Written by ひぜん ザングースのいるお正月を切り抜いただけの、オチも何もないおはなし。 ---- 客に終われ上司に抑え込まれる日々から逃れ、お正月という名の時空間に歪められたこの世界でただ一人、寝る。 ひたすらに、寝る。 なんと言ったって、今は三箇日の真っただ中。こんな日に仕事場に出ろという方が酷である。 世間は初売りだの年始イベントだので新年早々から慌ただしい人もいるみたいだが、わたしゃ知らないね。 機械だろうと人間だろうと、休みなく動かし続けていれば壊れてしまうのさ。この貴重なお休みカード、私はオフスイッチに切らせてもらおう。 というわけで、寝る。ああ、幸せだ。 寝正月という言葉が人の形をしているのが今のわたくしなのだろう。 包み込む温熱に体中の力は抜け、緩み切った精神状態となれば、普段人前で出来ないことも平然とやってのけて見せられる。 大胆な妄言を証明するように、今私が背負っている密室空間にぶふっ、とガスの小爆発音が響いた。 構わん。女であろうと、出るものは出るし、臭うものは臭うのだ。 なんと言ったって、ここは彼氏ナシ独身女の牙城。どれだけ非情な振る舞いを行ったところとて、歯向かう家臣はおろか反応する相手もいないのだ。 ……言っていて悲しくなる。人肌が、恋しい。 「グゥッ……」 不意に芽生えた寂しさを否定するように、隠れていた毛むくじゃらな同居人、もとい同居ポケモンがもぞもぞとこたつ布団の中から這い出てくる。 おお、友よ。やはり君だけは別なようだ。唯一プライベートの生活空間を共有しているだけのことはある。 だがしかし、私に向けられる顔には明らかに慰めたり労わってくれるような表情は見られない。むしろ、恨み節をぶつけに出てきたと言った様子か。 そういえばそうだった。寒さから身を護るシェルター内でテロ紛いの爆発事件を起こされれば、否が応でも新鮮な空気を吸いに出なければならないか。悪かった。 「わりっ」と一言、床面に張り付きながら軽々しく謝れば、納得はいかないんだろうがそれ以上責め立ててくることはしなかった。 替わりに一度こたつから這い出し、閉じこもる臭気を追い出したいのか、テーブルが落ちない程度に掛布団をばっさばっさと煽ってみせる。失礼な奴だ。 おかげで、せっかく保たれていたぬくぬく世界は崩壊し、現実を突きつけるような冷気が舞い上がった埃とともに私を襲う。 はぁ。正月を言い訳にしてサボっていた家事もそろそろ限界だろうか。住居というのはとても素直なもので、少しでも掃除を怠ればすぐに目に見える形で現れる。 お金は溜まらないくせに、埃と脂肪だけは簡単に蓄えられていくのだから世の中納得がいかない。 納得がいかなくても不必要に溜まっていく物は溜まっていく。時間は、動いている。 音の無い世界から逃れるためだけに、興味もない正月特番を垂れ流し続けるテレビを見てみればAM11:00を過ぎたところ。 仕方がない、そろそろ私も動くとしますか。 「さぁ……って、掃除するから、ザングースも手伝って」 先程まで埃をたてる主のいた場所に目を向けてみると、満足したのか再びこたつの中へ頭から突っ込んでいる。反応する気はないようだ。 毛の生えたゆで餅を引っ張り出し、美人なお姉さんからもう一度、“優しく”お願いしてみる。 「ねぇ、ザングゥス、おねがぁい」 馬鹿にするような鼻息一つだけが返ってきた。 野郎、主人たる私からの掃除要請、もとい可愛い子ちゃんからのお願いを無視するとは、いい度胸じゃないか。 よろしい、そっちがその気なら私にも考えがある。 丁度今、ヒントになる映像がテレビ中継を通して私に送られてきたところだ。私も試してみようじゃないか。ふふふ……。 『さぁ、早速名人の早業餅つき、見せていただきましょう! お願いします!』 『宜しくお願いします。では!』 「あーよいしょ!」 パァン! 「ザッ!?」 「あーよいしょっ!」 パァン! 「ザッ」 「あぁーよいしょぉ!」 バチィン! 「ザァ゛ッ」 テレビに映される高速餅つきに合わせ、こちらも手元の“尻餅”を華麗な手さばきで叩きつける。 もはや、つき手なのか返し手なのか動きがあべこべに混ざり、餅つきの原型など留めていないが気にしない。 徐々に速度が上がる早業に負けまいと、私も餅が起き上がるまで叩き続ける。 しかし、こうやって早業餅つきを見てみると、本当に餅を返しているのかよく分からない。 動きを最小限に抑えようとするあまり、返し手も餅を手で叩いているだけにしか見えない。私もやっていることは同じか。 名人芸に対する素人から見たいちゃもんを巡らせる中、尻餅からあがっていた呻き声が聞こえなくなったことに気が付き、手の動きを止める。 「……&ruby(zzz){グゥー};……」 集中力が途切れて中途半端に落ちた力加減が、逆に気持ちよかったらしい。紛らわしいが、明らかに鳴き声とは違う寝息が聞こえてくる。 お前というやつは……。 「起きんかぁい!!」 ---- ようやく重い腰を上げた一人と一匹で、この正月に溜め込んだ汚れを落としにかかる。私は、水回りの掃除から。 ザングースには、リビングの家具周りの埃落としをお願いしている。 本当なら、もっと具体的な掃除をお願いしたいところではあるが、相手はポケモンだ。体の構造上、向き不向きはあることぐらい頭には入っているので、無理強いはしない。 一度風呂場の掃除をお願いした時に、終わり際に自らが濡れモップとなって床を水浸しにされた失敗があるので、仕事を与える際は私もよく考えるようにしている。 それに、私が水回りを済ませている間にリビングの上の汚れを落としてもらうことで、後に掃除機をかける際に二度手間にならずに済むのだ。 よりスムーズな仕事分担が時間短縮に繋がり、労力の削減になる。素晴らしい。 元々掃除は小まめにしている方だ。もっというなら、大掃除明けでもある。正月分の汚れさえ落とせばすぐに終わる。 それにここはワンルーム賃貸なのだ、いずれにしても時間はかかるまい。 「終わった?」 水回りを終えリビングの掃除機をかけようとドアを開けると、先程は見受けられなかった巨大な&ruby(ザングース){綿埃};が半分、こたつに突っ込んだ状態で床に落ちていた。 ご丁寧に、渡していた雑巾は畳まれている。 「……」 だらしない姿にすぐには反応せずに棚回りなどを確認してみれば、薄っすらかぶっていた埃の層は見当たらない。やることはやっていたらしい。 言われた仕事を確実にこなし、終わればすぐ&ruby(帰宅){こたつに入る};。ホワイトの鑑か。 「まぁ、良しとしますか」 ただ、残念ながら君の安住の地は、ただいまより掃除のため一度更地にさせてもらう。 こたつの電源を落とし、一度その掛布団を上にまくり上げれば、顔を引っ込めたこたつむりの中身がさらけ出される。 埃まみれの顔にはあからさまに嫌そうな表情を浮かべていた。 面積などたかが知れている部屋の掃除機がけも終わりを迎えたところで、ふと左足首を何者かに捕まれる。 何者か、なんてぼかした表現をする必要など微塵もないのだが。振り向けば、うつ伏せのままこちらに這い寄ってきたらしい屍が一匹転がっている。なんの映画だ。 「しょうがないなぁ」 可愛げのない訴えだが、求めるものは分かっていた。埃まみれだったから、むしろ丁度いい。 一度家具の脚に引っかかっていたコードを解き伸ばして、ザングースに向き直る。 そのまま吸引口をザングースの背中に当て、弱のボタンを押す。 「グゥ~~~」 自らがゴミのような扱いを受けているというのに、とても気持ちよさそうな声をあげる。 そう、うちのザングースは、掃除機で吸われるのが好きなのである。何がいいのかは分からないが、とにかく本人はこれがお気に入りなのだ。 最初は、動こうとしないザングースが邪魔だったので、面白半分でやっていたのだが、いつの間にかくせになってしまったらしい。 カラ、カラ、と床を掃除するようにヘッドを動かしてやれば、刺激が程良いのかわずかに毛が逆立っているのが分かる。 背面が終わり、前面の埃を吸うために仰向けになる様指示を出せば、すぐにゴロンと寝返りをうつ。 こたつから出るときもそれくらい素直に従って欲しいのだが。 お腹の肉を吸い終え、顔に移るためにヘッドを外し、ノズルを直に顔に当ててやる。 吸い込み口を完全に贅肉に塞がれ、吸い込めないと轟音を上げる掃除機をよそに顔回りも吸っていく。 耳元でこんな騒音を立てられたら、普通良い表情なんて出来ないと思うのだが。 反して幸せそうな顔をしちゃって。羨ましくはないが羨ましい。私も、お金が溜まったらエステなんてものを受けてみたい。 顔回りを一通り吸い終わり、理由もないがまたお腹周りをノズルで吸ってやる。腹回りの無駄な肉が見事なまでにノズルに吸い付き震える。 「脂肪吸引か」 文字通りすぎる光景に、思わず考えてしまう。ザングースの標準体型とは、どのようなものなのだろうかと。 電源を止めると、物足りなさそうな目線をこちらに向けてくる。流石にいつまでも吸っているわけでにはいかないよ。 「お昼、食べよっか」 丁度いい時間。特大の餅を付き回したことだし、今日はおしるこにしようか。 ---- オチはないがオモチたっぷり。 我が家のおしるこは「塩」を多めに入れるのが特徴です。 執筆期間:1月4日15時~19時 #pcomment