ポケモン小説wiki
あなたとポケモンの物語 の変更点


#include(第五回仮面小説大会情報窓・非官能部門,notitle)
 ブチッ。と、何かが切れる音がしました。すると、部屋中に電子音が鳴り響きます。
 通信中のゲーム機に繋がれていた古いケーブルが切れたのです。
 不安とも期待ともつかない表情のあなた。そんなあなたの視界は、直後凄まじい光により全てを白が飲み込みました。

「え、キミは……?」

 そこに現れたのは、ひし形の羽と赤いレンズのような目の膜が特徴のポケモン。そう、フライゴンです。
 通信中のケーブルを切り、移動中のポケモンを現実へと出現させる。
 夢に満ち溢れた子供のような発想で行った実験が、フライゴンを現実の世界へと誘ったのです。

 まさか成功するなんて。あなたは自らの実験が成功したことに驚きを隠せません。と同時に、フライゴンと会えたことが何よりも嬉しいことでした。
 そんなあなたは歓喜の声を上げ、フライゴンを抱きしめます。
 これはあなただけが知る、あなたとポケモンの物語。


&size(20){''あなたとポケモンの物語''};
作者 [[クロス]]


 突然のことにフライゴンは戸惑いを隠せませんでした。
 見たこともない場所。突然抱きついてきたあなたという存在。戸惑うのも無理はありません。
 それに気付いたあなたは、慌てて密着していた身体を離し、事情を説明します。

 通信ケーブルを切ったらフライゴンが出てきたこと。ここはフライゴンのいた世界とは違うこと。自分はフライゴンのトレーナーであること。
 突然のことを理解するのは難しいだろう。そう思ったあなたはフライゴンを気遣います。ところが、フライゴンはこう口にしました。

「ここがキミのいる本当の世界だったんだね」

 これはどうしたことでしょう。
 事情を聞いたフライゴンは、納得したように頷くと、あたかもあなたを知っているかのように話すのです。
 これにはあなたもびっくり仰天。先程とは立場が逆転し、今度はあなたが戸惑いを隠せません。

 何故最初から自分を知っているのか。自分のいる本当の世界とは。
 あなたが驚いたのはそれだけではありません。本来独自の言葉で話すはずのポケモンが、人の言葉を話していたのです。
 驚きのあまり目を大きく見開き、声を大に叫ぶあなた。

 これにはたまらないとばかりに、フライゴンは両手で耳を塞いで顔をしかめます。
 その姿を目の当たりにしハッとしたあなたは、悪びれて何度も下げました。

「わかった。わかった。もう大丈夫だって」

 耳を塞いでいた手を放し、フライゴンが苦笑します。
 自分は野生のポケモンではなく、あなたのポケモンであること。あなたとはいつも一緒にいること。しかし、本当にあなたのいる世界は別だったこと。

 あなたはフライゴンの話が難しく、よく分からないので首を傾げます。
 一方のフライゴンは、そんなあなたのことはお構いなしに話を続けます。

「キミはいつも良くしてくれるんだ。バトルでは的確な指示をくれたり、普段は一緒にお風呂に入ってくれたりね。いつもいつも感謝してるよ。だから、これからもずっと一緒にいてね。だって、キミのことが大好きなんだ。それでね、時には…………」

 いつの間にかあなたの手を握っていたフライゴンは、小さく跳ねながら満面の笑みで話し続けます。
 その口から出てくる言葉は、全てがあなたを褒め、あなたに感謝するものばかり。
 しばらくの間、フライゴンの胸からは、あなたへのラブが溢れ続けました。



 それから数時間後。
 なお止まないフライゴンからのラブコールを、あなたは止めました。
 こんなにまで褒められたことがかつてあっただろうか。こんなにまで愛されたことがかつてあっただろうか。

 全くの邪気を感じさせないフライゴンからの熱烈なラブコールは、あなたの胸を熱くさせたのです。
 しかし、あなたの表情は暗く、顔は俯いていました。
 何故なら、あなたはフライゴンが話すことのほとんどに見覚えがなかったのです。

 そう、フライゴンが話すことは、全てゲーム内での自分の話。本当の自分は、フライゴンが思うような人間ではない。
 そんな現実と思いが、フライゴンからのラブコールを受けるあなたに耐え難い罪悪感を覚えさせたのです。

「どうしたの。元気ないよ?」

 ラブコールを止められただけではありません。あなたが拳を震わせ今にも泣き出してしまいそうなことに、フライゴンは心配したのです。
 そんなフライゴンに対し、視線を下に向けたままあなたはゆっくりと語りました。

 フライゴンの知っている自分は、全て架空のものであること。本当は自分に甘いこと。成果を上げられないこと。
 将来が不安なこと、怖いこと。夢に近付けず、諦めたくなっていること。そんな自分が許せず、でも何も変われないこと。

 不安――恐怖――挫折――自責

 本当のあなたの姿は、全てフライゴンが知っているあなたとは正反対。挙げればキリのない惨めなあなたを表す言葉は、止むことがありませんでした。
 しかしその時、何かがあなたの身を包み、その言葉を止めました。

「そんなこと……ないんだよ」

 フライゴンがそっとあなたを抱きしめたのです。その瞬間、あなたの瞳からは光の粒が零れ落ちました。
 そして、あなたに掛ける声と共に、フライゴンの身は震えていました。

「フライゴンが、ドラゴンタイプの中で強くないことはキミもよくわかってるよね」

 少し間を置き、呼吸を整えてから、フライゴンが話を続けます。

「それでも、パートナーにして愛してくれた。他のポケモンを選んだらもっと勝てるのにだよ。そんなキミが自分に甘いの?
 他のポケモンの方が強い。でもキミの作戦はいつも凄くて、バトルは勝つことが多かった。そんなキミが成果を上げてないの?」

 フライゴンの言葉は、ゲーム内のあなたではなく、本当のあなたに当てはまっていました。
 どのポケモンを選ぶかは、ゲームを遊ぶあなた自身が決めること。バトルの作戦を考えて勝ったのは、あなた自身が行ったこと。
 やっていることはゲームでも、それを行っているのはあなた自身であり、事実でした。

「キミの期待に応えられるか不安な時もある。負けることへの恐怖を感じることもある。
 他のポケモンを選んだほうがいいと諦めたくなることもある。精一杯頑張っても技を外す時もある」

 不安――恐怖――挫折――自責

 4つの感情が連鎖し、どうしようもなくなることはフライゴンも同じでした。

「でも、だからこそ、知ってるよ。ちゃんと見てるよ。頑張ってるキミのこと。ずっと……パートナーでいたいから」

 それからフライゴンは、ひたすらあなたを抱き続けました。



 それから、どれくらい経ったでしょう。
 突然、フライゴンの体が淡く光り始めました。驚いたあなたはフライゴンを抱いていた腕を解き、フライゴンの全身に目を向けます。

「もう、帰らないと……」

 自身の体を見回し、フライゴンは事態を察しました。
 そして手で涙を拭い、少し寂しげな笑顔でこうあなたに問いかけました。

「目を閉じて、胸に手を当てて聴いてほしいんだ。キミの夢はどんな夢?」

 言われるがまま目を閉じ、胸に手を当てるあなた。聴こえてきたものはなんでしょうか。
 それは、幸せな家庭を築くことかもしれません。あるいは、望む職業で一流になることかもしれません。世界中が平和になることかもしれません。
 夢の形はあなた次第。それがどのようなものか、フライゴンには分かっていました。

「必ずまた会いに来るから。その時まで、今の夢……叶えてね」

 そう言って、フライゴンは目を閉じたままのあなたに優しく口付けをしました。

 不安――恐怖――挫折――自責

 その瞬間、あなたの中にあったそれらの感情が溶かされていきます。
 大事なパートナーだから、前を向いて生きてほしい。

 そんなフライゴンの想いが、あなたの心に響き渡ったのです。
 その後、フライゴンは優しい笑顔のままゆっくりと透けていき、ついに跡形もなく消えていきました。



 これを読んでいるあなた。あなたがまさに、この物語の主人公なのです。
 さあ、もう一度目を閉じ胸に手を当てて聴いてみましょう。あなたの夢はなんですか?
 この先、途方もない壁が道を塞ぎ、時には涙するでしょう。その時は、フライゴンとの約束を思い出してください。

「必ずまた会いに来るから。その時まで、今の夢……叶えてね」

 あなたの物語は、まだ始まったばかり。今からまた歩み続けてください。
 その姿こそ、フライゴンが望んでやまないあなたの姿なのですから。





----
''あとがき''
今回も惜しくも入賞ならずでしたが、まず参加できて嬉しく思います。当初は前回の参加を最後にするつもりでしたが、どうしても参加したくて無理矢理ですが参加するに至りました。
3000字強という異例の短さでしたが、大会の時期がちょうど新しい環境に苦労する時期だったので、悩んだり落ちこんでいる方が多いのではないかと思い、少しでも元気になってもらえればと思って書きました。
読者の方が男性でも女性でもいいように、フライゴンもまた性別をどちらにでも取ってもらえるよう一人称を無しにしたことで苦労しましたが、今回の参加も良い経験になったと思っております。


最後まで読んでくださりありがとうございました。
よろしければ誤字脱字の報告や、感想、アドバイスを頂きたいです。
----
※大会中いただいたコメントの返信です

>こんなこと言ってもらえたらいいな (2013/04/06(土) 22:22)
 貴重な一票をくださりありがとうございました!今作はそう思っていただけるように書きましたので、そう言っていただけて嬉しいです。

>ゲームの世界から作品内の現実を貫いて、リアルの読み手にまで訴えてくる非常に強いメッセージを感じました。
文句なしの名作だと思います。 (2013/04/06(土) 23:57)
 貴重な一票をくださりありがとうございました!文句なしの名作という高すぎる評価、身に余る光栄です。ありがとうございます!
 キャプションとは内容がずれてしまいましたが、今作はいかに読者の方に自分のこととして感じていただけるかを考えて書いたので、いただいた感想は本当に嬉しい限りです。
 これからもメッセージ性を大事にした作品を提供していくよう頑張りますので、応援していただけましたら幸いです。

>読んでから少し前向きになれました!ポケモンと会えたらいいですよね。 (2013/04/14(日) 23:38)
 貴重な一票をくださりありがとうございました!そうですね、ポケモンと会えたらなぁというのはポケモンファンなら誰しもが考えたことがあると思うので、今回はこのような世界観にしました。
 少しでも前向きになっていただけるように書いたので、そう言っていただけて嬉しい限りです。
#pcomment(above)

トップページ   編集 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.