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あこがれの職業? 第5話:ダブルパフォーマンス の変更点


作者……[[リング]]

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**第一節 [#s08ec852]

その夜のこと……

「ふふふ……それにしても、今回も新人隊員から『守秘義務のある捜査をあんなにおおっぴらに公開していいのか?』とツッコミがありましたねぇ。前回より少ないのが気になりますが……どう思いますかカピバラさん」
ローズ支部長が怪しく笑った。カピバラと呼ばれた国際警察の男も、小さく笑う。

「ツッコミがないほうが困りますってば」

「まぁ、その通りですね」
そういって、ローズ支部長は緑茶を一口飲む。

「で、レンジャーのほうで行われる本当の捜査の方はどういう方針で?」
カピバラがペンとメモを取り出す。

「……私たちは企業から調べます。今回使われたヤミカラス系統はこの地方にも当たり前に存在します……ですが、フワンテ系統はこの地方には野生に存在しないはず。
 そんなわけで、敵は何らかの大規模なポケモン育成施設を隠れ蓑に、繁殖させて……という考えです」

「アタリのつけている企業はあるのか?」

「ありません。ただ、有名どころで言えば、例えば……ポケモン用製薬会社や獣医大学……その他多種多様な実験用ポケモンの下請け会社『クリチャーサービス』。
育て屋チェーン企業の『ガルーラカンパニー』。ポケモンタレント派遣・要請マネージメント会社の『アカツキ興業』
そんなところでしょうか? ただ、私が知っている大きな会社を上げただけで、こんな私の意見などないに等しい。
 そんなわけで……それら大規模なポケモン育成施設のある企業、あと輸入業者などのリストを作り、それらの経営者・責任者・創始者・株主。
そこら辺から、怪しい奴を洗い出していく。前科のあるものが見つからなければ、実際に決済や収支から不審な点がないかどうか……今出せる指示はそれだけです」

「的確な指示だと思うぞ……。参考にさせてもらうよ」

「それは、光栄ですね」


大騒動の翌日……昨日に大活躍を果たしたトップレンジャーの3人は、ローズ支部長より2日間の休暇を貰い受けることが出来た。

「なぁウール……今日はポケモンセンターでIPMOへのレジェンドボールの申請と、大好きクラブへ行ってルルーの写真の自慢やトキシンのお披露目だったな?」
歯を磨いている途中のウールにアルバが話しかける。

「んぁ? ほうよ……ほれがどうひたの?」
口に歯磨き粉の混ざった唾液を大量に含みながら喋るもので、アルバは飛ばされる飛沫に顔をしかめる。

「今日は……その、アサたちの元に、『行けたら行く』と伝えておいたものでな。貴方から暇をもらえるのであれば……」
アルバが言い終わると、ウールは口に含んでいた歯磨き粉交じりの唾液を吐き出して口をゆすぐ。

「いいわよ、所で何をするつもりなのかしら?」
ウールが問うと、アルバは黙り込んでしまう。

「いいわ、貴方にも言いづらいことだってあるものね。行ってもいいわ、ただしアサに迷惑掛けないようにね」
ウールはすこし困り顔をするも、彼の事情も察して笑顔で送り出した。


「おはよう……アサ」
レンジャーユニオンからそう遠くない位置にある&ruby(ひとけ){人気};のない海岸。穴場かといえばそういうわけでもなく、ゴツゴツした岩が遊泳中に肌を切り裂くことがあるために、あまり好まれない。
 秋も深まる季節もあいまって人気だけは本当に少ない。こういった場所では秘密の行為というのはやり易いものだ。

秘密の行為とはもちろん性的なことではなく……

「フィリア、シャドーボール連続発射だ! 空中でかっこよく動き回ることも忘れずにな」
ポケモンコンテストの練習である。フィリアの手から漆黒の闇を映すシャドーボールの小型のものを上から下に放ち、虚空に消えていくものと地面に当たるものに分かれる。地面に当たった後に残る紫色の炎が美しく風にたなびいた。
つまり、ポケモンコンテストの練習だ。

「見事だな……」

「よう、アルバ。おはよう」
今日のアサの目の下にはクマが刻まれている。昨日、ルルーとか言う名のシェイミに感謝したことについての話を30要求されたというが、昨日夜通し聞かせていたとでも言うのだろうか? 言うのかもしれない。

「さっきテレパシーでフィリアに連絡したとおり、ウールから休みをもらってきた……」

「携帯買ってもらってくださいよ~~。距離が遠いとテレパシー大変なんですから。頭いたくなっちゃうでしょ?」

「携帯電話を買い与えられているポケモンなど……お前くらいだ。だが……そうだな、欲しいな」
アサはため息を吐きつつアルバの肩に後ろから手を置いた。

「お前は引っ込み思案すぎだ。フィリアみたいに欲しいって頼めば案外買ってくれると思うぞ?
 あいつ、ポケモンは顔を舐める奴以外本当に大好きだし……お前のおかげで仕事が出来るわけなんだからさ。誕生日プレゼントにねだってみたらどうだ?
 いや、今度の大会でいい成績を残せたらって言うのもいいかもな」

「考えてみる」

「考えで終わるなよ?」
アサはイジワルそうに言ってフッと笑う。

「まあいいか。そんなことより、二人揃ったことだ。ダブルパフォーマンスの練習始めようじゃないか。
 さぁ、着替えて」
着替えといっても濃紺のマントを羽織るだけのもの。たいした時間もかけずにそれは終わる。二人は立ち位置をあわせ、早々にいつでも演技を始められる体勢となった。

「よし、先ずは通しでやってみて、今日の課題を探るぞ。準備はいいなぁ?」

「はい!」
「問題ない……」

「じゃぁ、はじめっと」
その合図を皮切りに、音楽がステレオより鳴り響き二人は演技を始める。今回、二人が出る予定の大会は、正面の舞台に立って演技をするタイプであり、全方向から見られるものでは無い。
 そのため、海を架空の観客席に見立立てての演技をする。

二人は地面を同時に指差すと、チャージ無しで放てる小さなシャドーボールを寸分たがわず同じ場所に叩きつける。
 紫の炎が上がり、第一印象で食いつかせるには十分なインパクトだ。息の会った二人の動きにはシンクロの影響の強さがうかがえる。

そこから先は今度は普通にダンスをする……といってもダンスとだけ聞いて想像するものなど星の数だろう。今回二人はフィリアがトリックルームで空間を歪め、アルバが最微弱の怪しい風で、全体を暗くする。
 まだ朝といえる時間帯の中ほとんどシルエットしか見えず、しかも背景はトリックルームのせいで怪しく揺らめいている。
 その中で、ゆらゆらとフィリアは手の先、アルバは翼の先を動かし、足は小刻みに地面を叩く。手の動きは忙しい、上下に揺れては左右に閉じたり開いたりを繰り返し、かと思えば片方は腰に手を当てもう片方を頭上でかがり火が燃えるように先端を動かす。

 時々くるりと体を回しては手を叩き合わせ、砂浜ゆえに聞こえないが足爪が地面を叩く音も本番では目立つものとなる。人間で言うフラメンコにも似たこの踊り。
 主役である、ポケモンを見せることを忘れず、それを引き立てる技、シャドーボールが人間の“それ”には無い方法でダンスを飾っている。

舞台装置として利用した怪しい風とトリックルームはもちろんのこと、ダンスの途中でチャージしたシャドーボールを手の中でずっと蓄えたままにしておき、炎のように揺れる手からいつの間にか本当に紫の炎が燈される。そのころには、怪しい風も威力を弱めて、暗くなった周りは明るく変わり二人の姿がありありと映し出される。
 二人がマントを翻しつつ交差すると、その瞬間に二人の位置を入れ替える。こちらはテレポートやトリックの応用だ。

 曲がクライマックスに入るとステップを踏むごとに足元から草結びの応用で草を生やす。最後のフィニッシュに向け、二人は徐々に距離を詰めると少し大きなステップを踏む。架空の観客席に見立てた海の奥側にある腕からチャージしたシャドーボールを放ち、爆風があがるとともに、立ち上る紫の爆煙をバックに膝立ちの姿勢で二人の手と翼を合わせる。そして、観客に見立てた海に挨拶をする。

拍手の数は一つだけだが、それこそ一番嬉しい者。アサからの拍手であった。


**第二節 [#u8ef088d]
「毎回毎回……お前ら本当にアドリブでやっているとは思えないな? 本当にシンクロの特性ってな羨ましいもんだ」
マントを翻してのテレポートや舞台の様子を変えたりなど、全体的な流れは毎回変えないようにいってあるが、踊り自体は毎回変わっている。
 それなのに、二人のダンスの息は不思議なほどに息が合っていて美しいのだ。二人自身の才能もさることながら、息の良さは高得点を狙えるとアサは踏んでいる。

「ありがとうございます」
拍手とほめ言葉を受け取ったフィリアは照れくさそうに、しかし素直なお礼を言う。

「お前の指導によって鍛えた基本があるからだ……」
アルバは謙遜する。自分の感情をさらけ出すのが苦手なのはどうやっても直りそうにない。

「二人とも。マントを翻したときに二人の位置を入れ替えるタイミングなんだが、もうちょっと練習した方がいいかもしれないな」

「はい!」
「了解した」
昨夜の話に出た((第4話第5節参照))アルバのウールに話していない"あの事"とは、このポケモンコンテスト・ダブルパフォーマンス部門に出場するということについてである。
 アサは『ウールなら許可するだろう』といっているがアルバはなかなか言えないでいた。それで、昨日の会話である。『一緒に言ってくれ』などと言うあたり、どうもウールに対しては臆病で引っ込み思案なようだ。スタンへの壮絶な虐待を間近で見ているからだろうか?


「『~~~唐突にアルバも借りちまったことだし、そのお礼も兼ねて今日は俺が奢ってやるつもりだ。んじゃ、俺は自分の部屋で待ってるぜ。』さてと……メール送信っと」
ダンスの練習を終え、ウールを食事に誘う。といってもいつものユニオン内にあるカフェテリアなのだが。

20分後そのメールに返信が来る。その内容は『おごりだって言うなら甘えましょうかね。じゃあ、お腹すかせてかえってくるわ』

「『お腹すかせて』って……全く……ウールってば卑しいなぁ、おい?」
イジワルな口調をしてアサが、問う。

「結局、食べるものが質素だから高くはつかないだろうし、良いではないか」
アルバは軽く流して、ニヤリと笑い返した……かどうかは無表情な彼の表情からは察しにくい。


その夜、寮内で休んでいたアサの元にウールが訪ね、二人はカフェテリアに向かう……前にスタンノウールに対する熱烈な歓迎が行われる。同時に、フィリアの通訳も始まった。

「&ruby(会いたかった~♪){ガアウゥグウゥ♪};」
ウールの肘と膝がスタンの顎を挟み込み、ガチンと歯が出したとは到底思えない大音量が鳴り響く。

「おお、"蹴り足挟み殺し"かぁ! いつ見てもかっこいいなぁ!」

「このままご先祖様にでも合わせてやろうかコラァ!! こっちは生ける屍だろうと、廃&ruby(レントラー){連虎};だろうと、どんな状態にしてやってもいいんだぞコラァ」

「いや、唐突にそんな事されたらそれは俺が困る」
足で頭を踏みつけつつ、懐に仕込んでいたスルジン((鎖の先に分銅が付いたサイユウ空手の武器。第1話でも使用))を取り出し、踏んでいた足を放すと同時に、柄の部分で後頭部を叩きつける。

そのままスルジンの鎖で首を絞めつつ、もう片方の腕ではコメカミを柄でゴリゴリする。

「このままぶん殴って奥歯ガタガタ言わせたろうかコラァ!」
十数秒続けてスタンの力が抜けてきた頃に、やっとのことでスタンは開放された。

「&ruby(姉さんキツイっすよ){ガウゥゥゥ……};」

「知るか! 兎に角、貴様は黒縄地獄に堕ちろ!!」
スタンはとどめに、バット4本を叩き折る蹴りに、覇気の波導を付加した渾身の蹴りで攻撃される。

「はいはい……もうボールに入っていてくれスタン」
怪我が酷く、しばらく安静にする必要がありそうなスタンはこうしてボールにしまわれた。

「ウールさん……黒縄地獄は殺生と盗みを犯した者が堕ちる地獄ですよ……」
フィリアがまたどうでもいい突っ込みをすると、ウールはため息をついて、

「私、勉強不足みたいね……自分の宗教なのに」
と言うだけであった。一方アサにボールへ収納されたスタンはというと……

「&ruby(まだまだ♪){ガァァウゥ♪};」
モンスターボールからは気合で勝手に出ることが出来る以上、ボールごときにスタンを留める事は出来ない。しかし、ボールに止められないのであれば、力ずくで止めればいいという考えがある。それはあまりにも短絡的で、しかし正論なのだ。

「唐突で悪いが、少しは自重しろ!」
「供養くらいならウチでやってあげてもいいわよ!」
ウールの蹴りは左頬に、アサの蹴りは左脇腹に綺麗に決まる。流石のスタンも、この一撃にて床に倒れ付した。

「さて、カフェテリア行きましょう♪」
そうして、何事もなかったように振舞うウールは、アルバにとって恐怖の対象である。


アサはオクラ、おひたし、新サンマ、白米、野菜たっぷりの豚汁、牛乳と、やたらとバランスがいい食事を選んで取っている。
 ウールの方はと言うと、ガンモドキの煮付け、白米、ハクサイの浅漬け、味噌汁、切干大根と、動物性タンパク質が一切無い。
 アサも彼女の部屋に何回か入ったことがあるが、そのときに食卓にコチュジャンやレモン汁が存在する以上((第一話、第三節参照))、隠れて焼肉のようなことをやっているのは疑いようも無い。だが、こうやって一緒に食事をするときは少なくともエネコを被って(仏を被っていると言うべきか)いるのである。

 ウールは、トキシンを連れ回せるようになってからは、水を飲む前に必ず浄化してもらうなど、なかなか伝ポケに対して罰当たりとも思えるお願いをしている。
 態度を表に出さないだけか、それとも主従の関係がすでに出来上がっているのかトキシンは嫌がるそぶりは微塵もない。
 それを推察するに当たりアサ達が浄化する様子を凝視していると、『貴方たちもどうでしょうか?』と自分からもちかけてきた以上、浄化するのは癖か趣味なのかも知れない。
 アサのコップに入っていたのはただの緑茶だったので断ったが、水を入れていたフィリアは『お願いします』と差し出した。トキシンが、指をコップの水面にチョンと触れると美しい波紋とともにコップの水が浄化される。見た目には正直違いが全く分からなかったので、アサはフィリアのコップを奪って一口飲んでみると、今まで飲んだこともないほどに柔らかい水だった。いろんな料理に合いそうだ。

「でさ、シェイミを抱いたって言ったらそりゃもう羨ましがられちゃって……証拠写真見せたらツキノ君にハリセンでぶったたかれたわよ。『俺にも回せって』さ……」
頂きますの合図で食べ始めると同時にウールは愉快そうに大好きクラブでの出来事を話し始める。その話も終わりに近づいてきた……のだろうか?

「またツキノか……? この前もトゲキッスを持っている奴にどついていなかったか?」

「その前はボスゴドラの人にも……」

「ふふ……あの子問題児だけどまだ9歳だから許される節があるのよね、困ったものよ。でね、トキシンをみんなにお披露目したらその日の内に情報が伝わったらしく、副会長が会いたがってるのよね……」

「カジヤさんのことか? やっぱりあれだけのポケモン持ってる人でも、スイクンは憧れなんだな」

「あの人も私もお互い忙しいから、いつ遭えるか分からないけどね……でもあの人の頼みなら聞いてあげたいし……それは考えたってどうにもならないことだし、どうでもいいことね。
 それよりアルバ。今日はどうしてアサと一緒にいたの?」

――来た……
アサ、フィリア、アルバの三人が息を呑んだ。最初に口を開いたのはアサであった。

「あ~……そのことなんだがな。一ヶ月ほど前からアルバに深夜に抜け出してはコンテストの練習をさせていてな……」
 ウールは楽しそうな顔から一気に怪訝な顔をする。

「それ……どういうこと?」

「え~っと……去年、まだモウカザルだったヴォルクとともにコンテストバトル部門に出場しただろ? でも結果は地区大会準決勝でリテン地方CBチャンピオンと当たってしまって……惨敗orzってことで。
 ヴォルクはその時、相手のマリルリにいいように振り回された……比喩的な意味じゃなくて"文字通り"振り回されたことですっかりコンテストが嫌いになっちまってな……リボンを手に入れるための選手が居ないんだわ。
 で、代わりをフィリアに決定したんだけど……一人じゃいまいちだから。二人で合わせてダブルパフォーマンスならどうかと思ってな。
 でも、息の合う奴が俺の手持ちにはいなかったから、お前がいない隙を見計らってアルバに話を持ちかけた……と。唐突で悪かった……すまん」
唖然。ウールは呆れた表情になる。

「アルバ……アサ……あんたらねぇ、そういう事はちゃんと私に言いなさいよ。練習やって次の日に疲れ残しちゃう事だってあるのよ?
 サプライズなんてしたって誰が喜ぶわけでもないんだから、事後承諾なんぞしないでよ……いいわね?」

「う、うむ……」
「すまん、ウール」
二人ともすっかり小さく縮こまってしまうが、ウールの表情は次第に悪くない方向へと移行する。

「まぁ、いいわ……仮にも私のポケモン勝手に使ったんだから、相当に自信があるということよね? 見せてもらうわよ。ポケモン大好き倶楽部の会員として、審査出してやるわよ。
 腑抜けた出来だったら、アルバの出場取り消させるからね。この食事の後……見せてもらってもいいかしら?」

「望むところ。なぁ……フィリア、アルバ」

「トゥー……トゥー……見えない」

「アルバ……恐いから見えないとか言うの止めて……」
苦笑いする、アサに対しアルバは。

「緊張すると、アカシックレコードが見えなくなるのだ……」
と力なく言った。たいしてフィリアは、アルバの肩に優しく手を置く。

「今から緊張していたら、本番では心臓が口から飛び出て死んじゃいますよ? ですから、自己暗示、自己暗示♪」
そういって優しく微笑むのであった。


「すごいじゃないの!! まさか、アルバに見とれる日が来るだなんて思いもよらなかったわ。
ふふ……合格ってことにしましょうかね。やるからには優勝狙っていきなさいよ」
緊張したなどといっていたアルバも、演技が始まると腹をくくったように体の硬直が解け、のびのびとした演技で観客を圧倒している。
 今回の観客はウールやトキシンの他、手持ちのポケモンが全員加わり、なかなかの数となっている。
人間の言葉を喋られるものも、そうでないものも賞賛の声を送る。

「とはいえ、俺たちレベルはゴロゴロいるんだ。これからも努力しないと足元掬われるぞ」

「望むところですよ。一番になるにしても、圧勝じゃつまらないですし♪」
フィリアが嬉しそうにスプーンをくるくる回す。

「少し……自信が出た」
アルバの表情が少しだけ笑顔になった気がする。気のせいかもしれないが……

――この休日……矜持しておこう。今は仕事の事は忘れて。
昨日の不安を胸に抱きながら、アサは皆の前で練習を続ける。コンテストバトルの予選は、2ヵ月後だ。


そして、2ヵ月後。例のトキシンを狙った組織に対する捜査の方は特にこれといった報告は無い。その代わり、近頃は本当に平和で、こんなに給料をもらっていいのかと思うほどだ。
 ウールにか民具アウトをしてから月日は流れ、現在は12月の始め。勿論寒さは厳しい。ポケモンたちもすっかりと毛が生え変わり、夏に比べて脂肪も少し蓄えられている。アサとしては、ポケモンたちの毛がふさふさで、蓄えた脂肪のお陰でいろんなところが柔らかくなることからこの季節は好きである。
 例えばスタンなど、冬と夏では見た目も手触りもかなり違うものだ。腹も脂肪を蓄えくびれが減少している。逆にフィリアは太って見えるからといやがっているが、その姿もまた例えようも無く可愛らしく思えものだ。
 今日パフォーマンスに臨むもう一人、アルバも分厚い羽毛に覆われている。冬人ってすっかり可愛らしくなった二人を見て、アサは声を掛ける。

「二人とも……準備は万全だな?」

「ええ、お洒落も体調も」

「問題ない……」
アサの問いかけに対し、フィリア・アルバともに頼もしい返事を返す。

「期待しているわよ」
ウールもわざわざチケットを予約してこの予選大会の観戦に訪れた。期待するものもいることだし、練習の成果を……今見せるときだ。

**第三節 [#d2981ed4]
アサたちが出場登録を終えて数分。控え室のモニターに演技の順番表が掲示される。

「ふむ……俺たちの順番は8番目か。……あれ?」
アサが演技の順番が記された表を指差した。

「なぁ、フィリア……メロ先輩が出てる」

「あのメロメロボディ好きの……ですか? あ、本当だ……偶然ですねぇ。出場してるって事は選手控え室の何処かにいるはずですけど……」

「トゥー…トゥー……あちらにいるぞ。会いに言ってみるか?」
アルバが翼で指示す方向には黒髪でショートへアーの髪型。山吹色を基調としたドレスを身に纏、利き腕である右手の手袋には指が親指以外は通っていないのが遠目からでもわかる女性がおめかしをしていた。
 そんな見た目のメロ先輩は、メロメロボディのポケモンが極端に大好きで、それがそのままあだ名になった元トップレンジャーの女性である。指の怪我で引退した先輩との偶然の再会を三者三様に喜んでいた。

「やぁ、アサ。元気にしてたかしら? 久しぶりね」
偶然の再会に、メロは当然であるかのように挨拶を交わす。

「久しぶりだな……」
「お久しぶりです」
アルバがボソリと呟き、次いでフィリアが恭しく礼をする。

「いやぁ、偶然ですね。唐突に名前を見つけたから驚きましたよ。確かメロ先輩は遠くに引っ越したのでは?」
対照的に偶然の再開を喜んだアサに対してメロは笑う。

「それがねぇ、偶然って訳でもないのよ」

「はい?」
「ほへ?」
アサとフィリアはメロの言葉に気の抜けた返事で応答し、首をかしげた。

「ウールがね、貴方がこっちに出場してくれることを教えてくれたって訳。本当は近場の大会があったからそっちに出場すればよかったんだけど、わざわざ遠くまで足を伸ばしに来たって事。納得してくれた?」

「アサには秘密にしろと言われたものでな……」
事情を知っていたアルバは気まずそうに呟いた。

「なんだ……ウールの野郎。まぁ、こうして会う機会をくれたわけだし、文句は言わないが……言ってくれたって良いじゃないか」
運命的な再会でなかったことを無意味に残念に思いつつ、アサは内心心躍っていた。

「なんでも、アルバを勝手に連れ出したことに対する復讐みたいよ。貴方も罪ねぇ。禁固刑モノね」

「冗談じゃないですよ。ふふ、とにかく先輩が出ると言うのならば唐突に俄然やる気が出てきましたよ。大晦日に行われる本戦出場権は上位3名。お互いトップレンジャーの誇りにかけて、二人揃ってねじ込みましょうや」
不敵な笑みを浮かべたアサに同じ表情をしてメロが応える。

「そんなに言うんなら一時審査を突破できなかったら訴訟するわよ」

「ど、どこに……簡易裁判所?」
「家庭では無いでしょうし……地方か簡易のどちらかでしょうね」
アサのツッコミとフィリアのボケ殺しが見事に噛みあった。

「あんたら二人……ボケ殺しはおやめ、科料に処すわよ。だいたいそんなのどこだって良いでしょ?」
言い終えると、コホンッと咳払いをして続ける。

「ところで、私があげたポケモンたちは元気にしているかしら?」

「ああ、もちろんですよ」
アサは荷物の中からボールを取り出し、その中からラミアセアエとハリカの二匹を出す。左側に繰り出されたクリーム色とラベンダー色の二色の体毛が美しい澄ました態度のポケモンは眠っていた。

「あらら……ラミアスはおねむのようですね。エネコロロらしいといえばらしいけど」
右側に繰り出された桃色でキメの細かい体毛をした風船のように弾力のあるポケモンはその場に立ち尽くしている。

「……? お~い、起きてるかぁ?」
眼前で手を振ってみたが動く気配は無い……目を開けて立ちながら眠っているようだ。

「……まぁ、二人とも普段は元気ですので」
かろうじて笑顔を保ちながら、アサはもらい物のポケモンたちに久々の再会をさせる。

「ま、二人ともこういうポケモンだしねぇ……こっちの方が元気って感じがするわ。他の子達は?」

「ウールのオーキダセアエもインパティエもダイチのアルカナムも皆元気ですよ。アルカナムは相変わらず弱いですけど……」
元気という言葉だけを聞いたのだろう、メロは上機嫌にな顔をする。

「そう、よかったわね♪ あんたたちを超獣保護法のカドで訴えないですんで……とりあえず、私の演技は17番目だから、まずは貴方の演技じっくり見物させてもらうわね」
指の無い右手を振って、メロはおめかしに戻っていった。

「相変わらずだな……」
アルバがボソリと呟く。

「ですねぇ」
つられるようにしてフィリアも肯定する。

「良いじゃねぇのよ、あれがメロ先輩だ」
レンジャーを辞めても今までと変わらない様子のメロに、アサはクスリと笑みをこぼした。


「さて、と……そろそろ袖に入っておかないとな」
タキシードを着込み、髪形を整えたアサは控え室のベンチから立ち上がる。

「二人も、大丈夫だな?」

「問題ありませんよ」
「心臓が口から飛び出そうなこと以外は……」

「いや、それを大丈夫じゃないと言うのだアルバ。まぁ仕方ないさ……でもお前はやるときにはやるやつだと思うぜ。お前は緊張してると未来が見えなくなるとか言っていたが……成功する未来が見えたはずなのにもったいないな」
しり込みするアルバを引っ張りあげるように励ます……が、効果はいかほどだろうかはなはだ疑問であった。

「本当にそう思うか? なら……信じる」

「私もそう思いますよ」
アルバは一度聞き返すだけで、フィリアがアサの言葉を肯定するとそれ以上弱音を吐くような事はしなかった。それに気分を良くしたアサは、一度彼の頭に手を置くと

「行けるさ。どうしても緊張するならば、あの照明を見ろ」
といって微笑み天井を指差した。

「眩しい……」
アルバは直視できずに目を細める。

「……そっか、お前太陽をずっと見ているポケモンだったな。丈夫な網膜をしている……。まあいいや、いつも太陽を見て心を落ち着かせているんだろ? だったらそう……、あれを太陽に見立てて落ち着け」

「なんですかそれ……私も見ちゃったじゃないですか」
騙されて少し恥ずかしげに笑いながらフィリアは言う。

「なんだ……お前も緊張しているのか? じゃあフィリア、手を開いてみろ」

「あ、はい……」
見れば、案の定その手に握られたスプーンは汗で少し湿っていた。

「お手入れは基本だ……こういう汗は拭いておかないとな」
フィリアの手とスプーンをティッシュで丁寧にふき取って、それをゴミ箱に投げ捨てる。投げたゴミが外れるたらフィリアに目配せをする。何をして欲しいか察したフィリアは念力で操ってゴミ箱に入れなおす。

「二人とも、今日は命のやり取りじゃないんだ。命のやり取り以上に緊張するものなんてそうそう無いぞ? だから安心しろよ……きっとうまくいく」
緊張した二人をなだめすかすような、やり取りの後ようやくアサたちの出番が訪れる。演技はボールから出すところから始めるも、ボールから出した状態で入場するも表現の手段として自由とされている。普通に歩くことに慣れている二人は後者を選んだ。

「さて、」
 言葉とともに後ろを振り返り、座っている二人を立ち上がるように促す。立ち上がった二人を引き連れて舞台に立つ。

「さぁ~て、今回演技を行ってくれるのは隣町のグレイシティからお越しになられたトレーナー、アサさんだ! 使用するポケモンは見ての通り、フーディンの女の子とネイティオの男の子だぁ」
アサたち3人は礼をして音楽が始まるのを待った。

「どちらもエスパータイプ、どんな演技を見せてくれるでしょうか? それでは、音楽をスタートさせてもらいます。レッツポケモンパフォーマンス!!」
 音楽が始まると、アサと二人は、多少のアドリブを入れつつもこれまでの練習通りに動く。小刻みなステップと独特の手の動きを混ぜつつ。退屈させないように、要所要所にポケモンしか出来ない技をはさんで観客を魅せた。

 2ヶ月ほど前の練習と大きく違う点を上げるとすれば、規定である使用する技は四つのみと言う制限の中、フィリアが使う技の一つをシャドーボールからサイケ光線にしているところだろうか。
 アサの"人間でありながら悪タイプ"という特異体質によって、エスパータイプの技が効かない事を利用し虹色の輝きをトレーナーに纏わせることで、演技のメインであるポケモンだけでなくトレーナーも引き立たせる算段である。
 それによってアサの強調された存在感には歓声が上がり、目論見が成功した事を示す。さすがにアサ自身が技を使うことまではしなかったが、それでも十分なインパクトはあったようだ。

 『ポケモンをメインに魅せる』、『二人しかできない技を見せる』、『トレーナーは空気にならないように注意する』。その三つの基本的であって、それでいてダブルパフォーマンスの全てである要素を惜しみなく詰め込んだアサ達のパフォーマンスは、最後の巨大な草結びのフィニッシュをキメて終了した。
 大げさなほど深い礼をしてアサが去る途中、会場のモニターには解説が流れる。

「え~……今回使用された技は、フーディンがトリック、サイケ光線、草結び、トリックルームで、ネイティオが怪しい風、草結び、シャドーボール、テレポートのですね。
 トレーナーのアサさん。素晴らしい演技をありがとうございました」

それを横目で聞きながら舞台を後にすると、控え室に待ち構えているメロ先輩が目に映る。

「いいじゃない。トップレンジャー仕込の演技、とくと見せてもらったわよ。観客を悩殺するなんて、罪な演技……これは殺人罪で懲役モノね」

「どれだけ俺を犯罪者にしたいんですか……」

「アサさんが捕まるなんて嫌ですよぉ、メロ先輩……これ以上訴えるなら逆に訴えますよ」
「侮辱罪のカドで訴えれば勝つかもな……」
フィリアとアルバの絶妙なフォローにアサとメロは噴出しそうになるのをこらえる。

「いや、とにかくメロ先輩も鞭打ちの刑クラスの演技をきめててくださいね。鞭もって無いからハイタッチの刑ですけど」
良い演技をした自信から来る軽い口調で、メロに皮肉めいたエールを送る。

「ふふん」
メロは短い髪を左手で掻き揚げる。

「私ねぇ……アロマが好きだから異性を惑わす香りのするメロメロボディの子に執着していたけど、レンジャーの引退を期にほとんどの子を貴方たちに譲ったでしょ? だから、これからは色んな子を扱うことに決めたから、期待しててね」

「へぇ……メロメロボディにこだわるのはやめたんですか……。それはそれは楽しみですね」
アサはなんとなくだが、ミロカロスやキュウコンなどメロメロの似合うポケモンを想像してしまう。

「ほら、メロメロボディってノーマルタイプばっかりじゃない? 新しい職業ではそういうのにこだわるばかりではダメっぽいから……」

「ところで、今は先輩なにをやっているんですか?」

「あら、聞きたいかしら? 私は今……定時制の学校に通いながら育て屋の見習いやってるのよ。『ガルーラカンパニー』って育て屋チェーン……知ってるでしょ? 学校で超獣育成士の資格をとれば重要な役にもつけるから必死で勉強の毎日よ」
 メロの近況にアサは苦虫を噛み潰したような顔になる。

「ガルーラかぁ……進化サービス、様々な育成環境、引き取りはどこの支店からでも可能、おまけにお値段もお得……確かに良いこと尽くめだけどアレのせいで老舗の育て屋がいくつも潰れていると思うとなぁ……どうも好きになれないよ。
 メロ先輩なら、そんな会社に就職しなくたって立派にやっていけますよ。転職とかしませんか?」
アサの発言に少し思うところがあるようで、メロは顔を伏せる

「そうよね……でも、あそこって扱う数も多いからなによりも勉強になるし……それに成長中の会社だしね。レンジャー以外にやりがいがある仕事って言ったらジムリーダーくらいだしなぁ……
 ってなに暗い話にシフトしてんのよ。魔女裁判にかけるわよ」

「段々あらぬ罪に対する罰が悪化していますねぇ……」
フィリアの再び漏れ出た絶妙な突っ込みに、またも人間二人は吹き出しそうになる。

「コホンッ……とにかくあんたはどうなのよ?」

「例の……化学薬品工場爆破テロの件から警戒ムードが続いていたけど、最近は緩んできたかなぁ……って感じです。そのせいでしょうかね、攫われかけたスイクン……ウールの手持ちになっていたのは知ってますか?」

「うん、それはウールから直接聞いたわ。あの子も伝説持ちとは立派になったものよね。先輩として嬉しいわ」
メロはしみじみとした口調で、そして声が笑顔だった。

「あのスイクンも、何のためにウールの手持ちになったのか考え始めてきてますね。本来は守ってもらうために手持ちになったわけですし。
 で、やる事が無いから毎日後輩の手持ちのベトベトンにしょっちゅうチョッカイ出していると……ベトベトンにのしかかられて喜ぶスイクンなんて、想像したことありませんでしたよ」

「あら、そう。ベトベトンが大好きならあの子はどうかしらねぇ……私の子も気に入ってくれると思うわ」

「毒タイプなんですか?」

「ふふ、生粋の毒タイプよ。でも、これ以上はいえないわ……だって黙秘権があるのですもの」
アサは鼻で笑う。

「普通は『見てからのお楽しみ』って言いますよ。俺を笑い死なせる気ですか? 暴行罪で訴えますよ」
メロはアサの首に右腕を巻き、左手でコメカミをグリグリとする。

「言うようになったじゃない。訴えやすくなるようにもっとグリグリやってあげてもいいのよ? コ~メ~カ~ミの皮膚が~~ズリむけるくらい~♪」

「と唐突にそんなことやめてく下さいって、メロ先輩」
――さてどうやって振り払う? 背負い投げ……ダメ。爪を立てる……ダメ。すねをかかとで蹴る……ダメ。どうやっても『訴えるわよ』とか言われるね……あ~あ、俺はされるがままってことね。

「ふふ……これに懲りたら私に生意気な意見するのはやめなさい」

「肝に銘じておきます……」
アサは力なく笑ってため息をつく。

「さ~て……こんな話していたらトイレに行ってちょうどいい時間になったわね。覗いたら懲役よ」

「いやいやいや……リアルに犯罪ですから覘きませんてば」
去っていくメロの後姿を見送り、会話をする疲れからため息をついた。

「本当に変わりませんね……って言うより悪化してません?」

「トゥー…トゥー……まあ、傍から見ていて微笑ましい光景だから良いだろう」

「レンジャーやってて体力は付いたつもりだが……疲れた」
三者三様にため息をついて、三人はメロの出番を待った。


**第四節 [#k3aa18b9]
アサは観客席に移動し、ウールと合流していた。隣にフィリアとウールが居て、周りの席は3~4席に一人が居る程度である。やはり、&ruby(グランドフェスティバル){リテン地方本戦};では無いだけに超満員には程遠いが、客にとっては広々として好都合だ。

「お、雌のレントラーが出てるぞ。スタン、見てみろよ。どうだ、かわいいか?」
繰り出されたスタンを見て、フィリアは早速、通訳の体勢に入る。

「&ruby(見てみろって……?){ガウ……?}; &ruby(えーっと……){ガー……?}; &ruby(う~んっと……?){グー……?}; &ruby(えーっと……?){ガー……?}; ♪ &ruby(やっぱこっちのがイイっすよ♪){ガアァウゥ♪};」
スタンは舞台を見て、ウールを見て、もう一回舞台を見て……ウールに突撃する。

「この、オタンコナスがぁ!!」
ウールは開かれたスタンの下顎に掌底を放つ。顎が外れたのでは? と思うような鈍い音に耳を塞ぐ間もなく、タテガミを掴みながら立ち上がったウールはスタンの頭をまるでバレーボールのように地面に叩き伏せる。

「ガゥ!!」
 脳天、次いで再び下顎に衝撃を受けたスタンは叫び声をあげる。聞くからに悲痛の叫び声もウールは無視して、尻尾を掴んで引きずりあげ、観客席の階段まで移動する。

「閻魔大王に変わって地獄へ堕ちる体験させてあげるわよ……そおりゃぁ!!」
と、標準的なバットを4本叩きおる蹴りに波導を付加した魔性の脚で蹴落とした。

「ウールさんやっぱり強すぎませんかね……」
「しゃあねえなぁ……」
フィリアの言葉を聞いてか聞かずか、アサはめんどくさそうに階段の下まで行ってスタンをボールにしまう。その間、ウールは様子を見ていた客から突っ込みを入れられる

「あの……あのレントラーは大丈夫なんですか?」

「多分大丈夫よ」
ウールはジュースを一口含んだ。

「まぁ、確かに大丈夫だなぁ。あいつ丈夫だし」
戻ってきたアサが楽しそうに言いながら席に座った。

「わが主が無礼を……」
アルバが、アサに深く頭を下げてウールに変わって謝罪する。

「いいっていいって。悪いのはウールじゃ無くてスタンなんだから。ライボルトならスタンを振り向かせられるんだけどなぁ……やっぱりただの雌レントラーじゃおわぁ!!」

「ガァァウゥ♪」
「『例え火の中水の中』と言っています」

再びスタンが勝手に飛び出し、フィリアが訳す。

「ほら大丈夫だった」

「でも、二回目は大丈夫じゃなくなるんじゃ無いでしょうか? ……ほら」

「例え火の中! 水の中! 草の中! 森の……なぁか! だと?」
ウールは『中』の言葉にあわせてスタンに膝蹴りをかます。

「後ろ二つは言って無いだろ?」
アサの突っ込みなど無視して、ウールは続ける。

「ならば流れ星にでもなって宇宙の中を駆け巡れや、この腐れントラーがぁ!!」
ウールは階段をものすごい勢いで駆け下りながら龍の波導を纏ってジャンプ。十数段先の固い床にスタンは&ruby(したた){強か};に打ち付けられた。ウールはスタンをクッションにして着地したためほとんどダメージは無い。

「お~……すげぇ、ドラゴンダイヴ。ウールって龍の波導も使えるんだ……そのうち冷凍ビームとかシャドーボールを使い出すんじゃねぇか?」

「スタンさん……あんなにやられて後遺症とか残らないのでしょうかね?」

「気にするな。気にしてたら胃腸がいくら有っても痛む。そんなわけで、あの子は丈夫だから問題ありませんよ。まぁ、唐突にあんな光景見せられたら驚くとは思いますけど、彼女らにとってのコミュニケーションみたいなものですから」
スタンを心配していた観客に向かってアサは微笑む。

「は、はぁ……そうですか」

「う~ん……ウールさんてスタンさんがレントラーじゃなくってフローゼルだったら電気技使っていたのでしょうか?」

「可能性はあるんじゃないか? トキシンには思いっきり電気技を使ってるみたいだし」

「トゥー……トゥー。もうこのトレーナー嫌だ……」
尻尾を掴みながら階段をゆっくり上るウールを見てアルバは鬱に入る。

「ウールさんて……あんなに良い人なのに、スタンさんを&ruby(いたぶ){甚振};る時は容赦ありませんからねぇ」



「そろそろメロ先輩の番ね。メロ先輩の演技楽しみよね♪ どんなポケモンが出るのやら」
ウールが楽しそうに話しかける。

「どうやら、生粋の毒タイプが出るそうだぜ」
隣で"ビシュウ"とでも表現できそうな音を立てて、赤い光とともに巨大な影が現れる。勿論トキシンである。

「それは本当で……」
"ビシュウ"とでも表現できそうな音を立てて、赤い光とともに巨大な影が消えた。トキシンはしまわれたようだ。
 後ろから多数の人がウールを見ている。先からスタンを虐待したりスイクンを持っていたりで、『何者だこのトレーナー』と思われているのだろう。当然といえば当然である。

「すみません……今のスイクンじゃ……」
先ほどスタンのことを気にかけていた男性が訪ねる

「ノーコメントです」
ピシャリと言って、ウールはそれっきり前を向いて、ボールに口を当ててぼそぼそと話し始める。

&size(10){「こら、トキシン……後で録画したビデオ見せてやるから無闇やたらに出るな」};

&size(10){「わたくし、毒と聞いては黙っておられませぬ」};

&size(10){「いいから、少しは自重しろ」};

&size(10){「むむぅ……」};
二人のやり取りが余りに面白すぎて、アサはそっぽを向いて笑いを押し殺す。

「皆さん、始りますよ~~」
フィリアの言葉で全員が我に帰り、舞台を見る。

「さぁ~て、次の演技を行ってくれるのはリテン地方北部のアノキタウンからお越しになられたポケモンブリーダー、メロさんだ! 使用するポケモンは見ての通り、秘密のヴェールに隠されており、出現するところから演出とするようです。
 さぁ、一体なにが出るのか楽しみでなりませんね」
メロは観客に礼をしてボールを両手に挟んだ。右手は親指しかないためにとても持ちづらそうだが、それでも手馴れているがため落とすようなミスはしない。

「さぁ、メロさんはどんな演技を見せてくれるでしょうか? それでは、音楽をスタートさせてもらいます。レッツポケモンパフォーマンス!!」

メロは両手に持ったボールを手から転がし落としてポケモンを繰り出し、自身は正座の状態から肩幅程度に両手を広げて腕を下に伸ばしたまま手の平を見せる体勢になる。

その両脇に現れたのはロズレイドとマタドガス。
「へぇ……マタドガス。特殊な方法でガスの特定の成分を抽出して薄めることで最高級の香水が出来るって言うけど……そうきたか」

&size(10){「見たい……」};
トキシンの恨めしそうな声がボールからこもれ出る。

「はいはい、黙ってなさい」
ロズレイドは音楽にあわせて様々な方向に回転しながら小さな跳躍を繰り返す。回転に合わせて鞭をリボンのようしならせ、操る間に痺れ粉をばら撒く。ロズレイドの身のこなしはダンサーのような身のこなしとはよく言ったものだ。
 マタドガスはロズレイドが振るう鞭を紙一重で木の葉のように華麗に避けながら可燃性のガスを撒き、ロズレイドと徐々に間合いを詰めあう。フワリフワリとした挙動は、まさに舞いと言える動きをしていた。今までマタドガスに見とれることなどないと思っていた観客には新鮮だった。
 徐々に間合いを詰めてすれ違うと同時に、二人は大きく跳び退いてマタドガスが大文字を放つ。炎がガスに引火してガスが爆発を起こし、瞬きする間無く痺れ粉に引火、粉塵爆発を起こす。美しい炎の帯が空中に現れれ、一瞬で消えた。

 二つの爆発に観客が息を呑む間もなく、ロズレイドは差し出されたメロの手に赤い左手の鞭を絡ませる。メロがくるりと回転してロズレイドを振り回し、青い右手からヤドリギの種を地面に大量に植え付ける。
 同時にマタドガスは天井に向かって飛び上がり、淡い緑色に輝く光源を数個に分けてを放つ。俗に言う日本晴れと言う技を小分けにして放つことで、眼前に星が現れたかのように眩しく美しく見える。同時に光の恩恵を受けて、地面に植えつけられたヤドリギは急速に成長、勢いよく芽吹いていく。

 メロはロズレイドが掴まった腕を大きく振り上げ、高くに飛び上がらせる。ロズレイドはクルクルと回転してマタドガスに掴まり、ゆっくりと着地。
 最後に鞭を離してマントのような背中の葉を翻しながら木の葉を嵐のようにばら撒き、マタドガスは金色の目覚めるパワーで、その葉を美しく照らす。

 音楽の終了とともに、フィニッシュが決まり、会場は歓声に包まれる。

「すっげ……俺たちよりよっぽど完成されてる」

「あんたのより歓声も大きい気がするわ。今回はあんたの負けみたいね」
ウールがはっきり言うほど、二人の実力には差が見られた。アサの遅れを感じる心をよそに、会場のモニターでは解説が映されている。

「え~……今回使用された技は、ロズレイドがロングウィップ、痺れ粉、ヤドリギの種、リーフストームで、マタドガスが毒ガス、大文字、日本晴れ、目覚めるパワーのエスパー((タイプに対応する色はポケダンのグミの色に準拠))のようですね。
 トレーナーのメロさん。素晴らしい演技をありがとうございました。


結局、今回アサは2次審査、ダブルコンテストバトルにはなんとか出ることが出来たものの、アサは1回戦で負けを喫してしまう。
「じゃ、メロ先輩……後は頑張ってください。俺は観客席の方で見ていますんで」
力なく言ったアサは見るからに落ち込んでいる。取り繕って空元気な様を見せようとしないアサに、メロは指の無い右手でアサの肩を叩く。

「ま、仕方が無いわよ。誰だって上を狙っているんだから、得手不得手、それに掛ける時間だって違うわけだし……私のこの子達は学校の授業で毎日コンテスト用に育てているのよ。だからって訳じゃないけど、貴方に勝つのはある意味当然なの。
 だから、貴方もポケモンレンジャーの仕事を続けている間に無理に勝とうとしないで、曲りなりにも一時審査を突破したんだから、筋は有る。歳を重ねてからで遅くない……きっと大丈夫。
 貴方たちの演技の改善点は後でメールで送ってあげるから、貴方のメールアドレス教えてくれる?」

「赤外線で送りますんで……どうぞ」

「はいはい……っと」


「とりあえず、ありがとうございました。メロ先輩」
頭を下げながら御礼を言い、アサは控え室を後にする。

「じゃ、私の勇姿を最後まで見て言ってね。出ないと、市中引き回しの刑に処すわよ」

「見てあげますから、それは勘弁してくださいよ……じゃ」
その日、メロは大会で2位を獲得。大晦日から正月に掛けて行われる本戦の出場権を手に入れた。
 しっかり遅れを感じつつも、久しぶりに会えた先輩が、やはり尊敬に値する人物であることを心のどこかで誇りに思う。

「ごめんなぁ、フィリアにアルバ。俺不甲斐ないわ……」
観客が徐々にかえって行く中で呟いたアサの弱気な発言に、真っ先に反応したのはウールであった。バチバチと音を立てながらアサの体を電撃で貫く。

「イタタタタタ……」

「ほら、そんな事言わない。不甲斐ないトレーナーなら、二人とも付いてこないでしょ。ね、二人とも?」

「そりゃそうですよ、アサさん」
「腑抜けなら私は懐きはしない……」
ウールの問いかけに。フィリア、アルバともに、肯定の意を示す。

「とにかく、今日はあれよ。メロ先輩のお祝いとあんたへの励ましを兼ねて私が奢ってあげるから、元気出して」

「ウール……どうせお前が連れて行く店って肉も魚も無い店だろ?」

「失礼ね、チャーシューや卵や豚骨が有るわよ」

――ラーメンか……
「今からでも宗教捨てて肉や魚をおおっぴらに食べる気は無いのか?」

「ないない」

――奢ってもラーメンなら大した出費にならない。焼肉や寿司で奢ることが決して無いって言うのは変なところでお得なやつだな。

その後、メロと合流したアサたちは、ウールの宣言どおりラーメン屋で談笑する。その時二人は、トキシンを攫おうとした悪の組織のことなどすっかり忘れていた。
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コンテストバトルってまだ誰も触れたことのない領域でしたけど……こんな感じでよかったのでしょうかね?
 どうでも良いことですが、ウールのスタンに対する%%虐待%%躾がインフレしているような気がします。

[[次回へ>あこがれの職業? 第6話:湖の三神を何とかせよ]]

*コメント [#vb5edfda]
#pcomment(あこがれの職業? 第5話コメントログ,5,)


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