ポケモン小説wiki
あこがれの職業? 第4話:水晶を救出せよ! の変更点


作者……[[リング]]

[[前話へ>あこがれの職業? 第3話:水晶と花束をキャプチャせよ! ]]

#contents
**第一節 [#wa907341]

山を見下ろす斜面。一面が牧草地となるこの場所は10月の前半ということもあり、まだ緑が生い茂っている。
 絨毯のごとき柔らかな草原は風になびき、斜面を美しく着飾っている。頂上から眼下に広がる景色を見下ろすのはトキシンこと、人間の女性を背負った“毒好き紳士”なスイクンである。

「ほう、ミルタンク牧場ですか……この場所ならば、あなたの毒を癒やすこともできるというものでしょう」
背中におぶさられたウールに問いかけたものの、答えは返ってこない。

「おや、毒で意識を失ってしまいましたか……無理もない、貴方は無茶を為されていましたからね。
 ですが、私の毒は死ぬような毒ではないはず。とにもかくにも、あなたを送り届けて私はさっさと汚染を食い止めようと思います。
 さあ、行きますよ……振り落とされないよう、寝相よく眠っていてください!」
トキシンは北風の化身と呼ばれるスイクンという種族の本領を発揮し、女性一人を背負っていることを感じさせない足取りで斜面を猛スピードで駆け降りる。それでも乗っているほうは、正常な状態で意識があるならば快適であっただろう。
 トキシンの走りは、乗っているものを気遣うために体をほとんど上下させずに走ることが出来る。
 それは例え……人間がまともに歩けば10分はかかる"距離"と、"角度"をもった地形をたった30秒で駆け抜けるときでもだ。

「失礼!」
牧場の柵を飛び越え、刈り取った牧草をサイロまで運ぼうとしている時にトキシンを発見し、面喰っている職員に話しかける。

「う、あわわ……スス…スッスイクン」
職員は腰を抜かして座り込み、怯えるうようにトキシンを見上げている。

「いかにも。&ruby(ワタクシ){私は};毒好き紳士なスイクンこと、トキシンでございます。単刀直入に申し上げます。
 このお方が、毒に侵されていますゆえ、貴方の&ruby(はらから){同胞};たるミルタンクのご助力を願いたく、訪問させてもらった次第でございます」

「おあ……おぉ、ここのミルタンクに癒しの鈴を頼もうってのかい? 親方に聞かないとわからねぇけど……多分、別にかまいやしないだろうよ」
あわてた状態から、少しは落ち着きを取り戻した職員を尻目に、トキシンは落ち着いた様子で前足を曲げて深々と礼をする。

「じゃ、ちょっくら聞いてくるよ」

そう言って職員は搾乳場の方へと向かい親方を訪ねた。


再び姿を見せた職員は、トキシンをてまねきする。治療の提供を求めたのがスイクンということもあり、野次馬も豊富である。
職員が案内したミルタンクの診察用ベッドにウールを寝かせるとき、ウールが腰に下げていたモンスターボールが赤く光り、アルバが勝手に現れる。

「こうまでよくしていただき……誠に感謝する」
無表情な顔と声で、形式的にそういったあと、深々と礼をした。ボールから勝手に抜け出すのはボールの種類にもよるが体力を消耗するため、こうしてお礼を言うために抜け出してくる事は、それだけで誠意に値する。
 彼が入っているのが汎用性が高く、捕獲効率も良いハイパーボールであるからなお更だ。

「いや、この人見たところレンジャーさんみたいだし……誰でもどこかしらで助けてもらっているんだ。困った時はお互いさまだって」
 職員の言葉を聞いて、ネイティオという種族柄、無表情なアルバの顔に光が浮かんだのは見間違いではないだろう。照れてそれを悟らせないようにするためか、アルバはもう一度深く礼をする。

「もう安心ですね……では、&rubgy(わたくし){私は};仕事がありますので。……ウール殿、アルバ殿、そして職員の皆様……失礼!」
ウールの治療のために見るタンクが集まり始めたのを見て、安心したように周りを見渡したトキシンは、捨て台詞を残して風のように去っていく。
 そんなトキシンを見て、職員はつぶやいた……

「スイクンと話せるだなんて……夢じゃないよな……?」
そう言って少し強めに頬をつねったが無論のごとく痛かったことを感じてやっぱり夢じゃないと彼は確信する。
 実際、彼にとってはスイクンに会えたことそのものが一番のお礼だったのかもしれない。
 ウールはベッドの上でミルタンクの癒しの鈴を聞きながら、アルバの付き添いのもとベッドの上で眠っている。

----
「フィ? フィー!!」

「こ、今度こそだろうな?」
アサはうんざりした様子で駆け出すエスペシャリーを追う。三度目の正直とはよく言ったものだ(二度あることは三度あるとも言うが)。
 エスペシャリーが前足で指し示すその場所にあったのは、もぞもぞと動く草むらだった。

――シェイミ……『花畑の中で暮していて、体を丸めると草花に同化するため非常に見つけづらい』……まさにだな。
 秋も深まるこの季節、シェイミの花運びはとうに終わっている。エスペシャリー無しでの捜索は何年もかかる……とは言わないものの、これでは『次の花運びの時期まで見つけられか?』と聞かれれば疑問である。
 警戒されないように一人で探せと言われて、一日で探し当てるのは少なくとも無茶な確率であるのは明白だ。
 こういう時、アサは人間の感覚の鈍さを感じずに入られず、エーフィやルカリオといった鋭い感覚を持つポケモンに畏敬の念を送らずには入られない。

――おっと、感心している場合では無い。擬態しているうちにシェイミをスタイラーで囲んだ方が楽そうだけど、やっぱそれでは邪道だな。
 スタイラーやボールなしで友好を築けてこそ一流のポケモントレーナーだし、ここは最初の計画通り……。

「シェイミかさん? こんにちは」
アサが草むらに語りかけると、草むらの一角はぴくりと動きだす。

「ナイストゥミーチューでしゅ♪ それにしてもミーをディスカバーするとは、ユーはタダものじゃないでしゅね。察しの通り、ミーはシェイミンの『ルルー』でしゅ。ミーに何かリクエストでしゅか?」

――このシェイミしゃべり方うぜぇ……俺が幼いころ憧れていた伝説のポケモンはこんなんじゃない……
アサはダイチが占有しているヒードランの&ruby(コタツ){炬燵};以外は伝説のポケモンを間近で見たことが無く、実質はじめて見た言葉を操る(もちろんテレパシーではあるが)伝ポケはこのシェイミが最初であった。
 そう言った意味では伝説のポケモンに対する理想や予想といったものにあまりに盛大に裏切られたアサは内心ショックを受ける。
 同じことがスイクンでも待ち受けていることも知らずに……

「まぁ……とりあえず唐突に仕事の話をされても困るだろ? だから、その前にお菓子でも食おうじゃないか……つまらないものだが……」
アサは明朝に買ったレンジャーユニオン名物『紅茶ショートブレッド』の箱を開ける。
 バターをこれでもかというくらいふんだんに使った生地に、上質なダージリンの香りが混ざりあい、甘く濃厚で香ばしい香りが一気に周囲に広がる。

「わぉ……これはルックスデリシャスなスイーツデシュね……ミーもイートしていいデシュか?」

「もちろん。そのために持ってきたんだからな」
やたらとうざったいしゃべり方のシェイミに、さっきまで直方体であった箱を完全に平面に畳んで皿と為し、それを差し出す。アサとフィリアとエスペシャリーだけでなく、ヴォルク、アラレ、シモ、トロの四人ともボールから出して、皆で一斉にそのショートブレッドをつまむ。

――さて、なんとか食いつかせることが出来た……とりあえずはこのまま機嫌を損ねないようにしながら仕事の話へと持って行って……


「ハムハムハムハムハムハムハムハム……うう~ん、デリシャスでしゅね……」
16個あるから一人頭2個……のはずなのだが、アラレは半分食べたところで菓子を置く。やはりユキメノコの胴体は空洞だというだけあって胃袋が小さいのだろう。そしてヴォルクが3,5個……アラレの残した半分と一個余計に食べたのだ。

――この火炎ザルめ。だがそれより問題なのは……
そして……

「公公公公公公公公公公公公公公公公……きゅうぅ~ん、テイスティ~でしゅね~~」
&ruby(くだん){件の};ルルー……こいつは一匹で7個を平らげている。遠慮がないと言うほか無い。3犬クラスの巨体でもあるまいし、あの小さな体のどこへ入っていくのだろう?

「はぅ……センクスでしゅ♪ ただ、贅沢をいえばもうちょっと食べたいでしゅね……」
そう言ってルルーがジロリと睨んだのはトロの首に生えている果物だ。

「なんだかこの子……生意気ですね」

――フィリアのいうとおりだよ。全く……
アサは肯定の意をこめてため息混じりに頷いた。

「トロ、一個分けてやってもいいか?」

「グワァッ」
アサの呼び掛けに応じたトロはアサに首を差し出す。アサはトロの首に生えたバナナに酷似した果実を一つもぎ取り、皮を剥いてルルーに差し出す。

「ふわぁ♪ 至れり尽くせり……トゥルーリィにセンクスでしゅ♪」
ルルーがその果実を齧ることで、甘味の中にほんのわずかばかり、酸味が含まれたかぐわしい香りが鼻を心地よく刺激する。
 小さな口で自分の体高と同じくらいの大きさがあるトロバナナを夢中でほおばるその姿は愛嬌にあふれているが、反面その胃袋は神秘にあふれている。

――解剖させろまでとは言わないものの、医者や研究者でない自分が是非バリウムを飲ませてレントゲン写真を撮りたい衝動が浮かんでくる神秘性だなぁ。
 その神秘性こそ、シェイミが幻のポケモンたる所以……ではないよな……きっと。

「もっと無いでしゅか?」
やがて果実も食べ終えたルルーは、この期に及んで御代わりを要求する。

――仕方ない……切り札使うか。巨体なポケモン用の由緒正しいポロックを……

 アサは大きくため息をつきながら渋々ウエストポーチに手を伸ばす。ポーチからポロックケースを取り出し、『カビゴン用』と書かれた赤紫色のポロックを手のひらに載せて差し出した。
 ルルーが小さな舌でそのひとかけらを掬い取る際、湿った舌がチロリと手の平に触れる。アサは少し手を洗うのがもったいなくなりそうな気分がして、アサは手の平の湿った部分を一舐めしてわずかな唾液を拭い取った。

「ふあぁ……今もらったポロックはずいぶんとストロングでしゅね。一口でストマックがフルフィルでしゅ」
アサの切り札によって膨れ上がった真っ白なお腹を仰向けにして晒している。要は男女の別なしにあられもない姿ということだ。

「っと」
それでも、何かを思い出したように寝返りを打って向き直る。

「危うくフォアゲットするところでした。ミーにリクエストがあるのでしたね?」
あまりの可愛さに和みに入ってしまい、アサまで危うく目的を忘れるところであった。

「あ、そうそう……実はな……」
アサは工場で事故が起こり、その敷地の汚染された土をどうにかしてほしいという旨をルルーに伝える。


「ふむ……いいでしゅよ。ここまでよくしてもらった感謝の印も兼ねて、そのファクトリーとやらまでトゥギャザーするでしゅ♪」
事は思いのほか簡単に進んでしまった。普通の業者に頼めば何百万掛けても完全は望めない仕事を、高級なショートブレッド(と言っても2000円くらい)で済ませてしまったのはもうけものと言えるだろう。

「ただ、スイーツだけじゃプライスとしてはアンバランスでしゅね~~。これは何かアナザーが欲しいでしゅねぇ?」

――は!! 足元見られた……こいつ……見かけによらず&ruby(したたか){強か};だ……

**第二節 [#x6e115b2]

「と、唐突に何をしろと……」
もともと笑顔を作るのが苦手なアサはひきつった顔をしてシェイミに尋ねる。

「ミーに、ユーがセンクスしたパーソンのエピソードを、道中聞かせるでしゅ」

「な、なんだ……そんなことでいいのか……」

「とりあえず仕事する前にエピソード5つ分でしゅね♪ ジョブが終わったら30くらい……」

「…………多い」
というアサのぼやきに、

「ですね……」
と、フィリアが相槌を打つ。

「別に一人で語れとは言っていないでしゅよ。なんならパーティにヘルプしてもらってもかまわないでしゅ♪」

「あ、それなら私も協力すれば」
フィリアは助け船を出してくれる。確証はないが、ウールはかわいいポケモンが好きだから断りはしないだろう。

「わ、分かった……条件を飲むよ」
こうして、緩いのだか厳しいのだかわからない条件でアサはシェイミの力を借りられることになった。

――ま、とりあえずミッションクリアの報告といたしますか。

「ルルー、ちょっと待ってて」
アサは無線のスイッチをオンにする。

「唐突に失礼、こちらアサ。オペ子……聞こえてる?」

『オペ子って……私は男ですが……』

「ああ、レビンかぁ? こっちはミッションクリアだ。ウールの方の首尾はどうなっている?」

『分かりましたアサさん、ミッションクリアお疲れ様です。
 それで、ウールさんですが……先ほどミッションクリアを為されましたが、どうやらスイクンを相手にした時、毒に侵されたようです。
 現在ミルタンク牧場で癒しの鈴を聞きながら休んでいると、パートナーのアルバさんから連絡を受けました。
 スイクンの方は現在こちらに向かう姿が衛星で確認されています。現在、事故現場まであと17kmといったところでしょうか?』

「なるほど……よくわかった。それじゃあ、俺たちも今すぐ工場の方へ向かう。シェイミを歓迎する準備をしておけよな」

『弁当ぐらいしか出せませんが……では、御帰還お待ちしております』

「実際、弁当があればとっても喜ぶと思うぜ? それじゃ……通信を終了します」
アサは無線を切った。

「それじゃ……ルルー。行こうか」

「レッツゴーでしゅ♪」

----
アサの、無線でのやり取りから十数分後……
&ruby(テミズ){帝水};川の上流から、水上を風切り走る影があった。他の誰でもないトキシンだ。
トキシンの足が触れた部分から波紋が広がり、その部分から水は透明な輝きを取り戻していく。広い範囲を補うために、ジグザグに進みながら対岸につくと堤防を蹴りあげ再び対岸へ斜めに向かう……トキシンは、汚染を感じた工場付近から、これを繰り返していた。

トキシンが姿を現すたびに歓声が上がり、『すげ~~』や『初めて見た』などの驚きの声のほか、『頑張れ~~』や『ありがとな~』などの声もちらほらと聞こえ、トキシンはそういった声援を力と為して、ウールとの戦いでダメージや疲れの残る体に鞭を打つ。

波紋が川を割るように水を浄化して、見る見るうちに毒が分解され、無害な物質へと変わっていく。あの工場の化学物質が、炭素と水素と酸素、そして少量の塩素のみで構成されていたのが幸いだった。
 塩素は単体でも毒であるものの、気泡となり空気に散って少量ゆえにプール程度の匂いだけ残してシェイミの力を借りるまでもなく空気に混ざり掻き消えていく。これが、ヒ素のような単体でも毒性が強くその場に残る毒であればそうはいかなかったろう。

――ふう……広い川ですね……終着点はいずこでしょうか? &ruby(ワタクシ){私と};て浄化する範囲が広いと疲れるのですけどねぇ。

ようやく作業中の人が途絶えた汚染の終着地点が見える、トキシンはそれを救いの手を差し伸べられたかのように小躍りして最後の一歩を踏む。
 最後の一歩を踏んだトキシンは、大きく飛び上がると巨大な水しぶきを上げながら水上を滑り、勢いを失って体が沈むを重力と浮力の釣り合いに任せる。

「スイクン……本物だ」
とある一人の一般人男性がそう言ってトキシンの元へ近寄ってくる。見てみれば、離れて見ていた数人の者も、駆け寄ってくる。
 中にはウールと似た服を着た、同じ組織と思われる者も混ざっている。

――まったく……伝説のポケモンになるのは楽ではない……力を悪用される気苦労……こうしてファンの相手もせねばならぬとは……

「もし、そこの男性さん……&ruby(ワタクシ){私は};疲れておりますゆえ、今は暫し休みをくれませぬか?」

「ええ……ゆっくりおやすみください」
男は水中で手を動かす。

「この中で……」
男が手に持っていた球体から出たどす黒い膜がトキシンを包みこんだ。

「流石だレンジャー……あのスイクンをこうも早く連れてきてくれるとはな……」

ニヤリと笑い男は呟く。レンジャーたちが大声で警告する声を無視し、ボールからソーナンスを出して『影ふみ』の特性により足止めする。
 続いてフワンテとフライゴンを出して、自身はフライゴンへと乗り込み空へと逃げ、フワンテは捨て石として、足止めされたレンジャーたちに大爆発を見舞った。

**第三節 [#wa4a6e1d]
 ボールの中にいきなりとじこめられたトキシンは、薄れ行く自我を何とか取り戻そうとするものいの、数秒しないうちにその自我は畳まれる。

スイクンを勝手に捕まえた男は当然の事だが追われている。
 追われる理由は『第一級トレーナ免許を持ち、&ruby(国際ポケモン管理機構){IPMO};の許可を受けたライセンス付きの&ruby(レジェンドボール){特定鳥獣専用収容器具};を持たなければゲットしてはいけないスイクンを無断でゲットしたから』というきちんと法に基づいた根拠にしたがってだ。

 すぐにつかまるなどと甘く見ていたレンジャーが大半であったが、追いかけっこの様子はあまりに一方的な展開だった。空中でヤミカラスを繰り出しては、黒い眼差しをしてフワンテに自爆させる。これを繰り返すだけで、追いかけてきたレンジャーが全て落とされる。
 むろんのことトキシンを攫っていった男は、法律で持ち運びを許容されるポケモンは特別な理由がない限り6体までなどという決まりを守るつもりはないようだ。


ダイチはキャプチャして一時避難させていたポケモンたちをあらかたリリースしたあと、綺麗になった川でポケモンたちと戯れていた。

「ほら、アルカナム。この水きれいになったから飲めるよ。とてもまろやかな軟水でおいしいじゃないか……これはスイクン様々だね」

「ブルル……ダイチ様。私は鋼タイプゆえ硬水の方が好きなのですが」

「シィィ……」
ダイチがおいしいと進めた水は、彼の手持ちである鋼タイプには軒並み不評のようで、トウロウもアルカナムもあまり飲もうとはしない。

「君たちはミネラルたっぷりの水じゃないとだめなのかい? 寂しいことだね。まぁ、いいか……とにかくトウロウは抱きつかないでくれるかな? 水中でハッサムにしがみつかれたら沈んじゃうよ」

「シィ!」
断固として離さないようだ。ポケモンに一途になられても困るというのに……。これい以上しがみつかれて、心中でもされたら死ぬほど困る……いや、死ぬのでダイチは引き上げようとしたが、その途端にボイスメールの着信音が鳴り響く。

「なんだろうね……」
ダイチは右手首を口に近づけ、スタイラーの音声認証を行う。

「ボイスメール1 スタート」

『……緊急事態です。汚染物質の流入により汚染された帝水川の浄化に当たっていたスイクンが何者かによって連れ去られました。
 真っ先に追おうとしたレンジャーをソーナンスで足止めし、フワンテに自爆攻撃をさせて逃走。
 そのうえ、ヤミカラスを足止めに使い、空中で同様の戦法をとっております。ボールの所持数は大量であり、見当がつきません。

 空を飛んでいる間は衛星による追跡が可能ですが、市街地に逃げ込まれて人ごみに紛れこまれれば追跡は不可能となります。そのため、現在動けるレンジャーの皆さんには、至急目視での追跡をお願いします。
 また、随時情報を伝えるために、以後ことが済むまで無線機能を常にオンの状態にしておき、ターゲットの現在位置を常に把握するために地図を表示しておいてください』

「目視での追跡か……無茶言うね。しょうがない……トウロウ、アルカナム……ボールの中に入っててくれ」

「ブルル……わかりました」
「シィィィ!」
ダイチは2匹をしまうとすぐさまエアームドの&ruby(ガイチョウ){鎧鳥};をボールから繰り出して乗り込む。

「頼むぞ、ガイチョウ」

「キュゥイイィィン!」

「マップ オープン。スケール・ミドル」
ダイチ地図を開いて、衛星で補足しているというターゲットの位置を確認する。

「川の下流から西北西へ向かって猛スピードで移動中……まったく、何でこんなミッションやることに……」
ダイチはガイチョウの首に掛けてあったゴーグルを装着して、ガイチョウのスピードを上げさせる。

――僕たちにとって幸いなのは、限界速度が桁外れに速いカイリューのようなポケモンを相手が所有していたとしても、乗っている人間の限界速度というものは、日々訓練を積んでいるレンジャーのほうがずっと上……ということだね。
 地図を見る限りじゃ彼もそれなりにやる方だけど……まだまだ甘いよ?

「見えた!」
そうは思ってみたものの、戦況は決して良くないようだ。何人ものレンジャーが追ってはいるが、攻撃の射程内に入ったと思えばヤミカラスとフワンテがセットで繰り出されて、黒いまなざしとの併用で落とされている。
 途中から飛行に参加した元気いっぱいのポケモンたちが勇ましく近づこうとしても、それは2匹のセットにあしらわれる。

「気をつけなければ僕も二の舞い三の舞ということかい? それにしても……これで、無線通信によれば奴が繰り出したポケモンは18匹目か。敵さんはどれだけ法律を馬鹿にすれば満足するんだろうね」
 今回のターゲットは、ダイチに対してもご多分に漏れずヤミカラスとフワンテをを繰り出してきた。

「ふん、そんなの……足止めにもなりはしないさ。ガイチョウ、フラッシュ!」
閃光を放たれ、網膜を焼かれたヤミカラスは黒い眼差しでにらみ続ける目を閉じてしまい、その隙を突いてダイチは突き進んでヤミカラスの横を通り過ぎる。

「成功だね。オペレーター……聞こえているかい? ヤミカラスはもともと闇に生きるポケモンだ。瞳孔が他のポケモンに比べて広く開くし、目の感度も高いから、黒い眼差しはフラッシュで無効化できる。それに、これならフワンテもおまけで視力を封じられる。
 対策法として全隊員に無線で知らせてくれないかな?」

『ダイチ隊員。情報に感謝します。早速全隊員に伝えておきますね』
そのまま、追い続けるダイチに対し、敵はジバコイルを繰り出す。

「な……ジバコイルかい? 欲しい……じゃなくて確かにその手があったね。オペレーター! こちらダイチ。敵はジバコイルを繰り出した」

――浮遊している……地面タイプは無理……いや、そもそも攻撃手段が……空中でもう一匹繰り出せばさすがのガイチョウも重みに耐えきれないね……いや、小柄なクッチーならいける。そしたら放つべき技は……アイアンヘッド?
 いや無理。えっと……そうだ

「クッチー、悪の波導! ガイチョウ、エアスラッシュ」
クッチーは繰り出されて早々、角が変形してできた大顎から悪の波導を打ち出し、ガイチョウもダイチを乗せたままエアスラッシュを放つ。
 ひるむ効果のある技を二つ同時に受けたジバコイルは、ダイチのもくろみどおりに近づく勢いを止めた。その隙に特性『磁力』の効果により何もせずとも近づいていくジバコイルとダイチの距離をわずかながらに遠ざけることに成功する。
 ダイチはそこでウエストポーチからハイパーボールを取り出し、ジバコイルに向かい&ruby(とうてき){投擲};する。

国のライセンスを受けたボールでなければ例え他人のポケモンだろうと普通にスナッチ出来、そうでなくとも当たれば吐き出されるまでにタイムラグがある。要はその隙に逃げようという算段だ。
 案の定ボールに当てられたジバコイルは閉じ込められ、数瞬もがいた後にボールから吐き出される。

「捕まえるにはもう少し体力を削る必要があったみたいだけど……もう追いつけないからいいよね?」
 すでにダイチたちは磁力の射程圏外に出ており、ジバコイルの貧弱な飛行能力ではとても追いつけそうに無い。明確な形でのダイチの勝利だった。
 
「ガイチョウ。一気に追い詰めるよ。スピードをもう少し上げて頼む」
一気に距離を詰めていくと、敵は破れかぶれになったのか大量のポケモンを一気に繰り出した。

「無駄だよ。ガイチョウ、フラッシュだ」
中にはドンカラスとフワライドも混じっているが、どんな強者でも鍛えられないモノはある。それに網膜が含まれている以上、まぶたを閉じても眩しいフラッシュの前に敵はないのだ。防ぐ手段は手で顔面を覆うか目を背けるしかない。

 フワライドの一部は残ったが、ガイチョウが少し風を起こしてやれば何処へともなく飛んでいく。障壁は全て払いのけた。
肉薄した敵に対し、ダイチはクッチーを仕向ける。身軽なクチートがフライゴンの背中に飛び乗る。
 今回のミッションのターゲットである主人を落とさないようにするため強引に振り払ったり出来ないのをいいことに、クッチーは目のカバーをアイアンヘッドで叩き壊してフライゴンを落とした。
 大きな砂埃を上げながら滑り込むように不時着したフライゴンの横、ボールを取り出す手を完全に封じるように腕を大顎で挟みこんでいるクチートと人間の姿が見て取れた。クッチーには甘噛みのつもりだろうが、それでもターゲットはかなり痛そうにうめいている。
 それでも必死の思いで代えの飛行要因と思われるボーマンダと、&ruby(ビジャスボール){即席洗脳及び身体限界解除機能付き超獣保管容器};の力で支配されたスイクン、つまりはトキシンを繰り出すと最後の望みをかけて命令を下す。

「その銀髪を人質にしろ! やつらは手を出せなくなるはずだ」
ダイチの元へボーマンダとトキシンが迫る。ボーマンダの竜の息吹をスライディングで避け、足元にもぐりこんですべての手持ちを繰り出す。重厚な鋼タイプがルカリオやハッサムなどずらりと7匹並び、トキシンとボーマンダに立ち向かう。ボーマンダはエンペルトの冷凍ビームとメタグロス冷凍パンチによりあっけなく倒れた。
 トキシンは残った5人に袋叩きにされる。多人数を攻撃できる技として、トキシンが選択した吹雪は、ヒードランであるコタツの前には意味をなさず、彼女から放たれたソーラービームにより、ウールとの戦いで疲れやダメージの残っていた肉体はあっけなく倒れ付してしまった。

自分の育てたポケモンたちの実力に満足しながらダイチはスタイラーに口を当てる。

「キャプチャ・オン」
 音声認証による起動とともにキャプチャスタイラーが青いラインを描いてボーマンダを囲む。弱ったボーマンダはものの3秒立たずにキャプチャを完了させられた。

「ボーマンダ・ジャム」
 キャプチャされたボーマンダはスタイラーに内蔵された収納装置に詰め込まれ、ターゲットが持っていたビシャスボールの呪縛から開放される。

「スイクン・ジャム」
スイクンも同様の操作を行い、ビシャスボールの呪縛から開放した。
ダイチは腰から取り出したミニチェアのような手錠を手の中で多数のボールをそうするように使用可能なサイズまで巨大化させる。最早抵抗する手段を全て失ったターゲットに対し、ゆっくりと歩み寄る。

「君は……ポケモンを道具のように扱って、ポケモンを侮辱した。ポケモンレンジャーの前でそういうことをするとどうなるか……できれば拳の赴くままに教えてあげたかったところだよ」
引きちぎれそうな強烈な握力でターゲットの耳をつねりながら、ダイチはドスの聞いた声で一言脅す。そして手錠を後ろ手にかけると、こう宣言した。

「16時7分……『特定野生超獣の取引及び占有における国際条約』及び、『超獣の携帯・保護・保管における機器の規格及び所持に関する遵守事項』及び、『超獣の愛護及び管理に関する法律』及び、
 『傷害』、『公務執行妨害』、『器物損壊』の罪などに対する現行犯逮捕を……レンジャー権限により行います。
 貴方はこれから自分に都合の悪い事実を黙秘する権利、弁護士を雇う権利……」


 現行犯逮捕の手続きを終えて、ダイチはふっとため息を吐いた。周りにはダイチがターゲットを捕まえる様を見ていたものから賞賛の声が上げられ、今回のミッションで彼はヒーローとなっていた。

「ああ、オペレーター……聞こえているかい? もうとっくに伝っていると思うけど、ミッションクリアだよ。やっぱり、僕のトップレンジャーの肩書きに偽りは無いってね」
 ダイチは気分よく笑顔を浮かべて、スタイラーに語りかけた。

『お疲れ様です、ダイチ様。すでに護送車の方を手配は済んでおりますので、今日はゆっくりとお休みください』

「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうかな」
ダイチはがんばってくれたポケモンたち一同に&ruby(ねぎら){労い};の意をこめた高級なポフィンを振る舞い、大取物の締めとするのであった。

**第四節 [#lf66c3c6]
そのころウールは……

「くそ……ベロベルト・ベロベルト・ベロベルト……前を向けばベロベルト、右を向いてもベロベルト、左を向いてもベロベルト、後ろを振り返ってもベロベルト、
 見上げてみてもベロベルト、見下ろす俯瞰にベロベルト、目を閉じてもベロベルト、無線通信はアルベルト男爵……一体なんなのよぉ!?」
ベロベルトの大発生とその暴走の報を受け、その鎮圧に向かったウールは、あまりの物量に対して動揺を隠せずにいた。無限とも思えるベロベルトに囲まれた彼女は、顔中を嘗め回され、その顔は唾液でぬめっている。

「ひっ……レジギガス……なんこんなところに!?」
ベロベルトに囲まれ身動きが取れない彼女を襲ったのは、レジギガスであった。彼女はレジギガスの足に踏み潰される。なんとか抜け出そうともがくも全く抜けられる気配が無い。
 巨大な体躯に詰め込まれた質量はウールの筋力をあざ笑うがごとく、一寸の距離さえ動く気配を見せようとしない。

「く……苦しい……誰か助けて……」


と言う夢を見ていた。ウールがそのような夢を見るのはわワケがある。
 原因は言うまでも無くスタンだ。

「ガァウゥ♪」
スタンはウールが眠っているのをいいことに、眠る彼女の上にのしかかり、思う存分顔を舐めている。ミルタンクの癒しの鈴による解毒が完了すると同時に、彼のこの行為は始まったのだ。
 そんなウールの顔は夢の状況に負けないほどに唾液でぬめっている。その唾液の量に比例するくらい幸福そうな顔をしているスタンだが、その後のウールによる暴行も至福に比例してエスカレートすることだろう。
 その傍らで、アルバは窓越しに太陽を見ていた。

【「ああ、オペレーター……聞こえているかい? もうとっくに伝っていると思うけど、ミッションクリアだよ。』】

「クワッ! アカシックレコードの導きは……我らに微笑んだか……もう安心だな」
彼は近況を知るのにちょうどいいツールである無線機は使わずに、ネイティオが進化と同時に手にする未来を見通す目で以ってトキシンを攫った者の顛末を見ていた。
 それが良い結果である事は、彼の目で知ることが出来た。その未来を確認すると、アルバはトキシンが無事であることを安心するが、同時に未来を見ている間、ウールの事を放ってしまったことを少々後悔する。
 彼はすぐ近くで起こる未来の映像をアカシックレコードより受け取った。

【『道理で嫌な夢を見るわけね……ダークライに喧嘩売られてるわけじゃなくて安心したわ……
 さて、安心したことだし、いい夢を見せてくれた御礼でもしなければいけないわね? この、大馬鹿者が!』

『ギャウ!』
 夢から醒めたウールはスタンの耳を引っつかんで転がし、ベッドから落とす。

『睡眠中の乙女の体にのしかかって、その顔を舐めまわすとはどういう了見だ、この淫キュバスめが!?』

『ギャウ! ギャワゥ! ギャ!』
ベッドから落ちたスタンの&ruby(タテガミ){鬣を};踏みつけて顔を動かせないように固定して何度も顎を蹴るウールと、蹴られるたびに痛そうに呻くスタン。

『肉片になるまで蹴り飛ばした貴様の体を、雌レントラーの胎内に突っ込んで、胎児から人生やり直させたろうかコラァ!?』
ウールはベッドの脇に立てかけられていた櫂を媒介にしてウッドハンマーを叩き込む。

『ギャァン!』

『それとも肉片を畑にばら撒いて、野菜として人生やり直させたろかコラァ! そうすれば私を舐めるこの悪い舌も、少しは肥やしになってみんなの腹を満たすことに役立つでしょうねぇ……
 兎・に・か・く! 貴様は餓鬼道へ堕ちて&ruby(じきほう){食法};餓鬼にでもなっていろ。せいりゃぁ!!』

『ガウゥ~~~!!』
レントラー相手に『腕ひしぎ十字固め』を決めるウールの掛け声と、叫ぶスタンの声は牧場に響き渡った。】
アルバがその大きな双眸に捉えた未来はそんな内容だった。

「トゥー………トゥー…………………クワ~~ッ!! アカシックレコードの導きによれば……あの場に私は居ない。レコードの導きに従えば……この場を去るが正解か……」
アルバはそう遠くない未来の風景にわずかな身震いを覚えると、とばっちりを喰らわないように忍び足で外へ出る。そこで再び黄昏る太陽を、今度は窓を挟まずに眺め始めた。

――ふう、今日も夕陽が美しいものだな……

&size(8){『道理で嫌な夢を見るわけね……ダークラ…』};
美しい夕日を見ている時に、不意に遠くから聞こえた声に肌をあわ立てそうになったアルバは、耳を塞いで無視を決め込んだ。

――うむ、夕陽が綺麗だ……
----
そのころ、アサ達もダイチがターゲットの逮捕に成功した報を受ける。安心できたがために、のびのびとトロに乗りながら、ルルーと一緒に感謝したエピソードについて話をしている。

「その地方に住むポケモンでしたら、生息地にパソコンを通じて送られて野性に戻してもらえます。ですけど私達ケーシィの系統はこのリテン地方には野生に存在しない種なんですよ。
 ですから、保健所に捕まればもうお終い……ガス室で殺処分という……運命をたどるはずでした。ですけど、アサさんはまだ言葉も分からない私の手をとって……生きる道を与えてくれたんです。
 狭いガラス張りの牢獄で、短い人生を終えるところで助けてもらった……命の恩人なんです。だから私、アサさんのために精一杯尽くすんです」

「おや、ミスターアサはミズフィリア命の恩人なのでしゅか? それはそれは、絆もストロングになる訳でしゅね~」
ルルーの冷やかしにフィリアは動じることなく、

「そういうことなんですよ。死ぬまで尽くしますよ、アサさん♪」
こんな調子でフィリアはアサを抱き寄せる。フィリアは賢いのだが、何処かで頭のねじが抜けている

「ははは……いくら人目がないからって照れるだろ? もうちょっと自重してくれよフィリア……」
少し顔を赤らめるアサはまんざらでもなさそうな苦笑いをするのであった。

**第五節 [#g5648029]
それから約3時間後……6時56分、レンジャーユニオン会議室にて。

今回の事件に関する通達だとかで、アサを含むレンジャー達は、『7時ちょうどにテレビ入力切替を行い、通達を見ろ』とのお達しが下る。アサ達トップレンジャー3人とその手持ちのポケモン達はテレビでその通達を見るためにカフェテリアに集まって雑談に盛り上がっている。
 今朝は自分の部屋で見ることが出来たように、レンジャーユニオン内の据え置きテレビならどこでも見ることが出来るのだ。

このカフェテリアでは、ほぼ全種のポケモンを出すことがが許容されているだけに((第2話第1節参照))人気も高い。

「はぁ……それにしてもこの子ため息が出るほど可愛いわ。家に持って帰りたいわね……」
ルルーは汚染された土壌の浄化を一通り行うと、作業に疲れてしまったのか眠りに入ってしまった。それで、アサが抱きかかえていたところをウールが攫っていったのだ。
 ルルーの顔の横についた可愛らしい花弁は睡眠時の危険度を減らすべく、さらに擬態の性能を高められるようにわき腹の部分などにもその数を増やしている。
 スタンに対する酷い扱いのせいで忘れてしまうが、ウールはポケモン大好きクラブの係長だったりする。今日のウールはスタイラーの機能で写真を無尽蔵に撮り、その写真を大好きクラブのページにアップロードすると息巻いていた。
もちろん、ウール以外の者も、その可愛らしさゆえに写真を撮っている。ちなみにアサもその中に含まれている。

 ウールの様子は以上の通り。以下は馬鹿二人の様子だ。そのうち一人は毒好き紳士なスイクンことトキシンで、もう一人は鋼タイプマニアのダイチだ。
 ルルーと同じく彼のに向けられる写真のシャッター音はそこらじゅうから聞こえる。

「ええい、むしろカフェテリアから出て行ってください!」
そこにいたるまでがどんな話だったかは知らないがトキシンの張り上げた言葉に当然ダイチは怒る。

「な、なんだって言うんだい? 僕は君の恩人なのだよ。さっきお礼を言ったかと思えばそれは無いんじゃないのかい?」

「鋼タイプマニアなど認めません。断じて認めません。毒タイプの怨敵……断じて認めません」

「にゃにおう? 鋼タイプの輝き、重量感、そしてこの冷たい感触……ああ、トウロウ、君は素敵だよ」
ダイチは腕に抱きついている。ハッサムの首を撫でる。

「シィィ♪」
トウロウは首を撫でられて嬉しそうに鳴き声を挙げた

「その全てが素晴らしいじゃないか!」
「いいえ、違います。毒こそ最も素晴らしい攻撃です。弱き者が身を守る自衛の手段として有効にして汎用性が高い。そんな崇高なる手段を封じる鬼畜なタイプこそ鋼タイプなのです。鋼タイプはみんな鬼畜です」
「何をふざけたことを、毒なんて&ruby(いたぶ){甚振る};拷問のためのものじゃないか、どっちが鬼畜だって話だね。なぁトライデント。ポッタイシ時代は苦労したよな?」
といって、ダイチはエンペルトの顔を覗き込む

「ムゥ……」
トライデントは状況を良くのみこめていないようだが、とりあえず頷いた。

「なんと! そのようなことを言うものがいるとはまことに悲しいことです。良いでしょう、この&ruby(わたくし){私が};毒の魅力というものを存分に……」
「なんだと? ならば僕も鋼の魅力を存分に……」
どうやら、トキシンとダイチは水と油のようだ。

「そうだな……魅力を語るのにもってこいなポケモン川柳で勝負だ!」
「望むところです!」
そして良く分からないところで息の合う変わり者だ。喧嘩するほど仲が良いとはよく言うものである。

「では、先ずは僕から! 『数学で 勝るもの無し メタグロス』」
「やりますね……『ドンファンも 2秒で倒す ゴースかな』」
――…………アホかこいつら? というか、2秒間も毒を吸い込み続けるドンファンなんていないはずだけど……

そして最後に、アサとアルバとフィリアの様子だ。

「と、とにかくアルバ……今日は一体何があったんだ? スタンの傷がいつもより酷いみたいだが……唐突にあんな傷だらけで返されたら気になっちゃうぜ?」
アサは手元に返ってきたスタンを目にして、真っ先に事情を聞けそうなアルバを捕まえて問いただしている。

「トゥー…トゥー…ウールが眠っている隙に、上からのしかかって顔を好き放題舐めてきたから、メガトンキック8回にウッドハンマー2回。腕ひしぎ十字固めに、破壊光線を一発叩き込まれていた……」

「えっと……これでメガトンキックが少なくとも792回にウッドハンマーが56回、関節技41回……今回が初めての破壊光線ですか……スタンさんも懲りませんねぇ」
このようにフィリアは余計なことまで記憶する。趣味なのだろうか?

「トキシンにやられた傷はせいぜい胸とわき腹……わが主のつけた傷の方がよっぽど大きくて酷い。主の非礼……私から詫びよう」
アルバは大きく頭を下げる。フィリアやアルカナム同様、こういあったアルバの礼儀正しいところをアサは気に入っている。

「いや、スタンがやった事は悪いことだし、躾だと思えば文句は無い。けど、破壊光線って……本当にあいつ多彩だなぁ」

アサとウールはレンジャースクール時代からの腐れ縁であり、そのころからウールの戦闘時の挙動が人間離れしていたが、二十歳を過ぎてからは人間離れもどんどん激しくなっていく。今回の破壊光線もその例だ。

「俺も……何か強力な技使ってみたいなぁ。スイクンにも勝っちまうし……俺には真似出来ない」
しっかり遅れを感じてわざとらしいくらいに肩を落とすアサに対し、フィリアは肩をたたいて励ます体勢に入る。その足はフィリアを見下ろす身長のアサに合わせて宙に少し浮かんでいる。

「いいじゃないですか、アサさん。貴方を情けないなんていう人はどこにも居ませんよ。
 それに、真似出来ない事なら……ここまで貴方と仲の良いポケモンはウールさんには居ないってことで」
肩に当てられたフィリアの手にアサは自分の手を重ね合わせる。

「ありがと……でも、それだとアルバがウールの仲が良くないみたいに聞こえるぞ?」
そう言ってアサはアルバの方を見るも、その表情から感情は読み取れない。

「否定は出来ない……私は感情をさらけ出すのが苦手で、主の前でもフィリアのように積極的になることが出来ないからな。
だがアサ、お前は不思議と話しやすくて良い……これはわが主ウールよりも優れた能力であることは確かだ……」

「ですよ。シェイミにお菓子一つで仕事させちゃう事だってウールさんでは真似できないんじゃないでしょうか?」

「なんだ、お前ら同意見か? な~んかそういわれると元気でちゃうね。頑張ってウールを超えてみたいって思えるよ。ありがとな」
二人に微笑んだアサは満足したようにため息をつく。

「それでアルバ……"あの事"はウールに言ったのか?」

「いや、まだだ……とりあえず秘密にしている。だが、当日は休みもとらなければならないし……早く言わねばと思っているのだが」

「じゃあ言った方がいいんじゃないか?」
アサの言葉に、アルバは気まずそうな顔をする。

「一緒に言ってくれ……」
――大切なつぼを割った小学生か……
などと思いながらも、アサは笑顔でそれを承諾する。

「ん、わかったよ。おっとそれよりそろそろ7時だ。支部長は時間きっちりにテレビに出るから、後20秒黙ってような?」

「了解です」
「了解した……」
と、アサが言った後フィリアはスイッチを念力で3回押し、テレビの入力切替を3に合わせる。
 27秒後にローズ支部長が映る。かなり時間通りといえばとおりである。
 音質が悪く、何の音も立てていない状態のはずだが、ジーーーッという音が鳴り響いている。

「さて、今日皆に話す事は……例の工場の爆破テロについてです。
 今回、その事故処理にご助力いただいたスイクン……トキシンさんがあわやという所で攫われそうになった事は皆さんご存知のことでしょう。
 今回はすんでの所で、抑止できました……が、トキシンさんの話によれば、すでにエンテイ・ライコウが恐らくは同じ組織の手に渡っている模様であります。
 爆破により汚染を図ったのも、レンジャーの探査能力を利用するためと見られています。

 こういった例は……フィオレ地方で行われたマナフィの卵奪還のミッションの途中の強奪事件などにも見られるよう、2度ある事は3度あるとは言いますし、今後も再発の可能性は否めません。
 それをどう防ぐか……の問題は、今後練るとして、今回の事件はどういった組織が起こしたのか? 何を目的としているのか? 戦力はどれほどか? ……ですね?

そんなわけで、今日の4時7分にダイチさんが逮捕した者からの尋問の結果なのですが『戦力は知らない』そうです。……無責任ですね。
 『目的は言えない』そうです。……生意気ですね。『ボスは女性で名前はコードネーム:"プログレス"』だそうです……『進化』という意味ですね。
 で、あいつの名前はコードネーム『シャドウ』。本名は『影山 博』……だからシャドウなんですね。まあ、こんな事はどうでも良いこと。
 犯人に拷問でも行えれば楽なんですが、それはこの国の法が許しませんし、教えて構わない情報だけしか彼に与えられていないようです。
 司法取引とかもこの国では出来ませんし……どちらにせよ大切なポケモン達ををあんな扱いする奴を取引で罪を軽減するなんて耐えられませんがね……愚痴になりました、すみません。

そんなわけで、全く情報もなく相手の動きも分からない故に、レンジャーの一般隊員の方ではしばらくこれからの行動に今までとの相違はありません。
 ですので明日からも、今までどおり行動してもらいます……が、近く戦いがあるかもしれないということを肝に銘じて置くようにお願いいたします。
 オペレーターやメカニックは、ネットを介したポケモンの転送に不審な道具の反応がないかを調査していただきます。あれは無認可ボールですから……流石にパソコンを介して転送という事は無いとは思われますが、念のため……これについては後日より詳しい指示をいたします。

そして、これは全隊員への命令……というよりお願いです。今回の事件……決して甘く見ないでください。どんな組織かは知りませんが……ポケモンを道具として扱う者を許しておくわけにはいきません。
 そんなわけで警察、&ruby(国際ポケモン管理機構){IPMO};、などの協力者と共に全隊員一丸となってこの件に対処いたしましょう」
テレビへの接続が切れ、画面は黒く染まり黙す。フィリアはテレビのスイッチを押し、7時から始まるバラエティ番組に切り替える。

「……ふう。ボクが頑張っても、分かった事は僅かな上にほとんど意味がない情報……全く、報われないね」
ダイチがぼやく。次に口を開いたのはトキシンだった。

「さて、と……&ruby(わたくし){私、};このまま野生に戻るのは少し恐怖がありましてね……ここ、レンジャーユニオンにいることが世界一安全だとは思いますので、出来ることならここに居付きたい」

――なるほど、仲が悪いように見えてトキシンはツンデレか……
アサはそう思ってにやりと笑う。

「そこで相談なのですが……ウールさん、ダイチさん。私はあなた方、どちらかについて行きたい。
私を……仲間に加えてはもらえないでしょうか?」

ウールとダイチが顔を見合わせる。ダイチはフッと笑い、
「僕はパスとするね。毒タイプ好きを仲間にするのは趣味に合わないし、伝ポケなら僕にはコタツがいるからね。だからウール……君に譲るよ」
トキシンは酷く残念そうな顔をしていた気がする。だが、それも数瞬のことですぐに端正な顔を取り戻す。

「では、ウールさんはよろしいですね?」

「……ん……貴方、本当に野生に戻らなくていいのかしら?」
ウールはここで慎重な選択を選ぶ。こういった例など、彼女も初めてであるせいか戸惑いは隠せない。

「少なくとも、この件が片付くまでは。私が信頼を置けるものの下で安心して暮らしたいものでして……私を戦力として利用することも出来ますし、悪い話では無いと思いますが、どうでしょう?」
十秒ほど、沈黙が流れた。先ずこのようなお話はカフェテリアでするようなものでは無いと思うのだが。

「うん、確かに悪い話じゃないわね。だけど、私なら守れるって言う保障は無いわよ。いいかしら?」

「よろしくお願いいたします」
トキシンは前足を折り曲げて深く頭を下げる仰々しい礼をすると、感無量な口調でそう言った。

「こちらもね……それじゃあ改めて自己紹介するわ私の&ruby(あざな){字};はもう聞いたと思うけど、本名は『&ruby(あいざわ){相沢};&ruby(じゅん){潤};』って言うの。潤って文字がうるおいって言う意味なのと、電気を発するのがメリープやモココに似ているからってウールになったのよ。私の墓に刻む名前だから、心のどこかに覚えておいてね」
トキシンが前足を差し出すと、ウールは眠っているルルーをアルバに預け、トキシンと硬い握手を交わす。

「さて、とりあえず、これから人目に触れたくないときはに入ってもらえるかしら?」
ウールは自分のスタイラーを指差す。

「私はまだ&ruby(レジェンドボール){特定鳥獣専用収容器具};を持っていないからIPMOに申請して、レジェンドボールが届くまでの間はとりあえず……ね」

「分かりました、この&ruby(わたくし){私、};貴方のために尽くさせていただきます」
再びの仰々しい礼の後、カフェテリア全体を見回した。

「それでは、レンジャーの皆さん一同、私をよろしくお願いします」
カフェテリアの中でウールとトキシンに対する賞賛の歓声が上がる。携帯のカメラなどから焚かれるフラッシュなどもあいまって、ルルーが起きてしまった。
気持ちよく眠っていたところを起こされたルルーは、いつの間にか傷だらけのスタンの頭に置かれている。

「&size(10){トゥー……トゥー……すまんなスタン。アカシックレコードの導きなのだ……};」
アルバがスタンに対して気味の悪い弁解を行う。

「なんだかずいぶんとノイジーでしゅね……ミーのスリープを邪魔するパーソンはお仕置きでしゅ!」
聞くからに不機嫌そうな声と、見るからに不機嫌そうな表情でそう言ったとき周囲は大体の状況を理解する。

「ガウゥ?」
|ルルーのシードフレア&br;スタンの特防はガクッと下がった|
草の波導が爆風となってスタンに襲い掛かる。わけも分からないうちにスタンはアルバの不幸を押し付けられるのであった。


「&ruby(俺は何もしてないのにぃ……){ガウゥゥゥゥ……};」
フィリアの同時通訳には、多くの人が小さく笑いを誘われる。こうして、&ruby(おおごと){大事};に混乱を極めた一日も、終わりは平和に過ぎていった。
----
[[次回へ>あこがれの職業? 第5話:ダブルパフォーマンス]]



ウールの虐待時のセリフを考えるのが面白すぎて困ります。

*コメント [#rfe738ca]
#pcomment(あこがれの職業? 第4話コメントログ,5,)


トップページ   編集 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.