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恐怖!恐怖症恐怖症 の履歴(No.2)


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恐怖!
  phobophobia(恐怖症恐怖症)


水のミドリ




 ノノクラゲは走っていた。
 遮るものはまばらな灌木しかない平原のど真ん中を、彼は細っちい2本足でかけずり回っていた。すぐ背後を、暴れ狂ったケンタロスが猛追しているからだった。角を矯め、鼻息荒く、執拗に追いかけてくる闘牛から、死に物狂いで逃げ延びようとしているのだった。
 じつに困ったことには、ノノクラゲには心当たりがないのであった。なにがケンタロスをそこまで激昂させているのか、皆目見当もつかなかった。縄張りを侵すような不注意はしないし、まして喧嘩をふっかけるような度胸もない。ありもしない因縁をつけられ、このような窮地に立たされている。立たされるばかりか走らされているのであった。
 ツンベアーの顎髭のように尖った芝草がノノクラゲの足首をひっきりなしに掻きむしっていたが、そんなことを気にしている余裕はなかった。少しでも足をもつれさせれば、ノノクラゲのか細い菌糸体はすぐさま撥ね飛ばされることになるだろう。腰を捻り、頭だけ振り向きつつ叫ぶ。脚力を緩めるわけにはいかなかった。股下あたりで足がちょうちょ結びになりそうで、慌てて前を向き直した。

「と、止まって、ちょっと止まって、話! 話をしませんかあっ!」
「話すことなんざなにもねえだろうがオラ!!」
「ひ――ひぃいいいい!」

 彼のしでかしたなにかしらが〝いかりのつぼ〟に入ったのか、ケンタロスはまるで取りつく島もない。パルデア本土では漆黒に染まった体毛も、怒りで褪せてしまったかのような淡い色使いになっていた。それがここブルーベリー学園に生息する一般的な個体であることを、テラリウムドームへ初めて訪れたノノクラゲは知らなかった。憤怒の突き抜けたオコリザルは肉体を捨て闇色の闘魂へと昇華するらしいが、ケンタロスはその逆なのだ。穏便に話し合いをするような精神活動は脱落し、制御不能となった心火が抜け殻の肉体を突き動かしている。――おそらく、ノノクラゲを全速力で弾き飛ばすまで。
 得意技としていた〝キノコのほうし〟で眠らせてやることも考えたが、すぐに諦めた。ノノクラゲの特性は相手から1発喰らうことを前提としていて、ケンタロスの鬱憤をぶちのめされれば気絶を免れないことは彼自身よくよく分かっていた。立ち止まったならば、すなわち死。バネブー式生命維持活動で彼はどうにか生きながらえていた。

「待てごらァ! 」
「ぼく食べても美味しくないよ! お腹壊しちゃうよ! やめてよぉ!!」
「いいから止まらんかいこのビビリきのこ頭!!」
「おっぉおおお助け!! お助け〜〜〜ッ!!」

 サバンナ気候のもと一面に蔓延った枯草色の芝原を掻き分け、ノノクラゲは懸命に走った。右足を出して、左足を出す。たったそれだけの単純な動作が、命の危険に晒された途端どうしていたのかすっぽ抜けてしまったらしい、再起動したばかりのゴルーグのようなぎこちなさだった。右足を出して、また左足を出して、すかさず右足を出す。かつて砂漠地帯で見かけた、オアシスを目指すクエスパトラの全力疾走を思い出し、どうにかそれに近づけないかと腐心した。しゃかりきに太ももを跳ね上げてはピッチを早め、かつ大股を裂けるまで開いてストライドを伸ばそうとした。キリッとした表情を作り、平坦な鼻をわずかでも伸ばして空気抵抗に歯向かった。彼に翼があったなら、そこからサイコエネルギーを放出していたはずだった。
 サボテンの群生地を突っ切り、足を奪われそうな泥沼を迂遠し、心臓破りの急斜面を駆け上がった。それでもケンタロスは諦めないようだった。三又に分かれた尻尾でセルフスパンキングを嗜みながら、眼前の標的へ〝すてみタックル〟をお見舞いせんと発奮している。ノノクラゲの懸命な遁走がケンタロスの追撃をかろうじて回避し、かといって突き離すようなこともなく、両者は定常状態を維持していた。
 ジオヅムの亡骸めいたブロックのモニュメントを屈んで滑り抜けた直後、背後でごちん! と固い衝撃音が響いた。振り返ると剛健な角がブロックに引っかかり、ケンタロスは障害物を潜ることができないらしい。物言わぬ石塀を挟み、回り道するケンタロスの対称を位置取りながらチェイスを繰り広げる最中、ノノクラゲは言いしれぬ不安感に身震いした。理不尽極まりないこの追いかけっこは、果たしていつまで続くのだろうか。あと何分、何時間、何日、何週間、何ヶ月……。不条理な恐怖に迫られながら朽ち果て、引きつった表情を貼りつけたままさらばえ、いつかはこのジオヅムと並んで荒野の晒し者にされるのか――。隔壁の外周をぐるぐると旋回しながら、そんな深慮が彼の頭の中をぐるぐると堂々巡りしていた。考えれば考えるほど、荒唐無稽なはずの妄想がざらついた現実味を帯びてくる。
 当然、ノノクラゲは死んだことがない。だからこそ恐ろしかった。ケンタロスの角の届かないジオヅムの中腹でやり過ごすのも手だったが、ひとたび(うずくま)ってしまえば疲労困憊の体は2度と動かないことだろう。横になったが最後すぐさま意識は薄れゆき、入眠時に似た不連続性をもってして覚醒することは叶わない。その瞬間、己の積み上げてきた世界――何があろうと揺るがなかった己の観念は、波にさらわれたスナバァのようにあっさりと消却するのだ。あとに残るのは? 無。なにもない。タマゴより産声を上げる以前と同様の空白がその先何分、何時間、何日、何週間、何ヶ月、何年、何世紀と待ち受けているかもしれないのだ。そんなの、耐えられっこないじゃないか!
 ――死に対する漠然とした不安感は、ノノクラゲが雄大なテラリウムドームへ入場してからうっすらと感じ続けていたことであった。
 彼を飼育する人間はグレープアカデミーに在籍しており、交換留学でブルーベリー学園を訪れることとなった。大海原にぽつねんと浮かぶ人工島へ定期船で乗りつけ、サダイジャの消化管よりも長いエレベーターを降り、パルデア本土では見慣れぬ者どもの跋扈する大草原を突っ切り、センタースクエアにて友人と落ち合うことに成功した。
 その友人とやらと人間が何やらおしゃべりに興じている最中、ノノクラゲは暇を持て余していた。外壁をブロックで囲まれた、裁判所のように無機質な空間を意味もなく歩き回った。4つあるゲートの先には、多様な環境の局地が覗いていた。サバンナエリア、キャニオンエリア、ポーラエリア、コーストエリア。草原には太陽が照りつけ、雪山では粉雪が吹き(すさ)いでいた。天頂には〝ぼうぎょしれい〟で要塞化したビークインのような多面体がぎらついた緑光を放射していた。
 まさか海底にこのような異彩に満ちた空間が広がっているとは露とも思わず、ノノクラゲは気もそぞろだった。ポケモンである彼は科学に明るくない。甚大な水圧に抗って巨大構造物を建築して平気なのか、かびの生えた頭をどう捻ったって信頼できそうになかった。もしも、仮に、ひょっとすると、そうは言ってもいくらなんでもありえないと分かっちゃいるが――あまりの高圧に耐えきれず外壁に(ひび)が入り、そこから浸水してしまったら? 亀裂はあっという間にドーム全体を大破させ、燦々と照りつける太陽は堕ち、地平から箱舟的大洪水が押し寄せ、乗ってきたエレベーターは渋滞を起こしてほとんどの命は助からない。泳げないノノクラゲは、垂直上昇する箱舟を見上げながら海の藻屑へと成り果てることだろう。そんな破滅的思考が彼を取り巻いていたのだった。
 無意識のうちに蓄積した内的要因に加え、ケンタロスに追い立てられるという直接的な外的要因が重なったことで、ノノクラゲはすっかりthanatophobia(死恐怖症)に囚われていた。にたくない、にたくない……! ノノクラゲは小さな口の中で幾度となく念仏を唱えていた。何かに弾かれるようにして、の象徴たるジオヅムの墓標から一目散に逃げ出していた。
 逆説的に考えれば少なくとも、走り続けていればの影に怯えずともよいのだ――以下のような事態に注意を向けてさえいれば。1.少しでも気が緩み、ケンタロスに追いつかれればその巨体に跳ね飛ばされ、地面に激しく打ちつけられる。2度の衝突にノノクラゲの貧弱な体は容易く損傷し、周囲に肉片を飛び散らかせながら地面の滲みへと成り果てるだろう。ジオヅムのような遺骸さえ残らない轢は、なんとしても免れるべきだ。2.猛牛に撥ねられ、運よく沼地へ転がされたとしても、泥炭質の湖沼からはおいそれと抜け出せない。しゃにむにもがくうち膝まで沈み、腰まで浸り、助けを求めて開いた口にまで泥濘(ぬかるみ)がなだれ込んでくる。苦痛が長引くらしい溺は好んで選ぶようなものではないだろう。3.ならばケンタロスに追突されなければいいのか。後方ばかりに執心し何度も振り返っていると、サボテンの群生地へ突っこむ羽目になるかもしれない。ノノクラゲの柔肌は容易く切り裂かれ、その先に待ち受けるのは失血だ。想起しただけで肌が粟立つような激痛は、そうした趣味の方のために残しておきましょう。4.状況を打破するためには、他のポケモンに助けを求めるべきだろう。だが昼寝中のブーバーへ〝とっしん〟をかまそうものなら、即席キノコ炒めの完成だ。火だるまになりながらあたりを走り喚くノノクラゲは滑稽なので、尊厳と引き換えにわざわざ焼を享受する愚か者はいない。
 脳に張り巡らされた糸状菌を必死に繋げまくり、思いつく限りのの蓋然性を検討しつつも、とにかく人間のいた場所まで戻るべきだ、とノノクラゲは思い至った。センタースクエアの方角はなんとなく把握している。走行中ずっと視界の右端に、あのジオヅムと同じ組成で建築された城砦が遠くに聳えていた。人間が今なお留まっているという保証はどこにもないが、かろうじて覚えている記憶に縋りつく他に妙案は浮かんでこない。
 ノノクラゲは左足を大股で突き出し、進行方向右手に舵を切ろうとした――が、狡猾なケンタロスはそれを見越していたかのように右側へ回りこんできていた。足元をもつれさせながらも軌道修正し、彼は直進を余儀なくされる。突っ張った左足首があらぬ方向へ曲げられ、軽い捻挫らしき鈍痛を訴えていた。あるかどうか定かではない下唇を噛んでいた。

「おい」すぐ右後ろからドスのきいた声がした。「ビビりキノコ、どこへ向かおうってんだ、ごら」
「ぼくは、ぼくはビビリなんかじゃないっ! 逃げ、逃げてるわけじゃ、はあッはぁ、なくって、きみが、話を聞いてくれないから」
「おいおい」今度は左後ろから、同じ声。「どこへ隠れようってんだ、ごらごらごら」
「あ、ッえ? あれっあれ、なんでッ!?」

 ノノクラゲは素早く左右へ視線をやった。いつの間にか、激昂したケンタロスは2匹になっていた。お互いを鼓舞するプラスルとマイナン顔負けに、息ぴったりとノノクラゲをマークしていた。3本の尻尾がしなりをつけ、隣のケンタロスの臀部へと振り下ろされる。鞭打たれた方は鼻息荒く四肢を駆り立てる。それが交互に、何度も、しつこいくらいに。

「やばいっ……! やばい、やばい、それやばいってえ……!!」
「なにが」
「そんなに」
「やばいんだ」

 思わず振り返った。ケンタロスは3匹になっていた。
 わずか数秒間目を離した隙に、新たな個体が訳知り顔で隊列に加わっていた。並走する2体の背中へどっかりと四肢を下ろし、ノノクラゲを1段高いところから見下ろしていた。こいつは全く走っていなかった。〝かげぶんしん〟の影でさえ、もっと気の利いたところへ出現しているはずだった。なにがしたいのか、なにがなんだかさっぱり分からなかった。

「意味ないじゃんそれえええええ!」

 ますます追いつかれるわけにはいかなくなったノノクラゲは、騎馬戦をするケンタロスの意義を確かめるべくもなくに物狂いで走った。それでも気がかりな彼が振り向くたび、追従するポケモンどもは頭数を増やしていった。レアコイルじみた陣形を取るケンタロスを先頭に、サイホーンやドードリオ、メブキジカにゼブライカ、ラッキーに至るまでの面々が、ノノクラゲの背中めがけて疾駆しているのである。キャニオンエリアとの境界線が遠くに見え始めた頃には、ノノクラゲは敵陣へ総攻撃をかけるドドゲザンのようにサバンナエリアの猛者どもを率いていた。
 ついに疲弊の蔦が彼の足を絡め取り、頭でっかちの痩身を草原へ放り捨てた。受け身を取れる腕らしき部位のないノノクラゲは、蹴り飛ばされたマリルのように2、3度弾んで、頭頂部から地面へめり込んだ。全力疾走の慣性が相殺されるまで数メートルを掘り進み、その間じゅう、空へ向かって投げ出された両足は爽やかな風を受けてひらひらとたなびいていた。
 口の中いっぱいに土の味を噛みしめながら、うつ伏せに倒れたノノクラゲは呻いた。逃げなければ、逃げなければ。このままへたばっていたらそのうち体は縮こまり、立ち上がろうにも足は痺れ、意識が遠のきに至る。そんな顛末はごめん被りたかった。右膝を立て、左足で大地を踏みしめ、よろめきながらもどうにか起き上がろうとした。
 ケンタロスどもは、どうした。あれだけ騒がしかった蹄鉄のいななきが鳴り止んでいることに気づき、つくばいつつおずおずと背後を顧みた。
 討ち手どもはゆうに30匹を超える大所帯に膨れあがっていた。その誰もが転倒したノノクラゲをよく見えるように、扇状に彼を取り巻いていた。ストリートパフォーマンスを披露するバリコオルに期待するかのような距離感だった。
 だがしかし、彼の目線と目線がぶつかったドードリオは、6つあるどの目にも明らかな侮辱の色を含んだように瞬膜を引きつらせていた。ノノクラゲはとっさに顔を背けた。背けた目線の先にはメブキジカがいた。彼女も同様に、ノーコンな人間が放り投げたモンスターボールの残骸を観察するような軽蔑を瞳に宿していた。再三目線を外した先、誰にだって手を差し伸べる聖母のようなラッキーでさえ、救い難い愚か者をなじるような目つきをしているのだった。
 誰もが、くすくすと、ニタニタと、凍りつくような目線をノノクラゲへ差し向けていた。槍玉に上げられた憐憫な標的をちらちらと見やり、せせら笑いが届かないよう隣の者へ耳打ちなんかしている。
 ――野生時代、彼はオコゲ林道の山麓をねぐらとしていた。母親はリククラゲで(父親はすでに他界していた)、兄姉(きょうだい)は彼含め5匹いた。マリナードタウン方面へ散策に出かけた折、彼の命運を過酷たらしめる椿事が起きた。道中オージャの大滝にかかっていた丸太橋を、両親に続き兄姉までもがスイスイと渡っていく。対岸に独り残された彼は、振動でぐらつく足場に尻込みし、それに気づかず遠ざかっていく家族に焦燥を募らせ、その場でぐるぐると走り回るばかり。
 泣きそうになるのを堪え、彼が腹を括って走り出したまさにその瞬間であった。どぉん! と思いがけぬ衝撃が彼を襲った。
 滝の下方から突如として、巨体を誇るヘイラッシャがその長い尾鰭を跳ね上げていたのであった。驚いて取り乱したノノクラゲは知る由もないが、その日はオージャの湖のヌシを選定する儀礼が行われていたのであった。この大瀑布を〝たきのぼり〟できた者こそ統治者に相応しいというもので、そのとき挑戦したヘイラッシャは空中で大きく体勢を崩し、水飛沫とともに滝つぼへと跳ね返されていったのであった――ともかく痛烈な〝ウェーブタックル〟をお見舞いされた丸太は、その上に乗るノノクラゲもろとも空中へ突き上げられたのだった。
 数秒、ノノクラゲは浮いていた。
 元いた丸太への着地にはどうにか成功したものの、彼はバランスを保てなかった。片足でどうにか重心を操りつつ、もう片足をあてもなく伸ばしていた。ほぼ水平にまで開かれた足は僥倖にも、かろうじて隣の丸太へと届いていた。電極をへし曲げられた発光ダイオードのような見た目になっていた。「た、助けて!」ノノクラゲは叫んだ。か細い命乞いは大滝の轟音にかき消されたのか、先を行く家族たちには届かなかった。なけなしの〝ちょうおんぱ〟を放ってようやく、最後尾の姉が振り返ってくれたのだった。
 しかし彼女は大股開きで困窮する彼を指し示し、胞子が溢れんばかりに大口を開けてケラケラと笑ったのだ。気づいた兄姉どもも彼を助けようとせず、全身を震わせて嘲笑を隠しもしない。そのとき向けられた、いやらしく歪められた目つきは今でもたまに夢に出てくるほどだった。いつもお世話になっているマンタインの吐いたバブルリングに巻きこまれたテッポウオの気分だった。

「これ、これッは! ちっちが……!」ノノクラゲを取り囲むケンタロスたちへ向けて、とっさに口をついたのは取り繕いの言葉だった。何がどう違うのか、ノノクラゲにはこれっぽっちも説明できやしなかった。そもそも説明する義務があるかどうかさえ危ういものだった。「ぼ……、ぼくは、ぼくはっ、転んだ、わけじゃ……」

 あのときそっくりな、心底呆れ返ったような目、目、目、目、――たくさんの()
 いわゆるophthalmophobia(視線恐怖症)――じつに人間的な言い換えをするのであればanthropophobia(対人恐怖症)――は今に始まったことではない。ノノクラゲという種族柄、瞐線(めせん)の衝突が出奔の引き金になっていたし、そもそも注瞐(ちゅうもく)を浴びたがる性質ではなかった。オコゲ林道で勃発したマフィティフとドンカラスの抗争を、岡瞐(おかめ)八瞐(はちもく)で見物している方が性に合っていた。
 這いずって退こうとした足が、ナカヌチャンにひっ叩かれた合板のようにぐわんぐわんと痙攣した。なにかに縋るよう足先を閉じたり開いたりした。芝の地面を浅く掘りこんだだけだった。
 ぎゅるるるぅ、不意に下腹が緊迫感を訴える。突発的な〝だくりゅう〟が直腸近傍を苛み、何かを押し戻すようキャタピーみたいに全身をくねらせたが、これが裏瞐(うらめ)に出た。地べたをのたうち回るノノクラゲはあまりに滑稽なので、野次馬どもの瞐端(めはし)がいっそう吊り上がった。あまたの瞐に晒されている顔が、辱められるクリムガンよりも赤らむのが分かった。

「なんで、こっち、見……ッ、ないで、よッ、はフ、ぃあ、……は、ッ?」

 喉奥からどうにか汲み上げた言葉は舌に乗せた途端に夏日のフリージオのように霧消し、はく、はく、と吐息を吸い直しただけだった。口内にはねとついた生唾だけが残ったが、それを飲み下すタイミングさえ分からなかった。息が、できなかった。

「ぼフッ、ぼく……、は! ぃゃッ、ッは、ア、ぁ……、ッは」

 眼底までを揺るがすような振戦をどうにか押し留めつつ、身を捩ったノノクラゲは前方へ瞐を留めた。小高い丘の一端から、大岩が庇のように鋭く()り出していた。サバンナエリア全土を眺望できそうなステージ上に、ぬるりと影が現れる。威厳たっぷりに鬣を携えた、雄のカエンジシだった。
 体毛を(から)っ風に靡かせながら、おうじゃポケモンはまんじりともせず佇んでいた。ひねくれたイオルブのように世界を観察するべく透徹したその瞐線は、惨憺たるノノクラゲを正しく捉えていた。容赦のない衆人環視に耐えかね、彼が無様にくたばるのを見届けているかのようだった。

「――げろ」
「?」塑像(そぞう)のような彫りをした相貌の、ぷっくりと膨らんだ上唇が微かに持ち上がったのを、ノノクラゲは見逃さなかった。「なに、なにッ、――ふーッ、ふぅぅ、はッ、フーっ……。なん、です、か……?」
逃げろッ!!
「びゃ!? ひッぴぃ……!」

 特段の粗相を働いたわけでもないのに、ノノクラゲはあたふたと立ち上がると、それまでの疲労を先へ繰り延べたかのように再び走り出した。王の御前を横切る間じゅう、彼は横ざまに瞐撃(もくげき)していた。カエンジシの口許は呪詛を唱えるように小刻みに動き続け、座った両瞐は彼を捉えて離さなかった。

「逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ」

 ナイーヴなイルカマンが抱く、フォルムチェンジを見られることに対する忌避感のような、ある種の脅迫観念。それを伴った威厳感に急きたてられ、ノノクラゲは菌糸の背筋を震えあがらせた。監視、されている。よしんばサバンナエリアから逃げ果せたところで、おうじゃポケモンの断罪からは逃れられない。直感が雄弁に彼を萎縮させていた。
 瞐の前には横一列に、ブロックが不揃いに並べられていた。その先がどうなっているのか懸念する余裕すら持ち合わせておらず、ノノクラゲは体たらくな助走をつけたまま、突風に押し流されたアノクサのようにだらしない跳躍をした。

 ⬜︎ ⬜︎ ⬜︎
⬜︎ ⬜︎ ⬜︎ ⬜︎

 2本足を揃えた堂々たる着地によって、ノノクラゲはキャニオンエリアへの越境を果たした。小さな足裏から伝わってくる腐葉土の柔らかな緩衝、肌を包みこむ湿潤した触れ心地、立ち上る青葉のにおい。そのどれもが有り難かった。ブルーベリー学園にノノクラゲは生息していないが、彼にとって馴染みやすい環境に違いなかった。
 くるぶしまで埋まりかけた両足を引き抜き、ノノクラゲはなおも走り続けた。ちら、と背後を振り返る。猪突猛進するしか能のないケンタロスとその仲間たちは追跡を諦めたようだったが、それで胸を撫で下ろすのは早計だろう。暇そうに旋回していたオニドリルに頼みこんで、空からの捜索に切り替えた可能性だってある。
 見通しの利くサバンナエリアとは異なり、キャニオンエリアは高低差のある台地と山峡の反復で構成されている。谷間を走っているノノクラゲへ向かって、急斜面をイシツブテやゴローンどもが仲良く転がり落ちて来、そのたびにノノクラゲは身を翻さなければならなかった。数体ならば避けようもあるが、なだらかな上り坂となっているこの隘路を埋め尽くすほどの、巨大なゴローニャが前方から転がってきたとしたら? 到底あるはずのない状況を杞憂して、頭の中で必要のない解決案を模索していた。遺跡から黄金像を盗み出したわけでもないのに、命を狙われるのはまっぴらごめんだった。
 甲斐のないシミュレーションで脳に負荷をかけていたせいか、彼は無意識のうちに〝キノコのほうし〟をばら撒いていた。偶然にも彼の踪跡を通り抜け、それを吸いこんだゴローンが谷底でうたた寝し始めた。うたた寝している個体を避けきれず、後続のイシツブテどもが玉突き事故を起こしていた。頑健な岩と岩とがぶつかり、砕け、その場に瓦礫が積み上げられ、小さなボタ山ができつつあった。
 度重なる衝突音にノノクラゲは横目で背後をうかがった。自分の撒いた胞子が原因だとは露とも知らぬ彼は、ちんたら走っていたらあの凄惨な事故に巻きこまれていたのかと身震いし、またぞろ胞子を散布した。
 ――オージャの大滝から落水して以来、実質的に家族から勘当された彼は孤独であったが、唯一の友と呼べる相手がいた。放浪先のプルピケ山道入口で出会ったボチだった。数週間そこで滞在したある日、彼は衝撃的な光景を目の当たりにしたのだった。
 ナッペ山からの吹き下ろしも穏やかな午後、ノノクラゲはボチと並んでお昼寝に勤しんでいた。穏やかな時間が流れていた。陽が傾き、うたた寝から醒めた彼が待てども待てども、地面に埋もれたボチは一向に顔を出さない。夕暮れに差し掛かり、痺れを切らしたノノクラゲが足先で地面を浅く掘ると、蝋燭を残してそこにあるはずのボチの体が消失していたのだ。……え? 穴を覗きこんでいた彼が慌てて頭部を引っこめた刹那、一陣の風が走り抜け蝋燭の炎が立ち消えた。あまりのことにノノクラゲは飛び上がり、一目散に駆け出していたのだった。
 ボチのその後は知らない。そのまま成仏して土と同化してしまったのか、もしくは穴を掘ってどこか遠方にひょっこり顔を出していたのか。そうでないとしたら、瓦礫に埋もれ身じろぎさえ封じられた空間で、彼はどうなってしまったのか。考えるだけで身の毛がよだつ想いだった。もしあのとき己の採掘が浅かっただけで、その先でボチが助けを求めていたとしたら。今なお彼はノノクラゲが救いの手を差し伸べてくれることを願い、土砂に埋もれながらじっとしていることだって考えられた。ともかく明確な原因をもってしてノノクラゲは、地面タイプでありながらtaphophobia(生き埋め恐怖症)――関連のある恐怖症として、我々にも馴染み深いclaustrophobia(閉所恐怖症)がある――に怯える日々を過ごしていたのだった。
 岩や礫押しこめられ脱出することなど叶わず、粘土に口を塞がれて息ができなくなるような気がして、ノノクの心拍数が跳ね上がった。浅い呼吸が乱れて苦しくなった。単なる筋肉疲労とは由来を異にする、ドータクンの〝とうせんぼう〟を食らったような閉塞感に苛まれ、それを払拭しようと無闇に跳ねたり踊ったりし、ますます憔悴を蓄積させた。ここで転んでしまえばすぐさまゴローンどもが殺到し、瞬く間に彼を埋葬してしまう。根拠のない妄想に取り憑かれたノノクラゲは、もつれる足を取り直し、目眩のする頭を振るってひたすらに走った。
 見晴らしの利く台地へと上りきったところでようやく、彼の症状は小康を得た。それでも気がかりなノノクラゲが山あいを振り返りつつ走っていたせいで、別なる危機がすぐそこまで迫っていることに気づかなかった。ぽつねんと立っていた広葉樹の下生えへ踏み入れた左足が、裏路地で貧相なヤブクロンに裾を掴まれるように遠慮がちに、その場へ引き留められたのだった。
 サバンナエリアでやらかしたような卒倒をノノクラゲは回避した。ある程度の伸縮性を誇る足をいきなり限度まで引っ張られ、危うく足裏から脛までがこむら返りになるところだった。

「うわっ!?」

 粘着質の下生えを不用意に覗きこんだノノクラゲの顔面へ、野生のバチュルが飛びついた。立ち往生する彼のひらひらを1片齧り取り、岩肌を跳ねて姿をくらました。あっという間の出来事だった。
 ――親愛なるボチという心の友を喪い、失意の只中で放浪したしるしの木立ちあたりで、ワナイダーが気まぐれに放置したトラップに頭から突っこみ、ノノクラゲは大変なことになったのだった。粘着物質に体表のひらひらを全て奪い去られ、研修生の相手をする羽目になったトリミアンのごとく禿げあがった。
 おまけに、彼を罠へかけた当のワナイダーは目当ての獲物を取り逃したのか、被害者たる彼に散々文句をぶつけてきたのだ。やれ「妙ちきりんな格好して」だの「それが面白いと思っているのか」だの、ノノクラゲの枢軸を脅かすようなことを、ずけずけと物申してきた。あまりに癪に障ったので、トラップポケモンが罠を回収してよそ見しているうち、彼が貯蔵していたきのみをペナペナと踏みつけてやったのだった。
 罠の施工主が小さなバチュルだって同じこと。奴らの縄張りへ足を踏み入れてしまえば、何層にも重ね織られた蜘蛛の巣へ絡め取られ、痩身のノノクラゲは身じろぎひとつ取れなくなることは明白だった。磔にされた彼の脚をよじ登ってくる小さな毛玉ども。ひらひらを齧り取られ、あまつさえ皮膚に穴を穿たれ、サニーゴの枝に隠れるラブカスのように無遠慮に身を(よじ)り、ノノクラゲの体組織へと侵入を果たすのだ。
 ずじょじょじょ……、と、彼の背筋を悪寒めいたものが舐め上げていった。そいつは小さな顎で菌糸の脳みそへかぶりつくと、立てた牙からちゅうちゅうと脳漿(のうしょう)を啜り上げる。毒素を注入された彼の頭蓋は瞬く間にうじゃじゃけて、もう親しいボチの顔さえ思い浮かべられない。足止めを食らったノノクラゲに代わって、彼の消化器系を虫唾が走り抜けた。全身を掻きむしりたくて仕方がなかった。今すぐ自らの頭をかち割って、脳を取り出して丸洗いしたかった。つま先から頭までarachnophobia(蜘蛛恐怖症)にどっぷりと浸透したノノクラゲは、逐電を再開しつつも全身をプルプルと小刻みに跳ねあげていた。右足を前に出すついでに足裏を左足の側面に擦りつけ、左足を前に出すついでに右足へ土汚れを拭いつけなければならなかった。
 ――そういえば、サバンナエリアの塩湖周辺では冗談めいたサイズのモルフォンが跋扈していなかったか。あんな奴らの鱗粉を1片でも吸いこんだならばたちまち呼吸器系は機能不全を起こし、走ることさえままならなかったはずだ。lepidopterophobia(蝶蛾恐怖症)が街路樹の落葉をモルフォンに見立て、ノノクラゲはそれにぶつからないよう、ちょこまかとした足運びをする羽目になった。思い出せばこんなこともあった。人間に連れられたナッペ山南東の花畑にて寝転がっていたところ、彼の足が採蜜に来ていたビークイン台座を蹴とばしたらしく、ミツハニーに海岸線を延々と追いかけられたのだった。忌々しい記憶をくすぐられた彼の耳元で、ブゥン! とにぶい音がした。それは崖上で2体目のゴルーグが目覚めたときの起動音だったが、melissophobia(蜂恐怖症)に囚われたノノクラゲはとっさに身をかがめ、角から襲いくる〝とどめばり〟に怯えなければならなかった。異世界にはフェローチェなるポケモンがおり、そいつは走力自慢のノノクラゲを一瞬で抜き去るほどの脚力を持っているらしい。ものの拍子に人間が教えてくれた与太話がふと記憶の片隅から顔を覗かせ、katsaridaphobia(ゴキブリ恐怖症)が彼の肌を粟立たせた。具体的な要因は思い出せないが、ついでにmyrmecophobia(蟻恐怖症)までをも併発した。
 総じてentomophobia(昆虫恐怖症)に陥ってしまったノノクラゲは厄蚧(やっかい)なことに、彼の目に()えるもの全てに、バチュル的微小存在が付着しているような気がしてくるのであった。(ふゆ)が終わり(はる)になるとともに、蚕蚊(てんもん)学的に増殖する(むし)ども。奴らは蟐習(じょうしゅう)として、虻者(もうじゃ)のごとくそこらじゅうに散逸しているはずだった。岩礁に茂った下草へ身を潜め、広がった梢の先からぶさらがって、もしくは彼の足が着地した瞬間に脛をよじ登るようにして、ノノクラゲへ乗りこむ機会をうかがっている。
 そういえば先日のキャンプで、人間が出してくれたフードの乗っていた(さら)にも――

「お゛ぅえぇええええ゛……!」

 あれだけ好物だったはずの()べ物に無数の黒点が螺積(るいせき)して浮き出ていたような気がして、ノノクラゲは()の内容物を戻していた。顎から下方へ垂れ伸びた、入渱(いりえ)のような曲線を描くひらひらの裏側を片膝で拭った。吐瀉物に(つつ)まれた中にそれらしき異物が確認できないか、血眼になって睨みつけた。螟蚟䗌(めいおうせい)の地表に描かれたホエルオー模様の謎を蟹明(かいめい)する調査隊員の気概だった。卒倒しそうなそのタスクを走りながらこなさなければならなかったため、近づいたり遠のいたりする己の膝を凝視するノノクラゲの小粒な瞳孔が、暗闇にいるニャースばりに拡大したり縮小したりした。
 蚲々風々(へいへいぼんぼん)たる䗪民(しょみん)として()きてきたつもりだった。褒められたものじゃないが、誰かに強く責められるような﨡涯(しょうがい)でもなかったはずだ。ひとつ心あたりがあるとすれば、野﨡(やせい)時代オコゲ林道を散歩している最中、蛯齢(ろうれい)のフォレトスへ向かって無意味な屈伸運動をしてやったことがあった。蚣蛬(こうきょう)の財産であるはずの大樹を()が物顔で占領し、あろうことか振りまいた〝まきびし〟でノノクラゲの足へダメージを蓄積してきたのだ。どれほど䗝蟶(しんせい)なる心の持ち主であろうと、蜊己(りこ)的な爺さんを(あざわら)いたくなるものだろう。怒りを〝だいばくはつ〟させて転げ回るフォレトスから一目散に逃げ帰ったのは、少年時代の懐かしい思い出であった。
 そんな些細な因果が、今のノノクラゲを苦しめているのか。あるいは、そんなことをしてきた己を自蛾(じが)(ゆる)していないのだろうか。蜒蜑(えんえん)と続く()き地獄、いっそひと思いに楽にして()しかった。喉の奥底に蔓延るこの苦蟲(にがむし)を実際に噛み潰せたのならば、蚊句(もんく)も垂れず蛮行へ移していたところだ。だがどう顎を噛み締めたって己の(した)を挟むのみ。やるせなかった。こんな煩雑な心理現象を提唱した雖心(ゆいしん)論者を、走っている勢いのまま蹴ッ飛ばしてやりたかった。
 ともかく茂みのない場所へ避難せねば。ノノクラゲの足は自然と、ぽっかりと口を広げた大洞窟へと向かっていた。

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 かつてハガネールがシャトルランをしたのだろうか、と勘繰るほど電気石の岩窟は幅広く、それは中腹に学園の生徒が屯する休憩所まで設置されるほどだ。道なりに沿って進めば迷うことはないが、ひとたび脇道に逸れると、階層を跨り繋げられた竪穴が混迷を極めている。デンチュラどもの縄張りを極力避けつつ進んでいたノノクラゲは、気づかぬうちに天然の迷宮へと誘われていた。
「お、見かけない顔ロト」
「早く……、人間のところに、戻らないと……」
「ヤバ! 走り方ウケる〜」
 サバンナエリアを走っていた際は常に、前方右側に小さくブロックの城門が見えていた。ケンタロスの妨害さえなければ一直線にそこを目指したものの、キャニオンエリアに侵入してからは山際の高低差に阻まれ時折ちらりと覗く程度に留まり、洞窟内部へ侵入してからはついに隠れてしまっていた。
 ゴールが見えなくなると途端に不安の漣が押し寄せる。岩窟の入り口から既に、ポーラエリア側から差しこむ明かりが届いていたから、目指すべきは理解しているのだが、走っても走ってもそれだけ地面が間延びし、永劫にたどり着けないような気さえしてくるのだった。
「ねぇキミ今ひとり? 暇?」
「なんか……、寒くなってきたなあ」
「ウチらとおチャ会しョ!」
 誰に語りかけるでもなく独りごつ。電磁力で浮遊した結晶が共振を起こし、反響がノノクラゲを追いかけてくる。
 おそらく同じような鉱石が、岩壁にも多分に含まれているようだった。デンチュラどもがさざめくたび、共鳴した結晶成分が小刻みに瞬いている。ノノクラゲにとってそれは夜中、草原に寝転んで眺める満天の星空と等しく思えた。己は今、果たして地に足を着けて走っているのだろうか。助走をつけるアーケオスのように足を動かしているうち、いつの間にか夜空へ向かって羽ばたいていた。そんな気がしてならなかった。
 寂寞を紛らわせるるように、ノノクラゲはわざと小石を蹴っ飛ばした。かんからららん……と固い音を残して石は闇の中へ姿をくらました。静寂があたりを塗りつぶしていた。ときおり静電気の迸る無機質な残響が、かえって彼の孤独をいや増していた。忘れかけていたtaphophobia(生き埋め恐怖症)をぶり返しそうで、誰もいるはずのない虚空へ向けて妙に明るい声を上げた。ステージで聴衆を魅了する一流のアシレーヌよろしく「あー! ナ〜!」なんてわざとらしく、叫び疲れた喉の調子を確かめた。
「歌うのか? どうせしロうトだろ」
「The Galaxy Express 999 will take you on a journey, a never ending journey, a journey to the stars……」
「うまいのウケる、おチャウケ〜!」
 懐古趣味のある人間から教えてもらった、ひと昔前の懐メロだった。電磁石の星間を駆けるノノクラゲはさながら、アンドロメダ星雲を目指してひた走る銀河鉄道。反響はコーラスのように重なり、わずかながらノノクラゲの気を紛らわせてくれた。これなら洞窟を走り抜けることができるかもしれない。小さな背中を希望が後押ししていた。
 不意に、すぐ背後から、気配がした。振り返るも当然誰もいない。暗くてよく見えないわけではない、が、かすかだけれど確かな気配があった。擬態するウソッキーのような、息遣いを潜めるときの緊張が滲んでいた。銀河鉄道って出の旅なんだよ、と人間が余計なことを付け足していたのを思い出して、ノノクラゲは慌てて喉を絞りつけた。
「喉痛めたか? トローち舐めロ」
「ええと……、誰かいる? なぁんて」
「すぐ隣で聞いてるよぉ」
 空無へと向けられたノノクラゲの冗談へ返事をするように、彼の耳孔のすぐ側を、いやに冴えた空気が通り抜けていった。
 ――いる。
 ノノクラゲの毛羽立った神経をくすぐるような気配が、ありありと彼の頭頂あたりにしがみついていた。大顎を括りつけられたクチートのように、わずかにさえ振り向くことができなかった。あのとき置き去りにされたボチが、地面を掘り進んで奇跡的な再会を果たし、ノノクラゲと追いかけっこを楽しんでいるのかもしれなかった。
 途端、phasmophobia(幽霊恐怖症)に魅入られたノノクラゲは、視界のあちこちにエクトプラズム的浮遊物体が映りこんでいる気がしてならず、しきりに視線を周囲へ振った。デンチュラどもの吐き散らした糸̰く͠ず̫は幽霊のいた痕跡のように光り「うひゃあ!?」と素っ頓狂に声を裏返した。メテノが脱ぎ捨てたリミットリールドのス͒ペ̨ー̒ス͙デ͛ブ͟リ͊は、禍々しい怨念めいた霊異を秘めていそうで、歯の根をがちがち言わせながらその傍を通り抜けた。人間の好むテーマパークなる観光地にはお化̊け͜屋敷̊と呼ばれる施設があって、そこではム͚ウ̥マ͚やらシ̥ャ̞ン͠デ̞ラ̥、ド͆ラ͒パ͢ル͒ト͆なんかにわざわざ呪ってもらうのだとか。無駄な時間と労力と金銭を支払って悲惨な目に遭おうとする数̩奇̦な͜生͓態̸を侮蔑したし、できるものなら今すぐにでも代わってやりたかった。
「これチャんと表示されてンの」
「も、も、も、もしかしたらずっと一緒に走ってくれてたりしてね……。へ、へへへ……」
「そロそロ疲れてきた……」
「そ……っ、そんなわけないか。そんなわけないなー! あー気のせい気のせい、わーッはっはっはっは! うははははッ、ファ〜〜〜♪」
「おかしくなっチャった」
「光の街があるなどということは嘘だ。世界がひとつのかがり火になるなどということはない。すべての者が自分の火を持ってるだけ、孤独な自分の火を持っているにすぎない」
「急にさトロうとするな」
「ここで一句。『ノノクラゲ 逃げて走って 遠くまで』みんなもぼっけもん、脱兎じゃぞ〜!」
「どうしチャったの急に!?」
「………………………………………………………………………………」
「いきなり黙ると怖いだロ!」
「逃げろ逃げろ逃げろ逃げろッ!」
「待て待て待て待て待て!!」
 暗̀闇̻はͧノ̵ノ̇ク͗ラ͢ゲ̟に̃見̼え̯る͊は̗ず̐の͒な̴い̳もͅの͙を͐見̏せ̹、̈見̍る͟べͯき̦もͫのͣを̮見̃落̅と͊さ̒せ̓て̗いͦた̯。͐金̼字̥塔̉と̊な͌っ̯た̚ホ̪ラ͍ーͨ映̭画̟で̼出͆てͫく͢る̉、子ͬ供ͤのͩ落ͬ書ͧきͫが̚鏡͍写͍し̕に̪な̏っ̷てͦ、͊そ͡れ̛を̓目̟撃̃し̅た͟主ͪ人̩公̃の̶狂ͫ気ͧのͬ引ͩきͤ金ͬと͇な̢る͂シ̏ー̍ン̡の͟よͯうͣな̣、̿あ̖るͩ種̈́のͫ混͜沌̥を̭秘͑め͇た͚あ͍べ̉こ̜べ̹現͌象̢が͇起͍き͘て̦い̀る͝の̭だ̏っͩた̵。͆ノ̘ノͤク̺ラ͖ゲ͙がͬいͫま͂走̣っ̳て̥い͓る̫の̷が̦実̉は̬地̂下̄マ̖ン̏ト̝ル͍の͞マ͜グ̸マ̆だ̵ま̯り̣な͟の̓か̤も͖し͔れ̐な̡か̄っ͢た̰しͮ、̶そͤも͊そ̛も͂走̫っ̡てͨい̺る͇こ̘と̕さ̉えͬあ̺や͙ふ̐や̖で̃、́全̥て͎は̵バ̹タ̜フ̲リ̘ー̼が͐気͍ま͒ぐ́れ͈に̛見̹て͊い̚る̛夢̺な̧の̂か̃も͓し̶れͦなͮか͍っͫた̜。̶疲̘れ͓知̮ら̕ず̹の͞逃ͫ走ͦのͭ原ͦ動ͬな̫ど̎の̾っ͎け̃か̩ら́幻̎覚͘に̸す̑ぎ̭ず͝、͇単̐に̱体̌を̭電ͬ気ͦ霊ͭ物ͦ質ͫに͋乗͝っ̐取̪ら̏れ̺て̊い̴る͡可ͪ能̽性̘がͭ示ͮ唆̏さ͒れ̖て̉い̫た̽。ͥノ̬ノ̃ク̻ラ̸ゲ̞の́み͆がͣ正͛気̘を̸保̈っ̍て̥い̴た̠し̒、͜こ̕のͫ世̘界͠の͔生͗き̱と͍し̬生͇け̡る͊者̥ど̄も͚は̃みͬな̪気͆がͨ触͏れ̵て̾い́る̙に̆違̰い͊な̣か̛っͩた̗。͢
 孤独に暗闇をひた走ることは、恐ろしい。ただ本当に恐れるべきは、走り続けられるだけの道が続いていると、いつしか決めつけていることだったのかもしれない。
「――あ。その先は確か崖」
「お助けお助けお助けおチャ漬ゲぇ――!?」
「え、ヤバないそれ」
 大きく伸ばした片足が、着地するべき地面を捕らえられずに虚空を踏み抜いた。とっさに足元へ顔を向けた。己の足先さえ暗く霞んでしまうような、大いなる闇がそこに渦巻いていた。
 視界のどこにもデンチュラどもの糸だまりはなく、電磁気を帯びてほの青く光る鉱石もない。宇宙空間の中に突如として現れたブラックホールに、ノノクラゲの体は真っ逆さまになって吸いこまれていく。
 落下の一途を辿る肉体と相反して、精神は分離したかのような浮揚感に包まれていた。暗黒の中に突如として光が生じ、ノノクラゲの意識を高度な次元へと昇華させていった。落ちゆく己自身を遥か頭上から見下ろすような、老練したシャーマンが心霊治療を施術するときのような全能感に陥っていた。初めての体験だったが、これが神々しいという感覚なんだな、とノノクラゲは圧倒されていた。
 暗闇の中で何者かがはためいた。ノノクラゲよりも膨張した半球状の頭部は透き通り、溶けかけたヒトモシのような触手が何本も垂れ伸びていた。数にして30は下らない。彼らこそが背後に察していた気配の正体で、コンタクトを取るように誘われていたのだ、とノノクラゲは直感した。その姿は年老いた先祖の根源的真髄にも思え、また、いつか訪れる未来で出会うあどけない少女のようにも見えた。
 透き通ったノノクラゲ様実態たちは触手と触手とを絡め合い、途方もない(ことわり)の円環を作り上げていた。幽暗の世界に漂う霊妙さに促されるようにして、彼もその末端へと手を繋ぐ。瞬間、閃光が暗闇を切り裂いた。闇は光であり、光は闇と表裏一体だった。ノノクラゲは洞窟の奥底で渦巻く小宇宙と同化していた。突然変異的に伸長した脳の菌糸の末端が、アカシックレコードへと神経接続した。
「……アンタ何したん?」
「ア̡̩͚͉̘̞̞̍ͣͧ̚ネ̯͇͖͕̩ͭ̊̋͡゛̴̺̮̘̼̼̫ͯ͊デ̵̗͈̠̭̟̹͇ͬパͫ̂͊ͯ͏̻̠͓͙̦͚̠ミ̸̪̰̄ͥ̉ͬ゛̨̝͙̫͍̜ͫͦ̊́」
「僕が弄るのは電化製品だけ!」
 そのとき、ノノクラゲの身体と精神がまとめて現実的な霊力で包みこまれた。定置網を回収するような剛腕で力任せにすくい上げられると、彼は転落した大穴の対岸へと投げ出されたのだった。
「ふー。危ないトこロだった」
「い、いまっ! いま半分イっちゃってた! 危うくあっち側へ渡るところだった! たす、たす、助かったああッ! や、やっぱり誰かいるん、でしょ! お礼が言いたいから出てきてよおッ! いややっぱ怖いからいいや。早く出てきてってばあ! ありがとうございまあぁぁぁッす!!」
「情緒ヤバくてウケる」
 あの触手から神経毒を撃ちこまれたのか、おぼつかない足腰をどうにか奮い立たせ、深淵から逃れるよう坂をよじ登っていく。僥倖にも、目前の角を曲がった先はポーラエリア側へ通じているようだった。強まっていく光度を受け、次第にノノクラゲが輪郭を取り戻していく。
「はあ……。愉快な仲間が増えそうなトこロだったのに、トロうに終わったか。……ん? なんだお́前́。もしかしてずっと、俺たちのこと……、読́ん́で́たり?
「ま、眩しい……ッ!」
「あー……、いま目が合っチャった感じだね。じゃー、もう逃すワケにはいかないか。本日1人目のお客サマ、おチャでも1杯、飲んでけよ」
 タイミングを見計らいつつ背後をつけ狙い、岩窟の薄闇から襲いかかろうとするロトムとヤバチャについぞ気づくことなく、ノノクラゲは光の差す方へ駆けていった。





 トンネルを抜けるとそこは銀世界だった。
 草と地面を複合しているノノクラゲには相当こたえた。雪へ足を埋めて2歩3歩と進んだところで、踵を返して洞窟で巣篭もりすべきだと彼の本能が猛烈に訴えてくる。雪のちらつくこんな極寒の地で立ち止まってしまえば、背後から忍び寄る冷気がたちまち彼を氷漬けにするだろう。ヒラヒラを凍らせ、体表を凍らせ、腐葉土の体に張り巡らされた菌糸の根を凍らせ、ついには心の臓までをも凍らせてしまう。己の精神を蝕まれるよりもよっぽど致命的な活問題に直面していた。

『来たか』
「な、なあにっ!?」

 進むべきか戻るべきか決めあぐね、その場でスクワットを繰り返すノノクラゲの脳内に直接響く、テレパシーの声。見上げれば、同じ人間の手持ちの1体であるメタングが雪間に浮遊していた。
 グレープアカデミーに在学する人間はネットを通じてブルーベリー学園の生徒と友人関係になり、その相手から送られてきたのがメタングだった。ノノクラゲはその際交換に出されたカラミンゴと馬が合っていたので、メタングに対していい印象は抱いておらず、半年ほど経った今でも食事時くらいにしかろくに会話を交わしていなかった。交換留学のきっかけとなったこのてつツメポケモンは、確かポーラエリア出身のはずだった。
 渋々走り出したノノクラゲのすぐ背後を、メタングは低空を滑るように移動している。走れよ、とノノクラゲは心の中で悪態をついた。くさくさしたってどうしようもないことは、彼自身が重々承知していることだった。

『疲れただろ。おれが運んでやるから、そのまま進んでいろ』
「ほ、ほんと……!」

 彼が肉体的にも精神的にも参っていることを察したらしい、メタングはノノクラゲの頭上へ陣取ると、2本のアームを用いて彼の顳顬(こめかみ)あたりをぐゎし、と捕まえた。運搬を安定させるには、メタング自身が顔を重力方向へ俯かせ、のたうち回るきくらげポケモンを両腕で把持しなければならなかった。UFOキャッチャーのクレーンがぬいぐるみを掴み上げているような格好だった。
 三又に割れた鋭利な爪が食い込んで、オーベムに電極を刺された哀れなサンプルのように「アぱゑ!」とノノクラゲの口から悲鳴が漏れた。

『おい暴れるな』
「痛い! 寒い! 怖いんだあ!」

 走行姿勢を保持しつつノノクラゲは宙へと持ち上げられ、バランスを保とうと舵取りするメタングに吊られたまま雪原を低空飛行していた。アブダクションに伴い罹病したacrophobia(高所恐怖症)が、彼のバタ足をいっそう早めていた。除雪機の回転刃めいて暴れる足先によって新雪は(えぐ)れ、見事なミステリーサークルを描きあげた。

「被ってる! 宇宙的なの、ちょっと、被ってるって!」
『うるさい! 気にするな! 仕方ないだろ! いいからおとなしくして――あっ!』

 鉄爪による把持も念力の制御をも振りきって、ノノクラゲはメタングの両腕から緊急脱出してしまった。かてて加えて着地点はなだらかな下り坂になっていた。たたらを踏んだノノクラゲは本日何度目かの転倒を果たし、勢いそのままに雪路を前転し始めた。
 ひらひらの溝に雪が詰まり、それがひとまとまりの結晶となり、1回転するたびその嵩が増してゆき、瞬く間に彼は小ぶりな雪玉へと成長した。氷タイプのヒヒダルマが両手で握ったおむすびのサイズ感だった。坂下に大穴があったならば必ずそこへ転がり落ち、中からチラーミィが大小のつづらを持って礼をしに這い出てくるはずだった。
 道中サンドやユキカブリを跳ね飛ばし、ユニランなんかを取りこみながら、ヒヒダルマの帽子大にまで膨張した彼は、凍てつく砂浜で停止した。そのまま数十秒と動かなかった。

『大丈夫か……? なんというか……、すまん。助けるから』

 テレパシーで安否を確かめようとするメタングが到着する前に、雪玉はむくりと起き上がった。幸運にも埋没を免れた2本足で氷原を踏みしめると、ノノクラゲは尻に火がついたように走り出した。前が見えないにもかかわらず駆け回っている。もし仮に1歩でも足を踏み外したならば、氷塊の浮かんだ極寒の海へ頭からダイブすることだろう。

「さぶさぶさささぶぶぶぶいいい゛ッ走らなきゃ、走って暖まらなきゃ!」
「し――、ぬぞ! 止まれ!」

 メタングは叫んでいた。普段はカッコつけてテレパシーばかり濫用する彼だったが、とっさに口をついて叫んでいた。
 しかし叫んだせいで、雪の厚みに阻まれノノクラゲまでは届かなかったようだった。案の定雪玉フォルムの彼は足を滑らせ、もんどり打って海へと身を投げた。穏やかな海面に盛大な波紋をひとつ作り、沖合へと滑らかに運ばれてゆく。まだ走っているつもりの2本足は、跳ね回るコンパンの触角じみて交互に揺らいでいた。

「ああ……、あああっ!」

 メタングが両腕の爪を揃えて気を揉んでいた。いくら宙に浮いている彼といえど、慣れない海上で〝でんじふゆう〟を維持できる自信はない。次第に小さくなっていくノノクラゲ玉を見守ることしかできなかった。
 コオリッポの群れがもの珍しげに通過し、2本ある髪の毛へ賞賛の眼差しを送っていた。親切なラプラスが背中に乗せてやろうと顔を近づけたが、暴れる足が彼女の頬を打ちぬいたため、角で小突かれさらに外海へと流れていった。ぷかぷか昼寝していたジュゴンが翻り、しなる尾鰭が雪玉を跳ね上げた。
 そういったショーで披露されるような華麗な放物線を描き、僥倖にも対岸へ着弾した雪玉は、衝撃で真っぷたつに解体された。その中から這い出したノノクラゲは身震いして雪の破片を跳ね除けると、すたこらと出奔を再開したのだった。

「ああ……、行ってしまった。おれの声も、テレパシーも届かないが」ひとり取り残されたメタングは、コーストエリアへのブロック塀をよじ登る小さな影を遠巻きに眺めながら、目を細めていた。「……頑張れよ、ゴールはもう少しだ」

 ノノクラゲは一顧だにせず足をしゃかりきに動かした。右足を出して左足を出せば、前に進める。至極真っ当なこの状況が、彼にとって極寒よりも染みいるほどに喜ばしいことだった。

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⬜︎ ⬜︎ ⬜︎ ⬜︎

 温暖な海風を背に受けながら、ノノクラゲは新緑の生い茂る大地を奔走していた。照りつける陽差しのもと伸びに伸びきったナッシーの前面を駆け上がり、同距離ある背面を駆け降りた。寝転んだカビゴンのような断崖絶壁が聳え、へその位置に湛えた湖を豊満な水源とした飛瀑が連なっていた。(たぎ)り落ちる水を横目に眺めながら、ノノクラゲは頑強なブロックでできた大橋を渡っていた。オージャの大滝もこうであれ、と思った。

「おーい! あんべわるぐねが?」
「ッなに、なに?」

 進行方向に立ち塞がる小さな影があり、ノノクラゲは馳駆(ちく)する速度をやや落とした。同じ人間に飼われているアブリボンだった。entomophobia(昆虫恐怖症)に苦しんでいたとき会わずして良かったと心から思った。
 アカデミーのカリキュラムにある林間学校にて、人間がキタカミの里へ訪れた際に仲間にしたポケモンだった。パルデア本土に戻って2年は経つがこびりついた訛りは抜けず、ノノクラゲは彼女が何を言っているのか3割も理解できていなかった。

「そろそろセンタースクエアさ、向がわんと」
「そうだよ! っそうだ、ぼくはずっとそこに行きたい、行くべきなんだってば!」
「そげんな(きも)焼かんでな。こったなときぐりゃ、ぬさばってもいがべや。ほれ、まんじゅっこ」

 アブリボンは首元のマフラーから、蜜の香り漂う〝かふんだんご〟を取り出した。ノノクラゲの速度に合わせながら滑空し、腕的な部位を持たない彼へ食べさせてやろうと口元へ近づける。
 目の前にぶら下げられたご馳走に、急速に腹の虫がうなりをあげてきた。そういえば、走り出してから何も食べていなかったことにノノクラゲは思い至った。

「わだす特製、栄養満点のまんじゅっこ。ひと口齧れば元気100倍なんだな!」
「え?」とっくの昔からchemophobia(化学薬品恐怖症)に侵されているノノクラゲの脳が即座に警鐘を鳴らした。「それ何が入ってるの? お団子の中に何が入っているの!?」

 ニンフィアが触手を結えつけるように、アブリボンは片手を口の前に持ってきて内緒のジェスチャーを見せる。せっせとかき集めた花粉と彼女の唾液を練り混ぜて仕上げていることは、年頃の田舎娘には告白しづらい内容だった。

「んだな……、いやごれ、企業秘密……ってか、教えらんね!」
「なんだよそれ、教えられないものを他の奴に食べさせようってのか!」
「さささぁ、そげんおっがね声、出すんじゃね。ひょんたなもん入れてねがぁ。わだすは、おめはんが根詰(こんづ)めてんだ、て思てでぇ……!」
「そうなの……?」

 あまりの空腹感から、ノノクラゲは口元へ添えられた〝かふんだんご〟を頬張っていた。が、もしこれに劇物が含まれていて、飲みこんだ途端に戻してしまったら。キャニオンエリアでひらひらの裏側を吐瀉物で汚した記憶が蘇り、胃がむかむかとひっくり返りそうになった。
 フルマラソンの終盤なら、見知らぬ相手から渡されたドリンクを迷いなく飲んでしまうだろう。そこにどのような異物が混ぜられているとも疑わずに。アブリボンは紛れもなく仲間だったが、仲間にも隠し事をする気質が好きになれないでいた。
 emetophobia(嘔吐恐怖症)hungryphobia(空腹恐怖症)が拮抗し、toxiphobia(毒物恐怖症)が対立構造を複雑化させていた。とりあえず頬張った〝かふんだんご〟を訝しみ、一旦飲みこんだ欠片をすぐさま吐き出した。だが舌に染みこむ滋養強壮の甘味には抗えず、またも飲み下した。せっかちなリキキリンでさえこんな忙しない反芻行動はしないだろう。
 ノノクラゲは幾度となく逡巡しながらも、体力の補填という喫緊の問題を解決するには食べるしか選択肢がなかった。花粉の塊を喉の奥へ押しこみ、口の中をパサつかせながら、どうにか完食した。

「はあこわい……こわかった。こんなこわい食べ物はないよ。まんじゅうって、こわいなあ……」
「そりゃあ、どったな腹づもり――そうが!」

 キタカミの里で生まれ育ったアブリボンは、その土地に古来より伝わる笑話のひとつをよくよく覚えていた。手持ち無沙汰な村の若い衆が寄り集まり、それぞれ嫌いなもの、怖いものを語り合っていた。ある男は、「ともっこさまがいらすと言うのに、そんなくだらないものを怖がるとは、キタカミの将来も不安だな」と嘯いた。他の男が「本当に怖いものはないんだな」と問い詰めると、彼は渋々「本当はまんじゅうが怖い」と白状する。己の家へ引っこんだ男めがけ、気に食わない若者が山盛りのまんじゅうを運びこむも、男は「こわいこわい、うますぎてこわい」などと言って平らげてしまう――といった古典落語だ。
 つまり、ノノクラゲはあんな調子で怖がってみせるものの、彼女の差し入れをいたく気に入っておかわりを求めている。賢くもそう判断したアブリボンは、老婆心からありったけの〝かふんだんご〟を懐から取り出した。

「んだば、まんじゅっこ、がっぱりおあげんせ!」

 んぽぽぽぽぽ、と小気味よく放られた6つの団子はノノクラゲの頭に着地し、転がり落ちることなく走行の振動に合わせてぴょこぴょこと跳ね上がっていた。ミルククラウンをジャグリングするマホミルみたいな見てくれだった。

「えっえっえっ、もう十分、そんなに食べられないよ!」
「なあに、遠慮しねぁーで。(のご)しても、いだますねがら!」
「どちらかというと、水、飲みたいんだけど……」
「それにもし、悪そな奴に見づがっだらば、がりっと()りつけ。んだば、爆発するけ」
「ばばばばば、爆発!?」

 あるかどうかも定かではない舌を噛みそうになった。
 過剰に頭へ乗っけられた弁当が、途端に爆発物へと様変わりした。片方の足で包めそうな小規模の球に、途方もない高エネルギーが詰まっている。もし落としたりしたら途端に炸裂し、この距離ならばノノクラゲなどひらひらの1片も残らず消し飛ぶことだろう。
 しかもそんな危険物を、たったいま飲みこんでしまったのだ。己の首元へ時限式の爆弾を埋めこまれたデスゲーム参加者の気分だった。脊椎にカチコチと響く1秒ごとのカウントダウンが被験者の寿命を削っていくように、ノノクラゲが1歩足を出すたびに腹の中の爆弾が膨らんでくるような気がした。

「爆弾、こわい! 爆弾、こわいッ!」
「んでねぐ。まんつ、食う分には、あやうがね」
「なに言ってんの? さっきからずっとなに言ってんの!?」

 真に恐ろしいことには、爆発物に対する恐怖症には未だ名称が付けられてないことである。それもそのはず、ノノクラゲに限らずいかなる生命も――〝だいばくはつ〟を十八番とするマルマインですら、爆発物は恐怖すべきものだからである。
 爆弾を頭に巻きつけられただけでは済まされず、体内にも埋めこまれている。ノノクラゲののほほん帰り道が一気にマッドマックス味を帯びてきた。体内で膨張するエネルギーをどうにか逃がそうと、彼はそこらを走り回りながら喚き散らす。

「ぶっ飛べ、ぶっ飛ぶな? やっぱぶっ飛べ、やっぱぶっ飛ぶな。ぶっ飛べ、やっぱぶっ飛ぶな!」
「なに、なにっ? なんちょしだ!?」

 でたらめに暴れ回るノノクラゲがついに団子を取り落とした。あっ、と足を伸ばすも間に合わず、バランスを大きく傾けた彼の頭から残りも全て転げ落ちる。ノノクラゲの目には、掴み損ねた爆弾がスローモーションに映っていた。自由の身になった〝かふんだんご〟たちは重力のローラーコースターに飛び乗り、自由落下の勢いのまま地面へ衝突し――、凝縮されていた花粉が舞い上がった。
 当然、それだけだった。地面へ落ちただけの花粉塊に殺傷力などあるはずもなく、粉塵が噴き散らされたのみ。ただ、ノノクラゲにとってそれは単なる花粉に収まらなかった。取り落としたものを爆弾だと早合点し、実際に炸裂したものだと思いこんだ彼は、そうであるべきだとばかりに膝をありったけ曲げ、頭尾軸を中心とした捻りを加えながら、跳んだ。

ブッ飛ベナ!
「じぇじぇじぇ! ゆぷてぁね……!」

 高速回転する頭部に引っ張られ、ノノクラゲの細長い2本足が芸術的な螺旋を描いていた。視界は天穹と海面とを交互に映し、ない混ぜになった蒼と碧が彼を一瞬の前後不覚に陥らせた。ヒスイのドレディアが氷上で華麗なる〝トリプルアクセル〟を決めているようだった。
 かつて体験したことのない遠心力だった。レジギガスの腕力をもってして、全身が握り潰されているのかと思われた。真っ赤な血が全部搾り尽くされ、汗も涙も血も全部乾ききったのち、もう一度搾られれば緑の液体が滲み出てくるような気さえした。

「ややや、わだすのまんじゅっこ、まがしていったじゃ……。だども、ゴールはすぐそごじゃ、けっぱれぇ!」

 取り残されたアブリボンはメタング同様、暖かい眼をしてノノクラゲを見送るしかなかった。





 例によって無様なバウンドを数回挟むことで墜落の衝撃を緩衝し、ノノクラゲは湾岸の岩石地帯へと転がされた。
 パサついたものを頬張ったせいか、喉が異様に渇いてしょうがなかった。海の水は塩辛く飲めたものではないが、ポーラエリアよりも格段に穏やかな岸辺はひとときの癒しを与えてくれそうで、(みぎわ)から広々とした潮だまりを覗きこんだ。
 凪いだ湖面に反射して、ノノクラゲが鏡写しになっていた。疲労が蓄積しているせいか、目端は厚ぼったく垂れているように見えたし、側頭部に描かれた黄斑は心なしか腫れ上がっているような気がした。剥がれそうなひらひらはぶよぶよしてそうだった。
 なんの気なしに右足を上げると当然、鏡像もそれに応えるよう左足を持ち上げる。彼はなんだかおかしくなって、たまの磯遊びも悪くないな、と上げた右足を水面へ突き入れた。
 差しこんだ右足に、ぶに、と弾力に富んだ確かな感触があった。反射的に引っこめ、触れられた足先を握ったり開いたりした。空飛ぶ自転車を漕いで宇宙人と指先を合わせた少年の心持ちだった。ちなみにそのシーンはジャケット用に描かれたもので、某映画本編には存在しないことに留意すべきである。

「なんだ……?」

 再度そろりと足を出す。またもや同じ感触がして、ノノクラゲは小首を傾げだ。引き揚げようとした足が、今度はがしっと(、、、、)掴まれた。

「え」

 鏡の中の己が実体化し、向こう側へ連れ去られそうになる。ノノクラゲはこの疾患を誘発するような心的外傷などは受けていなかったが、即座にeisoptrophobia(鏡恐怖症)を発病しても仕方ないと思われるような、鮮烈な恐怖体験だった。
 

メノクラゲは驚愕した。
初めてのことだった。
群れの仲間は潮流に身を任せ沖合を漂うばかりであったが、彼は肥沃に樹々を茂らせる陸地を眺めるのが好きだった。満潮時から沿岸部まで遠出し、水位の下がってできる潮だまりでうたた寝するのを日課としていた。この日もプライベートビーチにてたゆたんでいたところ、水面の向こう側から見知らぬメノクラゲが唐突に覗きこんできたのである。
きみも同じ趣味かい?
それにしても陸にいて平気?
息は苦しくならないのだろうか?
半ば寝ぼけたまま左の触手を差し出せば、そいつも同じように右の触手を突き入れてくるではないか。水面を撫でるつもりで突き出した触手が、確かな弾力をもってして触れ合っていた。
「え」
眼前のドッペルゲンガーが己の夢ではないと悟ったメノクラゲは、眠気を頭の隅から叩き出し触手を固く握りこんだ。遊泳力に乏しいメノクラゲは砂浜へ打ち上げられることもしばしば。やはり、水面に顔を出すだけで精一杯の同胞が、なんの手違いか陸で往生しかけているのである。
「い、いま助けます!」
よく見れば哀れな同族は、干からびかけ薄桃色に変色しているではないか。すぐにでも給水してやらねば、そのうち穴の空いたフワンテのように萎んでしまうだろう。
海水に浸すだけ、という単純な応急措置を施すべく、メノクラゲは掴んだ触手を海中へ引き戻そうとした。
 
「え」
水中へ沈んだ虚像に触れた瞬間、己の双眸も、当然のことながら大きく見開かれた。目を瞬き、再度瞠目する。黄斑ががびがびと明滅していた。予想だにしない手触りにノノクラゲは固まっていたが、鏡像はもう片方の足を懸命に上下させていた。
鏡に映っている己は、己ではない。
誰だ。
次の瞬間、一気に引きずりこまれそうになった。慌てて片足を突っ張り己の体を後方へ押し倒し、ナックラーの〝ありじごく〟ばりの吸引力に抗おうとした。
「うわうわうわうわ!? なにっなにこれ、なにこれえええ!?」
とはいえ片足を掴まれたままでは、うまく踏ん張れない。ノノクラゲは徐々に海面へと引きずられていった。
運よく流木が目についた。
とっさに足を伸ばして捕まるも、うまく力が入らなかった。〝デカハンマー〟を振り回したデカヌチャンのような、言いようのない疲労と倦怠とが、ノノクラゲの全身へ取り巻いているのだった。
よもや実像のノノクラゲから〝どくばり〟を打ちこまれているとは露とも思わず、さっき食べさせられたアブリボンの〝かふんだんご〟にはやはり劇毒が混ぜこまれていたのだと、恨めしげに地団駄を踏んだ。地団駄を踏んだ足が上げられた瞬間にぐい! と強めに引っ張られ、ノノクラはついに海中へと投げ出されてしまったのである。
 
なぜか無闇に抵抗されたが、干からびたメノクラゲをどうにか海へ戻すことに成功した。
ひとまず触診する。かぴかぴに乾燥しきった頭部は菌類のにおいがして、長らく正常な代謝が阻害されていたことは明白だった。
どうか間に合ってくれ、と願いながら、メノクラゲは洗濯するように同族をもみくちゃにする。
「おばばうべべりあ……!!」
「暴れないで、ください……!」
「おうれりあこうるりあ*1……!!」
「さあこれでもう安心です。水管を開いて、深呼吸して」
「おうりきゅきゅらりあおうりきゅらふだえ*2……!!」
「……どうしました? まるで溺れているみたいに」
メノクラゲは自泳することはほとんどないが、蘇生した同族は2本の触手を懸命に暴れさせ、水面を目指しているらしかった。
もう運命は定まっているというのに、プルリルに抱きしめられたコイキングが胸ひれを熱心に漕いでいるようだった。
同胞が彼の親切を蔑ろにし、あまりに抵抗するものだから、愛想を尽かしたメノクラゲは陸地へと投げ返してやることにした。
「あ」
ひとつ誤算だったのは、そんなトチ狂った同族の触手に、メノクラゲの触手が絡まっていたことである。
 
ノノクラゲは潮だまりを脱し荒磯へと這い上がった。
肺にまで流れこんだ塩辛さをどうにか吐き出していく。
やけに重くなった体を持ち上げ、一刻も早く水際から逃れるべくよたよたと歩み出した。
「あ」
体がやけに重くなったのは、海水をたらふく飲んだからではなかったらしい。彼の頭部に、水難に遭った同族がダダリンの昆布のように絡みついていた。
ノノクラゲは器用に片足立し、もう片方の足でへばった仲間をぐにぐにといじくり回した。血の気が失せたように顔色は真っ青で、長らく正常な代謝が阻害されていたことは明白だった。
己以上に水を飲みこんだせいか、黄斑は真紅に膨らんで飛び出しそうになっている。余剰な水分を〝メガドレイン〟で取り除いてやれないか。ノノクラゲはちょっぴり吸い取った。同族なのでそんなはずはないが、まるで〝ヘドロえき〟を飲み下したかのようにげっそりした。
どうか間に合ってくれ、と願いながら、ノノクラゲは頭上の同胞を落っことさないよう慎重に走り出した。
「こういうときは……、ポケモンセンター! 急げ急げっ」
「待っ……、これ、ひからび、るぅ……」
「早くしないと、早くしないと!」
「…………っ。〜〜、ほピャ、ぴょ……!」
「待ってて、ぼくが助けるからね!」
頭頂部にばかり気を配っていたノノクラゲは、どぬんっ! と前方の障害物へぶつかった。反発力のあるそれに弾き飛ばされ、2、3回後転する。
おずおずと見上げれば、体長にして彼の10倍はあろうかというほどの巨体を誇るオニシズクモが、砂浜を占有するように悠々と寝そべっていたのだった。
ノノクラゲが激突した拍子に、頭に乗せていた瀕の同族を放り出していた。乾燥きくらげポケモンはぶに、と水泡に突き刺さり、そのままオニシズクモに取りこまれてしまったのである。
「か……、返して!」
慌てふためく彼をよそに、みるみる潤い、肌艶を取り戻していく同胞。
ノノクラゲは呆然と見上げていた。試験管の中で眠るランクルスを眺めているような気分だった。釘付けにされた視線の先で、固く閉じられていた培養体の目が(しばたた)かれる。全ての元凶たるノノクラゲを認め、憤然と足をじたじたさせていた。
状況を飲みこめないオニシズクモだけが、なんだか気まずそうに複眼を点滅させていた。
 
「い――、いきなり何するんですかあなたっ!」
「ぼくだって溺れるところだった!」
「そりゃ、あんな弱っている仲間がいたら、無理矢理にでも海中に引きずりこむでしょう!」
「きゃあ、じぶんころし!」
「おどけて平静を装う割には、乾燥して体が剥がれそうですよ」
「きみこそ変だよ、顔面蒼白になってまで海水浴なんかして、まるでぼくたちは元々海で暮らしていたみたいに!」
「……あなたさては、メノクラゲではないのですかっ?」
「ぼくそっくりに真似をして、きみは何者なんだ!?」
 
ノノクラゲとメノクラゲは、ほぼ同時に技を放っていた。
方や〝マッドショット〟を、方や〝ヘドロこうげき〟を。
奇しくもお互いの弱点を的確に捉えた攻撃に、至近距離から被弾した両者は大きくのけぞった。
毒で(ただ)れた頬を片足でザッと拭い、ノノクラゲは己に擬態する奇怪な生命体を睨みつけた。
もし負けてしまうようなことがあれば、彼は彼自身の拠りどころを失うことになるだろう。これは、ノノクラゲがノノクラゲであるために負けられない戦いだった。
メノクラゲもまた、側頭部に備わった液晶を〝サイケこうせん〟の微粒子で燦然と輝かせながら、歪めるわけにはいかない海の正義を背にし、打ち倒すべき仇敵と対峙していた。
舞台装置に成り下がったオニシズクモは文句のひとつも言わなかった。
 
「私たちは、分かり合えないのでしょうか」
「――さぁね」
 
こうして。
どちらが真のノクラゲかを決める、何世紀にもわたる長き聖戦の火蓋が切って落とされたのだった。

 ⬜︎ ⬜︎ ⬜︎
⬜︎ ⬜︎ ⬜︎ ⬜︎

 ノノクラゲは走っていた。
 に至る病へ向け、さまざまな障害を乗り越え、ときには迂回しながらも、着実に終焉へと近づいていた。
 に至る病とは絶望である。絶望とは自己の喪失である。自己の喪失とはすなわち罪である。メノクラゲと決別した彼は、いよいよもって実存的危機に瀕していた。それはノノクラゲたる彼自身がmushroomphobia(キノコ恐怖症)を発現するようなものだった。hippopotomonstrosesquipedaliophobia(長い単語恐怖症)患者が医師の診断を受け、病名を告げられることで快復を妨げられるように、ノノクラゲは蒙昧の只中にいた。
 走るという結果が何者かによってすでに決定されていて、それに帰属する原因が後から付け足されているような、そんな気さえした。ブルーベリー学園にてケンタロスに猛追されるまでぬことについて特段の恐怖心を抱いてなかったし、()線が耐えられないほど大衆の面前で緊張したためしもない。生き埋めになることを恐れるばかりか、地面に浅く埋もれながら眠るのが常だった。蜫蟲(こんちゅう)に触れられない、なんてこともなかったはずだ。幽霊はちょっぴり怖かったが
鏡のような水面を覗いたのは初めてだった。
 ノノクラゲは思い返していた。オコゲ林道のなだらかな坂道を、紅葉を蹴散らしながら駆け回ることが大好きなはずだった。そうなはずなのに己の感情を顧みれば、それは任侠なマフィティフに目をつけられ、何としても逃げなければならないという恐怖心が付随していたような気がしてくるのだ。
 がたがたと油を漏らす古びたエンジン付きの小舟に揺られるような足取りで、ノノクラゲは走っていた。疲労と寂寞と暗澹とにふんじばられ、歩くものやっとだった。いつの間にか太陽は暮れ落ち、星あかりすら届かない闇の中を、雨に降られたマグカルゴの速度でノノクラゲはふらつき、いつしか薄暗い構造物の中心部へと進み出ていた。

「ふう……、はあっ、ここは、どこ……?」

 ぱあッ、と、四方に設えられていた投光器が唐突にノノクラゲを照らし出した。彼はとっさに目を伏せ、うろたえるようにその場で数歩よろめいた。
 おずおずと薄目を開く。無機質な空間に覚えがあった。彼が目指していた、センタースクエアその場所だった。無秩序に組み上げられたブロックが眩く彼を取り囲んでいた。そのひとつひとつへ、ポケモンたちが腰掛けていた。ケンタロスをはじめサバンナエリアで彼を追い回したゼブライカ、サイホーン、ドードリオども。急勾配の通路を隔てて隣の区画では、イシツブテとゴローンどもが漬物石のように鎮座している。ひとつのブロックにバチュルが十匹ほど山積みになっていた。キャニオンエリア方面には、その他うじゃうじゃと虫どもが蝟集していた。隠れるように潜むロトムとヤバチャは、確かポーラエリアへ至る洞窟内で見かけただろうか。コオリッポ、ラプラス、ジュゴンなんか。彼が入ってきたコーストエリアのゲートを中心に、陸に上がれるはずのないメノクラゲどもが大量にふよふよと回遊していた。オニシズクモの水泡に、世紀の大決戦を共に生き抜いた戦友が腰掛けていた。宙には歪んだ大穴が空いていて、その奥から覗く大きな体を持つ半透明の個体が、じぇるるっぷ、とあくびを噛み殺すように小さく鳴いた。

「ノノクラゲ。1972年10月15日、オコゲ林道生まれ」

 観客席から中央へせり出た壇上から、鬣の豊かなカエンジシがノノクラゲを見下ろしていた。サバンナエリアの王だった。その威光に圧倒され、ノノクラゲは居住まいを正そうと足をもたつかせた。

「はい、そうです」

 彼の返事に2度深く頷き、カエンジシは粛々と、糾弾の声を広場に響かせた。

「我々は今日、被告の罪の重さを量るべく集まっています」傍聴席の陪審員どもを見渡すように、カエンジシは小さく唸った。「彼の功罪を見極めるために、まずは野生時代を思い返しましょう。――あれは1981年の冬のこと。オコゲ林道で迷子になっていた人間を、被告は親切にも近場の物見櫓まで送り届けてやった。そのうえ心ばかりのきのみも渡してやりました。……広大なパルデア地方では、蛮勇な人間がろくな装備も持たずして行き倒れることが多い。助けるのは、実にいいことです。困ったことがあるのならば、お互いに助け合うべきだ」ここでカエンジシは声を荒らげ、思わせぶりに小さな炎を吐きつけた。「それなのに! 本日の被告の行動を思い返してみてください。サバンナエリアにおける冒頭のシーンです。腹を空かして今にも我を忘れそうなケンタロスを無視して、あろうことか彼は逃げだしてしまった! 放っておいても毎日剥がれるひらひらを分けてやってもいいくらいなのに! 話も聞かずに逃げ続けた!」
「ち――、違うっ! 話を聞かなかったのは、あっちの方じゃないか……!」

 ノノクラゲの反駁はあまりに貧弱だった。なぜならそれは紛れもない事実であったし、彼が武器として掲げられるものは「恐怖心を煽られていたから」の1点しか持ち合わせていないからである。傍聴席から落胆のため息が漏れ、どこか不穏な雰囲気が裁判所全体を席巻していた。バトル大会にて意気揚々と〝はらだいこ〟を打ったら〝アンコール〟されたマリルリを眺めるような沈痛さだった。
 カエンジシは喚くノノクラゲを遮って、続けた。

「これだけではない。被告は、それぞれのエリアにおいて、するべきことをせず、逃げるという選択を貫き通した。こちらをご覧ください。キャニオンエリアにて、勝手ながら生き埋めにされる恐怖を覚え、鍛錬のため山肌を転がり落ちるゴローンを〝キノコのほうし〟で眠りにつかせた。その後の顛末は、みなさんがお察しの通りです。己の抱いた恐怖心を、手近な因子へと短絡的に結びつける、極めて自分勝手な行動だ。振り返れば1785年の秋、被告がフォレトスを馬鹿にしたときから変わっていなかった。フォレトスが大樹をひとり占めしているものだと考えたが、実際はあの樹は立ち枯れし、いまにも倒れそうだったのだ! フォレトスは倒木に巻きこまれないよう、周囲の安全を見張ってくれていた。そうとも知らずに老爺を傲慢だと決めつけ、挑発し、そして逃げた。被告が一向に成長していないことの証明に他ならない」
「異議あり!」

 検事側の席とは反対側がライトアップされる。同じように張り出した弁護士席には、アブリボンとメタングが浮遊していた。アブリボンは元々そうだが、メタングまで畏って胸元に蝶ネクタイをくくり付けていた。
 アブリボンがするり、と1歩分前へ滑り出る。

「そごのあんこは、ただ、おのれのこつ、懸命だっただけ。なんぼしたって、ひょんたな判決、せんでいがべや。どうか、許したってけろ。もうさげぇねども、頼むっちゃ」
「弁護側。弁護する際ははっきりとした標準語を用いるように」

 カエンジシは眉ひとつ動かさなかった。ノノクラゲに対する心象はますます翳りをみせ、隣の者と声を潜め合う陪審員までいた。方々から湧き上がるぼやきに紛れ、不甲斐ない弁護側を〝うちおとす〟ための小石が飛んだ。

「ぎゃ!?」

 的確に投擲された礫がアブリボンにぶつかり、勢いのまま彼女を吹き飛ばした。小柄なツリアブポケモンは観客席のブロック裏へと消え、飛んで戻ってくるような気配はない。もしかしたらんでしまったのかもしれなかった。

「――そんなあッ!? ああーッそんな! そんなことが……、あ、うあ、ぅああああ゛……!」

 ノノクラゲはジタジタした。今すぐに駆け寄って仲間の安否を確かめるべきだろうが、彼は今まさに裁かれているのだった。罪を認めずこの場から隠遁するに等しい行為は、いよいよ観衆に失望されることだろう。
 高級なコースの魚料理を平らげたペルシアンのように、検事が咳払いをした。

「ポーラエリアは、そもそも侵入したことが過ちだった。地面と草の複合タイプである被告が足を踏み入れること自体、間違っているのだから。87年の夏、家族から見放された被告は何を思ったのかナッペ山へと向かったのだ。慣れない土地では当然、慣れない恐怖に襲われる。それを理解しておきながら、ボチなどという不気味なポケモンと親睦を深めた。これはもう、裏切られることを想定した自傷行為に他ならない」
『――異議あり』メタングが片腕を挙げていた。淡々と、論理的に、標準語でノノクラゲを擁護しようとしていた。『そいつは雪玉になって、氷点下の海に浮かべられてもピンピンしていた。おれはそれをしっかりとこの目で見た。なんなら映像がおれの記憶媒体に保存されている。今ここで証拠として提出してやってもいい。……それに、ポーラエリアは、おれの生まれ故郷でもある。悪く言うことは許されない』
「弁護側。弁護する際はテレパシーを使わないように」

 傍聴席は喧騒に満ちていた。メタングが直接脳内へ語りかけたことで、陪審員どもが混乱をきたしているのかもしれなかった。
 ドゴームの井戸端会議のようながやつきを制圧する大声で、カエンジシが続けた。

「コーストエリアでの所業にも目の余るところがありました。逃げなければならない被告の一助になろうと、心優しいアブリボンが〝かふんだんご〟の差し入れをしてくれました。向けられた無償の慈愛をしかし、被告は訝しみ食べるのをためらった。そして試すように地面へわざと取り落としたのです。当然ですが爆薬など含まれていないそれは、地面のしみに成り果てた。アブリボンはどれほど悲しんだことか、彼女の口から直接お窺いしたかったのですが、この場にいないことが残念でなりません。……食べ物を粗雑に扱うのは、これも昔からのことでした。95年の夏、ワナイダーの巣へ突撃し壊した挙句、そこにあったきのみを踏みつけた!」
「でっでも、まだ食べられたし、ぼくだって、その、食べられそうになったんだし」
「極めつけはこの場面です。潮だまりで平和に過ごしていたメノクラゲを陸地へと引きずりあげ、水分を奪って乾燥させようとした! 頭上に乗せ、抵抗できなくした相手めがけ〝メガドレイン〟を使ったのです。これは言い逃れできない決定的な証拠だ」

 そろそろ『意義あり』のテレパシーが申し立てられてもいい頃合いだった。ノノクラゲは沈黙を貫く弁護席へと目をやった。コオリッポかラプラスかジュゴンか、もしくはその全員がやったのか、メタングは氷漬けになっていた。透明な監獄の中で物言わぬ鉄塊に成り果てていた。

「うわあああっ!? なんでっ、なんで、こんなことって……! ひどい、ひどいじゃないか。……こっこんなことして、不公平だ! 誰もぼくを庇ってくれない! なんで、こんな、ぼくは悪くない、悪くないのに……」
「いまの被告の発言をお聞きに入れましたか! 思慮深く、思いやりがあり、友を心配するふうを装いながらも、所詮は欺瞞に満ちた行為に他らならない。結局は己の保身がためなのです。被告は小心者で、臆病を極め、逃げるべくして逃げていた! ……残念ながら、これが純然たる真実なのです」

 最早ノノクラゲの弁護はノノクラゲ自身がしなければならなかったが、取り乱した彼にはどだい無理な話だった。逃げようにも動けない。ノノクラゲの足は半年散髪していないモンジャラのごとく絡まり、あるいはそうと錯覚させるほどに疲れきっていた。もう1歩たりとも動けやしなかった。

「こ……、これは、全部幻覚なんだ!」もはややぶれかぶれだった。「ぼくは、無理やり走らされた! 怖いものを押しつけられ、逃げるよう強要されたんだ! こんな、こんなッ」

 ノノクラゲの懇願をよそに、陪審員がひとり、またひとりと席を立つ。四方にあるゲートから、めいめい襟を正して退場していく。エンドロールが流れるような緩慢さで、センタースクエアが静寂を取り戻していく。
 どのような判決が下されるか、最後まで見届けずとも明らかなことだった。

「た――、助けてッ、誰か、お願いだよおおおおッ! 足が、足が絡まって抜けない! お願い、見捨てないでッ、誰でもいい、からっ、誰か僕を助けて!! お願い、頼むから助けてッ! ぼくは、ぼくはッまだ、気が狂ってなんか、いな――」

 へたり込んだノノクラゲの正面、センタースクエアの最高度に位置するブロックに、よく知る人間が立っていた。彼を育成するトレーナーだった。
 人間は手に木槌(ガベル)を携えていた。今にも振り下ろそうとしている先の打ち台には、ノノクラゲを封じていたモンスターボールが乗せられているのだった。

「主文は理由を述べた後に言い渡す。被告、ノノクラゲは――――」

 カエンジシは勝ち誇ったように鬣を揺らし、『有罪』と模った〝だいもんじ〟を吐き出した。呆然とへたり込むノノクラゲの罪を浄化せんと、煉獄の業火が彼の元へ時々刻々と迫っていった。

 ここで、ノノクラゲの意識は途切れている。

 ⬜︎ ⬜︎ ⬜︎
⬜︎ ⬜︎ ⬜︎ ⬜︎

 ヘルメット型の複雑怪奇な装置を外して、人間はふぅ、と頭を揺さぶった。押さえつけられていた短髪が跳ねッ返り、玉の汗が散った。

「……すごいな」
「そうだろうそうだろう」

 そばにはもうひとり、白衣を身につけた女がいた。親しげに会話を繋ぎながらも、手持ちのタブレットを滞りなく操作している。

「解析が完了した。テスターを申し出てくれたところ忍びないが、結論から言ってしまえば、完成にはほど遠いな」
「……そうなのか。それにしてはもの凄いシンクロ感だな。言われた通りドーム内をざっと1周したんだが、俺がノノクラゲになったみたいだった」
「実際なっていたさ。ただ、重大な問題点が見つかった。ノノクラゲくんの脳波に、せん妄の症状と酷似した波形が観測された」
「せん妄……」

 男はモンスターボールを取り出し、その中で混迷しているノノクラゲを見た。抱えるように足を折りたたみ、安らかに眠っているように思える。
 白衣の女が、元手持ちのメタングを懐かしむように撫でた。

「脳出血を起こした患者や、臓器摘出など大きな手術から生還した人間は特に、術後しばしば認識障害をきたすことがある」
「はあ」
「それと同じような精神状況に、ノノクラゲくんも置かれていたと考えられる。私が説明したシンクロマシンの機構をもういちど思い出したまえ。〝さいみんじゅつ〟を応用した念波で半強制的に彼の意識清明度を下げ、できた隙間にキミの意識を宿している。これはノノクラゲくんの体へキミの魂を無理やりねじ込むようなものだ。彼からすれば、金縛りにあった己の身体が、何か見えざる力によって突き動かされていたような感覚だったろうな。失見当識、被害妄想、パニック発作、限局性恐怖症……。彼が患った精神的疾患たるや、まったく想像するに忍びない」
「そんな危なっかしいものを俺に使わせていたのかよ!」
「試作段階だからよせ、と釘を刺したぞ私は」
「……」

 黙りこむ男に同情したのか、女は液晶から顔を上げ、実験の徒労感を隠すように声を丸くした。

「まぁ、おかげで別の方法を模索する必要が出てきた。感謝はしている。キタカミの里で失くした初号機は精神が入れ替わってしまうバグが発生していたようだし……、実用化は先が見えんな。いやはや発明ってのも奥が深い」
「……コイツは、大丈夫なんだろうな?」

 人間は手の中のモンスターボールを再度覗きこみ、艶やかな半透明のプラスチックの上からそっと撫でた。アブリボンとメタングも、顔を寄せ合っては何か、心の支えになるような声をかけていた。
 やりとりをしばらく眺めていた白衣の女は、シンクロマシンを改良するべく得られたばかりのデータをポリゴン2に学習させる。

「現在の脳波に異常は見られない。安定しているよ。とはいえノノクラゲくんは、我々には想像もつかぬほどの精神的苦痛を味わわされてきたことだろう。……幸いなことにも、記憶に残ることはまずないだろうが」
「そっか……」
「通りすがりのダークライに悪夢を見させられたようなもんさ。彼の意識が戻ったら、まずは抱きしめてやることだな」

 男は、ノノクラゲの好きなサンドウィッチの材料を調達しておいてやるか、と重い腰を上げた。サバンナエリア側のアーチをくぐり、ひとまず学食にでも寄るため、サダイジャの消化管よりも長いエレベーターを目指し、歩き出す。

「シンクロマシン……、すごい発明だったが、ポケモンを苦しめるのは違うよな。変な実験に付き合わせちゃって、ごめんよノノクラゲ。……しっかしやけに騒々しかったな、今日のテラリウムドームは」





あとがき

愉快! 痛快! ノノクラゲ!
前回の仮面大会に出したデザイナーズマンションはやめとけに引き続き、キノコを逃げ惑わせました。前作のあとがきでもノノクラゲについてのラブを書いたのですが、ようやく小説のメインに据えることができてひと心地ついた感じです。トレーナーを見つけて猛ダッシュで逃げていくの可愛い。剥がれ落ちたひらひらが食材にされてるの可愛い。アニポケでもなんかつむじ風に巻き上げられていて可愛い。もはやデザインからして可愛いすぎるので、ありったけのラブをぶつけてあげました。これだけの不条理、ノノクラゲだから我慢できたけどタマゲタケだったら我慢できなかったはず。
株式会社バ⚪︎ダイからノノクラゲのガシャポンが新登場! ラインナップは足こんがらかり、地面めりこみ、大開脚、雪玉、花粉団子ジャグリング、メノクラゲ頭上搬送、シークレット(ウツロイド寄生)の7種類! お気に入りのノノクラゲをゲットしてお友達に自慢しちゃおう!



以下、大会時にいただいたコメントへ返信を。

・なんだかとっても元ネタがありそうな雰囲気がするんだけど、最後まで楽しかったのでよし。
自分は文字装飾でメタ的に作品価値を高めようとする行為には否定的というか、少なくとも加点要素とは考えない方なんですが、右寄せでのメノクラゲパートはさすがに評価せざるを得ない。ただの見栄えではなく、表現として純粋に面白い。
このような仕掛けでたくさん楽しませてくれることもさながら、ひたすら走って走って、行く先々でろくでもない目にあいながら(被害妄想も込み)もめげずに走り回るノノクラゲ、転んでも吹っ飛ばされてもまだまだ走る。やたらタフだし、そのくせ世の中なにもかもを怖がっていて、なんとも哀れでかわいい。そしてかわいいといえば、変なことに巻き込まれても大人しくしているオニシズクモがひっそりとかわいい。だいもんじで「有罪」と出すカエンジシもかわいい。
言ってしまえば夢オチのようなものでしたが、楽しい読書体験にはなんの障りもなし。最後には「お疲れ、ノノクラゲ」と言ってあげたい気持ちになりました。――仁王立ちクララ (2024/12/19(木) 12:27)

この作品のスタートが『プラグイン機能をフル活用して演出しよう!』ってテーマから構想を練っていったので、そのどれかひとつでも印象に残ってくれたのなら幸いです。恐怖症は数あれど、それを文字修飾にどう落としこめるかを考えるのは楽しかったですね。虫へんの漢字と睨めっこしている時間は大変でしたけど。岩窟の中ではロトムとヤバチャがノノクラゲの独り言に合いの手を入れていたのですけれど、気づいてくださった方はどれほどいたのかしら。
そういった演出を楽しんでもらうために、ストーリーラインは『ノノクラゲが逃げるだけ』というシンプルなものに。走っているだけで面白さを担保できるノノクラゲってポケモン、愉快すぎる……。夢オチだからこそなにやってもいいのだ! を根幹に4.5万字を駆け抜けてもらいました。さていったいどこからがせん妄の中で、どこまでが現実だったのやら……。
元ネタ、というほどでもないのですが、本作は『ミッドサマー』を撮ったアリ・アスター監督の最新作『ボーはおそれている』から着想を得ました。ラストの裁判所のシーンなんかはまんまです。ポケモンに走らせると楽しい、ということは第十九回短編大会にて準優勝を飾られた群群 ?さんの走れモトトカゲから学びました。


・シンクロマシンネも何となく考察を深めたい部分がある憧れの止まらない代物ですね。 (2024/12/21(土) 21:51)

他の方もちょくちょく題材に使われていますが、シンクロマシンってめちゃくちゃ都合いい舞台装置じゃないですか。アニポケだとロイと入れ替わったアチゲータが普通に人間の言葉しゃべってたし、TFとかもう全部これでいいんじゃ……? と思ったりもしました。それだけにとどまらず、悪用方法なんていくらでも考えつきますよね……邪魔な奴の精神をノズパスに閉じこめてしまえば、ずっと北を向いたままだし年に1センチしか動けない。……ひらめいた!


・なぜノノクラゲは走るのか、その先に待ち受けるのは何なのか。様々な恐怖症による発作を数多のプラグインによる仕掛けで表現し、目くるめく場面転換でハラハラさせながら、最後に誰もが納得するオチを用意する。エンタメとして極めて高い完成度を誇っており、とても楽しく読ませていただきました。しかしシンクロマシンがポケモンの精神に与える影響、考えると恐ろしいですね…。(朱烏) (2024/12/21(土) 22:46)

プラグインで遊んだのはこれ以来でした。目から入ってくる仕掛けが楽しいだけで文章もなんとなく明るくなる(ような気がする)ので、ノノクラゲには散々な目に遭ってもらいました。とはいえ視線にさらされるシーンとか、裁判にかけられる場面はウッと息を詰まらせた方も多いかと思いますが。意識混濁してるからって好き放題した作者は、後日ノノクラゲから何かしらのハラスメントで訴えられてもおかしくないですね。今度は私が裁判にかけられる……ってコト!?
こちらは開発段階における試作機ですので、お手元のシンクロマシンがお客様のポケモンを苦しめるようなことは一切ございません。安心してお使いください。


・パニックに陥りながらテラリウムドーム中でトラブルを巻き起こしていくノノクラゲの様子が、様々な文字遊びで表現されていて面白かったです。メノクラゲとの遭遇など爆笑ものでした。 (2024/12/21(土) 22:51)

スカバイが発売されてから私ずっとノノクラゲにお熱なのですが、ようやくメノクラゲと迎合させてあげることができました。あんなに似たもの同士なのに生息環境は相いれず、お互いの弱点を狙いすましたかのようなタイプ相性。クリアボディは菌糸の力で突破されるし、吸収系の技はヘドロ液で反射できる。なんとも因果なふたり組ですよね……コンビ組んだらM-1二回戦くらいまでいけそう。



最後まで読んでくださった方、投票してくれた有権者ども、主催者様、ありがとうございました!



電気石の岩窟内で使用した文字の修飾にはこちらのサイトを、アネデパミにはこちらを用いて生成しています。
また岩手弁の訛りにはこちらのサイトを参考にしています。

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*1 ミズクラゲの学名。
*2 キクラゲの学名。

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