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くびなしピカチュウのろいのこ の変更点


ご都合主義全開。SSだからもう突っ込まないでねえへ
[[書いた人<ウロ]]
[[書いた人>ウロ]]
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「ねえねえ、首なしピカチュウって知ってる?」
 いきなりなんだよ、とロメロは背筋を震わせました。実はロメロ、怖いものが大嫌い。本当に怖いと思ったものこそ、怖いと思ってしまうのです。ロメロにはそれがわからなくて、その話題を振ったパロメはそれがよくわかっています。ポムスと言えば、ただお煎餅をバリバリかじってボケっと本を読んでいました。
「そ、そんな物騒なピカチュウ知らないよ、怖いからそういう話をするのはやめてよね」
「ふーん、ロメロ、昔っから怖がりだもんね、うんわかった、やめる」
「怖がりじゃないよ」
 ロメロはムスッとして顔を顰めさせました。平和な平和なこの村にも。怖ーい怖ーいお化けの伝説や、悪いポケモンのいた洞窟など、眉唾ものの話がたくさんあります。それらを聞いたうえで、ロメロはそんなもの出鱈目だと鼻で笑ってきたので、ますますそう言われるのが我慢なりません。それは彼自身、お化けやら化け物やらを信じない性質だからです。だからこそ、怖いものが昔から苦手だったということをずっと知っている二人の言葉を聞くと、ますます自分が許せません。相手ではなく、自分がです。
「怖くないよ。首があってもなくてもピカチュウなんでしょ?だったら、僕が見つけてやっつけてやる!!」
 大きな声を出しておなかのホタチを力強くたたきます。食べたばっかりで思い切りお腹をたたいたので、うっと口から食べたお結びのかけらを吐きだしそうになりました。
「ほんとに?それじゃあ私と、まっくろやしきを探検に行こうよ」
「いいよ!!ぼ、僕は怖くなんてないからね」
「うん、私も楽しみ、今まで見れなかったから、首なしピカチュウってどんなんだろうって、ドキドキしてるのー」
 このパロメ、実はポムスとは対照的に怖い話や何かが出そうな場所が大好きなのです。そんな彼女がきゃっきゃと燥いだ声を上げているのと対照的に、ロメロは極力行きたくなさそうな顔をしています。口では何と言っても、怖いものは怖いということでしょう。
 そんな二人を見ながら、ポムスはお煎餅をポリポリとかじりながら欠伸をひとつしました。眠そうな瞳をこすりながら、まっくろやしきについて思い出すように首をかしげます。読みかけていた本にしおりをはさんで、どこだっけ、と口に出しながら、思い出しました。しばらく模索しているうちに、この村からずっと先にある原っぱの深い森の奥に、古い古い洋館が一つ立っていることに気がつきました。そこには恐ろしいお化けが住んでいて、であった者の魂を抜き取って殺してしまうという噂が飛び交っていました。はたしてそれが正しいのかどうかはわかりませんが、夜に行くと明かりがともって何やら喧騒が聞こえるという噂は耳にしているポムスは、首を捻りました。
(うーん、夜になると騒ぎだすって、逆にうわさになりやすいけれど、どうしてそんなにうわさになりやすい時間帯に騒ぎだすんだろう)彼の頭はちょっとだけ意識の奥まで入り込んで、一つの疑問を引っ張り出しました。時間帯によって変化する喧騒は、人通りの多い昼、人通りの少ない夜、街々の具合によって変わりますが、どうにもこうにも、夜の方が人通りは少なくなるのは事実ですが、夜に後ろめたいことや騒いだりしていると、どうにもお昼よりもばれてしまう気がするのです。(夜にそんな騒いでたら、逆に印象に残っちゃう気がするなぁ)見る者の印象によって様々ですが、ポムスは少なくとも夜に人目を憚って何かをしていたり、明かりをつけて騒いでいたりもしたら、逆にそれは強烈に印象に残ると考えています。それがどのようなものであるにしろ、恐怖を感じるよりも先に気忙しいときに何かをしていたほうが、通り過ぎるものとしてみることができる、その場合はほとんど目に映ることなく印象に残らないと考えていました。これは彼がそう思っただけで、本当のところはわかりません、ですが、夜にそんなことをしていれば噂にもなるだろうと、眠たい瞼をこすって、もう一度大きく欠伸を噛みました。
「もしかして、わざと気がついてほしくてそういうことしてるのかもね」
 ぽつり、とつぶやいた言葉は聞こえません。ロメロは明日に備えてがたがた震えてベッドにもぐりこんで、パロメは楽しそうにいろいろな想像を侍らせていました。二人の印象も見た目からは様々で、これも一つの個性の違いなのだろうと思い、ポムスはくすりとほほえみました。こんなにも違う個性だからこそ、二人はこんなにも仲良しで、僕たちはこんなにも仲良くなれるんだと、心ではそう思っていましたが、決して口には出しません。そんなことを言ったら、恥ずかしいからでした。
「おやすみ、ロメロ、パロメ」
「お、おお、おやすみっ」
「おやすみー、ポムス」
 ロメロはろれつが回らない巻き舌を必死に動かして、震えながら布団をかぶりました。あらら、この調子だと、明日はもっと怖い目にあって悲鳴を上げるかもしれません。一方、パロメの方はわくわくしながら布団をかぶりました。とっても楽しそうな顔をしていましたが、すぐに数数と穏やかな寝息を立て始めました。幸せそうな顔をいっぱい顔に浮かべて、きっと夢の中で彼女にとって楽しい夢が展開されているのでしょう。
 おびえるもの、見守るもの、楽しむもの。三人で個々の意識は違うけれど、共通するところは。夜は早めに寝てしまおう、ということでした。


 次の日の夜に、原っぱに集まったロメロとパロメ、ポムスは興味がないので、おうちで御留守番です。
「えへへ、楽しみ楽しみ、きっとお化けがでてくるよ、いっぱいでてくるよ」
「怖いこと言わないでよ、で、ででで、でてきたら、しぇ、シェルブレードで、さ、三枚お、おおろしだもん」
 瞳に涙を浮かべながら、ホタチを構えます。ミジュマル独特の構えを見て、パロメは頼りにしてまーすと、元気に声をあげました。
(精一杯怖がって、ロメロに守ってもらわないと)
 彼女は道中、あわよくばロメロとあーんなことやこーんなことになれたらいいなと、想像を張り巡らせて微笑みます。ほっぺが林檎の色に染まっていやんいやんと首を左右に振って笑います。
「い、行こうパロメ、怖くないよ、大丈夫、この森を入ったら、もう後戻りできないんだから」
「うん、行こう行こう」
 パロメはカンテラを片手に持ち、ポムスからもらった火種を使い、火をつけました。火種と言っても、火薬の粉末が中に入っている球を少しもらっただけで、大した炎はおきません。しかしカンテラの明かりが、ロメロを少しだけ落ち着かせるのでした。
(あ、明かりがあるとないで、ぜんぜんちがうなぁ)
 森の中に入ると、夜に活動する鳥ポケモン達が鳴きました。飛び立つは音はバサバサと、木々のざわめきはさわさわと、奇怪数奇で奇奇怪怪な音を二人の耳に運びます。背筋が寒くなって、小さく悲鳴を上げると、ロメロはいつも以上にパロメに密着して、目を固く瞑って、ホタチを構えます。
(わわっ、ロメロ、あったかぁい……)
 ほっぺがゆるりとひっついて、パロメは心臓がバクバク鳴りました。好きな人と一緒にいられるだけでも胸が苦しいのに、こんなにひっついて大丈夫だろうか?そんな疑問もすぐにかき消えるほどいつも以上のドキドキが頭のてっぺんからつま先まで駆け巡り、ロメロの体温と汗を感じて、自分までもが火照ってきます。何だか淫靡な雰囲気になったところで、ロメロが密着しすぎて先に進めないことに若干苦笑しました。
「ロメロ、歩けないよ」
「わわっ、ご……ごめん」
 悪いことをしてしまったようにロメロは謝りました。改めて前を見ると、真っ暗な森が空洞のように広がって、妙な静寂に時折揺れる木々の音が、恐怖と不安を加速させます。こんなに怖い目にあったことはそうそうないと思いながらも、やっぱりこんなところで怖がっていては、パロメに情けないところを見せてしまうと思いました。なんだかんだいって、女の子の前では格好をつけたがるロメロも、実はまだまだお子様なのかも知れません。
 暗がりを進んで、ロメロは何度も手の中でホタチを持ち変えました。逆持ちしたり、居合の構えでずり足移動したり、はた目から見れば変ですが、やっている本人はまじめそのものです。それほど怖くておっかないという思いがロメロの中にはたくさん走っていました。
「ロメロ面白―い、ピエロさんみたい」
「茶化さないでよ……怖いんだから」
 パロメの前では正直なロメロです。いまさら怖くないといっても足が震えているので説得力がないと感じたのでしょう。強がるのはやめて、自分とパロメの実を最優先に考えていました。
(何が出てくるんだろう……)ロメロは唾を飲み下して、必死に目を凝らします。暗がりで視界が慣れてしまった今、見えるものは最低限見ておこうと必死にあたりを見渡します。カンテラの明かりだけでは当たり全体を見渡せません、電気タイプのポケモンがいればよかったとひぃひぃ言いながら、ロメロは震える体を抑えてホタチをもう一度持ち変えました。(う、後ろからとかやめてよ……)
「ばぁ」
「えっ?」
 ギャーとか、うわーとか、そんな悲鳴を上げる前に、ロメロは顔面蒼白で声のした方へホタチから発生した水の塊、シェルブレードを振り回しました。逆袈裟に一閃、飛沫がとび、水滴が宙を舞い月光に照らされて美しく光ります。水圧を利用した強力な一閃は、いとも簡単に避けられました。
「ちょっと、あぶないなぁもう!!」
 聞きなれた声と振り下ろされた拳骨に、痛みと恐怖でロメロは遅れたように悲鳴をあげました。ギャーとか、うわーとか悲鳴をあげて、拳骨されたところをさすりました。
「あ、あれ?そんなに痛かった?」
「あー!!ノエルさんだ!!」
 パロメはノエルさんを指さして大きな声をあげました。原っぱにある自分達の集落からは遠く離れてはいますが、しぃ、とノエルさんは人差し指を口に当てました。
「こんな時間まで起きて、明かりが見えたから後をつけてみたら、もう秋月よ?肝試しにはちょっと遅いわよ~」
 からから笑うノエルさんを見て、パロメはムスッとします。何だかやり切れないものを感じたのと同時に、また二人っきりじゃなくなったことにたいして、「こども」と見られている自分に対して「おとな」への壁の隔たりを感じました。
「ノエルさんはどうしてこんなところまでついてきたの?」
「二人とも知ってる顔だったからね、大方、首なしピカチュウの噂を聞きつけたんでしょ?」
 それはもちろん、とパロメは得意満面、隣のロメロははぁはぁと喘ぎながら、恐怖と痛みと格闘していました。
「私も長老様に調査を頼まれたの、平和な場所でこんなことが起こるなんて、信じられないってね。もちろん、私も幽霊の存在を信じてないわけじゃないけれど――」
 言って、ちら、と横目を流します。この先にどうやらまっくろやしきがあるらしいのですが、進んだ先には明かりがともって、何やら喧騒が聞こえます。この原っぱはほかの場所とは違って、ちょっと昔の古臭い感じがしますが、その洋館は瓦斯灯がついて、門扉がついて、立派に佇んでいます。ハイカラな洋館という表現が正しいような、遠目から見てもそれがわかりました。ゆっくりと明かりがぼやけるそれは、鬼火のように見えて少しだけ不気味に見えなくもありませんでした。
「ただあんなに豪勢な明かりがついていると、なんか幽霊っていうよりは不思議な洋館っていう感覚が大きいかもね」
「不思議?」
「そう、不思議」ノエルさんは胸の突起を光らせて、瞳を怪しく光らせました。何もかもを見通す瞳、ミラクルアイという力で、洋館を遠くから摩訶不思議な視界が覗きます。「うん、やっぱり変だよあの屋敷。不思議な気が満ち溢れてる、そうね、少なくとも生きてないポケモンの気配は感じないから、生きてるポケモンの気配しかしないもの」
 え、とパロメは声を漏らしました。それはどういう事だろうと思い進んでいると、すっかりあたりには暗闇の帳が落ちました。まばゆく光る光点はいくつも散りばめられて、寒空と相まって賑やかに光ります。それは奇妙な調率を合わせて、不協和音のような感覚を視界にぶつけられます。感覚が錯綜して、頭を捻ると、ノエルさんは手でパロメとロメロを制しました。
「ついたわ」
 ノエルさんは固い閂がかけられた門を、念力を使って閂を抜き取りました。錆びついた鉄が擦れる音がして、ぎりぎりと軋む音が耳に撫でるように走ります。背筋に寒いものが走って、心臓が飛び出しそうになるのを抑えて、ロメロは痛む頭を抑えていた手を、ホタチの方へ移動させました。
(や、やっつけてやるぞ、ノエルさんもいるんだ)
 ロメロは心の中で何が現れても大丈夫というような確信のようなものはありませんでしたが、恐怖や震えはノエルさんのおかげで納まりました。それはやはり、こどもだけというよりも、おとなが付いてくれることへの安心感というものがあったのでしょう。そこから生まれるものはゆるりとした安心感と絶対的な信頼のようなもの、ノエルさんを見てはうんうんと頷く彼を見て、パロメは面白くなさそうな顔をしました。
(ふーんだ)
 先ほどのドキドキはどこへやら、完全に冷めてしまった彼女はさもつまらなさそうな顔をして、地面に置いてあった石を蹴り飛ばしました。ポーンと宙を舞って、茂みの中に落ちた石を見つめて、少しはフラストレーションが発散されたのか、悪くなさそうな顔をして微笑みました。くすくすと笑う彼女を遠巻きに見つめながら、ノエルさんとロメロは真剣そのものの表情で、門扉を過ぎ、屋敷の扉をゆっくりとあけました。それを見たパロメも慌てて二人に続きます。他のことをしていると置いて行かれると感じたのか、パロメも次からはちゃんと二人を見ていようと思いました。
「………」
「誰も……いませ――」
 誰もいませんねと言おうとしたロメロは声にならない呻きを漏らしました。ギャーとわひーとか言わないのが救いだったのか、とにかく何か信じられないようなものを見て、さすがに先ほどのように切りかかることはありませんでしたが、シェルブレードを作り出して、縦に構えます。
「っ」
 ノエルさんも何かに気がつきました。薄闇でよく見えないうえ、パロメのカンテラはこういう時に限って火種が燃え尽きて、炎が消えてしまいました。完全に暗くなってしまう前に、ノエルさんは自分の体を光らせます。フラッシュと呼ばれるその技は、暗い周りを明るく照らします。まばゆい光が洋館全体を照らして、装飾品や立派な調度品がおかれたホールの全容があらわになります。さまざまなところに意匠の影が見え隠れして、埃を被ろうが朽ちかけていようが、それは確かに立派な洋館だとわかりました。しかし、古びて錆びついてしまった洋館にはお化けが住む、その言葉を表すように、中央階段の左右に分かれる開けた場所に、食事を乗せた盆を持ったピカチュウが立っています。黄色い体にギザギザ尻尾、尻尾の先が分かれているので、このピカチュウは♀です。
――首から上がすっぽりと無い以外は、いたって普通のピカチュウでした。
「出たっ!!!」
 パロメは興奮して声をあげました。それに気がついたのか、ピカチュウも慌てて左右を確認するような仕草をとりました。それは首があったころの名残なのか、それともなくした首から上を探しているのか、それはわかりませんでした。ロメロは構えを解くことがなく、またノエルさんも、何かを探るようにそのピカチュウを見ているだけでした。
 ピカチュウが動きました。それに合わせて、ノエルさんは逃がさないといわんばかりに、念力を働かせてその首なしピカチュウの動きを止めました。ぴたり、と宙に浮かび上がり、身動きの取れないピカチュウを見て、ロメロは内心でほっと溜息をつきました。幽霊なら何も効かないと心のどこかで思っていからかもしれません。念力が聞いたということは少なくとも倒せない幽霊ではないということです。もしノエルさんがやられてしまったら、自分しか戦えるポケモンがいなくなるとロメロは思いました。
 首なしピカチュウは何かに怯えるように体が震えていました。はた目から見れば不気味なのはどう考えても首から上がごっそりと抜けているピカチュウの方なのですが、ノエルさんは念力で盆を地面に置くと、ゆっくりとピカチュウをこちらへ近づけました。何かを確かめるように体中をぺたぺたと触り始めたときに、ロメロは驚いてホタチを取り落としてしまいました。そんなロメロに目もくれずに、ノエルさんはカタカタと震えているピカチュウの体をゆっくりと触り、脈を取りました。
「うん、このピカチュウ、生きてるわ」
「ええーっ!?」
「い、生きてる!!??」
 生きているという言葉にびっくりしたのはそうだったが、ピカチュウもまるで驚いたように体を硬直させました。それは自分が生きているとわかってくれた日をと見つけることができたことに対して感動していたのかも知れません。念力を解いて、ゆっくりと地面にピカチュウが下りると、ノエルさんは首を傾げました。
「君はなんで首がないのに生きてるのかな?首の血管が詰まって体のめぐりがそこでストップされてるから、生きてるとか」
 声は聞こえるのか、左手を慌ただしく横に振ってピカチュウはそれを否定しました。
「ふーん、じゃあ、首がなくなった理由はなぁに?」
 平気な顔をして首なしピカチュウと話しているノエルさんを見て、パロメは尊敬の眼差しを、ロメロは畏怖のようなものを感じました。これは完全に二人の意識の違いでしょう。パロメはすごいすごいと思い、ロメロはおっかないと思っています。むしろすごいのは何も考えずに首なしピカチュウを触れるノエルさんではないかと思うくらいでした。
「の、ノエルさん怖くないの?」
「うん」ノエルさんはロメロの疑問にあっけらかんと回答しました。「別に怖くないよ。首がないって思ったときはちょっとびっくりしたけれど、私たちと何ら変わりないポケモンだもの、危害さえくわえられなければ大丈夫よ。それに、このピカチュウおとなしいしね」
 ノエルさんの飄々とした態度に、溜飲が下がりました。自分が見たらきっとおっかないと思いながら件を振り回すのかと思いながらも、それをしないのはノエルさんがそんな風に、相手を思いやれるからなのかと思いなおし、自分は怖いものを見ただけで騒いでしまう子どもなんだと思いました。
「んー、ロメロ君の意見は間違ってないよ、怖いものがない子なんていないから、それでいいの、大人になったら、それを克服できるようにしないとね」
 心を呼んだかのようにノエルさんが笑うと、むむ、と顔を顰めさせました。自分達はまだこどもと見られているのが少しだけさみしい思いが心の隙間に入り込みます。やっぱり行動を取り繕っても、まだまだ子供、という意識を持たれていることは否めず、早く大人になりたい、と、願うばかりでした。
 そんな思いが頭の中をめぐっていると、首なしピカチュウは立ち上がりぺたぺたと歩き出します。指をさして、明かりのついている部屋を刺しました。これはついてきてほしい、という意思なのでしょう。ノエルさんはゆっくりと頷くと。パロメとロメロに声をかけました。
「二人とも、離れないようについてきてね」
「はい」
「はーい」
 ロメロはもう一度気を引き締めて、ホタチを握りしめました。もしかしたらこれは罠だ、そんな思いが頭の中をよぎります。もちろんそんな風に考えるのはいけないことかもしれませんが、得体のしれない屋敷に得体のしれない首なしピカチュウだと、そう思わざるを得ません、警戒を解いたノエルさんですら、やはりまだ不安が残っているのか、きょろきょろと視線を動かして、何かを探るような視線をやめませんでした。
 明かりがついた場所の部屋に入って、そのまま首なしピカチュウは本棚を力いっぱい押しました。ずっしりと重みのある本棚がからからとかわいた音をたてて動きます。下に滑車がついていて、そのまま移動できる仕組みになっているようでした。本棚が移動したら、何もない壁、と思いきや、まるで秘密基地の入り口のように下りる階段が姿を現しました。本で見たような展開に、パロメはドキドキ、ロメロは心臓バクバク、ノエルさんは何かを考えるように首を傾けました。
 首なしピカチュウが促すようにそこに進んでほしいというものを態度で示しました。それに導かれるようにノエルさんはロメロとパロメの手を引いて地下室に続く石造りの薄暗い階段をゆっくりと下り始めます。
「わ、ここなんかぬるぬるするぅ」
 パロメは嫌そうな顔をしましたが、我慢してくださいと言わんばかりに首なしピカチュウが先に進むように促したので、パロメは文句をぶーたれながら進みます。一方ロメロはしんがりが一番嫌なのでノエルさんがしんがりとなり、パロメを先頭にして、自分は挟まれるような形で前後に手をつないで警戒しています。情けないという思いはそのうち消えました。結局怖いという思いの方が強かったのです。
 石造りの薄暗くてじめじめした狭い通路を進んでいくと、急に開けた場所につきました。そこはやっぱり石造りの陰湿は雰囲気が漂って、隠れて悪いことをするのにはもってこいのような場所でした。
「どうしたの?サニィ?」
 奥の方から声がしたと思ったら、ひょっこりとムウマが顔を出しました。まだまだあけどなさを残した幼い顔立ちをして、寂しそうに瞳を潤ませています。ノエルさんはムウマを見たときに、何か変な感覚が背中を走りましたが、気にしないことにしました。
「!!サニィ、その人たちは何!?もしかして、あなたを虐めて――」
 サニィと呼ばれた首なしのピカチュウは慌てて両手を横に振り回しました。
「え?違う?ええ!?もしかしたら、サニィを助けてくれるかもしれないって!?」
 よくわからないうちにお話が進み、ロメロは若干訝しげな顔をしました。ノエルさんも少しだけわからないような顔をしています。パロメはもとからさっぱりで、頭をしきりに捻りました。
「ああ、良かった。サニィを怖がらない人がいて、お願いです、サニィを、サニィを助けて――助けてください!!」
 ムウマはロメロ達を一瞥すると、頭を下げてわんわん鳴きました。さっぱりわからない状況で、ノエルさんは優しく微笑みました。
「ええ、状況がよくわからないけれども、あなたが悪い子じゃないっていうのはよくわかるわ。聞かせてもらえるかしら。首なしピカチュウと、あなたの関係について」


 事の顛末は、サニィとパッシュという名のムウマが、この洋館に住みつき始めたことから始まりました。
 パッシュは毎日自分の力を磨くためにいろいろな呪いを研究し、サニィはそれを補助するように彼女の身の回りの世話をしていました。ムウマの力の源は、主に強い想いや強い呪いが力となります。彼女は最も早く力を上げるために、てっとり早い呪いの力をあげて力を蓄えることにしました。自然にできた岩に呪いをかけて、目標を追尾し続ける武器にしたり、体中を金縛りにする呪い人形を作ったり、目には見えませんが、それらの成果は確かに彼女の中で力に変わっていったのです。
 しかし、あるとき首なしの呪いを研究していた時に、呪いが暴発し、自分に振りかかったのです。その時にサニィは身代わりとなり。代わりに呪いを受け、今のような首がなくなってしまう状態になってしまったということでした。
 正確に言えば、首から上がなくなったのではなく、視覚的に他人が見たとき、自分には首がついてないとみられ、そう見られることによってその認識が彼女の首から上を呪うという、他人がそう見れば見るほど力を強める呪いでした。
「なるほどねー、確かに人に呪いをかけるのは簡単だけれど、解くのは難しい。それでひとりで解決しようとしてたのね、パッシュちゃんから見ても、首なしに見えるからね。確かに専門的な知識がないとどうしようもない呪いね」
 人通り話を聞き終わって、お茶を運んできてくれたサニィに感謝をして、一部始終のお話をとりあえず耳に入れたノエルさんは、わかったわ、と胸を叩きました。
「私がその呪い、解いてあげるわ。でも、私一人じゃちょっと難しいから、助っ人を呼んでくるわね。そうねぇ、あまり騒いだらあれだし、ロメロ君、パロメちゃんはここに残って二人を見ててあげて。明日の朝に、呪いを解くわ」
「ほ、本当ですか!?ありがとうございます」
「御礼は、この二人に言ってあげてね、二人が探検しようなんて思わなかったら私もさすがに踏ん切りがつかなかったし。なんにせよ、幽霊なんていなかったって実証にもなったし、万事解決はまだまだ先かもしれないけれど、とりあえず解決には向かうように最低限努力しなくちゃね」
 ノエルさんは笑顔でパッシュの頭を撫でて微笑みました。何度も何度もパッシュはありがとうございますと言いました。パロメもちょっと物足りない気もしましたが、解決して何よりと何度も何度も頷きます。
 一方ロメロは冗談じゃないと言った風情で冷や汗を流していましたが、みんながみんなうまくまとまっている中で、自分だけが駄々をこねて事態を決壊させるのはどうにもばつが悪い気がして、結局嫌だという言葉飲み込みました。
 ノエルさんは準備のために一度村に戻るといい、若干急ぎ足で走り出しました。テレポートを覚えていないので念力で加速するしかできないノエルさんは結構速いうちに見えなくなってしまいました。
 残されたロメロとパロメは、何やら何とも言えない雰囲気の中で、どうしたらいいのか、という感じできょろきょろとあたりを見回しました。
「うーん、きっとかえってきたらノエルさんが起こしてくれると思うから、私謎がわかっちゃったら眠くなってきちゃった……」
 ふああ、と欠伸を噛み殺して、パロメは眠そうな瞳をこすりました。ロメロはええ、と驚きましたが、パッシュはベッドはそこにあります、というと、パロメは眠そうな瞳をこすり、お休みなさいと言ってそのまま寝てしまいました。ベッドの上に乗るとすうすうとすぐに眠りだすのはいいのか悪いのか、とにかく一人ぼっちになったような気がして、ロメロは急に一抹の寂しさと恐怖を感じました。
「あのー」
「……な、なに?」
 右にパッシュ、左にサニィ、二人の女の子に挟まれるような形になり、ドキドキはしますが、それは恐怖のドキドキといったものの方が強く、ロメロは眠いと思うことができません、こういうときに気絶できればどれほどいいだろうと思ったか、ロメロはそれすらもできずに、向けられた言葉に対しておっかなびっくりの返答を返すことしかできませんでした。
「もしかして、私たちのせいで怖い思いをしてらっしゃるのでは」
「え?」
「ああ、やっぱり、ごめんなさい、ごめんなさい」
 ムウマは涙をぽろぽろ流して謝ります。怖がらせてしまってごめんなさいという言葉を聞いていると、自分がここまで怖がって、びくびくしているのが非常に情けなく、そして意図していないにも関わらず、相手に無為に謝罪をさせてしまうのが自分の存在を小さく見せました。サニィも申し訳なさそうな仕草をして、へこへこと体を傾けています。
「……僕も、悪いかな」
「え?」
「僕、確かに怖いって思ってたけどさ……そんな風に謝られて、それでも君たちが怖いって思ってしまう自分が情けないなぁって。怖いものは怖いっていうけれど、そんなにも僕を気遣ってくれる人を怖がって、僕は情けないなぁって」
 ロメロはやっぱりまだ怖いと思っていました。それもそのはず、首から上がないピカチュウなんて前代未聞で、見たことすらないからです。それでも、こんなに誠意をこめてこちらのことを思いやってくれているポケモン達を怖がるなんて、ロメロは自分で自分を恥じ入りました。
 無意識に、サニィの手を握ります。ぎゅっとすると、サニィは驚いたように、それでいて照れたようにもじもじと体をゆすりました。きっと顔はわからないけど、照れているのだと思いました。あたたかかくて、とくん、とくんと、生きているのがわかります。こんな彼女を、誰がお化けといえましょうか。
「あったかいや、サニィちゃんの手、あったかい」
 サニィは困ったような嬉しいような、複雑な動きをしました。
「大丈夫、やっぱり怖いかもしれないけど、今夜だけは怖くないよ、二人とも、優しいし、素敵な女の子だから……今夜くらいは、きっと大丈夫だよっ」
 そんな言葉をもらったのはサニィもパッシュも初めてでした。今までずっとそんな言葉をもらった覚えがないので、突然のかわいいという言葉に二人は困惑、それはどういう意味なんだろうと返す前に、緊張の糸がぷっつりと切れたのか、サニィの手を握ったまま、ロメロはサニィの胸の中に顔を埋めて、すやすやと眠り始めました。
「わぁ、大変……」
 ほっぺを林檎色に染めて、パッシュはどうしたらいいのかわからないような顔をしていました。サニィも、どうしようといった風情で、困ったように体をもじもじさせるだけなのでした。


 浅い眠りから覚めると、ロメロとパロメは同じところで眠っていました。とはいっても、外の朝靄は肌寒く、毛布にくるまって木の幹で眠っているぐらいしか、変化というものはありませんでした。薄い寒さの中、目を開けると、洋館の周りに白い線が引いてありそこから延びた線の先にあるわの中に、サニィとパッシュが入って手を繋ぎあっています。その左右にはノエルさんとマギさんが、不思議な本を片手になにやらへんな呪文を呟いています。
「わ、何これっ!!」
「静かに」ノエルさんは人差し指を口に当てました。「呪い返しが失敗するからね、ちょっと静かにしててくれないかな、これをやるのは俺もノエルも初めてなんだ」マギさんは何やらよくわからないことを呟いていますが、ロメロには呪い返しというものがよくわかりませんでした。
「あの、呪い返しって」
「平たく言えば、かけられた呪いをかけた人に突っ返す呪詛返し。わかりやすく言うならキャッチボールの相手に返すやつ」
 ノエルさんのわかるようでわからない説明のせいで、ますますこんがらがりました。つまりどういうことなんだろうと思っていると、白い線がぼうっと光り出しました。強い光がゆっくりと白い線の上に乗ったかと思うと、線を引いた場所から光り出しました。
「さあ、こっからが問題だ……この呪いを、この洋館に全部ぶつけるぞ!!」
 マギさんが大きな声を張り上げます。
「マギ、集中して。均衡しないと導火線が焼き切れちゃうわ」
 ノエルさんも真剣な口調でそう言いました。何がなんだかさっぱりわからないので、ロメロには見ていることしかできません。こんな難しいことや、こんなにわかりにくいことをパッシュは一人でやっていたのだと思うと、尊敬すら浮かびました。サニィもパッシュも強く手を握り合って、体をこわばらせました。
「さあ今だ」
「この呪いを洋館に」
 二人の声が同時に重なって、薄紫色の光が伸びて、洋館に向かいます。強くてまばゆいぱちぱちとした光が洋館を一気に包みこみました。しばらく光っていた光がおさまるころには、洋館はすっかり消えてなくなってしまいました。
「あ、あれ?お屋敷が消えちゃった!?」
「呪いの負荷に耐えきれなくなって、消滅したんだよ」
 マギさんは得意満面に説明を始めました。
「この子たちの呪いはなかなか術者の力が強くてはっきりとした力の器がわからなかったからあまり大雑把に扱うことができなくてこういう方法をとっちゃったんだ、呪詛返しっていうのは」
「うわぁー!!マギさん、おかると!!」
 ロメロはただでさえわけがわからないのに、これ以上わけのわからない話をされまいと耳を塞ぎました。ちゃんとおかると、などというのも忘れません。それは彼なりに気を使って、そういう話をしないでほしいという意思の表れでしょう。やはり怖いものは嫌いなロメロでした。マギさんはそんなロメロを見て少しだけ眉を顰めましたが。ノエルさんがマギさんを咎めたので、わかったわかったといいました。
「こういう話はまだお子様にはわからないもんだからな」
 お子様といわれるのは抵抗があるロメロでしたが、このときばかりはお子様でいいやと思っていました。そんな話を覚えてたまるものかといわんばかりに耳を塞いでいましたが、やがてうっすらと白い線が消えて、丸の中にいたポケモン達の姿が露わになりました。
 サニィの首から上はちゃんとついていて、とっても可愛らしいピカチュウの顔が見えました。その横には、ぐったりとしていましたが、しっかりと何かをやり遂げた顔をしたパッシュが小さく笑みを浮かべて浮かんでいました。
「あ、首がついてる、凄い!!」
「首がついてるんじゃなくて、もともと首があったの、呪いが解けて、本当の顔が拝めるようになっただけよ」
 ノエルさんが説明してあげると、サニィはロメロをちらり、と一瞥してほっぺをぽっと染めてはにかみました。
「……本当の顔が見れたね、サニィちゃん。やっぱり君は、かわいいや」
 恥ずかしげもなくそんなセリフを言ってのけるロメロに、マギさんはくっくと笑い、ノエルさんも苦笑しました。その言葉を聞いて、サニィはますます顔を真っ赤にして、両手でほっぺを押さえました。
「あぅ、あり……ありがとうございますぅ……」
 うとうととしていたパロメがゆっくりと瞼をこすりながら、体をのそりと起こしました。何が起こっているのか今一理解しているようでしていない感覚で、突然首が生えてきたサニィを見てびっくりしました。
「わぁ!!首、首があるっ!!」
 すっかり驚いて目も覚めて、すごいすごいと燥いでいます。サニィはそれに少し吃驚したようですが、すぐに気を取り直すと、よろよろとおぼつかない足取りでロメロの手をぎゅっと握りました。ロメロはびっくりしましたが、すぐにサニィの手を握り返しました。
「ロメロさん、ありがとう。僕、信じてくれたこと、すっごく嬉しい……僕、ロメロさんのこと、大好きっ」
「あ、サニィずるいよっ、私も、ロメロさんのこと大好きだもんっ」
 パッシュもロメロに駆け寄ってにこりと笑うと、すりすりとほっぺをくっつけました。一つの噂がゆっくりと幕を引いて、村に穏やかな時間を再び運び始めました――
――が、パロメは何が起こっているのかわからないまま、顔を真っ赤にして怒鳴ります。
「こ、こらー!!ロメロから離れてよ!!」
「え?やーだよ、ロメロさんは、あなたのものじゃ無いもんっ」
「そうだよそうだよ」
 昨日パロメが寝てしまったときのやり取りを知らないパロメにとっては、サニィもパッシュも自分の道を塞ぐライバルとしかみることができませんでした。渡すなんてとんでもない。パロメはむきになってロメロの方に詰め寄ります。
「あらら、ロメロ君もてもてね」
 ノエルさんは他人事のように笑って、マギさんの隣に足を運びました。三人の女の子にもみくちゃにされて、ロメロはなんだか大変そうな顔をしています。
「いいんじゃないかな、ああいう経験をして、男の子っていうのは成長するんだよ、うん、ロメロは天然の気質がありそうだ」
 マギさんはそんなことを言って呑気に笑います。
「そう言えばあの子たち、どこに住ませようかしら?」
「ああ、そこだよな、洋館は呪い返しのために犠牲にしちゃったし」
 そんなことを考えていると、三人の会話が耳に入り込みます。
「ロメロさんっ、私たち、ロメロさんのことをもっとよく知りたいです。住んでた場所も呪いを解くためになくなっちゃったし――しばらくロメロさんの所にお邪魔してもいいですか?」
「え?うんまぁ、いいけど」
「よくないよくない!!だめだめーっ!!」
 サニィのくすくす笑う声、パッシュのけらけら笑う声、むきになったパロメの大声。いろんな会話が耳に入り込んで、くす、と口を抑えてノエルさんは笑いました。
「何とかなりそうね」
「ああ、そうだな」
 今はとにかく、身近な問題が片付いてよかったよかったと二人は思うのでしたが、パロメが後になって様々なことでこの二人とトラブルを起こしますが、それはまた別のお話で。
 今は呪われた子供たちの呪いが解けて、めでたしめでたし。
 ありがとうございました。
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