※全体的にグロ描写多めです、苦手な方ご注意ください
written by 慧斗
「とりあえず紅蓮錦の修理は終わったし、機動性に問題はないかな、テストしてみて」
シャルフに言われるまま紅蓮錦の機動性を確認していく。試運転とはいえ特に操作性は問題なさそうかな…
「熱線焼却機構は完全に壊れちゃってスペアパーツも残ってないからクレセントのワイヤークローに換装して応急処置してるよ、メカニズム分かれば間に合わせで火力あるもの作れたかもだけど…」
「動くだけ贅沢は言えないな、クレセントって紅蓮系列をベースにした量産機だったか?」
「そうそう、警察の特別組織TRIGGERでも採用されてる機体で火器類は外してるけど整備性は悪くないよ」
熱線焼却機構はロストしたことによって実質火器類は左ワイヤークローのグレネードランチャーのみだが正直心もとない。
当時の機体はビーム兵装搭載だったらしいが、バスターカートリッジですら試作品なことを考えると信頼性を重視すれば外すのも無理もないか…
あとはワイヤークローと走り回って轢くのがメインの使い方になるが、やっぱ心許ないな…
あるもので今できる戦闘スタイルを考えていると、交換したばかりのコバルトの電話番号から着信が入る。
「今アンブレオン社の知り合いと話してるんだけど、君のことを話したらちょうどアルプトラオムフランメ新鋭機の最終調整中でライダーを探してるらしいんだが、君にどうかなって」
無意識にシャルフの方を見ると静かに羽でサムズアップしていた。
「是非、お願いします」
「分かった、アンブレオン財団支部で待っていてくれたら担当のポケモンが君を迎えに行くそうだ」
「了解です、急ぎます」
「トレーラーの配備もあるからゆっくりで大丈夫だろうって、僕はまだ応援を呼ぶのでこれで」
電話を切って一息ついたがあまり悠長にしてる余裕もない。
「これからアンブレオン財団の支部に向かう、折角直してくれたのにごめんな」
「別にいいよ、多分クレセントよりはスペック高いから乗り手はつくだろうし、そもそも君は内心新鋭機に心踊らせてないかい?」
「興味は、結構ある…」
「それが男の子ってものだよ。それと、修理してたらシートのトランクからこんなものが出て来たんだけど…」
シャルフは一枚のカードを俺に渡してきた。
「イベルタルGX、お守り代わりに入れてたけど無事だったのか…!」
「あの時のカード、大事に持っててくれたんだね」
どこか嬉しそうにしながら俺に紅蓮の起動キーを投げ渡してくる。
「行ってらっしゃい、新鋭機、時間あれば僕にも見せてね」
僕は試験機の仕上げするから、と言っては紅蓮に似た深緑の機体の調整に取りかかった。
「…そういえば財団支部ってここからはどう行けばいい?」
「あぁ、それうちの隣だよ」
早く言えよと内心返して走り出した…
「あなたがルトガー様ですね、昨日はありがとうございました」
「こちらこそ、証拠の隠滅とか諸々助かった」
「それが仕事ですから。コバルト様から話は聞いていますが機体の到着にはもうしばらくかかるそうなのでこちらでお待ちください」
昨日ぶりの財団支部に案内されて、マギョーから気持ち丁重に淹れられたアイスコーヒーと昨日はなかったバタークッキーが用意された。
昨日も丁寧だったが一気にVIP待遇だな…
速く届けと念じながらアイスコーヒーをゆっくり飲んでいると、少し施設内が騒がしい。
ようやくご到着か…?
「なぁ、俺の機体届いたのか?」
「いえ、それならこちらに連絡も来ているはずなのですが、ちょっと失礼しますね」
何か連絡が入ったらしく、慌ただしくマギョーは部屋を出て行って部屋には俺だけになった。
それにしても反応が変だったしやけに騒がしい。
さっきまでずっと静かだったことを踏まえても普通じゃないし、かすかに子供の泣き声もするような…
さらに続いた小銭の散らばるような音を聞いて確信した。あの特有の金属音は【ねこにこばん】の発動時にする音だから間違いない、下で何らかの敵の攻撃が始まっていたんだッ…!
ねこにこばんは恐らくの技だと仮定して、UBがここを攻めてきた可能性もある。
武器がなくても防衛ぐらいやってやるよ…!
階下に降りたが敵の気配はなく、何匹かの職員がダウンしているだけだった。
足元に倒れているマギョーを揺さぶり、反応がないので気付けのツボを突いて起こす。
「おい、一体何があった…!?」
「申し訳ありませんルトガー様。昨日のリングマがここを襲撃してアウラム君を拐ってしまいました…」
「アウラム、それってまさか…⁉」
「昨日ルトガー様が助けてくださったコリンクの男の子です。こちらで保護していたのですが警察から逃げ出した後まっすぐにこちらを襲いに来たらしく、守り抜こうにも私の力及ばず拐われてしまいました…」
ここまで来ると親という種族が有害なのかリングマという種族が有害なのか分からなくなってくるな…
「このままじゃあいつの命が危ない、急ぎ奴を追いかけて奪還してくる」
「しかし、ルトガー様には新鋭機受け取りご予定もありますしここは私が…」
「俺があいつを見捨てられないんだよ、俺のこと心配する前にあんたはほかの職員を助けてやってくれ」
「かしこまりました!奴らは恐らく南西の方にトラックを使って逃げてます…!」
了解とだけ呟いて両足を開き、前傾姿勢のまま左腕を斜めに上げて右手を地面に付ける。
前傾姿勢のまま遥か遠くの守るべき存在と倒すべき敵を見据え、180族相当のフルスロットルで駆けだした。
携帯電話のUBサーチャーがアラート音を立てると同時に前方で爆炎が上がるのが見える。
あの位置だとUBと接敵してトラックが壊された可能性だってある、急がなきゃヤバい…!
駆け付けた時には空き地で横転して炎上するハイゼットと灼熱のダンスを踊っていたであろうリングマの焼死体が転がっていた。
軽トラの中には焼死体はなし、例のコリンクはどこに行った…?
やけにUBの気配がしないことに内心警戒しながらコリンクを探していくと、トラックの裏で妙に発光している何かがあることに気付く。
ピンチで発光って、もしかして…!
光の方にUBの気配を感じつつ、トラックの裏手に守りたいものと倒すべきものを同時に見つけ、熱した右手を振り下ろした。
鋼タイプのはずのカミツルギも高温と圧力に潰れたが今はそれどころじゃない、燃えるトラックを背に震えながら発光しているコリンクに手を差し伸べていた。
「こんななりだけど、助けに来たぜ」
「きのうの、おにいちゃん…⁉」
差し出した手に震える前足がそっと触れた時、少しずつ震えが弱くなっていくのが俺にも分かった。
「また、たすけにきてくれたの…?」
「そんなとこだ。アウラム君だっけ、まずはここから離れないと…」
多少落ち着いたらしいアウラムを抱きかかえて振り返ると、UBの群れが既に俺たちを取り囲んでいた。
敵の総数はざっと30、普段なら大したことないが武器もアルプトラオムフランメもなしで防衛戦をやるには少々きついものがある。せめてナイフ一本でもあれば…
「おにいちゃん、こわいよ…」
だが今はアウラムだっているんだ。無意識に過去の俺自身を重ねたお節介だと笑いたきゃ笑えばいい、だが折角親の魔の手から自由になれた君をこんなところで死なせてたまるかよ…!
「大丈夫、俺が君を必ず守ってみせる…!」
左腕にアウラムを抱きかかえたまま、ベルトに炎を集中させながらUBに挑発するように右手の人差し指を立てたまま構え、気合いを入れるように一気に半回転させて掌を向ける。
マッシブーンの動きから避けるようにアウラムを右腕に素早く移し替えて左手に構えを変更、ベルトから炎の壁を作り出して弾き飛ばし、ひるんだ隙に炎の壁を通り抜けながら殴り飛ばした。
フェローチェの蹴りやデンジュモクの放電を躱しつつ手刀や蹴りで急所を狙って各個撃破していく。アウラムを守りながらな以上片手は使えないしラリアットみたいなプロレス技も体勢次第ではアウラムに危険だ。
軽トラの車体を剝がして片手剣を即席で形成、右手で振るいながら左腕に抱いたアウラムを守る戦闘スタイルを取る。
流石に長期戦になると無傷とも行かないがそれでもアウラムは無傷なら今はいい…!
カミツルギとの鍔迫り合いで刃先を斬り飛ばされるが逆に角度を変えて熱しながらラケットの感覚で熱した鉄を押し当てて倒し、残ったパーツをズガドーンに投げつけて胴を両断した。
それでも敵の数が多すぎる。足払いで倒したマッシブーンの頭部を踏みつぶして毒液を胴体で防ぎバッシュ、放電をとんぼ返りで躱しながら一撃加えてさらに貫手で反撃、跳び蹴りでフェローチェを背後から不意打ちを仕掛けたが、ウツロイドに背後へ回られた。
この距離からのパワージェムは避けきれない、だが俺が盾になればアウラムは守れるはずだ…
ごめんグレース、死なないって約束、早々に破っちまうな…
パワージェムから庇うような体勢になったが、光の激痛は到達までひどくスローだった…
「ったく、逃げられないなら一思いに来やがれ…」
「焦るな、これはお前の感覚が飛び出ただけだから待ってもパワージェムは当たらない」
「俺の、感覚…?」
そういえば庇おうとしたはずのアウラムがいない代わりに眼前にはどこかで見たような黒と赤の翼を持ったポケモン、イベルタルが俺の前にいた…
「久しぶり、と言ってもお前には初めましてといった方がいいのだろうな」
「その気遣いは助かる、このところ不眠症気味で夢の中で話しかけられても認識できる気がしない」
「夢じゃなくて現実的に話しかけていたつもりだったが、やはりゼルネアスの干渉を受けていても無理はないか…」
ため息をついたイベルタルは虚空から金属製のイベルタルを出現させた、あいつってまさか…⁉
「そいつはコバルトのフレースヴェルグと同様に俺の思考とコンタクトする作用もあってな、お前の願いを反映した能力の具現ともいえる存在なんだが、何も聞こえなかったのか?」
「何か感情あるのは分かってたが、何言ってるかまでは分かんねぇよ」
「だとしたら俺の構成ミスか?お前の適合率は群を抜いてるんだがな…」
金属製のイベルタルを確認するイベルタルとかいう謎の構図を見た時、色々聞いていた疑問が一気に押し寄せて来た。
「あんたがイベルタルなんだよな、だったらイベルタル因子とかいう呪いを何故俺にかけた?」
「呪いだって…?」
「とぼけるなよ!お前があんな呪いを俺にかけたせいで感情が荒れる度に種族単位で滅亡の危機をもたらすどころか既にいくつかの種族は絶滅して、あるいは進化すれば死を待つだけになった!」
こみ上げてくる感情に任せてイベルタルの首を掴んで締め上げながら問いただす。
仮にこいつが神だろうが、俺の敵だというならこの場で殺してやる…!
「挙句に俺を信じてくれた存在を一匹は失い、さらにまた犠牲になりかけてるんだ!それもお前が制御不能の呪いをかけたからだろうが!」
必死に叫んでも首を絞められたイベルタルはずっと悲しげな眼をしているだけで、もはや俺もこの先の流れが予想できなくて少し辛い。
「神を絞殺しようとした男だ、さっさと殺せよ。俺よりも殺すのは得意だろ?」
「いや、守りたいもののためなら他を敵に回すことを恐れない意思、良好だ…」
「守りたいもの、良好…?」
「あぁ、本来ルトガーには素質があると目を付けていたが、ちょうどこの辺りで因子の能力を覚醒させるつもりだった。最も能力自体は目覚めてみるまで分からなかったがな…」
「この辺りってどういう意味だよ?」
「時期的な意味だ。君がガオガエンとして十分な戦闘力を得て精神的にも安定してから能力に目覚めさせるつもりだったが、如何せんお前の育ってきた環境はあまりにも劣悪で命の危険が及んでいた。だからそれ故にニャビーの頃の時点で能力を無理やり解放させた」
それであの時、リングマを焼き殺す力や金属製のイベルタル、背中にYの跡ができたのか…
「本来は守る力を与えたはずだったが、子供のうちだったせいで能力を制御しきれずに今まで辛い思いをさせてしまったのなら俺の責任だ、すまなかった…」
素直に謝ってきたのを見ると、さっきまでの悲しそうな目が本心で悲しんでいるようにさえ思えてくる…
「…なんか意外だな、神を名乗るやつって絶対謝ったりしないと思ってた」
「俺は死以外のことは普通のポケモンと変わらない、死も全てのポケモンにあるものだからこそ、何かをする時には誰かと力を合わせることだってある。それにあたって俺なりのケジメだ」
少し遠い目をしているその瞳の奥には、きっとコバルトやナバール以外にも共に戦ってきたポケモンたちがいるのかもな…
「辛い思いをさせてしまった上で君にこんなこと頼むのもおこがましいが、これからラナキラマウンテンに現れるUB軍団やフェアリータイプの幹部、そして奴らを率いている黒幕を倒してほしい」
今更そんなお願いか、俺の答えなんてとっくに分かってるだろうに律儀というか…
「言われなくても俺はラナキラマウンテンでUBや敵を全て殺して世界を救う。もし…」
「もし?」
「もし俺のささやかな願いを聞いてくれるなら俺の戦う理由、守りたいみんなを守れる力をちょっとだけ手助けしてくれないか?」
多分これが生まれて初めての神頼みって奴だ、今の俺が切り抜けるためにはもう少しだけ…
「…いいだろう、その願いは基本装備のようなものだから頼みたいことは別で考えておけ」
案外気さくに答えてくれた神様はゆっくりと翼を広げた。
「これから、君の能力に本当の力を取り戻す。それが切り札になるはずだ」
「本当の、力…?」
「守りたいものを守る力、それが本来君が使うはずの能力だったのだが、どうも最短ルートに固定されてしまっていたらしい…」
「最短ルート?それがあんまり問題なようには思えないが…」
「じゃあ君に質問だ、敵から誰かを守りたいとして、どうするのが一番効率がいいか分かるか?」
「その敵を、倒す…?」
「正解だ、そして君はいきなり最短ルートを見つけてしまった関係で敵を殺す能力に無意識に固定してしまったらしい」
今思えば、グレースを守りたい一心で殺すことで守る選択肢を選んでたのかもな…
「もちろん最短ルートを通ることが一番効果的なことも多いが、時には回り道をした方がいい時もある。それは君も気づいているが故に俺を責めたんだろう」
「俺も、ちょっと大人げなかったから、さっきはすみません…」
「なに、君が謝ることはない。君に今まで辛い思いをさせてしまった分だけは力になるつもりだ、それが俺にしてやれる唯一のことだからな…」
少しだけ微笑んでイベルタルは俺を翼で包み込む。
「個体区別が上手くできないことは恐らくゼルネアスの干渉が原因、この戦いが終わる頃には干渉に打ち勝つこともできるはずだ…」
「ゼルネアスって、既に月下団が倒したはずじゃ…?」
「だが奴は地獄から現世に戻ろうとしている、死者を制御できるギラティナ亡き今、カイナシティでお前に干渉することも20年もあれば戻ることもできるだろう…」
「カイナシティ、じゃあまさかあの事件も…?」
「ほぼ確実な可能性だがな、奴がお前を精神的に攻撃することを狙って何らかの干渉をしていたとしてもおかしくない。ゼルネアスはそれだけ狡猾な手を使ってきた経歴もある…」
普通なら同族を殺すなんて避けるはずだが、それすらもコスト程度にしか考えてないってことかよ…
「だがお前の能力は味方を攻撃対象に入れることはないし、これまで滅ぼして来た種族もリングマはヒメグマがいる限り完全な絶滅はないし、ヌチャン系列は滅ぼしたことで救われた種族の方が多い」
しれっとあいつらアルセウスも頭抱える失敗作だったんだよなと冗談めかしく言われて苦笑したが、心にのしかかっていた重圧がかなり軽くなっていくような気分だった。
「俺の能力、味方を攻撃対象に入れることはなかったのか…」
「少なくとも殺す対象に入らないだけだがな、無意識にかけたブレーキだったのだろう」
ネメオスの件はそもそものターゲットではなかったが俺の願いに応えようとしていたとも考えられるし、グレースはカイナシティでフェアリータイプを狙ったとしても初めからターゲットから外されていた。
「俺の行動、何も間違ってなかったのか…」
「そうだ。信じられないかもしれないし嬉しくないかもしれないが、お前は下手な神より優れた思考と行動をすることができる証拠だ」
お世辞だとしても、これ以上俺の守りたいものを巻き込まなくて済むと分かっただけでも、今はそれだけでも嬉しかった…
「これからはお前の能力は【守るための自由な翼】へと変わり本来の力を手に入れる、最短ルートも回り道も、望む飛び方で飛んでいけ!」
「…気持ちは嬉しいけど、どう使えばいいのかよく分からないな?」
素直に聞いてみると、世話の焼ける子だとでも言わんばかりに微笑んできた。
「お前の好きな曲と同じで【全てはスタイル飛び方次第】ってやつだ、守りたいものだけでなく、自分を、そして世界さえもその永遠の翼で救ってみせろ!」
怒りや悲しみを一旦受け止め非を詫びるどころか助言と激励までくれる、これが死を司るポケモンには思えないほどのぬくもりみたいなものを感じた。
「そろそろ戻らないとアウラムも危険だろうから最後にこれだけは教えておく。あくまで心のコントロールは難しく、酷使して疲弊すればまた最短ルートを突っ切ることになるかもしれない。そんな時はお前の守りたい存在を心の中で思い出せ」
翼がゆっくりと開き、俺とイベルタルの距離が遠ざかっていく中で、初めて能力に目覚めた時から俺といた金属製のイベルタルがゆっくりと飛んで来る。
「お前が大切に想っている存在もまたお前のことを大切に想っているんだ、決して心の中まで一匹になるんじゃないぞ!」
ゆっくりと力強い羽ばたきに舞い上げられるように、俺の意識はゆっくりとブラックアウトしていく…
意識が戻ってきたと分かった瞬間、背後からパワージェムが迫っていることを思い出した。
これをどうにか防がなきゃ元も子もないってことかよ…!
アウラムを庇う体勢のまま背中にパワージェムが直撃した感覚、だが俺にダメージがない…?
「ベルゥ!」
戦場には明らかに場違いなほど高いポケモンの鳴き声に振り返ると、さっきの金属製のイベルタルが翼を広げてパワージェムを防いでいた。
その光景を見て全てを思い出した。
「初めて出会った時も、俺たちを守ろうとしてくれてたんだっけな…」
「ベルゥ!」
その通りとでも言わんばかりに悪の波導を弾丸状に形成して乱射、ウツロイドを一瞬で粉砕した。
「おにいちゃん、あのこは…?」
「…そうだな、俺の、仲間ってところだな!」
本当のことを言っても伝わらないし無関係にもしたくない、仲間というのが一番近いかもしれないな…
「ベルゥ?」
「とりあえずこの状況を切り抜けるぞ、手伝ってくれるか…?」
「ベルゥ!」
指示は分からないが今はどうにか切り抜ける力さえあればいい、UB相手なら高機動で射撃でもできれば十分か…
そう思った瞬間、イベルタルが俺の両肩を掴み、背中に胴を重ねるように張り付いた。
これで一体どうしようって言うんだ…?
困惑しながらも突進してきたフェローチェを躱そうとジャンプした瞬間、今まで以上のジャンプ力を得たかのような推力を受けて飛び上がっていた。
そのまま目線の合ったウツロイドからのベノムショックを肩口の鍵爪から悪の波導を乱射してウツロイドもろとも一気に撃ち落とした。
「ジャンプというより飛んでるレベルの推力と機動力、それに安定した射撃力、まさか…」
にわかには信じがたいが俺の守りたいという願いに呼応するようにイベルタルが俺に力をくれた。だったらこれで、まずはアウラムを守るところから始めてみるか…!
ゆっくり降下しながら悪の波導で残存UBを牽制しつつ、着地と同時に推力を加えた急加速でDDラリアットやインファイトを連続で放つ。
タイマン用の技すら乱戦用の技に昇華するほどの速度を得て一気に蹴散らしながら、ベルトの炎を右手に収束させていく。
もしイベルタルの話が本当なら、心次第で殺す能力だって制御できるんだよな…⁉
願いを込めるように炎を殴りつけるようにUBに向けて解き放った。
「この一帯で俺たちを狙ったUBよ、ただちに燃え尽きて死ね!」
炎がイベルタルの姿に変化して爆炎を巻き込んだ暴風を起こし、周辺のUBをまとめて焼き尽くした。
「やった、呪いを乗りこなしたんだ…」
アウラムを抱きかかえたまま宥めながら、全ての呪縛から解放されていく感覚を噛みしめていた。
昨日は散々弱気になって甘えたりもしたし呪いの呪縛からも解放された、あとは決戦で勝って守りたいものも世界も全部救うだけだ…!
瞼を開けるとやけに近くにある知らない天井が広がっていて、何なら寝ている床も振動していた。
ってなんで俺は眠って…?
起き上がると車の天井に頭をぶつけて、痛みの中でここが車の中だと分かった。
「残念でした、君はこの車の天井に頭ぶつけられる高身長なんだね…!」
「気が付いたみたいね、そろそろ起こすべきか迷ってたんだよね」
どこまで見たようなブラッキーとマスカーニャに声をかけられて、これまでの記憶とかが諸々フラッシュバックしてきた。
確か俺は、アウラムを守ろうとして、それでパワージェムで撃たれそうになった時にイベルタルに出会って、それからイベルタル因子の能力でUBを全部倒して…
「ここはどこの車の中でアウラムってコリンクは?そして俺はどうなってた?」
「落ち着いて、と言いたいけどわりと冷静だね…」
「ここはアンブレオン社のバース社長のリムジンでウラウラ島を走行中、君はアウラム君を守って意識を失ってしまったから社長のリムジンで休憩してるってところかな」
「そうか、俺気を失って…」
ふとリムジンの隅を見ると、アウラムはホールケーキを堪能していた。この調子なら大丈夫か…
「ルトガー君のことはよく知ってるけど君のために一応自己紹介しとくと、僕がアンブレオン社社長のバース、そっちのマスカーニャは秘書兼研究者のマルジャーリだね」
「よろしくね」
「…どうも」
そういやシャイナさんからよく名前は聞いてたっけな…
「それで、ルトガー君はこれからどうするのかな?」
突然バースさんに聞かれて困惑しながらもアンブレオン社の社長であることを思い出して、一種のテストだと考えることにした。
「もちろん、UBを倒すために戦いに行きます」
「君はも十分戦ったんだ、もう休んでも誰も君を責めないよ?」
「使命じゃなくて、守りたい存在がいるから俺は戦うんだ、あんたに止められても俺は行くぜ」
試すような瞳に敢然と言い返すと、安堵と喜びを感じているような瞳に変わった。
「おめでとう!君はもうメンタルもしっかり回復して僕のテスト合格だね!」
「はぁ…」
「バースさん、面白いことと誕生日を祝うのが大好きなだけだから…」
マルジャーリさんに色々フォローされながら面食らうだけの余裕ができて来た時、俺の携帯からじゃない着信音が鳴り響く。
「おぉ、ちょうど君が出た方がいい相手だ」
渡されたスマホの着信に通話アイコンをスワイプして耳に当てる。
「もしもし…?」
「バースさん、こちらにもUB出現してます、そちらの状況を教えてください!」
この声には聞き覚えがある、2年前に爆発に巻き込まれたはずの懐かしい声…
「シャイナさん、無事だったんだね…」
「その声、ナバールか…⁉」
コバルトの指摘通り、シャイナさんは本当に生きていたんだ…!
「そうだよ、爆発に巻き込まれても死なないってコバルトさんから聞いて半信半疑だったけど本当だったんだね…」
「そうか、あいつに会ったってことは全てを聞いたんだな…」
「俺も実感湧かないけど、今後はシャイナさんと呼ぶべきかマリンさんと呼ぶべきか…」
「今はお互い本名で慣れて行こう、2年間戦士ファイになってよく頑張ったなルトガー」
「マリンさんも、生きててくれてありがとう…」
こういう時どう呼べばいいのか分からないけど、いつか普通の親子みたいな呼び方もできるのかな…
「互いの無事を喜びたいが今は戦局の把握が優先だ、バースさんに情報を聞いてくれるか?」
「了解、スピーカー通話にするからちょっと待ってて」
スピーカー通話に切り替えると二匹の間での会話が始まった。
こちらの情報は俺も気になる、そういえばウルトラホールが開くまでの時間もそろそろ…
「19時20分現在、アローラ地方ではウラウラ島を中心にUBやフェアリータイプのポケモンがラナキラマウンテンを起点に暴走しています、ルトガー君のお友達だけでなくコバルト君やシャウト君達TRIGGERの部隊も戦ってますが戦局はこちらも防戦一方ですね」
ゆっくりと頭から血の気が引いていくのを感じた。俺が意識失ってる間にグレースとシャルフ、他のみんなが…
「アローラは分かったけど、もしかして他の地方でもUB被害が…?」
「そうね、ウルトラホールは破壊されてるおかげで被害は軽微とはいえ放っておくには危険、といったところね…」
それを聞いて無意識にシートから立ち上がろうとして、また頭を打ったが今はどうでもよかった。
「俺が持てる全ての知識を解放してこの世界を救ってみせる、だからみんな手伝ってくれ…!」
無意識に叫んでいた。
行動は後手に回り計画も現在進行形で組み立てているが、それでも動きたかった…
「なんか寂しくなるぐらい立派に育っちゃったね、お母さん感激というか…」
「アンブレオン社は月下団メンバーとその家族を全力で支えると決めてるんだ、もちろん全力で応援するよ」
「そういう訳だから、今からルトガー君ののためにマリンさんに頼まれてたもの用意して来るね」
三者三葉だがこの場でも生きるか死ぬかの戦いの話に快諾してくれる存在に巡り会えたのが奇跡としか思えない。
昨日の俺にこんな話しても信じることができるか怪しいレベルに…
「とりあえず俺たちだけで他地方のUBは捌き切れない、これからUBの正しい情報を全世界に伝える」
テーブルに置いてあったメモに即興で組み立てた作戦を書き出していく。
「これはアンブレオン社のテレビ放送をちょっとだけお借りしたい、バースさんとマリンさんにちょっとこの計画を頼みたい、です…」
「なるほど、匿名性を活かせばそんな作戦もできるね」
「それならお母さんに任せといて、声の準備だけよろしくね」
二匹は頷いて何かの作業を始める音が響き、電話が切れた。
「あとは俺がラナキラマウンテンに出向いて敵を全て殺す、それだけだ…」
「流石だね! マルジャーリ、例の一式を準備して」
「はい!」
俺とアウラム以外いなくなったリムジンのラウンジでふとバースさんは呟いた。
「やっぱり君はナバール君の子だよ、何か守りたいものとそれを脅かす敵を見つけたら、群衆の協力を得て使えるものは全部使い、自分は本陣に突っ込んで敵を倒す、その最短ルートをバスターカートリッジで撃ち抜くようなまっすぐな激情は本当にそっくりだ…」
「ナバール、父親のことはよく知らないけど、そうなんですね」
マリンさんとのツーショット写真と騎獣クルセイダー関連でしか見たこともないが、俺にそっくりと言われると少し不思議な感じはするが、悪い気はしなかった。
親という概念を嫌ってた俺がこうなるなんてな…
「お待たせ、武器一式とネメオスって方から預かってたあなたへのプレゼントを渡すわ」
マルジャーリさんの持ってきたアタッシュケースには、少しアップグレードされたような形状のヒートトリガーとヒートジョーカーが2つずつ、そしてネメオスの名前とともに預かってたプレゼントとやらが渡される。
「ルトガー君のお友達のネメオス君も社長とは知り合いだったみたいで、色々知ってから貴方に服を用意しておいてくれたみたい。メッセージカードもあるから読んでおいてね」
服の上に置いてあったメッセージカードには「君が何にも囚われず、素顔でこの服を着られる日が来ますように!」とだけ書かれてあった。
ファイとしてはずっと仮面で正体を隠し続ける必要もあったが、そうでなく俺が素顔で純粋に服を楽しめるように、なんてことまで考えていたなんてな…
「やっぱネメオスの服着たら気持ちが引き締まるな、今回は着瘦せもマシみたいだし…」
プレゼントの下に入っていたものを見て、ショーの展開まで想定済みかと内心笑いながら携帯電話の録音ボタンを作動させた。
ヒートジョーカーとヒートトリガーをホルスターにセットして武器の準備は完了。
「ルトガー君、新型のマニュアルは読めた?」
「大体ですが…」
「流石ね、基本は紅蓮錦のイメージで操縦できるから追加システムの管理だけ気をつけてね」
起動キーは紅蓮錦のものでOKらしく、そっと取り出して握りしめる。
「ルトにいちゃん、いっちゃうの…?」
鼻にクリームを付けたアウラムが聞いてきたのを、そっと頭を撫でてみる。
「ちょっとこの世界を救ってくる、もし良かったらここで応援しててくれるかな?」
「うん、おうえんしてるよ…!」
アウラムが初めて見せた笑顔に内心背中を押されるのを感じて、イベルタルGXをお守り代わりに渡してドアに手をかけた。
「このリムジンも今ラナキラマウンテンに向かっていて、あと15秒後に新鋭機を積んだトラックとすれ違うの。そのタイミングで乗り移るのは最短ルートだけど…」
「今は最短ルートを試してみます、乗り移れたら初期起動のアシストお願いします!」
「…分かった、そろそろランデブーよ」
今まで散々みんなに助けてもらってるんだ、こっから俺もやってやるよ…!
「来たか…!」
対向車線にトラックが見えてリムジンがヘアピンカーブを曲がり切ろうとした瞬間にリムジンから飛び降りた。
トラックの屋根に着地して一度前転してから荷物用のドアに捕まり勢いを停止、落ちないようにドアを開けて車内に入り込む。
暗い庫内に格納されていた赤いアルプトラオムフランメに起動キーを差し込むとコンソールが発光していく。
「無事に乗り込めたみたいね、早速初期起動を始めようか!」
マルジャーリの指示とマニュアルの記憶を使って初期起動を進めていく。
「ハドロンシステム及びハドロンブースター反応正常、熱線焼却機構起動確認、管制システムオールグリーン…」
「そういえば機体名まだ決めてなかったのよね、試作名は【クリムゾン・フライトタイプ】だったんだけどあんまり紅蓮っぽくないし…」
「じゃあ、【紅蓮可焼式】とか?」
「君の機体なんだしご自由にどうぞ」
そう言われてふと思い出した、俺の能力にはまだ名前を付けていなかったことを。
折角スタンド風な能力になったんだ、これで名前を付けるのはある種の憧れだったからな…
永遠の翼、【スプレッド・ユア・ウイングス】なんてしてみるか、ついでにあの金属製のイベルタルはベルとでも名付けてみよう。可愛い名前の方が似合うとはな…
そんなことを考えているうちに起動が完了して、トラックの扉が開き通路が形成されていく。
「システムオールグリーン、進路クリア、発進どうぞ!」
「紅蓮可焼式、行きます!」
「紅蓮可焼式、発進!」
勢いよくフルスロットルで新たなる紅蓮を発進させた。
グレース、シャルフ、今行くから持ちこたえてくれよ…!
走行してすぐにさっきまで乗っていた黒いリムジンを追い越した。
窓からバースさんとアウラムが手を振っていたので軽く振り返してリムジンを追い越す。
道路上にマッシブーンが妨害してきたが、この加速度ならもはや武器を使うまでもなく轢き潰して頂上を目指す。
中腹に近づいて来ると明らかに尋常じゃない戦闘音が響いている事実に内心焦りながらもワイヤークローを飛ばして巻き上げる勢いで一気に駆け上がった。
「流石に数が多いな…」
「シャウト、そっちは大丈夫か?」
「悪いが普通の警官サマにも市民を守るって意地があるんだよ…!」
跳びあがって中腹まで来ると、コバルトとシャウト率いるTRIGGERの部隊がUBの大群と戦っていた。
中腹の時点でこんなにいるなんてな…
いつの間にか隊長機になっていたらしい紅蓮錦とアロンダイト・レコンギスタの奮闘のおかげで下までは来ずに食い止められているようだが、それでも敵の数が多すぎる。
「ルトガー君、目が覚めたのか…!」
「ルトガー、ってまさか仮面の救世主がナバールの息子…⁉」
「そのまさかだよ…!」
ブロッキングでUBの攻撃を捌いた隙にハドロンキャノンでツンデツンデを消し飛ばすコンビネーションを決めながらも雑談できる実力に内心尊敬しつつ、俺もざっと戦局を確認する。
とりあえずアクジキングだけでも落とせば戦局も頂上への道も開けるはずだ…!
この紅蓮が通用しなかったらおしまいだが、逆に言えば通用するなら敵がどれだけいようと切り抜けてみせる…!
ハンドルを操作して右のワイヤークローの角度を調整、この位置なら…!
トリガーを引いて熱線焼却機構を作動、ロングレンジになり出力も増強された熱線焼却機構の一撃はアクジキングの巨体すらも一瞬で全身を焼き尽くした。
「やれる、この紅蓮可焼式なら…!」
「流石は新鋭機だな、ここはアロンダイトとの同時射撃でラナキラマウンテンへの活路を開こう、UBの足止めは僕とシャウト達に任せて君はグレースの救援と本隊を頼む!」
「了解!」
アロンダイト・レコンギスタと紅蓮可焼式を並べて頂上の方角に向けてエネルギーをチャージ、TRIGGERの隊員やシャウトの防御の中で射撃に集中できる。
「お前ら、頂上まで撃ち抜け!」
シャウトの咆哮とともに同時にトリガーを引く。
熱線焼却機構がUBを片っ端から焼き落とし、ハドロンキャノンが破壊されたルートを綺麗に整地していった。
「これで道は開けた、バックアップは任せて決着をつけてくれ!」
「よろしく頼むぜ、ルトガー!」
「了解、バックアップ頼みます!」
月下団メンバーの二匹にUBの足止めをしてもらっているうちに紅蓮を発進させる。
ハドロンキャノンで整地されたルートなら、目玉機能もそろそろ使えるな…!
コンソールを操作して機体後部に格納されたウイングを展開、スロットルを回して加速すると前輪がふわりと浮き上がり、機体が離陸して飛行モードに移行した。
軽く飛行状態をテストしてバレルロールを練習しながら空中のウツロイドの群れをヒートトリガーで撃ち抜いて倒していく。
フライトシミュレーションをやったぐらいだが、我ながら思いのほか空間把握能力はあるらしいな…
軽く二匹にお礼するべくナイフエッジの体勢で飛行しながら熱線焼却機構を調整してワイドレンジに切り替える。
「さっさとやられちまえよ!」
ワイドレンジで熱線焼却機構を照射、拡散させたことで即死するほどの威力はなくなったがUBをスタンさせたりデバフをかけるぐらいならできる。
形勢がやや有利になったのを確認して針路を山頂に向け、後方に搭載されたハドロンブースターを作動させて最高速度で山頂に向かった。
「そんな、敵が多すぎるし聞いてるよりも強すぎるよ…」
「君も予想以上の実力だし、僕もUBを倒すのは平均以上だと自負してるけど、こんなに数が多いとかなりきついね…」
ラナキラマウンテン頂上で、私はシャルフと共にUBを少しでも食い止めようと戦っているけど正直いつ負けちゃってもおかしくないレベルで追い詰められてる。
お父さん曰くルトくんは子どもを守ろうとして倒れちゃったみたいだし、目を覚ますまではどうにかして倒さなきゃ…
うたかたのアリアで牽制しながらダメージを与えてはシャルフの攻撃でとどめをさしてもらう流れを繰り返してるけど、こうしてみると素手でも守り抜くことができたルトくんって本当に強いんだね…
「敵の動きが弱まってきた、今なら一気に…!」
「待つんだ、何か様子が変だ…?」
一気に攻めようとした時シャルフに止められた。
反論しようとすると黙ってウルトラホールを指す先を見て言葉を失う。
「何あれ、なんかUBじゃないのがいっぱい出て来たんだけど…」
「ザシアン、ラブトロス、カプ系列諸々、その他既に絶滅したフェアリータイプもうじゃうじゃ…」
「なんなのあれは、たまげたよ…」
語彙力もなくなりかけてるけど、それ以上に身の危険を感じる状況になってきた。
なんか、確実にこれどうあがいても死んじゃうやつだよね…?
「ナギハラエーッ!」
ザシアンが叫ぶと同時に大きな剣を振り回して私たち目がけて斬撃を飛ばして来た。
「この位置じゃ避けられない…!」
「シャボン玉撒いて、僕がどうにか持ち上げるから…!」
「分かった!」
シャルフの指示通りにバルーンを撒いて斬撃のクッションになるようにしてみたけど次々に割られていって、どうにかシャルフが持ち上げてくれたおかげで斬撃はスレスレで躱せたけど、余波の爆風に吹き飛ばされてしまう。
「これが、伝説ポケモンの力…」
「馬鹿な、既に絶滅してるはずなのに本物と遜色ない実力だ…」
ダメージを負って上手く起き上がれなくなった私たちの前に、剣を咥えたザシアンがゆっくりと近づいてくる。
「我が名はゼルネアス」
「…いいえ、あなたはザシアンです。あなたの脳ミソはどこですか?」
シャルフが思ってたことを挑発交じりに言ってくれたけど、剣を突きつけられてそんな余裕もなくなってしまった…
「愚かなポケモン共に教えても理解できないでしょうが、我が体は死するとも技の行使は可能。このザシアンを蘇らせた時に私のやどりぎのタネを植え付けておいたのでこうしてザシアンの肉体に干渉して会話しているのです」
それって思いっきり肉の芽のパクりじゃん…
「かつて私はこの世界を善良なフェアリータイプのみで構成する【世界浄化作戦イーロソ】を決行しましたが月下団とかいう分からず屋の愚か者たちに妨害されて私の肉体は滅びました。しかし、20年以上の時を経て再び計画を再始動することを決意しました、その名も【極秘世界再生計画イーロソ・マスク】、全ての愚かな命を全てリセットして、私の手で理想の世界を作り直す崇高な計画…」
「…要はこの世界を一度滅ぼすってことだよな?」
「行動は同じですがあくまで再生のための過程、その点をお間違えの無いように」
いちいち変なこと言ってくるし、伝説ポケモンって私より説明力ないのかな…?
「そのために今夜から本格的にUBやかつて滅ぼされてしまった同志たちを率いてこの世界の再生を開始しようとしていたのですが、通路になるウルトラホールをここ以外破壊する愚か者やあなた達のような邪魔者が現れることは学習済み。ですからこうして前回以上の勢力で殲滅することを想定に入れて活動していたというもの、まずは世界への見せしめ用に若い個体から、おや…?」
明らかに目線が私を狙っている。一体何なの…?
「あなたはフェアリータイプでしたか、今計画に参加するなら好待遇で迎え入れますがもちろん参加しますよね?」
ただの勧誘か、でもそんなことで私の考えは変わったりしない。
「そんなのお断り、この世界に生きてる命の価値はあなたごときが決めていいものじゃないし、価値をつけるならあなたが一番最低だよ!」
「このメスガキ、下手に出れば偉そうに…!」
露骨に怒りを剝き出しにして剣を構えてるけど、今の私にはそれすらも怖くなかった。
「殺したければ殺せば?そうしたところで、あなたのお気に入りのフェアリータイプにすら賛同されなかったってケースを固定するだけだけどね」
ルトくんの考え方は「守りたいもののためには他のすべてを敵に回しても守る」ってことらしいし、お父さんが言うには月下団と同じ心を持っているって聞いた。
私は強くもないし悪タイプでもないけど、ルトくんが私を守るために戦っていたように、私だってこんなやつに心で負けたくない…!
「僕も彼女に同感だ、こんな格下の言いなりになる理由なんてこれっぽっちもないね」
私の必死の叫びを聞いてシャルフもゆっくりと立ち上がる。
「ゼルネアスとか言ったっけ、あんたは僕らの足元にも及ばないってこと自覚してるのかい?」
「はぁ…?」
「とぼけちゃって、あんたの種族ののPi○ivにおけるR-18作品(イラスト、漫画、小説の合計)件数、僕やグレース、ルトガーの種族の半分にも満たないどころか100件もないこと自覚してね?」
えぇ…
確かにルトくんのこと考えてムズムズした時に調べたらいっぱいイラストあったけど、ゼルネアスってそんなになかったんだ…
「そ、それが何だと言うんだ…⁉」
「つまりあんたには魅力がないってことじゃあないか、生命を生み出す具現とか銘打ってる癖に生命を生み出す欲望を抱かせられないなんて盛大な誇大広告、この際JAR〇にでも訴えてあげようか?」
「…どいつもこいつも好き放題私を愚弄してくれて…!」
意外にもシャルフの挑発はクリティカルだったらしく、剣を滅茶苦茶に振り回して怒り始めた。
そんなシリアスな状況で、私とシャルフのスマホが突然着信音を鳴らし始める。
ビデオ通話らしいが一体誰から…?
なんかゼルネアスとザシアンの融合体は我を忘れてるし、ちょっと出てみようかな…
シャルフを顔を見合わせてから頷き、通話アイコンをスワイプした。
画面には濃紺のスーツと仮面を付けたポケモンが映っている。そしてその正体を私は知っている…
「私は、ファイ」
ルトくん、一体何をするつもりなんだろう…?
「聴け、世界に生きとし生ける全てのポケモン達よ、私は悲しい」
何かに気付いたらしいシャルフはスマホで色々調べているけど、少しずつ表情が驚きに変わっていく。
「この世界はかつて邪神ゼルネアスの陰謀により崩壊の運命を迎えかけたが、勇気あるものたちの行動によって今日までの平和を手にすることができた。だが、邪神ゼルネアスは再び平和を壊そうと今日侵攻を開始している!」
「グレース、これアンブレオン社本社スタジオから全国ネットで生中継されてるよ…」
「じゃあ、ルトくんは今アローラにいないってこと…?」
衝撃の事実に遠回しな身の危険を感じている一方で、ファイはジェスチャーを加えながら勇敢な演説を続けている。
「だが恐れることはない、皆で力を合わせればUBも倒せない敵ではない!私は皆の信頼と平和を得るために先陣を切って戦うことを誓う証として、まずはゼルネアスに従い私利私欲のためだけに罪なき鋼タイプの仲間達を凌辱し虐殺を繰り返した愚かなるヌチャン系列にたった今、天誅を下した!」
「すごいよ、同接数も100万超えて各地でUBとの戦闘準備が進んでるって…」
シャルフの解説を聞きながら、ルトくんの狙いはみんなを元気づけることなんだと気付いた。
指を鳴らしながら過激な言動をしてるのも、みんなのテンションを上げるために…
「これより私はラナキラマウンテンに赴き、愚かなる邪神ゼルネアスを処刑し完全なる平和を取り戻す戦いに挑む。皆にはこれよりUBに関するデータを情報を公開するので共に平和を守り抜くための力を貸してほしい。決して一匹で戦うことをしなければ恐れるに足らず!」
「本当にこの世界は、滅ぼさなければならないらしい…」
狂気じみた声に気付いた時、ザシネアスは完全に戦闘態勢に入っていた。
「もはや切り刻んで剣の錆にするのも汚らしい、カプ共、こいつらを片付けなさい!」
島の守り神と呼ばれたポケモン達が四匹で襲い掛かろうと私たちを狙っている。
「グレース、君は下がって…!」
「でもあなたは私より射程距離離れてる方がいいのに…」
矢を構えていたシャルフに指摘したら思い出したようにリーフブレードに構え直した。
私だって、勝てないとしても戦うことは諦めないんだから…!
怖くて逃げそうになるけど必死に勇気を振り絞って攻撃の構えを取っていた時、遠くから赤黒い光の束が飛んできた。
「何あの光…⁉」
「熱線焼却機構だ、だがあんな大出力を遠距離から…?」
熱線焼却機構とかいう今の光はカプ達に直撃、黄色いやつ以外は全部全身から火を噴きだすように焼けて崩れ落ちていった。
「ええい、使えない連中め、カプ・コケコ、あいつらをさっさと殺しなさい!大体こんな奴ら生かしておくこと自体が間違いでs」
ザシネアスはまた機嫌悪そうにしていたが、パァンというような乾いた破裂音の直後に胴体の装甲が一つ吹き飛んで体勢も崩していた。
「遅くなってすまない、よく持ち堪えてくれた…」
聴き慣れた待ちわびた声に視線を向けると、そこにはアルプトラオムフランメで着陸したファイがいた。
「アイエエエ!ファイ⁉ファイナンデ⁉」
シャルフが滅茶苦茶驚いてるけど、ルトくんは今ファイとして生中継に出ている。じゃあこっちのファイは一体…?
「お前か、この世界を裏で操って私の邪魔をしたのは⁉」
「裏だけではなくて、表でもこれから邪魔してやるつもりだがな」
アルプトラオムフランメから降りて洒落た返しで挑発する姿は本物みたいだけど…
「だが所詮は野良ポケモンが一匹増えただけ、仮面で姿を隠す臆病者はもろとも切り刻んでくれる…!」
「いいのか?私の素顔を見た時こそお前の最期だぞ!」
斬撃の嵐が私たち目がけて飛んできた瞬間、それを防ぐように灼熱の旋風が吹き荒れる。
私たちを庇うように立ちふさがったファイは斬撃に襲われて仮面やスーツが少しずつ切り刻まれていく。
「ファイ、もうやめて!死んじゃうよ!」
「君が僕たちの知る男なのかは知らないが、君はここで倒れていい存在じゃない!」
「ありがとう、グレース、シャルフ…」
強風の中で、ファイが確かにそう言ったのが聞こえた。
「確かに俺は傷つけることや拒まれることを恐れていた臆病者かもしれない、だがその心配もなくなった…」
ファイの仮面がゆっくりと外されて、待ち望んでいた素顔が見えて、私と目が合った…
「俺は、素顔の俺自身で戦ってみせる!」
斬撃の嵐と灼熱の旋風の旋風が互いを相殺して静寂が戻った時、ファイのそれとは明らかに違う赤い衣装に身を包んだ素顔のルトくんがそこにいた…
to be continued…