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あこがれの職業? 第7話:感情の神を救出せよ の変更点


作者……[[リング]]

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**第一節 [#v61fcf46]

「さて……と」
洞窟の最奥でアサがそう言いながら立ち上がる。ひとしきりアグノムの泣き言を聞き終えて、レンジャーベースへの帰還を開始するわけなのだが……

「フィフィ~」
アサ達が立ち上がると同時にエスペシャリーが何事かを自分たちに伝えようと鳴き声を上げた。

「なるほどエスペシャリーさん……そうですか」
言葉が理解できているフィリアが納得したように頷き、指を口に当ててアグノムに黙るように言い聞かす。おそらくはエスペシャリーが何を言ったかは、二人ともわかっているのだろう、だがそれを言うつもりは、まだないようだ。

「アグノムさん、名前は付いていますか? 私たちもこのままアグノムさんの呼び続けるのは気がひけますので」
アグノムには、ほかに考えることがあるというのにそれも切羽詰まった問題だというのに、その思考を止められたことにムッとする。その態度を前面に出すことこそしないが、ぶすっとした口調で……

「ないよ……好きに呼べば」
という。

「ですねぇ……アサさんも考えてみませんか?」

「お、唐突だが伝説のポケモンに名前をつけるなんていいねぇ。そうだな……ウールがよく話していたファクトリーヘッドのユクシーは『&ruby(エイチ){叡智};』だったな? この子もそんな風な名前を付けてやるとして……『&ruby(シルベ){導};』なんてのはどうだ?」
アサは笑って、アグノムの反応を待つ。

「構わないよ……て言うか、フィリア……だったかな? どうするのさ、外には敵がいっぱい居るってこのエーフィも言っているし、僕だって強烈な敵意を感じるんだけど……名前なんて決めている場合?」
先程のエスペシャリーのセリフは、アグノム――シルベが代弁をしてくれた。戦いの前に名前を決めたことは彼女なりの気遣い……なのだが、それはこの子には伝わらなかったようだ。まぁ、そんなことはどうでもいいと、フィリアは笑う。

「ですから、名前を決めるんじゃありませんか。さて、アサさんどうします?」

「そうだなぁ唐突に作戦考えろと言われても拙いものしか思い浮かばんが……」
 そう言ってアサは語り始める。自身と、イズミが持っているポケモンの構成を考えて最適な作戦を即席でくんでいくのだ。トップレンジャーの中でも、面と向かっての戦闘となればアサはウールやダイチよりも弱い。ただ、こうして戦闘になるべくしてなる場合においては最も頼りにされている存在でもある。

「たとえば、嘘も方便だからなぁ。俺が髪を掻き上げたら嘘をつくと思ってくれ……
ああそれと……
あとは、こんなところだな……
んじゃあ、作戦完了だ。各自、戦闘に入る前にイメージトレーニングは欠かさないように」
すべての作戦を語り終えたアサは、立ちあがって全員を見渡す。長くなるので割愛するが、とりあえずすべてのポケモンが理解したようでそれぞれ『了解』の意味を込めた返事をする。

「えぁ……わかったよ」
唯一タイミングを逃したようにシルベが、そういった。

「戦闘になったらタイミングは逃すなよ?」

「問題ないさ……君たちが行動をする時に発せられる『意』のタイミングなら……わかっているから。ただ、さっきは何を言えばいいか分からなかっただけ」
シルベは照れを隠す様に、言い訳じみた理由を半ばむきになって話す。その小さな体が繰り出す可愛らしい表情やしぐさに、アサは柄にもなく顔が緩みそうになる。それをこらえつつ、腰についたバッグからごそごそと、ポロックを取り出す。

「食っておけ……お前の弱点のタイプの攻撃に対して耐性が出来るナモの実から作ったフィリア用の特製ポロックだ」
指ではじかれたポロックをシルベは神通力で手繰り寄せる。

「ありがと……」
シルベはお礼をぶっきら棒にしか言えないが、それでも素直に言えるようになっただけ、人間というだけで拒絶していたさっきよりかは幾分もましである。おそらく、まだ人間に対し思うことはあるだろうし、気まずいところがあるのだろう。

――まぁ、いい。後はスタイラーなど無くても、人間を信用させてみせるさ。

アサの、そう言った優しい想いは、意思ポケモンであるシルベならば容易に手に取れることであろう。案の定感じ取っていたシルベは、ここを無事切り抜けられたら仲良くしたい……そう思いながら、ぞろぞろと歩く大量のポケモンたちと共に外へ出ると同時に。前衛全員で一斉に攻撃を加えた。
 トンネル状――例えるなら地下鉄の入口の角を削ったような形をした洞窟の入口の周りを、ポケモンと人間がぐるりと囲んでいて、その真正面にいたポケモンたちが不意打ちをくわえることで正面の敵の粗方を倒す。

「ほう……お前らも準備万端といったところか。不意打ちに気が付いていたとは見事だが……この数をどうするつもりだ?」
 敵のリーダー格だろうか、服が違う所からそうと思わせる男はとっさに身を伏せ避けたようだ。彼の周りにいるポケモンが全員立っていることを見る限りでもその強さは伺える。

「さて、知らないねぇ。どうするかって聞かれれば物語などにありがちの正義の味方補正って奴かい? 正義は必ず勝つって言うさぁ。
 さて、もろもろの罪は後でしょっ引くとして……&ruby(特定野生超獣保護区不法侵入){禁猟区域まで足踏み入れたカド};で、&ruby(ポケモンレンジャー){野生超獣及び占有超獣使役戦術隊};権限により、ひとまず捕縛させてもらうぞ」
 アサは決まり文句を吐きながら、首を動かさず目の動きだけで敵の数や編成を見極める。編成は特に変わった様子もないが、数は自分たちの倍ほどいて厄介なことになりそうだ。
 また、変わった様子のない編成といえど、悪の組織も正義の組織も変わらず相手のテレポートを警戒しているために、『テレポート』と『封印』を両方とも使えるポケモンをパーティに入れている可能性は多く、案の定テレポートを封印していると思われるサーナイトが一人。それをなるべく見ないようにしてアサは姦計を&ruby(ろう){弄};す。

「準備万端? それは後ろのユクシーを見て言ってくれているのか」
髪をかき上げながらアサは言う。
 アグノムのいるこの"ランナ湖"という場所にユクシーが加勢に来たと聞けばなんとなく説得力がある。古くはギャグ漫画やそれに近いもので『あ、UFOだ!!』などと言って注意をそらす手段として使われた――古典的すぎて馬鹿げているが、荒唐無稽なUFOではなく一定の説得力のある存在の名前……それが敵を振り向かせること、一瞬注意をそらすことに成功した。
 テレポートと封印を同時に使えるポケモンは多くなく、そのほとんど、つまりはエルレイドを除き虫や悪タイプの攻撃に弱く、ほぼ全員が物理防御に劣る。
 そのためあらかじめの打ち合わせでは、悪タイプのアサとシザークロスを使えるリーフィアのリーフェルトが攻撃を加える手はずになっていた。
 悪の波導を纏った蹴りとシザークロスが同時に交差する。その強力な一撃にサーナイトはなすすべなく倒れた。その際アサは、サーナイトの決死の反撃、気合玉を食らってしまったが、なんとか膝をつかずに持ちこたえる。

「行きます!!」
アサとリーフェルトが攻撃する際、フィリアは後ろにぴったり付いて、テレポートが使用可能になると同時にトンネル状になった洞窟の入口の上にテレポートで登る。この小島から脱出して対岸へ行くほどの力をためるには時間がかかるから……であるし、そもそも証拠を少しでも多く集めるためにはこいつらを捕まえておいた方がいい。
 アサ達の攻撃を見送っていたイズミやエスペシャリーなどのメンバーもエスペシャリーのテレポートで同様の位置に移動した。

「な、くそ……総員攻撃」
敵のリーダー格が我に返り、そう指示するまでの空白の時間に、“状況から判断して遠距離からしか攻撃する手段を持たない敵”に対し強固な盾、『光の壁』をエスペシャリーとフィリアで二重に張りだし、アサも自身の波導で障壁を作り出した。
 『敵も光の壁やリフレクターをすれば互角の状況になるのではないか』という話は意外にも通用しない。確かに敵のポケモンはダークポケモン化によってポケモンを強化してはいるが、あくまで強化できるのは身体能力であり、訓練なしでは覚えられない技を覚えさせることまでは出来ない。
 だから、アサ達はすでに人数差も戦力差もひっくり返すことが出来ているわけだ。もちろん比較的簡単に使える&ruby(かわらわり){瓦割};の一つでこの状況を&ruby(がかい){瓦解};させることも出来ようが、かといって高低差のあるこの状況で無暗に接近して攻めようとすれば、すでに臨戦態勢に入っているブイズ6種とレントラーやゴウカザルといったアサのおなじみのメンバー。そして湖の三神の中で最も強力な攻撃力を誇るアグノムから壮絶な反撃を食らうことは目に見えている。
 敵は八方ふさがりだ。不意打ちを返されたことといい、ポケモンの使い方がまるで違う。オーレ地方で生まれたダークポケモンは戦闘マシーンであり、それ以外の能力は軒並み眠りについてしまう。それを逆手に取るレンジャーたちには、ダークポケモンなど雑魚に過ぎない。

「ハリカ、ラミアセアエ、……歌え」
アサが指示をする。
「リーフェルト、草笛」
イズミが指示をする。
 指示をすると同時に、アサはスタイラーの無線機能をオンにし、適当にチャンネルを合わせて大音量で砂嵐を聞き始める。イズミにもあらかじめ同様のことをさせていたし、ポケモンたちにはカゴの実をあらかじめ食べさせておいた……抜かりはない。
状況は有利といえど、光の壁を崩されてしまえばいつ戦況をひっくり返されるかも分からないこの状況。
 野試合でも、公式試合でもトレーナへの直接攻撃が許されていない以上は、トレーナーたちも安心して耳を塞ぐことが出来る……が、今はそんな生易しいルールなど無い。こうなれば、ポケモンの攻撃をよけにくい状態になってでも耳を塞ぐか、眠る可能性を残してでも耳はふさがないか、もしくは逃げるかの二択である。
 だが、先ほど敵達がサーナイトにそうさせていたように、今度はフィリアがテレポートを封じている『逃げ』は飛べるポケモンか、最低でも泳げるポケモンで行うしかない。この冬の季節に泳ぐのは自殺行為である事はひとまず置いておいて。

「作戦は失敗だ、逃げるぞ!!」
 眠ってしまう前にと、敵のリーダー格逃げを指示する。適切な判断だがそれでは遅い。
 敵が鳥ポケモンを出して逃げに入る隙にシルベの伝家の宝刀『大爆発』がヴェールを脱ぐ。
 その威力は敵ポケモン全員を駆逐するに飽き足らず、すべての人間を死なない程度に吹っ飛ばした。本人自身傷つくのを避けたかったことや、アサにやり過ぎはよくないといさめられたせいで、威力は弱めに調節してある。もし、本気で放っていれば、いくら相手が悪人とはいえアサ達の責任が問われたことだろう。

「ミッションコンプリート……かな?」
 半死半生の虫の息となった、敵達を見降ろしつつアサは操り人形の糸が切れたように腰を下ろす。

「駄目だ……さっきの気合玉が効いてるようだな……イズミ、フィリア。済まんが奴らをチョイきつめのぐるぐる巻きにするのはお前らにやってもらっていいか? 俺は、ここからスタイラー使ってポケモンたちをリライブするから……胸が痛い」
 怪我で無茶の出来ないアサと、大爆発で負傷した導の二人を除けば他のすべては軽傷ですんだ。素晴らしい戦果と言えばそうである。ただ、アサが気合玉によって肋骨に入ったヒビが原因で即入院となってしまった。


その翌日

「では、確かに……」
リテン地方バトルフロンティア、ファクトリーヘッドの控室にて虫眼鏡が必要なほど小さな文字で書かれた書類三枚にわたる厳正な取引を行っている二人。トップレンジャーのウールとファクトリーヘッドのカジヤだ。

「貴方のエイチちゃんは私が一時的に引き取りますね……よろしく、エイチちゃん」
 特定超獣……俗に言う伝ポケは、よほどのことがない限りポケモンセンターやにあるような一般的なパソコンでの取引や転送はセキュリティの関係上禁止されていて、手渡しが基本となっている。
 そういうわけで、湖の三神の一角……かなり昔だが、シルベに数々の罠の作り方を教えたこの子、『エイチ』を引き取る役としてファクトリーヘッドと深いかかわりのあるウールが選ばれたというわけだ。

「それでは、私はこれで……」
契約を終え、エイチが入ったボールを持ってウールが席を立ちあがると同時に、そばで見守っていたアルバが口を開く。

「ウール、私は少しの間トイレに行ってくる……外で待っていてくれ。外は寒いだろうから、手袋は付けておけ」
そう言って、トイレにでも向かうのかアルバは部屋を出て行ってしまった。彼の行動に対し頭に疑問符を付けていたが、その様子を見てウールが笑う。

「アルバは未来を極力教えたがらないけれど……たまにああやって未来に起ることを教えてくれるのよ。さて、カジヤさん……アルバは『敵が待っているからスタイラーの内蔵された手袋をつけておけ』と言いたかったわけですが……身を隠すためのコートのような物を一つ欲しいのと……もし戦闘になったときのために加勢出来るフロンティアブレーン達に連絡付けてきてもらいませんか?
 昨日のアサたちのことも考えると……アルバの予言も馬鹿には出来ないと思うんです」

「……フロンティアブレーンが全員とは、実現すれば壮絶な歓迎会だな。アルバ君がそう言う以上は警戒は必要だろうし。
 わかった……売店にフロンティアブレーンのコスプレグッズが売っているから……パレスガーディアンの服でも買っていきなさい。あのトリデプスの仮面ならば顔を隠せるし……」

「経費で落とせるかしら……」
ウールはどうでもよいことにため息をついて項垂れた。


「さて……」
敵達はアルミア地方やフィオレ地方でのレンジャーの力を知っているせいか、まともに戦えばほぼ確実に負けると言うことは重々承知しているようであり、直前まで目立たぬように忍び寄り手早く仕事を終えて退散というのが通例となっている。
 昨日のアサ達の顛末も、不意打ちが成功していれば首尾よく行けたかもしれない。もしアサ達が不意打ちに気が付いていんかったら負けていたことであろう。
 今回ウールは、戦闘にならないことが一番であると、バトルフロンティアをトリデプスの仮面をしたパレスガーディアンのコスプレをして抜け、結局スタイラーを使わずに連絡船にまぎれてのレンジャーユニオンへの帰還となったのだが、ここでもう一つのミッションを押しつけられた。
 ダイチは昨日の休暇で合コンに行ったらしく……今日は二日酔いなのだとか。彼の面目のために言及しておくが、今日も休暇であるから勤務態度に問題があるわけではない。しかし、そのために緊急出動が不可能ということで、アグノムを引き取る役はウールに押し付けられたのだ。

「&ruby(あさみ){阿佐見}; &ruby(まお){麻央};さんの病室はどこでしょうか? 」
アサの本名……本人は幼いころこの名前が女の子のようだとからかわれたことでよく思っていないのだが、ここで本名を名乗らないわけにもいかず、普通にこの名前で落ち付いている。
 ウールは案内された病室へと向かい扉を開ける。

「ガァウゥ♪」
ウールは病室の手前で存在に気づいていたスタンからいきなり熱烈な歓迎を受ける。具体的に言うと、扉を開けた瞬間に飛びかかられて押し倒されそうになった挙句、それが無理ならあきらめて顔を舐めようと鼻面を近づけてきたようだ。

「ああ、ウールさん……スタンさんは『隙あり』だそうです……スタンさんは殺さないで下さいね……」

ノートパソコンで何か作業をしているアサの隣で何やら難しそうな本……『量子力学概論』などというタイトルだけでも頭が痛くなりそうな本を読んでいるフィリアが、スタンのことを心配そうに思いながら言う。

「ああ、大丈夫。後遺症が残らない程度にやるわよ……脳に後遺症が残って、私を見ると恐れをなして逃げるならばそうしたいけれどね」
 ウールはスタンの尻尾をもち上げつつ、引きずって……それにより、スタンはガウガウと吠えながら地面をひっかくのだが、もちろんウールは気に留める様子もない。

「しっかしアサ……あんたもよくやるわねぇ。サーナイトに特攻しかけて気合玉食らうだなんて……波導使いじゃなきゃ死ぬわよ? 全く……あんたはこのスタンみたいに命知らずになっちゃ駄目よ? 阿鼻地獄で反省しろや! この&ruby(くさ){腐};レントラーが!! 」
そう言ってウールはベランダまでスタンを引きずって三階から放り投げる。スタンがガウゥと吠える声が遠くなりながら、ドシンッと鈍くて痛そうな音が階下から響き渡っる。

「おいウール……俺の体心配してくれるのはいいんだけどさ……ここ三階」

「そ、そうですよぉ……危ないですよぉ」
泣きそうな顔でウールに抗議するフィリアに、アサは腕を組みながら首を縦に振って肯定する。

「そうだぞ、スタンは大丈夫でも、下にある物が傷ついたり壊れたりしたらどうするんだ? 危ないだろ?」
肯定すると思いきやアサは、スタンの体を心配する気など毛頭ないようだ。なぜなら、窓の外からガァウゥガァウゥと叫びながらガリガリと壁をよじ登ろうとしている声が聞こえるからだ。

「大丈夫よ。下には誰もいないし何もなかったし……現にホラ……スタンは二階までなら根性で上がれそうだし……テメェにこの壁登る権利が与えられていると思っているのか!? &ruby(のぼせあがる){逆上せ上る};ことすら&ruby(おこ){痴};がましいわ、このカンタダ((【芥川龍之介作:蜘蛛の糸】の主人公))が!! でめぇにはアリアドスの糸はもったいねぇ……自分の脳神経でも引きずり出して、極楽浄土にでも投げ縄してろや!!」
窓をのぞきこむウールは冷たく言い放ちながら、10万ボルトの電流で撃墜する。一瞬痺れた体では受け身が間に合わず、スタンは横向きに落ちた。

「うん、これで落ち着いて話が出来そうね」
ウールがふっと笑顔を見せる。

「スタンさんを……回収してきま~す……」
そう言ってフィリアがベランダから飛び降りる姿を、ウールは笑って見送った。

「しかしここ……豪華な病室ねぇ。広いし個室だし、ベランダはあるし景色もいい。こんなんじゃ、さすがに労災では賄いきれないわよ?」

「ああ……心配ご無用。トップレンジャーの給料はかなりいい上に、俺は株やって儲けているから。アルミア地方で行われたアプライト作戦の前日にはアンヘルコーポレーションが『夢のエネルギー』を謳っていてなぁ……そのエネルギーの正体がわかっていた俺は、作戦の数日前に銀行から株を借りて『空売り』。そしてブラック・ホールの逮捕をきっかけに大暴落した株を安く買い戻して銀行に返す……と。いやぁあの時のあぶく銭がまだ1000万ほど残っていてなぁ……使わなきゃ損だろ?
 今は謹慎中と違って運動すら出来ないから久しぶりのデイトレード中だったんだ……ま、仕事の話になりそうだからひとまず中断するけどな」
 ウールは株の話を全く分かってはいない……が、アサが何かしらあくどいことをやっているのだけはわかる。『それってインサイダー取引とか言うやつなのじゃないの?』 とも思ったが、うまくはぐらかされてしまいそうなので、ウールは口をつぐんだ。

「まぁ……仕事の話をするって言うなら、とにかくアグノム君はどこにいるのかしら? あ、こっちもエイチちゃんを連れてきたわよ。それっと」
ウールはボールを高く掲げ、空中に赤い光を放たせるとともに、エイチちゃん――こと、ユクシーをボールから出す。

「アグノム……シルベって名前にしたんだけどさ。神経質になってここ二日眠っていなかったみたいで相当疲れていたみたいだからな……スタイラーの中で起きているかどうか?
 まぁいいか……ボックス1、リリース」
アサがスタイラーに向かい宣言すると、口の端からよだれを流しながら空中を漂っているアグノムが現れる。

「あら、可愛い……大好きクラブの血が騒ぐわね」
やはりアグノムの可愛らしさは、ウールのポケモン大好きクラブの&ruby(サガ){性};を目覚めさせてしまうようで、食い入るように寝顔を凝視しつつ、スタイラーについている撮影機能でシャッターを下ろしている。

「騒いでもいいが、イタズラするなよ……? おっと、エイチちゃん。有名な子だからよく知っているけれど、俺の方は初対面だったな、よろしく」
アサはシャットダウンしたのか、それらしい音が聞こえると同時にノートパソコンを閉じる。

「ええ、よろしくお願いします」
愛想良く振りまいたアサの笑顔に、エイチは警戒を解いたようで瞑ったままの目はそのままにそう言って、口元を緩ませた。自己紹介を終えたところで、エイチはシルベの方へ近づいていく。

「シルベ……という名前がついたのでしたっけ?」

「ああ……いい名前だろ?」

「まぁ、そうですね……」
無愛想にエイチは言う。愛想笑いくらいならば出来るようだが、あまり顔にも声にも表情はつけようとしない。知識ばっかり身につけて対人関係がなかったのだろうかと疑いたくもなる。

「シルベさん……起きてください……いつまでも寝ていると夢を喰いますよ?」
その言葉が言い終えられるや否や、シルベは首の関節が外れそうなほどに激しく首を振って起き上がる。

「や、やめ、やめやめや…やめて……」
どうやら昔夢喰いで酷い目にあったことがあるのだろう、酷く恐れをなした様子でシルベは起き上がる。

「落ち着いてください……どうやら、こちらにいるアサさんから、こちらのウールさんに新しく引き取られるようですが……よろしいでしょうか? 貴方を助けたレンジャーさんはこの通りですし……」
 入院するだけの怪我をしているアサは胸に包帯が巻かれている。ヒビが入った程度とはいえ、この状態で動くのは厳しい。

「う~ん……早くエムリットを助けたいし……このおばさんが信用できるなら」

「お、おば……さん。中々辛らつなことを言うわね、あなた……」
ウールはスタンに舐められることだけは何があっても許せないはずなのに、こういう辛辣な発言はなぜか許してしまう。非常にアンバランスなウールから殺気らしきものを感じたのか、シルベは眉間に縦ジワを寄せる。

「ご、ごめんなさい……」
やはり、シルベには謝る姿が似合っている。

「まぁ、いいわよ……エムリットを助けるのは茨の道になるでしょうから心してかかるのよ? 意思ポケモンの貴方には愚問かしら?」

「それはもう、覚悟ならばできているさ……腕や尻尾の一本や二本を失ってもでもね。どうせまた生えてくるから……」
なかなかにえぐいことをさらりと言いながら、シルベは憎しみを握りつぶす様に拳を固める。

「シルベ、エイチから教えてもらった罠といい……」
シルベを見ていたアサは一度エイチを見てそして視線を戻す。

「お前はホントに怖い奴だなぁ……もう二度と敵に回したくない。ウール……敵に回すと厄介だがこいつは頼りになる。救出作戦がどんな内容になるかは不明だが、お前も無事に帰ってこいよ」
そう言ってアサはため息をつく。

「うん、問題ないわよ。いままでだって私は任務に失敗はしても、一度も全治一カ月クラスの怪我はしたことないんだから」
そう言ってあるともないともいえな非常に中途半端なふくらみをもつ胸に手を当てる。

「んじゃ、頼むわウール……ところで、アルバは?」
いまさらながらにアサはアルバの行方を心配して尋ねたら、ウールは何事かを思い出して噴出した。

「スタンを虐める私を見たくないから下の公園で太陽でも見てるって。まったく、アイドルはトイレ行かないとでも思いたいタイプなのかしらね?」

「………まぁ、アルバの気持ちも分かるけど。おっと……お帰り」
病室の外から帰ってくる影を見て、それが一目でフィリアだとわかる。

「ふぅ……ボール持っていくの忘れてました……」
そう言ってフィリアはここまでスタンを引きずってきたようだ。左半身の毛並みは大丈夫であろうか?

「なら、言ってくれればボール落としてあげたのに……」
まさか、そこに頭が回らなかったのではないかとアサも心配したが、

「本読みながら病室にこもるのも体に悪いですし……いい運動ですよ」
それを察したように、フィリアは付け加えて、病室を見回す。

「なるほど……もう話はついたようですね」
と納得したように、頷いた。

「ああフィリアちゃん? シルベ君とはお別れの必要はないわね?」
ウールが、フィリアのことを試すような口調で笑っていた。

「当然。信用しておりますよ」
ウールはその答えに満足したようににっこりと笑いつつ、横たわった体勢から飛びついてこようとしたスタンの後頭部を踵落としで叩き伏せると、シルベとエイチの2匹を連れて病室から出て行った。見送ったアサとフィリアは、ウールが入ってくる前と同じように本を読む作業と、デイトレードに戻る。

「ところで……トキシンはどうしたんだろうな?」

「追いかけて聞きますか?」

「いや、そこまでしなくていい……」

**第二節 [#re873806]
「よし、今日の仕事は終わり。せっかくだから全員出しちゃうわよ」
 連絡船での移動に多くの時間を費やしたウールは、アサへのお見舞いとして訪れた湖を臨む観光地のレンジャーベースに宿泊することになった。
 レンジャーベースの広いラウンジにてボールやら、キャプチャスタイラーの収納機能やらに入れられていたポケモンたちが大量に姿を現していく。常にそばを歩いているネイティオを除く、デンリュウ、ヘルガー、バシャーモ、ユキメノコ、ムクホーク、ミミロップ、エネコロロ、ユクシー、アグノム……

「ノワ~ル!!」
そして最後にヨノワール……?

「ノワ~ル!!」
 ヨノワールはいけしゃあしゃあと鳴き声を上げる。

「いや……あの、アンタ実家の&ruby(つかみ){掴美};ちゃんよね? 何でここにいるの……ていうか、トキシンは!? &ruby(レジェンドボール){特定鳥獣専用収容器具};もない……」
 

「トキシンはレジェンドボールに入っているのだから当たり前だろう? そんなにトキシンの行方が気になるのならば記憶をたどってみたらどうだ?」
あわてるウールに、アルバが冷静な突っ込みをすると、ウールは言われた通りに記憶をたどり始める」

「せっかくバトルフロンティアに行くわけだからって実家に寄って……一度お堂で般若心経唱えて精神を落ち着けたら、お墓の御供え物を勝手に食べているオーキダセアエとトキシンを叱って……ボールに入れて……それから……?」
 訳も分からず取り乱しているウールにアルバは呆れたように翼を横に広げる。

「トゥートゥー……ウール、それ以前にトキシンは結構悩悩みがあって……その悩みを聞いた掴美がボールをすり替えておいたんだ……少しは、彼の気持ちも考えてやったらどうだ?」

「んもぅ……何を悩んでいるっていうのよ?」

「本人の口から聞いてみるのが最良の手だと思うが?」
ウールはため息をつく

「仕方ない……私が原因みたいだし……ごめん、&ruby(クウ・ホウ){空鵬};……実家までひとっ飛び出来るかしら?」

「ピィ!!」
クウホウ――ムクホークは全く問題ないという風に元気よく鳴く。

「そう、ありがとう……はぁ、どうして往復することになっちゃうのかな」
疲れる移動を連続でさせられる気の重さにウールはため息をつきつつ、ウールは防寒具を着込み、外へ向かう準備をする。

「アルバ……私がいない間に何かあったら、貴方が指揮をとりなさい。いいわね?」

「トゥートゥー……心配ないさ。ゆっくり行って来い」
駆け出すウールを見送るアルバは、言い終えてからやれやれとばかりに腰をおろした。

「ノワール……」
ふと隣を見れば、おいてきぼりを食った掴美がさびしそうに鳴き声を上げている。

「ウール……掴美を忘れていったらいかんだろう? もう……行っちゃったし。全く、実家には誰が連れていくんだ……」


「ただ~いまぁ……」
クウホウの背中にのって再び実家にたどり着いたころにはあたりはもう真っ暗であった。

「隙あり!!」
 家の門をくぐった刹那、聞きなれた低い声から例のレントラーが言いそうなセリフと共にトキシンが飛びかかる。その声の主の喉をグワシと掴み取り皮を引っ張ってアッパーカット、足払い、地面に押し倒したところで胸を踏みつけた揚句に高圧電流を流す。

「なんのつもり……スタンの真似なんかして? 昼だって何やらオーキダセアエの真似をして墓地の御供え物食べていたと思ったら……そう言う年ごろなの?」
結局のところ身長が増して体重が増えた相手がウールに飛びかかったところで何ら問題はないらしく、ウールの前に軽く止められている。トキシンが本気であれば流石にこうまで簡単にはいかないのであろうが、ウールの頑健さは度を超えているとしか言いようがない。

「いたたたたた……ふむ、&ruby(わたくし){私、};そろそろこの扱いが嫌になってきたのですよね。確かにウール殿は……素晴らしい方ではありますが、人目に触れるからと言って私をあまり人前に出そうとしない……その結果、私は毎日ボールの中でやることがなくて退屈なのですよ。
 私は……貴方の他の手持ちと同じように扱ってもらいたい。確かに、無理なことなのかもしれませんが……少しは私の気持ちも汲み取ってもらえるとありがたいのですが」
 ウールは心当たりがあると言った風に気まずそうな顔をするがこちらにも言うことはあると反論する。

「だからって……私に何も言わずにあんなことするのは無いんじゃないのかしら?」

「う~ん……わかっております。また私がさらわれないように保護している。私はそれを恩に感じるべきだということも。しかし、現実問題で私に対して全く音沙汰がない以上、これ以上貴方の元にいるのは苦痛が伴うのです。
 なんというかですね……気ままな野生に戻りたいというか。それが出来ないのならば、私を普通のポケモンとして扱ってくださらぬか?」

「……アンタ」
ウールは口を噤んだ。

「ごめんね……トキシン。貴方も生き物なんだよね……普通に考えることも悩むこともあるのよね」
 ウールは酷く自分が恥ずかしく、申し訳ない気持ちになっていたたまれず、俯いてしまう。

「ここで顔を舐めればいつものウール殿に戻りますかね?」
 トキシンの冗談にウールは力なく笑う。

「スタンみたいに殺されたいなら……お勧めするわ。さっきのはちょっと手加減してあげたわけだからねぇ……本当なら金的と喉を踏みつける攻撃と、後は鉄パイプをバチに見立てて貴方を木魚にしてみたりとかぁ」
 殺気のこもったウールの口調には、はるかに上の実力を持ちながらトキシンが恐怖を覚えた。さっきので手加減というのだから恐ろしい。

「いやはや……やはり美しい花には毒がありますなぁ。しかしまぁ……私のお話もわかっていただけたようで。でしたら、もう少しあなたと一緒にいることも考えましょうぞ」
 ニヤリ、と良い顔をしたトキシンは握手のつもりなのか、ウールへ前足をさし出す。

「ごめんね……でも、これからは悩みがあったらいつでも言いなさいよ。アルバにそうするようにいつだって聞いてやるんだから……それにね、さびしいならもっとたくさん服を着せて記念撮え」
「それが一番やめてほしいのですが……何故に大好きクラブというのは私に服を着せたがるのですか?」
本人にとってはあまりにも意外な一言であったのか、先ほど普通のポケモンとして扱ってほしいという要望を聞いた時よりも明らかに目を丸く驚愕していた。

「いや、そんなに意外なことでしたでしょうか? 私服着るの嫌いなのですが」

「いや、だって……今まで嫌な顔しなかったし、それにかっこいいって誉めたからいいんじゃないかなぁって。ほら、貴方用の服ってウインディ用くらいしか合わない上に暖色カラーじゃ似合わないからわざわざオーダーメイドしているのよ。それだけお金をかけているけど、気に入ってくれていなかったの?」
 アサに貯金が有り余っているように、ウールもまた貯金が有り余っている。もとは、バトルフロンティアのすぐ近くでポケモンの供養を行う霊園を営む寺の娘として生まれたせいか、ポケモンと触れ合う機会は多かった。
 そのせいでポケモン大好き人間になったりファクトリーヘッドと知り合いになれたりもしたのだが、こういったところで意外なマイナス面をのぞかせる。

「私はおしゃれ大好きなエネコロロでは無いのですが……ポケモン大好きクラブの投稿ファッションショーはいい加減にしてくだされ」

「……だって、カジヤさんのエイチちゃん見たくこう、お洒落させたいじゃない。あの人がコーディネートしたメロンパンヘッドをうまく生かしたウィンターファッションは神の領域……」
その言葉に、トキシンは声が混じるくらいに大きなため息をついた。

「もう、それは別の子にやってくだされ。ウール殿のセンスが良いとか悪いとかは関係無しに、私は裸の方が性に合っておりますので」
いよいよウールは呆けたような顔をして頭をカリカリと掻き始める。

「あら~……あんた変わり者だと思っていたから、普通に服を着るとかそう言うの大丈夫だと思っていたけれど……」

「ダメです!! っていうか、服着るのが好きなポケモンっているのですか? あの人間染みたフィリアさんだって全然着たがりませんし、ほかの方々も全然着たがらないではありませんか!」
きつい物言いに、ウールは何事か考え込んでしまった。

「よし、それならシルベ君に服を着せて楽しんでみようかしら?」
 普段ボケの少ないウールでも、ポケモン大好きクラブ脳を発揮するとこうもボケが止まらなくなる。トキシンは普段安心してボケられる境遇がありがたいことであったと再確認しつつ、慣れない突っ込みに入り始めた。

「あぁもう、誰ですかそれ? いやまぁ、そのシルベ君が……嫌がらなければ」

「ふぅむ……あの子はどうかしらね? アグノムだからいやなことは嫌ってはっきり言いそうな子だけれど……言わないならば……そこにつけ込んじゃうのも……」
ウールのセリフを以って呆れかえったトキシンはそれ以上ウールに対して口出しすることを止める

「はいはい……好きにしてください。というか、これからは普通のポケモンと同じように扱ってくれるのですね?」

「ん……まぁ?」

「ああ、ちょっと主の選択を誤ったかもしれませんね……アサさんだったら毎日お手製のポロックが食べられるというのに……はぁ」
 今夜は結局実家で眠ることになったウールの横でため息をつきつつ、トキシンは眠りについた。


 二日後、二人のトップレンジャー ――ウールとダイチとで最後の湖の神であるエムリットが囚われているだとか囲われているだとか言う場所を目指していた。
 二人はいわば斥候であり本隊として待機しているのは数十人からなる大規模な部隊だ。

しかし、二人の戦力はすさまじいと言えばすさまじい。ジムバッジを8つすべて手にいれリーグ入賞経験もあるダイチのポケモンや、電気の波導使いのウール。そして、伝説のポケモンと称されるのが4匹連れられている。普通に考えれば心得のない者など20の数でも問題なく蹴散らせる。
 それだけに、自分で独自にミッションを与えることが出来る。独断での行動が許されている二人であること。少人数ゆえの機動性の高さ。その二つを兼ね備えているだけあって、もし警備が手薄ならばそのままぶっつぶしてしまえとさえ指令を受けている。

「やはり……地面を移動するのにこれほど都合のよいポケモンはあなた一人ね」
 二人が高速で地を駆けるために選んだポケモンはスイクン――つまりはトキシンである。水の上さえ移動できる俊敏かつ軽い走りは二人の人間をその背中に乗せても衰えることはない。
 その走りは、速く走ろうとすればするほど足跡が残らないもので、一目その走りを見たときの『飛ぶような』という形容の仕方が正しいことを、後ろを振り返ることで確信させる。

「おほめにあずかり光栄で……しかし、さっきから何故かイライラするのですが、なぜでしょうか? もう貴方達を載せているのが嫌になったというか」

「すまない……けれどもう少し言い方というものをね? 僕だってなんだかついさっきからイライラして……」
トキシンの問いかけには、ダイチもウールも頭に疑問符をつけている。

「二人とも……どうしたの? あ……」
ウールがエイチをボールから。シルベをスタイラーから勝手に飛び出した。

「ふぅ……」
「やっと外のようですね」
メロンパンとおにぎり、と形容される頭の形状をしている可愛らしい二人。ユクシーとアグノムが姿を現した。

「すみません、意識するともっと悪化しそうだから言えませんでしたが……貴方達が感じている違和感というのは……」
「僕が説明す……」
「貴方は黙っていなさい。きちんと話をまとめる能力は私が最も上であ……」
「僕がやると言ったらや」
「黙れと言ったでしょうに、意思が強いのと無能な脳で話をしようなどと無謀で迷惑なのは別問だ……」
「誰が無謀で迷惑だこのメロンパ……」
「んだこらぁ!! このおにぎりが……」
「上等だ、表でろやぁ……」
「ここがその表ですが? 記憶を消すまでもなく語彙力の悲惨なあな……」
「あきらめたらそこで試合終了だこ」
そうやっていい争う二人の後頭部にウールの手が差し伸べられ……ガツンッ!!

「あんたら、仲良くしなさい!!」
二人の額の珠同士が音を立ててぶつかりあって、二人は浮遊するのも忘れて地面に降り立った。というか、落ちた。

「テメェら……何年生きてんだこら? いくら見た目が子供だからって、もうちょっと大人になるってころを覚えろやこの主食コンビ」
ウールは地面に落ちた二人をぐりぐりと踏みつけながら、絶えることのない言葉攻めを展開した。

「ウール……僕はもう少しソフトにした方がいいと思うなぁ」
その様子に、ダイチがいくら何でもやりすぎだと感じるのは当たり前であった。ウールは肩に添えられたダイチの手を振り払う。

「構わないでしょ? 尻尾切れたくらいでは再生するとか言っていたくらいだし……この子ら以外と丈夫なのよ?」
冷たくあしらうようにウールは言う。どうやらスタンへ暴行を加えることに慣れ切ってしまったようだ。

「いたたたたたた……ふん、今回は私の勝ちのようですね。バトルファクトリーで鍛えられた私に貴方ごときが勝てるはずなど……」
耐久能力に秀でたユクシー ――エイチは、まだ目の上でアチャモがピヨピヨと鳴いているシルベを見下すと、そう一瞥して唾を吐きかける。

「あらぁ……伝説のポケモンって意外と……意外なのねぇ」

「ウール……僕としては日本語がいささかおかしい気がするが……言いたいことは分かるよ」
ダイチはショックを受けているような様子のウールになんにもフォローになっていないが一応何か言っておくべきなんじゃないかと、声をかける。

「ふむ、ではとんだ勘違い馬鹿によって話が横道にそれましたが……私から説明しますね」
エイチは、辛辣なセリフを吐きつつ落ち着いた口調で言った。

「コホンッ違和感というのはですね……私たちなんだか無性にさっきからイライラしていませんか? というか、もう聞くまでもないようで……私達の例と良い、貴方たちと良い……エムリットが酷く暴走しております。これは、ゆゆしき事態ですよ。もう、あまりの事態に皆殺しに……っていけないいけない」
ウールとダイチはお互いの顔を見合わせる。

「ちょ……怖いわよエイチちゃん……あんたがそのつもりなら眼球を神経ごと引きずり出してでも止めるわよ?」

「いや、あの……ウールまで」
 どうやら、本格的にその時が来たのか全員の感情が著しく不安定である。一行はまず深呼吸から感情を沈めることに努め、そうして落ち着いたところでようやく話しに戻る。

「とにかく、これはエムリットに近づけば近づくほど悪化しそうです。一応この現象も、私たち二人の力である程度緩和できるようになるはずですから、それで耐え忍んで……エムリットの元にたどり着いたら速攻でエムリットを何とかするしかない。
 それともう一つ……緩和できる範囲は極僅かです。せいぜい半径15~20mくらいでしょう……つまり、貴方達の味方を全員収納することは可能でも……それだけまとまっていたら一網打尽の可能性だってある。
 例えば相手が感情のないポケモン……ポリゴンZなどを繰り出してきたとしても孤立無援の戦いになりますが……よろしいですね?
 怒りに任せて行動すれば、必ず足を掬われますので気をつけてください」
 エイチは全員の様子を見て一度深呼吸をした後に、全員を守るための膜のような物を張りだす。

「流石にすぐ大丈夫という訳にはいきませんが……これである程度恐怖の増幅を防ぐこともできるでしょう」
 二人は、自分の恐怖が見る見る間に消えていく不思議な感覚に困惑して、張り出された膜を見ていた。

「深呼吸してください……そうすれば、おそらく落ち着くでしょう? よい返事を」
 エイチが促すままに二人が深呼吸をすると、そこにさっきのような一触即発の雰囲気は無い。

「なんとなく落ち着いたけれど……これ、本当に大丈夫なの?」
「僕は……一応大丈夫だったけれど……ねぇ?」
 一抹の心配は残る者の、一行はとりあえず安心ということで。

「……トキシン。僕の心配してくれるの君だけみたい……」

「無視されるって毒よりも辛いものですねぇ……」
 その傍らで、トキシンは一人でシルベが額に負った傷を舐めていてあげていたとさ。


「ブルル……近いですね、ダイチ様」
 シルベとエイチがすぐそこにエムリットがいる……と言ったために、より詳しい状況の確認のために繰り出したアルカナムはそう言った。

「ご苦労。具体的な兵隊の種類は分かるかい?」

「エイチさんの予想通り……ポリゴンZと……作業用のロボットらしきもの。後、死体がところどころに散乱しております」

「死体って……穏やかじゃないわね」
 したいという言葉を聞いて、ウールは心の中では呑気にも上げる念仏について考えていた。

「少し、私の力に干渉する妨害電波のようなものが出ているので、不鮮明ですが……この二人とよく似た波導、恐らくエムリットが1、ポリゴンが2とZを合わせて5、ロボット7、死体の数はちょっとわかりにくい…………少々お待ちください、鳥? いや、これは……そんなはずはない」
 波導を感じているアルカナムは不意に取り乱し始める。

「どうした? アルカナム……」

「私の間違いでなければ……ホウオウがボールに捕まっております。」
 体毛に隠れていてはっきりとは分からないが、青ざめた様な表情をしてアルカナムは言う。

「ホウオウ……様が?」
 トキシンの体毛が逆立った。

「お前が言うんなら……本当なんだろうな」
 ダイチは信頼しているアルカナムの言うことだったからこそ、聞き返すようなことはしなかった。

「ホウオウを使って何をするつもりかはわからないが……そんなポケモンが悪党の手に渡ったら何が起こるかも分からない。全員……一気に行くぞ」

「うん、これ以上後手後手に回されてたまるかっていうのよ」
ウールが携行して来た武器、スルチンを改良した武器((収納式の3段警防に鎖の長さが1,5mくらいの分銅をつけた武器。1話参照))を手に持ち闘いの準備に備える。

「じゃあ、さっき言ったとおり、僕たちには感情が不安定になるとか言うペナルティつきだ。一気に決めるために攻撃力と機動力に偏重したポケモンで対処するぞ?
 さ、お願いするぜ。コタツにトウロウ」
そう言ってダイチが選んだポケモンはヒードランのコタツとハッサムのトウロウ。

「じゃあ私はトキシンと……貴方に決まりね、空鵬」
ウールはムクホークを繰り出し、その子を撫でる。

「準備完了、行こうかウール」
 二人はもう一度トキシンに乗り込み、一気に駆け抜ける。

 その先、アルカナムが言っていた敵のいる場所は、樹木の生い茂るこの場所からは死角になる巨大な崖の下にあるらしく、その存在は直前まで視認できなかった。
 全員が崖にまで到達すると、思わず眼を背けたくなる光景が広がっていた。

**第三節 [#h461eb84]
 アルカナムが感知した死体が、すべてエンテイやスイクン、ライコウといった伝説の三獣と呼ばれる種族で……その十数頭の死体が血の匂い、死臭を放っていた。おそらくホウオウが入っているボールというのが、カイスの実のような巨大なボールなのだろう。
 普通のボールでは対応しきれない、規格外の強さを持つホウオウ相手ならではの代物だ。それが作業用ロボットにより小型の飛行機のような者に積み込まれている。おそらく感情の暴走は必然のものか、もしくは故意に起こしたものなのだろう。感情のないポケモンを配置することからもそれが分かる。


「仲間が……なぜこんな……? いけない……ホウオウ様!!」
 その光景に殺意を剥き出しにしたのが、トキシンだった。激情に駆られたトキシンは、ウールの命令の一つも聞かないままとびだし、一人で崖を駆け降りてポリゴン達をどういった能力によるものか、触れただけで絶命させている。

「なぁ……!?」

「うそ……何よあのトキシンの能力……まずいわ、今の状態じゃ怒りにまかせてエムリットを殺しちゃう」
 ダイチとウール、二人が驚いた時には、トキシンに立ち向かってきたポリゴンは全滅させられている。およそスイクンとは思えない凶悪な力で以って、激情に駆られたままエムリットに襲いかかっていた。
 幸か不幸か、エムリットの攻撃によりトキシンは寸前で倒されたが、もしあのまま攻撃に成功していたらエムリットが死に、大変なことになっていたかもしれない。。

「くそ、エムリットは&ruby(ビシャスボール){即席洗脳及び身体限界解除機能付き超獣保管容器};で強化されてるってことみたいだね助けなきゃ」
 ダイチがまず最初に駆け出していく。

「当然よ……とにかく、『特定野生超獣の取引及び占有における国際条約』への違反で現行犯逮捕!! 他の罪は後でゆっくりと」
 ウールも続いて崖を下りていく。

「「キャプチャ・オン!!」」
 同時にスタイラーを起動させ、キャプチャラインによってエムリットを囲む……が、強力なサイコキネシスの前にはじかれる。
 ただのダークポケモンならば骨の一・二本でも折れば大体は落ち着くが、エスパータイプともなれば殺さない限り動き続けるようなポケモンもいる。
 エムリットはおそらくそっちの類だろう。それだけに、キャプチャで何とかするのが理想であったが、これではすべてが徒労のようだ。

「どうすりゃいいってのよ……シルベにエイチ!! エムリットになんか弱点ないの? このままじゃ殺さない限り止まりそうにないわ」

「「ゴキブリとムカデ」」

「そう言うのじゃなくて!!」

「「ギラティナオリジンフォルム」」

「だからそう言うのじゃないっていうか貴方達の親戚でしょその子!! 可哀そうだと思わないの?」
2回ほど突っ込みをされて、ようやく二人は少し考え込む。

「尻尾を2本切れば、僕たちのエスパーとしての能力は皆無になる……どうせ切っても再生するから思いっきりやっちゃって」

「それだ……って、そんなことを誰にやれって言うんだい? 」
 ダイチは勢い良く肯定しておきながらいきなり行き詰まったその案に遠慮のない突っ込みをする。

「シザークロスか辻斬りを使えるタイプ一致で攻撃力の高い……トウロウちゃんならどうかな? これはハッサムかアブソルくらいしかいないっしょ……後はマニューラとか。
 そのマニューラはアサしかもっていないから……」
 そのウールのセリフで全員の視線が一斉にトウロウに集中する。

「シィィィ……」
 トウロウは重要な役をいきなり任されたが為に不安そうに縮こまり、威嚇するために開かれていたハサミも閉じられる。

「……トウロウ。んっ……」
 そのトウロウに、ダイチは何の前触れもなく口づけを交わし、何事かを彼女の耳元に囁いた。

「シィィィ!!」
 それ一つで、俄然やる気を発したようで、トウロウの目は血走っている。

「ダイチ……、あんた&ruby(そっち){ポケフィリア};の方向に目覚めたの?」

「いや、僕はそういう方向には……でもこの場合ポフィンやポロックなんかよりもずっといいだろうし……仕事のためにこんなことしなきゃならないなんて、トップレンジャーって大変だな……」
 ものすごい喪失感に頭を悩ませているようなダイチの肩に、そっとシルベの肩が置かれた。

「君からは強い意志が感じられたよ。グッジョブ♪」
 そう言って親指を立ててウインク一つ。流石は意志ポケモンというべきか、他人の強い意志を感じると無性にうれしくなるようである。ただ、言われた方はそんなに嬉しそうな顔をしている訳では無い。

「さ、君のポケモンは僕たちが責任を持って守るから、安心してて。いくよエイチ、トウロウを守るんだ」

「かしこまりました」
 シルベが威勢良く叫び、エイチがそれに応じる。それぞれ、強力な光の壁とリフレクターを張り出して全力でトウロウをサポートし、エムリットへ届かせる。
 ビシャスボールで強化されたサイコキネシスは、防御能力に乏しいシルベを吹き飛ばす。トウロウも同様に吹っ飛ぼうとしたところを、エイチが逆のベクトルのサイコキネシスでサポートし、トウロウ自身の力とあいまって前に進ませる。
 体温調節にしか使わない翅も加速に利用し、サイコキネシスでは耐えられてしまうと悟ったエムリットの電撃による攻撃も苦痛の表情を浮かべたもののなんとか耐えきり、トウロウの伸ばした両のハサミは正確にエムリットの尻尾をとらえる。
 鮮血と共に尻尾が落ち、全員が肌で感じていた強大な力も幾分か抑えられた。

「キャプチャ・オン!!」
 この好機に宣言したのはダイチだけであった。ウールがそれを出来なかったのは、すでにホウオウが入っていると思しき巨大なボールは小型飛行機のようなものと共に飛び去っており、ウールは空鵬に発信器の付いたスタイラーをまるごとくくりつけて尾行させていたからだ。
 それにより、ウールはレンジャーの命ともいえるキャプチャスタイラーが使えなくなったわけだが……尻尾を失ったエムリットは予想以上にもろかった。
 ほかのポケモンのサポート――特にシルベがダイチの“想い”を増幅することでスタイラーを強烈にパワーアップさせたことが大きい。
 それを差し置いてもウール無しでのキャプチャがこうまでうまくいくとは少子来な所予想外なほどにあっけない幕切れに安心して、全員は思わず座り込んだ。



「ふん……大したことないね。でも、ホウオウは行っちまったみたいだし……アルカナム、どうだい?」

「ブル……だめです、波導は全く以て感じられません。こうなったら、ムクホークにつけた発信機頼りでしょうね」
 眼を瞑り、後頭部の4つの房を立てながら周囲の様子を探ってみるが、ルカリオでさえもそれをとらえることが出来ず……

「そうか……トキシンとエムリットの治療はエイチちゃんがやってくれてるからいいとして……ポリゴン達は完全に死んでいるし。とりあえずウール……報告をってスタイラーが無いんだっけ」
 そう言ってダイチが振り向けば、ウールはアルバと共に正座してぶつぶつと何事かを唱えている。

「&ruby(まさに){当に};願わくは衆生と共に、&ruby(だいどう){大道};を&ruby(たいげ){体解};して、&ruby(むじょうい){無上意};を&ruby(おこ){発};さん」

「お前らしいといえばらしいか……霊園の生まれだもんな」
 どうやらお経を唱えているようで、何を話しかけても無駄と分かると、ため息をついてスタイラーの無線機能をオンにする。



「こちらダイチ……エムリットの保護に成功しました。無傷とはいきませんでしたが、一応治る程度の怪我とのこと……それと、追加でいくつか残念なことと幾つかの朗報を。
 エムリットからの情報によると、エンテイ・スイクン・ライコウの3種を大量に集め、それを怒りの感情を刺激することで同士討ち……それで、ホウオウを呼び寄せるという暴挙に出た。トキシンももし僕たちが助けなければ危ない所だった……ってことなんでしょうね。それで、そのホウオウが奪われた。これが最悪な残念なこと。
 朗報は二つ……いま、ウールのムクホークが発信機を付けてホウオウを持って帰った飛行機を追っている……それともう一つ。
 現場に作業用ロボットがね……廃棄されているんだけれど、パーツまで作るお金は無かったんだろうね……一つ壊されていたものをバラしたら……いろんな会社の名前が出てきたよ。
 ここから……色々敵の組織って奴を特定できるんじゃないかな? 
 最後にちょっとだけ愚痴を聞いてくれる? いま、ウールが死体の山の前でお経をあげているんだけれどね……出来れば敵達をこれと同じにしてやりたい気分だよ。
 あいにく殺すことは方が邪魔して出来ないけれど……僕たちにこの手で捕まえさせてくれ。お願いだよ……じゃ」
 ダイチは無線を切ると、ウールの隣に座り込む。

「お経がわかんなかったら黙祷するだけでもいいかい?」

「弔う気持ちがあれば……」
 ダイチの方を見てそう言ったウールの目には涙が浮かんでいた。すでに心を痛めているのは十分すぎるほどに分かる。

「見ていろ……レンジャーの反撃の恐ろしさってやつをな」
 今回何もできなかった自分に歯噛みしながら、ダイチは憎しみをこめて口にする。

*コメント [#qe589a6c]
#pcomment(あこがれの職業? 第7話コメントログ,5,)


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