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たった一つの行路 №282 の変更点


 ノースト地方のジョウチュシティからタイヤキック号に乗ったサクノとカナタ。
 この二人はゆったりとしたクルーズを楽しみ、イッシュ地方のヒウンシティにやってきた。



 たった一つの行路 №282



「…………」
「…………」

 ヒウンシティは巨大高層ビルが並び立つ都市である。
 そのビルの数に伴って、人が溢れかえっていると予想をしていた。
 ところがだった……

「なんで……」

 サクノは目の前の光景を前にして唖然としてポツリと呟き、立ちすくむ。

「本当に一体どうなっているんだ?」

 カナタも同じように信じられないように呆然とこの事態を見ていた。

「どうして、人が人っ子一人も居ないんだ?」

 ヒウンシティのメインストリートと呼ばれる場所を2人は通っている。
 しかし、それにもかかわらず、まさしく誰もいない。
 この街はゴーストタウンと化していた。
 カナタがあっちこっちのビルに無断で入ってみるものの、やはり人の気配はない。

「なんで……」

 サクノは立ち尽くしたままもう一度唖然と呟く。

「一体何が起こっているんだと思います……?お姉様」
「なんで……」

 カナタが尋ねるのと同時に、サクノは地面にペタンと膝をついた。
 夏である現在、照り返す太陽のせいで、アスファルトに熱が蓄えられて相当の熱さになっているはずである。
 だが、直に膝に触れているにもかかわらず、サクノはそんなことに気付かないまま呆然と呟く。

「なんで……なんで……夏なのにヒウンアイスが売り切れなの……?」
「∑お姉様!?何故この状況でアイスなんですかっ!!??」

 この不自然な街の状況を差し置いて、アイスのことしか頭になかった美少女に力いっぱいツッコミを入れる男勝りの少女。
 ずっとサクノが目にしていたのは、前にあるヒウンシティの名物食べ物だった。
 この店でしか売っていないロイアリティーの高いアイスをサクノは欲していた。
 実際に暖簾にデカデカと“ヒウンアイス”と書いてある。
 これは絶対食べなくてはと思ったサクノであったが、毛筆で書かれた半紙にデカデカと“売り切れ”と書かれていた。

「この炎天下の中……他の事を差し置いて、ずっと楽しみにしていたのに……」
「お、お姉様……そんなことより、この街の状況を……」
「カナタ!!“そんなこと”なんて言っちゃダメよ!夏にヒウンシティに訪れたからにはヒウンアイスは絶対なの!」
「うっ……」

 理不尽にもサクノの勢いに押されつつあるカナタ。

「ど、どうして大都市であるヒウンシティに誰もいないという状況よりもアイスのことに目が行くんですか!?」
「それはアイスが食べたいからよ!」

 と、サクノはキッパリと言い張る。
 もう、ここまで言われては、カナタはリアクションとして横にズコーッとこけるしかない。

「あと、カナタに言っておくけど、別にこの街の状況を見ていないわけじゃないわ」
「え、それじゃ……」
「とりあえず、私の優先順位の1位がヒウンアイスを食べるってことだっただけのことよ」
「(だから、どうして、それが1位になるんだよ……)」

 もう、ツッコミを諦めるカナタだった。

 ガタッ

「誰だっ!?」

 カナタは音がしたと思うほうを振り向いてみたが、何もいなかった。

「気のせい……なのか……?」
「……カナタの気のせいじゃないみたいよ」

 ドガッ!!

 サクノが言葉と同時に出したルカリオが吹き飛ばされる。
 地面にゴロゴロと転がるが、すぐに体勢を立て直して、前屈みになる。

「何かが居るのはわかるけど、どこにいるかがわからない……。カナタ、ミズゴロウよ!」
「え?どうして?……!……わかった!」

 サクノの言葉の意味を理解し、カナタはミズゴロウに1つの指示を出す。
 すると、べちゃべちゃとミズゴロウは自分の作った泥の塊で遊び始めた。

「(これで正体が見えるはず……)」
『「アシッドボム」!!』

 ところが、毒系の技で泥遊びが押し返された。

「っ!!ミズゴロウ!?」

 毒を浴びて、あっという間にミズゴロウはダウンした。

「エンプ!『波動弾』!!」

 アシッドボムの攻撃が飛んできた方を投げつけるルカリオ。
 しかし、攻撃は空間上何も当たらずに、壁にぶつかって炸裂した。

「(タイミングはよかったはずなのに。……相手の素早さが高いってこと??)」

 絶対命中の技を呆気なくかわす姿無き敵。
 ルカリオには波動の力で相手を捕捉する力がある。
 それにも関わらず、当てることができないということは、相当の力があることがわかる。
 さらに……

「お姉様、後ろっ! ……ぐはっ!」
「カナタっ!?」

 カナタとサクノに同時に襲い掛かる謎の攻撃。
 それぞれ別の方向から飛んできたことを考えると、それは複数の敵がこの場に潜んでいると言う答えを導き出した。

「(少なくとも見えない敵が2匹居る!!)」

 サクノは間一髪で横っ飛びして交わしたが、カナタは背後からのエナジーボールを受けて気絶してしまった。

「(カナタが倒れている以上、ここで戦うのは得策とは言えないわね)」

 バイクをその場に停めて置いて、サクノはカナタから離れるように走りだした。
 前後から、不気味な音波や見えない刃が飛んでくるのを感じた。

「エンプ」

 ルカリオの帯刀している『貴重な骨』で作った剣で攻撃をいなし、時にはサクノ自身が攻撃を回避するために大きく動く。

「(見えない敵からの攻撃を見切るには、広い場所は不利!……つまり……)」

 走って走って、サクノはヒウンアイスを売っている大通りから、路地裏へと逃げ込む。
 この路地裏は、横幅が人間が二人通れるかくらいの広さの直線だった。
 路地裏に入った瞬間、サクノはルカリオの隣について、指先を今まで進行していた逆方向へと向けた。

「『気合玉』!!」

 両手から繰り出される巨大な波動の塊。
 横幅を塞ぐほどの攻撃の大きさは、確実に追跡する者を迎撃する力を秘めていた。
 ところが、気合玉の効果は意味を成さなかった。

「(当たらなかった……。追跡していないということ……?)」

 そう思ったサクノだが、すぐさま否定した。
 頭の少し上で何かが通過したように風が吹いた。
 感じ取ったサクノは飛びつくようにルカリオと場所を入れ替え、攻撃をかわした。
 何者かの攻撃はルカリオがきっちりと受け止めた。
 それと同時に、ルカリオがハッとして、斜め後ろをブンッと振り向いた。

「……!」

 サクノはその意味を素早く察知した。
 ルカリオは几帳面な性格ゆえに無駄なことは決してしない。
 そんな彼が振り向く理由としては答えはひとつだった。

「レディ!『アイアンテール』!」

 ガキンッ!!

 サクノの眉間と30センチのところで、尻尾と刃物のような何かが火花を散らす。

「エンプ、『聖なる剣』!レディ、『10万ボルト』!」

 ルカリオとライチュウはそれぞれサクノを襲う何かを迎撃するために攻撃を放つ。
 しかし、それぞれから相手の気配が消えて、攻撃は回避されてしまった。
 ルカリオがじっと路地裏の奥の方を見る。
 構えを解いているところを見ると、どうやら離れていっているようだ。

「逃がすわけには行かないわ!エンプ!」

 指示に従い、波動弾を繰り出すが、波動弾は上方へと弾き飛ばされてしまう。
 その時、空間が歪み、何かが垣間見えた。

「今のは……鎌を持ったポケモン……? そして、使った技は…………。それなら、レディー……」

 サクノの指示に従って、ライチュウは腕のいかずちプレートでできた小手を外して投げた。

『もう一度「守る」』

 何か強大な一撃が来ると読んだ姿無きトレーナーは、ポケモンにもう一度、防御の指示を出す。
 しかし、その時、ルカリオが割って入って、守りに入ったポケモンの体勢を崩した。
 ルカリオの『フェイント』攻撃だ。
 これで守るの効果は無効化された。

『……!!』
「Smash!!」

 ルカリオの居る場所目掛けて、超電磁弾<かみなりだま>を打ち込んだ。
 別名、この技をライチュウの異名で『Railgun』と呼ぶ。
 そして、その技の威力によって、一匹のポケモンが地面に倒れ伏せた。

「……ストライク……普通の虫ポケモンね」

 慎重に近寄ってじっくり観察しても、やはりただのストライクだった。

「(一体、普通のストライクがどうやって、あのような透明化を……?)」

 ルカリオが構えを解くのを見て、サクノはライチュウを戻した。

「(襲撃者は逃げたみたいね。カナタの元へと戻らないと)」



 ルカリオの波動の力で敵の確認をしながら慎重に戻ってみると、襲撃された場所にカナタはいなかった。

「……そんな……」

 ペタンとサクノはその場所に座り込んだ。

「カナタが……」

 動揺を隠せないサクノだったが、そのくらいで彼女はへこたれなかった。
 すぐに立ってみせた。

「こうしちゃ居られないわね。どうにか、カナタの手掛かりを見つけないと!」

 今一度、サクノは情報の整理を努めた。
 ヒウンシティは大都市にもかかわらず、人間はおろかポケモンの姿さえ見つからない。
 夏なのにヒウンアイスが売り切れ。
 敵は何かの能力を使っているのか、それともアイテムによる力なのか、技なのか、自分の姿を透明化することができる。
 そして、彼女の疑問と今後の対策は3点に絞られた。
 この街の人間はどこへ消えたのか?
 彼らを探し出すことがこの事件の解決策である。
 ヒウンアイスは人気で売り切れたに違いない。
 それなら、店の店員に早く原材料を仕入れてもらうように言うしかない。
 先ほど襲撃してきた相手は一体何者なのか?
 やはり、捕まえて問いたださないといけない。
 そこまで考えてサクノは一息つく。

「となると、やっぱり、情報が足りないってことになっちゃうわぁ……」

 眉をひそめてさらに脱力する美少女。

「一体なんでこんなことが起こっているって言うのよ」
「噂によると、実験しているって話やん」

 ギクリとサクノは声のする方を振り向いた。
 サクノが出てきた路地裏とは別の路地裏から一人の女性が出てきた。
 青いボブヘアーに白のジーパン。袖と裾にフリルが散りばめられたピンク色の柔らかめのワンピースを着て、ベルトのようなもので絞っている。
 特筆するのは、ベルトで絞っていることにより、腰のくびれがより鮮明に、さらに巨乳であることが明白になっていた。
 Gカップはかたい。

「(……実験?……いやそれより、一体何者?)」

 20代後半の色気を帯びた女性に警戒心を抱くサクノ。

「キミ、サクノちゃんやね?」
「……そうですけど」
「うーん、ウチのこと覚えてないやん?」
「……?」
「10年も前も昔のことなんて、流石に覚えていないやんね。ゴメンやん」

 首を傾げるサクノを見て、一人で苦笑する謎の巨乳女性。
 サクノは怪訝そうな表情でルカリオと共に警戒を強くする。

「ウチはSHOP-GEARのメンバーのユミって言うやん。思い出してくれたやん?」
「……ユミ……カズミさんと同じメンバーの……?」
「そうやん」

 素直に頷くユミを見て、サクノとルカリオは警戒を緩めた。

「(この人がユミさん……。SHOP-GEARのメンバーだと言うことは知っていたけど、実際にどんな人かは思い出せない。よっぽど小さい時だったのかも)」

 そう思って、サクノは改めてユミを見据えた。

「まさか、この事態って、ユミさんがカズミさんに頼まれて調査している事件と関係あるんですか?」
「ぶっちゃけて言っちゃうとその通りやん」

 あっさりとした様子でユミは言う。

「このヒウンシティで街の人が消えて、ゴーストタウン化している原因は、何者かが危険な実験をしているからって言う話なんやん。さらに……」

 ユミは目をつぶって言葉を繋ぐ。

「……その実験には、SHOP-GEARのメンバーが関わっているって話やん」
「…………」

 SHOP-GEAR。
 現在ではノースト地方に名を轟かす乗物屋&修理屋として、ノースト地方に展開されている。
 乗物というのは、現在サクノが乗っている大型バイクやカナタの父親が乗っていた特殊機能満載のエアローバイクなど様々な種類がある。
 修理というのは、それらの乗物だけでなく、電子機械や工業用のロボットでも何でもござれという感じである。
 SHOP-GEARのメンバーの現在のリーダーは、社長も兼任しているカズミである。
 今でこそ、従業員を増やして、会社のような働きをしているが、そうなったのは5年前からの話で、それ以前は細々と修理屋をして、メンバーも数人程度だったと言う。

「それで、危険な実験ってどんな内容なんですか?」
「一通り調べたんやけど、何やら空間に関する実験らしいやん」
「空間?」
「今居る現実的な空間と、有りえないと言われる虚数の空間。その二つの空間を繋げる実験だと思われるやん」
「“思われる”というのは、空間を繋げる目的のほかにもまだあるんじゃないかと、ユミさんは思っているのね?」
「その通りやん。サクノちゃん、飲み込みが早いやん!」

 そういって、サクノのミッドブルーの髪を撫でてやるユミ。
 ユミの行動をサクノはキョトンと受け入れる。

「それじゃ、ヒウンタウンの人たちは、その虚数の空間に存在しているわけなんですか?カナタもそこにいるというわけなんですね」
「そう思ってくれて間違いないやん」

 ユミの話を聞いて、サクノのすべきことは決まった。
 虚数の空間から、カナタやヒウンシティの人々を救い出す。

「そのためには虚数の空間の場所を探さないといけませんね」
「それなんだけど、手掛かりが1つしかないやん」

 ユミは頭を掻いて舌を出してイタズラを見つかってしまった子供のように笑っていた。

「手掛かりというのは、やっぱり、透明な襲撃者のことですか?」
「そうやんね。その人物を捕まえるということが一番やん」



 サクノはユミと分かれて行動することになった。
 サクノが西、ユミが東を散策し、襲撃者をおびき出しながら、虚数の空間のポイントを探索していた。

「とは言うものの、そうそう見つからないよね……ユミさんが1週間探してこの結果なんだから……」

 弱音を吐きながらも、街を走っていくサクノ。
 今の彼女は、オートンシティでカズミから貰った大型バイクを押しながら進んでいた。
 乗った方が早いのではないかと思うが、それだと襲撃者が見つからなかったり、虚数の空間へのポイントを見逃してしまう可能性があるためできなかった。

「(難しいわね……せめて、トレーナーを見つけ出すことができればいいのに……)」

 なんとなくサクノは空を仰いだ。
 空は太陽が沈む時間を迎えていた。
 夏であるため、太陽が沈む時間は19時台である。

「(雲が太陽の光によってオレンジ色になっている……。扇情的な光景ね……)」

 そのまま、顔の向きを斜め上から徐々に上へと向けていく。
 星空が見えるかなとそうサクノは思っていた。
 ところが、サクノの目を捉えたのは、星のようであって、星ではなかった。

「……?」

 よく目を凝らしてみると、何かが徐々に近づいてくるのが見えた。

「……っ!何かが落ちてきている!?」

 よく見ると、それは人だということがわかった。
 重力に逆らわず、その人は落ちてきていた。

「(あのままじゃ、あの人が危ないッ!!) ファイ!!」

 サクノが繰り出したのはチルタリスだ。

「ファイ、『コットンガード』!!」

 柔らかい綿をモコモコとさせて防御力をあげるチルタリス。
 しかし、それだけで受け止めることはできないと、サクノは思った。

「最大防御『Veil』!!」

 綿の翼から柔らかい物体を伸ばして壁のように張り巡らせた。
 それは、『光の粘土』と呼ばれるアイテムだった。
 しかし、一般的な光の粘土と比べると、粘度が格段に違っていた。
 それもサクノのオリジナルでなんらかしらの細工で粘度を上げたに違いない。
 それにより、防御力が格段と跳ね上がり、衝撃等を和らげる効果を働かす。
 ゆえに、その落ちてきた人を受け止めることは容易かった。
 サクノは急いでその人の身元の確認を急いだ。
 紫のロングヘア。ふわふわとした木綿の白い袖なしの上着に胸元のはだけた赤いカットソー。グレーのハーフパンツ。
 170センチ後半の身長、年はサクノよりも何歳か年上の男ということが、ざっくりと見た彼女の推測だ。

「気を失っている。一体、どうして空から落ちてきたの?」



 サクノはバイクの後部座席に男を乗せて、公園まで運んだ。
 そこにベンチがあったのでそこに男を寝かせて、彼を介抱した。

「ううん……」

 さほど時間はかからず、男は目覚めた。

「め……め……」
「め?」

 サクノは彼の顔を覗き込んで首を傾げた。

「め、女神やー!!」
「……メガミ?」

 男の第一声にキョトンとしてサクノは絶叫する男を見る。

「あなた様は女神なんやろー?」
「違いますよ。私はサクノと言います」

 右手を軽く横に振りながら、比較的真面目な顔でサクノは名乗る。

「ほうほう、サクノって言うのかー。いい名前やなー。俺の名前はビリー!よろしゅーな!」

 非常に軽いノリで自己紹介をしてくるビリー。
 差し出された手をサクノは軽く握り返した。

「ところで、どうして空から落ちてきたの?鳥ポケモンから落下したの?」
「実は……」

 深刻そうな顔でビリーは声のトーンを落とす。

「俺は空の国の者でなー、その空の国で近いうちに大事件が起こるって言われてなー、地上を調べてきてくれーって言われて、地上に落とされたんやー」

 と、言ったところで、ビリーはサクノの顔を見る。
 彼女はなんだか、優しい表情をしていた。

「あー、サクノはん、信じてないでしょー!?」
「いいえ、そんなこと無いですよ」
「本当に?」
「私だって雲は食べられるって信じていますから」
「うわー、全然信じてへんなっ!?雲は水蒸気やから食えんよ!」
「えっー!?綿アメみたいにおいしいって誰かが言っていましたよ!」
「そんなの迷信やーっ!」

 それから、虹の上は歩けるとか、オーロラが出現する場所には必ずデオキシスが居るとか、眉唾物の噂を討論する二人。
 そんな話で盛り上がったところで、ビリーは頭を一掻きして、何かを諦めたような表情をし、一息つく。

「やー、サクノはんの言うとおり、鳥ポケモンから落ちて来たんやけど。でもって、サクノはん、腹減らんか?どこかで何か食べへん?」
「じゃ、これ」

 そういって、サクノがビリーに手渡したのは、“もりのようかん”と呼ばれるものだった。

「……何これ?」
「シンオウ名物、“もりのようかん”よ? ジョウト名物の“いかりまんじゅう”も1個あるけどどう?」
「んっ、意外といけるなー」

 と、パクパクと二人はベンチに座って食べ始めた。
 さらにサクノはリュックから紙コップとおいしい水を取り出して、二人で分けた。
 ビリーは礼を言って、半分ほど飲み干す。

「やー、こうして見ると、俺らカップルみたいやなー」
「うん?そんなことないと思いますけど?」
「そんなこと思わないやて?この周りの雰囲気見てみぃ!周りなんか会社員ばかりで、誰も男女がこうしてゆっくりしている姿なんて……」

 と、ビリーは周りを見渡して、そして、

「……あれぇーーー???」

 ようやく状況を把握する。

「確か、ヒウンシティってぎょうさん人間が溢れかえっている場所じゃあらへんかったか?」

 ここでカナタだったら、「遅ぇし!!」ってツッコミを入れるところだが、サクノは真面目な顔で頷く。

「ハイ、実は今この町は大変なことになっているんですよ」

 サクノは茶菓子をビリーが羊羹を食べ終えるまでに、一通りのことをさっくりと説明した。
 その所要時間は約20秒である。

「……なるほど、すなわち、サクノはんは襲撃者を探しているわけやな。なら、俺も力を貸してやるでぇ!」
「え、でも、迷惑じゃ……」
「助けてくれた礼や!そんなわけで、サクノはんは北を探してくれや。俺はこの辺を探してみるさかい」

 断ろうとするサクノであったが、ビリーはどういうわけか諦めなかった。

「わかりました。それなら、そちらはお願いします」

 丁寧な物言いで頭を下げると、サクノはそのまま北へ向かって走り出したのだった。
 ビリーはサクノが走り去る様を片手を大きく振って見守っていたのだった。
 サクノが見えなくなると、ビリーは手を下げて、腰のモンスターボールに手をかけた。
 そして、振り向かずに言う。

「サクノを追うつもりか?」

 ビリーの周りには誰もいないように見える。
 それでも、確信を持ってビリーは、誰かに向かってそう言葉を放った。

「それで隠れているつもりか!?『コメットパンチ』!!」
『……!!』

 何もない空間に向かって、ビリーのポケモン、メタグロスは巨大な鋼の拳を伸ばす。
 パンチの衝撃で電灯が根元からへし折れる。
 しかし、ビリーは破壊した電灯など見ておらず、見えない何かを目で追っていた。

『「火炎放射」』

 空間の何もないところから、突如火炎が現れる。
 通常なら簡単に反応などできないだろう。
 しかし、ビリーは完全にそこから技が来ることがわかっていて反応した。
 すなわち、メタグロスとビリーは火炎放射を回避した。

『お前……俺の姿が見えているのか?姿を隠しているはずなのに』
「どんな原理だか知らないけど、ワイにはその様なトリックは通用しない」
『なんでだ?』
「教えるわけが無いだろ、オッサン」

 ドゴォッ!!

 メタグロスのバレットパンチが炸裂し、姿が見えないはずのカクレオンを壁に激突させる。
 何とか体勢を立て直そうとするカクレオンだったが、すでに追撃が迫っていた。

「『アームハンマー』!!」

 アスファルトの地面にカクレオンを叩きつけて、ダウンさせた。
 カクレオンの特性は『へんしょく』。
 ビリーはそれを利用して、初撃で鋼タイプにタイプ変化させ、格闘タイプの技で止めを刺したのだ。

『ガキが、舐めるなっ!!』

 クールな男の声が、一変して熱血漢のある声に変わる。
 その罵声と共に声の主はポケモンを繰り出していた。

「……っ!!メタグロス、かわ―――」

 ビリーの指示は間に合わない。
 危機感を感じてかわそうとしたメタグロスに追いつき、巨大な頭のハサミがメタグロスをはさんで噛み千切らんとする。

『「バックドロップ」』

 そして、背面とびをし、地面にたたきつけた。
 メタグロスは一撃で倒れた。
 謎の声の主のカイロスの『ハサミギロチン』からのコンボである。

「……デンチュラ!」

 ビリーはすぐさま2匹目のポケモンを繰り出し、電撃攻撃を指示する。
 しかし、同じ電気攻撃でビリーのデンチュラの電撃は弾かれる。

「な……!? デンチュラ対デンチュラ!?」

 透明人間も同じ電気蜘蛛ポケモンを使ってきた。
 電撃対電撃。
 光線対光線。
 同じような技のぶつかり合いだ。
 ときたま、影分身などの補助技、スピードに緩急をつけて攻撃するなど戦略を見せたが、2匹は拮抗していた。

『そろそろくたばってもらうぞ』

 メタグロスを一撃で倒したカイロスを戻した透明人間は、一匹のポケモンを繰り出した。
 体をぐるぐる巻きしにた忍者のようなポケモンだった。

「……アギルダーだと!?くっ、クイタラン!」

 慌てて蟻食いの様なポケモンを繰り出したビリーだったが、

『遅い』

 ズバズバズバッ!!

 デンチュラ、出てきたばかりのクイタラン、そしてビリーに星型の手裏剣で切り裂く攻撃が入った。

『『スターラッシュ』。『スピードスター』を投げずに手で切りつける接近特殊技だ』

 ビリーが動かないのを確認して、デンチュラを戻す透明人間。
 そして、透明人間の姿がアギルダーと共に鮮明になっていった。

「どうして、この子供が見えないはずの俺とポケモンを識別できたか気になるところだが、まぁいいだろう」

 白髪がボツボツ目立つメガネをかけた白いシャツにネクタイをした華奢な中年男性はクイッとメガネのズレを直しつつビリーに近づいていく。
 大体、40代後半と言った所であろう。

「こいつを相棒のところへと連れて行くとしよう」



 ……同時刻……



 ―――???。

「ふふふふふ」

 不気味な女性の声が響く。
 それは不敵な笑みであった。

「制御は89%。ここまでは支障なし。そして、後はこの幻想を真実に変えるだけよね」

 その女性は一見40代の女性だった。
 化粧を散りばめて、大人の色気と知的さを感じさせる憧れのマダムのようだった。
 だが、実際のところ、彼女は70歳を超える年齢である。

「さぁ、ジュン。戻ってきなさい。計画の総仕上げに取り掛かるわよ」



 後編へ続く




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