#include(第十四回短編小説大会情報窓,notitle) *お化けなんて怖くない [#t6zIqZg] 作:[[COM]] 「僕……世界一のポケモントレーナーになれるかな?」 「勿論なれるさ! なんたって私達の自慢の息子なんだからね」 枯れ枝のように痩せ細り、病が原因で生まれる特有の大きな隈に囲まれた窪んだ眼をキラキラと輝かせながら、全身に管を繋いだ少年は両親に訊ねた。 少年の命は誰の目からももう幾許と無いことは言うまでもないような状態だったが、それでも彼の両親はその両親よりも老いて見える手を優しく包むように握って力強く答える。 それが少年と両親の交わした最後の会話だ。 しかし何故か彼の亡骸を前に泣き崩れる母親と、歯を食いしばって止まらない涙を堪える父親の姿を何故か少年は二人の後ろから眺めていた。 そう……少年は若い時分でこの世を去ることにはなったものの、幽霊としてその場に留まり続けていた。 幼い頃から大病を患ってずっと病院の一室に身を置いていたせいか、そういった俗世に触れる事なく亡くなった少年は特に生前の人生に未練は無く、寧ろ両親の痛いほどの愛情を今も生前も受け取り続けていたため寧ろ満足すぎるほど彼にとっては幸せな人生であった。 だがどういうわけだか天国にも地獄にも行かず、亡くなってから看護師が慌てる所も、医者が冷静に首を横に振った所も、両親が病院へ駈け込んで来た所もよく状況が分からず、少年はただただその様子をぽかんと眺めている。 憔悴しきった両親に声を投げかけても当然聞こえず、そうこうするうちに自分の亡骸も霊安室の保管場所へと移動され、遂にはその場に誰も居なくなってしまう。 初めこそは混乱と両親の心配で頭が一杯だったが、誰も居なくなってから更に時間が経って朝を迎える頃には流石に慣れ、退屈に感じ出した。 とはいえ生まれてこの方自分の両の足で歩いたことなどないため歩き方も知らず、ましてや幽霊が歩いて移動できるのかも知らない。 どうするか考え、少年は一つ思いつく。 不謹慎な話かもしれないがここは大きな病院であり、毎日のように急病人や怪我人も運び込まれてくる。 つまりこの病院のそばならば自分のように幽霊になった人がいるのではないかと考え、窓の外を覗こうとした途端、自分の体がスススッと窓の方へと移動した。 思いがけず幽霊としての移動方法を理解し、少年は少しだけ驚いたが、そこから目にした光景にそれ以上に仰天した。 そこにもここにも幽霊がおり、少年の目から見れば誰が幽霊で誰がまだ生きている人間なのかあからさまに幽霊のような行動をしているもの以外は区別が付けられないほどだ。 そんな光景に目を奪われ続けていたせいか、いつの間にか体は病室を通り抜けて空の上に浮いていた。 そこから見た幽霊達は想像していたほど悲壮感に溢れた様子の者はほぼ居らず、何にも干渉できないからか皆自由気ままに談笑したり、壁を抜けてみたり空を飛んでみたりとできなかったことをやってそれなりに謳歌しているように見えた。 「お? もしかして君、死んだばっかりでしょ?」 眺めるだけだった外の景色の中に降り立った少年だったが、なにせ何も知らないため周りの人達が何をしているのかも、どうすればいいのかも分からずにただただ周りをキョロキョロとしていた。 するとその中の一人の幽霊が少年に幽霊とは思えないにこやかな笑顔で話しかけてきた。 自称先輩幽霊のヨウスケと名乗ったその人は様々な事を少年に聞かれる前に教えたくて仕方がなかったという様子で話し始める。 聞く限りだとどうやら死んだら必ず幽霊になるらしく、自分の記憶が曖昧になると次の生としてそのままゴーストタイプのポケモンとして生まれ変わるということだ。 ヨウスケの生前の話を聞くとそれこそ悲惨極まりない人生を送っていたようだが、幽霊となってからは周りに干渉することは出来なくても自由に行動できるため、ある意味今の方が活き活きとしている。と自傷気味なジョークも交えて極めて明るく振舞ってみせる。 「ずっと病院に居たのなら折角なら好きに色んな場所を見て回るといいよ! 謂わば第二の人生! そして生前の事も忘れるほど楽しい事を目一杯満喫すれば今度はポケモンとして生きていく! それじゃあ良い幽霊ライフを!」 そう言ってヨウスケは大きめのジェスチャーも交えて一通り楽しく説明すると、手を振って元々話していた幽霊達の群れの中へと戻っていこうとする。 「あの、一つだけ質問してもいいですか?」 少年はそう言って彼を止めて、どうしても気になった事を教えてもらう。 それは勿論一番気になっている、"何故ポケモンに生まれ変わることを知っているのか?"という事だったが、それに関しては彼を見ていれば分かる。と答えられ、ヨウスケに導かれるようにして広場の真ん中辺りにある公園のベンチの前へと移動した。 「"自分"ってものが曖昧になると幽霊は生まれ変わるみたいなんだ。で、折角何やっても許される存在になったんだ。色々やんないと損でしょ? 戻らない昔を後悔し続けて今を楽しまないと多分、あそこの彼みたいに悲しい気持ちのまま生まれ変わるんじゃないかな?」 そう言いながらヨウスケが指差した先には庭園のベンチに腰掛けたまま、他の幽霊達と違い無表情で遠くを眺め続ける霊が見えた。 なんでも自分は生前誰からも助けてもらえなかった分、今お節介焼きになっている。と言ったヨウスケはちょくちょくこの病院に立ち寄っているらしく、彼の助言通り人生もとい霊生を謳歌する者もいれば、椅子に座っている彼のように特に何もせずに立ち消えるように生まれ変わる人もいるらしく、数年前から座りっぱなしのその青年らしき人物は確かに色味が失われており、いまにも消えてしまいそうだ。 そこで少年は気付いて周囲を見渡すと、ほぼ生前と差が無いように見える人もいれば、談笑してても随分と向こうの景色が透けて見えている人も居ることに気が付く。 「あんなに楽しそうに話している人達まで今にも消えちゃいそうですよ?」 少年が談笑する一団を指差して心配そうにヨウスケに話すと、今の自分を受け入れて、十分今を謳歌すれば同じように昔の事なんて忘れちゃうものさ。と語り、続けるようにしてどんなことでも忘れた方が明日をもっと楽しめる。とも続け、少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。 曰く、彼はもうどれほど幽霊としての生を続けているのかも忘れてしまったほど長く幽霊のままだが、未だに生前の未練が強く生前でなければできなかったことが足を引っ張り続けるせいでそれを忘れることもできず、生まれ変わることができないらしい。 幽霊という存在は気楽ではあるが、同時に幽霊以外の誰にも見えていないという孤独感も常に付き纏う。 そうなれば必然的に自分だけはいつまでも取り残された感覚を味わい続けなければならないのだから、進むことも戻ることもできずにいる自分を鑑みてヨウスケは言ったのだろう。 「その歳で亡くなったなら未練や後悔も沢山あるかもしれないけど、大事なのは過去じゃなくて今さ。できなかったことを後悔するんじゃなくて、できることは今やって、できないことはポケモンに生まれ変わってから出来ればいいな~程度で考えて、昔の自分を忘れていった方がいいよ! 幽霊は何でもできるけど、何にも干渉できないからね! 分かってるはずなのに未だに後悔してる、ある意味失敗した先輩からの助言!」 そう言うとそんな幽霊達の中へと紛れるようにして少年と別れた。 少年はそれを見送ると、折角ならばヨウスケの助言通り楽しもう! と考えてから先程の椅子にずっと座りっぱなしだった青年の方を見ると、既にそこには青年はおらず、代わりに何事か把握できていない様子のカゲボウズの姿があった。 どうやらカゲボウズになった青年は周りの幽霊は見えていないようで、周囲の幽霊達がそのカゲボウズに驚いて話しかけていたが何も見えていないように周囲の様子を見回している。 話では聞いていたものの、いざ目の前で姿が変わると流石に驚くもので、そのままふよふよと何処かへ飛び去ってゆくカゲボウズの姿を見てようやく少年も言葉に意味が納得できた。 生まれ変わったカゲボウズは確かになんともないが、それ以前の青年の姿はあまりにも寂しそうにしか見えなかったからだ。 ---- それからしばらくの間、少年は幽霊としての自分を受け入れて、ヨウスケに言われた通り生前出来なかったことで今でもできることを色々と楽しむことにした。 まずは旅行。寝たきりだった少年は無論、窓の外に見える景色以外に外を知らなかったため、伝聞や本でしか知り得ないものを自分の目で見て回る。 そして同じように集中治療室にいたため会話もほぼなかった少年は、旅先で出会う幽霊達から色んな話を聞かせてもらった。 図鑑でしか見た事のなかったポケモンもようやくその目で見ることは出来たものの、触れ合ったり話しかけることは出来なかったのは少しだけ残念ではあるがそれでも十分満足できた。 そうやって旅をする際中に、各地でしばしば見れたのが活気と熱気に溢れるポケモンバトル会場の数々は特に少年の心に熱い感情を抱かせる。 下は少年よりも若いちびっこトレーナーが、自慢の初めての相棒と共に同じくちびっこトレーナーと熱戦を繰り広げる。 ちびっこといえど侮れないもので、絶対に負けたくないという強い意志と対戦が終わった後の全力でぶつかり合えたからこそ生まれる友情や、負けてしまったポケモンを労り、同様にポケモンからももっと強くなりたいという熱い想いがその瞳からひしひしと伝わってきた。 上は青年から老人まで様々な年齢層のトレーナー達が熱いバトルから和気藹々とした和やかなバトルまで繰り広げている。 もはやバトルとも呼べないような小さなポケモン達のバトルは、指示もそこそこにじゃれ合うようなバトルを見せるポケモンをお互いのトレーナーが地面に体を擦り付けてまで写真に収めようと別方向の努力を見せていた。 無論、青年同士のバトルは最も熱く火花を散らせており、バトルとは縁遠い生活を送っていた少年でも真剣そのものな青年達の表情とその的確な指示、そしてその指示を受けて戦い、限界を超えて奮闘するポケモン達の姿に思わず他の幽霊達に紛れて生まれてから初めて大声で叫んでしまうほど熱い。 ちびっこのバトルよりも熾烈を極めるそのバトルも、終わればもっと熱い友情とより高みを目指すというポケモンとトレーナーの熱い絆が、言葉すら交わさずにお互いの目を見つめただけで頷く一人と一匹を見ただけで伺えた。 そして少年が知ったのは、ポケモンとトレーナーの絆は何もバトルに限った話ではなく、様々な形で世界に点在するということだ。 ポケモンセンターで働く様々な癒しの能力を持つポケモン達や、大きい荷物をその屈強な体であっという間に優しく丁寧に運ぶゴーリキーの運送会社。 仕事の中で生きるポケモンだけではなく、高所作業をする人に荷物を届ける鳥ポケモンや、火事や海難救助の現場で人知れず協力してくれる野生のポケモン達と、この世界はとてもポケモンで溢れ、そして互いに助け合って生きているのだと実感することができた。 そうやって幽霊としての生き方を満喫しているうちに、少年には一つの夢が生まれる。 生前に言い残した言葉でもある、ポケモントレーナーという生き方だ。 その時はただ試合の中継や本で見たり読んだりしただけだったため、ただ漠然と健康だったらそんなことをしてみたい。という程度に考えていたが、今は本気でポケモントレーナーになりたいと考えるようになり始めていた。 しかしそれは叶わない夢であるということは十分少年も理解していたが、やってみたいと考えてしまった以上は仕方がない。 そのうちどうすれば今からでもポケモントレーナーになれるのか? と考えるようになり始め、一つの結論に辿り着いた。 『ポケモンになればトレーナーにはなれずとも、そのポケモンとして活躍できる』 ヨウスケの助言を元に、少年なりに導き出した可能な解決方法だったが、案外少年は納得していた。 その上次は既にゴーストタイプのポケモンとして生まれ変われると分かっているのならば、そちらに期待する方が無難だという俄かに少年とは思えない現実的な考え方だ。 そこで少年は自分があとどれ位で自分も生まれ変わるのか、ふと自分の事を思い返してみる。 大半は病院での生活だったためか、既に随分と曖昧な記憶になっており、ずっと担当してくれていた医者の姿はおろか名前すらも朧気になっていた。 見飽きたはずの部屋の様子も白かった以外はほぼ覚えておらず、まだギリギリ覚えているのは大好きだった両親の事ぐらい。 そこで少年は何度も呼ばれ続けていたはずの自分の名前が全く思い出せないことに気が付いた。 両親の肉声も覚えており、自分に何度も呼び掛けて手を握ってくれたはずなのに、その名前が思い出せない。 少しだけ自分というものを忘れていることに不安と恐怖を覚え、自分の手を見てみるとやはりその手は随分と向こうの景色を映し出すすりガラスのように輪郭を失っている。 死ぬわけではないはずなのに、寧ろ望んでいたはずの時が訪れただけだったはずなのに、途端に不安が押し寄せてくる。 今まで考えないようにしていた沢山の出来ない事が胸の中を駆け巡り、頭の中で情報の洪水が巻き起こっているように感じる。 死ぬ時ですら眠るように何ともなかったはずなのに、ポケモンになるという事が恐ろしくて恐ろしくて仕方が無くなり、思わず少年は叫んだ。 涙は出ないが、もしも泣く事ができるのならば大声で泣きながらその恐怖を滝のような涙と共にぶちまけていただろう。 「ちょっとどうしたの? 大丈夫?」 あまりに激しく泣き叫ぶものだからだろう。一人の女性らしき幽霊が少年の事を心配して声を掛けてきた。 暫くの間は彼女の声も聞こえないほど叫んでいたが、しばらくもすれば徐々に落ち着いてきたのか、その女性とようやく話せるほどになり、叫んでいた理由を教えた。 「君は考えすぎ。まあ多分、生前何もできなかったからこそ怖いのかもしれないけれど、私達みたいに普通に生きて、普通に死んだ人からすると、幽霊になった瞬間が一番恐ろしかったわよ? 今までと同じように考えることができて見ることができるのに、姿も声も誰にも見えないし、見たくなかったことが自分が死んだお陰で見えるようになっちゃったりしてね……。だからこそ君は今の自分を満足させなくちゃ意味がないわよ? 生きたっていう実感が無いせいでまるで今生きているように感じるのかもしれないけれど、今は君には難しいかもしれないけれど所謂余生なの。それこそ君が初めて迎えた死と同じように、緩やかで眠るようなものじゃないとね。だから君は生き急ぎ過ぎなの」 生き急ぐという意味は少年には分からなかったが、そこでようやく少年は自分の歩んだ人生があまりにも普通ではなかったということに気付かされた。 「多分、変な質問だと思いますけど……僕の人生は恵まれていたと思うんです。ですが、お姉さんから見て僕の人生は恵まれていたと思いますか?」 ひとしきり叫んで、自分の思いをぶちまけて、自分の人生をようやく振り返ることができたからか、少年は真剣な表情でその女性に聞いた。 女性は少しだけ難しい表情を見せたものの、女性の答えは分からない。というものだった。 「生きた時間で考えるのならば君は不幸だという事になる。でも私からすれば君はとても幸せで、とても恵まれていたと思うわ。少なくとも愛や優しさから嫌われてた私の人生と比較するなら、一生分の愛情を全部注いでもらえたと君が思えるのなら、それが答えなんだと思うわ。まあ……曖昧かもしれないけれど、答えは私じゃなくて君自身が出さないといけない事なんだと思う。ごめんね、適当な事しか言えなくて」 その言葉を聞いて少年はしっかりと思い出す。 不思議と病院も、過ごした日々も、苦しかった闘病生活も思い出せないのに、両親との毎日の会話は今でも昨日の事のように思い出せた。 「そうか……僕は幸せだったんだ」 呟くように少年が話すと、女性は少しだけ微笑んだ後、彼の頭を撫でるような仕草をしてみせた。 触れることは出来ずとも、確かに彼女の優しさを少年は感じ、そして自分の記憶にも僅かにしか残っていなかったはずの遠い日の母の温もりをそこに感じた。 女性と別れてからは少年は改めて今の幽霊としての自分がしたい事を考え直し、そしてポケモンになってからしたい事も考えた。 ポケモンになってからの事は本来ならば考えない方がいいだろう。 だが一度自覚したことを考えないようにすることも難しく、少年なりに考えた結果、これからもその恐怖に怯えて過ごせば何もできなくなり、あの時見たカゲボウズになった青年のように寂しい最期を迎えると考えたからだ。 少年の命は確かに今まで出会った幽霊達に比べれば限りなく短い。 だからこそ今を精一杯に生きる大切さも知っていたし、受け取った愛情の深さを今一度知ることもできた。 そうやって考えていくうちに少年は気が付けば知らない土地を離れ、暫く振りに懐かしくも感じる病院を訪れ、そこから幼い日に何度か帰った事のある自分の家へと朧気な記憶を頼りに辿ってゆく。 しかしあまり慣れない自宅への帰路は、途中でよく知っている自分の母親に気が付いたことで特に苦も無く終えることができ、そして家に付いたことで彼の中にあったやり残したことは杞憂に終わった。 少年の母親の姿は最後に自分が見た時の記憶よりも少しだけ老けていたが、その様子は元気そのもののようでとても安心した。 そのまま母親に付いていき、あまり慣れない自宅の部屋の中を巡ると、そこには奇麗なままの部屋が一つあり、少年の仏壇と写真、そして将来使うことを願って買っていたのだろう新品の勉強机が出迎える。 母親は帰ってから買ってきた材料を冷蔵庫に移し、すぐに部屋を移動して仏壇に手を合わせ、その日あったことを仏壇の少年へと語りかけていたが、その日だけは少年自身が何気ない日常と、彼のいなくなったこの生活にもようやく慣れてきたと話すその言葉を聞くことができた。 「お母さん、お父さん、ありがとう。二人も体調に気を付けてね」 聞こえないはずの言葉を少年は母親に投げかけた。 どういうわけだか母親は少年の言葉を聞いた途端振り返り、見えない少年の姿を探し始める。 ほんの一瞬だけ奇跡が起きたのか、はたまた俗に言う心霊現象とでも呼ぶべき現象なのか、どちらにしろその声だけはしっかりと彼の母親に届いていたらしい。 出来ることなら父親の姿も見たかったが、それ以上は混乱させてはならないと考え、少年はすぐに家を後にした。 これで少年の未練は晴れて無くなり、幽霊としての自分にも十分満足できた。 そうなればまたあの時と同じようにどんなポケモンになりたいかを考えるようになる。 しかし今度は既に振り返りたい過去は全部清算できていたからか、単に少年が強いからか、なりたいものだけをイメージした。 図鑑で見た姿や幽霊として見てきたバトルの様子から、一つだけ希望が思いつく。 『もし叶うのなら、自分の足で立って歩いてみたい』 ゴーストタイプのポケモンはそのほとんどが幽霊と同じような中空に漂う生き物だ。 故に生前も含めて、覚えている限りでは"歩く"という当たり前のことをした経験が無い。 だからこそ少年は願った。 もしも叶うのならば、生まれ変わるそのポケモンには歩いて欲しいと。 唯一経験することが出来ず、そしてポケモンになっても叶えることが難しいからこそ願う。 そのまま祈るように目を閉じ、願いだけを頭の中で唱え続ける。 そうするといつの間にか少年は眠っていたのか、眠る必要が無いはずの瞼をゆっくりと開いて目の前の景色を見る。 辺りは既に陽が落ちて暗く、月明かりしかないその何処かの森の中は何故か少年にははっきりと見ることができた。 どういうことか分からず、その場から移動しようとしたところで自分の身体に違和感を覚えた。 暗闇の中でも自分の手は無効の景色を透過しておらず、しっかりとそこにある。 しかしその手は見覚えのないえらくトゲトゲとした見た目になっており、覚えている肌の色よりもやたらと黄色い。 少年はそのままその見覚えのない手で自分の顔を触ると触れることができ、思わずもう一度その手を見た後眼前に広がる地面に恐る恐る手を伸ばす。 その手は地面をすり抜けず、しっかりと土の感触と独特の冷たさを手に伝えてくれた。 気付けば暗闇もしっかり見通すことのできるその瞳からは今度こそ涙が溢れ、下がっていた口角は上がり、少年は初めて立ち上がった。 慣れない感覚に一度前のめりに転がり、起き上がろうとした拍子に今度は後ろへ一回転したが、両手と両足を使って初めて地面を掴み、歓喜の声を上げて泣いた。 ヨウスケから聞いた話と違い、少年は自分の名は忘れたものの、自分が何者だったかは覚えたまま確かにもう一度"生きて"いる。 泣きながらただ、その手をもう一方の手でしっかりと握り、よろけながらも日本の足でしっかりと立ち上がり、一歩二歩と歩く。 顔を触り、体を触り、一頻り感動に打ち震えた後、強かな元少年はこれからポケモンとしてきちんと生きていくためにどうするべきか一度深呼吸をして考えた。 しかしこればかりは彼にも分からない。 なにせ普通に生きるという事を経験した事が無い。 その上自分という記憶があるせいか、今の自分が何のポケモンになったのか分からない。 そこで彼はふと思いついた。 「そうだ、トレーナーに会えば僕が何になったのかも分かるし、前の夢も叶えられるんだ」 思わず独り言を呟き、その夜でもよく見える目で近くに明かりが無いかを探して回る。 その内、その森でキャンプをしている人でもいるのか、森の奥の方に他よりもとても明るい場所があるのを見つけてよちよちとそちらへ向かって歩いて行った。 彼の思惑通り、そこには何匹かのポケモンと火を囲む人間の姿があり、考えるよりも先に彼の身体はその場へ飛び出す。 「うわっ!? びっくりした! ん? ヤミラミ……かな? 図鑑と色が違うし、こんな森の中にいるなんて不思議だな……」 「ギャー! グギャー!」 驚くその人間に彼は何かを告げたいのか必死に鳴くが、その言葉は恐らく伝わっていない。 しかしその人間はにっこりを笑って手を差し出した。 「なんだかよく分からないけれど、もしよかったら一緒に旅をしないかい?」 ---- **あとがき [#1tkDZtc] 初めましての方は初めまして。お久しぶりの方はお久しぶりです。COMと申します。 久しぶりの短編大会ですが、例によって例のごとく短編は苦手です。 今回は二票頂くことができました。 投票してくださった方、ありがとうございます。 コメントに関しては今回はほぼ投票してくださっただけに近い形になりますので返答しない形に致します。 時間と自分のアイデアが一致したらまた参加しようと思います。 他の参加者の方々もお疲れ様でした。 ---- #pcomment(コメント/お化けなんて怖くない,10,below);