【29】迷いの森のジュナイパー
目次
当初の些細な見誤りはやがて、抜き差しならない状況へと変わった。
とうに陽も落ち、やがては一寸先すら見渡せなくなるであろう秋口の黄昏を控え、この時初めてピークは己の認識の甘さを悔やんだ。
ピークはこの森の狩りで生計を立てる猟師だ。
両親は共におらず、気付けばいつしかこの仕事についていたという、まだ十代も初めの少年である。
それゆえに猟場であるこの森を知り尽くしていたピークは、その日思わぬ転倒で利き足を捻挫した時も、特に事態を深刻には捉えなかった。
今にすれば、軽くとも怪我を負った時点で引き上げるべきであったのだ。
しかしながらその時のピークはそれでも幾ばくかの猟果を求め、せめて罠の設置だけでもと森を進んだ結果……遂には遭難の憂き目に遭い、今へと至るのである。
それでもしかし、この程度の深層までは幾度となく足を運んだこともあったことからも、なおさらピークは今の状況に戸惑わずにはいられなかった。
人は得意分野でこそ大きな失敗をするというが、正になまじ見知った場所や狩りでのミスであるが故に、そこに覚える動揺は幼いピークを強く煽っては、冷静な判断を出来なくさせていたのである。
「あぁ……またここかぁ」
今もピークは森の中を堂々巡りしてた。
そのつど歩む方向は変えているというのに、この日のピークは幾度となく、この一際大きいブナの木の元へと戻ってきてしまうのだった。
遂には周囲も一切の視界が利かぬ闇に閉ざされると、ピークはその日の脱出を諦めて、件のブナの根元へと座り込んだ。
一息ついて手持無沙汰に負傷した右足首へ手を添えれば、瞬間に頭へと突き抜ける激痛に眉をしかめた。
骨折ほど深刻な状況ではなさそうだったが、無理を通して歩き回ったせいで患部はすっかりと腫れ上がってしまっている様子だった。
加えて手元には火を起こす道具すらも無く、ただ一張の弓矢と小さなナイフがあるだけという自分は、今この暗闇においては誰よりもひ弱な存在に感じられた。
もし猫科獣や野犬の類のポケモンに襲われれば、視界の利かぬこの森の中ではひとたまりもないことだろう。
今夜はこのブナを背にしながら、寝ずの一夜を明かす覚悟で重くため息をついたその時であった。
『……──もしかして、お困りですか?』
不意なその声に驚いてピークは両肩を跳ね上がらせる。
その声自体には優しく暖かい響きがこもっていた。
女性の、しかもまだ響きに重みの無い少女の物と思しき軽やかさが感じられる声だった。
だがそんな声にもしかし、ピークの不整脈は今の暗がりと相成ってはこれ以上に無いほど不規則かつ強いものとなっていた。
正直言って、ピークはこうした展開が苦手だ。
常々ピークが感じる森の恐ろしさには二種類あって、一つは弱肉強食の生存競争下において強い緊張を伴う『外的』なもの。
そしてもうひとつは霊的現象とも言われる、オカルティックな展開……有体に言うのならば、ピークはオバケが怖いのだ。
だからこそ、こんな一人きりの闇の森に聞こえてくる少女の声などは、これ以上に無くピークを委縮させた。
しかしながら斯様にピークを刺激したのもあの声ならば、彼を慰めてはリラックスさせたのもその声であった。
『あ……ごめんなさい。突然話しかけたりして怖がらせちゃいましたか?』
気遣わしげなその、物腰柔らかい声にピークの恐怖は途端に霧散する。
声のトーンも然ることながら、おおよそ人間同士と思われる会話のニュアンスに立ちどころにピークの中の『内的』な恐怖は払しょくされたのだった。
そうなるとまさにこの声の出現は地獄に仏だ。
「あの……実は足を挫いちゃって」
ここに至るまでの心労もあってか、我が身の窮状を訴えるピークの声は涙声と疑わんばかりに上ずった。
それを聞いて、依然闇の向こうにいるであろう声の主もまた緊張に息を飲む気配が窺えた。
『大変! 歩けますか? 私の家ならすぐそこなので、そこまで歩ければ宿もお貸しできますけど……』
「本当? もしよければぜひ……──」
渡りに船とばかり、声の少女の親切にあやかろうと立ち上がったピークはしかし──右足に感じる激痛に息を飲んでは身をよろけさせた。
そのままあわや転倒と思われたその瞬間──
『危ない!』
再び少女の声と共に、おそらくは飛び出してきたであろう彼女の手がピークを支えた。
羽毛越しに胸元へ生じる暖かい掌の感触と、そしておそらくは自分の胸元において肩を貸しては支えてくれているだろうその体温と彼女の香りに多感なピークは瞬間、痛みも忘れては斯様な『女の気配』に忘我してしまう。
──いい匂い……女の子だぁ……
久しく忘れていた第三者の、しかも女性との触れ合いによもや今回の遭難を僥倖とすら思い掛けたピークではあったが、その誤った認識はすぐに現実へと戻されることとなる。
否……あるいはこの時、ピークは『異界』へと足を踏み入れてしまったのかもしれない。
自分よりも僅かばかりに背の低い彼女を目下に、何も知らないピークのときめきはさらに大きくなる。
大振りな鳥の羽飾りをあしらった新緑の頭巾をかぶり込んだ件の少女……しかしながらその下に纏うコートと思しき羽毛のそれは、外套というには不可思議すぎるほどその表面を波打たせていた。
もはや風に揺れるなどという素振りではなくそれは、さながらにその柄の羽毛を持つ巨大な鳥の呼吸を体現しているかのような自然でなだらかな動きである。
この時になり再び、ピークの不整脈は不安に依って湿った鼓動を打ち鳴らす。
完全に硬直し、ただ眼球だけをその眼窩から零れ落としそうなほど下に向けては凝視するピークの視線の先で、件の少女もまたその顔を上げた。
『お怪我はないですか?』
そうして優し気に語り掛けてきては、おそらく微笑みと思しき表情を浮かべたのであろうが──それにピークが応えることは無かった。
次の瞬間には身を仰け反らせるとピークの意識は恐怖によって暗転する。
遠くで慌てふためく彼女の高く澄んだ声が聞こえていた……。
あの瞬間、自分の胸元に居た者は『人間』などではなかった──それはピークと等身大の、人語を話すポケモン(ジュナイパー)であった。
覚醒してもなおピークは瞼を開けられずにいた。
そもそもが恐怖によって気絶していたこと自体、数秒程度の出来事だったのだろう。
だから完全に意識を取り戻してもなおピークは瞼の闇の向こうで、次に目を開いた時にはここではないどこかで寝起きを迎えられることを神に懇願してやまなかったが……
『大丈夫ですか? しっかりしてくださいな』
気絶して以降、なおも気遣わし気に掛かけられ続けるジュナイパーの声が止むことは無かった。
やがては全てが現実であることもまた受け入れると、ピークは伺うように片瞼だけうっすらと開いては仰向けの状態から周囲を窺う。
目の前にはそんな自分を膝枕に介抱しながら心配げに見下ろしているジュナイパーの顔があった。
そして不運にもそんな彼女と視線が合ってしまうと、
『あぁ、良かった。突然に倒れたから心配したんですよ』
不安げに眉をひそめていた彼女の顔が途端に綻んではそこに柔らかい笑みを満たす。
その表情と暖かい声に思わずジュナイパーを愛らしいと感じてしまうと、不思議とピークからは今までの恐怖が嘘のように晴れていくのだった。
ならばこれ以上狸寝入りをしていても仕方がないと、ピークも観念しては身を起こす。
その後も彼女の支えでどうにか立ち上がると、ようやくピークは気絶前の状態へと戻された。
そしてその続きをなぞるよう……
『それでは行きましょう。ご招待しますね』
ジュナイパーに手を引かれ、ピークは彼女の自宅までの帰路を共に辿るのであった。
身を預けていた件の大ブナの背後に回り込むと、そこには葛のアーチで模られたトンネル然とした小道が確認できた。
彼女と出会う前までは幾度となくこの周囲もうろついたピークは、斯様な道など無かったことを訝しみながらも手を引かれるままその下を潜る。
手羽の彼女の掌は存外に体温が高くそして柔らかかった。
さらにはそんな羽毛や頭巾然とした頭部が弾むよう揺れ動くたび、花の如き甘い香りを漂わせては背後に続くピークを忘我させる。
斯様にして『女』の雰囲気を醸してくるジュナイパーの存在は、
──女の子の匂いがする……いい匂い……
種の違うポケモンと言えども、多感な少年を刺激して止まないのであった。
斯様にしてジュナイパーの存在に心奪われたままでいるといつしか獣道の足元が、人の通る道路さながらの踏み固められたものに変わるのを確認して我に返る。
そうして顔を上げ、改めて周囲を確認すれば──今辿る道の彼方に小さな丸太づくりの小屋が迫ってくるのが確認できていた。
こんな場所がこの森にあったものかと困惑するピークをよそにやがてはそこへ辿り着くと、
『私の家です。私しか住んでいないのでどうか遠慮なさらずに』
ジュナイパーは半身を翻してピークを望むと、どこか嬉しげにそう告げては家のドアを開いた。
入ってすぐの壁に掛けられたランプへと手慣れた様子で火を灯し、その淡い照明を手にジュナイパーは一人、家の中を進んでいく。
やがてはランプの火の一部を壁際の暖炉に移し、その中に積み上げられた薪に火が宿すや──彼女の住処たる丸太小屋の室内は、柔らかい光に照らし出された。
暖炉の前となる部屋の中央にはテーブルが一基と角材の椅子が二脚、依然としてピークが立ち尽くしている入り口ドアのすぐ脇には炊事場と思しき水場が設けられていて、そこから対面となる部屋の隅にはベッドが一つ設えられていた。
小さくとも機能的な室内は小奇麗な印象で、その質素な雰囲気がむしろ初来方にも拘らずピークの緊張をリラックスさせてくれるのだった。
大自然の森の中からようやくに人のテリトリーへと戻れた安堵からか、ピークは強い眠気を発しては僅かに頭をぐらつかせた。
その様に気付いては駆け寄ってきて体を支えてくれるジュナイパーにピークも苦笑いで応える。
「ありがとう。足が痛い訳じゃないんだ。なんだか疲れちゃって……」
『その体で森の中を歩き回ったんじゃさぞ疲れたでしょうね。もう寝ちゃいますか?』
「うん、そうさせてもらえると嬉しいな」
『分かりました。ただ、そのぉ……』
その好意を素直に受け止めては頷くピークをよそに、一方のジュナイパーはどこか申し訳なさげに語尾を窄めては視線をずらした。
そんな態度の理由こそは、
『その……一人暮らしなもので此処にはベッドが一つしかないんです』
依然として視線を外したままジュナイパーはそのことを告げた。
しかしながらそれを受けたところで、ピークは別段それを重大なことだとは思わなかった。
自分の寝床に関しては目の前にある椅子に腰かけて机に突っ伏してもいいし、このまま床に寝転がったって構いはしない。
夜の野生動物に怯えながらの野宿に比べれば、ジュナイパーの家の一角を借りられる状況は何万倍だってマシなのである。
それを伝えるピークにもしかし、
『そんな、いけません! お客様をそんな風に扱ってしまうだなんて』
ジュナイパーは納得しない様子だった。
そしてその折衷案として彼女は思わぬ申し出を提案する。
それこそは……──
『少し狭いですけど、あのベッドなら………一緒に寝られると思いますよ?』
窺うようにチラリと上目遣いに見上げてくるジュナイパーの視線に、思わずピークの不整脈が一つ高鳴る。
ベッドを一つとした男女の同衾──
その事実を改めて意識して二人は、言いようもない気恥ずかしさとそして……そこに僅かな興奮もまた胸の内に覚えずにはいられなかった。
部屋の北側にジュナイパーのベッドは設置されていた。
入り隅に引き出し式のナイトテーブルが置かれていて、そのすぐ隣にベッドという並びではあるのだが──そんなベッド上においてジュナイパーと枕を並べたピークは、ただ一人眠れぬ夜を延々と過ごしていた。
幾度となく視線だけを動かしては隣のジュナイパーを伺う。仰向けの自分に対し、彼女はこちらに背を向ける体位で寝入っていた。
つい数分前まではピークも疲労から意識を朦朧とさせていたというのに、今や新年を迎える瞬間さながらに目が冴え渡ってしまっている。
それというのも、すべては隣に寝ているジュナイパーの存在がゆえだ。
至近距離で感じる彼女の香り・体温、そして息づかいに至るまでそのすべてがピークを刺激してやまなかった。
常日頃から自身の性欲の強さは自認していたが、よもや行きずりの少女──ましてや恩人に対してまで欲情を催す性(さが)をピークは恨まずにはいられない。
そしてこんな時の対処法として、自慰による沈静化の術もまた心得ていたピークではあったが……いかんせん、状況が悪い。
隣にはジュナイパーがいるのだ。
ベッドを抜け出してこっそり処理しようかとも考えたが、如何せん今の自分の位置たるや、壁とジュナイパーに挟まれた位置にある。
こうして動きあぐねている間にも興奮は募り、ついにピークは……──同衾しているこのベッドの中において済ませてしまおうと心を決めた。
もう一度ジュナイパーの様子を伺った後、シーツの下においてピークはいきり立った自身のぺニスへと触れる。
存分に焦らされたこともあり、膨張の限りに肥大化したい亀頭の鈴口からは、射精のそれと見紛わんばかりの量の腺液が溢れだしていた。
ジュナイパーの背と触れ合ってしまっている右腕を動かしてしまってはその振動が伝わってしまうことから、ピークは元来の利き腕ではない左手を用いて自身を慰める行為を執り行おうと試みる。
しかしながら、普段使い慣れていない左手のそれではただ表面をなぞるばかりで、肝心の『扱く』行為が思うように行えない。
手首のスナップが利かないが故、一向に射精へと導く快感が得られないのだ。
──早く早く……! 早くしないとジュナイパーにバレる……!
ただ気持ちだけが急いていくと、その焦りが現れる手の動きは一層にしなやかさを失ってはなおさらにピークの絶頂を遠ざけてしまうのであった。
そしてそんなピークの傍らにおいて……──
──ピーク……自分のおチンチン触ってるの!?
人知れずジュナイパーは覚醒していた。
というべきか、彼女自身もまた隣に異性を置くこの状況に緊張しては眠れなかったのだ。
いつもならば目を閉じてメリープのことでも考えていれば途端に眠りに落ちる健康優良児の自分が、今夜ばかりはピークを意識するあまり一向に眠れる気配がなかった。
それでもしかし、隣に添い寝するピークの気配などを探っている今宵のベッドはどこか気持ちの弾む気がして、そんな不眠の煩わしさを半ば愉しんでもいた。
しかしそんな矢先に起きたのが──いま隣で始まってしまったハプニングだ。
一般感覚であるならばおおよそ信じられない事態ではあるのだがしかし、彼女自身がポケモンであったことと、そして何よりもピークのそんな苦しげですらある息遣いに、ジュナイパーの意識はむしろそんな彼を心配する向きへと傾いていった。
──たしか男の子もオナニーするって聞いたことがある……でもピーク、なんか苦しそう……
依然としてピークの押し殺した息遣いに聞き耳を欹てていると、やがてジュナイパーはピークの非常識さをさらに上回る発想へと至ってしまう。
それこそは、
──ピークは大切なお客さんなんだから、私がおもてなししなきゃ……!
斯様な謎の使命感に目覚めるジュナイパー。
生来の気真面目さと、処女ゆえの無知からくる勘違いではあるのだが……その実、気持ちの根底においてジュナイパーはピークに想いを寄せて始めていた。
初対面に加え、他者との付き合いなどほとんど持たなかった経験不足からそんな自身の気持ちにも気付けないジュナイパーは、それゆえにピークに触れたいという気持ちをそんな考えで昇華したのだ。
とはいえ──だからと言ってすぐに起き上がってピークに夜這いを掛けられるほどジュナイパーは積極的でも無ければ非常識でもない。
それでもしかしピークに触れたい一心のジュナイパーが取った行動は……──
「はぁはぁ……ん? じゅ、ジュナイパー……ッ?」
依然としてピークには背を向けたまま、ジュナイパーは無言で左腕を繰り出してはピークのペニスを握りしめた。
そんな突然の行動に慌てふためくばかりのピークではあったが、その瞬間ペニスを包み込むジュナイパーの体温と、そして羽毛を介した滑らかな手触りを陰茎に感じ取っては息を飲んだ。
そこからジュナイパーの掌が不規則に上下をする。
不慣れなせいか握りしめてくる圧は強く、扱く動作も包皮を包茎に戻してはまた完全に剥き切るを繰り返す荒々しいものではあったが、他人の感触という新鮮さと誰でもないジュナイパーの甘い香りに包まれての手淫とあっては、たちどころに陰茎には激しい痛痒感が生じた。
肛門が収縮をし、いよいよ以て限界が近づく。
そして腺液に滑ったジュナイパーの掌が剥きだされた亀頭全体に覆い被さった瞬間──
「あぁッ……あぁ!」
息を殺してはピークも絶頂した。
同時に、
──なにこれ? 熱いのがいっぱい手に染み込んでくる……!?
掌の羽毛に染み込んでくる精液の、マグマさながらの灼熱感にジュナイパーの興奮もまた最高潮へと熱せられた。
本能でそれが『精液』であること、これこそがピークの子種でありそれが自身の掌の中で躍動している感覚にジュナイパーもまた──
『んんんぅ………ッ♡』
人知れず絶頂を憶えた。
そうしてしばし互いに身を硬直させていた二人も、やがては同時に感覚の波が過ぎ去ると大きく息をついてはベッドに身を沈ませた。
そうして幾ばくか冷静さを取り戻すと、依然ジュナイパーはピークのペニスを掌に収めたままゆっくりとそれを抜き出す。
その際にも無垢なペニスそれを傷つけてしまわぬよう細心の注意を払っては引き抜き、可能な限り溢れ出た精液を手羽先に絡めては彼のペニスを綺麗に出来るよう努めた。
やがて完全に手の筒からそれが抜き取られると、その瞬間にピークが小さな呻きを漏らす。
その後はか細くも荒い呼吸を繰り返す彼に対し、
『………ナイトテーブルにタオルが置いてあります。それを使ってください……』
依然として背を向けたままのジュナイパーは、勤めて声の抑揚を抑えながらに示した。
あくまで事務的に接することでピークに気遣いをさせない彼女なりの配慮だ。
しかしながら、
「あ、ありがとう………」
それを受けて礼を返すピークではあるが、そう言葉を紡ぐ半面で彼の意識は既に曖昧模糊に形を失いつつあった。
これまでに感じたことも無かった快感に晒されたことに加え、そこに今までの疲労もまた追いつくと、途端にピークの意識は混濁して現実と夢の境界を曖昧とさせていった。
やがては一連の体験自体が夢であったのかもと訝っていると──……いつしかピークは深い眠りへと落ちていくのであった。
しばしして……斯様に規則立ったピークの寝息が響き始めると、改めてジュナイパーは身を起こして目下にピークを見下ろした。
今までにまじまじと見つめること叶わなかったピークの顔は、初対面の印象通りに幼くも、そして今は誰よりも愛らしくジュナイパーの目には映った。
『明日はどんな顔をして会ったらいいんでしょうね……』
そっと語り掛けると、ジュナイパーもまた微笑みまじりに鼻を鳴らす。
そうして鼻先を寄せるとジュナイパーは──密かにピークの横顔へと就寝の挨拶(キッス)をしてみせるのだった。
『お、おはようございますピークッ。昨日は……よく眠れましたか?』
「あ、あぁ、おはよう! う、うん……その……うん」
翌朝──いざ顔を合わせたピークとジュナイパーは、互いしどろもどろになりながらぎこちない挨拶を交わした。
作り笑いの硬い表情のまましばし世間話を続けようと試みるが、遂にはその気まずさも頂点に至り二人は俯き合ったまま何も発せられなくなってしまう。
とはいえしかし、そこに嫌悪は無いのだ。
あんなことがあったせいか……否、そのおかげともいうべきかピークもジュナイパーにしても、翌日に互いの顔を確認した時には真っ先に喜びの感情が胸に湧き上がっていた。
しかしながらあくまでもそれは自分だけの印象であり、お互いに相手は昨晩のことに対し『怒り』──あるいは『嫌悪』の念を抱いているのかとも思うと自然、二人の態度は互いの表情を窺い合うようなものとなってしまっていた。
しばしして、
『あの……朝ごはん、いかがですか?』
ジュナイパーからの申し出に、この閉塞空間から脱せられるならばとピークもまた必要以上に強く頷いてみせる。
しかし反面、空腹であったことも確かであった。
朝食の内容はスパイシーな木の実のスープと、シイの実を製粉したものを練って焼いたパンに木苺というメニューだったが、ピークはそれを瞬く間に平らげてしまった。
実際にそれらは非常に美味でもあり、より一層にこれを提供してくれたジュナイパーに対するピークの密かな想いは強くなるばかりだった。
──このままじゃいけないよなあ……
食後のヒースティーを啜りながら漠然とピークは考える。
相手はポケモンであるのだ。今の関係性は言わば非常事態下での一時的なものであり、いつまでも彼女に甘え続けることはいけないことのようにピークは考えていた。
──それにジュナイパーって美人だし、このまま一緒に居てたら本当に間違いが起こる……
後ろ髪を引かれる気分ではあったが三々五々に食事も終え、改めて昨晩からの礼を告げると、
「それじゃ……そろそろ行くよ」
ピークは遠回しな別れを告げた。
それを受け、即座にその意味するところを察するやジュナイパーの顔からも血の気が引く。
『そ、そんな!? あ……えっと、そのぉ、怪我の具合はまだ良くないんじゃないですか?』
よくよく考えれば自分にしてもピークを引き留められる理由が無いことを察してしまったジュナイパーはそれでもと、昨日来からのピークの怪我の様子を伺う。
互い直接は口にしないために気付けずにいるが、もはやこの段階においてのピークとジュナイパーは相思相愛にも等しい感情を互いに抱いていた。
それぞれが一目惚れに近い状態にあり、それが昨晩の体験と合致するに至ってはもう、このまま生涯を添い遂げたいとまでお互いを想い合ってすらいたのだ。
とはいえしかしそれに気付きようもないピークは、ジュナイパーへ暇を告げようとする。
「怪我ならたぶん大丈夫さ。ほら……──」
そしてそれを証明するべく、腰掛けていた椅子から飛び降りるように勢いを受けて地に足をついた瞬間──
「うわあぁぁッッ!?」
『きゃあッ!』
まるで膝から下が無くなったかのような感覚の喪失と共にピークは派手にもんどりうつ。
依然としてうつ伏せになったまま痛みにうなりを上げるピークへ寄り添うと、
『ほら、ごらんなさい。足だってまだこんなに腫れていますよッ?』
「うう~ん……だいぶ痛みも引いてたから大丈夫だと思ったんだけど」
半ばジュナイパーは叱るかのようその軽挙を窘めた。
しかしながら……
『こんな様子じゃ私も安心して送り出せません。少なくとも怪我が治るまではこの家にいること。……いいですね?』
斯様な結果はむしろ、ピークを此処へ引き留めておく為のいい口実となった。
一方のピークはと言えば、それを受けて気まずげに眉をひそめては一言、
「………これ以上ここに居たら、また迷惑かけちゃうかも」
呟く様にそう告げた。
ここでピークの言う『迷惑』とは言わずもがな昨晩のベッドの中で起きたあのハプニングのことだ。
そんなピークの言葉の真意を、やはり察しの良いジュナイパーはすぐに感づいてしまう。
同時、期せずして目が合ってしまうと──二人の顔はその羽毛の毛並みの下からも分かるほどに紅潮した。
その中において……
『……迷惑なんかじゃ、ありませんよ?』
視線を僅かに逸らせては、同じくに呟くようジュナイパーはそう告げる。
それを受け、更に体温を上げては硬直するピークを再びにジュナイパーはチラリと見上げる。
そうして再び二人の視線が絡むや──今度は満面の笑顔をジュナイパーはそこに咲かせて見せるのだった。
指先が性器になったかのような感覚があった。
中指の先端に感じられるジュナイパーの膣内はその肉の凝縮による圧や体温、そして味や香りですらもが感じ取れるかのよう染み込んできてはピークを朦朧とさせる。
当初は狸寝入りを決め込んでいたジュナイパーもこの段に至っては、快感の波に晒され漏れ出る声を隠そうとはせず……
『あ、あぁ……ピークッ……ピークぅ……!』
それどころか譫言にピークの名もまた繰り返しては、彼から施される愛撫を堪能する様子ですらあった。
斯様にして切なげなジュナイパーの反応にもしかし、一方でピークのペニスを握り続ける左手の動きはその速さと鋭さを増していく。
さながらピークから施される指の出し入れに連動するよう上下される掌の動きたるや、擬似セックスと言っても過言ではなかった。
そんなまぐわいもやがては──
『んうぅッ……もうダメェ♡』
一際強くジュナイパーが絶頂を迎え、ようやくにピークのペニスから掌の緊縛を解いたことで一通りの決着を見せる。
自身が射精に至れなかった心残りはあるものの、それでも女性一人を絶頂まで導けたという達成感に満足しては事後の余韻を堪能するピークではあったが……そんな気持ちも途端に不安なものへと変わった。
隣にて荒い息遣いに胸元を上下させていたジュナイパーから突如、すすり泣くような声が漏れだしてきたからだ。
最初はその声と、そしてその意味を理解できずに横顔を窺うピークではあったが、次第にその噦り上げが大きくなり遂には声を上げてジュナイパーが泣きだすに至っては、さすがのピークも肩肘をついて上体を起こしてはその様子を窺った。
「ど、どうしたの? その……痛かった? ごめん、女の子に触れるの初めてで……」
両腕を瞼の上で交差させる様にして被せては、飾りも衒いも無くただ泣きじゃくるばかりジュナイパーを目下に慌てふためくばかりのピークではあったが、次にジュナイパーから発せられた言葉に息を飲むこととなる。
『嫌だぁ……ピーク、行っちゃやだぁ……!』
ジュナイパーは顔面に覆いかぶせていた両腕を解くと、そんな自分を覗き込んできていたピークの首へとそれを回した。
さながらピークの首にぶら下がる様な形となりながら更に、
『初めて出来た好きな人なのに、行っちゃやだ!』
ジュナイパーは普段の落ち着き払った様子からは想像もつかないような、稚拙で感情的な想いをぶつけてきていた。
強く抱き着いてきては離れないジュナイパーの体温にピークの心は大きく揺すぶられた。
今日までの人生において、これほどまで他人に求められたことはあっただろうか……そして今後、これほどに自分を必要としてくれる人が現れてくれるのかと刹那考えた瞬間──その瞬きほどの時間においてピークは得心してしまった。
それこそは、
「……行かないよ、どこにも。ここが僕の……ジュナイパーの隣が僕の居る場所なんだ」
ピークもまた強く抱き返すと、その腕の中でジュナイパーもピークの横顔を窺う。
『本当? 本当にどこにも行かない? ずっと私と一緒にここにいてくれる?』
「行かないよ、もうずっといっしょ。ずっといっしょ……大好きだよジュナイパー」
この胸に満ちる彼女への熱く大きな想いを、稚拙な言葉でしか表せられないもどかしさを補うよう、ピークはジュナイパーを抱きしめる両腕に更に力を込めた。
『あぁ、ピーク……私も、私も好きぃ……大好きッ』
同じようにジュナイパーも抱き返してくれると、もはや体温を共有した二人は互いの肉体の境界すら分からなくなるほどに強く前面を擦り付け合った。
斯様にして密着が為されると同じ身丈の二人の股間もまた密着をし、自然ピークの屹立したペニスはジュナイパーの股座へと沈み込む。
先の愛撫で存分に湿らされたジュナイパーの膣口は滑るようにその羽毛の上を渡らせては、既にピークの亀頭を丸々と膣内へ取り込んでしまった。
「あ、あぁッ……入っちゃったぁ……!」
『んぅ、熱いぃ♡ それに、すっごく大きくて素敵ぃ……』
亀頭全体を締めつけてくる膣内の熱い粘膜に声を上げるピークに対し、ジュナイパーもまた全身全霊でピークの躍動を感じては新たな快感に背を震わせる。
『このまま入ってきてピーク……一緒に赤ちゃん作ろ? ね……お願い』
「はぁはぁ……ジュナイパー………僕の赤ちゃん、産んでくれるの?」
『うん、産みたい! ピークの赤ちゃん、一杯ほしいッ♡』
二人が最後の理性を保てたのはそれが最後であった。
互い、繁殖の本能に目覚めてしまった次の瞬間──二人は貪り合うかの様、嘴を互い違いに嚙合わせると、そこから螺旋に舌同士を絡ませあうキスをする。
もはやこれがお互いのファーストキスであることのムードも感慨も無い。
ただ飢えや渇きを満たさんと欲するかの如くに、二人は獣さながらに求め合った。
幾度となく鼻先同士を擦り付け合う濃厚なキスの中において、半ば本能に導かれるようピークがしなりを付けて腰を打ち出すと、遂に陰茎全体がジュナイパーの膣内へと納まっては、その一突きで深部の子宮口を突き上げる。
『んむぉッ♡ んおッ♡ んんぅぉお~……ッ♡』
依然として舌同士を絡ませ合っているとあっては、もはや満足に声さえも上げられないジュナイパーではあるが……一身に受ける苦しみ、痛み、快感、そして無情の愛は彼女の絶頂を何倍にも増長させてやまない。
そしてそれを反映させるかのように膣壁は痙攣と収縮を繰り返してはピークのペニスを絞り上げ、遂には下りだしてきた子宮口が唇よろしくに亀頭の先を咥え込み、直に吸引を施した瞬間──
「んぅッ! んうぅぅ………ッッ‼」
『んもおぉッ!?』
遂にピークはジュナイパーの胎内において射精を果たした。
昨晩に射精した時とは比べ物にならない量の熱い飛沫が胎内に湧き上がる感覚は、さながら直接に熱湯を流し込まれるかのような苦しみをジュナイパーへと憶えさせた。
しかしながら反面、未知のその苦しみに晒されるほどにジュナイパーの子宮(にくたい)は新たに知ったその快感に打ち震えては、自ずから収集句を繰り返して更なる射精をピークへと促すのだった。
「ん、んぅッ……あぁ……吸われるぅ………ッ!」
『あんぅぅ、ピークぅッ♡ 気持ちいいッ♡ お腹の中にピークの子種入れられるの、熱くて気持ちいいよぉーッッ♡♡』
しがみ付くように強くピークの首根へ抱き着くや、ジュナイパーは声の限りに本能の喜びを謳うのだった。
やがては徐々にペニスからの送精も緩やかとなり──……遂には収縮の限りに窄まっていた膣壁もまた脱力すると、期せずして二人はため息を揃えてはベッドへと沈み込むのだった。
高々が数分程度の運動であったはずがその実、肉体に感じられる疲労感たるや昼夜を通して森を駆け抜けたが如くだった。
それでもしかしそこに伴う充足感と多幸感は、どこまでも二人を満足させてやまないのだった。
ただ抱きしめ合い、擦り付け合う羽毛の表皮に互いの肉体と体温とを感じ合う語らいには、もはや言葉など必要も無かった。
その後もひたすらに抱きしめ合い、そしてどちらともなく肉体が昂ればまた二人は愛し合い、互いの種を分かち合った。
種を越えた結合の禁忌を理解しつつもしかし──この時ピークは、ようやくに帰るべき場所に戻ってこれたかのような安堵に包まれては、いつまでもジュナイパーの胸元に頭を埋め続けるのだった。
翌朝──共にベッド上での目覚めを迎えた二人は、しばし抱き合っては見つめ合うなどして過ごした。
会話らしい会話も無く、ただ互いの表情を確認し合いながら時に微笑み合うそんな一時は存外にピークの心を慰めてやまなかった。
今となっては最愛の人となったジュナイパーとこの瞬間を分かち合えることを幸福に思うと同時……しかし今の状況はピークの心もまた苛んでやまなかった。
『どうかしましたか、ピーク?』
そんな心の機微に気付いては尋ねてくるジュナイパーにピークも我に返る。
その瞬間なんだかジュナイパーの視線が居た堪れなくなり、そして同時に一抹の寂しさもまた感じたピークは半ばしがみ付くかのようジュナイパーを抱きしめた。
深く抱き寄せて彼女のうなじへと鼻先を潜らせると、
「………怖いんだ」
ピークは呟くようにそれを伝える。
当然のようにその理由を尋ねてくるジュナイパーに対し、しばしの逡巡の後──ぎこちなくもピークは今の心境をたどたどしくも伝えた。
「僕は、キミと違うってことが不安になる……」
今ピークを苦しめるものの正体こそは、自分とジュナイパーという種の差異に対する不安であった。
どんなに気持ちを通じ合わせようとも、やがては肉体の違いからくる歪みによって自分達は引き離されてしまうのではないかと危惧する。
それは食べ物であり、考え方であり、そして時間であったり──そうしたものがやがては決定的な別れを互いの間にもたらせてしまうことを、今のピークは何よりも恐ろしく思うのだ。
それを告げ、再び強く抱きしめてくるピークにもしかし……打ち明けられたジュナイパーはどこか不思議そうにその腕の中から想い人を見上げた。
そして半ばあっけらかんとすらした様子で、
『ピーク……もしかしてあなたは、気付いていないのですか?』
鹿爪らしくジュナイパーは問い訊ねる。
煙に巻くつもりはないのだが、それでも斯様に温度差のある問答に今度はピークがその表情を呆けさせた。
「ど、どういうこと?」
そうして改めて見つめ直しては困惑した様子で尋ねてくるピークと視線を交わした後、ジュナイパーは僅かに身を起こすとピークから離れ、一人ベッドを降りた。
ベッド上からも一望できるその室内をジュナイパーは進んでいくと、出入口すぐ脇の壁面に取り付けられた何かを手にして再びこちらへと戻ってくる。
切り取られた窓の様に四方を木枠で囲った平面のそれ──訳も分からずに差し出してくるそれを受け取り、そしてその中を覗き込んだピークは生唾を飲み下した。
両掌の中に置いたそこに視線を落としたその先には──紛う方も無い一匹のポケモンがこちらを覗き込んでいたからである。
「こ、これは……──」
ピークがいま手にし、そして覗き込んでいたものは一枚の鏡であった。
そしてそこの鏡面には赤の折笠と思しき羽毛を頭部に被った鳥ポケモンが精悍な間差しをこちらへと向けている……毛並みの質感に多少の違いは見られたが、そこに居た者はジュナイパーと同種の鳥ポケモンであった。
そして全ての真実を擦り合わせるよう、
『それが、あなたですよ』
ジュナイパーは告げた。
同時にピークは今日に至るまで『自分自身』というものを顧みたことが無かったことを改めて知る。
今よりもさらにか弱かった幼少期には既に、ピークはただ一人で狩りをしていた。
誰に教わるでもなく弓を覚え、そうして孤独に生きて来たピークに対し、彼がヒスイジュナイパーであることを教えてくれる者は周囲に一人としていなかったのだ。
故に彼の閉じられた世界は今日この瞬間まで守られてしまうこととなる。
比べられる対象がいない以上、周囲のポケモンやヒトに対する自身の在り方の違いを知る機会に恵まれなかったのだ。
それに気付いた時、目の前のジュナイパーにまつわる一連の関係性にもピークは全ての納得がついた。
曰くそれは、初対面であるにも関わらず彼女に対し強い好意と執着を持てた事──曰くそれは、彼女の作る食事が遺伝子に共鳴するレベルで美味に感じられたこと──曰くそれは、彼女に対し強い性的欲求を抑えられなかったこと──……それら符合の理由こそは、多少の差異こそはあれど自分達が『同じ種のポケモン』であるからに他ならなかったからだったのだ。
それに気付き、そして茫然自失と見上げてくるこんな自分へと再びジュナイパーが微笑みかけてくれた瞬間──ピークの双眸からは滂沱の如くに熱い涙が溢れ出した。
そんなピークを労わるよう、そして新たに迎え入れるようにジュナイパーは胸の中へと抱き寄せる。
『おかえりなさい……ピーク』
そんなジュナイパーへとピークもまた強く抱き着き、今度は声を上げて泣いた。
朝の静寂にこだまするそんな物悲しくも美しいヒスイジュナイパーの声に、森の誰もが聴き惚れたことだろう。
それこそは喜びの歌であるのだ。
孤独の内に生きて来た一人のポケモンが今、最愛の人の元へと帰ることが出来た──そして森の中でこの出会いを待ち続けた一人のポケモンもまた、そんな最愛の人を離さじと負けないくらいに力強く抱き返してみせるのだった。
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