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あこがれの職業? 第2話:劣化した私 の変更点


作者……[[リング]]
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[[前回へ>あこがれの職業? 第1話:スタン受難]]
*第2話:劣化した私 [#z536f29e]

**第一節 [#g9242d70]

「それじゃあ、連れていくわね。今日もよろしく、ヴォルク君。ラミアセアエちゃん」
アサたちの謹慎四日目……普段はレンジャー権限で手持ちを10匹まで連れて歩けるが、謹慎中故に手持ち8匹のうち2匹を置いていかざるを得ないアサとしては非常にありがたいことに、ウールは毎日ヴォルクを預かってくれる。
ウールの手持ちのエネコロロであるオーキダセアエや、ミミロップのインパティエとアサの手持ちであるプクリンのハリカとエネコロロのラミアセアエは、とある先輩の引退を機に受け継いだポケモンであるため、全員きわめて仲がよく、そちらのほうも快くあずかってくれる。昨日はハリカ。今日はラミアセアエといった具合だ。

 今回のようにウールのなんだかんだ言って面倒見の良いところには……
「&ruby(ガウゥッ♪){姐さんもらった♪};」

「お前は……畜生道から餓鬼道に堕ちろ! この&ruby(ミカルゲ){煩悩全開};レントラーめが!」
スタンに対しては例外ではあるが……面倒見の良いところにはいろいろ助けられている。スタンは……その面倒見の良い女にひざ蹴りの後地面にたたきつけられ、尻尾を掴まれながら脳天をガシガシ踏まれている。

「ふふふ……餓鬼道に堕ちたものはねぇ。食べ物が食べられなくって苦しむのよ。あなたの口を砕けばあなたもこの世界にいながら餓鬼道の仲間入りかしら? まあ、さすがにそうまではしないけど……心の隅には置いといてね?
 まったく……舐められることは少なくなったけど、少なくなっただけで……相変わらず舐められる……クソッ。この、学習装置でも治らない馬鹿……今度レントラーのポケモン図鑑コメントを『おおきなしたで ひとのかおをなめるとき そのいのちは おわってしまう』に変えてやれるくらいい痛めつけようか……」

「また物騒なことを……て言うかお前……ニヤニヤ動画見ているだろ? 『ナパーム弾』とか『その命は終わってしまう』のアレ……」
アサはウールがした図鑑コメントの声真似に思わず噴き出しながら、ウールがニヤニヤ動画ネタを知っていた理由を尋ねる。

「御推察のとおりよ……私会員登録してあるのよ……毎日あれで笑わせてもらっているわ。まあ、そんなことどうでもいいことよね? それじゃ、あなたの子は確かに預かったわ。今日も、パトロールに行って町の平和を守ってくるわね♪」
ウールがそう言ってスタンを掴んでいた手を離し、ようやくスタンは解放された。喋れる状態になったスタンは、さっそく愚痴を漏らす。

「&ruby(ガウゥッ……){いたたた……};&ruby(グアァァウ……ガウグァァァォォル){しっかし……なんか最近のウールって嫌な臭いがするんだよなぁ……};」
ウールはレントラーが苦手とする柑橘系の匂い。グレープフルーツの匂いを自分の体に振りかけている。
だから嫌な匂いがするのは当然のことなのだが……ウールは手が出る、足が出る!

「誰が悪臭女だ、この悪習レントラー! 私の匂いはグレープフルーツの香水の匂いだ!」
こうしてスタンはウールに虐待される……最早ウールにとって、スタンへの突っ込みという名の虐待、もしくは躾という名の虐待は条件反射となっているようだ。

――フィリアも通訳しなければいいのに……。
 しかし、ウールが力一杯虐待したところでスタンの体はなんということもないという、例えるならば伝説のポケモンのルギアみたいに丈夫なポケモンである。どういう経緯でこんなに丈夫になったのかは一切不明である……突然変異だろうか?


 ウールと別れたアサ、は今日も今日とてレンジャーユニオンのカフェテリアで&ruby(くつろい){寛い};でいる。謹慎中は実家の農村へ帰ってトロの父親をはじめとする引退したポケモンたちに会いに行ったり、初日のように買い物に行ったり……アサが謹慎の意味が分かっているのか少し怪しいものだ。

「アサ……僕の頼みを聞いてくれるかな」
そんな彼への今日の訪問者は……このユニオンに所属する最強最後のトップレンジャー。通称『鋼タイプマニアのダイチ』である。
 この男、波導使いではないがゴキブロs……もとい、ヒードランを『キャプチャ』ではなく『占有』しているほどトレーナーとしての高い実力を持つ。だが、彼は満足しておらず、最終目標はディアルガをキャプチャすることなんだとか。
 そんな鋼マニアかつナルシスト気味な部分が鼻につくこいつが、鋼タイプなど一匹も持っていないアサに対して一体何の用なのか?
 後ろにはヒードラン・メタグロス・ルカリオ・エンペルト・エアームド・ドータクンが見える。2匹足りないようだが……クチートはデカブツの陰にいるだけとして、ハッサムが見えないのはおかしい。

「唐突に一体何の用よダイチさん?」
神妙な面持ちのダイチはひどく悩んでいるように見える。普段ナルシスト気味な彼なだけに珍しい表情である

「最近な……おれの手持ちのトウロウの動きが悪いんだ。あんまり動いてくれなくってな……」
口調から察するにその問題が深刻であることが容易にわかる。

「病気じゃないのか?」

「ポフィンもポロックもあんまり食べないから僕もそう思った。でも、医者に診てもらったんだが、どこも異常はないらしい。
 精神的な問題だって言われて話でもしようと思っても、通訳のアルカナムには理由を話してくれないんだ。最近では、一緒に歩きたがってくれないくらいになっちまって……だから、今日は部屋で留守番してもらっている」
ダイチは自分の美しい銀色の髪をかきむしった……

「でさ、考えたんだ。アルカナムって男だろ? 人間だっていせいには相談しづらいこともあるだろうし、もしかしたらトウロウも……」
トウロウとはハッサムの雌。アルカナムはルカリオ雄。ダイチの手持ちの中でアルカナムは唯一、人間の言葉を喋ることができるポケモンである。

「だから同性の方が相談しやすいかもしれない……と? それで、フィリアを借りたいって言うのならもちろんフィリアの意向次第だ。あいつはたぶんNOとは言わないよ」
それを聞くとダイチはほっとしたような面持になる。

「有難いよ……それで、フィリア君はどこにいるんだ?」

「フィリアなら今は図書館で本読んでるから……たま~にとんでもない所にいるから俺と一緒に行こうか?」
そんなわけで、アサはダイチをフィリアに会わせることになった。今回彼女が選ばれた理由は『同性』だから……ではあるものの、彼女の通訳能力は素晴らしいの一言に尽きる。まずはフーディンとして生まれ持ったその豊富な語彙力が、感覚で話される&ruby(あまた){数多};のポケモンの言葉から、変換した際の適切な言葉を選び出すことができること。
 そして、何より重要なのはシンクロの特性である。これのおかげで、深く通訳に入り込んだフィリアは通訳するポケモンに合わせて涙を流すこともしばしばである。サーナイトでは語彙力が足りず、ネイティオはせっかくのシンクロの特性を生かそうとせず、無表情な声でしか通訳しない。結局のところ彼女以上の通訳ができるのはミュウ以外にいないとすらいわれている。ポケモンに関する相談は専門家の次に彼女に聞けというのは当レンジャーユニオン内では有名な話だ。

こうまで頼られるフィリアだが、変わった一面は前述した通り。図書館では落ち着いて読むためと称してとんでもない場所にいることが多い。あまりにも見つからないので彼女に持たせた携帯電話にメールをして場所を聞いたら、落ち着いて読むためとか言って、案の定とんでもない所にいるらしい。そこは下からは死角になっていて上にあるものの姿を視認できないシャンデリアの上だ。

アサはあきれた様子で『馬鹿! 早く降りろ。そしたら本を元の場所に戻して西口に来てくれ』とメールを打つ。


「通訳ですか? ……ふむ、なるほど。同姓だからこそ話せる気持ち……ですね? どこまで力になれるかはわかりませんが、任せてください!」
もちろんフィリアの返事はOKであった。こうして、フィリアはダイチに連れられてトウロウの元へ行くこととなった。

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**第2節 [#s0bdc250]

「ただいま……」
今日は非番であるダイチは一日中トウロウと付き合うことができるため、謹慎中のアサからフィリアを借りた。そういった基本的な事情は数日前にスタンを借りたウールと同じだ。

「ごめん、窮屈だろうけど……入ってて」
少人数での腹を割っての話をするため、他の手持ちはすべてボールに入れて、やさぐれているトウロウの下に向かう。

「トウロウ……今日……君から話を聞きたいんだけど。やっぱ異性経由じゃ話しづらかったよな? だから、僕が友達に頼みこんでフィリアさんを連れてきたから……今日こそは話を聞かせてくれないかな?」
拗ねたままのトウロウは答えない。

「ふむ、シンクロで見た限りでは……この子は寂しいみたいですね……何か心当たりはありませんか?」
と、フィリアがたずねるのだが……

「いや、こいつを置いていくことなんてないし……それに、戦闘だってよく前線に立たせることだってある。だから……わからない」
と、ダイチは顔を伏せた。

「でしたら、通訳とかそんなのなしで……私とトウロウさんだけに分かる言葉で会話させてもらいます。……聞かれているといろいろ話しにくいこともあるでしょうし……終わったら携帯で呼びますので、少々待っていてください」

「わかった……」
そう言われると渋々ながらもダイチは従う。ナルシストなところはあっても自分のポケモンに異常が起これば大弱りなあたり、ちゃんとしたポケモンへの愛が感じられると、フィリアはダイチの『ナルシスト』という評価のから少しだけ評価を見直すことにした。見直した後の評価はもちろん『ポケモン想いのナルシスト』である。

――さて……
「トウロウちゃん……話してくれるかしら? あなたはご主人様の何が不満なのか」

「進化したくなかった……」
絞り出すようなかすれた声でトウロウは言うのだ……だが、これでは要点を得ないためいまいちわからない。

「進化して……何が嫌になったの?」

「昔は……ストライクの頃は私のことをよく使ってくれたの……高い所にあるものを取ったり、何かを切り裂いたり……でも今はほとんどの仕事を取られちゃっているの……
 戦闘だって平等じゃない。私よりも&ruby(ちゃぶだい){卓袱台};とか&ruby(コタツ){炬燵};とかトライデントばっかり優遇して……ストライクの頃は違かった……私が違う姿をしているから違う役割があった……でも、今はもう私の役割なんてないの」
徐々にうるみだした彼女の瞳からは大粒の涙がこぼれ始める。金属質でその表面をロウに近い成分の膜でおおわれた彼女の体表は水をはじき、抵抗なく体の沿って滴り落ちようとする。

「破壊活動はもっぱら卓袱台に任せっきり。アルカナムだって&ruby(はどう){波導};で周囲を探れるから絶対に必要だし。&ruby(ガイチョウ){鎧鳥};は飛行要因……昔は私も高い所にあるものを&ruby(どう){如何};こうする仕事もあたえられたけど、ハッサムに進化して飛べなくなったらそれも鎧鳥にとられた……」
ストライクのハッサムへの進化は、空を飛ぶ能力を失うことを意味している。それだけにトレーナーもレンジャーも進化させないでいることが多いポケモンだ。
 特に普通のトレーナーと比べると、変わらずの石をもたせてまで進化させないでいるポケモンの種類はレンジャーのほうがずっと多い。たとえば、進化する前は壁を歩くことのできるキモリや、ヤルキモノなどだ。そういう者を見ている彼女だからこそ、『私も進化したくなかった』という思いが強くなるのは当然と言えるのかもしれない。

「何かを切る役目だってトライデントにとられて……銅鐸は弱点がないから戦闘では常に前線、クッチーは体が小さいから、それを生かした仕事……私には専門分野が何にもないの。
私……ハッサムになって劣化した……進化なんてしたくなかった……」
彼女は自分が仕事を頼まれないことに劣等感を感じ、自分が無能であるということを自己嫌悪している。そして、戦闘でも誰が炎を使ってくるかわからない状況では、炎に対して紙装甲な彼女の体では迂闊に前衛を張るのはつらい。彼女を大切にすることが、結局は彼女の心を傷付けているということだ。

――そうだとして……この子にだけできること……といわれると難しい。そこはダイチさんに考えてもらうしかないようね……

「わかったわ。話してくれてありがとう……それでさ、ものは相談なんだけど、あなたの気持ち……ご主人様に伝えてもいいかしら? そうやって黙っているだけじゃ状況は変わらないし、このままじゃあなたもダイチさんもつらいと思うの。私からうまく話して……あなたのこと、真剣に考えてほしいから」
双眸から流された涙をぬぐい、こくりと彼女はうなずいた。

――あとは、私の伝え方とダイチさん次第……きっとうまくいってくれるわよね

「わかったから、もう泣かないで。ダイチさんは自分の子は大切にしている……だからこそ、あなたは大切にされすぎて、それがあなたを傷つけることになるのが分かっていなかっただけ。でも、それがわかれば貴方の事を考えた行動に出てくれるような人よ……あの人は、私も信頼出来る人ですから」
慰めの言葉に涙をふくハンカチを添えて渡すフィリア。それを受け取ったトウロウは、期待と不安をないまぜにしながらフィリアがうまく話してくれるのを待った。
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**第3節 [#w859eff4]



「と、言うわけなんです……彼女は自分が必要ないんじゃないかっていう自己嫌悪に悩まされていて……ですから、幼いころのように彼女に役目を与えてあげることが彼女のやる気を回復させることになるのではないでしょうか? あくまで憶測ですけどね……。ですから、私ができるのはここまでですね……通訳以上の出過ぎた真似はこれ以上は……あなたが考えるべきことまで失ってしまう」
フィリアがそういうと、ダイチは言葉をさえぎるようにフィリアの前に手をかざした。

「わかってる……本当は、言葉がわかれば自分だけで対処したかった問題だ……結局、最も重要なところは僕がやるしかないんだよね。だから、今日は……本当にありがとう。フィリアさん……助かったよ」

「そうですか……でしたら。あなたたちの仲を祈ります。今日はこれで上がりますが……また困ったことがあったらいつでも言ってくださいね」

「ああ、お前たちもな……お前たちに困ったことがあったら、僕は全力で手伝うよ!」
部屋から出ていくフィリアに手を振って見送ったダイチは、部屋の中でやさぐれているハッサム……トウロウに目を向ける。

「ごめん……僕が悪かったよ」
おもむろに後ろから優しく抱き締めて、まずは『触れ合う』ことで、単純だがわかりやすい愛情表現をして反省していることを誠心誠意伝えると同時に愛しているということをストレートに表現する。伝わってくれるかどうかは少し怪しいとは思っている。けれどそれで感じ取ってほしかった。自分が必要されていないということはないと……

「シィッ」
数秒たって、トウロウが風を切るような鳴き声を上げるとダイチの腕を振り払う。だが、それは断固とした拒否の意志表示をしたわけではなかった。トウロウは申し訳なさそうにダイチのほうを向き、3桁の後半を数える握力をもったハサミでダイチの手をそっと掴む。
 彼女の言葉の正し意味はわからない。だが、彼女は「ごめんなさい」といった気がする。たとえ違うとしても、ダイチを許す方向へ僅かばかりでも傾いてくれたことだけは、彼には確信できることだった。

ダイチは掴まれていない自由な状態の手を肩に置いた。トウロウはうろたえて、オロオロと目が泳いでいたので、あごに手を添えてちょっと強引かもしれないが視線を眼と眼が合わさるようにして見る。しばらく見つめ合う……もう顎を支える手に力はいらない。その手は添えているだけだった。
言葉がないからこそ、こうして行動だけで想いを示さなきゃいけない。少し恥ずかしい事だが、案外恥も外聞も捨てた先に行くことができれば、こっちのほうがよっぽど簡単なことではないか。『百聞は一見にしかず』とも言うように、一見させることが重要なのかもしれない。それも、最もわかりやすい方法で……

トウロウにそっと抱き返される。この愛情表現はどんなポケモンでも同じなのかなと思うと、繰り返してしまうが自分のしたことが気恥ずかしく感じられる。なぜっていうまでもない。鋼タイプのポケモンばかり愛していたダイチには人間に対してこんなことできないということだ。

――相手がポケモンだからこそできるというのは人間として失格だな……
などと思いつつトウロウにばれないように苦笑しながらも、ダイチは抱き返されたその腕に答えるように。その腕を強めた。きちんとした力加減ができるトウロウはそれ以上強く抱き返すことはしない。

――やっぱり頭のいい子じゃないか……だからこそ、ああやって悩むんだろうな。でも、そうだ……これからは日常でも戦闘でも平等に見せ場をやらなきゃ……いつ第2のトウロウがでるかもわからない。あとで、みんなにも同じようにやってやろう。それが、ポケモンレンジャー以前に、ポケモントレーナーとして当然のことだ。

どれくらいそうしていただろう……ダイチはずっとそうしていたせいか次第に眠気に襲われてきた。
 だが……それを許さないとでも言いたげにトウロウが……ガブリと肩に噛み付く。

寝ぼけた状態からの突然の激痛に目の前に閃光が走る。
――痛い……トウロウは一体何を?

視界が白と黒に二転三転した後、激痛の走った肩を見てみれば、トウロウが噛みついた場所から流れ出る血をペロペロとおいしそうになめている。くすぐったい……彼女の体温もいつの間にか、普段と比べてかなり高くなっていて、彼女は翅をはばたかせることで体の周りに纏う熱気の鎧を吹き飛ばしている。

――ああ、これはあれだ。出産に必要な栄養を雄の体から取るというアレだな。 ……あれ? ……出産? ……雄? ……もしや相手は僕ぅ!?
 ダイチは鋼タイプのポケモンを愛している。心底相手の幸福を祈っている。だからと言って……ポケモンとの一線を越える気は流石になかった。すぐさま逃げたいのだが、今度ばかりは3桁後半の握力の片鱗を発揮しただけで軽く阻止される。

今更ながら、人間の絶望的に退化した嗅覚でもわかるほどに雌の匂いが漂ってくる今のトウロウは、言うまでもなくやばい状態だ。目も青く血走っている……こうなるとおそらくは……キャプチャスタイラーなしには歯止めが利かない。

「たすけて~だれか! 卓袱台! 炬燵! クッチ~!! アルカナム~~!! トライデント~!! 銅鐸~!! 鎧鳥~!!」
だが、叫んだところで無駄だ。ただでさえモンスターボールの中には音が伝わりにくい上にレンジャー寮の防音設備は優秀だ。二人きりで話そうと優秀な防音設備を有効に生かしたダイチだが……このたびトウロウにも有効に生かされているというのは哀れな結果である。ダイチはキャプチャの腕や、ポケモントレーナーとしての腕など、レンジャーとしての総合的な能力はアサやウールよりも高いものの、このように手足を封じ込められた状態では二人と違い脱出する術は持ち合わせていない。

――もはや僕は、トウロウに童貞を明け渡すしかないのかい?
などと、ダイチが絶望の淵に立たされたその時、一筋の光明が差す。颯爽と洗われた青い影は……

「アルカナム!!」
だった。そう、ルカリオのアルカナムは音が聞こえなくとも波導を通じてご主人のピンチを嗅ぎつけられる。普段は迷惑なモンスターボールを勝手に抜け出す行為も今日この時ばかりはとてもありがたく感じられる。

「ブルル……」
と、アルカナムは唇を鳴らして威嚇すると、トウロウが構えをとる。ダイチが退避したのを確認すると、ルカリオの伝家の宝刀波導弾で攻撃する。室内で飛び道具系の技は、流れ弾が当たると酷いことになるために切実にやめてほしいのだが、波導弾は命中率の高さでは定評のある技だ。逃げ場の限定される室内では、もとより避ける&ruby(すべ){術};など皆無だ。トウロウもそれを悟ってか&ruby(ハナ){最初};からよける気などなく、守りの構えでそれを防ぐ。
 アルカナムの見せ場はそこまでだった。トウロウから漂う雌の匂いがプンプンして部屋中に充満している。それによってアルカナムは徐々にメロメロ状態にされ、攻撃にも防御にもキレをなくしていく。そうして反応速度の鈍った彼は、テクニカルに決められる彼女の『岩砕き』の連発で、徐々に防御する腕が上がらなくなっていく。ルカリオの見るからに痛そうな裏拳も防御され、強靭な握力をもったハサミにつかまれると、アルカナムはたまらず逃げだそうとする。
 トウロウは逃げようとしたところを追わずに、剣の舞により呼吸と気を整え、&ruby(シャオリー){消力};から繰り出される強力な攻撃を見舞う準備をする。
 アルカナムは破れかぶれになって、&ruby(インファイト){超接近戦};でケリをつけようとしたが、羽ばたきを交えた的確なバックステップでいいように交わされ、コーナーまで追いつめたと思っても、壁を蹴ってのクロスカウンターを放たれる。自分が相手に向かう勢いを利用された揚句、圧倒的なリーチの差で一方的にダメージを喰らったアルカナムはそのまま吹っ飛んで、(メタグロスのニックネームではなく家具の方の)卓袱台が音を立てて壊れた。

――さて、今日の晩飯はどこで食べればいいんだろうかね……
などと考えている場合ではないことをダイチは分かっている。自分を守ってくれるアルカナムが倒されてしまったとあってはただ事ではないが、彼は役目を十分に果たしたことには変わりはなかった。二人がバリバリ争っている間に、ダイチは『炬燵』ことヒードランを真っ先にモンスターボールから取り出し、トウロウと対峙させる。
炬燵のタイプは炎・鋼であり、炎に対しては紙装甲であるハッサムには非常に戦いづらい。さらには法に占有を許可されているとはいえ、ヒードランは紛うことなき伝説のポケモンの一種である。そして、運よくメスなのでトウロウの匂いではメロメロ状態にはならない。これでは敵うはずもないと悟ってか、ついにトウロウはあきらめてくれたようだ。悔しそうに床を叩き、ハサミが床にめり込む……やめてくれ……

――はぁ……トウロウに犯されるかと思った……。まったく、これでまた仲が悪くならなければいいけどね……


その後、全員をボールから出して食事団欒のひと時……家具の卓袱台が破壊されたので、メタグロスの卓袱台を代わりに……一生に一度くらいはしてみたいけど、さすがにそれはしない。今日はただ単に床に皿を置いてピクニックの時のようにポケモンと同じ目線で手持ちの子たちと食事を楽しむ。
 こうして、みんなと同じ目線で食べるのもたまにはいいかと思いながらも、食べづらさはやはり気になってしまう。食べづらいのは皿が床にあるからだけではない……トウロウは、逆強姦することこそ諦めたものの、変な癖がついてしまったようでずっと腕に抱きついてくる。料理中も食事中もだ……
 おそらく、ハッサムとは体型的に人間の一番ダイチが近いのが原因だろう。アルカナムは背が低すぎる。トライデントは太っている上に、お高くとまった皇帝気質も悩みの種だ。そしてクッチーは問題外……

――そう、まともな男は僕だけ……そう思うと納得……なのかな? とにかく僕は……人間以外を相手をするのはご勘弁お願いするよ。
そうは思ってもトウロウは抱きついて離さない。食事するときまで離してくれないとは熱々バカップルも真っ青である。

――いつか……誘惑に負けてしまいそうな僕が怖い……
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**最終節 [#obca0d1e]


翌日、アサたちは謹慎5日目
アサの隣を、カフェテリアへ向かって歩いていたフィリアは、ダイチの腕に抱きついているトウロウを見つけて駆け寄っていった。

「その後、どうなりました? まぁ、見る限りでは成功みたいですけどね」
ダイチは少々青ざめた表情をしながら苦笑して、答える。

「ある意味失敗だけどね……でも、仲直りはできた見みたいだよ。ま、僕ほどの男になればポケモンだろうと、僕の魅力には跪かずにいられないんだろうね……ははは」
ダイチは半ば&ruby(やけくそ){自棄糞};な声色だが、対して逆に抱きついているトウロウのほうは至極幸せそうである。

「シャァッ♪」
と、トウロウが言ったのでそれをフィリアがすかさず訳した……

「『私の役目はこれです♪』 だ、そうですよ。そうやって抱きつくことが役目だなんて……御熱いことですね♪ 」
と、言うとダイチは大きくため息を漏らしていた。

「なるほど……変な癖がついたんじゃなくて誤解したわけね……」
その様子を見ているフィリアは手に持っていたスプーンを楽しそうに回している。ご機嫌な時の仕草である。そこに遅れて歩み寄ってきたアサがいったセリフは……

「お~い……どうやったらそんなに唐突に仲良くなるって言うんだ? フィリアも二人きりの時は同じ様なことはやるけど、人前ではやらないっていうのに……」
プライベートの自分をばらされたフィリアは真っ赤になってアサの肩を小突く。

「もう! 恥ずかしいからプライベートをばらさないで下さいよ!」
そのフィリアとアサのやり取りはラブラブカップルそのものにも見え、目の前の熱々バカップルとは良いセット内容である。

「それじゃ……俺はもう行くから」
おとといはトウロウを医者に連れて行って、昨日は腹を割って話したということで、ダイチの貴重な二日間の日非番は終わりである。そのため今日は、いつもどおりパトロールに向かうことになっている。
 そんなわけで、ダイチは会話も早々に切り上げてアサたちと別れた。ヴォルクとトライデントがやたらとにらみ合っていた。ゴウカザルとエンペルト……何かと因縁でもあるのだろう、鉢合わせるといつものようにしている喧嘩を吹っ掛けるのだが、今回はそうしなかった。理由は鉢合わせになるときは大体、仕事が終わった後だからである。賢い彼らが仕事前ということを正しく理解しているとい証拠だろう。

「さぁ、今日はどこへ行きましょうか♪」
 フィリアがうれしそうに話しかける。この子は謹慎が好きなのだ……理由は簡単なことである。謹慎中は『仕事ではない関係』でアサと一緒にいられるからだ。どうやら……賢いはずのフーディンも謹慎の意味をよく分かっていないようである。それがアサの責任であることは疑いようがない。

「自然公園でパトロールついでに野試合でもしようぜ? ああ……でも、どうするかな。今日はウールが遅番だからあぶれちゃう2匹を預かってくれるやつが……」

「でしたら、エボル君をブイズマニアのイズミに預けましょうよ。エボルはブラッキーだから喜んであずかってくれるしょうし。ラミアセアエは……置いていってもどうせ一日中寝てるからいいんじゃないですか? エネコロロってのんびりしてますから」

「そうしよっか」
そうしてアサたちは謹慎によってできた暇を有効に使うのであった。


 仕事っぷりを聞くことになった日暮れになって分かることだが、トウロウの動きは今までとくらべ、見違えるものとなったそうだ。代償に、普段の自分が抱きつかれて動きにくくなることは許容すべきことなのか、やめさせるべきことなのか……それはダイチのみぞ知るところであろう。

[[To be continued……>あこがれの職業? 第3話:水晶と花束をキャプチャせよ!]]
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*コメント [#wb41e2c7]
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