◇キャラクター紹介◇
○ライズ:ニンフィア
ジルベール王国の領主、クレスターニ家の長男。
隣国ランナベールに留学していたが停学中。
○橄欖:キルリア
ランナベールを支配する王家ヴァンジェスティ家のメイド長。
変わらずの石で進化が止まっている。
○セルネーゼ:グレイシア
ライズの婚約者。
○アパル:シャワーズ
ライズの父。領主。
○カーラ:カエンジシ
アパルの秘書/クレスターニ家の女執事。
etc.
母とともにジルベールの実家に帰ったライズを待っていたのは、当然といえば当然であるが平穏の日々ではなかった。
帰宅早々、厳格な父に呼び出されたライズは、こっぴどくしぼられていた。
「騎士の誇りを忘れ情欲に流されるなど、言語道断! バカモンが!」
クレスターニ家の主、シャワーズのアパル・クレスターニは激おこだった。
前途有望だったはずの長男が留学先で問題を起こし、停学処分で強制送還されたのだ。
それも、不純異性交遊などという騎士にあるまじき失態で。
「返す言葉もありません……」
ライズは父に頭を下げるよりほかになかった。
「もしもこのことが公に知れたら、ミルディフレイン家との婚約も……」
遠い親戚であるミルディフレイン家と結びつきを強めることで、クレスターニ家の勢力を復興しようとしていた。
ミルディフレイン家一人娘のセルネーゼとライズの婚約によって、それは確かな未来となるはずだった。
そのライズが問題を起こしたとなれば、少なくともこのまま順風満帆とはいかないだろう。
「……いや。ここで隠蔽でもすれば、それこそ不誠実の極みというもの。騎士たるもの、いかなるときも公明正大にあらねばならぬ」
父はお手本のような騎士道精神の持ち主だ。
隠しごとなど考える性格ではない。
「ええい、後始末は私がなんとかする! お前は弟たちの子守りでもして、しばらく頭を冷やしていろ!」
そんなこんなで父にこっぴどく絞られたライズは、自室の窓からぼんやりと外を眺めていた。
「……自業自得、だよね」
王家より騎士の称号を賜る前、クレスターニ家はもともと学者の家系だったという。
父もライズも、どちらかと言えば武より文、学問の方が得意だ。
勤勉で真面目、悪くいえば堅物――そんな家柄で通ってきたクレスターニ家では、これは一大スキャンダルといってもいい。
父の顔に泥を塗ってしまったのだから、これで怒られなかったらむしろ気持ちが悪いくらいだ。
そこへ、背後から女性の声がかかる。
「これはこれはライズ坊っちゃん」
「ふぇ!?」
ノックの音も聞こえなかった。いつからそこにいたのか。
妙齢の雌のカエンジシ、カーラが冷めた目でライズの様子を眺めていた。
カーラは十年ほど前からクレスターニ家に仕えている秘書だ。
まだ三十代前半の彼女にいうと怒られそうだが、ライズにとっては半ば育ての親に近い存在である。
母が子供に甘い反面、彼女には厳しく躾けられた記憶が強く残る。
「全く、女遊びでスキャンダルなど、クレスターニ家では前代未聞ですよ。一体誰に似たのでしょうね」
「お母様を悪く言うのはやめてよ。悪いのは僕なんだから」
「あら。奥様とは一言も申し上げていませんが?」
しかし、大人になるにつれわかってきたこともある。カーラは躾に厳しいというよりは――
「あのぼんやり――いえ、清楚な佇まいの奥様とこの不良男子が親子とは、誰が想像いたしましょうか」
――ドのつくSなだけかもしれない。
ライズだけでなく、仕える主人であろうがその夫人だろうが、毒づくことを恐れない。
おまけに彼女にはどこかこの状況を楽しんでいる節が見える。
どうせライズをからかっているだけなので、これ以上まともに付き合っても埒が明かない。
「それで、何の用? ここ僕の部屋なんだけど」
ノックもせず部屋に入る秘書とは、いったいどちらが不良なのか。言ってやりたくもなったが、後が怖いのでやめておいた。
「旦那様、奥様ならびに御子息方のスケジュール管理……場合によってはその穴を埋めるのが私の仕事です。この度は余計な仕事を増やしやがりました貴方にご相談がございまして」
楽しんでいる風でもあるが、やはり怒っている。
「うう……それは、ごめん。僕が悪い」
「わかればよろしいのですよ」
カーラはフッと黒い笑みを浮かべる。
「よろしいついでに、明日から私の業務をお手伝いしていただけますか?」
「え?」
「え? ではありません。旦那様は、子守りをしろなどと仰っておられましたが……」
場合によっては主人の意向にも従わない姿勢で、カーラが父に意見するのを見たことは一度や二度ではない。
けれど、それだけ彼女が本気でクレスターニ家のためを思っているということでもあり。
「世話係は足りています。そこにライズ坊っちゃんが加わったところで、所詮遊び相手がいいところでしょう」
「でも、父上の――」
「本当に悪いと思っていらっしゃるなら黙って私に従えと言っているのです」
言葉を遮られた。こうなってはもう逆らえない。
「……それが相談の内容? ていうか相談というより命令だよね……」
「いいえ。私がライズ坊っちゃんにご命令など、滅相もございません。ただ、反省のお気持ちを知りたいと」
否定が否定になっていない。有無を言わせぬ口調だ。
さりとて、今はライズも家族に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「わかった。僕にできることなら、なんでもする」
少しでも役に立ちたい。言い方はきついが、カーラはそんなライズの気持ちを察してくれていたのか。
「ありがとうございます。そのお言葉、忘れませんよ」
カーラはニンマリと笑みを浮かべて、部屋を後にする。
次の日の朝。
ライズが手伝うことになった、秘書カーラの仕事はというと。
「視察?」
「ええ。小麦の収穫期を前に、領地をアパル様と私が手分けして見て回るのです。アパル様は領民が意図せぬ重税に苦しまぬよう、また不正がなきよう、毎年欠かさず視察を行っていらっしゃいます。この時期は忙しいのですよ」
基本的には父の領主としての仕事を補佐、管理する役割だが、父が多忙の際には代理として様々な対応にあたるのだという。
「アパル様はライズ坊っちゃんの不祥事対応のため、ミルディフレイン家に文字通り飛んでいかれました」
「……本当にごめんなさい」
朝からカーラの毒舌は絶好調である。とはいえ事実を淡々と述べられると、ライズも謝るしかない。
「旦那様不在の間は私が対応することになっております。ですが、ライズ様ももう十六。領主のご子息として、仕事を学んでいただかねばなりません」
秘書といえば、スケジュール管理や資料の作成といった補佐的な役割が中心の仕事だが、優秀なひとは主人の代理人として動くこともあるらしい。
「停学になったからといって、遊んでいるわけにもいかないからね……」
「よくわかっていらっしゃるじゃありませんか」
クレスターニ家は領地こそあるものの、ジルベールの諸侯貴族の中では、力も資産も持っているとは言えない。下から数えた方が早いくらいだ。だからこそ、ミルディフレイン家との関係を強固にする目的でライズとセルネーゼの縁談があった。
「婚約が破棄されれば、坊っちゃんには後継ぎとしてクレスターニ家を支えてもらわねばなりませんし――」
婚約破棄。その可能性は十分にある。
「破棄されなかったとして、ミルディフレイン家の方々が坊っちゃんを見る目は厳しくなるでしょう。少しでも立派に成長していただかねばなりません」
カーラの言葉に、ライズは頷くことしかできない。毒舌ではあるが、ライズの将来を彼女なりに気遣ってくれているのだ。
「しばらくは私に同行して見学しつつ……三日で学んでいただきましょう。その後はお願いしますよ」
「たった三日で……?」
「学園では優等生だと聞きましたが? それくらいできなくては困ります」
無茶ぶりにも思えるが、やる前から音を上げるわけにはいかない。
「僕のせいで父上が動けないんだ。迷惑をかけた分は、穴を埋められるように頑張る」
「その意気ですよ。では、行きましょうか」
カーラは最後ににこりと笑顔を見せた。
数日後、隣国ランナベール――
「貴女にしか頼めないことがあります」
――と、ある知り合いに呼び出されたキルリアの橄欖は、喫茶『ウェルトジェレンク』を訪れていた。
向かいの席に座っているのは、高貴でありながら、どこかやつれたようにも見える雌のグレイシア。
「それで、セルネーゼさん……折り入って相談というのは……?」
グレイシアの名はセルネーゼ。仕事仲間、というには交わりは薄いが、成り行きで共闘したり、このカフェで偶然出くわしたりと、何かと縁のある相手である。
「わたくしに婚約者がいるというお話は……ご存知ですわね?」
「はい、もちろん。ライズくん……でしたっけ。あなたがデート中の折にこのカフェでお会いしましたから」
あのときは偶然だったが、過去、セルネーゼがニンフィアの男の子を連れてこのカフェを訪れたところに出くわしたことがあった。
「ええ、そのライズのことで……」
セルネーゼの表情はいつになく神妙だ。キルリアは二本のツノで感情を読み取ることができる。伝わってくるのは、その表情と同じか、それ以上の――悲痛な想い。
「私とライズの婚約は破棄……いえ、それだけではありません。私のミルディフレイン家と、ライズのクレスターニ家。遠い親戚でもあった両家の交友を断つ、とお父様から連絡があったのです」
「ええっ……!? どうして急に……?」
「原因はライズの不祥事……あの子、停学処分になったそうですわ……」
「まさか。とてもそんな子には……」
絵に描いたような優等生、といった印象だった。
「停学になるような不祥事って、一体何をしたんですか?」
「複数の女生徒と関係を持ち……風紀委員でありながら、風紀を乱したと……」
「そんな……」
けれど、どこか納得してしまう自分もいる。ライズは十六歳にしては大人びている、というか、純粋無垢には見えなかった。裏に何かあるかもしれない、と思った橄欖の勘は当たっていたのだ。
「わたくしがお父様の立場であれば、婚約を取り消すのも当然ですわ。ですが、わたくしは……」
セルネーゼの感情には、怒りよりも哀しみ、不安――それだけじゃない。その奥底に、激情のような、熱く燃える炎の色が見える。
「なるほど。セルネーゼさんは、ライズくんとの結婚を諦めたくないのですね」
「……わかりません。恥ずかしながら……わたくしは自分の心がわからないのです」
随分とセルネーゼが小さく見える。プライドが高くて、弱みを見せるようなひとではなかったのに。
「それで、わたしに相談ですか? キルリアのわたしなら、あなたの感情を読めますから」
「いいえ。そうではありません」
セルネーゼは少し落ち着いたのか、手をつけていなかった紅茶をようやく一口飲んだ。
「報せを聞いたとき、真っ先に思い浮かんだのは……ライズとの婚約が、わたくしとライズの関係が、失われることだけは避けたい。その思いでした。ですから」
セルネーゼはばつが悪そうに目を逸らす。
「嘘です。自分の心がわからないなどと言ったのは」
「では、もう心は決まっていると」
「ええ。ごめんなさい。形振りなど構っている場合ではないというのに、わたくしとしたことが、つい……」
プライドの高い彼女が、恥も外聞も捨てるほどの事態なのだ。よほどライズのことを好いているらしい。
「しかし、わたしに何かできるとは思えませんが。ジルベール王国の貴族の決定を覆す力も、ツテもありませんよ?」
「それは、わたくしから掛け合います。当人の意向を無視した決定を、黙って受け入れるつもりはありませんわ。貴女にお願いしたいことというのは、他でもなく、ライズのことです」
「ライズくんのこと……?」
「ええ。当人の意向、と申しましたが……ライズがわたくしと同じ気持ちだとは、限りませんわ」
セルネーゼは少し黙り込んだあと、一拍おいて、意を決したように、その鋭い目でこちらを見た。ひどく真剣な眼差しだった。
「貴女には、ライズの本心を探っていただきたいのです。ライズがわたくしと同じ気持ちであれば、わたくしの肚は決まっています。父を説得できなければ、例え駆け落ちの形になろうとも……ライズと共に生きる道を探ります。ですが……ライズが望まないなら、これらはすべてわたくしの独善でしかありません」
駆け落ちまで考えていたとは、驚いた。けれどたしかに、ライズの本心を、それが真実だと保証できる形で聞き出せるのは、感情を読み取れる種族だけだ。そういう意味では、キルリアの橄欖は適任ではある。
「ライズにとって、わたくしが全てに優先するほどの存在でないのなら、わたくしは婚約破棄を受け入れます。ライズにはライズの将来がありますから」
「……お話は、わかりました」
これは、セルネーゼとライズ、二匹の人生を左右する話だ。そんな重大な役割を、わたしが担うなんて。
即答で受けられる話ではない。
「ですが、どうしてわたしに……?」
「わたくしの知り合いで感情を正確に読み取れて、なおかつ隠密行動ができるのは……孔雀さんか、貴女のどちらかです。ですが、孔雀さんは……」
「姉さんはライズくんに手を出しかねないですからね」
「そう! その通りですわ! 彼女をライズに近づけようものなら、何をされるか……!」
姉さんのことだ。尋問などと称してアレなイタズラをする光景が容易に想像できる。
「そこで、貴女ですわ。貴女も隠密行動は得意なのでしょう?」
「姉さんほどではありませんが。ヴァンジェスティ家のメイドですから」
主人のため、裏仕事をこなすことだってある。それなりのスキルは持っているし、眠りの効かない特性の種族が相手でなければ得意の催眠術で眠らせてしまえばいい。
「ライズは今、クレスターニ家の邸宅で自宅謹慎中とのこと。警備を掻い潜り、密かにライズに接触し……その心を探る。これが今回の依頼ですわ」
もしこの縁談が破談になれば、セルネーゼはまたシオン様と懇意になるのではないか。橄欖には、そんな一抹の不安もある。だが、やはり二匹とさほど親しい間柄でもない橄欖が引き受けてしまって良いものか――
「もちろん、謝礼は弾みますわ。わたくしにとっては一大事ですから。貴女のお給金一年分は下らない金額をお渡ししますし、おまけにジルベール産のとっておきのワインを二本――」
「お受けいたします」
――しまった。つい即答してしまった。わたしとしたことが。
そんなこんなで、依頼成立。
多額の謝礼金と、高級ワインを二本。報酬としては申し分ない。
橄欖は休暇を取って、ジルベールへ向かうことになるのだった。
それから三日後には、橄欖はジルベール王国、クレスターニ領を訪れていた。
のどかな小麦畑が広がる風景の中、遠景でも見える立派な屋敷。
このあたり一帯を統治する、クレスターニ家の一族が住む屋敷だ。ターゲットであるライズはそこにいる。
諸侯貴族達が各地方を分割統治するジルベール王国の中では小さな領地で、平たく言えば田舎だ。ヴァンジェスティの屋敷と比べると小ぢんまりとしている。
「おや。あんた見ない顔だねえ。外から来たのかい?」
舗装されていない道を歩いていたら、風に乗って転がってきたアノホラグサとアノクサの親子に声を掛けられた。
「ええ、まあ……」
「若い娘さんがひとりで、こんな田舎に何しに来たんだい?」
「えっと……」
しまった。ここはランナベールのように
「……当ててやろうかい? ライズ様だろ」
口をつぐんでいたら、いきなり言い当てられて、どきりとした。そんな馬鹿な。セルネーゼから直接受けた依頼の情報が漏れるはずないのに。
「そ、それは……!」
「なあに、恥ずかしがるこたぁないさ。うちの領主様のご子息は美少年で有名だからねえ。ときどきいるのさ。ライズ様をひと目見ようと領の外から来る娘がね」
橄欖はほっと胸を撫で下ろした。ここで通報されて任務失敗に終わるかと思った。どうやらジルベールにも、ライズのファンがいるらしい。
「ライズ様は隣国に留学されていて、夏休みと春休みにしか帰って来ないんだが……あんた、運がいいよ。なにか事情があって、今は帰ってきているんだ。それとも、そこまで調べて来たのかい?」
とりあえず、追っかけファンということにして乗っかっておこう。
「ええ……噂に聞きまして……」
「いやあ、ライズ様の噂は早いねえ。クレスターニの領民として、あたしゃ鼻が高いよ」
アノホラグサのどこに鼻が。というツッコミはさておき、こうなれば逆に好都合だ。領民からライズの動向を聞き出してしまおう。
「ライズくんには、どうすれば会えますか?」
「そうさねえ。今、領主のアパル伯爵が領地を離れていてね。代わりに秘書のカーラ様とご子息のライズ様が領地の視察に回っているんだ」
「視察……ですか」
「ほら、小麦の収穫が近い季節だろ? 領主様自ら、うちらの畑を見て回るんだ。脱税防止のためもあるけど、領主様は毎年、収穫量を見てうちらが苦しまない税を定めてくださるのさ」
どうやらここの領主――ライズの父親は、とても領民想いのようだ。
のどかな風土、親も人格者とあれば、純粋な子に育ちそうなものだが、それが学園の風紀を乱して停学とは、わからないものだ。
「このあたりはもう視察が終わったから……次は隣の村だね。ただ、ライズ様とカーラ様が手分けして回っているから、どちらが現れるかはわからないよ」
「いえ。ご親切にありがとうございます」
ライズが外を回っていると聞き出せたのは好都合だ。領主の息子なら護衛の一匹や二匹はついているかもしれないが、屋敷にいるときを狙うよりはチャンスがあるだろう。
親切なアノホラグサの親子が風に乗って去っていくのを眺めていると、後ろめたい気持ちになる。こんなにのどかな場所で橄欖がやろうとしていることは、半ば犯罪に近いのだから。
しかし、ライズとセルネーゼの結婚は政治的な意味合いが強い。あまり力を持たない二つの家が強い絆を結ぶことで、領地の平和を守ろうとしている。この依頼を成功させることは、領民たちの未来のためでもあるのだ。
ま、それも聞き出したライズの返答次第では結果は変わらないかもしれないが。
「……なるようにしかなりませんね」
気負いは捨てて、橄欖はアノホラグサの婦人に教えてもらった隣の村へと歩を進めることにした。
一方、領地の視察も板についてきたライズ――
日も傾いてきた夕方。今日はここが最後になりそうだ。
山あいの小さな集落で、領民に聞き取りをしながら畑を見て回る。農地の面積は、昨年の測量データと変わっていなさそうだ。
「今年はどうですか」
「へえ、ちと不作の年になりそうでのぉ……」
集落の長、バサギリの老人はそう言って表情を曇らせた。
が、ライズの見立てでは、作物の生育は良さそうに見える。ここ一週間、カーラに叩き込まれたんだ。若いからといって舐められるわけにはいかない。
「本当ですか? 僕の目にはそうは見えませんが……」
「……むぅ。そう言われましても――いてっ!!」
バサギリの奥さんらしきハッサムが高速で飛んできて、バサギリの老人にパンチを食らわした。バレットパンチだ。痛そう。
「あんた! またそうやってだまくらかそうとして!」
ハッサムの老婆はバサギリに叱責したあと、ライズに向き直って頭を下げた。
「いやあ、すまないねえ。昨年も領主様に怒られたってのに、懲りない男なのさ。若いライズ様なら騙せると思ったのか……でも、さすがアパル様のご子息だけのことはあるねえ。あんたの見立てが正しいよ。今年はきっと豊作じゃ」
例え良心的な税の設定をしていても、やはり不正をして税を減らそうとする領民もいるようだ。まあ、治安の良い土地とはいえこれくらいの小さな悪はあって当然だろう。
「ではそのように記録しておきます。他に困っていることはありませんか?」
以降は何事もなく、その日の視察を終える。
そろそろ山を下りて、麓の町に宿泊する予定だったのだが――
「ライズ様。じきに日も沈む時間じゃ。村に泊まってゆかれませんか」
村長の妻のハッサムがそんな提案をしてきた。
「えっ、でも……いいんですか?」
「夫の非礼を詫びさせてほしいんじゃ。小さな集落ゆえ、豪華なもてなしはできませんが……」
そう言われると、断るのも気が引ける。まあ、治安のいい場所だし、曲がりなりにも領主の息子であるライズに対して悪さを企てるような領民はいなさそうだ。
「いえいえ、僕なんかにそんなに気を遣わなくても構いませんよ。よければぜひ、お言葉に甘えさせてください」
領民をよく知ることも領主のつとめだとカーラが言っていた。いずれこの土地を離れるかもしれないし、こんな機会はそうそうない。
「おお、ありがたや。うちの孫娘も喜びますじゃ」
娘、と聞いて少し嫌な予感がしなかったといえば嘘になる。が、絶対にもうスキャンダルは起こさない。ここはセーラリュートのようなバトル専門の学園ではないから、力ずくで襲われて負けることもない。
ライズさえ意思を強く持てばいいだけの話だ。
そして日は沈み――
ライズには村で採れた野菜中心の夕食を振る舞われ、村民が集まり小さな宴が開かれた。ライズはお酒を飲める年ではないので断ったが、村民達と語り合った。やはり父は領民に好かれていて、なればこそ息子のライズもこんなに歓迎されているのだと強く実感した。
ライズのファンだという村長の孫娘のストライクはまだ十四になったばかりだとか、なんとか。憧れの眼差しこそ向けられたものの、それはもう純真な乙女心で。警戒していた自分の方が恥ずかしい。
そうこうするうちに夜も更け、ライズは村長の屋敷の離れで眠ることになった。
誰かが夜這いしてきたりしないか、なんて不安が一瞬、脳裏をよぎったが、こんな平和な村で何を考えているんだ、と要らぬ不安をかき消した。学園での出来事で、完全に頭がそちらに支配されてしまっている。
けれど、万が一ということもある。念のために離れのドアを施錠した。
「はぁ……自分が嫌になるなぁ……」
村民たちもすっかり寝静まったのか、外から聞こえるのは虫の声だけ。自己嫌悪に陥りながらも、小綺麗に手入れされたベッドに寝転がると、徐々に眠気が襲ってきた。
気がつけば、ライズは眠りに落ちていた。
それから、さらに夜は深まり――
「むにゃ……」
深夜、ライズは尿意を催して目を覚ました。時計を確認すると、3時を回ったところだ。お手洗いは本宅の方にしかないとか、聞いたっけ。
ベッドから体を起こし、ドアの鍵を開けて外に出る。
ヤンレンと最初に事故があったときのことを、嫌でも思い出してしまう。事故、と片付けるには申し訳ないし、恥ずかしい記憶だが。それからセルネーゼとお泊まりして、十年ぶりにおねしょしてしまったときのことも。
普通はあんなことにはならないんだ。夜中に起きてトイレに行くくらい、できないはずがないのに。
「どうしてあんなことになっちゃったかな……」
そうして本宅の方へ細い道を歩いているライズの意識が途切れたのは、突然のことだった。
糸が切れた人形のように、ドサリとその場に倒れる自分の身体――そこで記憶は途絶えてしまった。
話は少し前に遡る。
領民に話を聞き、ライズの足取りを掴んだ橄欖は、ついに視察中のライズの姿を目撃した。
しばらくは誰にも悟られないよう尾行しながら、隙を伺った。いくら催眠術が使えるとはいえ、
そうして尾行するうち、絶好の機会が訪れる。山あいの小さな村で、村長宅の離れに宿泊したライズ。思いのほか警戒心が強く、鍵を掛けられてしまったが、近くで張り込みをしていると、夜中に起き出してきた。
これ以上のチャンスはない。
橄欖はひとりで夜道を歩くライズの背後から忍び寄り、催眠術をかけた。一秒と経たず、ライズはドサリとその場に倒れた。
催眠術は、橄欖の最も得意とする技だ。戦闘モードで心を昂ぶらせている相手には抵抗もされるが、不意をつけばこの通り、一瞬で相手を眠らせることができる。
「ふぅ……ここまでは順調です」
離れがあるのは好都合だ。深夜ということもあり、何もかも条件が揃っている。
橄欖はサイコキネシスでライズの体を持ち上げ、離れへと運び込んだ。
あとはセルネーゼとの婚約について聞き出すだけだ。驚いて声を上げられては困るので少し手荒な真似をしたが、ライズも橄欖のことを知らないわけではないし、セルネーゼの遣いだと事情を話せば協力してくれるだろう。
それにしても。
短い時間で目が覚めるようにコントロールはしたが、しばらくはこうしてライズの寝顔を眺めることになってしまう。
目を閉じて眠っていてもわかる、同じニンフィアでもここまでの美少年はいないだろう。睫毛も長いし、マズルのラインも美しい。連日の視察で外回りを続けていたとは思えないくらい、毛並みに艶がある。
そして、何より。ライズの体から漂う、花のような、甘くてくらくらする香りが、あまりにも魅力的だ。これまで会ったときは仄かに鼻をくすぐるいい匂い――くらいにしか思っていなかったが、今は狭い密室で二匹きり。深呼吸をすれば、身の危険さえ覚える多幸感が脳髄を突き抜けていく。
初めて橄欖たちがライズに会ったとき、シオンはどこか自分と似ている、と言って声をかけた。それはエーフィとニンフィア、同じイーブイの進化系だからという話ではない。どこか陰りのある、大きな悩みを抱えていそうな瞳に、シオンは何か通じるものを感じたようだ。
けれど橄欖の目には、あまり似ているようには見えなかった。自分がシオンに対して崇拝じみた恋情を抱いているからか、と思ったが、こうして対峙すると、そうではないとわかる。
例えて言うならば、シオンは高級レストランのコース料理のような、上品で高級感のある魅力。対してライズのそれは、まるでジャンクフードのような、本能に訴えかけてくる魅力。どちらも魅力的ではあるが、その性質は真逆だ。
ライズは一見すると、そうは見えないのがまた恐ろしい。ジルベールの貴族で、気品漂う優等生。そんな姿に惹かれて近づいてみれば、沼に引きずり込まれる。
無防備な姿を眺めていると、手を出したくなってしまう。抗いがたい欲望に苛まれそうになる。
「……わたしは、何を……?」
橄欖はぶんぶんと頭を振って、心を落ち着けようと試みた。
わたしはシオンさま一筋だ。絶対にそんなことはしないし、あり得ない。姉さんとは違う。
そう自分に言い聞かせるが、息を吸うたびに、ライズの蠱惑的な香りで理性を失いそうになる。
俗にメロメロボディと呼ばれる、異性を虜にしてしまうニンフィアの特性。知ってはいたが、まさかこんなに強力なものだとは。
おまけにライズがとびきりの美少年ときたものだから、その魅力も三倍増しだ。
――このまま任務を遂行してただ帰るのはもったいない気がする。
「……いえ、違うんです。シオンさま。信じてください」
小声でシオンの名を口にして、彼の姿を思い浮かべると、少し落ち着いてきた。
そうだ。わたしにはシオンさまがいるのだ。
下腹部にほんのり感じる熱も、ライズに魅了されているわけでは決してなく。
「んぅ……あれ……?」
かき乱された心と体を鎮めようと必死になっていたところで、ライズが目を覚ました。
「……キルリア……? キャス……?」
まだ意識がはっきりしないのか別の誰かと混同しているらしい。
橄欖は平静を装いつつ、できるだけ優しい声で、ライズに話しかける。
「わたしは橄欖……以前、お会いしたことがありますよね、ライズくん」
「かん……らん……橄欖さん……? ええ!? どうしてここに……!?」
「しーっ」
大声を出されて村の人が起きてきては困るので、ライズの鼻先に指を当てた。
期せずして顔が近くなってしまい、そのクリスタルのような瞳に吸い込まれそうになった。
だめ。これ以上はいけない。
「え、えと……わたしは、セルネーゼさんから頼まれて……」
しかし結局、動揺を取り繕うことはできなかった。ライズから目をそらして、しどろもどろになりながらも用件を伝える。
「セルネーゼさんから……? 」
少し高い、けれど絶妙に深くて低い響きもある、男の子の魅力が詰まったような、セクシーな声。
会話を始めるとまた、抑えたものがこみ上げてくる。恋愛感情とは違う。もっと純粋で根源的な欲望が。
けれど、ライズに橄欖を誘惑する意図がないことは、頭のツノで感情を受信すればわかる。
完全に無自覚だ。
「セルネーゼさんは、あなたとの婚約を破棄したくはないと……でも、あなたの気持ちを……知りたいと――」
このまま密室に長くいると、こちらがもたない。そう思って、橄欖は手早く本題を切り出したのだが――
「はうぅっ……ごめんなさい、ちょっと……」
ライズが突然、ぎゅっと体を丸めて、橄欖の言葉を遮った。
「も、もれそう……」
橄欖は察した。そうだ、夜中に起きてきたところを橄欖が催眠術で眠らせてしまったから。
あれはトイレに行くところだったんだ。
でも、ここへきて、そんな姿を見せられたら。
わたしの欲望を、狙い撃ちしているとしか思えない。
――もう、無理だ。
橄欖はライズに手を伸ばして、そのふわふわの毛並みとマシュマロみたいに柔らかい体を抱き上げた。
「ふぇえっ……!? な、なにを……?」
自分の体が熱くて、呼吸も荒くなっているのがわかる。でも、もう隠せない。隠す意味もない。
「ください……わたしに……」
橄欖はベッドに仰向けになって、ライズを胸の上に跨がらせた。
「え、えっ……な、なに考えて……」
「ライズくんの……」
後足の間にすっと手を差し込んで、白い体毛の中を探る。
ぷにっとした感触の小さな突起を、見つけた。
「ひゃうぅっ!?」
突起に橄欖の指先が触れた瞬間、びくんとライズの体が跳ねた。
同時に、ぷしゃぁぁっ、と橄欖の顔に熱いものが浴びせられた。
「あら、こんなに簡単に……」
触っただけで漏らしちゃうなんて。
これまで橄欖を狂わせていたライズの匂いをそのまま濃くしたような、くらくらする香りが広がって、余計に橄欖を興奮させた。
橄欖を見下ろすライズからは、恥じらい半分、戸惑い半分といった感情が伝わってくる。
「か、橄欖……さん……?」
「……もっとください」
ライズの股に入れた手を、今度は股の付け根の方へ滑らせる。
「や、やめ……そ、そんなとこ……っ……あぁあっ!」
柔らかな二つの玉に触れるか触れないかといったところで、ライズが可愛らしい声を上げた。
けれど、まだ体に力が入っている。必死に抗おうとする意思を感じる。
「我慢しないで……リラックスしてください……ほら……」
橄欖は囁きながら、二つの玉を手のひらで優しく包みこみ、根本を指先で愛撫した。
それからライズの堤防が決壊するまで、一秒とかからなかった。
「あっ、ぁ、ぁ、ぁ……あぁぁぁ……」
弱々しい声とともに、ライズの体からふっと力が抜けたのがわかった。
同時に、今まで必死に我慢していたおしっこが、滝のように降りかかってくる。
「んんっ……あぁ……ライズくん……! いい……ですよ……っ、あぁ……!」
顔に、胸におしっこを浴びせられながら、橄欖は最高潮の興奮を覚えていた。
やばい。これは、シオンさまのときより気持ちいいかも――
「ふえぇぇっ……と……止まんないよぉ……」
ライズの感情の色が、羞恥と困惑から、快楽一色に染まっていくのが見える。
ピンクの突起が少しずつ大きくなって、気がつけばもうはっきりと、白い体毛の外に頭が出ていた。
そんな視界も、だんだんと真っ白になってゆく。体温が上がりすぎて、初めは熱かったライズのおしっこがひんやりと感じるくらいだ。
「あぁ……ライズくんの……聖水……っ……」
相手はシオンさまじゃないのに。
体が、本能が求める快楽だけで、自分がこんな風になってしまうなんて、思いもよらなかった。
そうしてしばらくの間、至福の時間は続き――
「んふぅ……っ、く……!」
いよいよ、ライズのものはしっかりと屹立していた。さらに、ライズが最後に残った膀胱の中身を押し出すように、下半身に力を入れたのが体越しに伝わってきた。
びしゅぅぅっ、と水鉄砲のような勢いで、透明でさらさらしたおしっこが顔面に浴びせられる。
あまりの勢いで、口にも入ってきた。少しだけしょっぱい味と、甘ったるい、毒のある花の蜜のような香りが広がったその瞬間、いよいよ視界が完全にホワイトアウトした。
雷を落とされたようなビリビリとする感覚が全身に走る。
橄欖はあまりの快感に耐えきれず、
「あっ、あっ、ぁ……! あああっ……!!」
意図せずあえぎ声を漏らして、体がビクビクと痙攣した。
「えっ、橄欖さ……ぁっ……あぁんっ……」
上に跨っているライズも揺らされて股の間を刺激され、気持ちの良さそうな声を上げて身をよじった。
「ああ……はぁっ、はぁっ……ふぅ……」
まだ余韻を残す絶頂の快感に浸りながら、口の中に入った水を飲み込む。
次第に視界がはっきりとしてきて、頬を紅潮させたライズと目が合った。とろんと溶けた瞳がまた、橄欖の気持ちを昂ぶらせた。
ようやくライズのおしっこが止まる頃には、橄欖の衣も髪もぐしょぐしょに濡れて、バケツの水をひっくり返されたような状態になっていた。
「はぁ、はぁ……ライズくんって……意外と……」
はじめは抵抗していたのを、橄欖が愛撫して、おもらしさせた。
けれど、いざ我慢を開放するとだんだん気持ちよくなって、ライズも愉しんでいたのが、橄欖の角には伝わっていた。
途中で止めるのは無理だったかもしれないけれど、最後のはそうではない。
止めようと思えば止められたところを、ライズ自身の気持ち良さのために、自分で出し切ったんだ。
「意外と……Sっ気もあるんですね……ふふ……」
変な笑いが漏れるのをこらえきれなかった。
シオンもそうだが、なぜか橄欖の好みの男の子は受け身な性格で、自分から積極的にこんな陵辱的なことはしてくれない。
だから自分から攻めて、橄欖の望むことをしてもらうように仕向けることしかできなかった。
「ええっ……そ、そんなことは……」
ライズは顔を赤くして目を逸らしたが、キルリアの橄欖に嘘をつくことはできない。
心当たりがあることは丸わかりだ。
ぴんとそそり立ったライズのピンクの突起は、おしっこと混ざった先走り液でぬらりと光っていて、その先から、つぅ、と玉になった透明の液が橄欖の胸の上に垂れてきている。
「いいんですよ……わたし……こういうことされるの……好き、ですから……もっと、めちゃくちゃにされても……」
何をされても構わない。そんなふうに誘えば喜ぶかと思ったが、期待していたほどライズは嬉しそうでもなかった。
「……ぼ、僕は……そういうのじゃ……なくて……」
頭のツノで感じるのは、ただ恥ずかしがって嘘をついている色ではない。
ライズはまだ何か隠している。本当はもっとしたいこと、されたいことがあるのかもしれない。
でもたぶん、この子はあんまり意思が強くないから、気持ちよければなんでもいいと思っている節もあって。
「ライズくんが一番したいことって、何ですか……? なんでも、聞きますよ……? ご奉仕させてください……」
どれだけひどい要求でも構わない。なんなら、ひどいことを要求された方が興奮する。
わたしは、そういう性質なのだ。
「え、っと……」
もうここまでしてしまったからには、後には引き返せない。
好き同士でもない、愛もない、快楽に溺れるだけの行為。
どうせならお互いの一番したいことをして、後悔のないようにしたい。
悪魔的な魅力の香りにやられたせいか、橄欖の頭はそんな想いに支配されていた。
「……恥ずかしがって……黙っていても……わたし、読みますよ……?」
ライズの体に、すっと手を伸ばす。
太腿のあたりに橄欖の掌が振れると、ライズは橄欖の体を後足できゅっと挟み込みながら、体をのけぞらせた。
「ちょっ……! 橄欖さん……!」
「あれ……? ライズくん……もしかして……」
縮こまると思っていたのが、反対に体をそらすなんて。
感情の色を探ると、守りたいのは、前じゃなくて、後ろ――
「……女の子だったんですか……?」
ライズは美少年だけれど、シオンさまとは違って見た目も声も匂いもちゃんと男の子で、性別を見間違うことはない。
でも、心の在り方はライズの方がむしろ、そっち側だったのか。
「ち、違っ――それは違います……!」
ライズは語気を強めて否定した。
これは――図星をつかれたわけではないらしい。
少し橄欖の認識が誤っていた。
性自認と、性愛の対象と、性癖と、全部まとめて雌雄に分類できないということは、なんとなく橄欖も知っている。
「……わかりました。では、ライズくんは男の子ですが……女の子みたいに……犯されたいだけ、と……。そうですね……?」
「な、なっ……ええっ……!? ど、どうして……」
今度こそ、ぴたりとハマった。
ライズは言い当てられたことに動揺しているのと同時に――
「ふふ……言ったじゃないですか。なんでも聞くって……」
――橄欖に欲求を満たしてもらえることを、期待している。
ライズの体が、ぞくり、と震えるのがわかった。
しかし、橄欖には雄のモノは当然ついていないし、尻尾でもあればいいのだが、キルリアにはそんなものはない。
試したことはないが、二本の指をうまく使えばなんとかなるだろうか。
「わたしが……ライズくんを……犯してあげますね……」
ライズの心の底の欲求を知り、これで目一杯ご奉仕できると思うと、にへら、とだらしなく笑ってしまった。
「そ……そんな顔で……そんなこと……言わないでぇ……」
どうやらライズにはキルリアというポケモンに思い入れがあるらしい。
目覚めたときも、橄欖を誰かと間違えていた。ライズにとって大事な人なのだろうか。
同じキルリアでもきっと、橄欖とは似ても似つかないのだろう。
しかし、そこは橄欖にはどうしようもない。キルリアであることは変えられないし、同じ種族であろうと知らない別のポケモンだし。
「では……わたしの望みも……聞いていただけますか……?」
「え、えぇ……僕はまだ……橄欖さんに……お願いしたわけじゃ……」
ここで橄欖の要求を聞けば、橄欖がライズの欲求を満たすという提案を受け入れることになる。
見れば、ライズの股間の突起は少し萎んできているし、平常心を取り戻しつつあるようだ。
こっちはライズの匂いで、ずっと媚薬を盛られたみたいに昂ぶりっぱなしだというのに。
「わかりました……では」
橄欖は持ち前の精神力でなんとか平静を装い、ライズを抱き上げて橄欖の上から下ろした。
離れの中を見回すと、水差しと水飲み用の深皿が置いてあった。
「ライズくんも、疲れましたよね。お水を飲んで、少し落ち着きましょう」
「……な、なんか変なものを入れたりしていませんよね?」
「部屋の中のものには触っていませんよ。ここへ来てから、ずっとライズくんを眺めていましたから……」
「……う、うぅ……そんなこと言われると恥ずかしいよぉ……」
我ながら気持ちの悪いことを言っているな、という自覚はあるが、本当に抑えきれないのだ。
セルネーゼも、ライズと同じ空間にいるとこんなふうになってしまうのだろうか。
「はい、ライズくん……わたしが飲ませてあげますよ」
ライズの口元にお皿を持っていくと、ライズは恥ずかしがりながらも、ペロペロと水を飲み始めた。
今さらだが、シオンさま以外の男の子にこんなことをしているなんて、背徳感がすごい。
「ふふふ……喉、乾いていたんですね」
と、橄欖がつぶやいたところで、ライズは舌の動きを止めてこちらを
「ていうか、さっきから……何してるんですか!?」
水を飲んで落ち着くと、ライズはいよいよ冷静さを取り戻してしまったらしい。
これは失敗したかもしれない。
「ご主人さまのお世話をするのがわたしの本業ですから……」
「や、僕は橄欖さんのご主人さまではないですし……うちにもメイドはいますけど、こんなことしませんよ!」
「……困りましたね」
橄欖は平常心のフリをしているだけで、体も心も、興奮はまるで収まっていない。
このまま終わりにするわけにはいかない。
「では……メイドではなく……」
ふたたび、ライズの体を念力で持ち上げる。
「わ、わ、わっ……」
そしてベッドのまだ濡れていないところに、そっと仰向けに寝かせた。
「……えっちなお姉さんとして、ライズくんにご奉仕させてください」
「待っ……橄欖さんっ……!」
自分の指を舐めて唾液をたっぷりとつけ、ライズの後ろの穴にすっと近づける。
「あっ、ぁっ、ぁあ……!」
まずは一本。キルリアの指は二本しかないので、少し太すぎるかと思ったが――
――意外にも、するりと
きっと、ライズはこれが初めてではないのだ。
セルネーゼがこんなことを? それとも学園で関係を持った誰かと?
色々と想像をしてしまうが、どちらにしても、橄欖にとってはやりやすくて都合がいい。
「ふふ……あはっ……! ライズくん、こうしてほしかったんですね……!」
ライズの反応と感情を探りながら、挿れた指を動かしてみる。
くいっ、と指先を手前に曲げたそのとき。
「あぁああっ……!!」
可愛い声を上げて、ライズの体がびくんと跳ねた。
指が振れたのは、ライズのモノの根元、更にその奥くらいだろうか。
そこに、豆粒ほどの大きさの、固いような柔らかいような何かがある。そこをぐりぐりと回すように刺激すると、ライズはさらにガクガクと体を痙攣させ始めた。
「だ、だめっ、そこ……あっ、あっ、あぁぁぁあっ……!!」
一度理性を取り戻していたのが嘘みたいに、綺麗なピンクの突起は大きく固く屹立していた。
その先からは、泡立つほどの量の潤滑液が、じゅわじゅわと染み出してきている。
「……ライズくんの……一番、気持ちいいところ……見つけてしまいましたね……」
さらに、二本目の指を入れる。ライズの穴を拡げながら、手の先端がすっぽりと入ってしまった。
「んふぅ……っ、ぁ、ああっ……!」
ライズはもはや言葉を発することもできず、ただ快感に喘いでいる。
今度は二本の指を使って、ライズの一番の性感帯らしいソコを、クリっと刺激してあげると。
「やっ、ぁ、あっ……ふああぁぁぁ~っ!!」
屹立したライズのものから、熱い液体が、びゅぅぅっ、と噴水みたいに勢いよく噴き出した。
「あっ、ぁ……ライズ……くんっ……!」
その液体をまともに顔に浴びてしまったが、橄欖は避けずに甘んじて受け止めた。またお漏らしをしてしまったのかと思うくらい、すごい量だったが、目を開けると、その液体は透明ではなく乳白色だ。触るとベタベタしている。
「んっ……ふぅっ……ぁ……!」
一度では終わらなかった。どく、どくと脈打ちながら、二度、三度と断続的に、ライズのモノは白濁の液を吐き出す。
勢いは収まらず、四度目、五度目……と顔にかけられたところで、ようやく勢いが収まった。最後は顔まで届かず、白いものが橄欖の胸や膝に降りかかる。
「はぁ、はぁ、はぁ……か、橄欖、さん……激しすぎ……ですよぉ……」
「んふふふ……ライズくんも……わたしをこんなに真っ白にして……」
大量に浴びせられたライズの白濁液も、おしっことは違う匂いだけれど、不快感どころか、これもまた花のような魅力的な香りがする。ニンフィアの体はどこまで、異性を魅了するようにできているのか。
橄欖はライズの中から優しく、手を引き抜いた。
「……ふふ……満足いただけましたか……?」
これでライズの望みは叶えてあげたはずだ。
次は、わたしの番――
「今度こそ……わたしの望みも聞いてください……」
「はぁ、ふぅ……こんなに、されたら……断れませんよ……」
ライズはまだ息が上がっているが、ようやく了承してくれた。
「うふふ……ありがとうございます……ライズくん……」
「橄欖さんの、望みって……?」
「わたしに……ライズくんのおしっこ……かけてほしいです……」
「そ、それはさっき、もう……」
「あれは、わたしが無理やりおもらしさせたじゃないですか。そうではなく……」
シオンさまにも、姉さんにも、ここまで赤裸々に明かしたことはないのに。
この十六歳の子に、全てを曝け出そうとしている。
「ライズくんが、自分の意思で……できれば、わたしを蔑むような、目で……」
「そ、そんなこと言われても……」
ライズは明らかに戸惑っている。
「ぼ、僕には、そんな……ひとを蔑む気持ちなんて……」
多少のSっ気は感じたものの、根はいい子だ。やっぱりそこまではしてもらえないだろうか。
「できれば、で構いませんから……。それと……」
ライズが固唾を呑んでこちらを見つめる。一体何を言われるのかと、身構えている。
「そのほかは……わたしのことは考えずに……乱暴に……ライズくんは、自分が気持ちよければいいというか……」
語りだすともう止まらない。自分の性癖を誰かに、事細かに説明するときが来るなんて、思ってもみなかった。
「あの、わたしを犯す……というよりは……道具みたいに扱ってほしいというか……そんな感じです……」
言ってしまった。
洗いざらい、自分の抱えている変態的な欲求を。全部。
「ええと……」
ライズは困惑しながらも、引いてはいなかった。
「橄欖さんは……究極のドM……ってことで……いいのかな……」
複数の相手と関係を持って停学になったような子だ。
きっと色々な女の子と、もしかしたら男の子も、橄欖よりは豊富な経験があるのだろう。
「……はい」
「僕にうまくできるかわからないけど……僕だけ満足させてもらうのも……悪いですし……」
ライズは意を決したように体を起こした。
「わっ、とと……」
激しすぎた射精と絶頂の影響か、まだ四肢がガクガクしている。
「休憩してからで……いいですよ……? お水を飲んでからそんなに時間は経っていませんし……」
「……橄欖さん、さっき僕に水を飲ませたのって……」
「先に言ってしまったら、ライズくん、飲んでくれないかと思いまして」
ライズは呆れた表情で、はぁぁ、と大きなため息をついた。
「……中等部の頃を思い出しちゃうなぁ……」
中等部、と聞いて、驚いた。そんな子供の頃から、似たような経験を?
自分で言うのもなんだが、橄欖のような真正のドがつくマゾヒストはそうそういないはずだ。そんな体験を、中等部――中学生から……?
「あの、よければ……聞かせてもらえませんか……? その、思い出してしまったこと……」
それから、ライズの甘酸っぱい青春――ではなく、甘ったるくて濃すぎて、ひとによっては気分が悪くなるくらいにディープな、中学時代のエピソードを聞いた。
けれど橄欖には美味しくて、ライズの匂いに乱されっぱなしの心でそんな話を聞いたら、興奮が収まらなくなる。
「へえ……ふふふ……性の芽生えって……倒錯しやすいんですよね……」
「あの、よだれ垂れてますよ……」
性的に未成熟な時期にそんなことがあったのなら、橄欖の性癖に引かなかったのも納得だ。
でも、わたしはもう大人で。自分の異常性をちゃんと認識している。
「無理ですよね……ずっとライズくんの近くにいたら……」
もし橄欖がライズの同級生だったら、卒業まで手を出さずにいる自信がない。ライズが停学になるほど風紀を乱してしまったのも、今ならわかる。
いくら品行方正でも、ただ存在するだけで異性をこんなにも魅了してしまうのだから。
「ねえ、ライズくん……そろそろ……」
ライズの匂いと変態的エピソードで興奮しきりの橄欖は、いよいよ待てなくなってきた。
「おしっこ……したくなってきました……?」
「えと……それなりには……」
「それなり……ですか……? さっきと同じくらい、たくさんしてほしいです……」
「そ、そんなこと言ったって、急には無理ですよ……さっきは限界まで我慢してたんですから」
あまり時間をかけると、村の
「……そう、ですよね……」
何より、橄欖の気持ちが昂ぶりすぎて、もう待てない。
「では……もう、あとはライズくんのお好きに……どうぞ……」
橄欖が微笑むと、ライズはそのクリスタルのような魔性の瞳で、橄欖をちらっと見た。
「わかりました……」
ライズは頷くと、ぶんぶんと首を振って、気持ちを切り替えたのか。
次に目が合うと、クリスタルの瞳は妖しげな輝きを宿していた。
次の瞬間、リボンの触覚が伸びてきて、橄欖は足をすくわれた。同時にライズが飛びかかってきて、前足で胸をどん、と押される。
ぐるん、と視界が回って、橄欖は叩きつけられるように、ベッドに押し倒された。
「ぁは……少し痛い……けど……気持ちいいです……」
ライズは橄欖の上に乗って、妖しい瞳でこちらを見下ろしている。
「あ、あの……本当に……いいんですか……?」
「わたしのことは気遣わないで……モノみたいに扱って……そうしてほしいです……」
まだ遠慮がちのライズに、懇願した。やめないで。このままめちゃくちゃにして。
「それじゃ……」
ライズは両前足を橄欖の頭の横にどん、と置くと、後足を開いて、橄欖のほとんど膨らみのない胸の間に股間のモノが来るように腰を落とした。
「んふふ……ライズくんっ……」
そのまま、ライズは腰を振り始めた。ぷにぷにした突起がスリスリと橄欖の胸の上で往復しながら、大きく、固くなっていく。
「あっ、んっ……ふ……」
ライズも快感を覚えて、小さな声を上げる。大きくなったモノの先端が、橄欖の口まで到達した。
「ん……ライズくんの……」
迷わずソレをくわえると、ライズの体が一瞬、びくんと震えた。
「ほんとに……めちゃくちゃにしますからね……」
そこからは、まるで人が変わったように乱暴で。
ライズの腰が前後だけでなく、縦にも揺れ始めた。
「んっ、ぐ……あぁっ……苦し……あはぁっ……!」
胸の上でそんなことをされたら、苦しいに決まっている。でも、それがいい。
息をするのに必死で、ライズのモノをくわえてはいられなかった。
ライズが上下に動くたびに、ペチペチとピンクのモノが橄欖の頬や口を叩く。どんどん染み出してくるトロリとした透明な液が、顔や髪に跳ねる。
「ライズくん……っ、もっと……! もっと激しく……!」
橄欖の声に応えて、ライズは今度は自分のモノを橄欖の口に突っ込んできた。
「はんっ……! むっ、く、んんんっ……!」
橄欖がくわえるのも間に合わないくらい、激しいピストン運動。
なんとか舌を這わせようとするが、喉を突かれないように抵抗するので必死だった。
とても息苦しいけれど、全身に走る快感の震えは、これまでの比ではない。
「あっ、ぁっ、ぁ……んっ……くぅ……」
ライズの可愛らしい喘ぎ声もどこか遠くで聞こえる。
わたし、壊されそうなくらい、犯されてる。
そう意識した途端に、その意識が飛びそうなくらい、気持ちが良くて。
「ぁっ、ぁ、ぁ……んぁああああっ……!!」
口の中で、何かが爆発したみたいだった。
ライズのものがひときわ大きく脈打ったかと思うと、熱くてベトベトで、ほんの少し甘くて苦い液体が、口の中に、いや、喉の奥に流し込まれる。
「んんんっ、んっ……んんん~~っ!!!」
橄欖は声にならない声を上げて、同時に絶頂を迎えた。
どろり、と白濁の液を垂らしながら、ライズものが引き抜かれる。
「ごほっ……! けほっ、けほっ……!! はぁ、はぁ、はぁ……」
急に空気が吸えるようになったのと、あまりの勢いで流し込まれた精液をうまく飲み込めず、むせてしまう。
ツン、と鼻が痛くなったが、その痛みすらも心地良い。
「はぁ、ふぅ……橄欖、さん……僕……」
一方のライズは、快感の余韻に浸るとろけた目で、橄欖を見下ろしている。
「おしっこ……したいなぁ……」
ライズはそうつぶやきながら、橄欖の顔に覆いかぶさるように跨がった。
「はぁ、ふぅ……はい……して……ください……」
ライズのお腹と、精を吐き出して小さくなってしまったピンクのものが、すぐ目の前にくる。
「んっ……ふ……」
もう顔は見えなくて、おしっこをしようとしているライズの声だけが聞こえる。
それからライズはふるる、を体を震わせて、橄欖の顔めがけて勢い良く放尿した。
「ああっ……! ライズくん……っ! ライズくんに……こんなことされて……っ、あぁ……!」
勢い良く浴びせられるおしっこで、顔についた白濁液が洗い流されていく。
「ふぁぁぁ……」
ライズの気持ち良さそうな声が聞こえて、ますます橄欖を興奮させる。
さらにライズは、鈴口を橄欖の口に近づけてきた。
「んっ……はむ……っ……」
「ひゃっ……」
橄欖がそれをくわえると、その刺激でライズの体がビクンと跳ねて、おしっこが止まってしまった。
「ん……ちゅ……れろ……」
もっとほしい。
ねだる代わりに、先端をチロチロと舌で舐めて、刺激する。
「あぁぁんっ……」
ぞくりとしたのだろう、ライズの毛が一瞬ぞわっと逆立ったのがわかった。
そしてまた、橄欖の口の中で放尿が再開される。
「ん……こく……んっ……」
ほんのりしょっぱくて、けれど甘ったるくて、脳天に突き抜ける香りが、癖になりそうだ。
それよりも、口の中でおしっこをされるという屈辱的な行為が、橄欖に取っては耐え難いほどの快感で。
「んっ、く……ぷはっ……ぁ、ぁあああ~っ……!!」
体の奥底から湧いてくる快感に喘ぎ、その拍子に口を離してしまった。
顔におしっこを浴びせられながら、橄欖はまた絶頂を迎えて、体をガクガクと痙攣させた。
――もう、このまま死んでもいい。
容姿も体つきも声も匂いも完璧な美少年に自分の性癖をさらけ出して、これ以上ないくらいに陵辱されて。
橄欖は余韻に浸りながら、しばらく天井を見つめていた。
どのくらいの時間、そうして呆然としていただろうか。
ようやく意識がはっきりしてきて、橄欖はゆっくりと体を起こした。
「……あ、ライズくん……」
上体を起こすと、目の前で、ライズがおしりを向けていた。
橄欖が名前を呼ぶのが早いか、ライズは後足を軽く開いてお尻を高く上げ、尻尾をぴんと立てた。
次の瞬間、ライズの股の間から、ぷしゃぁぁっ、とおしっこが飛んできた。
「きゃっ……!」
もう終わったと思っていたから完全に不意打ちで、驚いて手で顔を覆ってしまった。
「ふぁぁぁ……んっ、ふぅ……!」
手の隙間から覗くと、ライズは尻尾と下半身をぶるぶると震わせながら後ろ向きに放尿していた。
声にもどこか力が入っていて、体の中に残ったおしっこを最後まで絞り出す様子だ。
おしりと背中越しにライズがこちらを向いていて、一瞬、目が合った。
少し橄欖を軽蔑するような目で、ぞくりとした。でも、角で捉えた感情に蔑みの色はなく、橄欖のために演技してくれているのだとわかってしまった。
「あはっ……最後に、ここまで……嬉しいです、ライズくん……」
最後のは、原始の時代に四つ足のポケモンがやっていたという、自分の縄張りや所有物にマーキングするときの行為だ。
モノみたいに扱ってほしいというお願いを、期待以上に叶えてくれた。
「……ふぅ……こんなの、初めてで……変な心地だったけど……でも、僕も……」
「……言わなくても、わたしにはわかりますよ。ライズくんも楽しんでくれたのですね」
橄欖が、ライズの新しい扉を開いてしまったのかもしれない。
「……それで、あの……」
ライズはとても気まずそうに、切り出した。
「……本当は何しに来たんですか? セルネーゼさんから頼まれて、って言いかけてましたけど……まさかこんなことじゃないですよね?」
はっ、とした。
ライズの虜になって、完全に頭の隅っこに押し込まれていた大事なことを思い出した。
「あっ……」
しかし、もう遅い。ライズと乱れに乱れているうちに、窓からはぼんやりと朝の光が差し込んでいた。
耳をすませば、村の方からは村民たちがもう活動を始めているのか、ドアを開ける音や挨拶の声が聞こえてくる。
農民たちの朝は早い。
「やばい。朝は村長の娘さんが起こしに来るって……」
ライズが血の気の引いた表情をした。
その言葉通り、どうやらストライクと思しき羽音が建物に近づいてくる。
「……ここはわたしが」
橄欖はこっそりと窓から覗き見て、若いストライクの娘の姿を確認した。
催眠術をかけると、ストライクは離れの前でドサリ、と倒れる。
「す、すごい……一瞬で眠らせちゃった……僕もこれをされたのかぁ……」
「弱めにかけましたから、5分ほどで目が覚めるはずです」
本来の目的を全く果たせていないが、時間を稼ぐにも限界がある。
素早く証拠を隠滅すべく、橄欖は汚れてしまったマットやシーツを洗いざらい丸めて抱え込んだ。
「ライズくん……誰にも言わないでくださいね……」
離れを飛び出したあとは、それらをサイコキネシスで浮かせ、村を離れて、山林の中へとまっしぐらに駆け込んだ。
あとはライズが今日のことを誰にも言わず、村民にも勘づかれないことを祈るしかなかった。
持ち出したマット等を山林に投棄したあと、
全身がぐしょぐしょのめちゃめちゃになったのをどうにかしようと、泉を見つけて、水浴びをした。
そうして体を乾かすために焚き火に当たる頃には、すっかり太陽も高く、昼間になっていた。
「……ああぁぁっ……わたし、なんてことを……!」
ライズの匂いも消えて、いよいよ完全に理性を取り戻した瞬間、橄欖は頭を抱え込んだ。
昨夜の出来事が、現実だとは思いたくない。
けれど、紛れもない現実。
遠路はるばるジルベールまで来て、他人の婚約者であり未成年の少年を襲ったあげく、自分の欲望のすべてをさらけ出して、叶えてもらった。
昨日の自分は本当にどうかしていた。
「ああ、シオンさま。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
わたしはシオンさま一筋で、二番目でもいいとか、いや本当は一番がいいとか、そんなことはもう口が裂けても言えない。
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
賢者モードどころか、この世の理を全て理解した大・大・大賢者状態で、橄欖は思考を巡らせる。
してしまったことはどうにもならない。ライズが黙っている保証もなければ義理もない。
ジルベールの警察に逮捕されても、セルネーゼに殺されても、受け入れるより他にないのだ。
だから今は、ライズが黙っていてくれることを前提に行動するしかない。
セルネーゼからの依頼を遂行しなければならない。
ライズから本心を聞き出す。
そのためには冷静にライズと話をする必要があって。
「あぅぅぅ……」
あんなことをした後で、冷静に?
いったいどんな顔をして会えばいいというのか。
いや、それでも、やるしかない。どうにかしてもう一度接触する。
今度は心を乱されないように。
聞くべきことを整理して、手短に。
そもそも、あんなことになってしまった原因はなんだ。
自分の意思が弱かったと言えばそれまでだが、ニンフィアの特性を知っていたのにもかかわらず、なんの対策もせず密室で二匹の状況を作ってしまったことが問題だったのではないか。
思考を整理するため、橄欖はぐるりと周りを見渡した。
木々の葉が風に揺れて、葉擦れの音が心地いい。空も青く、高くて――こんな風にひらけた空間だったら、大丈夫だろうか。
でも、近づけば結局同じなのではないか。
一度してしまっていることが、余計に問題だ。会えば必ず思い出してしまう。
「そういえば、姉さんが……」
ふと、ハーブや薬草に詳しい孔雀に聞いた知識を思い出す。
薬草の中には、心を乱す精神攻撃の類を無効化するものがあったはずだ。
山の中なら、手に入るかもしれない。
「……探すしか、ありませんね」
橄欖は意を決して立ち上がった。
次は失敗は許されない。
絶対に任務を完遂して帰るんだ。
山で密集めをしていた虫ポケモンたちに聞いて、目的のハーブを手に入れた橄欖は、二度目の正直で、ライズと対峙していた。
結局、視察中のライズを捕まえることはできず、クレスター二の屋敷に帰宅するところへ声をかけた。
一度会っているので驚かれることはなく、ライズが人気のない屋敷の裏庭に案内してくれた。
「ええと……僕に用って……その……」
ライズは明らかに気まずそうな表情を浮かべて、橄欖の顔をまともに見てくれない。
一方の橄欖は、手に持ったメンタルハーブの匂いを嗅ぎながら、極めて冷静に会話を切り出した。
「単刀直入にお聞きします。ライズくんは、セルネーゼさんとの結婚を……破棄したくないと、お考えですか?」
「もちろん……婚約破棄にはなってほしくないですけど」
スパイスのような刺激的な香りが、ライズの放つ甘ったるい香りを中和してくれている。一瞬引き込まれそうになっても、すぐに頭がはっきりする。すごい効果だ。
「それは何にも代えがたいほどでしょうか? セルネーゼさんは、最悪、駆け落ちになっても……と覚悟を示されていましたが」
「か、駆け落ち……?」
ライズの感情が揺らぐのがわかった。
「そ、それはちょっと……これ以上、みんなに迷惑をかけるわけにはいきませんし……」
感情の色と表情と返答が、ぴったり一致している。
正直な子だ。ライズがクレスターニ家と領民たちを大事に思っていることは、ここ数日の観察でもよくわかる。
この役は、べつに橄欖でなくともよかったのではないか。
「で、でも! それはセルネーゼさんにも同じことで……僕、嫌われちゃうと思ったのに。セルネーゼさんがまだ、僕のことをそんな風に想ってくれているなら、応えないわけにはいきません」
「そうですか……けれど、セルネーゼさんから聞いたところによれば、ミルディフレイン家は婚約破棄するつもりだと」
「えっ……」
ライズの心が大きなショックを受けたのが、伝わってきた。
やっぱり、セルネーゼとの関係は、ライズの中で大きいのだ。
「もちろん、彼女は受け入れるつもりはなく……説得するとおっしゃっていましたが……」
「そうなんだ……うまくいくといいな……」
まだ決定されたわけではないと知れば、ほっと胸を撫で下ろすライズ。
セルネーゼと結婚したい意思は、ライズにも間違いなくある。
「僕にできることは、これ以上信用を落とさないことと……できれば、少しでも取り戻すことですよね」
「はい。いい子にしていないといけませんね」
明るみに出ればライズの信用をさらに落とすことになってしまう、そんな行為をしてしまった橄欖が言うのもお門違いだが、アレはなかったこととして自分に言い聞かせた。
「ここ数日の働きはこっそりと観察させていただきましたし……セルネーゼさんにもご報告しておきますよ」
「……そ、そう。ありがとう、橄欖さん」
ライズはまだ橄欖を前に冷静ではいられないようだったが、ついぞ、あの夜のことに触れることはなかった。
「ではわたしはこれで……」
橄欖はライズにぺこりとお辞儀をして、踵を返した。
「おふたりの関係が今後も続くことを願っていますね、ライズくん」
わたしはヴァンジェスティ家のメイド長。
家事は完璧にこなし、ときには主人を護衛し、ときには隠密の依頼も受ける。
仕える主人――シオンさま一筋で、決して誘惑に負けたりしない。
誘惑に負けたりなんか、しなかったのに。
ランナベールへの帰路、馬車の中。
「わたしには、あなたの二番目である資格も……ありませんね……」
橄欖は悪い夢のような、あの夜の快楽を思い出しながら、呟いた。
-Fin-
お久しぶりです。三月兎です。
前回の更新(ふしぎなきもち)から4年ほど経過してしまいました。
あとがきでは
「更新の継続が難しいので、今後は気が向いたときに一話完結の短編を投稿していけたらと思います」
と締めくくり、長らく離れていた私ですが、ようやく気が向きました。
短編のつもりが長くなってしまい、
しかも全体の半分がえっちなシーンになってしまいましたが
R18作品なので本当はこうあるべきなのかもしれません。
今後の活動は未定ですが、もし私の作品を気に入ってくださる方がいらっしゃいましたら
また気が向くのを気長にお待ちいただけると幸いです。
ご拝読ありがとうございました。
なんでも感想お待ちしております!
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