それは、ある何でもない日に起きた悲劇だった。
It was a TRAGEDY that happened on an ordinary day.
その日、彼はいつものように湖を泳ぎ回り、そして日光浴をしてウトウトと夢見心地でいた。
That day, It swam around the lake as usual, then sunbathed and dreamed Itself into a stupor.
このところ彼が夢に見るのは、住処と命を守るための、先日の人間との戦いだった。
These days, It dreams of It’s recent battle with the humans to save It’s dwelling and them life.
頼れる相棒と共に決死の覚悟で挑んだが惜しくも敗れ敗走する結果となったその戦いを、彼はどうしても忘れることができなかったのだ。
It could not forget that battle, in which It and It’s trusty partner had fought with determination, only to be narrowly defeated and run away with the battle.
当初は後悔や屈辱、何より怒りに支配され、まんじりともできない日が続いたが、最近では人間への対処法も思いつき、夢の中でいつも快勝を繰り返していた。
Initially, regret, humiliation and, above all, anger took over, and It was unable to stay still for days, but recently It has come up with a new way of dealing with humans, and It always wins pleasantly in It’s dreams.
そうして、彼が満足感と共に微睡んでいた、その時である。
And so that time was when It was smiling with contentment.
「あれ……ヌシじゃん! でっけぇスシ! マジ、ヌシも普通に歩き回ってるんだ!」
“oh ......Titan! a big Sushi! Like, Titan walk around normally!”
「ヌヌ? ……オヌシ!」
“Tit? ......T-tou!”
彼の頭上から何者かが飛んで現れた。見まごうこともない。それは夢で幾度となく見た怨敵の人間だったのだ。
Someone appeared to fly over It’s head. There was no mistaking it. It was the person they had seen many times in It’s dreams, It’s grudge enemy.
「折角だし捕まえとくか……よし、行け! キノガッサ!」
“catch them on a moment's notice...... Okay, go! Breloom!”
「ヌシヌシー!」
“Titaaaaaaan!”
一度ならず二度までも住処を荒らす不届き者に、彼は勇敢にも立ち向かった。
It bravely stood up to the tramps who had ravaged It’s dwelling twice.
イメージ通りに戦えば今度こそ勝てるはず——その考えが、彼の悲劇の一番の要因だったのかもしれない。
If I fought in their image, I would win this time - that thought was perhaps the most important factor in It’s tragedy.
「みねうち! それからねむりごなだ!」
“False Swipe! and Sleep Powder!”
力の差は歴然だった。彼が日光浴とイメージトレーニングをしている間に、その人間は辺りで一番強い力を身に着けていたのだ。
The difference in strength was obvious. While It was sunbathing and image training, that human had developed the strongest power around.
あまりにも強い衝撃を受け、謎の粉末を吸い込まされた彼が薄れる意識の中で最後に見たのは、手に持った赤と白の球体を振りかぶる人間の姿であった。
It was so shocked that It was forced to inhale a mysterious powder, and the last thing It saw in It’s fading consciousness was a human figure waving a red and white sphere in his hand.
「おはよー」
「おはよ、メグ。また夜ふかし? お肌に悪いよ」
「まぁねー。お肌はハニちゃんの蜜がイイ感じだから」
「え、ハチミツ? 何それ、教えてよ」
とある地方の学園の校庭。二人の女子生徒が朝からいつものように会話していた。
「食べて良し塗って良し、しっとり肌ツヤよ」
「えー、いいなぁ……ねぇねぇ、ウチにも分けてよ」
「いいよ、後で持ってく」
メグと呼ばれた生徒が話しながらスマホロトムを取り出す。忘れないように、とメモ機能に約束を残し、そこで新規通知が届いていることに気が付いた。
「んー? ……あ、彼ピからだ」
「例の海外の彼氏クン? 何て?」
「えーとね……珍しいポケモン捕まえたからプレゼント、だって」
メッセージと共に送られてきたのは1つのモンスターボール。愛情を示すのに送るポケモンとはいかなるものか、ラブカスやカジッチュなるポケモンか——そう思いながらメグがボールを放り投げると、そこから飛び出したのは小さな橙と白のポケモン。
しなりと反った身体にふわりと膨れた喉袋。ぎたいポケモンのシャリタツであった。
「えーっ! 何これ! かわいー!」
「うわ……なにこれ? 可愛いか……?」
「可愛いでしょ! お寿司みたいで!」
「オスシってーと、ロードリのあれ? でもワサビとか山菜っぽくなくない?」
「いやいや、本場カントーのお寿司は切り身でこういう感じなの! リサはロードリの変なお寿司しか知らないのね」
「そういうメグは……そのカントーから来たんだっけ」
「そ! えー懐かしー! 何なのこの子!」
「いや、そのオスシに似てるとして、ホントに可愛いか……? そもそも何でオスシに似てんのさ」
メグはシャリタツにスマホロトムのカメラを向け図鑑を調べる。メグの友人リサは奇異の目をそれに向けた。
一方のシャリタツは何が起きたのか分かっていないようで、風の香りも陽の強さもあまりにも住処と異なる環境にキョロキョロと辺りを見渡した。そしてそこが憎き人間だらけの人間魔境であると知る。彼はあまりにも混乱して、ほぼ無意識に擬態行動を始めた。
「きゃー! ますますお寿司みたい!」
「えー……不気味じゃない……? メグ、変わってるね……」
「シャリタツ? シャリタツって言うのねあなた! あたしはメグ! よろしくね!」
「Tit……?」
「……あれ」
シャリタツに差し出されるメグの手。しかし彼はそれを訝しげに見て、ふいと顔を背けた。それはそうだ。例え住処を追われ配下もおらず孤立しようとも、彼は偉大なる湖の覇者にして誇り高き竜の1匹。察するに未熟な人間のメスと馴れ合ってやるつもりはない。すぐにでもかの大湖へ王の帰還を知らしめ、彼の平穏を脅かす悪辣なる人間風情を駆逐してやらねばならない。
しかしそのためには下賎なる人間の技術を利用するのが一番早いということも、彼は十分に理解していた。逃げ出すなどと見苦しい真似はしない。彼は生まれながらにしての王である。むしろこの人間を支配して利用するつもりで、シャリタツはただ高貴に健気に、その身体を反り立たせた。
彼の新しく屈辱的な日々は、彼の精神を激しく摩耗させた。
まず、このモンスターボールなどという忌々しい拘束具。彼の主人を気取る人間メグは熱心に彼と交流を試み、そして彼が当然のように拒絶するとむしろ尚更に仲を深めようとする。
どうにかシャリちゃんと仲良くなりたい! とはここ最近のメグの口癖であった。——メグの言葉は長く生きた高貴なるシャリタツにしても聞き馴染みなく、普段の言葉は一切理解できていないが、この人間がメグと呼ばれること、そしてメグが彼のことを“シャリちゃん”なる奇妙な呼称で扱っていることは理解できた。王たる彼は賢いのだ。
メグは頼れる教師にシャリタツのことを相談し、そこで受けたアドバイスに従ってシャリタツをよく観察するようにした。なるほど。シャリちゃんはあたしに触ってほしくないのね。そう理解したメグはしかし、ずっと一緒にいた方が仲良くなれるっしょ、と考え彼を常に連れ歩くこととした。触れないなら、せめてボールに入った状態で、と。
これが彼には良くなかった。今までずっと自由に泳ぎまわっていた彼にとって、例え生命維持に何ら問題が無かったとしても、このようなちっぽけな球体に囚われ続けることに激しい怒りを覚える。
しかし我慢だ、ここからこの人間を支配してやる。そう思っていたシャリタツにこれまた立ちはだかった困難は言語の壁であった。メグの他の仲間らしい黄色い羽虫は、常にニコニコとしてこちらに異国語で語りかける。しかしその意図がまったく分からないのだ。これには流石の彼も少々堪えた。人間はともかくポケモン同士でも会話がままならないとは。
それでも彼は諦めない。いつの日か故郷へ舞い戻り、憎き人間へ復讐するのだ。
「うーん……」
「どしたの、メグ」
「あっリサ。ほら、この子。シャリちゃんね、ずっと元気ないの」
「あーあの彼氏クンの。何で?」
「それが分かんないのよ。水タイプらしいから水遊びさせてみたりもしてるんだけど」
彼は今、メグの用意した桶に水を張って涼んでいる。ここの気候は彼の故郷よりも温暖で居苦しい。水浴びで涼んではいるものの、水質も湖とは違って堅苦しく正直快適ではない。だが彼は挫けない。彼は何があろうと人間を従え故郷に凱旋するのだ。
「あのね……あーしもそのシャリタツ? っての、ちょっと調べたんだよね」
「そーなの?」
「っても、動画にたまたま出てきただけなんだけど。その子の仲間にね、えっと……ヘイラッシャ? ってのがいるらしくて」
「ヘイラッシャ……?」
メグも自身のスマホロトムで検索する。なるほど、確かにこのような青くて大きいポケモンをシャリタツを調べた折に見かけた、気がする。
「いや、めっっっちゃくちゃデカいからさ、あんまり捕まえなよって言えないんだけど。もしかしたら野生じゃなくても、誰かトレーナーの手持ちにいたりしないかなーって」
「それ……名案! 天才でしょリサ! サイコー!」
人間どもが騒がしい。身体に纏わり付く不快な水を浴びているのだ。せめて静かに微睡ませてくれないものか。そう思っていた彼の身体は不意に浮遊感に襲われ、視界が暗く制限される。忌まわしいあのモンスターボールだ。
「さっそく探してくる! ありがとね!」
「頑張ってねー」
呑気なリサなる人間の声を聞きながら、シャリタツはボールの中で大きく溜息をついた。ああ、どうか次に目を開けた時、ふと故郷に帰れんことを。故郷の、TatsugiriやDondozoに、会いたい……。
シャリタツがいかに息苦しく思っていようと、メグの彼へ対する愛情は紛れもなく本物である。事実、彼女はその熱意でもってその日のうちにヘイラッシャを持つトレーナーと会う約束を取り付けたのだから。
「いやぁ、まさかこの辺りでパルデアのポケモンと出会うなんて」
「あたしもたまたま貰っただけなんですけど……この子、全然元気なくって」
「そうだろうね。シャリタツはヘイラッシャと一緒に狩りをするポケモンだから。それと、賢いからプライドも高いんだ」
メグが待ち合わせたトレーナーの男性は親身にシャリタツの生態を説明しつつ、その懐から一つのモンスターボールを取り出す。そしてそれを少々遠くへ放り投げる。中から出てきたのはおおなまずポケモンのヘイラッシャ。
「うわ、大きい」
「これでもヘイラッシャの中では小さい方なんだ。やっぱり野生でシャリタツと一緒に狩りをする方がのびのび大きく育つみたいだね」
「へー……と、そうだ。シャリちゃん、出ておいで!」
メグも同様にボールからシャリタツを取り出す。彼は気だるげに辺りを見渡し、そして見慣れたシルエットを前に目を見開き、思わず、といったようににじり寄った。
「D-......Dondozo!」
「シャ?」
「Ti? Dozo......?」
「シャー……?」
訳も分からず、ただ遺伝子に刻まれた相棒たるポケモンに出会えた喜びに声をあげ……しかし望んだ反応が返ってこない現実に目の前が暗くなる気分であった。姿形は確かに故郷の子分たちそっくりであるのに、ただただ言葉だけが伝わらない。頭に乗っても、口に入っても、彼の意図だけは伝わらない。彼にとって不幸なことに、実はこのヘイラッシャもまたシャリタツと連携した狩りの経験がない個体であった。
シャリタツがとぼとぼと肩を落としながらヘイラッシャの外へ出た時、メグはヘイラッシャのトレーナーと仲を深めていた。
「ユタカさんって物知りですねー」
「いやあ、まだまだだよ。そういうメグちゃんこそ、シャリタツのことちゃんと調べてるんだね」
「えへへ。シャリちゃんと仲良くなりたいので!」
ああ、人間どもはこうして仲睦まじくしているのに。何故自分は語り合える同胞もなくこんな惨めな思いをしているのか。何か冷たくこみ上げるものを知らんぷりして、彼は崇高なる擬態の姿勢を取った。
後日。心労故か、シャリタツは日に日に弱っていく。ヘイラッシャと引き合わせても元気の出なかった彼をメグは大層心配した。甲斐甲斐しく水をやり、散歩に連れ出て、それでもシャリタツは増々しなだれていく。
シャリタツにしても、人間なぞという下劣な生物に助けを乞う殊勝さなど微塵も持ち合わせておらず、具体的な待遇改善の要求をすることをプライドが許さなかった。孤高で孤独で哀れな竜はただただメグの元でその力を弱めるだけであった。
時に、もう1つメグを悩ませているのが海外にいる恋人との関係である。
「よっ、メグ。元気ないね? ほら、エネココア」
「リサ……ありがと。……ううぅ」
「そのメール、彼氏クンから?」
メグの手元のスマホロトムをやってきたリサが覗き込む。画面にはシャリタツを捕まえた張本人である彼氏からのメール。内容は、別れ話を切り出すもの。
「あちゃ……マジか」
「うぅああー……あたし、変なことしちゃったのかなー……」
「いやいやいや、メグを振るとかソイツのセンスがないだけっしょ!」
落ち込むメグをリサは背を擦って励ます。これはココアじゃなくてソーダの方が良かったかな、と思いつつも続けてアドバイスを考えた。
「メグには難しーかもだけどさ、もうパっと忘れちゃったら?」
「でも、シャリちゃんもいるし……何だかんだ可愛いから、手放すとかもしたくないし……」
「その子はさて置いて、よ! ほら、メールも連絡先も消して!」
あっ、とメグが声を上げて呆けている間にリサはメグのスマホロトムを操作し、彼氏——もとい、元彼氏からのメールや連絡先を削除する。その上メールアプリに関しては着信拒否、ブロック機能まで使用して、今後一切のやり取りを不可能とした。
「1度こんな思いをメグにさせたのに向こうから連絡するとか絶対ありえないからね!」とはリサの言であったが、この数十秒にも満たない操作によってシャリタツの望み、メグを経由した故郷への帰還はどんどんと遠ざかっていった。もっとも、そんなことはメグもリサもシャリタツ自身も預かり知らぬことではあったが。
「さ、次はアイス食べに行こ! 振られ記念の食べ歩きよ!」
「うー……リサぁ……ありがと……」
腕を引かれたメグは涙を浮かべ、リサに感謝を伝えながらシャリタツをボールに戻す。シャリちゃんにもアイス分けてあげよ、などと考えながら、甘味の食べ歩きへと向かうのだった。
「ん? 君は……メグちゃん?」
「ユタカさん! こんにちは」
「ちょっとぶりだね。シャリタツは元気かい?」
「うーん……シャリタツもあたしもあんまり元気じゃないんですよね」
アイス屋台の前、リサがメグの分まで注文しに行っている間。メグがぼんやりと座席に座って荷物番をしていると不意に男性から声が掛けられる。メグが顔を上げると、そこにいたのは以前出会ったヘイラッシャのトレーナー、ユタカであった。
偶然再会した2人はメグがリサを待つ束の間雑談に興じ、そしてユタカが懐から何かを取り出した。
「ぼくもシャリタツのことが気になっててね。それで……もしよかったら、これ」
「これは?」
「とくせいパッチ。簡単に言うと、シャリタツがヘイラッシャに頼らなくてもよくなる道具なんだ」
「そんなものが……でも、いいんですか?」
「うん、ぼくは使わないからぜひ使ってほしい」
とくせいパッチ。小さくも希少なその道具を手渡され、メグは手のひらサイズのそれをまじまじと見つめた。
「この前、きみのシャリタツはヘイラッシャに会えて喜んでいたけど、話しかけてすぐに残念がっていた。きっと、うまく意思疎通できなかったんじゃないかな」
「だから、これでヘイラッシャがいなくても大丈夫にしよう、ってことですよね……」
「うん。……お、あの子はきみの友達かな?」
「メグー!」
メグが顔を上げると、両手にアイスを持ったリサが2人を見ている。メグはそれに手を振って、ユタカに頭を下げて、それからすくと立ち上がった。
「あの、ありがとうございました! 色々親切にしてもらっちゃって……」
「いやいや。いいんだよ。それじゃあね」
ユタカも軽く手を振り去っていく。それを見送るメグに合流したリサはにやにやと笑みを浮かべ、メグの頬にアイスを押し当てた。
「冷たっ!」
「ははーん……傷心のオトメゴコロにまんまと付け入ったカンジ?」
「ちがっ、ユタカさんはそういうんじゃないって!」
「いーじゃんいーじゃん、どんどん乗り換えてこーよ! 応援するって!」
「もー……リサったら」
友人の軽口に文句を言いつつも、どこか内心満更でもなく思っている自分を感じてメグは頭を振り、やけに心地よい冷たさを感じつつアイスを楽しむのだった。
「Tita!?」
シャリタツは何か唐突な不安感に襲われ目を覚ました。ここ数日はいつか来る逃走の日に向けて体力を温存するようにしており、気怠い身体を何とか休めようとウトウトとばかりしている。そんなある日、突如として胸騒ぎのような何かが彼の目を覚ます。
辺りを見渡しても特に異常はない。いつまで経っても見慣れない牢屋、あるいは愚かな人間どもの部屋。呆けた顔の小娘、あるいは愚かな人間の1人。昨日と同じものだけの、落ち着かない空間だ。
いよいよ疲れが出始めたか。彼は今の焦燥をそう理解して、そして決心する。いつまで経っても自身を送り返す様子のない、使えない小娘の元から逃れる——もとい、見捨ててやろうと。自らの力で故郷へ返り咲いてやろうと。
“下賎なる人間の技術を利用するのが一番早い”、“逃げ出すなどと見苦しい真似はしない”——以前は何と考えていたかもすっかり忘れ、今の彼は隙を見て逃げ出すつもりでいっぱいであった。
彼は知らなかった。うとうととしていた彼にメグが、1枚のパッチをそっとかざしたことを。彼のことを思いやった少女が、彼を致命的に変えてしまったことを。
いよいよその時がやってくる。お散歩に行こうね、と声を掛けたメグに連れられ(もっとも彼は新しい人間の言葉を学ぼうなどとは一切考えなかったため、未だにメグの言葉は露ほども理解できないのだが)、シャリタツは港へとやって来た。国は違うようだがこれは知っている。下等なる人間共は泳ぎが苦手で、あのような馬鹿でかい“フネ”なる生き物に乗らねば水を渡れないと。そしてこの港こそ、その“フネ”の群がる場所であると。
大っきいねー、と阿呆らしく簡単の声を上げる小娘を放り置いて、一気呵成、シャリタツは懐かしい香りのする“フネ”に飛び乗った。
「あっ! シャリちゃん!」
小娘の酷く慌てた声が彼には小気味良い。お前は人間らしく何一つ上手くやれない愚かな生き物だったが、今ここで狼狽して自分を楽しませたことだけは褒めてやろう——尊大にそう思ったシャリタツは、久々の満足感に充たされながら船の奥深くへと潜り込んだ。
幸運なことに——そう、極めて幸運なことに、長い船旅の末に辿り着いたそこは彼の言葉の通じる地域であった。
Fortunately - yes, extremely fortunately, after a long boat ride, It arrived in a region where It’s language was understood.
港からそそくさと抜け出た彼は、出会う1匹1匹に話しかけた。言葉が通じると言うことがこれまでありがたいこととは、彼は今まで思いもしなかった。
As It crept out of the harbor, It spoke to every animal which It encountered. It had never been so grateful to be able to communicate.
どうやらここからそう遠くなく、故郷の湖があるらしい。今に見ていろ、すぐに故郷へ帰り優雅なる王の姿を示してやる。彼は意気揚々と歩みを進めた。
Apparently, the lake of It’s homeland is not far from here. Watch now, and soon I will return home and show you what an elegant king looks like. It went on in high spirits.
獣に襲われ、撃退し、従え。鳥に襲われ、撃退し、従え。王たる彼には造作もないことであった。
It was attacked by a beast, repel and obey it. Birds attack It, but repelled and obey it. The king had no difficulty in doing so.
そしてついに、ついに。彼は念願叶って——不幸にも——故郷の湖へと帰還することができたのだった。
And finally, finally. It got It’s wish that - unfortunately – to return to It’s home lake.
「ヌシー! オレ、オレ——ヌ、ヌシ……?」
“Titaaan! I,I – t,tit......?”
そして——不幸にも、その光景を目の当たりにしてしまった。
And - unfortunately - It witnessed the scene.
彼に見向きもしない配下。
The subordinates who do not look at It.
各地に蔓延る人間。
The people spread to all parts of the country.
そして——不遜にも君臨する、新たな王。
And then - a new king who rules irreverently.
「ヌ? オヌシ……モトヌシ?」
“ti? tou......former titan?”
「シー! オレ、ヌシ! オヌシ、スシ!」
“Niiii! I,Titan! Tou, nigiri!”
「オヌシ、モウ、モトヌシ。オレ、シンヌシ」
“tou, former titan yet. i, new titan.”
「ニセヌシ! ラッシャ! ラッシャー!」
“Nigiri! Hey, dozo! Dozo!”
お前はもう王ではないと言われ、黙っていられる彼ではない。すぐさまかつての相棒を呼びつけ——そして返事が帰ってこない。
It is not one to remain silent when It is told that you are no longer king. It immediately calls It’s former partner; and there is no answer.
おかしい。相棒は確かに知能が低いが、彼の呼び出しを無視したことはなかった。それなのに何故?
Strange. My partner is certainly unintelligent, but have never ignored my calls. So why?
困惑する彼を新しい王は訝しげに見つめ、そしてヒレを叩く。新王の指示でやってきたヘイラッシャは、まさに前王の相棒その者であった。
The new king looked at It quizzically and clapped it’s hands. Dondozo, who had arrived at the new king's command, was the very same partner of the former king.
「ラ……ラッシャ!?」
“D......dozo!?”
「コイツ、オレノ。オヌシ、ノレヌ」
“this, mine. tou, ‘t ride”
「ヌ……ッシ!!!!」
“Ti......taaaaaaaan!!!!”
勝ち誇ったような新王の顔。怒りと悔しさに顔を歪ませた彼は、無理矢理にかつての相棒の背に飛び乗った。
The new king's face looked triumphant. It’s face contorted in anger and frustration, It forcefully jumped on It’s former partner's back.
そして進めと指示を出し——その指示が伝わらないことを知る。
And then It tells them to move on - and finds that they don't get the message.
言葉は通じる。なのに、意図が通じない。そう——もはや彼は、“しれいとう”ではなくなっていたのだ。
The words are understood. But the intent is not understood. Yes - he was no longer Commander.
彼は躍起になって、ヘイラッシャの頭から、口内から、必死に声を上げた。直後ヘイラッシャに噛まれそうになり、危うくそこから逃げ出した。
It jumped to It’s feet and screamed wildly at Dondozo’s head and mouth. Immediately afterwards, It was almost bitten by Dondozo and narrowly escaped.
「オ……オレ……ガ……ヌシ……」
“I......I......am......Tita......”
「イネ! イネ、イネ!」
“go! go, away!”
去ね、去れと現実を突きつけられたかつての王は、打ちのめされ、とぼとぼと湖を後にするのだった。
Faced with the reality and word of leave, the former king is devastated and leaves the lake in a daze.
シャリタツがメグのもとから飛び出して数日後。例え手を焼いたポケモンとはいえど、メグにとっては新たな家族である。姿を消した彼を当然心配しないわけもなく、そして破局したばかりの彼女の行動力はもっぱらポケモンに向いていた。
それ故に、メグは慌てて管理局に連絡し、船の行方を突き止めた。そしてそれが遥か遠くパルデア地方だと知ってから、親友リサと連れ立って遠路はるばる旅立って、そして今日、学生が思い立ったにしては相当に早く、パルデア地方へと到着したのであった。
「うっわ、異国情緒ってカンジ」
「付き合ってもらってゴメンね、リサ」
「いーのいーの。旅行に丁度よかったし!」
和やかに会話をしながら街を歩く2人。事前の調べで、シャリタツの乗った船は2人のいる大都会とは山を挟んで反対側、港町に着いたことは分かっている。旅行を楽しみがてらそこまで行き、シャリタツを探し出して——それから、メグは、シャリタツを野に放とうとしている。
出会ったのが悪かったとは思わない。ただ、遠く離れたメグのもとにやってきてしまったのが不運であった。異国の、素人のもとで暮らすべきではなかったのだ。故郷に戻り、そこで元気になっていたなら……きっとその方が良い。それならメグは安心して、そっと離れ、旅行を楽しんで帰るのだ。
リサと共に、南下しては芸術の街で目を楽しませ、西へ向かっては学園都市にて元彼氏と合わないようにコソコソとし、さらに西に向かっては有名スイーツ店の味に舌鼓を打ち、そこから北上しては砂と水の街の高低差を楽しみ、さらに西の砂漠を現地のガイドに頼って抜け、競りの盛んな港町に着き……。
そんな旅行を兼ねた数日間は新鮮で楽しく、メグの旅は概ね順調であった。
そして、さらに北上し、巨大な湖に足を踏み入れ——。
「うっわ……シャリタツとヘイラッシャだらけだ」
「すごーい、シャリタツってこんなに色とりどりなんだ」
「見てあそこ、ヘイラッシャが群れてる……ちょっとコワくない?」
「確かに……でも、あそこにシャリちゃんがいたりするのかな……」
「ちょ、メグ本気? あーしたち、なみのりとかできないよ?」
「……そーいえば」
メグたちはオージャの湖に辿り着いた。そこで自然界に生きるシャリタツやヘイラッシャを目の当たりにし、そしてここで手詰まりになったことを悟る。水辺を渡る手段もなければ、この広い湖で動き回っているであろう1匹のシャリタツを探し当てられる可能性も少ない。
念の為、とざっと辺りを見渡し……どうしようもない虚無感に襲われ、はぁ、と2人してため息をついた。
「……折角だし、ぐるっと回ってみる?」
「……うん」
ゆっくりと、湖の外周に沿って歩き始めたメグとリサ。
時折激しく水飛沫を上げる魚ポケモンに驚き、希少なドラゴンポケモンを見かけては驚き、やたら偉そうなシャリタツがヘイラッシャを伴って遊泳しているのを見かけては驚き、ヤドンやヤドランののろま具合に癒やされ……。
当然のように目的のシャリタツは見つからず、気分転換にと、ふらりと北部の林道へ踏み入っては様変わりする分布を楽しんでは、またふらりと2人で歩き出すのであった。
その足の行く先が、偶然にも、前王たるシャリタツの逃げ延びた先と全く同じであると、彼女らはまだ知らない。
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