作者 → 夏雪草
※この作品には以下の描写があります
軽度の暴力的表現
精神的なBL表現
ある朝のこと。
“彼女”がベッドから目覚めると、エーフィに変身していた。
「……は」
“彼女”は呆けて声を漏らし、その手を見つめる。目覚めて間もなくの思考には靄がかかり、明瞭に情報を処理できない。自らの視界に映るその右手——もとい右前脚をしばらく動かし、やがてその薄桃の毛に覆われた見慣れぬ肉が自らのものであると理解して、そこでやっと“彼女”の頭は覚醒し己の身体を検め始めた。
「なっ……こっ……何だ、これ」
“彼女”は人間だ。少なくとも目が覚める前までは人間だった。“彼女”にはその確信がある。
頬を叩く。痛みはある。夢ではない。直感的な確認で以てこれが間違いなく己の身に降り掛かった超常現象であると理解した“彼女”は、何故自分がこのような変身を遂げてしまっているのかを考え——そして、ほとんど何も覚えていないことに気付いた。
前日に何をしていたか。自分が何者であったか。今居るこの洞窟がどこか。名前すらも覚えていない。
“彼女”はいわゆる、記憶喪失であった。
「な……は……」
焦りに呼吸を忘れ、ただ漏れ出た声だけが辺りに響く。
自分は人間だ。人間だが、どんな人間だったかが分からない。背は高かったか、それとも低かったか。口調は粗暴か、それとも穏やかだったか。体重は。顔つきは。年齢は。名前は。何も分からない。
困惑に視線を任せふらふらと揺れる視覚。何度見ても自分の身体はたいようポケモンのエーフィそのものである。ビロードのような体毛、先端が二股に別れた尻尾。触れば額につるりとした珠も備わっている。
途方に暮れた“彼女”は視線を落として、三度その身体を眺める。ほっそりとした脚。それに対して肉付きの良い腿。腹部から胸部にかけてはいくつかの膨らみも見え——
「は、なっ!?」
“彼女”は声を荒らげて自らの胸部に手を伸ばす。柔らかに脂肪を蓄えたそれは言うまでもなく乳房であるが、“彼女”にとってはそれが問題であった。
何せ、“彼女”の自認している人間としての性は男であったので。
“彼女”は胸を検め、それから股ぐらをも確認した。長年連れ添ったと思しき雄物は無く——そもそも人間であった時の身体的特徴など覚えていない上、仮にあったとしてもそれはエーフィとしての男性器であろうが——そこにあったのは体毛に埋もれた一筋の谷間。衝撃に固まった“彼女”は咄嗟にそこへ腕を伸ばし、見間違いでも幻覚でもないことを思い知らされた。
認めたくはないが認める他ない。“彼女”——“彼”であった人間の男は、何らかの要因によってポケモンの雌と化してしまったのだ。
“彼女”は放心して、またふらりと倒れ込んだのだった。
次に彼女が目を覚ましたのは、すぐそばに何者かがやって来たことを感じた時であった。ゆっくりと瞳を開き、そこが先の記憶と同じ洞窟であることで、先の記憶のように大きく取り乱した。勢い良く起き上がり、その右腕を確認する。そしてやはり薄桃のほっそりとした前脚が認められ、彼女は深い溜息と共にがっくりと肩を落とした。
「……目が覚めたのか」
「えっ」
「あんた、森の中で倒れてたんだ。身体は大丈夫か?」
不意に掛けられた声に驚き彼女が視線を向けた先では、薄暗い洞窟に居てなお黒い体毛と、そこに浮かび上がる美しい黄色の輪——げっこうポケモンのブラッキーがじっと彼女を見つめていた。その傍らにはいくつかの青い木の実が転がっている。
続いた言葉に、どうやらこのポケモンが自らを介抱してくれたらしい、と何とか理解した彼女は、ポケモンと会話しているという状況に混乱しながらも返事をした。
「だ、大丈夫、です」
「そうか、よかった。あんた、どこから来たんだ?」
「……分かりません」
「……昨日、何であんな場所に?」
「……分かりません」
「名前は」
「分かりません……」
次々と掛けられた問いに答えられない自分を情けなく思い、肩身を狭くしてますます縮こまる彼女。ポケモンを相手に敬語を使うことには多少の違和感もあったのだが、気まずさが自然とそうさせた。
さて、彼女の返答に困ったのはブラッキーである。彼——声質からして雄であると推測された——は頼りなく肩を落とす彼女を見て頬を掻く。ふざけている様子ではないことだけは理解し、もう少しだけ質問を重ねた。
「自分の名前も分からないのか?」
「何も分からない……覚えてないんです」
「……俺を騙してる、って訳じゃないよな?」
「ち、違います! 本当に……分からなくて」
ふーむ、とブラッキーは唸り彼女を観察した。野生にしては整った身形。筋肉の薄い身体からしても、身体の汚れの少なさからしても、まるで自然の中で生きてきたとは思えない。
ブラッキーは眉を顰め……そしてそれが1匹で森の中に倒れていたことを思い出す。彼女の正体にアタリを付けたブラッキーは、ひとまず彼女に手元の木の実を差し出した。
「ま、食いなよ。味はまあまあだけど、身体にはいいはずだ」
「……どうも」
差し出された木の実——彼女はそれがオレンの実と呼ばれることを覚えていたが、それがどんな味かは分からなかった。食えと渡されたものを食わない訳にもいかないと思い、少し躊躇しながら遠慮がちに一口齧る。
存外に硬いそれは、サク、と音を立てて咀嚼され、渋味と酸味、辛味と苦味が口中に広がった。木の実であるが甘味は無い。なるほど、味は“まあまあ”……あるいはそれ以下だ。しかし確かに、疲弊した精神と疲弊していたらしい肉体にじんわりと染みて癒やしてくれる。
ぺろりと1個分を平らげた彼女は、しかしそれでかなりの満腹感を覚える。どうもこの身体の胃は極端に小さいらしい。ご馳走様でした、とブラッキーに小さく言う。
それに頷きで返したブラッキーは、その少食さに驚きつつ、彼女の仕草からやはり“そう”だろうという確信を強めた。
「あんたは……俺の想像だが、多分、ニンゲンに飼われてたんだと思う」
「えっ」
「だが捨てられた。ニンゲンはいつもそうだからな。……それで森にいたところを、まあ、捨てられたショックか頭を打ったかで全部忘れちまったんじゃないか」
どうだ、と推測を述べるブラッキーに困惑したのは彼女である。なるほど、とても“それっぽい”。そうではない、明確に間違いであるという点を除けば非常にまともな推測であった。否、本当に間違いなのかは分からないのだが、自分に人間だという自覚がある以上、恐らく間違いであろうと思われた。
だが果たして、自らの身の上を——すなわち自身が人間であったような気がする、といった程度だが、それを彼に伝えるか否か、彼女は迷った。何せ、彼の口ぶりは非常に攻撃的で、人間を酷く嫌っている様子だったので。
「……そう、なのかな」
「まあ、全部俺の想像だけどな」
結局彼女はそれを伝えず、曖昧に肯定することにした。ブラッキーの方もそれ以上深くは掘り下げず、自身もオレンの実に齧りついた。
「何にせよ、行く宛も無いだろ? しばらくここに居なよ。この辺りはニンゲンがあんまり来ないからな、平和なもんだぜ」
「えっと……じゃあ、お世話になり、ます?」
「何にもない洞窟だけどな。雨風も凌げるし、寝床にしちゃいいとこだぜ、ここも」
そう言いながら実を口に放り込んだ彼は、大した咀嚼もせずそれを飲み込んでから立ち上がり、そして彼女も立ち上がらせて、辺りを案内すると言う。
彼女は戸惑いながらも、もはや彼に頼るしかないと、その後に続いて歩き出した。
ブラッキー——『スミ』と名乗った彼の住処は、森と山地の丁度間の辺りにあるらしかった。その周辺にも窖や巣が見られ、ブラッキー以外のポケモンが棲んでいるらしいと分かる。
少し歩けば湖があり、その湖畔では多くのポケモンたちが談笑していた。スミは周囲のポケモンたちに彼女を紹介し、彼女はあっさりと森の一員として迎えられることとなった。
名前が無いと不便だろう、とスミからは『モモ』という仮の名前を与えられ、彼女はその音の響きの可愛らしさに少々眉尻を下げながらも、しばらくはそう名乗ることにした。
彼女のモモとしての生活は思いの外快適であった。
スミと同じ洞窟を寝床とし、朝になって目を覚ます。朝が弱いらしいスミを引き連れて湖へ行き、顔を洗わせては近場に成る木の実を採って食す。彼女は甘いモモンの実などが好みだが、スミは渋みの強いウイの実などを好んで食べる。
それからは近場に棲むアゲハントの夫婦と談笑したり、エーフィらしくエスパータイプの技の練習をしてみたり。訓練で身体が火照った時は湖で水浴びをして、ついでにミロカロスやタッツー・シードラの親子と泳いでみたり。自分のことを“わたし”と呼ぶのだけは少し抵抗があったが、気を付けるのはその程度。森のポケモンたちにも歓迎され、悪い気はしない。
木漏れ日の中を散歩するのも、あるいは陽の光を一身に受けてうたた寝するのも心地よい。日が傾いてくる頃になれば塒に戻り、まだ目の冴えた様子のスミと共に寝入る。
自由で、平和で、何よりポケモンたちの気が良い。自分が人間であったと思うのも錯覚だったかと思うほどに、彼女はこの森での生活に馴染んでいった。
しかし、他のポケモンとも交流するその中で、スミからは1つだけ忠告を受けていた。
「そうだ。あんたは覚えてないからピンと来ないだろうが……ここではあまりニンゲンの話題を出さない方がいい」
「それは、どうして?」
「ここにいる奴は皆、多かれ少なかれ、ニンゲンを嫌ってるのさ」
深くは言わずそこで会話を断ち切ったスミ。モモは、ますます自分のことを言えなくなったな、と思いつつ、ふと気になって彼に尋ねた。
「じゃあやっぱり、スミも?」
先の口ぶりからそうだろうな、とは思っていたが、もしかしたらと思ったのだ。何せ、モモはスミをすっかり信頼しており、もし打ち明けられるなら自身の秘密を話したいと思っていたので。
だがスミは何も答えなかった。それを質問への肯定と受け取ったモモは悪いことをしたかと後悔し、それから一度もスミの過去に触れていない。自らが人間であることも伝えていない。
さて、そんな生活がしばらく続いたある日。モモの存在はすっかり森に馴染み、そして森の仲間との仲も深まっていた。
特に同棲しているスミとは敬語も無くなるほど仲を深め、周りからは番いになるかと揶揄われるほどであった。無論、モモの自意識は人間の男であるので、スミと番うつもりなどない。だからその揶揄いも笑って流していたし、スミの方もモモにそのような感情がないことを察して否定していたのだが、周囲としては半ば以上にお似合いだろうと思われている。
「今日も散歩してくるよ」
「ああ、好きに過ごしてくれ。俺はもう少し寝るよ……」
モモが声を掛けるとスミは欠伸を我慢することなくそう応えた。彼女の生活サイクルに合わせるようになった彼は、ブラッキーという種としての生活習慣とはズレた睡眠をしているからか日頃常に眠た気であった。そんな彼にモモはゆらりと尻尾を振って塒を出る。この数ヶ月間はそのような習慣で、モモは気ままな生活をしていた。
そんなとある日、モモは散歩の途中に森の奥へと進んでみた。そしてそこで立ちすくむ。何気なく歩み入ったその先には、大きく荒らされた森と、その中心にこれまた荒らされた様子の小さな建造物のようなものがあったのだ。
胸がざわつく。自分はここを知っているような気がするが、定かではない。
「……お参りぐらい、しとくか」
彼女は誰にともなくそう呟き、覚えたばかりの念力で倒木を整え、社、あるいは祠のような建造物の前に立つ。よく見ればそれは一本の樹から削り造られたもののようで、こうも崩れてしまっては建て直すこともできないだろうと思われた。
祠をそっと撫でる。ザラザラと繊維立った木はボロボロと崩れてしまう。こんな優しい世界にもこのような暴力の後があることに、彼女は少し衝撃を受ける。
その時。
「——っ!?」
ざわり。
寒気のような、怖気のような、何か恐ろしいものの気配。モモは慌てて辺りを見渡すが、そこに居るのは彼女のみ。森はざわめくでもなく穏やかに風に揺れているし、木漏れ日は潰えるでもなく温かにそこにある。ただ彼女の心だけが、訳も分からず嵐のように荒れていた。
「……何なんだ」
気味が悪い。ただただ不安で、落ち着かない。
モモは足早にその場を去り、寄り道もせず真っ直ぐに塒へと向かうのだった。
歩きながらも新たな友と話し、陽の光を浴びながら歩けば、先程までの焦燥は幾分か収まっていく。いつもと同じ森、いつもと同じポケモンたち。ただモモの中にひたすらに強烈な違和感だけはあるが、それも塒に着いた頃には薄れていた。
そして僅かばかり残った動揺も、信頼を置く黒いポケモンの姿を見ればみるみるうちに和らぐ。モモは安堵の溜息を吐き、スミの隣に座った。
「ん……おかえり。今日は早いな?」
「うん、ちょっとね」
彼女としては情けなく思いつつも、他者の温もりを感じることで殊更に安心できる。とは言え、「散歩先で妙な気配がして怖くなったので帰ってきた」と正直に伝えるのは気恥ずかしいものがあったので、何があったのかは曖昧に濁しておく。
寝起きのスミは首を傾げつつもそれを拒まず、やたらと擦り寄って来るモモに為されるがまま、再びの昼寝と洒落こんだ。
しかし不安というものは簡単には消えないらしい。
その日の夜、昼間にあったことなど忘れて寝入ったモモであったが、すぐに声を上げ飛び起きることとなる。
人間が一人、手に薬瓶を持って立っている。顔はぼやけてよく見えず、男か女かも定かではなかったが、その視線の先にモモはいた。彼女は夢の中でもポケモンであったし、それ故に人間は自身よりよほど大きく見える。モモの身体はエーフィではなく、その進化前、イーブイのものであった。
首には紐で結ばれた鈴がぶら下がり、人間の伸ばした手は優しくモモを撫で、時折手にした瓶の中身をモモに飲ませた。夢の中のモモにとってはそれが確かな歓びであった。
そしてしばらくの後、モモは飴を与えられた。甘味が強すぎてあまり美味しくない、と思った直後、モモの身体は不思議と光に満ちた様子で、一瞬の閃光の後にモモの視界は一段高くなっていた。
進化したのだ、と彼女には本能的に分かった。より人間の顔が近くなったか、とモモが人間を見上げると、その手には瓶の代わりに棒のようなものが握られていた。そしてそれが、勢い良く振り下ろされる。他の何物でもなくモモを棒は打ち据えた。
痛いと叫ぶ間も無く2発、3発と続けて殴打され、脳が揺れて涙が溢れる。人間は何かを叫んでいるようだったが、上手く聞き取れない。頭を庇えば腹を蹴られ、身体を庇えば尾を引き伸ばされる。痛い。痛い。痛い。
最後に人間は足を振り上げ、そしてそのまま勢い良くモモの顔を踏み潰した。
「——ああああっ!!!!」
「うわっ!?」
モモは引き攣った喉から張り裂けんばかりの悲鳴を上げ、身体を強張らせたまま飛び起きた。その声にうつらうつらとしていたスミも飛び起き、何事かと辺りを見渡す。
視界が眩む。息が上手く吸えない。カチカチカチと耳障りな音がすぐ近くから鳴り止まない。心臓が尋常でないほど激しく脈動する。冷や汗が止まらない。
そんなモモの様子を見てスミは慌てて駆け寄り、落ち着かせようと背を擦ろうとする。
「おい、大丈夫——」
「触らないでっ!!!」
錯乱したモモは背後に感じた気配を慌てて跳ね除け飛び退く。しかしその主がスミであると知ると少々落ち着き、そしてすぐさま狼狽えた。
「あっ……ご、ごめん! 今の無し、何でも、無くて……」
「気にすんな。どうしたんだ、悪い夢でも見たのか?」
「夢……夢、だったんだ、今のは」
今度こそ、と近寄ったスミを今度は拒絶しなかったモモは、そのまま背を擦られ息を整える。深く息を吸って、吐く。どうにも身体の震えが止まらないが、しばらく続けていれば沸騰したような頭の興奮は収まってきた。
先程の体験は悪夢だった。だが夢にしては妙に鮮明で、身体が実際に痛む感覚まである。夢に出た人間の顔も思い出せないのに、その人間の所業は全て覚えている——否、脳にこびり付いて離れない。
何故こんな夢を見たのか。分からない。分からないが、思考に整理を付けていると次々と恐ろしい考えが浮かぶ。例えば、本当は自分は人間などではなく、本当に過去あのような扱いを受けたポケモンなのではないか。あるいは、夢に出てきたあの人間こそ、記憶を失う前の人間だった自分なのではないか。
人間があれほどまでに冷酷な行動をするのだと、認めたくない自分もいる。だがそれと同時に、人間とはそういうものだと納得してしまう部分も彼女の中にはあった。それが、彼女には恐ろしい。
「……ごめん、ありがとう。ちょっと落ち着いてきた」
「とてもそうは見えないが……」
「大丈夫。ちょっと水でも飲んでくるね」
いくら考えても記憶は戻らない。記憶が戻らない以上、考え込んでも仕方がない。モモは多少冷静さを取り戻し、そこでやっと喉の渇きを自覚した。身体のふらつきを無視して立ち上がり、水を飲むべく湖へと向かった。
生憎の新月で月明かりは無かったが、エーフィになってから夜目は利く。昼間とはすっかり印象の違う森を星明かりに任せて歩けば、道を違うことなく湖まで到着できた。水を飲むべく水面を覗き込む。揺れる自分の陰が夢に出た人間に見えて頭を振る。そこに映るのはあくまでもエーフィのモモとしての自分だ。
一口、二口と水を含み飲む。澄んで冷たい水は彼女の火照った身体を冷まし、思考を明瞭にさせた。より冷静な思考は、頼れる友を頼ろうと結論したのだった。
塒に帰ったモモは、自分を心配して起きていた様子のスミに声を掛けた。
「あのさ。今日の昼間、森の中で、崩れた祠? みたいなのがあったんだけど……」
「ああ、それか」
スミはモモの唐突な話題に目を丸くしていたが、その内容が森の祠に関するものだと分かると顔を顰めた。
「あそこはな、ちょっと前までは皆の憩いの場だったんだよ。でもそこに、ニンゲンがやって来たんだ」
「人間」
「ああ。奴はポケモンを従えて、そいつらに俺たちを襲わせたんだ。楽しそうに笑いながらな」
スミは人間による被害を語る。モモにはその人間が夢に出た男と重なって仕方がなかった。
「俺たちは元から、ニンゲンに捨てられたり、虐げられたポケモンだ。だから、そいつとも躊躇なく戦った。でもそいつに従うポケモンたちは強くて……結局、何とか逃げ出すしか無かったんだ」
「酷い……!」
「だろ? しかもそいつは、それから俺たちが大事にしてたあの祠を蹴り壊したんだ」
「何でそんなこと……」
「さぁな。それが楽しかったんだろ。ニンゲンってのはそういう、血も涙も無い奴らなんだよ」
モモはスミのその言葉を否定できなかった。そんなことない、人間だってそれぞれに個性があって、悪い人間もいれば善い人間だっている——理性ではそう言えるはずの言葉が、本能に引っ掛かって出てこない。
自分自身のことすら分からないのだ。記憶を失う前の自分が、そのような悪人でなかったなどとは断言できない。むしろ、悪人だからこそこうして記憶を失い報いを受けているのでは——鳴りを潜めていた不安が、再びモモの中に湧き上がる。
「どうした?」
「え……あ、いや、何でもない」
モモが考え込んでいるのを不思議に思ったスミが彼女の顔を覗く。モモは笑って誤魔化し、再び寝支度を始めた。
だが。
「……落ち着きが無いが、大丈夫か?」
「うーん……ちょっと駄目かも。その、祠? を見てから、なんか落ち着かないって言うか……」
目を閉じれば瞼の裏に浮かび上がるかの光景。信頼していたはずの人間が怒号と共に殴り掛かって、自分が痛がるのを見ては口元に笑みを湛える。理不尽で悪魔的な暴力。今また眠りに落ちれば、同じような夢を見てしまいそうで——そう思ったモモはやおら立ち上がり、スミのすぐ近くへとやって来た。
「あのさ。変なこと頼むんだけど……隣で寝ていい?」
「…………構わんが」
同じ塒ではあったが、これまでは互いに遠慮して離れて入眠していた。しかし今のモモは誰かの温もりを必要としていた。そしてスミはと言うと、しばし逡巡したものの、モモの窶れたような顔にぎょっとし、彼女の要求を承諾した。
ありがと、と言ってモモはスミのすぐ隣——背を向ける彼にぴったりと付く形で寝転がる。予想よりも密着してきた彼女にスミは動揺したが、今更突き放すのも気が引ける。異性の柔らかな毛並み、仄かな温もりと鼓動を感じながら、不意に高まる自身の鼓動を何とか抑えつつ瞼を閉じて入眠するよう努めた。
これじゃあ俺の方が眠れねぇよ、と思いつつ。
次の日からもモモはスミに沿って寝た。スミの側にいる分には例の悪夢も見なかった。
一方のスミはと言うと、モモから漂う異性の香りに惑わされつつも、強い精神力とある感情により理性を保っていた。ある朝などは気温が低く、モモが寝ながら抱き枕のように彼を抱き締めて寝入っており、主張を強めた“それ”をモモから離すのに精一杯で睡眠どころではなかったのだが、それをモモは知らない。
この頃はモモに合わせて朝に起き夜に寝る生活をしていた。それが夜にもよく眠れないとあっては、当然日中の欠伸の頻度も高くなった。
何も知らないモモはそんなスミにますます入れ込み、また寝不足の様子を心配するようにもなったのだった。
「スミ、スミってば」
「ああ……すまん、なんだ?」
「最近スミ、ぼーっとしてるね。寝不足? やっぱりわたしが邪魔だったりする……?」
「いや、そういう訳じゃ……」
心底申し訳なさそうなモモの言葉をやんわりと否定し、スミはまた1つ欠伸を噛み殺した。彼女と共に寝るのが嫌な訳ではない。ただ、自分の感情を抑えるのに必死なだけで。
「それならいいんだけど……スミにはお世話になってるし、わたしに出来ることがあったら何でも言ってね」
「ああ」
モモの進言に頷き、スミは昼寝することとした。常に感じていた眠気は彼をあっさりと眠りへ誘った。
その様子を見ていたモモは、静かになった塒の中で先程までの会話を反芻する。スミには随分世話になっている。最初に介抱してくれたことといい、それからずっと寝床を提供してくれていることといい、近頃添い寝していることといい、彼無しではモモは生きていけない。
気心も知れ、自分が人間であろうとポケモンであろうと良い友であると思っている。もっとも、スミはモモが人間だったかもしれないことは知らないのだが、モモ自身それすら怪しいと思い始めている。それに、本当に自分が人間であろうと、スミならば受け入れてくれるだろうという信頼まであった。
それ故に、モモは心苦しくなるのだ。何も無い自分を省みて。
記憶も無い。財産も無い。能力もない。スミに恩が返しきれないほどあるのに、返す手段が無い。自分に出来ることがあったら、などと嘯いたが、出来ることが碌にないことなど自分が一番よく知っている。
はぁ、と溜息を吐いたモモは同時に肩を落とし視線を地面へと向けた。塒の踏み慣らされた地面と、ここ数日ですっかり慣れた自分の身体が目に入る。柔らかな毛。ほっそりとした脚。ふくよかな胸。改めて見ても自分のものとは思えない——
「——あ」
——思えないが、自分のものだ。
モモは自分にできることを見つけた気分で、静かに寝息を立てるスミの顔をじっと見つめた。
その日の夜。スミは妙に張り切った様子のモモを尻目に寝支度をしていた。昼寝をしたはいいものの、その夢に妙に艶やかな姿のモモが現れて深く眠れなかったのだ。止まらない欠伸を今度は我慢せず、すぐ側にモモが居るのを感じながら横になった。
いつもなら互いに背を向けて寝入るのだが、今日はやけに温かい——とそこでスミは初めて、モモが自分に正面から抱き着いていることに気が付いた。背に柔らかな膨らみを感じ動揺する。
「も、モモ?」
「わたしはさ、スミに、本当に感謝してるんだ」
「ああ……?」
「でもさ、わたしって何も持ってないし……身体ぐらいでしか、恩を返せない」
モモの前脚がそっとスミの身体を撫でる。しっとりと緩やかなその動きは、愛撫と言うに相応しい様相だ。
唐突な言葉に目を白黒させるスミだが、少しの沈黙の後、モモの言わんとすることを凡そ理解した。そして、勝手に昂る感情の傍ら、酷く冷静に考える理性がスミを支配する。彼は寝転がったまま身体の向きを反転し、モモと向き合った。不安げに揺れた瞳は、やがて諦観と覚悟を持った眼差しと化した。
「……へへ。あんまり期待はしないでね」
そう言ってからモモはスミの身体を優しく撫でた。スミがぐるぐると思考を巡らせている間にその前脚は彼の股間へと伸ばされていった。
持ち主の思考の交錯とは対照に、スミの陰茎はさらりふわりとしたモモの毛並みに刺激されその大きさを増した。黒い体毛に明るい紅の粘膜色が目立つ。“人間とポケモンで陰茎の形は違う”ということは知っていたが、どうもその詳細な形について人間時代の彼女は知らなかったらしい。物珍しさと好奇心に任せ、ペニス全体を包むように撫でてみる。
モモには前戯の記憶は無い。ただ、知識として、どのように刺激すれば好いのかは分かる。すなわち、上下に擦るといった程度だが。
力加減は分からないので最初はそっと擦る。熱の籠ったスミの愚息はその動きの度にびくりと震える。
「きもちい?」
「……ああ」
スミは始めこそ抵抗しようとしていたが、揺れる両極端な感情と理性によって動きを止めていた間に止める機を逃してしまった。
モモのことを異性として意識していない訳ではない。スミにとってモモは種族として同族であるし、見目も良く、記憶を失っているからこそ純粋で美しい。そんな相手からの誘惑である。断る理由は大して無い。
だがそれは“モモ”についての話である。スミは善意からモモを助け、本心から気に入り好いているものの、しかし同時に、仄暗く、あるいはどろりとした感情も持っていた。だからこそ、ここで彼女を止めるべきだとも思ったのだ。彼女のためにも、自分のためにも。
だが畢竟、スミは彼女を止めなかった。膨張した愚息を握られた状態で何を言っても遅いと思った。僅かながら持続して増幅する快楽に甘えたというのもある。そして何より、彼はここで自身の“仄暗い感情”を少々、抑えきれなかったのだ。
「えっと……確か……舐める、とか……?」
「くっ……うぁ……」
ぬらりとしたモモの舌がスミの月根を根本からゆっくりと舐め上げる。ぞくりとした底知れない快感がスミの脊椎に絡み付く。ビクビクと痙攣する彼を見て、モモは少しずつ触り方、舐め方を覚えていった。
チロチロと先端の尿道付近を舐めてみたり。根元近くの瘤のような膨らみを舐め回したり。そっと睾丸を触ってみたり。彼女にとってはペニス自体に味はさほど感じず、むしろ匂いが独特で慣れないほどだったが、尿道から滲み出るように湧いた液体を舐めてみると僅かな塩味を感じた。無論美味とは言えなかったが、スミの体液だと思えば大した抵抗もなかった。
「後は……こう……」
「くぁっ……はっ……ふっ……」
とうとうモモはスミの月根をぱくりと咥え込む。ただ舐めていた時よりも雄の鼻に突く匂いが強いが、その分彼からの感触も良かった。ならば彼女の止める理由にはならない。口全体を使って吸い付くように刺激して、時折喉を突かせてしまい咽返るも、それでも口淫を続けた。
スミはただ舐めたものとは大きく異なった刺激に身を捩らせ、あるいは快楽に身を委ねて腰を振り上げ、存分に彼女の奉仕を味わっていた。このままではいけないと冷静な自分が叫ぶ。
「くぅ……モモ、そろそろ出そうだ……」
「ん……はっ……んむ」
だから口を離してくれ、とは言えなかった。そして彼女も端からそのつもりで、スミの肉棒を咥えたまま視線で頷いた。スミはこみ上げてくる熱に意識を集中させ、ギリギリまで筋を締めてその快楽を貪り、そして。
「ぐ、おぉっ……!」
「んぐっ!?」
冷静な自分を、暴力的な本能が踏み荒らした。スミはその腰を大きく突き出し、同時にモモの頭を自身の股間へ押し付け、そして盛大に吐精した。
モモは不意に喉奥へ押し付けられたペニスに大きく咽返り、しかし十分な息を吸えず目尻に涙を浮かべた。口中でビクビクと乱暴に跳ねる肉筒は、やはり乱暴に精液を撒き散らし彼女の口と喉を汚していく。味は苦い、不味い。やたらどろりとしていて飲み込み辛く、変に飛び散って喉が痛い。
しかし彼を満足させると決めた以上、ここで抵抗したくもない。そもそも、頭を押さえ付ける力が非常に強く、彼女の力では抜け出せない。モモは苦痛を感じながらもただスミの吐精を受け止めるしかなかった。
「ぁ——す、すまない! 大丈夫か?」
「か、けほ、こほっ……はぁっ……はぁっ……」
禁欲の日々で溜まりに溜まった精を満足するまでたっぷりと出し終えた頃、ようやくスミに理性が戻った。涙を流し顔を赤くしたモモを見て慌てて抑えていた前脚を解放し、彼女を労る。モモは咳き込み、少しぶりの酸素を求めて荒く呼吸した。精液の青く雄臭い匂いが口中にこびり付いている。息を吸うたびに感じる不快感に抗いながら、モモは何とか笑顔を浮かべた。
「へ、へへ……初めてにしては、結構良かったんじゃない?」
「ああ、凄く良かった……だが、すまん。苦しかっただろ」
「気にしないで。こっちからしたことだし……」
無理に笑みを見せるモモにスミの罪悪感が膨れ上がる。やはり止めておくべきだったと理性が騒ぎ立てる。せめて口直しにと貯蓄していたモモンを差し出すと、モモはにへらと笑ってそれを受け取り口に含んだ。
しかしそれも数口ですぐに終え、モモは再びスミに撓垂れる。後悔と焦りに苛まれていたスミは肩を震わし驚いて彼女の顔を見た。先程のような、諦観と覚悟の滲んだ目をしている。
「それに、まだ終わりじゃないよ。まだまだ、この恩は返しきれてない」
「それは……」
「わたしの身体、好きにして?」
モモは自身の豊満な胸をスミに押し当てて言い、それからスミの身体を自身に覆い被さるように引き倒した。
射精によってしばし鳴りを潜めていたはずのスミの本能や野性が、また騒ぎ始めた。
彼女の見た目は美しい。逸物を再び張り切らせるには十分だ。己の硬化したそれを彼女の無垢に突き立て、刺し貫き、乱雑に腰を打ち当て、懇願しようと止めずに蹂躙する。それで得られるのはどれほどの快楽であろうか。あるいは、長く性欲の捌け口として捕らえ、支配し、奴隷のようにしてやるのもいい。そう本人が望んでいるではないか。雌としてどころか生物としての尊厳をもはや奪い去り、凌辱する。性的快感だけではない欲求が満たされることだろう。
ここで彼女をぐちゃぐちゃに犯してやりたい、もっと言えば、行為の途中にそっと首を絞めてやりたい。泣いて戸惑う彼女の首をねじ切って、死んでも使い潰してやって——スミは猟奇的な質ではない。スミはサディストではない。スミはそういった倒錯した性的嗜好を持っているわけではない。だがそれでも彼女を犯し潰してやりたい理由があるのだ。
この出来損ないが。役立たずの愚図め。とっとと野垂れ死ね。これらはスミがかつて、信頼を寄せていた人間から掛けられた、理不尽な別れの言葉である。それが今、スミの脳内に反響している。繰り返し繰り返し思い出し、繰り返し繰り返し高めてきた憎悪。目の前の女体にぶつけてやるに相応しい。何も知らない彼女に。あるいは、知っている彼女に。
スミは脚を上げ、改めてモモの身体に跨がって——それから、彼女の額にそっと口づけをした。すぐに立ち上がっては数歩離れる。ぽかんとした表情のモモにスミはふっと笑って言った。
「悪いな。そこまでするのは唯一の相手と、って決めてるんだ」
嘘ではない。だが真実を全て伝えた訳でもない。それでもスミは、モモの雌には手を出さなかった。
モモはその言葉にはっとして、そしてすぐ自身の有様をみっともなく卑しく思った。こんなことをすべきではなかったのに。後悔と気不味さに慌てて口を開く。
「そ……っか。いや、ごめん。その、忘れてくれると——」
「ただ、あんたがその相手になってくれるなら、俺は嬉しい」
「……は」
しかし、謝りかけたモモの言葉を遮ってスミがそう伝えると、モモはますます呆けた様子で彼の言葉を反芻し、そして目を丸くした。しばし考え、みるみるうちに頬が紅潮し、ぱくぱくと陸に上がった魚のように口を開閉する。
「それ、って……その、つまり……」
「続きは外で。一緒に行きたい場所があるんだ。そこで俺の話を聞いてからどうするか決めてほしい」
モモがしどろもどろになりながら言葉を探している間に、スミはさっと話を切り上げモモに外出を促した。今言いたいことはそれで全てらしい。
言われた通り立ち上がり、スミの後に付いて歩き出したモモは、どくどくと高鳴る胸を前脚で抑えながら、今一度スミの言葉の意図を考える。先程の口振りは恋愛的な、告白の言葉に他ならない。だが自分は人間であったはずだし、もっと言えば悪人だったかもしれない。更に言えば、自認としては男で、スミから見たモモの実情とは遠くかけ離れている。
そんな自分が彼に相応しいのか。そんなはずはない。だが、一度この深い信頼が愛かもしれないと気付いてしまうと、どうも意識してしまう。結果、モモは悶々と纏まらない思考に溺れながら歩き続けることとなった。
一方のスミはと言うと、これまた思考は巡らせたままであったが、その性質はモモのそれとは大きくかけ離れていた。新月から1日、薄ら光る月光がスミの思考を少しずつ明瞭にしていく。
今モモは何を考えているだろうか。彼女にとってはただの色恋の話だろうか。自分にとってはその限りではないのだが。
スミはモモを好いている。先の言葉は本心だ。モモが番となってくれるなら、スミは嬉しい。だが、これから向かう先でスミの知っていることを知らせないと、公平でない。そう思ったのだ。
何せ彼は、“モモの素性について大凡の見当がついている”ので。
スミに連れられモモがやって来たのは、件の崩れた祠であった。辺りにはまだ戦闘の名残りが見受けられる。
スミはその祠の前に立ち、唐突に語り始めた。
「この祠がニンゲンに壊されたってのは、前に話したよな」
「うん。酷い人間だった、って」
「そいつのこと、俺は前から知ってたんだ。昔俺の主人だったニンゲンなんだよ」
モモには彼の話が先程までの会話とどう関係しているのか分からず戸惑ったが、ひとまず大人しく話を聞くことにした。つまり、彼の昔の主人がこの森へやって来てポケモンたちを襲ったらしいと理解する。
「そいつは……まあ、理不尽な奴だ。本当は俺のことをエーフィにしたかったらしくてな。随分と手を掛けられたし、それ用の特訓もしてた」
スミは空を見上げながら話し続ける。彼の好きな月光が彼の口の乾きを誤魔化す。
「でも俺はブラッキーに進化した。あいつがくれた飴を舐めたら進化したんだ。どうも、俺がそんなにあいつを信頼してるとは思ってなかったらしい。俺も自分の身体に戸惑ったさ。でも主人ならなんとかしてくれる……そう思ってあいつの顔を見上げたらな。顔を真っ赤にして怒鳴り散らしてきたよ。『ふざけるな』とか、『準備を無駄にしやがって』とか勝手なこと言ってな」
「……」
「終いには憂さ晴らしするみたいに俺を殴ったり蹴ったり……まあ、八つ当たりだよな。俺はそこで初めて、それまで感じてた信頼とか絆が一方通行だったって気付いたんだ」
スミはそこで言葉を区切って、モモを振り返った。月光は暗かったが彼にはモモの表情がはっきりと見えた。その上であえて尋ねる。
「……このニンゲンのこと、どう思う?」
「どう、って……本当に酷い、悪い人間だって思うよ。人間の中でも珍しいぐらい横暴な……」
「だろうな。でも、それでも昔の俺は『恩は恩だ』と思ってそいつに尽くそうとしてたんだ。いつかはまた認めてもらえるんじゃないか、ってな」
モモの答えは凡そスミの予想通りだった。それでいい、それがいいと思った。スミは苦笑して話を続ける。
「だが結局そいつは俺を捨てた。この森で、目の前で俺のモンスターボールを踏み潰して、俺に石を投げつけながら、馬鹿の一つ覚えみたいな罵倒を残していった。その時やっと俺はニンゲンってやつの悪辣さを理解したね」
スミがふぅと息を吐く。ここまでは前置きだ。自分の身の上話に少々熱が入ってしまったが、それでもモモに聞かせた意味はあったと思う。
「それから、だ。この森で似たような境遇の奴らと助け合って過ごしてたある日、また森にあいつが現れた。訓練のため、なんて言って逃げ惑うポケモンたちを甚振ろうとしてな。……俺のことなんか覚えてもないみたいだった」
「それは……」
「安心したさ。間違いなく。……んで、そいつはこの祠を壊した。俺たちの憩いと平和の象徴だったこの祠を、汚らしい、とか言って」
スミが崩れた祠を撫でる。逆立った木の繊維が前脚に軽く刺さる。痛みが少々、彼の気を昂ぶらせた。その当時のことを思い出し、それから起きた光景を想起して、口角が上がる。
「そうしたら、だ! この祠には、何かとんでもないものが眠ってたらしい」
「とんでもないもの……?」
「ポケモンだったのか、それともカミサマなのか。黒くて、ひらひらした……生き物かも俺にはよく分からんが、その“何か”はニンゲンに襲い掛かった。ニンゲンは慌てて逃げ出したよ。無様で、愉快だった」
スミはもはや自らの憎悪を隠すこともなく語る。モモはそんな彼の様子に背筋が寒くなる思いだった。
じりじりとした不安。以前感じた悪寒にも似た何か。さてはエーフィになったが故の危険予知だろうか。これ以上聞いてはいけない、そんな予感。
スミはどこか焦った様子のモモを見据えて、こう続けるのだった。
「あんたのことはな、その翌日に見つけたんだ。……森の中に倒れてたあんたの周りには、そのニンゲンの衣服が散らばってたよ」
「あ……あぁ……!」
「モモ。お前、ニンゲンなんだよな。例の、祠を壊した」
モモは目の前が暗くなって、ふらりと跪いた。
そうかもしれないと、少しは思っていた。だが、そうであってほしくないとも思っていた。認めたくはなかった。自分がそんな、“非道な人間”だなどと。
自分への信頼が無くなっていく。自分への信用が無くなっていく。そして何より、スミから憎悪を向けられていたことに、強くショックを受けた。吐き気がする。だが、吐くより先にしなければならないことがある。言わなければいけないことが、ある。
「ご——ごめん、ごめんなさいっ……わた、わたし……っ!?」
あの悪夢は自分がかつてスミに仕掛けた所業だ。自分にはこの森でのうのうと暮らす資格など無かったし、むしろその安寧を壊した報いを受けるべきだったのだ。そう理解したモモは、涙を流しながら謝罪する。こんな言葉に意味はないと分かりながらも、謝らずにはいられなかった。
スミが自分に近づく。モモは慌てて1歩後退ったが、脚がもつれて上手く歩けない。そうこうしているうちにスミはモモのすぐ目の前まで来ていた。モモは必死に頭を下げる。
いっそ自分を害してくれ、と思いながら。
そんなモモの様子をスミは無表情に見ていた。
ここに彼女を連れてきたのは、彼女の正体を伝えるためであった。彼女に自身の過去を思い出させるためであった。そしてあわよくば、自分を捨てたあの人間への復讐を果たす為でもあった。
しかし、どうだろう。今目の前にあるのは、好いている者が涙と泥に顔を汚しながら必死に頭を下げている光景。これは本当に自分の望んだ景色だろうか。分からない。
分からないなら、確かめるしか、ない。
「なあ。正直に答えてほしい。あんたは、人間だった頃のことを思い出したか?」
「ご……ごめん、なさい……それでも、思い出せない……人間だったことは分かる、のに、どんな人間だったか、分からない……」
モモは涙に喉を引き攣らせながら謝り続ける。それでも彼女の記憶は戻らない。脳が自らの過去を認めたくないのか、はたまた記憶が完全に失われてしまっているのか。いずれにせよそれはモモの罪悪感を増幅させた。
一方のスミはそれを聞いて、今一度深く溜息を吐く。ここまで話しても彼女は人間時代のことを思い出さない。“モモ”と言う名前も、彼女にとっては数ある名前の1つにすぎない。
“モモ”。それはかつてのスミの名だ。スミが“スミ”と自ら名乗る前——イーブイの時分、人間にエーフィになることを期待されて予め付けられていた名前である。もし記憶が戻るようなら嫌味を込めて呼んでやろうと思っていたのだが、いつの間にか“モモ”は“彼女”の名前になっていた。
畢竟、ここにいるのは記憶の戻らないエーフィのモモである。ならばもう、あの人間はどこにも居ないのではないか。自分は、過去より今を選ぶべきなのではないか。——選ぶ時が来たのではないか。
しばし瞑目したスミは、悩みながらも、そっとモモを抱き留めた。
「さっきの返事、聞いてなかったよな」
「ぇ……」
「俺は確かに、あいつが嫌いだ。死ねばいいと思ってる。何なら俺が殺してやりたいとも思ってる。もしあんたが記憶を取り戻すようなら、寝込みを襲って、無理やり犯して、報いを受けさせるつもりだった。……でも、あんたはモモだ。あのニンゲンの言動について、モモが謝る必要なんて無い。だろ?」
「でも、わたし、はっ」
「あんたにもあいつの欠片が入ってるかもしれない。でもさ、そんなの気にならないぐらい、俺はあんたが好きになったんだよ。記憶を無くしても笑って過ごしてる、壊された祠を見て同じように悲しんでくれる、責任感が強くてちょっと自分を卑下しがちな。あのニンゲンとは全く別の、エーフィのモモが」
スミは真剣な眼差しでモモを見つめる。判断はモモに委ねるつもりだった。
モモの頭の中はもはやぐちゃぐちゃで、ただ罪悪感ばかりがぐるぐると飛び回っていた。記憶を失おうと自分は自分であろう。ならば、自らの行いには責任を持ち、報いを受けなければならない。
そう思っていたのだが、スミはそんな自分を赦すと——否、ニンゲンだった頃の自分と今の自分を別の存在だと認めてくれた。他ならぬスミが、だ。
あるいはそうなのだろうか。本当に自分の正体は、根底は、醜い人間の男のそれとは違っているのだろうか。人間時代とは違う自分になれるのだろうか。
「なあ、好きだよ、モモ。あんたは、どうだ」
「わたしは……」
スミが緊張に顔を少し強張らせながらモモを真っ直ぐに見つめる。モモは少しずつ乾いてきた涙を拭いながら、絶望に引き攣る喉に鞭打ち、それから。
「わたしは——」
半刻後。2匹の姿は塒にあった。モモは腫れた目をはにかみに隠し、スミも先程とは打って変わり穏やかな笑みを浮かべている。お互いに複雑な感情が無くなった訳ではないが、それでも随分とすっきりした様子で、それぞれに身体を預けていた。
結局モモはスミからの告白を受け入れた。迷いと自己嫌悪は消えなかったが、それでも今の自分と彼のために過去の自分を捨てる覚悟をしたのだった。
塒という2匹だけの空間で静かに互いの体温を確かめあった彼らは、どちらからともなく相手の目を見つめる。深紅の、滅紫の、珠のような瞳が互いを見つめる。
「スミ、綺麗な目してるね」
「そうか? モモほどじゃないと思うが」
一度愛していると自覚すれば、堰を切ったように相手の姿が輝いて見える。これが恋とか愛なのか、と学んだモモはたっぷりと空いた記憶領域に、スミの姿とともに刻み込んだ。
まさか記憶を失ってからこんな体験をするとは思ってもみなかった。何でこうなったんだっけ、と思い返したモモは、先程塒で交わした会話をふと思い出した。
「あの、さ」
「ああ」
「さっきわたしが、恩を身体で返す、って言ったとき、どう思った?」
「そりゃあ……」
モモの問いにスミは言葉を詰まらせ、丁度いい言葉を探し……今更遠慮することもないか、と思い直してそのまま伝えることにした。
「そんなことしなくていいのに、とは思ったけどな。でも、前からモモのことは可愛いと思ってたし、正直めちゃくちゃドキドキした。舐めてもらうのも滅茶苦茶に気持ちよかったし……でももし記憶が戻るようなら、“してる”最中に殺してたかも」
「わお……」
後ろは聞かなかったことにしようかな、と冗談めかして笑うモモに釣られてスミも笑う。それから、モモがそっとスミの背に前脚を回すと、スミも同様にモモの身体を抱き締めた。
少し緊張交じりの声でモモが呟く。
「その、今でもわたし、何も持ってないんだけど」
「綺麗な心を持ってると思う」
「うまくやれるか、分からないんだけど」
「うまくやれなくたっていい。満足するまで付き合う」
確認するように言えば、スミは確信を持って応える。それらを聞いて、じんわりと心を温め……そして言う。
「今度こそちゃんと、恩返し、が、したくて」
モモが遠慮がちにそう言うと、今度はスミも少しだけ考え、そしてまた確信を持って応える。
「喜ぶのも、楽しむのも……幸せは、一緒がいい」
その言葉にモモはこくんと頷き、そしてどちらからともなく顔を寄せ合って、口づけをした。
モモは記憶が無いなりに漠然と、こうするんだよな、と思って舌を伸ばしてみる。スミもそれに応えて舌を絡める。スミにもそういったキスの経験は無かったが、本能の赴くままに彼女を貪るように舌を伸ばせば、それだけ彼女を深く感じた。それはモモも同様で、先程のぎこちない愛撫とは全く違って、舌のうねり、漏れ出る息、力の篭もる前脚、全てにスミの存在を感じて高揚する。
どれだけそうしていたかは分からないが、息が苦しくなるほど長く蕩け合っていた舌がそっと離れると、混ざり合った唾液が互いの唇を細く繋ぎ、そしてゆっくりと落ちる。声には出さなかったが、モモもスミもそれを少し名残惜しく思った。
「モモの味、美味しい」
「……へへ。ちょっと変態ちっくじゃない?」
「本当に甘く感じたんだよ。そっちはどうなんだ」
「んー……何て言うか、胸がいっぱいで。味わう余裕無かったかも」
そう言って笑うモモの笑顔がスミには酷く眩しい。何と愛しい反応だろうかと恋情が泉のように湧き出る。
「それに、こっちもちょっと気になっちゃって」
「うぉっ……」
モモがスミの股間を尻尾でさらりと撫でる。彼の性器はとっくに膨張し、雄弁にその存在と彼の昂ぶりを知らしめていた。
「硬くて熱いのがお腹に当たってるんだよね」
「し、仕方ないだろ……あんたが来てからさっきまで、自分で処理もしてなかったんだ」
「えっ……それ、結構長くない? 辛くなかった?」
「辛かった。だから今日はあまり遠慮できないぞ」
「いいよ。元々そのつもりだったし」
背や顔を愛撫していたモモの前脚がゆっくりとスミの怒張へと伸びる。しっとりとした手触りのそれは、知識としてある男性器のものとはやはり違って随分と猛々しく硬かった。
「ビクビクしてる」
「あんまり言うなよ……恥ずかしいだろ」
「いやぁ……人間時代に見たことだってあるはずなんだけど……何ていうか……物珍しい?」
ぐにぐにと玩具を弄ぶように男根をいじくるモモ。今の彼女には“性器を刺激すると快感を覚える”という知識と、数刻前に培ったほんの少しの経験しかない。それゆえに“どのようにいじると最も好いのか”は分からない。ただ、スミにとっては彼女の柔らかな脚で弄ばれるだけで大きな快楽であった。それも、今度は何の気がかりも無く愉しめるとあれば。
「俺も触らせてもらうからな」
「いいよ……んぅ」
今度はスミの前脚がモモの豊かな胸をまさぐる。柔らかな毛に覆われた柔らかな膨らみは、スミの指が沈みこむのに合わせて形を変えた。軽く揉むように力を入れればこれまた同じように変形する。スミはこれまでにここまで手触りの良いものに触れたことがなかった。
少々遠慮のない動きは、モモにこれまで意識したことのない感覚を与えた。凝った身体を解した時にも似た、じんわりとした気持ちよさ。望んで得た肉体ではないが、こうして楽しんでもらえるならこの身体で良かったと思う。
スミはモモの胸にすっかり夢中になって、ちらと目配せした後、そっと顔をそこへ埋めた。柔らかく形を変える脂肪の塊は、仄かな甘い香りを伴って彼の顔を包み込んだ。
モモは彼の行動に少々肝を抜かれたものの、その姿に愛しさや可愛さ——あるいは母性めいたものを感じた。彼の吐息にくすぐったさと甘い快感を覚えて声が漏れ出る。
「や……赤ちゃんみたいだよ、スミ」
「そうか? 赤ん坊ならもっと……こう、だろ?」
「ひゃんっ」
スミが悪戯を企む子供のようににやりと笑い、そっとモモの乳房の頂点——乳頭に口を寄せ、軽く吸う。モモとしては気持ち良さと言うよりはむず痒さに驚き声が出た形だったが、しばらくスミが舌でそこを弄ぶと快感が増してくる。
当然母乳が出る訳はなかったが、スミには不思議とそこがより甘く感じた。始めこそ冗談めかして吸い付いてみたが、次第に彼は夢中になってモモの乳房にむしゃぶりついていた。
「んぅっ……もう……! 言っとくけど、スミにだってこれはあるんだからね」
「うぉっ」
いくら愛しく見える相手とは言えど、あまりに好き勝手に弄ばれては面白くない。モモは意趣返しにと胸に溺れるスミの胸元を探って小さな突起を見つけ出し、そっと刺激してみる。するとスミは不意の感覚に驚き声を上げた。ぐにぐにと自身の乳首がいじられる感覚は、気持ちいいと言うよりはくすぐったい。
「気持ちいい?」
「いや……くすぐったい、な」
「ふーん……やっぱりそんなぐらいなんだ」
まあ止めないけど、と言いながらモモはスミの胸元をまさぐり続ける。その煽情的な触り方によってむず痒さが仄かな快感に変わりつつあるのを無視しながら、スミは前脚を腰へ、後脚へとそっと滑らせ撫でた。モモはただ撫でられただけであるというのに襲い掛かってくる快感に身を軽く捩らせ、自身の前脚をスミの胸から背中へ、首筋へと移動させる。
互いの愛撫に昂る情欲を、またどちらともなく唇を重ねることでぶつけ合い蕩け合う。
暫しの口吸の後、スミはそっと前脚を滑らせてモモの後ろ脚へ、そしてその付け根——彼女の秘丘へと伸ばす。モモは身体を少しだけ強張らせたが、ふぅ、と深く息を吐くとその身体を全てスミへと預けた。
雌の肢体の柔らかさを全身で味わいながら、ほんのり湿り気を帯びた体毛を掻き分け、彼は秘裂に指を沿わす。明確な快楽ではないがむず痒さを覚えたモモが、んぅ、と耳元で小さく声を漏らしている。
スミとしても生涯で初めて触る異性のそこは、野生ならば——あるいは野生でなくとも生きているならばあって然るべき黒ずみがほとんど無い。産まれたばかりかのような薄桃の無垢を、持ち主よりも意識的に触っている。その事実が彼を酷く昂ぶらせた。
モモは正真正銘初めて覚える感覚に戸惑いながら、彼の指を確かめるようにじっくりと下腹部へ意識を集める。丸みを帯びた形ながらゴツゴツと骨張っている指が、じっとり潤いを帯びて滑り、そして少し、また少しと情裂を掻き分けて沈んでいく。その指を湿らせる液体が己から湧いて出ているという事実と、未だ慣れないながらも僅かに快楽を主張し始める陰部の感覚が、自覚していたはずの性転換を改めて衝撃的に伝えてくる。彼女は今、確かに雌であった。
「痛かったりは、しないか」
「今の所は。……抱き着いててもいい?」
「勿論。少しでも痛かったら言えよ」
力加減が分からない様子のスミだったが、それでもモモは彼がそれを誤るとは思っていなかった。更に言えば、こうして強く密着し彼の体温を感じていると、どれだけ痛くされても構わないような気さえしている。
とは言え、スミにとって最早彼女を痛めつけることは全くもって本意ではない。となれば指の動きは自然と慎重に、ゆっくりとしたものになる。それが彼女にとっては焦らされるような甘美な痺れとなって、ゆるりと腰を捩らせる要因になっているのだが。
スミの指がモモの陽裂に沈み、そこで纏った朝露を塗り広げるようにまたいじくる。それに感じた未知の感覚をようやく快楽だと認め始めた彼女の身体が、次第に勝手に肩を震わせ鼓動を早めるようになった。
「ふ、あ……」
「……今の声、もっと聞きたい」
「ぇ……や、やだよ……んぁっ……」
モモは自らの漏らす甘く甲高い声に戸惑いながら身を捩り快楽に抗う。指から逃げるように動く腰にスミはぴったりと追いすがり、朝露をひくひくと吐き出す秘部をなぞり上げる。また1つ嬌声が上がった。
自分の愛撫に感じてくれている。その事実がありありと伝わってスミを満足させた。さて、次の段階だ。
「はぁっ……んっ……あああっ!?」
つぷ、と小さな水音を立ててスミの指が秘裂に沈む。更にぐにぐにと指で探れば、更なる窪みとその上部の小さな突起に行き当たる。途端、モモは肩を跳ねさせて目を見開き、自身の身体に走った衝撃的な快感を処理するのに必死となってしまう。
急激に息を切らし、瞳には困惑の色すら浮かべながら、己の身体の理解に努める。そんな彼女の様子が、スミにはとにかく愉快であった。それこそ徒に——あるいは悪戯っぽく、つん、つんと件の突起を突いてみる程度には。
1度目の衝撃すら未だに上手く飲み込めていなかったモモに、その刺激——陰核を不意に突かれる暴力的な性快楽はあまりにも強大すぎた。
「や——ふあぁっ!? んんんぁっ!」
脳天を突く、といった勢いの未知の快感は、一拍の理解を要した後に激しくモモの脳を蹂躙した。身体を大きく仰け反らせ、絶叫と言うに相応しい声を上げ、全身の筋を力の限り強張らせて、それでようやく快楽の奔流をやり過ごせた。彼女は勝手に流れ出す涙を拭いもせず、ただ息を上がらせ、やがてスミにぐったりとしなだれかかった。
「は、はっ、はぁっ……」
「イった?」
「え、とっ……わ、かんない……でも、そこ、あまり触らないでほしい、かも……ちょっと、強すぎ、て」
「そんなにか」
スミはモモの焦燥ぶりを意外に思う。何分異性経験はなかったので、どのように彼女の身体をまさぐるかは文字通り手探りといった形であったが、それでもただ軽くつついただけでここまで乱れるとは予想していなかった。
実際モモが絶頂を迎えたかというと、答えは否である。ただ、彼女の“作られたて”の身体にとって陰核への刺激はあまりにも強く、悦楽と言うよりは苦痛であった。妙に強張る身体を意識して弛緩させながら、彼女はゆっくりと息を整えた。
その間スミは、手慰みにモモの身体を愛撫しつつ、それ以上はせずにただ彼女の身体を労る。情欲と好奇心は湧き上がるが、それを抑えるだけの理性はまだあった。
「大丈夫か? 何ならここで止めたって……」
「ううん。止めないで。……そこさえ触らなきゃ、たぶん大丈夫だから」
それに、とモモは続ける。こんなになってるのに今更止められないでしょ、と彼女がそっとスミの逸物を握ると、彼は不意の刺激に腰を跳ねさせた。今か今かと吐精の時を待ち望んでいる彼の肉棒は、その主人の意図に沿わず常にそそり立っている。そしてモモの女陰もまた、不慣れな感覚ながらその小さな穴をじっとりと湿らせていた。
塒に月明かりが僅か差し込む。雲影に揺れる光が、ぬらり月根と陽裂を照らした。
「ね。……してみよ?」
「……ああ」
スミがそっと腰を動かし、愚息をモモの陰裂に宛てがう。ぴと、と互いの性器が触れ合い、互いの熱を伝え合う。どちらも相手の熱で溶けそうなほどだと感じたし、今から性交をするのだという実感に酷く昂りもした。
モモは彼の肉棒がぴくりと跳ねる様子に、スミは彼女の蜜壺がひくひくと口を開く様子に、最早言葉が必要ないであろうことを悟る。互いに目を見つめ合い、静かにモモが頷くと、スミはゆっくりと腰を押し当て始めた。
「んっ……」
「流石に、すんなりとはいかない、な……」
ぬるり、つるりと男根が滑る。その度に予期せぬ刺激が与えられてモモは小さく声を漏らす。スミにとってもモモにとっても初めての経験で、どちらも動きはぎこちなかったが、一度スミの先端にモモが吸い付くと、そこからは滑らかに、少し、また少しと彼の腰が沈められていった。
「あ、あぁ……」
「くぅ……モモ、大丈夫か?」
「うん、へいき……結構入った?」
「いや、まだ半分も入ってないが……」
「……そっか。スミの、おっきいもんね」
そうだろうか、とスミは首を傾げる。実際同年代の同種族と比べても彼の雄はそう並外れて大きくも小さくもなかったが、少なくとも受け入れる側のモモにとっては随分と大きく感じられた。
痛かったら言うんだぞ、と念押しするスミに、何回言うのさ、とモモは笑って、彼の背中に腕を回し挿入を促した。
つぷ、ぬる、と僅かずつスミはモモに包まれていく。その僅かばかりがモモにとっては大きな圧迫感の源であったし、スミにとっては大きな快楽の源であった。
スミは勢いに任せて本能のままに突き進みたい思いを何とか抑えて挿入していたが、次第にこれまでとは違う強い抵抗を感じて動きを止める。奥まで辿り着いたのかとも思ったが、それにしては自分の愚息が余りに余っている。これは友との猥談などで噂に聞く、処女膜と呼ばれるものだろうか。しかしあれは、野生では大凡が自然に破れてしまうものだと聞いたが——そこまで考えた彼は、ようやく彼女の身体の特別性に思い当たった。
これは貴重な経験かもしれないぞ、と思いつつ、そっと彼女の頬を撫でて声を掛ける。
「モモ。その……」
「わかってる。……ね。キスしよ。キスしながら、一気に入れてよ」
何と言うべきか言葉を探していると、モモはすべてを見透かしたように笑って、先手を打つように囁いた。
「いいのか。その、身体に負担は」
「変に引き伸ばされる方が苦しいよ。たぶん」
「そうか……じゃあ。いくぞ」
「うん……んっ」
モモの希望通り、スミは彼女に深く口づけをした。先程とは体勢が異なり、よりスミの舌がモモの口内に入り込む。モモは上からも下からも侵入される感覚に倒錯しながら、なされるがままに彼を受け入れた。
そして、互いの唾液がすっかり混ざりあった頃。スミはモモを強く抱き締め——そして己の怒張を、彼女の無垢へ力強く突き刺した。
「——っ!」
「くぅっ……モモ、大丈夫——」
「だめっ、ちゅーしてっ」
「んっ」
亀頭球を残してスミの剣がすべてモモの鞘に収まったその瞬間、モモは腹を裂かれたかのような激しい痛みを覚えて身体を強張らせる。処女膜を裂いて彼を受け入れた痛みである。
モモが痛みに耐えているのを見てか、あるいは彼女が自罰的に“かつて彼を甚振った報いだ”と僅かに思ったのを感じたのか、スミはすぐさま腰を引こうとする。それをモモは引き止めて、また唇を重ねながら彼を強く強く抱き留めた。
どれだけそうしていただろうか。彼女らの結合部からじんわりと朱が滲み出てくる間も、2匹は僅かな息継ぎと共に口吸いを重ね、まるで1つに蕩け合ったような錯覚すら覚えた頃、ようやくモモは前脚の力を緩め、それを合図にスミもそっと口を離す。先程は虚空に溶けた銀橋が、今度はすべてモモの口になだれ込んだ。
「……ん。いいよ。動いて」
「いいんだな? ……そろそろ、俺も我慢ができそうに無いんだが」
「だいじょぶ。思ってたよりは痛くなかったし。それより、スミと続きしたいよ」
それは見栄でも忖度でもない、彼女の本音であった。未だに膣はヒリヒリと痛むが、それよりもスミの雄物の熱の心地よさ、そして圧迫感に覆われてしかしそこに存在を感じさせる確かな快感がモモに意欲をもたらす。
彼女の確かな意志を感じ取ったスミは、今一度彼女の額に唇を落とすと、ゆっくりその腰を前後させ始めた。蜜に塗れた肉壁が熱棒を包み込み、絡みつき、撫で上げる。彼女の膣内はあまりにも蠱惑的で、更に言えばその肉体の持ち主は彼と愛し合っている。言うまでもない。彼は今、世に生を受けて初めての絶対的な快感を味わっていた。
一方のモモも、スミの力強い抽挿に強い快楽を覚えていた。痛みが無いわけではない。ただそれ以上に、はち切れんばかりの満足感と快感が、彼の硬い月根が彼女の柔らかい陽裂を抉るたびに蕩けた脳を満たすのだ。特に彼の熱芯が核心を突くたびに——彼女は陰核を刺激された時のような強い快感を生じさせる部分が孔内にも存在していると知った——言い知れぬ甘い熱い激しい淫楽が押し寄せる。あるいはその陰核に、彼の瘤だった根の元、亀頭球が押し付けられることで逃れようのない悦楽に苛まれ、嬌態を晒してしまう。先程一方的に与えられて恐怖まで感じた荒波のような快感が、共にそれを貪る相手がいるだけで受け止められた。幸せを共有するとはこういうことを言うのかもしれない。
込み上げる悦びは波立つようでその嵩を増やし続け、そしてスミがほとんど本能のままに腰を振り始めた辺りで唐突に決壊した。
「は——ふあああぁぁぁぁっ!!」
「く、おぁっ……!」
それまでじわじわと上り詰めていた緊張は不意に彼女の脳をつんざき、モモは筋を攣らせるほど背を反らし、身体中を強張らせ、そして何より膣を強く締めて痙攣させた。嬌声と言うにも激しすぎる叫びを上げ、豊満な胸を揺らし、尾までスミに巻き付けて、いっそ苦悶とも言えるような表情と共に絶頂を迎えたのだ。
スミはそんな彼女の更に狭まった淫孔に男根を絡めとられ、彼も果てるかどうかの瀬戸際で、しかしまだ快楽を味わい尽くしたいという欲望が彼の茎を強く強く締め付けた。ここで限界を迎えていては勿体無い。こんなに早く終わらせてたまるものか。そういった本能的な執着が彼を爆発的な快楽に抗わせたのだ。
「ふぁ、は、にゃ、は……」
「——さっき、遠慮できないって、言ったからな!」
「にゃああっ!? やあぁっ! やらぁっ! ああぁあっ!!」
かといってスミもいつまでも我慢できる訳ではない。強く収縮するモモの陽肉を掻き分けて抽挿を再開する。モモはようやくやり過ごしかけた快楽の波に再び放り込まれ、半狂乱といった様子で全身を捩って涙を浮かべる。しかし理性の箍を外したスミが動きを緩めることはなかった。
結合部はぐちゅぐちゅと淫靡な水音を立て、モモの嬌声やスミの乱れた息と共に彼らだけの空間に響く。
耳ではそれらの官能的な音が。目では自分と共に快楽を貪る愛する相手の淫蕩の表情が。相手を互いに抱きしめて熱を感じ、鼻腔は愛する者の匂いで満ちて。最後に、スミからモモの口に夢中に吸い付いて、モモもそれに必死に応えて——そして一層大きく腰が打ち付けられ、亀頭球まで含めスミの月根がモモの中に全てぬるりと収まった時。
「出る、出すぞっ!」
「うんっ、んっ、うんん!」
「ぐ、う、おおおっ!」
激しかった腰の運動はぴたりと止まり、雄茎が奥まで入りきって、モモの腰ごとビクンと跳ねる。目の前が真っ白になるような錯覚と共に、スミは骨の髄から引き抜かれるような激しい快感と共に果てた。
男根を搾り取るように蠢く女肉に全てを吐き出す。あまりの快感にスミは全身を震わせながらモモに抱きつく。モモも霞みがかる思考で体内に吐精する肉棒を感じ、歓びに似た何かを感じて堪らなくなってスミを抱き返した。
いつの間にか離していた唇をもう一度重ね、しばしの間じんわりと互いの愛を確かめ合い、そうして長かったスミの射精がその勢いをようやく衰えさせた頃、ゆっくりと互いに抱き合う腕の力を抜いたのだった。
「はーっ……はーっ……すごかった、ね」
「ああ……こんなに気持ちいいのは初めてだ……」
普段より明らかに多く長い自らの射精に驚きつつ、幾分かすっきりとしてきた頭でスミは未だ勢いの衰えない逸物をずるりと引き抜いた。んう、とモモの甘い声が漏れる。愛液に濡れる逸物とぽっかり開く膣孔にそれぞれ外気の冷たさを感じた。
「へへ……そんなにきもちよかった?」
「そりゃあもう。……苦しかったろ。ありがとうな」
「ううん、こっちこそ。喜ぶのも、楽しむのも、一緒。……でしょ?」
「ああ」
モモはスミに身を寄せ、今一度彼の体温を感じる。スミはそんな彼女の頭を撫で、自らもまたそっと彼女に頭を預けた。
不思議な心地であった。自分がここまで誰かを愛することになるとは。しかもその“誰か”が、かつて自らを虐げた者だとは。
あの人間への恨みを忘れたわけではない。人間への失望は未だ彼の根底にある。だが、それでも、彼女を愛してしまったからだろうか。“あの人間とも出会いが違えばうまくやれたのだろうか”と、“あの人間も何かが違えば柔和な性格だったのだろうか”と、そう考えてしまう。育ち方、経験したこと、それら次第ですべて変わってしまうのかもな、とも。
彼らはしばらく静かに互いを感じた後、モモの「お互いべちゃべちゃだね」という言葉に身を清めることにした。夜風が冷たいが、身を寄せ合えば寒くはない。あるいはそれすら睦み合いの口実であった。
そうして森の池で静かに身を清め、それからまた身を寄せ合って塒へ帰った。どちらも何も言わずとも身を寄せ合って寝そべり、心地よい熱を感じながら眠りに落ちた。
もはやモモは悪夢を見ることはなかった。
そこにいるのは人間とポケモンではなく、ただエーフィとブラッキーの番のみであった。