#contents 作者……[[リング]] 二話目。ゆっくり更新 **1 [#ofd57973] それは、ショウと再会した当日のこと。 「ギネビア……アーサー。ちょっと起きてください」 ボールから出されたギネビアは寝ぼけまなこを擦る。東條の視線の方に目を向けてみると、そこにはなんか黒いのがうっすらと見える。東條に呼ばれて起きてみたが、あれはいったい何なのかしら? 『敵……ではないようね』 ギネビアは暗闇でうごめく何物かを見て、呟いた。東條に対して言葉では伝わっていないが、ニュアンスは伝わった気がする。東條からも敵意が消えたから、間違いはないだろう。 『しかし、強い警戒心……迂闊に近寄らない方がいいわ』 一歩踏み出そうとする東條を腕で制す。私の意思はジェスチャーで手を出すな――と、恐らく伝わっただろうから、東條も馬鹿なことはしないだろう。 『お嬢様につく悪い虫ならば久しぶりの狩りだというのに……。でも、貴方に敵意がない相手を組み伏せるわけにもいかないわね……滾った血が、無駄になってしまうじゃないの』 不穏な言動に、影はびっくりして、アーサーは笑っている。東條は的外れなことに、『頑張ってください』という感情。まったく、ポケモンの言葉を理解しない人間はこれだから不便だわ。 『ふふ……安心なさい? 貴方から敵意がないのはちゃんと分かっているわ……だから、警戒心を解いてこちらへ姿を見せなさい? 悪いようにはしないわ』 言うなり、ギネビアは掌の中に辺りを照らす光の玉を出現させる。広い洞窟でも照らす事の出来るこの技だが、この家だと深夜ともなれば廊下の端がどちらか一方は確実に見えない。要するに端から端までやたらと長くて広い。 しかしそれはこの屋敷が異常なだけで、彼奴を照らし出すには十分だ。さて、奴の正体やいかに……!? あれ、あのジュペッタ、まさかなんだけれど……いや、はっきりとあの時の面影がある。 『ショウ……?』 浮かび上がったジュペッタの影を見て、電撃殺虫機の捕虫灯のように禍々しい輝きを放つギネビアの笑みが、ひまわりのような明るい笑みに変わる――と、言う感じの笑顔にならなくっちゃ……だって、もし本当にショウだったら、私は最高の笑顔で迎えてあげなきゃいけないんだもの。禍々しい笑みなんて見せられないわ。 『ん~……あのジュペッタ知り合いかギネビア?』 アーサーの声はドンカラスを名乗るには少々間の抜けた威厳に乏しい声。正直うざったい。 『ッキャ~!!』 アーサーは無視。それはもう、完膚なきまでに完全にシカト。 「ムグ!?」 ギネビアはヘッドスライディングでショウに抱きつき、頬ずりした。今はもう、確信出来る。こいつがショウなのは間違いない。 だって、ジュペッタは口を開けると怨念の力が漏れ出してしまうから、喋ったすれば私の角に負担をかけてしまう。その事をショウは知っているから、私の前では口を開こうとしない……そう、こんなになってまで口を開こうとしないという事は、このジュペッタはショウなのよショウ!! 「あの、アーサー……あれはギロチンチョークか何かでしょうか? 攻撃しているのか抱きついているのか……」 「シラネェヨ、バカ。オマエガカンガエロトウジョウ」 ドンカラスの発達した発声器官で、とりあえず人間にも伝わる突っ込みをしつつアーサーは見守る。人間との通訳出来る事がアイツの唯一のとりえよねぇ。とりあえず、あんたは邪魔だから寝ていろ。東條はまだいいとしてあんたは邪魔。寝ろ。 私とショウがじゃれるのは誰にも邪魔はさせないのよ。うふ。 『あ~……思い出した。あいつ、かなり昔に美香お嬢にまとわりついてたぬいぐるみの坊主じゃねえか』 分かったならばお前は寝ろ! 『なら、胸のつっかえも取れたし……暇だし、寝るか』 うん、そのまま起きるな。 アーサーは、自分のモンスターボールを嘴でつっついて、東條に就寝を要求する。ボールの中は退屈だが、中は快適な環境であるために眠るときはむしろ中に入っている方が楽であり、それがゴージャスボールと呼ばれる高級品ならば尚更だ。 「アーサー……ボールに入るのですか?」 東條の言葉にアーサーが頷いた。東條はずっと見張りをやってくれと言いたそうだけれど、あまりに押し付けると反抗するようになるので、しぶしぶアーサーをボールに収納する。しか~し、私の角はこんな東條とアーサーのやり取りなんかよりも重要なことがある。ショウの感情を捉えることに全力を傾けなくてはならない……これは、お留としての義務にして嗜みに他ならないのよ。 だって、ショウも抱擁で押しつけられる角の痛みや絞められた首の苦しみに耐えながら喜んでいるのだもの。愛って、素晴らしい!! 「さて、見おぼえがあると思ったらギネビアのあの反応。あのジュペッタは……昔お嬢様と一緒に生活したショウ君ですか……さて、どうしたものやら?」 東條は何事か考えだした。美香の部屋の前で眠っている時の東條は、スーツではなく作業着を寝巻としていて。その時にもきちんと袖の中にボールが仕込まれている。考えがまとまったのか、登場はその袖から、まだ空っぽのゴージャスボールを取り出してギネビアに耳打ち――させるかボケが。 耳は私の絶対領域……触らせるつもりなどないし、何より周りを見るつもりのない時の私に何を言っても無駄よ。 東條は唇の裏の血の味を。私は東條の後悔の味を、胸の角を通じて、それぞれ味わう事になった。く、なんて強い後悔の味……軽く、私の育て方が悪かったのか? と東條が気分を沈ませていやがる。仕方がない……裏拳は反射的に思わずやってしまったことにして、ここは申し訳程度に頭を下げてしまおう。 東條はやれやれと溜め息をついて、私へ伝える。 「悪いようにはしないからボールに入れさせてくれないか? って……伝えてくれないかな?」 『だ、そうだけれど……どうするかしら、ショウ?』 『ムグ……』 ショウは頷き微笑む。東條を見上げてショウはおねだりをするように手を差し出すと、『入れてくれ』という風に東條は理解したようだ。うむ、流石だ東條。 「ふむ、ショウ君は提案されたらもう入る気ですか……話しの分かることで」 コクン、とショウは頷いた。 「ともかく、また旦那様に見つかって御咎めを受けることのないよう、お嬢様のポケモンではなく私のポケモンとして所有させてもらいましょうかね……それでも、しばらくはお嬢様と私以外には秘密裏にいたしましょう」 うんうん、東條ってば話しが分かるぅ。とりあえず、ショウの事はもう離さないんだから! 「ところで……お嬢様には合わなくて良いのですか? きっとお喜びになりますよ」 東條が笑顔で問いかけると、ショウは首を横に降る。あら、ショウってば不安なのね…… 「そうですよね、お嬢様は今眠っておられますし」 東條……勘違いしているわよ? ショウは、美香お嬢が昔と打って変わって自分を拒絶したりないか心配なのよ。断じて、美香お嬢が眠っているからではないのよ。 案の定、ショウはまた首を横に振る。 「恥ずかしいとかでしょうか?」 また首を横に振る。しばらくこのやり取りが何度も繰り返された。あぁ、くだらない……寝よう。ショウとの積もる話は明日にしておこう。 **2 [#t824ed8b] 結局、ショウはその後顔を見せるのを渋り続けました。 そんなこんなで、今現在。私は何故か現在盗聴器を買うだとか不穏な事になっているわけでして、どうしたものやらという状況。お嬢様が行おうとしている事は長年仕えた家を裏切ることに繋がります。 そうなってしまえば、私は親兄弟に顔向けできないし、もはやこの家には近付くことさえもできないでしょう。 しかし、それでいい気もします。親よりも教育係よりも長い間美香お嬢と一緒にいた私にとっては、美香お嬢は自分の子供みたいに思っておりました。子供の幸福を願う親がいないのならば自分が親になってやろうと、思っていた時期もありましたし、今回の件でその時の気持ちも思い出しました。流石に親を名乗るには無理のある年齢差ですが、まぁ親戚の叔父か従姉妹くらいの気分で見守りたいというのが私の本音。 ショウの訪れによって少しずつ変わっていったのは美香お嬢だけではなく、私も、ギネビアもアーサーも、全員が変わってきている気がしますね。 「で、結局どうなさるのですかお嬢様?」 「もちろん、盗聴器はたくさん付けるに越したことはないわ。食卓のテーブルの裏とか、ベランダのテーブルの裏とか……その他モロモロね」 そう言って、盗聴器や受信機を買ったのは構わないのですが。しかし、せっかく来たのだからと腐女……女性向け同人誌の衝動買いやゲームセンターに付き合わされるのは、私たちお付きにはたまらない。メイド喫茶にて執事を見て、『東條もここで働けば?』と言われた時はドキッとしましたが、それっきり私は退屈であった。自分の買いたい物ばかりを回って、私が見たい場所を見せてくれないのですもの。ガンプラ…… しかも、荷物は膨大。美香お嬢だけでは持ちきれない分は私が。しかし、二人でめいっぱい荷物を持ってまだ足りず、ギネビアにも荷物持ちを頼むことになってしまいました。 ただ、荷物を運ぶギネビアはむしろ楽しげでした。しきりに美香お嬢の事を気にしているあたり、兄弟のように育った美香の変化を嬉しく思っているのかもしれない。恐らく、美香お嬢は今までよりも幸福に過ごしているのでしょう。これ以上幸福にしてあげようと思うのならば……もう、後戻りの出来ないことをするしかないのでしょうね。 帰り道、私達一行はリニア車内でひんしゅくを買うほどの大量の荷物を部屋の中で解放した。部屋の中で腰を落ち着けた。買い物に満足した美香は付かれたのかすぐに眠ってしまう。ショウのおかげで今までよりも良い表情が出来るようになった美香を嬉しく思いながら、私は美香の部屋を後にする。 そうして美香お嬢の部屋を去った私は、いつも通り代理の者と交代して夕食前後の自由時間を作った。 今は結婚を前にした大事な時期であるからと、見張りの欠かせない美香お嬢は息も詰まる事でしょうが、逆にその間私はノーマーク。何かと理由をつけて、色々な所に盗聴器を仕掛ける事も容易でしょう。 私の食事は私室にて行い、作り置きしておいたものをギネビア達に出し、自分も食事を手早くすませるために面倒な作法を要求されるお抱えシェフのまかない料理は断りました。 そもそも、昼はお嬢に付き合わされてたくさん食べたのであまりお腹もすいていない。余った時間はいよいよ盗聴器の設置だ。これでもう、本当に後戻りは出来ませんね。 &size(18){ *}; 私が眠れたのは三十分ほど。 時間帯は昼寝という時間でもないし、いつもとは違う時間に寝るなんて慣れない事はやっぱりうまく出来ないようね。起きてみて、勉強をやるのもかったるいし、暑くて薙刀を振るう気にもなれない。 眠れなくても、目を閉じていれば眠れるのだろうかと眼を閉じるが、やっぱりそれでは眠れないわね。とりあえず、何も考えていないのは退屈だから、ふと考え事をしてみた。 私は結婚するまでに親を裏切ってしまうつもりだが、そうなると気の早い親がすでに用意しているウェディングドレスはどうするのだろう? 一着で何百万とか言う豪華過ぎる一品だから、あれが無駄になるのはもったいない。けれど、家を出るときにあれを持って行くのもどうかと思う。多分、邪魔で仕方ないだろうから……。 「ギネビアなら絶対に似合うよなぁ……」 ふと、頭に浮かびあがってしまった雑念。ギネビアと私とは身長が2cmしか違わないから、胸の角を除けば自分よりスタイルのよろしいギネビアには絶対に似合うはず。そして、似合うと言えばショウね。 東條と二人きりになる時は決まって手持ちのポケモンも羽を伸ばしてまったりするが、その時のギネビアとショウの仲の良さは度を越している。ショウだって、私と一緒に居て贅沢な暮らしをするためではなく、ギネビアと一緒に居るためにこの家にとどまっていたい、とも言っていたくらいだ。 二人がベタベタしている様は見ているこっちが恥ずかしいくらいで、ホント羨ましいわね。どうせ、お嬢様学校の女子寮では出会いなんてありませんからね。 思えばギネビアとはキルリアの頃から一緒に並んで歩いていたし、もう姉妹の様なもの。ギネビアが結ばれると言うのならば祝っても罰は当たらない。ショウだって、私にとっては変わるきっかけをくれた王子様。こっちはむしろ祝ってあげなきゃ罰が当たる。 「ギネビアはショウと相思相愛――か……」 婚約者は、嫌いなわけでは無い。むしろ、普通に出会っていれば面白おかしく付き合えたんじゃないかと思うし、『好き』という言葉も使っていたかも知れない。何回か会って、それで互いに話してみたときはそこまで悪い――『おじさん』ではなかった。 何でも私は、祖父の代からの婚約というわけの分からないものに巻き込まれたらしく、このように年の差にある婚約となってしまった。婚約者は悪い人じゃないんだけれど、東條と同じ年齢だなんて私は嫌。 嫌いなのと結婚したくないのは全くの別物だということを思い知らされる。結婚したって幸せになれる気がしない。 「そんな私にはウェディングドレスは相応しくない……か」 ウェディングドレスに袖を通す資格があるのは、やっぱり幸福になれる者に限られると思う。ならば、ギネビアにこそあれを着るのが相応しい。対になるタキシードを着た男性も必要よね。 「タキシード買おう」 そうして私は、パソコンの通販のページを漁りだした。二人にはそれを着てもらって、祝ってやる。それで、使う予定のないウェディングドレスの職務を全うさせてやるんだ。 **3 [#rc5e442f] 東條は昨夜盗聴器を二つほど仕掛け終わった後、これ以上は怪しまれるので無理ですと言って、残りはまた後日に決めた。つまり、今日もまた新たな盗聴器を仕掛けるのだそうだ。 たった二個取り付けるだけとは言え、場所の選定やカモフラージュ。そして、見つからずに実行する緊張感などでかなりの精神力を要したのだろう。ただでさえ暑いこの季節ということも合ってか、風呂に入る前はスーツの上着まで濡れてしまうほど脂汗をかいたそうだ。 昨夜はシャツだけでも新しいのに着替えていたのだと。感心ね、流石は東條。 近く、父さんがちょっとした会合を行うというから急ぎ足で盗聴器を取り付けてもらったが、これを連日やらせてしまうと少し健康に悪いかもしれない。昨日はずいぶん疲れた顔をしているしね。 そんな行為でさえもNOと言わずにやってくれる東條には、私は本当に感謝せねばならないわ。 そして、今日。ショウのタキシードは昨日のうちに、私の独断と偏見でほぼ決定してしまい、今から東條にどのデザインが良いかを決めてもらうところ。その前の結婚式をやってあげたいという事情を話す段階なのだが、東條は悪くない反応をして聞いてくれる。 「なるほど、結婚式ですか。ショウとギネビアの……」 東條はしばらく考えて顎を上げた。 「良いと思いますよ。確かに、ウェディングドレスを無駄にしたら祟られるでしょうし、有効利用するにはもってこいの理由でしょう」 子供のように屈託のない笑顔。こんな状況でも営業スマイルが完璧だとは、流石は東條ね。 「祟られる……かぁ。まぁ、そうね、もったいないお化けに化けて出られたら困るし……それに、まず最初に幸福って言うのがどういうモノなのかみておきたいの。あの二人ならば、理想的な結婚式もしてくれると思うしね。そうすればドレスも喜ぶわ」 「えぇ、幸福な結婚のモデルにはふさわしいと思いますよ」 言い切るが早いか、東條は私から目を話して部屋を見回した。 「ところで、それはこの部屋でやるのですか」 東條はすでに飾り付けやら何やらの事を考えているらしい。んもぅ、流石東條ね。 「今のところはまだ未定だけれど、そうなると思うわ。でも、ささやかな料理と祝う気持ちがあればそれでいいと思うの。だからまぁ、東條に手伝ってほしいのは……これよ」 私は、東條を手招きして、ネット通販のページを見せる。 「ほう、美香お嬢様は行動的になられましたね」 そんなお世辞を言って、東條は画面を凝視する。さて、次は何をするべきかしら? &size(18){ *}; 東條と美香がタキシードを選び終えた後の事、アーサーは東條の控え室にて、イチャつくギネビアとショウを尻目に、何をするでもなくまどろんでいた。 ガチャリ――と、扉が開く。東條だけでなくお嬢もいる。扉を開けて入ってきたお嬢は、いつもならショウとギネビアに話しかけるんだけれどな~。けれど、今日は真っ直ぐ俺のところに来たんだが、何で? 珍しい事もあるもんだ。 「ねぇ、アーサー?」 お嬢はホントに、何しに来たんだ? ボーっとしている時間は貴重なんだぞ。 「ちょっと頼みたいことがあるんだけれど……」 「ナンダ? ツマラナイハナシナラツツクゾ」 面倒だ。あぁ面倒だ面倒だ。餌のもらえない仕事に努力する気にはなれないぞ。 「貴方が持っている指輪が合ったら、二つ私に譲って欲しいの……これと交換で」 宝石、よりどりみどり、しかも大粒!! シイノキのドングリと同じくらいの宝石が赤青緑、黄色にピンクに無色透明……綺麗だぜ。 「貴方が光物をコレクションしているのは知っているのよね~……その中で良い指輪があったら、これらと交換してあげてもいいわ。 特にこれとこれ、イミテーションって言う代物で、ウチでもあまり見かけない品なんだけれどな~」 欲しい!! それは手に入れるしかないだろう。 お嬢が何故指輪を欲しがるのか気になるが……まぁ、いいか。極上の指輪を持ってきてやりますぜ。 「うふ、やる気みたいね。東條、窓を開けてあげて」 「かしこまりました」 よしよし、グッジョブ東條。開け放たれた窓から、俺は羽ばたいて上へ上へ。この家は警備が厳しいから、あまり外敵が上空を飛ぶこともなく、屋根にある俺の巣は滅多な事じゃ荒らされることは無い。 指輪は……この家にあるモノをくすねたのが大半だ。というか、俺のお眼鏡にかなう宝石何ぞはこの家で盗んだものしかないわなぁ。全く、他の家はしけてやがる。 しかし、この家にあるまともな宝石でさえ“いみてーしょん”とか言う高級な宝石((イミテーションとは模造品、偽物という意味。もちろん、高級品でもなんでもなく、美香が上手いことを言って騙し取っているだけである))の前には霞んで見えるものばかりじゃねぇの。 よし、こいつが良い。これを見せてやればお嬢も大喜びで宝石を渡してくれるだろうよ。さぁさぁ、待って居ろよ“いみてーしょん”ちゃん。 あぁ、巣から離れてこの部屋に戻るのがこんなに楽しみに思ったのは初めてだ。窓の近くでバサバサバサとブレーキをかけ、窓枠に着地。 咥えていた指輪をお嬢に見せる。さぁよこせ、“いみてーしょん”の宝石をよこせ 「わ、凄いわね。綺麗な宝石だわ。アーサーでかした!!」 お嬢は俺を抱いて胸のもっさりとした羽毛に頬擦りをする。なんだか照れるじゃねぇか…… 「これ、奥様が探していた指輪ですね……アーサーが盗んでいたのですか……」 そうそう、これは上物だったからなぁ、思わず盗んじまったんだよな。 「イイカラ、ハヤイトコホウセキヲヨコセヨ」 「はいはい、どうぞ。ホントにありがとね」 お嬢は、先ほど見せた宝石をビニール袋に包んで渡してくれた。よっしゃ、これで俺のコレクションにも箔がついたってもんだ!! この素晴らしい輝きを放つ“いみてーしょん”って宝石は永久保存だなぁ。 **4 [#q8c5f698] 美香お嬢が何か企んでいる――何を、かは分からないけれど絶対に何か企んでいる。よからぬことではなく、あくまで私たちを楽しませようとしている何かであるのが、このタイミングで何か気味が悪い。 東條も一枚噛んでいる様で、そのたくらみの対象は私とショウに向けられている事までは間違いないと思われる。もし、それを実行に移すときが来たら適当に喜ぶ演技をしてやらなければなぁ。と、思っているけれど美香お嬢は私を喜ばせる絶対の自信があるようで、しきりにこちらの様子をうかがっては楽しそうに微笑んでいる。 東條までもそんな様子なのだから演技ではなく本当に喜んであげないと失礼かもしれないが、そのためにはよほどのことでもない限りは無理だからね? ……ま、東條に免じて期待してあげましょうか。 企んだことが実行されるのはさして時間もないようだし。それとなく気付かないふりをしておくのもそう長い時間にはならないはずだ。わくわくした態度を表に出さないようにしておくのは大変だけれど苦痛じゃない。 今、東條と美香お嬢は盗聴器の受信機に記録された会話を聞きながら小躍りしている。盗聴してスキャンダルを聞きだすなんて物騒な事をしているとは思えないほど二人の様子は楽しそうで――私達へ向けた企みを進めるときほどではないけれど意気揚々という言葉がよく似合う。 「これならいけますね」 「うん、完璧よ東條。後は裏のお仕事屋さんに各種手続きを頼んでおいて……と。それは、明日やりましょ。明るいうちにやらないと、夜遅くなっちゃいそうだし」 「お嬢様。そう言う事はあまり大きな声で言うことでは無いです。盗聴されていたらどうするんですか」 おや、東條も美香お嬢も今のセリフでとても楽しそうな感情を発した。一気に場を盛り上げる冗談とは、流石東條。 「されてるわけないじゃない。ちゃんと調べたんだから……ミイラ取りがミイラになるなんて冗談じゃないもの」 それで、心の中で大丈夫とは思っていても、自分へ言い聞かせるように美香お嬢は言葉にしていた。大胆不敵のようでいていて繊細さも持ち合わせている。こういう所は嫌いじゃない。 兎にも角にも、お嬢が家を出る計画は着々と進んでいるようで……居心地が良くも悪くもあるこの家からおさらばする日も遠く無さそうだ。 「ねぇ、東條?」 そしていきなり感慨深い感情である。美香お嬢、ちょっと最近不安定気味? 「今まで、東條に私を監視させていたんだもの、父親に同じ事をするくらい、悪いことじゃないわよね?」 ほう、美香お嬢ってばさっきまで楽しそうにしていたくせに、一丁前に罪の意識なんて感じちゃって。……姉妹のように何年も付き合ってきたけれど、こういうところで貴方はいい子なのよね。悪い子になりきれないのがあの子のいい所。 「……鎖で縛られたら、その鎖を千切りたくなるものです。私も、給料をもらっておいてこういうのは何ですが、胸糞悪くなる事もありました。 お嬢様が今やっている事は当然の感情を実行したまでです。確かに親を裏切っていると言えなくもないですが、その前に親が子を裏切っている……今回はお相子、と言う事で悪いことではないでしょう」 あらら、さっきまでの楽しそうな感情は何処へやら? 一気にしんみりした感情が芽生えてきた。言葉一つで美香お嬢を納得させるとは流石東條。 「ありがと」 美香お嬢は、東條に対して溜め息一つにお礼一つ。東條に対して抱く感情は好き――と言う感情であることは間違いないけれど、恋とは違う。言うなればお嬢は、&ruby(ストルゲー){尊敬と従属の愛};や&ruby(フィリア){友愛};を感じている。 父親についてだって、全体的にいえば嫌いではあってもストルゲーを感じている。そうやって、いろんな感情をいろんな誰かに向けている美香お嬢だけれど、少なくとも私が一緒にいるときに&ruby(エロス){男女の愛};を感じた事がないよね。恋に恋するなんて言葉もあるけれど、美香お嬢の欲しいものはきっとそれで、勝手な婚約を決められて困るのはエロスを感じることが出来ないからなのだろう。 人間って、複雑。私もその人間に影響を受けている一人なのは幸福なことなのか、それとも不幸なことなのか? ……私も、野性のサーナイトであればきっと、こんな事を考えずに生きていたことだろう。 人間は、複雑だ。『いつもは乱暴だけれどここぞという時はやさしい』とか、『普段はさえないけれど仕事には誰よりも誇りを持っている』とか、そういう事ではなく――本人には如何ともしがたい事情を以って好きと嫌いを分ける性質。例えば美香お嬢の場合、婚約者に対してそれを抱いている。『年はともかくとして、立場が違えば好きだったかもしれない』――なんて。 人間には語り尽くせないほど複雑な社会がある。&ruby(あまた){数多};のポケモンなど比較にならないほど高度な社会を持ってしまえば必然的にそう言う問題が浮上してくるというのならば、私たちポケモンと人間との根本的な違いはそれかもしれない。 「なんにせよ、大詰めの段階よ。父さんにばれないよう上手くやりましょうね。東條」 「はい、お嬢様。三日以内にいけないお仕事屋さんを探してまいります」 東條と、美香お嬢、二人を観察しながら浮かんできた思考は、自分は何を求めてショウと仲良くなっているのかと言う事。 私の隣でまったりしているショウは、私よりも人間の事情に疎い。きっと、私以上に二人が何を言っているかが分からないことでしょうね。でも、二人が幸せそうなのを喜ぶ気持ちはあるみたいで、それは私と同じ感情だ。 そう言う風に同じ事に感動して同じ事に喜べるってすごく貴重なことだと思うわ。違う価値観を持つ事も素敵だけれど、やっぱり私は嬉しさは倍にして悲しさは半分にできる関係が好き。そんな私は『相手が好きだから好き』と思っている。この角が感じる限りではショウも同じ気持ち。 ……言うなればフィリアとエロスであろうか、美香お嬢が求めている愛の形はこんなんじゃないかと思う。美香お嬢は、単純に可愛いから――という理由だけでなく、憧れを込めた上で私たちポケモンが大好きな節があるけれど、その理由がきっと&ruby(ヽヽヽヽヽ){そう言う事};なんだろう。 美香お嬢に、私を嫌いになって欲しいわけじゃないけれど、人間らしい制約を脱ぎ去って『好きだから好き』って単純に考えられるようになってほしい。それで、私達への愛情が薄れても少しくらいなら構わないわ。少しさびしいけれど、私にはすでに愛する相手も愛してくれる相手もいるのだから。こういうのが包容力って言うモノよね。サーナイトらしくっていいじゃない。 ……美香お嬢、親への造反が成功するといいけれど。 **5 [#bb26c81a] まだ、父さんへの造反は行わない。その理由は簡単。父さんは三年後期の学費をまだ払っていないから。学費を払ってもらってからにしないと、高校を卒業できなくなる恐れがある。それだけは何としても避けなきゃならない。東條の言う三日とはギネビアとショウのサプライズ結婚式を行う日取りが五日後、と言う事である。 さらに、私は親を裏切ったその日に家を出て、夏休みが終わるまでは東條と二人プラス三匹で暮らすつもりだ。そのための新居を探さなければいけないわけなのだけれど……私達の家はどんな家にするべきか? 1LDKの一階建てで十分な気がするが……狭くはないか? いや、学園の女子寮に比べれば広いかな? 住宅情報サイトを覗きながら、美香は紅茶を口に含む。 コンコン、なんて律儀なノックが聞こえてきた。着替えをする時間でもないし、黙って開けても構わないのに。 「お嬢様、ショウ君用のタキシードが届きましたよ」 「あぁ、どこか適当に置いといて」 と、言ったはずなのにこいつはわざわざ中身を丁寧に取り出し、クローゼットに掛けた。適当の『て』の字もない。流石東條。 「ウェディングドレスとタキシードもそろったし、証拠は十二分に押さえたわね。後は、学費の納付を待ってギネビアとショウの結婚式やるだけかぁ……」 「タキシード……お嬢様が独断と偏見と勢いだけで決めてしまいましたが……喜んでもらえるでしょうかね?」 独断と偏見だけならまだしも、勢いまで決定の理由に加えるとは、流石東條と言わざるを得ないわ。 「まぁ、ギネビアならば私がどんな気持ちでドレスを送ったかを理解してくれるはずよ。理解してもらえたら、とりあえず私が思い描いた幸福な結婚のモデルとなって欲しいわね」 「ですね、せっかくですし」 こうして言葉にしてみて、しかも東條に肯定されると自分がやりたい事が脳裏に浮かぶ。 小さい頃、自由になりたくて東條の手を逃れ逃げ去った。自由である代わりに失うものや背負うものがあるというけれど、私は自由になった瞬間に太陽光を背負って日射病になって倒れたなんて、笑い話にしかならない。その時、ショウと出会い介抱してもらったわけだけれど、その時の私はショウに対して何を思っていたのか? きっと、ただの命の恩人としか考えていなかったんだと思う。 最初はお礼のつもりでショウを家に迎え入れたけれど、彼はすぐに当時キルリアであったギネビアと仲良くなった。子供心ながら恋愛に憧れて、幸福そうだなぁと思って、その時はそれ以上の感情なんてきっとなかった。けれど、心の奥深い所で、恋愛に対しての憧れが刻まれたのはその時なんだと思う。ショウの事を思い出そうとしなくなっても、古傷のように刻まれた想いはそのまま私の中にあり続けた。 オーレ地方ではジュペッタに悪夢を覚えさせることが出来ると言うが、ショウもまた何処かで覚えたのか私の夢に干渉して私の気持ちを探った。拒否する相手に悪夢を見せる事が出来ない以上、技としては成立していないのだけれど……気持ちを探るその過程で、私が抱いていた恋愛に対する憧れを掘り起こしてしまった。 それで、今こうして私は自由になろうとしている。大人になった今だから、自由になることも可能だと確信出来ているから。 大人買いが&ruby(ヽヽヽヽヽヽ){子供の願望を};大人になって実現したものであるように、結局私は子供のままだと思うとなんだか妙におかしい。 自分の一面には呆れてしまうけれど、だからと言って愛し合った二人が正装に身を包んで愛を誓う――それを、素敵だと思う心はどうしたって止められない。 ギネビアとショウに結婚式をさせることで、自分がそれを疑似体験する。これが今私のやりたい事。例え疑似体験でさえ『したい』と思えるようになったのはショウのおかげで、童話の王子様がお姫様を自由にしてくれる立場の人ならば、間違いなくショウは私の王子様と言ってもよかろう。 でも、私は疑似体験だけで終わるつもりはない。心から愛せる人を探して、あの二人と同じくらい幸せになってやるんだから。 ◇◆◇ 「幸せになりなさいよ、ショウ」 とは、美香のセリフ。 最近ギネビアが嬉しそうだとは思ったけれど、これにはさすがにまいったね。夏休みの平凡な昼下がり、当然むちゃくちゃ暑い。だと言うのに、クーラーはかなり弱めの設定であるから具合が悪い。そんなクソ暑い中、クソ暑い変な服を着せられると思ったら、その次は息がとまるほど美しいナリをしたギネビアときたもんだ。興奮してさらに熱くなった。 あいつ、何処かでこういう事が行われる事を知ってやがったんだな。でなければ、始まる前からあんなにウキウキしているわけはねぇ。 結局、知らぬは俺だけと言う訳か。まぁ、アーサーに至っては誘ってすらもらえなかったようだけれど。 「なに、柄にもなく絶句しているのよ、ショウ?」 いや、俺は元からギネビアの前では喋られないんだけれどよ……美香。でも、絶句云々はともかくとして棒立ちしていたのは事実だ。情けな言っちゃあ情けないわなぁ。でも、目の前にブーケを持ったまま静かにたたずんでいるギネビアは、何ともまぁ魅力的であった。 普段服を着ない俺たちにとっては服そのものが巨大なアクセサリーの様なもので、魅力を生かしもするが殺しもする。けれど、物が違う。言うなればペラップの冠羽やヘルガーの角といった、魅力的な部分がひたすら美しくなったような……元々スカートのような膜が張ってあるサーナイトには相性のいいアクセサリーなのかもしれない。 対して、俺はタキシード。何故か胸元に深紅のバラまで入れられて、キザったらしいったらありゃしないが、元々黒い体色の俺に黒いタキシードは悪くない組み合わせのようだ。白いシャツとバラも適度なアクセントで……一言で言えばギネビアの目が血走っているくらい可愛らしいらしく…… 『もらったぁ!!』 『!??』 一目で逃げなければやばいと悟ったのだが、遅かった。ギネビアが獣のように、四足になるんじゃないかと思うくらい上体を下げるのと飛び出すのがほぼ同時。俺の足を掴むと同時に肩から体へと突っ込み、俺を押し倒した。如何にも高級且つ重厚な絨毯がずれると同時に、息が詰まる。気が付けばギネビアに抱きしめられていた。角が当たった部分が痛い……そして暑苦しい。 『ショウてばぁ、可愛い!!』 そして、頬ずりへと転じる。もがいても、がっちりと極められており抜け出せそうにない。 「あれじゃ抱擁ポケモンというよりは……寝技ポケモンじゃないの」 「参考にしたいくらいの……はは」 なんて、人間達は無邪気に笑っている。こんなときでも美香を警護するための武術を学びたいとは流石東條。 しっかし、こうして抱きしめられるほど身近にギネビアを見るとよく分かる……俺の服はずいぶん安そうだ。もちろん、悪い品ではないのだろうけれど、ギネビアの者と比べれば見劣り以外の何物でもない。不公平なほど違いが分かるギネビアと俺の服の格式の差はどう見ても妙だ。 ギネビアはずっとこの家にいたわけだから、ギネビアへの愛着に分があるのは分かるとして……でも、分かってしまった。ウェディングドレスに染み付いた憎しみの残留思念。美香の物だ。 結婚を嫌がっていたお嬢は、このウェディングドレスに憎しみさえ覚えていたという事……。でも、今はもう憎しみなんてものが微塵もない事は、肌で感じる。ギネビアが上機嫌なのは俺が可愛らしく着飾られている事だけが原因ではないはず。ギネビアは周りの者が幸福でない状況で笑えるような性質でないから……要するに、美香も東條も幸せそうってことだ 本当は、こんなこと考えている場合じゃないんだけれど、無理矢理にでも考えないと……下半身が主に問題になる。胸、当たってる。ギネビアが可愛い、そしていい匂い。そして、美香も東條もそんな目で見るな……そして、ギネビアの頬ずり。 あぁ、もう!! どうせ俺は幸せ者だぁ!! ギネビアの寝技から解放されて一段落ついても、異常なほど照れくさい気分になる視線はまだ注がれている。幸せ者を見る視線にさらされると、何とも気分が落ち着かないものだ。何やら美香に囃し立てられて口付けを交わさせられたり、アーサーを騙して手に入れた指輪をはめたりなど、人間の世界では普通に行われているらしい儀礼を済ませる間も、ギネビアは酷く上機嫌だ。 怖いくらい。美香自身は、どうせ無駄になってしまうドレスの責務を全うさせてやるだけだと言うが、何だかそれ以上の理由を感じた……それがあの、憎しみの残留思念か。そう思うと、美香が少し哀れに思えたが、その分俺たちも一緒に楽しんで憎しみを忘れさせてやるのが俺達の義務なのだとも感じた。 楽しむ時は、本気で楽しまなければバチが当たる。いきなり巻き込まれて訳の分からない説明だけされて、付き合わされたけれど……まんざらでもない。よし、今日は美香のためにも楽しんでやるし楽しませてやろう。そう思うだけで、照れくささも少し楽になった。 美香が司会を務める儀礼を催促されるがままに終えると、美香が作ったらしい甘さ控えめのケーキやら、塩が控えめのスペアリブやら、自分たちを満足させるためではなく俺達を満足にさせる料理がずらりと並ぶ。 こうまで至れり尽くせりだと、ジッパーを閉じたまま喋らないでいるのがあまりにももったいない気がした。ギネビアの角に不快感を与えるのを承知で、俺はジッパーを開く。 案の定、ベッタリとくっついていた俺とギネビアの間にわずかながら隙間が形成されてしまったが、どうしたって言葉にしたい想いくらいはある。ギネビアならばそれを分かってくれるはず。 『どうやら、人間二人は俺達の事を本気で祝おうとしているらしい……俺らまだ交尾もしたことないのに』 『一応……人間界というかこの国では、順番的に結婚式の後に交尾なのですよねぇ……うふ、ショウってば気が早いわね』 顔が、熱くなった。東條や美香の視線以上にギネビアのこのセリフは効いてしまった。それで、照れて俯いてダンマリを決め込んでいる時も、美香と東條は料理を次々と並べている。 床に皿を置いて食べる光景は、ピクニックをする家族を思い出す……思えば、愛に飢えた縫い包みに宿るしか進化の方法がない俺たちにとって、憧れその者の光景だ。カゲボウズの頃も、醜い暴力が繰り広げられる家庭ばかり見てきたせいで、自分がここまで愛にあふれた光景は夢にも思わなかった。 今更ながらに、胸が熱くなる。そうやって落ち着いてみると、何だか幸せ者を見る視線もほほえましいものに思えてきて、照れ臭さがさらに緩和された。ゆったりと、倒れるようにギネビアの体に肩を寄せると、ギネビアは快く俺の事を支えてくれる。それを見ていた、美香の表情が一瞬変わって、何かに納得したように頷くと、さっきよりも輝くような笑顔になる。 『……おれ、この家のクソオヤジに一度酷い捨てられ方したんだけれどなぁ……お嬢が同じ血を引いているたぁ思えねぇな。あのクソオヤジは、美香がお嬢様らしくしていると幸せだったみたいだけれど…… 美香の野郎、俺が幸せそうにしていると幸せそうな表情になったぜ……お前と似てる』 『貴方とも似ているわ。ジュペッタは憎しみからこそ生まれるっていうのにね……そう言う人同士が集まるっていいわね』 ギネビアの前で久しぶりに口を開けて他愛もない事を話している。それだけで何か今日は特別なものが湧きあがる気がした。これが、結婚式という儀式が生み出す魔法なのかもしれない。 そうして、美香に監視じみた観察ながら食べていた料理も残り少なくなってきた頃、 「ふう」 と、溜め息をついた美香の視線は何処を見ていたのか。疲れているようにも見えるけれど、それ以上の満足感が美香の瞳にはあった。俺達の幸福そうなやり取りを鑑賞するのが余程楽しかったらしい。ふと、俺はギネビアの胸にある角が羨ましく感じられた。 それほど美香はいい笑顔をしていたから。 「さて、」 溜め息から間髪いれず、美香は立ちあがり東條もそれに続いた。 「後は、しばらく二人だけの時間よ。私、薙刀の道場行くから、三時間ほど時間潰してくるわね」 「では、私はお嬢様を送り届けますので、お二人ともご自由にどうぞ」 そうして、俺達はいきなり二人きりにされてしまった。なんと、まぁ……予想もしない急展開だ事。 思うが早いか、隣のギネビアから強烈な『気』を感じた。 **6 [#b9350c52] 『……薙刀ねぇ』 『ムグ?』 ぼやいたギネビアの真意が理解できず、俺は首をかしげる。気を使って退出しただけじゃないのか?――と。 『そうね、気を使ったって言うのもあるわね。でも、なんというか……死地に赴くような、そんな感情を感じちゃったのよね』 『ムグッ!?』 『うん、もちろん生物学的に死ぬってことはないでしょうね。でも、そうね……例えるのならば戦争に向かう兵士の家族との団欒が終わるの惜しむような。そんな……そういう感情だった。私たちが幸福になる事が、そういう家族を思い起こす感情につながるっていうのは……すごく嬉しい事なんだけれどね。 でも……失敗すれば次はないって、そういう覚悟でやっている。特に、東條はどう転んでもこの家から縁を切ることになる。そうなったら……私たちは、お嬢とは今生の別れになるでしょうね』 なるほど……ついにやるのか。俺を美香から突き放した糞オヤジへの造反を。 『幸せな気分が治まって来ると同時にそれを、思い出しちゃったの。思い出して、止まらなくなった……お嬢は気丈だから表面的には何事もないかのように振る舞えるでしょうね。でも、私にはわかってしまう。つまり……気遣ったのは、私&ruby(ヽヽ){たち};じゃないわ。&ruby(ヽ){私};を気遣ったの……もう遅かったけれど。バレバレ……角を持たない東條にすらばれていたし……流石東條』 『ムグ……』 どことなく不機嫌そうなギネビアに俺は視線と感情で尋ねる。 『「で、それを知った俺達はどうすればいいんだ?」って? 決まっているわ……お嬢を喜ばせるの。私たちが幸福になることでね……分かる?』 分からないわけがない、と頷いて見せる。 『うふ……全然わかっていない』 それってどういう…… 『ムグオゥアァッ!!』 それってどういう事? そんな抗議の感情を発する前に、おしとやかな正座の状態からサイコキネシスを駆使したファンタスティックなタックルが放たれた。天地がひっくり返ったと理解する前に寝技の体勢に入っている。 『夫婦になった二人がやる事って言ったら決まっているじゃない?』 あぁ、そういう事。しかし……この絨毯の上でやることではないから、移動しなきゃ。 ◇◆◇ 『ムグッ……』 『「いいのかよ?」って……良くなかったらこんな事しないわよ。貴方は野性の身であった頃からお嬢を助けた気遣いもさることながら、人懐っこく穏やかな貴方の感情、近くにいてとっても心地が良いもの』 ムグムグと、声にならない言葉を発しながらショウは頷く。 『分かったようね?』 そうだ、とショウが頷く。納得したところで、ギネビアはショウを抱く。ショウはギネビアの腕の中で控えめに暴れて、おろしてもらう事を要求したが、ギネビアは意地悪に笑うだけだ。 『そうね……抱っこしてばかりも疲れるし、足が付いていないと不安よね』 言うなり、ギネビアは掃除をしやすいフローリングの床の位置まで歩いて降ろした。ショウとギネビアの間にはかなりの身長差があるので、否が応にも子供扱いしたくなるのか、膝をかがめてから頭をグシャグシャと少し乱暴な愛撫。ショウからはニガヨモギを噛み締めたような悔しい感情。それが一気に膨れ上がったかと思うと、ギネビアの脚は浮かされてショウに引きずり倒された。 感じるのは、出来たてのリンゴジャムを手掴みで口に突っ込んだような強い満足感。倒れた時に背中の角への衝撃を和らげようと、バランスを崩してからはサイコキネシスでブレーキをかけ、角が床面に触れないように横向きさせる。 『あら、嬉しそう』 ようやくその気になり始めたショウを挑発するようにギネビアが笑う。ショウはさっそくとばかりにギネビアの保温膜の中を愛撫しようと下半身に手を寄せるが、それは水際で阻止された。私がショウのポニーテール鷲掴みにしたから、そのまま互いの顔に息が触れ合う距離へ引きずるの 。ショウは乱暴な扱いに顔をしかめる余裕もなく、強引に口付けを交わされる。ジッパーを開けられないために、舌による愛撫は一方的で、されるがままのショウとしてはとてもむず痒い気分らしい。 ギネビアからの愛撫ともなれば拒絶する事も出来ないので、口の方は仕方なしに身を任せる。だけれど、他の部分は別だ。腹と胸の境目ほどにある角の根元。あまり豊かとは言えない乳房が貯えられているそこに、軽いタッチから徐々にマッサージのように揉みほぐす。 双方、まだ気分の盛り上がりも感度もいまいちで息一つ上がらない。ギネビアはなんとかショウを感じさせようと、ショウの唇を自身の唇で挟み込んだり、口の端を指で愛撫したりなどしているが、ショウは意地悪だ。主導権を渡さないとする意思表示なのか、性的な思考をなるべく脳内から排除して、感じる事を拒否している。 心頭滅却すれば火もまた涼しいという言葉をそのまま実践する形なわけで、逆に急ぎ過ぎて性的な思考にどっぷりつかっているギネビアは、段々と自身の胸に意識を向けざるを得なかった。ジワリジワリと湧きあがる劣情に負けるのは悔しい。だから声を出さないとか息を荒くしないとか、そこまではギネビアも意識出来た。しかし、背筋がのけぞってしまう事までは意識しきれず、しめしめとばかりにショウからフカヒレを口に含んだような感情を感じた頃にはもう遅い。 それに動揺していろんな事に気が回らなくなると瓦解するのは早かった。平静を装っていた息遣いは荒くなり、気を抜けば甲高くなってしまいそうな不自然な声まで漏れた。そもそもそれらを耐えたとしても、心臓に近い場所を愛撫するショウに興奮していることが分からないわけはない。愛撫合戦で主導権の握りあいは完全に劣勢に立たされた。 それがよほど面白いのか、ショウは胸を弄る手を激しくさせた。あくまで乱暴にではなく、悪魔のように大胆に、天使のように繊細に。でも、簡単には屈してくれない。 『このまま屈すると思って?』 妖艶な笑み。ギネビアの手が花を撫でるように牡の象徴ともいえるものを撫ぜた。触れられた瞬間、ショウはムグムグと唸りながら体を強張らせる。せっかく優勢のまま愛撫していた手も止まってしまい、それによって余裕が出来たギネビアは主導権の握りあいで逆転勝利が濃厚になった。 『「そりゃ反則」……ですって? 何を言っているの、貴方も反則すればいいじゃない』 男女の別なしに、最も敏感な場所を触れられてしまえば意識せざるを得ない。だからこそ急所の触れ合いは後に取っておくのが暗黙の了解だったというのに、ギネビアの行動は完全に反則だ!! と、ショウの感情がけなしている。 『ま、届けば……だけれど』 その感情を知った事かと受け流し、ギネビアは牡の象徴に対する手による愛撫を続けた。口の位置が同じ位置にある以上、図体の小さいショウにはギネビアに抱きしめられている限り。の秘所は届かない。ショウを抱きしめる力は弱いもので、軽く抵抗すればほどけるが、それをやってしまうのもマナー違反だし、足で愛撫するにもつま先では難しそうだ。 暗黙の了解を順守するならば、ショウはお手上げ状態。まるで一番煎じのお茶のような甘みと苦みの程良く混ざる感情が、ショウからギネビアへ伝わってきた。 『なんだかんだ思っても感じちゃっているのね』 そのセリフで痛いところを突かれたショウは状況を打開しようと地面を擦りながら後ずさろうとするが、それを見越したサイコキネシスの妨害がそれを許さない。せめてもの抵抗で腰を突きださないように引いてみるが、少しばかり快感の伝達が鈍くなるだけで主導権の奪取には繋げられそうもない。 『へぇ、あくまで耐えようってわけ?』 ありがちな事。達するか達しないかの寸前での寸止め。思わず腰を突きあげたくなるような絶頂を前に、牡の象徴の先端から先走った慌て者が飛び出したが、それ以上の抜け駆けは許されない。 代わりに急激に冷めた思考は反撃の時を今しかないと確信し、ショウを突き動かした。本日二度目の不意打ち、若干悪タイプのいやらしさの見え隠れするショウの頭の回転の速さにギネビアの思考は追いつかない。 ショウはムグムグと声にならない声を上げるが、それは何とも嬉しそうな声に変わっている。ショウがギネビアの腹に手をまわして抱く形になっており、今度はギネビアの手がショウに届かない。流石に強引に位置を戻すのはルールにも程があるので、結局は本来の優劣に戻ってしまったようだ。 ショウは、音がするほど激しい愛撫なんて無粋とばかりに、ゆったりとした手つきでギネビアの劣情を加速させる。ギネビアは秘所を隠すように、スラリとした太ももを必死で閉じようとするが、先端の陰核までは隠しようもなく、ぐいぐいと押しつけられては体を震わせている。 何と言うか、さっきよりも調子に乗っているような感情がショウから伝わる。まるでヤドンの尻尾を口に含んだ時のような甘く旨みに満ちた感情。完全に味をしめられた。必死で耐えようとしても、時間が延びるだけで結局は無駄なのは明白。ならば、体を楽にしていっそのこと身を任せてしまえば早めに楽になる――と、一瞬脳裏をかすめたが、早く達したら達したで悔しい。 しかし、そこはどうやら問題なさそうだ。ギネビアの興奮は冷めやらないが、いかんせんショウはそこまで上手ではない。結局、気持ち良い止まりでそれ以上の進展がありそうでもなく、むしろこのままでは刺激に慣れて、気分が盛り下がってしまいそうで少しじれったい。なら、相手が得意になっている今のうちが潮時だ。 『んふっ……もう、飽きたわ』 言葉とは裏腹に、満足そうな口調で。今度は角から感じさせてもらおうかと、得意げなショウをサイコキネシスで強制的に浮かせる。ショウの指と秘所の間に糸が引かれて、切れた。 **7 [#he612eaa] 『だから、そろそろ本番としゃれ込もうかしら?』 せっかく握った主導権を、そうやってごまかされたことに、ショウは不満な様子。甘いだけで酸味のないミカンのような感情を出して見せるが、本番を前にしての興奮がそれを打ち消すように心地よい。 こうして見つめあったままひと段落ついて、どっちが主導権を握っていたかもうやむやになってしまったが、角が感じる限りでは主導権なんてどうでもよくなっている模様。今までになく心地よい感情が胸の角を通して伝わってくる。 サーナイトは、胸と背中にある角がじゃまして仰向けにもうつ伏せにもなれないので、この東條の部屋にはギネビア専用のシートが用意されている。プールサイドによく置かれているようなシートの真ん中部分がすっぽり抜けているだけという、お粗末な出来ではあるけれど、こういう時には便利だ。食事前に手を拭くために使っていたウェットティッシュもいつの間にか傍らに置かれている ギネビアは手招きしながらそのシートの元まで歩み寄り、ごろんと横になってはだけた保温膜を直す事もなく秘所がさらけ出された。 真っ白な肢体には、良く見ればうっすらと緑の毛が生えている位で、人間の女性のすね毛などと比べても薄い。普段は膜の陰に隠れて暗くなるそこも、股を開いて膜をのければ当然丸見えなわけで、さっきまで手探りで閉じられた秘所を弄っていたのとはわけが違う。 割れ目から覗くのは花弁のように綺麗な形の秘唇は、真っ白な表皮から一点を境にピンク色に色づいている。電気に照らされた秘所は、鼻水にも似た質感の液体に濡れて鈍い光を跳ね返し、それが人間より少し敏感なくらいのショウの鼻でもはっきりと分かるほど牝の匂いも放っている。こんな極上の据え膳を目の前にした牡には正気を保つには難しい。 『すっかりその気ね……』 もう待ってられないと、ショウの目の輝きも、ショウの感情も言っている。 ムグ――と、言いながらショウがお伺いを立てると、言葉になっていなくてもそれを理解してギネビアは頷く。 『でも、一応処女なんだから優しくしてよね?』 処女、という言葉に一瞬ビクリろ体を止めた。そこから先はガラにもなく緊張しているようで、ショウは再度『良いのかよ?』と身振り手振りを交えて尋ねてきた。 『まだそんなこと気にしているの? 良いって言ったら良いのよ。それ以上待っていたら……干からびちゃうわよ?』 濡れた秘所を指さしてギネビアが笑う。自制心は無用の長物とばかりの態度にショウは意を決した。閉じた口の中で溜まり続けていた唾液をごくりと飲みほし、先端をギネビアにあてがった。固まった牡の象徴は、僅かに力を入れると先端が沈み込んでいった。 最初は、羽毛のように柔らかい物に抱きしめられたような感触。それでいて暖かく、糊のようにまとわりつくような。でも、少しずつ奥へ奥へと突き進んでいくうちに、羽毛であったそれは、餅のような粘土のような質感を帯びて、掻き分けるという感覚を。そして、異物を押し返そうとする感覚が確かに伝わってくる。 さっきまでの愛撫のおかげで痛みには鈍感になっているのか、あまり痛くない事に虚勢を張って強張ったギネビアの体も少しずつ力が抜けていく。強張りが抜けたギネビアの秘所は、ショウを受け入れるようになった。押し返す――ではなく、もてなすようにショウを絞めつけた。 ショウから口の中にこもった声が発せられる。それと共にシナモンをたっぷり効かせたアップルパイのように、とろけるような感情が角を通してギネビアに伝わる。秘所と角のダブル攻めは、少なからずギネビアの痛みを緩和し、より快感だけを純粋に与えるように促した。 ギネビアは痛みを感じなかったわけではないが、快感が圧勝している。徐々に荒くなる息を押さえるすべもなく、ハァハァと荒く息づく姿はショウを興奮させてあまりある。意識せず、ギネビアの秘所は緊張と弛緩を繰り返して、まるで搾乳機のようにショウの精を絞り取ろうとしている。 今すぐにでも激しく腰を前後させたい衝動にかられているが、ショウはそう言う時には急に紳士になる。ギネビアの収縮と緊張のリズムの半分ほどでしか前後させず、その勢いも乏しい。ギネビアはただ、体の意思に反して反射的に動く感覚に翻弄されているだけなのだが、その表情がなんとも苦しそう。それがショウを踏みきらせない足枷になっている。 それがなんともじれったくなってしまって、ギネビアは自分から腰を動かし始めた。最初は、ショウも面食らって驚いていたが、それを好き勝手やってもいいという合図だと確信して、ショウもなり振りを構わなくなった。そこから先のショウはもう一心不乱で、欲求の赴くままに腰を打ちつける。 ギネビアは自分から動かしていた体を休めに入ったが、反射的に動く部分は止められず、結局息は荒くなるばかり。ショウの攻めにあえぐ形になって、そこから先はもう時間はかからなかった。胸の高鳴りに合わせてに収縮したギネビアの膣に絞り取られるようにショウが達し、頭が真っ白に。 角に対しても、純度が極限まで高い『快』の感情のみが伝わり、それが角に対する媚薬のようにギネビアの気分を高揚させた。興奮が収まるのは、ショウが一足早かった。繋がったまま荒げていた呼吸はまだ収まっていないが、おずおずと彼女の胎内を貫いていたものを引き抜き、戸惑いがちにウェットティッシュを取り出した。 苦しげに胸を上下させるギネビアをいたわり、ショウは撫でるようにしてギネビアの体を拭いた。 **8 [#v4a4737e] 「不要になった盗聴器でギネビアとショウの様子見たのは良いけれど……少し激しすぎたかしら?」 「何に使うのかと思ったら、何に使っているのやら」 不穏な事を口走る美香お嬢に、私は思わず苦笑した。卵グループ不定形のポケモンに良く効き、人間には無害な精力増進の薬も通販で買い求めたりと、美香お嬢は放っておけば何をするか分からない所がある。 「言葉にした方が良いかしら、東條?」 美香お嬢は不敵に笑うが、そこにいつものような切れは無い。 「お嬢が自分から言いたくなったら聞く事に致します」 薙刀の鍛錬が終わり、たっぷりと掻いた汗をウェットティッシュで拭いながら、美香お嬢は心ここに在らずと言った遠い目をする。親を裏切り、婚約を破棄するという一世一代の行動を前にして思う所は余りにも多すぎる。 服を脱ぐわけではないとはいえ、美香お嬢はいつも以上に無防備すぎるほど無防備に汗を拭いている。実際にそのつもりなのだが『安全な男だ』、という認識らしい。男性と二人きりで車に乗っているという自覚が無いようにさえ思える。 何せ、成功しても多くのものを失うし、失敗すればさらに多くのものが失われる。無論、対策は何重にも張り巡らせているのだから大丈夫だろう――と思っても、父親と言う絶対権力に服従し続けてきた美香お嬢は、中々自分に自信が持てないでいる節がある。 今回のポケモンに対する結婚式も、本人は『幸せにの見本を見たい』と言うような旨の発言をしていたが、実際の所は失ったら戻らないであろう幸福を今のうちに味わっておこうとする悪足掻きのようだ。 しかし、顔馴染の友達に自分がやろうとしている事を話す時は、例外なく腹の据わった目をしていた。今回、父親へ提示するためのいろんなデータが入った記憶媒体を友達に渡し、『何かあったら然るべきところに提出して、世間に物議を醸し出してね』と、付け加える。 当然、父親が婚約を破棄させることを認めないのならば、誰に渡したのかもわからないその情報に怯えることになってしまう。簡単な発想だが、面白い。友達が一般家庭ならば、百万単位のお金をちらつかせれば落ちたかもしれないが、今回は美香お嬢と同じくお嬢様が多い。友情を裏切らせるためには数百万どころか数千万の金を必要とするかもしれないし、流石にそれほどの不明瞭な出費を出せば株主が黙ってはいないから、旦那様も不用意に金を積むことはしないだろう。 ま、大丈夫でしょう。気も&ruby(そぞ){漫};ろな美香お嬢へバックミラー越しに微笑み、私は車を走らせた。 size(18){ *}; 唐突に行われた結婚式から数日後。 ピアノのお稽古から帰ってきたお嬢から何か嫌なものを感じて、ギネビアは立ちあがる。胸の角が、燃えるような……熱湯を飲み下したように熱い。ついに決意したのだと、一目(一角?)で分かった。いつものお嬢様らしい服を廃し、いまどきの若者らしいラフな格好に着替えている。 何だか使いどころが違う気がするが、勝負下着のつもりなのだろうか何故だか下着まで安物に着替えている。この家から縁を切るという決意の表れが、ひしひしと伝わってきた。 鉢巻を巻いたり、手に『必勝』とか描いたりはしないものの、気合は十分。 「アーサー、ギネビア、ショウ……祈っててね」 なんて、儚げな笑顔で言うけれど心の中はもはや煉獄。背水の陣の気持ちで飛び込む美香お嬢は『絶対に弱みを見せないぞ』とばかりに、鏡に向かって何事かつぶやいていた。祈ることで、どれだけの手助けが出来るかもわからないが、祈ってやっても罰は当たらないはず。 私の隣で真っ直ぐに美香お嬢を見つめるショウに至っては、すでに御祈りと大差の無い思念――と言うよりは私怨を美香お嬢を媒介にして父親に伝えようとしているそぶりがあるみたいだし。 さて、私はどうするか。祈るのは、遠くにいるときと近くにいる時、どちらが効果が高いのであろう? 決まっている……と言うよりは決めた。 近い方だ!! 乙女のたしなみ(?)として、天井や壁に張り付いて会話を盗み聞きする術は心得ている。しかし、電気がついている時間帯にゴキブロす((ゴキブロす:動詞&br;壁や天井を這いまわる事。&br;用例:うちのキモリは、家中をゴキブロすので、壁がすぐボロボロになってしまう))のは目立ちすぎるのでその手は使えない。ならば、二階から角に頼ればいいか。会話を聞くことは敵わないかもしれないが、感情の感知は不可能ではないはずだ。 お嬢が部屋のドアを閉めると同時に、心配そうな面持ちのショウを連れ窓からお嬢の父親の部屋の真上に位置する部屋へ。 「ムグッ!?」 『どうせ祈るなら、近くで祈りなさいってこと』 長く一緒に暮らしていたお嬢の感情は簡単に察知できる。遠くては、その存在を感知する程度にとどまるけれど、この天井が馬鹿高い家でも二階と一階程度の距離ならば、ある程度感情も感知できるはず。 しかし、今日のお嬢は異常なほど強い感情だ。どれほど距離が離れようともこの感情を見逃すことは無いと思えるような、そういう感情だ。 憎悪の様な、緊張の様な、焦りの様な。それは、今書斎で休んでいる父親と恐らくは対面したのだろう――その時にさらに強くなった。何度も、何度も不安な感情を抱えながら、揺れている。 東條は、平静をお装おうとしながらも、心中穏やかでない。どうあってもクビになる立場が、そうさせているのだろう。お嬢の話を聞く間、神経をすり減らしている様子がよくわかった。しかし、それは父親も――である。 今まで従順であると思っていた娘が、突然の造反。それに肝を冷やさない父親なんていないのだろう。非常に分かりやすい動揺の感情。もう、動揺なんてしている時点でお嬢の勝ちは決まったようなものだ。相手は、何の対策もしていなかったという事なのだから、お嬢が暴きだした不正に全く対処できていないという事ではないか。 その動揺も徐々に隠しきれなくなっているようで、反比例してお嬢の不安は薄れていった。 そして、父親が折れたのだろう。強力な諦観の感情と、未来への絶望的な展望。お嬢は、東條は安心を感じているけれど……お嬢は、喜ぶでも無く泣いていた。と言っても、直接見たわけではないから分からないが。 『ショウ、美香お嬢から悲しい感情を感じる……わね? 間違いなく』 「ムグッ」 頷くショウを見て、やっぱりお嬢の感情が尋常でないものであると分かった。いくらこの家には嫌な事がいっぱい詰まっているったって、その全てを捨てるとなれば一元的な感情では済まないはず。こういう時、『よく頑張った』って言ってあげれれるのは……やっぱり私たちなんじゃないだろうか? 結局、この家を抜け出すための父親への造反には何も手助けできなかったんだから……こういう時くらい役に立つべきよね。美香お嬢と私は姉妹なんだから。 ---- やはり無理矢理エロに持っていくと失敗する。これで第2話は終わり……と。 **米 [#wc8b5815] #pcomment