作者……[[リング]] [[前話へ>あこがれの職業? 第2話:劣化した私]] #contents **第一節 [#be41139b] 謹慎最終日、7日目の夜…… フィリアとアサは、レンジャーユニオンから少し離れた河口の砂浜に座り夜空を眺めている…… 「はぁ、謹慎期間も終わっちゃいますね……」 そんなフィリアは8月31日の学生のようなセリフをしみじみとつぶやく 「しょうがないだろ。だいたい、楽しい時間は早く過ぎ去っていくものさ。そもそも謹慎だっていうのに俺ら自由に行動し過ぎなくらいだし……謹慎を休暇代わりにする俺たちってどうなんだろうな?」 謹慎の意味が分かっていないことを薄々気が付いているアサがフィリアにたずねると…… 「不謹慎っていうのですよ」 と、フィリアが100点満点の答えを出す 「だめじゃん……」 そう言ったアサは浜辺に大の字になって寝転がり、夜空を見上げる。 「なぁ……あの星座はハブネーク使い座だったな」 Yと、Vをさかさまにした形を合わせたような星座を指さして言う。 「ハブネーク使いのゴーリキーは死者をも蘇らせる優秀すぎる医者でしたいよね? アサさん……それがどうかしましたか?」 フィリアもアサに倣って大の字になり夜空を見上げた。 「いや、ハブネークの毒を薬に使ったとも、ハブネークが咥えていた葉を医療に使ったとも言われているが……どちらにせよそんなもんを使おうとするなんて発想をよくまぁ考えるよなって……俺たちは謹慎を休暇にすることぐらいしか出来なかったのに……」 「天と地ほどの差ですね……ふふふ。大体アサさん……貴方は謹慎になるの分かっていてセレビィに『時渡り』を使わせたでしょう?」 「その通りだよ。好奇心が耐え切れなくってな」 アサはさらりとそう言ったつもりだがフィリアは…… 「本当にそれだけですか?」 フィリアは指先でスプーンを回している。彼女の機嫌がいいときの仕草を見てアサは妙な嬉しさを感じる。 「さぁな。スプーン好きの誰かさんが喜んでくれるからじゃないのか? 仕事以外の関係で誰かさんと一緒にいられるってな」 フィリアは照れくさそうに黙ってしまった。アサは困ったように頭を掻いて、数秒の思考の後話題を変えることにする。 「明日からまた仕事だ……フィリア、しっかり付いて来てくれるな?」 「はい! 誠心誠意頑張らせていただきます」 アサは元気よく答えたフィリアの方へ、這いずりながら近寄る。手を握り顔を横に向けて微笑みあった。 ---- ・ ・ そんなことがあった日はもう……1ヵ月半前のこと。その間……火山の噴火とか大雨による落雷とかはあったけど……被害は軽微。 レンジャーが頑張る必要のない世の中……これこそ順風満帆だ。少し暇な気がするけど、それでも町の人には慕われているから悪い気はしない。 そんなある日のこと……大事件が起きた。 まだ、朝日に輝く太陽が水平線に顔をのぞかせるだけの時間帯……こんな朝日が見れるなんて海が近くでよかったなどと言っている暇はない。 なんせ、グレイシティのレンジャーユニオンのほとんど全隊員が緊急出動だ。 その概要を伝えるのに何処か広場へ集まる必要があるとかそういう必要は無く、部屋にいながらにしてスピーカーと……テレビの入力を合わせることで画像付きで説明してもらえる。無論の事、詳しい説明はちゃんとした指示を口頭で伝えるが、着替えなどの身支度をしながら出来ると言うのは有り難い。 さて、テレビとスピーカーから同時に、今回の緊急出動の概要が音声で聞こえる。その内容の要点をまとめるとこうだ。 ・化学薬品工場にてタンクの破損により原料が流出 ・そのような事故に対処するための前もって用意された中和剤タンクも破損して流失し、使い物にならない状態である。 ・このことが二つ重なるなどあり得ないということから、単なる事故や管理不足ではなくテロとである。 ・どんな組織が、どんな用件でかは分からない。とりあえずテロ理由を調べるのは警察の役目…… とにかく、我らポケモンレンジャーがなすべきことは、一刻も早く流れ出した毒を処理することである。 ・まず、毒に侵されない鋼タイプのポケモンや、手を触れずに作業が可能なエスパータイプのエスパータイプのポケモンによる汚染された水や土壌の回収作業。 ・そして、汚れを餌とするポケモンにも回収作業は協力してもらう。つまり、ベトベターやベトベトンだ。これら二種のタイプと、一系統のキャプチャ&ジョブが具体的なレンジャーの任務だ。 と、言うことらしい。その仕事はレンジャーだけでなく、近所のポケモントレーナーの有志を集い行うことになっている。それらの指揮は、もちろん工場の責任者とレンジャーのトップで協力して行われる。 そしてこのレンジャーとして指揮の任につくのが……レンジャーユニオン・グレイシティ支部の、ローズ支部長だ ・ ・ そして……トップレンジャーとして、それらしいと言う他ないミッションを与えられるのが…… 「唐突に俺たち二人を呼び出して……一体なんだっていうんだよ?」 「トップレンジャー3人のうちダイチだけ別行動……何をさせるつもりかしら?」 アサとウールの二人である。ダイチは手持ちがすべて鋼タイプなので、現場で働いてもらうことになっている。ダイチだけ別行動にさせ、二人を直々に呼びつけたのは、このレンジャーユニオンのボス……ミス話の分かる上司こと、ローズ支部長が開いた口から発せられる言葉は…… 「さて、言うまでもなく大変なことになったってわけね。こんなテロを起こす人がいるというのはとても悲しいことだけど……悲しむのは後にして本題です。 このグレイシティの河口は干潟となっており、貝類の温床となっている町の大切な財産です。こういった場所が汚染されれば、もとの輝きを取り戻すのを待っていたら何年かかるかわからない。そういうわけで、我らは待ちません。こちらから、汚染に対し攻めていきます」 「つまり……どうしろと? 回りくど言い方よりも唐突でいいからまず結論を言ってくれ」 「そうよ、話す時間も与えないくらいがちょうど良いんじゃないの?」 眠いところをたたき起こされておきながら、今回の危機の意味をちゃんと理解している二人には、前置きなどわずらわしい話である。答えをせかされたアリサ支部長とて話を長引かせる気は無い。 「わかっております。そんなわけで二人に与えるミッションは……スイクン及びシェイミを、心を通わせて連れてくること。もちろん、心を通わせてさえいればキャプチャする必要は無いわ。今回の事態を最もうまく終結させられるのは、この2種のみ。そんなわけで、この任務……受けてもらえますね?」 「できたらカッコいいよなぁ……だが、そんなことよりも……今回の件で苦しむものが増えるか減るかの方がよっぽど問題だ。俺たちが適任というのならば、やりますよ」 「同意よ。できれば断りたくも、受けたくもある非常に難解なミッションだけれど……誰かがやんなきゃね。それが私たちというのなら……」 「ふふ、いい答えですよ二人とも。では、そういうわけで、どちらがどちらをキャプチャしに行きますか?」 伝説のポケモンのキャプチャ……困難の一言に尽きるが、この職業に憧れる代表的な理由の一つである。 憧れる理由は簡単であり、スイクンは&ruby(IPMO){国際ポケモン管理機構};の許可を受けたライセンス付きの&ruby(レジェンドボール){特定鳥獣専用収容器具};を入手できれば占有は可能であるものの、シェイミをつれて歩くには心を通わせる以外の方法は認められていない。 つまり、よほど信を築いた人間か、もしくはシェイミ自身が無警戒のときか、もしくは伝ポケのキャプチャを許可されるトップレンジャー以外は、連れて歩くことが実質不可能ということである。 かと言って、こだわりだが無ければタイプや戦闘能力の差でしかなく、今回の2種にはダイチにとってのディアルガのようなこだわりは二人とも特に無い。それゆえに…… 「当然、タイプから考えて、水タイプに優位に立てる電気タイプの波導使い様は……」 アサがそう言うと 「私がスイクンで決まりね! かわいいシェイミに行きたいところだけど、任務に私情をはさむのはいけないわね」 ウールがそう言って、一瞬で話し合いは済むのだった。 「と、言うことです支部長。俺はシェイミを行かせてもらいます」 「わかりました。そんなわけで、御武運を乗ります!」 ローズ支部長が深く頭を下げる。 ・ ・ ――戦闘になった際はスカイフォルムでもランドフォルムでも氷タイプが重要だ・・・・・特にスカイフォルムの時は、その体が氷に対して紙装甲となる。その技を使いこなせるのは……マニューラのシモだ。そして……ウールから借りた受けたユキメノコのアラレ……そして、移動要因としてトロ。こいつもトロピウスということで氷に対しては紙装甲だから巻き添えにならぬよう注意が必要だ。攻撃は直接攻撃を避けて吹雪などを風でサポートするなどがよいだろう。 あとは炎タイプ。手持ちのヴォルクはゴウカザル……格闘タイプ持ちであるため一見相手がスカイフォルムできた場合は危険だが、シェイミはフォルムチェンジをしても空の技は使わないから問題がないだろう…… アサはこの作戦を行うにあたり、ウールのユキメノコ、アラレを借り受けている。そして、もう一匹支部長があらかじめ手を回したことで借り受けたポケモンがいる。 「キーッ♪」 「フィーッ♪」 「お前ら……オス同士でいちゃつくなよ……」 この非常時にいちゃつく黒と紫……黒いエボルと仲良くしているのがとてもよく似合うポケモンは、エーフィのエスペシャリーだ。シェイミ=ランドフォルムの擬態は熟練した観察眼を持つものでも見破るのは相当に難しい。シェイミを探すのならば、空気の流れを敏感に感じ取るエーフィがうって付けということらしく、ブイズマニアのイズミから借り受けた子である。 本当なら波導で周囲の様子を探れるダイチの手持ち、アルカナムがよかったとアサは言ったが、あの子は鋼タイプ持ちであるため工場とその川下での作業に回されるため今回はパスだと言われたのだ。 「アサさん。買ってきましたよ」 「御苦労さん!」 相手と話し合いで済ませられるならばそれにこしたことはない。アサは考えた。『まずはお菓子で相手を釣ろう』と……これはフィリアにユニオンの売店までお使いを頼んでおいたのだ。そして、フィリアが買ってきたのは何と……レンジャーユニオンカフェテリア名物の『紅茶ショートブレッド』だ。 リンタイシティなどでもこの手のものは売っているが、レンジャーユニオンの物は絶品に数えられる店の一つであり、本来ならば並ぶことなく買える日はない。 今回、シェイミにプレゼントするといって例外的に許してもらったらしい。 ――唐突に頼んだ事だが……本当にそんなんでいいのだろうか? お使いを頼まれたフィリアの両手には、いつもの銅製のスプーンではなく退魔力や念力伝導性が高く、さびにくい銀のスプーンが輝いている。 ――とにかく、お菓子の用意は済んだ。あとは……シードフレア対策の癒しの鈴を使える子……おれの手持ちにはエネコロロのラミアセアエしかいないから、ラミアセアエを連れて……。 「さぁ、みんな。唐突で悪いが準備はいいな? 俺は、こいつで準備完了だ」 「完了しています!」 フィリアの元気な声だ。 「とっくにおわっているぜ」 ヴォルクの威勢の良い声だ。 「ニュッ」 シモの声くぐもった声だ 「グワッ!」 トロの低くよく通る声だ 「ミャオ」 ラミアセアエのかわいらしい声だ 「フィーッ!」 エスペシャリーも答えてくれた。 「問題ないです……」 消え入りそうなアラレの声だ。 皆の反応に満足したようにうなずいたアサは、、ただの鉄パイプとも吹き矢ともとれる武器を手して外へ出る。ひきつれているポケモンをボールに収納すると、トロに乗り空を翔ける。 ---- ――相手はスイクン……こちらの電気タイプは私を入れて3人……デンリュウのミルキーと、しっぽ掴んで壁にブン投げても戻ってくるブーメランもびっくりな呪いのレントラーのスタンだから……攻撃性能には問題ないはず。一匹くらいは草タイプを入れたいところだが、いないものはいない……しょうがないと諦めよう。 あとは、スイクンと口頭で話せない時のためにアルバを連れて…… あとはスイクン自体がどこにいるのかということが問題だけど、ここのオペレーターとコンピューターは優秀だ。衛星画面を凝視しながら姿をとらえたスイクンをコンピューターがトレースシステムで追い続けてくれる。無論のこと、深い森に入られてしまえばそのシステムも効力を失うが、森から出た時には再び追ってくれるという代物だ。まあ、森の広さや木々の隙間の大きさにもよるが……これがなければ、さすがに仕事を断りたくもなっただろう。 「さて、行きますか……」 今回の相手は一匹になるだろう。それも素早く強力な力を盛った敵……ならば、武器はこれで行きますか。 彼女がスイクンを相手にすることを想定して選んだ武器は……&ruby(かい){櫂};である。 ウールはサイユウ空手でウェークと呼ばれる武器を担ぎ、ウールは自分の手持ちであるムクホークの&ruby(クウ・ホウ){空鵬};を駆り、空を翔ける。 **第二節 [#f38ba0f5] ---- ・ ・ 空を翔けるウールは、無線でオペレーターとやり取りをしている。 『スイクンはその場所から東北東へ数百mの場所で補足不可能になりました』 その東北東へ数百mの場所から先は鬱蒼と生い茂る森が地面を覆い隠している。当然、衛星でスイクンを追うことは不可能になる。そこから先は徒歩で追うことになるだろう。 「了解! クウ・ホウ。あと少しの頑張りよ」 そう言ってウールは目的地まで飛び、降り立つ。 「ありがとうクウ・ホウ。ボールに入って休んでいて」 飛行要因であるクウ・ホウを腰に下げたボールへと収納し、しばらくその場所を少し探索する。やがて発見したのは巨大な足跡……。 ――間違いない……スイクンだ。 「よし、スタン! 出てきてもらえるかしら?」 ボールから赤い光が放たれ、そこにレントラーのシルエットが浮かぶ 「ガウゥ♪」 飛びつこうとする癖は相変わらず。首を押さえつけるだけのトレーナとはわけが違うウール相手では、普段なら顔あたりを蹴られるところだが…… 「大切な仕事の前くらいは……自重してよね。悠久発情期レントラー。今回は、この足跡についたにおいを追ってもらうわ」 今日のウールはそう言って仰向けにひっくり返して首に櫂を突き付けるだけであった。 束の間、虐待をされずにキョトンとした表情を浮かべていたスタンだが(まさかこいつ本当にMなのか?)気を取り直して地面の匂いを嗅ぎ始める。 森の周囲は冬に備えて太ろうとするポケモンたちがやかましかった。パチリスやジグザグマが忙しくドングリを集め……食べている。ウールは道中、そんな風に動き回るポケモンたちの中で、いくつか役に立ちそうなポケモンをキャプチャしておいて、スタンとともに追跡を急いでいた。 10月も始め……半袖では寒くなる時季だが、厚着をすれば逆に暑い。スイクンとの戦いに備え、それなりの重装備にしたウールは汗をかいている……出来れば平和に……しかし、戦うことを見越しての装備だ。スイクンは人間を嫌っているものも多いとウールは聞いたからだ。 ――最近はパトロールばかりだった……刺激がほしいとは思っていたけど、今回ばかりは刺激じゃ済まないかもね。 ピクリとスタンが反応する。においの発生源と思しき方向を見て、鬱蒼と茂る森に向けて、鋭い眼光をともらせて、しばらくあたりを透視しながら見まわした後、姿をとらえたスタンは一つの方向を定めて走り出す。 ――普段は変態だけど……やる時はやる。スタン……アサはいい子(戦士的な意味で)を育てたわね…… そこにいたポケモンは全身を水色の体毛が覆い、四肢の付け根に四角形の白い体毛とがアクセントをつける。首から背中にかけて生える&ruby(タテガミ){鬣を};風のない場所でなびかせ、胴周りには美しいヴェールを纏い額には水晶を象徴する六角形の角が生えている。 紛れもなくスイクンだ。そのスイクンは、『伏せ』の体勢で木のたもとで睡眠に興じていたようで、こちらに気がつくとその首をウールの方へ向ける。 「貴方が……スイクンね。折り入って頼みたいことがあるのだけど……話だけでもいいかしら?」 こちらの言葉を聞き終わると、スイクンはゆっくりと起き上がり、口を開く。 「ふむ……&ruby(ワタクシ){私の};ところにも客人ですか……」 「喋られるのね? それなら話が早くていいわ……」 スイクンが会話できる。実際は口の構造ゆえに、テレパシーによる会話ではあるものの、その事実に対し、ウールの顔には少々期待の色が浮かんだ。 だが…… 「『お盆には 先祖の霊と ドククラゲ』」 いきなりのわけのわからない俳句を聞かされたあと。 「お嬢さん……悪いが引いてはくれませんかね?」 このようなことを言われる。 「すみません、間違えました……」 いきなりわけのわからないことを言われたウールは、わけもわからず、このスイクン見なかったことにして帰ろうとする。 ――……ペラップ専用技の『おしゃべり』が混乱させる効果があるというのは、ポケモンの間でこういう会話がおこなわれているのだろうか? 「ああ、なぜですか? お待ちください、確か&ruby(ワタクシ){私は};『引いてくれ』とは申しましたが、『間違い』というのは聞き捨てなりませんぞ! &ruby(ワタクシ){私は};紛れもなくスイクンでございます。ただ前世がドククラゲであっただけです。まったく、&ruby(ワタクシ){私を};スイクンかどうかを疑うとは……最近の若い者はよくわかりませんね!」 「いや、あの……俳句の意味が、もとい……意図がわかりません。というか、前世は畜生道として今は何道? 人間道ではなさそうだけど……畜生道っていうのも違う気がするし……もしや天道? あんた六道輪廻のどこに当たる存在なのよ」 「なんと&ruby(ワタクシ){私の};俳句がわからないと!? ではもう一句。『毒々を 極めて強し ブラッキー』。ああ、ちなみに俳句はただのあいさつ代わりでございまして、大した意図はございませぬ。 それと&ruby(ワタクシ){私、};仏教には詳しくないので、六道輪廻についてはお答えできませぬ。申し訳ない」 ――完全に意図がわからない……これは何かの作戦? 相手に混乱させられて自分までわけのわからないことを口走るようになっってしまったウールは、一度冷静に質問を考え直す。 「……それじゃあもう一つ質問してもいいかしら? あなたは馬鹿?」 冷静になっても無駄だったようだ…… 「いえいえ、馬鹿ではなく『毒好き紳士スイクン』のトキシンでございます。ああ、このトキシンという名前は『ボツリヌス"トキシン"』や『テトロド"トキシン"』の様に生物由来の毒に対しての語でして、&ruby(ワタクシ){私が};勝手に名乗らせてもらっている名前でございます」 ――なによこれ……こいつは何なのよ? まさか本当にドククラゲの生まれ変わり? 「とにかく、あなたはスイクンなの? それとも違うの?」 「先ほどもも申したように、私は前世がドククラゲの毒好き紳士スイクンでございます。ええ、このヴェールに誓って嘘はつきませんとも」 そう言ってトキシンと名乗るスイクンはヴェールを空中に泳がせた。 「ファインスタイラー……ブラウザ・オープン!」 信用できなかったウールはスタイラーに向かってそう宣言してポケモン図鑑ブラウザを開き、目の前のポケモンをスキャンする。 『フォルム照合……身体的特徴から、スイクンと推定されます』 「おや、そのカラクリも私をスイクンだと認めてくれているようですね。これでわかったでしょう? 私は紛れもなくスイクンなのです。」 ――いまいち信用できない……いや、今はそんなことを言っている場合じゃない。 「わかったわ……とにかく、私たちは今、貴方の力を借りたいの。化学薬品が漏洩して、川とその先にある海が汚染されて……ああ、とにかく一刻も早く水を清めなきゃならないの」 「毒ですか? それは素晴らしい!」 ――私は頭痛がするわよ 「毒の魅力は語るに尽きない至高の魅力……この体に生まれかわったせいで、毒々の牙やダストシュートを使えないことに歯噛みをする毎日。毒々だけが使用可能でございますことが唯一の心の支えでしたが、工場の汚染とは何たる大規模な毒! ああ、ぜひ行って確かめたいところですが……私を誘い込む甘い罠ということも考えられなくもない。謹んでお断り申し上げます」 トキシンと名乗ったスイクン(?)は礼儀正しく礼をする。 「罠だなんて、そんなつもりはないわよ! と・に・か・く。一刻も早く浄化をしないと、川や干潟に住む生き物たちが死んでしまうのよ。あんたはそれでいいの!?」 少し、感情的になりながらウールはトキシンに訴えかける。 「『鋼など 認めはしない 毒タイプ』。&ruby(ワタクシ){私と};て、浄化は行いたいものです…… しかしながら、もう&ruby(ワタクシ){私};以外はいないのです。何の事だかわからないというのならば、それでもかまいません。エンテイとライコウが&ruby(さら){攫};われたから、私だけはつかまるわけにはいかない。それだけわかっていただければよろしいこと。後のことは、『スイクンは何かに巻き込まれているようです』と上司に報告をしてください。それでは、失礼つかまつります!」 &ruby(タテガミ){鬣を};&ruby(ひるがえ){翻し};て立ち去ろうとするスイクン。 「BOX・&ruby(ツー){2};。ジョブ・スタート!」 ウールはスタイラーに向けて宣言をする。その宣言とともに、スタイラーに光が灯っていた2番目のランプが消え、スタイラーに収納していたキャプチャ済みの野生のポケモン、ムウマを繰り出される。 「ムウマ、『黒い眼差し』!」 「マーー!」 ムウマの目が黒く光り、スイクンをとらえる。 「この技は……使用者の視界から外れることで身体に破滅的な負担がかかる呪術。その意味はわかるわね?」 「もう&ruby(ワタクシ){私は};逃げられない……と? 毒のようにえげつないことをいたしますねぇ……これが緊急時でなければ、貴方と毒の魅力についてでも語り合いたいところなのですが……どうやら、あのムウマを、あなた方共々倒さねばならぬようですね」 「大正解。ムウマちゃん……あなたは安全なところでずっと見続けていて! 私がこいつをキャプチャするまで、お願い!」 ウールはムウマが後ろまで下がったことを確認すると、スイクンの方を睨みつける。 「私とて戦うのは気が進まない……けれど、ポケモンレンジャーとして、川と干潟と海に生きる生き物を守るため……是が非でも、あなたを連れて帰るわ。 私の思いをスタイラーに乗せて……いざ、キャプチャ・オン」 ウールはスタイラーのディスクを音声認証で起動させ、腰に下げたボールからネイティオのアルバ、デンリュウのミルキーを繰り出した。 ---- そのころアサは、グラシデアの花咲く野山を散策していた。強い力をもったポケモンの存在をスタイラーは認識しているが、警戒を促すだけで、どこにいるかまでは分からないらしい。 こういう場面でこそ、借りてきたエーフィが役に立つ。 「エスペシャリー、頼む」 「フィーーーー……」 目をつむり額の赤い珠をぼんやりと光らせながらエスペシャリーは全身の体毛に神経を集中させる。アサたちにはそよぐ風が花を揺らす音しか聞こえないのだが、エーフィは違う。湿気・におい・音・気流の流れ・動物が歩くときに発せられる固有の電磁波・波導……そういったものを感じて、総合的に正確に周囲の状況を判断し、天候や相手の行動までも当てることが出来るという。 「フィィィィ……」 エスペシャリーは耳を垂れ下げて気の抜けた様子になる 「だめか……」 だが、それも範囲が広くなれば正確なものではなくなる。この任務中、アサ達はこうした失敗を何度も繰り返しては場所を変えて探すことを繰り返している。 ――ふぅ……根気が大事だな…… ・ ・ そんな時…… 「フィ? フィー!!」 エスペシャリーが今までと違う反応を見せた。 「唐突にどうした?」 「『見つけた』……と言っています」 アサは今までの地味な作業の連続を思うと胸が躍った。エスペシャリーが走り出したその方向についていくと、そこには動く物体が姿を見せ始めた。 茶色くてふさふさな体毛 尻尾の先は白い そしてつぶらな瞳…… 「フィ~~♪」 「ブイ~~♪」 そう、イーブイだ! ――ってダメじゃん…… アサは頭を押さえてうつむき、そのがっかりとして心情をアピールする。 「『あら、かわいい子ね♪』とエスペシャリー。イーブイは『遊ぼうよ~~♪』だそうです。 においからするとあの野生のイーブイ……ほぼ100%雄ですね」 フィリアが通訳したエスペシャリーの会話の内容は、仕事中にある者の台詞としていかがなものか。 「エスペシャリー……」 アサは野生のイーブイといちゃつくエスペシャリーに、呆れたように話しかける、同時にエスペシャリーの耳を掴んでひっぱる。 「はいはい、エボルの時とイイ、同性愛は程々にしてよね……」 エスペシャリーがサイコキネシスを使って地面に貼り付けようとしてくるが、悪タイプの波導使いであるアサは、つつがなく彼と野生のイーブイ引き剥がした。 **第三節 [#v0f0b109] そして、そのころのもう一人のトップレンジャーダイチが作業中の現場では…… 「いやぁ、思ったより集まったね……ボランティアの人。日曜日だってのもあるだろうけど、これも日頃から築かれていた僕たちレンジャー信頼のおかげかな?」 リンタイシティよりはるか東に源流をたたえる&ruby(テミズ){帝水};川。その流域近くに鎮座する化学薬品工場。この工場は、もとより排水を流すためにこの川流域に作られているわけではなく、薬品を精製する過程で発生する熱を冷却するために&ruby(テミズ){帝水};川の水を利用させてもらっているにすぎない。この川は世界有数の清い川だ。汚してはいけないという信念が工場長を始めとするこの川と共に暮らしてきた者たちには根付いている。 そのため、今回のように市民たちもこの美しく生物の豊富な川がもとの輝きを失わないようにと作業への参加を決めたのだ。無論のこと工場長も、『日ごろ世話になっている川に害毒を垂れ流しにしては川に申し訳が立たない』と、ボランティアを呼び掛けたりレンジャーに協力を要請したりするだけでなく、私財をなげうって専門の業者に作業を依頼している。 観光名所として多くの人が集まるこの&ruby(テミズ){帝水};川も、この日ばかりは観光資源の遊覧船はお休みだ……そこに住むポケモンを始めとする生き物たちを、汚染に巻き込まれないようにレンジャーがキャプチャして外へと退避。もしくはこの期に水タイプのポケモンを大量にゲットするトレーナーもいる。 だが、この川は流域面積が極めて広い……業者やらボランティアやらが協力したところで、オニスズメの涙のようなもの。流れが緩やかで、潮の満ち引きに影響を受けて逆流するような川であるために一日のうちに海まで到達することはないだろうが、それでも流れ出した範囲は広い。これほどの規模ともなれば、やはり支部長が下したスイクンやシェイミに頼るしかないというのは賢明な判断であるのだ。 その川では、ダイチの手持ちのトライデントや&ruby(ちゃぶだい){卓袱台};が特に頑張ってくれていた。 さすがの伝説のポケモンも炎タイプを併せ持っているヒードラン故に&ruby(コタツ){炬燵};はお休みであった。 「ふう、水はもう恐ろしく冷たいって言うのに……また作業しなきゃならないのは辛いものだね」 そんな作業も今は一時休止中……遊覧船はお休みといえど、貨物船までは休むわけにはいかず、休憩を挟む時間は貨物船に合わせているといってもいい。 休憩中、ダイチはあれから一ヵ月半たった今でも勘違いを続けていて、&ruby(てこ){梃子};を使ってもひっついて離れないトウロウという名のハッサムに抱きつかれている。自由な片腕では工場長の計らいで参加者にまかなわれた遅めの朝食を食んでいる最中のことである。彼の携帯電話が高らかに鳴り響いた。 『ガァァァァ! メェタァァァァ! ブルル! シィィィィィ! ……』 彼の携帯電話は手持ちの鳴き声がヒードラン、メタグロス、ルカリオ、ハッサム、エアームド、エンペルト、クチート、ドータクンの順番になく声が着信音になっている。そんなとても個性的な(悪い意味で)呼び出しに応じて、ダイチは携帯をとる。その画面に映っていた発信者の名前を見たとき、彼の表情が変わった…… 「こいつは……何が起こったんだい? いや、とにかく……もしもし。こちらダイチです……はい、はい、……まさか、そんなに早く? ウソでしょう? わかりました。&ruby(さっきゅう){早急};にお願いします」 「ダイチ様……どうしました?」 ただならぬ様子に、アルカナムがチョコ食べることを中断して話しかけてくる。 「ああ、育て屋に預けたコイルが……もうすぐレアコイルに進化するって……だから、『記念にビデオ撮影しますか?』と聞いてきたから、『早急にお願いします』と……まさか、こんなに早く進化するとは思わなんだね。でも、あらかじめ取り寄せておいた天眼山石を使ってジバコイルに進化させれば……特に対策で来ていなかった水タイプや飛行タイプへの対応も可能だ。う~ん……これは嬉しい誤算だね。僕の日頃の行いがよいおかげかな?」 「ブルル……そうですか」 ルカリオ独特の唇を震わせる音を出しつつ、心配して損したなという顔をしながらアルカナムは再びデザート代わりのチョコレートを食べ始めた。 ---- つまりはアサもダイチもほのぼのとしていて、険悪な雰囲気となっているのはウールの集団だけである。 黒い眼差しで束縛されたトキシンことスイクンは、臨戦態勢になったウールを冷めた目で見つめている。 「なるほど……どうあっても&ruby(ワタクシ){私に};付いてきてほしいというわけですね? ですが、&ruby(ワタクシ){私は};こう見えて以外とせっぱつまっておりまして……ですが、やるしかないのならば、甘んじて受けましょう。 『&ruby(ワタクシ){私};は 毒の魅力を 語るため 命の尽きぬ 此の体 ホウオウ様より 譲り受け 語り伝える 賛美歌は 毒にまみれた 断末魔 毒は伴奏 歌手は貴女だ』」 ウールには意味(意図)がよくわからない長歌を歌い終えたトキシンは、その目に殺気をたぎらせる。 「いざ!」 牙に氷の波導を帯びて駈け出したその体はとにかく速い。水の上を風のように走るだけの身軽さに裏付けされたその素早さは驚きの一言で、 ――こんなんじゃキャプチャなんてまともに出来るわけがない。 とウールに思わせるのには十分であった。だが、どれだけ速かろうとも当然のこと空手の突きに比べれば届くまでの時間はこちらの方がずっと長い。 本来は小舟で水をかくための道具である櫂を地面に突き立て、それを盾として氷の波導を帯びて牙による噛みつきを防ぐ。だが、トキシンは空中で身をひるがえして櫂をかわし、すれ違いざまにヴェールを&ruby(むち){鞭};と為しウールの脇腹を甲高い音を響かせながらはじく。 ――痛ッ……フィオレ地方でゴーゴー団がエンテイを最後の砦として繰り出したと聞いたけど…… 当の攻撃を加えたトキシンは重心が空中に浮いた状態から右足を地面に突き刺し、それを軸にして体の前後を反転させる。地面に敷かれた草の絨毯を盛大にまき上げつつ地面を滑り、角に力を集中させ首を右上から左下へ振りながら、息つく間もなくハイドロポンプ繰り出す。 ウールは櫂を漕ぐようにして横に跳んで水流をよけ、受け身を取って転がった。 ――そんなエンテイと同列のスイクンは、動く気力もなくなるくらい叩きのめして、心を折ってからじゃないとキャプチャは無茶だ……。 トキシンは首を振る勢いそのままに体ごと回転・跳躍をして、体中の電気をスパークさせ火花を散らしながら突進をするスタンの攻撃をかわし、ミルキーの放った放電攻撃には&ruby(ミラーコート){反射護封壁};で威力を十二分にして返す。 デンリュウであるミルキーといえど、発電器官以外に電気を受けてはその体がマヒすることだってある。ましてや、スイクンの強靭な&ruby(ミラーコート){反射護封壁};で強化されたものを反射されたとあれば結果の想像は難くない。 麻痺してまともに体を動かせないミルキーをかばうように、アルバがサイコキネシスを用いてトキシンを地面に縫い付ける。だが、すぐさまそれを気合いで振り払うと、スタンの噛みつき攻撃が届くより早く、ミルキーにうなりをあげて襲いかかる。速さは北風のごとく、威力は濁流の如き一撃がミルキーの心臓周辺にたたきつけられ、ミルキーは瞬く間に昏倒させられた。 ――同じ四足でもスタンとはケタが違うこの強さ……くそ、思っていた以上ね。 ミルキーが倒された時、攻撃のショックで放たれた静電気がトキシンに一矢報いていた。それを好機と見たウールは、自身すら焼き尽くす高圧電流を全身に纏い、&ruby(ボルテッカー){捨て身の特攻};を仕掛け、同時に角の間に櫂の腹を縦にして差し込み、体当たりがヒットしてノックバックする間に、櫂の腹を横向きにして抜けないようにする。 ――ボルテッカーでマヒする時間が長引けば儲け物。そうでなくとも、ノックバックしている間にスタンとアルバが攻撃できるはず…… その期待に応えるようにアルバが後左足を草で引っ張り転がして攻撃。ウールが手に固く握っていた櫂が角に引っ掛かり、トキシンの首が大きく捻られる。 トキシンはひっくり返った天地に身を任せることすらできず、頭を強く捻られ眼前の景色をゆがませながらもがいていたところ、後右足をスタンに噛まれる。 ――これで両後足と首を傷めつけられたはず……二人とも、やるじゃない。 ウールは地面から足を離し、櫂を手掛かりにして、電気の波導きを纏った足で踏みつける。そんな技を使えるポケモンは今のところ聞いたことがないが、サンダーキックとでもいうべき技で、スイクンの顎を"殺す"つもりで攻撃する。だが、これで死ぬのはあくまで普通のポケモン。スイクンはそれほどヤワではないはず。 ウールの考えは正しく、丈夫で電気の波導に強いスタンにすら、躊躇する攻撃を喰らっておいてもトキシンは参ったようすもなく、カッと目を見開いた瞬間には神通力のようなもので吹き飛ばされる。 トキシンが首を振って振り払った櫂は左前方に飛ぶ。それを確認する間もなく、このメンバーの中で旗艦ともいうべきウールを狙いに定めてトキシンは走り出す。トキシンの血の滴る口内に覗かせるのは、人間の目ですらうっすらと桃色に色づいて見えるほど強力な毒の波導だ。 「さあ、毒は伴奏。歌手は貴女です!!」 まともに食らえば死の覚悟すら必要に思える毒が放たれた時、エスパータイプであったおかげで先ほどの神通力による攻撃の被害が薄かったアルバが、テレポートでトキシンよりも素早くウールの前に立ち、吐き出したその毒気を一手に引き受ける。 「断末魔を歌う歌手は一人よりも……二人のがよいだろう?」 アルバがいう二人とは一人目が自分であり、もう一人目はトキシンのことだ。アルバはネイティオの特性『シンクロ』の効果により、ウールをかばうと同時に相手の力を削ぐ。 「主人をかばいつつしっかりからめ手を行う……その見上げた根性、やりますね」 アルバが毒にまみれた翼でトキシンの角を掴む。トキシンがアルバを振り払うために水の波導を零距離で放つ間に、スタンが左後脚に噛みつく。アルバは水の波導に何とか耐え抜いて、その目から怪しい光を放つがトキシンは痛む首を振って目をそらす事でそれを避け、後ろ脚でスタンを蹴って振り払う。 角を掴んでいたアルバは、トキシンが首を振ると同時に地面に転がされ、その翼を角から離す。その際睡眠による回復を図るため、意識を手放そうとしていたアルバと首を正面に戻したトキシンが見たものは、櫂を大きく振りかぶるウールだった。 「御免!」 容赦のかけらもなく振り下ろされた櫂は、草の波導を纏っていてウッドハンマーと呼ばれる捨て身の技だ。反動を受けることさえ気にしなければ、スイクンに対して効果が抜群となる。鈍い音を立てる櫂の衝撃は分厚い&ruby(タテガミ){鬣が};その大方を防いだものの、それでも有り余る一撃であったのか、トキシンは痛みに堪え切れずに地面に転がる。好機と見たウールは、ウッドハンマーによる反動で痛む体をおして構えをとり、スタイラーに向かって再度宣言する。 「キャプチャ・オン!」 ウールは、左を向いた体勢で寝転がるトキシンの右前足を、自身の右足で踏んで動けないようにして、足から電撃を放つ。 そうして動きを制限した状態で、スタイラーから独楽のような装置『ディスク』を放ち、手袋に内蔵されたアンテナで操ってスイクンを囲む。それを見たスタンは自分の体とディスクが衝突しないように、攻撃することなく後ろに下がってその様子を見守っていた。 ――どうやらアサは、顔を舐めることをやめさせる教育以外は立派に行っているようね…… 「風前の灯……ですが、活路はまだあります」 トキシンは電撃に痺れたその体でヴェールを手繰り寄せ、ウールの右足を&br(すく){掬};いとって転ばせる。トキシンが起き上がりつつ放った毒々に対し、ウールはディスクを操る手を止めて防御をした。 だが、皮膚の上からでもその体にしみわたる毒は、容赦なくウールをの体を侵していく。ウールは水を浴びた状態からの吹雪を警戒して厚着をしていたが、とっさの判断で毒がしみこむ前に服を引きちぎるように上着を脱いで対処する。 脱いだ上着はスタンの体当たり攻撃を避けているトキシンへと投げつけ、視界をふさぐる。服の先の見えないところで何が待ち構えているのか気味が悪く思ったトキシンは、反撃に転じることなく、闇雲でも、よける選択肢を選んだ。ウールは服の上から踵落としを仕掛けようとしていたため、トキシンの行動は結果的には賢明な判断であった ――くそ、キャプチャのやり直しね…… 足で地面に叩きつけたのがスイクンではなく、服だけだとウールが知ったときには、トキシンは攻撃に転じている。氷の波導を帯びた牙で噛み付きにかかるトキシンに、ウールは肘と膝で口を挟みこんで防御と攻撃を同時に行う。 噛み付かれるという最悪な結果はなんとか避けることが出来たものの、ウールのトキシンと比べ軽い体は押し負け、倒され、地面を転がる。 その時、スタンが攻撃を加えなければ、勝負はウールの負けで決していただろう。顎へ走る強烈な痛みで周囲への気配りがおろそかになっていたトキシンは、スタンの左からの体当たりで大きく横に吹っ飛ばされ、ウールへのトドメを中断させられた。 その頃にはウールの体に異変が生じていた。先ほど毒がしみ込んだ場所にわずかに痺れを感じる。 ――技を警戒する必要がある以上、これ以上脱ぐこともできない……味方はもう二人が倒れてスタンしかいないし……仕方がない、短期決戦で一気に決めるしかない。 「BOX・All ジョブ・スタート!」 先ほどまでにキャプチャしたポケモン。チェリム、パチリス、ヨルノズクなど。森に住むポケモンたちを戦闘員として臨時に呼び出す。今日は天気がよく、チェリムはフラワーギフトが使える状態だというのは幸いなことだ。 トキシンは新たに現れた6匹のポケモンを目にして、『逃げるが勝ち』と決め込み黒い眼差しでにらみ続けているムウマを倒すべく体を翻す。 **第四節 [#y93c8b43] ――まずい……ムウマがやられる。この状態から攻撃できるとすれば……これしかない。 ウールはスタイラーを構え、ディスクを最大出力で射出する。ウール達トップレンジャーに支給されるファインスタイラーは、最大出力で放ったディスクならば近距離のコンクリートや氷を軽く砕くだけの威力がある。そのために奇襲攻撃として使うことも可能といえば可能だ。特に、ディスクにはポケモンの力を借りることで波導を込めることができる。それはポケアシストと呼ばれ、スタイラーによるキャプチャと同時に攻撃が行える機能である。 もちろん、この機能をそのまま攻撃に転じさせることも可能である。 波導使いのウールは、それをポケモンの力無しで扱うことが出来るため、その有用性は計り知れない。 ――離れているとはいえ、気をそらすくらいの攻撃力はあるはず…… 雷の波導を纏って射出されたディスクは後ろ脚にあたり、その痛みに驚いて激しくよろめいた隙にスタンが追い付き噛みついく。 ――キャプチャしたポケモンを出したはいいが、野生のポケモンを無暗に戦わせて重傷を負わせるわけにはいかない……ともすれば、ここで使うべき技は後方支援技。特防はチェリムのおかげで高まっているから直接攻撃だけ警戒すればいい。 「チェリムはパチリスに手助け! パチリスはスピードスター! ヨルノズクはエアスラッシュ!」 桁違いなスピードと発射数故に、避けることが不可能に近い技を継続的に放ちながらスイクンをけん制する。本当はタイプ一致の上にスイクンの弱点となる電撃波を使いたいところだが、パチリスが使えるかどうかわからないものに望みをかけるのは危険だという判断からだ。 パチリスのスピードスターが当たりトキシンは一瞬目を細めてしまう。その甲斐あって、トキシンはヨルノズクのエアスラッシュに注意を回すことが出来ず、もろに喰らってしまう。 ウールは3匹の働きによってできた隙に、間合いを詰め、櫂で右下からゴルフスイングして地面に無限に存在する木葉を巻きあげて眼つぶし。ゴルフスイングの勢いそのままに一回転させ、トキシンの顎に左下から強力な一撃を加えた。 トキシンが美しい姿には似つかわしくない汚らしい声をあげて、血の混じった唾液を飛ばしながら左を向いて倒れる。倒れたトキシンの脇腹へ、スタンがすかさずギガインパクトを喰らわせ、反動でまともに動かない体は間合いを詰める勢いを利用して前方に転がり、ウールの邪魔にならない場所へ退避する。 スタンが頑張っている間に今回のキャプチャの堀出し物であるグラエナの群れ3匹に指示を出す。パチリスのキャプチャの際に付いた血の匂いを隠さずにいたら、グラエナの群れに襲われたため、体が大きく仮の主役である雌を選んでキャプチャしたのだ。 「グラエナ達、協力して噛み殺せ!」 ウールはトキシンに電気ショックを与えながらそう叫ぶ。本当に殺したらどえらい事だが、先ほどと同様に、そのつもりでないとこっちがやられると配慮してのこの言葉だ。 ――あなたたちがカギ……頼んだわよ…… グラエナの3匹全員が思い思いの場所に噛みつく。ウールも毒や反動を受ける技も手伝って軋む様に痛む体を引きずりながら間合いを詰め、グラエナ達の感電を恐れて&br(ノーマル){覇気};の波導を纏った蹴りを叩き込み、これで最後になるであろう宣言をする。 「キャプチャ・オン」 スタイラーディスクが、3匹のグラエナとウールが抑えつけているトキシンの周りをまわりだす。精も根も尽き果てたトキシンは避けることも、ディスクを弾くことも出来なかった。ディスクの回転音があたりに響き、間もなくキャプチャは成功した。 「ハァ…ハァ…ハァ……BOX All・リリース……」 その宣言で、それまでキャプチャ状態であったポケモンたちは、先ほどのムウマも含めそれぞれのすみかへ戻ろうとする者、それを餌として狙う者に分かれていった。 ――ごめん、パチリス……グラエナの前でリリースするんじゃなかった…… 「スイクン・ジャム……」 『ジャム』の宣言で、トキシンは紫の光に包まれながらスタイラーのポケモン収納ボックス内に&ruby(詰め込まれ){Jamされ};、ようやくキャプチャの工程をすべて終えられる。 ジャムされたポケモンが抵抗しないことで、初めてキャプチャの完了を意味し、トキシンが抵抗しないことが分かるとウールは胸をなでおろす。 「BOX・1、ジョブスタート」 その宣言とともに、トキシンが放たれた。もはやその表情に敵意や殺意はこもっていない。 「ふむ、あなたの想い……しかと伝わりましたよ。攫ってしまうつもりがないことも、敵意がないことも、この仕事にかける思いも……&ruby(ワタクシ){私、};あなたのことを誤解していたようで……面目ありません。では、ここでお詫びに短歌を一つ……」 ――正直短歌なんて迷惑よ…… 「『誤解して 申し訳ない この気持ち 解消すべく 毒で切腹』」 「くだらないこと言っていないで……あんたは治療が終わったらできるだけ早く&ruby(テミズ){帝水};川流域に向かいなさい。いや……その前にポケモンセンターね。スイクンが毒使うなんて思っていなかったから、それ系の道具をまったくもっていないのよ……」 &ruby(いくばく){幾許};かの手当てをしているうちにも、先ほどの毒がまわり顔色が悪くなるウール。浴びた量が服のおかげで少量だったのがせめてもの救いだ。 「心配はご無用。シンクロによる毒や火傷は暗示によるもの。&ruby(ワタクシ){私は};自己暗示が使えますゆえ、毒はすでに治りました。ですから、応急処置が終わればすぐさま貴方を町に運ぼうと思います」 ふと、物音がしたので後ろを振り返ってみれば、先ほどまで眠っていたアルバの大きく見開かれている。 「クワーーーーーッ!」 アルバが目覚めると同時に、大きな声を上げた。すべての傷と猛毒を癒すための睡眠だというのに、ネイティオという種族柄か相変わらず早いお目覚めだ。 「スイクンにネイティオ……どちらも便利な体ね。だめ、頭が痛くなってきた……トキシン、応急処置の途中だけどもう行ってもらえるかしら?」 トキシンは立ち上がり、ウールの方を振り返る。 「しかし……その様子では陸上でも空中でもポケモンに乗って移動するのは危険では? 私はヴェールを使って背中に固定出来ますゆえ、よろしければ&ruby(ワタクシ){私が}治療できる場所まで運んで行きますが……」 「是非……頼むわ」 トキシンは、ウールに背中を向けヴェールを踏み台として背中に乗るように促すが、ウールは立とうとせずに目覚めたばかりのアルバの方を見る。 「了解した……ウール……」 アルバはその目配せの意味を理解し、ウールをサイコキネシスで優しくトキシンの体に乗せる。背中に乗ったウールは、スタン、アルバ、ミルキーの三匹をボールに入れてトキシンに話しかけた。 「もういいわトキシン……行って」 「それでは一刻も早く……と。では、あなたの御命運を祈りつつ行きましょう」 そう言ってトキシンは背中に乗っているウールを自身のヴェールで固定すると風のように走りだす。ウールは手放したくなる意識に苦しみながらスイクン特有の清流のような匂いのする美しい&ruby(タテガミ){鬣を};左手で掴み、右手でスタイラーの無線のスイッチをオンにする。 「オペレーター聞こえていますか?」 『はい、聞こえております。ウールさんでよろしいですね?』 無線から聞こえる声を聞いてウールは続ける。 「ただいまトキシン……いや、スイクンとそちらへ向かっています。ただ、キャプチャの際に毒に侵されたので、私はそのまま治療できる場所へ向かおうと思います」 『分かりましたウールさん。ミッションクリア、ご苦労様です』 通信を終えたウールはぐったりとしながらその&ruby(タテガミ){鬣へ};顔を埋め、高級なベッドにも勝る良い感触を健全な状態で味わいたいなどと思いながら、ウールはトキシンの背中で揺られていった。 ---- トキシンが満身創痍のウールを運ぶ間のアサ達はというと…… 「フィ? フィー!!」 エスペシャリーが再び、今までと違う反応を見せた。 「今度こそか?」 「今度も『見つけた』……と言っています」 アサは今までの地味な作業の連続と、さっきの事を思うと胸が躍った。エスペシャリーが走り出した方向へついていくと、そこには動く物体が姿を見せ始めた。 クリーム色の体毛 四肢や額、しっぽに生えたやわらかで美味しそうな&ruby(みずみず){瑞々};しい葉 そして、つぶらな瞳…… 「フィ~~♪」 「リ~~♪」 そう、リーフィアだ!! ――ってダメダメじゃん……そういえばここってリーフィアに進化できる地域かぁ…… アサは頭に手を当てて呆れた動作をする。 「『あら、かわいい子ね♪』とエスペシャリー。リーフィアは『おや、お前こそ♪』だそうです。 匂いからするとあの野生のリーフィア……ほぼ100%雄ですね」 フィリアが通訳した内容は、仕事中にある者の台詞として本当にいかがなものか。 「あのなぁ……エスペシャリー。まずはシェイミをさ・が・せ!」 アサは野生のリーフィア♂といちゃつくエスペシャリーに、悪の波導を纏った手で抜き手を喰らわす。アサはバッタリと倒れたエスペシャリーの背中の皮を掴み、ずるずると引きずって行った。 「辻斬り……いつの間に覚えたんですか?」 「唐突だが。初めてやってみた……一応、やり方や練習法はウールから教わっていたんだが……唐突にやって上手く成功するものだな。この技の型……波導を変えればリーフブレードにもシャドウクローにもなるんだが、ウールは修業の段階で挫折したらしいんだが……おれも辻斬り覚えるのは諦めよっかな……指が痛い。 いや、ウールが櫂を媒介にしてウッドハンマー使うように……吹き矢を媒介にして使えるようになれば……」 「アサさんの指……鍛えが足りないせいか、痛そうですもんね私もスプーンを媒介にサイコカッターやってる口ですので、媒介にする方法でしたらよければ指南いたしましょうか?」 「うん……いつか頼むよ。それにしても……ブイズって雄が多いよな……なんでだ?」 「雌は致死遺伝子が働く状態でX染色体上にある致死遺伝子の抑制遺伝子が働く可能性が低いので生まれる前に死亡する確率が雄に比べて極めて高いのですよ……ブイズやルカリオの個体数が少ないのはひとえにメスが少ないのが原因なのですよ」 「豆知識……ありがとう」 ――全く分んねぇや…… アサはすっかり赤くなった指をさすりながら、エスペシャリーとともに次の場所へと向かう。 ---- 第3話はこれで終わりです。スイクンの性格壊しすぎたかなぁ? [[第4話へ>あこがれの職業? 第4話:水晶を救出せよ!]] *コメント [#k7ed2e64] #pcomment(あこがれの職業? 第3話コメントログ,5,)