作者……[[リング]] [[前話へ>あこがれの職業? 第5話:ダブルパフォーマンス]] #contents **第一節 [#s08ec852] レンジャーユニオンのカフェテリア。この場所にはバランスのよい食事を出来るがため、朝でも人が多く集まる。その顔ぶれは、ヒラのレンジャーからトップレンジャーまでピンきりであるだけではなく、近所からも何気に客が来るために大盛況である。 その理由はか大半の種類のポケモンを中で放すことが出来る寛容さなのだが……許可されているとはいえ、この人は常軌を逸している。ルカリオとクチートは良いとして……エンペルト、ハッサム、メタグロス、ヒードラン、ジバコイル、エアームド、ドータクン。傍から見ていて暑苦しいことこの上ない。 10月ごろレアコイルに進化したコイルは、現在『どら焼き』と言う名でジバコイルに進化し新メンバーとして迎えいれられている。もう、この方のネーミングセンスには脱帽するしかないのであろうか? 勿論この方とはダイチである。 今日は、ダイチは非番なので私服を着ているが、アサはパトロールの仕事が入っているために制服を着ている。そんな状態で対面しながら、二人は食事と談笑に興じていた。 「でな……その悩みの内容って言うのが恋なんだ」 ダイチが、以前のハッサムの時と同様手持ちのポケモンに悩みがあるからという内容に話が移り、どういった悩みなのかと思っていた矢先、その内容は恋についてだ。 「コタツ((ヒードランの雌))が恋? 喜ばしいじゃないか」 「恋……ですか? 一足早い春ですね」 返答をするのはアサとフィリア。悩みと言うから心配したが、半ば&ruby(のろけ){惚気};話のようなのでクスリと笑って返事を返した。 「ああ、間違いなね……厄介なことにね」 しかし、惚気話にしては表情が深刻な気がする。 「厄介……というと?」 アサが怪訝そうな顔を呈す。 「…………飛び降りからののしかかりだ。僕も昔やられたことは覚えているよね?」 「あれかよ……」 「一年前の五月二十七日の……ですね」 アサはダイチの悩みの正体が分かり、それが深刻なものであると知りつつも。口元が緩むのを抑えることが出来なかった。 ヒードランは、足に付いている十字の爪を地面に刺すことで、壁や天井を這い回ることが出来、これを利用した攻撃や狩りなどを行う他、前述した二つの能力が優れていることを示威する為に、"高いところから落ちて着地することを求愛表現としている。" フィリアの言う一年前の五月二十七日。ダイチはこの習性のおかげで、レンジャーユニオンの室内演習場で、5mの高さからの強烈なのしかかりをを喰らったことがある。 ダイチは腕で頭をかばいつつ倒れこんで、コタツの体と床の間の空間で何とか凌ぎ、体も鍛えていたお陰で骨折はしなかったものの、腕にヒビが入ってしまった……だけで済むあたり人間として可笑しいくらいの丈夫さである。 もし、コタツが波導を込めたのしかかりをしていたら流石に腕が粉々に砕けていたとは思うが、天晴れなものである。そして今……新たな恋に乗せて新たに狙われている奴がいるということだ。伝説のポケモンヒードラン……伝説級の厄介者である。 「相手は?」 アサが笑いをこらえて、まじめな口調に努めながら訪ねる。 「女性リーダーレンジャー、エリアのパートナーポケモン……最近進化した色違いギャロップの&ruby(しゅうほ){襲歩};だ」 「あの子かよ……コタツも現金なやっちゃなぁ。その前は、ウールのナベリウスだったっけか?ヘルガーのさ……」 一応、コタツのトレーナーであるダイチを除くと、コタツが圧し掛かりをかけるのは貰い火の特性を持ったものしかいない。そのあたり、ダイチが強烈に愛されている証拠なのだが…… 以前相談を持ちかけられて以来、現在進行形でダイチの腕に抱きついているハッサムのトウロウといい、どうにも人間には愛されない傾向がある。 鋼タイプのポケモンが好きとは言え、ダイチはそっち系の趣味は無い方向で生きてきたつもりだと言うのに……と嘆いている。 「ああ、僕もどうすればいいのやらと……止めるのに&ruby(トライデント){エンペルト};と&ruby(チャブダイ){メタグロス};の二人掛りでやっとなものでね」 そんな事はともかく、いま重要なのはコタツである。 「私が話をつけて見ますが……」 同じ女性と言うことで何か相談になってやれないかとフィリアが『ゴニョゴニョ』、コタツが『ガァァァ』と、何かしらの会話をしている。 「とりあえず、『とりあえず天井から落下して圧し掛かってあいつの童貞奪ってやる。それでダメならあきらめる』……だそうです。話になりません」 アサとダイチはしばらく絶句するが、気まずい雰囲気を破るようにダイチが口を開いた。 「と、とりあえず……恋はあせっちゃダメって伝えてくれるかな? 僕みたいに恋愛に無縁だと片思いされている男の気持ちって良く分からないから、大したアドバイスも出来ないけど……」 ダイチの言葉を聞いてフィリアは一瞬言葉を思索して、自信なさげに喋り始める。 「あのぅ……思ったんですけど、人間とポケモンの思考回路って全く違うのですよ。ですからここは……」 フィリアは後ろを振り返り、ずらりと並ぶアサの手持ちの仲間たちを見る。 「え、と……スタンさんは論外として……」 「ガ、ガウゥ?」 スタンが首を傾げる様子に、フィリアはきわめて冷静な口調だった。 「『な、何で?』といわれましても……貴方は片思いは片思いでも、片思いをする側でしょう? それだけならまだしも……それに鬱陶しく付きまとわれて、迷惑をこうむって反撃、躾、暴行、そして果ては撲殺にまでエスカレートするのでは無いかと言うような対処をしているウールさんの心情も考えない、学習能力を欠片も感じさせないの自分勝手な貴方が何を言うのでしょうか? 逆にウールさんが貴方に猛烈アタックを仕掛けているというのならば、最高の参考人になったのかもしれないですけど、それを貴方、攻めてばかりで守りを考えないポケモンであるラムパルドやデオキシスのアタックフォルムも裸足逃げ出すような……まぁ、もともと裸足ですけど、それにすら例えられない意思ポケモンアグノムも&ruby(ビックリ){吃驚};な攻めの意思丸出しで無闇矢鱈に突き進んでは玉砕を量産する貴方が、受身且つ迷惑を受ける方の気持ちなど如何様にして理解しえる余地や器量、可能性といったものを感じさせたい、もしくは感じさせる自信があるというのでしょうか? 恐らくでは有りますが、感じさせることが出来ないというのは私の思い違いではありませんよね? それを踏まえたうえで、論外と言う私の言葉を納得していただけるでしょうか?」 「ガゥッ……」 「良かった、納得してくれたみたいですね♪ それでは、ヴォルクさん。自分を好いてくれる方にはどんな風に気付かせて欲しいでしょうか?」 「う~ん……そうだな」 ヴォルクはそれだけ人間の言葉で喋り、後はフィリアに対して人間では分からない言葉で伝える。 「はぁ……『好きです、拳で語り合ってください』と、直球勝負な告白をして欲しいのですか……流石ゴウカザル……って、そんな事は&ruby(バーンさん){バシャーモ};とでもやっていてください。ウールさんだってあなたとならNOとは言わないでしょうし」 「こ、この調子で参考になるのかい? 僕はなんだか不安になってきたよ」 「取り合えず、全員の話を聞こう……全員の」 「えっと……では&ruby(エボル){ブラッキー};さん。 ・ ・ ……はぁ、『一緒に遊ぼうと誘ってくれる』ですね。なるほどなるほど」 フィリアはメモを取る。 「では、次に&ruby(ハリカ){プクリン};さん……ハリカさ~ん? ……目を開けたまま眠ってますね」 「頭が痛くなってきた……俺の手持ちってエボル以外まともな男がいないのかな?」 アサのため息吐きつつ、頭を押さえながらうな垂れる様は、まさに落胆の一言に尽きる心情をよく表している。 「えっと……では、&ruby(アルカナム){ルカリオ};さん……」 「そうですね……私は……バレンタインデーにチョコレートを……」 少し考えてアルカナム、そう言った。アニメのような表現が可能ならばふきだしの中にチョコが浮かんでいることだろう。 「チョコ好きですね……と、とりあえずバレンタインデーを利用……って、襲歩さんがバレンタインの概念理解していればですけれど……ルカリオほどは賢くないですからねぇ。 えと、では次にトライデントさん……」 「ムゥ……」 「ふむふむ……まずは角を清潔な布で拭いた後&ruby(ひざまずいて){跪いて};自分に媚びる者……ですか? そこで私の足を舐めれば尚良し……『老け顔の貴様でも、それをすれば&ruby(めかけ){妾};の一人に加えてやってもいい』……?」 「あ、フィリアの握っているスプーンがありえ無いほど曲がってる……怒っているみたいだな」 「僕はトライデントのほうが悪いと思うから……止めないよ」 「ふう……ダイチさんありがとうございます。どおりゃぁぁぁぁぁぁ!! 調子に乗るなこの鉄ペンギンめがぁ」 フィリアの手から巨大且つ密度の濃い闘気の波導があふれ出す。それは仲間によって逃げ場を限定された状態のトライデントに向けて球体状の形を成して放たれ、爆破消滅した。 「お~……至近距離で気合玉かぁ」 その凄惨な様相にも、スタンのことで慣れきっているアサはとって付けたような感嘆の声でスルーした。 「御免なさい……うちのトライデントが暴言を……本当に御免なさい」 目を回して倒れるトライデントをよそに、ダイチはひたすら腰を低くして謝った。 「あとで……シルバーテーブル銀食器株式会社製の高級スプーン買って下さいね。トップレンジャーならそれくらいのお金は持ってますよね? お値段の方は株主優待割引が付きますので、ご心配なく。 さて、……最後は&ruby(クッチー){クチート};さん…… ・ ・ ……はぁ、なるほど。自分のバトルの良いところや悪いところを見てくれないかと持ちかけたり、逆に自分の事も見てもらえるようになると嬉しい……ですか。メモメモ……まともな意見があまり聞けていないような気がします……」 「ま、まぁ……いいじゃないか? それより、そろそろ行こうぜフィリア? 今日はローズ支部長に呼ばれているわけだから、遅れるとまずいし……」 フィリアはとりあえず、書いたメモをダイチに渡す。 「そうですね……では、御先に失礼します」 「ああ、今日はありがとう……僕もコタツの事はなるべく迷惑をかけないように注意するから、そっちの心配はせずに、今日は仕事を頑張ってね」 「おう!」 「はい!」 フィリアが食器を載せたトレーを返却口までフワリと浮かせて持って行き、一人と一匹とその他7匹はカフェテリアを後にした。 ・ ・ 「コタツもトウロウも恋してるんだな……フィリアはまだそういうのは無いのか? 例えばアルバとか……」 支部長の待つブリーフィングルームに向かう傍ら、ふと気になってアサは尋ねる。 「え……それは、その……言えません」 「そりゃ人間が相手じゃ言えないよなぁ」 アサにとってはカマをかけようと言った台詞だったが…… 「お見通しだったんですか……?」 フィリアの歩行が止まった。振り返ったアサの歩行まで止まった。 「俺……?」 『ち、違いますよぉ』と言う台詞を期待していたアサは、理解するのに通常の思考ではとても追いつかなかった。まさかとは思っていたが、一瞬あとにはフィリアが頷く事は確信していた。 「保健所で、私を選んでくれた恩義のせいもありますが……それ以上に、貴方が優しくしてくれるから……私のためにわざわざ謹慎を喰らってまでまとまった休暇をとってくれたじゃないですか?」 恥ずかしげに顔をそむけながら言うフィリア、これは演技ではありえないようにアサは思えた。それだけに深刻に思い悩んでいたことを軽い気持ちで掘り起こしてしまったことに数秒前の自分に憤りを覚える。 「優しくした覚えは……無い。訓練は弱音を吐いた後も容赦なくやっただろう? それに謹慎は……そうかもな」 「抱きしめて……くれますし」 「そんなのサーナイトのがよっぽど上手く出来る」 「望めば何でも買ってくれますし……」 「お前が望むものは安いんだ。お前らのお陰で生活できているんだから当然の報酬だろう?」 「ですけど……」 「拾ってやった恩なんてもう十分返されているつもりだ。だから、俺の好きなところを紙に書いてみるといい。それでも好きだって言うんなら……悪いようにはしないさ」 アサの否定でも肯定でもない言葉にフィリアは不満そうな顔を浮かべる。 「分かりました」 その時彼女がないているように見えたのは、気のせいで無い事はアサには分かっていた。決心していったことを本気かどうかを疑われた。それが他人からならばまだ救いようもあっただろうが、自分自身に疑わせてしまった事、それで決心を揺らがせてしまったことを確かに感じている。 ――私は貴方に拾われてからずっと好きだったけど、拾われていなかったら好きじゃなかったのでしょうか? でも、今まで思ってきたこの気持ちは嘘じゃないって信じたい…… アサが、先へと進む足の動きを再開させた事に応じて、フィリアはとぼとぼと歩き出す。 「なんか、すまねぇな……お互い種族の壁隔てて本当に幸せになれるかどうかって問題なんかで躊躇させて……『なんか』じゃないかもしれないけど」 ――すまない……俺だって嫌いじゃないし、むしろ好きだ。けれども……賢いあいつなら言わなくても分かっているだろうよなぁ……それをわざわざ言葉にしちゃってまぁ……まるで言い訳じゃないか。 悩む二人の前に、否が応無しに目的地が訪れる。お互い顔を見合わせて、ため息と深呼吸を順番にする。 「さ、行こうか」 アサは扉を開ける。 **第二節 [#a2691521] 「おはようございます、ローズ支部長」 「おはようございます」 「おはようございます、アサさん」 「おはよう、アサ」 扉を開け、深く礼をした二人の目に映ったのは、ロズレイドと戯れているローズ支部長と、ブイズ7種と戯れているイズミであった。 「あれ……今回の仕事はイズミと共同で戦うの?」 気の抜けた物言いに対し、ローズはロズレイドをボールの中にしまい、上司の威厳のこもる表情に戻る。 「はい、そういうわけで今回の作戦はイズミさんと行ってもらいます」 一足遅れて、イズミがエスペシャリーを初めとするブイズ7匹をすべてしまう。 「……『そういうわけで』って、私はまだ何も聞いていないんだけどねぇ。アサさんが来たら話しますの一点張りだったのに、それは無いよぉ?」 軽い物言いでイズミが言うと、ローズはムッとする。ただ、イズミの言うことはなんら異論のない正論であり、アサも心のうちでは同じことを思っているが故に小さく笑うことで、イズミに対する肯定の意を示す。 ローズは崩されてしまった雰囲気を立て直すように一度咳払いをする。 「そういうわけで……二人揃ったことですので、話を始めます。メモや録音の準備は済んでいますか?」 「バッチリですよ。私の脳内に必要なこと全部叩き込みます」 「私は問題ないわなぁ、スタイラーに録音させてもらうよ」 アサはフィリアの発言に頷き、イズミは録音のスイッチをオンにする。その様子を見届けて、ローズは口を開いた。 「そういうわけで、貴方がたにやってもらいたいのは、観光地のゼンジ湖周辺に出没する泥棒たちの撃退・鎮圧です」 アサは面食らった様子で手をかざし、話の腰を折る。 「ちょっと待った……観光客のメシを盗むようになったエテボースを相手にするんだったら一人や二人じゃ無理だ。せめて3桁のレンジャーやトレーナーを動員してだな……」 アサはそこまで言って、ローズが困った顔をするのを見ると、一言「すみません」と言い、話を譲る。 「ここ、リテン地方には……知識・感情・意思の心を司る三種の神と呼ばれるポケモンがいるのは知っていますね?」 「っということは……泥棒ってのはエテボースじゃなくって……」 フィリアの問いかけにローズは頷いて続ける。 「そのうちの……意思ポケモンアグノムがですね……住処としているゼンジ湖の周辺で万引き……と言うか強盗を繰り返していまして……はい、エテボースなら楽なのですけれども、やはり伝説のポケモンともなると……トップレンジャーに任せるしかなくなってしまうのですよね。 そういうわけでトップレンジャーアサさんと、リーダーレンジャーの中で実力が高いイズミさん……を向かわせようと思います」 「ひゅう……後輩に追い抜かれて劣等感感じていたところにこのチャンス。私もついにトップレンジャー入りかねぇ」 イズミが軽口を叩いてちらりとローズを見ると、ため息をついて仕方なさそうにローズは応える。 「近々、予定はしております。そういうわけで、今日の働きも査定に入れますから、不甲斐ない戦いなどしないように」 「了解でございます、ローズ支部長。それと、アサも改めてよろしくな」 わざとらしい敬礼を行うイズミに対し、ローズはやれやれといった様子で机に置いてあった水を飲む。 「さて、具体的な説明を致しますよ。今回のミッションでは、アグノムのキャプチャやそれに相当する処理を行い鎮圧した後……フィリアさん、アグノムが人間の言葉が喋られるか否かによっては貴女に頼る事になるでしょうけど、理由を問いただしその原因の報告することです。 もし、原因の改善及び排除が貴方方の手で行えるようでしたら、それを追加ミッションとして頼む事になるかもしれません。理解できましたか?」 話を聞いていた全員が頷いた。 「では、お願いします」 ローズは部下に向かって礼をする。 「了解です!!」 「いってらっしゃい」 三人が敬礼をして立ち去る姿を、ローズは手を振って見送った。 ・ ・ リテン地方、ゼンジ湖周辺……将軍を祀った&ruby(みや){宮};や、戦場となった原など多くの観光地を抱え、国際観光都市としてリゾート開発された避暑地として有名である。 一時期、観光客が野生のエテボースにえさを与えていたことにより、増長したエテボース達が観光客にの食事を狙ったり車上荒らしをしたり、果ては店の品物を奪ったりなどして社会問題になったこともある。アサ達が強盗と聞いてこれを思い浮かべるのも無理はない。 そこに住むアグノムは、観光名所の中でも目玉とされることも多い存在で、たまに半透明の姿を水面に出しては起業や挑戦における成功の祈願としてお祈りをするものも多い。 そこで、問題となるのが……神であるアグノム、昨日に盗みを働いてしまったことである。それでは神秘性やありがたみといったものは台無しである。ある意味、ものめずらしいということで一時的に観光客は増えるかもしれないがよしんばそうなったとしても一時的なものであろう。すぐに観光客も減少してしまう。 さらに、盗む物が物だ。盗んだものは玩具等ではなく、包丁とか携帯用ガスボンベとかスコップだとか、そこはかとなく物騒な匂いを漂わせるものである。食糧やおもちゃだったら可愛いものだが……これではイメージの崩壊は避けがたい。 そのアグノムへの対処として、捕獲してから何らかの対処を行う……といった方法があるにはある。 アグノムは準捕獲・占有制限ポケモンであるため、&ruby(国際ポケモン管理機構){IPMO};から&ruby(レジェンドボール){特定鳥獣専用収容器具};を支給された第一級トレーナーならば手持ちに加えることも可能ではあるが、 ゼンジ湖自体が禁猟区域となっているがため、例えアサ達トップレンジャーであろうとも捕獲は許されていない。そのため、一般のトレーナーたちに処理をお願いすることはできず、そのためポケモンレンジャーに白羽の矢が立った……というわけである。 「ふあぁ……寒いなぁ。避暑地には真冬に来るべきではないね」 気だるそうにつぶやいたイズミの周りは本当に賑やかだ。何せリーダーレンジャーと言うことで8匹のポケモンの携帯を許可されていて、飛行要因のドンカラスを除けば全員がブイズである。その中でも個性的なのが…… 「フィフィ~♪」 「『ここはどんなブイズがいるのかねぇ♪』だそうです……」 フィリアが通訳するときの口調が主人と全く同じで、なお且つ主人より性質の悪い変態ブイズマニアであるエーフィのエスペシャリーと…… 「リーッ!!」 「『黙れ淫乱薄紫が!! 尻尾詰められてぇのか?』だそうです……」 堅気なものとはあまり思えない発言が目立つリーフィアのリーフェルトと…… 「キキー♪」 「キー♪」 「『たまには親子一緒もいいものね♪』『母さん、仕事終わったら遊ぼうね♪』だ、そうです……」 母と子で仲良くしている、ブラッキーでアサの手持ちのエボルと同じくブラッキーで紅一点のアンブレラである。 「通訳お疲れ様……と言うかね、通訳もいいけど……あれ何とかならない?」 アサが指差す先にはエスペシャリーが…… 「フィィィイ~~♪」 「『親子一緒はいいものだねぇ……』」 「フィィフィフィィフィフィ~フィギョフッ」 「『とりあえず、親子の絆を深める意味でも、私と一緒にエボル君に性教育をフィギョフッ!!』だそうです……」 リーフェルトのシザークロス こうかはばつぐんだ エスペシャリーは倒れた 「リーッ!!」 「『俺の妻に手を出そうとは細いナリしてる割にはふてぇ野郎だなぁ。テメェの尻尾根元まで裂いてフローゼルにしてやろうかコラァ!!』だそうです……」 「いや、いくらなんでも……言葉と比べて通訳が長すぎじゃね? これを言うのも毎回恒例だけどさ……」 イズミがエスペシャリーをボールにしまいながら、リーフェルトとフィリアのどちらでもなく訪ねる。 「リッ♪」 「『いや、それで問題ないよ♪』だそうです……」 「当たり前だ。俺の自慢のフィリアの通訳は完璧だからな……おっと」 何気なくフィリアの頭に手を置いていたアサは、今朝のことを思い返して何かと気恥ずかしい思いに捕らわれ、手を放した。 その心情をなんとなく察したのか、フィリアは今までの気持ちを気付いてもらえなかった自分の奥手振りを恨めしく思った。 「どうした、手でも汚れているのかな?」 アサの仕草に違和感を覚えたイズミがそっけなく聞く。 「いや、女の子の頭にあんまり気安く触るべきではなかったかなぁ……って」 「ふ~ん……ま、フィリアちゃんもそういう年頃ってことかねぇ? おい、ア~ンブレラ♪」 自然を装ってアサが言うと、イズミはなんとなく納得したようにニヤつきながら、見せ付けるようにアンブレラをいわゆるお姫様抱っこの状態にした。 「本当に信頼しあってさえいれば、恥ずかしがることなんてないってなぁ」 「キー♪」 満足そうに泣き声をあげるアンブレラにイズミが頬擦りをする。イズミは、自分の耳にアンブレラの鼻息が触れてなんともいえない満足そうな表情をしている。 「お前は気楽だな……イズミ」 「くおらぁ、いくら上司だからって先輩に『お前』は無いでしょうよ? アサってば、生意気だぜ」 アサは首を抱えられたまま、コメカミに拳をあててグリグリと押し付けられる。戯れられて感じる僅かな痛みの中、フィリアへの身の振り方を、虚ろになりながら考えていた。 一方フィリアも単純なカマ掛けに乗っかってしまった自分を悔やみつつ、目的地に向かう脚を進めている。 ・ ・ 「さて、と……あそこがアグノムの住処か」 澄み渡る湖に浮かぶ小島。スワンボートなどで近くまでは見物できるものの、住処から半径200mは立ち入り禁止となっている。むろん、レンジャーである彼らには密猟者を捕縛するため"等"の理由で立ち入り権限がある。 とはいえ、いきなり踏み込んでは現地のエリアレンジャーと色々問題になる可能性はあるため、アサたちは現地のエリアレンジャーに証明書とスタイラーを照合して今回のミッションに投入された人員である事を証明して、そしてようやく視界に収められる場所までたどり着いたのだ。 それまでの間に必要なものを集めていたら必然的に夜になってしまったが、小島は月明かりや星明りに照らされてうっすらとその姿を見せている。 「スワンボートで行くわけにはいかないわなぁ。波乗りも今の季節では辛いし……しょうがないね、ドンちゃん頼むわ。他のみんなは、ボールに入っていて」 「俺もそうするかね……トロ以外はボールに入っていて」 二人は一匹以外の全員をボールに仕舞い、アサはトロピウスに。イズミはドンカラスに跨った。 **第三節 [#p1fde549] その頃のウールは…… 「はぁ、リオルかわいい……波紋を通じて私が敵意のない安全な人間だってことが伝わっているようね……」 そのころのウールは、禁猟区域のパトロールと言うまことにレンジャーらしい仕事の途中である。とはいえ、きちんとした見回りはあまりせずに、見張りのようなものはアルバにまかせっきりで、ウールはと言うとポケモン大好き倶楽部の会員として、夢のような行為の没頭している。 他の地方では存在そのものが稀少であるリオルを保護するためのここら辺一体は、正当な許可を得ない限り立ち入りは禁じられている。ウールは勿論のこと許可を得ているが故にこういったことが出来るのだ。 この場所そのものの利点はもう一つある。 「ふぅむ……人の立ち入りが少ない故に、&ruby(わたくし){私も};のびのびと立ち振る舞うことも出来ますが……」 と、言うことだ。街中で出したら目立って大騒ぎになりかねないトキシンではあるが、ここなら目立たないために自由に出すことが出来る。 「それにしても、リオルを守るというのはなんとも複雑な気分ですなぁ。進化など……鋼など……」 そんなのびのびとした状況で聞く防除トキシンの台詞に、ウールは力なく笑う。 「あんたは相も変わらず毒にこだわっているのか……そんな馬鹿なことばっかり言っていないで、毒よりも健全な趣味は無いの?」 「ふむ、&ruby(わたくし){私は};スイクンに転生する前の名もなきポケモンだった頃はドククラゲだった影響ゆえ……例えば触手プレイが好みでしたなぁ」 「おぇ……」 ウールは舌を出して、嫌悪感をアピールした。 「ふむ、触手プレイはお好みではないですか? ミロカロスを相手にした時は何度も求められたものですが……今でもヴェールや&ruby(タテガミ){鬣};」を駆使すれば似たようなことも出来ない事はありませぬが……如何致します?」 「遠慮するわ……」 ウールは額に右手を当ててうな垂れることで呆れ振りをアピールしつつ、首と左手を振って申し入れを丁重に断わる。 「ふむぅ……ウールさんには少なからず恩があるために、何か恩返しがしたかったのですが……残念ですな」 「いや、毎日おいしい水がのめるだけで十分幸せだから……というか、触手攻めって恩返しなの?」 ウールはトキシンの指通りのいいタテガミを首から腰にかけて撫でる。 「とにかく、そんなことしなくたって、私は貴方のことが好きよ。」 「毛繕い……ありがたく享受致します。ふむ……気分が乗ってきましたのでここでひとつ歌詠みでも」 「いや、いらないいらない」 ウールが止めるのも聞かずに、トキシンは何故か恒例となっているの歌詠みを始める。 「『幼きは 可愛いものと 思へども 進化をすれば 鋼つき 蕾のウチが 花の華 できる事なら 夜明けはいらぬ』 はぁ、やはりエンペルトもルカリオもハッサムもフォレトスもハガネールも……進化と言う名の夜明けは来ないで欲しいものですなぁ」 「アホですかいアンタは?」 辛辣な感情を込めた口調でウールは言い放つ。 「くぅぅ……毒の魅力を伝えられるまで、ホウオウ様よりもらったこの体で生き続けて、毒の良さを……せめて貴方だけでも納得して欲しいものですなぁ……」 「ああ、トキシンと話すのは疲れる……」 ウールは近寄ってきたリオルを撫でつつ呟いて、深くため息をついた。 ---- 「ふう……エスペシャリー。君に決めたっと」 小島にたどり着いたイズミは、ドンをしまいエスペシャリーを繰り出す。今までおとなしかったアグノムが盗みを働くというのは、再三言われているように何か理由があるはずなのだ。 それゆえ、以前のトキシンのように気が立っていると思われる。アグノムならば、敵意の有無で自分たちを受け入れてくれることもありそうな気がするが……シンオウでは一度警戒し始めたアグノムと、そのほかの2種は警戒を解かなかったという事例があるから油断はできない。 心をつかさどるという言い伝えの割には、意外と他人の顔色を伺わないポケモンである事は知られていないが、それだけに用心するに越したことは無い。そう言った理由で、しばらくは最も探知能力の高いエスペシャリーと…… 「たのむぞ、フィリア」 ポケモンの言葉を完璧に通訳できるフィリアだけで行く事になる。一行は小島の中心部から地底にのびる穴へと入っていった。 「死体……?」 ほこらも半ばにいたったところで、鼻につく匂いがアサたちを歓迎する。まだ、死んでから日にちがそうたっていないことや、冬と言う季節と言うのもあるのだろう。目立った腐食はなかったものの、その死体は見事な串刺しや打撲傷があり無残だった。 「ただの死体……ではないのかな? これ、トキシンの件でダイチが捕まえた奴が作業着の下に着ていた団服のようなものに……」 「似てるんじゃないのかなぁ? つ~か、そっくりでしょ」 「ですねぇ……」 なぜ、盗みを働くかの理由は大体わかった気がする。要は……エムリットかユクシーがやつらに攫われて、テレパシーか何かの方法で、それを知ったのだということだろう。 トキシンの例を鑑みると共に、アグノムが盗んでいった物を考えると、アグノムはここに籠城していると考えるべきだろう。それも、大量の罠を張って。 「ここ……テレポート避けの&ruby(まじな){呪};いが施されていますね。テレポートがまともに出来なくなります一応、ミラクルアイを使えばなんとかなりますけど……この呪いの量では骨が折れそうですね」 「つまりそれって……」 アサが恐ろしげに訪ねる。だが、こういった事例は何度か体験している。だから大体は予想がついているのだが、聞かずにはいられない。 「閉じ込められたら簡単には逃げられませんし、」 「だよねぇ……悪の組織だからこんな目に会った……とかならいいんだけどさぁ、私たちもやばくね? これ……」 文字面だけ見れば軽口だが、冷や汗を浮かべた表情はいかにも腰が引けている。 「やばくてもやるしかないさ……それが仕事だからな。だが、やばくなったら最低限命だけは守れよ」 イズミが無言でうなずいた。 そこから先、終始無言の重苦しい空気の中、一行はほこらの中を突き進む。途中には案の定致死性の高すぎる罠が張り巡らされており、アグノムの凶暴性をうかがわせる。 「フィ!」 罠を安全に解除しながら慎重に暗い廊下状の道を進んでいくと、突然エスペシャリーが甲高い鳴き声をあげる。全員が身構えたころには、天井から大量のビー玉と、粉状の何かが降り注ぐ。 「こりゃ明らかにダメージを狙ったものじゃ……」 アサにも一瞬何が何だかわからなかった。しかし、『粉を使って攻撃するといえば一つしかない』と理解し、叫ぶタイミングは物陰から躍り出た相手が炎を放つよりも先だった。 「フィリアとエスペル、光の壁だ!! 奴は粉塵爆発起こすつもりだ」 言われる前にそれに気がついたフィリアは、すでに伏せながら光の壁を発動している。突然のことで障壁は薄かったが、伏せていることと、服が丈夫なことも重なり、爆発の効果は薄い。 「全員生かして返さないぞ」 三角形の頭、紅葉型の先端を持つ尻尾。色は暗くてわからないが明らかにアグノムと分かるポケモンが口を利いた。だが、アサ達もそんなことに驚いている暇も、弱い心臓も持ち合わせてはいない。寝ていたままではやられることは火を見るより明らかと、倒れている4人は起き上がろうとする。 「くそっ……おおわぅ!!」 しかし、立ち上がろうとしてアサが転ぶ。足元に敷き詰まられたビー玉は歩行はおろか立ち上がることさえ困難にさせられていた。どうやら爆発で伏せさせて、ビー玉で転ばせる事が真のねらいであったようだ。 そんな中、ただ一人立ちあがっていたのはフィリアだった。立ち上がっているというよりは非常に低空を浮遊しているといった方が正しいが、臨戦態勢に入っていることには間違いない。 フィリアは多少乱暴にアサ達三人を後ろに吹き飛ばし、安全な場所への退避をさせると前方に構えたスプーンからシャドーボールを放つ。しかし、アグノムと思われる影は木の葉のようにそれをかわして、お返しとばかりにシャドーボールを打ち出す。 その攻撃はフィリアを狙ったものではなく、すれ違うそれを見るため一瞬後ろを振り返る。後ろでは乱暴に飛ばされながらもアサがすでにきちんと立ち上がっている。 トップレンジャーであるアサとってには距離が離れているせいで対処は容易であった。 「キャプチャ・オン」 スタイラーに向かい宣言する。声紋認証で作動したスタイラーからディスクが放たれ、アグノムの周りを囲み始める。 「なんだよこれは!!」 尻尾やシャドーボールで叩き落そうとしているアグノムの攻撃をディスクは巧みに避けるように操る。 一歩遅れてキャプチャを始めたイズミのディスクも加わる。しばらくすれば、ディスクを通じて伝わるアサ達の"想い"の影響で明らかに抵抗する意思が徐々に薄れていくのが目に見えた。だが、普通のポケモンならばもう20回はキャプチャされてもおかしくない量を回転させたというのに、まだキャプチャは完了できていない。 アサ達が行っている攻撃をよけながらのキャプチャにも疲れが見え始め、ディスクにも桁はずれな攻撃力を持ったアグノムの攻撃が何度も当たっている。意思ポケモンの名に違わず、持ち合わせる強靭な意志はディアルガやパルキアをキャプチャするよりもはるかにたちが悪いようだ。 その上、性質が悪いのが罠だ。攻撃衝動を抑えられてしまうギリギリのところを見切って、的確に奥へ奥へと逃げていく。直接的なダメージと違い、心に訴えかけるスタイラーは放っておけば最初からやり直しになってしまう。 追いかけようとしても、竹槍が底に仕掛けられた落とし穴や、包丁のついた粘土の塊が襲ってきたりとガソリンが降ってきたりと、恐ろしすぎてどうしようもない 味方がキャプチャしているところに攻撃を加えれば、逆にディスクにあたって足を引っ張ってしまうことがあるために、フィリアたちは攻撃できてない。 ――そもそも、最低限傷つけずにキャプチャしようってのが無茶だったか……やむを得ないな。まず弱らせてからだ……フィリアなら、気が付いてくれる。 アサは、ディスクを操る手を止めずに、一瞬不敵に笑う。 「はは、どうしたどうした。疲れが見えてきたじゃないか? 壁によればキャプチャされないってことにまだ気が付いていないのか?」 言葉が通じるならば、この挑発に乗ることもあり得ると期待したアサの行為は……報われたようだ 「ヘヘンッ」 アグノムは馬鹿にするような視線をアサに向け、壁による。これによりディスクの回転の進路を壁に阻まれれるために、キャプチャが不可能になる。 「馬鹿、何言って」 イズミにはアサの意図が全く伝わっていなかったようで、心底アサに失望するような視線だったが…… 「だ、大丈夫ですよ、縦回転をすればいいんです。地面に足をつけでもしなければ問題ありません」 フィリアの大ボケともいえるようなセリフがアサに続くようにほこらに響いた。普通に考えれば嘘というか、何らかの裏が隠されていることがわかる二人のセリフだが、アグノムは人間を知らなすぎた。 純粋すぎる彼は、フィリアの誘いともいえるセリフを信じて地に足をつける。壁によられ地に足をつけられる。キャプチャは確かにできないが逃げ場が塞がれたということには気が付けなかった。 フィリアのシャドーボールが、今まで攻撃をすべて避けていたアグノムに初めて当たる。体勢を崩されたアグノムにエスペシャリーのシャドーボールと、アサの悪の波導も続けて当たり、たまらずアグノムはふらふらと頼りない飛び方をしながら逃げ出した。 「追いかけるぞ」 と、言いつつも慎重に進まざるを得ない。全員で罠を見破り、フィリアとエスペシャリーがそれを起動させたりしながら進まなければならない。そうして時間をかけている間に何をされるかわかったものではなく、必然的にアサ達は急ぎ足だった。 「くっ……」 どうやら、ここまで来れること自体がアグノムにとっては予想外だったらしく、広い空洞に出たところにはもう罠はなかった。 「観念しろよな、キャプチャ・オン!!」 アサの声かけに本当に観念したかのように、アグノムは地面に降り立った。不審に思ってみてみれば地面に横たわるアグノムはぬいぐるみのように生気を失っている。これは、魂だけ抜けだして飛び出している……ということだろう。 「はん。こざかしい」 それを待っていましたと言わんばかりに、アサは不敵に笑った。 「BOX3、ジョブスタート!!」 スタイラーに収納していたポケモンが姿を現す。とある群れを統率していた、ゴーストタイプの中ではトップクラスに丈夫なポケモン……ヨノワール。 「わざわざ夜まで粘ったかいがあったな。ヨノワール、アグノムの魂を手掴みにして、体に戻して押さえつけろ」 ずいぶんと、多くの注文にもヨノワールはきちんと応えてくれた。巨大な手に握られて押さえつけられたままのアグノムは、傷もあいまって動ける様子はない。 「今度こそ……キャプチャ・オン」 アサとイズミのスタイラーから、同時にディスクが射出される。押さえつけられているアグノムは、為すすべなくスタイラーに呑まれ、抵抗する気概を折られた。 「BOX ALL、リリース」 そう宣言してアサとイズミはキャプチャしていたポケモンたちを一斉にリリースする。 「うう……くそ、人間に捕まるなんて……嫌だ」 攻撃衝動を根こそぎ奪われてなお、アグノムは逃げようとあがく。そこを二人は、ブラッキーを繰り出して黒いまなざしで逃げることを封じる。 「さぁ、年貢の納め時だ。何故、万引きだか強盗だか知らないが盗みを働いたのか……聞かせてもらおうか?」 這うようにして逃げようとしていたアグノムの尻尾を踏み、アサは高圧的な口調で問い詰める。 「アサさん……アグノムが怯えてますよ」 泣きそうな顔をしているアグノムの顔に、フィリアが優しく触れた。 「アグノムさん。私たちはあなたに対する敵意はありません……ですから、怯えないで。私たちは、貴方に物を盗む理由を聞きに来ただけですから」 額の珠をそっと撫でて、微笑む。 「貴方が何も言わなければ、私たちは対策を立てることもできませんし……」 フィリアとアグノムの視線が数秒合う。観念したかのように、アグノムは視線をそらした。 「信じるよ……」 気まずさゆえか、目をこれ以上合わせられないといった様子で、そっぽを向きながらアグノムは呟く。 「出来ることなら、無傷でこういう状況にもっていきたかったのですけれどね」 フィリアはてを話してほほ笑んだ。 「あらら……スタイラーよりも真心のが大事ってわけかぁ。私ってば、そう言う当たり前のことを忘れていたねぇ」 イズミが腕を組んで感心した風に頷いた。 「いや、今回ばかりは真心どうのこうの以前にいきなり襲ってきたあっちもあっちだと思うが……まぁいいや。話してくれよ……場合によっては力になるからさ」 全員の優しそうな面持ちにアグノムは幾許かの安心を覚えたようで、今まで必死で抑えてきた恐怖のような感情が漏れ出したのか、その表情は少し涙ぐんでいた。 「エムリットが昨日の早朝に誰かに浚われて……それで僕も怖くなって、ユクシーから習った罠を大量に仕掛けて身を守っていたんだ」 「あの罠はユクシーによるもの……ですか。恐ろしいこと教えますね……はは」 後ろを振り返りながらフィリアは苦笑いをする。 「お願い……僕に協力してくれるっていうのならばエムリットを……助けてほしいんだ。僕には……エムリットが怯えているのが分かる。けれど、僕の力だけじゃ助けられる気がしないんだ」 その場に首を横に振る者はいない。不器用なアグノムはひたすらにお礼を言うだけだった。 ---- そのころウールは…… 「あらら……いつの間にかリオルに囲まれちゃったわね~~」 「トゥートゥー……少しは仕事らしい仕事をしたらどうだ?」 リオルとルカリオに囲まれ、ひどくご満悦の様子なウールをアルバは冷ややかな目で見つめていた。 「……いいじゃない。密猟者がいたら私よりもずっと敏感なこの子たちがたちの方が波導を通じて気が付いてくれるわよ。あら、何かしらおチビちゃん」 ウールはすり寄ってきたリオルの頭から房にかけてを撫で上げる。そこで、あろうことかリオルはウールの顔を舐めてしまったようだ。 スタンに対する殺意に近い暴力は、何もスタンがレントラーだからとかアサの手持ちだとか、そんなことだけで向けられているわけではなく……リオルの出っ張った口を音がしそうなほど強く握りしめているウールは&ruby(初期){コリンク};のころのスタンに対するものと近かった。 「てめ、今何しやがった? その房フライにして食ってテメェを波導の不感症にしてやろうかこの青二才が!!」 「まぁ、確かに青くて2歳くらいかも知れんが……」 さすがに野性のポケモンを傷つけるわけにはいかないのか、スタンに対するような暴力は行わないが十分に練り上げられた殺気は当然のごとく野生の本能を呼び起こした。 「ああ、リオル達が逃げていく!?」 「トゥー……トゥー……驚くことではないだろうに? むしろ私も逃げたいくらいなのだが……」 イトマルを散らしたようにリオル達はウールから逃げていく。そして、親と思われるルカリオは男女の別なしに波導弾を撃つ準備を完了している。 「わ、今すぐテレポートで逃げてよ……」 「承知した……」 景色が暗転する。眼前まで迫っていた波導弾は嘘のように視界にはなく、ウールはほっと息をつく。 「ああ、可愛かったのに……」 「お前はもう少し沸点を低くした方が良いのではないか?」 ウールはシュンとして項垂れながら、ため息をつく。 「どうも舐められるのだけはね……ダメなのよ。ふぅ、仕方ない……まじめにパトロールしますかね」 そうして、ウールは今度こそまじめに見回りを始めたのだが、そんな折に携帯電話に一つの着信があった。そこに刻まれていた名前は、以前トキシンを仲間にした時にお披露目がどうとか言っていた相手、カジヤである。 「はい……カジヤさん。今日はファクトリーヘッドと大好きクラブ副会長どちらとしての用件での電話ですか?」 先程の暗い気分を取り繕うような明るいトーンで、ウールは電話の向こうにいるカジヤに話しかける。 「え? どちらでもなく……私がトップレンジャーだから……? ちょっと待ってください、携帯を録音状態にしますので」 ウールの表情が変わった、素早く携帯電話を録音状態に切り替えると真剣な面持ちで携帯に耳を当てる。 「はい……貴方が本気で相手をする時のメンバーのユクシーが……? はい、なるほど。でしたら、大至急ローズ支部長にお伺いを立てますので……はい、はい……わかりました。それでは失礼します……くわしいことは後ほどそちらにて……」 ウールは携帯電話を閉じて、アルバの方を向き直る。 「アルバ……トップレンジャー権限で、各自の判断におけるミッションの自己発注をするわ……でも、その前に詰所に行ってその旨を伝えなければならないから……一度、ボールに入っていて。&ruby(ムクホーク){空鵬};に乗って行くから」 「わかった……」 ウールには知る由もなかったが、アグノムが動いたことを悟ってか今まで静観していたユクシーも動き出す。トキシンの件もあると考えると、ウールはひどく不安にさいなまれた。 ---- ウールは比較的普通の方なのになぜかギャグ要因になってしまうなぁ…… [[次回へ>あこがれの職業? 第7話:感情の神を救出せよ]] *コメント [#vb5edfda] #pcomment(あこがれの職業? 第6話コメントログ,5,)