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:アオ【みなごろし】 の変更点



 アオ達は防人は森に紛れ、ひたすら逃げた。アオは途中まで歩いていたが、徐々に腹の激痛が無視できないものになると、非常に高い熱を出してばたりと倒れてしまう。ちょうどそのころに、あらかじめ待機させておいたゴルーグをレードが呼んできたので、アオは一足先に湿原へ。
 湿原についたと同時にアオの治療が始まり、まずは突き刺さった矢を引き抜くところから。アオは一足先にタブンネの癒しの波導をその身に受け、途中からふらふらながらも自力で歩けるまで回復したミドリが遅れてたどり着いてからは、彼らともどもタブンネの癒しの波導で治療を受ける。
 矢を受けた肩の傷はそれほど大きくもなく、レンガが舐め続け、タブンネが癒しの波導を送り続けることで何とか治りそうだが、腹の子供にとってはもうどうにもならなかった。
 胎盤が破れ、今まで感じたこともないような激痛の中、痛みで硬直した彼女の腹はまさしく鋼のように固い。痛くない、痛くないと自己暗示をして何とか痛みを和らげようと頑張っているが、それもどれほどの効果があるかはわからない。
 倒れたときの強い衝撃でボロボロになった子宮からは血がとめどなくあふれ、血塊と胎盤と胎児がグロテスクに混ざり合った物体は直視に堪えない。
 胎児はコバルオンであったが、前触れもなく外の世界へ放り出されたその体は、どんなに泣かせようとタブンネが尽力しても、ついに声一つ上げることなくその命の灯を消してしまう。そのうち、アオは失血により意識を失ったとほぼ同時に出血がやむ。
 死んでこそいなかったが、放っておけば間違いなく死ぬこの状況。癒しの波導をまだまだかけ続けてあげたいところだが、少しでも回復にエネルギーを使ってしまえばそのまま燃え尽きてしまいかねない危うい状況だ。
 無理矢理にでも食べさせなければと、爆発の怪我から回復したレンガとミドリのみならず、森中のポケモンたちが木の実を集め、それは大げさなほど&ruby(うずたか){堆};く積まれている。その山にある物をひとまず口にして、半分ほど消化されたものを反芻して、熱にうなされるアオへ口移しにするのが、満月の日から三日の間レンガとミドリの日課になってしまった。

 三日後、ぼんやりと目を開けたアオは、『ここは?』とだけ聞いて、『安全な場所だから安心しろ』とレンガに言われると再び眠る。ようやく意識が戻ったことに安堵を覚えつつも、口移しでの献身的な介護は忘れない。
 二日経って起きたときは、ぼんやりとしながらも自分から食事を食べ、ゆっくりと流れる雲を見ながらずっと立ち尽くす。レンガとミドリがそれを遠巻きに見守っていると、アオは不意に声をかける。
「なぁ……二人とも……そこにいるんだろ?」
 何を話されるのだろうかと思うと、二人の体は震えた。自分の腹がすっかりしぼんで、乳も垂れ下がってしまったアオの体は、つまるところ最悪の形で流産を迎えてしまったわけだ。その顛末の事を尋ねられると思うと、なんと声をかけてよいのかもわからず二人の気分は重い。
「なんだ?」
 茂みの影かから立ち上がって、二人はほとんど同時にアオに尋ねる。
「迷惑をかけたことをまず謝っておこうと思ってな……次に前らが気にするなというのはわかっている。だから、ありがとうとも付け加えておく」
 先に言いたいことを言われてしまって、二人は口が止まってしまう。本当に二人が『気にするな』と言おうとしていたことを可笑しく思いながら、アオは続ける。
「元気になってばっかりで少し悪いが、私はあの村の人間を、子供と老人だけ残して全滅させようと思ってる」
 殺意なんて全く感じさせないような穏やかな口調でアオは言う。
「なぜ……、なぜ、子供と老人だけ?」
 純粋に疑問で、レンガが尋ねる。
「皆殺しにするのもなんだしな。皆殺しにしても、新たに人間が住みつけば同じことの繰り返しだろ? しかし子供を残せば、強い恐怖を植え付けてもらってくれる。そうして一生恐怖を伝えてくれるだろうからな……後世にも、ずっとずっと。だから子供だけ残すと言いたいところだけれど、それじゃきっと生き残れない……育てる者が必要だ。
 だけれど、若い物が多いとまたすぐに子供を産んでしまう……老い先短い奴らに最後に一花咲かせてやって、あとは死んでもらえるくらいの年齢が望ましい。
 殺して、やれば、人間たちも森を荒らそうとは思わないはずだ……」
「それどころか、今後狩りに森に入ることすら難しくなりそうだな。怖すぎて」
「狩りに人間を押さえるには来るくらいなら問題ないさ……少しはメブキジカを間引いてもらわないと食料が滞るからな……でも、もうわかったんだ。人間が私たちに対する畏敬の念を忘れたなら、恐怖で縛るしかないんだ。
 枯草を刈るように、&ruby(みなごろし){鏖};にしてやればいい。&ruby(アオ){鏖};という言葉は、『必死で戦う』ことの他に、『皆殺し』という意味もあるんだ……それが私の名前に込められた願いであるのならば……親の願いに従ってみるのも悪くはなかろう」
「アオ……お前、正気なのかよ?」
 ミドリが尋ねるその問いに、アオはゆっくりと頷く。
「無論だよ。だって、これは人間からの宣戦布告じゃない……何をされても、文句は言えないはずよ。人間の真意は知らないけれど……やったら、やり返される覚悟はいかなる生物にもすべからくあってしかるべき思想。そうじゃないと、虐げられた私たちはどうやって抗えばいいというの?
 縄張りを超えたのはあっち。私たちが縄張りを越えて田畑を荒らしたぶん、彼らはメブキジカもバッフロンも狩り殺したし、だから人間が縄張りを越えて狩りに来ることも許した。木の実を持ち帰ることも許した……私たちは、対等であろうと思っていたというのに、恩を仇で返すのはあまりに仁義にかけているんじゃなくて?」
 どれだけの心境の変化があったのか、アオの中ではさも当然のように話が進んでいる。
「子供の事があったから、人間を恨みたくなるのもわかるが……でも、それはあんまりにも……」
「子供……?」
 アオが首を傾げる。
「何を言っているの、ミドリ? 確かに人間に邪魔されて発情期なのにまともに交尾できなかったけれど……それで人間を恨んだりなんかしないわよ。また今度子供を作ればいい話じゃないの……」
 そう言ってから、アオはミドリと口付けを交わす。驚いて目を見開き、とっさに後ずさったミドリを見てアオは妖艶な笑みを浮かべる。
「むしろミドリは今年こそ交尾が出来るかもって、ワクワクするべきじゃない? まぁ、今年発情期が来るかどうかはわからないけれど……でも、今度の発情期では頑張りなさいよ」
 コツン、と角を叩き合わせてアオはミドリを激励する。ミドリは角を叩き返すことも出来ずに呆然と、今の状況を理解しようとして無理だった。レンガと顔を見合わせても彼も首を振ってわからないと答えるばかり。アオはむしろ、そうやて戸惑う二人を見て困惑するばかりである。
「何? 私が寝ている間に漢同士で何かあったのかしら?」
「そ、そういうわけではない。意外に元気そうで何よりだと思っただけだ……」
「それは、貴方達とタブンネのみんなのおかげでしょ? それと、木の実を集めてくれたみんなの……もうしなびてるものもあったけれど、あそこまで美味しいと思って木の実を食べたのは久しぶりだったわ」
 そう言って、アオは二度蹴りやアイアンヘッドのシャドーをする。どうも体に力が入らないらしく自身の体の自由の利かなさに首を捻る。やがて、少々悩みながらも二人の方をチラ見する。
「ずっと眠っていたせいか体が鈍っているわね……レンガ、ミドリ。軽く鍛錬に付き合ってくれないかしら?」
「いいけれど、無理するなよ? まだ体に力が戻っていないんだろ?」
「わかってる。血が足りないっていうのが自分でもわかるから……」
 今すぐにも崩れ落ちそうな頼りない目つきで、首を揺らすように柔軟運動をするさまから覇気は感じられなかったが、戦いに臨むとなると彼女の威圧感は徐々に強くなる。実戦では、このスピードで心身を起き上がらせても、気合いを入れる前にやられてしまうが、今は練習試合だからとリラックスした彼女の振る舞いは優雅にさえ見える。
 やがて、気合いを研ぎ澄ませた彼女を例えるのならば、フランベルジュの大剣の様な、美しさと巨大さと禍々しさを併せ持った状態に。怪我をする前より明らかに弱まっているはずの彼女だが、威圧感だけは怪我する前よりもはるかに大きい。
「お前、怪我する前よりも強くなっていないか?」
「そんなことあるわけないでしょ? 馬鹿なこと言っていないで……構えなさい」
 アオは深くため息をついて、ミドリを睨むと。
「行くわよ」
 いつもは先手を譲るアオだが、今回ばかりは自分が先手で相手を攻める。いつもとは違うその変化に驚きはしたが、今日のアオの動きは本当に切れがない。
 スタートダッシュもいまいちとくれば、角を振り下ろすアイアンヘッドも、力に乏しい。いつもは押されっぱなしなミドリが余裕で受け切れる程度の膂力しかなく、ミドリはアオの角を上手く滑らせいなすと、肩口からの体当たりでアオを押し倒してしまった。
「あ……大丈夫、アオ?」
 やはり、強くなったように思えたのは気のせいだったのかと、落胆と安心を同時に感じつつ、それより優先してミドリ
「大丈夫よ……これくらいいつもあなたに対してやっていることだ」
「はじめてアオに勝っちゃったけれど……これじゃあんまり嬉しくないなぁ……」
 気まずい顔をして、ミドリはアオを見下ろす。アオは微笑んでいた。
「まぁ、たまにはこんなのもアリだね」
 やはりまだ力が戻っていないのだと実感してアオは言う。
「ちょっと疲れた……また、飯を食ったら相手してくれないか?」
 アオはそう言って、倒れたままの体制で眠りこけてしまう。アオが失った力を体が必死で取り戻そうとしているのを感じて安堵する反面、アオの言動がどうにも気になることに二人は不安をぬぐえなかった。

 ◇

 月日がたち、メブキジカの角の花が散って青々とした葉が茂る季節を過ぎ、角には美しく紅葉した葉が垂れ下がっている。
 あれから、人間に対する不穏な言動もすっかり隣をひそめたアオは、すっかり力を取り戻したその体で相も変わらずミドリとレンガを圧倒していおり、今は人間の方にもこれといった動きもなく平和そのものである。
 アオの不穏な言動を心配していた二人も、
「なぁ、ミドリ、レンガ」
 そんなある日、唐突にアオは二人へ声をかける。
「お、どうしたんだアオ? おいしいキノコでも見つけたか?」
「そんなわけないだろ? 真面目な話なんだからよく聞いてくれ」
 第一声で茶化されたことは若干不満そうだが、気を取り直してアオは続ける。
「もうそろそろ人間は収穫の季節だ……」
「そうだな。遠くから覗いていると最近は慌ただしく感じる……冬に備えての狩りも罠も、そろそろ活発になってくることだろう」
 アオの言葉を受けてレンガが考察すると、アオは状況を理解してもらえることを好ましく思いながら続ける。
「だから、春先に話していたあの話なんだが、そろそろ実行に移すべきなんじゃないかと思ってな」
「あの話?」
 と、ミドリが首を傾げた。
「あぁ、すまんな。たぶん本気にしていなかったと思うんだけれど……あの村の人間たちを殺すっていうお話だ」
「あの、話か……子供と老人だけを残して殺すという」
 レンガの言葉にアオは頷く。
「私達を裏切ったのはあちらだし、こちらとしても報復を行わないと、あちらが付け入る隙を与えてしまう……人間は敵ではないが、敵は敵なのだ。人間ではなく、敵に成り下がったあいつらと……共存する意味はないし、よしんば共存するとすれば、敵ではなく対等な立場に戻ってもらわなくてはいけない。
 そうは思わないか? だってやつら、沢山殺したんだぞ……私達三人を殺すために、沢山」。
「……誰を殺したっていうんだ?」
 殺されたものなんて誰もいなかったはずなのに、と困惑しながらミドリは尋ねる。
「誰って、沢山さ。名前なんて覚えらてられないからな……みんなみんな、あの村の人間が殺したんだ……木の上にいるポケモンたちを、焼き払って……殺したよな?
 私が爆発で気を失っている間、確かにそうしていたはずだぞ? 熱くて、痛くて……私も死ぬかと思って……」
「そ、そうだな……だが、奴らはもう我らの恐怖を十分に味わっている。お前はよく覚えていないかもしれないが、我らは逃げるときに何人か踏みつぶしたりひき殺したりもしたから……」
 レンガはアオの言うことが何かおかしいとわかったうえで、それを否定することなくアオの行動を止めようとする。
「生温いだろ? 第一、奴らだって数さえ減ればそれなりに活動範囲だって狭くって問題なはずだ……木を切るのをやめないのならば、その必要をなくせばいい。単純な話じゃないか」
 なんてことはないと、アオが難しく考えずにミドリを諭そうと言葉を紡ぐ。
「アオ、正気かよ!! そんなことをすれば、人間は怒って何をしでかすかわからないぞ!!」
 だが、ミドリはアオの言葉へ真っ向から反論する。
「何をしでかそうとも、何も出来ないさ。数が減れば、我々に手出しなんて出来るわけがない……まだ奴らが、こちらに勝てると思っているなら、そのふざけた幻想を叩き潰してやればいい。防人にはどうやっても勝てないって……わからせてやればいいのさ」
 ミドリがものすごい剣幕で睨みつけていたが、アオはそれを意に介さずに素面で続ける。
「大丈夫。不意さえ突かれなければ私たちが負ける相手ではないだろう? それに、今はちょうど収穫の季節だ……今このとき食料の取り分を増やしておけば生きる力に乏しい老人と子供たちでも死なないはずだ。
 この季節こそが最も好機だと……そうは思わないか?」
 アオはまだ、当たり前のように話していた。その時のアオの表情が、迷いないどころか自分のしていることは全面的に正しいと考えているように見えるのがミドリには癪に障る。
「勝手にしろ!! 私は協力しないからな」
「な、何を言っているんだ……ミドリ? 我らは防人だぞ? 敵意をむき出しにしている者の牙を折らないでどうするんだ? このまま人間を放置しておけば必ず奴らも次の手段を講じてくるぞ?」
「牙は折っても、また生えてくる!! 牙を収めさせることが重要だろうに……レンガが言ったとおり、もう奴らの牙は収まっているんだ。それをことさらに刺激してお前は何がしたいというんだ!!
 大体、お前の言っていることはおかしいぞ!!」
「やめろ、二人とも!!」
 ミドリもアオも興奮して声を荒げている。これはまずいと感じたレンガは二人の間に割って入り、その巨体で二人の視線を遮る。
「喧嘩してどうする? もっと冷静に話し合え……」
 さすがにそこは年長者の貫禄といった所か。実力的にはアオより下になってしまったレンガだが、こういったときにまとめる役はまだ消えていない。
「ミドリ、ちょっと来い……アオは待っていてくれ」
「レ、レンガ……」
 ものすごい剣幕と野太い声で凄んだせいで、アオまで少々怖気づきながら声をかける。怖気づいたということを、すなわち落ち着いたのと同義であると判断したレンガは、良いから任せろと微笑んでミドリを連れてゆく。
 すごすごと小さくなってレンガについてゆくミドリを見送って、アオは何か煮え切らないものを感じたが、その正体はわからなかった。


「ミドリ……アオの事だが、あの口ぶり……」
 わかっていると、ミドリは顎をしゃくりあげる。
「本気で、何か勘違いしているような気がする……殺されたのは自分の子供じゃない。森の仲間たちが死んだと思い込んでいるようだ……」
 自分の推測が間違っていないことを問いかけるように、尋ねるようにミドリは言う。
「あぁ、そうだよミドリ」
 レンガは深くため息をついた。
「子供を失ったことが相当悲しかったんだろうな……無意識に、思い出さないようにしているらしい。アオの自己暗示……あれが、悪い方向に使われてしまったようだ。
 だから、アオの記憶は色々すり替わっている……その中でも、彼女の口ぶりからさするに一番達が悪いすり替わりは、人間が森の仲間を無差別に殺したということだ。
 火事なんてないのに、燃えた木なんて一つもなかったのに……あいつは、かたくなにそれを信じている……傷を治すときの高熱で悪夢を見たのかもしれないし……焼き殺したというのが、火あぶり的な何かだったのかもしれないし、それはわからないが……」
「嘘の記憶があるとして、それがどうしたんだ、レンガ? そろそろ真実を教えてやるべきじゃないのか?」
「本当の記憶を教え込んでどうなるか、だな。思い出したくないからアオは記憶を捻じ曲げたんだろう? なら、そっとしてやった方がいいんじゃないかと、私は思うんだ。
 無理に思い出させようとしてアオが、アオでなくなってしまったらと思うと、私は怖い……」
「だが、今のアオはすでに……俺たちが知っているアオじゃない……」
「わかってる。だから、お前が熱くなりすぎるのは良くない。アオが今、どういう状態なのだか理解してやらなければならない……そうだろう?」
「むぅ……わかったよ、レンガ」
 正論の上に、レンガより弱いミドリは彼に逆らうことも出来ず、気力も萎える。
「アオと……話をしてやってくれ。私にはできそうにない……」
「あぁ、任せておけとは言えないが……悪くはしないように頑張らせてもらうよ」
 ミドリを尻目に、レンガは待たせているアオの元へ。

「またせたな……アオ」
「あぁ、ミドリとの話はもういいのか?」
 アオはゆったりと星を見ながら待っており、きちんと頭を冷やしていた。
「なぁ、聞いてくれレンガ。私はさっき流れ星を見かけたんだ」
「お、そりゃすごい。私は流星群の時でしか流れ星なんて見たことないからなぁ……そういう観察力が、強さにつながるのだろうなぁ」
「そんなものが強さの秘訣になるのか?」
「お前は、力も身のこなしもコバルオンの身の丈を越えていないように見えるのに、やたらと強いから……目が違うのだとずっと思っている。攻撃も、防御も良く見ているからこそお前は強いのだって」
「コバルオン同士で戦ってみなければ、私が強いのかどうかなんてわかりはしないさ……そういえば、私の父親は今もどこかを旅をしているのだろうな……防人の跡継ぎを三種全て残した防人は、以後旅に身を&ruby(やつ){窶};して生涯を終える……そうして、今もどこかにいる父親と、一度でいいから手合わせをしてみたいものだな」
「だが、後継ぎを残していないうちは。、防人はおいそれと持ち場を離れるものでもないさ」
「だが、防人が来るまで防人なしでも何とかやって行けた森だってあるのだぞ?」
「まぁ、そうだが……」
 レンガは苦笑する。
「そうだな……疎遠になった親とも、一度会って今の状況をどうすればいいか話し合いたいが……」
「行方は知れずだからな……本当に、どこで何をしているのやら」
 頼もしい笑顔でレンガのささやかな願いをかなえようとアオは言うが、レンガはダメだと首を振る。
「それを実行するとしても……今はまだ駄目だ。人間たちの動向が気になる……」
「だな、今は油断が一切できない状況だし……」
「だからこそ」
 と、レンガが前置きをする。
「お前の言うことも一理あると思うのだ。人間に恐怖を植え付けるというのは有効な手段ではある……だが、恐怖によって縛り付けるということは、それ以上の恐怖か、もしくはそれ以上の勇気があれば人間は立ち上がってしまう」
「……恐怖で抑圧された分、勢いも良くなるだろうな」
「それをわかっていてなお、やるのか……?」
 レンガに問いかけられて、アオは目を伏せる。
「私も、怖いんだ……ずっと、酷い悪夢を見ているんだ……私が妊娠して、ずっと幸せだったのに、人間の矢を受けて……転んだ私が流産してしまう夢を。赤い世界で、私の中から肉塊が出てきて、私の大切な場所に人間の手が伸びて、子供を引きずり出して殺す夢を……生々しくて、痛くって、起きてみると安心できる現実だけれど……いつか現実になりそうな気がして、私、怖いんだ。もしかしたら、私は人間に対して同じことをしようとしているのかもしれないと思うこともある……けれど。
 やったのはあっちだ!! ミドリが助けた恩を仇で返したのはあっちだ!! こんな悪夢を見るのも奴らのせいだ!! 私が辛いのも、怖いのも……きっとあいつら人間も同じように怖がっているだろうけれど、それだって自業自得だし……人間は専守防衛じゃないのに私たちは専守防衛じゃないといけないのか? そんなの不公平じゃないか!!
 人間に生活苦を脅かされる私たちは、どうすればいいんだ!? 打って出ないミドリは、間違っているんじゃないのか?」
 アオはヒステリックに金切声をあげる。必死な形相と必死な声。駄々をこねるようなアオの声は、今までただの一度も見せたことがない彼女の顔。
「そんな風に思っちゃう私が……自分勝手だってのはわかってる。けれど、けれど……私の赤ちゃんが……」
「大丈夫。それは夢、悪い夢だ」
 自分が酷い経緯で流産をしてしまった事実をいまだ受け入れられない今のアオを、レンガは優しく受けいれる。自分が嘘をついていることに対する罪悪感もあったが、やはりアオに真実を伝えるのはしばらくは不可能だろうと、短時間ながらレンガが判断した結論である。
「その夢のようにならないようにするために、出した結論がお前の言う……子供を残して他は全員殺すということなのか?」
「さっきも言ったように……恐怖で縛りつけると、それを上回る勇気か恐怖が必要だ……逆に言えば、抗いようのない、拭いようのない恐怖さえあれば……奴らは一生手を出せなくなるはずだ……」
「理論上はな。だが、恐怖というのは薄れるものだ……さらに、世代が変われば言い伝えという者の信憑性もなくなってゆき、いつかはまた命知らずが挑みに来る。今回の件もそうではないか。かつての我らの言い伝えを忘れ、侮った結果の……」
「一時凌ぎにはなるはずだ……」
「なるだろうな……一時凌ぎには」
 アオの言葉に肯定するが、アオの言わんとしていることには肯定せずにレンガは続ける。
「人間とは完全に敵対する。それでも、構わないというんだな?」
「わかってる。私に反対したミドリが言いたいこともわかる……むやみに誰かを殺すべきじゃないし。恐怖だけでどうのこうのっていうのはいけないと思う……けれど、人間を滅ぼすしか選択肢がないよりも、私たちが滅びるしか道がないよりも……きっと、良い道だはあると思うんだ」
「清濁併せのむか……」
「うん……水清くして魚住まずともいう。澄めば澄むほど住めなくなる……防人はもう、誇り高くあるべきではないのかもしれない」
「汚れてでも、軽蔑されてでも森を守るか……」
「森のみんなは、軽蔑もしないし、汚れただなんて思ないけれどな……たぶん、私たちが人間と一緒に祭りに参加していた時の名残なんだと思う。綺麗に生きるべきだなんて考えは……良いんだ。人間が田畑を荒らす動物を狩り殺すなら、私達も森を荒らす輩を狩り殺そうとも……」
 アオは目を伏せる。
「宣戦布告に対する意趣返しだな……やったらやり返される……自然の摂理ではある。人間に、それを教えるのであればいい機会かもしれない……」
「じゃあレンガは……私のやることを止めないのか?」
「どうだろうな? ミドリには一度、わがままを聞いてやったのだから、今度はお前のわがままを聞いてやることも必要かなと思っている。お前が本当に、正しいと思うことならば……それをやってみればいい。
 だからアオ……後悔はするなよ? 出来る限り、ミドリと話し合えよ? 納得できる道を探して、皆が幸せになれる道を探すんだ……」
「わかってる……わかってるから、だからレンガ……」
 アオはレンガにぴったりと寄り添い、首を預ける。
「私に、甘えさせて……私がどんなふうになっても、受け入れてくれる誰かがいるって、レンガが感じさせて……」
「子供じゃあるまいし」
「子供の時、モエギおじさんにもっと甘えたかったけれど、死んじゃったし、レンガも大変そうだったから……でも、たまにはこうして……おっきな体に、その身を預けてみたいの。私が、とんでもないことを言ってもレンガは話を聞いてくれるし……おっきな体と大きな包容力で……私を包み込んでほしいな」
 アオが目を瞑って頬ずりをする。発情期を迎えているわけでもない今、そうされてもアオの背中に乗ってやりたいような欲求こそ起きないが、気恥ずかしさと照れからかレンガの顔は熱い。体毛もざわざわと脈打っているような感覚が全身に伝わって、見つめられているわけでもないのに目をそらす。
 アオのように流れ星を見つけようだとか、そんな目的があるわけでもなく、とにかく恥ずかしくて気をそらしたくてレンガは星を見る。ちらりと傍らで肩を寄せているアオに目をやれば、目を閉じたまま気持ちよさそうに頬ずりをするばかり。いきなりヒステリックになったかと思えば赤ん坊のように甘える、少々不安定な精神状態あ少々心配だが、今まで自分一人でバンバン進んでゆくようなアオにこうして頼られるのも悪くない。
 それでも、慣れないことだから恥ずかしくて、慣れないことはするもんじゃないとアオの心は複雑だ。やがて、空を見上げてどれほどの時間がたったのか。流れ星を見つけることは叶わなかったが、アオはいつの間にか立ったまま眠っていた。
 レンガはようやく彼女の顔をまともに見られるようになり、体を預けた彼女を起こさないよう、ゆっくりと彼女の体ごと自分の体を下すレンガに体を預けていたアオは、眠ったままたった体制から座った体制へと器用に移る。

「モエギ父さんが……生きていてくれればなぁ」
 もっとアオい色んな教育もいろんな経験もさせられたし、自分自身もいろんな経験ができただろうなとレンガは愚痴を漏らす。
 自分はこれまでしっかりやれてきたのだろうか? アオとミドリをきっちり教育できたであろうか?
(モエギ父さんがいてくれれば、アオが今と同じ状態でも父親のせいだと逃げられたのに……そんなことを考えるのは卑怯だってわかっていても、父さんが死んでしまったことは本当に悔やまれてばかりだ)
 アオの耳をぺろりと舐めて、レンガは星を見る。輝く星は、いつまでも輝いているばかりで、消えることも現れることもせずに自分たちを見下ろしている。
「我らはこんなにも忙しいというのになぁ……星は暢気なものだよ」
 アオの寝息を聞きながらレンガはつぶやく。話がまとまらなかったらどうしようなどと、アオがするべき心配を抱えながら、今日くらいは安心させて眠らせてやろうとレンガは寝ずの番でアオを守った。

 ◇

「ミドリ、ちょっと話……いいか?」
 冬に備えて太ろうと、草を食んでいたミドリの元へ赴いて、アオは改まった態度をとる。アオの存在を認めたミドリは草を引きちぎり、口の端からはみ出ていた草を放り込み、すりつぶし、飲み下す。
「昨夜は、レンガと長い時間話し込んでいたようだな……」
 口の周りについた葉っぱのカスを舐めとりながらミドリは言う。
「あぁ、重要な話をした。これからの話を……」
「人間を殺すのか……?」
「ストレートに言えばそうだな」
 いきなり核心を突いた質問をされて、アオは答えに詰まりつつも絞り出すように答える。
「お前の言っていることもわかる。人間は武器を作る能力があって、その能力で……我らを蹂躙することもあるかもしれない。だが、それをする気力すら起きないくらい徹底的にやれば……どうなんだ?」
 アオが説得する間、ミドリは全く表情を変えていない。
「……アオ。お前は、大切な者を殺されて、悲しんだことがあったはずだ」
「モエギさんとか、な……森のみんなが心配するから顔には出さなかったけれど、悲しかったな」
 アオがミドリの言葉を肯定すると、ミドリは話を続ける。
「それを、人間たちに味あわせるのか?」
「シキジカなら、レパルダスとかに狩られたりしてしょっちゅう味わっている……人間だけ、甘えたことなんて言わせない……」
「あぁ言えばこういうだな……」
 苦虫をかみつぶしたようにミドリが言うが、アオは意に返すことなかった。
「ミドリ、お前は、誰かを生かしたいと思いすぎている……思い出せよ。目の前で救える命があったとして、我らはむやみに助けたか? 子供を襲おうとしたレパルダスを我らがタ退けたことはあったか?」
「あぁ、なかったな」
 と、ミドリは肯定する。
「だが、腹を空かせたレパルダスのために、我らがシキジカを狩る事もまたなかったではないか……」
「人間をシキジカと一緒にするのか。それは何とも乱暴なたとえだな」
 アオの説得を試みようとミドリがいった言葉は、アオの自信満々な言い草にかき消される。
「人間は、もはや我々ポケモンとは道を違いすぎた……いまや、個々の力が弱いだけで、あらゆる知恵を駆使しては伝説のポケモンよりもはるかに強い力でこの世界に君臨している。種の数は限られるが、ポケモンを手先として扱う力……道具を生み出し戦いに生かす技術……そして、高度な巣をつくり身を守る技術……
 それはいい、大いに結構だし否定はしない……だが、奴らは殺しあう。縄張り争いも別にいい……好きにやってくれと言いたいが、あいつらの縄張り争いがいかなるものか、ミドリはわかっていないはずはないだろう? クラボの実や木の幹が火薬の原料になるからと、木を切り倒された数は何度だって……やれ防壁だ、やれ船だと、何かを作るたびにクラボ以外の木も伐り倒して、多くのポケモンの住処も食料も奪っていく……
 あいつらの縄張り争いの勝手なことよ……その人間が、シキジカに例えるのか? 今人間のせいで飢えている者たちをレパルダスに例えられるというのか? 冗談じゃない……あんな凶悪なシキジカがいてたまるかというのだ。
 人間に比べればサザンドラでも可愛いくらいだ、人間は強欲なだけでなく、傲慢で狡猾だ。サザンドラのより強欲で、ゾロアークよりも狡猾で、ワルビアルよりも傲慢で、大抵が一人じゃミネズミほどの強さしかない癖に、道具と数でポケモンを圧倒する……」

 言い終えたアオは、黙ってミドリの反応を待つ。
「今回の件は私も&ruby(はらわた){腸};が煮えくり返る思いだ……だが、その怒りに任せて何か危害を加えていいものなのだろうか? 復讐は不毛だとは思わないのか?」
「復讐とは何のためにあるのだ?」
 質問に質問で返すのは良くないことだと知りつつも、アオはあえてそれをする。
「憂さ晴らしのためか? それとも、抑止力のためか? 罰とは何のためにあるのだ? 罪を贖うためか? それとも抑止力のためか? どうなのだ?」
「アオ……お前は、抑止力のための復讐なのだと言いたいわけだ」
「あぁ。それでもお前は、止めるのか……ミドリ?」
「私は、むやみに誰かを殺すのは……」
「わかった。むやみに殺すことはしないよ……」
 言いかけたミドリの言葉に、アオは驚くほど簡単にうなずく。
「死体は全部、肉食のポケモンたちに片付けさせる……それでいいんだな。食料としてすべて胃袋に収まるのならば、むやみに殺すわけじゃないよな? そうさせてもらうよ」
「そ、そういう意味で言ったんじゃ……」
「聞こえないよ!! あんたのそんな言葉は、耳に届くわけがないじゃないか……私が聞きたいのは泣き言じゃないんだよ。私が人間を殺すというのなら、その前に私を殺すっていうぐらいの気概見せて向かて来いや!! お前が守りたいものはなんだ? 自己満足を守りたいだけなら、そこら辺のませたバオッキーみたいに自慰にでもふけっていればいいじゃないか!!
 大体、誰の命も失われていないのに何が復讐だっていうんだ……痛い目は見たけれど、誰も死んでいない以上、復讐だなんて言葉は不適切だよ。これは復讐じゃない、制裁という名の正義だ!!」
「そんなものが正義であるわけが」
「黙れ!!」
 アオはミドリに尻を向けた。
「決めた……私は、誰が何と言おうと、人間を殺す。……止めたいなら、力付くで止めてみろ!!」
「お、おい……」
 と、近寄るミドリの腹に狙いを定め、アオは後ろ蹴り。腹に走る衝撃で目が飛び出るような苦痛が突き抜けたミドリは、ぐふぅと苦しげな声を漏らしたっきりその場にうずくまる。
 アオは逃げるように足早にその場を立ち去り、森の仲間にレンガの居場所を聞いて彼の居場所を突き止め、見回り中のレンガを見つけてアオは一言。
「すまん、例の皆殺し作戦の話だが、準備のために一日開ける……実行は明日か明後日になるから、肉食のポケモンたちには今日は喰うのを万しておけと伝えておいてくれ……明後日までには、餌を用意してやると付け加えてな」
「ミドリとの話は……」
 そこまで言いかけてレンガはアオの顔を覗くが、聞くまでもないことだと悟る。
「ついてなさそうだな。良いのか、それで?」
「ダメだと思うのならば、私を止めてみればいいと言っておいた……だが、私は誰に何と言われようとも、止まるつもりはないということは伝えておいた……なんといわれようとも、な」
「実力行使で止めろと言いたいわけか……やれやれ、お前は好戦的な女だな」
「……ミドリは、自分の意見があっても、それを強く主張することがないから駄目だ。喧嘩に負けてばっかりだからって卑屈になりやがって、防人の風上におけない。
 追いかけてきたら、私が向かっている場所を教えてやれ……アリ塚の岩場に行って来るから」
「アリ塚の岩場? それって、まさかお前……」
「あの村の人口は200人ちょっと……半分以上を殺すからな。ミドリに『むやみに殺すのはいけない』って言われたからその通りだと思ったまでだ……あぁ、ミドリの言うことは正しいよ。
 だから、私は……カーニバルを開くのさ。私を強くしてくれる、悪タイプのみんなとカーニバルをね……人間に、我らの怒りがもたらす災厄を見せてやるんだ……そしてそれが、冷夏よりも疫病よりも洪水よりも、干ばつよりも恐ろしいものであるということを……教えてやるのさ。
 それで理解するだろうよ……この森に手を出していいことは何一つないって。それを理解できないのならば……上等だ。こっちも全力で受けて立つ……&ruby(みなごろし){鏖};だ」
「わかった。とりあえず私はお前がいない間、この森を守っているから……だから、なんだ? 無茶はするなよ……疲れが残ったまま人間に攻撃して返り討ちなんてことになったら笑えないぞ?」
「それくらいわかってるさ。大丈夫、上手くやる……お前とまた、やりたいこともあるしな」
 そう言って、アオはレンガの角に自分の角を叩き合わせる。そうしてレンガに微笑んだアオは、不意打ちで口付けをした後無邪気に笑って駆け出してゆく。レンガは口付けの感触の余韻に浸りながら、アオの後ろ姿に声をかけることが出来ずにその場に立ち尽くしてしまう。

「まいったなぁ……アオの奴、我に惚れているのか?」
 嬉しいのだが、参った問題である。この調子じゃ、ミドリはメブキジカの雌としか子孫が残せないんじゃないだろうかと、まだまだいつになるかもわからない発情期の問題にレンガは思いをはせているのだから暢気なものである。


 森を抜けて、湿原を渡り、草原を駆けて、岩場を登り、蟻塚に潜る。そこで出会った数頭のサザンドラは、縄張りを侵したアオを排除しようと対面すると、例外なくアオにかなうわけがないと判断して服従する。服従した後は、アオの語る『美味しい話』とやらをうさん臭く思いながらも、断ると何をされるかわからないためにしぶしぶ従う。
 そして、帰り道の途中ではモエギの埋葬の時にお世話になったバルジーナの群れを呼ぶ。胃袋が小さいためどれほど死体を消費してくれるかはわからないが、悪の波導を使えるものも多いから大丈夫だろうとアオは利用を決める。
 アオの事を覚えていたバルジーナは久しぶりの再会を喜びつつも、アオのやろうとしているぶっ飛んだ計画にはかなり驚いていた。しかし、自分たちの役目がおこぼれにあずかるだけでよいのだと言われ、危険に身を晒す必要がないことがわかればバルジーナも警戒することなくアオについてゆく。
 その光景に噂がうわさを呼んだのか、膨れ上がったアオの率いる群れに集うポケモンは大小合わせて100ゆうに超える。特にアオが嬉しかったのが、蜘蛛の巣を張れるデンチュラが数匹ほどついてきてくれたこと。
 いつもは自分よりも小さな虫を食べて満足しているが、人間の肉も食べてみたいと、素直な好奇心を前面に押し出してくれたというのは本当にありがたいことだ。夜、こいつらに逃げ道を塞いでもらってから決行と行こう。

「で、この状況か……」
 森のレパルダスやムーランドも続々と集まり、わいわいがやがやとうるさい黄昏時のこの状況に思わずレンガはため息をつく。アオとレンガは二人で話をしたいと言って連れ歩いた集団には声も聞こえない場所にいるが、あちらの声は嫌でも聞こえてしまう。
 あまりに広い縄張りを持っているがために赤中個体同士が出会うことの無いサザンドラは、これを機に社交界に興じているらしく、その声のやかましさと話す内容のいやらしさと言えば聞くに堪えない。
 カーニバルが始まるまでは寝るなりなんなりして休んでいろと言ったのに、サザンドラ達は元気なことである。

「どうだ、素敵だろう? あれだけいれば悪タイプの攻撃に困らん」
 しかし、アオは平然としていて、しれっとした表情と声色でそんなことを言う。
「正義の心の特性ってこういう使い方をする特性だったか、疑いたくなってしまうよ、まったく……」
 言うなり、レンガは周りを見る。
「ミドリは、来ないな」
「私とすれ違いになって探しているなんて馬鹿なことはしていないだろうが……」
「逃げたというか、むくれて一人引きこもっているのかもな。あいつは……気に入らないことがあるといつもそうだ……」
「全くな、それだからミドリは強くなれないんだ」
 アオとレンガは一緒にため息をつく。
「で、レンガ……お前はどうするんだ?」
「私は見ている……危なくなったら助けるが、それとも最初から私を連れて行きたいか? 私はどちらでも構わんから好きな方を選べ」
「見ていてくれればいい。これは傲慢じゃない……ミドリの言うことにも一理あるとは思うんだ。むやみに命を奪うべきじゃないってさ……死体は残さず片付けるから問題ない……っていうためにこんだけの人数を集めたというのも馬鹿な話だし。
 だからレンガ、殺したくないなら構わない。私を見捨てたほうがいいと思うのならば、無理して私を助ける必要もない……だがまぁ、せめて悲しんでくれるとうれしいな」
 そう言って自嘲気味に笑うアオの表情を見て、レンガは笑う。
「うらやましいな……」
「なにがだ?」
 不思議そうに首を傾げるアオの目をじっと見つめて
「私はな。防人は森を守るのが使命だと教えたし、教えられた……でも、具体的にどうすればいいのか、わからなくって……お前やミドリのように何か意見を出すことすらできなくなっていたんだ。現状維持ばっかりを考えてな」
「それも大事なことだ。悪くなるくらいなら良くも悪くもならないほうがいい……もちろん、良くなった方がいいけれど。でも、レンガは改革を望んでいるし、そのきょるよくなら惜しまないから……だから、好きだよ。レンガの事」
 アオは微笑み、レンガに口付けを交わす。
「そういうレンガのいいところ、もっと伸ばして行けたらいいな……」
 アオはレンガの角と自身の角を叩き合わせる。その時のコツン、という音を聞いて満足したようにアオは微笑み、ご機嫌な顔で目を閉じる。
「待機させている奴に休んでいろと言っておいて、自分が休まないのでは示しがつかない……私は眠るから、その間レンガは私を守ってくれ」
「かしこまった。良く眠れよ、アオ」
 目を瞑ったまま座り込んだアオの頭を顎で撫でて、レンガは笑う。すぐに眠りについたアオの傍らで、レンガは星を見上げる。
「人間は死ぬと星になるというものがいるが……今日は、無意味に星が増えるのかな」
 そう考えると、少し心が痛い。けれど、自分の子供たちも無意味に星になったのだ。死体が腐る前に例によって例のごとくバルジーナに食わせたが、遺骨を渡すタイミングを見失い続けている自分とアオの間にできた子供が。
「復讐は、抑止力のため……ミドリはそんなことをアオに言われたそうだが……アオ。抑止力であるという認識を逸脱しないでくれよ」
 アオはまた悪夢を見ているような、うなされるというほどではないが、良い顔をしていない。そのアオの危うさが、いつか彼女が壊れてしまいそうでレンガは胸がいたんだ。


 アオは、夜が白んでくる明け方に、麓の村へと攻め込んだ。彼女はすでに全身から血をしたたらせているが、そのどれもが血舞い賞とは程遠い、傷ついても問題の無い場所だ。その傷をつけたのはもちろん、引き連れているポケモンたちである。
 悪タイプの攻撃を自身の膂力に変える力、正義の心を最大限利用した彼女は、角を軽く振るだけで壁を焼き菓子のように軽く切り裂く。何事かと、起きたときには最早遅い。ベッドから起きだそうとしたときには、彼女のアイアンクローがベッドごと男を肉塊に変え、隣で悲鳴を上げる女性を踏みつぶす。
 生まれてからこの方、誰かを殺めた経験なんてなかったが、前足や頭で味わった人間の体はひどく生暖かい。正義の心の特性のおかげで攻撃力が無尽蔵に上がっている影響もあるのだろうが、まるで木の実を潰すか枯枝を叩き折るように手ごたえがない。
 人間というのはこれほどまでに弱いのかとも思うし、こんな相手でも自信を弱らせるような攻撃方法を編み出すのだから侮れないと同時に感じる。無慈悲に肉塊に変わる瞬間、胸には重く鈍く、衝撃が通り抜けるような錯覚が。何か変なことをされた覚えはないのに、胸が重い。誰かを殺すのが苦しい。

 三人子供がいたので、それは生かそうと思ったが一番年上と思われる女性は初潮を迎える年齢くらいにはなっていそうなので、角で貫いて殺す。命乞いの声が聞こえた、『助けて』、『嫌だ』と悲痛な声で。

 何を言っているんだ、先に仕掛けてきたのはそっちなんだから、その責任くらいとれ。そんなに死ぬのが嫌ならば、祭りに乗じて私達を殺す計画なんて反対すればよかったんだ。
 すでにして&ruby(はらわた){腸};と血の匂いがこびりついたアオの体は、赤とも黒ともつかない色に染まって、闇に紛れる。物音に気付いた人間たちが次々と窓を開けるが、それをして多くの者が絶望する。

 アオの姿を見たとたんに、悲鳴を上げて逃げようとするもの。殺した。
 私たち防人を殺そうとする系毛苦に反対しなかったお前らも同罪だ。そうだ、子供は仕方がないが、大人は全員同罪だ、死ね、死ぬべきだ。お前らが悪いんだから子供のためにも死ぬべきじゃないか、死ね。
 あんなことは間違いだったと、後世に伝える格好の座量になるんだ、そうだ私のやってることは正義だ。だから殺したって罪じゃない、森のみんなを守れるんだ、だから罪じゃない。だって、私たちが反撃しないと、人間は復讐なんてされないと付け上がって、こっちを殺しに来る、防人を殺しに来る、私は死にたくないし殺されてくないし、私の赤ちゃんにだって絶対に死んでほしくないし、だからこいつらを殺して森の安全を手にしなきゃダメなんだ、殺す!!
 声も上げずに、こっそりと逃げようとするもの。村を囲っていたポケモン達にに発見され、きっちり言いつけを守って老人と子供以外は殺された。逃げようとした子供たちと老人たちは、殺しこそしないが蜘蛛の糸で縛り上げ、動けないように拘束されてその光景を見せられる。目を瞑っても、聞こえる断末魔と悲鳴の声。

 家の中に隠れた者は。探し出して殺した。どれが子供でどれが大人であるのかを判別しているうちに、命乞いの声が聞こえる。知らない、知らない、知らない……こっちは恩を仇で返されたのにどうして殺されかけたんだ。そんな奴らに慈悲をかける必要もない、殺す。
 とにかく殺した。怯えて動けなくなった者も殺したし、命乞いするものも殺したし、立ち向かってくる奴は問答無用で殺した。
 妊娠していた女性だけはどうしても殺せなかったが、とりあえず縛ってもらえば間違いもなかろう。

 あらかた殺し終わったときは、アオのコバルトブルーの体はどこにもなかった。血を血で洗うとはよく言ったものだが、全身に浴びた返り血と臓物は子供がどの過ぎた泥遊びの後のよう。漂う死臭は肉食のサザンドラさえ凌駕し、いつもの草の匂いなど影も形もない。
 鉄の匂いだけはいつもより強くなって、アオは死体と血だまりの中ですべてを殺し終えた余韻に浸っていた。
 アオの胸に去来したのは、達成感というよりかは虚無感といったほうが適切だ。自分のやっていたことを正義だと言い聞かせ、出所のわからない憎しみに任せて、殺して殺して殺しまくって、思えばむごい肢体の山を作ったものだ。
 周囲のポケモンはすでにカーニバルへと突入しており、その光景を見ることをかたくなに拒む子供、じっと見つめたまま硬直している子供、気がふれたのか笑っているのか鳴いているのかもわからないくらい意味不明にわめき散らしている子供。
 ターゲットである子供の反応は様々だが、これで恐怖を覚えてくれたはずである。サザンドラが豪快に小腸を引きずり出し、パスタのように食べる光景も、バルジーナが上品についばむ光景も、ムーランドが親子で仲良く死体を漁っている光景も、デンチュラが無表情に死体を漁る様も。
 全部、全部恐怖だ。怖くて怖くて怖くて怖くて、防人たちに手を出したら自分たちもこうなるのだと、骨の髄まで理解させてやる。何が起こったかも明からずに殺されていく恐怖を、目の前で親しいものが殺される恐怖を。
 全部理解すれば、きっともう、防人をどうこうしようなんて発想は二度と起きない。そうだろう?

 地獄絵図の宴は、昼まで続いた。むやみに獲物を苦しめるような行為をするような悪趣味なものは人間と違って少ないが、チョロネコに狩りの練習をさせているレパルダスの母親なんかもいて、その時獲物になった少年にはつらい思いをさせた。
 それが甚振られ続けて死んだころには、もうすでに大半のポケモンが住処に帰っており、喰いきれなかった死体はなんだかんだで様子をうかがっていた森の虫ポケモンたちがぞろぞろやってきては食べている。
 レパルダスの方も満腹になってからはその残りをすべて譲り、夜を迎えたころにはすべての死体が骨だけになっていた。

 アオは捕食者のすべてが森か、別の場所に帰るまで血まみれの体のまま村を監視し、デンチュラに手伝わせつつ蜘蛛の糸を切って開放する。解放されても、多くの者が動けなかった。
 それほど寒くもないのだから動こうと思えば動けるはずなのだが、今このときに動こうと思える気概があるほうが異常である。親兄弟か、それとも息子か娘か、目の前で殺されて白骨化。バルジーナがその一部を持って帰ってしまったせいもあって、もうどれがどの死体なのかもわからない。
 縄を解かれても座ったまま動こうとしない奴の中に混じって、殴りかかろうとして来る者もいたが問題なく蹴り殺す。また一つ死体が増えて、もうだれも逆らおうと吸う気概なんてなくなってしまった。
 恐怖のあまり何も行動を起こそうとしない人間たちを見て、アオは当初の目的を果たしたと満足し、ため息交じりに森へ戻る。これで、もうバカなことを考えないでくれれば楽なのだが――と、アオは祈りつつ、何か大事なことを忘れている気がして胸騒ぎを覚える。
「あぁ、そういえば……」
 若い大人は、出稼ぎに行っている奴もいるのだった。
 と、気づいたが後悔はしなかった。ただ、気を付けて準備しておくに越したことはないと、アオはその旨をレンガに伝えるだけ伝え、自身が出来るだけの対策を習慣づけた。

 ◇

 盛大なカーニバルが終わってから一冬越し、森は麗らかな陽気に包まれる春の季節に。
 あの村の住民には十分すぎるくらいの食糧があったはずだが、彼らは無事に冬を越せたのだろうかなどと考えながら、アオは通り雨の降り仕切る中、新しく芽吹いた草を食む。まだ柔らかな若葉の味に舌つづみを打ちながら、ゆっくりと森の見回りをしていると、視界の端にはミドリがうつる。
「よう、ミドリ。今日は光合成も出来なくって憂鬱だな」
 なんて軽い口調で話しかけながら、アオはミドリに近づいた。ミドリは黙って微笑むと、アオと同じく話が出来る距離まで近づく。
「おはよう、ミドリ。死ね」
 そしてアオは、肉食獣と人間の匂いがするミドリを攻撃する。首を捻って横なぎに捻じれた角を叩きつけた途端、ミドリの体が引き裂かれたかと思うと、その体は歪みウネリ、正体を現した。
「やっぱりゾロアークか……」
 一瞬にして左腕を叩き折られたゾロアークの匂いを嗅ぐと。色濃く漂ってくる人間の匂い。おそらく飼われているポケモンだろう。
「なぁ、お前何しにこの森に来たんだ? どうやら人間の匂いがするようだが……元の姿で来るのならばいざ知らず、化けた姿で現れるってことはあれだな。私を殺しに来たんだろう? だからまぁ、なんというべきか……」
 思わず萎縮してしまいそうな鋭い目つきで見下ろしつつ、アオはゾロアークの胸に足を押し付ける。
「お前、進化したてのようだし、こんなところで苦しんで死にたくなかろう? 少しずつ体を破壊されながらゆっくり苦しんで死にたくないなら、教えるといい。お前は何をしに来たのか、仲間はいるのか、そいつは敵かどうかを、洗いざらいな」
 言うなり、アオはゾロアークを踏んでいた前足に体重をかける。まだ苦しくなるくらいで全く命に別状はないが、自身の殺気だけは伝わってくれていると信じたい。そして、自分がこいつの主人を殺して余りある力量の持ち主だということも合わせて伝わってくれれば御の字である。

 ゾロアークはアオと主人の圧倒的な力量を悟ったのか、苦しそうに呻きながら、自分が来た方向を指し示して言う。
「あっちに、剣と吹き矢を持っている男がいる……そいつが私の主人だ」
「報告ありがとう。長生きするよ、お前」
 と、言い残してアオは死なない程度にゾロアークの顎を蹴り飛ばして気絶させると、リフレクターを張りながらその男の居場所に向かう。まずは咆哮を上げるところから始めて、アオは森中に危機を知らせる。位置によっては届かないこともあるが、森にすむ鳥たちの誰かがその危機をレンガに伝えてくれる。ミドリは役に立たなそうなので、来たければ来いとばかりに森の仲間には何も指示を下していない。

 アオはまず、罠を仕掛けられていることを警戒して、地面を歩かずに木の幹を蹴りながらジグザグと三角蹴りで間合いを詰める。アオが予想外の移動方法で、落とし穴も投網も関係なしに華麗にスルーしたのを見て、筋骨の隆々としたいかにも逞しい強力無比な体格の男は、望遠鏡とクロスボウを排して刀身の短い曲刀を構えた。
 先手を取って跳びあがったアオが放ったストーンエッジは、木の影に隠れて避けられる。
「ナスカ、援護しろ」
 アオが攻撃を外した直後、二人は向き合ったところで男はどこを見るでもなくそう命令する。命令を下した次の瞬間、樹幹に待機していたシンボラーが躍り出て、そのサイコキネシスで木々の間を跳んでいたアオの体が浮き上がる。たったそれだけだが、攻撃を避けることも防御の体制を整えることも出来ないこの状況はまずい。
 だが、敵のシンボラーのレベルがそれほど高くない個体だったがために、アオが気合いでサイコキネシスを振り払うのもそう難しくはない。浮いている間に人間は持っていた剣を投げつけており、投げられた曲刀は船の上での乱戦や、閉所での戦闘に適した剣。
 短い分、重量を増しても腕に負担がかからないため、肉厚にされたその剣はまともに当れば致命傷や先頭に支障をきたす怪我を負いかねない。武器を避けられないと確信したアオは、まずメタルバーストで相手の体の破壊を狙う。
 正確に首筋、喉仏を狙ったその刀剣の威力たるや恐ろしいもので、リフレクターがなければ頸動脈まで達していたかもしれない。なんせ、分厚い毛皮と針金のような硬い体毛が威力を半減させてもパッと血が飛び散るほど。
 回転と失速しながらアオの背後に飛んで行った剣は、シンボラーが手元に引き寄せて回収する。その回収の合間に、メタルバーストのダメージを返され右上腕に傷を負った人間の男は、新しく手斧を構える。アオはボルトチェンジでシンボラーに攻撃すると、電気を纏ったまま、矢のような速さで木の幹を蹴って人間の背後に回る。
 振り向きざま、人間は斧を振るうが、アオはそれを角で真っ向から受け止める。人間の腕は女性の太ももよりも太くたくましかったが、それでも規格外と思えるほどの膂力を以ってしてアオを押し返している。
(怪我をしているというのにすごい力じゃないか……だが、所詮は人間だ)

 シンボラーは曲刀を回収する際に攻撃され、手元に戻そうとした際に大きな胴体を傷つけられた。その分の怒りを込め、アオに向かってその曲刀をサイコキネシスで投げつける。
 と、そこでアオはにやりと笑うと、体を沈み込ませると同時に男の懐に潜り込み、鼻づらと角で男を持ち上げ、男をシンボラーが念力で投げた曲刀の盾にする。男は丈夫そうなバッフロンの毛皮の服を着ていたが、重く鋭い曲刀による一撃である。
 アオの毛皮の防衛網さえ軽々と切り裂いた曲刀だ。それは見事なまでに男の背中に深く刺さって、大きなダメージを与える。先ほどこの剣はから傷つけるたびに別の個体とは忙しいものだなとアオは笑い、持ち上げられた人間に角を掴まれる前に放り捨てた。
 そこからはもう一方的な物である。アオは再度のストーンエッジでシンボラーにとどめを刺しつつ、一度距離をとって隠れる。男は斧を持ったままいつ相手が仕掛けてくるのか気が気でない様子で、酷く恐れているのが丸わかりだ。背中の出血だから止血も出来やしない。
 おそらくはゾロアークのだまし討ちや罠で弱らせて勝つ算段だったのであろうが、そのどちらも回避された時点ですでに男は負けを確定していたようなものである。逆に言えば、どちらか一つでも成功していればアオも負けていたとも言える状況なのはある意味恐ろしい。

 そして、それでも悪あがきをやめなかった人間が、空を飛んで逃げられるシンボラーを失った今、アオは人間を追いかけようと思えば余裕で追いかけられるし、人間から逃げようと思えば余裕で逃げられる。アオは意地悪くレンガが来るまで待ち呆けることだって容易だから、咆哮を聞いてレンガがたどり着いてからは無残ななぶり殺しである。

 まずは腕を攻撃して攻撃出来なくなったところで、アオはデンチュラを呼ぶようにレンガに頼み、蜘蛛の糸で拘束して背負いあげると、尋問にかけてその人間がふもとの村から金で雇われたハンターであることを聞き出して、村へと連れて行く。
 尋問の間に、アオはここら辺では見かけないゾロアークやシンボラーを何かに利用できそうだからと、レンガに頼んでタブンネを呼んでもらい、治療を頼んでおいた。
「それで、村から雇われたことを知ってどうするつもりだ?」
「……もちろん、見せしめだ。奴ら人間も、私たちが縄張りを侵したら殺すのだ……こう言うと傲慢かもしれないが、私達防人をピンポイントで狙うということはつまり、この森の秩序を破壊させるということだぞ? ……メブキジカを狩ることは見逃しているではないか。
 防人を狙うということは、これからいくらでも木を伐れるようにする……そのための行為以外の何物でもあるまい。だったら、木を伐る必要もないようにしてやればいい。&ruby(みなごろし){鏖};が最も確実な手段だ……そうは思わぬか?」
「もう、否定するには……我らと人間との仲を違えすぎたのかもしれんなぁ……好きにしろよ」
「あぁ、その事なんだがな、レンガ。すまないが……ちょっと付き合ってくれないか?」
 と、アオはレンガに頼む。村に行くことになぜか付き合わされたレンガは背中にデンチュラを乗せて村へと向かう。、それの意図するところがわからないレンガは少々困惑気味だ。
 ロゼと名乗ったゾロアークの世話はそのままミドリとタブンネに任せておいた。&ruby(ミドリ){看取り};と名付けられるくらい慈悲深い彼だ。人を傷つけることはめっぽう苦手でも、こういうことなら適任だろう。
「なぁ、レンガ……」
 駆け足で村へと向かう途中、アオは改まった口調でレンガに声をかける。
「なんだ?」
「地図から一つ、地名を消そう」
 アオはしれっと言い放った。
「村を滅ぼすのか? それはさすがに感心しないぞ……?」
「何を言っているのか……奴らは、私達防人を全力で追い出しに……いや、殺しにかかってきているのだぞ? こいつだってそうだ」
 と、首をしゃくりあげてアオは背中の男を指示する。
「こいつはポケモンハンター。おそらく、人が少なくなって余った穀物や貨幣をつぎ込んで雇ったのだろうが……こういう手段も辞さないということは、次こそ本当にどんな手段を講じてくるかわかったものじゃない。
 ならもう、あの村は必要ない。共存しようだなんて夢を見ていたミドリに恭順した自分が馬鹿だったんだ……」
「誰かが、滅ぼす以外の……別の手段を考えるまでは意見を変えてくれなさそうだな」
「よくわかっているじゃないか、レンガ。別の手段があるならばいっしょに可能性を考えるぞ?」
 アオも、おそらく直前までは村を生かす手段を考えていたはず。そう思ってレンガが口に出した言葉を、アオは肯定して前を見る。前を見ているアオの表情は心ここにあらずといったいった様子で、前にある障害物の事よりも他の者を脳裏に浮かべてみているような。
 その移ろう視線が非常に危うく感じ、アオの事ばっかりを見ている者だから逆にレンガが前方不注意で危ないくらいだ。
「しかし、解せないことがある。厳しい冬を無事越せたのに……なんでまぁ、奴らは私たち防人を亡き者にしようとしたのか?」
 アオの疑問を聞いて、レンガは考える。
「聞いた話じゃ……人間にはこの世界が狭いらしいのだ」
 と、レンガは言うが、急な話の転換について行けずにアオは首を傾げた。
「広すぎるくらい広いと感じるこの世界も、縄張り意識が強ければ、そして同族にあふれかえっていれば狭くなる……」
 そう言って、レンガは走りながらだというのにのんきにため息をついた。
「サメハダーというポケモンは、腹の中で卵が孵化して、進化前のキバニアは体内で殺しあってから生まれるらしい……奴らは、それなのだ。狭い場所で敵がカチあえば、殺しあうしかない。
 逃げるという選択肢が作れなければ、そうするしかないんだ……世界は母親の胎内ほど狭くはないというのに、そうして奴らは無駄に求め、求めるがゆえに無駄な争いを産む」
 レンガは言いきってから小さくため息をついた。
「そして、無駄に求めた結果がああして我らの縄張りを侵した上での木の伐採か? 我らとて人間の縄張りを侵すことはあるが、その時はきちんとそれなりのリスクを負うというのに……常に奪う立場でいようなんて思っていると、いつか手痛いしっぺ返しを食らうということすらわからないのか、奴らは。
 行き過ぎた縄張りの主張は身を滅ぼすぞ……身を滅ぼさないために、食いわけ、棲み分け、そうして我々生物は進化してきたというのに……何でも食べて、どこにでも住みつく……シザリガーですら生温いレベルでそれをする人間は、何を目指しておるのやら。
 奴らが生き物としての理を大きく外れた存在であるのならば、もはや共存など考える必要もないのか。人間が……自分たちが閉じ込められていると思っているのならば、閉じ込めてしまえばいい。我らの、森の縄張りに二腐度と踏み入れられないくらい完膚なきまでに殺して殺す」
 乱暴な発言をするアオの思想がさすがにまずい気がして、レンガは顔をしかめた。
「だが、あの村の奴らも被害者だ」
「私も被害者だ」
 レンガが言った被害者という言葉に、アオは真っ向から跳ね返す。
「たぶん、お前が考えている意味の被害者とは違うよ」
 だが、レンガはそうじゃないという風に苦笑する。
「私が言いたいのは、人間がお前の被害にあったということではなくてな……奴らは、職業軍人だけでは兵隊が足りないからと言って、戦争のために働き盛りの男を草兵として出兵させないといけなかったり……その上家畜として飼っているバッフロンやイワパレスまで駆り出されることもあるのだ。
 そうして働き口が減ってしまえば、そりゃ食料不足で飢えて、木を切って外貨を稼ぎたくなるのもわかる……戦争があるから、クラボの木も需要が高まっている分いい値がつくしな。もう、首都近くではクラボの木は幼木しか残っていないそうだよ」
「それでは、村ではなく徴兵をするようなこの国のお偉いさんを殺せばこの不毛な殺し合いも終わるのか?」
「どうだろうな。お偉いさんが何人いるのかも検討がつかないのに、その方法は現実的ではないと思う」
「じゃあ、敵兵を皆殺しにすれば、戦争は終わるのか?」
「そうかもな。だが、無茶すぎて現実的じゃない……」
「なら、もうそれでいい!!」
 そうやって、否定ばかりで代替案も出さないレンガの態度の苛立ったのかアオは声を荒げてレンガに吼える。
「目先の欲に囚われる愚かな人間が相手なら、私も同じになればいい……こっちも目先の欲に囚われてやるさ。正真正銘の皆殺しで、戦争なんて物を終わらせてやればいいのさ」
 思いつめた表情で宣言したアオを、妙に冷めた目でレンガが見る。

「本気で人間を相手に戦争を仕掛ける気ならば、出来ないことはないぞ」
 口ずさむように軽く呟いたレンガの言葉にアオは驚いて思わず横を向く。
「本当にできるのか?」
「使う機会がなさ過ぎたからな……まぁ、なんだ。本来我々の角、&ruby(つるぎ){剣};は三つとも役割が違うから、状況によって使い分けなければ宝の持ち腐れなのだ。たとえば人間も、状況によって武器を使い分けている。
 前方には長い槍などポールウェポンを持った歩兵。後方にはマスケット銃や弓を持った兵隊……敵陣を乱す騎兵などなど。我々の体は、人間がそれを編み出すよりもはるかに昔から、そういう風にできているのだ……要は、そのすべての剣を効果的に使えば……そして、悪タイプの技とうまく組み合わせれば、それだけで万の軍勢を相手にできるとすら言われている」
「だが、ミドリが頼りなさすぎないか?」
「……あいつは、角の形状が一対一で戦うのには向いていない」
 そう言ってからレンガは苦笑する。
「ま、それを差し引いてもあいつは確かに弱いと思うが……」
「酷い言い草だな……まぁ事実だが」
 つられたアオも苦笑してから、レンガは話を続ける。
「私のつるぎ……テラキオンのつるぎは、敵の隊列を崩し、恐れおののかせるためのつるぎ。人間が槍を並べて立ちはだかろうと、地震と岩雪崩と突進を上手く使い合わせて蹴散らすためのつるぎだ。人間の兵器で言うところの、&ruby(カタパルト){投石器};のようなものだ。
 そして、ビリジオンのつるぎは、受け流し、守るためのつるぎ。あいつのつるぎは、いうなれば盾と弓矢だ。矢も、剣も防ぐための盾。リフレクターと光の壁で味方を攻撃から守り、草結びという名の弓で搦め手を行うためのつるぎ。
 ビリジオンはテラキオンが乱した戦列に割って入り、すれ違いざまに切り刻み、腕などを切って無力化させるか、首などを切って死体の山を作るかはお好みだ」
 最後にレンガはアオを見る。
「コバルオンの剣は、ビリジオンが処理しきれない強力な相手を殺すための一騎打ちの剣と&ruby(メイス){鎚鉾};のつるぎ。お前が使うメタルバーストもなんかは、一騎打ちに際して非常に有効だからな……そうして強敵を倒した後はボルトチェンジでまたテラキオンに繋ぐ。こうしてサイクルが完成して……我らは縦横無尽に洗戦場を駈け抜けるのだ。
 まぁ、机上の空論ではあるが……もしもそれが現実となるのであれば、お前の言う皆殺しも可能さ。もちろん、人間を相手にすることが前提で、ポケモンの相手を想定した先方ではないのだがな。だが、伝承ではこれで万の兵隊を叩き潰したとさえも言われている」
「それが本当ならば……皆殺しも……可能、か」
 目からうろこが落ちた様子のアオの言葉に、レンガは頷く。
「だが、それをするにはまず、ミドリに乗り気になってもらうしかないわけだが……」
「だが、あいつは戦うのが嫌い……か」
「お前がいじめすぎたんだよ」
 ジョークのつもりでレンガは言ったが、思いのほか笑えない。自分も含めて、全く笑えなかった。

「私は、何年かかってでもミドリを説得してみせるよ」
「アオ、それがとても難しいことだとわかっていてもか?」
「それがなんだというのだ? ミドリがいなきゃもっと難しい話だろうに」
「あのなぁ、お前……そういうことじゃないんだがな」
 レンガは苦笑してアオを見る。
「お前は、森を見捨てるという楽な道をとろうとしない……暴力的なところもあって、危ない奴ではあるけれど、本当にお人よしな奴だなって思う」
「そっか……」
 お人よし、と言われて褒められたような気がして、アオはかわいらしくはにかんで見せる。
「お前が大変な道を歩もうとしているのならば、我はそれを全力でサポートする。そう約束する……だからまぁ、なんだ。あまり協力したくはないが、地名を一つ消す作業……手伝おう。私も、人間に森へ手を出さないようにするには……ぬぐいきれない恐怖しかないと、そう思えるようになってしまったよ」
「ありがとう、レンガ」
 微笑んで、角を叩き合わせてキスの一つでもしたかったが、今は走っている最中なので自重する。結局微笑むだけで終わったアオのお礼に、レンガは笑顔で応えて疾走する。

 そうして、ふもとの村まで二人はたどり着く。
 当然、生き残った者たちは泡食って散り散りに逃げようとするが、それら有象無象の羽虫以下の輩など、アオが睨みつけるだけでそのほとんどが体を硬直させて動けない。逃げることは無駄だと悟らせ、それでも逃げようとする者は足を叩き潰して逃げられなくした。
 あんな姿になるくらいなら――と、皆が大人しく地面に座ったところでアオは顎をしゃくりあげて全員に一か所に集まるように指示をする。テレパシーが使えるというのに、一切言葉を発しないままだが案外身振り手振りでも通じるものである。

 そうして一か所に集めたところで、アオはしばりつけたハンターの男を、デンチュラと協力して椅子に括り付けた。そこから先は、阿鼻叫喚の責め苦である。
 アオは、ハンターの靴を脱がすと、不衛生なその足を意に介すこともなく舌を這わせる。最初はくすぐったいとかこそばゆいとかそんな感触だった足の裏。しかして、アオの舌の裏はザラザラで、鋼タイプ故かその気になれば野菜をすりおろせるくらいの固さにはなる。
 延々と舐め続けるうちに、皮膚は破け、血管が裂け、肉が抉られ、やがて日が落ち骨が削れても、ハンターがどれだけ苦悶の声を上げても、泡を吹いても、命乞いをしても、死ぬまでアオは舐めるのをやめない。
 やがて、冷たくなってしまったハンターの死体をぼーっと見ている成人女性を睨む。『ひっ』と力ない悲鳴を上げたその女性は去年の秋に気まぐれで助けた妊婦で、今は泣き疲れて眠っている赤ん坊を抱いている。
 その女を無造作に背中に乗せると、そのままアオが軽やかな足取りで家の屋根まで駆け上った。
『よく見ておけ……我らの住む森に、今後狩り以外で手を出そうというのなら……たとえば、木を伐り倒そうとしたり、我ら防人、三つのつるぎを殺そうとした場合は……ああなる』
 テレパシーで話しかける。背中に乗せている女性は理解したのか理解していないのか、アオは返答を待たなかった。

アオはレンガに合図をしてから地震を起こさせた。
 一か所に集められたまま、座っている子供や老人が急に繰り出されたそれを避けられるはずもなく。出稼ぎで難を逃れていた成人男性もまた同じく避けることも出来ず――赤ん坊を抱いていた女性は、自分以外のすべてが肉片に変わる瞬間を見届けた。全部、目に焼き付けてしまった。

「さてと……色々付き合ってくれてありがとう、デンチュラ。約束通り、新鮮な餌だ」
 何事もなかったかのような素面で屋根から降り立ったアオは、人間のことなどお構いなしに、まずはデンチュラにお礼と言い張って人間の死体を差し出した。
「さすがに……むごい光景ですね」
「気にするな。自業自得だ」
 と、アオは適当にデンチュラにお礼を言ってから背中の女性を下す。
『よかったな。火事場泥棒をすればそれなりの現金も手に入るだろうし、高額な家畜も売り放題だぞ? これでしばらくは赤ん坊を抱えていようとも金に困ることもあるまい』
 皮肉たっぷりに、アオはテレパシーでそう伝えた。
『あとはもう好きにしろ。私に挑んでも構わんぞ? ハンターのような目に会うのがオチだがな……まぁ、そうなりたくなかったら……もう私たちの森には二度と足を踏み入れるんじゃない。
 生き残れただけ運がよかったと解釈して……我らを罠に嵌めようとしたこと、我らに刺客を放ったこと。その二つを後悔しながら、無様に生き永らえろ。森の守り神、防人たる我ら三つのつるぎを、未来永劫落とそうなどと考えるのはやめておくのだな』
 最後にそれだけ捨て台詞を残して、アオは踵を返して自分たちの暮らす山間の森へと帰るのであった。レンガは律儀にデンチュラが食べ終わるまで待って、アオに遅れること数分の間――立ち尽くしていた女性は言葉すら発することもないまま人形のようだったとアオに伝える。
 そうして、今宵の事件をきっかけに、地図上の村の名前には『(跡地)』と付け加えられるようになった。

 この一年半後、アオは自己暗示による発情期を迎え、その時生まれた亀裂からミドリと殺し合いを繰り広げることとなることを、彼女はまだ知らない。
 

[[:空白の5年に]]

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