このたった一本の物語の中で様々な出来事があった。 とある一つの始まりは、過去にルイという魔法使いが光と闇を滅しようとしたとしたことだった。 とある一つの始まりは、リュウというドラゴン使いが自らの世界を救うために旅を始めたことだった。 とある一つの始まりは、タキジという死を詠う者がヒロトに未来を見せたことだった。 それにより起こった出来事は、楽しいことだけではなく、悲しみもあり、時には残酷さを見せつけられることもあった。 P22年、ヒロトとオトハがポケモンリーグ後に結ばれた。 P35年、エバンスが犠牲となるものの、ホウエン地方が沈没した。 P39年、多くの女の子の運命を歪めたオトがアワから姿を消した。 P73年、ラグナとオトノがマイデュ・コンセルデラルミーラを打ち破った。 この一本の物語の中で最後に一つだけ語らなければならない話がある。 時はP50年。 悪魔と称される兄と対極の存在で、正義の心と誇り高き意志を持った少女の最後の旅の話である。 「はぁはぁ……なんて、砂嵐だっ!」 今の今まで、黙々とひたすらに歩いていた。 その均衡を破り、一人の少女が静寂を壊す。 ただ、その言葉を発した少女の服装を見ると、女の子なのかなと誰もが首を傾げる格好だった。 何せラフな水色のハーフパンツに上半身もこれまたラフで大き目のTシャツを着用している。 しかし、この少女はまだ10歳に達しようとしている年齢にもかかわらず、身長が160センチはある。 同世代の女の子と比べたら、頭ひとつ分は抜きん出ているだろう。 「そうね。…………。ビリー、カナタ。休める場所があったらそこで休憩しましょう」 凛として鮮麗な声で女の子を宥めるのは、ミッドブルーのアップのポニーテールを赤い紐でリボンのように束ねる年上の女の子だ。 年齢からして14歳と言う少女は、ラフな女の子と同じくらいの身長だった。 そして、美少女と言う言葉はまさに彼女にぴったりの言葉であるほど、可愛かった。 ところが、そんな美少女が引いている物を見ると、誰もが目を疑うだろう。 2つのタイヤに大きなハンドル、エンジンを搭載した乗り物。 大型のバイク。 それも750CC相当の大型中の大型バイクである。 それを引いているとなると、相当疲れるものだが、彼女は難なくと押している。 全然平気と言うわけではない。 何せ、ここは砂漠の上。 砂でタイヤが取られて、なかなか進むことができないのだ。 本来ならば、ラフな少女を後ろに乗っけて一気に次の町まで駆け抜けるところだった。 さらに美少女がバイクに乗らないのにはもう一つ理由がある。 「いやはや、サクノはん、惚れ惚れしてまうわ。そんなバイクをいつも乗り回してるんやろ?今度俺も乗せてくれや。カナタもまだ、10歳やて言うのに、中々逞しいカラダしてるぜ?」 二人の少女……サクノとカナタと一緒に旅をしているのが、この頭の悪そうな軽い男。 紫のロングヘアにふわふわとした木綿の白い袖なしの上着を羽織って、中に胸元のはだけた赤いカットソーを着用し、グレーのハーフパンツを穿いている。 「…………」 「お前うるせぇよ!」 「カナタ、年上に対してガサツな態度はあきまへんで?敬語をしっかり使いんしゃい」 「なにおー!!やる気か!?」 「前言撤回や。頭脳は子供。身体は大人やな」 「くぅっ!!」 そんな二人のやり取りをスルーして、サクノは前方に建物を見つける。 バイクを引きながら、足早に颯爽とその建物に近づく。 「……これは、遺跡?」 遺跡と思われるこの場所には、いくつかの石像が立っていた。 サクノたちにはポケモンに見えるが、このようなポケモンたちは、未だ見たことがなかった。 「城にも見えるけど。行ってみようぜ!」 「ここで休むんか?まー俺はサクノはんが一緒に休むならどこでも……ってオイ」 ビリーが口説こうとしているが、その対象はすでに傍にはいなく、代わりに大型バイクが存在していた。 カナタが興奮して進んでしまったのを見て、サクノはゆっくりと追いかけて行ったのである。 「砂だらけね」 冷静に周りを確認する。 ポケモンの気配を感じ取って、いつでもポケモンを出せるようにスタンバイしていた。 「うぉぉぉぉっ!!」 「え?カナタ!?」 悲鳴が聞こえた方へと歩いていくと、蟻地獄のような砂上に手が伸びていた。 「カナタ!」 サクノが呼ぶ間もなく、砂の中へとカナタは消えていった。 「いけない……。すぐに下への道を探さないと」 「サクノはん、カナタがどうかしたんか!?」 「この砂の穴に落ちちゃったの。この場所がどんな場所かはわからないけど……どちらにしても、下へ行かないと……」 「それなら、すぐにでも追わんとな!サクノはんはここで待ってんしゃい!俺に任せとき!」 「あっ、ビリー!?」 すると、ビリーはカナタの落ちていった穴へと躊躇なく足から入っていった。 飛び上がって勢いよく突っ込んで行ったために、ズボッと音を立てて、サクノの前から姿を消したのだった。 「あぁもう……」 短絡的なビリーの行動にサクノは呆れて頭に右手を当ててため息をつく。 「これだけ立派な遺跡に階段がないはずがない。脱出ルートを探すためにも、階段を探さないと」 ミッドブルーのポニーテールを揺らし、彼女は慎重に足場を確認しながら、進みだしたのだった。 サクノたちが遺跡に入って30分ほど後に、1つの人影が遺跡に迫っていた。 「なるほど……これがヒヒダルマの石像かぁ……。確かジョウトのいかりまんじゅうをお供えすると動きだすんだったかな?」 何者かは、その石像をじっくりと観察する。 そして、ゆっくりと遺跡の中に入って行ったのだった。 たった一つの行路 №278 「ここに……世界を手にするためのポケモンがいるはずだ……私の求めた……理想郷の……鍵が……」 遺跡の中に怪しい男がいた。 言葉からして、何かのポケモンを探しているようだった。 見るからにして、高齢の男だと言うことがわかる。 だが、高級の黒いスーツでバッチリ決めているからして、どこかの社長や会長に見えなくも無い。 「今からでも、世界を私のものにするのだ……積年の願いを果たすために……!!」 「……ほんと、出会うポケモンすべてが見たことのないポケモンね」 サクノの目の前に現れたのは、お腹にお面のような顔がある不気味なポケモンだった。 その名は、デスマスと言った。 ゴーストタイプの技であるシャドーボールを繰り出し、サクノに襲い掛かってくる。 彼女は、見たことのないポケモン相手に決して遅れを取らず、一匹のポケモンを繰り出した。 シャドーボールは、そのポケモンが拳を振るったことで、相殺してしまった。 この攻撃はただのパンチではなく、拳に纏った水を飛ばす飛び攻撃だった。 「ジャック!」 対して技の指示も出さず、名前を呼ばれたフローゼルは水を纏って、デスマスにアタックした。 素早い攻撃にデスマスは避けられなかった。 しかしながら、その一撃には耐え切った。 ドゴォンッ!!! とはいえ、連続で繰り出されたアイアンテールに対応できず、デスマスはあっという間に地面に倒れた。 「…………」 周りの気配を察したサクノはフローゼルを戻さなかった。 どうやら、デスマスの群れに囲まれたらしい。 「ちょっと、厄介かもね。ジャック、行くわよ」 首に柔らかい羽毛の羽根をブローチのように下げているフローゼルは頷いて、右手を地面に突き立てて、突進する体勢を取る。 「『Aqa Doom』!!」 フローゼルの右手からシャボンのような水の膜が風船のように広がっていく。 その水の膜は風船のようにどんどん膨らんで行き、今いる砂のフロアを覆い尽くす。 サクノ、フローゼル、デスマスの群れは、すべてこの水の膜の中に閉じ込められた。 「さぁ、ジャック!」 フローゼルはジャンプして、水の膜に飛びつく。 すると、フローゼルはその膜に張り付いて、重力を無視して移動し始めた。 デスマスたちは、そのフローゼルの動きに完全に翻弄されていた。 1分後。 十数ものデスマスたちは、すべて地面に倒れていた。 サクノはフローゼルを労って、モンスターボールに戻す。 「特性の『すいすい』がうまく働かなかったわね。これって、相手の特性のせいってことなのかな?」 少しの間考えたが、今はカナタたちを探さないとと、階段の探索を再開した。 サクノはわからなかったが、これはデスマスの『ミイラ』という特性によるものである。 「(私ならここのポケモンはそれほど苦にならないけど、カナタは大丈夫かな)」 サクノの不安は的中していた。 「ぐわっ!!」 巻き上げられた砂塵がカナタに襲い掛かり、彼女は吹き飛ばされて砂の地面にボフンと落とされる。 同じように、繰り出していたニョロゾもカナタと同じようにダメージを受ける。 相手が動けないことを察知して、ワニのようなポケモンは、砂を纏って突進してくる。 ワルビル。 この場所に住みつくポケモンの1つだ。 自在な手足と大きな口を使って攻撃を仕掛けてくる。 「……っ!」 辛うじて攻撃をかわすが、ボフンと砂が巻き上げられて、やはり吹き飛ばされる。 ニョロゾの方は何とか攻撃範囲から離れることができた。 「『水の波動』!」 水の塊がワルビルに向かっていく。 しかし、わざわざ攻撃を受けるわけがなかった。 口から悪のエネルギーを放出し、水の波動を押し返したのだ。 「ちっくしょぉ……」 『悪の波動』を受けたニョロゾはダウン。 突撃してきたワルビルに対抗するようにヌマクローを繰り出すが、ジリジリと押され始める。 「『がむしゃら』!!」 無茶苦茶に力を入れて、ワルビルを押し返したヌマクロー。 その隙をカナタは狙った。 「『ハイドロポンプ』!!」 強力な水流がワルビルを押し飛ばし、壁へと叩き付けた。 ほっと一息ついたのだが、それが命取りだった。 ズモッ!! 「下から!?」 狙っていたように、新たに野生のワルビルが攻撃を仕掛けてきた。 それも、2匹。 カナタとヌマクローは、殴打を受けて悶絶した。 「ぐっ……こんなところで……」 ヌマクローがカナタを気遣ってワルビルと戦うが、ヌマクローに2匹を同時に相手するだけの力はない。 せいぜい、一匹と互角に持ち込む程度。 もう一匹のワルビルが膝を突いて、意識が朦朧としているカナタに近づいてくる。 「お……姉さ……ま……」 憧れの人の顔を思い浮かべながら、頭の中で助けを請った。 そんなワルビルは、容赦なく飛び上がってカナタの真上からのしかかりを決めようとし、 ドゴォッ 何者かに叩きつけられて、頭から砂に突っ込んで埋もれてしまった。 カナタは意外そうな顔をして、隣に立ってきたポケモンと人を見る。 右隣には、対峙していたワルビルの最終進化であるワルビアルが卑しそうな笑みを浮かべている。 そして、左隣にはいつも浮ついていて、へらへらとしている男が立っていた。 しかし、その表情はいつもより真剣であり、彼女の見たことのない顔だった。 「ワルビアル」 ヌマクローとぶつかっているワルビルに向かっていき、片手でワルビルをなぎ払った。 体勢を立て直したワルビルだったが、砂を掻き揚げて勢いよく突っ込んでくるワルビアルに立ち向かう手はなかった。 『辻斬り』を受けて、ワルビルはポスンと音を立てて地面に伏せた。 「大丈夫か?心配したんだぜ?」 ひょいと彼女の腕を掴んで強引に立たせる。 「……な、何だってんだよ!?自分で立てるっつーの!触んな!」 ビリーの手を振りほどき、彼から背を向ける。 「(な、なんなんだ……)」 カナタは戸惑っていた。 よくわからないが、動悸がする。 よくわからないが、顔に熱を持っている。 よくわからないが、ビリーがかっこよく見えた。 今感じている状況を、カナタは理解できずにいた。 何せ、それは初めての感情であったからだ。 トンッ 「うわぁっ!?」 「どーした?」 ただ肩に手を置いただけなのに、顔を少し赤く染めてカナタが慌てた声を出したのに、ビリーは訝しめな表情をした。 そして、ビリーは何かを悟る。 「そーか」 ニヤニヤとビリーは気色悪い笑みを浮かべる。 「カナタ、俺に惚れたな?」 「なっ!?」 「でもダメやでー。俺にはサクノはんが居るんや。浮気はせーへんで♪」 さっきのカッコイイ姿の面影はどこにもない。 「だ、誰がお前に惚れるかっ!!ただいきなり肩を叩かれて驚いただけだ!」 「そうなんか?叩く前に2、3度くらい名前を呼んだけど?」 「え、ウソ?」 「ああ。ウソやで」 メキッ ビリーの顔にカナタの鉄拳制裁が入った音であった。 「とにかく、お姉様と合流して、この遺跡から脱出しないとな!」 「まったくもってその通りやな!」 そして、そこそこの時間が過ぎた。 「結局、砂に落ちて、最下層まで来ちゃったな」 「カナタが走るからやな」 「すべて私のせいか!?ちげーだろ!?お前だって足を踏み外して落ちただろ!」 「1回だけやで。それに、年上の人には敬語をつかいんしゃいって何度言ったら……」 「うるせぇっ!!」 ドゴォッ!!!! ……この音はカナタが殴った音ではない。 「……地面が割れた?」 「一体何!?」 砂の地面があっという間に抉られるパワー。 砂が抉られると、下は岩盤になっていた。 その力に息を呑むビリーとカナタ。 「(俺たちに牽制するような感じだった) 誰や!?」 「…………」 そして、しばし無言の後、割れた砂の一角から一匹のポケモンが姿を現した。 「このポケモンはカイリキー!?」 ノースト地方出身であるカナタはこのポケモンのことを見たこともあり知っていた。 4本の腕で攻撃を仕掛けるパワフルなポケモンである。 「ヌマクロー!」 「ランクルス!」 カナタが繰り出すのは先ほども出したヌマ魚ポケモン。 ビリーが出したのは細胞ポケモンであるエスパー系のポケモンである。 ドガ ガッ!! しかし、一瞬だった。 ヌマクローとランクルスはそれぞれ2本の腕で捌かれて、壁に叩きつけられた。 ヌマクローはたったそれだけでダウン。 ランクルスもダメージは大きいようだ。 「(カナタのポケモンはまったく歯が立たないようだ) カナタ、ここは俺がやるから、下がりんしゃい!」 サイコウェーブで念波を流し、カイリキーの動きを制限する。 その後、接近し、カイリキーにタッチした。 『いたみわけ』で体力を分かち合い、その後、両者のパンチが交錯した。 ランクルスのパンチは物理攻撃だと思わせといて、特殊な波動を放つ特殊攻撃。 ゆえに一撃でカイリキーを撃破した。 だが、クロスカウンターで入ってしまったため、ランクルスにはカイリキー以上のダメージが入った。 「(俺の耐久力のあるランクルスがたった2撃で……並の相手じゃない……!!)」 ランクルスを戻すと、カイリキーを戻すために一つの人影が姿を現した。 高級そうなスーツを纏う社長か会長のような男。 しかし、すでに年齢が後期高齢者と一目でわかる老人であった。 「(なんだ、この爺ちゃん……。危険な匂いがする)」 ビリーはすぐにその雰囲気を察した。 「一体なんで攻撃をして来たんだ!」 その雰囲気を読み取れなかったのはカナタだった。 いつも通り荒削りな言葉遣いを老人に向かって放つ。 「クックック……なんで攻撃してきたかって?邪魔だからに決まっているだろ」 「邪魔……?一体俺たちがなんの邪魔をしたっていうんか?」 「今邪魔なんじゃない。これから邪魔になるんだ。これから、伝説のポケモンを手に入れるために奥へ行く。その目的を邪魔されるのが非常に不愉快だからな」 「伝説の……ポケモン……?」 「ここにその手掛かりがあるといわれている。だから、貴様らに見させるわけには行かない。ここで消えてもらう」 「消えへんでっ!!」 ビリーは新たにピクシーとクリムガンを繰り出す。 しかし、出した瞬間に足場が一気に奪われた。 地面の砂が丸ごと持ち上げられたのである。 「……いっ!?」 ビリーとカナタはあっけに取られるしかない。 「始まったばかりだが……終わりだ」 無数の砂の礫が襲い掛かる。 ピクシーとクリムガンは無数のそれを攻撃で弾くが、ただの砂の礫ではないためダメージは逃れられない。 砂は超能力で固められて、砂のダメージがなくてもエスパーのダメージでジリジリと削っていっているのだ。 「『テレポブラスト』」 移動しながらの攻撃に、なすすべもない。 「(アレはフーディン!?)」 辛うじてカナタはそのポケモンの正体を見破ったが、刹那、砂の礫を頭に受けて意識を飛ばした。 「カナタ!」 「『マインドショック』」 見えない何かが襲い掛かり、一気にはじけとんだ。 そして、無数のエスパーの球が内包した砂が止んだ時、全員倒れていた。 「(つ……強すぎる……ピクシーもクリムガンも呆気なくやられるなんて……どうすればいいんだ……)」 すでに中心であるポケモンが倒されて、ビリーは心が折れかけていた。 「(あのポケモンを倒す策は……)」 目の前に立つフーディン。 スプーンをビリーに向けて止めを刺さんとしていた。 「クックック……冥土の土産に教えてやろう。私の名前はシファー。かつて『闇の帝王』と恐れられていた男だ」 スプーンが振り下ろされる。 ドガガガッ!! しかし、フーディンは何かによって攻撃を受けて、一撃でダウンした。 「……今のは……『Lighting』……」 「…………」 ビリーとシファーは同じタイミングで同じ方向を見る。 そこに立っているのは、ミッドブルーのポニーテールに赤いリボンをした少女だった。 右手にモンスターボールを翳している。 その手からはビリビリと電撃が迸っていた。 「どこかで見たことがある顔だな」 「私はあんたのことなんて知らないけど」 この場に現れたのは、サクノだ。 今の今まで、ダンジョンを彷徨って階段を探しに探していたのだ。 ちなみに、一度も砂地に落ちなかったのは、凄いの一言に尽きるだろう。 「サクノはん……」 「二人とも、じっとしてて。ここは私が何とかするから!」 2人に大丈夫か?とは問わない。 何故なら、傷を負って大丈夫じゃないことを彼女はわかっているから。 大丈夫なんて聞いても、大丈夫と返って来ることを彼女はわかっていたから。 だから、彼女は最初からシファーに立ち向かっていた。 「サクノ……。クックック……なるほど。お前が噂の“誇り高き女教皇<アキャナインレディ>”か」 「…………」 「お前の実力……見せてもらおうか」 後編へつづく