[[作者のページへ>リング]] [[前回へ>あこがれの職業? プロローグ:謹慎の理由]] &ruby(ポケモン){超獣};虐待? いいえ、躾です。 #contents ---- **第一節 [#b75f600e] 結局処分は謹慎一週間。訓練所の使用が禁止されるため、アサはやることもなくレンジャーユニオンのカフェテリアでスポーツ紙を読んでいる。 「くっそ~~、ラクジャレイズは断トツだな……。2位のムクホークスでさえ6,5ゲーム差……このままじゃ優勝は堅い……ウィンガルズは4位で1位と9ゲーム差……頑張ってくれよぉ……」 このカフェテリアはハガネールクラスの巨体でもなければ、ほとんどのポケモンの入店を一人当たりレンジャー権限の10匹まで許可されている。そのため、フィリアを始めとするメインで使う4体の他、マニューラのシモやゴウカザルのヴォルクと6体フルメンバーである。普段はレンジャー権限で10体まで所持出来るが……今は謹慎中だから通常通りの6体まで……候補生含めて8体所有しているアサにとっては少し寂しい。 「ラミアセアエとハリカのポケフーズはテイクアウトさせてもらいますかね……」 そんな事をつぶやいていたら、レントラーのスタンがピクッと反応する。 「&ruby(ガウゥッ♪){姐さん♪};」 手を付けていたポケフーズを放って突然スタンが走り出していった。今回『姐さん♪』と通訳したのは、もちろんフィリアである。 「ああ、またか」 フィリアの素早い通訳だけでもちゃんと分かったが、念のためスタンの目線の先を確認すると、そこに居たのは食事を受けとるためのカウンターへ向かう途中の女性である。 アサと同じく波導使いで電気タイプなこの人は、アサと多くの共通点がある。 例えば手持ちのポケモン。一匹いれば何かと便利なエスパータイプはフーディンに対しネイティオ。 同じく、便利という理由で悪人達が標準的に所持するエスパータイプ対策のブラッキーに対しヘルガー。 飛行要因としてトロピウスに対しムクホーク。 電機系統の要因としてレントラーに対しデンリュウ 特に意味はないがゴウカザルに対しバシャーモ。 メロメロボディのポケモンを両性とも所持しているとか、エネコロロはどちらも持ち主の異性だとか。 マニューラとユキメノコとか……編成が似ているのだ そして、最も特徴的な共通点は、アサが悪タイプに好かれるのに対し、ウールはスタンを始めとする電気タイプに気に入られていること。現に、彼の周りにはサンダースとデンリュウがすり寄ってきている。デンリュウの方は彼女の手持ちであるからある程度当然とはいえるが…… さて、この女性を好きなポケモンの中でも、愛情表現が一際強烈なのがスタンである。油断していると押し倒されて顔を舐めまわされるのだ。今でこそ、油断しなくなったためにそんなことはなくなったが、飛び付いてジャンプしてでも執拗に舐めようとする癖は厄介だ。押し負けると強烈な鼻パンチを喰らう事になる。 「&ruby(ガァウグァォ~ウ☆){ウールおはよう……};」 ちなみに、今通訳をしているのはネイティオのアルバである。翻訳の精度の高さはむしろこっちの方が上だと言われているものの、翻訳家としての人気はフィリアの方が完全に上である。 「はいはい……やめてもらえますかなスタン君?」 ウールと呼ばれた女性はスタンのでかい顔を両腕で押さえつけている。 さて、翻訳家としてフィリアが人気な理由は一度聞けば誰もが納得できる。例えば同じセリフを通訳した時でも…… 「&ruby(ガゥガァウ!){やめない……};&ruby(グァゥグァォル☆){少しくらい舐めさせてくれ};」これがアルバで、 「&ruby(ガゥガァウ!){つれないこと言うなよ姐さん!};&ruby(グァゥグァォル☆){キスしたって減るもんじゃないってば☆};」これがフィリアだ。 一目見てわかる、これだけの違いがあるのだ。ノリノリで通訳するフィリアは、時に皆を爆笑の渦に巻き込むとして定評がある。それを分かってか、フィリアが到着するとアルバはだんまりに入るのである。 「お前なんぞとキスしたら女としての価値が減るわ! この、キス魔!」 そんなウールのセリフとともに、レントラーの雄々しいタテガミを掴み上げられて強制的に離れさせられるスタン。 「思えば随分とスタンの不意打ちに強くなったな? ウール」 アサはクスクスと笑いながらウールとスタンを見る 「アサ君……迷惑レントラーのこの迷惑な癖、いい加減直してくれないかしらね……」 そう言いながら、ウールはタテガミをさらに高く持ち上げてスタンを完全に立たせる。 「&ruby(グルルルルル……){なにくそおぉぉぉ……};」 「俺は見てて楽しいからお前が躾すればいい。その子に目立つ外傷残したりしなければ多少きつめに躾してやっても良いぜ」 執拗なスタンとそれを阻止するウールのやり取りは見ていて笑いを誘うものがある。それにフィリアの通訳が加われば鬼に金棒だ。 「&ruby(ガゥ、ガゥ、グァウ! グワァオゥ!){負けないぞ姐さん。絶対キスしてやる!};」 吊り下げられているスタンは懲りずに訳の分からない事を言っている……ようである。そこら辺はフィリアの通訳の精度次第だが、大局的な意味では間違ってはいないだろう。 「じゃあ、お構いなくいくわね、メガトンキック!」 『メガトンキック』と、言っては見たものの、実際のところウールは覇気の波導を足に纏っているわけではないので、手加減していることが見受けられる。じゃあ、痛くないのか? と聞かれれば、そう言うわけでもない……波導を纏わなくとも、彼女は標準的な木製バットを一撃で"4本"たたき折る体術の持ち主…… 「ガァォルゥゥゥゥ……」 この通り、スタンは痛そうな声をあげる。だが、タテガミから手を離した瞬間には…… 「&ruby(ガォウ♪){まぁだまだぁ♪};」 元気な声をあげて再び飛びかかってくる。蹴りの威力が低いせいもあるが、元気な子である。育て屋曰く、耐久にかかわる能力が全て良い方に異常らしい。 ――これだから&ruby(タチ){性質};が悪い……ふう、店内で穴を掘るわけにも地震起こすわけにもいかないし…… 「アサ君、ちょっとくらいの時間視力が落ちても問題がないわね?」 ウールは舐めようと迫ってくるスタンの目に手を押しあてる。 「&ruby(ガゥ? ウルrrr……){何? まさかキスってやつ};」 「んなわけないだろ、このドアホ!」 ゼロ距離で閃光をぶつける。あれだけの至近距離でやられたら&ruby(まぶた){瞼};など何の意味ももたない。特に目の良いレントラーには効果が抜群である。 スタンは、その名に相応しく強烈な閃光を喰らって数秒の間&ruby(スタン){気絶};する。 「アサ君は謹慎……私は今日と明日が非番……ちょうどいいわ。アサ君、この馬鹿……食事が終わったら今日一日訓練場で調教させてもらっていいかしら? どうせ謹慎中だから訓練場でのトレーニングは休みなんでしょ? 後……それと、貴方のヴォルクに私のバーンの練習相手になって欲しいのだけど……あんた八匹持っているから今2匹あぶれちゃうんでしょ? 私が預かってあげるわ」 ウールが笑顔になって前半部分が物騒な事を言う。後半部分については、ゴウカザルのヴォルクVSバシャーモのバーンだから全くもって問題が無い。 ――まぁ、ポケモンレンジャーにポケモンを無闇に傷つけるような奴はいない。大丈夫だろう。でもスタン……気をつけろよ。ウールは……ドSだぞ。 「お好きにどうぞ……きっとみんな喜ぶよ」 「そう、ありがとう。後でアサ君の部屋に向かうわね」 そう言ってウールは8匹のポケモンを連れて食器を受け取るカウンターへと消えていった。スタンは追いかけようとしたが、尻尾をアサに踏まれている地面をガリガリと引搔くことしかできなかった。 「でさ、フィリア……今日はどうする? 謹慎中で訓練所もスタイラーも使えないし……まぁ、ボランティアでパトロールしても良いけど……」 スタンの尻尾を踏んだまま、アサがフィリアに尋ねる。 「そうですね……たまには実戦形式の戦闘よりも試合形式の野試合でもやりたいですし……買い物もしたいですから、リンタイシティでも行きませんか? あそこならトレーナーもたくさんいますし、買い物も好きなだけ出来ますし。それに……私そろそろ替えのスプーンが欲しいんですよ」 謹慎を憂う様子もなく、むしろ暇が出来て嬉しそうな様子でフィリアは言う。 「わかった、訓練代わりに行きは走って行くぞ。いけるな?」 ちなみに、リンタイシティへの道のりは20kmだったりするが…… 「問題ありませんよ」とフィリア 「キーッ」とエボル 「グワッ」とトロ 「ニュ!」とシモ アサに着いていくのは皆慣れっこだ。今日着いていく4匹全員、問題なしと頷いた。アサはその反応に満足したように頷くと、まだ残っているコーヒーカップを傾けた。 ---- **第二節 [#y21186e6] ・ ・ 30分後…… 約束通りアサから二匹のポケモンを預かったウールは演習場への道のりを歩いていた。 「&ruby(ガァウ♪){嬉しい……};」 のんきにについてくるスタン。現在の通訳はアルバである。今もスタンは隙あらば舐めてこようと、虎視眈眈とその眼を光らせている。押し倒されそうになっては蹴り飛ばすという繰り返しは、たった数百メートルの道のりで3回もあった。そのたびにウールは蹴ったり殴ったりしている。 飛びつく際、アルバが訳した内容はすべて「隙あり……」である。そして、4回目が来た…… 「&ruby(ガウゥ♪){隙あり};」 「隙なんてねぇよ、この淫行ポケモン!!」 ウールは掴み上げた顎を押さえつけて仰向けに倒し、起き上がる前に右足で尻尾を踏んで左足でスタンも右太ももを5回ほど蹴ってから開放する。 ――見た目は可愛らしい子なんだが……あの舐める癖だけはどうにかしなければならないわね。 ふと、後方に目をやれば暑苦しい二人が暑苦しく言い争っている。 「かえんニワトリ!きょうこそしろくろはっきりつけてくれ」と、ヴォルク。 「まだはやい。しょうぶはあっちでだ……たんさいぼうのかえんざる」と、バーン。 こちらの二人はフィリアやアルバほどではないが、多少の言葉を操ることが出来る。喧嘩するほど仲がいいとは言うが、まさにこの二人がいい例だ。この二人のやり取りは、なんだか子供みたいで見ていて可愛らしい。 二人のやり取りを見たり、スタンをあしらいながら歩いていると、時間も忘れたころには演習場につく。演習場とは言っても、ただっぴろいアスレチックのような施設である。難易度を下げれば子供が遊ぶのにも適しているだろう訓練用のオブジェの数々だが、今回は使わない。今回の目的地はバトルフィールと呼ばれる、いわば実践訓練を想定した場所である。グチャグチャな沼状のフィールド。市街地戦を想定したコンクリートジャングル。まんま密林。背の高い草むら。そして、今回の目的地であるだだっ広い運動場。 こういう開けた広い場所こそが電気タイプが最も有効に自分の攻撃を行える場所だ。とはいえ、お互いが最も力の出せる場所と言っても、どちらも電気はいま一つであるため、対して意味はなかったりする。 さて、アルバを含むほかの手持ちは適当に自主練させて、スタンと二人っきりになったウールはトップレンジャーの闘いと言うことで、皆に注目される中実戦形式の演習を始める。 ここから先、アルバは他の子たちと訓練中なので勘で言葉を判断するしかないが、大体言っている事は分かる。『隙あり』とか『もらった!』だ。 「さぁ、スタン君……どこからでもかかってきなさいよ。あんたごときが手を出していい私じゃないって事、体に教えてあげるわ」 ポケモンの躾には先ず上下関係を分からせることが大事だ。そしてその上下関係を分からせるのにもっとも有効な手段……それはやっぱり殺し合いだろう。今回は“そこまで”ハードには行かないものの、この蛮行ポケモンでも分かりやすい形で屈服させる。いや……反抗心を殺すつもりでやらせて貰う。 「ガゥ?」 面と向かって対峙しても、スタンは最初きょとんとした様子だ。訓練の意味が分かっていないのか首をかしげている。 「来ないなら私からいくわよ」 それでも、武器を構えると状況を正しく理解したのか目つきは一変する。眼光ポケモンの名の通り、鋭い目つき睨まれると殺気が肌に伝わってくる。どうやら、仕事は仕事としてきちんとやってくれるタイプのようだ。 「グルルルルル……」 低い声で唸られると心臓の弱い者はそれだけで萎縮してしまい普段の力が出せなくなるだろう。百戦錬磨のウールでさえ少しばかりの恐怖が足をすくませる。 「それでこそレンジャーの手持ちとしてふさわしいわ……」 さて、『武器を構えると』と前述したものの、どんな武器かについては言及していなかった。ポケモンレンジャーでは武器の携帯こそ許可されているものの、基本的に刃物及び銃器の類は禁止されている。そのため、彼女が使うのは収納式の3段警防に鎖の長さが1,5mくらいの分銅を付けたある意味剣より凶悪な武器である。この武器はホウエン地方、旧:サイユウ王国で発祥したサイユウ空手の武器『スルチン』に少しばかり改良を加えたものだ。 ウールはその武器の警棒の先端を持って鞭のように振り抜く。スタンは振り抜かれる前に攻撃の気配を察知してそれから後ろに下がって逃げる。ウールは先端の分銅を地面に当てて減速させ、警棒本来の柄を右手に握り直す。鎖は左手に持って腰を落とし、一種の居合いの形を取る。 「グワァゥ!」 スタンが悪の波導を帯びた牙で噛みつこうと接近してくる。ウールはスタンが間合に入る直前に振り抜く、当たる。だがスタンは止まらず、噛みつく。防具を取り付けている左腕を噛ませる。噛まれた……が、望めばレンジャーに支給される丈夫な手甲を装備していれば、一瞬くらいならば噛まれても問題がない。問題はどのように振り払うかだが……逆手に持った警棒で脳天を叩きつければいい。 ガツン、と鈍い音がする。 一発で離れないならば何発でもだ。と思う間もなく、「ギャワッ!」、と言って慌てて離れて行くスタン。 頭頂部からは痛々しく血がにじんでいる上、先ほど鉤を当てられた右あごからは血が唾液と混ざって滴り落ちている。対して、こちらは無傷だ。好機と見るや、ウールは前蹴り、逆手に持った警棒で脳天割り、三撃目の左足でのミドルキックはかわされた。 一連の流れに周りから歓声が上がる。見物客はどうやらウールについたようだ。 「あんた弱いわね……自分より強い奴におイタしちゃいけないって、コリンクの頃に母さんから教わらなかったのかな、覗き魔ポケモン?」 スタンは後ずさりして、その尻尾に鋼の波導を纏う。 「グウゥゥゥゥ……」 スタンは接近しながら鋼の波導を纏った尻尾を前方宙返りで打ちつける攻撃を繰り出す。しかし、ウールは冷静に避けた上に、尻尾と鎖を絡ませ回転の威力を半減、スタンは背中から落ちてしまう。 「ガッ……フッ……」 強い衝撃を背中に受け、息が詰まってしまったスタンはウールの右足に喉を踏まれる。 「尻尾振って降参しろよな雑魚スタン君? それとも私に二度とキスなんぞ、考えられないよう口がグチャグチャになるまで踏み砕いてやろうか?」 そう言ってウールは踏む力を強くする。今度はさっきと逆に『スタンがかわいそう』だとか『スタン負けるな』などと言う声が聞こえる。 ――やかましいギャラリーどもだ……こんなんでへこたれる&ruby(おきあがりこぼし){起き上がり小法師};だったら苦労しないわよ。 「あれ、答えが無いなぁ? もっと踏めば答えてくれるかな? それとも違うところを…ッキャ!」 ウールがさらに強く踏む前にスタンの10万ボルトが炸裂する。しかもスタンは踏まれながらきっちり充電していたらしくアンペアも相当なものだ。ウールが電気タイプなければ危なかっただろう。ギャラリーは驚きの声を上げた。 「ガフッ……ゲフッ……グゥワァァァゥルr」 咳をしながらも起き上がって体当たりでウールの体勢を崩し、ウールからみて右側から前足を振り上げてギガインパクトと称される一撃必殺を繰り出さんとする。 喰らったらやられると悟らせるその一撃を喰らうわけにはいかないと、警棒部分で喉を突き、スタンを払いのけ、立ちあがる。 反動と喉への一撃でぐったりとしたスタンの首に鎖を巻き付け、頭上に手繰り寄せて首絞め状態のまま、スタンの大きな顎に闘気を纏ったひざ蹴りを喰らわす。とうとう観念したように尻尾を振って降参をアピールした。 ウールはその体の近くへ寄って正座をする。戦いが終わって見てふと思う…… 「…………そっか、あんた私が異性だから本気出せなかったたのね。無駄に紳士ねぇ……」 そう言って、体を撫でてあげたのだが…… ベロリ……スタンは、ウールに対してまたもやいらん愛情表現をする。それに対し、ウールはため息をついて…… 「でも、私を倒すには……攻撃に於いて相手の隙を突く能力をもっと上げなきゃね。たとえばこんな風に!」 見事な左フックがスタンに炸裂する。 「ギャオウ!」 「わかったかしらぁ? この、ザルめが!」 ウールは上顎を掴んだまま下顎を何度も殴る。 ギャラリーの一人がやり過ぎなんじゃ……と、止めに入るが。 「大丈夫よ。この子丈夫だから」 と、素敵な笑顔で返すのみである。 「ねぇ、サンドバッグ君? わたしのことを舐めたらひどい目に遭うってわかってくれたかしら?」 「ガゥゥゥrr……」 精根尽き果てた様子で力なくスタンはへたり込んでいる。スタンにとっては鎖分銅と戦うのは初めてだが、逆にウールはレントラーと戦った経験は数多くある。経験の差も勝利のカギだったのだろう。こうして力の差を見せつけられたスタンは、それ以降飛び付かなくなった……という風になればいいのだが、世の中そんなに甘くない。 ベロリ……ウールが顔を近づければこれである。だが、世の中よりもずっと辛いのがこの人、ウールの特徴だ。 ――また……か。いい加減消し炭にしたいわね…… 「ね、この子ってばどれだけ痛めつけてもこれだから……大丈夫なのよ。うふふ……」 ウールは止めに入ったギャラリーにそう微笑みかけた。髪がバチバチと電気を帯びて逆立ち始める。もちろん怒っている証拠である…… 「どうやら……武器有りで戦っちゃったから、素手同士なら勝てるとでも思っていないかしら? 勘違いするな、この&ruby(サンピン){三一侍};が……」 そんなウールは、スタンの口をカスタネット代わりにして、狂ったように音を奏でる。カチカチという音が痛々しく虚空に響いていた…… **第三節 [#sa1c807d] オレンの実を食べさせ、手持ちのミミロップのインパティエに、僅かばかりだが血を流してもらい癒しの願いの力にてちょっとした疲れを癒す。そうして、何とか戦える状況までもっていったスタンを相手に、こんどは素手で相手を申し出るウール。普通はレントラー対人間なんて対戦は人間が死ぬ……だが、死なないのが波導使い。 伝承にある『人と結婚した&ruby(ポケモン){超獣};がいた。&br(ポケモン){超獣};と結婚した人がいた。昔は人もポケモンも同じだったから普通のことだった』と言う記述。かつて人間もポケモンと同じ存在で、普通に結婚もしていた。と、言う事は人間がポケモンに負けないほどに魅力的であったという事。つまり強かったのだ。そして今現代でポケモンと同じ存在……それが波導使いの力であると言われている。だからこそウールには絶対の自信があるのだ。 手袋も靴も脱いで手甲を外す。この姿を見てポケモンと戦おうとしていると思う者はいないだろう。だが、バチバチと手から火花を飛び散らしている姿を見て、スタンは『戦い』であることを理解する。理解した彼は、悪の波導を帯びた牙で噛みついてくるのだ。丸腰のウールを戦うべき相手と認めて…… 「グァァル!」 スタンの噛みつき攻撃は、とりあえず『蹴り足ハサミ殺し』の要領で、スタンの下顎と上顎を右膝と右肘で挟み込まれる。いわば『噛み顎ハサミ殺し』……波導がこもっていないとは言え死ぬほど痛いはずだ……波導がこもっていたら……顎が砕けて死んでいたかもしれない。 「グァォォルゥァァァ」 スタンはあまりの痛みにうずくまる。 「私に舐めた真似をするようなダボには当たり前の処置だこのボケが! 分かったら強い者に逆らうんじゃねぇよ! このザコリンク!」 すかさずウールが尻尾を踏みつけ、動けないようにながら波導を纏った脚で脇腹を蹴る。スタンは口から唾を飛び散らせた。 「今度から少しは……いや、一生自重しろ! この……マーチロップニーが!」 無理やりこじ開けた口に、スタンの右足を突っ込み上顎を足で踏むと同時に足からの電気刺激で顎を強制的に閉じさせるという鬼畜な拷問技を使うウール。 「グゥッ~~ッ~~……」 激痛にあえぐスタンの叫びは、途中から声にすらなっていない。それも当然だ……脳が知らず知らずのうちに封印している体本来、100%の力を、電撃で強制的に出させているのだから……普通に自分で自分を噛むよりもずっと痛い。それどころか、顎の骨や筋肉に負担がかかることも間違いないというおまけ付きだ。一応これからの仕事に響くと困るために、右足や顎が砕ける前にやめてはおく。この技には十分にそれが出来る力があるのだが、やったらやったで預かった子にそんな事をすれば大問題だ。 ウールの拷問から解放されたスタンは、血まみれになった自分の足をペロペロと舐めている。 ――何か舐めたければ私の顔じゃなくって自分の舐めていればいいのよ。 ウールがそう思ったのもつかの間…… 「ガウゥ♪」 スタンが押し倒そうと襲いかかってくる。 「なるほど……アルバがこの場に居たら『隙あり……』って訳してくれそうね……。隙なんぞあるかぁ!! この、押し倒すしか能のないドミノ!」 上顎を左手で抑えつつ、下あごに横フック2回、さっき傷つけた右足の傷口に爪を立てて指をグリグリする。ものすごい叫び声をあげて、スタンはウールから放れた。 ――しょうがない……こうなったら、もうちょっときつい手段を取るか…… ・ ・ その後、ウールは他の子たちの実戦練習にも付き合って汗を流す。そのうち程よく日も暮れてきたので撤収しようと皆を集めて見回した時のこと…… 例の如く『一つ覚えな何とやら』が横から押し倒そうとしてくる。ウールは鼻面を掴み上げて金的、水月、心臓を蹴り、鼻面を掴んだ手離して顎を思いっきり蹴り、正中線四連撃をクリティカルヒットさせる。 ――なんでこいつ死なないんだろう……? スタンのタフさはそう思わせるに十分だ。普通のポケモンなら恐らくもう、動く気力すらないはずだ。 ウールは、スルチンで体を縛ったままスタンを引きずって寮の自室へ戻る。部屋に入る前に手持ちの8匹とアサから預かったヴォルクをボールに戻し……10匹目。つまりスタンを朝と同じようにフラッシュで&ruby(stun){気絶};させる。 **第四節 [#o8b61426] 気絶と言っても、閃光で気を失うのはせいぜい数秒の間である。だが、ウールはその数秒の間に揮発性の気絶薬をかがせたのだ……クロロホルムなどと言う生易しいものではなく、キレイハナやロズレイドから取れる甘い香りやマタドガスの香水。そしてキノガッサとパラセクトの粉などを絶妙なバランスで調合した秘薬である。そして、スタンが目覚めた瞬間の光景が…… 「ガウゥ?」 スタンが目覚めた時には体がテーブルに縛り付けられ、仰向けになった格好だ。前後の脚はテーブルの脚に縛り付けられていて、特に危険な電気を流す前足はゴムチューブを巻いた上にアースを数本のばして攻撃を予防して、攻撃に使える尻尾にも20kgあるダンベル二つを括り付けて地面に押さえつけられている。 「訳が分からないって顔しているわね? ふふ……どうかしら。これでもスタン君は私に逆らおうなんて思うのかしら?」 ウールが耳打ちするように顔を近寄せると、スタンは早速ベロリ…… 「なるほど……いい度胸ね」 ウールはウェットティッシュを一枚とって顔を拭き、焼き肉用のレモン汁を取ってスタンの鼻に数滴たらす。レントラーは柑橘系の匂いが嫌いだ。それを塗りつけると…… 「グゥゥ、グァゥ、グァァァゥ!」 かなり嫌がっている。そうして、また顔を近づけてみると……またもやベロリ。ウールは怒りで自分の髪が逆立つのがわかる。サンダースさながらなこの仕草も、ウールがやると恐怖の対象でしかない。 ――こいつ……本当は言葉が全くわかっていないんじゃないか? 「とにかく……スタン君は本当にいい度胸ね?」 先ほど顔を拭いたウェットティッシュの裏面を使って顔を拭き、次はワサビを目と鼻の周りに塗る。きつい刺激に、スタンは激しく暴れる。 今度こそと……ベロリ 新しいウェットティッシュで拭いて、そのあと焼き肉のタレに混ぜて使うコチュジャンを舌に塗る。最初はきょとんとしていたが……時間が経つうち地獄を見て暴れ出す。 今度こsベロリ……拭いてから……えっと、次は……睾丸にスーッとする虫さされ薬を塗るんだった。塗った……スタンはもがく。 今dベロリ…… ――だめだ、ネタ切れよ……このアホがここまで頭が悪いのは予想外だ……一体どうすれば……あ、そうだ。出来なきゃ罰、じゃなくって出来たらご褒美っていう風にすればいいんだ。あんまりにこいつが馬鹿だからいっつも手持ちにやっている当たり前の出来事が出来ないなんて……ポケモンレンジャーとして恥ずかしいわ。……で、具体的にどうするか? こいつは舐めるのが好きだけど、ご褒美になめさせるのでは本末転倒だし……そうだ、オーキダセアエ君を酔わせるためにストックしてあるマタタビ……あれはエネコロロに限らず、ペルシアンやニャルマーなど、いろんな子に効果があったはず。そして、このケダモノにも……レントラーにも効果があるはずだ。 ウール普段はエネコロロのオーキダセアエ相手に使っているマタタビを取り出して近寄らせてみる。ここから先はスタンの学習能力が試される。 クンクンクンクン……スタンの鼻からそんな音が聞こえる。レントラーがマタタビの匂いを嗅ぎたくなるのは本能だ。その仕草はやっぱり可愛いと思えるものがある。こういう可愛いところが目立ってくれればよいのだが…… ――そのまま次第に匂いが癖になる……そこで顔を近づけて、その時私の顔を舐めるとマタタビをひっこめられる……そして顔もひっこめた後、再びマタタビを近寄せて……これを繰り返せば、マタタビの匂いを嗅ぎ続けるためには舐めてはいけないという事を学習してくれるはず。レントラーは馬鹿ではないのだから…… ――10分後―― マタタビの匂いを嗅ぎ続けるためには舐めてはいけないという事を……学習して……ガマンガマンガマン…… ――さらに20分後―― いまだに執拗に舐めてくる……ウェットティッシュが周囲に散乱している部屋の中、ウールは怒りを鎮めるために深呼吸をする。 「そろそろ……学習しろや、この石化脳レントラーがぁ!」 怒りを鎮める深呼吸も空しく、ウールはついに男の弱点……つまりは睾丸を蹴り飛ばす。もちろん手加減はしている……波導は込めていないし、いつもはバット4本をたたき割る蹴りも今日は1本分くらいだ。それでもお釣りがくるくらい十分だと言われても、ウールはきっと聞こえないふりをするだろう。 スタンは白目をむいて&ruby(スタン){失神};する。 ――なんだかもう……嫌になってきた。待てよ……こいつは構ってもらいたいから(もしくはドMだから)舐めているのかも知れない。だったら……舐められても死んだように徹底的に無視すればやめるんじゃないか? そう思ったウールは、スタンの意識が戻る前に拘束を解き、死んだように目を瞑って横たわる。手に持った目覚まし時計が鳴り響いてスタンが目を覚ます。と、早速舐めてきた。 ――ガマンガマンガマン……無視を決めこめ、相手をするな。般若心経でも心の中で唱えて落ち着けぇ……&ruby(ぶっせつまかはんにゃはらみたしんぎょう){仏説摩訶般若波羅蜜多心経}; &ruby(かんじざいぼさつ){観自在菩薩};…… ――中略―― ――&(ぼじそわか){菩提薩婆訶}; &(はんにゃしんぎょう){般若心経};……。一順目ね……まだあいつは顔を舐めてくる……でも、まだ諦めちゃダメ……耐えるのよ。&ruby(ぶっせつまかはんにゃはらみたしんぎょう){仏説摩訶般若波羅蜜多心経};…… ――中略―― &(ぼじそわか){菩提薩婆訶};&(はんにゃしんぎょう){般若心経};…… え~と、2順目ね……というか私は何をやっているんだっけ? うん、そうだ……これは我慢って言う技を覚えるための試練。我慢って言う技は『わざを使用してから数秒の間、力と怒りを溜め、その間に受けたダメージを倍にして返す』だったわね。そろそろ数秒っていうか……数分我慢しているから…… 「いい加減にしろ!」 のど仏に正拳突き。 「こんのぉ!」 首の下側の皮を掴んで寝転がったまま鼻面にひざ蹴り。 「天変地異馬鹿…」 掴んだ手から高圧電流を流して攻撃! ここで一度、立ちあがって呼吸を整える。そして…… 「レントラーがぁ!」 バット4本を叩き折る蹴りに覇気の波導を加えた状態のメガトンキックがスタンの脇腹にヒットする……。 ・ ・ コンボを喰らい、再び泡を吐いて気絶して、再び目覚めたスタンは、またウールの顔を狙っている。とりあえず、アサ君が使っているボールは最安値のボールであり、主に生態調査用の個体識別に使うリサーチボール。あれにしまっておいただけではスタンが勝手に出てくる可能性は大だ。とりあえず、目隠しをして顎にはダンベルを二つくくりつける。腕もゴムチューブにアースを取り付け、尻尾は左足と縛っておく。前足は手首の部分と首の部分を鎖で縛って固定し、後ろ脚は本縄縛りで拘束する。鎖は超合金製、縄はアリアドス製糸工業の特別製だ。その状態にしておけばまあ安心だろう…… ――え? &br(ポケモン){超獣虐待}じゃないかって? 大丈夫、彼はきっとそれでも私の顔を舐めようとしてくるのだから。虐待なんてしたら普通嫌う。嫌っていないから舐めるのよね? という事は……ね、そうよね? 答えは聞いていない。私はもう……躾するのは諦めました。 **最終節 [#afdf2fe4] 「&ruby(ガゥガァウ☆){ご主人様ぁ☆};」 「アサ、ただいま」 次の日、元気よく本来の主人であるアサの元へと戻るスタンとヴォルク。拙いながらも苦労して覚えさせた言葉を操るヴォルクの声はアサの誇り、そしていつも元気いっぱいのスタンは精力剤代わりだ。 「スタン、ヴォルク。元気にしてた? ウールは優しくして……少なくともスタンには優しくしてくれなかったみたいだね。ずいぶん厳しい訓練だったようで……」 昨日の惨状にふさわしい傷つき方だが、それでもスタンは元気いっぱいだ。ヴォルクは体中に痣が出来ているものの、相手とはいい勝負だったらしく、バーンの怪我も大体同じくらいだ。 「&ruby(ガゥガウ、グァ~ガゥ!){いや、ホント昨日は酷い目に遭いましたよ。};&ruby(グアァァァウガウガゥァ){昨日は縛ら………………};」 そこまで訳した時点でフィリアは言葉を止める。 「おい、フィリア……唐突にやめちゃってどうしたんだ?」 尋ねられたフィリアの顔はもじもじとした様子で…… 「あの、すみません……ウールさん、これ訳してもいいのでしょうか?」 恥ずかしそうに顔を赤らめさせながらそう聞くフィリア。スタンが何を言おうとしたのか気になるところだ。 「答えはね……」 ウールのローキックがスタンに炸裂する。 「こういうことよぉ! いらんこと言うな、このボケさらせがぁ!」 「分かりました。訳しませんね♪ ですが……思ったんですけど、舐められたくないならばいい方法がありますわ。ねえ、アサさん?」 フィリアはクルクルとスプーンを回して楽しそうに言う。スタンが丈夫なのを知ってのことか、スタンの体を心配するそぶりは一切見せない仲間達はいかがなものだろうという疑問をよそに、話しかけられたアサはフィリアの問いに頷き、楽しそうに答えるのだ。 「レントラーが目上の者に毛繕いをするのは本能だ。だから、唐突にそれをされるのを避けたい場合は、自分が下になる。つまり自分がスタン毛繕いをすればいい」 唐突にウールの掌から電撃が飛ぶ。 「アバババババ……」 「誰がそんなことなんぞするかぁ?!」 全力でアサの提案を否定したウールは、深呼吸して付け加える。 「アサ君のベロベルトよりたちが悪いレントラーの毛を舐めろって言うのかなぁ? 冗談じゃないわこの…………ぇっと……」 スタンに対してはすらすら出てくる罵倒の言葉に、ウールは詰まった。 「『規則違反マニア』なんてどうでしょう?」 そのウールへ提案したのはフィリアだ。 「あ、それいいわね……冗談じゃないわこの、規則違反マニア!」 「フィリア~~……俺の味方してくれよな。唐突にパートナーに裏切られるのがどんな気持ちになると思っているんだよ」 痺れから回復したアサは冗談めいた口調で愚痴を漏らす。 「いや、今回の場合はアサさんが悪いですからね……意地悪しないでちゃんとしたこと教えてあげたらどうですか?」 呆れ混じりの諭しかたで、フィリアが言うのだが、むしろその様子を一緒になって楽しんでいる節がある口調だ。 「分かったよ。ウール、香水を使え。柑橘系の香水を顔の近くに塗ればOKだ」 「そんな簡単なことで?」 ウールも昨日レモン汁をかけて苦しめたが……まさかそんな単純な方法で……と思わずにはいられない。完全に彼女にとっては盲点だったようだ。 「ええ、レントラー忌避剤と言えば柑橘の香りですよ。うちのスタン君が迷惑掛けたようですし、私は自分用にグレープフルーツの香水を持っていますので、一つお譲りいたしましょうか?」 フィリアの提案に…… 「頂戴! 是非!」 ウールは飛び付いてフィリアの肩を掴んで前後に揺さぶる。苦笑いを浮かべたフィリアは、困り顔で頷くと後で部屋に着たくださいと約束を取り付けた。 ・ ・ それから先、彼女がスタンに舐められることは少なくなったとさ。 ――少なくなっただけで……相変わらず舐められる……クソッ。あの、学習装置でも治らない馬鹿……今度レントラーのポケモン図鑑コメントを『おおきなしたで ひとのかおをなめるとき そのいのちは おわってしまう』に変えてやろうか…… そして彼女は、相変わらず物騒なドSであったという。 ――[[To be continued……>あこがれの職業? 第2話:劣化した私]] ---- &br;&br;&br; *コメント [#wb41e2c7] コメントは歓迎いたします &br;&br; #pcomment(あこがれの職業? コメントログ,7,)