ポケモン小説wiki
【32】30尺様 の履歴(No.4)


30尺様

たつおか




 この作品には以下の要素が含まれます。


【登場ポケモン】  
テッカグヤ
【ジャンル】    
特撮・都市伝説・デカ女(ポケモン)
【カップリング】  
エースバーン(♂) × テッカグヤ(♀)
【話のノリ】    
ノーマル






目次




第1話・50年来の厄災



 後部座席の車窓から望む景色をミコトは心躍る思いで見つめた。

 目の前に広がる田園光景に視界を遮るような物は一切無く、僅かに稲の若葉が伸び始めた水田はさながら青い絨毯を一面に広げたかのような印象すらある。
 それが時折り風に薙がれ、足元に張られた湛水が日差しの煌めきを反射するたびに親愛してやまない祖父母の元へ遊びに来たことを──そして夏の到来を実感してミコトは胸を高鳴らせるのだった。

 パートナーのエースバーンと肩を並べ飽くことなく流れる風景を眺めていたミコトはそんな折、去年までは確認できなかった『それ』を片田舎の景色の中に発見する。
 一見した時にそれは何かの建築物に見えた。
 淡い緑を基調とした円錐形のそれは遠目からもそこそこの大きさであることが伺えた。
 やがては道なりに車がカーブを描いてそれの側面を回り込むに、ミコトは今までの見た目はそれの背後を観察していたのだと気付く。

 徐々にそれの横顔が明らかとなり、やがては正面に見据えたその瞬間──ミコトは戦慄にも近い感覚を覚えた。

 長身のそれは体調の半分近くが長く伸びた首であった。
 竹を連想させる節くれだった首の頂点には人の顔めいた造形物が飾られていた訳ではあるが、見つめ続けるミコトに気付いたのかそれもまた僅かに首を傾げてはミコトへと向いた。
 
 そして明らかに視線が絡むや──それは嗤う。

 髑髏然とした口角と思しき隙間を僅かばかりに開いては笑みの形をそこに浮かべるその表情に中てられ、ミコトは車酔いもまた併発してしまうと窓から離れて後部座席に背を沈めた。
 そんなミコトの容態を心配しては甲斐甲斐しく頭を撫ぜるなどして介抱を試みるエースバーンと、そして助手席と運転席の両親とで車内はちょっとした騒ぎとなった。

 斯様にして一騒動のあった帰省ではあったが、それも祖父母の家に着き、久しぶりの再会を喜んでは夏野菜のもてなしを受けるに頃にはすっかりと忘れてしまうのだった。
 しかしながら次に騒動が起きたのはその晩の夕食時である。

「そういえばさー、田んぼのところにあったアレってなぁに?」

 祖母の振舞う天ぷらに舌鼓を打ちながらふと、昼に見た異形の話題を出した瞬間──場の空気が凍り付いた。
 祖父はビールを注がれたコップを煽った姿勢のままで止まり、背後では次なる料理を運んでいた祖母が驚愕のあまりに盆ごとそれらを足元へと落としてしまう。

 その驚き様は両親もまた同様で、父に至っては『何故それを早くに言わなかった』と不条理にミコトを責めるほどだ。
 斯様にして和やかな夕食の場が一変してしまう中、祖父は素早く立ち上がるとミコト達親子を顧みる。

「言っても始まらん……ついにこの時が来たっちゅうこっちゃ。イサマさんとこに行ってくるけぇ。ミコトは部屋ン中へ隠しとけ」

 平素祖父は言葉数少なく峻厳な雰囲気を醸す人ではあったが、この時ばかりは珍しく僅かな焦りのようなものが感じられた。
 その言いつけ通り、ミコトは今宵寝泊まりするはずであった縁側沿いの広間とは違う四畳半の一室へと押し込まれる。

 訳も分からずに不条理な展開に流され続けるばかりのミコトではあるが、それでも傍らにエースバーンがいてくれるのは救いだ。
 彼もまた慣れぬ状況に戸惑いつつも、ミコトを不安がらせまいと彼女を腕の中に抱いて過ごしてくれた。

 しばしして唐突に部屋のふすまが開くや、変わらずに緊張した面持ちの祖父が顔を見せた。
 
「こちらはイサマさんだ。今回の件について解決をしてくれる。お前が見た話をもう一回してくれ」

 そう語り掛け、祖父が半身を開いて道を開けるそこから歩み出てくる人物を前に──ミコトは絶句した。
 そこに居た者は豪奢な制服に身を包んだ初老の男だった。

 金の飾緒を垂らした鎧の如き背広には階級を表す記章とが打ち込まれており、そこに鍔付きの軍帽などを目深にかぶって豊かな鼻髭など蓄えるその容貌たるや、戦歴の軍人といった貫禄すらあった。
 そしてそんなミコトの第一印象はあながち間違ってもいない。

「こんばんはミコトちゃん。『UB対策室長官』イサマ・リュージンだ。……君は覚えていないだろうけど、初対面じゃないがね」

 UB対策室──後に聞いた話によると、かの組織は未曽有の災害をもたらす可能性のあるポケモンへの対応や、はたまた既に起こされてしまった関連事案への対応と解決を専門に動くものである。
 その活動は多岐にわたり、スパイ映画めいた諜報活動は元より、果ては多種多様の兵器を用い力づくで対象の鎮圧に挑むものまで枚挙に暇がない。
 
 故に軍事作戦的な任務も多分に熟す組織の性質から、それを統括するイサマの風貌に軍人めいた雰囲気が醸されるもまた自然なことと言えた。
 ともあれそんな立場の人物が今宵、12歳の少女の元へと訪れたのである。
 そしてその理由こそは、

「コードネーム・『テッカグヤ』──それが君を狙うポケモンの名前だ。奴は、キミを誘拐しにこの世界へと現れたんだ。……いや、帰って来たといった方が正しいか」

 矢継ぎ早に突き付けられる現実に、少なくとも自身では普通の少女を自認するミコトはただ戸惑うばかりだ。 
 ほんの数十分前までは祖父母を加えた家族で食事をしながら団欒の一時を過ごしていたというのに。

 しかしながら事態はそんなミコトの覚悟や理解を待つ間を与えてはくれない。
 この日最大の衝撃となる事実の発表を前にイサマは一度傍らの祖父を見た。
 互い険しい視線を交わしては小さく頷くと、イサマは意を決したよう小さく吸い込んだ息を胸に留めてはしばし目を閉じる。
 そしてそれが静かに開かれると共に…‥──

「ミコトちゃん……君は12年前、あのテッカグヤによってこの星へと連れて来られた異星人なんだ」
 
 イサマはその事実を突きつける。

 遂には堪えきれず、ミコトは激しい眩暈を覚えた。



第2話・御伽噺



 20:29.54──イサマは指令室に在った。

 前面の視界一杯に広がる湾曲型オーロラビジョンには夜の田園風景が写されるばかりだがやがて──そこには一同の目を疑う光景が展開された。
 突如としてカメラ中央の空間にひずみが生じるや、そのノイズは徐々に収束してはそこに何かの像を結んでいく。

『20秒後、実体化します!』

 オペレーターの緊迫した声に、その視線を依然モニターへ注いだままイサマも小さく頷く。

「──走行式レールガン準備! 実体化と同時に撃ち込め!」

 イサマの指揮の下、数十キロ離れた現場国道の丘陵に配置されていた車両から二基の砲塔が宵の虚空へと展開される。
 45度よりもやや浅い32度に射角を定めた長方形の武骨な鉄塊──その先端に小さな穴が一つ穿たれただけそれは、ともすれば駄菓子の箱のような趣があり到底兵器のようには見えない。
 しかしながら砲弾運動エネルギー・64MJ(メガジュール)を用い、370km先の攻撃目標に終速1.7km/sで着弾させるこの兵器の威力は、けっして玩具などではない現代科学の粋を集結させた破壊兵器である。
 それを準備しつつもしかし……

──コレで済んでくれれば世話はないのだが……

 イサマの不安はぬぐえなかった。
 そして斯様な緊張状態の中、遂にその瞬間は訪れる。

『量子干渉確認! 顕現しましたッ‼』

 オペレーターの声と共にモニターには完全にそれが立体の像を結ぶ。
作戦参加一同の目の前には、かの歪みより生じたエネルギーの光輪を一環、夜の虚空へ走らせるや──その全長9メートルを誇るポケモン『テッカグヤ』が、文字通りの天孫降臨を果たしていた。

 着物の襟元を重ねたようにも見える巨体のその中央からは、体長の半分を占める細長い首が伸びている。
 その先端となる頭部から頭髪を思わせるよう漆黒のマントが背へ靡かせたその容姿こそは、なるほど古典に見られる十二単姿の貴族に見えなくもない。

 しかしながらその優美とも取れる見た目に惑わされてはならないことをイサマは身を以て知っている。
 今より遡ること50年前──このポケモンは今と同じよう現世へ顕現してはイサマから大切な友人を奪っていったのだ。

「今度こそ守ってみせる……そして君も助けてみせるよ、トモエちゃん」

 掲げた右手を左肩口へ水平に掲げるや、次の瞬間それで空を薙ぐかの様に振り払った。
 斯様なイサマの合図とともに、待機していたレールガンを始めとする各種砲塔、そして兵器からの一斉射撃が行われる。

 彼の人生における最も長い夜が始まった。

■    ■    ■



 遠くで響き始めた雷鳴の如き振動を聞き取ってミコトは顔を上げた。
 同時、目の前で対峙していた祖父もまた同じようにその音の方向と思しき彼方へ視線を投げそれへ聞き入った。

「……じいちゃんは話し下手で上手くまとめられんから、とりあえず知ってることを全部話そうと思う。ミコトも分からんことがあったらその場で聞いて自分で整理してくれ」

 依然としてその視線を壁の彼方へと投げたまま祖父は呟くように語り出した。
 そこからは現実的な話が始まるのかと思いきや、以外にもその語り出しはこの地に纏わる民話から始まる。

 それはポケモンの卵の中からヒトが生まれる伝承だ。

 ある時、竹細工の職人として生計を為していた老人が竹林の中において光る青竹を発見する。
 何かと思いそれを断つと、その竹筒の中にはポケモンのものと思われる卵があり、それに神々しさを感じた老人はその卵を持ち帰り、妻と共に夫婦でそれの孵化を試みた。

 かくしてその卵からは小さな女の子が誕生し、人間同様に健やかに成長した彼女はやがては国でも評判の美女となる。
 時の権力者にも見染められ、全てが万事上手く進んでいると思われた矢先──夏のある夜、突如として月夜から飛来した一匹のポケモンによって事態は一変する。

 そのポケモンは『テッカグヤ』と呼ばれた。

 かのテッカグヤは件の少女を此処より連れ去ることを一同へ宣言し、半ば強制的にそれを強硬した。
 当然ながら次期の妃ともなろう少女を守ろうと当時の武人やそのパートナーたるポケモン達もまた、それぞれをの武威を誇っては応戦するも──その圧倒的な力の前にやがてはひれ伏し、遂に少女はテッカグヤの手によって連れ攫われてしまう。

 そして時を隔てて近代に移り、かのテッカグヤはまた都市伝説めいた寓話にて再登場するに至る。

 それこそは夏のある日に現れては子供を誘拐するという話だ。
 この中においては、テッカグヤは『30尺様』と呼ばれた。

「さんじゅっしゃく、さま?」
「昔の長さを図る単位よ。だいたい9メートルくらいだな」

 斯様にして一見、別物の話として聞こえるこれらも多くの共通点が見受けられる。
 それこそは『夏の夜に現れること』、『大柄の女性を模したポケモンであること』、そして……──

「こどもを……さらう?」

 その心を読んだよう訊ねるミコトに対し、祖父も俯くとも判然としない様子で頷いてみせる。
『テッカグヤ』も『30尺様』もその名の由来は不明だ。
 しかしながら太古からそう呼ばれたそれは、文明の発展目覚ましい現代においてもなお在り続け、そして少女の誘拐という因習を今も続けているのだ

 そしてこの話には、そんな巷間で伝わる与太話には伝えられない隠された真実があり、祖父はそれを知る一人であった。

 右足を上にしていた胡坐を今度は左足を上に組み替えて居住まいを正すと、改めて祖父はミコトを見る。

「ここからが肝心だ……気をしっかり持って、よう聞けよ」

 上目遣いに見つめてくるその視線はどこか、仇とする敵(かたき)へと向けられるかのような緊張感が満ちていて、それに射竦められた12歳の娘と傍らのポケモンは背筋を伸ばしては身を硬直させた。
 やがては斯様な祖父から伝えられる真実……──それこそは、

「テッカグヤは『娘をさらう』んじゃない……さらわれる娘そのものが『テッカグヤ』と成って、古き神と入れ替わるんだ」


 荒唐無稽な一連の話においてもしかし、ミコトは己が正体が『テッカグヤ』であることの実感を確信するのだった。
 


第3話・トモエちゃん



 21:34.08──モニターにて確認できる惨状を前に、言葉を発せられる者は誰一人としていなかった。

 高感度カメラによって伝えられる現場の状況は、夏の夜とはいえそこにて戦う隊員達の仕草や表情が確認できるほどに鮮明だ。
 その映像の中に映し出された光景こそは──濛々と黒煙を上げる最新鋭兵器の残骸。そして今なお激しく燃え続けるそれら足元からの赤い逆光に禍々しいシルエットを宵闇へ浮かび上がらせるテッカグヤの光景だった。

 開戦の狼煙となったレールガンによる初段を受け止めたテッカグヤは僅かによろめいたように思えた。
 その後も一気に畳みかけるべく二基あるレールガンから相互の砲撃と、そしてこの場に投入された他の戦闘ヘリによるミサイルや走行戦車による一斉射撃を行うもしかし──それらに爆撃されて立ち上がる黒煙の中、突如としてそれらは現れた。

 それを目撃した者の印象はそろってその時の光景を落雷と表現した。
 光の筋が一本、何の前触れもなく天空から降り注いだかと思うやレールガン二基が瞬く間に蒸発した。
 何事かと思いそれの発生源と思しき空へ視線を転ずるやそこには──青竹を思わせる、節くれだった二機の攻撃衛星が末広がりの砲身を地上へと向けては虚空を旋回する様が窺えた。

 その後もそれらは縦横無尽に戦場を駆けては瞬く間に人類の兵器達を制圧していく。
 かくして最後のヘリが撃墜された後には……一同がいま見守る惨状が目の前に展開されるばかりだった。

「約30分……コレで少しでも消耗できればと思ったが」

 それを前にようやく口を開いたイサマの忌々し気な言葉は誰に対してでもない、自身へと独り言ちたものだった。
 しかしながらこれらもまだ想定内として捉えていたイサマは次なる作戦へと指揮を変更する。

「ニイイチサンゴウを以て二次作戦へと移行する! カイリキー、出撃用意! 復唱せよ‼」

 むしろここからこそが彼の目論見とする作戦の真骨頂だ。
 イサマの言葉を受け、即座にオペレーターもまた反応するや作戦は次なる攻防へと展開していく。
 

 一方、戦場である田園の一角において目障りな兵器の一掃を終えたテッカグヤはその視線を巡らせては地平線に何かを探す。
 件の攻撃衛星二機もまた斯様なテッカグヤの両側面に寄り添うと、さながらそこには巨大な二本の腕を垂らしたが如き異形のシルエットが完成していた。

 斯様にして夏夜の虚空に佇むテッカグヤはしかし次の瞬間、その巨体には似つかわしくも無い機敏さで半身を翻す。
 その視線が投げられた先にはただ一つ──小さなモンスターボールが宙へと舞う様が見て取れた。

 今のテッカグヤと比較しては豆粒ほどのそれも、従来のモンスターボールに比べたのならば10倍以上の大きさがあったであろう。
 そんなボールが目の前へと放り上げられ、そしてそれが激しく発光しては爆ぜた次の瞬間──目の前には今の自分と大差ないであろう巨体のカイリキーが一匹、腕組みに出現しては上目遣いにテッカグヤを見据えた。

「さぁ、ここからが本番だ。人類の……否、地球人の意地を見せつけてやれカイリキー‼」

 イサマの号令を──そして今この瞬間、この戦いを見守る全ての者達の期待を一身にカイリキーは腕組みを解き……憤怒する阿修羅の如きに、四振の腕(かいな)を天空へ広げては構えてみせるのだった。

■    ■    ■



 大地の鳴動は未だ止むことなく、遂には微細な振動が猫間障子のガラスを鳴らせてもなお──ミコトはそれに動じることなく祖父の話に聞き入っていた。
 もはや斯様な周辺の変化になど気付いてすらも居ない。
 それほどに、今ミコトが耳にしている物語は荒唐無稽でかつ──直接心へと共鳴してくるかのような真に迫る臨場感があった。

 祖父と先のイサマはこの村出身の幼馴染であり、そして二人にはもう一人『トモエ』という友人がいた。

 同年齢の三人はそれぞれにウマが合い、もはや男女の垣根を越えた親友同士であったと、その時ばかりは祖父も口元を緩めた。
 もはや兄妹同然であった三人の日常はしかし、無惨に引き裂かれることとなる。
 それこそが……

「まさかトモエちゃんって………」
「あぁ……」

 期せずして口に出たミコトの相槌に祖父は小さく頷く。
 選ばれた少女が天に召される──『連れ攫われる』ことを確定事項として知り得ていた村人達はその当時も、彼女を守ろうとあらゆる手段を尽くした。
 しかしながら強大なテッカグヤの侵攻を村人たち程度では防げるはずもなく、無惨にもトモエはテッカグヤに攫われることとなった。
 しかし、

「彼女が天に召される瞬間を……俺とリュウちゃんは目の前で見たんだ」

 その光景は後に、長らく祖父とイサマ長官を苦しめることとなる。
 迎えに現れたテッカグヤの手の中、視線を交わすそれと何らかの心的な交渉がもたれた次の瞬間、トモエは苦し気に蹲ってはそして──一つの小さな卵を出産した。

 当然のことながら人間足るべきトモエの産卵に驚愕する幼き祖父とイサマをよそに、テッカグヤは発光するかの如くにエネルギーを拡散させては収縮し、やがて消えた。
 そして斯様なテッカグヤからの命のバトンを受け取るかのよう、今度はトモエ自身が眩くエネルギー波を自身から拡散し始めたのだった。

「ただ慌てふためくばかりの俺達をよそに、トモエちゃんは『全てが分かった』んだって苦し気に伝えてくれたよ……」

 たどたどしくも語彙に乏しい子供の語り口ではあったが、トモエは一連のテッカグヤによる誘拐事件の真相を二人に伝えた。

 全てはテッカグヤの繁殖行為に他ならなかった。

 50年に一度、テッカグヤは繁殖を試みる。
 しかしながら唯一無二の存在である彼女には雌雄による交配が望めず、その代替法として自身とまったく同じ存在を細胞分裂によって産み落とす。
 あとはその個体が生れ落ちるまでは別次元で時の干渉より逃れ、そしてそれが次なる繁殖を可能な年齢に達した時に再び現れては交代を果たすのだという。

 かくして産卵を果たして『分裂』を終えたトモエに訪れる次なる変化は──何者でもないテッカグヤへの転生であった。
 
 急激な細胞の変化による肉体改造を経ては、その地獄の痛みに身悶えるとトモエはしかし、最後の理性を振り絞っては目の前の親友二人にある願い事をする──


──『次の子は、私に渡さないで。どうか二人で守って……そしてテッカグヤの苦しみも、私で最後にして……!』


 次の瞬間、その身を突き破らんばかりの発光を果たした後──気付けばトモエの姿は二人の前から消えていた。

「……卵は、俺が預かった。俺が守り、生まれてきた子は必ず守ると誓った。そしてリュウちゃんは、トモエちゃんを殺す役を請け負ってくれた」


 そして50年後となるこの日、遂に祖父はその時を迎えようとしている。
 
 今宵、幼き日の約束をそれぞれが守り通せるか──はたまたしかし、ミコトもまた次代のテッカグヤへと転生をしてしまうのか……それらに関わる全て者の人生が、これからの数時間に集約されていた。



第4話・本当の家族



 21:54 .32──事態をけっして楽観視していた訳ではない。
 事実、今日この日を迎えるまでイサマは彼なりにテッカグヤとの戦闘をあらゆる方面から熟考して来た。
 その結果たどりついた作戦こそがポケモン同士によるバトルでの決着であったのだ。

 この地域の特殊な磁場によりポケモンのキョダイマックス化が可能と知って以来、あのテッカグヤを葬り去る方法はこれしかないと踏んでいた。
 故にその相性や、使用するポケモンの特性等も考慮してはカイリキーを投入するもしかし……事態は無情な結末を辿るに至った。

 善戦にもしかし、今のこれはトレーナー同士のバトルではない。
 最後はテッカグヤの破壊光線を受け地に沈むカイリキーの姿を巨大オーロラビジョンで見届けた作戦本部一同は悲嘆の声を悲鳴さながらに上げた。

 そしてそれを見守るイサマもまた、その眉元を複雑に盛り上がらせては今……言葉無くただ歯ぎしりにその結末を受け入れるばかりであった。
 トモエを救えなかった──その痛惜の想いのほか、今に至っては新たな犠牲者になるであろうミコトを救えなかったことへの慚愧も堪えない。

 しかしながら当のテッカグヤはイサマに対し、そんな感傷へ浸る間を与えようとはしなかった。
 左右へ頭部を展開させながら地平線を舐めるよう見渡していたテッカグヤの視軸がある一点においてピタリと止まった。
 その様が映像に移し出されると、彼女は真正面からモニター越しにイサマと向き合うかの様な形となる。

 映像越しとはいえ、直にこちらを見据えてくるかのようなその視線にイサマは血の凍る思いがした。
 その瞬間、これよりテッカグヤが為そうとしていることを看破したからである。

「いかん……! 総員退避! 急げぇ‼」

 なりふり構わずに号令するイサマにもしかし、その状況を理解できないオペレーター一同は瞬間呆けた視線を司令官席へと集める。
 そして眼前のオーロラビジョンでは前傾に身を屈め、頭部を突き出させたテッカグヤがその顎門を解放させる。
 斯様なテッカグヤの両サイドへも件の攻撃衛星二機が控えるやその砲口もまたこちらへと向き、それぞれに排水溝へ流れ込む水の流れを可視化したかのようなエネルギーの収束を見せ始めた。

 この段に至り、場の全員もまたテッカグヤの意図を察する──彼女が、この基地の狙撃を直接に狙っていることを。
 そのことに気付き、ようやくに場が騒然となるのも束の間──次の瞬間、凝縮されたエネルギー線はテッカグヤから発せられ、瞬間昼夜が逆転したかの如き眩さで周囲を照らした。
 
 地を這うよう低空で直向してくるテッカグヤ本体の物と、そして攻撃衛星から射出された都合3本の光線はやがて、衛星の物がテッカグヤの光線に対し螺旋状に纏わりつくよう収束するとやがては一本の光線へと変化する。
 見た目からも察せられるその高エネルギーの光線が完全にカメラを焼き切ると、オーロラビジョンから伝えられるその映像は網膜を焼き尽くさんとするばかりの眩さで作戦司令部を満たした。

「すまないジンちゃん、すまないミコトちゃん………──ごめんよぉ、トモエちゃん……!」
 
 次の瞬間、激しい衝撃にイサマ達は飲みこまれた。

■    ■    ■



 その後の祖父の人生はミコトの知る事実と大差はない。

 祖父は、直接の関係者ではないにせよ事情に理解を示してくれた祖母と結婚をし、二人の間に一男を設けた。
 そしてミコトの父となるその子が結婚を果たすのに合わせて、祖父は一連の秘密を息子にも打ち明かす。
 
 祖父にしてみれば今後自分に何事かあった時には、この卵のイサマへの譲渡を頼むつもりでの告白ではあったが──存外に息子夫婦もまた全ての事情を理解しては思わぬ提案をしてくるのだった。

 彼らの選択とは──そこから生まれ出づるであろう者を、我が子として迎え入れる提案だった。

 そしてそんな両親の想いを察したかのよう卵はその年の終わりに孵化を果たし……玉のような女の子をそこに誕生させた。
 言わずもがな、その赤ん坊こそが今のミコトである。


 一連の事件の真相を聞き終えて以降、二人は何も話せなくなって場に沈黙が流れた。
 思わぬ自身の出自を知ることは衝撃であると同時に悲しみもまた去来したが……それでもしかしミコトの胸には、その感情を払拭して余りある心嬉しさもまたそこに満ちていた。

 それはこんな自分に携わってくれた全ての者達に対する強い感謝の念だ。
 両親と祖父においては血の繋がりが無かったことへの悲しみも去ることながらだからこそ、本当の娘や孫として接してくれたことにミコトは実の血縁にも引けをとらぬ真の愛情をそこへ感じるのだった。

「おじいちゃん……今日まで、ありがと」

 思いもよらぬ孫娘からの言葉に、この老人には珍しいはにかんだ表情を浮かべて見せては、それを誤魔化すよう大袈裟な咳払いなどして顔を逸らした。

「今日までだなんて言わせん。明日以降もお前は俺の孫なんだ。この家の……子だ」

 そう前置きを置いた祖父は同時、思い出したようイサマの計画する対テッカグヤへの対処もかいつまんで説明をした。
 結果がどうなるのかは未知数ではあるが、テッカグヤを物理的に撃退することが出来れば──あのポケモンとミコトの接触を絶つことが出来れば、ミコトがテッカグヤに成り代わる悲劇は避けられるはずである。

 今も小さな地響きとなっては遠くにいるであろうイサマの奮闘を知る二人は、心密かにその勝利を願っては止まなかった。
 しかしながら、数分後に事態は一変する──。

 突如として轟音と共に、一際大きく家全体が揺れた。
 その衝撃たるや、もはやこの家が直接に攻撃を受けたかのような揺れ様であった。
 それを受けて座位のままにバランスを崩すミコトを傍らのエースバーンが立ち膝に身を起こしては抱き留める。

「決着、したのか? ならばどちらだ……?」

 しばしして今度は一変として従来在るべき夏の夜の静けさを取り戻した静寂をよそに、祖父も独り言ちるように訊ねる。
 そしてその問いに対する答えは、史上最も最悪の形で叶えられることとなった。

 次の瞬間、再び家が大きく揺れた。
 先の大地の揺れに追随するかのようなものではなく、今度はこの家こそが間違いなく破壊の対象とされる衝撃だった。

 木造屋根の母屋が力任せに引きちぎられる音が、雷が鳴るか如き轟音の中で目の前にいる祖父が激しく口を開け放っては何かを叫んでいた。
 その視線が向けられていることからもおそらくは自分の名を呼んでくれたのだろうとミコトは自覚する。

 やがて電気もまた完全に遮断されては照明も途絶え、完全なる暗闇に閉ざされた室内に──眩いばかりの光が降り注いだ。
 それを見上げる一同はしかし、その視線の先にあったものを確認しては絶望の淵へと立たされる。


 屋根の消えた青天井の彼方には眩いばかりの満月の姿……。
それを背に、この一室を覗き込むテッカグヤが──ミコトを見下ろしてはその口角を嗤いに吊り上げていた。



第5話・光の巨人



 母屋の取り払われた上空から──テッカグヤは室内にてエースバーンと身を寄せ合うミコトを目下に捉えた。
 そしてそこに意識を集中させるや途端、ミコトの体はエースバーン諸共に宙へ浮き上げられては、テッカグヤのすぐ眼前へと持ち上げられる。

 そこにおいてミコトは至近距離でテッカグヤと視線を交わす。
 頭部に二点として穿たれたその『瞳』と思しき穿孔──その淵は荒く削れたかの如き痕を残しては楕円に穿たれ、一見するに見る者を委縮させる禍々しさを湛えてもいたが……

──たくさん……泣いたの?

 斯様なテッカグヤの瞳にミコトがもった印象はそんな寂しげなものであった。
 先に聞かされていたトモエへの感傷も手伝ったのかもしれない。
 しかしながら、そんな想いに心を捕らわれたのは一時のことであった。
 次の瞬間、

「んくぅッ!? あ、あああ! いやぁ……! 体が……痛い! 熱いぃ……ッ!?」

 突如として身の内から沸き上がった血流の変化にミコトは身を縮こまらせる。
 正常に流れいていた血液や体液が逆流するかのような不快感と痛み──それこそは50年前に祖父が見た、トモエからテッカグヤへの変節これなのだろう。

 しかしながら同時、ミコトの胸の中にはそんな自身の痛みすらをも遥かに超える負の感情もまた流れ込んではその意識を鮮明とさせた。
 今ミコトの心へと流れ込んでいるもの……共有しようとしているものは、今日に至るまでのテッカグヤの記憶であった。

 代を越えながら、人であった頃の楽し気な記憶とそしてテッカグヤへと転生を果たしてからは次元の隙間で次なる者の転生を待ちながら過ごす虚無の時間──しかしながらそれら記憶の中に一貫としている願いは、これが発生した時から変わることのないただひとつのものであった。
 それこそは、

『 子供が 欲しい 』


 そんなテッカグヤの切なる想いに触れた時、ミコトはいま我が身を駆け巡る痛みを超越しては悲しみの涙を滂沱として溢れさせた。
 唯一無二の存在故に番(パートナー)を得ることの出来ぬ特殊性……それでもしかし、一生物でもある彼女の本能は自身の遺伝子を後世へと残すべく、斯様に手の込んだ細胞分裂を繰り返しては世代を跨いできた。

 しかしながらそれは、この身に満ちる斯様な苦しみを悠久の時の中で繰り返す悲しき行為でもあったのだ。
 
──誰も間違ってなんかいない、けっして悪くなんかない……このテッカグヤだって、苦しんでる……!

 ふとそう考えた時──ミコトは今体に流れる変節の血流が、瞬間その流れを肉体の中で変えたような気がした。
 同時に気付く。
 今この場には自分とテッカグヤ以外のもう一人が居合わせていることに。

 その者を求めるようミコトは辛うじてまだ形を保っている右手で空を掻いてはそこに探す。
 それを察したかの様、その人物もまたその手を取ってくれた。
 その者こそは……──

「く、うぅ……エース、バーン………手伝って、くれる……?」

 眩い光に満たされたばかりの自身の瞳は、もはや閉じているのか開いているのかすらも判別がつかず、ただミコトは手を握り返してくれたそれに訊ねる。
 そんなミコトに応えるよう、さらにもう片手の掌が握り合わせる右手の甲へも包み込まれた瞬間──爆発するかのようなエネルギーの凝縮と共に隣のそれと肉体が溶け合うのが感じられた。

──私はテッカグヤにはならない……あの子を、救える存在になるんだ……!

 強く心に願うと、自身らを包み込むエネルギーはその願いを叶えるが如くにミコトと同伴者の肉体を捏ね上げては変容させていく。
 肉体を強制的に作り直されるその更なる痛みにもしかし、ミコトは全身に力を込めては耐えた。
 やがて肉体は望む輪郭を得て右手がそこに象られると、ミコトはそれを強く握り締めて拳を作る。
 さらに残る肉体もまた再構築され、ミコトはその衝撃の中で完全に自分がテッカグヤとは違う存在へと生まれ変わるのを確信した。

 テッカグヤではないまったく別の存在──それこそはテッカグヤの願いを叶え、そして救うべき力と想いを持った姿だ。
 その姿を顕現させるべく、ミコトは拳を握りしめた右腕を振り上げ今──収縮されていた肉体を解放するかのよう突き出しては解き放つ。

 夏の月夜に、超新星を思わせる衝撃を以て光の爆発が起きた──。
 その中心から今、新たなく肉体を手に入れたミコトが出現しては新生を果たしたのだった。

 
 一方で瓦礫と化した家屋の中から、それら一部始終を目撃していた祖父は目の前にて繰り広げられたその奇跡の瞬間を、瞬きも忘れ網膜に焼き付けていた。
 今テッカグヤと対峙する者が、その姿形こそ変えどもそれがミコトであることは、もはや視覚や言葉以上の信憑性をもって祖父は確信していた。

 それは全てを終わらせる者であり、そして全てを救う者──分け隔てなく万人へと希望を齎すであろうその『光の巨人』をただ、祖父は見つめ続けた。


 月夜の下には古の姫君と兎のポケモンが二人。
 一人は悲しき運命の放浪者・テッカグヤ──
 そしてもう一人は新生した際の姿勢のまま、握り拳の右腕を高々と天へ掲げてはキョダイマックス化を果たした──

 
 エースバーンの神々しい姿であった。



第6話・刻の旅路



 目の前において対峙するエースバーンに対し、テッカグヤはあからさまな戸惑いを見せていた。

 太古より続けられてきた因習の記憶は、当然ながら今のテッカグヤにも引き継がれている。
 そんな千年に渡る記憶の中において、自身の分裂体がまったくの別物へと変貌してしまうなどという事態は初めてのことであった。

 先のカイリキーの件もある。
 原因は分からずとも、第三者の闖入には警戒をして然るべきであろうが……この瞬間におけるテッカグヤの胸中には不思議と暖かいものが溢れていた。
 同時にそれは、久しく忘れていた期待を思い起こさせては胸もまた躍らせている事に気付き、テッカグヤはそれらへの戸惑いを覚えずにはいられない。

 一方で目の前に佇むエースバーンもまた右腕を掲げていたポーズを解き、自然体に脱力をしては改めてテッカグヤと向き合う。
 そこから向けられる眼差しや気配に敵意のようなものは一切込めてはいない。
 むしろ彼女を迎え入れんとするかのような包容力を感じさせるその佇まいにむしろ、見つめられるテッカグヤは切なさすらも覚えたほどである。

 抱き着きたい──そんな衝動に駆られる。
 それこそは激しく求めてやまなかった愛情を与えてくれる存在……幼児が無自覚に親の愛を欲するのような気持ちが全身に湧き上がっていた。
 それでもしかし、テッカグヤは自身から動き出すこと叶わず、遂には視線を外しては所在なげにその場で身を捩じらせては立ち尽くすばかりだった。

 そんなテッカグヤへと──エースバーンは接触をする。
 ゆっくりと、やや大股に一歩を踏み出してテッカグヤに歩み寄るや、その頬元に手の平を添えた。
 うなじに懸かる髪を梳き分けてはその顔を露とさせると、エースバーンは更に身を寄せてはその頬元へとキスをした。

 言わずもがなの抱擁にテッカグヤは瞬間、両肩を跳ね上がらせては身をすくめるも……その後も顎のラインへと降りては首筋に施されるその、幾度となく吸い付ける愛撫に、徐々に彼女もまた脱力をしてはその身をエースバーンへと委ねるのだった。

 同時に下半身においては救う様に宛がわれたエースバーンの右手が、テッカグヤの重ね襟に侵入してはその内部もまたまさぐり始める。
 その瞬間、我が身に走るその感覚にテッカグヤは息を飲む。
 自分自身にこんな感覚を受容できる器官があったことに驚きを禁じ得ないが、そんな未知の感覚をエースバーンの手の平は次々と発見していく。

 おそらくは膣口と思しきその間口を探り当ててはエースバーンの指先はそこの撹拌をしていた。
 無遠慮に挿入してしまうような真似はせず、その指先で陰唇やクリトリスの表面を捏ねるようにして撹拌する左右運動に、徐々にテッカグヤの内側からも愛液が滲み出しては瞬く間にエースバーンの右手を、さらには十二単然とした体表の裾にもその雫を滴らせるに至った。

 それと同時、エースバーンの肉体にもまた変化が現れた。
 指先に感じるテッカグヤの体温と愛液の潤滑に反応し、エースバーンの引き締まった股間からも、その痩躯には似つかわぬ巨大な陰茎が勃起を始めていた。
 血を滴らせたように赤く鮮明な先細りのペニスそれ──そこからも醸しだされる体温と匂いもまた感じとっては、なおさらにテッカグヤの肉体も興奮に煽られる。

 もはや触れられている股間からは放尿と思しき量の愛液が溢れ出しては、その下に跨ぐ田畑の灌水に滴り落ちては幾重にも波紋を広げる。
 もはやテッカグヤはその待ち遠しさに狂い出さんばかりの興奮にあった。
 性的なそれは元より、何よりも自分がいま生殖を為そうとしている事実にである。

 それこそは悠久の刻の中で待ち続けた瞬間でもあった。
 そして正面からその背に両腕を回してテッカグヤを抱き寄せたエースバーンは今──……その前面同士を密着させ、遂に彼女の膣への挿入を果たすのだった。

 熱を持った物体が千年越しの処女を引き裂く感触にテッカグヤはその細い首を仰け反らせては身悶える。
 過去に様々な抵抗からありとあらゆる痛みに晒されてきた彼女にとってしかし、今この身を裂く破瓜の痛みはまるで別物の感触であった。
 痛みの中にも確かな暖かさと、そしてエースバーンからの愛情を感じた。
 その強さこそが今の痛みと比例しているように感じると、なおさらにテッカグヤは自ら腰を突き出してはより深い挿入を望む。
 そして今、文字通りの一心同体と化したエースバーンにもその想いは通じていた。
 あるいは更なる愛を彼女に刻み込みたいというエースバーンの想いこそがテッカグヤに伝播していたのかもしれない。
 二人は今、互いを求めることを何にも増して強く求めた。

 無機質とした外見の彼女にもしかし、その胎内は何処までも柔らか気でありそして潤沢に愛液を滲ませていた。
 その包み込まれる快感に無新で腰を突き出し続けるエースバーンに呼応するかのよう、テッカグヤの膣もまた激しく収縮を繰り返し、その肉襞を以て包み込むペニスを扱き上げるのだった。

 ペニスの先端が最深部へ到達すると、子宮周りに浮き上がった独特の襞がくすぐるようその先端を刺激した。
 それを味わうに至り、もはや激しい射精の予感に肛門を収縮させてはエースバーンも身動きが取れなくなる。
 そんな彼を今度はテッカグヤが抱き寄せた。

 エースバーンの細い背に交差するよう掛けられた先の攻撃衛星二本は、この時初めて他者を慈しむ両腕としての機能を果たしたといって過言ではない。
 同時にエーズバーンもまたテッカグヤの背に両腕を回しては力の限りに──さながら自身の中へと取り込まんとするかの如き膂力を込める。

 いつしかエースバーンは忙しないピストンを開始していた。
 しかしながらそれも、もはや相手を慮ったものではなく一刻も早く射精を得たいというはなはだ身勝手で忙しない動きであった。
 それでもしかしテッカグヤはそれに動じることなく、今は溢れんばかりの慈愛を以てそれを受け止めていた。
 オスにも求められる悦びを……そしてメスとしての務めを今果たしているという実感は何にも増してテッカグヤに充実と、そして目の前のエースバーンへの愛情とを募らせた。

 それが反映されたかのようテッカグヤにもまた心身共だった変化が現れる。
 彼女もまた絶頂を予期した。
 同時にその果てに待つ受精もまた肉体は感じ取っては、全身を以てエースバーンの子種を搾り取ろうと躍起になる。
 そんなもは暴力的なまでの吸い付けに晒されては、エースバーンもテッカグヤにしがみ付いたまま声を上げた。
 もはや射精はすぐ目の前だ。
 
 我が身の体内へとそれが注がれようとする瞬間を予期した瞬間──その興奮から先だって、テッカグヤは絶頂を果たした。
 月光による光の粉が降り注ぐような夜の下に、テッカグヤの謳うかのような嬌声が響き渡った。
 そしてそれから遅れること数瞬──遂にはエースバーンもまた射精へと至る。

 声高く見の内に籠っていた全てを解放するかのようなテッカグヤとは対照的に、エースバーンはより強く抱きしめてはその胸元へ鼻先を埋めると、深く低く呻きを漏らしては彼女の体内への送精に意識を集中させた。

 腹の奥底で湯が湧くかの如き感触に幾度となく絶頂を繰り返すテッカグヤはしかし、今日まで焦がれ待ち望んだ他者の子種が自身の子宮を通っては卵巣へと向かう様を感じるような思いがした。
 やがてそれは、千年という時を超え──ようやく子を生す宮の奥深くに鎮座する卵へと到達する。

 その神聖な場においてこの日を待ちわびた二人の魂は手を取り合い、やがては互いに身を寄せ合っては一つとなる。


 永きに渡る刻の漂流の果てにその邂逅へ至れたこと──そしてこの旅の終わりを実感しては、テッカグヤもエースバーンもあふれる涙を抑えることが出来なかった。 



エピローグ



 遠い声に呼び起こされて覚醒を果たすと──目の前には必死の形相で自分を覗き込んでいる祖父とエースバーン、そしてさらにその背後には頭に包帯も痛々しいイサマの姿が見えていた。

 目覚めてもなおその光景が理解できず、ミコトは目ボケ眼のままに自分へと掛けられる慰労の声を聴いていた。
 はたして自分はなぜこんな所で寝ていたのだろうか?
 気付けば周囲はすっかりと陽にに包まれては、あの夜の気配などはもう微塵も無い……斯様にして徐々に意識がハッキリしてくるにつれてミコトは昨晩の体験を思い出していく。
 そして自分がエースバーンと一体となり、テッカグヤと一夜の契りを交わしたことを思い出した瞬間──見守る祖父達に劣らぬ形相で跳ね起きた。

「こ、ここは!? テッカグヤは!? トモエちゃんはッ!? 私、どうなってるの!?」

 混乱もしきりなミコトの様子にむしろ安堵したのか、ようやくに見守っていた一同は深くため息をついた。
 既に夜も明けたその場所は何処か竹林の一角であった。
 そうして改めて深く抱き着いてくるエースバーンの背を訳も分からずにはたくミコトへと──

「どうやら……全部終わったらしい」

 祖父達は事の顛末を話して聞かせた。

 あの契りの直後、現れた時と同じくらいの唐突さでエースバーンは発光をしそして縮小してはあの場から消え失せた。
 それを前にしばしテッカグヤも名残惜し気に彼の消えた足元を見つめてもいたが、やがては宵の明け始めた空へと飛び立っては明星となって消えたのだという。

 斯様にしてテッカグヤの脅威は去ったものの、さりとて肝心のミコトが居なくなってしまったのでは画竜点睛に欠く。
 その後は関係者を動員しての捜索が行われたが、現場となった田畑の周辺は元より、壊された祖父の実家に至るまで、そこにミコトの姿を見つけることは叶わなかった。

 誰もがやはり今回もあの悲劇が繰り返されてしまったかのと絶望したその時──祖父にはただ一つだけ思い当たる場所があった。
 それこそは50年前、親友であったトモエを見送ったあの竹林である。
 その場所へと一縷の望みを託して訪れた祖父はそこにて……──

「──このエースバーンと、そしてそこに寝てるお前を発見できたんだ」

 語られる一連の事件の顛末をミコトは実感の無いままに聞いた。
 あまりに衝撃的だったあの一夜の出来事はその全てが御伽噺めいていて、事実当事者であったはずのミコトですら、あの体験がひどく曖昧で今なお夢物語であるかのような心地でいた。
 それでもただひとつ確信していることもあった。
 それはふと出された祖父の素朴な疑問に対する答えである。

「結局トモエちゃんはどうなってしまったんだろうな……また50年後をめざして一人で過ごしてるものか……」

 独り言つるようなその問いを発しては表情を重くさせる祖父とイサマを前にしかし、

「そんなことないよ。トモエちゃんはもう一人じゃないし、これからは自由に宇宙を旅してるんだよ」

 ミコトは断言していた。
 それを前に唖然としたかのような視線を向けてくる二人を前に、一方のミコトはどこか得意げにそれを告げては鼻息を荒くさせる。

 あの契りの後、エネルギーを使い果たしては拡散していくミコトとエースバーンを前にテッカグヤは確かに言った。
 ポケモンが言葉を話すだなんて珍妙であるかもしれないが、それでもミコトはしかとそれを聞いたのだ。

 それこそは、テッカグヤが無事に子を成したこと──そしてそのおかげで新たな可能性と未来が生まれたことを。

 もはや細胞分裂による種の保存が必要となくなったテッカグヤは──トモエは今これから、ようやく自分の人生を始める為にこの地球から飛び立つのだとミコトは聞いた。

 最後には祖父とイサマへの感謝もまたしていたことも伝えると、話を聞いていたイサマが一際大きくため息をつく。

「今回の作戦の指揮を執っていたのがワシだってこともトモエちゃんは知ってたんだな……だからあの時も、わざと直撃はさせずに攻撃を外してくれた」

 数時間前──UB対策室の本部を狙ったテッカグヤの光線は僅かに直撃を反れ、その施設の大半を破壊させたもののイサマ達隊員は九死に一生を得るに至っていた。
 それはイサマがあの日の約束を忘れずに果たそうとしてくれたことに対する、せめてもの労いであったのかもしれない。

 そしてようやくに全ての夜が終わったことを悟るや、一同は期せずして天を仰いだ。

 一連のイサマの抵抗も、そして今日までミコトを守り続けてきた祖父の行動も、どれも決して無駄ではなかったのだ。
 様々な積み重ねの果てに今の未来が作られたことは間違いない──トモエと別れた瞬間から今日に足るまでそうした努力や矜持のどれ一つが欠けても、今日の結果には至らなかっただろう。

「ようやく終わったんだね……トモエちゃん」

 誰ともなく呟く。

 生い茂る笹の枝葉に切り取られた淡い青空にはただ一つ──白い月が朧げに浮き上がっているのが見えていた。



■    ■    ■



「──……ミコトはどうなったの?」

 ベットの中からそう訊ねてくる孫娘に対し、今となってはすっかり齢を重ねたミコトは小さく微笑んでみせる。
 なにやらあの日のようだと思ったのだ。
 気付けば自分もまた、あの日の祖父同様に老いを帯びては今、最愛の孫へと接している。

「どうもしないわよ。あの後、ミコトは普通に大人になって結婚して、そしてあなたのお父さんを生んだの。エースバーンだって今も元気でしょ?」
「それだけ? つまんないのー」
 
 子供特有の残酷とも取れる無邪気さにむしろ、ミコトは他人事のようそんな感想がおかしくなって笑った。
 そしてこの思い出を巡らせる時、いつもミコトはあのテッカグヤへと思いを馳せた。

 あの日、ミコトを始めとした皆の手によって救われたテッカグヤはその日まで自身と同一となる細胞分裂によって種の保存を保ってきた。
 すなわちテッカグヤは──あのトモエちゃんは、ミコトとまったく同じ存在であるのだ。
 ならば間違いなく、幸せになっていることの確信をミコトは得ていた。
 なぜなら自分は今、こんなにも幸福なのだから。

 そして宇宙へと旅立ったトモエの姿を思い描く時、いつも決まってミコトの脳裏にはとある風景が展開される。
 それは宇宙を行くトモエと、そしてその家族達の姿だ。

 もう一人なんかじゃない。
 これからのあなたは何処へだって行ける──愛する家族と共にどこまでだって行けるのだ。
 そんなトモエの旅立ちに思いを馳せるミコトの目尻に涙が一滴浮かんだ。


 頬を伝うその一雫は、部屋に差し込む来光を返してはあの日の月のよう煌めいて───
そして儚く散るのだった。










【 30尺様・完 】


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