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Vortice Rovente 07 の履歴(No.2)


全体的にグロ描写多めです、苦手な方ご注意ください



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Vortice Rovente


written by 慧斗




TURN17 最後の希望は砕けない


 鉄の匂いを感じた直後、口の中に濃い血の味が広がる。
 牙に染み込み喉を流れていき、朦朧とする意識が少しずつはっきりとしていく。

「残念でした、思い詰めてたみたいだけど君は天国に行きそびれたみたいだね」
 ぼんやりした視界の中で目を開くと、ちょっと汚れた天井が広がっている。
 まるで年季の入った工場の事務所とでも言わんばかりの部屋、こんな場所に来た覚えはない。
 天国に行ける覚えはないし地獄にしては情けない程迫力がない。というか天国に行きそびれたとか言われたしな、って誰だよ今言ったのは…⁉
 横にされていたソファから起き上がって低血圧の頭痛に顔をしかめると、嘴を血に濡らしたジュナイパーが俺を覗き込んでいた。
「無理しない方がいいよ、君はまだ意識取り戻したばかりなんだから」
「お前は…?」
「昨日会っただろう、シャルフだよ」
「…そうか」
「思いのほかあっさりの対応に内心傷つきつつも親切な僕は君が聞きたいであろう事柄について先に答えよう、ここは僕が住み込みバイトしてるアンブレオン社公認のアルプトラオムフランメの修理工場、君はさっきの戦いで海に落ちて流れ着いてたから待ち構えてた僕が君をサルベージ、弱ってても生きようとしてた君に血を飲ませたら見事に息を吹き返したってとこかな」
 なんか要点はざっくりと掴めたが、色々掻っ攫われたような…
「とりあえず君の紅蓮と携帯電話は回収したけど、スーツや仮面は破壊されて流されちゃったみたいだからあんまり贅沢言わないでね」
 テーブルに置かれた携帯と意識を失う瞬間まで握りしめていたヒートトリガー以外は全部流されたと考えて良いだろう、紅蓮錦は奥の整備ルームに保管されてるらしい。

「そして君の質問に答えたんだから、僕の質問にも答えてほしい」
「…質問による、とだけ答えておく」
 ゆっくりと立ち上がり、部屋の両端で矢と銃を向け合う。
「君は何故、ルトガーという名を持ちながら、ナバールという偽名を使いファイとしてUBと戦っていたんだ?」
「…そこまで気づいてたのかよ」
「政府のデータベースでは種族ごと死んだはずの君が生きているのでピンと来た。そんなかつて僕を助けてくれたルトガー、その君が一体何故あんな戦いに…?」
「………俺が、ナバールのコードネームと意思を継いでいるのもあるが、何よりも大切な存在を守りたいからだ」
 無意識に銃を降ろし初めて俺の心を明かす瞬間、外の音すらも静かになっていった。

「俺はかつて虐待で唯一の家族を失い、存在しなかった未来すら奪われた。だがそんな俺であっても信じてくれる存在がいて、俺に近づく度に世界の理不尽に傷つけられる、そんな世界から守りたかった。偶然手に入れた力とかつての英雄の同じ種族に同じコードネーム、それを活かせば俺にという忌み嫌われた存在を隠して守ることができる、かつてタマムシシティで命と引き換えに世界を守ったナバールに俺がなることでUBと戦いに世界を救う、これしか方法が…!」
 誰かに明かすこともなく胸の中で渦巻き続けた叫びを声に変えた時、俺にもよく分からない程の混沌と化していたが、それでも無意識に叫んでいた…

「よく分かるよ、僕もあの時タマムシシティにいたから……」
「ナバールが死んだ戦場に⁉」
「まだタマゴだったけどね。僕の家族はみんな旅行先でUBに殺されて僕が生まれる前に死ぬのも時間の問題だった…」
 被害者は多数だと聞くし、観光客がいてもおかしくはない…
「でもその時助けてくれたのが英雄ナバールだった。数か月後に生まれてから彼のことを知り、騎獣クルセイダーシリーズも全作履修して、あんな英雄に憧れて、その夢を現実に砕かれかけた時に出会ったのがルトガー、君だったんだ…」
「それであの時オレンの段ボールに…」
「あの時君に出会えたからこそ、僕は僕なりの方法でUBと戦ってこの町を守ることで英雄ナバールに少しでも追いつくための行動を始めることができたし、ナバールの様に僕を救ってくれた君に恩返しをしたかった…」
 シャルフもまた、いつの間にか矢を外して胸の内を俺に語っていた。
「再会できるとは思ってなかったし、昨日とかさっきの言動には驚いて僕も内心焦ってたんだけど、名前を変えても仮面を被ってもやっぱり君の優しさは変わってなかったんだね…」
 俺の頬に翼でそっと触れながら泣き濡れた瞳で俺を見る姿はさながら救世主を見つけたとでも言わんばかりだった。
「それで昨日は俺を試すような言動を…!」
「君も辛い思いしてたのに変なことしてごめん、でもこれで、良かった…」
「シャルフ!」
 ゆっくりと血の気が引いたように崩れ落ちるシャルフを抱きかかえ、テーブルの籠にあったオレンの実の果汁を血に濡れた嘴に流し込む。
 俺に血を飲ませるために無理させたところに悪いが貧血の体力回復にはこれで治す…!

「…っはぁっ!」
 水中から顔を出して息継ぎするように深呼吸を始めたシャルフに内心安堵しつつ、果汁を絞りかけたオレンの実をそっと左の翼に握らせる。
「ルトガー…」
「狙撃手シャルフ、UBと戦い町を守るというならむしろこれからが本番だろう、そうだな?」
「…イエス、ユア・マジェスティ!」
 右の翼と右手を静かに握り合った…



「それで、君がそこまで思い詰めることって一体何があったの?」
 意識が逸れていたが肝心なことを思い出した、俺はグレースを巻き込まないために飛び降りようとしたらUBやコバルトが来たせいで色々流れが狂って…
「冗談だと思うなら笑ってくれ、だがこれから話すのは全て真実だ…」


「…なるほど、死をもたらす呪いを持ってるけど制御できなくて種族単位で絶滅した前例もあるからこれ以上誰かを巻き込まないために自殺しようとした、か…」
「笑ってくれても別にいい、冗談にしか聞こえないことは俺もよく分かってる…」
「いや、君の言動は噓をついてるようには見えないし、むしろ笑うよりアドバイスしたいとでも言うのかな…」
 呟きながらシャルフは棚から瓶を取り出して紙コップに中身を注いでいく。
「ここから先は僕の推測を含む話にはなるけど、多分君の呪いは君の優しさ故に目覚めたものだと考えられる…」
「俺の、優しさ…?」
「強くなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がないとはよく言うけど、この世界において君の呪いは存在自体が危険という解釈は間違ってないのかもしれない。例えるならメダルを奪い合うゲーム中にメダルを砕く力を持ったプレイヤーが参加した並の脅威だろう。だからこそ、それを私利私欲で使うやつが持っていたとしたら、この世界は君が悲観するより前に滅んでしまってるよ」
 もし俺以外がこの呪いを持ってた場合か、正直考えたこともなかったが、逆に俺だからこそ制御に悩むだけで済んだという可能性もあるのか…
「それによく考えてみてよ、たまに制御できなくなって種族単位で絶滅しちゃうかもしれない呪いと世界を現在進行形で侵略してくるUBとそれを操ってるであろう存在、どっちが危険かで言えば今危険をもたらすUBの方が危険に決まってるじゃあないか!」
「キッパリ言われるとそんな気もするがそういうものなのか…?」
「いつか来る大災害よりも明日にやって来る月曜日の方が怖い、普通はみんな今迫ってる危険の方が小規模だとしても恐れるものだよ」
 勧められた紙コップの透明な中身に反射する俺は、苦悩のようで驚きと光明を得たような表情にも見える…
「これどんな水、ってウォッカか…」
「君のお腹でリアルなブラッディ・マリーを融合召喚しようと思ってね」
 だったらマトマジュースも寄越せと返しつつ、今は肩の力を抜いておけと言われているような気がした…

「仮に今は脅威じゃなくても、いずれ起こる被害を考えればどう制御するか考えなきゃ結局何も解決してないんだよな…」
「結構真面目だね、封印じゃなくて制御だから協力したいけど現状何も思いつかないんだよね…」
「普通そうだよな…」
「…強いて言えば君がコンディションを立て直すことが一番の対策かもね。今のコンディションが十分でない状態じゃ、制御できるものも制御できなくなるよ」
「それもそうか…」
「そういうものだよ、ちゃんとご飯食べて寝ることができないだけでも上手く行かないこと多いからね」
 根本的な解決は何もしてないけど、それでも思い詰める程追い詰められた感覚は弱くなった。
「だったらそろそろ戻るか、ありがとうな」
「これぐらいはお礼言われる程じゃないよ」
「今更だがこれ、UBサーチャーのアプリとUBのステータスや急所等の戦闘データだ」
「…お礼に君を泊ってたホテルまで送ってくよ、それぐらいはしなきゃね」
 黙って頷き弾切れのヒートトリガーと携帯電話を持って部屋を出た…


「紅蓮錦はこっちて修理してみるよ、熱線焼却機構は直せないかもだけど基本走行ぐらいなら直せるはず」
「よろしく頼む…」
「それじゃあ僕の愛車C-1500で送ってくよ、助手席にどうぞ」
「いやこれシボレーじゃなくて黒く塗っただけのハイゼット…」
「いずれモノホン買うからそういうことにしといてよ」
「へいへい…」
 軽トラだろうとシャルフはピックアップトラックだと思って乗りたいらしい。
 気持ちは分からなくもないが、やっぱこれハイゼット…

「とりあえず君は戻ったらグレースって子に無事を証明した方がいいんじゃないかな。誰にも気づかれずに君をサルベージしたせいで、多分あの子ホテルで泣きながら君の無事を祈ってるだろうから…」
 そうか、グレースは今…
 闇夜を透過して鏡のようになったウィンドウを見ながら携帯を開き、コールボタンを押そうか迷って結局閉じた。
 正直どんな顔して戻りゃいいのか分からねぇ…
「まぁ今夜はしっかりあの子と話して分かり合って、ちゃんとご飯食べて寝るんだよ。コンデション良ければロマンティクスしちゃってもいいかもね?」
「…分かったよ、ロマンティクスって何だ?」
「知らないの?交尾を暗喩する流行のネットスラングなんだけど、この流れでそろそろそういうことしてくれなきゃこの作品非官能部門行きになっちゃうよ?」
「俺の知る問題か…」
 行く先も現状もやや居心地悪いが、最近は居心地いい場所に居過ぎた弊害か…

「デッドオアアライブ続けてたらやる気出ないのも分かるしデリカシーなかったのは謝るよ。ホテルまではもうちょいかかるからちょっと寝てアルコール抜いときなよ」
 特に答えるでもなく黙って目を閉じる。

 シャルフはこう言って結果的に俺を拒まないでくれたが、一番の不安材料は現状不明。
 拒まれて当然だが、俺はあいつの、グレースの近くにいてもいいのか…?


TURN18 闇に風を吹かせるような仕事


「………」
「…怒ってるのか?」
「……別に、怒ってなんかないよ」
「……じゃあなんで黙ってしがみついたまま離れないんだよ?」

「だって、今離れたらルトくんまたどこかに消えちゃいそうだから…」

 シャルフの運転するハイゼットの中で眠っていたらいつの間にか部屋に運び込まれていて、目が覚めたらグレースに黙ったまましっかりと抱きしめられて体感で早30分経過。
 せめて解放するか何か話すかしてくれればまだマシなんだが…
「いい加減話すか離すかどちらかはしてくれないか?」
「…やだ」
「このやりとりもう何回目だよ…」
「さっきだってUBから私のこと助けてくれることを優先してくれたし、誤解してルトくんをいじめたお父さんにはちゃんとビンタしといたけど、ルトくんを苦しめてたことはまだ解決してないはずだから…」
「誤解させた俺も悪かったし、アルプトラオムフランメ壊しちゃったけど怒ってなかったか…?」
「むしろ無事に会えたら謝りたいって言ってたけど、今夜は誰にも無事を教える気はないし私をいっぱい心配させた分離れないから」
 ちょっと拗ねたようなセリフで抱きつく力が強くなった、俺に呪いさえなければ少しはこの状況を喜べたのかな…

「…ちょっとシャワー浴びてくる」
「嫌だ、バスルームで溺死しちゃうから行かせない…」
「…」
 俺だってバスルームで溺死なんてダサい死に方したくねぇよ…
「…つってもさっき海に落ちてから体洗えてなくて気持ち悪いんだよ」
「……じゃあ体洗ってあげるから一緒に行く」
 多分ここまで詰められると、堂々巡りしようが絶対離れないとでも言わんばかりの意思を感じる。
「………来てもいいが、シャワー浴びてるとこは見るなよ」
「分かった……!」
 離れないというかもはや背負われてるといった方が近い体勢でグレースは俺にしがみついたままバスルームまでついて来た…


 最大温度まで上げたシャワーを頭から被って海水に濡れた体を洗っていく。
 尻尾はしっかりと鰭で掴まれてはいるが、それでもカーテンで視界を遮れただけでも気分は少し楽になれた。
 UBのことも呪いのことも根本的な解決なんて何一つできてないのに、こんな気休めで喜んでる俺自身がどこか腹立たしい…
「ルトくん、シャワー気持ちいい?」
「…それなりにな、こんなこと気休めにしかならないって分かってるのによ…」
「気休め?」
「UBの件も呪いの件もどっちも深刻になってるのに突破口すら見えないってのに、こんなの体を綺麗にする以外は気休めにしかならないだろ?」
「呪いって一体どういうこと?」
「昨日喫茶店のリングマが焼き殺される事件あっただろ、あれがどうやら俺の呪いらしい…」
 本当なら話すこともなくお別れのはずだったのに、戦意に満ちたシャルフに一度全てを話したのと尻尾を握る感覚が妙に切なくて無意識に話し続けていた。
「要は自由自在に敵を殺す力だが、個体の区別が上手くつかずに暴走すると種族単位にターゲットが移行するし変更もキャンセルもできないから俺にも制御不能だ」
「それってまさか…」
「初めて使った時もあのリングマを狙ったはずが結果的に種族単位で世界を飛び回り焼き殺して回る怪異のできあがり、カイナシティの事件だって俺が敵をリストから探して片っ端から撃ち込めば怪死事件は半分完成する…」
 真実はグレースをも困惑させたらしく尻尾を掴んでいた鰭も自然と離れていった…

「だから、グレースは早くコバルトと一緒にアローラから脱出してくれ。いずれここはUBの襲撃にも遭うし俺の呪いだって離れたら多少はマシになるから…」
「…そんな、そんなのおかしいよ!」
 完全に閉め切ろうとしたカーテンが半分開けられて半泣きのグレースに叫ばれた。
「確かに事故はあったかもしれないけど、あの時は私を守ろうとしてくれたんだし、カイナシティの時だって敵をやっつけるのも私が無事だったのも、きっと誰かを守るために戦おうとしてるんだよ!それなのにルトくんが悪者なはずないよ…」
 やっぱ、辛くなるぐらいに優しいんだな…
「気持ちは嬉しいがこれを制御できなきゃいつかグレースを傷つけちまう、俺はそれだけは嫌なんだよ、もう大事な存在を俺のせいでこれ以上失うなんて…」

「やっぱり、泣けてくるぐらい優しいよルトくん…」
 出しっぱなしのシャワーと換気が追いつかずに湯気に満たされるバスルームの中で、とうとう核心を話していたことにしばらく経ってから気が付いた…


「でも大丈夫だよ、私、これでも学校のバトルの授業では一番強かったから…」
「あのなぁ、戦闘不能で決着つくような授業レベルで呪いどころかUBにも勝てるかよ⁉」
「…馬鹿にしないでよ、わ、私だって本気出せばルトくんにだってタイプ相性でも勝てるんだから!」
 制止しようとすると取り消せよとでも言いたげな表情でグレースがファイティングポーズを取っている。
 この時点で震えているから結果は見えてるが、現実を知らせるためにもここで退けるかよ…!
「…だったら一発でも俺に攻撃当ててみろよ、逆に俺が一発でも当てれば諦めろ」
 互いに構えを取りながらさりげなく視線を洗面台の方に移動させる。
 洗面台の上にはヒートトリガーを置いてある、あれを取れば…
「先制で行くよ!」
 ハンデ代わりに先制を譲って飛んできた水の誓いをシャワーカーテンを盾にして防ぐ。
 ファイのスーツのマントも防水機能があったからこのぐらいは想定内。
 そのままカーテンを押し返し、視界をくらませながら洗面台のヒートトリガーに手を伸ばす…
「させない!」
 バルーンでヒートトリガーが弾かれて浴槽に落ちていった。
 手を伸ばして無防備な体勢の俺にうたかたのアリアが迫る…
「銃はデコイだ!」
「⁉」
 60から180の速度を瞬間的に解放、指を折り曲げて第二関節でグレースの喉に突きを入れる。

「…、………⁉」
「地獄突きだ、威力は抑えたがしばらく声は出せないぜ」
「………!」
「じゃあな、これが現実の戦いだ」
 拳に雷撃を纏わせ、洗面台を背にへたり込むグレースの顔面目がけて放った。


「………?」
「…馬鹿野郎、戦いはスポーツじゃないんだ。一度負けたら殺されて終わり、半端な気持ちで首突っ込む前にそれをしっかり理解しろ!」
 渾身の雷パンチはグレースの顔の傍をかすめて狙い通り背後の鏡を粉砕、決め手の地獄突きだって普通のより威力を抑えておいたが、それでも少し間違えば…
「俺に関わると危険だってこと、なんで俺がわざわざグレースを危険な目に遭わせて教えなきゃならないんだよ、こんなことしたくもないのに…!」
 怯えて泣いているところにまくし立てても酷だと分かってても叫ばずにはいられなかった。
 少しずつ声も戻ってきたらしいグレースはへたり込んだまま、青い下半身が少しずつ黄色い水脈に濡れてしまっていた。
「………ごめん、だけど…」
「だけど…?」
「私だってルトくんのこと助けたいってこと、それだけは誤解しないで…!」
 俺の心を埋め尽くす闇の様な怒りと悲しみが一瞬動きを止めた。
「…確かに直接何かはできないかもしれない、でも私にできることでルトくんの力になれることなら何でもするから、もし私にどうしようもないUBや呪いが来るのなら、ルトくんが傍にいて守ってよ…!」

 闇に亀裂が走り光が差し込むような感覚、上手くは言えないけどこんな俺を拒まないどころか信じて受け入れてくれようとしている、この感覚が何故かどうしようもなく求めていたみたいな…
「俺はグレースを死んでも守るが、なるべくグレースも生き延びる努力はしてくれ。じゃないと今度こんな存在を亡くしたら多分俺が現世に生きる理由無くしちまう…」
 伸ばしてかけて迷っている手に対して、そっと両鰭を開いて答えてみせてきた…
「それは頑張るけどルトくん死んじゃ嫌だからね?12年近い初恋とやっと再会できたんだし、ちゃんと一緒にいられて良かったって思わせてあげるから…」
「…俺だって12年前からずっと想ってたんだよ馬鹿」
 伸ばしたかけた手を柔らかな背中に回し、鰭に俺の背中を包み込まれて12年ぶりにゼロ距離になった…



「とりあえず一回シャワー浴び直そうぜ、このままじゃちょっとまずいだろ」
「…うん、ありがと」
 グレースが諸々に濡れてしまっててあんまいい気分じゃないだろうからそれとなくシャワーを浴びる誘導をする。
 泣かせたことは洗面台が解決してくれるがもう一つの方はシャワーじゃないと無理あるからな…
 ボディーソープを泡立ててそっと下半身の辺りを優しく泡を付けるように撫でていく。
 大まかなとこだけしたら細かいのはグレースに任せておく。
「…私もうすぐ20なのにお漏らしちゃったの、お父さんには黙っててね」
「俺たちだけの秘密にしとくよ」
「ありがとう、でも私修学旅行中も例の日におねしょしちゃってたらしいから、もしかして病気なのかな…?」
「心配なら相談はした方がいいが、その二回については心因性だろうしあんまり気にしない方がかえっていいかもな」
「なるほどね、って修学旅行のことはどこで知ったの…?」
「…例の事件の時だから、助け出した後のことはぼんやり覚えてて」
「…ごめん諸々忘れたことにして、もうこのままじゃルトくんのお嫁に行けない…」
「忘れるし他の雄には渡さないから、とりあえず泡すすごうぜ」
 なんかシリアスの香りを感じて一旦すすぎで流れを逸らしておいたが、俺にそんなこと…

「色々優しくしてくれてありがとう、次は私がお礼に色々してあげるから…」
「別に大したことしてないし、気持ちだけで十分だから…」
 色々心の準備とか上手く言い表せない感覚を前に、グレースはそっと両鰭を広げる。
「…おいで」
 その一言で心は無意識に体を動かしぬくもりの中に飛び込んでいた。
「本当に逞しくなったよね、こんなに強くなっちゃって…」
 抱きしめられながら頬や首筋にキスされていく、誰もいないし飛び込んだのも俺からとはいえちょっと気恥ずかしい…
「傷の舐め合いしてもらえるとはな、正直こんなの慣れてなくて…」
「グルーミングって言ってよ、リラックス効果あるってのは共通してるけどね…」
 呟きながら背中に回されていた鰭が腰にゆっくりと移動していく。
「火傷しないように気を付けろよ」
「あったかいぐらいだから大丈夫だよ、それにしてもこんなに元気なんだね…」
 鰭が触れる箇所の違和感に気付いて下を見ると、グレースはいつの間にかビルドアップしていた肉棒を鰭で包み込んでいた。


「…俺、いつからこうなってた?」
「さっきのバトルの後、私のお漏らし見てからずっとこうなってたよ」
「マジか、半年ぶりに反応したせいで完全に失念してた…」
 ちょうどネメオスを亡くしてからはずっと戦闘続きだったりそういう気分にもなれず、気がついたらそういう感覚自体を忘れかけてた結果が今に至る…
「色々大変そうだったからね、それとルトくんってもしかしておしっこ見るの好きだったりする?」
「………昔病院でグレースのしてるのを見てドキドキして以来な、幻滅したか?」
「幻滅はしないよ。むしろ結果オーライというか似た者同士というか…」
 …最後どういう意味だ?似た者同士ってどの辺がだよ?
「…思ってたのとはちょっと違うけど、雌として魅力感じてもらえて嬉しかったしさっきのこととか忘れてって行ったけど思い出していいからね、何だったらまた見せてあげるし」
「お、おう、ありがとう…」
 似た者同士って、まさかな…

「それにしてもあったかくて撫でたくなっちゃうな、可愛がっていい?」
「流石にそれはやめ、丁重にしてくれあと痛いっていう時はマジに痛いからすぐ止めてくれ…」
「りょーかい、にしても半年ご無沙汰のわりには経験あるの?」
「…一応流れだけな、経験にカウントするかは任意レベル」
「じゃあ初めてってことで、私こういうの初めてだから一緒に経験したい…」
 猥談でその上目遣いは反則だろ…
「それで、半年ぶりなら溜まってるだろうし気持ち良くしてあげようか?」
「タマゴ出来たらどうすんだよ、俺戸籍もないし面倒見られる状態じゃないのに生まれた仔可哀想だろ…」
 結構本気で答えたはずがグレースには一笑に付された。
「そこまで考えてくれたのは嬉しいけど、今は軽いのでお願い。私もまだ心の準備できてないしお父さん近くにいるとちょっとね…」
「俺の心配返せよ…」
「ごめんごめん、でも昨日手伝ってあげるって約束したのは守るから…」
 頬を染めたまま昨日の約束は白い方で果たされそうになっていく…
「お礼とか上手くできるか怪しいが、いいのか?」
「気にしないで、これでも白くない方は弟のお世話で慣れてるから!」
 謎に自信たっぷりに返されたが俺も謎に信頼していた…

「じゃあ、よろしく頼む…」
「はーい、半年我慢した分いっぱい出してね…」
 棒を包む鰭がゆっくりと棘を撫でるように動き始めると同時にグレースの口が俺と重なった。
 軽い挨拶のようなキスから舌が口の中に入ってきて、長い間失っていた片割れを見つけたとでも言わんばかりに絡み合う。
 絡み合うぬくもりを伝え合うように唾液が絡み合い、舌が互いの牙をなぞり息が続かなくなるまで交じり合っていた…
「初めてやってみたけど案外上手くできるもんだね…」
「本当にな、血の味しないだけでこんなに違うなんて…」
「?」
 疑問符にはこっちの話と答えておいたがそれでも全然違った。
「キスで忘れかけてたけど、こっちもしっかりやってなかきゃね」
 キスの最中に動きがほぼ止まっていた鰭の動きが再び活発になっていく。
 鰭で撫でるだけじゃなくて玉の辺りを揉まれたりそっと息を吹きかけられたり、あの手この手でもたらされる快感に俺の息も荒くなっていく…
「どう?気持ちよくなれてる?」
「半年ぶりってのもあるけど、かなり気持ちいい…」
「なら良かった、出そうになったら教えてね」
「了解、でももうしばらくはかかりそうだし一旦体勢変えるか?」
「そうだね、体格的には浴槽の縁に座ってくれた方がやりやすいかも」
 グレース的には低い位置の方が楽らしいし俺も座った方が楽なのは間違いないので縁に腰掛ける。
 別に早かった記憶はないが久々すぎて快感に慣れてない反面出す準備できてなかったのか…?

「んー、まだかかりそうな感じ?」
「…そうだな、大分丁寧にしてくれてるおかげで先走りは来てるけど、久々すぎて体が上手く反応できてないのかもな」
「そんな顔しないでよ、もうちょっと気持ち良くなるように私も頑張るから、なんかリクエストとかない?」
 「リクエストか?それなら口で、いややっぱ無理はさせられないし鰭を湿らせてやってみてくれるか?あと先っぽをメインにされるの気持ちいい…」
 一瞬出しかけた欲望を引っ込めながらも今の段階より気持ちよくなれる案を出してみた。
 早速バルーンを割って両方の鰭をしっとりとさせてくれている。
「これで先っぽをメインにするんだね?」
「あぁ、それで頼む…」
「いいよ、確かに滑らかになった…!」
「だろ、………んっ」
 少し温かくなり滑らかに動く鰭で少し強くなる快感に思わず声が出てしまう。
 普通に自分でするよりも気持ちいい気がする…
「やっぱりあったかくて潤ったものに包まれるのがいいんだね?」
「そう、だな…!」
「じゃあ、本当のリクエストも答えてあげるからね…」
 思考が溶けかける程の快感が一瞬離れていき、満たされない寂しさを覚えそうになった時、肉棒に鰭以上にあったかくて潤ったものに包まれる感覚が来た。
「♪」
 それがグレースの口から来る感覚だと気づいた時には、綺麗な声を調整する舌で敏感になった先っぽを優しく舐められていた。
「…っ、それやべぇ…!」
 鰭以上の快感で言葉すら上手く出なくなった俺に対してどこかご満悦なグレースは【私息は続くから我慢せず口に出していいよ】と打ったスマホの画面を見せて来た。そんなとこまで気を遣わせてしまってるなんてな…!
 唾液を纏わせたり舌で敏感な箇所を丁寧に舐めたり空気の密度を減らした口を前後に動かしたりと、グレースは本来歌うために鍛えていたであろう器官を全部俺の快感のためにフル稼働させている。それがどこか嬉しくて、一生懸命に頑張ってるのと相まって半年ぶりの快感は段々と俺の思考を溶かして肉棒に感じる快感に全てが集中していた。
「グレース、そろそろだが行けるか…?」
 ぼんやりする頭で思い出した宣告をしたが問題なしとでも言わんばかりにアイコンタクトしてきた。それと同時にたっぷりの唾液を纏わせて、教えてもないのに一番気持ちよかった箇所をじっくりと舐めた。
「……!」
 強い快感に撃ち出されることを確信し、無意識にグレースの頭を両足でそっとホールドして腰を突き上げて奥まで突っ込んで…
「出るっ…!」
 反応を待つ余裕すらないままに、半年溜め込んだ欲望を12年互いを待ち続けた愛しい口に全て解き放った…


「けほっ、こほっ…」
 快感でぼんやりする思考が少し鮮明に戻った時、グレースは口から白い液体を垂らしながらも必死に飲み込もうとしていた。
「……それ別に美味しくないし、吐き出していいからな」
 無理させないようにしてみたが逆に首を横に振ってから少しずつ飲み干して空っぽになった口を開いてみせた。
「ごちそうさまでした、可愛いとこあると思ってたらしっかり抑えるなんてルトくんも男の子だね」
「…ごめん、無意識にやっちまった」
「今日は手伝ってあげる約束だったからいいよ、気持ち良かった?」
「…すげー良かった、またやって欲しいぐらい」
 思わず言った台詞は取り消せずにちょっと目線を逸らして誤魔化した。
「いいよ、エッチなことって死んじゃうことと正反対の位置にあることだしルトくんがして欲しいならまたしてあげるから…」
 涙目で言われた一言でようやく真実が見えた気がする、少なくともさっきの夜の行動はグレースを悲しませるだけの最悪手だった…
「どっちも解決策は見えないけどなるべく対策は選ぶことにする、基本みんなも俺も死なない選択肢を…」
「それでいいんだよ…!」
 グレースも泣きながら頷いてくれた、多分今はこれが正解なんだろう。

「そうだ、一応夜食にルトくんの好きなものお小遣いでご馳走するから食べよ?カツサンドとバタークッキーに辛いカップ麺…」
「食べられるなら一緒に食おうぜ?俺だけご馳走になるより楽しいからな」
「…うん!」
 頬に軽くふれる吐息のぬくもりを感じながら浴槽から起き上がってバスルームを出た。
 せめて今夜ぐらい、願いに正直になってもいいよな…?


TURN19 夜も朝も恋焦がれ


 開きかけたカーテンの隙間から差し込む光の眩しさに目が覚める。
 隣に寝ているグレースも同じ感覚に目が覚めたらしい。
「おはよう、ゆうべはお楽しみでしたね」
「うるせぇ」
 気持ち毛並みがつやつやしているグレースの冗談を流しつつ、睡眠薬抜きで快眠できたことに内心でお礼を言って起き上がった。

「あ、お父さんから電話だ」
 スマホの電源を入れたグレースが顔をしかめてスマホを眺めていた。
 察するに鬼電入ってるなあれ…
「俺出ようか、多分電話の半分は俺関連だろうし」
「それもそうだね、はい」
 渡されたスマホの着信画面を見て軽く深呼吸してから通話アイコンをスワイプする。

「おはようグレース、昨日は色々誤解でトラブルになっちゃってごめんね。バースさんに捜索協力は依頼したからじきに見つかるはず…」
「こちらこそご迷惑おかけしました、俺は一応生きてますのでご安心を…」
「まさか君、ルトガー君なのか…?」
「えぇ、12年前にはお世話になりました」
「そうか、あの時君を完全に助けられなかったのは僕の力不足で謝ることしかできないが、よくあそこまで逞しくなって生きててくれたね。多分ナバールも喜んでるよ…」
 面識あるのは知ってるがこのタイミングでナバールの名前が出るってことは、コードネーム関連の話だろうか…?
「それで今君たちはどこに?一緒にいるのは分かるけど…」
「アローラにあるアンブレオン財団の運営するホテルです、名前は確か…」
「アルカディアホテルアーカラか、そこなら財団のお膝元だし安全だね、とりあえずバースさんに発見報告入れなきゃ…」
 強さは想像以上だったが性格の穏やかさは健在で少しだけほっとした。
「また改めて情報交換のために話し合う時間を取るとして、一旦電話は切るよ。君を隠して色々したであろうグレースには後でお説教するとして、アルカディアホテルのモーニングビュッフェは全体的に美味しいし、メンタルしんどい時はしっかり寝て栄養あるもの食べて気持ちいい交尾すりゃ多少改善するからね?」
「じ、情報ありがとうございます…」
 医者の情報だから合ってるだろうけどいいのかこれで…?
「それじゃまた後で、オムレツは絶品だから絶対食べるんだよ!」
 温厚なマイペースにどこか微笑ましさを感じつつ、なんとなくリラックスしか感覚でグレースにスマホを返した。

「お父さん、大丈夫だった…?」
「まずはここのモーニングビュッフェ食ってこいってさ」
「ほえ?」
 疑問符を掲げるグレースに悪タイプらしく笑ってみせる。
「ここのオムレツがとにかく美味いらしい、早い者勝ちだろうし早く行こうぜ」
「ねぇ待ってよ、一応身だしなみ整えるから…!」
 お説教の話をグレースに言ってない気はするが、まぁいっか。



 オムレツは本当にアドバイス通り結構美味しかった。
 ラッキーによる生みたてのタマゴを目の前でオムレツに調理していく様はちょっとした新鮮さがあったし、それなりに早い時間に焼きたてのクロワッサンと淹れたてコーヒーをお供にするだけでもちょっとした幸福感は得られた。
 多分夕べまでならこうはならなかった気がするが、栄養摂取以外の意味で食事の意義を思い出せたのも大きいのかもしれない。

「ハッシュドポテト品切れだったんだけど、ルトくんの1個分けてくれない?」
「2個しかないのに頼んでくるとはな、まぁいいけど」
「じゃ、ん…」
「…なんで口開けてんだよ?」
「あーんしてるんだから食べさせてよ」
「そういうことね、ほらよ」
 口開けてねだられるなんて初めての経験だが、リクエストに答えてハッシュドポテトを両断してフォークに重ねて刺し、待ちわびたと言わんばかりの口に放り込む。
 結構美味そうに食った後フォークを自分のトレーに戻してるが、それ俺のだから返せよ…
「ごめんごめん、このフォークは返さなきゃね…」
 トレーのフォークに同時に手を伸ばしていた結果、俺の手にグレースの鰭が重なる。
「あっ」
「おっ」
 何とも言えない空気が流れる、昨日あんなにやってるのになんでお互いこれしきの事で赤面して…

「…ねぇ、ここのオムレツ美味しいとは聞いてたからこの際1800円払ってモーニングビュッフェだけ参加したのに肝心のケチャップがない。オムレツにせよスクランブルエッグにせよケチャップかけて食べる派の僕に塩コショウで食べろと?」 
「それは、大変ですねって貴方昨日の…」
「…ウインナー並んでる辺りとかにないか?ってお前はシャルフ!」
 いつからここにいたのかは知らないが、隣りのテーブルではシャルフがオムレツを前に真剣な表情を浮かべていて、よくよく見ると奥のレジでは入場前の代金を支払っているダイケンキもいた…


「お友達も一緒だったのに同じテーブル座らせて貰ってごめんね」
「本当ごめんで済むわけ…」
「これからお客さん増えるだろうしテーブル一つでも多い方がいいだろうからお構いなく」
「右に同じ」
「二匹ともなんでお父さんの味方なの…」
 いつの間にかシャルフとコバルトも合流して四匹用テーブルは満席になった。
「改めて昨日は娘をUBから助けてくれようとしていたのに誤解して襲ってしまって申し訳なかった。おまけにうちの馬鹿娘がここ数日で大分君にご迷惑をおかけしたみたいで…」
「痛い痛い、頭抑えないでよ…」
 こうして平謝りされるとなんか複雑ではあるが、グレースに対する言動に理不尽さは特にないのでまだ怒りとかはないが…
「それを言うなら俺も、剣壊しまくったりアルプトラオムフランメの動力部壊しちゃったみたいだから…」
 慣れないながら頭を下げると、軽く笑って気にしないでと返された。
「まぁ君のスピードとテクニックには驚かされたよ、流石はナバールの子って感じだしイベルタル因子も発現してるみたいだからな」
「伊達に鍛えてないから、というより俺がナバールの子ってのはどういうことなんだ?イベルタル因子ってのもよく分かってないし…」
「君の生年月日っていつだっけ?」
「AW202年の、7月27日ですが…」
 何故かシャイナさんが知っていた俺の生年月日、それを伝えた時コバルトは妙に納得したような表情を見せた。

「…やっぱりか、おそらくだけど君はナバールとマリンさんの子で合ってるよ」
「俺が、あのナバールの…?」
 噓だ、俺を騙そうとしてるのか…?
 ってことはあの写真はシャイナさん=マリンってことになり、そうなるとあのガオガエンとのツーショット写真の整合性も取れるがその場合シャイナさんは俺の母親ってことで…
 じゃああの特別訓練ってまさか………
「…いや、タマゴの種族って雌に固定されてるはずだから、仮にそうなら俺はゾロアークじゃなきゃおかしくないか?」
「それがゼルネアスが死んだ影響かその制約がなくなったみたいでね、それにAW202年時点で種族としてはナバールは最後の一匹だったから、君が超技術で復活したナバールでもない限りは間違いないはずだよ」
「遺伝学はよく分からないけど、ルトくん騎獣クルセイダーの主人公にそっくりだから多分家族かなとは思ってたけど…」
「グレースは帰ったらお勉強もしなきゃだし、初代の演者がナバールだから似てて当然なんだけどな」
「ええ、ってええっ⁉」
 水タイプ親子の親子水入らず状態にやや声もかけづらくなり、右を見るとシャルフに首を傾げられた。
「レッドリスト調べた時に725~727は絶滅扱いでね、何かしら訳ありで登録されてないだけで身内かなとは薄々予想はしてたよ」
「…もしかして俺だけ自分の家族構成を知らなかったってことか?」
「そういうことになるね。でも宝生永夢だってそんな感じだったしよくあることかもよ…?」
 あれは全部騒音公害社長のせいだろ…
「とにかく、俺があのリングマと血縁関係なかったって分かっただけでも良かった、あんな忌まわしい血が流れてないと分かっただでもスゲー嬉しい……」
 なんとなく呟いた一言にグレースが微笑んで来た。
「当然だよ、こんなに格好いいし優しいルトくんがあんなリングマと同族な訳ないよ!」
「ありがとな、そう言ってくれて」
 なんかシャルフとコバルトの視線にグレースが恥ずかしがってるけど何か照れるとこあったか?

「それでイベルタル因子を知らないってのは?君の出したイベルタルや種族値680クラスの並外れた身体能力はまさしくはまさに因子の最たる例だが…」
「はぁ、確かに本気出したらテッカニン並みに速いらしいし、普通じゃない呪いもあるけどそんな因子と言われるほどの共通項が…?」
 今一つ掴めないままお替わりしたミネストローネを飲む俺に、コバルトは右のアシガタナを抜いて腕を見せた。
「Y字型の、跡…?」
「因子に目覚めると体のどこかにY字型の跡が現れるのが一番分かりやすい共通点だ。他にもY染色体に関連するらしいが今は調べられないし、君の左胸、にはなさそうだしどこか心当たりは…」
「俺の、背中に…」
 目立たないが背中の縞模様とミスマッチな感じがしてあまり知られたくはなかったが、まさか星型の痣みたいなものだったとは…
「確かにこれは因子の特性だね、能力の方は…」
「実は俺なりに調べてはみたが、まだ謎が多くて…」


「任意の手段で敵を殺す炎のイベルタルを精製できるが個体区別ができないから遠距離では種族単位で絞り込む必要があり、五感で捕捉できても感情が荒れると自動的に種族単位になるし制御不能か、デメリットを省けばさながらイベルタルの能力そのものだな…」
 デザートのミニケーキを堪能しているグレース以外は空気と噛み合わないほどシリアスな雰囲気になっている。
「基本使わないようにしても無意識に発動することがあって、そうなったらその範囲内のターゲットを全部殺すまで止まらなくて…」
「確かに早く対策は考えた方がいいだろうが、恐らく君が死んでもこういう能力は止まるどころか暴走するリスクが高い。間違っても命を捨てて止めるなんて選択肢は取らないで欲しい、世界がどうというよりグレースが悲しむからね…」
「はい…」
 今でも突破口は見えずに思考は霧の中の様にぼんやりはしてるが、自殺ルートが最悪手だったのは一晩のうちに忘れかけた欲求を一通り満たされてようやく分かった。

「それにしても、イベルタルからは何か教えて貰えなかったのか?これまで因子持ちの事例は僕含めて2件しか知らないとはいえ両方イベルタルに教えられた経験があるんだが…」
「そういえば僕と会った時は因子、には目覚めてたの?」
「特にイベルタルに教えられたことはないな、因子自体あのリングマを焼き殺したのが多分そうだが本格的に暴れ出したのは2年前だし…」
「ってことは12年前の子供の頃からそんなことに…」
 少し悲しげに見える表情を浮かべてコバルトは飲み干したコーヒーカップをソーサーに戻した。
「…これは仮説だが、君の無意識のうちの生存本能かそれともイベルタルの計らいか、身を守るため緊急措置として能力の一部を子供の頃に手に入れたがまだ本来の力に目覚めたわけではないので現状が不完全、なんて可能性もあるかもしれない…」
「能力が、不完全…?」
「あくまで可能性だけど、実質的に種族の存亡も関わる戦いを経ているイベルタルがそんな能力をそのまま置いておくとは考えにくいし、あるいは君の心次第でさらなる進化を待っていたとしても変じゃない…」
 そこまで言いかけた時、俺の携帯電話が聞いたこともないようなアラート音を立てた。
「なかなかアグレッシブなアラーム、って僕のも鳴ってるようだが…⁉」
 俺たちの携帯電話に入っていたUBサーチャーが鳴らした尋常じゃない警告音、それはラナキラマウンテン近郊におびただしい数のUB発生予測情報と敵の出現予測情報だった。


「あはは、ごめんなさい!僕たちモーニングビュッフェ楽しみ過ぎてアラームかけすぎちゃったみたいで…!」
 コバルトが愛想笑いを振りまきながら、携帯の画面を見せて来た。
【少しまずいことになったね、気づかれないように打ち合わせしよう】
【了解、モールス信号でも会話いけます】
 携帯の画面を見せるとコバルトも頷いてティースプーンでソーサーを軽く叩き始めた。
【12時間後ラナキラマウンテンにUB大量出現、恐らくUB以外も出現すると推定。君の戦力は?】
【先日より半減。ナイフ喪失、銃火器弾切れの拳銃のみ、スーツ喪失、紅蓮錦は修理中だが熱線焼却機構は使用不可、徒手空拳でもUBとの戦闘は可能だが因子能力暴走リスク有。そちらは?】
【各種アシガタナ、ホタチ共に回復、愛刀はモーフィング機構につき武器は心配無用。アロンダイトは新型を受領済み】
 継戦力については俺より上らしい。モールス信号を理解しているシャルフは状況を理解できているようだがグレースは案の定きょとんとしてるな…
【ついにUBを操る黒幕の登場か?】
【配下の可能性はあるが恐らく。少なくとも今夜から攻勢をかけると考えていいだろう】
【了解、グレース含めて伝えたいことがあるので一度場所を変えませんか?】
【了解】
 一通りやりとりをした後、コバルトはそっと立ち上がりモーニングビュッフェの時間の話をグレースに耳打ちして退店する流れになった。


「確かにオムレツ美味しかったけど、なんでみんなシリアスな顔になってるの?」
 それとなく食後の散歩に誘導された後、唯一何も知らないグレースが聞いて来た。
「説明しよう!それはk…」
「シャルフ、これは俺の口から伝えさせてくれ」
 冗談めかしくフォローしようとしてくれたシャルフを遮りつつ、三匹を視界に入れる位置に移動する。

「これから俺は、ラナキラマウンテンでUBの強襲を撃退しに向かう。決戦は今夜20時前後、UB以外も出現予測がある以上、下手をすればこの一戦に世界の運命がかかってるかもしれない」
「そんな…!」
 不安そうに近寄るグレースの肩をそっとなだめるように抑える。
「ナバールの名をコードネームとして与えられた俺はもちろん最前線でできることは全てする、だが正直今の俺では不安なんだ…」
 肩に添えた手を外して俯く顔の前で組み拙くても伝わる様に言葉を必死に選ぶ。
「確かに昨夜から色々支えてもらってなんとか冷静さは取り戻せたが、それでも戦力は不足してるし因子のこととか死んだ家族のこととか聞いて、ぶっちゃけ無理にでも前進しなきゃ不安とか怖さとか動揺とかで今すぐにでも機能停止しそうになってる…」
 考えるのも追いつかなくなり、感覚のままに心に浮かんだ言葉を叫び始めていた。
「だから、みんなにできることをしてくれるだけでいいから、俺と一緒に、戦ってください…」
 正直本心で言っても聞いてくれるとは到底思ってはいないが、俺の心はそう言わずにはいられなかった…
「無理なら今すぐアローラから避難して生き延びてくれるだけでいいので、お願いします…」
 さっきまで好意的に聞いてくれたとしても、この下げた頭を上げる頃にはきっとみんないなくなって…


 俯く頭に昨日ぶりの鰭の感覚が触れる。
「この12年、ルトくんは私を助けに来てくれたのに私は何もできなかった。だからその分できること何でもしてあげるから…!」
「グレース…」
「それにルトくんをここまでいじめた奴らをやっつけられるチャンスなんだよ?ちゃんと仕返ししないと心残りになりそうだからね!」
 予想以上にアグレッシブな一面を見せたことに驚きつつ視線を上げるとコバルトも驚いていた。生まれてからの付き合いでも知らない一面だったらしいな…

「僕もグレースに同感だね、僕は僕にできることをしてこの町を守るって決めたんだから止められても援護射撃してみせるさ」
「シャルフ…」
「それに僕を救ってくれた友達から一緒に戦うお誘いだよ?これ逃してちゃ特オタ以前に友達失格でしょ」
 動機が少し特殊な気もするが、シャルフらしい理由だしどこか信頼できる。

「むしろ僕から君にお願いするべき立場だったのに、丁寧に頼まれたらもちろんとしか言いようがないね」
「…ありがとうございます」
「こちらこそナバー、ルトガー君が負担なく戦えるように財団とも協力しながらバックアップするよ」
 経験者に言われると、二匹とは違った安心感がある…


「そういうことで全員歓迎だよ、今まで一匹でよくここまで頑張ってくれたね」
 あんま実感湧かないけど、俺はもう一匹で戦ってる訳じゃないってことなんだよな…?
「焦る必要はないが悠長にもしてられない、グレースは僕と来てくれ。ルトガー君は紅蓮錦を受け取って…」
 着々と指示を出しながら携帯電話を操作すると、数秒のうちに四足用のアルプトラオムフランメが到着した。
「アロンダイト、にしては新しい…?」
「アロンダイト・レコンギスタ、ハドロン機構全体のスペックアップをされてる新世代機のアルプトラオムフランメだ。エアータービュラーは試作機だったからどのみち乗り換え予定でね」
 さりげなくフォローに内心ありがたく思いつつ、電話番号を交換しておく。

「さっき君の両親が死んだって言ってたけど、君のお母さん、マリンさんはいつお亡くなりに…?」
「シャイナ、って名前の俺の師匠のゾロアークが多分そうなんですが、2年前に俺を守ろうとして自爆して…」
「あー…」
 なんか納得した顔してるが、あの時いたのか…?
「多分だけど、マリンさん」
「他の原因があれば分からないけど、多分マリンさん生きてるね」
「ゑ…?」
「実はマリンさん特異体質で爆死はしない体になってるんだ、他の要因は分からないけど多分自爆だけならマリンさんは無事だね」
「…………はい」

 しれっと別れ際にとんでもない可能性を告げられ嬉しいよりも困惑が勝ちながら、ハイゼットの助手席に乗り込んだ。



 to be continued…


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