、ドータクンは光の壁で遮断したり、かわしたりして、攻撃をうまく避けていたのである。 「……ヨルノズク」 ユキメノコの時と同じシャドーボールを繰り出す。 やはり同じくドータクンは光の壁で攻撃をシャットアウトする。 「……『エアスラッシュ』連打」 風の刃が次々とドータクンの光の壁を襲う。 このままだと壁が破れるのは時間の問題だった。 「問題ない」 ヨルノズクの真下の地面から、突如飛び出してきたのはエレキブルだった。 「……!」 穴を掘る攻撃で飛び上がって、空に浮かんでいるヨルノズクをかみなりパンチで打ち落とす。 背中からたたきつけられるように落とされたヨルノズクは、体勢を立て直そうとするが、エレキブルの追撃が飛んで来た。 10万ボルトが炸裂した。 「意外だな」 クレナイが口を開く。 「てめえの実力はこんなもんだったか?はっきり言って拍子抜け過ぎるぞ」 「…………」 「それで本気だと言うのなら、さっさとくたばれっ!!」 ドータクンが突撃する。 ジャイロボールだ。 「…………」 ふと、モンスターボールを持つミホシの手が淡くひかる。 その中から飛び出したのは、エレキブルだった。 ドゴッ!! エレキブルの炎を纏ったパンチだった。 力の差はそれほどなかった……いや、劣っていたと思われるが、エレキブルが相性の力で押し切った。 ドータクンは回転したままクレナイの元へと戻ってくる。 「それなら、『ラスターカノン』!」 しかし、ドータクンは反応しなかった。 「どうした!?」 慌てて様子を見ると、ドータクンは目を回していた。 「混乱……!?炎のパンチで混乱!? ……っ!!」 ドッ!! 容赦なくミホシのエレキブルが襲い掛かる。 流されるままにやられるクレナイではない。 同じくエレキブルを繰り出して、攻撃を防御する。 拳と拳の激突で、殴り合いをし始めた。 「『ギガインパクト』!!」 「……かわして、『空手チョップ』」 大きなモーションで一気に勝負を仕掛けるクレナイのエレキブルと小技で叩くミホシのエレキブル。 ここはミホシの思うとおりに、ミホシのエレキブルが攻撃をかわして、空手チョップをエレキブルの顔に叩き込んだ。 「……追撃。……『けたぐり』」 足払いをかけるごとく、クレナイのエレキブルは転ばされる。 さらにメガトンキックでクレナイの近くまで打っ飛ばされた。 「いよいよ本領発揮してきたか……そうこなくちゃな、下種野郎!!エレキブル、『アームハンマー』!」 格闘攻撃を指示するクレナイ。 しかし、エレキブルはまったく違う攻撃をしてみせた。 バリバリバリッ!! 「なっ!?なんで『10万ボルト』を!?」 クレナイのエレキブルは独断でミホシのエレキブルに向って10万ボルトを仕掛ける。 しかし、それは逆効果である。 エレキブルの特性の1つは『電気エンジン』。 すなわち、電気を浴びるたびにスピードを上げることができる。 ミホシのエレキブルはスピードを上げて、一気にエレキブルへ空手チョップを叩き込んだ。 「(エレキブルの奴……メロメロ状態になっている!?さっきの空手チョップに混ぜ込んだのか!?)」 空手チョップが再び襲い掛かるのを見て、クレナイはエレキブルを戻してドータクンで防御に出る。 「『リフレクター』!」 バキッ!! ドータクンは無抵抗で叩き落された。 「なっ!?混乱が解けていない!? ……まさか!?」 「……気付くのが遅かったようね」 クレナイがカメックスのボールを取るのと同時に、クレナイの脳天にエレキブルの空手チョップが入った。 「ぐっ……はぁっ……ハァハァハァ……うぁぁぁ……」 クレナイのいつもの笑顔が崩れる。 顔を上気させて、苦悶の表情を浮かべるクレナイ。 「ハァハァハァ……あぁ……これが……てめえの……力……『アビリティフェイク』かぁぁぁぁ……!!」 「……ご名答。……トキワの力『アビリティフェイク』。……攻撃を与えたポケモンに偽りの感情を植えつける能力よ」 ごろんとクレナイは地面に転がって、カメックスの入ったボールを放してしまった。 「……でも、私の力は攻撃を与えた人間にも有効みたいね。……お陰で相手の感情も簡単に作りかえることが可能よ」 「……ハァハァハァ……おれに……一体どんな感情を……植え付けたんだ……!!」 「……決まっているでしょ」 ミホシはクレナイの耳元に来てその感情の名を囁きかけた。 「くっ……」 「……抗っても無駄。……あなたも私の物」 「下種め」 「……何を言ってももうおしまいよ。……この時点で私の勝ちなの」 ミホシは微笑み、クレナイは込み上げる偽物の感情に身を焦がしていく。 戦いはクレナイの敗北で終わろうとしていた。 「アンジュ、『Fire Ball』!!」 ドゴッ!! エレキブルの背に炎の塊が命中する。 その勢いで吹っ飛ばされたエレキブルだったが、すぐに立ち上がって攻撃の方向を睨んだ。 「……アキャナインレディのサクノ」 「あなたがカヅキの言っていた黒幕なのね!!」 サクノとウインディ。 この2つのシルエットが並ぶ姿は、とても眩しく見えるとミホシは思う。 「……無邪気な正義を振りかざすポケモンマスター。……『紳士な悪魔』と呼ばれたオトとは正反対ね」 「……オト!? ……あなた、お兄ちゃんを知っているの!?」 「……ええ、知っていた」 「知って“いた”?」 「……そう。知っていた。……今のオトは知らない。……私の知らないどこか遠いところへ行ってしまったのよ」 「…………」 サクノの兄であるオト。 彼女の記憶には背が高くて、優しかった時の記憶しかない。 それもそうだろう。 彼女が最後に会ったのは、4歳の時……10年も以上も前のことなのだから。 「……見つからずに10年。……もう諦めたわ。……私の中のオトはもう死んだのよ。……だから……」 ミホシはエレキブルに空手チョップを指示する。 電気エンジンで上がっているスピードは、あっという間にサクノたちと間合いを詰める。 「……その代わりを作り上げているの」 ドゴォッ!! 空手チョップは地面を抉る。 ウインディとサクノはその場所にもういない。 『テレポート』で攻撃を回避したのである。 「代わりを作り上げた結果がこれだって言うの?たくさんの人を誘拐して……言いなりにして……それがあなたのやりたかったことなの!?」 「……そうよ」 「ふざけないで!こんなことをして、誰が幸せになれるというの!?誰も幸せになんてなれやしないわ!!」 「……どうかしら。……あなたは純真無垢な乙女だからそんなことが言えるのよ」 「子供でも……大人でも……男の子でも……女の子でも……そんなの関係ない!……縛られた世界に幸せなんて無い!……少なくとも私はそう思い貫く!」 「……やっぱり、あなたは何も知らない子供ね。……本当にあの人<オト>の妹とは思えない」 ミホシが会話を終えるのと同時にエレキブルが動く。 かみなりパンチで襲い掛かる。 「もう一度『Fire Ball』!!」 炎の塊を口から吐き出すウインディ。 しかし、もろともせずにエレキブルは拳で砕いて接近する。 「アンジュ、『Flare Drive』!!」 炎を纏った突進系の技である。 サクノのウインディの最大の技にはFlare Blitzがあるが、タメが多少必要であるためすぐに使えない。 ゆえにサクノは反動はあるがこの技を選択する。 ドゴォッ!!!! 「っ!! アンジュ!」 押し負けたのはウインディだった。 呆気なく吹っ飛ばされてダウンさせられた。 「……妹のトキワの力『アビリティダウナー』の影響が残っていたようね」 「っ!!」 さらにエレキブルの拳がサクノを捉えた。 バキッ!! 「うぁっ!!」 かわせなかった。 相手のスピードが電気エンジンによって強化されていたためである。 従来のスピードならサクノでも充分によけられたのだが。 「うぁああ……あぁぁぁぁぁっ!!!!」 サクノは地面に転がされて叫ぶ。 ただひたすらに叫んだ。 その表情は何かに怯えて、もがき苦しんでいた。 「……今度こそ、おしまいね」 バキッ!! 後ろを振り返ると、エレキブルが倒されていた。 さらに後方には、目の焦点がややずれかけているクレナイの姿があった。 「……まだ堕ちていなかったのね」 エレキブルを倒したのは、カメックスの突進技だとミホシは理解した。 「……サクノちゃんに……何を……!!」 「……ただあなたと同じ感情を植えつけても面白くないから、まず、充分に“恐怖”と言うものを味合わせてあげようと思ってね。……この子の“正義”を鼻っぱしから折ってあげようと思ったワケ」 「させ……るかっ!!……ハァハァ……グッ……」 「……無駄よ」 バキッ!! クレナイとカメックスはサイコキネシスで吹っ飛ばされる。 ミホシが新たに繰り出したのはユンゲラーだ。 「あっ!!うっ!!くっ……サクノちゃん……」 「あぁぁ……いやぁぁぁぁ!!」 情欲に支配されそうになるクレナイと、恐怖に飲み込まれそうになるサクノ。 ともに溺れるのは時間の問題であった。 「ローガン流、『シグナルレーザー』!!」 ドシュッ!! ユンゲラーに一筋の光線が直撃する。 まさに一撃でユンゲラーはダウンしてしまった。 「……この技はローガン流?……まさかハレ……?もしくはチカ……?」 しかし、この場に現れたのはそのどちらでもなかった。 「いやぁ……間に合った、間に合った!それにしても、エビス博士直伝の技は強力やな!」 デンチュラを連れた紫色のロングヘアのビリーだった。 「……邪魔者……!!」 ミホシが5匹目に繰り出したのは頭に立派な角が生えたポケモン、メブキジカだ。 ノーマルと草の珍しいタイプを併せ持つポケモンである。 「……『ウッドホーン』!!」 ビリーとデンチュラはヒョイッと攻撃を軽くかわす。 しかし、それは罠だった。 「……『アビリティフェイク・目覚めるパワー』」 惑星の輪のような動きをしたエネルギー体がデンチュラとビリーに命中し、炸裂した。 「ぐっ!!」 「……これで悲しみに打ちひしがれて終わりね」 自分の能力に疑いは無いミホシは、目を瞑った。 本来なら、ビリーに悲哀と言う感情を植えつけて、戦意を奪って戦いは終わるはずだった。 「誰が悲しむやて!?」 先ほどユンゲラーを打ち抜いた『シグナルレーザー』がメブキジカを打ち抜く。 ユンゲラーと違って倒れはしなかったが、大ダメージを追って、フラフラになった。 「……っ!!」 「デンチュラ、『エレキマグネードウェブ』!!」 『マグネードウェブ』とは、とある少女も使っていた技で、『くものす』を飛ばす攻撃技だった。 だが、デンチュラの場合は『エレキネット』と言う攻撃技を連続で飛ばすものだった。 メブキジカはこれを受けて感電し、ダウンした。 「……おかしい。……確かに私のアビリティフェイクの力を受けたはずなのに、どうして変化が無いの!?」 自信を崩されたミホシは流石に動揺を隠せない。 「教えてやる!それは俺が天使だからだ!」 「……天使?」 ミホシは眉をひそめてビリーを見る。 「そうや。ミホシはんを守るために天空から降りてきた天使やからやで♪」 ミホシはこのとき、「……ふざけた奴」と思い、ビリーへの打開策を練った。 「さぁ、その『アビリティフェイク』とやらは、俺には通用せえへん!覚悟せな!」 ビリーが残っているのは、残り4匹。 ケビンとの戦いで疲労困憊のワルビアルを除くと3匹だ。 対するミホシは最後の一匹であるシャワーズを繰り出した。 「……確かにアビリティフェイクは、あなたに通用しない。……でも」 ミホシはシャワーズに手を当てて何かの気を送った。 「……それが無くても、充分あなたを屈服させることはできる」 「やれるものならやってみぃ!デンチュラ、『10万ボルト』!!」 電気タイプと水タイプ。 相性は抜群にいいとビリーは思い、強力な電撃で勝負を決めようとする。 「……その程度ね」 集束された水攻撃が電撃をぶち抜く。 そのままデンチュラを押し流し、ダウンに至らしめた。 「……いっ!?」 「……『冷凍ビーム』」 「くっ!!」 狙いをつけてくる攻撃を飛び退いてかわす。 しかし、シャワーズは2発3発と連続で攻撃を放ってきて、ビリーを追い詰めていく。 4発目。 この攻撃をビリーは避けることができないと悟り、メタグロスを繰り出して防御する。 鋼の属性でダメージを軽減して、何とか反撃に出る。 「『アームハンマー』や!!」 接近して、シャワーズをたたきつけた。 だが、手ごたえはまるでない。 「あっ!?」 「……『溶ける』」 液状化して、打撃効果を無効化したのだ。 「……『ハイドロポンプ』」 「『サイコキネシス』!!」 超能力攻撃で押し返そうとするが、ハイドロポンプは威力の衰えを見せない。 そのままメタグロスとビリーを押し流した。 「くっ……さっきのエスパーポケモンやメブキジカとは桁違いの強さや……一体なんや……?」 「……トキワの力の基本はポケモンの声を聞くこと。……そして、息を合わせて同調すること。……それによって、攻撃力は格段に上がるの」 「……トキワの力……」 「……止め。……『デュアルスプラッシュ』!!」 シャワーズの尻尾から放たれる双璧の水の斬撃が、ビリーとメタグロスを襲う。 「かわさな―――ぐっ!!」 ここで背骨に痛みが走り、ビリーはうずくまる。 「(ここで……カナタのツッコミの影響が……)」 メタグロスもダメージは相当で動けそうにない。 ズドォンッ!! しかし、攻撃は間に入ったポケモンによって防がれた。 「……!」 「……よくやった……カメックス……」 ビリーとミホシの間に入ったのはクレナイのカメックス。 『ワイドガード』を使って攻撃を防ぎきったのだ。 「『ハイドロ……ロケット』!!」 「……無駄」 満身創痍のクレナイとカメックスの攻撃を『溶ける』でいとも簡単にいなした。 攻撃はこれで終わり、今度こそミホシは勝ちを確信した。 だが、次の瞬間、シャワーズの溶けた体からヒョコヒョコと芽が出て、体力を吸い取り始めるのが見えた。 「……!『宿木の種』!?」 ハッとミホシは後ろを見ると、フラフラとした足取りだが、決して倒れない女の子とサングラスのようなメガネを掛けたエルフーンの姿があった。 「……恐怖に打ちひしがれながらも……戦おうと言うの!?」 「……私は……負けない……」 「……この恐怖は……誰もが心を蝕み……堕ちていく絶望の……感情なのに……どうして……!?」 「……恐怖は……誰にでもある。……恐怖することは弱さじゃない。……だから、この恐怖を受け入れて、恐怖に負けない強い心を持つのよ。……この恐怖を知った私はもっと強くなるっ!!」 キッとサクノは挑む目でミホシを見る。 「(……この子は……心が……強い……!!……それだけに……落し甲斐があるわ……それこそ、誇り高き女教皇<アキャナインレディ>!!)」 ミホシはサクノだけに集中し、淡い光を右手に宿し、宿木の影響を受けているシャワーズに力を分け与えてから、指示を出す。 「……この一撃で、決める。……『冷凍ビーム』!!」 草ポケモンのエルフーンには効果が抜群の技だ。 しかも、トキワの力を乗せている事により、威力はノースト地方の時に戦った伝説の氷ドラゴンポケモンのキュレムに匹敵するかもしれない。 「ラック、『綿胞子』!!」 サクノの指示した技は攻撃技ではなかった。 「(……補助技!?……しかも、素早さを下げるしか効果がない技を……!?)」 エルフーンはサクノの思い描いた通りに、正面に綿胞子の塊を十層並べて放った。 強力な冷凍ビームはその並べられた綿に命中し、次々と凍らせていく。 通常ならば、凍らせて、そのまま突き抜けてエルフーンをも凍らすはずだった。 しかし、十層目でその冷凍ビームの勢いは殺された。 すなわち、綿が冷凍ビームを遮断したのだ。 「……どうして!?」 「エルフーンの特性は『いたずらごころ』。補助技を先に発動できるの。それに加えて、私の作ったこのアイテム―――」 と、エルフーンが掛けているサングラスを指差す。 「―――『広角レンズ』と『ピントレンズ』を合成した『クリティカルレンズ』は命中率とクリティカル率を上げて、相手の急所を見切る。それは相手の技の急所も同じよ」 「……つまり、シャワーズの『冷凍ビーム』の急所を綿胞子で覆い隠したと言うこと……!?」 「ええ……。後は任せたわよ……」 そして、サクノは息を付いて膝をつく。 流石のサクノも精神的な疲労がかなりあったようだ。 でも、自分が負ければこの戦いは負けると彼女は思っていない。 自分が今の一撃を凌げば、次の攻撃は彼が絶対に決めると信じていたから。 「ああ、任されたで!」 「……っ!!」 ミホシの後ろをビリーと彼のポケモンが取った。 「仕舞いや!!『ムーンインパクト』!!」 ビリーのピクシーが放つ月の光を宿した正拳。 シャワーズとミホシに炸裂したのだった。 「……ぐっ!!……はっ!!」 シャワーズとミホシはこの一撃で意識を失って行ったのだった。 ……オト……ヨウタ…… ……会えなくて……寂しい…… ……あぁ……誰か……私の感情も……偽って欲しいわ…… 1日が経過した。 ホドモエシティの西の外れの倉庫外。 そこに数人の姿があった。 “ぼ、僕がご主人様ですか!?” メイド服を着せられた少年は、驚くように3人の女の子を見回している。 「そうに決まってんじゃん」 レースクイーンの格好をしたギャル系の女が妙に色っぽい目で少年を見る。 「け、ケビンさんでもよかったんですけど……あの人……本命がいるとかで……相手にしてくれなさそうだし……そのぉ……はわわぁぁ……」 バニーガールの格好をした羞恥心丸出しの気弱系がオドオドと恥ずかしげにそう告げる。 「要するに、私たち全員可愛がってくださいと言う事ですよ」 メイド服を着たスレンダー系のお嬢様系の少女が意味深な笑みを浮かべてにっこりと微笑んだ。 “僕なんかで本当にいいの?” その問いに、3人はにっこりと頷く。 そして、その後の4人の行き先は、誰も知らない闇の中へと消えていった。 「……はぁ……お嬢様が捕まっちゃったかぁ……」 不満そうに酒場で一人飲む赤のセミロングより長めで右垂らしのサイドテールの少女。 今まではチャイナ服を着ていたが、すっかり元通りの格好になっていた(おしゃれなクリーム色のキャミソールにフード付きパーカーを引っ掛けている)。 カラン とロックの梅酒を口に含んで、味を占める少女。 彼女の名はアスカ。18歳。 「物足りないわ……」 彼女が言っているのはやはり日常は刺激が足りないと言うことだった。 「あんなにお酒を飲まされて……あんなことやこんなこと……初めてのことをされて……でもってその生活から解き放たれて、いまさら元の生活で満足できるはずが無いじゃないのっ!!」 ガンッと手で机を叩きつける。 誰もが彼女を一瞥して驚く。 「アスカ……一人なのか」 そこへ一人の男性がやってくる。 「……あんた……」 ムッとするアスカ。 今までどうしてこんな奴の命令に従っていたのだろうと言う思いと、本来なら私が年上なのになんで命令されないきゃいけないのよと言う思いが交錯する。 すなわち、二つの想いは根は同じなので、命令されたことに腹立っていた。 グイッ 「なっ!?」 不意にアスカは肩を寄せられて抱きしめられる。 「君が欲しい」 「なっ!?いきなり何を言い出すんだ!?」 「初めてフエンジムであった時から、僕は君のことを想っていた。でも、当時の僕は奥手だったし、年上だからとか無理かと思って諦めていた。でも……」 ふと、身体を離すと、アスカはビシッと彼の頬を叩いた。 「っ!」 「このヘンタイ!ケビンのヘンタイ!!」 「ヘンタイはお互い様だろ?」 「……うっ……」 アスカは数日前までのことを思い出し、顔を真っ赤にして、黙り込む。 同じくケビンも彼女から目をそらして、言葉を飲み込む。 少しの間奇妙な空気が流れた。 「今の君は18歳。そして、僕は25歳。出会った時は3歳年下だったけど、今は僕が7歳年上。僕が君を守るから、一緒に旅をしないか?」 「……っ!!」 突然の告白に困惑するアスカ。 不意に思い浮かぶ今まで旅をして来た少女の顔。 でも、すぐにその顔は消えて、直近の出来事が思い浮かんでしまう。 それは日常ではありえなかった出来事。 もしかしたら、彼といたらそれに近いことができるんじゃないかと言う打算。 それを考えたら、アスカの答えは1つしかなかった。 「うれしいよ」 酒場で1つのカップルが誕生した瞬間だった。 「…………」 そして、酒場でケビンとアスカの様子を見ていた1つの影はその場からゆっくりと立ち去っていったのだった。 なおこの後、ケビンは有能なポケモンレンジャー&トレーナーとして力を振るい、アスカは酒場の女店主として暮らしていくことになる。 “あの”忌々しい悲劇が起こるまでは…… ―――1週間が経過した。 ―――ホドモエシティの失踪事件は首謀者の一人のカヅキが捕まったことにより、事件は終結したように見えた。 ―――だが、失踪から帰ってきた人々は、時々いつの間にかプチ失踪を繰り返すのだと言う。 ―――その謎は、表には公表されることはあるまい。 「はぁ……ようやく退院ができたわぁ……」 「自業自得だろ」 ビリーのため息混じりの言葉にカナタが傷を抉る言葉を送る。 「オイオイ、このケガは誰のせいでなったと思うてはるんや?第一、俺がケガなんかしなかったら、最初の襲撃の時に遅れなんてとらへんかったわ!」 「う……うるさい!」 と、カナタはビリーに言葉で差し押さえこまれる。 意外と口げんかに弱いカナタであった。 「そういえば、お姉様。あのチェリーさんはどこへ行ったんですか?ポケモンバトルの稽古をつけてくれた礼をまだしてないんだけど……」 カナタが捕まった時、クレナイの妹のチェリーは、カナタを教育するという命をカヅキから貰って、ポケモンバトルの特訓をしていたのである。 すなわち、チェリーはある意味カナタの命の恩人なのである。 「チェリーなら今頃、刑務所よ?」 さらりとサクノは答える。 「え!?何でですか!?」 「だって、人の物を盗むのは泥棒!ポケモンを盗むのも泥棒!それは許されないことなの!法を犯したら法に罰せられる。ルールはしっかり守らないとね!」 純粋なる正義を振りかざし、サクノは何故かキラキラと目を輝かせて、拳をぎゅっと握り締めて、何故かドヤ顔である。 ちなみに、彼女の隣にはいつものモンスターバイクがある。 「あれ、兄の……クレナイさんとか、弁護はしなかったのか!?」 「元々、兄のクレナイさんもチェリーさんを一度警察に突き出すために協力してくれって言われていたし」 「(あぁ、どっちにしても、あの甘うざったい子は見放されていたんやなぁ)」 ビリーは遠い目でチェリーを哀れんだのだった。 「そや。ところでクレナイはんは?」 「私にだけ挨拶して、もうどこかへ行っちゃったよ?」 「なーんや。サクノはんだけにかぁ。にしても、サクノはんだけにってことは、クレナイはんもサクノはんに気があったっぽいやな」 「そんなことあるわけ無いでしょ」 と、緩やかな口調かつ笑顔でばっさりとサクノは否定する。 「それにしても、あの人たち……」 サクノはうーんと首を傾げる。 「どないしたん?」 「お姉様?」 「『オトシガイがある』とか、『あなたは何も知らない子供ね』とか言われたんだけど……結局どういう意味だったんだろうって」 「うーん、なんだろうな?お姉様がわからないのに私がわかるワケないよなぁ」 とカナタは楽天的に呟く。 「…………」 ただ、ビリーだけは微妙な表情でサクノの言葉を聞いていた。 「あっ!ビリー、何か知っているの?」 「あー……ええと、それはやな……」 とビリーはカナタをチラチラと伺いながら、言葉を詰まらせる。 「ねぇ、教えてよ!」 「お、俺には教えられへん!」 「えー、ビリーの意地悪」 と、サクノはなんか可愛くしょげてみせる。 ビリーはその表情に何故か後悔の念を抱かせる。 「それなら、私が教えてあげましょうか?」 「なっ」 「っ!!」 聞こえて来た1つの声。 それはどこかふんわりとした母性溢れる声だった。 そして、彼女は白髪に全体的にふんわりした身体つきをし、白いワンピースを着用していた。 「あのときのナース服女!」 「確か名前は……マキナ!?」 二人は警戒を露にする。 ボールを構えて既に臨戦態勢だ。 「本当に教えてくれるの!?」 しかし、サクノは違う反応を見せ、ビリーとカナタはずっこけてみせた。 「サクノちゃんが本当に知りたいのなら教えてあげるよ。子供から大人の階段を登る秘密をね」 「え、え!?大人になるには何か儀式が必要なの!?」 物凄く驚愕を露にするサクノ。 その表情は女の子同士で恋話をするに近い。 「そうね。とりあえず、私はあなたについていくわ。サクノ。ちょっとした目的があってね」 「目的?」 「ええ。あなたの邪魔はしないよ」 と、マキナはにっこりと微笑む。 「わかった」 サクノは素直に頷くのであった。 「って、素性も分からないしかも敵だった女と一緒に旅するんかいな!?」 「また、何か企んでいるんじゃないのか?」 カナタとビリーは警戒を解かない。 「大丈夫よ」 しかし、サクノは妙に自信を持ってそう言ったのだった。 「よろしくね」 とマキナも微笑んで挨拶する。 2人は仕方がなくサクノの意向に従うことになった。 「それじゃ、後でその話を聞かせてね、マキナさん!」 「いいわよ」 「待て待て待てェっ!!」 ビリーが割って入る。 「こんな得体も知れない奴に教えられるくらいなら、俺がサクノはんに教えるっ!!」 「本当!?」 キラッキラの純粋の笑顔でサクノはビリーを見る。 「あ……ええと……こ、ここでは教えられへんっ!!」 「そ……うなの?ふーん」 そんなこんなで、サクノ、カナタ、ビリー、マキナの4人は新たな町へと旅立ったのだった。 ……ところでこの2人なんだけど…… ―――ホドモエシティの郊外。 「……私にはもう何も残されていないの……?」 黄色いロングヘアに黒いシックのドレスを着た女性が膝をついて、悲しみに沈んでいた。 弟、気になる人、そして、妹……すべてが自分の手から離れていった。 だから、もう彼女は立ち上がることはできないと思っていた。 「哀れだな」 彼女の頭上から男の声がした。 その声を聞いて、彼女は忌々しいその笑顔を思い出す。 「……あなたがいなければ……あの子がいなければ……私は望むものをすべて手に入れられたはずだった……」 「そいつは残念だったな。このド淫乱女」 男はグイッと彼女の顔を持ち上げる。 「救って欲しいのか?その悲しみから」 「…………」 「そんなに救って欲しいなら、おれの女<もの>になれよ」 ゆっくりとした動作で彼女は男を見た。 やはり、彼は笑顔だった。 どんな時でも、その男は笑顔を絶やさない。 いや、彼が笑顔以外の顔を見たのは一度だけである。 「……面白い。……どうして、そんなに私のことが気にかかるのかしら?」 「理由なんて無い。ちょっとした退屈しのぎだ」 かくして二人の契約は成立する。 マサラ4兄弟の長男とトキワの力を受け継ぎし長女は、脚光を浴びることなく、また闇に堕ちる事もなく、平穏な日常へと還って行ったのだった。 第四幕 Episode D&J 停滞のパラダイス⑤ P50 秋 終わり