金木犀が香り風も冷たくなった、ハロウィンの足音が聞こえ始める頃。ある兄弟が遊びの帰り道に少しばかり早い飾り用のかぼちゃを見つけた。 様々なポケモンの顔に似せて彫られたかぼちゃには蝋燭が灯され、黄昏時の道に影を伸ばしている。 兄はいいことを思いついたと笑い、自転車から降りてぐちゃぐちゃと踏みつけ始めた。彼は怖いもの知らずで、今日も野生のニドリーノに飛びかかって捕まえようとしたくらいの、傷は男の勲章だと自慢するタイプだ。 対照的に弟はひどく怖がりで、部屋にわずが10センチ程度しかないバチュルが出た時にも、椅子にしがみついて降りられないと泣き喚いていた。飾りを壊すことにも否定的で、早く家に帰りたい気持ちでいっぱいだった。 「兄ちゃんやめようよ、せっかく作ってあるのに」 弟の諌める言葉に兄が耳を貸すことはない。かぼちゃは潰れ、黄色いシミが地面に広がっていく。 「なんだよ怖いのか? そんなんだから、学校でもいじめられるんだよ。ほら、お前もやれよ」 兄はベーっと舌を出し、弟を挑発する。 「べ、別に怖くないし! で、でも、ハロウィンの飾りを粗末にすると、おばけが出るっておばあちゃんが……」 「おばけなんかいるわけないだろ! いたらそいつはポケモンだ、オレが捕まえて、お前をおどかすのに使ってやるさ」 言葉を遮って、ひたすらにかぼちゃを潰す兄を、弟はどうすることもできなかった。体格的にも立場的にも逆らえない代わりに、まだ見つけられていない小さなかぼちゃの飾りをバレないように服の中へ隠して、こっそり茂みに置いた。 「ごめんね、ボクじゃ助けてあげられないから……」 小さな声でつぶやくように言うと、潰しきって満足した兄を連れて家路を急いだ。兄弟の背中を追いかけるように、宵闇が迫っていた。 家に帰った兄弟は、ご飯を食べてお風呂に入っているうちに、潰したかぼちゃ飾りのことなどすっかり忘れてしまった。夜が深くなり自分の部屋に戻ってベッドですやすや眠りについていると、ひゅうと風が吹く音で兄は目を覚ました。 「あれ? 窓が開いてる」 寝る前に閉めたはずなのにどうしてだろうと不思議に思ったが、特に異常はないので、眠い目をこすりながら閉めて寝ようと振り返ると、目の前に特大サイズのパンプジンが音もなく立っていた。両手をゆらゆらを揺らし、兄へ迫る。 「かぼちゃの飾り、壊したのお前か」 突然現れたパンプジンに、兄は恐怖して声が出なかった。ポケモンが人の言葉を喋るなんて聞いたことがなかったからだ。震える手で机の上にあったモンスターボールを拾い投げたが、ぺしっとはたき落とされてしまった。 「お前か」 パンプジンは顔をぬうっと近づけ再び問う。その細長く黄色い目は、静かな怒りを灯している。 「だ、だったらなんだよ!」 兄は強気の姿勢を崩さなかった。むしろ部屋を抜け出して、親を起こしに行こうとさえ思っていた。親は昔トレーナーだったから、変なポケモンが出てきても追い払ってくれるだろうと考えてのことだ。 「そうか、ならお前もかぼちゃになれ」 パンプジンの身体の方、潰したかぼちゃ飾りにそっくりな顔が光り、部屋中にスプレーを撒いたような靄がかかり始めた。眩しさに目を閉じ、光が弱まってから開けるとパンプジンはいなくなっていた。 「はは、ははは! なーんだ、なんでもないじゃん! ちょっとびっくりしたけど」 こんなのは子供騙しだと笑っていると、服の袖がダボついていることに気づいた。垂れ下がる幅はどんどん長くなり、手が縮んでいるとわかったときには、もう手遅れだった。 「う、わ、あ……あっ……」 髪は長く伸びて顔を覆い、くるんとしたアホ毛が立つ。口には小さな牙が二本生え、身体はかぼちゃ色に染まり縮んで、姿見の前にたどり着く頃には足がほとんどなくなっていた。胴体は圧縮されて腹だけが異常なまでに膨れていく。パジャマのボタンは弾け、布地はビリッという音を立て破け、嫌だ嫌だと身体を振り、パジャマだったものを払うと姿見には一匹のバケッチャが映っていた。 (う、嘘だろ!? オレ、バケッチャになっちゃった!?) 手も足もなく、宙に弱々しく浮かんでいるのは紛れもなく自分であると知った兄は、恐ろしくなって助けを呼んだ。しかし、バケッチャの鳴き声を聞いて駆けつけてくれるものなど、誰もいなかった。 「ねぇねぇ、この家まだ子供がいるよ」 普通サイズのパンプジンが弟の部屋を見つけて言う。 「連れてく? 連れてく?」 大きいサイズのパンプジンは、嬉々として窓を開けようとした。 「待って。この子はボクのこと助けてくれた。踏み潰さないでくれた」 小さいサイズのパンプジンが止めたので、大きいサイズは不服そうに手を止めた。 「じゃあこの子は連れて行かないことにしよう」 「そうしよう」「そうしよう」 パンプジンの群れは兄弟の家を後にして、月のない夜の中へ消えていった。