#include(第十六回短編小説大会情報窓,notitle) 注・官能描写があります。 ---- 「……というわけで、ガラル地方への出発は一週間後の日曜日となる。リストに挙がったポケモンは、一週間の間に身支度を済ませておくように。では解散!」 岩の殻を打って響いたトレーナーの声が、やけに遠い。 熱く溶けた軟体を、しかし私は微動だにできぬほどに硬く強張らせていた。進化前だったら、そのまま岩の塊になっていたことだろう。 飛び出した目は、掲示板に張り出されたリストへと釘づけにされたまま。 愛しい彼の名前が、そこにあった。 私の名前は、何度どこを探しても見つからなかった。 見つかるはずもない。 私たちのトレーナーが一週間後に移籍を予定しているガラルという地方は遠い島国で、検疫の都合上輸入出するポケモンを制限している。どこの地方でもある程度の制限はあるが、ガラルは特に厳しいらしい。 そして私の種族であるマグカルゴは、ガラルへの禁輸制限の枠に入っていた。私が選ばれる望みなど、初めからなかったのだ。 だからこれは、とっくに覚悟していたことだ。私がガラルに行けないことも、トレーナーのバトルでの切り札として活躍している彼が選から漏れるわけがないことも。 元より、そこに異を唱える権利など私にはない。私がポケモンだからではなく、彼にとって恋ポケでも何でもない、ただの同僚に過ぎないから。 喜んで、新天地に向かう彼を笑って送ってあげるべき。そうするのが正しい。 解っているのに、なのに、何故。 何で私は今、硬く固まっているのだろう。 ◎ 「それじゃラヴァちゃん、今回もお願いね」 「はい。お任せくださいルコルさん。すぐにまた元気なヌメラちゃんを孵してあげますね」 殻から伸ばした首の付け根に括りつけた篭の重みを確かめると、私は腹足をうねらせて歩き出した。 滲みだした粘液の上に乗り、滑るように静かに進む。篭に入れて私のマグマの鎧で温めているタマゴを、カタリとも音を立てずにゆっくりと揺らしながら。 「ラヴァちゃんにはずっと世話になってきたけど、もう当分はタマゴを温めて貰うこともできなくなっちゃうのよね……」 淡い紫色をした長大な身体を揺らして粘液を振りまきながら感慨深げな溜息を吐いたのは、タマゴの母親であるヌメルゴンのルコルさん。 「ルコルさんもガラルに行っちゃうんですね……旦那さんはどうするんです? クリムガンにも禁輸制限がかかってましたよね?」 「うん……仕方ないわ。あたし、もう覚悟を決めてるから」 堅い意志を込めた面持ちで語るルコルさんには、既に迷ってもいない様子だった。 何度となくタマゴを預からせて貰ってるルコルさんとその旦那さんとの仲は、私の知る限り熱烈なほどに良好だ。そんな旦那さんと別れて暮らすことになっても平気なのだろうか? 時が経てば禁輸制限も解除されるって噂もあるけど、何時になるかも、本当に解除されるのかも分からないのに。移籍が長期化すれば、その間ずっと会えなくなっちゃうのに……? どうやって気持ちに方をつけているのか尋ねようとした時、 「おっと」 「っ!?」 脇道から這い出てきたポケモンと衝突しそうになり、慌てて歩みを止める。 「ご、ごめんなさい、ラヴァさんにルコルさん。お怪我はありませんか?」 「いやぁ、こっちこそ話に夢中になって余所見して歩いてたもんで。ごめんごめん」 気さくに語り返すルコルさんの隣で、しかし私はマグマの鎧をも凍り付かせたかの如く固まっていた。 落ち着いた深緑の背中を眩く縁取る黄金のライン。胸元から腹足にかけては深く澄んだ海の色。獣ポケモンの耳みたいにピンと立った二本の角と黒く円らな三眼が愛らしいその美貌を、息がかかるほどの間近で見てしまったが故に。 東の海のトリトドン。名前は&ruby(かいと){海兎};。 私のトレーナーのバトルチームで切り札として活躍しているポケモンで……つまり語るまでもなく、私が片想いのまま告白もできずにいる愛しの仔だった。 「ラヴァさん、今日も抱卵作業ご苦労さまです」 珊瑚を打ち鳴らしたような声で語りかけられ、心が溺れそうになる。清らかな三眼で見つめられていると、足下が溶けて地面に沈んでいきそうになる。どっちにせよ、効果は抜群のまた抜群だった。 「来週には僕はガラルに発つのでしばらく会えなくなりますが、今後もお元気で。一杯タマゴを孵してください。遠くから応援しています!」 こちらこそ応援しています。バトル頑張ってください……などと返せるわけもない。土産の人形みたいにぎこちなく首を振るのが精一杯だった。 「それじゃ」 一礼をして去っていく緑の背中を、ただ見送ることしかできない。もうすぐこうして見つめることもできなくなるのに……。 「……オーバーヒートしてるわよ、ラヴァちゃん。あたしのタマゴをホビロンにする気?」 「はぅっ!? ご、ごめんなさいっ!?」 ホビロンとは孵化直前のタマゴを茹でて胎児を食べる料理である。タマゴを入れている篭が余計な熱を逃がす構造になっているから事故が起きる心配はないけれど、大切な抱卵中に放心してしまったのだから謝るしかない。 「まったく、堅物のアンタもあの仔の前では形無しねぇ。あたしと初めて会った時からそうだったもんね。特訓中の海兎くんを遠くから眺めてて、まだマグマッグだったからそのまま固まっちゃったのを、通りすがったあたしが溶かして助けてあげたんだっけ」 「溶かしたどさくさ紛れに身体を啜られましたけどね」 「あの時はご馳走さまでした。暖かくて美味しかったわぁ」 悪びれもせずに涎を垂らすルコルさん。時々私のことをミネストローネか何かだとでも思ってるんじゃないかと心配になる。 「とにかくそんな固まるぐらい好きなら、告白してガラル行きを引き留めるぐらいしてみれば?」 「そんな……無理です! できません!!」 「無理ってことはないでしょ。さっきの彼のアンタへの語り方、ただの同僚への挨拶って感じじゃなかったわよ?」 「それは……お母さんか、良いとこお姉さんみたいに想ってくれているだけです。告白なんてとても……」 「あれ、アンタの方が年上だっけ? 始めて会った時、海兎くんはもう進化してたと思ったけど」 「バトル用のポケモンですから、早く育てられたんですよ」 「まぁどっちにせよ、年下大いに結構じゃないの。うちの夫だって年下だけど、あたしのこと『笑顔が可愛い』って言ってくれるわよ?」 「いつもながらご馳走さま」 「あたしにもそれ言わせなさいよ」 「さっき言ったじゃないですか!? 貴女が言うと字面通りにしか聞こえませんよ!?」 そもそも実のところ、問題は年の差ではない。詳しく説明しようとしたが、それより早くルコルさんの方が気づいてくれた。 「あ……そういうこと? 『お母さん』って思われてるってことは……」 そう。『お母さん』なのだ。ただの小母さんではなく。 「お察しの通りです。海兎くんは、私の……初めてでした」 含んだ言い方をしたが、ルコルさんは正しく理解してくれた。 「成るほど……その理屈からすると、海兎くんはあたしの仔供らのお兄ちゃんになるわけだ。一番上の」 「はい」 肩で孵化を待つルコルさんのタマゴを見下ろしながら、私は思い出に心を巡らせる。 「海兎くんは、私の肩で産声を上げた最初の仔供だったんです。産まれた時から、彼は私の天使でした」 まだ抱卵役を任されたばかりのマグマッグだったあの日、殻を破って現れた水色の天使があどけない笑顔を向けた瞬間の感動は、生涯忘れ得ないだろう。 「我が仔も同然の海兎くんの門出を、祝いこそすれ引き留めるなんてできませんよ。親なら仔供が巣立つのを見守るのは当たり前じゃないですか」 「でもアンタは海兎くんを、親の目でなんて見てないでしょ。仔供だと割り切れてるなら、あんな風に固まるわけないもの」 「…………」 図星だった。 切っ掛けは彼がトリトドンに進化したことだったろうか。気づけば私は、彼の姿に心を奪われ、止めようのない動悸とは裏腹に身体が固まってしまうようになっていた。ルコルさんに救出されたのもその頃で、凝結してしまうのを防ぐために進化を急いだ。岩の殻を持ったことで凝結は防げるようになったものの、動悸も硬直も直ることはなく、そこまできてやっと症状の名が『恋』であると気づかされた。 気づいたところでどうしようもなかった。タマゴから孵した時から母親のように触れてきた私を、彼に雌として見て貰える自信なんて持ちようもない。何もできないまま、遠巻きに姿を眺めているだけでいいと自分に言い聞かせて誤魔化しているうちに、とうとう別れを覚悟しなきゃいけない状況に追い詰められてしまった……。 「……彼の&ruby(あし){腹足};を引っ張りたくないって気持ちも本当なんです。私の身勝手で引き留めたいなんて思いません」 「本当に堅物ねぇ……そういうことなら仕方ないわ」 妙に煽るのをやめてくれたかと思ったが、甘かった。 「だったら、ガラルまでついていくしかないわね!」 「は……? いやそれもっとダメでしょう? 行きたくても行けない仔なんて他にも大勢いるのに私だけなんて。そもそも貴女だって、旦那さんと別れるのを覚悟して……」 「別れるなんて誰が言った?」 「……え!?」 橄欖石色の瞳が、妖しく光った。 「あたしが覚悟したのはね、このお腹に詰め込んででも、夫をガラルに連れて行くことよ!!」 「何とんでもない覚悟を決めてるんですか!?」 「お腹の中身までは禁止されてないはずだわ!!」 「飲食場所の制限指定じゃないんだから……ていうか無理でしょう!? ガラルにつくまでに旦那さん消化されちゃいますよ!?」 「大丈夫よ。夫は型破りだから、きっと何とか持ち堪えてくれるわ!」 「耐性に型破りは関係ないような……第一、お腹の中で胃液を浴びたら特性なんて消えちゃいません?」 「…………」 「あ、あの~、冗談、なんですよね? 何なんですその『やば、盲点だった……』みたいな深刻な表情は!?」 「……最悪、あたしの中で永遠にひとつになるというのもそれはそれで!」 「早まっちゃダメぇぇっ!? 私が孵したお仔さんたちのためにもバカな真似はやめてください!?」 「愛する者でも捕食せずにはいられないのが、あたしたちの種族的習性なのよ!」 「それが許されるのはヌメイルまでです! 貴女ヌメルゴンなんですから、もう少しオトナになりましょうよ!?」((ヌメイルのサン版での図鑑説明『餌と仲間の区別が曖昧。仲良くなっても平気で溶かして喰らおうとしてくることがある』)) 「ふん、オトナなら諦めなきゃいけないなら、あたしゃそんなオトナにゃなりたくもないわ! ヌメルゴンだからこんなにもお腹が大きいんだもの、有効に使わなきゃ損ってものよ! そんなわけで、アンタも便乗していかない? 夫の他にアンタ一頭程度入るぐらいにはお腹は空いてるわよ?」 「今の話の流れからそんな言い方で便乗できますか!?」 「だったら海兎くんに飲み込んで貰うしか……」 「飲み込んでくださいなんてアホなお願いするぐらいなら、黙って見送った方がマシです!」 まぁ、引き留めたりお腹に飲み込まれてもついて行ったりなんて与太話はともかくとして、ヌメルゴン特有の大きなお腹を旦那さんとの絆のために駆使するルコルさんの直向きさは尊敬に値する。 私にも、まだできることはあるのだろうか? 残り僅かな時間で、マグカルゴである私が、彼のためにできること…………。 不意に。 肩の篭の中で、ヌメラのタマゴが暴れるように転がった。 「おや、そろそろかしら?」 タマゴの様子に気づいたルコルさんが、我が仔の誕生を迎えようと覗き込む。 けれど私は、元気よく揺れ動くタマゴを見ながら、別のことに思いを馳せていた。 「そっか。なぁんだ、それだけの話……」 笑いさえ込み上げてくる。 背負った仔に、答えを教えられた気がした。 「何か思いついた顔ね」 横目にルコルさんが問いかけてくる。 「ガラル行きの手段? それとも引き留める理屈かしら? 教えなさいよ、いったいどんな型破りを思いついたのよ?」 「そんな、型を破ることじゃありませんよ」 タマゴを抱えた肩を竦めて、私は語った。 「私はマグカルゴなんですから、破るのは型じゃなくて、殻の方です」 瞬間。 快音を響かせて殻が弾け飛び、小さなヌメラが元気よく産声を上げた。 ◎ 「海兎くん、今いいかな? 散歩がてらにお話ししたいことがあるんだけど」 海兎くんたちのガラル行きも間近に迫った、とある夕方。 突然訪ねた私に、彼は何の疑念も持たぬ素振りでついてきた。 「もうガラル行きの支度は済んでるの?」 「はい、後はもう出発を待つばかりです」 連れ立って向かうのは、いつもタマゴを抱えて往復してきた緑道公園。茜色に染まる舗道に、煌めく濡れ跡をふた筋並べて進む。 「まだ海兎くんがカラナクシだった頃、よくこうしてタマゴを抱えてる私についてきてたよね」 「よく覚えていますよ。懐かしいなぁ……」 見慣れた景色を見納めるように周囲を眺め回しているらしい気配の海兎くんを、しかし私は振り返らない。その緑の美貌を見てしまったら、たちまち溺れて何も言えなくなってしまうから。私はマグマッグで、ついてきているのは愛くるしい水色のカラナクシ。それでいい。 大きく葉を茂らせる植木の脇を抜け、道路をアーチ状に跨ぐ橋を登り、峠まで差し掛かったところで歩みを止めた。 「ここだよ」 「?」 「さすがに覚えてないかな。丁度この橋の頂点で、貴方はタマゴから孵ったの」 「!? あぁ……朧気ながら。確かに周りを見下ろせるような高い景色が、僕の最初の視界でした。もっと大きな丘かどこかだと思っていましたが……」 「大きくなったもんねぇ。もう背丈なら私を追い抜いてるかな」 この話をするなら、私たちの始まりであるこの場所が相応しい。 意を決して、私は彼へと振り返る。夕焼けに照らされた緑の大地が、私の視界を埋め尽くした。……大丈夫。硬くならない。この仔はここで孵ったカラナクシで、これからするのはただの頼みごと。別に、愛の告白をするわけじゃないんだから。 「海兎くん……貴方がガラルに行く前に、聞いて欲しいお願いがあるの」 頑なに閉じようとする羞恥の殻を、宥め賺して押し破る。 「貴方は私が孵した最初のタマゴよ。抱卵役として、ひとつの区切りを貴方につけて欲しいの」 恥じらいを捨てて露わにした願いを、私は彼に打ち明けた。 「タマゴを……貴方のタマゴを残していって。貴方のタマゴを孵すのが、私の夢だったのよ」 型破りでも何でもない。別れ行く雄の仔を宿して形見にする。雌ならありふれた望みだ。だが、抱いた相手と情を残して別れなければいけない雄と、片親の苦労をすべて背負うことになる雌、それぞれのリスクを考えると、安易に叶えられる望みではない。 ただし、私にはマグカルゴとしての強みがある。そう、これは決して愛の告白ではないのだ。 「もちろん、相手の雌は海兎くんが好きな「ラヴァさんに産んで頂けるのなら、喜んで」 つまり、例えタマゴの母親になれなくても、抱卵者としての立場を主張できるため、気軽に…… 「え?」 「え?」 世界が固まった。 風にざわめく植木の音が妙に大きく聞こえる沈黙が永劫とも思えるほど続いて、ようやく海兎くんが恐る恐る語りかける。 「えっ……と、もしかして僕、何か物凄い早とちりを……?」 「い……いやいや! いやあの違うの、今のいやは拒絶じゃなくて早とちりじゃないってことで、だけど殻を破った直後に先制の爪とかマジ勘弁していやああああっ!?」 まさか私が海兎くんに選ばれるなんて想定もしてなかった……ごめんなさい嘘です期待はしてました。 もし海兎くんが他の雌が好きでもその娘との関係を勧めてタマゴだけ預かるという手もある、と予防線を張ってただけで、手の届く雌に心当たりがいないのなら答えに困った海兎くんに私を差し出す予定だった。……省みると、出立までの期限のなさと選択肢の少なさにつけ込んだ浅ましい計略。挙げ句迷わず承諾を返されて狼狽えるとか、破った殻に引きこもりたくなる。嘲笑するかのような木の葉のざわめきが忌々しい。 「い、いいの本当に? 私みたいな小母さんで……」 「貴女がいいんです。他の誰かなんて考えられない」 真剣な三眼の泉が、深緑の大地が、私を飲み込んでいく。もう逃れられない。 「小さな命を世に送り出すため、日々頑張っている貴女をずっと尊敬し、憧れていました。孵して貰った抱卵役にそんな感情を抱くなんて甘えん坊みたいで恥ずかしくて、ガラル行きを期に貴女への想いも卒業しなければと思っていましたが……貴女から求めてくれるなら、これに勝る喜びはありません。むしろこちらからお願いします。故郷を発つまでの間、僕と……一緒にいてください」 茜は暗く鎮まり、宵星が甘い囁きを奏で始めた。 無論、申し出を断る余地なんてない。 だけど、下らない狡知で篭絡しようとした後ろめたさが、純粋に向けられた想いに頷くことを許してくれなかった。 だから、私は八つ当たりめいた罵声を、植木に叩きつけることで返事に代えた。 「そこで『ご馳走さま』とか言ってる方々! 頼むから預かり屋までは覗きにこないでぇっ!?」 ◎ 「うぐうぅっ!?」 入り口付近を先端でつつき回していた海兎くんの刀が、遂に私の身を貫いた。 苦痛に固く強張る私の身体を、海兎くんの青い腹足が抱き包む。 「ハァ、ハァ……大丈夫ですか……?」 「平気……凄く痛いけど、この破瓜の痛みが欲しかったものだもん……貴方こそ大丈夫? マグマの鎧を貫いたりして、火傷しちゃうんじゃ……?」 「平気……です。耐性がありますし、それに、焼けただれようが燃え尽きようが構わない……実は、僕らのって使い捨てなんですよ。一回出す毎に根元から抜け落ちちゃうんです。だから、幾らでも燃えて頂いて構いません……」((ウミウシの生態。)) 「まぁ……まるで私を貫くためにあるような刀なのね……」 「本当に……きっと僕たちの、これが運命だったんですよ……!」 「あぁ……っ、なんて硬いの、海兎くんの刀……もっと、もっと深く貫いてぇぇっ!?」 「熱いより、暖かいです。ラヴァさんの&ruby(なか){胎内};……タマゴの中にいて、揺られながら貴女に温められていた時も、きっとこんなに、気持ち良くて……気持ち、良くて……!?」 海兎くんの大地が、鳴動し激震した。絶頂は近い。 「あぁ……幸せです、ラヴァさん……これから生まれる僕らの仔供にも、どうか貴女の温もりを……!!」 「いいわ。この命のすべてで愛してあげる。だから頂戴、海兎くんの熱湯で、私を大爆発させて……!!」 「ラヴァさん、ラヴァさん……ぁあぁぁぁぁあぁっ!?」 「ぁああぁぁ、海兎くん……っ!?」 太陽よりも熱く燃え盛り、互いにドロドロになるまで融け合って、ひとつの塊となるほどにまで私たちは愛し合った。 ◎ 「海兎くん……ありがとね。私の我が儘につき合ってくれて……」 注がれた温もりと、抜け落ちた後で脆くも崩れた刀の残骸を抱き締めながら、私は喘ぐ口で海兎くんに囁いた。 「一緒にいられないのに、タマゴを作ったからって私に縛られなくていいよ。ガラルに行ったら、私のことなんか忘――」 ねっとりと暖かな感触に、私の言葉は塞がれた。 言葉を失った私の口から透明な糸を垂らして放された海兎くんの唇が、 「怒るよ」 と、あくまでも穏やかに語りかけてくる。 「僕からもお願いしてこうしたんだよ。ラヴァさんだけの我が儘じゃない。それとも……貴女は僕がガラルに行ったら、僕のことなんて忘れてしまいたいの?」 何も言えないまま、ただ私は首を横に振った。 忘れることなんてできっこない。会えなくなっても私だけは、永久に彼への想いを抱えて過ごすつもりだった。 「なら、貴女の心はもう僕のものだ。僕はね、粘着なんですよ。掴んだものは決して放しません。例えどれだけ離れても、絶対に。だから……僕の心も、貴女だけのものです」 「海兎、くん……」 心の殻が残らず蕩け落ちるほどの熱い幸福感に灼かれて、私は彼の青い懐へとダイブする。溺れることなんて、もう怖くなかった。 「マグカルゴの禁輸制限が解除されたら、すぐに仔供を連れて会いに行くから!」 「もしいつまでもそれが叶わないなら、海を泳いででも貴女の元へ帰ります。愛しています、ラヴァさん……」 「嬉しい……私もよ、海兎くん…………」 これで私は、心から笑って海兎くんを送り出せる。 いつか再び巡り合える日を、楽しみに暮らして行けるから。 「……昔、トレーナーさんと遊んだ短歌のカードゲームにあったよね。川の流れが岩に分かたれるって、まるで今の私たちのような歌」 「……あぁ、『瀬を早み、岩に堰かるる、滝川の』?」 「『分れても、末に逢わむとぞ想ふ』……」((百人一首の77番。崇徳院。)) 川の流れが岩に遮られて引き裂かれてもまたひとつに集まるように、いつか必ずまた逢いましょう……。 再会を誓う詩を交わして、私たちは軟体の躯を固く固く結び合った。 ◎ ねぇ。 あなたを包む硬い殻の外側は、素敵な驚きと幸せで溢れているよ。 だから早く、殻を破って出ておいで。ママのパパとのお話を、たくさん聞かせてあげるから。 「それが、海兎くんの置き土産?」((マグマッグのタマゴ技。トリトドンから遺伝可能。)) 「はい。ってあれ、ルコルさん!? 海兎くんたちと一緒にガラルに行ったはずじゃ……?」 「それがね~、検疫所でゴチルゼルさんにお腹の中身をお見通しされちゃって、あえなく強制送還になっちゃった」 「本当に実行しちゃったんだあの計画!? それで、旦那さんは!?」 「心配無用よ。モンボごとお腹に入れたから何も問題ないわ。ちゃんと無事に取り出せたし。うまく行くと思ったんだけどな~」 「……まぁ、そりゃそうなるでしょうねぇ……完全に密航ですし…………」 ……危ない危ない。 失敗した話であることを前提に聞いていなかったら、その手があったかと飛びついているところだ。 「やっぱりタマゴのフリはありがち過ぎたかしらねぇ」 「ちょっと待ってお腹のどこに挿れてたのっ!?」 「アンタが海兎くんをここに留めた手段に習った」 「その理屈なら旦那さんを置いてお仔さんたちとガラルに行けばいいでしょう!?」 「まぁその仔供らは無事ガラルに旅立ったし、旦那とはクリムガンが解禁されたら一緒に行くことにするわ。それまでにまた産むことになりそうだからお願いね」((この後、クリムガンは鎧の孤島で解禁された。)) 「そんな所に挿れるから発奮したんでしょうに……はいはいちゃんと孵すから幾らでも産んでくださいな!」 まったく、つくづく羨ましい夫婦だ。 一緒にいられることがじゃなくて、何があっても切れそうにない絆の強さが。 私たちも負けてられないね、海兎くん。 滲み出した粘液に乗り、滑るように進み出す。 ひとつの流れとなって、早く、疾く。 遙か彼方で待つ海兎くんの元へと、ひたすら一直線に。 ◎完◎