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秘やかな愉しみ の履歴(No.2)


書いた人 → 夏雪草


【注意】
この作品には官能描写が含まれています。





 ああ、疲れている。何に、と問われれば、この宿酔のような憂鬱の中生きることに。

 クウェンは極めて一般的な家庭に生まれ育った女性である。賢しらな優等生でも大した悪童でもなく、一般と評されるに妥当な生い立ちをした、今に20代を折り返す齢の女性である。
 多感な時期は「没個性」を個性として忘れ過ごした。非凡を羨む心こそあれど、非凡になろうとは思わない。なれるとも思わない。そう言った、達観と諦観を備えた、静かな女性であった。

 そんな彼女が近頃思い悩むことといえば、身体の火照り、思考の霞。何ぞ病を罹ったかと医者に掛かっても殊に不調など見つからず、ただ解熱と鎮痛の薬を処方されるのみ。これで収まるならと服用してみて、一時熱は引き、しかして緩い眠気に襲われ、思考には増々靄が掛かったよう。
 主人の身を案じるルガルガンには頭を撫でて応え、クウェンはため息を吐いてからやおら立ち上がった。


 不安を感じる。どのような、と問われれば、身に覚えのない借金取りに追われるような、えたいの知れない抑圧感。

 重ねて示すが、クウェンは極めて一般的な女性である。借金と言えば奨学金程度。誰かに追い詰められるような息苦しい焦燥などとは無縁も無縁。
 それでも何故か襲いかかる不安感に任せて、クウェンは友へ、また別の友へと連絡を取った。自分などとは遥かに異なる、非凡で輝かしい友人達に。中には学生時代に二三言葉を交わした程度の者もいたが、今の彼女にはその連絡を躊躇う心は無かった。この心を圧えつける息苦しさに比べれば、旧知に不意な連絡を取る指の重さなどむしろ心地よいほどであった。

 そんな彼女に、ある友は気分転換を勧め、またある友は再開の約束を取り付け、励まし、あるいは訝しんで言葉を途切れさせ、怪しんで突き放した。多様な反応にクウェンは一喜一憂、さもありなん、いやかくあれかしとそれぞれに感じ、鈍い思考でまたやり取りを続けた。

 そうして、友人との気分転換にも気が乗らず思わず立ち上がってしまうようなことがあってしばらくのこと。
 友人の一人——今は深奥の風花舞う大地を旅していると聞く者が、こんなものはどうか、と1つ大箱を送って寄越したのだった。




 クウェンは前触れなく届いたその荷物を前に酷く困惑していた。何せ、大きい。クウェンの身長に少々及ばないほどの高さがある。そして重い。中に人が入っていると聞かされても納得するほどには重い。
 さてどうしたものか、と彼女は手を伸ばしあぐねる。何せ、何をするにも身体が重い。包箱の結び紐を解くにもいつにも増して力がいるな、と思う。どうにも立ち行かなくなって、見かねた相棒のルガルガンが紐を噛み千切るまで彼女の躊躇は続いた。

 結び紐がはらはらと解ければ、箱は案外にすんなりと開く。中から現れたのは一体の石像であった。
 はどうポケモンのルカリオを模したらしい立派な石像。まるで生きたそれを怪物が固めてしまったのだと思わせるような、流麗な彫像。かつては塗られていたのであろう色は殆ど褪せているが、今でも微かに部分毎の色の違いが見られる。
 なるほどこれは重いわけだと納得もしつつ、そんなものが贈られてきた訳が増々分からない。彼女が戸惑いながらその石像を眇めると、その足元に便箋と更なる小箱が添えられている。気を遣ってかルガルガンが咥え運んできたそれを受け取って、クウェンは一先ずその便箋を読むこととした。

 便箋はかの友人からの手紙であった。息災か、といった旨の挨拶から始まり、送り元の大地には地下に広がる大洞穴があること、そこではしばしばこういった石像が発見されることが記されている。
 そして最後に、「こちらで流行っているものを贈る。あなたにもこういったものが必要だと思う」「夜静かな頃にこの小箱を開けるように」と添えて文は閉じられている。クウェンはここでようやっと小箱の中身に察しがついた。ついでに、この友人の“悪癖”も思い出した。


 クウェンは至って普通であろうとした女性である。無難なれ、物静かなれと努めて錯覚し続けていた女性である。そしてそれ故に、他者の秘密事を知ったとて口外することは決して無かった。口外して目立ってしまうことを極力避けようとした。するとどうだろう、彼女は友人たちの世に知られざる秘密を幾つも保持してしまったのである。
 偶然知ってしまったもの、あるいは彼女にならと打ち明けられたもの。秘密を共有する相手として、目立たず口の硬いクウェンは非常に都合が良かったのだ。
 そして、この贈り物の主もそうした“秘密”をクウェンに明かした一人であった。それもとびきりの“秘密”——あるいは秘め事である。

 その晩。相棒を先に寝かし付けて、クウェンは件の小箱に向き合っていた。
 果たして友人の言う通り、彼の地では本当に流行っているのか。さてはその“悪癖”の仲間を増やしたいだけではないかな、とは思いつつ、そっと箱の封を切る。
 中から顔を覗かせたのは——ポケモンの性器を模した、張型である。


 ここで彼女の友人を少しだけ紹介したい。
 ビースティアリティ。あるいは、ポケモンフィリア。クウェンには友人のそれを何と呼称するのか知るところではなかったが、件の旧友は自らの手持ちポケモンと性愛関係にある。一般の倫理とはかけ離れた行為であったが、本人もそのポケモンも心底に愛し合っていたように思う。
 まあ互いに同意の上で虐待でもないのなら、と自らを納得させたクウェンに、あなたたちも是非どうだ、と勧めた過去すらある。その時は思わず相棒と顔を見合わせ、謹んで遠慮したのだったか。
 今回のこれも、実物でないならどうだ、なとという勧誘だろうか。奔放を体現したような友人の考えは、無難を固めて作ったクウェンには分からない。


 しかし——何故か、空虚に満たされていた彼女の心が、不思議と新たな錯覚に塗り付けられていくのを感じる。これを「少し気が軽くなった」と言うのかもしれない。あるいは、「更に質が悪くなった」だろうか。ともかく、彼女の酷く重苦しかった腕は案の外にそれを軽く持ち上げた。
 卑猥だと一蹴されるその形状は、流線にて円錐を描き、見窄らしくも美しい。粘膜色を再現した強烈なその色は、熟れた果実のようで、実に贅沢を感じさせる。シリコンだか塩化ビニルだかのざらりとした手触りも、その温度も、ゴムのような匂いすら、彼女を惹き付け楽しませる。ついには「この重さが良いのだろうな」などと奇妙な納得を覚えるほどに。
 はたして困ったことに、クウェンは欲情をしていない。色欲に駆られて張型を玩ぶのではない。かの珍品の存在が齎す幸福に、その背徳的な爽快感に、執拗い倦怠を吹き飛ばされる、その透明感すら覚える熱りが、今の彼女を只管に突き動かしていた。

 普段なら自分でもぎょっとしてしまうような、感覚に頼った無意識的な思索。そうだ、そうだと、クウェンは眼前の石像に目を遣り、その手にぶるり震える果実を、そっと前に差し出した。
 針型の根本は吸盤状であった。そして、誂えたように——あるいは本当にそのための設えなのか、はたまた誰かが後からそう拵えたのか——石像のルカリオの股間部は、体毛の打ち出しも無く、硝子の如くつるりとしていた。

 優美であった。詩美であった。あるいは甘美であった。兎角彼女にはそれがこの世のどんな芸術よりも優れて見えた。見ていて擽ったさすら覚えるほどであった。彼女にはそれがあたかも一つの芸術として見られた。
 勇猛を彫り抜いたような石像に、鮮やかな洋紅の逸物が天を衝く。褪せた石像の色も果実の発色を引き立てる。情欲以上のエロスを発したその美造形に、クウェンはこれ以上ない満足と、爆発的な快感を覚え——優美で、詩美で、甘美な、そういった喜悦に支配されたのだった。




 それからと言うもの、クウェンはあの赤という色に酷く取り憑かれるようになった。路傍に咲く花の色。街頭広告に見る化粧品の色。相棒が小さく収まる球体にすら果てしない興奮を覚える。そして勿論、雄性の持つかの果実の赤にも。
 件の旧友にはすぐに連絡を送り、最大限の感謝と紅果の美しさについての感想を滔々と語る電子文を書き付けた。対する友人はと言うと、クウェンのあまりの勢いに多少気圧されつつも、気に入ってもらえたのなら、同好の士が増えたのならとそれを素直に喜んだ。彼女の言う“美しさ”に関しては友人には分かりかねる部分もあったが、正しく“我慢が解かれた”ように夢中になっている彼女の様子は、これまでに比べれば健康的だ、とも思った。

 そんな病的な2人のやり取りはしばらくの期間続き、そしてクウェンの部屋には先と同じようなポケモンの石像がいくつも追加されることとなった。
 姿は知っていても触れ合ったことなどないようなポケモンの石像に、果たして彼の生殖器はどのようなものかと空想し、これまた種類の増えた張型を添えてみては、その衝撃的なまでに煽情的な美をじっくりと味わい尽くす。もはや彼女に以前のようなアパシーなど微塵もなく、しかし以前にも増して軽やかに火照る身体を震わせて、その神秘を一心に追求するようになっていた。
 ゴウカザルなるポケモンには、なるほど、猩々緋がよく似合う。形状は人間のそれと似た形なのだろうか。フーディンやサーナイトなどの知性的な印象のポケモンが、こうやって猛々しい本能器を身に備えていたら面白いだろうか。
 様々に試行錯誤し、それぞれに十分な満足を得もしたが、人間に近い形の張型よりも、やはり最初に出会った円錐状のそれが彼女の感性に最も強く訴えかけた。


 とある日の夜。彼女は今日も密かな愉しみを味わおうと石像の前に立ち、そして張型を手にしてその形状を鑑賞していた。眺め、触り、嗅ぎ、舐めてすらみる。到底食品とも似つかなければ生物ですらありえない匂いに味だが、この禁忌の果実にそういった行為をしていることがいかにも蠱惑的な芸術であった。
 彼女はこの芸術に陶酔し、更に没入し——カタ、と音が聞こえた。

 クウェンは文字通り肩を跳ね上げ、音の正体を探る。見れば部屋の戸が僅か揺れている。そしてその隙間に覗いた、見開かれる一対の眼。相棒のルガルガンが、まるで彼も石像になってしまったかのように固まってこちらをただ見つめていた。
 実のところ、クウェンはこの瞬間のことをあまりよく覚えていない。ただ大きな焦りと後悔のようなものに突き動かされ、慌てて戸に駆け寄って、そして、そして。


 “赤い果実”を、見た。



 互いに緊張した空気の中、しばらくクウェンはそれを眺めた。
 今すぐ無かったことにして、お互いに忘れるべきだ。生まれてからずっと自らを律していた自分はそう言った。だが、不意に第2のアイディアが湧いてきた。生まれてからずっと自らに圧えつけられていた自分から発せられた。
 ——それをそのままにしておいて、なに食わぬ顔をしていられるものか。——

 気付けば身体は無意識に相棒を部屋へ引き入れ、そしてまだ驚愕に固まる彼を宥めるように撫で、それから——その果実を、そっと撫でた。
 不安そうに揺れる瞳にふっと笑い掛ければ、ルガルガンは信頼した主人にただ静かに身体を預けた。その信頼に痛む心は、昂奮に塗り潰されている。
 そもそもこの子がこうして昂ぶってしまったのも自分のせいなのだから、自分がこの熱を収めてやらねばいかぬのだから、などと誰にも届かぬ言い訳をして、クウェンは改めてルガルガンの性器に向き合った。

 初めて目を奪われた張型と似た形であった。似た色であった。似た弾力であった。しかし圧倒的に熱が篭っていた。
 彼女はそれをまじまじと眺めた。情欲が煮え滾るように赤く、生体であるが故に鼓動とともに揺れ動く。普段は意識しないそれが大胆にも露出している様は、彼女にも強い興奮を与えた。
 不安と期待に震えるそれを手で包むように触った。張型には無い湿り気と強い熱。表面には弾力がありつつも内部に確かに骨を感じる。石像のようにゴツゴツとした身体にこのような柔らかな部分がある様子が、今までの夜をすべて想起させた。
 顔を近づけてそっと嗅いだ。まるで張型とは違う、青臭さと獣臭さの混じった匂い。まともな時にはとても嗅ぎたいと思わない、鼻を強烈に撲つようなそれを、彼女は静かに笑ってふかぶかと胸いっぱいに吸い込んだ。
 少しの思い切りの後に舌を伸ばした。より強く匂いを感じ、果物とはまた違った酸味、そして塩味を感じる。ただ、思っていたほど舌触りは張型と変わらなかったか。逸物の主の驚いたような声を聞かぬ振りして、腰ごと震えるそれを彼女は舐り続けた。

 耳には荒くなったルガルガンの声が聞こえる。これは石像で愉しんでいた時との大きな違いだった。好き勝手に弄んでいたクウェンはここで少々落ち着きを取り戻し、そうだ、相手は生きている、自分の相棒だと思い至った。
 我を忘れてしまったか、とルガルガンの顔を覗き見れば、とろりと虚ろに潤んだ目で物欲しそうに彼女を見つめている。求められているのなら、と再び言い訳を重ねてまた彼女は倒錯に沈んだ。


 憂鬱を吹き飛ばすように鮮やかな赤を愛しく撫でる。これはスキンシップだ、とは念頭に置きつつも、彼女の昂奮は留まるところを知らない。撫でて、舐めて、この芸術的な造形美に尽くす。様子を見て、染み出す液体を嗅ぎ、荒くなる息遣いと鼓動、そして嬌声を聞いて、悦びを感じとる。彼女はその全てを使ってルガルガンの果実を愉しんだ。
 ルガルガンも、静かに集中してその悦びを愉しんでいた。まさか主人にこのようなことをされるとは思っても見なかったが、性器を模した玩具に夢中になっている彼女に酷く煽情的なものを感じたのは事実である。主人が張型に情欲を超えた感情を覚えている一方で、彼はその主人の姿に神秘的で妖艶な感情を覚えたのである。

 そうして、限界は唐突に訪れた。
 薄鈍色の身体に連なる洋紅の果実が、ついに爆発した。




 ああ、疲れている。何に、と問われれば、この宿酔のような憂鬱の中生きることに。

 クウェンは極めて一般的な家庭に生まれ育った女性である。一般の大衆の平均と評される生き方をしており、そして、一般の大衆と同じように、一つや二つ程度、秘密を抱えた女性である。


 相も変わらず節制と抑圧に塗れた生活は彼女を疲れさせた。仕事においても人付き合いにおいても、我慢の連続だった。今でも不吉な予感が不意に彼女を追い立てる時もある。
 それでも彼女は、これはちょっといけない、と自覚ができた。そして、そう言った焦燥と憂鬱が彼女を居た堪れずさせた際、どうすれば良いのか分かっていた。

 赤。それも、目の覚めるような、熟れた果実のような、欲望の煮え滾るような赤。それさえあれば嬉しさが心に充ちる。それも、相棒と共にとあれば、尚更。
 ついでに、白。すべてを塗り潰すような白。それでいて半透明でもある、ムラのある白。それもクウェンの愉しみに加わった。


 今夜も彼女は相棒と共に、秘やかな愉しみに浸る。
 彼女は相棒と顔を見合わせ、鮮やかに彩られた家路を下っていくのだった。
 
 
 


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