当作品は、[[朱烏]]さんの作品「[[空色の眸に竜が飛ぶ]]」の「第四夜・一」までを元にした三次創作です。独自解釈などが含まれます。 このたび掲載許可を下さりました朱烏さんに、この場をお借りして感謝を述べさせて頂きます。誠にありがとうございました。 ---- ***「第四夜・一」の裏側で [#1oKVD0R] 歩みを止め、鼻から一つ、息を吐く。周囲に意識を向けるものの、それらしい気配は感じられない。 「居る?」 一応、声を宙へと投げ掛けつつも、返事は期待していない。私はただ、後ろ足を折り、尻餅をついて座る。 来るには早すぎたかもしれない。とはいえ、待たせるよりは待つほうが性に合っている。まぁ――そのうち来るだろう。 頭上、空へと視線を向ける。木々の隙間を抜けた先は、夕日に焼き切れた赤紫色を表している。その更に奥には、昇り始めた月が、薄ら、見て取れる。――夜というにはまだ早い。 森の只中。断ち割るかのように流れる川が、絶えず音を打ち続けてはいるものの、私以外の存在はなく、静かな空気が漂っている。 ――縄張りの中心地からは下流に位置するものの、数夜前までは仲間たちもしばしば訪れる場所だった、な。 飛石を二つ踏んでようやく超えられる程度の、決して細くはない川。しかし、浅く広く、水浴びをするには都合のいい場所、だった。 この川は、現在、二つの縄張りの、その境界線でもある。 ルル様が下され、縄張りの半分を明け渡した夜以来、この場に寄り付こうとする仲間たちはいない。かといって、悪属性の誰かしらが姿を現すわけでもない。 仲間たちは、少なくない数が報復を望んでこそいるものの、ルル様もウララ様も、今のところ、行動に表すことをよしとはしていない。一方で、悪属性の者たちも、新しいリーダーの意向により、妖精を刺激しない方針を取っているらしい。 あいつと話す限り、私は『相容れない者同士なのだから距離を置いておけばいい。近づく必要はない』といった解釈で納得している。しかし、その結果として、この場が寂れてしまうのは、実利の面で勿体ないと感じる。 ――まぁ、密かに、とはいえ、それを今は私たちが利用し始めているのだから、さほど変わりないのかもしれない。 これまで逢瀬の場としていたところだって――現在との情勢の違いもあれど、縄張り同士の境界線、双方の群れに干渉されづらい寂れた場所を選んでいたわけだし。 ――そう、数夜前まで逢瀬のしていたあの場所は、今や悪属性の縄張りの内。 まぁ、変な痕跡なんかが残っていたとしてもあいつが処理してくれているだろうけれど――縄張りの境界線が動く可能性自体は見えていたわけだし、もう少し入念に掃除しておけばよかったかもしれない。いや、ルル様が負けるというのは想像もしていなかったのだ。仕方ない、仕方ない。 ああ、あいつの言うことを信じきれなかった自分を思い返している。悔いている。そんな細かいことどうでもいいでしょ? ね、私。うん。 そもそも、あいつの白い毛と私の空色の毛が、絡み合ったまま抜け落ちてたとしても、誰も気にも留めないでしょ、ほら。あいつに激しく押し込まれまくって、零れた体液が下腹を中心に広がって、それでも動きを緩めなかったりもする情事の中で、そういう落ち方をしている抜け毛は絶対あると思うし、そうでなくとも、ふざけ半分で冷気を放って、互いの毛が張り付くのを面白がったりとかはしてるから、まぁ、いや、やっぱり掃除くらいはしておきたかっ……――ああ、もう。私にはもうどうにもできないことなんだから、いいの。 尾の何本かで地面を雑に叩き、もう一つ息を吐く。雑念を払うように思考をずらす。この場ではなくて、そう、今日。 そう、今日。――ルル様が体調を崩していた。柄にもない、と表す他ない奇行に走っていた。 重圧に潰れたかのようでもあったが、全体的に見れば、発情期への移行が強く出て、神経が過剰に反応しているだけのようでもあった。 いや、ルル様にとっては耐え難い苦痛だったわけで、軽く流すような事態ではないのだけれど――とりあえず、ウララ様も、ルル様のその様子を恋煩いかのように説明してくれていたし、間違ってはいないだろう。 それが真だとして、解消しようとするのは難しいかもしれない、というのが問題。その点は今後も長く尾を引きそうである。 極端なところだと、適当な雄と交わってタマゴを作ってしまえばいい。少なからず、今日よりは体調も安定するだろう。妖精の群れにも雄は少ないながら存在するし、ルル様の権を以てすれば、それを侍らせ、交わるよう強要することだってできるはずだ。――あのルル様が、そのような解法を取る様は微塵も想像がつかないけれど。 それに、断片的なうわごとの限りでは、どうも特定の雄と交わりがあるかのようでもある。 ルル様はその雄を認めたくないらしいが、それがどのような相手であれ、存在する繋がりを無視して他の雄に身を預けることは簡単にできることではないだろう。良縁ならばそこを結ぶべきだろうし、悪縁ならばしっかり断たねばならない。 まぁ――その雄がどんな存在なのか、誰なのか――私には心当たりがある。 ルル様の言葉でいう、悪軍団の首魁。――悪属性の群れのリーダー。新しくその座に就いた、サザンドラ。 この地の外からやってきた余所者にして、負け知らずだったルル様を初めて負かした相手。 ――私と同じように、群れ同士の確執に馴染みきっていないであろう存在であり、また――ルル様の自信をへし折った、強大な存在。 交友を結ぶ分には、恐らく、あのサザンドラは、群れの確執に囚われない柔軟な考えができてしまうだろう。事実、決闘としたあの夜――私が直接的に知る唯一の様子でも、あれは対話による解決を要求していた。 そして、悪属性の者に対して、今まで常に勝利し続けてきていたルル様を、上回る――上回ってしまう力を持っていた。ルル様は、敵でしかないはずの悪属性の者に対して、向かい合っての対話を強要させられた。 ――捕食者が被食者に対していちいち情をかけない、というらしい話が、きっと、近い。 ルル様はずっと、悪属性の者たちを同じ生き物だとは認識していなかった、のだと思っている。ルル様の数少ない汚点として、私は心の奥で侮蔑していた。――あの瞬間までは。 あのサザンドラは、ルル様に圧倒的な力を示しながらも、蹂躙するわけでもなく視線を送り続けた。 どうだろう。あの時、ルル様の目に映っていたのは、力強く所属が異なるだけの、同じ生き物だったんじゃないか。 そうならば、すっと腑に落ちる。ルル様の急な変わりようも、全てあの一夜以降のことだ。――そうだとすれば、生まれたときからずっと妖精の群れに属しているルル様は、決してその相手を認められないだろうということも。 ――まぁ、全部私の思い過ごしかもしれないけども。 少なからず、新リーダーの様子を〝あいつ〟から聞く限り、そのような気配は何も示していない。 一つ息を吸って、吐く。 川の流れる音だけが静かに響く中、小さな物音が聞き取れた。腐葉土を四本足で踏み締める音。耳を立て、その方向へと遅れて視線を向ける。川を挟んだ奥。 額から右へと付きだし、そこから三日月のように湾曲した角が特徴的な姿。紺色の地毛の上に、白い毛を纏った姿。悪属性の群れの一員。なんだかんだでもう長い付き合いになる――密かな番。 「――来た来た」 「や」 後ろ足に力を籠め、立ち上がる。すぐさま地を蹴り、その姿へと向かう。飛び石を一つ、二つ、前足で掴み、後ろ足で蹴って、川を超える。 その姿の前で一瞬歩みを止め、前足で地面を蹴る。跳ね上がって、後ろ足二本で大きく立ち上がる。 「――わあああいい!!!」 そのまま、その姿に正面から、じゃれつくかのような形でのしかかる。左前足をその姿の角の付け根に引っかけて、重心をずらす。そのまま横向きに倒れる中、受け身だけは取れるよう、互いに後ろ足の力を抜いて、胴体から落ちていく。 ――初めて会った時の敵対的な作法は、形骸化しつつも、互いを認め合うものとして未だに残っている。 「――今日、どうだった?」 倒れ込むと、私はそのまま両前足をその頭の後ろへと伸ばす。私の喉元にその額を押し付ける形で、強く抱きしめる。 「――今日はさ、ルル様がさ、中々大変だったんだよ。まぁ、心配ではあるけど、もしかしたら、もしかするんじゃないかって感じ、えっとね――」 ――妖精の群れは、どういうわけか、雌に偏りがある。しかし、私のような純粋な余所者は稀だ。大半はこの群れの中で生まれ育った者である。捨て置かれたタマゴを群れで保護し、その中から生まれたルル様のような者も居るといえば居るが、多数がそのようなわけではない。 ではどのように群れが維持されているのか? 多くは、群れの外に自らの番を見つけているのではないだろうか。 ――そのような番としての雄が妖精の群れにほぼほぼ居ないのは何故? 食性が合わないなどの問題もあるだろうけれど、妖精の群れに属すること自体を問題視する何かがある。――情勢とか。 私が思うに――相反する群れの一員と密かな交わりを持つ、私たちのような者は――他にももう少し存在する。 もしかしたらルル様もそうなるかもしれない。いや、もうなっているかも――。 ---- ---- ・後書きのような話として、 敵対関係のペアがくっつくのってほんと素敵ですよね。ルルさんとジルガさんの動向がどのようになるのか楽しみです。 これを書いたのは「第四夜・一」の段階で、これを投稿する現在は「第四夜・三」まで進行していますが、そちらではもうルルさんとジルガさんの関係が各位にバレ始めていきそうな感じで、実に、わくわくしますね!!!! ぜひ発覚した瞬間を群れの一員視点で拝みたいですね!!!!!! はい。 素敵なペアが、果たしてどうなってしまうのでしょうね、ほんと!!!!! ---- #pcomment()