この作品には、微グロ・エロ、が含まれる予定ですので、苦手な方はご注意を。 作者…[[チェック]] #hr 0. ~プロローグ~ 本当の始まりがいつだったかは忘れた。 というより、覚えていない、と表現するほうが正しいのだろう。 分からない、とも表せる。 僕が将来を明確に志したときかも知れない。 僕が丁度この世界で産声を上げたときかも知れない。 そもそも、僕が生まれる前から定められていたのかも知れないし、やっぱり彼女と出会ったあの日なのかもしれない。 うん、分からない、が一番しっくりくるだろうか。 とまぁ、そんな些細なことはどうでもいい。 どうせみんなが忘れていて、誰もが覚えていなくて、決して一人も分かることがない―― そんな始まりだったんだ。 実に些細で、実にどうでもいい話。 この世には、そんな事柄があふれかえっているらしいじゃないか。 実に嘆かわしい事だと思うだろう? 人間は、せっかく考える事に特化した頭脳と、それを実現するための器用さを持っているのだから、もっとこの世のためになるような生き方をすれば良いのに。 しかしかく言う僕自身、今からする話は実に些細で、実にどうでもいい話なのだから、全く持って情けないとは思うけれど。 そう、彼女“達”とは違い、「強さ」の代わりに「賢さ」を手に入れた僕“達”人間の、歴史を変える話。 ただそれだけで、そこまでの話。 未来に影響することも無ければ、人々の記憶に残りもしない。 そんなどうでもいい話。 そんなどうでもいい話だけど、是非皆さんには聞いて行って欲しい。 人間としてのプライドが、この記憶を無駄にすることを許さない、という理由もあるかも知れない。 が、何より僕の愛した彼女との思い出を何か形にしておきたい、という想いがあるから―― そう、僕の愛した彼女。 僕の愛した、今でも愛し続けている彼女。 こんな風に表現していると、まるで彼女が死んでしまったかのように感じ取る人が多いかもしれないが、決してそんなことは無い。 いや、むしろこの物語が終結するのに、そんなことがあってはならない。 だって、じゃないと今頃僕は生きてはいないだろうから。 この物語は少々長くなる。 ので、結論から言わせてもらおう。 僕達は負ける。 虚しくも、あっさりと。 それこそボロ雑巾のようにあっけなく負けを突きつけられるのだ。 強大な力の前に、なすすべなんて無い。 そもそもが、もともと勝ち負けなんて無いようなそんな戦いなのだが、それでも争いが起こればそこに必ず勝敗という物は生じるもので。 引き分けなんてじゃんけんのために生まれたような言葉だと思う。 そう、この物語の結末にハッピーエンドなんて言葉は相応しくないだろう。 たとえば0と1。 たとえば陰と陽。 たとえば上と下。 そんな、きっぱりと明確に分けられたこの世界で、ハッピーエンドになろうなんて考えるほうが笑える。 滑稽だ。 チャンチャラおかしいとでも言ってやろう。 そしてなによりこの物語もそんな滑稽に憧れた僕達が、そんな滑稽に触れることなく終わる物語なのだ。 少し長くなってしまっただろうか。 では、早速はじめさせていただこう。 長いようで短かった、苦痛でいて幸せだった、そんなあの日々の話を―― * * * * 1. ~とりあえず、彼女との出会いから語るとしようかな~ あれは、僕がまだ高校2年生のときの初夏頃だった。 当時僕が住んでいた町は、東京などとはかけ離れたイメージを持つ(あくまで自分の感性だが)まさに田舎と呼ぶに相応しいような地方で、降り積もる雪の影響もあってかスキー客や観光客はよく来るのだが、最寄のコンビニまで自転車で約15分という常識離れした生活の不便さゆえ、わざわざそんなところに住もうなんていう物好きすらいないほど。 どちらかというとコンビニよりも町一番であり、唯一の大型スーパーの方が近くに感じる。 いや、近い。 別にコンビニが遠いというわけではないのだ。 コンビニの数が圧倒的に少ないだけ。 それを遠いというのかもしれないが、そんなこと僕に言われても僕はそうとは感じないのだからしょうがない。 もともと僕にとってそこが故郷だからしぶしぶ住んでいただけで、自立できるようになったらすぐにでも県外へ引っ越してしまいたい、そう小さいころから思っていたような町。 特に目立った建物も無く、特に目立った高い山にも囲まれていないような、上空から町全体を眺めれば凸凹なんて感じられずにただ平べったいと、いや、町全体が凹だと感じるであろう、そんな町だった。 ただ、その分自然は美しいと思う。 そりゃあテレビに映るようなカナダ北部のオーロラでも拝めそうなほどな美しさではないが、それでも夜になると街灯の明かりも目立ちはしないので、十分に星空は美しいと感じるし、空気は深呼吸するたびに僕の心を気分から変えてくれる。 しかし、つまりそれは街灯の少なさを物語るエピソードにもなりえるかもしれないけれど。 確かにこの自然の美しさと生活するうえでの不便さとをはかりにかけてみたら、どうにもつりあわない気がするな。 そんな町で平凡に将来を夢見ていた当時の僕。 そう、将来の夢。 ――獣医。 田舎町ゆえに、野生の動物と出会うことも決して少なくは無い。 僕なんて小さいころにクワもって野生のサルと格闘したことがあるくらいで。 ん?いや、もちろん勝ったけど。 さらに、この町の唯一の自慢とも言っていい、医療専門学校の存在。 国有数の高レベルな学校で、この学校に通うために近隣の県から電車に乗ってくる学生も少なくないのだ。 もちろん将来の夢に獣医を語っている僕も、たった今この学校に通っている。 そんな様々な条件がいろいろ混ざって、そうして形成された僕の夢。 この夢を追いかけて、勉強して、運動して、平凡な日常を送っていたはずの僕。 あの日も普通に、ごく平凡に一日を終えようとしていた。 朝起きて、昼勉強して、夕方家に帰ろうか、というところ。 「…なぁハル、最近さ、なーんか毎日がつまんなくね?」 不意に帰路の途中で、友人に声をかけられた。 &ruby(せのあきと){瀬野明人};。 この学校に生える前、ずっと前からの馴染みである僕の友人。 この学校に入る前、ずっと前からの馴染みである僕の友人。 成績は上の上といったところで、かなり成績がいい方である。 しかしそんなことで別に奢るわけでも、えらそうに踏ん反り返るわけでもなく、ただただ気さくに話しかけてくれるような存在。 一緒にいて楽しいし、互いに張り合うのも面白い。 僕にソッチ系の趣味があるわけでもないが、男の目から見ても分かるイケメン野郎なハイスペック男子。 まさに完璧というに相応しいかもしれないが、やっぱり人間である限り完璧にはなれないのだろう。 いや、特に欠点があるわけでもないんだ。 ただ本当に、事実的に完璧な人間なんていないというだけのこと。 そんな彼は僕のことを、&ruby(すずみやしゅんいち){鈴宮春一};という名前からとって『ハル』と呼んでいる。 「そうか?特にそんなこと無いと思うけど…?」 「いやいや、だって最近お互い獣医になるための勉強しかして無いじゃん」 「それが僕たちの本分だろ。おとなしくやっとけ」 「えー…もう夏も近いんだし、たまには海でも遊びにいこうぜー」 「まぁ…一日くらいなら羽を伸ばしても損にはならないか」 「じゃあ決定だな!また、夏休みには予定空けとけよ」 確かに休みを適度に入れたほうが、勉強の能率も上がるかも知れないし、特に影響することも無いだろう。 それに、実のところ毎日似たような出来事の連鎖ばかりで、少し飽き飽きしていたところだったのだ。 こういうところでも適度に提案を出してくれるのもこいつのいいところで、だからこそこんなにも仲が続いているし、一緒にいて楽しいんだろう。 いや、本当にソッチの気はないからな。 「でも…海って言ったって、近くにそんなとこないぞ?…田舎だし」 「あ…ま、まぁ、あの、そのぅ…け、県外へ行こう!」 「はぁ!?お前馬鹿か!?いつの間に馬鹿になった?僕は長年慣れ親しんできた友人が知らないうちに頭のネジ、あるいは金銭感覚を失っていることを知って悲しいぞ…」 「おいおい…マジでそんな顔すんなよぉ…冗談だよな」 「あぁ、僕が今しているのは冗談だが、だからといって今からお前の商談に乗る気はさらさら無いぞ」 「だってしょうがないじゃんよー」 「しょうがはあっても金が無い」 「むぅ…だ、だったら金は何とかするからな?ならいいだろ?」 「…はぁ、いいよいいよ…テキトーに軽くバイトでもしとくからさ。それよりもやっぱり一度交わした約束は守らないとこっちの気が済まないからな」 「さすがだぜーっ!」 というわけで、僕の夏休みは前半丸々つぶれるであろうことが見事に決定してしまったのであった。 まぁ別に良いけど。 その代わり、面白いから一回だけノート写させてやらないでおこう。 そんなこんなで帰路を明人と駄弁りながら歩き、途中で別れてからの約数百歩。 この町唯一の大型スーパーを少し通り過ぎたあたりで、人だかりを目にしたのだった。 そりゃもちろん気になったわけで。 とはいってもここは田舎。 そんなに人は多くなく、中心の空間から輪になるように連なった人の厚みは、約2mくらいだろうか。 この時間帯柄、スーパーの袋を抱えたおばちゃんや、見知らぬおっさん。見知ったおっさんや僕と同じ帰宅途中の学生などが多いようだ。 こそこそと、僕は掻き分けるようにそんな人ごみ(?)の中を進み、何とか顔だけを伸ばして何があるのかを確認する。 初夏で人の数もそんなに多くないといえども、暑さに弱い僕にとってはなんとも不快な、むわっとする熱気。 思わず顔をしかめかけたが、次の瞬間にはそんな感情は吹き飛ばされる。 そして、思わず息を呑んだ。 何かが、倒れている。 その姿形から四足歩行だということは分かる。 しかし、こんな姿の生き物は見たことが無かった。 頭の中の知識を総動員しても全く分からない。 だけど…だけどどこかで見たことがあるような…。 いや、そんなはずは無い。 だってそもそもこんな生物いるはずが無いじゃないか。 額から伸びる一本の葉。 四肢のそれぞれからもちょこんと葉が伸びており、尻尾と思われるものも見事に葉。 なんと耳まで葉。 そう、そいつはまさに――生き物ながらに植物の「それ」を有していたのだから。 作り物?いや、絶対にそれは無い。 なぜなら、そいつの全身に細かく生えた柔らかそうな体毛に滲む血が、苦しそうに表情を歪ませているその顔が、不規則に大きく上下するその胸が、どうしようもなく生きているということを僕の脳に訴えかけているからだ。 多分、ここに集まっている人々もこのボロボロの姿に興味を抱いているのだろう。 それほどまでに傷だらけだった。 車にでも当たったのだろうか。 しかし、そうとは考えづらい。 何より車なんかに当たっていたら、もっと大きな傷が一箇所に集中しているはずだろう。 それよりもこれは…。 全身に細かく傷が分布していて、中でも肢先の裂傷が激しいように見える。 何か遠い距離を走ってきたかのような、そんな状態に感じた。 とにかく、この状態ではいろいろとまずいだろう。 早急に治療を施さないと、見ただけでは分からないが、手遅れになるかもしれない。 自分にまだ何ができるわけでもないだろうが、これでも一応獣医の卵ではあると自覚しているつもりだ。 応急手当ぐらいはできるだろう。 思い立ったら即実行、が僕のポリシーなわけではないけれど、この時ばかりは珍しく身体がすんなりと動いてくれた。 前にいたおばちゃん二人を押しのけて、ぽっかりと一匹だけを取り囲む空間に足を踏み出す。 そこにいた全員の視線が痛いほど僕に突き刺さるのが分かったが、そんなの気にしてる暇もなくそいつの身体を抱きかかえる。 意外と軽い気がした。 抱きかかえてみて分かったけれど、身長が約90~100cmくらい。 体重は、25.0kg前後といったところだろうか。 さらに中にはまだ新しい傷もあったようで、せっかくきれいに洗った夏用の真っ白な制服に、赤い染みが点々と広がった。 体温はあまり感じることができず、細かく全身を震わせているところをみると、かなり衰弱しているらしい。 急がないと、本格的に間に合わない―― 「――すいません!応急処置を施しますので、少し道を空けてください!!」 そう声を張り上げながら走り出す。 田舎の人がよくもっている独特の臆病さがそのときばかりは吉と出たのか、すんなり道は開けてくれた。 自分の腕の中で一つの命が震えているのがよく分かる。 鋭い緊張感が足先を駆け抜ける。 走って、走って。 手放さないように、大切に抱えながら走って。 ようやく家が見えてきたのは、大体600mくらい走り続けた頃。 走るスピードこそ落ちてはいないものの、25kg級のものを抱えて走るのは、それだけで僕ののどの奥から変な音を引き出すのに十分だったようだ。 目頭が痛くなり、頭がボーっとする。 肺に空気が入らずに、心臓だけが大きく脈打つのがよく分かる。 中学校を卒業して約一年半。 途中に体育祭などを挟んでいたので、まさかここまで体力が落ちているとは思いもしなかった。 どうやら僕は見掛け倒しの痩せ型らしい。 あぁ、夏休みの後半は身体鍛えないと―― これで僕の夏休みは完全につぶれたらしかった。 「た…ただいまぁっ!!」 自分で言うのもなんだが、まるで死にそうなほどの悲痛な叫び声と共に玄関に倒れこみ、荒い息を吐き出す。こんなところでのんきに倒れてる暇など無いのだが、いかんせんこの老いた身体は動いてはくれないらしかった。 「あらシュンちゃんおかえり、遅かったわね…ってどうしたの!?その仔!」 「どうしたって…見りゃ分かるだろ?怪我してんだよ」 「んなもんあんたに言われなくても見りゃ分かるわよ!!そうじゃなくて、どこにいたのよ?」 「あぁ、そっち…?いや、スーパーの前で倒れてたから拾ってきた」 「拾って…はぁぁぁ」 あからさまに僕を刺すような目線をこちらに向けながら、これでもかというほどに大きなため息が姉の喉元から漏れる。 &ruby(すずみやなつき){鈴宮夏樹};。 なかなかなボディーを持つ、一歳年上の姉である。 「あんたねぇ…これで野生の動物拾ってきたの何回目よ…とりあえず、消毒液と包帯は常に玄関に常備してるこれ使って…ってその仔右前肢折れてるわね、角材持ってくるわ」 「さすが、恩に着るよ」 「これくらい姉として当然の努めよ…あと、あんた一人じゃ心配だから、友達の…なんだっけ?」 「明人」 一瞬友達と言われて少し迷ったが、僕にとって一番親しいのはやはり明人だろう。 「あぁ、そうそう…明人君できたら呼びなさい。今日はお母さんもお父さんも帰ってこないから、なんなら泊めることもできるから」 背中越し、いや、途中からは壁越しにそんなこと喋りながら、すたすたと家の裏にある倉庫へと台所の裏口経由で歩いていき、まるでさも当たり前のように丁度いい大きさ、長さの角材とタオルを取ってきて僕に手渡す。 ふかふかとしていていいタオルだ。 というより新品だった。 そう、新品なのだった。 僕が怪我をしたときは、使い古しの雑巾で汚れをふき取っていたような気がするのだが…。 「…ほら、何ぼーっとしてんのよ?ちゃっちゃとしないとその仔死んじゃうよ?」 「…僕の扱い酷くない?」 「お黙り。そもそもあんたの怪我なんてたいしたこと無いでしょ」 「…さいですか。っていうか…なんでそんなあたり前に角材出てくるの?」 「あーのーねー、うちら家族もいろいろあんたのために工夫してんのー」 「…さいですか」 何か気に食わなかった。 まるでこれでは悪いことを寛大な気持ちで許されているような… とにかく受け取った角材を床に置き、玄関に寝かせておいた彼女の身体を丁寧にふき取る。 真新しい輝きを放っていたタオルは、すぐに赤黒く染まっていき、いつの間にか用意されていたバケツで洗っても、もう使えそうにはなくなっていた。 もったいない気もしたが、一つの命を救うのだ。 対価にしては安すぎるだろう。 続いて消毒液を手に取り、体中の傷に吹きかける。 独特の香りと、しゅこしゅことした音に幼少時代のトラウマが蘇ってきたが、集中力で無理やりねじ伏せて作業を続け、もう一度新しいタオルで全身をきれいに拭う。あとは包帯を手に取り、慣れた手つきで巻きつけて、さらにあの角材で右前肢を固定したら完了。なんとか一命は取り留めたようだった。 …何だこれ。 最後どっかの料理番組みたいな説明になってるじゃないか。 「最後どっかの料理番組の説明みたいになってたわね」 「なっ…なんで考えてること分かったんだ!?もしかして僕は口に出して喋っていたのか!?」 そうだとしたら正直に恥ずかしかった。 「いや、心を読んだ」 「もっと恥ずかしいわ!!」 「いやいや、アニメ化したら視聴者の皆さんにはどーせばれるんだから大丈夫」 「僕らの生活ってアニメ化するの!?いくらなんでも飛びすぎだろ!まずは正式に本としてこの話が売れてからにしろ!!」 「冗談に決まってるじゃなーい。そもそもこの作者に本書く気も根性も暇も無いわ」 「さらっと酷いこと言ってあげるなよ…結構傷ついてるみたいだぞ、特に根性のところとか」 「良いじゃない、誰も困らないんだし」 「今、何かが何かを深くえぐる音が聞こえたぞ…っていうか結局どうやって僕の心読んだんだよ?」 「へっ?いや、それはその…まぁ、いろいろ…」 「言葉を濁したぁーっ!!」 結局分からず仕舞いだった。 とりあえず応急処置の後片付けを済ませ、二階の僕の部屋へと彼女を運び込む。 まだ目は覚まさないが、時折苦しそうに顔をゆがめるので、生きていることだけは確認できた。 ところで初夏の東北とはいえ、この暑さ。 今の状態の彼女には丁度いいのだろうが、むしむしとした感じがどうも不快でたまらない。 かといってクーラーを付けるわけにもいかないので、ほとほと今晩には絶望するしかなさそうだった。 それから日もすっかり沈んで明人との電話。 「――と、言う訳で…ちょっとこんな時間に悪いけど、今すぐ家来てくれ」 『…うん、大体予想はしてたよ、でもね、あえて言おう…はぁ?何言ってんだよ、冗談よせよ!』 「…頼むっ!!海行ってあげるだろ?」 『ぐぅ…それを引き合いに出されると弱い…ったく、しょうがねーなー…』 「さっすが、恩に着る!」 『じゃ、今から用意するわ…ところで、ほんとにその生き物の種類分からないんだよな?』 「あぁ、図鑑にも載ってなかった」 『…まぁお前が分からないんだったら特徴聞いても俺が分かるわけないしな…どんなんかは楽しみにしとくよ、じゃあな』 ぷつり、つーつー、と。 そんな携帯電話やらスマホやらがこんな田舎町にまで普及しているこの時代では、なかなか聞くことすら敵わないような昔ながらの音、置き形電話ならではの独特な切れる音が、耳元でしばらく鳴り響く。 …何かが引っかかる。 あいつの声を聞いて、何かが記憶の奥のほうでうずき始めているかのような、そんなもやもやとした感情が溢れ出してとまらない。 とりあえず受話器を持ったままで突っ立っていても何が変わるわけでもないので、クーラーの聞いたリビングのソファーに寝転がり、しばらく明人を待つことにした。 しかしまぁテレビをつけても特に面白い番組はやってないし、BSにチャンネルを変えてところでとっくに見飽きた映画くらいしかめぼしいものは見当たらないもんなんだな。 いつからこの時間帯のテレビというものはこうもつまらなくなってしまったのだろうか。 結局そのままごろごろと、ときおり彼女の様子を見ながら明人を待つこと約30分。 姉の猛ダッシュからのハグを華麗にかわした明人を僕の部屋へと招き入れるべく、家の階段を登っているところである。 姉曰く『だってー、明人君イケメンだし、かわいいんだもーん。もういっそのことあんたら付き合っちゃえばいいのにー』だ、そうだ。 だが断る。 とんとんとんと、なんだか二人分の足音が重なってまるでとんととんとんと聞こえてうるさいのだが、とにかく階段を上り終え、自室の扉の前に立つ。 隣からはごくり、と期待や好奇心や不安で生唾を飲み込む音がする。 特に僕の部屋に入るのが久しぶりというわけでも、初めてというわけでもないので、そこまで緊張する必要は無いと思うのだが。 「ま、とりあえず入れよ」 「おう、とりあえず入るぜ」 僕の部屋、というかこの家全体の部屋の扉は少々珍しい作りになっていて―いやそこまで珍しくも無いのだが―横にスライドして開くようになっており、その分ドアノブを回す手間が省けるので、荷物を持っているときも足を使って扉の開閉が行えるという、非常に助かる仕様になっている そんなことはどうでも良かったか。 とまぁ、そんな扉をゆっくりと開いたところで、ふと、僕の視界の隅に映っていた明人の身体が、一瞬硬直したような気がした。 それから約10秒。 全く動く気配を見せない明人の目の前に手をかざし、軽く振って見せる。 すると今度は、どっかのガリレオさんみたいに顔面を片手で覆い、なにか含んだように微笑み始めた。 …というか、すっげぇ優しそうな目つき。 まるで孫がはしゃぐ姿を眺めるおじいちゃんのような。 「…ふぅぅ…」 いや、ふぅぅじゃないよ。 何かっこつけたため息吐いてるんだよ。 悔しいけどかっこいいんだよ、むかつくんだよコノヤロー。 このため息を2~3度繰り返した後、壁に両手を付くような形…俗に言う、中に誰もいない壁ドンのような形を取り、ゆっくりと頭を後ろに下げ… 思いっきり叩き付けた。 「っ!?おま、馬鹿!!何やってるんだよ!!?」 そう、明人は壁に一撃で血が飛び散るほど強く自らの額を打ち付けたのだ。 もうびっくりどころの話じゃない。 明人がぽっくりいってしまうではないか。 「…なぁ、ハル…俺は幻覚を見ているのか?それともこれは夢か何かか?…額から葉っぱの生えた四足歩行の生き物がそこに見えるのだが…」 「大丈夫だ、幻覚なんかじゃあない。僕にもその生き物は見えている」 「じゃあ夢か!?これは夢なのか!?」 「それは今お前が思いっきり確かめてただろ…もしかしてそんなにも血流しといて痛くないのか?」 「うんにゃ、今にも死にそうなくらい激痛だ。吐き気がするぜ」 「じゃあ夢じゃない…っていうかほんとにどうしたんだ?いきなりあんなことして」 いや、それ以前にそんな死にそうなくらい強く頭打つんじゃない。壁が壊れたらどうしてくれるんだよ。 姉が恐ろしいことになるぞ、進撃されるぞ。 「どうした…って、ハル、お前分からないのか?」 「だから何のことだよ」 「だって…だって…っ!!」 そこで明人は大きく息を吸い込み―― 「こ の 仔 は 、 り ー ふぃ あ た ん だ ぞ っ !!」 やっと僕の中で記憶がつながった。 * * * * つまりはこういうことだった。 明人――彼が獣医を目指すのには一つの理由がある。 まぁ、理由もなしに獣医なんて志す者こそ少ないし、仮に居たとしてもそれこそ生まれからしてなにかほかの人とは違う環境に接してきたのだろう。 と、そんなことより、だ。 今、明人が獣医を目指す理由。 特にこんなところで公にするほどのことでもないのだが、それでもあえて公にしておくべきだろう。 そう、下心だ。 こう下心と一口にくくってしまうと、非常に印象が悪いというかなんというか…絶対に好印象にはならないのだが、真のところ嘘偽りなく下心なのである。 しかし獣医と下心、そこにどんな共通点があるのか首を捻らせる人も多いかもしれない。 そんな人のためにわかりやすく、かつ簡単に説明させていただこう。 つまり、つまり明人は俗に言うところの――ケモナーなのである。 ケモナー。 特殊性癖。 昔、明人に相談されたことがある。 動物を恋愛の対象とするのっておかしいよな、と。 確かにそれは人としておかしいのかもしれない。 でも、そんな考え方も含めてその人なのだから、それがその人の価値観なのだから。 否定してしまうことはそれこそつまりその人自身も否定してしまうことになるのではないか。 だから僕はお前を否定したくはない。 友達なんだから。 つまり、おかしいとは思う、でも間違っているとは言わないよ。 そう答えたのを今でもはっきりと思い出せる。 あの頃から仲良かったよな、そういえば。 なかなか長い付き合いなもんだ。 それから明人は僕の将来の夢を知り、共に同じ道を目指そうとして、今に至る。 …途中、性に興味が湧いてくる年になって「獣医になったら動物たちにあんなことやこんなことし放題じゃん!」みたいに紆余曲折したこともあったが。 ところで最近、そんな明人が愛してやまないものがある。 それが『ブイズ』というものらしい。 ゲームやアニメで小さい子供からの人気もさることながら、その隠された奥深さに魅了され、とことんやり詰めてしまう大人からも多数の支持を受けているという『ポケットモンスター』にモンスターとして登場する、愛らしい仔犬のような外見をした『イーブイ』と、その進化系たちを含めた略称。 僕自身はそこまで興味もないし、ゲーム自体は小さい頃に金を少しかじったことがあるくらいなので詳しくはないのだが、とにかく明人はそのブイズが好きで好きで堪らないらしいのだ。 彼は優しい性格で、人の好まない話や興味のない話を無理に聞かせたり、付き合わせたりはしないので、すっかり僕もそのことを忘れていたが、先ほどの隣三軒先まで響きそうな叫びを聞いて、ようやく思い出すことができた。 「つまりはその、なんだ…帰り道にこの子が倒れていて、治療のために連れて帰ってきた、そういうことか?」 「ああ、今お前の頭に包帯巻いてあげてるようにな。しっかりと治療はしておいたぞ」 そして今は明人の額からじわりと滲む血を止めるために、包帯をぐるぐると巻きつけているところ。 巻き方が雑に見えるのはそこまで傷が深くないから丁寧にする必要がないだけで、決してめんどうくさいという訳ではない。 「そうか…しかしあれだな、うん、死にそうだ」 「なんだ、そんなにも頭が痛いのか?」 「いや、嬉しすぎて」 「…ほんとに好きなんだな…」 「当ったり前だ!だって、りーふぃあたんだぞ…!あのスラリと伸びた四肢に、細く…それでいて確かな肉付きを感じさせる身体!!所々に生える葉も鮮やかな青をしていて美しく、その寝顔なんてまるで天使のように愛らしい!!」 「あー、はいはい、分かった分かった。だからじっとしてろ、包帯が巻きにくいだろ」 いちいち身振りを加えられては、こっちがたまったもんじゃあない。 つまり、あの謎の生き物は『リーフィア』というブイズの内の一種であり、普通この世界には存在することのない、空想上の生き物であるのだった。 自分でも改めて考えてみて実に信じがたい、なんとも不思議な話ではあるのだが、しかしこの目で実際に見て確認しているわけだし、外見もゲームのそれと全くと言っていいほどに違わないのだから、信じるしかなかった。 着ぐるみか何かのメイクなのかとも考えては見たが、治療や運ぶために散々触っているわけだし、明人も撫でたいからと撫でているわけだし、その可能性はほぼ0に等しいだろう。 よって、僕たちは誰も経験したことのないであろう状況に立っているのである。 一応警察に電話してみようかとも思ったが、それは明人の必死の努力によってなんとか説得されてしまい、とりあえず彼女が起きるまでは様子を見よう、ということに落ち着いたのだった。 「さ、これでよし。あんまり激しい動きはするなよ」 「おう、ありがとな!でも、もう血はほとんど止まってるんだろ?」 「ああ、でもたんこぶは酷いことになってるからな…」 「そうかぁ…ま、ちょっと痛いだけだし気にはしねーよ」 しかしこいつたんこぶすらも似合うって…どんだけイケメンなんだよ。 その少しの腫れすらさわやかに感じる。 「はぁ…お前もう少し女子と仲良くしたら?お前だったら彼女なんてすぐに作れるって」 「いや、俺人間の女子は興味ないからさ」 「そうか…羨ましいよ、お前が」 「何言ってんだよ、ハルの方が女子からの人気は高いだろ?それにハル、お前俺より頭いいし運動できるじゃん」 「いやまぁ成績は確かに僕の方が高いときは多い気がするけどもさ、女子からの人気ってどういうことだ?そんな女子なんて仲良く話しかけてくることくらいしかないぞ?」 「…ハルって頭いいのに馬鹿なんだな」 「なっ、なんだよ…そんなまるで僕が天然キャラみたいじゃないか」 「…ごめん、もういいや」 ため息をつかれた。 目の前で思いっきりため息を盛大につかれた。 いやだってさ、確かにしょっちゅう女子にはまとわりつかれるけど…特に告白されるってことないし、それってつまり仲がいいってだけのことだろう? なんかまずいこと言ったかなぁ…。 「そんなことよりもハル、そろそろ上へ行って様子見ないか?」 「あぁ、結構時間も遅いし…もう気がついてもおかしくはない頃だろう」 「もう11時かぁ…眠いな」 「寝るか?」 「やだ」 「なんで」 「寝てる間にリーフィアの目が覚めたら死んでも死にきれない」 「…そうか」 ちなみに姉はもう自室で寝息を立てている頃だろう。 そのため、物音を立てないようにそっと階段を上っていく。 先程とは違い、足音のしない階段に少しの緊張を感じた気がした。 「…まだ起きてないな」 「いつ見ても可愛い…あぁぁ…リーフィア…」 自分の部屋へと入り、起きているか伺うためにゆっくりと近づいてみる。 ちょうどその時だった。 後ろから僕についてきていた明人が、スライド式のドアの下、レールの部分に足を引っ掛け―― 僕の背中に倒れ込んできた。 必然的にそんないきなりの衝撃に耐えられるはずもない僕は、あろうことかリーフィアの上に倒れこむような形になってしまう訳で。 「ちょっ!!うわっ!!!」 眼前に迫るリーフィア。 このままだと押し潰して―― 「はうっ!…ぐっ…早く…降りてくれ、明人…」 ――しまうことはなかった。 ぷるぷると小刻みに震える僕の両腕。 そんな僕と床との間で未だに目を覚まさないリーフィア。 彼女の可愛らしい寝顔に少しどきっと…って、何を考えているんだ僕は。 僕にそんな明人のような趣味はない。 いや、明人を馬鹿にしているのではなくて… あぁ、これはきっと疲れているから、そうに決まっている。 「ご、ごめんハル!大丈夫か!?」 「ああ、大丈夫…しかし重たかったぁ…」 リーフィアの横に倒れこむようにして仰向けに寝転がる。 いきなりのことで、腕を少し痛めてしまったようだった。 もしかしたら、明日は筋肉痛かもしれない。 いや、さすがにそれはないか。ないと信じたい。 そんな明日のことをつらつらと考えながら、顔を動かすことなく横目で彼女のことを見てみるが、それでも特に起きそうな気配は… 「…ん…んんぅ…」 「お、おい!ハル!今…今確かに!!」 「僕も聞こえた!目が、覚めたのか!?」 腕の痛みも忘れて、二人で彼女の顔を覗きこむ。 周りから見れば異様な光景ではありそうだが、そんなこと気にとめている暇は僕たちには無かった。 その閉じられていた眼がついにゆっくりと開かれ、半開きのまぶたの中で栗色の瞳が辺りを見回すかのように動く。 そして、首だけを持ち上げるようにして起き上がりながら、 「…ここ、は…?」 そう、確かに呟いた。 そう、確かに人間の言葉で。 喋ったのだった。 * * * * それこそ人間が文明を手に入れてすらいないような大昔。 まだ、人間と呼べる生物が誕生してまもない頃のこと。 もちろん知能なんて殆ど持ち得なかった彼らは、その代わりに己の本能に刻まれた『力』を駆使し、生を繋いでいた。 自らよりも弱い動物たちの血肉を食い、縄張りを守るために戦い、本能の命ずるままに生きていたのだ。 しかし、同じように『力』を使って生きていた種族は実はまだまだ存在していたという。 信じられないとは思うが、それが僕たちが呼ぶところの―― ――『ポケモン』なのである。 地球が生命の星として太陽系を公転するようになったしばらくした頃、そこに住む生物たちは大きく分けて二種類の進化をしていた。 数で子孫を繋いでいくものに、 強さで子孫を繋いでいくもの。 そう、虫や魚、鳥や哺乳類などが数を求め、当時の人間やポケモンたちが強さを求めたのだ。 そして彼らはさらに進化を重ねていった。 その結果、偶然にもイレギュラーが発生することとなる。 もともと自然界には無かった禁断の果実。 『知識』をある種が進化の過程で得ることに成功―― 知識の持ち得る力は素晴らしいものだった。 火を起こし、道具を作り、武器を作る。 食料の確保はさらに安定したものへと変わり、縄張り争いに負けることも殆どなくなった。 まさに自然の規律を乱す禁断の果実だったのだ。 その果実を口にした種族――言わずともがな、人間である。 次第に他のポケモンたちは場所を奪われ、数を減らしていった。 すると彼らは人間に飼われ、形式上はほぼ服従という形で協力し合うことによって子孫を繋いでいく、という方法を取るようになっていった。 もう自然界の絶対は、人間だった。 人間。 ポケモンと同じ――いや、人間も分類で言うならポケモンだった。 現在の基準でタイプ分けをするなら、エスパータイプ。 そんな人間たちが、絶対となったのだ。 つまりそれは知識が何よりもの武器となることを著しており、だからこそミュウツーやデオキシスなど、知識に最も近いエスパータイプのポケモンには最強と呼ばれるものが多いのである。 所詮ゲームの中――空想の世界だと考える人がほとんどだろう。 しかしそうではない。 ポケモンはこの世界に今現在も存在するのである。 今から約200年前のこと。 あまりに便利すぎる知識の力に溺れきっていた人間は、もうすっかり本能としての『力』を失っていた。 そしてその代わりにさらに恐ろしい武器や兵器を生み出し、国という線引きをされた世界の中で争いを続けていたのだ。 もちろんその争いにはポケモンたちが使われていた。 ひどい話だが、その頃になるともうポケモンは今で言うところの家畜と同じで、人間にとっての道具だったのである。 ポケモンたちの数は激減していった。 幾年数えないうちに人間に使われていたポケモンは完全に絶滅し、ポケモンそのものがこの世界からいなくなったと、まるでそのように思えた。 しかし次々と倒れゆく仲間たちの姿に恐怖した一部のポケモンは、人間の下から離れ、ひっそりと見つからないように暮らすことで、難を逃れていたのだ。 文献などは残っていない。 わざわざ家畜について書き記すような者もいなかったし、ポケモンの生態については絶滅を判断された頃には殆ど失われていた。 歴史からポケモンたちは完全に姿を消していった―― だが、19年前のこと。 つまりは1994年。 ある一人のゲーム会社に務める男が、その人生に幕を閉じようとして富士の樹海へと足を踏み入れた。 木の枝に縄をかけ、いざ足元の石を蹴ろうとしたそのとき、彼は視界にある一匹の生き物の姿を捉える。 茶色い体毛に全身を包まれ、首周りをふんわりとした毛並みが覆い、長い耳が特徴的。 犬でも、ましてや猫でもない、今までに見たことのないその姿に暫時は息をするのも忘れてしまっていたほどだったという。 そんな発見を目の前にして、うかうか自殺なんてしてられない。 そう考えた彼は、その生き物をどうやら捕獲し、連れ帰ったようだった。 どうして彼の前に現れたのか。 どのようにして捕まえたのか。 その詳細については彼は一切発言を拒否していたようで、誰も分かってはいないが。 それから後、彼はその茶色い生き物と一緒に何度も樹海へと赴くことにより、様々なポケモンたちのデータを集めていった。 その数151種類。 つまりポケットモンスター赤緑に登場する数と一致している。 そう、彼はそのデータをもとにゲームを制作した、というわけである―― ――これが世に再びポケモンの名前が知れ渡った瞬間でした」 あれからしばらく。 最初は混乱していた彼女に今までのいきさつを説明し、倒れていたこと、そして応急措置を施すために家へと連れ帰ったことなどを伝え、なんとか落ち着いてもらった。 そして、なにより気になっていた彼女の正体について聞いてみると、先程のような内容の衝撃の事実について聞かされたのだった。 「えっと…じゃあ、君はあのポケモンで僕も君たちと同じポケモン…ってことでいいの?」 「はい、そういうことになります」 「だってよ、ハル…なかなか信じられる話じゃないけどなぁ」 確かにその通り。 今までなんの変哲もない世界で生きてきて、今の世界こそ全てだと教えられ、今の常識だけを信じ疑うことなく過ごしてきたのだから、なかなか先ほどのような話は信じられるものではない。 現にこうしている状況すらも夢であるのではないかという考えが頭の中から離れないのだ。 「でもどう頑張ったって夢じゃあなくなる事はないし…信じるしかないんだろ」 何気なしにそう呟いた。 すると薄く彼女の顔に影がかかり、突然諦めを含んだような眼差しでこちらを睨むかのようにして見つめてきたのだった。 先程まで確かに表情は感じなかったけれども、それでもこんなに深く見透かされるような眼差しは感じられなかったというのに、だ。 ほんのわずかな時間だが、思わずうろたえてしまう。 「…信じられないのなら信じていただけなくて結構です。所詮私たちなんてあなたがた人間にとっては空想上の生き物であり、都合のいい道具なんですからね…」 そういうことか。 先ほど向けられた視線。 あれは僕たちに対する敵意だったのか。 「いや、そんなつもりはないって…ただいきなり俺たちにとっての当たり前がひっくり返されちゃった訳だろ?だから混乱してるというかなんというか…」 「いいんです、私、人間が大嫌いですから。何言われたって信じるつもりはありませんから」 「ちょ…そこまで言うことないだろ!俺たちが何かしたっていうのかよ!?」 「明人、落ち着…「ハルは言われて何とも思わねぇのかよ!?」 「すぐに怒鳴ったりして、これだから人間は…確かに私はあなたたちから助けていただきました。だからこそさっき自分の持ち得る知識をお礼にと渡したんです。人間に借りなんて作りたくなかったですから」 ただ淡々と無慈悲な言葉だけが積み重なっていく。 流石に先程から怒りをあらわにしていた明人も、蒼白になってうなだれるしかなかったようだ。 しかしどうしてだろう。 いつもならここまで言われて黙っていられるような精神力なんて無いはずなのに、どこか現状を遠くから見ている自分がいる。 何かが…何かが分かりそうで引っかかっている自分がいる。 「もういいですか。そろそろここから出ていきたいんですけど。私に行くあてなんてないですけどね…私になんて…」 今の言葉。 彼女の傷。 匂い、声、カタチ、仕草、瞳、眼差し、全部、全部―― カチリ、と頭の中で何かが組み合わさった気がした。 「…ねぇ君さ」 「まだ何かようですか?」 「どこから『逃げてきた』の?」 とくに確信を持って訪ねたわけではない。 ただなんとなく、である。 しかし、そんな僕の考えは見事に的を得ていたと、彼女の様子から一目見て分かる。 「どう…して、そのことを…?」 「…おいハル、どういうことだ…?」 「君のまるで長い距離でも走ったかのような怪我…そしてさっきの言動…何か引っかかるところがあったんだけど、見事に図星だったみたいだね」 「…っ」 しばらくの静寂。 完全に俯いてしまった彼女が、ぼそりとつぶやいた。 「だったら何なんですか…?組織に連絡でもして私を連れ戻すとでも…?それなら無駄ですよ、私はあなたたちを殺してでも逃げますから」 「殺す…って『組織』?」 はっとしたような表情で伏せていた顔を上げ、また俯く彼女。 どうやら組織のことについては知られたくはなかったようだ。 しかしその一言は僕にとって大きなヒントになり得たようで、僕の中で一つの仮説が組み立てられる。 「もしかして君の言う組織って、研究所みたいな施設のこと…?」 「…答えたくありません」 「その施設ってさ…『任天堂』って会社が絡んでるんじゃないか?」 「…っ!!」 「どうやらまた図星みたいだね…」 反応がない。 「しかもその任天堂は国そのものとも関わりがある…とか?」 「ちょ…ハル、国って日本のことか?」 「あぁ、もちろんさ。これは俺の仮説でしかないけどね」 「仮説って…お前スゲェな…ごめん、話を続けてくれ」 俺は軽く明人に頷いてから、話を始める。 時計を見ると既に針は2時を過ぎていた。 「…もしかすると国がポケモンについて何か隠蔽しているのかもしれない。そのことについてはリーフィアが知っているのか…」 「…――い」 「ただでさえ人間嫌いなんだから、そんなところから逃げ出してきてもおかしくはない」 「…――るさい」 「でもそうだとしたら他のポケモンはどうしているんだ…?研究施設なんだし、もっとたくさん――」 「うるさいっ!!!」 ここでいきなり彼女が顔を上げ、まるで今にも襲いかかって来そうに身体を低くし、睨みつけてきた。 その瞳は怒りというよりむしろ―― 「あんた達に私の何が分かるの!?そうよ、私はみんなを置き去りにして一匹だけで逃げてきた…でも、その辛さの何が分かるっていうのよ!!偉そうに施設だのなんだの…そんなことはどうでもいいの!!だってどうせ人間からしたら私たちなんてただの『他人ごと』なんでしょ!?もう、ほっといてよ…殺されたいの!!?」 次第にその声は強くなる。 明人も俺も、思わず潰されそうになるほどの悲壮な叫び。 でも、でもさリーフィア、君だって僕たちのことは何も分かっちゃいないじゃないか。 「…勝手なことを…言うな!!君だって僕たちの何が分かる!?人間だって君たちポケモンと同じ…『生きて』いるんだ」 「人間なんて全部同じよ!!何を言ってたってどうせ自分のことばっかり…他のことは全部他人ごとなんだから!!」 「あぁそうさ、他人ごとだ。でも、他人のことだからこそしてやれる何かがあるんだ!!僕は他人を助けたい!君はそれを人間のエゴだと言って切り捨てるのかもしれない…でも、エゴでもいい…さっきの君の叫び…そこから救ってやりたい…」 「…そん…な」 「追われてるなら守ってやる、壁があるなら壊してやる…自分でもなんでこんなに感情的になってるのかは分からない、でも今は君の力になってみたい!!」 自分の息が荒いのを感じる…あぁ、これだけ怒鳴ったのはいつ以来だろうか… 一分?二分?いや、もっと長い間誰ひとり何も言わない。 その静寂を真っ先に破ったのは――リーフィアだった。 「もう…行きます…窓、開けてもらっていいですか…?」 そっと、彼女の瞳から涙がこぼれ落ちるのを見て、僕は静かに立ち上がる。 言われた通りに窓を開けてやると、隣の家から隣の家へ屋根の上を伝うようにしながら、闇に紛れて見えなくなってしまった。 「…ハル…お前やっぱスゲェよ…」 「…今日はもう寝よう」 「…あぁ」 最後に見せた涙はなんだったのだろうか。 これから彼女はどうするのだろうか。 僕は――どうしてしまったのだろうか。 苦しくて、痛くて、辛くて、悔しい。 どうやら今夜は、眠れそうにないようだ。 * * * * あれから3日が経った日の朝。 もしかしたらあれは本当に夢だったのではないかと思い始めてきた頃。 「じゃあ学校行ってきまーす」 いつものように玄関の扉を開け、いつものように学校へと向かうはずだった。 はずだったのだ。 でも―― 「遅いですよ、人間さん」 ――僕を待っていたのは日常なんかじゃなく、リーフィアだった。 しかも、わざわざ玄関の前で。 なかなかなお出迎えである。 「…えっと、なんでここにいるの?」 「そんなの待ってたからに決まってるじゃないですか。頭悪いんですね、人間さん」 なにこれ、朝からすっごく死にたいんですが。 頭…悪いって… 「人間さんっていうのも呼びにくいですね…一応お名前聞いておきましょうか。あ、ちなみに私の名前はカヤノ、ですからね。喜んでくださいよ、お母さんから貰った大切な名前…人間に教えるのは初めてなんですからね」 「…は、はぁ」 「…で、お名前は何なんですか?」 「えっと…鈴宮春一…『鈴』の『宮殿』に、『春』が『一つ』で鈴宮春一」 「あぁ…だから『ハル』と呼ばれていたのですか。いいですね、私春が大好きです」 なんだろう、三日前は想像すら出来なかった笑顔など、いろいろな表情をころころと見せてくれる。 しかもどうやらかなり心を開いてもらったようで…そのことについては誇りに思うばかりなのだが、いささか三日前の騒動はなんだったのか、と疑問に思ってしまう。 まぁ、可愛いしいいか。 「…で、何しに来たのさ?まさか名前を聞きに来ただけじゃあないだろ?」 「むぅ、そうでしたね。私としたことがすっかり忘れてしまっていました」 うーん…やっぱりこの仔こんなキャラじゃ無かったはずなのにな… 「えっとですね…その…この前ハルさんに言われたこと、あれからずっと考えてたんです…それで、人間にもいっぱいいるんだなって分かりました。なので、ハルさんになら頼ってみてもいいかなって…あの…」 「…つまり、しばらくかくまっておいて欲しいってことか?」 「はい、簡単に言うなら…いい、でしょうか?」 「あぁ、もちろん構わないけど」 「ほんとですか!?やったぁ!あ、でも完全に信用してる訳ではないので、誤解しないでくださいよ!」 ぱぁっという効果音が見事にしっくり来そうなほどの満面の笑みを見せるカヤノさん。 さらにツンデレという付加要素。 凄く…可愛かった。 その満面の笑みで誤解するなとか言われても、説得力がありませんよカヤノさん。 「では、しばらくよろしくお願いしますね!あと、この前のこと…すいませんでした」 「あー、あのことなら気にしなくても大丈夫だから。それよりも僕って一応生徒なわけでさ、昼間は家族と過ごしてもらうことになるけど…」 「あ…」 どうやらそこまでは考えていないようだった…てかそのくらい考えて欲しかった。 なんだか頭よさそうな印象を受けたカヤノだったけど、どんどんそのイメージが崩れ去っていく… 「えっと、あのぅ…ついて行っちゃだめですか?」 「…なんとかしてみるかぁ…でも、とりあえず今日は家にいてもらうけど…」 「本当ですか!」 再びの笑顔。 やばい、そろそろ萌え死ぬ。 これから先が、かなり大変になりそうだった。 ――と、これが彼女との出会いだった訳で。 僕にとって、何より印象深い思い出となっている。 これからさきもいろいろな出来事が起こるのだけれども、それらについてはまた、次回から話すことにしようかな。 #hr 結局こうなるんですね、はい。 やっぱり調子いい時に限って忙しくなるもんなんですね… とまぁ、その…遅れてすいませんでした。 フラグは見事にへし折ってやりました(ドヤァ 次回こそはもっと早く(フラグ いやなんていうか、今日が休みなのもあってか自分でも驚きのスピードで進みまして… 昨日に引き続き早速の更新となりました。 とりあえず0~1話はここまでですかね。 では、次回までしばしお待ちを! ご意見、指摘、アドバイスなど、どうぞ。 #pcomment(FT物語のコメントページ) IP:219.75.254.231 TIME:"2013-09-29 (日) 14:37:09" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?guid=ON" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 10.0; Windows NT 6.1; Trident/6.0; YTB730)"