ポケモン小説wiki
蒼剣ドリーマー 01 の履歴(No.2)


残虐描写及び死亡描写多数につき閲覧注意


現在分割編集中につきお騒がせしております、各種更新完了までしばらくお待ちください



STAGE0 コバルトブルーの夜に


 夜間救護のための夜勤も楽じゃない。特に何もない日というのは珍しくて、大体は急患の治療に奔走するのが平常で、特に娘が勝手についてきた日ともなると患者が一匹増えたも同然だ。
 母親が入院中だから寂しいのかもしれないが、面会時間の終了した今は家で夢の中にいて欲しいのだが。
 さっきも診察室で遊んで消毒液の瓶が一本犠牲になってしまったのできつく𠮟ってみたのはいいけど、泣きながら病院の外へ出ていったから加減も難しい。
 しばらくしたら夜勤看護師の誰かに探してもらうか…

 夜の9時を過ぎたところで一杯目のコーヒーを淹れる。半分以上使ったインスタントコーヒーは香りもほとんど消えて熱くて苦い汁と化しているが眠気覚ましにはちょうどいい。
「おっと!」
 コーヒーをデスクに置いた時に腕が当たってマウスが宙吊りになってしまった。
 スクリーンセーバーのままだった画面はデスクトップの表示に戻る。
 周辺はカルテとかソフトウェアのアイコンで埋まっているが、背景の写真はバッチリ写っている。
 僕を中心にみんなで撮った唯一の集合写真、怖い思いも沢山したけど忘れたくない大切であっという間の日々の記憶。
 今でこそ新米の医者になったけど、まだまだ不甲斐ない僕を見たらみんなはどんなことを言ってくれるんだろう。
「君の強気なアドバイスが欲しいよ、ナバール」


蒼剣ドリーマー


written by 慧斗



STAGE1 奪われた日常


 かつて、人間と伝説や幻と呼ばれるポケモンとの間に戦争があった。
 邪神と名高い創造神アルセウスの人間に対する無差別な攻撃に端を発した戦いは、惑星全体を巻き込む全面戦争となった。
 戦争が膠着状態となって8年、伝説や幻のポケモンは惑星に甚大な被害を及ぼす自身の能力や攻撃を切り札に、人間に対して集団自決を迫った。
 これに対し人間は自身の味方となっていた一部のポケモンに極秘に開発していた決戦兵器を搭載して徹底交戦の態勢をとった。
 だが、この作戦が史上最大の悲劇の引き金となった。
 決戦兵器が大きな脅威であると確信し勝利を焦った伝説や幻のポケモンは切り札を使用、人間も一歩も退くことなく決戦兵器で応戦、激しい破壊の嵐が巻き起こり、最終的に人間やポケモン全ての故郷である惑星に、壊滅的なダメージを与えてしまった。
 100億近い数を誇った人間も圧倒的な力を持った伝説や幻のポケモンも全て失われ、残ったものは半数近くの種族が戦争の犠牲となり絶滅してしまったポケモンと、人間の持っていた高度な技術だけである…
 戦争が終わった年を西暦から「AW」という区切りに変えて、残されたポケモン達は人間の技術を使いながら復興への道を歩み始めた…

 前置きは長くなったけどこれはAW199年、僕を、そして戦争の痕も消え果てた世界の運命を変えた小さな戦いの物語だ。





「次のニュースです、UBの出撃情報として昨日イッシュ地方に出撃したという情報があり…」
「ポケスロン決勝戦、たった今試合開始です!」
 家電売り場のテレビのチャンネルをこっそり変えてみる、他の地方に関するニュースよりはポケスロンの試合でもゆっくり見て待っていたい。
 しばらく家電売り場で両親から待ってるように言われたけど、ここの店はゲームソフトを置いてないからテレビでも見て待つしかない。
 普段は忙しい両親と折角出かけられたのにちょっと退屈…

「コバルト、お待たせ!」
 買い物を済ませたらしい両親が僕を呼んでいる。
「はいこれ、合格のお祝いね」
 紙袋の中にはずっと欲しかったハードカバーの本。
「いいの?これ高かったでしょ?」
「そんな嬉しそうな顔で聞くなよ、今日は特別だ!」
「ありがとう!」


 不穏なニュースは多くてもごく当たり前の日曜日を過ごし、久々に揃って休みを取れた両親と買い物に出かけて、一緒に美味しいご飯を食べて、ドクタースクールへの合格祝いに前から欲しかった本を買ってもらい、三匹で笑いながら夕暮れの帰路について…
 両親が目の前で死んだ。

 虚空から現れたドククラゲのようなポケモンみたいな何かが猛毒の濁流で襲いかかってきた。
「早く逃げろ!」
 母さんが僕を咥えて走り出すと同時に放った父さんの声が最後に聞いた声だった。
 アシガタナで猛毒の濁流を捌き上段から一閃しようとした瞬間、ドククラゲもどきの周囲に浮遊していた発光体から放たれたビームが父さんの全身の急所を貫通した。
「コバルト、危ない!」
 母さんは僕をかばって背後から飛んできた10万ボルトの餌食になった。


「そんな、脅かさないでよ…?」
 町では一番の医者と看護師でアシガタナの扱いも負け知らずだった父さんと母さんが何もできずに殺された?
 悪い冗談だ、こいつにそんな力が…

 戦闘を終えてゆっくりと浮かんでいるドククラゲもどきの正体に気づいた。
「これが、UB…?」
 血の気が引いていく。
 ダメだ、早く逃げなきゃ…
 こんなやつ僕のホタチ捌きでどうにかできる相手じゃない。

その場にへたり込んだまま少しずつ後ずさりしていく。
まだ気づかれてないから、今は姿を隠して誰かを呼べば…!

「?」
 もう少しで逃げきれそうな時に見つかってしまった、僕もこのままこいつに殺されるのか…?
 いや、かなり確率は低いけど一か八かアクアジェットを当てればいけるかもしれない。
「あっち行けよ!」
 ドククラゲもどきが近づいて来た瞬間にアクアジェットで突進する。
 体勢が揺らいだ、これならホタチの追撃で行ける…!

「…!」
 だがドククラゲもどきは少しバランスを崩しただけで、僕の方に真っ直ぐ向かって来た。
「何でだよ、どうして僕が狙われるんだよ⁉」
 父さんを一撃で倒した相手と今更ホタチで戦っても勝てないし、逃げようにも足がすくんで歩くこともできない。
「誰か!助けて!」
 呼んでも誰も来ない。仮にいたとしてもこの惨状を見れば普通は逃げるに決まっている。

「…?」
 ドククラゲもどきはゆっくりと僕の頭上に降りてくる。
もうダメだ、僕もこいつに殺される…!
 強い痛みに備えて目を閉じる。殺すならせめて痛くなく、嫌だ、やっぱり死にたくない!

 目を閉じていたけど、ドククラゲもどきは何もしてこない。
 鈍器で殴り付けたような金属音と共に頭上を何かが通り過ぎたような気がしたけど…金属音?
 さらに響く金属音と地面に液体が飛び散る音。
 怖々目を開けるとドククラゲもどきが地面に墜ちている。

「そこのフタチマル、動けるならちょっと離れときな」
「あなたは…?」
 沈みかけた夕日で顔は見えないけど、声の主は燃えるベルトをして父さんのアシガタナよりも大きな大剣を片手で担いでいるのは分かった。

「細かい説明は省くが俺はあいつを倒しに来た、それだけは言っといて」
 話している途中に大剣が僕の目の前に突き刺さる。
「うわっ…⁉」
 その直後、液体が大剣に付いた音。

「邪魔すんなつってんだろ⁉」
 どうやら起き上がったドククラゲもどきが僕に毒液を飛ばしたのを大剣で防いでくれたらしい。
「ちょっと深く刺しすぎたか?まぁいいや。フタチマル、お前はそいつを盾にして隠れてな」
「は、はい…!」

 詳しい話は聞けなかったけど、どうやら僕を守ってくれるらしい。
 盾になった大剣からこっそり様子を見てみたけど、一方的にドククラゲもどきを圧倒している。
「そらよっ!」
 右腕の赤黒い炎を纏ったラリアットが直撃してドククラゲもどきはグロッキーになったところに、
「もういっちょ!」
 ラリアットの回転を活かした左の裏拳でドククラゲもどきは完全に倒された。


「ついにこの辺にも出やがったか、ちょっと後ろ向いてな」
 助けてくれたガオガエンは盾として使った大剣を強引に引き抜いてドククラゲもどきに振り下ろす。マトマの実が潰れるような音が何度も聞こえて思わず耳をふさいだ。

「お前、ここに一匹で来たのか?」
「いや、家族と一緒に…」
「…もしかしてあいつにやられたのか?」

 自分の身が危険になって忘れかけていたけど、ガオガエンに指摘されて思い出した。
 父さんと母さんはあいつに、あいつに…

「…まだ治療したら助かるかもしれないし探そうぜ、どこにいるか分かるか?」
 僕を励ますようにちょっと声のトーンを高くしてくれたけど、冷静に考えたらビームで急所を貫かれたり10万ボルトの直撃だ。どう考えても助かる訳ないよな…


「フタチマル、めそめそしてないで早く来い!」
 その場で呆然と座り込みそうになった僕を怒声が止める。
 慌てて走っていくと傷だらけの父さんと母さんが仰向けに倒れていた。
「お別れぐらいならまだ間に合いそうだぜ」
 ガオガエンは止血とかの処置をしてくれたみたいだけど、今にも事切れそうなのは誰の目にも明らかだった。

「父さん、母さん!」
 間に駆け寄って手を握る。さっきまでなら力強かったはずの握り返す力も弱弱しかった。
「コバルト、大きくなったな…」
「昨日までまだ小さいと思ってたのにね…」
「そんな…もう死んじゃうみたいなこと言わないでよ!」
 やっぱり嫌だ!助からないって分かってても事実を受け入れたくない…!
「そんなに泣かなくても、コバルトは父さんと母さんの自慢の息子だ…」
「コバルトなら、夢だって叶えられるよ…」

「父さん、母さん、ありがとう…!」
 一際強く手を握ると父さんと母さんは少し微笑んで、握り返す力がなくなった。

 昨日まで当たり前だと思っていた存在を一瞬のうちに失ったこととかよりも、純粋に父さんと母さんが死んでしまったことが悲しくてしばらく泣き続けていた…


「そういやお前、どこから来たんだ?」
 水を差さないように離れていたらしいガオガエンがちょうど僕が泣き止んだ辺りで戻ってくる。
「えっと、コガネシティの南側だけど…」
「大都市のコガネですらこの現状かよ、想像以上に深刻だな…」
「…どうかした?」
「どうしたもこうしたもねぇよ、UBがジョウトにも出現してるの知ってるか?」
「イッシュやアローラならまだしも、ジョウトに出たなんて初めて聞いた…」
「やっぱりか、ってことは公共機関が正常に機能してなかったり昨日までいた奴がいなくなったりしてなかったか?」
「言われてみれば、警察も全然来なかったり友達がいなくなったりしてたかな…」
「フタチマル、そんな現状なのに誰も何も思わなかったのか?」
ガオガエンからの質問に答えていくうちに、少しずつ情報のノイズが消されていく。
「確か、ジョウトにシリアルキラーが出たって噂はあったけど…」
「マジかよ、奴らどこまでも腐りきってやがる…」
 呆れたようなため息の理由に大きな闇を感じて思わず身震いする。

「結論から言うぜ、お前らジョウトの奴らは全員、政治に関わってる連中に情報いじられて都合よく騙されてるんだよ!」

「騙されてた…?仮にそうだとして一体どうして僕たちを騙す必要があるの?」
「『お前の方が変な思想に騙されてる!』なんて言い返さないだけ話が早くて助かる。政治やってる連中は特に“我が身可愛さ”で行動するからな、大方UBの対処に悪戦苦闘して権威がガタ落ちすることを恐れて隠蔽してんだろうな」
「だったら早くみんなに真実を伝えて助けないと…!」
「落ち着け!」
 コガネシティに向かって走り出そうとして止められる。

「…正義感あるのは結構だけどお前一匹が騒いでどうなる?大半はお前の言うことを嘘だと認識して真実が伝わらないどころかお前はポカブ箱行きだぜ?」
「ポカブ箱…」
「でもな、被害が出る前にUBを倒せば問題ない。そもそもUBという脅威を殲滅すれば何も問題ないだろ?」
 地面に転がっていた大剣を担ぎ上げて不敵な笑みを僕に見せる。

「お前、これからどうすんだ?」
「…」
 家に帰っても迎えてくれる両親はもういない。そもそも噓だらけの町にいるのも辛い…
「ここで出会ったのも何かの縁だ、俺たちの町に来ないか?」
 地面に落ちていたプレゼントの本を僕に渡す。
「…いいんですか?」
「動ける奴は一匹でも多い方がいいし、俺が歓迎してるから大丈夫だ。お前の名前は?」
「コバルトです」
「了解だ、色々聞きたいことはあるけどとりあえず案内する」
「ありがとうございます、そういえば貴方の名前は?」
「そういや名前、まだ言ってなかったな」

「俺は月下団団長ナバール、“夢を護る者”だ」

 夕日が沈み切って、西の空にやけに明るい三日月が浮かんでいた。

STAGE2 月下の軍団


 コガネシティの外れから歩いて10分もしないうちに町の灯りが見えてきた。
「ここって確かエンジュシティって町じゃなかった?」
「ああ。元、だけどな」
「元?」
「とりあえず着いたから入るぞ」

 南側に作られたバリケードの門をナバールがノックするとワルビルが顔を覗かせた。
「おかえりなさい団長、その子は?」
「新しい仲間だ、見張りの番も無理するなよ!」
 門がゆっくりと開き、比較的綺麗な町並みが見える。
 町の中では小さなポケモン達が遊んでいて、大きなポケモン達が働いている。僕の住んでいたコガネシティと大して変わらないように見えるけど、大きな違いとして住んでいるポケモンは“悪タイプか悪タイプに進化するポケモン”ばかりだった。

「奥に入って東の建物、そこがメインのアジトだ」
 町の奥には大きな建物が西と東に建てられている。

 ナバールに連れられて建物の中に入ると、大柄なタチフサグマや町並みにしっくり合う印象のゲッコウガに出迎えられる。
「ナバール、今度はどこで出たんだ?」
「エンジュとコガネの間、初めてのケースだ」
「種類は?」
「01だ、やっぱあいつら個体数も多いな」
「承知した、情報を記録しておく」
「お疲れさん、団長に倒れられたらみんな路頭に迷うんだからちゃんと休めよ?」
「その文句はUBに言ってくれ、俺じゃどうしようもない」
「ったく、飯ぐらいちゃんと食えよな!」

 タチフサグマとゲッコウガが別の部屋に入って行き、僕は「団長室」と書かれたナバールの部屋に案内されて、少し大きなソファベッドに腰掛けると少し精神的に落ちつけた。
「腹減っただろ?食べるもの持って来るからちょっと待ってな」
 ナバールは僕を置いて部屋から出ていった。

 資料棚にはUBの襲撃に関するファイルがいくつも並んでいて、一番古いものでAW194年からで、一年前から出現していたらしい。
ホワイトボードにはUBに関する種類や情報も記載されている。

・UB01 PARASITE
・UB02α EXPANSION
・UB02β BEAUTY

 さっき僕を襲ったドククラゲもどきは01って言ってたから、”PARASITE”でいいのかな?
 02はαとβがあって03を使わない理由は謎だし、情報を集めるのはナバール達も結構苦戦しているんだろう。
 入り口に立てかけた大剣は、柄以外にも片方の面に取っ手が付いていて変わった構造になっていた。多分この取っ手のおかげであの時僕を防御する盾として機能したのかもしれない。

「俺のメイス、そんなに気になるか?」
「うわっ、ごめんなさい…!」
 大剣に見とれていると戻って来たナバールに驚かされる。
「謝る必要はないぜ、UBと戦うにはちょっとした武器もあった方がいいからな」
「メイス?剣じゃないの?」
「確かに剣の形だし盾としても使えるけど、刃は付けてないからこいつはただの戦棍だな、まぁやろうと思えば力で叩き切れるけど」
 今は痕跡もないけど、さっきのドククラゲもどき改めPARASITEも、これでぶつ切りに…
「まぁ食いな。あんま新しい情報入れすぎたら疲れるだけだし、お前のことも色々聞かせてくれるか?」

 皿に盛られた簡単な料理や木の実を食べながらいろんなことを話していく。
「お前が俺とタメだったなんてわりと意外だな、てっきり敬語だしフタチマルだから年下かと」
「僕もてっきり年上だと…」
「お互い17って分かったし呼びタメOKだからな、敬語がいいなら別に止めないけどよ」
「じゃあ、よろしく」
「これからよろしくな!」

「それと、医者目指してるって話は?」
「単純にいろんなポケモンを助けたいってのもあるし、両親も医者だったから…」
 自分で言っておいて辛くなってきた…
「…今の時点で治療とかはできるのか?」
「基本的な治療はできるし、さっきプレゼントに貰った本は医療マニュアルだから…」
「できる範囲で構わないが治療の手伝いとかできるか?ちょっと応急処置以上の能力持ってるのが一匹だけで大変だからな…」
 話題の内容に家族の話が出てくる度に、ナバールはちょっと焦った様子で話題を少しずつずらしていく。

「拙いかもしれないけど、頑張るよ!」
「そうか、コバルトの事は明日改めて主要メンバーに紹介するから今日はもう休みな」
「普通に今からでも手伝うこととか…」
「思ってる以上に身体は疲れてんだよ、心配しなくても明日から忙しくなるぜ?」
 言われてみれば今日は数時間の間に色々なことが起こりすぎて、疲れてても変じゃないか…
「そっか、じゃあおやすみ」
「ああ、部屋は明日用意するから今日は奥の部屋使ってくれ」

 まだやる事があるらしく、部屋を案内してすぐにナバールは戻って行った。
 待合室に置いてるみたいな長椅子と毛布を用意されていて、ご丁寧に枕替わりのタオルまで用意されていた。
「…」
 仰向けに寝転んでもなかなか寝付けずに色々思い出してみる。
 今日は普通の日曜日が始まって終わると思っていたけど、他の地方にしかいないと思っていたUBに父さんと母さんを殺されて、助けてくれたガオガエンからコガネシティ以外では困窮しているという真実を聞かされ、悪タイプがいっぱいの不思議な町に案内されて…

 無意識に目元を拭うと濡れていた。なんとか現実について行けてると思っても、辛いことには変わらなかった。

「ダメだ、眠れない…」
 小一時間目をつぶって考え事にふけったけど、とても眠れそうにない。
 買ってもらった医療マニュアルでも読んだら眠れるかもしれない。
 でも、起き上がって探したけど肝心の本が何処にもない。
「ナバールの部屋に置いてきちゃった…」
 もし寝てたら諦めるとして、まだ起きてたら取らせて貰おう。
 ゆっくりドアを開けて再び団長室の前に戻って来る。
 ドアの隙間から光が漏れ出てるけどノックしても返事がない。

「ナバール、開けるよ?」

 ドアを開けるとソファベッドに座っているナバールと、もう一匹ゾロアークがいた。
「ちゃんとご飯食べて寝る時間も取らないと、傷全然治ってないよ?」
「食糧だって切り詰めても底を尽きそうだし、見張りもメンバー不足だからな。傷は自然治癒でなんとかなるだろ」
「だから!その自然治癒のためにもご飯食べて寝ないと…」

「…コバルト、眠れないのか?」
「このフタチマル君がさっき話してた新入りね、どうかしたの?」
「…そうじゃなくて、本を置き忘れたから、取りに来ようと思って…」
「ほいよ、大事なものなんだから無くすなよ?」

 デスクの上に置かれていた本をナバールが渡してくれる。

「コバルト君って言ったっけ?可愛らしい仔ね、お茶でも飲みながら話でもしない?」
「おーい、お前の悪い癖出てんぞ!こいつは俺らと同い年だかんな!」
 ナバールが適宜フォローしてくれてるけど、このゾロアークはちょっと苦手なタイプだ…

「同い年、ねぇ… 類は友を呼ぶって言うし、ナバールみたいに私の好みのタイプかもね…」
「マリン、いい加減にしとかないと救護担当がまたお前だけになるかもよ?」
 ナバールの一言で僕のことを文字通りの意味で取って食べそうな勢いだったゾロアークが急に冷静になる。
「申し遅れたけど救護担当のマリンだ、前線でUBと戦うナバールみたいなポケモンの治療を筆頭に他のポケモンの治療も担当することになる、よろしく頼むよコバルト」
「こちらこそ、よろしくお願いします…」
「そんなに固くならないで、明日救護室も案内してあげるからね…」
「真面目なモード、1分も持たなかったか…」
 ナバールに同情の眼差しを向けられる。普段からコレなのか…

「…ちなみに二匹は付き合ってるの?」
「ただの仲間だ」「結婚前提だけどね」
 案の定正反対の答えが出た。
「コバルト君、ナバールは結構シャイでツンデレ気味だからこんなだけど結構可愛い所あるのよ?昨日も…」


 マリンの惚気話を遮るように鳴り響く着信音。
 ナバールが会話を止めるハンドサインを出し、トランシーバーみたいな器具を開いて耳に当てる。
 しばらく聞いていた後、蓋を閉じてデスクに置いた。

「マリン、あいつらを呼んでくれ。作戦を開始する」

 団長室にナバールとマリンの他に、さっき資料作りに行ったタチフサグマとアブソル、それに眠そうな目のマニューラが入って来る。

「全員聞いてくれ、コガネシティから派遣された警備隊が午前6時、辺境にてトラック単位で食糧の取引を行うという情報が入った」
 コガネシティには警察と軍隊を兼ねた警備隊がいたけど、そこで食糧を分けてもらうのだろうか?

「そこを俺たちが強襲して食糧をトラックごと頂く!」
 歓声が沸く中、多分僕だけが状況を吞み込めずに?マークのアンノーンで頭の中を埋め尽くされている…

「ナバール、強襲って警備隊から奪うの?」
「モチのロンだ、ってまだお前に月下団の活動目的を言ってなかったか?」
 コンビニで買い物をする様な感覚でナバールは答える。
 そういえば事実上入団みたいな感じだけど、肝心なこと聞いてなかったかも…
「簡単に言うと“自由の奪還”だな。出会った時に言ったように、ジョウトの中心部であるコガネシティは現状唯一と言っていいほど何も不足ない町になってる。でも町から一歩外に出ればゴーストタイプにも不快なゴーストタウンだ。コガネの住民の目を欺くためにインフラを流通させてるのは俺らにとっては好都合だけどな」
 それで見捨てられたという割には電気も水道も機能してたのか…
 それはさておき、実際に町から一歩出れば他の地方にしかいないと思っていたUBに襲われた以上、ナバールの言葉には信じる根拠がある。

「そこで俺たち月下団は、近隣のUBの出現で奴らに見捨てられたエンジュを乗っ取り、UBの現れる前から奴らに濡れ衣着せられ恨まれてきた悪タイプが力を合わせ、奴らに見捨てられたポケモン達の自由を奪還する、そのために発足したと言えば分かるか?」
「えっと、つまり“UBも倒す、コガネシティの権力者も倒す”ってこと?」
「…」
 沈黙に包まれる。ちょっと過大解釈しすぎたかな…?

「コガネ在住のやつにここまで言わせるとはな、権力者はクズだが住民には救う価値はありそうで安心したぜ!」
 心底嬉しそうなサムズアップが帰ってきた。

「それじゃ時間もないし、早速強襲と行こ…」
 メイスを掴んで意気揚々と歩き出したナバールがふらついて壁にもたれ込む。
「ナバール!」
 慌てて駆け寄ったら想像以上に顔色が悪い。やっぱりマリンさんの言う通り無茶してたんだ…
「大丈夫だ、ちょっと立ちくらみ起こしただけだっての…」
「団長が倒れたら他の全員はどうなる?いいから休め!」
「やっぱり無茶してたか、ちょっとマリンに面倒見てもらって休んでな」
 真面目モードになったマリンとタチフサグマになだめられてようやくナバールはソファベッドに横になった。

「悪いな、団長には率先して動く義務があるのによ…」
「大丈夫。この任務は、僕が行くよ…!」


STAGE3 アサルト・アラート


「コバルト、気持ちは嬉しいがお前大丈夫なのか?」
「心配してくれてありがとう、でも僕だってUBにみんなを殺されたくないし、出来ることはやるって約束だったからね!」

「ちょっと待って、こいつは悪タイプでもないしそんなやすやすと信用していいの?裏切って食糧持ち逃げするかもよ?」
 黙って聞いていたマニューラが遮る。流石にコガネシティから来た新入りを疑うのは無理もないか…
「ヴァイル、コバルトはこの世界の闇を身をもって経験してる。そして何より俺が認めた」
「それはそうだけどさ…」
「…大丈夫、このフタチマルから危険は感じない」
 ヴァイルと呼ばれたマニューラにナバールとアブソルも入ってなだめてくれる。
「…ただ気を付けて、強襲の時には危険が迫ってる」
「肝に、銘じておきます」
「待ちな!」
 アブソルから情報を貰ったタイミングでタチフサグマが割って入る。
「ヴァイルの言い分も分からなくないし、ユエの言う通り強襲には危険だって迫ってる以上進化も終わってないポケモンを行かせるのは危険だ」
 最もすぎる。確かにダイケンキに進化してない以上戦力としても不安だろう…
「だが俺はナバールの見る目とこいつの勇気には賛成だぜ。戦力としては心もとなかったとしても面倒見てやる余裕はあるし、こいつにはこいつのできることがあるはずだ」

「一匹よりも二匹の方が効率がいい、俺も行くぜ」

「分かった。コバルト、シャウト、二匹で向かってくれ」
「了解!」
「ヴァイル、この任務を無事にこなせたらコバルトのこと認めてやれよな」
 初めての任務をこなすべく僕たちは出発した。


「コバルト、バッグの中に携帯電話入れてるだろ?それで時間見てくれ」
 バッグには携帯電話らしくものが入ってるけど、僕の知ってる形状とはちょっと違う。画面はあるけどテンキーはどこだ?
「画面を回転させるようにスライドして開けんだよ、そうすりゃ起動する」
 言われた通り画面をスライドさせると色付きの液晶画面が点灯する。
「えっと、5時38分です」
「なら大丈夫だ、そいつとナバールの持ってるやつは外部の協力者が作ってくれたんだけどよ、俺なんか使い方教えてもらっても未だに使いこなせないからお前は大したモンだぜ、ほらよっ!」
 さっき僕の存在意義が怪しくなったからなのか、結構僕に優しくしてくれる。
「シャウトさん、このオレンの実は?」
「立場関係を考えられるのは結構なことだが、仲間なんだからシャウトでいいシャウトで。朝ご飯は早めに食っとかないとこれから忙しくなっちまうだろ?トラックごと奪うんだから行きは徒歩だし強奪に時間はかけてられないぜ」
「…じゃあ遠慮なくいただきます」
「おう、ヒワダで貰ったオレンの実は美味いぞ!」

 緊張している気がして喉を通るか不安だったけど、エンジュから歩いてきてそれなりに空腹だったらしく齧ればすんなり食べ進められた。
「心配しなくてもちゃあんと見張ってるから安心して食いな、っとそれ食ったら行くぜ」
「! は、はい…!」
 慌てて残りを嚙み砕いて飲み込んだ。

「お客さんが来たらしいぜ」

 林の中から誰かがこちらに来るのが聞こえる。
「5時49分、何も朝っぱらから取引する必要はないと思うんだがな」
「早めに取引した方が強奪されるリスクも少ないからな、にしても朝っぱらからの見張りは眠いってのは同意だ」

「奴らは見たところ見張り担当のオコリザルとバオッキーって感じだな、お前水タイプの技覚えてる?」
「アクアジェットとシェルブレードなら…」
「オーケーだ、そいつでお前はバオッキーを倒しな。行くぜ!」

 シャウトはすてみタックルで飛び出しオコリザルを遠くへ吹っ飛ばした。
 そしてバオッキーを挑発するように真ん中の爪を立ててちらつかせる。
「野郎、月下団か…!」
 バオッキーが戦闘態勢に入ろうとしている、今だ…!
 助走を付けてアクアジェットでバオッキーの背中にぶつかった。
「首を狙え!」
 シャウトに言われた通り、バオッキーの首筋を狙ってホタチを構えて素早く一閃する。
 引き裂く様な音を立ててシェルブレードが首筋に直撃してバオッキーは戦闘不能になった。
 シャウトの方はすてみタックルでグロッキーになったオコリザルを木に固定して連続で殴りつけていたが数発でオコリザルも戦闘不能になり、見張りはいなくなった。

「上出来だ、おかげで二匹倒す手間が省けた」
「でもアドバイスがなかったらちょっと厳しかったです…」
「戦闘経験浅いのは仕方ねーよ、特訓したら俺ぐらいには戦えそうだぜ」
「そりゃどうも…」

ピリリリ、ピリリリ、ピリリリ、ピリリリ…
 倒したバオッキーのバッグから着信音が響く。本隊からの連絡か?
 電話に出ても声が違えば怪しまれるし、出なかったら出なかったで何かあったと勘づかれる。どうすればいい?
 僕が悩んでいるとシャウトはバッグから携帯電話を取り出し通話ボタンを押す。
「異常ありません!」
 それだけ言って数秒で電話を切った。

「トラックは問題なく来そうだぜ!」
 いたずらっぽい笑顔でVサインされて苦笑しながらVサインを返した。

「なぁ、これどうやって電源切ったらいいんだ?」
 シャウトにさっきの携帯電話を渡されると、モノクロな画面にはこの携帯のものとおぼしき電話番号が表示されていた。
「多分このボタンを長押ししたら切れるだろうけど、また連絡あるだろうし持っておいたらどうですか?」
「そうだな、そうするか!」
 携帯電話をバッグのポケットに入れた。
 タチフサグマってポケモンは見た目から怖いイメージがあったけど、シャウトを見ていると結構優しいのかもしれない、なんて印象を勝手に覚えていた。

 しばらく待っていると遠くからエンジン音。
「カモネギがそば背負ってやって来たぜ…!」
 シャウトは既に獲物を射程圏内に捉えたような好戦的な笑みを浮かべている。

「全員出てきたタイミングで俺が奴らを引き付ける、奴らはトラックのキーは抜くだろうから、お前は俺が倒した奴からキーを奪ってエンジンをかけて俺が合流するまで車を守ってくれ」
「加勢しなくて大丈夫…?」
「気持ちは嬉しいけどよ、俺は喧嘩のプロだぜ?鍵を奪って運転できる様に準備してくれる方が俺にはよっぽどありがたいかな!」
「…まぁ、運転は俺がやるからそんな困った顔すんなよ?な?」
 どうやら運転はせずに済むらしい。僕の大きさだとハンドルと速度の調整だけでギアは動かせないし視界も良くないから正直助かる…

 トラックが停車し続いてジープっぽい車も停車、ポケモンが次々に降りてきた。
「鍵持ちは分からなくても10体もいなけりゃ楽勝だな、行こうぜ!」
 シャウトがポケモン達の中に躍り出てインファイトで一気に攻撃を開始する。
 まだ僕の出番はないけど、トラックの鍵を持ってるポケモンを今から判断するぐらいはできる。
 降りてすぐだから特に鍵を誰かに預ける余裕はないだろうし、そう考えると少なくとも二足歩行かそれに準ずる活動のできないポケモンは除外できる。
 残すはグランブルかスリーパーだけど、片方がジープでもう片方がトラックだろう。
 だとしたらトラックの運転手はどっちだ?

 シャウトのバークアウトが全体にダメージを与える。巻き添えにならないように慌ててジープの陰に隠れると、ルームミラーに何かぶら下がっているのが見える。
 ちょうどシャウトがグランブルとスリーパーを倒した。
 気づかれないように素早くグランブルの持ち物を調べると、トラックと同じエンブレムのキーがあった。
 五円玉みたいなのをルームミラーにぶら下げる運転手なんてスリーパーに決まってると睨んだが、推理は合っていたらしい。
 運転席のドアを開けてキーを差し込んで回す。あとはシャウトが乗り込むまでトラックを守り抜くだけだ…!

 喧嘩のプロを名乗るだけあって、シャウトは確実に敵を倒していく。
 これなら大丈夫だと思いつつも周囲の様子は警戒は怠らない。
 そういえば医療マニュアルに毒に関するページがそこそこあった。大丈夫だと思うけど罠のリスクも否定できないし、一応食糧に毒が入ってないかだけ確認しておくか…
 それを言うと食糧の中に兵士が潜んでたり…
 色々危険性を仮説を立てながら見張りを続けていた時、奥の方に赤いポケモンがいた。
 バタフリーみたいな頭部にカイリキーみたいな腕、先の細い4本の脚。

 間違いない、UBだ…!
 しかもシャウトはUBに背を向けたまま近づく形になっているし、僕が加勢するにも距離が遠すぎるし、トラックから降りるのも得策じゃない。
 でも何とかして知らせないと…!

「シャウト、後ろにUBだ!」
 ウィンドウを開けて叫んだけどエンジン音にかき消されて届く様子がない。
 仮にエンジンを止めても戦いに集中してるシャウトに届く保証もない。
「どうする?書くものでも探して書いてみるか?」
 クラクションを鳴らすことも考えたけど、肝心の内容までは伝わらないだろう。
 ここは一か八かトラックから降りて知らせるしかない…!

 降りるために荷物を回収した時、さっき時間を見るのに使った携帯電話が目に付く。
「携帯電話を鳴らせばシャウトにも伝わるけど、これなら行ける…!」

 使えるかどうか考える必要もない。さっき見張りから奪った携帯電話はシャウトが持っているし、電話番号ならさっき表示されたものを覚えている。
 シャウトは最後の敵を倒したけど、UBはかなり近づいている。
ディスプレイを回転させて起動、素早く電話番号を入力する。
「頼む、早く繋がれ…!」
 二回コール音が響き、電話が繋がる。

「異常ありません!…ってコバルトか、早く帰ろうぜ!」
「シャウト!後ろにUBが迫っているんだ!」
「分かった、お前もこっちに…」

 シャウトの声が途切れて雑音が響き、何も聞こえなくなった。

「シャウト!」
 急いでトラックから降りたけど、UBが振り下ろしたアームハンマーの余波で起こった砂煙で何も見えない。

「コバルト、やっぱりお前優秀だぜ。まさかお前に言われた通り持ってた携帯電話のおかげで不意打ちに対処できるなんてな」
 地面に壊れた携帯電話が落ちていたけど、シャウトはダメージ一つ受けていない。
「コバルト、攻撃が強けりゃ喧嘩に勝てる訳じゃあない。むしろダメージを受けない奴の方が強いまでもある…」
 攻撃を仕掛けたUBの方が攻撃力が低下したような感じだ。

「無類のガード能力を誇るブロッキングを使える俺にとって、“喧嘩のプロ”は伊達じゃあないんだぜ!」


STAGE4 双剣の夜明け


 携帯電話で危険を知らせるという今思えばリスキーな手段もシャウトにUBへの対応を間に合わせることはできたのなら結果オーライだ。
「こいつは俺に任せてお前は戦い方のお勉強タイムだな」
 背後からの不意打ちをブロッキングで防いで逆に有利になったシャウトはUBの隙を突くような連撃を叩き込んでいく。
 このUBの攻撃は一撃一撃は重くて危険だけど、見方を変えれば隙も大きいという事らしい。
「吹っ飛びな!」
 バークアウトで一瞬ひるませた隙に渾身のすてみタックルをお見舞いする。防御も回避も間に合わずにUBは10メートル程後ろに飛ばされる。

「絶・好・調!」
 いかにも“格好いいところを見せられてご満悦”といった得意気な表情のVサインを僕に見せてからシャウトは駆け寄って来る。
「種類にもよるけどよ、UBだって戦い方を考えれば案外怖くないだろ?」
「…でも月下団のメンバーが強すぎるだけじゃない?」
「お褒めに預り光栄だがそこまででもない、それを言うなら俺だってお前がホタチを扱えることを凄すぎると思うz、避けろ!」

 そんなにホタチも上手く扱えない、と言おうとして僕は地面に仰向けに倒れていることに気づいた。
 シャウトが僕を何かから守ろうとしていた、という事を思い出して周囲を見回すと少し離れたところにシャウトは倒れていた。

「シャウト!」
「ちょっと油断した、ユエの言った通りになっちまったな…」
 医療マニュアルの内容を思い出しながら状況を確認すると、出血とかの外傷は少ないようだが、全身を強打されたような様子に見える。

「さっき吹っ飛ばしてやったのに距離取って飛びかかるのに使いやがってよ…脳筋な見た目で結構やり手だな…!」
 完全に攻撃を防ぎきることはできなかったが、ブロッキングでダメージを軽減しつつ攻撃力をさらに下げることに成功はしたらしくUBのパワーは大幅に低下、心なしかスピードも少し落ちている。
「コバルト、こいつの遊び相手は引き受けるからナバールを呼んできてくれ!今の俺だけで倒し切るのは荷が重い!」
 しかしそれ以上にシャウトの受けたダメージは深刻で、防戦に徹して時間稼ぎがやっとな状態になってしまっている。このまま戦ったら最悪シャウトは死んでしまう。
 それは月下団にとってかなりの痛手になることは間違いない。
「いや、シャウトがトラックでエンジュに戻って。僕でもトラックでこの場所から走り去るぐらいの時間は稼げるし、食糧を奪うのが今回の目的なんだから」
 携帯電話をシャウトに手渡してきっぱりと告げる。
 痛いのが平気だとか死ぬことは怖くないとか言えば嘘にはなるけど、大した戦力にならない新入りよりも即戦力として戦っているシャウトが生きて食糧を調達して来た方が一番メリットが大きい。
 両手でホタチを構えてUBに対峙する。
 攻撃力も素早さも落ちた相手だ、非力な僕でも時間稼ぎぐらいはできる…!

「それはお前の勇気と覚悟ってヤツか?立派なモンだな…」
 すてみタックルの反動や抜群技のダメージは蓄積しているらしく、少し苦しそうに起き上がる。
「でもよ、コバルト、お前大事なこと忘れてるぜ?」
「大事なこと?」
 僕が渡した携帯電話をもう一度僕に戻す。

「“俺もお前も無事に”食糧を奪って来る、それが任務だぜ!」


 バークアウトで再びひるませた隙にインファイトの構えのまますてみタックルを発動させる。
 シャウトは力技で突破するらしい。僕だってちょっとぐらい役に立てるはずだ…!
 走りながら中段に構えたホタチを振り上げ、がら空きになった胴を目がけて切り裂く。
 しかし切り裂く手応えの代わりに素手で鉄塊を殴り付けたような鈍い痛みを感じてホタチを落とす。
 このUBは身体が堅すぎてホタチが通らないのか…⁉

「何ボサっとしてんだよ⁉死ぬぞ⁉」
 シャウトのブロッキングに守られた。眼前に迫っていた攻撃にも気づけないなんてやっぱり僕なんかじゃ…
「このままじゃ形勢不利だ、お前はナバールに連絡して応援を呼べ、早く!」
 僕に用なしだと言わないだけでも十分ありがたく感じながら、右手で落としたホタチを拾って携帯電話を開く。
「短縮で913だ、急げ!」
 ブロッキングのガード性能は強力でもあまり持たない、急いでテンキーで913と入力して祈るような思いで耳に当てる。


「俺だ。コバルトか、どうした?」
「UBが出て、シャウトが戦ってるけど、あいつにやられそうだし、僕のホタチは通らないし…」
 一回のコールでナバールは出てくれたけど、肝心の僕が焦って上手く喋れない。
「ユエの言った通りか、一日に連続で遭遇するなんて俺でも経験ないのによ… 分かった、俺が今からそっちに向かう。とりあえずどんなUBか説明できるか?」
「バタフリーみたいな頭部にカイリキーみたいな腕、先の細い4本の脚で…」
「EXPANSIONか、到着に10分はかかるがお前らの命を最優先に考えろ!」
 普段の明るい感じとは打って変わって冷静なナバールの指示に聞いてる僕も少し冷静になれた気がする。

「それとさっき『お前の攻撃が通らない』つってたけど、お前ホタチをどうやって使ってる?」
「ホタチ?両手で構えたり右で持ったりするけど…」
「今携帯電話持ってるのはどっちだ?」
「右手にホタチ持ってるから、左手だけど…」
「だったら大丈夫だ。コバルト、今すぐ電話切ってホタチに持ち替えろ!」

 脳天に飛んできた剣針が突き刺さったような衝撃。
 これまでホタチは攻撃にも防御にも、一本を両手か利き手に持って使うのが普通だった。アシガタナの優れた使い手だった父さんや母さんも一本しか持たなかった。
 確か“両手でホタチを振るうと何かが起こる”とか言ってた気はするけど、とにかくホタチを二本同時に使うなんて考えもしなかった。

「ナバール、二本目は予備みたいなものだし左手で振るったことないよ⁉」
「スタンド使い同士のバトルなら味方でもここまでヒントどころか戦い方の答えを教えてくれないぞ?最もそれが出来なきゃ死ぬだけだ、お前にはできる」
 電話は切れてしまった。

 携帯電話を戻して、予備にしか使ったことのないホタチを取り出す。
 ナバールは“戦い方の答え”とも言ってたし、“出来なきゃ死ぬ”とまで言っていた。
 今までなら正直不安で潰れてしまいそうだけど、最後に言ってくれた“お前にはできる”の一言が辛うじて踏ん張っていた。

“やるしかない…!”

 右手で構える時と同じ様に左手でもホタチを構える。
「…?」
 不思議と違和感はない。それどころかホタチを二本使うのが本来の戦い方のようにも感じる。
 いや、ホタチを二本使うんじゃない。ホタチという名の双剣を振るう二刀流だ!


 高い近接戦闘能力とブロッキングによるガード能力でタフに戦っていたシャウトも、ダメージが更に蓄積して片膝をついてしまっている。
「シャウト!」
 アクアジェットでEXPANSIONの背後から急接近、アームハンマーを振り下ろそうとした右腕に斬り付けた。

「コバルト、お前…」
「無事に帰るって任務、多分いける気がする…!」

 ホタチ一つで戦っていた時に比べてパワーこそ大して変わっていないものの、ホタチを双剣として二刀流で振るうことで手数が圧倒的に多くなった。
 EXPANSIONの反撃の剛拳も左のホタチで軌道をずらしつつ右のホタチで防御が薄くなった腕の内側や胴を斬り付ける。
 思わず距離を取ったEXPANSIONも右腕を抑えて苦しそうにしている、振り下ろす様に振るったホタチは腕を深く斬り付けていた。
 軽く深呼吸、激戦のわりには疲れていない。
 左腕でアームハンマーの決死の一撃を叩き込まれた。
 辛うじて右手のホタチで防いでいるけど攻撃力が大幅に低下していると思えないパワー、拮抗しているホタチも砕けそうだ…!
「コバルト、左手のホタチも使ってガードだ!」
 シャウトがアドバイスをくれたけど小さく首を横に振る。

「左手のホタチで防御?とんでもない!むしろ攻撃する!」
 手首のスナップを利かせて左手のホタチを投擲、素早く右手のホタチを掴んで両手で角度を変えアームハンマーを不発にさせる。
 投げつけたホタチは固い身体には突き刺さりこそしなかったけど、頭部を斬り付け痛手を負わせている。
 そのまま右手のホタチを両手で構え直し、左腕目がけて袈裟斬りを放ち返すホタチで斬り上げた。
「これが、つばめ返し…!」
 ホタチの連撃は左腕の機能も停止させた。このまま一気に倒す…!

 落ちていたホタチを拾って左手に構え直し飛び上がる。
「くらえっ!」
 上段からホタチを交差させるように斬り付けた――


 さっきまで視界に入っていたEXPANSIONは視界から消えた。
 どうなったかは見えないけど斬り裂いた手応えはある。

「やった、倒した…」
 安堵は緊張状態にあった身体から力を抜いていき、足に力も入らなくなって前に倒れていく…

「お疲れさん、ナバールが来るまでちょっと休んでな」
 優しく抱きかかえられ黒くてふわふわな毛並みに顔をうずめる形になり、瞼もゆっくりと閉じていった。


 気がつくとトラックの助手席に座っていた。隣ではナバールがハンドルを握っている。
「シャウトから聞いたぜ、大金星だったらしいな」
「いや、シャウトが頑張ってくれたから…」
 二足ポケモン二匹乗りのシートにはシャウトの姿がない。まさか…
「シャウトはちょっと疲れたから寝るって荷台に乗ってる、あいついびきすごいんだぜ?」
 内心心配になった僕の気持ちを知ってか知らずか、冗談めいた口調で無事を知らせてくれた。
「そっか、良かった…」
「心配なら後でマリンの治療手伝ってやったらどうだ?きっと喜ぶぜ」
「了解、そうする…!」

 荷台に食糧とシャウトを積んだトラックはエンジュへと快走していく。


「その瓶の薬を綿棒に付けて患部に塗って」
「これを塗って、こうかな?」
「痛っ!」
「ご、ごめん!」
「気にすんな、続けてくれ」
「後は患部に綿を当てて包帯で巻く」
「これをこうして、こう巻いて…」

 帰ってからマリンの指示を聞きながらシャウトの治療を手伝った。
 シャウトは傷薬が染みて痛そうにしていたけど、ひと通り治療が終わるとリラックスした表情になった。

「コバルト、お前医者向いてるな…」
「えっ?」
 聞き返そうとした時にはシャウトは再び眠っていた。

「後はやっとくからナバールが呼んでたから団長室に行きな!」
 業務モードのマリンから強めに指示を出され慌てて部屋を出た。
 ナバールといた時とどっちが平常なんだろう…?
 とにかくナバールが呼んでたなら行かなきゃ、救護室を出て団長室のドアを叩く。

「コバルト、ちょっと一緒に来てくれ」

 ドアの前で待っていたナバールに連れられてエンジュの街外れに来た。
 大きな石の並んだ広場に父さんと母さんが寝かされている。アシガタナも傍に置かれている。
「さっき行ってくれてる間にここまで連れて来たんだ。場所の準備はできたけどお別れ、しときたいよな?」
 どこか申し訳なさそうな様子のナバールに黙って頷いて亡骸の前に立つ。

 昨日死んでしまった瞬間は悲しくて怖くて不安でたまらなかったけど、今は辛い気分は息をひそめていた。
「父さん、母さん、ありがとう。僕、頑張るよ…!」

「ありがとう、お別れ終わったよ」
「そうか?なら構わないけどよ…」
 ナバールは近くに用意されていた花束を僕に渡す。
「ポチエナとかクスネ達が集めてくれたんだ、一緒に使ってやってくれ」
 貰った花を埋めて行くと棺の中は綺麗になった。
 そしてワルビアルに棺を埋葬してもらい、お墓に残りの花を供えた。


「そうだ、これ入団祝いな」
 投げ渡されたものをキャッチすると、レンズの綺麗なゴーグルだった。
「防塵ゴーグルと同じレンズを使って加工してみた、実用性とデザインを兼ね備えていい感じになってるだろ?」
 着けてみると採寸した訳じゃないのにちょうどいい大きさで、バンドで頭の大きさも調整できるらしい。

「初日から大活躍で大変だっただろ?手に入れた食糧でも食べてゆっくり休んでな」
「ありがとう、それと…」
「それと?」
 ゴーグルを額に着けて、医療マニュアルを脇に抱えて言った。
「僕は、侵略してくるUBを全部倒して平和な世界でドクターになるんだ!」
 子供みたいって笑われるかもしれないけど、この瞬間に言っておきたかった。
「そうか、だったら俺も負けてられないな!」
 ナバールは笑うこともなく、真剣に聞いてくれた。

「先行っといてくれ、ちょっとまだやる事あるから」
「分かった!」


 戻る途中で一度だけ振り返ると、ナバールは端にあるお墓に手を合わせていた。


STAGE5 深まる謎と第二指令


 ナバール達に出会い、月下団団員としてUBを倒してから約一週間。
 僕は医療マニュアルを片手に勉強を進めながら、ホタチを双剣として使った二刀流の戦いの練習に励んでいた。
「さぁ来な!」
 本当なら後一日は休んで欲しいけど、「リハビリしないと身体がなまる」と言ってシャウトは特訓に付き合ってくれている。
 ブロッキングがあるからダメージを与えてしまう問題はないんだけど、万一ってこともあるし、筋力を付けた方が実戦で役に立つというナバールからのアドバイスもあって、ホタチを砂の入った布袋に入れておいて、出しておいた柄を握って振るうことで練習用にしている。

 左手のホタチで間合いを測りつつ右手のホタチで攻撃開始。
 心臓部を狙った一撃はブロッキングで見事に弾かれるが、左手のホタチでガードしている腕の筋を狙う。
「ちょっと上手くなってきたんじゃないか?」
「まだまだだよ…!」
「ご謙遜を、ならこいつはどうだ?」
 ブロッキングで防御に徹していたシャウトが一瞬で攻めに転じる。
 ブロッキングでクロスさせた腕を勢い良く開いてホタチを弾き、半歩下がってローキックを仕掛ける。
 シャウトに比べて圧倒的に小さい僕はローキック一つでも当たれば致命的。
 さっき弾かれた勢いを殺しきれずに回避は間に合わない。だったら…!
 ホタチを二本とも使って防御に回す。
 これがパンチに対する防御だったら一昨日みたいに足技で倒されるけど、バークアウトにさえ気を付ければ足技の間合いで拳は届く心配はない。
 でも心配ないといっても圧倒的なパワー相手に真っ向から防御するのはかなりきつい…!
 どうする?このままじゃ力負けだ。アクアジェットで威力を上げて押し返すか…?
 悩んでいるうちにニヤリと笑ったシャウトのバークアウトを防ごうと咄嗟に左手のホタチを動かしてしまい、足を防ぎきれずに軽く飛ばされて仰向けに倒れた。

「惜しかったな、でも一週間前に比べたら戦力として頼りがいが増してるぜ?」
 青空で視界を埋め尽くされていると、シャウトが手を伸ばしてくる。
「…流石にシャウト相手には力負けしちゃうな」
「そりゃ俺みたいな脳筋がコバルトみたいな頭脳派に力負けしちゃ立つ瀬がないだろ?」
「はは…」
 笑って返したけど、力の強い相手と対峙した時にできる事が少ないのは結構深刻だ。
 ナバールやシャウトみたいに力でねじ伏せる戦い方は僕に合わないのか?
 でもナバールは頭の方も団長をやってのける実力だからな…

「…新入り君、調子はどう?」
「シャウト、弱い仔いじめはやめたげてよぉ!」
 アブソルとマニューラが僕たちの方に来た。名前は確かユエとヴァイルだったっけ?
 口数は少ないけど危険を予知して教えてくれたユエはともかく、ヴァイルはちょっと苦手なタイプかな…
「僕なりに頑張ってます、力負けすることは悩みだけど」
「弱い仔いじめってさ、お前が思う以上にコバルトは成長性高いんだぜ?」
「でもそれ元々がへなちょこって事じゃん?」
 やっぱり苦手だ…
「…そっか、新入り君は頑張り屋さんなんだね。私も負けてられない」
 占い師みたいにどこか不思議なオーラを漂わせたユエは僕を褒めるみたいに前足で頭を撫でている。僕は末っ子同然なのか…?

「…新入り君、喜んで。」
「何をですか?」
「…君に試練が迫っている。大きな壁が課題」
 …一体どう喜べばいいんだろう。壁を乗り越えられるって意味か?

「…その試練の直後、運命的な出会いを果たすことになる。ラッキーアイテムは灯篭」
「と、灯篭…」
 …アブソルの特徴ともいえる危険予知の要素がある種の占いに発展していた。
 運命的な出会い、一体どんなのだろう?
 永遠の友達、生き別れた親戚、それとも一目惚れするような…?

「いいな~、あたしも彼氏欲しいな~」
 ヴァイルの目線が怖い。眼力ってダメージ判定あったのか…
「お前はまずその性格なんとかしたらどうだ?コバルトも怖がるようじゃ見込みないぜ?」
「アンタには言われたくないね!」
「ハハ、それもそうだな!」
 シャウトが割って入ってくれたことで助かった。

「…それじゃ私はお先に」
 ユエは静かに戻って行った。

「さてと、もう一戦行こうぜ!」
「この際あたしに実力見せてくれない?」
 シャウトが立ち上がった瞬間に今度はヴァイルが割って入る。

「シャウトが言うだけの実力があるかどうか、あたしの目で見ておきたかったんだよね」
「…よろしくお願いします」
「オタチ、だったっけ?袋から出しといた方がいいよ?あたし手加減できないから」
「…」
 久しぶりに砂袋を外すとホタチはかなり軽く感じられた。

「ヴァイル、間違っても機能停止レベルの攻撃するなよ?仲間だぞ?」
「はいはい、なんかあったらアンタが止めてよね」
「お前な…それじゃ試合開始!」
 ホタチを構えて攻撃を仕掛けようとした瞬間に氷の弾丸が飛んでくる。
「!」
 ホタチで素早く攻撃を防ぐけど、攻撃を中段させられ完全に出鼻を挫かれた。
「咄嗟に防御できるなんてちょっとはやるじゃん」
 ヴァイルはほんの小手調べ、とでも言わんばかりに氷の礫を連射する。
 その全てを躱し、ホタチで弾いて防いでいるけど一向に攻撃できる気配がない。

「コバルト、電話鳴ってんぞ!」
 シャウトの一言で試合は中段される。
「あ、本当だ」
 バッグの中で携帯電話の着信が来ている。相手は間違いなくナバールだ。
「もしもし?」
「俺だ、トレーニング中に悪いが急いでそこにいる全員を呼んで集まってくれ!」
 急いだ口調で電話が切れた。

「何かあったのか?」
「全員呼んで集まってくれって」
「了解、急ぐぜ!」


「ここから南西に向かった先のアサギ近くで孤児院が襲撃を受けているらしい。ユエも危険を察知している」
「…多分この反応はUB」
 さっきの占いよりも本来の使い方をしてる気がする。

「ナバール、どうして孤児院って分かるの?」
「ちょっと警備隊の無線をな、外面は良くしようとしてるが助けるつもりは薄そうだぜ。それに…」
「それに?」
「…いや、これ以上UBに好き放題させる訳にはいかない。コバルト、ヴァイル、ユエ、三匹で向かってくれ!」

「了解!」
「いっちょやりますか!」
「…UB、細胞一つこの世には残さない」
 最後の台詞が少し危険な香りを漂わせていたけど、全員いつでも行ける。

「シャウトは他のUB襲撃に備えて待機、俺とマリンはお届け物を受け取りに行く」
「了解、バッチリ頼むぜ?」
「コバルト、何かあったら連絡しろ。必要に応じてそっちに向かう」
 黙って頷き、バッグに携帯電話を入れてゴーグルを頭に掛けた。

「早く乗りな、一気に飛ばすよ!」
 ヴァイルは車を準備していたらしく、急いで助手席に乗り込むと、勢い良く発進した。


「大きな壁、か…」
 車窓をぼんやりと眺めながらユエに指摘されたことを考える。
 ナバールにアドバイスされたホタチを双剣として使う二刀流はEXPANSIONを撃破するだけの力があった。
 けれど、シャウトみたいな強い力を持っている相手には力負けするし、ヴァイルの氷の礫には防御に徹するのは精一杯だった。
 現状二刀流は慣れているとはいえないし、これが大きな壁なのか…?

「ちょっと聞いてる?」
「何が、ですか?」

 考え事にふけっている間にヴァイルに話しかけられていたらしい。

「やっぱ聞いてないか、特別にナバールの秘密を教えてやろうと思ったのに」
「秘密?」
「そう、実はあいつ…」
「…待って、想像以上に危ない、これは間違いなくUB出てる」
 ナバールの秘密を聞こうとした時、ユエが異変を察した。
「ちょっと煙も登ってるしマジでヤバそうだね、急ぐよ!」

 車のタコメーターは一気に3桁の数値を示した。


 和風の豪邸みたいな建物には半壊してあちこちから煙が出ていた。
 警備隊も案の定殲滅されかかっているらしく、入った足跡はあっても出て来た足跡は一つもなかった。
「マジか、こいつはヤバいな…」
 ヴァイルが言う通り、事態は酷いことになっている。
 入口に桃色の手が転がっているが、恐らくここで働いていたラッキーとかハピナスのものだろう。
 館内マップによると小さいポケモン達の過ごすエリアはさっき倒壊してしまっている所だったらしい。外に避難できてないとなると、小さいポケモン達も大半が犠牲になってしまっているだろう。
 ユエも残念そうに首を横に振っている。

 それにしても一番肝心なものが見当たらない。
「気を付けて、UBの姿が見えない」
「確かに言われるとそうね、敵はどこに?」
「…あちこちから敵の気配、敵は存在するけど居場所はどこ?」
 ナバールやシャウトから戦いでのフォーメーションの組み方も教えてもらっている。互いの背後をカバーし合う様に構えて周囲を警戒する。

「うわあぁぁぁぁ!」
 奥の倉庫の方で叫び声が聞こえた。
 顔を見合わせるが早いか館内マップを見て走り出した。


STAGE6 涙に濡れたシャボン玉


 倉庫には死体になったばかりのグランブルがいた。
 どうやら銃も持ち込んでいたらしいが、それも役に立たなかったらしい。
「あいつだ…!」
 ヴァイルが指差す先にUBがいた。
 全身が白くて手足が長く、EXPANSIONと比べるとかなり華奢に見える。

「…UB02β BEAUTY、私とヴァイルには相性が悪い」
「マジか、こいつはあたしより素早いからちょっと面倒だね…」
 だとしたら戦力は僕ということになるのか…

 色々考えているとBEAUTYは少しずつエネルギーを蓄えるような構えを取っている。
「ヤバい、こいつは一度動き出したらとんでもない速度だよ!」
 ヴァイルの言葉が言い終わるより早くBEAUTYは動き出した。

「ぐあっ!」
「痛ってぇ!」
「…ッ!」
 受け身も取れずに攻撃を受けてしまった。僕でも相当なダメージだったが、ヴァイルとユエにとってはかなりのダメージになっているだろう。
 ただ、倒れたことでBEAUTYは僕たちの姿を見失ったらしく、しばらく滅茶苦茶に動き回ってやがて止まった。
「…大体今の攻撃って、何秒ぐらい続くか分かります?」
「…詳しくは知らない、けど体感的には10秒、くらい?」
 ユエ曰く10秒らしいがまぁ妥当なところだろう。
 後ろに目をやると、グランブルの持っていた銃が転がっている。
 銃本体は暴発で壊れてしまったようだが付属のレーザーポインターは無事だったらしい。
 流石に武器にはならないが、目くらましぐらいにはなるか?
 BEAUTYの方を見ると、粉の入った袋が積まれている場所にいるがそれらには触れていないらしい。
 まさかこいつ、この辺りの物に触れたがらない?
 近くに洗面台は落ちていたけど壁に銃創もあるし、壊れた銃も暴発だと考えれば説明がつく。

「で、どうすんだよ…」
 仮にそれが分かったところで倒す手段にはならないだろう。手当たり次第何か投げつけてみるか?このレーザーポインターならそれなりにダメージも…
 待てよ?レーザーポインター?
 レーザーポインター、粉の入った袋、綺麗なままの鏡…

「ユエ、ヴァイル、遠距離を攻撃できる技とかある?」
「さっき見せてあげた氷の礫あるだろ?」
「…サイコカッターでいいなら、あるよ」
 持ってなければホタチを二本とも投げるつもりだったがこれなら問題ない。
 さらにちょうどいい感じに天井まで届く高さの棚で袋小路が出来ている。
 条件としてはぴったりだ。
「僕がおとりになります、BEAUTYが高速移動を始めたら二人で粉の入った袋と鏡を同時に攻撃してください!」
「袋と鏡?まぁいいけど」
「…何か策があるんだ、いいよ」
 ユエとヴァイルも了承してくれた。
「よろしく頼みます!」
 ゴーグルを装着して立ち上がった。後は一か八か、僕が何とかする…!


 立ち上がって注意を引き付けるように、あえて大きく動いてみせながら袋小路へと動いていく。
 案の定BEAUTYは僕を標的として捉えた。後は高速移動を使わせるだけ…!
 エネルギーを溜める動作をして、視認できなくなった。

「今だ!」
 粉の入った袋をサイコカッターが切り裂き、鏡を氷の礫が粉砕した。
 何とか袋小路の奥に到達すると、レーザーポインターを起動させる。
 粉塵と鏡の破片が飛び交う中にレーザーポインターの赤い光が乱反射して、視認できなかったBEAUTYのシルエットが浮かび上がり動きが視認できるようになる。

 粉の入った袋と鏡を粉砕して粉塵を舞わせて破片を飛び散らせることで、レーザーポインターを照射すると動きを視認できるようになり、BEAUTYには一時的に視界を奪って僕のいる方向以外は分からないようにしておく。
 そしてBEAUTYの特性上物体には触れたがらない性質があるなら、僕の方に向かってくる方向は自動的に一つになる。

 反復横跳びみたいにジグザグに動いていたBEAUTYの動きが直線的になり、僕の方に向かって飛び込んで来る直前にホタチを構える。
 その瞬間、勢い良く飛び込んできたBEAUTYの腹部にホタチの角が深く突き刺さった。

 戦闘不能になったBEAUTYの身体をホタチで断ち切ると、ヴァイルとユエが駆け寄ってきた。

「アンタ、弱いと思ってたけど結構やるね…」
「…ナイス頭脳プレイ」
 ユエはともかくヴァイルにいい所を見せられたのは個人的にはすごく大きい。

「これで僕のこと、少しは認めてくれますか?」
 ゴーグルを外しながらわざと聞いてみる。
「別に、下手に戦って怪我したら心配だっただけだし?」
 oh、これは予想外の反応…
「と、とにかく使えるものとか生き残ってるポケモンを確認してさっさと帰るよ!」
 ヴァイルツンデレ説が浮上した所で、ユエが周囲を見回す。
「…待って、まだ他にもいる」
 裂けた屋根から裂けた空が見える。驚く暇もなくPARASITEがこっちに向かって降りてきた。数は、三匹?
「数は三匹か…コバルト、戦力に数えていいよね?」
「了解、ここで倒す…!」
 なかなか信用されない状態から一転、ついに戦力カウントされたことを内心喜びつつ、襲撃に備えて再びゴーグルを着けた。



 PARASITE三匹に向かって散開、一匹は私の敵だ。
「…遅い!」
 ヘドロウェーブを使われる直前に不意打ちを仕掛ける。虚をつくような攻撃でヘドロウェーブを不発に終わらせる。
 PARASITEは火力こそ高いが物理攻撃への耐性は低い。私はダメージさえ負わなければ圧倒的に有利。
 パワージェムを構えている、素早く辻斬りを使ってPARASITEもろともジェムを切り刻んで不発にさせる。
「…地獄に堕ちて」
 毒タイプには効果的なサイコカッターの一撃がPARASITEの身体を溶けかけたバターみたいに切り裂いた。


 BEAUTYに続いてPARASITEが襲撃してくるなんてツイてない。
 けれどこのままあのフタチマルにいい思いをさせるのも癪。だったらどうする?
「ブッ飛ばすしかないよね!」
 パワージェムを牽制するように氷の礫を放ち、素早く死角に回る。
 草結びで足元を狙おうとしても既にあたしはその場所から移動している。
 辻斬りで攻撃しながら周囲を移動、体力を削りながら時折メタルクローで安定した火力を叩き込む。今ので攻撃上昇のおまけ付き、前言撤回!
 そのまま氷の礫で視界を遮ってとどめを刺そうとしたけど、足元の違和感を感じて三角飛びの要領で飛び上がる。直後、さっきまでいた場所を猛毒の波が襲う。

「汚水垂れ流してんじゃねぇぞこの産廃!」
 頭に来た勢いで、飛び降りる瞬間メタルクローでとどめを刺す。
 PARASITEは最期の力を振り絞って変な方向にパワージェムを一撃放って力尽きた。


「…ったく余計な手間かけさせるね」
「…ヴァイル、あのパワージェムの方向、新入り君」
「マジかよ!」
 慌ててパワージェムの飛んだ方にユエと走って行く。


「…」
 こいつはそうじゃない、あいつはナバールが叩き潰した。
 頭の中では分かっていても、同じ種族を前にすると不思議と緊張して上手く動けない。
 水中でもないのに妙にゆったりとした不気味な動き、問答無用で中に取り込まれてしまいそうな触手、凶悪な戦闘能力…
 身体が震えているのに僕自身もようやく気づいた。
 周囲に6個の光る石が浮かぶ。あれで父さんは全身を貫かれて…

 背後から何かが飛んでくる感覚に急いで避けると、光がPARASITEに直撃した。
 被弾したPARASITEはそこそこ苦しそうにしている。僕としては本来なら好都合な話でも、それがパワージェムによるものなら話は別だ。
 PARASITEは再びパワージェムの発射体勢に戻る。同族にもあんなダメージ入るのに僕が直撃したら終わりだ…
 回避しようにも足は震えて動かないし、防御しようにもホタチを持つ手も震えて落とさないようにするのが精一杯。


「コバルト、何やってんだよ!」
「…新入り君、事情はナバールから聞いたけど、怖がるだけじゃ殺される…!」
 ヴァイルとユエが加勢に来たらしい、けどあの距離じゃ間に合わないだろう。
「お前いつまでケモショタの気分でいるんだよ!ちょっとの辛い事ぐらい水に流せよ!」
 吠える声に“ちょっとはないだろ⁉”と返したいけどそんな余裕もない。
 水に流すって言ったってそんなこと、流す…?


 急に周りの全てがスローになる感覚。
 アニメじゃ主人公の強化イベントにありがちだけど、主人公でもない現実世界の僕に起こるなんて…
 防御や回避も追いつかない、大きな壁、水に流す…
 点と点を線で結ばれるように答えが見えてくる。
 シャウトとの模擬戦では防御も回避も上手くできずに苦戦していた。そしてそれが今の僕にとっての大きな壁だ。けれどヴァイルも言っていた通り水に“流す”ことなら…
 身体の震えも止まっていた。今では仮にこれが間違いでも死なない限り何度でも試行錯誤してやる気力すらある。
それにナバールと約束したんだ。平和な世界でドクターになるならこんな奴ごときに手こずってる暇なんてない。

 ホタチを持った手を構えずに楽にしておいて、アクアジェットの要領でPARASITEに向かって突進する。
 パワージェムの光線が飛んできたが、それを全てホタチに当てて角度を変えることで防御も回避もせずに文字通り“流して”行く。
 そのまますり抜けるようにホタチを操ってPARASITEに斬り付けながら無傷で背後に着地した。

「ホタチは力任せに振るうだけじゃあない、流しながら斬り付ける、つまり攻防一体で使えるんだ…」

「マジか、あいつ本当に土壇場で何とかしたよ…」
「…流石、ナバールの見る目は優秀」
 何とか上手く行ったらしい。二匹に気づかれないようにゴーグルを外して目元を拭うと少し濡れていたけど、悪い気はしなかった。


「とりあえず、警備隊の食糧とか使えるモンは全部頂いてずらかるよ!」
「…ご愁傷様、でも死んだ方が悪い」
「コバルト、壊れてないならBEAUTY倒すのに使ったレーザーポインターも忘れないでよ、ナバール欲しがってたから」
「了解、全然壊れてないから大丈夫です」
 ある意味今回のMVPとも言えるレーザーポインターだけど、ナバールは何に使うんだ?

 雑談しながら乗ってきた車に資材を積み込んで館内をもう一度見まわったけど、残念ながら生き残ったポケモンは不在らしい。ユエも残念そうに首を横に振った。


「さてと、新たな戦力も増えたしどんなUBが来ても楽勝かもね!」
「…ヴァイル、それ、フラグ」
「そうなの、じゃとりあえず凱旋と行きますか!」
 最初は全然認めてもらえなかったのに今ではこの手のひら返しらしい。
 笑いそうになって助手席から外を眺めていると、空にシャボン玉が一つ浮かんでいる。
 シャボン玉といえば平和な世界で子供が吹いているイメージがあるし、僕もミジュマルの頃には何度か吹いて遊んだこともある。
 他にはシャボン玉を出すマングローブの島がどこかにあるらしいし、シャボン玉に太陽のエネルギーを練り込んで武器にする戦士の登場する漫画がそういえばナバールの団長室にあった気がする。
 でも襲撃された孤児院に浮かぶシャボン玉ってのも変な感じだ。

「ヴァイル、ユエ、シャボン玉を出すUBって存在する?」
「シャボン玉?随分可愛い技だね」
「…シャボン玉に可燃ガスを入れて飛ばせば、即席の起爆剤の出来上がり。どかーん」
 どうやら知らないらしい。でもユエの台詞を考えると球体を爆発させるUBがいてもおかしくない気が…

「えっと、とりあえず今シャボン玉が浮かんでたんで、まだ何かいるかも…」
「そう?今は何も浮かんでないみたいだけど?」
「…小さな違和感も見逃さない、災いの原因は早めに潰すのは月下団として当然」
「帰って早く寝たかったんだけど、まぁいいや。早く見に行くよ!」
 場合によっては僕一匹でも見に行くつもりだったけど、全員でシャボン玉の原因を探りに行くことになった。


「本当にこの辺で合ってるの?」
「多分このあたりから浮かんでたはずだけど…」
 塀で見えなかったけど、あのシャボン玉は真上に上がってたから場所を考えればここの庭だろう。
「…これは見事な枯山水庭園、焼け落ちたエンジュの庭園並みかも」
 約一匹観光モードに入ってるけど、確かに綺麗な庭園だ。
「確かに綺麗だね、枯山水も含めて左右対称でさ」
「このタイプの庭園で左右対称ってのも珍しい気もするけど…ん?」

 枯山水を中心に左右対称に配置されているけど、何故か違和感がある。
 綺麗に切り揃えたばかりの低木、向かい合うコイキングの石像、朱色に塗られた橋…
よく見たら一箇所左右対称ではない場所があった。枯山水の奥に大きな灯篭がやや左側に偏って置かれているのに右側にはそれがない。
近づいてみると灯篭の穴の部分に粘液みたいなのが付着している。ビンゴだ。

「破片が飛ぶかもだから下がってて!」
 ヴァイルとユエを下がらせてから両手のホタチを構え、跳び上がってから振り下ろした。


「うーわ、ブッピガンってSE脳内再生余裕だったわー、容赦ないわー」
「…新入り君、川流しにされた桃も蛍光灯みたいに光る竹も遠慮なくぶった切るタイプ?中の主人公も縦にまっ二つ」
 我ながらホタチの切れ味がさらに上がったことに内心ガッツポーズして、三つに叩き斬った灯篭の断面を確認した。
 真ん中に空気を通す穴があったみたいだけど、中に何かが入れるようにも見えない。
 じゃあシャボン玉はどこから飛んできたかという疑問はすぐに答えが分かった。
「やだ、殺さないで、死にたくない…!」
石の灯篭がなくなったことで地面にぽっかり開いた穴から怯えたオシャマリが姿を現した。

「大丈夫僕たちは敵じゃないよ、もしかしてここで暮らしてた子?」
「…うん、レガータって言います、ここの孤児院で暮らしてたけどさっき襲われて、それで私だけここに隠れて…」
「怖かったよね、でももう大丈夫だよ」
「うん、助けに来てくれてありがとう!」
 穴から勢い良くジャンプして来たレガータに抱き着かれる。

「…彼女釣り上げ、ナイスフィッシング」
「オーオーいきなりお熱いこった」
 雌ポケモン二匹に冷やかされた時初めてこのオシャマリが雌だということに気づいて頬が赤くなっていくのを感じた。

「でどうすんだその子?やっぱり本拠地へお持ち帰りか?」
「…でもこの子進化したらアシレーヌ、場合によっちゃスパイかも?」
「そうか…」
 色々と失念していた不安が一気に押し寄せて来た。不安そうに僕を見られてもどうしたらいいのか…

「…まずは一回ナバールに相談してみよう、それからでも遅くないはずだ…!」
 苦し紛れの妥協案を出した時、僕以外のメンバーの表情が固まった…

「お前マジか、結構やるときはやる男だね…」
「…コバルトはその子にほの字だね」
 ヴァイルとユエも何故か肯定的に取ってくれて、僕に抱き着いたままのレガータは小さくありがとうを連呼している。
「とりあえずナバールに連絡して諸々の準備だけしてもらおうかな…」
 照れ隠しに携帯電話を開き、なかなか繋がらないコール音がとてもじれったかった…

 ちなみに状況を聞いたナバールは快諾してくれて、レガータも無事に月下団のメンバーになったのだった。



 to be continued…


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