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Vortice Rovente 05 の履歴(No.1)


全体的にグロ描写多めです、苦手な方ご注意ください



物語を振り返る ?

Vortice Rovente


written by 慧斗




TURN11 You're still alive?


「…起きて、そろそろチェックアウト30分前だって」
 グレースにゆすり起こされて浅いような重い眠りから覚める。
「起こしてくれたのか、別に応対なら俺行ったのによ…」
「昨日睡眠薬飲んでたし、眠れるならギリギリまで眠らせてあげたくて…」
 睡眠薬飲んでるのを気づかれたのはなんか複雑だがその好意はありがたい。

「30分あるなら身支度は余裕持ってできるな、朝飯どこで食べるか考えとけよ」
「私もう終わったから、朝ご飯何しようかな…」
 気合が入ってるのはよく伝わってくる、朝は負担にならない程度ならしっかり食べてもいいと伝えて顔を洗いにバスルームへ向かった。


 グレースの要望で近くのハンバーガー屋に向かう。
 この時間なら朝メニューしかない可能性があると釘は刺しておいたが、問題ないというならそれでいいんだろう。
 店頭にいる赤いアフロのバリヤードに何故か既視感を覚えつつも、案の定モーニングメニューしかないメニューとにらめっこして朝飯を決める。
「本当にあれで大丈夫か?」
「いいよいいよ、私あのハッシュドポテトって好きなんだよね。ナバールこそ大丈夫だった?」
「…あのメープル効いた朝用バーガー、地味に好きなんだよな」
「グリドルいいよね!」
 今のところは不調とかはないらしい。せめて今日、大会まで見届ければ、俺は…

 ローストコーヒーとメープルの香りにぼんやりした感覚もリセットされていく。大会の当日エントリーは10時からだし少し急いだほうがいいかもな…



「なぁ、会場ここで合ってるんだよな…?」
「合ってる、と思うけど…」
 目の前に広がるのは低層ながら床面積の広そうなビルに綺麗な庭園、田舎にありがちな宗教施設の総本山とでもいった感じの施設だった。

「一旦再検索かけるから少し距離取って…」
「お客様ですか、本日はどういった御用で…?」
 フードを被ったいかにもな感じのレパルダスに見つかってしまった、少々面倒か…
「えっと、私この辺りで開催されるカラオケ大会に出たくて…」
「カラオケ大会でしたら、ショッピングモールにカラオケボックスがありますよ」
 グレースが質問しても一蹴された。ちょっと俺が一肌脱ぐか…
「こっちの勘違いなら謝りますが、そのカラオケにポスター貼っていたのを見て来たので、もし良かったら正しい情報教えてくれませんか?」
 ヘルメットのバイザーも上げて、あえて丁寧な言葉遣いで攻める。
 こういう時は丁寧に話した方が向こうも案外親切にしてくれる。

「何今の?ナバールそんな丁寧モードできたんだ…」
「一応最低限な、というかグレースだってそれぐらいできろっての…」

「ナバールの名を持つ神獣にグレース…」
「「……?」」
「グレースさん、でしたっけ。失礼ですがあなたの御父上の種族とお名前を教えて頂いても…?」
「…はい、父はダイケンキでコバルトって言います」
「やはりご家族の方でしたか…」
 何か納得したような表情でレパルダスはフードを脱いだ。

「あなた方は会長より丁重におもてなしするよう会長より言付かっております。カラオケ大会の方は担当に話を通しておきますので、まずはお茶でもどうぞ…」


「改めて私はアンブレオン財団の社会福祉事業担当のマギョーと申します、先ほどはお二匹に失礼な態度を取ってしまったことは申し訳ございませんが、時世柄警戒も必要であるが故の言動とご理解ください」
 出されたアイスティーは特に異常なし、毒薬や睡眠薬の心配もなさそうなので、グレースにサムズアップして安心させようとしたらもう飲んでいた。
「ここはアンブレオン社のバース会長が設立したアンブレオン財団の中でも、慈善事業として地域福祉への貢献のために設立された組織になります。戦災孤児のための孤児院も本部にはあるのですが、ここは基本地域支援が専門になります。今日のお祭りも交流のきっかけや活性化のためなんですよ」
 宗教施設っぽい見た目してますが、特に18タイプが手を取り合うこと以外の信条はないですよ、なんて笑ってみせた。
「なるほど、だがそれなら俺をここに通す理由は謎のままだな?」

「…少し場所を変えましょうか、グレース様にはそろそろカラオケ大会の手続きがありますので別室でどうぞ。良ければ衣装も本番でお貸ししますので」
「ナバール…」
「行って来いよ、俺に構う前に夢への抽選券ゲットしてきな」


 不安そうなグレースの背中が閉まるドアで見えなくなった。
「質問にはお答えしましょう、222年前の戦いにおいてイベルタル様がポケモン達を救うため全てを敵に回した戦い、その中で3匹のポケモンが共に戦うことを決意し、命を落としました。我々は勇敢なるポケモン達の種族を神獣と呼んでいるのですが、その中の一種族があなたなのです」
「…前提として【月下団メンバーの集まりで、押し付ける気はないがイベルタルを信仰している】という解釈でいいんだな?」
「イエス、です。なかなかの洞察力をお持ちなようで…」
 アイスティーを半分ぐらい飲み干す、本当に真意が読めないな…

「それではこちらかも質問を一つ。タマムシシティでの事件で英雄ナバール様は命を落とされ、種族全体が絶滅したと聞いていますが、あなたはこうして生きているどころかナバールの名を名乗っている。一体あなたは何者なんです?」
「…答えは一つだ、俺の名は英雄にあやかろうとして付けられた名前、ただそれだけだ」
 内心苛立つ質問だが、これ以外に答える理由もない。
「…するとあなたは一体?」
「俺も知らない。ただ言えるのは俺はナバールであってナバールじゃない、それだけだ」

「…なるほど、ではあなたの左胸を見せて貰えますか?」
「左胸?」
 俺を刺殺するつもりなのか…?
「神話の中ではイベルタル様は命を落とす直前に世界に力を分け与え、世界に危機が迫るとき、勇敢な少年にその力を託すと言われています。早い話がイベルタル因子であり、イベルタル様同様680の種族値と特別な力を手に入れた存在になれます。彼女の御父上ももちろん、ナバール様も卓越した因子能力に目覚めており、その証であるY字の跡が左胸にあったそうです」
 正直信憑性に欠けるが、シャイナさんの講義で聞いた話とも合致はしている。
「左胸を見せればいいのは分かったがそれだけだ、余計な事をすれば怪我で済むと思うなよ?」
「心得ております…」
 なんか調子の狂いそうな感覚に苛立ちつつ、左胸をそっと触らせる。
「確かに左胸には何もないですね、失礼いたしました。とおや…?」
 いつの間にか尻尾が背に回り込んでいるのに気づいて右の裏拳を脅しに空打ちして左の爪を首筋の急所に添えた。
「背中に触るな!余計な詮索するなと言っただろ?」
「……失礼しました!」
 首筋の攻撃から離れるように飛びのいた、危ないとこだった…

「これで満足か?」
「…はい、これで分かりました。ですが、やはり貴方を丁重におもてなしする許可だけはください」
「……好きにしろ」


 低層でもなんとなく一匹になりたくてエレベーターに乗り込んだ。
 流石にこれを知られたらマズいからな…
 エレベーターの鏡に反射する俺の背中には、毛に隠れながらもうっすらとYの跡が浮かんでいた…


TURN12 歌姫と潮流


 曲名と名前に加えて連絡先を記入してエントリー完了。
 順番は抽選らしいけどいい順番だといいな…
 その後、好意で衣装を選ばせてもらったけど、あんまりよく分からなかったので丈の短いドレス風の衣装にしてみた。
 私の体型が服を着るのに向いてないのもあるけど、服は特殊な防護目的か一部のポケモンがお洒落に着るぐらいだから、内心ちょっと初体験にわくわくしてる。
 反対側には屋台もいっぱい出てるみたいだし、ちょっと行ってみようかな…!
 焼きそばも美味しいし、暑い時のかき氷も外せない。でもスーパーボールすくいも射的もくじ引きもやりたいんだよね…!
「って思ったけどお金ほぼ底尽きてるんだった…」
 朝ご飯まではナバールが色々面倒見てくれてたから忘れかけてたけど、もう自販機も使えるか怪しいとこまで来てたんだっけ…
 一応500円玉はあるけどこれは一昨日…

 焼きそばの屋台を見ながら一匹で葛藤していると、遠くに少し気だるげな表情を浮かべた姿が見えた…!
「ナバール、いいところに…!」
「…こっから先は別料金だからな、歌手デビューしたら印税で払えよ」
「…うん!」


「ねぇ、焼きそば一緒にどう?」
「いいかもな、塩焼きそば2つ!」
「あんちゃんうちソースだけだよ?なんてね1000円」
「…塩対応の焼きそばで塩焼きそばか、今ならウェルダンにするだけで許してやるからさっさと作れ」
「ストップストップ…!」

「射的って撃っても弾のパワー足りないよね…」
「動力が空気だから、コルクを詰める前にコッキングレバーを引いてチャージするとマシなはず」
「すごい、本当にちょっと強くなった!けどクッキーの大箱は倒れないか…」
「下のラムネとの結合部を狙えば行けるな、ちょっと砲身借りるぜ… 今だ!」
「…なんか本物みたいな音したけど、やったラムネとクッキーゲットだぜ!」
「良かったな、おまけ付きで」
「ありがとう、お礼にきゅうりの一本漬けとか食べる?」
「きゅうりは死んでも食わねぇからな⁉」 


 しばらく屋台を堪能していた時、通りの端で怒鳴り声と小さな泣き声が聞こえた。
 何かを怒鳴っているリングマと、必死に泣きながら誤っているコリンク…
 親子っぽいけど、それにしては怒り方と謝り方が普通じゃない。
 周りのポケモン達も遠巻きに見て見ぬふりしてるけど、あれ大丈夫なのかな…

「群衆の声が邪魔でよく聞こえないんだが、あいつら何言ってるか分かるか?」
 一番興味なさそうに思えるナバールがすごく真剣な目をしている。何がここまで駆り立てているのかは知らないけど、結構熱いとこあるのかな…?
「一言一句正確には分からないけどいい?」
「問題ない。あのコリンクの身体に痣と火傷の痕がある以上、虐待阻止への介入には大まかな現行証拠で十分だ」
「いつの間にそんなの見つけて…」
 なんか無愛想なような、おどけて見せてるような様子とも違う、この真剣さはどこかで…?
「早く頼む…!」
「えっと、【何度言ったら分かるんだこの出来損ない、修正してやる】、【ごめんなさい、ちゃんと覚えるから怒らないでください】…」
「ビンゴかよ…」
 舌打ちしながら携帯電話を操作する目線は怒りと悲しみをかつてないほど強く感じる…

「グレース、これから俺は一騒動起こしてあのコリンクを助け出す。騒ぎが起こったらお前はさっきの建物からマギョーなり職員なり呼んできてくれ。ゴタゴタ軽減のためにも、今だけ俺たちは知らないポケモン同士でいろよ」
「…分かったけど、ナバールは大丈夫なの?」
「俺は悪タイプだ。守るべきものは他を全て敵に回してでも守り抜く、それぐらいの長所は持たせてくれよな」
 冗談めかして言っているけど、ナバールの目は真剣そのものだった…
「お願いだけど、下手に手は出さないでね…」
「…心配するな、いきなり手は出さないから」


 今にも殴りかかろうとするリングマの間に割って入るようにナバールが入っていった…
「あの、その子怪我してるみたいですが、僕そこの施設の方へ連れていきましょうか?」
「いえ、お構いなく…」
「あんたに聞いても意味ねぇな、君、どこか痛い?」
 いきなり割って入ったことに内心ひやひやしつつも、ナバールは落ち着いた様子で携帯電話をコリンクに見せている。
「たすけて!」
 画面を見た途端、コリンクは泣き叫びながら私の方に向かって来た。
 何が起こったのかは分からないけど、衝動的に抱きしめて、もう大丈夫だよと落ち着くような言葉を繰り返していた。
 この感じ、どこかで…

「アウラム、他所様に迷惑かけて…」
「待てよ、他所様じゃあなくて俺様の間違いだろ?」
「なんだお前は⁉」
「何大人げなく焦ってんだよ?相手は子供だ。あんまり怖がらせるもんじゃねぇし、ましてお前のサンドバッグじゃないぜ」
 こっちに鬼気迫る勢いで来ようとしたリングマを、ナバールは片手で後ろから腕を掴んでホールドしている。
 軽口を叩きながらも目線から殺気すら感じそうになってる…
「これは教育であり愛の鞭だ、ガキは他所の家の教育にケチ付けんじゃねぇ!」
「何言ってんだ⁉」
 リングマのギガインパクトをさらっと躱しつつ、ナバールの蹴りがリングマの腹部を容赦なく蹴りつけた。
「お前の都合で気に入るように暴力で抑圧して統制するのが教育かよ⁉身内でもやっていいことと悪いことがあるだろ!」
 ナバールは蹴りで下がったリングマのアゴにアッパーを入れ、さらにのけぞった顔面への裏拳叩き落としていく。
「その上お前は自分の外面だけ着飾ってかってに事なかれ主義かよ⁉」
 目線を整えようとする顔面に平手打ちをくらわし、そのまま腹部にストレートを打ち込み股を蹴り上げてダメ押しでアッパーを叩き込んでいく。
「お前みたいな奴はクズだ、二度とあの子や子供に関わるな!」
 グロッキーになってふらついたリングマは容赦ないナバール怒りの跳び回し蹴りで吹き飛ばされ、このコリンクの当面の危機は去った…


 結局私もナバール同様さっきの部屋で色々事情聴取中…
「なんか予定と全然違ったんだけど…」
「お前は無罪だろうしこの埋め合わせはする。だがどうしてもあの子を少しでも早く安心させてやりたかったんだ、その場で合わせてくれてありがとう…」
「あの子に免じて埋め合わせとかはいいよ、それにしてもナバールって結構優しいとことか熱い部分持ち合わせてるんだね…」
 急に格好良く熱い言動をして見せたり、自分のことより見ず知らずのコリンクを助けるために大暴れしたり、ナバールって本当変わってる…
「どうしても虐待とか見るとほっとけなくてな、自己満足の贖罪だと分かってても同じ目に遭ってる奴を見殺しにはできそうにない…」

 その一言で記憶の欠片が潮流の様に流れ込む。
 あのコリンクのように目の前の脅威に心の中で怯えつつも、さっきのナバールように必死に戦い続けていた、それでいて私や弟を守ろうと一生懸命に頑張っていた男の子…
 あの懐かしい姿がなぜか脳裏にフラッシュバックして離れない。
 もしそうだとしたら、にわかには信じられないけど、そうであって欲しいと願っている私がいる…


「ねぇ、一つ聞いてもいいかな?」
「…その台詞何回目だ?」
「無愛想モード戻らないでよ、あなたってもしかして…」
「お待たせしました、手続きが無事終わりましたのでお伝えします」
 質問はここぞというタイミングで遮られちゃった…


「結論から言いますと、お二方ともお咎めなどはなしで済みそうです。うちがイベント用に招集していたボランティアスタッフがトラブル対応、リングマが暴走してお客様に危険が迫っていたので緊急事態につき手荒に無力化、ということで会長が処理してくださいました」
 それなら良かった…!
「それより、あのコリンクは大丈夫なんだろうな?」
「治療も完了して今は眠っています。あのリングマは警察行きにしましたが現状の法制度では虐待自体での対応は難しいため、身の安全が確保できるまであの子は当施設が責任を持って保護します」
「そうか、極力安心できるようにしてしっかり守ってあげてくれ」
「分かりました。それと、会長は今回のお二方の活躍に大層喜ばれており、先ほど【君たちには直々にお礼をしたい】とメッセージも来ております。以上になりますので、カラオケ大会までゆっくりとお過ごしください…」


「それで、さっきの質問だったな…」
 休憩所として案内されたラウンジでアイスコーヒーを飲みながらナバールは携帯電話を操作して画面を見せる。
「一刻も早く安心させたかったんで少し荒技使った、誰にも言うなよ!」
「うん、もちろん…!」
 もしかして口で言えないから携帯にメッセージを入力して…


 おれはきじゅうクルセイダー きみをたすけにきた
 「たすけて」といいながら、あのアシレーヌのほうへにげるんだ!


「…何コレ?」
「さっきのコリンクに見せたメッセージ、あの状況なら正義のヒーローに言われた方が動きやすくて安心できると思ったんだが…」
「…うん、実際上手く行ったから合ってたと思うよ」
 なんか質問内容はっきり言わなかったせいで勘違いされてるよ…
「プランを急に変えたのは謝る、それよりカラオケ大会始まる10分前だし行った方がいいぜ」
「ってもうそんな時間なの⁉」
「まぁあんま俺のことは気にせず楽しんで来な、軽くあくびするぐらいの方が上手く行くぜ」
 さらっと聞きたいことを躱されたようで的確なアドバイスをしてきたナバールのことが気になりつつも、衣装を置いてあった部屋に向かった。



 なんとか会場には間に合ったけど、デビュー狙いな参加者がいっぱいいて緊張する。
 それでも私だって、負けられない…!
 アドバイス通り軽くあくびをして伸びをする。
 確か声の通りが良くなるとかで本当に理にかなってるアドバイスなんだっけ…

「それではエントリーナンバー30番、グレースさんです!」
 絶対大丈夫、優勝してみせる…!


「エントリーナンバー30、私の夢を信じてくれるあの子のために歌います!【翼を広げて】!」


TURN13 The pokemon with no name


 どうにか最後まで歌いきることができて、そこそこ多めなお客さんからの拍手と、合格基準に達していることを示すチューブラーベルが鳴り響いた。
 結果はまだ分からないけど、今できるベストは尽くして第一段階はクリア。
 もし上手く行ったらルトくんに届くといいな…


 合格者席に座ってぼんやりと空を眺めていると、空に花火が打ち上がった。
 みんなが歓声を上げているけど、カラオケ大会のタイミングで打ち上げるとも思えない。
 私が歌ってる時に打ち上げられると集中できなかったかもだから、タイミング今で助かった…
それにしても綺麗な花火…

 もう一発打ち上がらないかな、なんて内心期待しているとさらに打ち上がって綺麗に光った。しかも同時にニ発。
「同時に二発って、かなり豪勢だよね…?」
 そんな事を思っていると、どうやら他のみんなも同じことを思っていたらしい。
 普通に考えたら知ってそうなスタッフも困惑してる辺り、本当に予定になかったのかな…?

 今度は大きく一発、しかも同時に稲光。
 二種類の光が夜空に煌めいている。花火と稲光の共演が…
「ってちょっと待って、稲光!?」
 普通に考えても雷雲もないのに稲光だけあるなんて少しおかしな話だ。
 ただの雷じゃなくて、誰かが起こしてるとしか…

 そう遠くない場所から爆発音と悲鳴が聞こえた。
 ここまで来るともはや花火大会や青天の霹靂どころの騒ぎじゃない。
 本当に一体何が起こっているの…?


「UBだ!UBが攻めて来たぞ!」
 誰かの叫びに思わず空を見上げると、空に穴の様な裂け目ができていて、そこから白いドククラゲのような生物が降りて来ていた。
 お父さんの話にあった通りの出現や驚異的な力、間違いない…
 オトナを中心に会場のポケモン達は大パニックになって逃げまどっている。
 私が生まれた頃にはこんな景色なんて見ることはないと思ってたのに、こんな一瞬で世界が滅茶苦茶にされていくなんて…
「何としても止めるんだ!」
  勇敢なポケモンや警官も頑張って戦ってはいるけど、UBには大したダメージも入らずみんなどんどん倒されていく…
「世界って、こんなにあっけなく滅んじゃうの…?」
 叫んでも答えなんてなく、ただ目の前の景色が全てだった。
 夢も願いも、全ては無慈悲な力の前に壊されちゃうんだ…


「フハハハハハハハハハハ…!」
 突然カラオケ大会用に使われてた音響機材から高笑いが鳴り響く。
 こんな時の高笑いって、まさかUBを操ってる黒幕…?

「…お、おい、あそこに誰かいるぞ!」
 指さすような声に近くの鉄塔を見上げると、鉄塔の一番上に誰かが立っていた。
 UBに破壊された投光器が奇跡的にその姿を照らしていたけど、闇に溶け込みそうな濃紺のレーシングスーツとマントを羽織って、顔もフルフェイスヘルメットみたいな濃紺の仮面で隠されていて、かろうじて二足歩行のポケモンとしか分からない。
 UBといい謎の存在といい、こんな時隣にナバールがいてくれるだけでも幾分安心できるのに…
 あれ?なんで私は無意識にナバールに頼ろうとしてるんだろ…?

 そんな自問を他所にスーツのポケモンは掃除機の筒みたいな大きなものを取り出して何かをすると、筒からものすごい光が放たれた。
 それと同時に空中にいたUBがまとめて倒されていく。あれビーム攻撃だったの…⁉
 騎獣クルセイダーの劇場版かと言われても信じられるレベルの出来事が立て続けに起こっていて、みんなも呆然としている中で、音響機材が再び通電する。

 
「私は、ファイ」
 開口一番の自己紹介に周りも騒然としている。
「ファイって、まさかあの都市伝説になってる…?」
「多分そうだろ、警察でも対応に困る敵を倒す謎のポケモンだとか…」
 私だってファイの話は聞いたことがある。
 仮面とスーツで全身を隠した謎のポケモンで、どこに現れるのかも目的も不明だけど、少なくとも警察の情報ではUBを倒す力を持ってるとか、助けられたポケモンの証言も多いらしい。
 二足歩行のポケモンであること以外は不明だけど、警察もファイの指示に従うと言われる程らしい。最近は姿を見せないとか言ってたけど、まさかアローラにいたなんて…

「会場にお集まりの諸君、ここにはじきに警察の特別組織が救援に来るから安心しろ。UBは私が食い止めよう、皆には安全な場所への退避と傷病者の救護を頼みたい」
 
 淡々としながらも指示にはどこか冷静さと優しさを感じさせる。

「私はこれ以上UBによる被害を増やしたくはないが、そのためには皆の協力が欠かせない。先陣は私に任せるがいい、皆で被害を食い止めるぞ!」
 いつの間にか悲鳴が歓声に変わり、混乱の続く中でも一部のポケモンが勇気を出して避難誘導を始めていた。
 どうやらさっき私たちがいた建物周辺を避難場所にしてるらしい、私もカラオケ用機材を使って声でみんなを誘導しなきゃ…!
「みんな、落ち着いて避難しよう!焦らないで大丈夫だから!」
 上手く言えてるか悩んでる私と対照的に、ファイはその倍ぐらいの速度で空中に飛び出しUBを斬り刻んで軽やかに着地していた。
 バリヤードに似たピエロみたいなUBが頭を派手に爆破して攻撃してきたのを仮面の横から針みたいなのを乱射して迎撃、爆発の被害を食い止めつつ銃で細い胴体を撃ち抜いてバラバラにした。
 そのままエアスラッシュや放電の中を走りながら避けつつナイフで斬りつけ、折り紙みたいなUBもすれ違い様に真っ二つにした。
 門松みたいなUBが砲撃してくるのを高速移動からの減速で予測位置への攻撃を躱しながら銃で関節を撃ち抜いて機能を奪っていく。
 ドククラゲみたいなUBも門松みたいなUBを助けようとして一緒に飛び上がったが、それを逃がそうとはしない。
「装備が重すぎるんだ!」
 門松UBを簡単に切り裂き、ついでにドククラゲみたいなUBも一緒に急所を斬って倒したらしい。

「あれが、ネットで噂の救世主…」
 あらかた避難も済んで無意識に声に出してしまったことに気付いて少し恥ずかしくなった時、目の前に赤と黒のたくましい体が落ちてきた。
「ナバール、じゃない…⁉」
 どう見ても虫タイプみたいな顔してて、ルトくんやナバールとは似ても似つかない。正直キモい…
「あっち行ってよ…!」
 渾身の力でうたかたのアリアを使ってみたけど本当にUBには通用しないらしい。
 見た目からしてせめて等倍でダメージ入ってるはずなのに…
「………!」
 光のない黒い複眼で私を狙ってきた、あの太い腕で殴られて絞殺されて体液吸われちゃうかも…!

 痛みに備えて目をつぶろうとした時、何かを連射する音がしてUBの4つある腕の右側がちぎれ飛んだ…
 その直後に急接近してきたファイがナイフでUBを十字に切って倒していく。
「避難誘導の協力に感謝する、お前も早く避難するんだ!」
「…はい、分かりました!」
 もう避難も大丈夫なら、私も早く避難しなきゃ…!
 遅いながらも必死に逃げようと移動を開始した時、突然行く先の空が明るくなる。
 跳び箱みたいなUBが私の動きを予想してパワージェムで狙ってたんだ、もう避けられない…
「グレース!」
 パワージェムと私の間に濃紺の影が割り込むように入って来て、私の世界が一回転した。


 目を開けてもどこも痛くない。パワージェムを避けられた…?
 足元の視界が少しずつクリアになっていくと、地面に散らばったネイビーの半透明な欠片が見える。
 ネイビーの欠片、何かが割れた…?
 ふと誰かに抱きかかえられた感覚を思い出して左側を見ると、さっきまでUBと戦っていたファイが仮面の左側を抑えていた。
「大丈夫、ですか⁉まさか私をかばって怪我を…」
「仮面がなければ即死だった、一応左目の視界もクリアだから問題ない」
 ゆっくりと立ち上がってUBに対峙するその姿を斜め後ろから見た時、割れた仮面から金色の瞳が覗いているのが見えた。
 ファイ自身は目が外から見えていることに気づかず真剣な様子で銃のリロードをしているが、こんな目をしているポケモンには心当たりしかない。

「あなたってもしかして…」
「⁉ 面割れか…」
 話題を振ったことでようやく気付いたらしい。
「今は何も言うな、その代わり大っぴらにフル装備使って片づける選択肢が使える…」
 銃で跳び箱みたいなUBに射撃しながら見覚えしかない携帯電話を操作している。
 銃弾はUBが細かく分裂と合体を繰り返しているせいで素通りされてしまっているが、携帯電話の方は無事使えたらしい。

「今は安全のため私と行動してもらう、構わないな?」
「はい。それとこれ、良かったら顔隠すのに」
「…ありがたく借りよう、幸い視界に影響もないか」
 薄い布地のハンカチを渡してあげると、割れた箇所を覆うようにセットしていた。
 少し離れた距離ではUBを影の矢で狙撃しているポケモンがいたが、ちょっと素っ頓狂な声がした後、その方角から乗り慣れた赤いマシンが現れた。

「乗れ!」
 無意識にタンデムシートに座ってファイに捕まるとアルプトラオムフランメは急発進、毒液みたいな攻撃を俊敏に躱しながら前輪に付けたワイヤークローを飛ばして鉄塔に引っ掛けて大ジャンプ、筒みたいなさっきのアイテムを拾って銃と連結させた。
「おとなしく焼け焦げろ!」
 右のワイヤークローが紫のドラゴンみたいなUBを拘束、ファイが手元のトリガーを作動させると赤い光と共にUBが焼け焦げて燃えカスが地面に落ちていった。
「あのUBは一点集中より広範囲攻撃で倒す方がいい、しっかり掴まれ!」
 返事する前に左のワイヤークローを飛ばして巻き取りながらジャンプ、跳び箱みたいなUBの斜め上に来た瞬間に大きな銃を構えて引き金を引く。
 とんでもない威力のビームが跳び箱みたいなUBや周辺一帯にいたUBをまとめて倒していった…

 とても私の見て来た世界と同じには思えないUBによる侵略やそれと戦うポケモンの世界。
 それは私が気付かなかっただけで、思っている以上に近くにあったんだ。
 でもその世界で戦い続けてるのが、予想もしなかっただけにどうしてこうなったかが全然分からない…
 分かったことがさらに分からないことを呼んで混乱する頭の中で、サイレンの音が近づいてくるのだけは分かった。



「ウルトラホールも閉じたな。警察の特別組織もご到着らしい、君は早く戻って今日のことは忘れるんだ」
 ハンカチを手早く畳んで渡されるが、その手を思わず鰭で掴んでいた。
「どうして、どうしてこんな世界にいるの、ルトくん…」
 割れた仮面から覗く左目には庇ってくれた時に流した血が涙のように伝っていた。


TURN14 ホテル・アローン


 どういう訳か、財団に電話すると喜んでガレージを使わせてくれて、さらに今夜泊まるためのホテルまで手配してくれた。
 誰にも言いませんとは言ってくれたものの、彼の希望もあって、ガレージでは着替えするだけにして詳しい話は場所を変えてすると言われてしまった。
 今すぐに色々問いただしたい気持ちはあるけど、下手に詮索したら多分マズいことになるし、彼の口から話して貰うのが一番いい気がする。
 仮面を外してマントとレーシングスーツを脱ぐと、数時間前まで見ていた元のがっしりした身体に戻った。
 ファイの時にはCLAMP体型かと思うほど滅茶苦茶スレンダーだっただけに別のポケモンみたい…
「…俺、元が毛ぶくれしてるうえに着痩せする体質なんだよな」
「なるほど…?」
 あんな服着たことないから分からないけど、昔からの痩せてた影響はあるのかな…
「そうだ、ちゃんとした救護キットあるし顔の手当てしとこう?」
「そうだな、ちょっと使わせてもらうか…」
「私やるよ、これでも医者の娘だから傷痕残さず治療できるよ」
「一応俺も、いややっぱ頼めるか?」
「はーい」
 傷口の位置を探して傷薬を振りかけていく。幸い傷口に破片とかもなくて綺麗だったので、洗浄とかはなくて大丈夫そうだった。
 その後は目元まで流れていた血と消毒液を拭き取って、ガーゼを当ててサージカルテープで止める。
「他に怪我してるとことかない?」
「特になしだ、これでも今日はヘマしたぐらいだからな…」
「…一応調べさせてね」
「…信用ないのか俺?」
 呆れられながらもモザイク必要なとこは触るなとだけ言われて体を見せてくれた。
 やや細身ながらもバトルのプロ以上に鍛えられた身体に細かな傷痕、文字みたいな形に少し熱を帯びた背中、こっそり触ってみたいお股の膨らみ、そして、リストバンドの下に隠れた傷痕…
「ガラスだと、やっぱり傷痕残っちゃうんだね…」
「…この傷痕に気づいた時点で薄々勘づいてただろうし、ガラスだと知ってる時点で気づかれてる証拠だよな」
 どこか諦めにも似た表情を私に見せてから、割れた仮面をボストンバッグに入れて普段用の割れてないヘルメットを被った。
「とりあえずホテルに行こう、そこで真実を話す…」


「ナバール、それが俺のコードネームだ」
 そこそこ高級なホテルのダブルルームで、レーシングスーツをクローゼットに仕舞いながら放った念願の一言目はそれだった。
「コードネーム…?」
「要は偽名だ。お察しの通り俺の正体はルトガーで合ってるよ」
 どこかくたびれたような笑顔だったけど、それでもその一言が聞きたかった…!

「ルトくん、無事だったんだね…!」
「…あぁ、グレースも元気そうで良かったぜ」
 もう会えないと思っていたのにこうして抱きしめることができるのが本当に嬉しい…!
 ルトくんは抱きしめ返してはくれないけど、私との再会を喜んでくれてるみたいで良かった…

「…今は訳あってコードネームを偽名として使ってる、他に誰かいる時は変わらずナバールのままで頼む」
「…分かったよ、色々事情もありそうだしね」
 名前を隠す理由なんて正直不穏なことしか思いつかないけど、それを深掘りしない方がいいのかもしれない。

「今日は折角だ。冷蔵庫によさげなアイスコーヒーもあるし、さっきのクッキー食べながら同窓会ってやつでもやってみるか?」


「そうそう、それで頑張っていいとこの高校受かったんだけど受験勉強大変でね…」
「数学とか難しそうだからな…」
「本当に、二次関数とか大変だったよ…」
 ルトくんの提案でちょっとしたお茶会みたいな同窓会が開催。
 コーヒーフレッシュを入れてカフェオレにしながら射的で当てたクッキーをつまんで話に花を咲かせる。
 不安とハチャメチャ続きだった日々の中にこんな日が、本当に来るなんて…

「それで修学旅行でカイナシティに行ったんだけど、その時謎の爆発事故に巻き込まれちゃって。それでよりにもよって私だけがフェアリータイプ唯一の生き残りだってしばらくメディアの引っ張りだこで…」
「…そうか、ごめん」
「?」
 修学旅行の話題をした時、ルトくんは急にテンションが下がって俯いた様子になってしまった。
 修学旅行嫌いだったかな?原因は分からないしその時おねしょしてたらしいことはルトくんにも教えてあげないけど。
 本当は誰かが助けてくれたおかげで被害のない公園に寝かされてたこともぼんやりと知ってるけど、もうこの話題変えた方がいいかな…
「そうだ、そろそろルトくんのこと聞かせてよ…」
「…分かった、コーヒーのお替わり作ったら話す」
 そう言って私のグラスも一緒に持って行った。


「それじゃあその訓練場の教官に面倒見て貰えてたんだ!」
「わりと俗世を離れてみたいな状態につき連絡もできなかったけどな、それでも10年は無事でいられた」
 話題が重くてコーヒーの味が変わったみたい。
 10年も外の世界と隔離状態、私には正直耐えられないけどルトくんにとってはある意味一番安心できる場所だったのかな…
「そこで戦いや諸々におけるスキルを修行してた、音楽知識についてもそこで基礎だけやってた」
「それで警察でも勝てないぐらい強いUBを一撃で倒せたり、あんなにカラオケ上手かったりしたんだ…」

「それでここ2年は仕事の一つとして姿を隠してUBを倒し続けていた」
「なるほど、それで仮面の救世主ファイが…」
「…」
 なんかまたムッとした顔された、やっぱり秘密でいたかったのかな…?

「…でもさ、本当に元気そうで良かったよ、こんなに逞しくなっちゃって」
「あんまり俺に触るなよ、呪われるぜ?」
 触ろうとしたら冗談めかしく避けられてしまった。昨日まではそんなことなかったのに…
「そんな呪いだなんて、あるわけがないよ?」
「本当だよ、俺に関わったらみんな呪いによって死んで行く」
「またまたぁ、そんなに怖い顔して脅かそうとしても私には意味ないよ?」
「…威嚇が通じないのは恐怖心や警戒心を無くした早死にするバカだけだと思ってたが、俺の持論もわりと合ってるようだな」
 ものすごく馬鹿にされた気がするけど、さっきから目が少しも笑っていない…
「俺の呪いは【深く関わったら敵味方関係なくみんな死んで行く呪い】だ、敵自体は俺の呪いでも味方は綺麗すぎるジンクスで死んで行く…」
「…言ってることがよく分からないんだけど、中二病?」
「俺が旅に出たあの日、あのリングマを殺したのも【リングマを殺せ】という俺の思いが引き起こした呪いだが、昨日喫茶店のマスターが焼け死んだのも同じ呪いだ。この呪いは種族の区別はできても個体の区別がつかないらしく、多分世界を飛び回りながら絶滅するまで焼き殺して回るはずだ…」
 滅茶苦茶なことしか言ってないけど、そう考えれば色々奇妙なことに全てのつじつまが合っていく…
「グレース、これだけは分かっておいてくれ。俺はカイナシティでの件と今回の件、二度も危険な目に遭わせた。今は何もなくても、いずれ死ぬことになる…」
「待ってよ、仮に呪いが本当だとしてもカイナシティの話との関連性が見えないよ…?」
「カイナシティで2年前に引き起こされた爆発事件、それを引き起こしたのは多分俺だ」

 部屋には空調の音だけが響いていた…

「あんまり変な冗談言わないでよ、そろそろ怒るよ…?」
「良く考えてみろよ、あの日フェアリータイプで生き残ったのはお前だけ、町は謎の光で壊滅だ。こんな天罰じみたデタラメ事件普通の手口じゃ無理だ!」
「じゃあなおのこと変だよ!」
「俺の呪いが町中のフェアリータイプを焼き殺してしまったとしたらどうなる?あとはバスターカートリッジのビーム照射で町ごと焼き払えばいい。俺もあの時何をしたのかまるで覚えていないが、そうすれば理論上は実行可能だ」
 ファンタジー映画でも見てるような奇想天外すぎる話だけど、話だけ聞けばつじつま合ってるのが怖くなってくる…
 私には重すぎる話の中で頭は悲鳴を上げてるけど、それでも一つだけ、たった一つだけ言えることはあった。
「じゃあどうしてその呪いがあっても私は生きてるの?フェアリーを全部殺す呪いなんて私が確かに生きてる限り、ルトくんのせいじゃないよ!」
 全部殺す呪いなら町の中だけにしたって私が生きてるなら全部じゃない。何か他の力も加わってるならまだしも、そこだけは間違ってると言えるはず…!

「…やっぱり優しいんだな、ありがとう」
 悲しそうな笑顔を私に見せた時、身体から力が抜けていくのを感じる…
「悪いな、呪いには俺の手で決着つけるが、それをグレースには見せたくないんだよ…」
「そんな、まさか、毒…?」
 暗くなっていく視界からの姿がどんどん消えていく。ダメだ、私の視界から消えちゃダメ…!

「さようなら、グレース。ずっと、初恋だった…」
 どうして…




 コーヒーに睡眠薬を仕込んでおいたのは正解だった。
 雌の勘は鋭いというのは本当らしいが手は打っておいて良かった。
 案の定グレースは核心に迫って来て、また俺の呪いが牙を剥くんじゃないかと内心怖かったがどうにか守ることはできたと言える。
「この呪いはきっと死ななきゃ治らない、死に様なんてに見せられるかよ…」
 7月25日を最後の日記兼誰にも読ませない遺書のつもりで入力した後、そっと眠るに呟いてファイの衣装を着て部屋を出た。






 激しく咳き込みながら喉の奥に入っていた液体入りバルーンを吐き出す。
 お父さんに教えられてた【怪しい飲み物飲んだふり作戦】がこんなところで役に立つなんて…
 一口飲んじゃったから少しは寝たけど結果オーライ。
 毒じゃなくて睡眠薬だったのはルトくんの優しさ故だろうけど、ぼんやり聞こえた【死ななきゃ治らない】の一言に不安と心配が加速する。
 もしあれが独り言なら嘘なんて言わないだろうし、死んじゃうのかな…
「不安になってるだけじゃダメだ、何としてもルトくんが死んじゃわないように助けなきゃ…!」
 一匹だけの部屋で叫び、ホテルから飛び出した。


TURN15 星屑鎮魂歌


 急いで駐輪場に向かったけどあのマシンだってある訳じゃなかった。
 睡眠薬入りコーヒーで眠っていた時間はそんなに長くないとはいえ、どこに向かったのかも今から追いかける方法も思いつかない。
 何かタクシーでも乗れたら追いかけられるかと思ったけど、指示する行き先もなければ、そもそも乗るお金もない。
 急がなきゃ、ルトくんが死んじゃうかもしれないのに…!

「さっきカラオケ大会で歌ってた嬢ちゃんか、何かお困りか?」
「大変なんです、ルトくんが、ルトくんが…!」
「おうおう一旦落ち着けよ、おっちゃんエスパータイプじゃないから焦る時こそ落ち着いて話してくれ、な?」
 たまたま通りかかったアーマーガアのおじさんに思わず泣きついたけど、優しくなだめられて少しだけ心が落ち着いた…

「…そうか、嬢ちゃんの彼氏が何か思い詰めてて死んじゃうかもしれないってのか」
「はい…」
「この地方で自殺の名所が一箇所ある、一時間は付き合えるし詳しい話は後で聞くからまずはシートに乗りな!」
「おじさんまさか、タクシー屋さん…?」
「しがない子持ちの運び屋だよ!」


「そうか、彼氏がウルトラビーストと戦える戦士だったが嬢ちゃんを巻き込むのが怖いってことか…」
「はい、それとカイナシティの事件も自分のせいかもって思い詰めてて…」
「仮に本当だとしてもその兄ちゃん相当思い詰めてるな…」
 おじさんの運ぶシートに乗って空から探して追跡できることになった。まだ希望はあるのかも…

「嬢ちゃん、もしその兄ちゃんに会えたら【お前の行動は幸せな家族を一つ守った】って伝えてやってくれないか?」
「幸せな、家族…?」
「おうよ。俺たち家族はそのカイナシティの事件以来、怯えることなく飯を食ってぐっすり眠れる日々を手に入れたんだからな」
 羽ばたく音が少し静かになっていく…
「嬢ちゃんの知り合いにいたとしたら悪いが、俺たちの家族、ひいては種族全体はヌチャン系列によって迫害されて強奪におびえながら奴隷同然に生きて来た。夜盗まがいなことしてたせいで鋼タイプの中でも嫌われてはいたがな…」
「確かに私も苦手だったかも…」
「そんなハンマー以外はどうでもいいような下衆野郎共だったんだが、ちょうど二年前、連中はカイナシティでハンマーのコンテストを開いたらしく、全個体総出のイベントだったそうだ」
 二年前、カイナシティってまさか…
「で、そんな日に例の事件が起こったって訳だ!」

「それから一週間は絶滅の見出しと奴らが熔けて金属塊になった写真を囲んで解放されたことを祝ったのは置いといて、俺がこうしてタクシー屋してるのもその事件のおかげって訳だ」
 滅びる側からの側面をみれば怒りも悲しみもあるだろうけど、逆に別の側面から見れば救われた喜びを持ってる面もあるってことかな…
「まぁ一タクシー屋が崇高なこと言えた身じゃないが、その兄ちゃんに会えたら言ってやってくれ。【決断に100%正解なんて綺麗事はない、守りたいものを守れるなら他は気にするな】ってな。もちろんそいつ自身が無事に生き残ることは極力優先すべきだが…」
 守りたいものを守れるなら他は気にするな、全てを救う想いを持てば苦しいし全てを救う力なんてこの世界にはないからできることを、ってことかな…?
「…っとそろそろ例のスポットにご到着だぜ!」
「もう着いたんだ、あそこに停まってるのはルトくんのマシン…!」
「そうか、やっぱ名所に来てたんだな…」
「ありがとうございます、でも私お金が…」
「何気ない平穏を取り戻してくれたお礼だからいいってことよ、運賃の心配する暇あれば早く助けに行ってやりな!」
「はい、ありがとうございます…!」
 優しいアーマーガアのおじさんに助けてもらって、ここまでは来れた…
 待っててルトくん、必ず死なせないから…!




 無駄に明るい綺麗事を書き連ねた看板を通り過ぎ、通報用の防犯カメラはジャミングでそもそも無効化。
 崖下には激しい波が渦になっていて、一度飛び込めば二度と浮かび上がれそうにない激しさはここが自殺の名所と言われるのも納得が行く。

 元々俺は愛されて生まれた訳でもなく、何気ない原因で殺されてもおかしくない日々だった。
 俺を大切に思ってくれた存在だっていたけれど、みんな俺の呪いで死んでしまった。
 この呪いだって俺が生きてる限りは消せないだろうし、器でもなければ逆のことしかできないのに救世主扱いされるのもいい加減辛くなってきた。
 唯一の心残りだったグレースにもこうして会えたし、夢を叶える手伝いをできたとしたら本望だ。
 あとはこの呪いに巻き込まないうちに最も確実方法で俺を殺す。
 まぁ、未練も悔いもないかと聞かれると正直辛くなるが俺にできることはしたつもり…
「最後に会えて良かった。さようなら、グレース…」
「そんなとこから落ちたら危ないよ…?」

 
「…よぉ、深夜のお散歩先が一緒とは奇遇だな?」
「お散歩で進入禁止の柵乗り越えたらダメだよ…?」
 この場で一番聞こえて欲しくなかった声に焦りつつも平静を装って返してみるが、あんまり平静を装えてない正論に返された。
「一体何しに来たんだ?資金の催促か?」
「そんなんじゃなくて、ルトくんが死んじゃわないように、説得に来たよ…」
 一体どうやったのかは知らないがそこまでお見通しとはな…

「あれから少し考えてみたんだけど、カイナシティの件について今確かに言えることってルトくんが私を助けてくれたことなんじゃないかな…?」
「俺が、グレースを…?」
「本当に呪いがあるのか、それとも別の力が働いたのかは分からないけど、さっき私を庇ってくれた時の感覚、あの感覚をカイナシティの時に薄ぼんやりと覚えてたのと重なったから…」
 まさか、あの時のことも覚えてたのか…?

 不規則な着信音が鳴り響く中でしばらく言葉が途切れる。
 グレースだって言葉が見つからないだろうが、俺だって何を言うべきか考える余裕はない。
 あれは…!?

「だからお願い、まずはそこから離れて…!」
「そこまでだ!」
「⁉」
「そうだ、そのままじっとしててもらおうか、下手に動くと被弾か首筋斬られて死んじまうぜ?」
「…!」
 気づかれないように、そっと携帯電話に打ったメッセージを見せながら静かにさせる。
「大丈夫、一瞬で終わる…!」
 正確に狙いを付けたヒートトリガーの一撃は、突然横から飛んできた斬撃に切り払われる。

「⁉」
「間一髪ってとこだな…」
 俺とグレースの間に割り込み弾丸を切り払ったダイケンキは、白いアシガタナと黒いアシガタナを同時に構えていた…


TURN16 コバルトVSクリムゾン


 アロンダイトで一直線にアローラまで来て正解だった。
 上空でアーマーガアのタクシーに乗ってるグレースらしき影を追いかけてみたら、自殺の名所で撃たれそうになってる現場に遭遇なんて正直内心では冷や汗かいてるが、今はそれどころじゃない。
 ヒスイのアシガタナをガオガエンに向けつつ通常のアシガタナを盾にするようにグレースの前に構える。
 普通なら一刀流でも勝てる相手だが、レーシングスーツとマントを羽織っている既に滅んだはずの種族が相手となると気を抜いてはいけないと心のどこかで警戒している僕がいる。

「ただの不良って訳でもなさそうだが、うちの娘を殺そうとするとは一体何者だ?」
「…俺はナバール、ただそれだけだ」
「ナバール…⁉」
 かつて共に戦い散っていった戦友の名を名乗るどころか同じ種族だなんて…
 確かにあの時彼は死んだはずだ、目の前にいるこいつが亡霊でもない限り…
「ナバールだと⁉僕の知るナバールは既に死んでいるし、君は彼に比べたら筋肉が細いしレーシングスーツ着た姿はさながらCLAMP体k」
 真顔で発砲して来た、予想できずに少し焦ったが気にしてたらしい…
「違うよお父さん、あればナバールじゃなくて、…⁉」
 グレースは何かを伝えようとしていたが、恐怖した表情で喋るのを止めてしまった。

「待っててくれグレース、すぐにこいつを倒して助ける…!」
 アシガタナの二刀流と共にアロンダイトで斬りつけるが、左手に持っていたナイフで交点を抑えられて止められる。
 こいつ、僕の剣戟を見切って最小限の動きで…⁉
「お前、あいつの親なら先にやるべきことがあるだろ!」
「迫っている危険を取り除くことだろう、もう今しているさ!」
 安い挑発に乗る程暇じゃないが、二刀流をナイフ一本で捌いてくるガオガエンの戦闘センスに内心焦りつつ、倒す方法を模索する。

「…ったく親ってのはどいつもこいつも自分の理想論押し付けるだけかよ!」
「親のことなんて何も知らないようなお前に何が分かるんだ…⁉」
「現に今やるべき事に気付いてないだろ!グレースにはいまカミ」
「もう黙ってろ、何も知らないくせに!」
 至近距離から腹部にリボルバーで発砲してきたのをホタチ一枚を犠牲にして、防御に種族値を修正してダメージを軽減する。
 さらに素早さと攻撃に種族値を振り直して高速移動しながら銃の破壊を狙ったが、ガオガエンは瞬間的に銃を地面に手放しナイフに持ち換えてアシガタナを防いでいた。
「瞬間的に効果的なダメージを叩く戦闘スキルに思い切りの良さ、相当の手練れだな…」
 ゼルネアスやUBと戦ったのとは違う、ナバールと模擬戦をしているような頭脳をフル回転させて初めて互角になれるような戦闘だった。
 総合的な火力と持久力に優れているパワータイプでタフな僕の知るナバールというよりは、瞬間的な火力と素早さに優れたスピードタイプでテクニカルという正反対の戦い方だが、それでも強さは同じぐらいの手ごわさと言える。
 アシガタナを防がれて押し返されることはないが、的確に重心を捉えて最小限の力で攻撃を防ぎつつ迅速な反撃がが急所を狙ってくるのは別の意味で怖い。
 だが、手数ならこっちだって負けていない…!
 ホタチをブーメランの軌道で投擲、誘導をかけるためにアシガタナで斬りつけるが、突然肩から釘を乱射されて両手のアシガタナを取り落とした。あのレーシングスーツにマシンキャノンが…⁉
 腕のアーマーのおかげで大したダメージはないが、思いっきり居合のような振りぬきの体勢で既に狙われてる状況で拾ってるだけの余裕がない。
 救いのホタチも左手のナイフを投げられて相殺された、だがアロンダイトのフロートを活かして距離を取ればナイフの間合いなら…!
 ブリッジを決めるような体勢になりながらフロートで後退してナイフの間合いを避けようとした時、ナイフの刃が急に伸びて1メートル程になり、かすめた兜の角が折れて地面に転がった。
 ハイドロポンプで動きを制限して追撃は防いだが、ナイフじゃなくて長剣持ちとなると対応も難しくなってくる。
「テッカグヤを斬ろうと思ったら刃渡り1メートルは欲しいからな」
 さらっと言っているが、まさかあいつもUBとの戦闘経験が…?
 さらに謎は深まるが、グレースのためにも今は倒すしかない…!
「悪いがここからは本気だ!」

 落としたアシガタナを回収してアロンダイトで螺旋状に周囲を旋回しながら方向を読ませずに接近、通常のアシガタナを敢えて弾かせてヒスイのアシガタナの一刀流で切り結ぶ。
「流石にゼルネアスを倒した月下団メンバーなだけのことはあるな…!」
「月下団メンバー、お前が何故それを知っている…⁉」
「さぁな!」
 切り結んでいる中で突然アロンダイト本体を蹴り飛ばされて体勢を崩したが、伏兵として仕掛けておいた弾かせたアシガタナでナイフを一本折ることに成功した。
 本当は串刺しにすることも狙っていたが、あそこで最小限の被害に留めるとは案外思い切りがいいな…
「……やるな」
「そっちこそ…!」
 ヒスイのアシガタナを振るって破片を一気に飛ばしたのをマントを犠牲に防がれたが、流れはこっちに来ている。
 さらに追撃で破片を飛ばすと、釘の乱射で返されて地面に釘と破片が散らばっていく。
 その釘のうち一本がアシガタナに突き刺さり、薄いのもあって砕けたが、ガオガエンのネイルガン式マシンキャノンも弾切れらしい。

「まだアシガタナ二本あるとか歩く武器屋かよ…」
「そっちこそ月下団なら先鋒できそうな火力だな…!」
 いつの間にか拾っていた銃を僕に向けながら携帯電話を操作していたが、突然遠方から何かが走ってくる音がして飛びのくと見覚えのあるアルプトラオムフランメだった。
「紅蓮錦、なんでそれをお前が…?」
 次々と現れるナバールを連想させるアイテムの数々と、ナバールじゃないと分かっていながらもどこかで会ったことがあるような感覚に混乱していくが、今はそれどころじゃない。
 海辺の悪路を二台のアルプトラオムフランメが疾走しながらワイヤークローをぶつけ合い、弾丸とハイドロポンプを撃ちあう。
 立体的な機動性とワイヤークローの数ならアロンダイトの方が上だが、紅蓮錦は直線的な加速度と何より右のワイヤークローに装填された熱線焼却機構が脅威だ。
 接触しなければ大丈夫とはいえ、あれを喰らったらゼルネアスの角だろうと平気で吹っ飛ぶ熱量だろう。
 だが、このアロンダイト・エアタービュラーにはハドロンキャノンが搭載されている、上手くぶつければ相殺できるはずだ…!

「そのアルプトラオムフランメ、どこでそれを手に入れた⁉」
「師匠直々に貰った代物だ、出所なんか分かるか!」
 左のワイヤークローから乱射されるビーム攻撃を四足モードで加速して回避、右のワイヤークローがハドロンシステムを掴んでしまったが隙はできた。しかも砲口を掴んでくれてるとは…!
「「これで終わりだ!」」
 赤黒いハドロンキャノンの光と赤い熱線焼却機構の光が交錯してハドロンシステムが破損して機能停止。
 離脱には成功したが、アロンダイトは動力部を焼かれてまともに動く状況じゃない。
 ガオガエンの方も紅蓮錦自体は軽度の損傷のようだが、熱線焼却機構を搭載した右のワイヤークローはなくなっていた。


「互いに武器も尽きかけて来た、そろそろ決着だな…!」
 ナバールみたいに軽く挑発してみたが特に何か反応も貰えなかった。
「…そろそろリミッター解除するか」
 アシガタナとナイフを一刀ずつ構えて対峙、袈裟に斬りつけたはずがいつの間にか背後に移動していて、ナイフの突きを背中に回して受け止めるのがやっとだった。
「今の僕は素早さに種族値を振ってお前の倍で動いているはずなのに…」
「赤いのは3倍速いって知らないのか?だが180でも決めきれないとは伊達に副団長じゃないか…」
 こいつ、テッカニン並みの速さがあるのか…?
 色々疑問ではあるが、よくよく考えたらアロンダイトを使った高機動の高速戦闘に生身で付いて来られる時点で普通じゃなかった。
 そして530+120による事実を考えた時、こんな力を持てるとしたらイベルタル因子ぐらいしか考えられない。
 能力は分からないが、いずれにせよ早急に倒さなきゃ殺される…!
 素早さを180に調整してアシガタナを高速で切り結び、ナイフとぶつかり合い蹴りや炎を防いていく。
 素の速度がそこまでないだけにここまでの高速戦闘に動体視力が追い付かない…
 左から右に持ち替えていたナイフが切り結びながら柄までスライドして来て、口からの炎で目潰しされた一瞬の隙に柄と刃の繋ぎ目を斬り落とされた。
 手持ちのアシガタナ及びホタチの数、ゼロ。

「これで武器は尽きた、お前の負けだ!」
 息が上がったままでナイフを突き付けられたが、そこまで焦るものでもない。
「そうでもないさ、切り札は最後まで取っておくものだからね…!」
 アシガタナの柄がモーフィングされて行き、赤黒い剣に変わった。

「そんなのあるのか…」
「フレースヴェルグ、僕がイベルタル因子で手に入れたのは680の種族値調整能力と7本の剣だ」
「イベルタル因子?まさかイベルタルの力を…?」
「大方その脅威の速度もイベルタル因子によるものだろう、体のどこかにYの跡があるんじゃないか?」
 戦闘中にレーシングスーツも大分裂けてしまっているようだが、息を荒くしている背中からうっすらと見えるあれが多分そうだろう。

「もはや手加減もいらないだろう、次の一撃で決める!」
 フレースヴェルグを中段に構えた時、空から何かが飛来してきた。
 金属のようなメタリックさはあるが、Yを連想させる形状の赤と黒の翼には見覚えがある。
「これが、お前の因子の能力…?」
「…善意で言ってやるが早く剣を仕舞え!死ぬぞ!」
 今まで不穏な程冷静に戦ってきていたのに、突然焦りを見せた。自分の手の内を見せたがるタイプでもないだろうに急に何故…?
「能力の種明かしとは、随分優しいことしてくれるな?」
「能力というよりもはや呪いだ!俺が一度殺意を抱くと自動発動で殺しに行くし、暴走したら種族単位で殺してしまう!自動発動も発動後も俺の意思と無関係で制御できない…!」
「なんだって…⁉」
 つまり僕の言動で今世界にいるダイケンキが滅んでしまう。実質種族全体を盾にされているようなものだが、あの言動からして嘘どころか過去に前例すらありそうだ…
 何かあればフレースヴェルグは一瞬で出せる、ここは様子見も兼ねて言葉を聴こう…


「分かった、一旦互いに武装を解除しよう…」
「助かる…」
 フレースヴェルグとナイフが地面に転がって落ちる。
 続けて携帯電話を地面に置き、拳銃を外しかけたところでガオガエンの表情が深刻なものに変わった。
「しまった、グレース!」
 瞬間的な早撃ちに反応が遅れた。
「卑怯な手を…!」
 弾の軌道を変えようと放ったハイドロポンプがガオガエンを崖下に押し流したのと、意識外にいたグレースに弾が着弾したのが同時だった。

「グレース!」
 倒れ込んでいたグレースを揺り起こすと普通に目を覚ました。幸い弾は外れたらしい。
「良かった、あいつは倒したからもう大丈b…」
 安心させようとしたら、突然頬を鰭で叩かれた。

「何言ってるのお父さん!あれは敵なんかじゃなくてルトくんなんだよ!」
「ルトくん、ってまさかルトガーって子…」
 遠い記憶がゆっくりと鮮明になっていく。確か12年前にグレースと仲の良かったニャビーの男の子で、虐待から逃れるために旅に出たとか…
 段々記憶や謎が繋がっていく、まさかあの時の子が…?
「だがその子はグレースを銃で撃とうとしていただろう?それをなんで…」
 パニックを起こして泣きじゃくるグレースをなだめながら周囲を見渡すと、ちぎれた折り紙みたいな物体が転がっていた。
「これはカミツルギ、しかしなんで真っ二つになった死体が…?」
「それ、UBってやつだよね?」
「そうだ、あまりサイズは大きくないが…」
「だったらそれ、さっきまで私の首に付いてたやつ…」
 グレースの発言に驚きつつ死体を見ると、丸い焼けたような穴で体を真っ二つにちぎられている。
 このような痕が残るのは弾丸によるもの、だとしたらさっきの銃撃はグレースを殺すためのものじゃなくて、グレースに付いていたカミツルギを撃って逆にグレースを助けるための…

「ほら、ルトくんの携帯にメッセージも残ってるよ…」
 ディスプレイには「首にUBがいる、狙撃して倒すのが最適だからUBを刺激しないためにもじっとしてて」とだけ打ち込まれていた。

「それじゃあ本当にルトガー君はグレースを助けようとして…」
「そうだよ!UBと戦う戦士ファイだってそうだし、出会ってからずっと私を守ってくれてたんだよ!それをどうして…」
 僕の誤解がどうやら最悪の事態を招いてしまったらしい。
 とりあえず今は崖下に落ちてしまった彼を探さなくては…!


 泣きじゃくりながら道具を拾い集めたグレースと共に崖下を探したが、レーシングスーツの布切れすらも見つからなかった…



 to be continued…


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