作:[[ハルパス]] 色違いキュウコン×人 -------------------------------------------------------------------------------- ぎんいろのきつね ----- *ぎんいろのきつね [#x34ce111] &br; &br; &br; &br; 遠い昔のお話です。 千の時を生きる狐がおりました。 鎮守の森の奥深く、 九つの尾を持つ狐がおりました。 &br; &br; それは立派な狐でした。 大きく、強く、賢い狐でしたから。 それは綺麗な狐でした。 銀色に輝く毛並みの狐でしたから。 &br; &br; その銀色はどこまでも美しく、 まるで冬の夜空の星の光を 玻璃(はり)の小瓶に集めたかのようでした。 それは本当に、美しい狐でした。 &br; &br; ただ、狐はその永い生涯の中で、 誰も愛したことはありませんでした。 狐は自分だけを大切にして暮らしていました。 狐には、自分を置き去りにして過ぎ行く時の中に生きる者になど、 何の興味も持てなかったのです。 &br; &br; &br; &br; ある吹雪の夜のことでした。 たまたま用があり,出掛けていた狐は、 帰り道で人間の娘を見つけました。 雪の中、倒れていた人間の娘を、 狐は連れて帰りました。 けれど、狐はどうしてそんなことをしたのか、 自分でもわかりませんでした。 &br; &br; 狐が誰かを自分の住処に入れたのは、 それが初めてのことでした。 &br; &br; 狐の介抱のおかげで、 瀕死の娘は息を吹き返しました。 狐は娘に尋ねました、 何故雪の中倒れていたのかと。 娘は狐に答えました、 わからない、ただ一つ覚えているのは、 自分は誰かから逃げていたことだけだと。 &br; &br; 娘は、記憶を無くしていたのでした。 &br; &br; 娘の記憶が戻るまでと、 狐は娘と共に暮らすようになりました。 狐はその永い生涯の内で、 初めて誰かと時間を分かち合ったのでした。 それはとても新鮮で、楽しいことでした。 &br; &br; &br; &br; 過去を亡くした人の子と、 永きを生きる森の主は、 いつしか愛し合うようになりました。 互いの孤独を癒すように、 互いの温もりを求めるように、 狐と娘は愛し合うようになりました。 &br; &br; 狐は生まれて初めて、 誰かを愛する喜びを知ったのでした。 狐は生まれて初めて、 護りたいと思うものができたのでした。 &br; &br; &br; &br; その幸せは、いつまでも続くと思われました。 &br; &br; &br; &br; 狐と娘が五度目の春を迎えた頃でした。 一人の農夫が、丘の上を歩く彼らを目にしました。 農夫はすぐにお城に行き、 王様に自分が見たことを伝えました。 話を聞いて、王様はとても驚きました。 何故なら、狐と歩いていた娘は自分の娘、 五年前に行方知れずになったお姫様だったからです。 &br; &br; 五年前、お姫様は盗賊共に攫(さら)われて、 命からがら逃げ出したところを、 狐に助けられたのでした。 &br; &br; けれど王様は、そんなことは知りません。 森の狐が娘を攫い、 呪(まじな)いをかけて自分のものにしているのだと、 思い込んでしまいました。 &br; &br; 王様は、悪い狐を生かしてはおけないと、 国中の狩人におふれを出しました。 銀の狐を殺して、大事な娘を助け出すようにと、 全ての狩人におふれを出しました。 &br; &br; &br; &br; 悲劇の歯車が、ゆっくりと廻り始めました。 &br; &br; &br; &br; 数多(あまた)の狩人が、自分と娘を追っていると、 狐は森の鳥たちから聞きました。 かつて娘を追っていた者たちに違いないと、 狐は娘を連れて住み慣れた森を去りました。 &br; &br; 狩人はどこまでも追いかけました。 王様の命を遂行するため、 敬愛するお姫様を助け出すため、 狩人はどこまでも追いかけました。 &br; &br; 狐はどこまでも逃げていきました。 我と我が身を守るため、 唯一愛する娘を護るため、 狐はどこまでも逃げていきました。 &br; &br; &br; &br; 王様が真相を知っていれば、 狐が事実を知っていれば、 娘が真実を思い出していれば、 きっとこんなことにはならなかったでしょう。 &br; &br; &br; &br; ある時、ついに狐は追い詰められました。 鉛色の空の下、風が哀しげに啼きました。 雲に眩しい亀裂が走っては消えました。 悪しき狐め、早くお姫様を解き放て。 狩人達は言いました。 貴様ら等に、我の愛する娘は渡さぬ。 銀の狐は言いました。 &br; &br; &br; &br; 狩人はお姫様を助けようとしただけでした。 娘を狐は助けようとしただけでした。 &br; &br; &br; &br; 狐は口から火炎を吐きました。 辺りに真っ赤な炎が広がります。 炎の渦の真ん中で、 九つの尾がゆらめきました。 狩人達の真ん中で、 狐は娘を抱き締めました。 &br; &br; 哮(たけ)る炎に遮られ、 多くの狩人が退きました。 狐は娘を庇いながら、 炎に紛れて駆け出しました。 &br; &br; &br; &br; その時誰かが、狐に銃を向けました。 &br; &br; &br; &br; 轟音と共に、 鉛の弾が飛び出しました。 叫びと共に、 小さな影が飛び出しました。 &br; &br; 狐と、娘と、鉛の弾が、 一直線に並びました。 &br; &br; 全てが止まった時の中、 音さえ息を潜める時の中、 娘の腹から真紅の柱が噴き上がりました。 &br; &br; &br; &br; 雨が、降り出しました。 &br; &br; &br; &br; 狐は急いで娘に駆け寄りました。 狩人達は茫然と立ちすくんでいました。 &br; &br; 娘の腹から流れる雫が 狐の銀の毛並みを染めていきます。 狐の瞳から零れる雫が 娘の青白い肌を伝い落ちます。 &br; &br; 娘は全てを思い出しました。 自分がこの国の姫であったこと、 盗賊共から逃げてきたこと、 &br; &br; 娘は全てを悟りました。 狩人は自分を助けようとしたこと、 狐は自分を護ろうとしたこと、 &br; &br; &br; &br; ごめんね、みんなわたしのせいで &br; &br; &br; &br; 娘はか細い声で事の全てを語ったあと、 静かに静かに目を閉じました。 狐と狩人達の見守る中、 静かに静かに動かなくなりました。 &br; &br; &br; &br; 降りしきる雨が、 全ての跡を洗い流しました。 炎の跡も、血の跡も、 両者の誤解も、消し去りました。 ただ、現実だけが残されました。 &br; &br; &br; &br; 狩人達は泣きながら、 お姫様の亡骸を連れ帰りました。 王様は嘆き悲しみ、 狐に謝りたいと言いました。 &br; &br; &br; &br; けれど、狐は姿を消していました。 高い山にも、深い森にも、 遠い荒野にも、広い草原にも、 狐の姿はありませんでした。 明るい朝にも、暗い夜にも、 眩しい夏にも、侘しい冬にも、 狐の姿はありませんでした。 それきり二度と、銀の狐を見た者はいませんでした。 &br; &br; &br; &br; &br; &br; &br; &br; それから狐がどうなったのかは、 古い古い物語のどこを探しても見つけることはできません。 &br; &br; &br; &br; &br; &br; &br; &br; -------------------------------------------------------------------------------- あとがき 最初の二行が急に頭に浮かんできて、そこから一時間弱で完成させたもの…に少し手直ししたものです。昔話風なのでタイトルはひらがなで直球的、ですます調、微妙にしんみりする終わり方にしてみました。キュウコンを“狐”と表現しているので、よく見たらポケモン小説なのかちょっと疑問ですが、その辺は緩い目で見て下さい…。 -------------------------------------------------------------------------------- #pcomment