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【25】愛しの満腹娘 の変更点


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''&size(30){【25】愛しの満腹娘};''
RIGHT:[[たつおか>たつおか]]





LEFT: この作品には以下の要素が含まれます。




LEFT:''【登場ポケモン】''  
CENTER:ヒスイゾロアーク(♀)
LEFT:''【ジャンル】''    
CENTER:ぽっちゃり・シトフィリア(食物性愛)
LEFT:''【カップリング】''  
CENTER:青年 × ヒスイゾロアーク(♀)
LEFT:''【話のノリ】''    
CENTER:ノーマル




LEFT:





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''&size(20){目次};''
#contents




*第1話・その店 [#b517d79b]


 私の名は聊坂道塵(いさか・どうじん)──執筆業などをやっている。
 受賞歴二回の中堅作家であり、主にノンフィクションを中心に活動などしている訳なのだがそれ故に、これより私が話す内容の発表は当時世間から様々な反響を呼んだ。

 ノンフィクションライターという肩書ゆえに、それら評判は私への失望や、あるいは中傷する内容のものが多く、事実これを執筆した私自身、推敲のたびに自身の精神の均衡が図れているのかどうかを疑ったほどだ。

 しかしながら誓って言うが、これより書かれる事象は全て『 紛れもない事実 』である。

 私がこの秋に都内某所にて体験した、その奇妙な出来事の一部始終をここに記していこうと思う──。



 創作にとって大切なものとは何か?
 作品を生み出すことが作家の本分であるのだとしたら、それこそは『執筆に適した環境』こそ最も重要なファクターであると私は思っている。

 作家たるもの、何時いかなる場所でも紙とペンさえあれば執筆出来て然るべきだ──などと鹿爪らしくいう奴は、せいぜい全裸になって真冬の雪山で書いているといい。
 執筆に集中できる環境こそは、時にペン以上の重要な要素なのである。
 調整された気温と、適度な音の流動感──ならば自宅にその環境を整えればと思われるだろうが、如何せん自分のテリトリーたるべき自室や自宅は先の条件にある『音の流動感』に欠く。

 ここでいうそれとは、すなわち雑音や他者の気配のことだ。
 あくまで私に干渉しない周囲の音や人の気配──喧騒や騒音であったとしても、時にそういった環境は何にも増して私の集中力を高めてくれることがある。
 故に執筆における私の最初の行動は、まず『書く場所』を見つけることから始まるのだった。

 そしてここ数年はとある喫茶店の一角がそんな私の仕事場であった。
 しかしながら昨今、例の感染症の煽りを受けてその店が潰れた……これには頭を抱えた。
 もはやその店は私の脳や指先の一部にも等しい空間であり、それを失ったことで私からは一文字として、おおよそ商売に使える文章の出力が為されなくなってしまった。

 そこからは新たな執筆場所を探す私の流浪(ジプシー)生活が始まる。

 先の条件でなぜ自室がこれに適合しないかといえば、自室では集中力の維持が出来ないことにある。
 さらに端的に言うと、いつでも気兼ねなく寝そべられる環境というのがよろしくない。

 思考を纏める時、あるいは一時的な推敲を顧みる時──そのいちいちで私はゴロリと横になってしまう。
 これこそが著しく執筆のテンポを失するのだ。

 寝そべるという行為は、それまでに整えた自身の中のリズムを全てリセットしてしまう行為に等しい。
 そこからまた起き上がって、それ以前と同じリズムで執筆しようなどはまず無理な話だ。少なくとも私には。

 それゆえにこの、寝そべることの出来ない適度な緊張感としかしリラックス出来るという、相反する環境を維持してくれる場所というのが、私の執筆活動にとっては何よりも必要な要素であるのだった。


閑話休題──

 ともあれその年の秋口、そう言った理由から新たな執筆場所を探し求めていた私は『とある店』へと流れついた。

 自宅からそう離れていないそこは、商店街の一角にぽつねんと存在していた。
 そもそもがこの通りからがして既にシャッター街の様相著しく、アーケード内を歩いていても営業している店などは数十メートルに一軒という有り様だった。
 そんな店舗の中に埋もれるよう存在しているその店を最初、私は他と同様に休業しているものだと思ったほどだ。

 しかしながらその前を通りかかった際、ふとガラス戸の格子越しに人影が動く気配を捉えて私は立ち止まった。

 改めて店の外観を観察する。
 先のガラス戸に加えて店の壁面にはこれまた埃をかぶった宙に浮くパスタや、はたまたカフェオレかと見紛うばかりに埃の積もったコーヒーといった食品サンプルが並べられたショーウィンドウが確認でき、それにて改めてそこが喫茶店であることを私は確認した。

 前時代的やレトロと言ってしまえば聞こえはいいが、この無頓着さは当時であったとしても褒められたものではないだろう。

 しかしながら、だから気に入った。

 店の顔たるショーウィンドウがこうなのだから、この店の店主が客に気遣かおうはずもない。
 これが私の想像通りの店ならば此処は、私を内包しては干渉をしない適度な『客と店』の距離感を保ってくれる場所のはずだ。

 とはいえしかしその時の私は斯様な執筆場所の開拓というよりはむしろ、此処がどんな店であろうかという思いの方が勝っていた。
 そんな生来の好奇心と、自負する面の皮の厚さに任せて私は店の扉を押し開いた。

 カウベル然としたドアの鈴が乾いた音を立てては私の入店を店内に響かせる。
 8畳程度となる縦長の空間は何ともこじんまりとした印象を覚えさせた。
 席数は2つ──キッチンカウンターに近い奥に一つと、そしてそこから入り口に向かって斜(はす)となる様にもう一席が設けられている。
 なかなか悪くない配置だ。

 客が増えればそれだけ人間のタイプも増える。
 そうなると、時に私の執筆に好ましくない客という者も混じるというものだが、もとより2席しかないとあっては、そんな客と同伴してしまう可能性も低いというものだ。

 これまた古ぼけた一人掛けのソファに身を沈めると私は店員が近づいてくるのを待った。
 入店の際にくぐもった声が奥から掛けられたことからも、先方はこちらの気配に気付いているはずだ。
 しばし待つ間に、私は改めて店内の様子を確認する。

 オーク材を意識したであろう暗褐色に塗装された板張りの床と壁面は何とも落ち着きがあって良い。
 店頭で覚えた印象は悪い意味での店主のずぼらさだったが、いざ店内はと言えばシックに統一されたその雰囲気に得も言えぬ居心地の良さを覚えた。

 加えてこの狭さもまた良い。
 もしかしたら当たりの店を見つけたのかと思う私であったが、そんな気楽な思いは次の瞬間に吹き飛ばされることとなる。

 店内奥のキッチンカウンターから何者かの気配が現れ、私に近づいてくる。
 そうして水が目の前のテーブルへと差し出される訳だが……そこに私は、この世に在らざるものを発見しては我が目を疑った。
 コップを差し出してくるそれは、人間の手ではなかったからだ。

 その肌の表面に宿した体色は紙のように白く、おおよそ人の体温を宿した色には見えない。
 そもそもがそんな掌から伸びる指の先端にはもはや鉱物然とした鋭い爪が備わっていて、その切っ先にて器用に水の入ったグラスを摘まみ上げてはそれを私へ勧めていた。

 理解を越えた驚愕──あるいは恐怖に対峙した時に人のとる行動は、大まかに分けて二つだ。
 一つは動きを止めてやり過ごすタイプと、そしてもう一つはその根源を確かめようとするタイプ──あいにくにも私は後者だった。
 もはや神経反射ともつかない反応で私は顔を上げると、目の前にいるそれを真正面から確認する。

 そこには白い鬣の裾を赤く染め上げた獣が一匹、不思議そうに小首をかしげては私の視線を受け止めていた。
 ススキのよう長く伸びた耳と黄褐色の白眼の中に赤い瞳孔を細めたさせたその獣は、従来の動物はおろか古今東西の創作の中にも見たこともないような姿をしていた。

 そして何よりもその獣は、球体と見紛わんばかりに太ってもいた。

 そんな獣が人間よろしくに黒のワンピースにレースのフリルをあしらった衣装に身を包み私へと給餌しているのだ。
 同時にその制服と思しき胸元に『ゾロアーク』という彼女の名前と思しき名札もまた発見する。

 
 思いもかけぬ怪異との遭遇──
 そんな非日常との接点を持てたことを私は……『 ツイている! 』と天へ感謝せずにはいられなかった。




*第2話・茶会への誘い [#fef13cf0]


 初見で度肝を抜かれた次の瞬間にはしかし、私は既に冷静さを取り戻していた。

 目の前にいるメスと思しき獣──名札の『ゾロアーク』からは敵意や害意といったものが感じられなかったからだ。
 むしろそんな獣が、人がするような恰好をして接客をしているだなんて最高に面白いじゃないか。
 ならばと私も開き直っては、客として振舞うこととした。

「注文いいかい? とりあえずブレンドを」

 私の物怖じせぬ態度に、向こうも何かを気に留める様子もなく頷いては微笑む。
 その後は丸い体を上下させては、大きな足取りでキッチンへと戻っていった。
 そんな彼女を肩越しに一瞥くれる私は、傍から見たその落ち着いた態度とは裏腹に、内面は久方ぶりに覚える興奮に浮足立っていた。

──取材が出来る……コレで一本書けそうだぞ

 その想いが強く心の中を占めていたからだ。
 しかしながら『ゾロアーク』とはどういう意味なのだろう?
 胸元に止められたネームプレートにそう記されているのだからそれは彼女の名前なのだろうがしかし、個人名にしてはいささか響きに堅さがあるようにも思えた。
 そもそもどういう出自の生物で、その明らかに人とは違う存在の彼女がなぜこんな場所でウェイトレスなどしているものか……興味は次から次へと湧いては留まることを知らなかった。

 もっと彼女が見たい──願わくば会話などして、その素性を知りたい。……などと思っていると、その心を読んだかのよう再び、ゾロアークは丸型トレーにのせたコーヒーを両手に現れた。
 遠目から見る彼女の全体像はむっちりとした肥満体で、その爪先から耳の先まで脂肪に覆われては丸みを帯びていた。
 肘や膝などの関節はその脂肪に埋もれるあまりにえくぼの様な窪みが生じていて、本来こうまで脂肪を蓄える動物ではないことが窺える。

 やがては私の席に着くと、彼女は物音立てぬよう丁寧にカップとソーサを置いてもう一度微笑んだ。
 そうして戻っていく後ろ姿を見送りながら、そのワンピースのスカートから見え隠れする尻と裏腿を観察する。
 下着の類も着けていないことから、今の服装はあくまでも店の制服であり、常日頃は裸で過ごしているのではないかと伺えた。

 運ばれたコーヒーに口を付けながらも、一連の彼女の登場に関することで頭がいっぱいの私は一向に味の分からぬそれを漫然と啜り続ける。
 彼女をもっと観察したい──注文をすれば一時は呼び出すこともできるだろうが、それとて一瞬だ。
 どうにかして彼女と長時間の接触を持てないかと思考を巡らせていると……突如として店の奥から再びゾロアークは姿を現した。

 一体何事かと見守っていると、その両手に抱えたトレーの上には巨大なホールケーキが乗せられている。
 それを手に店内へ出て来たかと思うと、残っているもう一席のテーブルへとそれを置いた。
 さらにはケーキに隠れていたアイスのカフェオレもまたテーブル上に移すと、彼女もまたその席へと着席をする。
 それから件のケーキを前に両手を合わせ、おそらくは『いただきます』と思しき声を高く発生したかと思うと──ゾロアークは敢然とそれの喫食を始めた。

 おそらくは店側からの賄いなのだろう。
 ということは休憩時間か何かなのだろうか? ──ともあれ私にとっては好都合だ。
 ちょうど今の私の席からはそんな彼女の全体を望むことが出来、ここぞとばかりに私は彼女の観察を始めた。

 相手がホールケーキということもあってか、ゾロアークはそれをパスタ用の大振りなフォークで食していた。
 切っ先を縦にしてケーキへ食い込ませると、持ち上げたそれだけで一人前はあろうかという量を切り出し……大きく口を開くや、これまたそれを一口で食べた。
 その後も同じ動作の繰り返しで喫食していくと、見る間にケーキはその姿を消していく──その豪快な食べっぷりを、私は当初のゾロアークを観察するという目的も忘れて見入っていた。

 瞬く間にホールケーキひとつを食べ終えると、彼女は備え付けの紙ナプキンで口元を拭いた後、何事も無かったかのようなすまし顔でカフェオレを啜った。
 そうして再び席を立ちキッチンへと消えていく後ろ姿を見送りながら、私は名残惜しさのような感覚に捕らわれては胸に切なさを覚える。
 同時に、困惑もしていた。

 今この胸に去来している感情は何なのだろうか?
 同時にどのような思惑であれ、自分が他人に対して執着を抱いているという感情には同時、苛立ちを覚えてもいた。

 独立独歩が信条の私としては、物理的にも精神的にも他人に拘束される状態は好ましくない。
 たとえ絶対的な立場の違いを突き付けられていようとも、私は自分の我を押し通したいと常日頃から思っていたし、事実そうした偉そうなやつに正面から言いたいことを言ってやってもいた。
 だからこそ今、少なからずゾロアークに意識を奪われてしまっている現状には僅かな戸惑いと苛立ちにも似た感情を抱いてしまうのだ。

 ゆえに自分を律しては毅然と振舞おうとした私ではあったが──再び店内に現れたゾロアークを目にするにつけ、そんな決意はすぐに吹き飛んでしまった。
 出前のおかもちよろしくに、肩の高さに掲げられた彼女の両手には……それぞれのトレーに、これまたそれぞれチョコとチーズのホールケーキが乗せられていたからだ。

──それを一度に食べようっていうのかッ!?

 その驚愕と興味からついには正面からゾロアークを凝視してしまうと、向こうも私の気配に気付いては、その視線が絡み合った。
 瞬間立ち止まって見つめ合ってしまう私達であったが、再びゾロアークは柔和に微笑んでみせると、何を思ったのか先の自分の席には戻らずにそのまま私の居るテーブルへと進んできては、その上へと両手のそれを置いた。

 そうして彼女自身もまた私と向かい合う様に着席すると、小さく声を発しては小首をかしげながら私に何かを窺う。
 おそらくは同席を請うものであったのだろう。一方の私もまたその急激な展開に戸惑うあまり、つい頷いてはそれを許してしまう。

「こ、ここで食べたいのかい? まあ……私は構わないが」

 我ながら照れ隠しをしたかのような言い回しになってしまったみたいな気がして気恥ずかしくなる私の一方で、正面のゾロアークはこの日一番の笑顔を咲かせた。
 そうして胸元のポケットから従来のケーキ用となる小振りなフォークを取り出すと、それを私に持たせる。
 言うまでもなくそれは、これを二人で食べようという意思の表われであった。

 流されるままそれを受け取り私をよそに、ゾロアークは豪快にチーズケーキを4等分する。
そしてその一つへとフォークを突き立てては豪快に持ち上げると──直径にして10cm四方はあろうかというそれを、彼女は大きく開いた口中に迎え入れ問題無く頬張った。


 かくしてゾロアークによるお茶会を今、私は共にすることとなったのだった。




*第3話・チョコレートケーキ [#ydfa15ef]


 ホールサイズのチーズケーキが瞬く間に消えた──。
 4等分したそれらを、ゾロアークはそれぞれ一口で食べたが為だ。

 その後も彼女の喫食は豪快の一語に尽きる。
 残るチョコケーキもまた最初のショートケーキよろしく豪快にパスタフォークを食い込ませると、そこから手首に捻りを加えては山盛りに切り取っては口に運んだ。
 その眺めたるや、褐色のケーキの見た目も相成っては重機が掘削をする建築現場を見ている向きすらある。

 とはいえそんな彼女の食事風景には、見ていていつまでも飽きない面白みがあった。
 喫食の際にはしっかりと口を閉じて咀嚼音を外に漏らさない食べ方にも、不快さを感じさせない理由があるのかもしれない。
 しかしこの光景の一番の面白みは、そんなゾロアークの食事にはこちらもまた同じものを平らげたかのような達成感があることにある。

 私には経験が無いが、若い部下を食事に誘いだした上司が大量の飲食を無理強いする構図にも、こうした食欲への代替行為という目的があるのかもしれない。

 ともあれ、もはや見惚れるよう彼女を観察している私の視線に気付いたのか、ゾロアークは吸い付けていたストローでカフェオレのグラス底をさらうと、どこか照れたように笑うのだった。

「恥ずかしがることは無い、たいしたもんじゃないか。見ていて気持ちが良かったよ」

 私にしては珍しく飾りも衒いも無い言葉が出た。
 それを受けその一瞬、呆けたようにこちらを見たゾロアークであったが……次の瞬間にはその顔は更に満面の笑みに輝いては大きく鼻を鳴らす。
 思うにこの『食べる』ことに関して賛辞を受けたことは初めてだったのだろう。照れつつも何処か得意げなその、子供の様な反応を私は素直に好ましく思っていた。

 そうして微笑み合っていると、突如として彼女は中腰に身を屈めながら背を起こし、依然として椅子に尻を着けたまま私の左隣へと席を移動させる。
 そうしてもはや互いの肩同士が密着するまでに距離が縮まると──そこからは艶めかしい程の彼女の体温と匂いとが伝わってきては不覚にも瞬間、私は忘我してしまうのだった。

 同時にそんなゾロアークの接近に、思いもかけず彼女へ親密な感情を抱くのを自覚した。
 言うなればそれは男女間の恋愛感情に通じるものだ。

 それゆえに混乱もする。
 なぜならいま目の前にいる者は性別以前に人ですらない。そんな存在の彼女に異性を意識してしまうなど、常日頃の私であったなら皮肉に笑い飛ばすような事態である。

 断っておくが私は同性愛者でも無ければ、恋愛に対して偏見や差別的な考えを持っている訳でもない。
 それでもしかし世間一般で語られるような男女の交わりにはどうにも、ママゴトめいた子供っぽさを感じてはそれを冷笑していた節があった。
 故にそんな私が、恋人同士が語らうかのよう甘い食べ物と珈琲を挟みながら異性と触れ合っている状況は自分自身、甚だ理解しがたかったのだ。

 しかも困ったことにそんな彼女からの体温を享受しているこの瞬間は言いようもなく心地よかった。
 そしてそれは彼女もまた同じと見えて、私の肩へと身を寄せて瞳を閉じるその顔は、恍惚と今の恋愛感情と食後の満腹感に酔いしれている気配が感じられた。

 しばしそうして身を寄せあっていると、再び開かれたその瞳は隣から見上げている私の視線と絡み合う。
 弛緩していた顔がその瞬間、深刻さを帯びたように堅くなる。
 いかに恋愛初心者の私であっても、そのまなざしが求めるものは自ずと理解した。

 私もまた体の向きを正しては、正面からからゾロアークと向き合うと、その膝の上で行儀良く置かれた両手の甲へ掌を重ねる。
 そんな私からのアプローチに彼女もまた意を決したかのよう体を前のめりにさせると、二の腕や下腹、そして規格外の巨乳といった前面が私の体へと触れて柔らかく飲み込む。

 斯様にして接近を果たした私達は──互いに惹き寄せられるようにキスをした。

 しばし触れ合った後、施した時と同じくらい静かに離れ……彼女は小さく上唇を舐めては、照れくさそうに笑った。
 その仕草やそして微笑みを私は純粋に美しいと思った。

 心奪われるがあまり呆然と見つめ続ける私に、今度は小鳥のよう触れるばかりの小さなキスを悪戯めいてゾロアークはしてくる。
 おそらくは彼女なりの照れ隠しもあったのだろう。
 それでもしかし、彼女は人の言葉ではない澄んだ響きで小さな声を上げた。

『また明日も来てね』──言葉など通じなくとも、今の私にはそんな彼女の声がはっきりと聞き取れる。


 高まる鼓動を抑えるべく生唾を飲み込むと、口中には甘く柔らかいチョコレートの……彼女の唇の味が艶かしく広がるのだった。





*第4話・和風茶屋 [#x071aa0d]


 翌日──あの店の前で立ち尽くす私は入店を躊躇していた。

 幾度となく出入口の押戸に指先を這わせては離すを繰り返してもう5分ほどになる……。
 傍から見たら今の私などは不審者この上ないのだろうが、もとよりシャッター街と化しているこの場所においては周囲に人影はおろか、空いている店もここだけという有り様だから、その気になれば一日中だって立っていられる。

 そんな考えに捕らわれては現実逃避している自分に気付いて私は頭(こうべ)を振る。
 先ほどからこの店の敷居を跨げない理由は──この中で待っているだろうゾロアークの存在にあった。
 昨日の彼女との一時を帰宅後に振り返った私は、恥ずかしさから叫び出したい衝動に捕らわれた。

 あんなのは明らかに私のキャラじゃない。
 よしんば性欲に引かれて衝動的に彼女を誘惑してしまったならまだしも、こともあろうあの時の私は恋愛感情を抱いてしまっていたのだ……人外の相手にである。

 しかもその後においても彼女の姿は終始頭から離れることもなく、今日だってまだ午前11時にも拘らず私は足早にこの店へと足を運んでしまう始末だ。
 どうせ行きずりの店だったと一見客を決め込んでスルーしてしまえばいいだろうに、それが出来ないからこそ矮小な自分にもまた腹が立つのだ。

 昨日までの私なら躊躇もなくここから離れては、付き纏う感傷など容易く振り払っただろうに。

 そうして何度目かの指先を押戸に這わせた時──格子窓のガラスの向こうで何者かが動く気配がした。
 その瞬間、私の心は今までの葛藤が嘘のよう晴れ渡ってほぼ無意識にドアを押し開いていた。
 一瞬遅れて『しまった』などと後悔してももう遅い……入店するや、そこにて私を待ちかねていたかのよう、折り目正しく腰元の前で両手を重ねたゾロアークが何とも嬉し気な笑顔を以て私を迎え入れてくれた。

 彼女を確認した瞬間、おそらくは私も微笑んでいたのだろう。
 こうまで心捕らわれてしまっている現実が癪だったが、そう考えている頭とは裏腹に私の心はもう、彼女と会えたことの喜びで満ち満ちているのだった。

 そうして一時の安堵を得ると、次には店の様相が変わっていることに気付いて私は目を見張った。
 板張りの壁と床のフローリングの様相が明らかに違う……。
 昨日までは洋風にまとめられていたそれらが、今日は和風へとその姿を変貌させていた。
 その代わり様は客席も然りで、昨日までは猫足の丸テーブルにソファの組み合わせだった席が、今日は無垢の角材を組み合わせたテーブルに、畳然とした『いぐさ』の座面を置いた床几の長椅子という様に一変している。

 そしてその変化はそこの店員たるゾロアークにもまた現れていた。
 作務衣の上着だけを羽織り、紺染めの前掛けを腰に巻き付けては手ぬぐいで頬被りをした彼女からは、昨日とはまた別の愛らしさが感じられる。
 おそらくは手ぬぐいの下の鬣もポニーテール風にまとめてあるのだろう。後れ毛の下に覗くうなじが何ともセクシーに感じられた。

 ──と、またしても彼女に対して邪な目を向けていることに気付いては私も頭を振る。
 この店に入ってしまった時点でもう恋愛感情の有無に関しては開き直ってもいたが、それでも彼女を性や好奇の対象として見つめてしまうことだけは自重しなければならないと私は自分の中で一線を引いているつもりだ。
 そこは客以前の礼儀や節度であると思う。

 だからこそ動揺を悟られぬよう席に着いた私は、彼女の進める『ほうじ茶セット』なるものを注文しては、さも何事も無いかのよう振舞うも……身を翻してキッチンへと戻る彼女の後姿にはつい釘付けとなってしまう。

 瞬間、前掛けが風を孕んでは柔らかく裾をひらめかせる動きに吊られて視線はゾロアークの尻へと注がれた。
 昨日のワンピースはスカート一体型であったが、今日の制服は作務衣の上着だけということもあってか、背後からだとその尻が丸見えだった。

 そもそも通常は衣服など着用しない訳だから、今さら尻が見えたところで気に掛けるようなことでもないのだろうが、一際肉付きの良い彼女のものあってはその眺めが何とも蠱惑的で、肉付きの良い臀部の割れ目や凝縮感に満ちた弾けるような裏腿を眺めていると、私の中で永らく燻っていた性欲にも再び火が灯ろうというものだった。
 
──長居してると本当に過ちが起きかねないな……

 ぼんやりとそんなことを考えながら店内を見渡す。
 昨日と同じくテーブル席が二つのそこに私以外の客はいない。
 もう一組でも客がいて他人の目があれば冷静でいられるだろうにと考える傍ら、それでも彼女とのこの蜜月を邪魔されたくないという思いの下で私の心は揺れ動いていた。

 その矢先、再びゾロアークからの声に私は我に返る。
 見れば、肩ほどに掲げた両掌のそれぞれにトレーを乗せた彼女が席へと到着していた。
 右手で支えていたものは、ほうじ茶と味付けの違うだんごが3本盛られた『ほうじ茶セット』だろう。予想通りそれは私の前に置かれる。
 そしてもう左手で掲げられていたものそれこそは──

「なるほど……和風ってことは、今日はそれか」

 巨大な……更にこれまた大盛りに盛りつけられた『ソース焼きそば』であった。
 濛々と立ち上がる、甘辛くも香ばしいソースの湯気の中へあおさによる磯の匂いが漂っては、なんとも食欲を刺激する挑発的な香りをそこに立ち上げていた。

 それをテーブルに置いてもう一度キッチンへ戻ったかと思いきや、次なるはピラミッドよろしくの三角錐に積み上げられた黒と白の物体(コントラスト)をその焼きそばの隣に置く。
 それこそは一目では数えることも難しい量の『磯部餅』が、今度は醤油と海苔のコラボレーションによる鋭い香りを漂わせながら、隣のソースとはまた毛色の違う蠱惑的な存在感を文字通りに匂わせていた。

 その炭水化物の巨塔二群を前に私の心は踊る。
 これで今日の舞台は整った──ゾロアークによるグルメショーの始まりだ。

 合わせた両手の親指へ水平に箸を挟みこみ、ゾロアークはそこへ会釈をするよう顎を引いては『いただきます』と思しき澄んだ声をひとつ発し──いざ右手に構えた箸を焼きそばへと飛び込ませた。

 よくよく見ると彼女の携えるそれは、使い代が伸ばされた菜箸の如くに長い箸であった。
 それでは箸先に摘まんだ食材を口元へ運ぶのが難しいだろうと思っている私をよそに、ゾロアークは目一杯に広げたその箸先を山盛り焼きそばの頂点へと突き立てる。
 そこから挟み込んだソバやら具材やらを大きく持ち上げては吊り上げ、それをそのまま口元へ運ぶかと思いきや……そこから彼女はさらに手首へと捻りを加えた。
 
 その動きに追従して箸先の焼きそばは折り畳まれて、その後も彼女の手首はピアノの鍵盤を打ち鳴らすかのようしなやかに動き続けては、まるでフォークでパスタを絡めとるかのような要領で焼きそばを巻き取っていった。
 斯様にして巻き取り続け、やはてソバの一群が本体の山から離れると──そこには全体の実に三分の一に近い量を絡めとった焼きそばの玉が、さながらワタアメよろしくに宙へと掲げられていた。

 そして斯様にして作られたソバ球を前に、それに負けず劣らずの大きさで上下の顎を展開させるや次の瞬間──ゾロアークは一口にてそれを口中へと収めてしまうのだった。
 パンパンに頬袋を膨張させたまま箸を引き抜いていきやがては完全に抜き取ると、改めて口の中の焼きそばを彼女は咀嚼し始める。

 なるほど……この食べ方の為には使い代の長い箸でなければ無理だ。思わずそのことに関心などしてしまう。
 そんなことを思っていると瞬く間に彼女はそれを粗食し終えて飲み込み、次なるも同じ要領で再び焼きそばを絡めとっていった。
 斯様にしてあれほどの山盛りであった焼きそばは……

「あの量を3回で……ッ?」

 呟く通り、ゾロアークは僅か三口で平らげられてしまった。
 しかも喫食後の皿にはキャベツはおろか、紅しょうがの欠片一本として残らぬほどキレイに平らげられているとあっては、もはやその技量に驚く他ない。

 そんな空となった皿の上へと、新たな皿が重ねられる衝撃に私も我に返る。
 見ればその上には、こんどはあの磯部餅のピラミッドが出現していた。
 今度はどのようにしてこれをやっつけるのかと観察していると……以外にも彼女はその頂点に置かれた冠石となる一枚を持ち上げては上品に口元へと運ぶ。

 餅からの蒸気と醤油の湿気に晒されては艶よく張り付いた海苔の表面へ、気持ち彼女はゆっくりと前歯を立てては徐々にそこへ注力しては噛みしめていく。
 やがては歯並びの良い彼女の牙が海苔を食い破り、そこから餅の白い断面を覗かせるや──ゾロアークは餅を携えていた右手を顔から離すようにして虚空へと伸ばす。
 チーズさながらに伸縮してはアーチを弛ませるそれこそは、粘着性の高い上質なでんぷんが為せるこの餅の特性であった。
 そんな一連の食感を愉しむよう確認すると、ゾロアークは伸ばしていたそれを全て啜り寄せては携えていた餅もまた口中へと頬り込む。
 それからがまさに、次なるショーの始まりだった。

 磯部餅によるピラミッドから、二枚並び二段重ねとなる計四枚を一度に手取る。
 そして焼きそばの時同様に口中を開け放つと、難無くその四枚に前歯を立てた。

 先のでんぷん質の感触と、さらには海苔でコーティングされていることからも、焼き立てとはいえその表面にはそれなりの弾力が生じている筈であろうが、ゾロアークの強靭な顎はそんな餅の耐久など意に介することなく嚙みちぎっていく。

 そうして二口で口中にそれらを放り、さらには数回の咀嚼で飲みこんでしまうと──矢継ぎ早に今度は、左手に携えられたやはり磯部餅四枚がマシーンの如き正確さで鼻先へと運ばれてくる。

 以降は左右交互によりそれの繰り返し運動だ。
 口元に注目しているといつの間にか空いていた片手に握られた餅が鼻先へと運ばれていて、一体どのタイミングで餅を掴んでいるものやら、私には一向に確認できなかった。

 ただ目尻の端で捕らえていた餅によるピラミッドが見る間に解体されては低くなっていくのだけは分かる。
 それに気付いて皿の上へと視線を落とせば、ちょうどそこには最後の四枚をワシ掴むゾロアークの右手が見えていて、そして目で追うそれらは──次の瞬間には一口にて彼女の口中に収められては、そこに至福の表情でそれを咀嚼するゾロアークのえびす顔を私に晒すばかりであった。


 最後の一口となるその4枚だけは気持ち長く咀嚼をすると、遂には名残惜し気に飲み下しては彼女の白い喉元が綺麗に隆起をする。
 その後は小さく上唇を舐め、大きく鼻から息をついては再び『ごちそうさまでした』の両手を合わせると──彼女は空となった皿へ小さく頭(こうべ)を垂れるのだった。

 


*第5話・ちょんの間 [#sb5fa2e7]


 瞬く間にあの大盛りの焼きそばと磯部餅を平らげてしまうと、ゾロアークは胸元を反らせて小さく息をついてみせた。
 一方で私は、重ね襟の下に凝縮された彼女の胸元を目の当たりにしては大きく生唾を飲み下す。


 昨日のワンピースドレスとは違い、作務衣の上着という構造からも彼女の胸元は大きく露出を見せていた。
 白く艶やかな短毛は人肌のように艶めかしく、それが作務衣に緊縛されて、今にも外へ零さんばかりに肉の谷間をそこへ形成している。

 先の食事で体温が上がっているのか、紺地の色合いをさらに濃くしているその様子から斯様な彼女の肉体も多分に汗ばんでいるのが確認できた。
 事実、自身でも手うちわで額に風を送っている様子から暑いのは間違いなさそうだ。
 そして次の瞬間、彼女は信じられない行動に出る。

 自身の両襟に手を掛けたかと思うと、惜しげもなくゾロアークはそれを左右へと展開させた。
 完全に胸元をはだけさせた訳ではないが、それでも両肩から諸肌を露出し、乳房もその先端に掛かった襟が辛うじて乳首を隠しているといった程度だ。

 天真爛漫ゆえの無防備な行動なのか、それとも私を信頼してくれているが故の行動なのか……それを考えることが何とも私には悩ましい。
 前者なら彼女は誰に対してもこういった無防備な行動を取ってしまっている訳であるし、ならば後者だった場合、私は『男』として認知されていないこととなる。

 今の役得の傍らでそんなことも考えては、複雑な思いに駆られる私をよそに、ゾロアークは鬣を纏めていた手ぬぐいの頬かむりもまた解いた。
 予想通り豊潤な鬣はポニーテールにまとめられていて、その軽やかないでたちは昨日までの髪を下ろしている彼女とはまた違った雰囲気が感じられて何とも魅力的だ。

 そうして剥いだ手ぬぐいを丁寧に4つに折り畳むと、それを自身の首の下へと置いた。
 左右へ転々と押し付けるような手の動きを繰り返す仕草から、どうやら汗を拭っている様子だ。
 その最中、どこか演技掛かった様子で傍らの私に気付いたかと思うと彼女は手にしていた手ぬぐいを私へと手渡してくる。

「わ、私は汗はかいてないが……」

 それを貰い受けても、その意図が分からずに手の中のそれと彼女とを見比べてしまう私に対しゾロアークは更に身を乗り出させて互いの距離を詰めてくる。
 そうして前傾に身を寄せると、両肘を抱いて腕の中に乳房を挟み込んでは凝縮させた。
 
 魅惑の谷間はよりいっそうに圧を増しては汗に濡れた乳房を香り立たせたる。
 そんな一連の仕草を前に……

「私に拭いてほしいのか……?」

 ようやくに私もそれを悟る。
 独り言ちるよう確認する私を前に、ゾロアークもまた恥じらう仕草で顔を背けつつも妖艶に、そして下瞼を上ずらせた視軸は私に定めたまま悪戯っぽく微笑んでみせるのだった。

 つい先ほどまでは純朴に見えていた少女が、途端に女の色香を振り撒いては魅惑してくるそのギャップに私も眩暈を覚えるような感覚に陥る。
 そうして半ば半催眠に掛けられたかのような酩酊感を覚えつつ……手ぬぐいを携えた私の手は、吸い付くようにして彼女の胸元へと置かれた。
 
 布越しではあるものの、それを受け私の掌の感触と重みをそこに感じたゾロアークは、針で刺されたかのよう瞬間的に身を震わせては背を反らせる。
 その後も何かに耐えるよう眉をしかめさせては背を震わせる仕草を前に、いよいよ以て私も彼女の体をなぞる行為に夢中となっていった。

 行為を繰り返すたび私は無遠慮にそして大胆になっていき、遂にはあの巨大な乳房の谷間へと指々を立て揃えた手の平を差し込んでしまう。

 そこにて掌全体を包み込む彼女の体温と肉の柔らかさに忘我した。
 別段女性経験が皆無という訳でもないのだが、それでも久しく忘れていたその感触と、そして何よりもこれがあのゾロアークの物であるという実感がより一層に私を発奮させた。

 そして彼女からもまた新しい反応が返される。
 より一層に身を前のめりにさせたかと思うと次の瞬間、ゾロアークは件の胸元へ取り込むかのよう──正面から私を抱きしめた。

 今までは手の平を通じ部分的にしか感じられなかった彼女の体温と香りとがダイレクトに私を包み込む。
 その衝撃に作務衣は完全にはだけ、もはや前襟を解いた半裸の状態で彼女は私を抱きこんでいた。

 はだけた作務衣を両肘の内に掛けては背に回すゾロアークの前面からは既に、弾けんばかりの弾力を押し付けてくる両乳房が何に遮られることもなく私の前に晒されていた。
 その感触と体温についには理性を失いかける私ではあったが、そんな最後の理性を繋ぎ止めたのは、以外にもその恵体を晒すゾロアークであった。

 何かを訴えかけるよう切なげにか細い声を上げては立ち上がり、私にも同様に求める。
 もはや思考停止状態のままそれに従うや、彼女は荒い呼吸のまま私の傍らに着けては店の奥へと誘導していく。

 店舗とを隔てる暖簾を潜り抜けて進むと、目の前には想像通りの厨房とそして右手には縦格子が細やかに連なる障子の引き戸が見えていた。
 それが何の部屋に連なるものなのかを訊ねるよりも先に彼女はそこを引き開いては、中の全貌を私の前へと晒した。

 畳の敷き詰められた六畳間には見るからに柔らかげな、雲の如き布団が一式敷かれていた。
 赤い刺繍の掛け布団と、そして薄暗い室内を枕元の行灯がほのかに照らしている光景が示すこの空間が、何に使われるための物かは聞くまでも無かった。

 もっともその時の私には既にそれを訊ねられる口などはあろうはずもない……。


 後ろ手で部屋の引き戸を閉めるやゾロアークは──……深く強く私を抱きしめて、その唇もまた荒々しく奪っていたからだった。

 
 

*第6話・性を貪る獣 [#fca4bcf5]


 双方ともに、もはや理性的でいられる状況ではなかった。

 口中に舌先の粘膜を通して彼女の味が広がると、私もまたゾロアークの中へと舌を往復させては、もはやキスというにはあまりにも下品な唾液の交換を行う。
 ゾロアークとしてもそれを拒絶するようなことは一切せずに、むしろ頬を窄ませては私の舌先を迎え、よりいっそうにそこから滲む唾液をすすり上げては喉を鳴らせた。

 やがては斯様なキスのままに脱力し、彼女は掛け布団の上へと頽れる。
 体位的に私が覆い被さるような形となると彼女は尻から接地して、やがては仰向けに体を横たえた。

 重力に引き剥がされるような形で私達の唇が離れると、布団の上には両腕を掲げたゾロアークの裸体が露となっていた。
 形良く新円に張り出した下腹と、凝縮感のある太腿の股間周り……そして想像通りに規格外の両乳房は、その重みから下房が左右へと零れては大きく胸元を晒している。

 私もまた立ち膝でにじり寄り、開かれた股座の間に体を納めると──その乳房を左右から救い上げては中央へと寄せ、眼前に集結したこれまた大振りの乳首左右を無遠慮に咥え込んだ。
 舌先に滑らかな感触が生じる……唾液を介して滑りを帯びた乳首は最初こそは汗ばむ彼女の塩気を感じさせたが、以降も舐り、吸い尽くしているとやがてはその先端からほのかな甘みすら滲ませ始めていた。

 存分に片方を味わいつくすと、貪欲にも私は更にもう片側へも舌を這わしては咥え込む。
 そんな私を彼女もまた切なげに声を上げては抱きしめ、幾度となく背に這わせる掌の位置を変えては私の背を大きく撫ぜた。
 やがてその手は背から尻を撫であげ、さらには腰元へ回ると遂には──互いの体の間へと差し込まれ、その先において私の股間へと触れた。

 逆手でスラックス越しに掌を窄めてはペニスそこを揉みしだいてくる感触に、私も敏感に反応しては首を仰け反らせる。
 この一手によって攻守は完全に逆転をしてしまう。

 依然右手は私の股間をまさぐったまま、残る左ひじを布団に突いては体を起こすと、再びゾロアークは私の唇を奪う。
 行き来する舌先を咀嚼し合いながら身を起こし続け、やがては二人の体位が完全に起き上がるやその瞬間に身を翻し──今度は彼女が私を組み敷く形に覆い被さった。

 私の頭の両脇に手をついて見下ろしてくる彼女と目が合うと、さも嬉し気にその下瞼が上ずる。
 視軸を私へと定めたまま舌なめずりをして上唇を湿らせるや、そんな唇は下降して私の頬へと触れ合わされた。

 強く唇を吸い付けたまま、口中で大きく舌先を動かすと味わうように私の横顔を舐め尽くしていくゾロアーク。
 唇は頬を離れるも、しかし依然として舌先は接地したまま下降を続ける。
 首筋をなぞり、被服越しにもお構いなしに私の腋や胸板へと鼻先を押し当てては荒い呼吸が為されると、そこに生じる湿温の緩急にこそばゆさを覚えては私も身を捩じらせた。

 やがてはそんな彼女の顔は私の下半身へと至り、そして股間一点に鼻先を埋めると、よりいっそうに強くそこの体温と香りを求めるよう彼女は幾度となく頭を振った。
 その瞬間私の脳裏をよぎった光景は、トリュフ採取において用いられる猟犬や豚のビジョンだ。
 ふくよかな頬元の顔を必死に押し付けながら黒のスラックス越しのペニスを探る姿は斯様にして滑稽であると同時、彼女を尊厳ある女性であると認めるからこそ、そのギャップにますます私の興奮は昂らされてしまうのだった。

 そうして魅惑の仔豚はついに目的のものをそこに探り当てる。
 前歯でスラックスのジッパーを咥えこんではスライドさせ、さらにその下にあるボクサーパンツの前ポケットへもまた、本能に駆られる荒々しさのまま噛みついては剥ぎ取らんと首を降った瞬間──既に勃起して久しい私のペニスは、そこから躍り出てはゾロアークの眼前へと屹立を果たした。

 斯様な私のペニスを目の当たりにし、熱に浮かされていたゾロアークの表情は瞬間、強い驚きを宿したものとなってその目を見開かせる。
 やがて眉もとは強い困惑を含んでは、今度は泣き出しそうな表情を彼女に作らせつつも……唇を厚くすぼませたゾロアークの口先は、一切の迷いもなく亀頭の裏筋へと押し付けられた。

 獣のものとは思えない柔らかさの接触に、私もまた機敏に反応しては頭をのけぞらせてしまう。
 久方ぶりの行為と言うことも然ることながら、このゾロアークから感じられる柔肉の感触はその悉くに快感を伴う柔らかさに満ち満ちていた。

 一方でゾロアークは割れ物でも扱うかのようペニスの背に右手を沿わせ、さらには左手でおいても柔らかくその根本を握りしめると──窄まれた口唇は一息に、私のペニスを飲み込んでしまうのだった。

 途端に亀頭全体を包み込む熱と、さらには唾液の潤滑を帯びた弾けるような口中粘膜の弾力に苛まれ、私は無意識にも肛門を引き絞りペニスへの血流をさらに循環させる。
 亀頭への血液の凝縮によりペニスはより硬度を増すと同時に更なる過敏さもまた得ては、ゾロアークから施される口中の粘膜をよりいっそう敏感に感じ取っていた。

 彼女が頬を窄めるとそれだけでふくよかな頬肉が密着してきては、まるで彼女の一部にされてしまったかのような一体感の中に私を取り込む。
 そしてそれが激しく上下をし、まとわり付いていた唾液やせん液を卑猥な水音を立てて撹拌するや──

「だ、ダメだ……保たない!」

 私は瞬時にして絶頂を予期しては根をあげた。
 ワシ掴むよう頭部に両手を沿わせてくる私からの訴えに、依然として彼女はペニスを咥えこんだまま、上目にこちらの様子を伺う。………この視線もまた刺激的だ。

「すまない……久々もあってか、もうイキそうなんだ。このままだと君の口の中に出してしまう」

 申し訳なさと、そして自身の不甲斐なさを恥じ入りながら伝える私にもしかし、それを告げられる彼女の目は、これ以上にない期待を満たしては輝いた。
 そして私からの懇願を無慈悲にも無視する形で──彼女のフェラチオは先程まで以上の激しさを以て再開された。

 一方で戸惑いを隠せないのは私だった。
 口内射精の危険性を示唆したというのに、むしろ彼女は自ずから望んで、先ほど以上に激しいフェラチオを敢行してきたのだから。
 その後も押し寄せる快感と、さらには肛門や睾丸を痙攣させる肉体の痛痒感に苛まれながら遂に私はその時を迎えてしまう。

 抵抗するつもりだったのか、はたまた縋りついたものか……結果として私は強く彼女の後ろ頭を掻い繰って目一杯に腰を押し付けると──私は彼女の喉奥深くでの射精を果たしてしまった。

 それを受けて激しい前後運動は止んだものの、それでも私のペニスを飲み込んだ内頬と食道は蠕動を続け、真空状態と化した喉の中でなおも締め付けては、さらに吸い出す動きを継続させる。
 元からの尿道の圧と、さらにはその誘われる口中の動きに連動した私の射精は、もはや液体の放出というよりも、一個の固形物を尿道から長く引き抜かれるかのような錯覚を覚えさせたほどだった。

 そしてその感触は、今日にいたるまでに幾度か味わった酒精の中でも一際に快感と思わせてくれるものだった。

 もはや声すらも上げられず敷布団の上へと脱力しては沈み込む私をよそに、ようやくゾロアークは口中のペニスを抜き出し始めていた。
 頬を窄め、丸く絞り込んだ口唇を一部の隙間もなく吸い付けさせながら長くそれを引くと──全盛の硬度を失った半立ちのペニスが、窒息寸前の魚よろしくに下腹へ横たわらせられては、時折り来る痙攣にその身を震わせる。

 赤く充血した亀頭は、すっかり彼女の口の中で濯がれては風呂上がりのような艶やかさでそこに横たわっている。……排泄器官でもあるはずの穢れの一切もまた、綺麗に舐め取られてしまっていた。

 その様子に辛うじて首を起こして股座の彼女を確認すれば……そこには、まだ口中に収めているであろう私の精液を、頬の内側で左右に転がしながらテイスティングしているすまし顔が見て取れた。
 瞳を伏せ、味わうよう左右に往復させる舌先が口内の内側から彼女の頬に陰影を浮きつ沈みつさせている。
 
 やがては僅かに顎先を上げ、反らせた喉元が大きく隆起すると──彼女は完全に私の精液の全てを飲み下してしまうのだった。


 直後、見せつけるよう大きく口を開いては、その愛らし見た目にはそぐわない鋭い牙の並ぶ口中を披露して鼻で笑うゾロアーク……そんな挑発的な彼女の表情に再び、私はペニスに血流が巡るのを感じた。




*第7話・行きつく果て [#a1f7bf24]


 見る間に眼前で……そして添わせる手の平の中で脈打っては鎌首を持ち上げ始めるペニスの様子に、再びゾロアークの表情は喜色満面に咲き綻びた。

 やがては完全復活を果たして屹立するペニスの裏筋へと彼女は愛情たっぷりに窄めた唇を押し当ててはキスをする。
 先ほどは彼女自身も興奮に急き立てられるがあまり早々に咥え込んでしまったペニスではあったが、射精という一区切りを置いた今はようやくに眼前のそれを慈しむ余裕も生まれていた。

 裏筋全体を鼻頭(マズル)の脇に置いては目頭を押し当て、顔全体を使って私のペニスの脈動や体温を堪能するゾロアークからは、すっかりこれの虜になっている恍惚感が窺えた。
 角度を変えて幾度となく鼻頭を擦り付けては、ペニスそこから滲む腺液を顔面へ万遍なく塗り付けていくマーキングを自ら行う様たるや、まるで自分がこのペニスの所有物であることを自ずから主張しているようないじましさがあって、それを見守る私の慕情をなおさらにかき立てるのであった。

 同時に、彼女自身もまた己を慰める行為に没頭していた。
 いつしか室内響き渡っている水音は、彼女が私のペニスへの服従を誓いながら自身の膣を指先でかき乱しているそれだ。
 時折り指々が深く膣口へ挿入されると、それに伴った吸着音が粘着質に響き渡る……その音に彼女の膣の締め付けを想像すると、そこにペニスを収める妄想だけで私の辛抱はたまらなくなってしまう。

 そしてそれを察したのか、はたまた彼女自身に我慢の限界が訪れたのか──やおら彼女は背を伸ばして身を起こすと、その高い視点から悠然と私を見下ろす。
 いつの間にかポニーテールが解かれて背に降ろされた鬣と、しっとり汗ばんではその表面に艶やかな光沢を宿らせた短毛の毛並み……そこへたわわに実る巨乳二房と美しく張り出した下腹部の景観は、頼りない行灯の光量下において息を飲むほどに美しかった。

 やがては見惚れる私をよそに、彼女は片ひざを立てては尻を持ち上げて私を跨ぐや──右手をペニスの根元に添えてその先端を膣の真下へと誘導していった。
 場所を確認するよう僅かにペニスを振らせては亀頭の先端で陰唇の溝をかき分ける仕草と感触に、私もゾロアークも遂に一線を越えてしまうことを予期してはそこに覚える興奮に胸を高鳴らせる。

 そして挿入の瞬間、ふいに彼女は小さく声を発すると私の意識を自分へと向けさせる。
 思わぬそれに視線を彼女へと投げれば、そこには場違いなほど朗らかな微笑みで私見つめている彼女の顔があった。
 誇張でもなく女神さながらに見えたその表情に一時、私はこの淫靡な状況を忘れたほどだ。

 しかしその慈愛に満ちた表情は一変して崩れた。
 眉元をしかめ、眼球が上目に剥く──それでも笑みの形を維持していた目元はその円らな下瞼が弓なりに上ずって、微笑んでいた口元もその形のまま唇の下で牙を食いしばる……斯様にして遂に彼女の膣へとペニス挿入が果たされてしまった
 
 膣道に感じるペニスの感触を味わうかのようじっくりとゾロアークは腰を落としていく。
 処女の如くに閉じ合わさっていた膣壁を押し分ける感触が、みちりみちりと亀頭越しに伝わってくる……そしてその中を一襞ごとに進むたび、ゾロアークもまた頬を窄ませ涙に潤んだ上目を剥いては牛よろしくの声を上げては私を迎え入れていく。

 やがては完全に腰を落とし、彼女の尻と私の腰とが完全に触れ合うと──ついにペニスは、その根元まで彼女の中へと挿入を果たしてしまった。

 その一突きに、ゾロアークは喉を反らせると声にならない声を天に向かって吼え猛る。
 口先を窄め、きつく瞳を閉じた表情のままその身を震わせる様子から察するに、どうやらコレで絶頂を迎えてしまったらしい。
 別段私が技術的なものを披露した訳ではないが、それでも自分との性交において女性が達する様を眺めるのは、ある種の肉体的快感以上の優越感を覚えさせてくれるのだった。

 しかしながら、一方の私とて人のことなどは言えない。
 絶えず蠢き続けてはざらついた肉襞で亀頭を扱き上げてくる彼女の膣壁たるや、その快感にすぐさま射精へと導かれてしまいそうな感覚に晒されていた。
 とりあえずスロープレイなどを心掛けようと思った矢先、突如として視界が遮断される。

 何が起きたものやら困惑する私ではあったがすぐにそれが、ゾロアークが体を倒しては私を巨乳の下敷きにした故のことだと気付く。
 乳房の脇を両手で抱えてはかき分けその谷間のから顔を覗かせれば、そこにはどこか疲れた微笑みのゾロアークと視線が絡まった。

 額に珠となって浮いた汗と半閉じの目蓋、加えてほつれた鬣が一筋、額へと垂れてはどこか気怠げな気配を窺わせるゾロアークは──息を飲むほどに艶やかだった。
 そんな彼女はその柔肉の全てを使って私を包み込み、そして文字通りに組み敷きながら尻のピストンを開始する。

 乳房に負けず劣らずの豊満な臀部が打ち落とされるたびに体重による衝撃と、打ち合う肉同士の感触が心地良く私の肉体へと響き渡る。
 鞭のよう腰をしならせて繰り出されるピストンはその重量感の見た目とは裏腹に、実に能動的に動いてはリズム良く咥え込むペニスを摩擦していった。

 一方の上半身においては、彼女は自身の胸元へ取り込むよう挟み込んだ乳房もろともに私を抱き包んではこの顔の額や唇を問わぬあちこちへ情熱的にキスを施す。
 その分厚い唇が幾度となく吸い付けられ、さらには伸ばされた舌先も目尻の眼窩や耳孔は元より、遂には鼻腔へも伸びてはそこの穢れなど気にすることもなく舐め穿いては私の脳内を彼女の匂いで飽和状態にさせた。

 やがては再びに唇同士が接触をし、もはや共食いの様相で舌同士を絡め合っては互いの唾液をすすり上げる粘着音を響かせるに至り、遂に私にも絶頂の兆しが現れる。
 肛門と蟻の門渡りが無意識に痙攣を繰り返す感覚に晒されてそれを訴えようとするも、前述の通りにそれを伝えるべき口唇は彼女の唾液を貪ることに使われてしまっていて一切の用をなさない。
 しかしそんな言葉など無くとも、一体化した膣壁に伝わるペニスの痙攣を感じ取ってはゾロアークもまた私からの射精を予期していた。

 種族違いとはいえ生殖行為の果てに膣内へと射精されることの神聖と禁忌は彼女もまた知るところだ。
 だからこそ尚更に肉体は興奮を宿しては、ラストスパートとばかりに締め上げ、そして腰の動きをより激化させた。


 豊満なその肉体からは想像もつかない速度で上下の打ち付けが繰り返される──その中で遂に私は限界を迎えた。
 挟み込まれる乳房と、さらにそれを抱きしめる両腕のホールドに加え、唇もまた熱烈な抱擁にて塞がれている状態の中……私は呻きと共に絶頂した。


 射精の瞬間に私の肉体は跳ね上がり、より深くゾロアークの膣を突き上げた。
 同時に膣内において亀頭は子宮口にまで達してはその先端を僅かに中へと埋め、放出される精の全てをそこから子宮内へとダイレクトに打ち放つ。
 その肉体の最深部にて炸裂する熱の衝撃に反応し、ゾロアークは私を拘束していた上半身を仰け反らせては悲鳴に近い声を上げた。

 身の内側から焼かれるようなそれと、種の違う遺伝子を子宮に取り込むことのタブー……そして何よりも私への愛情というそれら全てが混然一体となっては、彼女を生涯で最高潮の快感へと導く。
 それを反映するよう膣壁はより一層に収縮を繰り返しては私のペニスを絞り上げ、遂には下りだしてきた子宮口もまた弛緩して間口を広げると、放たれる精液の一滴として漏らさじと膣さながらに私の亀頭を飲み込んでは蠕動をするのだった。

 やがては文字通りに最後の一滴までを搾り取られ、私は脱力に敷布団へと沈んだ。
 それと一拍子遅れてはゾロアークもまた体を萎凋させては再び私の上に重なる。
 もはや疲労困憊といった様子の彼女に先ほどまでの様な愛撫を繰り出す余裕などは無く、今度は私の胸板に体を預けたままただ荒い呼吸を繰り返すばかりだ。
 そんな彼女を私は抱いた。

 伸ばせる限りに両腕を彼女の背に回し、慈しむようその背面を大きく撫ぜてやると、その感触が心地良かったのか彼女は猫のよう細めた瞳を微笑ませながら、幾度となく私に頬ずりもする。

 かくして一線を越えてしまった私達はその日を境に──実に様々な試みを果たしていくこととなく。
 愛情深く、そして時に淫靡なその交流の中で永久の愛すらをも語り合う私達ではあったがしかし……──


 この出会いがそうであったよう唐突に、その別れもまた一切の感傷も許さずに私達を引き離してしまうのだった。




*エピローグ [#n04c0d4e]


 一線を越え、これ以上に侵すべき禁忌も無い存在と成り果ててしまった私達の関係は、当然の如くにその常軌を逸していった。

 言うまでもなく私は毎日のようあの店へと足繁く通い、場合によってはそのまま店にて一夜を過ごすことさえあった。
 ゾロアークもまた激しく私を求め、別れの際には切なさが募るのか私を抱きしめたまま数時間も拘束することすらあった。

 また非日常性はこの店自体にもあり、この場所は来店のたびにその姿を変えた。
 ある時には植物と原色の国旗然とした飾り付けが為された南アジアを彷彿とさせる店内でカレーを提供され、またある時は赤一色に統一された店内の丸テーブルの上で飲茶などを供されたこともあった。

またそうした店の雰囲気に合わせてゾロアークもその都度に装いを変え、南アジア風の時には煌びやかな原色の布地を体に巻いた衣装にて場をし、中華風の際にはその恵体をぴっちりと包み込んだチャイナドレスで現れては存分に私の目も楽しませてくれた。
またそうした店の雰囲気に合わせてゾロアークもその都度に装いを変え、南アジア風の時には煌びやかな原色の布地を体に巻いた衣装にて場を賑わかせ、中華風の際にはその恵体をぴっちりと包み込んだチャイナドレスで現れては存分に私の目も楽しませてくれた。

 そしてそうした彼女とこの場所において……私達は我を忘れて求め合ったのだ。

 不思議と私以外の客が訪れたことは一度としてない。
 あの空間はまさに神が私とゾロアークの為に用意してくれたような隔絶された空間であり、そこにて繰り広げられる彼女との関係は未来永劫に続くものだと私達は信じてやまなかった。

「……一緒に暮らさないか? 君がこっちに居てもいいし、私が君達の世界に行ってもいい」

 そして遂に私は、彼女を生涯のパートナーとして受け入れる覚悟とその想いを直接に伝えた。
 燃えるような情事の後──その熱を帯びたまま、私はそれを告げたのだ。

 決して勢い任せの無責任なピローロークなどではなかった。
 その想いはかなり以前から既に抱き続けていたもので、いつそれを告白しようかとそのタイミングを見計らっていたのだった。

 そして今それを伝えられ、一方で受け止めたゾロアークはと言えば──ただ私一点を凝視したまま丸く目を剥いた。
 そこの表情に満ちているものは当然の如く強い驚きのそれではあったが、そこに嫌悪や煩わしさを見ることは無い。
 証拠に、見る間にその表情が解かされるや──そこには半分泣き出したように眉元が歪んでは、そこに声以上にない歪な笑みを万面に湛えた。

 次の瞬間には想像通りに強く抱きしめられていた。もはや、こうした彼女の行動原理すら読めるほどに私達は通じ合っていたのだ。

「返事はOKと取っていいのかな?」

 一方の私もまた抱き返して彼女の背をさすってやると、それに応えるよう激しく、再びにゾロアークは私の唇を奪っては以降も激しいキスの嵐を顔面のいたる所へお構いなしに浴びせてくるのだった。

 かくして彼女の『パートナー』となれることの了承を受けた私ではあったが──……この出会いの時と同じよう唐突に、そして今度は不条理に私達の関係は終焉を迎えた。


 その日、いつもの通りにそこを訪れた私は店の鍵が開いていないことに気付いた。
 しばし握りしめたハンドルを上下させては固まったドアラッチが解けないかどうかを試みたものの、鍵はしっかりと内側から施錠されており外からこれを解くことは叶わなかった。

 声を掛けるたりするなどしてしばしその場に佇んではいたが、一向に中からのレスポンスは無い。
 この時、私は不吉な胸騒ぎもまた感じていた。
 時を経るごとにその想いは強まり、私はドアに設けられた格子のガラス窓から店内の様子を窺うに──頭から血の気が引いた。

 切り取られた視界から伺えるその店内の様子が信じられなかったからだ。
 そんな激しい焦燥と不安に駆られたことから私は、普段の自分からは信じられないような暴挙に出る。
 こともあろう私は、周囲を見渡して朽ちかけたブロックのひとつを見つけて手に取るや──それにて格子窓の一角を破砕したのである。

 そこから手を差し込んで内鍵の開錠をする。
 その際に、枠に残るガラスの破片で甲を切ったがそんな痛みも流血も私は意に介さなかった。
 ドアを開き、たった一歩を駆けこむようにして店内に入ると──改めて確認する目の前の光景に私は愕然とした。

 店内は、もぬけの殻であったからだ。

 壁面に備え付けられた飾りつけはもとよりテーブルとイスすらも無い……ただあの縦長8畳の空間のそこには、風化して所々が割れたタイルの床が広がるばかりであった。

「そんな……そんな、まさか……ッ」

 強い眩暈と動悸に襲われながら、私はふらつく足で店内を往く。
 キッチンカウンターを越え、その奥のキッチンへと至るとそこもまたコンロはおろか食器棚すらもないがらんどうの空間が広がるばかりであった。
 さらに進み、勝手口と思しきそこを開くもしかし……目の前には入り口とは反対の路地に店内を貫通して出てしまうばかりだった。

 再び店内へと戻り、元の客間であったホールまで歩む。
 執筆業の性かそれとも性格ゆえか、強い喪失感とそのショックに打ちのめされているにもしかし、私の頭は既に冷静さを取り戻していた。
 そしてそんな私の目は同時に、店内の『異変』にもまた気付く。
 
 しかし私は大きくかぶりを振った。
 この段においてもまだ信じたくはなかったのだ。
『それ』を受け入れてしまうということは彼女も……ゾロアークもまた失うことに他ならなかったからだ。

 斯様にして往生際の悪い私は、その空回りする行動力を集結しては次なる行動へと出る。
 ネットや周辺の不動産を駆使しては、この建物の所有者を探し出そうとしたのだ。
 そして数時間後にはそれも特定し、私はその足で件の人物の元を訊ねた。

 突然の来訪に加え、あの喫茶店のことを唐突に聞いてくる私に対し、70代程と思しき禿頭の老人・間宮氏は──私があの店内で気付いた『異変』の答え合わせをハッキリと告げてきた。


『あの店はもう、何十年と開いてはいないよ。おそらく人が入ったとするならば、今日のアンタだけだろう』


 その分かり言っていた答えにもしかし──私は衝撃を覚えずにはいられなかった。
 数時間前、あの店内で私が気付いたのはその端が捲れて垂れた壁紙の存在だった。
 日焼けしたそれはすっかり風化していていて、僅かな衝撃でもその端が千切れては地に残骸をまき散らせてしまう状態だったのである。
 事実、無遠慮に入店してはキッチンまでの直線を駆け抜けた私の空気の対流に巻き込まれては、剥がれ落ちたそれらが地に散乱していた。

 もし昨日までここに彼女がいて、突貫で店を畳んで片づけをしたというのなら、あれら壁紙を傷つけずに退出することは不可能だろう。
 それに気付いた時──すでに私はもう、彼女がこの世界線から消えてしまった事を理解していたのだ。


 それら事実を受け入れては消沈する私を前に、オーナーの間宮氏はただ狼狽えるばかりだった。
 しかし次の瞬間には、私は我に返っていた。──……否、もしかしたらその時に完全に狂ってしまったのかもしれない。
 その時、諦めきれなかった私は最後の悪あがきを画策する。

「間宮さん……お願いがあります」

 それから私は、『とある』交渉を彼へと願い出た。
 訪問も急であったなら、その願い出もまた常軌を逸した申し出であり、間宮氏はただただ狼狽えるばかりではあったが、その後に第三者を加えた煩雑な手続きの果て──私のその『願い』は聞き入れられることとなったのだった。


CENTER:■    ■    ■
LEFT:


 私はあの喫茶店を買い取った──。

 シャッター街とはいえ腐ってもそこは駅前商店街の一角であり、なおかつ他の不動産とも連結した土地柄故にそれの取得には実に膨大な時間と費用を要したが……あの事件から数か月後、晴れて私はあの店のオーナーとなったのだった。

 店内は床や壁、そして天井といった内装クロスを張り替えてはキッチンもまた調理場として機能出来るように整えた。
 かと言ってそこで商売を始めるつもりもない。

 しかし客間ホールとなるあの空間には斜となるようにテーブル一基と椅子二脚の2席を設け……その入り口側のそこに私はいつも陣取る。
 この場所こそが私の新たな仕事場となった。

 未練といえば女々しいのかもしれないが、この時の私には妙な確信があったのだ。
 彼女とは、あのゾロアークとはまた再会できる──そんな確信が私の中にはあった。
 それが数年後か数十年後かは分からない。それでもしかし、彼女と再び出会う場所として、この店以上にふさわしい場所は無いように思えた。


 そして今日もまた、私はあの店へと通う──。
 盗まれるものなどは何一つ置いてないので、この店には施錠やセキュリティの類は一切しなかった。

 それこそあの頃、店に通っていた時のように私はいつだって気軽にそのドアを開いて入店を果たす。
 僅かにドアを開くと、カウベルの乾いた音が響き渡る。そうして気持ちゆっくりとドア押し開きながら──……


 そこから徐々に開いていくドアと店内の狭間へ視線と想いとを投じては、
 またあのゾロアークの居る喫茶店が現れないかと今日も私は入店を果たすのだった。









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