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:これから の変更点


「アオさーん!!」
 ゼクロムが街を襲った翌日。ゼクロムが街を襲ったあの夜、アオ達防人はまっすぐ家に帰り、ロゼは情報収集のために人間に化けて街へと戻って行った。
 そうして、しばらくはロゼからの情報を待つ日々かと思われたのだが、予想に反して森には訪問者が現れる。その到来を告げるケンホロウのカイジは、全速力で飛んできたのか激しく息切れを起こしている。
「どうした、カイジ? 人間か?」
「人間ですけれど、木を伐りに来たとか大挙してきたとかそんなんじゃなくって……あの、最近何度も来てくれた人。アーロンさんです……すぐにアオさんを呼んできてくれって、ピジョットに乗って……」
「アーロンだって?」
 久々に聞いた名前に、アオは驚き声を上げる。それと共に、色々と大切なことを思い出して、アオの中に怒りが湧き上がる。
「カイジ。ヒスイとミカゲとレンガを集めろ。あっちが舐めた態度をとってきたら、すぐにでも殺せるように」
 歯を食いしばり、こめかみに力のこもったアオの表情。うわぁ、怒っているなぁと思うとカイジも気が重い。
「わかり、ました……というか、最初に伝えたのがヒスイさんなので、もうヒスイさんは接触していると思います」
「頼んだぞ」
 言い終えて、アオは顎でカイジを促して飛び立たせる。カイジは、ピンク色の仮面のような飾り羽を揺らして空に飛び立っていった。
「くっそ……あいつにはいろいろ言いたいことがあったんだ……」
 思えば、タイミングが良すぎたのだ。ミズキとミソギが来てからすぐに、あの大火事。あの時もしもミズキがいなければ、この森は全焼していてもおかしくなかったであろう。そうすれば防人であるアオ達でさえ生き残れるかもわからないことを思えば、ミズキをこの森に連れてきた意味というのも分かるというものだ。
 つまり、火事を起こしても防人たちを生かすためのミズキだったのだ。防人たちの身体能力ならば、炎に巻かれても逃げることは可能かもしれないが、やはりミズキがいてくれた方が防人の生存可能性も高まるというわけだ。
 あの旗からはアーロンの匂いはしなかったが、アーロンが何らかの形でかかわっていることは間違いない。文句を言わないと気が済まないし、何かごねたら殺してやる。ぶつける場所のない怒りだったアオ達の憤りは、ゼクロムが街を襲って以降、有耶無耶になってしまったが、アーロンというぶつけやすい&ruby(まと){的};の出現で再びぶり返す。
 とりあえず、姿が見えたら第一声で罵倒してやろうと、息巻いて山を駆け下り、道を尋ねて目的の場所に尋ねるが、そこにいたアーロンの姿を見ると罵声を浴びせる気も失せてしまった。

 彼は、ヒスイに向けて土下座して謝罪をしていた。冬でもインナーを少し増やしただけで、外装のほとんど変わっていない紺色の服を着ており、外したテンガロンハットには少し雪が積もっている。
 手の甲に宝石のはめ込まれた手袋を地面につけた四つん這い。土下座の体勢から、すまなかったと口からは言葉少なに、背中からは後悔の念があふれていた。ここに走って来るまでに用意しておいた十の罵声も、喉の奥に封印されて、アオは反応に困った。
「ヒスイ……アーロンは何か言っていたか?」
「いえ……まだ何も言っておりません……母上。私も、一発や二発ぶん殴ってやろうと思ったのですが、なんだか毒気も抜かれてしまいましたよ……連れのポケモンも、今は瓦礫の後片付けの手伝いみたいです」
 ヒスイはため息をついて肩を竦める。
「……仕方ない。レンガたちが来るまでこの体制をされていてもばつが悪い。……確かアーロン、顔を上げろ」
 いきなり調子を崩されたアオは、やれやれとばかりに面を上げさせる。
「本当に、済まなかったと思っている……この森を荒らして、言葉もない」
 苦虫をかみつぶすような表情でアーロンは絞り出す。しかし、言葉がないと話が進まない
「言いわけがあるなら聞いてやる……というか、言い訳の一つでもしてみろ。でないと、こっちは八つ当たりすらできない」
 痺れを切らしたアオの呆れたセリフ。まだ数分もたっていないというのに、ここまで飽き飽きとした態度をとるのは、それだけ喰らった肩すかしが大きいということか。アオはアーロンを罵倒したくてたまらないのか、自分でもよくわからないが、驚くほどせっかちにアオは急かす。
「私が、ケルディオ。ミズキを連れている時に、軍師のベルセリオスは私に接触してきたのだ……」
「軍師というのはあれか? 私達に焼き討ちの警告をしたという……」
 アオの質問に、アーロンは頷く。
「あぁ。ついでに言うと、ミズキを連れてゆけと言ったのも、ベルセリオスだ……」
 そうして、アーロンは森林火災への敬意を語り始める。
 この一首大陸では、ポケモンを兵力として使う技術が遠い豊艶の地よりもはるかに劣っているらしい。代わりに、兵器の運用に関して、一首は豊艶に大きく勝る。そのためアーロンの仲間は、兵器の運用に関する勉強と兵力としてのポケモンの捕獲のため。アーロン自身は、治世術や、政治の運用方法などを学びにこの地へと来た。
 一首の政治や建国史の勉強をしていたアーロンにとって、軍師というのはとてもありがたい存在である。当のベルセリオスはミズキの事が珍しいからという理由で接触してからというもの、二人が互いを友と呼べる関係になるまでそう時間はかからなかった。ゼクロム派の者たちが、偶蹄の英雄を敵視して森を焼き払うという話が出たのも、その時の事である。
 ベルセリオスは、森林火災を乗り越えるためにミズキを利用し、またアーロンの言葉でゼクロム派の軍を疑わせる準備を指せ、ゼクロム派の軍が使用した旗と、自身が持つウルガモスの怒りの粉。そしてゴチルゼルの暗示と、三重の策でゼクロム派に怒りの矛先を向けさせる。
 そこから先の、双龍が壊滅状態になる所まで、アオ達はよく踊らされていたというわけだ。
「……それで、そのベルセリオスとやらは?」
「殴ってきた……だが、その後にゼクロムが来て……私は必死で逃げたが、多分死んだ……」
 悔しさに歯を食いしばりながらの言葉であった。
「そうか……我らは、憂さ晴らしをする相手すらも失ってしまったわけか」
 ここまでくると、意気消沈も酷すぎて言葉が出ない。レンガは毒づいてため息をつくしかなかった。
「これだけではなんだからな。二つ、知らせがある……」
 防人たちは、何を話す気だろうかといぶかしげな視線をアーロンに向ける。
「双龍の街もレシラムに襲われた……籠目も、細波もね。ほかにも、吹寄、程萌、雷門をゼクロムが立て続けに襲ったし、つまるところ……主要な町は粗方襲われた。これにより、実質戦争は続けることが不可能になり……それに、都市に生きる人が少なくなった分、都市へと食料を集中させる必要もなくなった。
 食料を税として徴収される量も少なくなったからな……この森が荒らされるようなことも、もうしばらくはないだろう……森はこんなことになってしまったが、君の守るべきものは……今ならば守られるはずだ」
「……それは本当か?」
「残念ながら本当だ。故郷の土地ではないとはいえ、こうまでたくさんの人間が死ぬとは……もう言葉も出ないな……」
 もう謝るための、謝罪の意を前面に出した顔をするのは疲れたのか、アーロンは憔悴しきった顔を浮かべる。対するアオは笑っているのか、悲しんでいるのか、複雑な表情を浮かべる。

「……もっと嬉しいと思ったのだがな」
 その表情にふさわしい言葉がアオから漏れた。
「……以外にも、あまり嬉しくないものだな」
 アオは魂が抜けたようにため息をつく。
「そしてもう一つの知らせだが……悪い知らせだ。これから、おそらく戦争が変わる……」
 アーロンが淡々と語る。防人たちは頷き、固唾をのんで話を聞く。
「私たちは、兵器の運用法や治世術を学ぶためにこの一首に来た。そして、逆にこの一首から豊艶に、ポケモンの使役の仕方を学びに行った者がいる……。私の故郷、豊艶ではあらゆるポケモンが、当然のように戦争に参加している。そこには、伝説のポケモンですら生きて帰る保証のないような……地獄絵図のような戦争風景が広がるんだ。
 いずれここもそうなるだろう……その時は、肉食のポケモンを養うために、今以上に自然を荒らすだろう。しかも、その際にもポケモンを用いるのだから、君たち防人には苦労を強いるかもしれない」
「止める手段はないのか?」
「おそらくはない」
 アオが尋ねた内容は、アーロンの口からきっぱりと否定される。
「だから、今後しばらく、この森が人間に侵されることがないと言っても……結局は、君達に辛い仕打ちが待っているかもしれないんだ……」
「そう……か」
 アオは、虚空を見つめる。そして、次にヒスイを見る
「ヒスイ……今の話を、理解できたか?」
「ええ、理解しましたよ……母上」
 ヒスイは頷いた。
「お前にも、ミカゲにも……もしくはその子供か、孫かはわからんが……苦労を強いてしまうな」
「我々人間のせいで……本当に、申し訳ない」
 沈黙が時を貫いた。寒空の下で、じっとしているのは寒いだろうに、アーロンは身震いこそすれ、座ったまま微動だにしない。

 戦争が終了したということを告げられてから、生気の抜けたようなアオは、数分の沈黙の後、そっとアーロンに寄り添う。凍えないように、包み込むように。
「なぁ、アーロン。人は、戦争を正しいことだと思ってするのだと聞いた……それは、本当のところどうなのだ?」
「思っている……誰が、ではなく、そういう流れになっている……」
「どうして……そう思う?」
 アーロンが語る言葉に、アオは何か思うところがあるのか、歯を食い結んで尋ねる。
「そうしないと、心が耐えられない。自分がやっていることが正しいのだと確信しないと、申し訳ない気持ちで一杯になる。……でも、自分がやっていることが正義だと信じているうちは、どれだけ人を殺しても心が痛まないし、いくらでも残酷になれる。
 正義というのは、罪悪感から逃れるための一つの手段でしかないんだ……たぶん、君が聞きたいことはここなんだろう。その正義を遂行するために、被害をこうむる者がいても、人間たちには関係ない」
「そう、いう、ものか……」
 アーロンの語る言葉がよほどショックだったのか、アオは途切れ途切れに独り言を漏らした。
「酷なようだけれど、それは君も同じことなんだと思う」
 打ちひしがれるアオに追い打ちをかけるようにアーロンは続ける。
「君も何度か人間を殺したことがあると、以前話してくれたよね……その時少しでも申し訳ないと思わなかったかい? そして、それを何かと理由をつけて正当化しなかったかい? たとえば、森を守るためだとか、罰を与えるためだとか……」
「それは、人間が先に手を出したから……」
「人間もそうだ。先にどちらかが手を出して、やり返しあっているうちにどちらが始めたかわからなくなる……そして、それが正義だと信じて、あくなき戦いをつづけるんだ。君の言い分はわかる……森の住人は人間の縄張りを侵すこともないのに、人間は森の縄張りを荒らしていると。それを排除するのは、正しいことなのだろう……
 けれどね。人間はポケモンは人間よりもはるかに下の存在だと思っている。肉食のポケモンが自分よりも弱いポケモンを喰らうように、草食のポケモンが草を食べるように、正当化して……この森を食った人間も、きっとそうだったのだろう」
「違う!! 人間は、森を敬わないじゃないか!! 我々は喰われるものを敬って生きているんだ……だから……だから……」
 アーロンの言葉にアオは声を荒げる。
「もういいだろ、アオ? お前も、正義という言葉を盾に、いろいろ罪を犯してきたんだ……それを認めよう」
 そうして荒ぶるアオを、レンガは諭して落ち着かせる。アオはレンガの言葉で、つままれたチョロネコのようにおとなしくなった。

「私が……」
 アオが独り言のように語る。
「私が、かつて正義と思っていたことを、ゼクロムとレシラムがやったんだ……」
 虚空を見上げて喋りはじめたアオは、思い出したようにアーロンの方を向く。
「人間を&ruby(みなごろし){鏖};にすること……昔はそれを正義だと思っていた。それは間違いだと気づかされて、戦争を終わらせるため居兵士だけを殺すのが正しいと思い込んで……しかし、我ら防人よりもはるかの上位に位置する神のような存在が、かつての私の正義を肯定するように……人間を殺した。
 だから、正義というものがわからなくなったのだ。神ですら、道を間違うのか、それとも神はかつての私が正しいと仰ったのか……。それが人間ならば、わかるんじゃないかと思ったが、なるほど、耳の痛い話だ……私の信じた正義も、アーロン……お前の言うとおりか。ただの、申し訳ない気持ちをごまかすための良いわけでしかなかったのだな……」
 言い終えたアオは、枯れた葦のように触れれば折れそうなほど頼りない表情をしている。
「正義でも、森は救えるだろう……国は救えるだろうね……でも、正義では何もかも救うことは出来ない」
 沈んだアオに、言い聞かせるようにアーロンは語る。
「ベルセリオスにとっては、ゼクロム派を倒すことが正義だったそのためにならば、この森がどうなろうとかまわなかった……そんな風に、正義というのは自分勝手なものだと思う。だから、正義で救えるものなんて、自分達くらいなものさ。君が、それを正義という呼ぶのが嫌ならば……必要悪とでも呼べばいい。
 最悪の事態を防ぐための悪……毒を以って毒を制す……正義とは、案外それを言い換えたものなのかもしれないね」
 アーロンは淡々と語る。
「……そうか、私がしてきたことは悪だったのか」
「は、母上……そんなことはありませんよ」
 何かが壊れたように涙を落としたアオを励まそうと、ヒスイは彼女の言葉を否定する。
「悪は、いけないことなのかな」
 しかし、ヒスイの浮ついた言葉よりもよっぽど重みのある言葉でアーロンは尋ねる。
「肉食の動物がこの世界に存在するのはどうしてだと思うかい、アオ? 肉食動物がいなくなれば、草食の者たちはどうなるだろうね……飢えて死ぬんじゃないかな?」
「……あぁ」
「悪いことが、必ずしも存在してはいけないことばかりではないんだ……すべてを救うことがなんて誰にも出来ない……出来たとすれば、それは英雄でも防人でもない&ruby(キリスト){救世主};だ。愛と、善だけで誰かを救う……理想的だけれどね、それはあくまで理想でしかない。
 実現が極めて難しいのはね、人間にも、英雄はたくさんいる……レシラムやゼクロムはそれぞれ、白き英雄、黒き英雄と呼ばれている。そうやって数えきれないほどの英雄がいるのに、救世主の数を数えれば、片手で足りる。そういう事実をかんがみてもわかる事さ。
 でもそれは、仕方のないことだ。救世主は敵も、悪人も、善人も……全部救わなければならないんだ。愛と善意で……そんなことは、きっと神でもできやしない。だからね、アオ……正しくあろうとすることはいいことだ。けれど、神以上の存在を目指したって、無理なものは無理なんだ……だから、出来ることをやっていけばいい」
「では、アーロン。私のやったことを、お前はどう評価する? 森を守ろうとして、人間たちの争いに介入して、その結果一首そのものが危機に陥ったこの状態を、お前はどうみる?」
 アオはもっとも聞きたかったことを尋ね、心に救いを求める。

「そうだね……君の正義は、揺らいでいる。それは優柔不断ともいえるけれど、しかしそれは自分の行動をきちんと反省できるということでもあるのだと思う。こうして、君が私なんかに正義とは何を尋ねたことも、自分が正しいのだと思い込んでいない証拠だ。
 ……君は、人間が死んでしまったことに少なからず心を痛めている。それは人間も守りたかったってことに他ならないんじゃないかな? そして人間を守るために人間を殺すことをした。しかし、殺す人間は最小限にとどめるよう努力した。さっき言ったように、救世主になるのは難しいけれど、君は……救世主に近づこうと努力出来るじゃないか。きっと、どんなに頑張っても救世主にはなれないだろうけれど、それに近づこうとする姿勢がある限り……私はそれを評価したいと思う。
 君は&ruby(たたか){鏖};った。そして、結果を残した。その結果がこんな焼跡の森では確かに残念かもしれない……でも、これで終わらせたらもったいないんじゃないかな?
 これから、人間がポケモンを戦争に参加させるかもしれない。それに対し、何かできることをやるべきだとは思わないかな? 今回、レシラムとゼクロムが暴走したおかげで、ポケモンと人間の関係について皆が何らかの考えを持つだろう……この焼野原を見て何か思うことがあるならば……自分の答えを探してみるといい。
 その答えによっては、ポケモンと人間の関係がよい方にも悪い方にも転ぶはずだ……」
「自分なりの答え……か」
 アーロンの答えに、アオはオウム返しにつぶやいた。
「なあ、皆。ロゼが戻ってきたら、今後のことを決めよう……この焼けてしまった森を抱えた私たちが、これから何をどうして生きてゆくべきなのか……」
 結局、アーロンの言葉は具体的な案もアドバイスもなかったが、何か吹っ切れたようにアオは改めて仲間に頼む。
「構わんぞ。というか、元からそういう手筈だろう」
 と、すまし顔でレンガは笑う。彼はアオを非難しなかった。
「母上。母上がやったことで出た損害もありますが、良いことだってたくさんありました……ですから、これからもそうあれるように話し合いましょうか」
「そういうわけで母さん、よろしく……その、気に病むこともないと思うよ」
 そして二人の子供であるヒスイやミカゲも同じく非難はしない。
「ありがとう、皆。少しだけ元気が出たよ……アーロンさんも、ありがとう」
「……私は、謝りに来たんだがなぁ。なんだか、変な雰囲気になってしまったね」
 申し訳ない気分でここにきて、今なぜかお礼を言われる。どうしてこうなってしまったのかと暢気な思考を抱えながらアーロンは苦笑した。
「いつの間にかお前に対する怒りも失せてしまったからな……もう、頭を下げる必要もないから、好きにしてくれるといい」
 アーロンと話すことで胸のつかえが取れ、アオはすっかり翳りの消えた顔で告げた。そのまま、アオとアーロンは見つめあって、ふいにアーロンが口を開く。
「なあ、アオ。私も、故郷に帰ったら、出来るだけ……故郷がこの一首のようにならないように、尽力したいと思う。兵器の運用方法を学びに来たものが大半の我らだが……必ずや、今回の顛末を豊艶に伝え、戦争を防ぐ一つの足掛かりにしたいと思う。
 だから争いを止めて、死者も瓦礫も出さないように、出来るだけ。私は貴方の事を応援するから……貴方も、良ければ応援してくれないか?」
 &ruby(まなじり){眦};を決したアーロンの視線が、アオの視線と交差する。
「応援……か。わかった、ともに頑張ろう……お前とは、立場が違うが……争いを止めたいという思いだけは同じだ。だから、アーロン……まぁ、なんだ? 今年の秋に、愚痴を聞いてくれてありがとうな。お前ほど話しやすい人間は初めてだった」
「君達こそ、リオルにテレパシーを教えてくれてありがとう。少しずつだが、私にテレパシーで話しかけるようになったよ」
 二人は見つめあった。
「なぁ、アーロン。剣を交差させて、誓わないか? ともに力を合わせる証として。お前のその杖と、私の角で」
「まさか……アオが人間と角叩きをやるのか」
 話を切り出したアオを見て、レンガは驚愕する。ミドリと不仲だった時のことを考えれば、彼の驚きも不思議ではない。
「そう言えば、人間となんてやるとは思っておりませんでしたね……」
 ヒスイの言葉も感慨深そうに、声が笑んでいる。
「……やろうか」
 アーロンが隣に置いていた杖を構え立ち上がる。アオも立ち上がり、角を突きだして突進の前準備となる体制をとる。コツン、と小気味よい音。杖についた装飾が鈴のように鳴り、擦れ合った角と杖が音を奏でる。
 ゴリゴリ、ゴリゴリ。
 アーロンは掌に、アオは頭にその音の振動を感じて、その振動の余韻を、音の余韻を、互いのつるぎが離れあった後もずっと感じていた。
 アオはじっと正面を見据え、アーロンなつるぎに見立てた杖の石突を地面に突き立てる。互いに見つめあう二人を外野の三人は固唾をのんで見守り

「君達のロゼ君は、まだ瓦礫の中に埋まった人たちの救助を続けている……私のポケモンも一緒に救助を続けているんだ……」
 アーロンは口のなかの唾を飲み込み、決して噛むことの無いよう口を開く。
「手伝ってはくれないか?」
「……レンガ」
 アオは座っているレンガをちらりと見てアーロンに視線を戻す。
『私は行く。応援するなり同行するなり好きにしろ』と。彼女の視線は大体そんな意味だったのであろうか。
「アーロン。お前はピジョットに乗って一足先に街へと戻れ。私も追いつくから」
 アオは仲間を見もせずに走り出す。彼女は命令して強制するのではなく、ついてきたければついて来いと。後ろでは気恥ずかしかったのか、アオが森の木立に紛れて見えなくなる頃、ようやく立ち上がる防人たちの姿が。
 彼らは、アーロンに会釈をして、アオのたどった轍を歩み、雪花の街を目指した。

 ◇

 その日、アオは瓦礫に縄をかけてもらっては、強靭な四肢でそれを引っ張り退ける。ヒスイやレンガも負けておらず、特にレンガやミカゲはその巨体に見合った怪力と、物を堀り返すのに適した角の形状で瓦礫を壊し、瓦礫を払いのけ、多くの生還者を出した。
 もちろん、掘り返してすぐに死んで今うものや、匂いだけで判断していたがすでに死んでいた者などたくさんいる。この寒い冬に、雪ならばまだしもゼクロムが降らせたのは雨である。まとわりついた水が容赦なく体温を奪っていけば、衰弱した人間たちが死に至るのは想像に難くなかった。
 そうこうしているうちに作業もひと段落ついて、アオ達は廃墟となった街を後にした。雪花の森に戻ったロゼとスターはゼクロムが攻めてきたあの晩以降に得た情報を語り始めた。

 あの夜、被害を受けたのは雪花のみならず、双龍の街も同様の被害を受けていた。双龍の街では、レシラムが街を焦土に変え、雪花におけるレンガのように邪魔が入らなかった分、生存者はここよりも遥かに少ないそうだ。
 他の街の様子を見て来たスターは人間の生活に溶け込めないために集められる情報は少なく、そんな最低限の情報だけを持って帰ってくるのみであったが『もう戦争は続けられないだろう』という旨の報告は、防人たちにとっては大きな朗報であった。

 そして、ロゼが持ち帰ってきた情報はこんなところだ。生き残った人間たちは、ゼクロムに対する不満を何かにぶつけなければ気が済まず、もちろんゼクロムへぶつける愚痴もあれば、レンガたちに投げかけられる愚痴も数多い。生き残った者たちは瓦礫の山と化した街に戻ったが、無事な家はまるでなく、雪の降る寒空の下で身を寄せ合って夜を過ごす。毛布などで防寒対策をしてみても美しい雪の花が咲く街と呼ばれる雪花の街である。
 ゼクロムの降らせた雨はやがて雪に変わり、濡れた上に薄く雪が降り積もってしまえば。団子状に寄り集まった人間の外側や内側に関わらず、自然の驚異が人間を冷たい骸に変えるのは容易であった。体の弱い子供も、それをかばうように抱いていた母親も、無慈悲に命が奪われて。この街を襲った黒き英雄も、助けてくれなかった偶蹄の英雄に対しても、恨みの声や嘆きの声は止まない。
 食料は、最初こ剣と甲冑を纏った兵士たちが独占する形をとっていたが、民衆たちが瓦礫と間に合わせの投石器を手に兵士たちを攻撃し始めると、備蓄していた食料は数で圧倒的に勝る民衆が奪い取る形になる。
「と、言うわけでして……最初アオさんたちは、ものすごく評判が悪かったですね……。こうなったのも、偶蹄の英雄のせいだって……口々に。何がどうなって、アオさんのせいなのかっていうと……『偶蹄の英雄たちがゼクロムを本気にさせたのに守ってくれないというのはどういうことだ』って感じですよ。理不尽なもんです。
 やったのはゼクロムだし、ゼクロムもきっと……この森の火災に関して憤慨したんだと思うんですけれどね。『人間同士の争いで自然にまで迷惑をかけるのは何ごとか』って」
 一気に語って、ロゼは一息つく。
「そんな理由でゼクロムは人間を攻撃していたのか?」
 ヒスイがロゼに尋ねた。
「言ったじゃないですか……双龍ではレシラムが街を焦土にしていたって。スターからの情報ですが、まだ広まるのには時間がかかるでしょう……そんな自分たち人間の問題からも目を背けて、皆勝手にアオさんたちを貶すばっかり。
 『彼女らはお前らのために戦ったわけじゃないんだ』って……思わず正体晒して言っちゃいましたよ……」
 ロゼは自嘲気味に言って肩を落とす。ロゼの周りには、アオ、レンガ、ヒスイ、ミカゲの四人。皆口数も少なく気が滅入っている。

「そしたら……どうなった?」
 ろくな答えを期待していない様子でアオが尋ねる。
「まず『女だったのか』って、言われました。それで……『ポケモンだから奴らの肩を持つのか』って……言われちゃいましたよ。この森の事を考えれば、こっちだって被害者だってのに……
 だから、この際もう……すべて打ち明けてしまいましたよ。『偶蹄の英雄たちは戦争のせいで森にまで被害が及んでいるから、戦争をさっさと止めてやろうと思っただけだ』って。ほかにも『ゼクロムもレシラムも関係ない、本当ならあのままゼクロムが街の住人皆殺しにして、人間が全滅してくれた方がよかったんだ』とか、『ゼクロムはテラキオンとコバルオンに恐れをなして逃げたのに、飽きて帰ったとか勝手なことを抜かすな!!』とか……」
「そしたら?」
 やけくそな気分になり始めたアオは、力なく笑っている。
「石投げられたから、お返しに気合い玉ぶっ放してやりました。死なない程度に……それでまた石を投げられる前に逃げました……その後、別の人間に化けて街を歩いてみましたが、どうやらみんな私の言葉をまじめに受け取ってくれたらしく……アーロンさんが来てくれて、上手く皆を統率してくれたおかげで、どうにかこうにかまとっ待っていた状況です。
 アーロンさんが貴方の元に飛び立ったのも、その後ですね……」
「そうか……よくやったな、ロゼ」
 アオは燃え尽きたように無気力に言う。
「これから、人間はどうなるのだろうかな……人が少なくなったから備蓄した食料だけで冬も乗り越えられるだろうか……」
「十分足りますよ。兵士たちは嫌われていたので、装備を外して土下座して、頼み込んだら、瓦礫を片付けることを条件にやっと食料にありつける有様ですがね……立場が逆転してしまって哀れなもんですよ……食料なんて、今や余るくらいあるというのに」
 ロゼは肩を落とし笑う。呆れと失望を含んだ笑いであった。

「で、どうします?」
 ロゼはわざと軽い口調で尋ねる。
「さっきも言ったとおり、火事はゼクロム自身が起こした豪雨で静まりましたからね……人間の食料は焼け焦げることもなく十分足ります。ですから、盗みますか? 折角よくなった評判も落ちるかもしれませんが、少しくらいなら目を瞑ってくれるかもしれませんよ?」
 ロゼは尋ねる。もうどうでもいいやとでも言いたげな投げやりな尋ね方だが、内心断ってくれることを望んで。『そんななこと出来るわけないだろう』と言ってくれることを望んで。
「やってしまおう。自分勝手な人間だって生き残れる程度に食料があるならば問題あるまい」
 アオはヒスイ、ミカゲ、レンガ、ロゼを見回し、不敵な笑みを浮かべる。ロゼは期待したものとは違う答えを言われ、とっさに目をそらす。
「我々は、我々の必要な分だけ食料を奪おう。人間の不始末は、人間に突っ返せばよいのだ……と、言えれば楽なんだがな」
 そんなアオの言葉は、つまらない冗談であった。楽観的な言葉をあえて言って、その道が『楽でないこと』を強調するためのつまらない冗談だ。
「だが、現実は楽じゃない……そして、これはよしんば成功したとして私やレンガのような親の世代はよくとも、ヒスイとミカゲとミソギ……そしていつか生むことになるであろうコバルオンの弟か妹がツケを払うこととなる可能性もある。
 ヒスイ、ミカゲ……ミカゲはまだ大人とは言えないが、将来のことを考えることも不可能ではないはずだ。だから今回の事はお前たちが決めろ……ここでポケモンたちを見捨てるか、それとも人間たちの敵となるか」
 アオは二人を見回し、尋ねる。
「……ロゼさん。食料を盗んだら、人間はどうなります?」
 ヒスイが尋ねる。
「盗むだけなら死にませんよ。でも、森の住人が必要な分だけ盗んだら確実に人間も半数以上が死にます……まぁ、そこまで盗むことが出来るかという話でもありますがね……」
 事実だけを淡々と伝えて、ロゼは返答を終える。ヒスイとミカゲはお互いに顔を見合わせ、黙り込んでしまう。そうしてお互い喋らないものだから、しびれを切らしてヒスイはアオの目を見る。
「母上、レンガおじさん……少しミカゲと話をしたい……良いか? あと、ミソギとも話がしたいんだ」
「もちろんだ。後悔しないように話して来い」
 いいおえて、アオはレンガを横目で見る。
「構わん。じっくりと話しておけよ」
 もちろん、ヒスイの問いにいいえという回答がつくはずもなく、二人は同意する。重要な決断とあって、気分も重いのであろうか、ヒスイは座っていた体勢から無言で立ち上がり、『行くぞ』とミカゲを促す声も酷く小さなものであった。

 ◇

 防人は、親の代の防人が、子の代の防人を全て産むことで交代する。今、アオはビリジオンのヒスイとテラキオンのミカゲを産んでおり(次の代からはケルディオも含まれるであろうが)、あと一種、コバルオンを産めば彼女の仕事はほとんど完了したと言っていい。
 一年後か二年後か、それとも十年後か。この森にコバルオンが生まれ、そのコバルオンが一歳を迎えた暁には、アオはこの森を去り、自由に生きる義務と、二度とこの森に戻ってはいけない義務を背負い、あての旅に身を&ruby(やつ){窶};すのだ。
 子の代の防人が幼い場合は教育役として誰か一人を残すこともあり、アオ達のように立て続けに防人が生まれた際は、モエギがその役割であった。だが今回は、ヒスイが十分な年齢に達していることもあり、その必要もないだろう。
 これからしばらくは戦争が起きることはない。それは朗報であると同時に、もうこの森に対して自分が出来ることが少ないということを意味していた。


「行ってしまったな……」
 残されたレンガが呟く。
「ああ……二人で話し合って、奴らはどんな結論を下すのであろうな……」
 まるで他人事のようにアオが返す。もう、今の世代で起こせる行動なんてあとわずか。そろそろ防人も新しい世代へと移行しなければいけない時期である。
 だから、そろそろ自分たちで決めることも覚えさせなければいけないとは思いつつも、その最初の決断がこれというのは少々酷なものであっただろうか。
「ところでアオ。お前だったらどうする?」
 ふと気になって、レンガが尋ねる。
「そういえばそれ、私も気になってましたね」
 ロゼもレンガに追従してアオの方を興味津々に見る。
「私は何もしないな……いや、むしろこんな時こそ人間にメブキジカを狩ってもらいたいくらいだったよ……」
 そこまではロゼとレンガの方を見ながらアオは言う。
「その人間も、もういないがね……誰がここまでやれといったか……」
 アオは目を合わせることすらできず、項垂れてため息をつく。
「どうしてこうなっちゃったんですかね……」 
 項垂れたアオに対して、ロゼは胡坐をかいたまま手を後ろについて空を見上げてため息をついた。
「我とと同じ答えか……お互い気が合うものだな、アオ」
 レンガが言えば、アオは『まあな』と肩を竦める」
「もしも、『父さんたちならどうする?』って聞かれたら、同じに答えような」
「そうしよう」
 レンガの提案にアオは同意する。同意した後、沈黙の中で思いを馳せるのは、子供たちがどんな選択をするのか? 子供たちがこれからどうなって行くか? 森はどうなるのかということである。ヒスイはアオに負けないだけの才能を秘めているし、ミカゲだって決して弱くない。
 きっと、きちんと仕込めば防人が弱くなることもないのだろう。その証拠にミドリだって晩年はアオに届かないもののかなりの強さを得ていたことだ。だから、コバルオンを産んだ後にアオ達がこの森を去ることになるとしても、戦力に関しては問題あるまい。
 今年は確実に多くの者が飢えて死ぬだろう。飢え死にというよりは、飢えてやせ細ってからの凍死という方が表現としては正しいが、そうなる前に弱った草食のポケモンを肉食のポケモンたちがどれだけ頑張ってくれるだろうか。
 食料というのは人間と違って一様になくなってゆくから、草食のポケモンは一様に飢えてしまうわけだ。それは狩られて死ぬのよりも、ずっと性質の悪い。雪の中でも育つような強い草を奪い合いながら、一人、また一人。
 そうして草食のポケモンが大勢減れば、今度は肉食のポケモンが減ってゆく。何度かそれを繰り返すうちに、この森が回復するのは五年か十年か。

「私は……こんなことなんて望んでいなかった……なんで、なんでこの森が火事で焼けなければならなかったんだろうな」
 アオは涙を流すこともなく、感情のこもらない顔で淡々と疑問を口にする。 
「私だって望んじゃおりませんよ。誰も望んでいなくっても、悲劇は起きる……この世界なんてそんなもんです」
 月並みな励ましは出来ず、ロゼは無難な答えで返す。
「全くその通りだな……ロゼ。しかし、何も行動しなければ、もしかしたら放火が起きなかったと思うと……やるせない」
 後悔しているような言葉。しかし、言葉の字面とは裏腹に、声色は寝言のように平坦なものであった、
「ですからこそ、これからどうするかをまじめに考えなきゃならないんですがね……アオさんたち、先ほどは『自分たちなら何もしない』とおっしゃっておりましたが……もしも、子供たちが人間から食料を奪う道を選ぶならどうするおつもりで?」
 ロゼが不安そうな面持ちで尋ねることに、アオは笑う。
「説得するさ。論破されるか、強引に事に及ぶまでは……」
 力強い笑みであった。不敵な笑みであった。
「ロゼ、お前だって出来ただろう? 説得することが……きちんと状況を把握し、相手の気持ちを分かった上で説得すればいい。感情論に流されそうになったら、それを救ってやればいいのさ……レンガやロゼがそうしたように。今度は私もやってみる」
「その意気込みが役に立たないといいがな……いい意味で」
 レンガが笑う。
「ですね。親に頼らずとも良い答えが導けるならばそれに越したことはないですし……」
「あぁ、我らも、こいつらなら大丈夫だと思える状態で旅立ちたいものだ」
 できればその時は来て欲しくないと思いつつも、レンガはいずれ来るであろうその時に思いを馳せた。
「その時は、私がコバルオンを産み、そのコバルオンが一歳となったときか……」
「いつになるのでしょうね?」
「発情期が来ないことにはわからんさ……ああ、だが……」
 アオは気分もよさそうにそこで一旦言葉を切る。
「コバルオンの後継者を残すとき、旦那の候補がレンガかロゼなんだ……なぁ、ロゼ。私と子づくりをしないか?」
 時間が止まったかのようにロゼとレンガが顔を見合わせて止まる。
「……レンガさん。私の耳、おかしくなっていないことを確認したいんですけれど、良いですか?」
「ま、まぁ……構わんが」
 そんな間抜けな会話を繰り広げる二人を、アオは上機嫌で笑う。
「とぼけるな、ロゼ。お前、男なら番えよ……お前とならば、子供を残してもいいと思えるんだ。それにあれだ……近親相姦を防ぐためには、なるべく一人以上は防人以外の誰かと番ったほうがいいのだ……現に、ミドリだってモエギという名のビリジオンと、メブキジカの女との間に出来た子だぞ?
 ……ずっと、お前しかいないと思っていたんだよ、私はな」
「そ、そうですか……」
 いまだ現実を飲み込めない様子で、ロゼは頷く。
「お前との間に出来る子供が、ゾロアなのか、それともコバルオンなのかはわからない……だが、お前との子供ならば、なんであれ育てたいと思える。お前が、私の子供をあやしてくれたように……今度はそれが、お前の子供でもあるのだ。素敵だとは思わんか?」
「そりゃ、素敵ですけれど……レンガさん……」
 レンガに許可を取るようにロゼが顔色を窺うと、レンガはアオの言葉にうなずきながら笑む。
「言い考えだと思う。私も、これまで我らを支えてくれたお前ならば……アオを預けることも出来ると思うぞ」
 今まで何度もそれを望んでいたが、いざ本当に言われてみるとひどく緊張する。
「ロゼ。私の目を見ろ」
「そうだ。真剣に向き合ってやれ、ロゼ」
 レンガにも勇気づけられたはいいが、アオとまともに目を合わせるのが怖いくらいだ。
「はい……」
 ロゼはアオの言葉に、はいと答える。答えて、意を決するために、心を落ち着けるために深呼吸を挟む。
「どうぞ」
 そして、まっすぐにアオの目を見る。
「ロゼ。お前は、私のために役立ってくれたし、辛い時には励ましてくれた……たったそれだけかもしれないけれど。それだけで我らは行動の幅も広がった……何かを決める際には、私達を導いてもくれたし、きちんと意見を出してくれた。
 指揮官のつるぎがいない我らにとって、ある種の指揮官の役割として活躍してくれた……」
「しかし、実際の指揮官はアオさんでした。私がしたのは微々たるものですし、戦争の情報を提供できたのも一度だけ……」
「かもしれぬな。だが、謙遜はいらない……どのみち近親相姦を防ぐために、レンガ以外の誰かと番う予定なのだ。それとも、その辺のメブキジカに渡しが犯された方がよいというのならば話は別だが……だが、そんなのは私も御免こうむるよ。
 だから、ロゼ。番え……お前が誰よりも熱心に私に恋心をぶつけて来たではないか? 断るにしろ、受け入れるにしろ、私がそれに答える義務があるとするのならば……私はお間にとって最高の答えで返したいのだ。今でもお前が私を思うのならば、番え。それが私を喜ばせる最も有効な手段だ」
 アオは、発情期でもないのに歯の浮くような言葉を。一切の照れも、恥じらいも、戸惑いもなく、まっすぐにロゼに向ける。
「わかりました。いずれ、貴方に発情期が訪れたその時は……番わせてもらいます。私の全身全霊で以って」
「決まりだな」
 お互い見つめあったまま、アオは事実を口にする。隣で見ているレンガは、声もなく頷いて新しいつがいの誕生お喜びを露わにする。
 そうして見つめあいながら、さすがにばからしくなってきたロゼは、立ち上がってアオを見下ろす。見下ろされるのが嫌なので、アオも立ち上がる。そこから先はお決まりの、熱い抱擁であった。アオの胸にある、羽毛のように柔らかな白い体毛のもふもふに、もふもふと顔をうずめてもふもふを堪能する。そのふもふをアオは拒むことなく、いつまでももふもふに身を任せて、ロゼの好きなようにさせていた。
 やがて、それにも飽きると、ロゼは顔を離して散歩がてらにアオと共に森の見回りを始める。お互いに、恋人であることを意識して歩いてみると、見慣れた森の景色も少し変わって見えるものだ。
 アオも発情期の時は何度かこうして歩いたこともあるが、発情期以外の日にこうして恋人同士となったことは初めてで、それが何ともこそばゆい。互いに、黙ったままというのもばつが悪く、先に口を開いたのはロゼ。
「アオさん、正義ってなんなのでしょうね……」
 唐突な質問だったかもしれない。しかし、こうして沈黙が続くのならば、せめてその沈黙も何か有意義に使いたいと。難しい質問を投げかけ、その答えを考える時間にすることで有効活用するのもいいだろう。
「正直、わからない……アーロンは、自分の罪悪感を振り払うための……自分の悪い行いを正当化するための方便だと言っていた。」
 だが、アオはロゼの思惑を無視して即答する。
「私もそれを納得したよ。自分は、悪い行いを正当化するために正義という言葉を使ったとね……」
「何をもってして、そう思いました?」
「昔正義だと思っていたものが、今は正義ではなくなっている。そして、人間の言う正義というのが私には理解できない……」
「きっと、アオさんの正義というものも、人間は理解できないのでしょうね……」
 ロゼがそう言うと、アオは『まあな』と苦笑する。

「正義ってのは、勝手なものです……私たちが人間を殺したのも正義。レシラム派の奴らが私達を利用するために森を燃やしたのも正義……ゼクロム派の奴らがこちらを攻撃するのも正義。正義って本当に難しいです……同じ言葉なのに、誰もが違う手段と結果を描く」
「同じ人間でさえも、違う正義を描く……今の私、過去の私、もっと過去の私……そして、未来の私も。昔の私だったら、あの時……ゼクロムが雪花の街の人間を次々と殺して言った姿に対して、『あれが正義だ』って声高に叫んだのだろうかな……」
「怖いですね。あんなのが正義だったら、この世界は簡単に滅びちゃいますよ……」
「そうだな……だからこそ、お前もミドリも、人間だって生かすべき奴はいると止めたじゃないか……しかしまぁ、なんだ。神は賢いものだと思ったが、神でさえもあんな暴力的な選択をするのだな……それとも、神のやることだからあれが正しいとでもいうのだろうかな?」
 ゼクロムの大虐殺を思い起こしながら、アオは取り留めもなく疑問を吐露する。
「違うと思いますよ……だって、正義なんてものは人間のお偉いさんでも意見が分かれます。今回の税金の件だって、お偉いさん同士が自分が正しいと思ったことを主張しているわけですから……神だって、間違うし、意見が対立することもあるはずです。それがレシラムでもゼクロムでもね……だからアオさん。
 ゼクロムやレシラムがしたことを絶対的に正しいと思う必要なんてないですよ。というかね、正義である必要すらないんですよ……貴方の特性が正義の心だからって、気にしすぎです」
「正義の心……か。いまさら、だな……」
 力ない笑みを浮かべて、アオは雲の多い冬空を見る。

「『正義の心』なんてものはかつて我ら防人と人間が中の良かった時代にそう呼ばれていたというだけの話さ。悪タイプを倒すための特性……だが、今はお前を倒す気にはなれないな」
「私を倒すことが正義だなんてアオさんに言われたら、私泣いちゃいますよ」
 アオのつまらない冗談をロゼは笑う。
「まだ防人と人間が中の良かったころ……この大陸の先住民たちと我ら防人が、侵略者と戦うときにそう呼ばれたのだと聞いている……結局、防人は先住民を守りきれなかったがな」
「へぇ……」
 アオが力なく笑うとロゼは興味浮かそうに、感嘆の声を上げる。
「その侵略者、どうやってアオさんみたいな化け物を打ち破ったのでしょうね……」
「たった一人を倒すための作戦というのが、我らポケモンにはある……まぁ、三人いたわけだが。大軍同士の戦いでは、実用性に乏しいから、レシラムのような規格外の大将格がいない戦争では使われないが……その気になれば、我らを殺す手段もなくはないよ。
 けれど、そのたった一人を倒すための作戦は準備には時間がかかるから……そうだな、準備する時間がたくさんあったのだろう、その侵略者は。我らもこのまま戦いを続けていればいずれ対策される。レシラムもゼクロムも、かつてはそうして何度かやられていると聞くよ……」
 先祖から脈々と語り継がれる物語を上機嫌で語って、アオは微笑む。
「話が逸れた……正義の心なんて特性の呼び名は、その頃の名残だ。今となっては、私がやっていることは正義なのかどうかもわからんよ……そして、正義の心なんて関係ない。私は自分が正しいと思えなければ、つるぎを振るえないくらい臆病なだけだ……『勇敢じゃないですか』、なんてつまらないフォローは入れるなよ? 
 自分が間違ったことをしていると思いながら、行動を続けることが出来ないのだから……臆病とは違うかもしれないが、私の言葉じゃそれくらいにしか表現できないんだ……」
「善人であれば、すべてが救えるならば、この世界は上手く回るのですがね……」
「すべては救えないだろうよ。病気や災害、飢饉は善人だから防げるものではない……それでも、この世界が善人ばかりならば、あるいは戦争くらいはなくなっていたかもしれんがな……私は、正義を振りかざし悪を行ったこともあるし、今は善人にすらなりきれないコウモリのような存在だ」
「確かにコウモリかもしれませんが……」
 ロゼがいいかけて首を振る。

「それでも私は……貴方の為そうとしたことを評価します。貴方とともに歩みたいですよ……臆病だっていいです。人間との関係を変えようと思った貴方と共に……善人であろうとしたっていいじゃないですか。
 獣はどうあがいても鳥になれなくってもいいじゃないですか。たとえ羽をもたない鳥、空を飛ぶ獣……中途半端な偽善者だとの知られようと、コウモリとして胸張って生きていきましょうや……アオさん。私は命ある限り、貴方についてゆきます」
 言い終えて、肩の荷が下りたようにロゼは微笑を浮かべる。
「なんだ。私に迫られた時は消極的だったくせに、きちんといえるではないか。私と番って伴侶になると」
「そういう意味ではありませんから……だから、恥ずかしがらずにいえるのですよ、アオさん」
「じゃ、そういう意味で言え。恥ずかしがる必要もなかろうに……」
「発情期でもないのに、そんなことを言うとは淫乱な防人様ですね」
 冗談めかしてロゼが言う。
「お前こそ玉無しか」
 それに、アオは噛みつくでも恥ずかしがるでもなく甘噛みで返して得意げに笑う。
「熟年のくせにいい年して」
 気付けば、二人とも声を荒げることの無い、穏やかな口喧嘩が始まった。子供が甘噛みしてじゃれあうようなその口喧嘩は、二人の毒舌のボキャブラリーが尽きるまで行われる。

「……ほら、何とか言ったらどうだ、ロゼ?」
 そうしてしばらくたつと、お互い出せる言葉もなくなってゆく。
「アオさん、そちらこそ……くく」
「ふふ……お互い、口が悪いものだな」
「えぇ、喧嘩じゃ絶対に勝てないけれど、口げんかだといい勝負になるのが面白くって、つい熱くなってしまいました……」
 唐突に始まった口喧嘩が終わると、二人とも健闘をたたえあうばかり。それも終わった後はもう言葉もなく大いに笑い合った。
 そんな口げんかを終えたころには、あたりはもう真っ暗だ。
「なぁ、ロゼ……私は防人としてこの森を守ってきた……まだその仕事を終えるのは最低でも二年以上先になるが……もう人間もあんな状態だ。人間とb気を構える機会ももう有るまいな……」
「そうでしょうね……アオさん、肩の荷が下りたような……最近そんな感じです」
「実際、肩の荷も下りた。もう、子供の世代まで人間との諍いもなかろう……もちろん、ボルトロスやトルネロスには気をつけねばならないだろうがな……私たちの保護者も、トルネロスにやられたから……」
「でも、アオさんならば楽勝でしょう? ビリジオンじゃあ、確かに無理かもしれませんが……もしもボルトロスやらトルネロスが現れたのならば、私も死ぬまでお供しますよ。アオさんが死ぬところなんて想像できませんがね」
「ふふ、頼むぞロゼ……」
 上機嫌でそう言って、アオは一度深呼吸。
「防人の仕事を終えれば、私はただの強くて長い黄なポケモンとして、身軽に生きる時が来る……防人をやめた後も、お前はついてきてくれるか?」
「アオさんが望むのならば、このままヒスイさんやミソギさんに仕えるでもいいです。ですが、私は……その……アオさんにそのままお仕えしとうございます……」
「ロゼ……ありがとう」
「何をいまさら。貴方の感謝はいつだって感じております。女風に改まらずにいつものように軽い気持ちで言えばいいのですよ」
 ロゼはアオの首を叩いて笑う。
「なあ、ロゼよ。私は、防人として生まれたおかげで気軽にじゃれあいながら喧嘩して、勝手気ままに草を食べながらその日暮らしをすることが許されなかった」
「それは、貴方にとって不幸でしたか?」
 いいや、とアオは首を振る。
「こんな強靭な体を持って生まれてきた。この体のおかげで、メブキジカには出来ないようなことをしてきたし、これからも出来る。さらに言えば狩られる心配もないと来た……それを考えれば不幸だなんてとんでもないさ……だが、憧れていた。
 何も背負うことの無い身軽な生活に、ずっと憧れていた……そして、お前は擬似的にそれに引き込んでくれたな。防人を防人とも思わない、胸の体毛を味わうためのあの抱擁で」
「あれはただの下心です。それをすごいことのように言われては複雑な気分ですよ」
「そうだ、私に下心を持てるお前だからこそなんだよ。……我ら防人は、死んだときにその死体の処理をこの森の住人にお願いしても断られる。
 防人様の死体など、畏れ多くて食べられない……とな。だからわざわざ、バルジーナに頼まなければ死体の処理も出来んのだ……しかし、お前ならば……」
「縁起でもないこと言わんでくださいよ……」
「私が死んだときにその死体を食えとは言うつもりはない。防人をやめた後の放浪の旅でも、お前とならば気兼ねなくなんでも話せそうだと思ったんだ……さっきの、悪口の言いあいも、楽しかったぞ。
 私に暴言を吐くなど畏れ多いからって森に住む者は皆が言うだろうからな……だから、お前以外の他の誰ともできない、暴言合戦は最高のひと時だった。楽しかったよ……またしたい。旅先で、どこか知らない場所を巡りながら……」
「そのための、私……ですか?」
 ロゼの問いに、アオは頷く。

「私と番うのは、その準備段階のようなものだ……いきなり私と一緒に旅に出ようなんて言うのも不躾だからな。だからこうして、お前と親密になる機会が欲しかったのだ。正直に言おう……お前が好きだから、一緒に居たいのだ。
 防人としての役割を終えると、自由生きる権利を得る代りに、この森へ戻らぬ義務を与えられる。そして、レンガとも別れなければならぬ……その時に、隣にお前がいてくれるのならば……私は嬉しい」
「お供します」
「今日のように、じゃれあってくれるか?」
「もちろんですよ」
 自信に満ちた表情を見せつけてロゼは笑う。アオはこれ以上の言葉を必要とせず、歩きながら体を寄せると体を傾けてロゼに体を寄り添わせる。ロゼは、肩に掛る金色の飾り毛を避けてそれに応え、互いにぬくもりを味わいながら森を練り歩く。
 そのうち、ロゼの腹の虫が鳴る。
「腹が減っているのか?」
 それを感じ取ったアオは、笑ってロゼに尋ねた。
「えぇ、まぁ……」
「行ってこいよ。私はその辺の草でも食べているからさ」
「わかりました……それでは、失礼します」
 そうしてロゼは、アオと別れる。アオは引き続き森の見回りへ。ロゼは、食料の確保のために狩りへと赴いた。


 餓死者が出るくらいなら食べてしまえとアオは漏らしたのだ。あとはこの森にいるうちだけでも出来るだけ狩り殺そう、残酷な行為ではない。むしろ、餓死の方がよっぽど残酷な死に方なのだ。
 焼け跡の森で、これからの食糧をどうするか、いっそのこと若い者にこの森を残して引っ越そうかなどと途方に暮れる年老いたメブキジカに狙いを定め、ロゼは樹上から爪を振り下ろす。あわてて逃げて行った若い仲間を見送りながら年老いたメブキジカが最後に見たものは、絶望だったのか、それとも安堵だったのか。
(……苦しみ抜いて餓死させるくらいならば、殺してやった方が幸せなのだろうか)
 そんな風に考え始めてしまうと、本当に何が正義なのかわからなくなる。苦しまずに殺してやることが正義なのか……だったら、わざわざ運動して腹を減らしてまで食うことは正しいのか? たとえ普段は正しくないとしても、今のような確実に飢餓が訪れる状態ならばどうなのか?
(わからないな……何が正義で、何が正しいのか……)

 森は、これからどうなって行くのだろうかと一丁前に心配しながら、ロゼは年を取って味の落ちた肉を食む。
「私が、アオさんと番い、その後もずっとご一緒するのか……ならば、体力をつけておかないとな」
 そのために、必要以上に食べることもありかな、などと大義名分を用意する。今年の冬の餓死者の数を想像していると、ロゼはもう味なんてわからなくなってしまった。

 ◇

「それで、話は決まったのか?」
 一日を、ずっと話し合って過ごしたらしいヒスイとミカゲは、話し合いに参加させる予定のなかったミソギを引き連れ、結論を言いたいと言ってきた。
 三人はもったいぶってレンガとロゼを集めるまで待って、防人とそのお付きが集まったところで、アオが切り出した言葉にヒスイたちは頷いた。
「結論としては何もしません」
 ヒスイは真っ直ぐに母親を見つめて答えを述べる。
「なぜそう決めた?」
「我々は今年、多くの者が飢えて死ぬでしょう……しかして、それを人間の食糧で補ってどうするというのです。それでも到底足りないことは目に見えておりますし、たとえそれで生き延びたとして、来年もまた食糧が足りなければ意味はありません。
 森が戻るまでの間、人間から食料を奪ったり、もらったり、そんなことを繰り返すわけにもいきませんし……人間に弱みを見せず、毅然とした態度で接して初めて、我らは人間に自分たちが同じ身分であると示すことが出来ると思うのです。
 同じ身分、同じ階級、同じ次元に属するものと認められ、初めて対等であり、対等でなければその弱みに付け込まれる。そんなのはごめんです……人間より優位に立って、人間を支配しようなどとは思いませんが……互いにお互いの存在を尊重しあえるようにはしたいと思っております」
 ヒスイはそう述べる。
「だったら、こういう時余計に助け合うべきだとは思わないのか? 人間から、食料を貰うというのは考えなかったのか?」
 そして、アオはヒスイに対してより突っ込んだ質問を投げかける。
「我々には我々の、向こうには向こうの暮らしと、都合と、世界があります。簡単に踏み越えてはならないし、踏み越えさせてはならない……ですから助け合うときは、双方に利益のある事だけで良いのではないでしょうか?
 確かに、私たちがアーロンに乞われて街の手助けに行ったあれは、ただ働きでしょう。ゼクロムのあれも、ただ働きでしょう……でも、伝えたいことを伝えられました。ロゼが、伝えてくれたんです……『人間は敵ではない』と。
 でも、同時に味方ではないことも明確に伝わってしまったはず。困ったことがあれば助けるけれど、人間が困ったことをしてくるならば容赦なく牙を振るうと、ゼクロムやレシラムの行動でそれを理解したはず。
 味方でも、敵でもないけれど、目の前で死なれれば後味が悪いから助けるくらいの事はしてやっただけ……我々は、『何もしない』ことで、その態度を示そうと思っています。あちらが何もしなければ助けもしないし、殺しもしない……アーロンはまだしばらく雪花に滞在しているはずだし、それを上手く伝える方法もあるはずです……」
「なるほど」
 ヒスイの答えを聞き、満足気にアオは頷いた。

「ヒスイもミカゲも、きちんと自分なりの答えを出したんだな……」
「ワシじゃ」
 感慨深く、レンガがヒスイとミカゲに向けて口にした言葉を横取るように、ミソギが言う。
「ヒスイの言い分などワシの受け売りじゃ……のぅ、ヒスイ」
 まだ1歳に満たない満たないはずのミソギは、幼さを排した口調をしていた。まだ角も生えそろっていない、赤い鬣が生え始めたばかりの若輩者だというのに、まるで母親が乗り移ったかのような口調にアオとレンガと、ロゼは驚いた。
「母親が死んだ影響なんですかね……まだ火事から1ヶ月もたっていないのにいきなりこんな感じで、生意気になってしまって……でも、ミソギの言い方はちょっと語弊がありますね……
 最初に言った、人間からもらった食料で補っても、また次の年に食料に困窮したら意味がないと。その点だけは、ミソギの発言です……」
「むぅ……」
 ヒスイにいいとこどりを阻止されて、ミソギはむくれた。
「こらこら、むくれない、ミソギ。ミソギの発言は子供らしい率直な発言ですが、言いえて妙です。そこら辺の事を話し合いが始まってすぐに言ってくれたミソギは……良い指揮官のつるぎになるんじゃないですかね」
「なるほど。こんな年端もゆかない子供にすべての案を先取りされたなんて言われたら、母さん泣いてしまうところだったぞ」
 自分の事を久しぶりに母さんなどと自称して、アオは笑う。

「では、何もしないために、我々は何をするべきだ?」
「自分の問題は自分たちで解決することです。食料問題は……まぁ、無理ですね。酷な言い方ではありますが、草食のポケモンが死ぬこと、殺されることでしか解決はあり得ない……我ら防人ならば殺すことは可能ですが、それも手段としてはありえないでしょう……。
 何もしない。何もできない……我々は無力かも知れません……ですが、外部から害をなそうとする者がいるのであれば、我々防人は全力で以って、事の解決に当たります。その、外部から害をなそうとする者が人間であれ、何か未知のポケモンであれ……それをどうにかして、立ち向かえばいいんじゃないでしょうか。
 もともとは、そのための防人なんですから……」
「良い答えだ……」
 ヒスイの答弁を聞いてアオが満足げにうなずく。
「どうやら、我らの代が去ってもこの森は安寧らしい……」
 続いてレンガがそう言って、かつて番い合った二人の男女は微笑み合う。あとは、アオがコバルオンを産み、1歳まで育てれば防人の仕事も終わる。それまでの間に、人間の動きもないだろう。モエギが死んだあの時のように、外敵が攻めてくることもあるかもしれないが、戦力となる防人も多く、ロゼのような頼もしい仲間もいる。
 この森は平和なまま、親は去るだろうと、誰もが予想しそれを願う。

 世代交代という新たな時代の夜明けは、緩やかに近づいていた。

 ◇

 翌年、アオはロゼを気が生い茂り人気のない木立へと連れ出して、改まった表情で口を開く。
「なあ、ロゼ。実は今日な……発情期が来てしまったんだ」
「去年、番うと決めた翌年にそれですか……今年は暖かいですが、アオさんの体は不作を予言しているのですか?」
「いいや、自己暗示で何とかした……」
「あのですね……そんなことばっかり毎年やっていると、いつか体悪くしますよ?」
 本来、寿命が長い防人たちは、食料が不作の年を狙って発情期が来るように体が出来ている。冷夏のような不作が見込まれる年の冬には発情期が訪れ、その時に雄達にもようやく発情が伝播する。
 アオが以前言ったように、雄がメブキジカなど防人以外の雌と交わることで深刻な近親相姦を防いだりすることもあり、事実ミドリはそうして生まれた子供であり、昔ミドリとレンガの間に子供が出来た時もミドリはこっそり一人のメブキジカと番っていたりもしたのである。
 ただ、その時に防人。つまるところのビリジオンが生まれるとは限らず、結局生まれたのは普通のシキジカであった。今回も、ロゼとアオが番うと言ってもコバルオンが生まれる保証はどこにもないわけある。
「だからお前が元気なうちに、子供を産んでおきたいのだ……それがたとえ、ゾロアであってもコバルオンであってもな」
 なんて、アオが思っている間は不作の年を圧なんてのんびりしたことは言っていられない。そう思っての自己暗示の末、彼女は見事発情期を強引に引き起すことに成功した。まだまだ、発情期も初日。今のところ雌の匂いは薄いが、明日になれば熟れた果実のように濃厚なメスの匂いを放って雄を誘うことであろう。
 防人が優先権を得る防人との性交だが、栄誉ある例外にありつけるロゼは幸せ者であると、森中のメブキジカから嫉妬の嵐。しかして、彼なら仕方ないとする声も声高に、祝福の声は止まない。
 たとえ、狩る者と狩られる者の関係であっても、森の一員として緩やかな仲間であることは変わらず、また防人のお付きとして尊敬する立場なのである。

「これで、コバルオンが生まれればアオさんはこの森を去るわけですよね……」
「それが義務だからな……」
「なんだか、寂しいですよね。愛着のあるこの森を離れるなんて……」
 寒い冬空を見上げて、ロゼは物思いに浸る。
「なあに、心配するな。旅先で、同じように旅をする防人たちを見つけたならば、その者達と話し合って新たな森に定住することは認められている……私の三代前の防人も、そうして森に住みついたのだからな……
 運が良ければ、きっと新しい森が見つかるさ……我らが住むにふさわしい、新たな森が……」
「それとこれとは、別問題ですよ。アオさんはサバサバしすぎです」
 ロゼは苦笑する。新しい街が見つかればいいのではなく、知り合いがいなくなるのがまずいのだと。そう説明すると、彼女は仕方がないの一点張り。寿命が長い防人は、防人が1世代交代する前に、同じ年に生まれた知り合いが誰もいなくなることだって珍しくない。 
「別れには慣れているんだ」
 死別と言わずとも、老いた相手と若々しい自分。それだけでも別れに等しい感覚のすれ違いが生じてしまう。老いた友に合わせる顔もなく、気まずくなって疎遠な関係が続けば、いずれアオの知らないところで訃報として耳に届く。
「それでもお前は、命ある限りついてゆくと言ってくれた……それが嬉しいからな。たとえ、お前が私の寿命についてこれなくとも、お前の子供が一生傍にいてくれるだけでも私の心は救われるし……お前とならばどこで野垂れ死のうとも、悪くはない」
「そう言ってもらえると嬉しいのですがね……」
「嬉しいならば抱きつけ。もふっと、胸に顔を預けて見せろ。いつものように」
 いまいち乗り気ではないロゼを見て、緊張をほぐしてやる必要があるとでも感じたのであろうか、アオはそう言って笑う。
「お言葉に甘えましょうか」
 齢24を迎えてなお若々しい彼女の笑顔を見て、ロゼもつられて笑う。胸の真っ白い体毛を見据えればもうやることは決まっていて、アオの大きな体に状態を預けるのみである。
 肩に、首に腕をからませ、アオの胸のもふもふにもふもふと顔を埋めてその匂いを、感触を存分に味わうのだ。そうすると、普段は幼い子供のように無垢な香りだというのに、金属と草の匂いが混ざるいつもの匂いの中、確かなメスの匂い。
 普段は性別を意識させることの無いアオの体臭がまぎれもない雌のそれとなり、思わずいつもより深く吸気する。

 肺の中に雌の香りが充満することで、何とも心地の良い魅惑の感覚。雲のように大きく、柔らかなわたの上に寝転ぶような安心感と浮遊感。このまま眠ってしまいたくなるような脱力が襲う。しかし、アオは棒立ちのまま、微動だにせずにいることで、このまま続けろとばかりの無言の圧力。
 母親に甘える子供のように胸の中に顔を埋め、気づけばどれだけ立ったであろう。時間を飛び越えたのか、本当に時間が経っていないのか、眠っていたかのように時間の感覚が皆無であった。
 正気に戻ったわけではないが、ようやく自分がアオに何をしているかを思い出して顔を離すと、顎に力が入らないまま弛緩したロゼの顔。見上げてみるとアオの顔は明らかに笑いをこらえていて、そこでようやく自分の情けない顔に気付く。
「なんという顔をしているのだお前は……くふっ……」
「……貴方のせいですよ、アオさん」
「人のせいにするな。自分の気が緩んでいるからそうなるのだ……」
 アオは口元にたたえた笑みを顔全体に及ばせ、一言付け加える。
「だが、嬉しいな。私の女としての魅力はまだ枯れていないようだ」
「えぇ、貴方はいまだ美しいままです。もう11歳の私はもうおじさんで、若ぶってはいられませんがね」
「だから早めに発情期を越させたんじゃないか。お前が番える年齢である内にな……」
「まだ下半身は機能しております。心配しないでくださいな」
「ほう、ならば私をきっちりと孕ませてくれよな」
「望むところです。あのもふもふのせいでこっちもその気にされちゃいましたし、今すぐにでも」
「ほう……」
「うわ、何か失言したかも」
 ロゼが俄然やる気を出してみると、アオは非常に面白がった顔でロゼを見下ろす。
「いいだろう、お前の精を絞りつくしてみたくなった……まず私に辻斬りでもしてみるんだな」
「えー……本当に正義の心って特性に名前負けしてしまいますよ……それで締め付けでも強くするつもりですか?」
「仕方あるまい。何回も子供を産んでいるせいでレンガに締め付けが弱くなっていると言われてしまったんだからな」
「別にいいですよ。締め付けは弱いくらいの方が長く楽しめます」
「よし、辻斬り三回だ」
「……ごめんなさい」
 首をがっくりおろして項垂れて、苦笑しか出来ないままにロゼは言う。
「三回だ」
 アオは譲らない。あまり威張ることが好きなアオではないが、こういう時ばかりは威厳を保つためなのか、ただのいじわるなのか。
「……わかりましたよ」
 勘弁してくれとも言えず、ロゼはアオに従い彼女の体の大事に至らない場所を選んで切りつける。一回、二回、三回と切りつけると、彼女の身体にはさすがに血がにじんだが、ただでさえ丈夫なアオの身体に、強い耐性のある悪タイプだけに重傷にはなりえないようだ。
 そして、辻斬り三発を終えると、戦闘中でもないのに鬼気迫るオーラ。体毛が逆立ちそうなほどの圧力が青から漏れ出していたが、徐々に心を落ち着けたアオはその圧力を外に出さないように閉じ込める。
 しかし、いつものアオだと思って触れてみれば、体温は焼けてしまいそうなくらいに熱いし、血管の脈動ははっきりとわかるほど。

「さぁ、お前なりの方法で攻めて来い。下半身はまだ役に立つのだろう?」
「お手柔らかに頼みますよ……」
 どうやら、アオはロゼの言葉の端々が気に障ったのか、それとも加虐心に火をつけたのか。もしくは、アオは相手を服従させることを、防人の義務や心得のようなもので封じ込めてきたが、前々からそんな気はあったのかもしれない。
 アオ自身はひどいことを好むような性格ではないが、こうやって軽い服従をさせるくらいが彼女にとって最も燃えるシチュエーションなのかもしれない。
 覚悟を決めて、ロゼはアオを座らせ、彼女の毛づくろいを始める。まずは頬から、湿らせた舌と唇を使い、霜柱のような剛毛を湿らせ、指で梳く。指というのがレンガやミドリにはない大層便利な器官で、その器用な指使いが彼女の剛毛を滑らかな毛並みに整えてゆく。
 そのたびに恍惚とした表情を見せるアオ。始めたころには弱かった雌の匂いも、ロゼに触れられ、指の愛撫を受けるごとに気分も乗ってきたのだろう。自己暗示以上に確かな肌の感覚が、彼女を女たらしめる。
 体温はさらに高く。気分の高まりに応じて胸の高まりも強く、鼓動をはっきりと感じたロゼは、触れられてもいない下半身がたぎるのを感じる。アオの香りに愛撫されたと言っても過言ではない。

 徐々に荒くなる呼吸は、隠そうと思ってみても感覚の鋭いアオから隠しきるのは難しい。そもそもアオの視野の広さならば、彼女はずっと前を向いているように見えて実はロゼの下半身も丸見えである。本当に下半身が機能することがわかって安心し、興奮してもらっているとわかって歓喜し、今愛し合っているという事実に満足して。
 結局、観察力の優れたロゼにその興奮は隠すことが出来ない。お互いに隙を見せられないし、カウンターをかけられるのも嫌なので口にしないが、互いの体は準備万端であると互いに感じている。
 一つになりたい思うのは双方の願いだが、ロゼは一刻も早くぶち込んで射精したいと、率直な欲求を。アオはこの時間が永遠に続けばいいのにと、ロゼには優しくない欲求を持つ。
 だから、ロゼは体が準備万端になっていても、自重してアオの出方を待つしかない。とにもかくにも毛づくろいをして、様子を見なければどうしようもないのだ。
 やがて、体の毛づくろいが終わる。すっかり舌も疲れたというのに、じっとしているだけだったアオは当然元気だ。すまし顔が出来るような余裕は身体的にも心情的にもない。それでも余裕ぶった態度を見せたいアオは、舌なめずりをしてロゼを誘う。
 横顔からちらりとのぞかせた舌をこれ見よがしにして、まだ本番へ行けないのかとやきもきする気持ちを抑えてロゼは応じる。本番なんてしてしまったらすぐに終わってしまうじゃないかと、長く続けたいアオは必死なのだと、ロゼに理解するのは少々難しい。
 それでも、アオがどうして欲しいのかくらいは伝わるので、ロゼは誘いに乗ってアオに口付ける。あふれ出るのは草の匂い、肉食のロゼにとっては青臭くて仕方なく、逆に草食のアオにはどうにも慣れない肉食の匂い。
 しかして、食性よりも確かな雄の匂いと雌の匂い。互いが互いを強く感じて、匂いが鼻腔を突くたびに絡み合う舌もより扇情的に。草を絡め捕る舌がロゼの舌の根を草に見立て、引き抜くように、巻きつくように、まとわりつくように舐る。
 肉を引き裂く鋭い牙が愛おしく、その尖った歯が舌をなぞる感覚までもが今のアオには官能的。ロゼもアオの草を引きちぎるための歯、磨り潰すための臼歯を味わい、したいその感触を刻み込む。

 風が吹くまで飽きることなくキスを続け、風が吹いては閉めて頭が冷えた二人は口の端を唾液で濡らすに任せて口を離し、互いに見つめあう。正面で見つめあったため、正座の形をとったロゼの股間にはそそり立つもの。
 肉の壁に包まれることを求め、普段は収まっていた鞘を抜け出した性欲の化身は冷たい外気にさらされる。さらされてなお元気なのは、アオの魅力とロゼの勢力の賜物で、醜悪とさえ思える赤黒いそれも、気分が乗った今ではどんなごちそうよりも欲求をそそらされる。
 当たり前だが、体格や体型の関係もあってレンガやミドリに物と比べると物足りないそれも、むしろ子供のようでかわいらしいとすら思えるプラス思考。なんだかんだで肉欲のスイッチが入っているアオには、性的欲求を満たしてくれるものに対して良くも悪くも寛容なのだろう。
 とっとと射精して終わらせたいだろうに、それをしないで付き合ってくれるロゼを大切にしたくなるアオだが、矛盾しためちゃくちゃにいじめてやりたいという思考も同時に存在して。アオは鼻先でロゼを押し倒すと、露わになっているロゼの肉棒をぺろりと舐める。ロゼは体を震わせ、驚いた。
 体を丸めて防御の体勢をとるのだが、アオはその邪魔な腕をどけろとばかりに膝の間に鼻先を突っ込んだ。決して強い力ではないものの、アオに逆らう気力が今更残っているはずもなく、観念して股を晒したロゼには、舐めるだけ、気分を高ぶらせるだけという仕打ち。
 フラストレーションばっかりたまるが、アオが喜んでいると思えばそれだけでこちらまで嬉しくなってしまう自分の被虐的思考にロゼは呆れるしかない、呆れるしかないけれど、アオが楽しそうな顔をしているとこちらも嬉しくて破顔するしかなかった。
「いい顔をしているな、お前は」
「わかります? アオさんが喜んでくれていると嬉しいんです」
「それはそれは……」
 ロゼのキザったらしいセリフに、アオは反応に困って照れ笑う。
「でも、嬉しいのって心だけなんですよね……これが」
「体は嬉しくないと来たか」
「空腹なのに、食料を目の前に匂いだけ嗅がされる気分ですので」
「それは辛そうだな。なら、お前も私を気遣ってばっかりいないでとっととがっついても構わんぞ?」
「またまた……アオさんのためなら」
「私自身が耐えられぬと言っている。やはりお前がもだえる姿、少しは楽しいがあやりすぎると心が痛む」
 柔らかな笑みを浮かべてアオは言うが、何がおかしいのかロゼは笑って返す。
「要は言い方ですね……アオさんの身体も耐えられないんじゃないですか?」
「よし、日が沈むまで優しく愛撫してやろう。私はスタミナには自信があるからな、貴様が泣いても許さんぞ」
 ロゼの言葉はまたもやアオのプライドと加虐的な性癖を刺激したようで、アオはさらに意地悪な表情でロゼを睨みつける。
「ご、ごめんなさい」
 決して殺気は籠っていないが、確実にいじめられると察したロゼは平謝りでアオの機嫌を取ることに。素直に謝られたのがよほどうれしいのか、それともおかしいのか、アオは笑いをこらえている。
「二人が楽しんでこその交尾だ。お前の言うことも一理ある……だが、口を慎まないと相手を不快にさせてしまうこともあるからな。気を付けると良い」
「肝に銘じます」
 身を縮め、肩を竦めたロゼは畏れながら当たり障りなく返事する。そのはきはきとした返事に満足して、アオは押し倒したロゼの手を取り、立ち上がらせる。するとアオは背後の木を顎で指示してからロゼを見る。
「なぁ、ロゼ。そこに木の根があるだろう? 図体の小さいお前でも、そこに乗れば犯せるだろう……」
「おうおう、準備のいいことで……」
「前々から決めていたんだ。ここは密集した草木に囲まれているから強い風もあまり来ないしな……色々都合もいい。だが、そんなことはどうだっていいだろ? 早くやれ……愛しいお前をもっと感じたいのだ。一番確実な方法で」
「確実、ですか」
 言いながら、ロゼはアオの胸に横顔を押し付けた。
「思えば、ここまで来るのに長すぎましたね。私は4歳のころからアタックしておりましたのに、なんだってまぁこんな年齢まで」
「7年か……私はその10倍は生きる。短いとは言わんが、お前とはきっと実感の仕方も違うのだろうな……」
「でしょうね。人生の大半と言っても過言じゃない……」
「ならば全部ぶつけて来い。私の胸なんぞで我慢するな……貴様の想い、いつも暖かかったのだから、今度はお前を熱くさせてやるつもりなのだぞ?」
 アオの流し目。誘うようなその視線に、すでにして準備万端な体と、緊張の拭えない心が息の合わない二人三脚になってしまう。震えて力の入らない足に鞭うって動かして彼女の背後に回れば、彼女の身体も見る殻に準備万端で、熟れた果実のようにみずみずしい。
 すでにレンガやミドリがそこを使用した後ではあるが、長い時間使われていないせいか色は汚れのない桜色。

「アオさん。もう準備は出来てますよね?」
「馬鹿にするな。お前の小さな物なんか、念入りな準備なんてなくたって入る物は入る」
「……そりゃレンガさんやヒスイさんと比べても全然小さいですよ」
「気にするな、当たり前だ」
「でしょうね。そもそも図体の大きさが全然違いますから……」
 レンガの図体の逞しいこと。そしてその巨体とふとましい岩塊の如き肉体に相応しい巨根。あの体格からしてみればむしろ巨根などとは言えず普通なのかもしれないが、男として憧れがないわけでもない。
「だから子供みたいで可愛いもんだ。このちっさな男の子の証もな」
 相手がアオだから許せるが、こういうことを言われると少し傷つくからである。
「あのね、アオさん……そういうの、傷つきます」
「なんなら幻影で大きく見せてみたらいい」
「そういう問題じゃないでしょ」
 このままうだうだ言っていると、気分が削がれてしまいそうだ。
「大事なのは気持ちでしょう? アオさん」
「自分でそれを言うか、お前は」
 精一杯の笑顔を作って言い訳するロゼに、アオは失笑する。
「だがまぁ、それでいい。ロゼ、良い子を産ませてくれ」
 少し自信がなくて、ロゼは答えに詰まる。深呼吸を一回はさんで、ようやく言えた言葉も、
「はい」
 非常に味気ない。
 しかしアオは、ロゼの死角で微笑んだ。
「がんばれよ」
 と一言。そんな言葉なんてなくとも、一度勢いづいてしまえばあとは本能で突っ走れるというのに。
 生唾をごくりと飲み込んだ。それはどちらがでもなく、両方がほぼ同時に。触れたアオの太ももの鼓動からは緊張しているのがまさしく手に取るようにわかる。太ももに手をかけると、臀部から脊髄に沿って生える銀色の剛毛に多いかぶさる。
 棘のついた植物よりもチクチクするこの針金のような剛毛は、こんなものに覆いかぶさって交尾していたヒスイやレンガの腹の皮の分厚さをうかがわせる、もしくは、防人連中も痛かったのだろうか。レンガは多くを語らないためわからない。
 その針金の如き剛毛に身を預け、腹に走る鋭い痛みに顔をしかめながらも、ロゼは冷静に立ち上がった先端でアオの入り口を探る。数秒と経たないうちにお目当てのものを見つけ、雄を求めるそこにロゼが身を預けた。ゆっくりと差し込む際に、大した抵抗は生まれない。
 やはり、防人たちと比べて体格でも体型でも大きくある必要のないロゼでは物足りないくらい小さいらしい。アオの言うとおり幻影で大きく錯覚させることも出来るし、幻影を見破ることが出来る者でも幻影に浸ることは無理ではない。
 だが、むやみに大きく見せようとすれば醜くなることは必至。アオには見えないとはいえどうにも複雑な気分である。結局、ロゼはありのままの自分で勝負をかけ腰を小刻みに前後へ振る。するとそれまで緩かったアオの中も、思い出したように強烈な締め付けをかけてくる。
 というよりも、最初に辻斬りを行っていたのをロゼは思いだし、急激に増した締め付けに驚くよりも先に腰を振り、数秒の後に達した。

 頭を真っ白にして行為に夢中になっていたが、どうやらアオは相当削られた様子。行為の時間の長さは種によって違うし、ヤナッキーやらバオッキーやらに比べればゾロアークが射精に至るまでの時間も短いのだが、それでもアオには相当長かった様子であの強靭な四肢のアオの脚がガクガクと力なく震えている。
 そして、何よりも問題なのが、頭を真っ白にして行為に及んでしまったこと。気付けば、挿入する前までは不完全だった亀頭球は彼女の中でしっかり大きくなっている。
「で、いつまでそうしているつもりなんだ……ロゼ」
 息も絶え絶えにアオがロゼを振り返ると、ロゼは目をそらしつつ
「すみません……今ちょっと簡単には抜けなそうな状態では……ない、感じです」
 と言う。
「お前、あとで二度蹴りな」
 たった数秒の交尾でさえもアオにとってはいっぱいいっぱいだというのに、つながったまましばらく耐えろだなんて大変である。その恨みを叩き返すように言った青の言葉は、からかいよりも若干殺気の方が強く感じられた。
「か、勘弁してください」
 結局、つながったまま十数分抜けないままに時間を過ごし、その間アオは異物から与えられ続ける刺激でもじもじと快感をそらすことを続けるしかできなかったのである。
「この馬鹿!!」
 そして、手加減しているとはいえ、二度蹴りを通り越して聖なるつるぎを喰らったロゼは、次から行為に及ぶ際は粗相をしないよう、心のどこかに理性を残してするようになる。日に何度も、疲れ果てるまで。
 アオとの間に防人が生まれるようにと、好意を繰り返し、あらかじめ狩っておいた食料も瞬く間に尽きてしまった。

 冬が、過ぎる。


[[続き>:旅立ち]]

IP:223.134.158.230 TIME:"2012-07-02 (月) 00:04:48" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%3A%E3%81%93%E3%82%8C%E3%81%8B%E3%82%89" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)"

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