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Vortice Rovente の履歴(No.1)


大会は終了しました。このプラグインは外して頂いて構いません。
ご参加ありがとうございました。

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全体的にグロ描写多めです、苦手な方ご注意ください




TURN0.5 ひび割れた平穏


 普段は暗い夜の倉庫街を赤色灯が照らす。
「B小隊、囲め」
 指揮通りに警官隊が倉庫を囲むと、固く閉ざされていた倉庫の扉が静かに開く。
 中から現れたのは空中に浮遊するドククラゲの様な姿のポケモン。
「UBを確認。全小隊の射撃要員、攻撃開始」
 シャドーボールやタネマシンガン、10万ボルトが一斉に射出される。
 大したダメージにはなっていない様子だが、それでも一斉射撃が弾幕となってひるませるには十分だった。
「近接要因、被弾に注意して攻撃せよ、射撃要因は弾幕を維持」
 指示通りに近接攻撃を得意とするポケモンが接近して攻撃を仕掛ける。
「…………!」
 UBと呼ばれたドククラゲの様な姿のポケモンは聞き取れない様な音声を発すると、触手を伸ばして攻撃を仕掛けていたノクタスに毒液を撃ち込む。
「ああ、助けてくれ!」
 悶絶しながら助けを求めるノクタスに対して駆け寄ったドンファンも毒液を浴びせられて悶絶、しばらく悶え苦しんだ後、クラブの様に口から泡を噴き出して動かなくなった。
「退避、退避だ!」
 さっきまで仲間だったはずの存在が突然敵に回った事実に流石の警官隊も一瞬で大パニックになり、指揮系統は混乱する中、突如インカムが通話状態に切り替わる。

「総員傷病者の救助と退避に当たれ、後は任せろ!」
 変声機越しの声に困惑しながらも退避と救助を急いだ時、周囲に灼熱の旋風が吹き抜けた。
「なんださっきの声といい今の風といい…」
「おいあそこ、倉庫の上に誰かいるぞ!」
 誰かが気づいて指差した先には、ダークネイビーの衣装で全身を覆い隠したポケモンがいた。
 フルフェイスヘルメットのような仮面で顔すらも見えず、種族の判別すら困難な姿はある種の不安や恐怖すら煽るものがあった。
 周囲の視線が集まると同時に仮面のポケモンはマントを翻して倉庫から飛び降り、皆の視線が下に追いついた時にはドククラゲに似たUBを切り刻み、獲物のナイフを仕舞いこんでいるところだった。
「後始末は任せた」
 それだけ告げて次の瞬間には姿を消していた…

「何だったんだあいつは…」
「さぁ、俺たちを助けて、くれたのか…?」
「もしかしたら、今のが噂になってるファイって奴なのかも…」
「ファイ?お前何か知ってるのか?」
 何か知っているらしいクリムガンの言葉に注目が集まる。
「ネットで今噂になってるんだが、服を着て種族も性別も分からない仮面を被った謎のポケモンで、基本的にUBの襲撃事件があった場所で目撃情報が何件かあるとか助けられたと証言してる奴もいるとかで…」
 謎が解けたら別の謎が見つかっただけの事実に、警官隊たちはくたびれたまま撤収命令を待つだけだった。



 かつて人間と伝説や幻のポケモンとの戦争が勃発してから200年余り。
生まれるほんの少し前にもちょっとした戦争があったけど、みんなはそんな事を考えもせず新しいものが増えた町で222年の夏を迎えようとしている。
けれど、真実が明らかになってないだけで被害は発生しているし、この町がいつ襲われてもおかしくない。

 そんな事僕は黙って見過ごしたりはしない。
 こんな僕を温かく受け入れてくれたこの町に、被害はあってほしくない。
 それに君ならきっとこんな時にも迷わずに戦う、そんな気がする。
 夜空を見上げた後、かつての僕自身に言い聞かせるように薄暗い部屋で一人羽の矢を抜いて構えた。
 これは、僕が大好きなこの町を守るために戦う物語。



 ため息をつくのにも疲れて見上げた夜空はほんの少し切なく感じる。
 将来の話で大喧嘩した勢いでそのまま家を飛び出して来たのは良いけど、そろそろ貯金も底を尽きそうだし、こう足を止めて聞いてくれる存在も少ないとなるとそろそろ限界かな、なんて考えてしまう。
でも歌手になるのは小さい頃から信じてきた夢で、成り行きとはいえこのチャンスを逃せば次はないかもしれない。
 それにあの子のためにも頑張るって決めたんだ、今更挫けるなんて選択肢はない。
 財布の中身がもう心許ないけど今日はビジネスホテルに泊まることに決めて、明日のために鼻歌で音程を軽くチェックする。

 これは、私が小さい頃からの夢を追いかける物語。



 フェンスにもたれて買ったばかりの缶コーヒーを飲む。
 マフラーを改造したバイクの賑やかなエンジン音も段々遠ざかっていく。
 最も、さっきそいつらにカツアゲ目的で絡まれたから黙ってぶん殴り、逆に俺が小銭やカード類も含めて財布ごと全額奪ってやったんだから無理もない。
 そういや財布に通行券入ってたけど、一体どうやって料金所とかICを抜けるつもりなのか少し気になったが俺が考える必要もない。バイクにETCでも積んでたんだろ、多分。
 3対1でカツアゲしに行ったら逆にカツアゲされて全額持っていかれた、なんて普通は言わないだろう。ついでにあいつらのスマホも入水させて成仏させておいたから通報も無理だ。

 空になった缶を捨てて起動キーを差し込む。
 旧モデルの改修機とはいえ、下手な新型よりはよっぽどのオーバースペック機だから各種補給作業もしばらくは必要なし。
 二年近く乗ってりゃそんなもんかと勝手に決めつけてフルフェイスのヘルメットを被る。

 確かこの先にカンタイシティとか言う町があった。
特に行く目的もないが今から走れば3時間ぐらいで到着するし、その頃にはちょうど朝になってるはず。
 まだ暗い空を見上げてからスロットルを回して走り出した。



 これは、俺が俺自身の呪いを解くために戦う物語。

Vortice Rovente



TURN01 ワンコイン・リユニオン


「…ったく」
 高速道路を降りて数分走った後、駅前の大きな交差点の信号に引っかかった。
しかも赤に変わったばかりだからしばらくは変わりそうにない。ヘルメットのシールド越しに赤信号を睨んでいた時だった。

「~♪」

 どこかから突然聞こえてくる歌声。カーナビのワンセグ放送や車のオーディオの物でもなければ、時報という訳でもないらしく、誰かが生で歌っている物で間違いない。でも一体誰が?
 ふと隣の歩道を見ると一匹のアシレーヌが歌っていた。彼女の隣に置いてあるコルクボードには何かを油性ペンで書いた紙が貼ってあり、足元には空の箱が置いてある。
 いわゆるストリートシンガーのようだが、彼女の歌に誰も足を止めようとはしない。それは今に限ったことではないらしく、お金を恵んでくれることもほぼないのか、少し瘦せて見える。
 財布に一枚だけ入っていた500円玉、それを箱にめがけて放り投げた。
 日差しを反射しながら宙を舞った500円玉はコルクボードに当たって、それから箱の中に入った。

 500円玉が投げ入れられたことにアシレーヌが気づくより早く、ようやく青に変わった交差点にを発進していた。


「やっぱ海はいいよな…」
 この辺りでは一番の観光スポットと言われている場所からの眺めは文字通り絶景だった。断崖絶壁から見えるのは、岩肌にぶつかって砕ける白波と、空と海を隔てる水平線。
 どうやら一番の観光スポットと言われるだけのことはあるらしい。
 その一方で、ここは自殺の名所としても古くから有名らしく、自殺志願者が(精神的な意味で)助けを求めるための公衆電話や、自殺を思いとどまらせるための看板などがいくつか設置されていた。
 地元の観光協会も【恋の聖地】と銘打って、イベントなども行ってイメージを明るくしようとしている様だが、観光客がいない辺りあまり効果はないらしい。
 というかそんな気休めで踏みとどまれないからここに来るんだろ…
「こんな絶景の場所が自殺の名所って言うのも皮肉な話だよな…」
 なんとなく呟いてから、駐車場に戻ると何かがおかしい。
「あれ? 俺のバッグは?」
 今持っているショルダーバッグとは別に、後ろに結び付けておいたはずのボストンバッグがいつの間にかなくなっている。

 駐車場には自殺防止や不審者注意の看板に並んで、【置き引きに注意!】の看板が立っていた…


「だから紺色のボストンバッグが届いたりしてないのかって聞いてるんだ!」
 急いで近くの交番に駆け込んだが、当番と思われる警官のウインディは眠そうにコーヒーを飲んでいて、いかにも田舎のお巡りさんって感じでのんきなままだ。
「まあまあ、コーヒー淹れてあげるから一旦落ち着いたら?バッグの落とし物は特に来ていないから…」
「だったら余計問題じゃねーかよ!そんなのすぐに盗難届出さなきゃ不味いだろ!」
「そうだったそうだった、盗難届は何処にあったかな…」
 背後にあるスチール棚から書類を探し始めるウインディ。
 こりゃ長丁場は確定だなと思いながら安っぽいコーヒーを飲んでいると入り口のドアが開く。
「あの、さっきボストンバッグ拾ったんで届けに来たんですが…」
「ん?」


「お前はさっきの、ってかそれ俺のバッグ!」
「え?このバッグは貴方の、というか貴方さっきの…」
 交番にバッグを届けに来たのは他でもない、さっき歩道で歌っていたストリートシンガーのアシレーヌだった。

「あれ、バッグ見つかったの?良かったね」
 どうやら未だに手続きの書類を見つけられないらしいウインディは、相変わらず吞気な口調で話しかけてくる。
「一応中身とか確認しておいてね、似ているバッグとかでトラブルになることも多いから」
「それもそうだな… えっと、タブレット端末とモバイルバッテリーにソーラーチャージャー、後はタオルと防水マルチケース、それに着替えと医薬品だな」
「この未開封の睡眠薬の瓶は?」
 バッグの中身を見てウインディが尋ねる。
 碌な仕事しないくせに重箱の隅をつつきやがる、これだから警察は…
「俺が不眠症持ちなだけだ。かなりひどい症状だからそいつを飲まなきゃ全然寝付けなくてな、ちなみにその睡眠薬の瓶が未開封なのは、昨日飲んでたのが空になってその空き瓶を捨てたからだ。これでいいか?」
さっきまでのんきだったなら最初から最後までそれで通せよな…
「それなら問題ないね。手続きの関係上、お名前と電話番号をこちらに」
 落とし物に関する書類はすぐに用意できるらしく、クリップボードに挟んで安物のボールペンと一緒に渡してきたので、とりあえず名前と携帯番号だけ書くことにした。

「へぇ、ナバールって名前なんだ」
「…何覗き見してんだよお前」
「別に。なんか昔そんな名前のガオガエンいたよねって思っただけ、もしかして本物?」
「バーカ、同じ名前のガオガエン見かけたぐらいで普通そうはならねぇよ」
 なんとなく居心地の悪さを感じ、書き終わった書類をウインディに渡してバッグを持って外に出た。


「ねえねえ、あのさあのさあのさ?」
 交番を出るとさっきのアシレーヌにいきなり絡まれた。
「なんだよ?」
「さっき、500円玉を道路から入れてくれたのは貴方だよね?」
「俺がそんな事する奴に見えるか?」
 しかもタメ口で。
「私はグレース、よろしくね」

「…」
「おーい、どうかした?」
「…………俺はお前と親しくなるつもりはないからな」
 一難去ってまた面倒なことに巻き込まれたらしい、ツイてねぇ…
「まぁ、それはいいけど友達うんぬんの前に何か忘れてることない?」
「そうだな、次エナジー補給した時に機体メンテナンスしとくか」
「いやそうじゃなくて、なんかお礼とかないの?」
「は?」
「ほら、落し物届けてもらったら拾い主にお礼するのはルールでしょ?」
 “目と目が合ったらポケモンバトル”ぐらいの感覚で言ってきたが、相当強欲だぞこいつ…
「お前、馴れ馴れしいのもいい加減にしろよ!」
 キレ気味に答えてやると顔の前で鰭を合わせて頭を下げてきた。

「お願い!ストリートシンガーってそんなにお金貰える訳じゃないから、家出して来たのはいいけど貯金も底を尽き欠けて最近はご飯も三食食べられなくて…だから、贅沢言わないから何か食べさせて、ください!」
「お前なぁ…」
 同情誘ってたかるとはいい度胸してやがる、後で代金は5倍増しにして請求するか…?
 …この辺でなんか食べれる店どこだ?


TURN02 生足欲しがるマーメイド


「ご注文の方繰り返させて頂きます。キノコたっぷりシチューオムライス、店長の気まぐれまかないパスタ、ミックスグリルプレート、ライス大盛り、フライドポテト、特製唐揚げ、ドリンクバーが2人前、以上でよろしいでしょうか?」
「はい、合ってまーす!」
「……あぁ」
「かしこまりました。ドリンクバーはあちらになります、ごゆっくりどうぞ」

 ウェイトレスのアブソルが注文をとってキッチンに入っていく。
「本当にありがとう!実は昨日の晩から何も食べてなかったんだよね…」
「そりゃまあそれだけ食ってなかったら、バカみたいな量を注文するのも変じゃないよな…」
 結局根負けする形で近くにあったファミレスに入ったら、こいつをが想像以上の量を注文したので、若干啞然としている。
 この店自体は大手のファミレスチェーンの中でもかなり価格帯は低めに設定されているため懐は大して痛まないのだが、俺が食べるつもりで注文したのはミックスグリルプレートと大盛りライス、それとドリンクバーだけだった。
 奢ってもらえると分かった途端にドカ食いするタイプなのかもしれない、本当に面倒なタイプの奴に出会ってしまったな…
「おーい、ドリンクバーにドリンク取りに行かないの? もう山盛りポテト来たよ?」
 色々と考え込んでいるうちに、フライドポテトが届いたらしい。
 俺も一本つまんでからドリンクバーに向かった。


「ねえ、一つ聞いてもいいかな?」
「質問によるな」
 オムライスを食べながら俺に話しかけてくる。
「唐揚げに勝手にレモンかけたのは私が悪かったから、機嫌直してよ」
「唐揚げにレモンはかける派だから別に問題ないけどよ…」
「だったら聞いてもいいよね?」
「あのなあ…」

「貴方の夢って、何かな?」


「…夢か、考えたこともないな」
「私にはあるよ、私の歌で誰かを幸せにすることが私の夢なんだ。まあ、家族には反対されちゃうし、ちゃんと聞いてもらえることもあまりないけれど、それでもいつか夢を叶えるためだと思って頑張ってるんだ」
「…そうか、頑張れよ」
「ねぇ、なんか反応薄くない?」
「…気のせいだろ」
 逆に“頑張れよ”以上の答えがあるとでも言うのか…?
「ちゃんと答えてくれないならこのソーセージ食べてやる!」
「おい、それは…」
「はむっ、ってちょっと何これ滅茶苦茶辛い!」
 こいつ、俺のチョリソー食いやがった…
「ゲホゴホ、今度は喉に引っかかった…」
 カルピスで流し込もうとしたら喉に引っかかったらしく涙目でむせこんでいる。
こいつの挙動、俺にはマジで分かんねぇな…

「でも、夢がないなら分かるけど、考えたこともないって少し変じゃない?」
「別におかしな事なんてないだろ?」
「普通はみんな小さい頃に【ヒーローになりたい】とか【ケーキ屋さんになりたい】とか、そんなレベルでも夢とかあると思うんだけどな」
「そういうものなのか?」
「普通はそうだと思うよ?それにしてもさっきのソーセージは辛かったよ…そうだ、店員さん!」
「はーい!」
 さっきのアブソルのウェイトレスがやって来る。
「ご注文は何になさいますか?」
「このハニートーストをください!」
こいつデザートまで頼みやがった…
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「あ、追加でザッハトルテチョコナッツパフェも頼む」
「かしこまりました!」
 追加でデザートまで頼まれて流石にイラっと来たのでチョコナッツパフェも追加注文することにした。
 俺が隠れ甘党なのは否定しないけど。


「あ、ちょっと電話鳴ってるから一旦外に出るな」
「はーい」
 俺が食べ終わったなら今がチャンス…
 気づかれない様にさりげなく伝票を取ると、携帯の着信を見るふりをしながらレジに向かう。
「お釣りの325円になります。ありがとうございました」
 手早くレジで精算を済ませると、素早く店の外に出てバイクのエンジンをかける。

「ちょっと、どこいくの⁉」
「お前に飯は奢ってやったんだ、だったらもういいだろ?」
「それはそうだけど…」
「じゃあな」
「待ってよ!」
 あいつが制止するのを振り切って、スロットルを回して発進させた。


「何なのよあいつ!顔は悪くないしてっきり優しいのかと思ったらとんでもなく無愛想だったし、バッグなんて拾ってあげるんじゃなかった!」
 突然の置いてけぼりを喰らって約30分、ご機嫌斜めのまま近くの港まで来ていた。
 観光地と言っても小さな街なので、さっきのファミレスからそんなに遠くないし、港というよりもむしろ倉庫だらけの船着き場とでも言った方が分かりやすいレベル。
「なんかちょっと訳ありなだけで本当は優しいのかも、なんてね」
 さっき食べたハニートーストは結構美味しかった、やっぱり甘いものっていいよね。
 今度久々にプレーンクッキーでも作ろうかな…

「………?」
 突然頬を撫でられた。
 まさかさっきのあいつが、許しを請いに来たとか…?
「そんな馴れ馴れしいことしたって別に許してあげないからね?」
 また撫でて来た、それも両頬を同時に。
「だから、あんまりすると怒るよ?」
 今度は両頬だけじゃなくてお腹周りも撫でて来た、流石にセクハラが酷いんだけど…⁉
「流石に警察呼ぶよ!ってあれ?」
 警告しながら振り返ったはずが誰もいない。
 それでも両頬とお腹周りを撫でてくる手は止まる気配がなくて…
「…待って3か所同時?流石に手が3つなんて訳、ないよね…?」
 覚悟を決めて、妙にぬるぬるする手を掴んで振り返る…!
「………!」
 ドククラゲに似た謎のポケモン、それが馴れ馴れしい手の正体だった…
「いやあああ!来ないで、来ないでよ!誰か!」
 毒液に濡れた鰭をバルーンで包み込んで、この状況から逃れるため必死に逃げ出した…


「ただでさえ近くにいるだけで調子狂うような奴とこれ以上一緒にいられるかよ!」
 特に行く先のあてもないままバイクを走らせる。
 そのまま5分程走った後、近くのバス停の傍にをマシンを停めてすぐそばのベンチに腰掛ける。
バス停に貼ってある時刻表を見る限り、しばらくバスは来ないようだから座っても問題はない。
 足を伸ばして空を見上げると、映画のポスターにでも使えそうな青空と入道雲が広がっている。
 ショルダーバッグから不規則なバイブレーション、携帯の着信だ。
「…とうとう出やがったか」
 画面にはこの周辺のマップが表示され、赤い点が光っていた。
 噂をすれば示された方向で騒音と悲鳴が聞こえる。それもほぼ確実にさっきまで一緒にいたあいつのものだ。
 あいつがトラブルメーカーなのか、それとも今日は星占いの運勢が最悪だったのか、なんにせよあいつとはまた接触しなくてはならないらしい。
右腕のリストバンドの位置を調整して、あいつの前でどんな対応するのが正解か悩みつつ発進した。


「それ以上近づいたら警察呼ぶよ!」
 威嚇しながら実際にスマホで通報もしたが全く効果はなく、ドククラゲもどきは執拗に私を追いかけてきた。
 家出がそんなに悪いというなら謝るから誰か助けてよ…!
 正直警察呼んだってさっきのウインディみたいなのしかいないはずだし、私が自力で何とかしなきゃダメってことだよね…!
 バルーンを生み出して牽制すると、今度は向き直ってほとばしる水流の旋律を歌い上げる。
「近づかないでって言ったよね!」
 今使った技は泡沫のアリア。
 歌い上げた水流の旋律がドククラゲもどきに襲い掛かり、水しぶきで姿を見えなくする。
「………♪」
「ウソでしょ⁉あれを喰らっても平気なんて…」
 さっきまでの勇気が退却したのを確認し、悲鳴をあげて回れ右して必死に逃げた。
 アシレーヌって種族は陸上での移動はあまり速くない。バルーンを有効活用したり、アクアジェットで移動することもできるけど、この状況じゃ上手くバルーンを活用できそうにないし、アクアジェットも覚えてないから、どうしても遅くなる。
 海に逃げたら逃げたで助けを呼べなくなるし、ドククラゲもどきなら普通に追ってきそう…
 息をするのも苦しくなってきたし、このままじゃあいつに捕まっちゃう…
 もう逃げ切ることを諦めかけた時、遠くでエンジンの音が聞こえた。そしてその音は段々と前から近づいて来たと思うと、ワイヤーの音と共に私を飛び越えて行った。
 必死に逃げながら振り返ると赤と黒のカラーリングのモトトカゲみたいなマシンが近づいてきて、そのままバイクタックルでドククラゲもどきを吹っ飛ばし、近くの倉庫の壁に叩きつけた。

「グレース、怪我はないか⁉」
「貴方、さっき触手に触っちゃって毒が右の鰭に…」
 マシンを操縦していたのは他でもないさっきのナバールとかってガオガエンだけど、あまりにもシリアスな表情に思わずこっちまでシリアスになっちゃう…
「バルーンに包んで正解だったな、奴の毒は水に弱いから流水で綺麗にしときな」
「う、うん…」
 言われるまま口から出した水で洗うと、毒液は本当に綺麗に流れ落ちた。
「貴方は一体…」
「とりあえず下がってな、敵UBは1、いやもうちょいいるっぽいからな…」


TURN03 反逆のナバール R2


 防衛戦は手慣れてないが、下手な場所に逃げられるよりは安定したものに隠れてくれた方が守りやすい。
 紅蓮から降りてそこに隠れてろと指示を出しておく。
 ウツロイドが攻撃に移ろうとするよりも早く殴り、さらに殴られてデフォルトよりも浮いた状態を思い切り蹴り飛ばした。
 ウツロイドは蹴られた勢いのまま倉庫の窓を突き破って倉庫の中に転がり落ち、俺もそれを追って経年劣化で薄くなったトタン壁を蹴破って中に入る。
 不意打ちで襲い掛かるウツロイドのパワージェムを目視で躱すと同時に背後から飛んできた蹴りは片手で受け止めてそのまま回転させて地面に倒す。伏兵だったらしいフェローチェを倒れ込んだ状態からさらに腹部を蹴りつけると痛みに転がりまわった。
 ウツロイドが起き上がったタイミングに合わせて追撃の連続パンチを叩き込む。水まんじゅうのような頭部をひたすら殴り続けて、倒れこみそうになったタイミングでハイキックを叩き込み、ダメ押しの裏拳で勢い良く殴り飛ばした直後に手首を小さくスナップする。

「…………!」
 一瞬の隙を唯一の反撃のチャンスと見たフェローチェはこれ幸いとばかりにインファイトで襲い掛かってきた…!
「読めてんだよ!」
 半歩左に下がって平然と回避、逆に足払いを仕掛けてフェローチェを地面に倒し首を踏み砕いて叩き潰した。
「あと一匹…!」
 雑魚のUB程度ならもはや素手で十分、この技で終わりだ…!
 ウツロイドが再び起き上がった時、俺の右腕に黒い炎を纏わせたラリアットが頭部を粉砕し、繋ぎ目を失った触手が地面に落ちた。

「あのドククラゲもどきは⁉」
「大したことなかったな、ついでにフェローチェも始末完了」
 息が荒いまま俺に駆け寄ってきたが素っ気なく答える。
「ったく何でお前はよりによってUBを引き付けて…どけっ!」
 咄嗟にグレースを横に突き飛ばした直後、俺の体は吹っ飛ばされ、近くに積み上げてあった木箱にぶつかって木箱が崩れる。
「…………!!」
 さっきまでいなかったはずの大型UB、アクジキングが明確に俺たちを狙って攻撃を開始していた。

 
「もう次から次へと何なのよ⁉」
 必死に逃げているグレースの悲鳴が聞こえるが、俺の方も体勢を立て直すにはちょっと時間が…
 起き上がると倉庫の壁にもたれたグレースが必死に首を横に振っていた。
 背後を絶たれてしまってもアクジキングの動きが遅くて食欲旺盛なおかげでほんの少し時間の猶予はあるが、流石に俺の様に壁を壊すことはできそうにないらしい。
 攻撃も通じない以上、助かる方法をはないと察してお祈り状態といった感じか…

 下手な武器を使えばグレースごと巻き込んじまうし、徒手空拳の肉弾戦だけじゃ時間がかかる。
「何か一発であいつを倒せる武器、そうだ…!」
 紅蓮に本来搭載してあった熱線焼却機構、スペアでセットしてたものだが俺の炎を直接送り込めば増幅機構に応用できたはず…
 腰のホルスタージョイントを取り外して右足にセットし、トーチ状の熱線焼却機構を装着した。

「ナバール!助けて!」
「そこから一歩も動くなよ、いいな!」
 やっと可愛いとこ見せてくれたことに内心まんざらでもない感情を抱きつつ、アクジキングの背後に狙いを定める。 
 中腰でかがんだ様な体勢を取ってベルトの炎を集中させていき、フレアドライブ並みの火力の炎をベルトからあえて右足にだけ集中させる。
 そしてアクジキング目がけて全力疾走の助走を付けてジャンプ、そのまま空中で宙返りを決めると炎に反応した熱線焼却機構が作動、アクジキングの急所に錘状の熱線を射出した。
 炎を纏った右足で飛び蹴りを決めると熱戦も同時にアクジキングの全身を貫き、体をすり抜けるようにそのまま着地。
 タイプ相性をものともしない程の威力だったらしく、アクジキングはそのまま戦闘不能になる。
「………⁉………………!」
 だがそのまま倒れると思ったアクジキングはうめき声をあげると、そのまま全身が灰になって崩れ去り、後には何も残らなかった。


TURN04 火猫とマトマはセットではない


「アドリブながらどうにか上手く行ったってとこか…」
「ナバール、あいつら何だったの⁉」
 ホルスタージョイントを腰に戻してスペアを仕舞っていると、ようやく呆然状態からグレースが元に戻った。
「倒したからもう問題ないぜ、怪我は?」
「怪我はしてないけど、これじゃ警察呼び損だね…」
「死ななきゃ安いレベルなのに無傷なら儲けものだぜ、ってかお前警察なんか呼んだのかよ…?」
「だってあんな変なのに襲われたら普通警察呼ぶよ?」
「…huh?」
 …わりと面倒なことになった。
 非常事態で責めることはできないし今更いたずら電話でごまかすこともできないが、この一件を明るみに出してしまうのは危ない石橋を渡る前に叩き壊して渡ってから爆破するぐらいには危険すぎる気がする。
 俺だけなら単独でずらかることもできたけど今回はそうも行かない。
 なるべくさっきのウインディみたいな無能警官が来てくれよ…

「本当なんです!あの化け物は私たちを襲って来たんです!」
「なるほどね…“あいつら”ってことは、君たちの言う化け物以外にも仲間がいたってことで合ってるのかな?」
「そうです、ドククラゲみたいなのも一緒にいました」
「なるほど、二匹いたのか…」
 通報を受けてやってきたゴロンダの質問に対して、一つ一つ答えていく。
 この時点では無能警官かどうか判断できないので警戒は解かずに沈黙を貫いておく。
「すると、知り合いのガオガエンが助けてくれなかったら危ない状況だった、という訳か…ごめん、ちょっと待っててくれるかな?」
「はい、問題ないですよ」
 電話の着信があったらしく、ゴロンダはパトカーへ戻っていった。

「ねえ、なんでさっきから何も喋らないの?」
「警察呼んだのはお前なんだから、サツの質問だってお前が答えるのは当然だろ」
「確かにそれはそうだけど、ずっと黙ってたら不審に思われちゃうよ?」
「それなら本当のことを見抜けない警察の目が節穴なだけだろ」
「そういうことじゃなくて…!」

「お待たせ、ちょっと別件の連絡があってね。それはそうと、他の化け物はどうなったの?」
 グレースがちゃんと答えろとアイコンタクトをものすごく送ってきたので、黙って親指で背後の倉庫を指さす。
「なるほど、あの倉庫にいるのか。おい、早く倉庫のドアを開けろ!」
 グレースが俺を睨んでいたことは気付かずに、ゴロンダは部下に倉庫のドアを開けるように指示した。

 倉庫のドアを開けると中に西日が差し込んで、戦闘不能、というかかつてウツロイドだったものとフェローチェだったものが転がっていた。
「あれが、君たちの言っていた化け物、こりゃ原型留めてないな…」
 そりゃ俺も原型留める必要とか考えてなかったからな…
「やっぱり、一連の事件に関係があるのか…?」
「一連の事件ってことは、他にも似たような事件があったのか?」
 さっきまで黙っていたけれど、頭を掻きむしりながら困ったように呟いたゴロンダの発言からして探る必要はあるな…
「君は何も聞いていないように見えてなかなか鋭いな…これはメディアには公表してないんだが、各地方で同じような事件が発生していて…、今回の事件もそれと特徴が似てて…」
 やっぱり、か。
「正直あいつらとまともにやり合えるのは専属の部隊でもきついとは言うけど、君あいつらを倒せる腕があるなら志願して見たらどうかな?」
「…俺はただの観光客だ」
 これ以上面倒ごと抱えてられるかってんだよ…
「そんな怖い顔しなくても冗談だよ。とはいっても本来は違う部署が担当してるから、観光中で悪いけど明日担当が話聞くように手配させてもらう。どちらかの携帯番号交換してもらえるかな?」
「私のスマホ、電源切れてた…」
 よく考えたらこいつは色々物資不足な感じだっけ、まぁそれ自体は仕方ないか。そのとばっちりが俺に飛んでくる事を除けば。
 仕方なく携帯を取り出し番号を確認してゴロンダに伝える。
「それじゃ、ここのラーメンは有名だから良かったら食べてみてね」

…結論、あのゴロンダは形式的な仕事はできるタイプの無能警官だった。


「あああつかれたぁぁぁ…」
 グレースは誰の目にも疲弊しきった事が分かる状態になっていた。
 携帯の時刻表示ももうすぐ夜の7時、確かに変な奴らに追い回されて警察から取調べされたら普通は疲れる。流石の俺も警察絡みのケースは慣れてない。
「流石に余計な時間食いすぎた…」
「全くもって同感、お腹すいた…」
「…俺はこれから適当な場所で宿取って一晩泊まろうと思うけど、お前はこれからどうするんだ?」
「これからって、しばらく歌って眠くなったら公園のベンチで寝るかな」
「あのなぁ、ちょっとは自分の身の安全ぐらい考えたらどうなんだ?」
「そんなこと言ってももうホテルで泊まれる程のお金は持ってないし…もしかして私も一緒に泊めてくれるの?」
「いい加減ご都合主義な脳内お花畑どうにかしろよ、まあ言い出したのは俺だし一晩ぐらいは面倒見てやるけどな、俺も持ち合わせそんなないしチェックイン時刻も考えたらあんまり期待するなよ?」
「いいよ、泊めてくれるんだから贅沢は言わないよ?」
 どうこうするつもりはないにせよ、出会って半日の雄に泊めてもらう危機感のなさに呆れつつ携帯を開いて近くのホテルを調べ始めた。
 良さげなビジネスホテルはシングル部屋しかないし、二部屋借りたら高すぎる。どこか安いツインルームの部屋があるといいんだが…
「お前、ダブルベッドって気にするか?嫌なら止めとくけど」
「ダブルってことは二匹用だったっけ?問題ないよ?」
「そっか、なら問題ないな」
 言質は取った、悪く思うなよ…
「ん?どうかした?」
「別に、晩飯買うのに先コンビニ寄ってくぞ」
「はーい」
 シートに跨ってエンジンを始動させると、慣れた感じで俺の背中に両鰭を回してしがみつく。
 一回乗っただけで乗り方の要領をつかむなんて大したものだなと思いつつ、紅蓮を発進させた。


「いらっしゃいませ!」
 お馴染みの入店音の自動ドアをくぐり抜けるとごく普通のコンビニの様に思えたが、よく見るとお土産が何種類か売っているのは観光地特有だな、なんて思う。
 店員のアブソルがレジ打ちしているのをちらりと見ると、特に何も考えずに窓際のコーナーから入っていく。マンガの置いてある棚には、流行りのマンガの最新刊や過去作品のセレクション、「伝説の悪女スペシャル!」とか「被害者は語る!虐待の真相アンソロジー」みたいな、いかにも読み手を選びそうなマンガが置いてある。雑誌コーナーは週刊誌やクロスワード雑誌、週刊少年系のマンガ雑誌に…
「ねえねえ!これ見て!」
「ん?」
 グレースが笑顔で見せてきた本の表紙とタイトルを二度見したが、俺の目が変じゃない限り、あられもない姿のアシレーヌがこれでもかと載せられた本のタイトルは『スペシャルDVD封入! 私たちにスパルタなレッスンしてください♡ 魅惑のドMアシレーヌ50連発!』…
 つまるところ、笑顔で俺に見せてきたのはエロ本…
「お前その本の内容分かってんのかよ⁉」
「うん」
「いやうんじゃなくて、『スペシャルDVD封入! 私たちにスパルタなレッスンしてください♡ 魅惑のドMアシレーヌ50連発!』とかタイトルからして危険な本なのに、なんでお前は危機感を感じないどころか俺に勧めて来るんだよ⁉しかもお前と同族!危機感持て!」
「卑猥なアシレーヌに興味ないの?それとも攻められる方が…」
「…それは嫌だ」
「じゃあやっぱりこれかな?いやこっちも好きそうだよね、あるいはケモホモ…」
「もうお前晩飯自腹な」
「あっごめんなさいそれはマジで勘弁してください」
「それが嫌なら早く行くぞ」
「うう…はい…」
 もう本当何がしたいんだこいつ…


「すごーい!ちょっと離れた場所にあるお城みたいな建物ってホテルだったんだ!」
「あーそうだなー、うん…」
 金銭的事情を最優先にして脳内で強行採決したら、想像以上のグレースの無知によって思わぬ罪悪感に包まれることになった。こんなはずじゃなかったのに…
 グレースの方も嫌悪感を感じているのならまだ精神的にマシだったが、素で気づいていないのが余計に罪悪感を増幅させていた。

「なぁ、お前はここが普通のホテルだと思ってるのか?」
「資金的に選んでお城みたいな所を選んだなんて、よくコスパ最強なホテルを良く見つけたよね」
「見た目についてはジャンルがジャンルだからな、ほら見ろよ」
 ダブルベッドに腰掛けたまま指さした先には避妊具、いわゆるコンドームがいくつか置かれていた。
「え?じゃあここって…」
「…悪い、お前をどうこうするするつもりはないんだが、金の都合で安いとこ選んだらまさかのラブホになっちまって」
 こればかりは流石に謝るしかなかった。
「そういうことなんだね…」
「ああ、嫌なら今から他のとこに行くか?あるいはお前はそのままで俺が別のとこで泊るかなんなら野宿でも…」
「そうじゃなくて、私からメスとしての魅力とか感じないの…?」
 死活問題とでも言わんばかりなわりと真剣な表情で聞かれた。
 そんなこと俺が知るかと言いたい衝動をぐっとこらえて傷つけないような台詞を考える。
「急にそんなこと言い出した理由は知らんが、魅力がないわけではないだろうな。俺から見たら…」
「見たら…?」
「…何でもない。ほら、腹減ったしとっとと飯にしようぜ」
「え~ 言ってくれてもいいじゃん」
「うるせぇ部屋から閉め出すぞ」


「こんばんはキモリです。今日も始まりましたミュージック…」
「チャンネル変えるぞ」
「ちょっと、なんでチャンネル変えるの⁉」
 グレースの制止を無視してニュースを放送しているチャンネルに変える。
「それでは今日のニュース特集です。年々増加している児童虐待に関して…」
「それでは聞いてください、『恋のTOD』」
「被害を受けて…」
「タイムリミット♪」
「これに対して警察は」
「勝ち逃げなんて許さない♪」
「もしこのようなケースを見かけた方は」
「挑発しかないよね♪」
 ニュースと音楽番組が目まぐるしく入れ替わり、途切れ途切れの音声が絶妙に補欠感漂う迷曲かつ怪文を生成し続けていた…
 
「…お前何でチャンネル変えまくるんだよ!」
「別にいいじゃん、私が先に見てたんだし!」
「お前も歳近いなんだからニュースの一つぐらい見ろよ!」
「ねぇ、女の子に対して年齢の指摘はデリカシーなさすぎない⁉」
「俺の知ったことじゃねえよ、てかお前カップ麵にお湯淹れてからどんだけ置いとく気だよ?」
「知ったことじゃない、ってきゃあ!これ絶対麺のびまくりだよ…」
「まあ頑張って食べな、ちなみに俺はもう食い終わったからごゆっくり?」
「そんなぁ…」
「分かってると思うけど残さず食べろよ?俺はシャワー浴びてくるからテレビのチャンネルは好きにしな、それじゃお先にごちそうさま」
 実に清々しくて歌でも一つ歌いたいようないい気分でバスルームのドアを開けたが、結局グレースに振り回された事実が何とも言えない感覚を残してきた…
「辛っ、これ美味しそうだったのに辛すぎ…⁉」
「そりゃチリマトマだからな、普通のよりは辛いだろ。俺は辛い麺類好きだけど」
「もぉ、今日はあんたと言いチリマトマといい変なのに振り回されっぱなし…!」
「火猫とマトマはセットではない!寝言は寝て言えよ!」
「一緒に煮込んで激辛バージョンにして食べなさいよこの辛党!」
「だったらお前とマトマを煮込めば辛口シーフードヌードルだな!しっかり味わえ!」

 一瞬沈黙が挟まった瞬間お互い何とも言えない馬鹿らしさを感じ、のびたヌードルをすすりドアを閉めた。


 右腕に付けていたリストバンドを外し、水温を最大まで上げてからシャワーの蛇口を捻る。炎タイプの俺でも温かいと感じるレベルの水温は、炎タイプ以外のポケモンが浴びればまず火傷確定。
 炎タイプといえばポケモンの技かどうかに関係なく水が嫌いなイメージがあり、それは決して間違っていないのだが、水温を上げればシャワーぐらいは平気という炎タイプのポケモンは結構存在する。
 そして中にはシャワーを浴びるのが嫌いじゃないどころか好きだという炎タイプのポケモンも一定数いたりする。
 まぁ、俺の場合はちょっと訳ありだけどな…

「っし、身体乾かして出るか…」
 10分程浴びたらそれで満足、シャワーを止めて今度は体温を上昇させる。体温が上昇していくにつれて体毛に付いていた水滴が蒸発していく。

「…で、なんでお前はこんなとこにいるんだ?」
 シャワーカーテンを開けるとグレースは何故か目の前で待機していた。
「私もシャワー浴びたいからここで待ってただけで別にあなたの裸を見に来た訳じゃないよ、悪い?」
「それなら中まで入ってこなくてもいいだろ、ったく…」
「この腕の傷どうしたの?」
「…これか?何の変哲もないガキの頃の古傷だ」
「そう?結構深い刺し傷みたいだけど…」
「身体のあちこちにこんな傷があるから別に珍しくないだろ?とにかく、俺はもう出るからシャワー浴びたきゃ好きにしろ」
「はいはーい」
 リストバンドで古傷を隠すように右腕に付け直すし、そのままドアを閉めた。

 
 出てきてからテレビを点けるとニュースも音楽番組もとっくに終わってバラエティー番組に変わっていた。溜息をついて携帯を開きニュースを調べるが、特に情報は出ていない。
 田舎でも大手チャンネルから中継来そうなレベルで明るみに出たにも関わらず何も放送しないなんて以外にメディアは呑気なものだなと一瞬思ったが、警察が色々とメディアに伏せているのだろうと推測して携帯を閉じる。
 これ以上続くと隠すのも時間の問題かもな…


 ベッドの方は当然のようにダブルベッドなのだが、一人なら特に気にする相手も不在。
 携帯を枕元に置くとそのまま横になって目を閉じる。
 今日はこの疲れに身を任せれば睡眠薬なしでも眠れるかもな…

「あー気持ちよかった!あれ、もしかしてベッドの上でスタンバイ中ですか?」
「…huh?」
 ダブルベッドの中央に寝ている俺に構わず横からベッドダイブされて腹部に重圧がかかる。
 前言撤回、しばらく眠れそうにない。

「またまたぁ、お互いシャワー浴びたんだからそれはもう交b」
「…何をどうやったらその発想に至るんだ淫獣」
「普通はこの年頃ならみんなこの発想になって当然じゃない?」
「生憎俺はその発想には至らなかったらしいな、じゃ」
 流石にベッドの上で終わりなき言葉の攻防にはこれ以上付き合いきれない。
「え、もう寝ちゃうの?」
「お前と関わると気疲れする…」
「そりゃ疲れるね…じゃ私も寝ようっと、お休み」
「へいへい…」
 ベッド横のライトを消してぼんやりとする、こんな時間もわりと久しぶりか…

「ねえ、全然寝付けないよ…」
「huh?」
「だって普段寝るより明らかに早い時間なんだよ…」
「ウールーでも数えてりゃそのうち寝れるだろ」
 勝手に起きてろよ、とは言いたくなったが喚かれることを思えば黙っておくか。
「じゃあさ、昔話とか聞かせてよ!」
「お前ガキか…適当に動画調べてやるから」
「私は既製品なんかじゃなくて、ナバールのオリジナルのお話を聞いてみたいの!」
 俺はなんでこんな奴と一晩過ごそうなんて思ったのか…

「…流石にこれは貸しにしとくからな」
「うん、貸しでいいよ」
「分かった、ちょっと待ってろ」
 俺は児童書を書く作家の気分でストーリーを組み立てていく…
「一応出来たぞ、あんま期待するなよ」
「聞いてみなきゃそんなの分からないよ?」
「はいはい、タイトルは未定な」

『昔、あるところに小さな男の子がいました。男の子のお父さんは男の子が生まれてすぐに死んでしまい、お母さんは別の雄と結構しました。そして男の子にはお父さんの違う弟が出来ました。男の子は弟とすぐに仲良くなり、父親違いとはいえ本当の兄弟の様になりました。しかし、弟のお父さんは弟が生まれてすぐに、アルコールやギャンブルなどにのめり込むようになりました。それを知ったお母さんは他の雄と仲良くなり、ほとんど家に戻ってきませんでした。』

「なんか、話の内容重くない?」
「そうか?あんま詳しくないけど大体こんな感じじゃないのか?」

『そして弟のお父さんは、ギャンブルや夜の街へ遊びに行っている時以外は家でお酒を飲み、男の子や弟に暴力を振るい始めました。男の子が逃げ出すことは簡単でしたが、小さな弟が怖がって震えていたり、叩かれて泣いていたり、ずっとお腹を空かせているのを見ると自分だけ逃げるわけにも行きませんでした。弟のお父さんはもちろん、ごくたまにしか帰ってこないお母さんも面倒を見てくれるはずもなく、男の子は慣れないながらも弟の世話を始めました。そして時には暴力の嵐を防ぐ盾にさえなって。男の子は毎日傷だらけでくたくたになってしまっても、弟だけは笑顔でいられると思うと頑張れました。けれども、弟は病気になってしまい、そのまま死んでしまいました。男の子の心に、小さな穴が空きました…』


「…めでたしめでたし、で締めくくりだったか?」
 役者かと思うほど千変万化してたグレースの表情がお通夜モードと化していた。何かあったのか?
「…いや、うん。どこから突っ込めばいいのか分からないけど、とりあえず“めでたしめでたし”はそのお話には使っちゃいけないよ…」
「そうか?じゃあ“to be continued”でも入れるのか?」
「そういう事でもない…」
 本気で困ったような表情をしている。終わり良ければすべて良しは逆もまた然りだったのか?
「その手の話には詳しくないけどよ、リアリティあって面白かっただろ?」
「うん、悪い意味でね…」
 ものすごく哀れんだ目で俺を見ている。どうやら頭の中に浮かんだ光景から即興で作った自信作もこいつにはお気に召さなかったらしい。面倒なヤツ…

「まぁいいや、私も気疲れして眠くなってきたから満足かな。この借りはちゃんと返すね…」
「…へいへい」
 別に期待はしてないけどな。



 一瞬まさかとは思ったが、この幼さの抜けない感じといい歌声といいこいつは間違いなくあのグレースだろう。最後に会ったのが何年前だったかすらも曖昧だが、元気そうで良かった。
 こいつは気づいていないらしいしいつもの癖でナバールと名乗ってしまったが、今後のことを考えれば俺だと気づかれない方がいい。
 そしてUBはこの地方にも出現している。予想通りならこの町は戦場になるかもしれない、どうにかしてこの町から逃がさないといけない。

 これ以上俺のせいで傷つく奴は一匹もいてたまるかよ…


 7月23日の日記を携帯に入力して充電器にセットする。
 肉体疲労のせいか精神な違和感のせいか、今日は睡眠薬に頼らず済みそうだな…



 
 ラブホテルの道路を挟んだ向かいの建物の屋根から、一室を眺める。
 レントラーじゃないから中の様子は分からないけど、恐らく何もせずに眠っているのだろう。何もせずに。
 休める時にはゆっくり休んだ方がいいだろう。これから休もうと思っても満足に休める時間はないだろうから。
 他獣のこと言えないな、なんて自嘲しながら翼を広げて屋根から飛び立つ。
 今日は彼が頑張ってくれたから僕もこの際力を蓄えておこう。

「君がこのアローラに来てくれたなんてね、いずれ僕の方から会いに行ってあげるよ…」


TURN04.25 死神が目覚める日 その1


 7月に入って日中は暑くなったが、夜になれば少し肌寒いぐらいの涼しさに変わっていく。
 公園のベンチで特にすることもなく夜空を見上げてボーっとしていると、遠くで楽しそうな親子の笑い声が聞こえてくる。
 7月に何か大きな行事があるのかどうかは知らないけれど、家の中でパーティーでもしているのかな?とっくに9時を過ぎてる気がするよ…
 弟のユアンはもう寝かせておいた。ヒメグマという種族の影響なのかは分からないが、結構寝るのが早い。
 最も、早く寝ていた方がある意味安全かもしれないから…

 夜の街は嫌いだが、皮肉にも貴重な安息の時間をくれる存在。出来る事ならあいつには1秒でも長く夜の街に滞在してほしいし、何ならずっと帰ってこないでほしい。
 右腕に巻き付けた端切れ布に血がにじんでいる。昨日から数えて血がにじんだのはこれで3回目。後で傷口を水で洗って布を取り替えなきゃ…


 ふと耳を澄ませると、笑い声やエンジン音、街の喧騒に混じって小さな泣き声が聞こえる。こんな時間に一体誰が?ゴーストタイプのポケモンのいたずらか?
 周囲の様子を警戒しながら公園の様子を調べていると、ブランコの陰に何かがいる。
 街灯の灯りはギリギリ届かない位置だし、僕はあまり夜目が効かないので接近しなければ正体を突き止めることもできない。
 万が一に備えて素早く行動できる態勢のまま近づくと、それは一匹のアシマリだった。
 どうやら泣き声の主みたいだし、幽霊やゴーストタイプのポケモンでもないらしいので内心安心しつつそっと声をかける。

「どうしたの?迷子になったの?」
「迷子じゃない、お父さんに𠮟られて…」
「そっか、君も大変なんだね…」
「…あれ、君はどうしてここに?」
「僕は…ちょっと散歩してたんだ。 良かったら話聞かせてくれる?」
 家族に酷いことされたなら、僕に何かできることあるかもしれないな…

「…大きくなったら何になるかで意見が食い違っちゃったんだね」
「うん。お父さんは私が大きくなったらお医者さんになった方がいいんだって言うけど、私は本当は歌手になりたいのに…!」
「そっか、そのことはちゃんと話したの?」
 再び泣き出すアシマリの背中を撫でながら優しく問いかける。
「えっ、どうして?」
「君の家族はエスパータイプだったりするの?」
「ううん、でもどうしてそんなこと聞くの?」
「相手がエスパータイプじゃないなら、自分の思いをちゃんと伝えなきゃ分からないよ。自分の思いを伝えてもないのに泣いてばっかりってのも変じゃないかな?」
「そうなの…?」
「そうだよ、ちゃんと自分の気持ちを伝えたら分かってくれるかもしれないよ」
 まぁ、ちゃんと聞いてくれるならの話ではあるけれどね…
「…そっか。私、ちゃんと私の思いを伝えてみる!」
「うん、その方がいいと思うよ」
「だよね、ありがとう!」
「痛っ!」
 怪我をした右腕を掴まれて思わず痛みに声をあげる。
「ごめん、ってどうしたのコレ?」
「これは…ちょっと転んじゃったから」
「ねぇ、良かったらうちで手当てしてもらって行ってよ!」
「いや、そろそろ帰るから…」
「いいからいいから!」
 左の前足を鰭で包んでアシマリは走り出した。
 前足掴まれると歩きにくい…!

 半ば無理やり連れてこられた先は、この辺でも名のある総合病院だった。
「ここって、かなりの大型病院だよね…?」
「そうだよ、今日はお父さん夜勤だからね。こっちから入って!」
 そう言って【急患用入口】と書かれたドアから入っていく。
 入って大丈夫なのか?
 というか、ちゃんと字を読めているんだろうか…

「急患用の入り口から入ってきたらダメだって何度も言ってるだろう!」
 案の定診察室っぽい所から出てきたダイケンキに𠮟られちゃってる。やっぱりね。
「お父さん、怪我した子がいるの!」


「!」


 ダイケンキは僕を見て固まっている。何かあったのか?

「…確かに怪我してるね。ちょっと見せてくれるかな?」
「ご丁寧にありがとうございます。大したことないんでお気持ちだけで…」
「まあまあそんなこと言わずに、ね?」
そう言ってダイケンキは血のにじんだ布を剝がしていった。
「ねぇ、この怪我は一体どうしたの?」
 言葉よりも先に頭の中に記憶の波が押し寄せる…


 いつもの様に酔っ払った声が近づいてくるのが聞こえる。小さく舌打ちして部屋の隅に移動して息をひそめる。
 乱暴に開けられたドアの音と共に安酒とタバコの匂いが入り込む。それから数分もすれば発泡酒のプルタブを開ける音と深夜番組を見る下品な笑い声も聞こえてくる。
大体遊んで帰ってきた時のルーティンはこんな感じだ。
 このまま酔いつぶれて寝てくれればいいけれど…

 壁にもたれてウトウトしていると、怒鳴り声とすすり泣く声で目が覚める。
 そういや昼間はパチンコの新台入荷だったことを思い出した。パチンコに行った日は高確率で機嫌が悪くなる。大方パチンコが下手くそなのに新台入荷したら喜んで打ちに行って大損したんだろう…


「穀潰し!まだいるのか!ようやくくたばる気になったか!」
 穀潰しは僕のことだろう、そういえば名前で呼ばれた記憶もない。
「ユアン、早く酒とツマミ持って来い!」
 これはマズい、ユアンをあいつに会わせる訳にはいかない。前に灰皿同然に扱われかけた時は慌てて庇ったけど、あの時は僕も生きた心地がしなかった。
 だからこそ、僕が行けばいい。

 目を覚ましたふりをして冷蔵庫から缶ビールを出し、乾きものの袋と一緒にテーブルに出しておく。
 酒臭いリングマが汚い手で乱暴に缶ビールを開けて反対の汚い手で雑に開けた袋の乾きものを一緒に口の中に流し込む。

 臭いタバコをふかしつつ対して面白みのない深夜番組を爆笑しながら見ているのを見ると自然と怒りもこみ上げてくるけど、それをじっと耐える。
 下手に抵抗してもかえって危険になるだけだし、僕が庇いきれなかったらユアンも無事にはいられない。火の付いたタバコを顔に押し付けられたり熱湯で満たされた浴槽に浸けこまれたら僕と違って火傷してしまう。僕も熱湯は結構体力奪われるから長時間はマズいんだけど…
 とりあえず酔いつぶれて寝てくれればそれでいい、そして酒の飲み過ぎで病気になったり酒で狂ったバカの頭で車道ダイブして病院送りになればいい、そのまま死んでしまえばものすごくいい!
 しぶしぶ買ってきた乾きものの中にたまたま強い農薬が入っていることを祈りつつ、「このリングマが運良く死んだとして、その後はどうなる?」という疑問に結局行き当たる。
 実際警察なんて頼りにならないし、それこそ借金まみれでも金は金だから上手くくすねることで何とか僕とユアンは生きているけど、そんな金すらなくなったら路地裏に死体が二つ転がって小汚い鳥ポケモンの餌になるだけだ。
 誰も助けてなんかくれない、でも僕はユアンを助けなければならない。僕はきっと幸せにはなれないけど、ユアンにはまだ希望はあるはずだから…

「にぃちゃん、おなかすいた…」
 しまった、ユアンがこのタイミングで起きてしまった…!
 最近はこの時間に帰って来ないから、こっそり乾きものを食べさせてたのがマズかったのか?
流石に近くの畑からぬ、取って来たきゅうりじゃ空腹すら紛れないだろうけど…

「ユアン、お前起きてた癖にシカトしやがったのか!えぇ⁉」
 こんな時だけ無駄に耳ざとくリングマは気付きやがった、しかも手には角ばった酒の空き瓶。缶ならまだマシだけどこれはかなりマズい…
「あ、あ……」
 ユアンは怖がって涙目で震えているけど、あえて僕は気配を消す。
「そんなクソガキはきちんと“しつけ”しないとな!」
 リングマが空き瓶を振り上げた瞬間、ユアンを軌道からずらして素早く方向転換、瓶を反対方向に弾こうとしたが軌道が急に変化、瓶は柱に砕かれて尖った先端が僕に迫って来た。
 怪我したら危ないと聞く首への直撃は防いだけど、右の前足に突き刺さったような鋭い痛みが走る。

 着地も受け身もできずに蹴り飛ばされてタンスにぶつかって落ちた。
 腐りかけた畳に血が広がる。

「お前みたいな疫病神は一秒でも早く“事故死”した方が社会のためなんだよ!」
 知的生命体の恥がよく言えたものだとも思ったけど、乱暴に持ち上げられたちゃぶ台を見て結局力なんだと思い知らされる。
 ユアンは泣きながら部屋に戻っていった。これでちょっとはユアンもご飯食べられるといいな…

「もしもし、お宅うるさいですよ!」
「あぁ⁉」
 野太い雌ポケモンの声が苦情を言いに来たおかげで怒りの矛先が変った。
 多分これでヤケ酒でもやって寝てくれるだろう。
 痛くて立ち上がれないから、畳に血の痕を残しつつ這いずって傷口を洗いに行った。

 後でユアンが寝付けるように面倒見なきゃな…


「えと、ちょっと転んだ時に落ちてたガラスの破片で切っちゃって…」
「そう?切り口は横に綺麗だけど細かなガラスの破片入ってるよ?」
「えっ?」
 確かに消毒して破片は一通り取り除いたはずなのに…
「それにこれ、破片からほんのりだけど匂いがするんだよね、お酒の瓶かな?」
 なんでこのダイケンキはこんなに当ててくるんだよ…⁉
 このまま全部読まれたらどうなっちゃうんだ…⁉

「なんてね、最近推理ドラマにハマってるだけだよ」
 震えそうになる体を必死に抑えてみたけど冗談だったらしい、本気で焦った…
「でも、ちょっと治療の後で全身の検査させてね。気になるところがあるから」
 黙って頷くと治療台に乗せられた。
「まずは破片を全部取り除くから、ちょっと痛いかもだけど頑張ってね…」
 僕が頷くよりも早くダイケンキはアシガタナを一閃、痛みを感じるよりも早く傷口から瓶の破片が全部取り出されていた。
 斬られたのかと思ったけど全然痛くなかった…
「よーしいい子だ、縫合治療はしなくても消毒すれば自然治癒で治るかな」
 そのまま家に置いてた安物とは比べ物にならないぐらい効きそうな消毒液をかけられて、ガーゼを当てて綺麗な包帯を巻いてくれた。

「はいこれで終わり、強かったね!」
 ダイケンキは僕の頭を撫でた。
 痛いのには慣れてるけど、オトナに撫でられるのは変な感じ…
「それじゃあ、ちょっと悪いけど体の様子を検査させてね」
 全身を触られたり目や口の中を見られたり、体温や脈を測られていく。
 時々「ここの打撲やアザはやっぱり気になる」とか「熱湯に浸けられた痕か?火傷には至ってないけど炎タイプだからか?」とか不穏な言葉が聞こえる度に思わず不安になってしまうけど気づかれないようにした。
 変な形の容器を準備して「これにおしっこしてくれる?」って言われた時には流石に混乱したけど、これも検査の一つらしい。恥ずかしがり屋かどうか調べるのか…?
 その後も変な機械で写真を取られたり高さや重さを調べられて、ようやく検査が終わったらしい。

「結果が分かるまで少し時間かかるからもう少し待ってね、グレース、この子と遊んでてくれる?」
「はーい、こっちこっち!」
 さっきのテンションからは想像できない程静かに部屋の隅にいたアシマリが廊下に出て呼んでいる。
 なんとなく恥ずかしい物を見られた気がするけど、考えないことにして歩きやすくなった足で追いかけた。


 大きなロビーの一角に用意されたおもちゃと絵本の並んだコーナーに案内された。ご丁寧にテレビとDVDプレイヤーも用意されている。
「お腹空いたでしょ?お母さんと一緒に焼いたから食べてみて!」
 調理器具のおもちゃの中に本物の食べ物の入ったバスケットが紛れ込んでいた。
 中には不揃いな焼菓子みたいなのが入っている。
「グレース特製バタークッキー、食べてみて!」
 言われるままに一枚食べてみると、甘くてサクサクで美味しかった。
 これに比べたらきゅうりなんて泥沼の底でグズグズにふやけた青臭い生木だ。
「バタークッキーだっけ?美味しい…!」
「良かった!いっぱい食べてね!」
 勧められるままに食べ進める。これをユアンにも食べさせたいな…

「これって、持って帰ってもいい?」
「そんなに美味しかった?いいよ!」
 満面の笑みでビニール袋にクッキーを詰め込んで渡された。
 前からお菓子を欲しがってたし、明日の朝喜ぶ顔が見れるかな…
「そういえば、まだ名前聞いてなかったね?」
「グレース、だったっけ?」
「あれ?私名前言ったっけ?」
「特製クッキーを出した時に…」
 妙に納得した表情をしている。見ず知らずの相手に名前を明かすことに危機感ないのか…?
「ちなみにお父さんはコバルトって名前なんだけど…」
 こいつ、親の名前まで知ってるんだな…
 僕はあのリングマことは性別ぐらいしか知らないのに…

「…そうそう、君の名前は?学校では会ったことないよね?」
 色々聞き過ぎだとは思ったけど、名前ぐらいは言ってもいいかもしれない。
「ルトガー」
「ん?」
「それが、僕の名前…」
 ユアンはずっとにぃちゃん呼びで僕の名前を知らないし、リングマはそもそも論外。他に知り合いもいないから、僕にとっての名前は“自分で自分を見分けるための文字の並び”だった。
「そっか、よろしくねルトくん!」
「…!」
 ずっと敵か無関係かの世界、そんな中に初めてそのどちらでもない存在が見えた…

 
「とりあえず怪我したところは治療したけど、包帯の交換とか消毒もしたいからまた明日おいで。来れそうならでいいんだけどね」
「ありがとうございます、でも、僕、お金なくて…」
 今更言うのも遅い気がするけど、念のため言ってみるとダイケンキは笑って頭を撫でる。

「学校の保健室は怪我した仔の手当てするけどお金は取らないだろう?それと一緒だよ」
 学校も保健室が何なのかはピンと来ないけど、お金いらない病院って認識だろう。
「それと、夜食買いすぎちゃったから良かったらこれ食べて?」
 コンビニの袋の中にはおにぎりやパン、紙パックの木の実ジュースが入っている。
 普段のペースで食べれば二匹でも一日は賄えそうだ。
「外は暗いから気をつけてね、それと…」
「…それと?」
「困ったことがあったらいつでも来ていいからね」
「…ありがとうございます」


 喧嘩してたって聞いてたわりには仲がいいように見えたし、僕のことを嫌わないどころか頭を触ってくるしものすごく不思議な親子だった。
 もしかしたら家ではまた違うのかもしれないけど、僕にもよく分からない。
「親子って、本当は仲のいいものなのか?」

 自問自答しても答えは出ないので、お土産の袋を持って家に戻った。


「にぃちゃん、このおかしおいしいね!」
「だったら良かった!」
 普段からリングマのいない瞬間は比較的平和な時間だったけど、ユアンがこんな笑顔を見せたのは初めてだった。
「でも、このクッキーはどこでもらったの?」
「……それは、秘密だ!」
 次もある保証のない話をするだけの心の強さは僕にはなかった…


TURN04.50 死神が目覚める日 その2


 次の日も隙を見て公園に行ってみると、またあいつが泣いていた。
「…今度は何があったの?」
「テストで1桁だったから怒られちゃった…!」
「…ゼロ?」
「…ゼロじゃないもん、イチだもん!」
 確か0が何もなくて1はある中では最も少ない数だっけ…

 その後、昨日と同じで夜間外来の出入口から入るとコバルトは治療用の包帯を一式揃えて待っていた。
「なるべく綺麗に治療はするけど、どうしてもガラスの切り傷は痕が残ってしまうんだよね…」
 つまり右の前足にできたこの傷は消えないらしい。そう考えるとあのリングマが心底憎い。
「明日からしばらくは夜勤じゃないけど、グレースに会った公園近くのマンションに住んでるから起きてる時なら遊びに来ていいよ」
 どうしてこのコバルトとグレースの親子は僕に優しくしてくれるのか分からないけど、綺麗になった包帯を巻いて食べ物の入った袋をお土産に持って帰った。


 リングマがいない状態でユアンが眠った時間が夜のそれなりの時間なら、公園近くのマンションに行く。
 503号室のチャイムを鳴らすとグレースがお出迎えしていた。
「お父さんがDVD貸してくれたから一緒に観ようよ!」
「ちゃんと宿題終わってから!」
 台所ではコバルトがかぼちゃをアシガタナで切り刻んでいて、アシレーヌが鍋で何かを煮込んでいた。

「この問題難しいね…」
「ちゃんと問題読んだら行けるよ、ほらこの式は…」
 グレースは悪戦苦闘してるけど、言うほど難しくは感じない。学校は行ってないけどやることは結構簡単だな…?
「よーし、宿題終わり!DVD観よう!」
 DVDBOXのパッケージには『騎獣クルセイダー』と書かれている。
「お父さんこれ買うためにお母さんからお金借りてたんだ、お菓子1ヶ月は食べられるぐらいしたんだって」
 …あのコバルトはオタクってやつなのか?
 色々注意書きが出た後、波打ち際に三角のロゴマークが浮かび上がった。


「すげぇ…」
「なにアレ…超カッコイイ…」
 コバルトのお手製かぼちゃコロッケを食べながらDVDを一枚分見たけど、とにかくすごかった。
 簡単にストーリーを説明するなら、「世界征服を目論む組織に襲われて瀕死の重傷を負ったガオガエンが強化改造による治療を受け、同じく改造されたモトトカゲと共に“に戦う」ストーリーで、モトトカゲとのスタントや“エネルギーを吸収して自分のエネルギーにする能力”を駆使した異能力を使う敵たちとのバトル、様々なポケモン達とのドラマなど、30分の作品を4話まで見たけど、このクオリティは凄みがありすぎた。

「ふっふっふ、その顔はお気に召した顔だね?」
 満足気に笑うコバルトに頷いてDVDのパッケージを見る。
 DVDはまだ沢山あるし、まだまだ楽しめそうだ。

「今日は宿題教えてくれてありがと、おやすみ!」
「暗いから気をつけてね、これお土産」
「またおいで」
「ありがとうございました…!」
 コバルトにかぼちゃコロッケのお土産をもらって、少し高いテンションのまま家に帰った。


 夜にマンションを訪ねるようになってから、僕とユアンは今まで以上に調子が良くなっていた。
 ユアンは顔色も良くなってきたし笑顔でいることが多くなった。
 僕は怪我をしても治りが今までより早くなったし、リングマからユアンを庇う時でも逃げ場のないような思いが少し楽になっていた。
 きっと居場所のないここと違って、家じゃないけど僕のことを嫌わないポケモンのいる場所、それが初めてできたからかな…

 その一方で、グレースの様子が少し変だ。
 今までは聞いてもないのに嬉々として学校の話を聞かせに来たのに、今では聞いても笑ってごまかされる。
 コバルトやレガータってアシレーヌにもそれとなく聞いてみたけど、「友達の方が話しやすいだろうし、良かったら聞いてあげてくれる?」と答えられてしまった。
 ユアンを家に置いて「チャイムがなってもいないふりして絶対に出ない」ように約束させてから、リングマの鉄くずみたいな字を読み解いて乾きものを買いに行くついでに学校近くで待ち構えることにした。
 グレースの部屋に貼っていた時間割が確かならちょうどこの時間だ、学校の傍の工場の木に隠れて様子を見ていると、他のグループに遅れて出てきた。

「この時間に会うのは初めて、かな?」
「!?」
 待ち伏せ成功と言いたいけど、「誰だあのニャビー?」って声も聞こえたしあまりここにいない方がいいだろう。
「ちょっと聞きたいことあるんだけど、いつもの公園行かない?」


 それなりに遊具のある公園のわりには遊んでいるポケモンはいない。
 何となくブランコに乗って聞き出してみることにした。
「グレース、最近、学校どう?」
「…ルトくんこそ、最近どう?」
「質問を質問で返さないでよ、宿題だと間違いになるよ?」
「むぅ…」
 悪いけど今回は逃がすつもりはない、何としても聞き出してやる…!
「調子いいよ。最近だって、クラスの合唱コンクールで、リーダーに、なった、から…」
 目に涙を溜めながら心配させまいと答えているけど、合唱コンクールは本当だったとしても見逃すつもりはない。
 僕は素早くブランコのチェーンに飛び移り、涙をざらついた舌で舐め取った。
「ど、どうしたの⁉」
「この味は、ウソをついてる味だぜ?」
 リングマの見ていたテレビ番組でこんなシーンのあるアニメだけを特集してたのを知ってたのが役に立った。
「僕は、グレースの夢を守りたいんだ」
 そして、最後に一言本心を告げる。

 動揺したところに本心を告げられて感情が揺れ動きまくって泣きじゃくるグレースの背中をそっと撫でて落ち着くのを待つことにした。


「つまり、合唱コンクールでリーダーになってから変なことされまくっているのか?」
「うん、ぐしゃぐしゃにした楽譜に“音痴”って書いてたり、一部の子は“鼻垂れ”って馬鹿にしてくるし、階段から突き落とされそうになるし…」
 涙を拭って気丈に振る舞っているけど、かなりきつそうに見える。
 普通なら、ちょっとした辛いことでもそれなりに苦しさを感じるのが正常だ。
 そして話を聞く限りだと、最初は子供のいたずらかと思ったけど、最後なんかは普通に一歩間違えればグレースは死ぬかもしれない。俺と違ってグレースはあったかい家にいるんだ…
 なんならやってることは平気で誰かの大事なものを滅茶苦茶にするあのリングマと一緒じゃねぇかよ…!

「やってる奴の心当たりとか先生やコバルトに言わなかったのか?」
「先生は授業ばっかりで相手してくれないし、お父さんも最近忙しいし、お母さんは最近タマゴができるから…」
「先生があてにならないなら、忙しくてもちゃんとコバルトに相談した方がいいんじゃないのか?手紙とかに書いとけば時間ある時に見てくれるし、頼りになりそうだよ?」
「うん、そうする…」
「それで、心当たりは…」

 グレースはしばらく悩んでいたけど、やがて思い出したように一匹の名前を出す。
「もしかしたら、デモンコアちゃんかも…」
「デーモンコア?」
「デモンコア、クラスのリーダーみたいなカヌチャンの女の子なんだけど、そういえば“合唱コンクールでリーダーになるのは私だ”ってずっと言ってた…」
 もう犯獣そいつ一匹しかいないんじゃないかな。
「ビンゴ、だな。明日そいつの動きを見張ってみたらどうだ?すぐに尻尾出すはずだぜ?」
「でも、先生がクラスのリーダーに選ぶくらいだし、悪い仔には見えないけど…」

 気づいたらため息をついてグレースの顔を覗き込んでいた。
「悪い奴は大体外面いいんだよ、現にお前はそいつにいじめられてるどころか階段から落とそうとして殺されかけてる」
「そんな…」
 周囲が優しい環境で育ったんだろう、純粋に困惑できるグレースが羨ましい。
「早いとこ証拠掴んで何とかしよう、急いでやっつけないとグレースが危ないよ!」
「そんなこと言われても、私、上手くできないよ…」
「…動きを探るのが怖いなら友達やクラスの子と一緒にいたら怪我することは少なくなるんじゃないか?何なら先生のお手伝いしたらもう来られないはずだぜ」
「そっか、ありがとう…」
 グレースも少し元気になったらしい。
「また、時間あったら遊びに行ってもいい?」
「もちろん!今日はクッキー焼いて待ってるね!」
 グレースは元気に帰って行った。

 ずっと冷たい灰のようだった心が熱くなっていくのを感じた。
 リングマに向けて積もってきた思いにも似た、けれでもそれは騎獣クルセイダーが誰かを守るために戦うような、そんな気持ちにも似た炎のような気持ちだった。
「これ以上、グレースを俺と同じ目に遭わせるかよ…!」


 とりあえず買わされたものを買いに来た道を戻る。学校には新しい校舎に加えて古い校舎もあるらしい。建物の2階は塞がれていてあんまり使ってないことは分かった。
 そして工場の傍には様々な色のペンキ缶が沢山並んでいる。
 これを使えば大体のシナリオは描ける。
 後は細かい点を修正して確実にすればいい。
 方向性は大まかでも計画そのものは綿密に練らなければならない。

 グレースの家に行く時に、こっそりコバルトの部屋に入ってみた。
 かくれんぼするという建前のもとに入ってしまえば、ちょっとの間は調べられる。
 本棚を覗くと難しい医療の本がずらりと並んでいる中、デスクに一冊だけ古い本が置かれている。
 背表紙には「医療マニュアル」と書かれているけど、何となく読みやすそうに感じた。
 手に取って読んでみようとして、デスクに置かれた写真立てに目を奪われる。
 ゴーグルをかけたフタチマルやゾロアークの写った古い写真の中に、『騎獣クルセイダー』に出演していたガオガエンも写っていた…

「かくれんぼ中だったかな?その写真に気付くとはお目が高いね」
 コバルトが部屋に戻って来ていた。
「ごめんなさい、勝手に入ってしまって」
「グレースに爪の垢煎じて飲ませたいぐらいだよ、それにしても古い写真を見て気付くとは、騎獣クルセイダー気に入ってくれた?」
「はい、今日も続き見るのが楽しみです!」
「そうか、ナバールも喜んでるだろうな…」
 コバルトは少し遠い目をしている。

「ナバール?」
「ほら、騎獣クルセイダーに変身してるタクミ役のガオガエンだよ、昔は一緒に戦ってたんだけどね…」
「昔ってことは、追加戦士だったの⁉」
「いや、そうじゃなくて昔“月下団”ってグループに所属しててね。ナバールは月下団団長、僕はそこで戦ってたんだ」
 …ナバールとコバルト、ニュースで聞いた気はするけど何のニュースだったかな?

「昔話で良かったらまた聞かせてあげよう、ここに隠れてるのはグレースには内緒にしておくよ」
「ありがとうございます」
 昔話ってのは過去の思い出話みたいなものらしい、とりあえずこの時間を活かして医療マニュアルから手がかりを探すことにした。


・幼いポケモンは好奇心が強く、種族の近い仲間に少し誘われると簡単に危険な場所でも行ってしまう
・眼球は長時間の強い光に弱く、瞼を閉じたり光から目を背けることで対応する
・空気のない環境は3分、水のない環境は3日、食糧のない環境は3週間が生存のタイムリミット(種族によって例外あり)

 使えそうなのは大体こんなところか。
 普通にこの本の知識を全て叩き込んでおけば自力で簡単な治療もできそうだけど、のんびり読んでる時間はなかった。
 元あった場所に本を戻してベッドの下に隠れておくことにした。
 ベッドの下にも本が何冊かあって、それを読もうとした時、元気な「見つけた!」の声で強制終了した。


 翌日、今日は珍しく帰って来ていたマフォクシーがユアンを連れて出かけたので、比較的動きやすくなっていた。
 昨日はそれなりに動いていた工場も、今日はどちらかというと騎獣クルセイダーで戦場になってそうな廃工場みたいな雰囲気だ。
 ピンクのペンキもちゃんと健在、誰かの忘れ物みたいな工具の入った布バッグもキャットウォークに置かれている。

 次にグラウンドの隅にあるフェンスの破れた場所を通って学校の敷地に忍び込む。
 一生必要ないと思ってたグレースの学校情報が意外にも役に立った。
 古い校舎というよりは荷物置き場と化しているのか、普通に1階の窓に鍵がかかっていないレベルには不用心で助かった。
 2階は窓も鉄板で中から塞がれた一室だけで、黒板に五本の横線の模様がある辺り、普段使う感じじゃないだろう。足元に気を付けようと思ったが、意外にもホコリもほとんどなくて自由に動けた。
 古い投光器やラジカセ、余った机なんかもここに保管しているらしいが、蛍光灯がないあたり本当に教室として使う気はないらしい。
 急がないと下校の時間になってしまう。気配を消して古い校舎の周りを確認すると、電気を操作するスイッチは何故か外にあった。ブレーカーだったっけ?
 とは言ってもこれでシナリオは完成した。ぶっつけ本番にはなるけど、やるだけやってみせる…!

 工場に戻ってペンキの缶を曇りかけた鏡の前に運んだ。



 今日は色々と不完全燃焼だった。
 間抜けな癖に合唱コンクールでリーダーに選ばれたグレースに今日も意地悪するのが楽しみで学校に行ったら、今日は何故か他の子と一緒にいたり何なら先生の傍にいたりして、なかなか一匹になる瞬間がなかった。
 まるで誰かに入れ知恵されたみたい。グレースのくせに隙を見せないなんて気に入らない。
 あれは鬱憤を晴らすにはいい材料だったのに、これが毎日続くようじゃこっちだって困る。
 早くどんな風にいじめるか考えなきゃ…

 苛立ちを隠し切れないまま校門を出た時、鏡に写った自分が飛び出してきたような姿のポケモンが走り去って行った。
「デモンコアちゃんだっけ?一緒に遊ぼ?」
 同じ種族はこの町にそう多くない、私と同じカヌチャンなら全員知ってるはずなのに、こんな男の子みたいな声の子は会ったことがない。
「とっておきの場所があるんだ、一緒に遊びに行こうよ!」
「それより君誰?知らない子と遊んじゃいけないってママに言われてないの?」
「こっちは君のことをよく知ってるよ?と~っても悪い仔なんだってね!」
「何馬鹿なこと言ってるの?私は日曜日にだって塾も行ってるし、これからも帰ったらお稽古が三つも…」
「つまり、君の大好きなママは君をマリオネット同然に考えてるんだね!操られるがままに動かされて、反抗したり失敗して使い物にならなくなったら月曜日の燃えるゴミにされちゃうマリオネット同然に…!」
 聞こえてくる言葉に思考がぐちゃぐちゃになる。
 ママが、私をマリオネットとしか思ってない?
 確かに言うこと聞かなきゃ怒られるし叩かれたこともある。
 でも、それは私のことを大好きだからってママが言ってたけど…

「それでもママは、私を大好きだって…!」
「聞いたことないかな?ポカブを育てるのは食べるため、グルトンを育てるのも食べるためだよ!つまりママが君を育ててくれてる理由も分かるよね?」
「まさか…」
 私を、ハンマーの素材にするため…?
 時々機嫌のいい時に言ってくれた『ハンマーにしちゃいたいぐらい可愛い』っていう言葉の意味もこれではっきりした。

「知ってるなら何とかしてよ!このままじゃ私ママに食べられちゃう!」
 奇妙な声に叫んですがりつく。もしかしたら私は来週殺されるかもしれないし、今日家に帰ったら生きたまま全身を引きちぎられてハンマーの素材にされちゃうのかもしれない。
「もちろんいいよ、君が助かる方法はただ一つ、君のママより強いハンマーを作ることだよ!」

 いいハンマーの素材があるから付いてきて、という声が少しずつ遠くなっていく。
 その声を必死に追いかけて行く、これが最後の希望なんだ…!


「ここだよ、早く早く!」
 奇妙な声ははこの工場の中から聞こえてくる。
 中には誰の姿もないし工場の機械も動いていない。
 古びた台車が動いたように見えて心臓が止まりかけたけど、気のせいだったらしい。
 どこかに隠れてるのかもしれないから、慎重に歩いて行く。
 少し入ったところで、階段を上がっていくような金属音がする。
 急いで見回すと、高い所の足場へ上がるための階段から音がしたみたいだけど、誰かが登った姿はない。
「ねぇ、どこにあるの⁉早く最高の素材のありかを教えてよ!」
 そう叫ぶと足場から何かが落ちてきた。
「あれは、精錬された金属だ…!」
 駆け寄ってみると綺麗で丈夫な工具がいくつか転がっていた。
 これでどうハンマーを強化しようか悩んでいた時、上から頭を強く殴られた。
 その後も上から続けて殴られて、背中に何かを刺されたような感覚に続いて首を叩かれ目の前は真っ暗になっていく…



「ねぇ、流石に僕も雄なんだけどな…」
「でも夜の病院はトイレ行くの怖いから…」
 今日はお父さんが夜勤の日で病院にお泊りコースだったんだけど、今日は勇気を出したりしなくてもルトくんが傍にいる。
 とはいっても恥ずかしがったから男の子用の個室を使ってるけど、それでも目に見えて不満な感じ。
「だから、なんで僕まで一緒に入らなきゃいけないの?」
「だって、一緒にいてくれないと漏れちゃいそうな時でも怖くておしっこ出ないから…」
 それこそ家でも夜は結構怖くって、ベッドの中でバルーンの中にこっそりしたことも一度や二度じゃない。
「なぁ、いつまで待たせるんだ?」
「待って、そろそろ出そう…」
 宣言通り、ようやくおしっこが出始めた。
 暗くて怖いから緊張して全然出なかったのに、いざ出始めるとなかなか終わらない。
「はぁ…」
 ちょっと恥ずかしいけど、いっぱい我慢してたから気持ちいい…

 ふと気づくと、ルトくんが私の方を見たまま固まってた。

「おーい、ルトく~ん」
「…ん?ああ、ついボーっとしてた…」
「そんなに私のおしっこしてるとこ珍しかった?」
「いや、そんなのじゃなくて…」
 よく考えたらスリッパみたいなトイレでおしっこしてるから、私のおしっこもおしっこの出てる場所も、全部斜め前から私を見てるルトくんにはまる見えのはずなんだけどね?
「ユアンの世話してる時の癖でつい、な。雌がしてるとこは初めて見たけど…」
「そっか、弟のお世話頑張ってるんだっけ?」
「俺が面倒見ないと誰もいないからな、最近はユアンなりに頑張ってくれてるけど…」
 一瞬普通の男の子っぽかったのに、また大人びた感じに戻っちゃった。

「ねぇ、ここ紙で拭いてくれない?」
「…自分でやれよ」
 ちょっと頑張って誘ってみたけど断られちゃった。仕方なく紙を切って割れ目を綺麗に拭き、全部流して出た。

「ちゃんと綺麗に洗えよ?」
「分かってる、ねぇルトくん」
「なんだ?」
「ほっぺがピンク色になってるよ、なんか付いた?」
「…」
「おーい」
「…あぁ、さっき絵の具が跳ねたからそれが顔に付いたのかもな!」
「もぅ、意外とおっちょこちょいなんだね!」

「…グレース、先行っといてくれる?」
「いいけど、おしっこ?」
「わざわざ言わなくてもいいだろ…」
「いや、私もルトくんのおしっこするとこみたいなって」
「やめろ!」
 私から離れて背中を逆立て、完全に戦闘態勢になって叫ばれた。
「ごめん、ちょっと言い過ぎた…」
「…私こそごめんね、恥ずかしいよね」
 珍しく感情を剝き出しにしてた勢いに負けて外に出たけど、今日は負けただけだ。
 私だけ見てないのが悔しいってのもあるけど、見たいって欲望の決め手は好奇心。
 いつか必ず、ルトくんのおしっこしてるとこをこの目に焼き付けてやるんだ…!

 謎の決心をしてから戻ると、お父さんが何か忙しく電話の応対をしていた。
 お仕事にしてはクラスの子の電話番号の書いた紙を出しているのが気になったけど、私がいても分からないことだし、騎獣クルセイダーを見る準備でもしておこうかな!



 一番奥の個室でそっと火を放ち、ペンキの付いたままだった毛を燃やしておく。
 計画は上手く行った、何も問題はない。

・ペンキを使ってカヌチャンの姿になり、一匹でいる所を狙って友達のふりをして工場に誘導する。
・キャットウォークのへの階段を紐で結んだレンチを引っ張り上げることで、たった今階段を上ったように錯覚させる。
・工具を餌にしてキャットウォークのすぐ下に来るように誘導する。
・工場に落ちていた工具を上から落とす。

 医療マニュアルの情報によれば、上手くどれかの工具が突き刺されば計画はこの時点で大成功だったけど、プラスドライバーが一本刺さっただけだったので、通常通りの計画に戻した。

・工場にあった台車を使って古い校舎の2階にある教室に運び込む。
・投光器の配線で古い椅子と机に縛り付けて固定する。
・工具の中にあったホッチキスで瞼を固定しておく。
 それまでは意識を失っていたけど、流石にホッチキスで瞼を留めると痛みで暴れ出したので、首を3発殴って気絶させておいた。
 また声を出されても面倒なので、部屋の隅に転がっていたボロ雑巾をペンキに浸しておいたものを口の中にねじ込んでおいた。
・そして投光器の向きを調整して、でたらめな周波数に合わせたラジカセのイヤホンを両耳に差し込んで音量をMAXにセットする。
・リングマが見ているような犯罪ドラマの事件現場のように足が付かない程度の飾り付けをする。
・仕上げに鍵穴とドアの隙間に油粘土をねじ込んでフェイクのバリケードを作り、外からブレーカーを起動させれば完成。
 学校も行ってない僕の浅知恵だけど、グレースが楽しく学校に行くためにはこれぐらいの賭けには出なければいけない。
 頬の毛にペンキが残ってたことにコバルトが気づいてなければ問題ない。

 このままデモンコアってやつが3週間発見されなければ全て上手く行くだろうし、学校に行けなくなるなるだけでも十分だ。そのためにわざわざ瞼を開かせて投光器を点灯して来たんだ。
 ついでにラジカセもでたらめな周波数に合わせてリングマが布団の下に置き忘れた安物のイヤホンで聴かせてやる大サービス付きだ。


 不思議と心の中に勇気が湧き上がってくるのを感じた。
 これまでは防戦一方だった傷だらけの日々だけど、これが上手く行けば僕はグレースの夢を守ることも、あのリングマをやっつけてユアンと幸せに眠ることができるかもしれない。
 まるで僕が騎獣クルセイダーに変身する力を手に入れた気分になって、高笑いでもしたくなったけど、コバルトはもちろんグレースにもユアンにも知られてはいけない。
 1秒間に10回呼吸するような気分のまま深呼吸をして気持ちを落ち着ける。

 このまま戻ろうと思ったけど、後ろ足のきゅっとする感じにしたくなっていたことを思い出した…


 翌日はユアンに貰い物のきんぴらを食べさせながら、外がやけにうるさい事に気付いた。
 幸いなことにリングマは外に負けないレベルのいびきをかいている。そっと薄いガラス越しに外を見ると、グレースの通う学校にパトカーが大集合しているらしい。救急車も来てるのか?
 外には出ない方がいい気がしたけど、パトカーと聞いてユアンは無邪気にはしゃいでいた。本当に逮捕すべき野郎と助け出すべき小さな命に気づかない馬鹿しかいないのにな…

 夜になるとこっそりと抜け出してグレースの家のインターホンを押した。
「良かった、お父さんが学校に呼ばれて私だけじゃ心細かったから…」
「学校に?何かあったのか?」
「それがね、実は…」
「とりあえず、入れてくれるか?」
「うん、入って…」


 用意してくれていたクッキーとジュースにありつきながらグレースの話を聞く。
「実は、デモンコアちゃんが旧校舎にキンカンされてたんだって」
「デモンコア、誰だっけ?」
「ほら、この前ルトくんが私に意地悪する奴だって言ってた…」
「そんな奴もいたっけ。それでキンカン?監禁か?」
「それそれ。昨日の夜からずっと行方不明になってたらしくて、今日のお昼頃に工事のおじさんが見つけたって…」
「死んでくれたの?」
「ううん。お父さんの電話盗み聞きしたら生きてるみたいだけど、耳が聞こえにくくなって目はまったく見えなくなっちゃってるんだって…」
 昨日のあいつか、一晩じゃ流石にまだ死んでくれなかったか…

「それと…」
「それと?」
「話しかけてもまともな返事が帰って来ないらしくて、ずっと“ハンマー”とか“ママ”とか“食べられる”みたいな単語しか言えなくなっちゃってるんだって。必死にお母さんに助けを求めてとっても怖かったんだろうね…」
「あぁ…」
 当初の予定とは大きく異なったけど、これで合唱コンクールでグレースの邪魔をすることは不可能だろうし、何なら学校からいなくなるかもしれない。

「今日は安全のために家に帰ることになったんだけど、学校から来たファックスだと“とっても大柄で肉食のポケモン”に注意した方がいいんだって」
 注意をそらすために黒板にはアンノーン文字で『MARIONETTE』と刻み込んでおいたが、それがいい感じに作用してくれたらしい。
 仮にあれが飾りだと気付いても僕に辿り着くことはないだろう。

「へぇ、それは外を歩く時も結構気を付けないとな」
「だったらリングマとかは特に気を付けないとね!」
「…あ、ああ…!グレースも狙われないように気を付けろよ?」
 突然グレースの口から出てきた“リングマ”という単語に動揺してすぐに返事をできなかった。
 何かの手違いであのリングマが通報されて、生まれたことを含めた全ての悪事が芋づる式に出て来て逮捕されるなら、夢の中でもいいからそんな未来に出会いたい。

「そうだね、でも私は何故か大丈夫な気がするんだ」
「どういうことだ?」
「何となくだけどね、この事件は誰かが私を守ってくれるために起こした、そんな気がするんだ」
「…」
「なんてね、困った時はルトくんが助けてくれるから大丈夫だよね!」
「おいおい、せめて騎獣クルセイダーにしてくれよ?」
「でもルトくんはタクミとちょっと似てる気がするよ?」
「そりゃ種族も近いからな」
「そうじゃなくて、それ以上に魂が似てるというか…」
「『やれやれ…テメーが働いてきた悪事、そのツケは金では払えねーぜ!』こんな感じか?」
「すごーい、ルトくんはタクミそっくりだよ!」
 グレースは騎獣クルセイダーみたいなヒーローが本当にいると信じているらしいけど、今はそれでいい。
 きっと僕だけがヒーローを待ちきれずに現実を見てしまっただけだから…


TURN04.75 死神が目覚める日 その3


 あれから数週間、グレースの合唱の練習に付き合ったりコバルトのご飯にご馳走になったり、ユアンの面倒を見たり、リングマの繰り出す理不尽の嵐にじっと耐えたりしたけれど、特にデモンコア関連で僕にとって悪いニュースもなく、デモンコアの家族どころか同族のポケモン自体が投光器に照らされた影のように町から消えていなくなったらしい。
 どうしてこんなことになったのかは俺にも分からないけど…

 一つだけ確かなことは、いじめられなくなったグレースは合唱コンクールのリーダーとして奮闘、見事に学年での金賞に耀いたことだけだ。
「これで夢に一歩近づいたよ!」と得意げに賞状を見せて来たら誰だって分かるけど。



 その日は運悪く具合が悪くてしんどかったところに、リングマから暴力を振るわれた後に塩水をかけられてしまった。
 随分手の込んだ事しやがると内心毒づいたけど、全身がだるくて泣いているユアンを慰める気力すらなかった。
 立ち上がることもできずに血と毛玉の混じった胃酸を畳にぶちまけた数分後には窓から投げ捨てられていた。

 他に誰も住んでないような安普請の平屋アパートだから、投げ捨てられても大した痛みはない。
 けれど具合の悪いところに塩水をかけられた後なら、別のダメージに変換されて容赦なく赤ゲージからも体力を奪っていく。
 ユアン、夕飯の用意はできそうにないよ…
 視界が消える直前に一瞬だけシャボン玉を見た気がする。


 口に入ってくる木の実の味を必死に求める。
 今の木の実は甘くない。辛い?苦い?渋い?酸っぱいね?
 というかどうやって僕は木の実を食べている?
 ホッチキスで留められた訳でもないのに重い瞼をこじ開けると、グレースが心配そうに覗き込んでいた。
「道に倒れてたの覚えてる⁉お父さんの治療があと2時間遅れたら死んじゃってたんだよ…」
 グレースに言われても頭が回らないぐらい痛い。炎タイプであることを考慮しても高い熱が出ているらしい。
 あれが死ぬ前の感覚だとしたら、死ぬ時はなるべく苦しくない手段を考えたいな…
「そんなに心配しなくても休めば元気になるから、ゆっくり寝ててね」
 コバルトに頭を撫でられて、再び眠気に思考を手放した。


 隣でグレースが眠っている。
 カーテンから差し込んでいるのは朝日か?
「おはよう、顔色も良くなったしもう大丈夫かな!」
 念のために体温を測られたけど反応を見る限り大丈夫だろう。

「そういえば今日って…」
「ああ、7月26日だね」
 待てよ、確か俺が倒れたのが24日の昼過ぎで今は26日の朝…?

「じゃあ僕は丸一日…⁉」
「君の体は頑張りすぎてたんだ、丸一日眠ってても大丈夫だよ」
「いや、問題なのは僕じゃない…」
 丸一日僕があの家にいなかった、それで一番危険に晒されるのは僕ではない。

「ユアンが、ユアンが危ない…!」
「ルトくんの弟がどうかしたの…?」
「なんだって!それは本当かい⁉」
 どうやらグレースの部屋で寝かされていたらしい、急いで外に飛び出そうとするとコバルトに止められる。
「万一に備えて僕も行こう、こう見えても僕だって速い乗り物持ってるんだよ?」


 四つの足にタイヤを付けたコバルトは息切れ覚悟で走っても10分では足りない距離を僕とグレースを乗せたままカップ麺を作るような時間で到着した。

「なんだ朝っぱらから安眠妨害しやがって!」
「お宅にユアンってお名前のヒメグマがいると聞いたのですが?」
「…お前には関係ないだろ!」
 コバルトに詰め寄られたリングマは、一瞬図星のような反応を見せて色落ちした傘を掴む。
「二度と来るな!出ていけ!」
「下衆が…!」
 一瞬コバルトの姿が黒っぽく見えたような気がしたが、振り下ろされた傘をアシガタナで受け止めて逆に斬り落とした姿は普通だった。
「しばらく眠ってろ、ポケモンの皮を被った悪魔め!」
 傘を斬り落としたアシガタナの刃を横にしてリングマの利き手を叩き、柄で素早く後頭部に一撃叩き入れるとリングマはその場に崩れ落ちた。アシガタナで斬るまでもなかった相手にすら手も足も出なかった自分が情けない。
 そしてコバルトが滅茶苦茶すごい…

「…君も、大変だったんだな」
 返す言葉が思いつかなかったけど、邪魔物はこれで片付いた。


「ルトくん、大変だよ!」
 グレースの声で我に返り、慌てて家の中に入るとぐったりしたユアンが倒れている。
「ユアン、しっかりしろ!」
 手足は冷たくなっているし、呼吸の様子も変だ。揺さぶって声をかけても反応がない。
「一体一日で何があったんだよ!返事してくれよ!」
「落ち着いて、症状を確認するから…」
 コバルトが症状の診断をしている中、ふと近くに灰皿が落ちているのに気がついた。濡れた吸い殻が何本も入っているのに灰皿に液体の入っている感じがない。
「この灰皿、水がなくなってる…?」
 それを聞いたダイケンキの顔が深刻そうになる。
「灰皿の水?だったら急いで病院に搬送して治療しないと!」
 確かタバコにはものすごい毒が入っていて、吸い過ぎると死に繋がるとは聞いたことがある。
 その毒でリングマが死んでしまえばいいと思ってたのに、ユアンが毒にやられちまったのかよ…!
「タバコ水を誤飲したヒメグマをそっちに搬送する、急いで治療の準備を進めてくれ!」

 再びコバルトのタイヤ付けた謎のマシンに乗って病院を目指す。
「そういえばルトくんのおうち、おもちゃが何もなかったね」
 グレースの言葉に何かを返すだけの余裕もなかった…


「ルトくん、元気出して?きっと良くなるよ」
「…」
 グレースの慰めも拒まないこと以外何もできる気がしない。
 治療は進められたものの、ユアンは病室でいろんな器具に繋がれて目を覚まさない。
 もし僕が倒れていなければ、もし僕がユアンの事を少しでも話題に出していれば、もし僕がコバルトみたいにあのリングマを倒せる力を持っていれば…

「僕が、ユアンをこんな目に遭わせてしまったんだよな…」
「そんなことないよ、だって…!」
 グレースも返す言葉が思いつかないらしい。無理もない。
「そうだ、実は私のお母さんもここに入院してるんだけど、実は病気じゃないんだって」
「病気じゃないのに入院?」
「そう、私はもうすぐお姉ちゃんになるんだって!」
 弟か妹ができる、ということか?
 僕にはしくみがあんまり良く分からないけどな…


「にぃちゃん…」
 気のせいかと思ったけど確かに聞こえた。
 眠っていたユアンが弱々しく目を開けていた。

「グレースは早く看護師さんを呼んで!」
「分かった!」
 グレースが呼びに走っている間にユアンの手に触れる。

「ユアン、分かる?すぐに助けてもらえるから頑張って!」
「あり、が、と、う…」
「ユアン?」
 呼びかけても返事がない。近くにあった何かのメーターも横線と0が表示されていた。
「ユアン、まだ眠かったのか?話たいことも聞きたいこともいっぱいあるんだよ?」

 グレースが呼んできたポケモン達が必死に起こそうとしていたけど、コバルトは残念そうに首を横に振った。


「きっと良くなるから、元気出してね?」
「うん…」
 待合室に用意されたオレンジュースも今日は酸っぱいだけの冷たい汁に思える。昨日までだったらグレースと同じように美味しく飲めたはずなのに…
 グレースはユアンがもう二度と目を覚まさないことをまだ知らない。もしかしたら知らない方がいいかもしれないけど。
 コバルトも仕事に戻ってしまった。これから僕はどうすればいいだろう…?
 あのリングマは今まで以上に僕を攻撃することは間違いないだろうし、最悪の場合僕は殺されてしまうかもしれない。 というよりあの家で僕とリングマだけになる、ユアンの死に気づけばその日のうちに“事故死”に仕立て上げられてしまう。
 警察なんて頼りにならない。コバルトだって病院でのことやグレースだっているし期待はできない。無理もない話だけど。
 ユアンの死は機械の部品が一つ外れたみたいに僕のいろんなことを狂わせていく。
 止まっていても孤独か死ぬか、進んだとしても孤独か死ぬか、僕の行動に関係なく運命は迫っている。

 僕の力で戦うことも考えたけど、コバルトみたいにボールペン片手に倒すどころか拳銃を手に不意打ちを仕掛けても、あの汚らしい手で首の骨をへし折られるかサンドバッグのように苛立ちの捌け口になり果てて死ぬか、あるいは僕に想定できない程怖い手段で死んでいくか…
 畜生、ユアンはあいつのタバコのせいで死んだのにこっちはやられっぱなしかよ…!

 いろんな感情がぐちゃぐちゃになってただ小さく震えているのが精一杯だった。
 ユアンの目が開くよりも前に“泣いても無駄、それどころか殴られる”と気づいて以降流さなくなった涙はこんな時も流れないままらしい。
 欠伸でもしてみるか?…やっぱり無駄だな。
 仮に涙を流せたところで何かを残せる訳じゃないし、まだ血を流した方が傷と痛みを残せる。

 いつの間にか西日も沈みかけているガラス越しに救急車の赤い光が見える。
 それを見て、絶望の中に放り出された僕の頭は回り始めた。

 どうあがいても絶望、だけどあきらめない。


「グレース、ちょっと家に忘れ物があるから取りに戻る」
「お父さんはしばらくここで待ってろって言ったけどいいの?」
「大丈夫、そんなに時間はかからないから」
 それだけ言い残し網戸を、開けて外に出た。


 開けっ放しだったドアは一応閉じていたけど鍵なんてかかっているはずもない。
 案の定リングマは酒に酔い潰れて眠っているがむしろ好都合だ。
 空いてるのは全部強めの酒だしさらにいい。

 押入れの奥から赤いタンクを引っ張り出して中身を確認すると、ほんのり酸っぱい臭いがした。
 リングマは冬になるとヒーターに使う燃料を買って一匹ぬくぬくと使っていたが、夏まで放置されてすっかり変になっているらしい。
 これだけ余ってるなら僕とユアンも寒い思いをせずに済んだのかもな…
 即席の湯たんぽ代わりになってあげた頃が懐かしい。
 大きめのタオルを持って来て、タンクの中身に浸してリングマの腹にかけてやった。
「お腹出して寝たら風邪ひくよ?」
 ユアンに言ってたみたいにわざと聞いてみたけど反応はない。そのまま眠っていればそれでいい。
 残ったタンクの中身は上手く運ぶのに苦労したけど、予定中心地とリングマの周囲を中心に巻いておいた。
 そして、部屋の隅に転がっていたガラスの灰皿と吸い殻を拾い上げて床に置いた。
 ユアンはこの灰皿の水を飲まされて死んだんだ、水なんか入れてやるかよ…!
 転がっていた吸い殻は乾燥しているおかげで手間が省けそうだ。
 吸い殻をぎっしり詰めなおして、箱からタバコを一本取り出す。
 そして煙を吸わないようにしながら点火、断面全体に火が点いた瞬間に消して灰皿に突っ込んだ。
 燃えずに残った吸い殻の山に、小さなオレンジ色の光が見えている。

「僕の、時限爆弾だ…!」
 グレースの夢を守る時は登校できなくなるだけで十分だったけど、今回は確実に死んでくれないと終わりだ。
 けれども何もしなければ僕が死ぬかもしれない、だったらやってみる価値はある。
 ドアに鍵をかけて隙間から火を吹いて変形させて、鍵は近くの自販機のゴミ箱に捨てて走り出した。


「ルトくん!大丈夫だった⁉」
「…何とか、これで上手くいくはずだけど、僕はこれから…」
 仕掛けを終えて数時間、最初に出会った公園で待っていてくれたグレースと話していると背後から強い殺気を感じる。
「避けろ⁉」
 怯えたグレースを咥えて横に飛ぶと、地面が抉れるような音がした。

「ルトくん、あれ、何…⁉」
「…あいつ、確かに焼き殺したはずなのに⁉」
 全身の毛皮が焼け焦げ、あちこちに火傷ができながらも、ゴルフクラブ片手に僕を殺しにやって来たリングマはもはや狂気で動いてるとしか思えなかった…
「グレース、早く逃げろ!」
「でもルトくんはどうするの⁉」
「こいつはもはや騎獣クルセイダーの敵レベルだ、時間稼ぐから早く!」
 グレースの動きを追う余裕すらない、コメント待たずにこいつを何とかしなきゃ…!

「死にやがれ二酸化炭素製造機!!」
 滅茶苦茶に振り回してくるゴルフクラブを僕の方に誘導しながら躱し、口の中に毛玉を蓄えていく。
 僕とあいつが正面に入った瞬間、その一瞬で決める…!
 リングマがクラブを上段に構えた、今だっ!
 口の中に入れた毛玉を一気に解き放ち、火の粉よりも上の火力、炎の誓いの火力で毛玉を燃焼させて撃ち出した。
 よし、体に全弾命中…!
「すごいよルトくん!私より誓い技上手いよ…!」
「グレースが教えてくれたからだよ、じゃなきゃ僕は覚えられないし…」
 胴に激痛が走った感覚と地面に転がっていたのが同時。

「ガキども、腐葉土になるまでなぶり殺してやる…!」
「嘘だろ⁉火傷したとこ狙って左目まで焼けてるのに…⁉」
 こいつを動かしてるのが何なのかすら分からない、とにかく今は痛みで動けないということしか…
「たぁっぷり耕してやるよ!」
 ゴルフクラブがゆっくりと振り上げられていく。僕はここで、死ぬのか…?
「やめて!」
 水の誓いを放ちながら僕を庇おうと視界の前に入った震える青い体は、必死に動いたことを物語っていた…
「ほう?いい女だがどうだ?玩具になるなら痛いことなしにしてやろうか?」
「おじさんきもいよ!来ないで!」
 バルーンで必死に牽制するグレースが、あっけなく奴の足で蹴り飛ばされた…

「グレース…!」
 倒れるグレースに呼びかけても返事がない。
 もう今度こそ終わってしまうのか…?
 ユアンも、グレースも、そして僕も、あっけなくこんな奴にあっさり殺されて終わってしまうのか…?
 何一つできないまま?何も守れないまま…?
 震えが止まらない右の前足に包まれる感触、生きてるだけでもまだ良かったが、このままじゃいずれどちらも殺される…
 あのリングマからグレースを守るには、下手な守り方じゃダメだ…
 そうだ、殺すしかないんだ…
 守るためには、殺すしかないんだ…
 だけどその力がないから、守るための、殺す力さえあれば…!

 振り下ろされるゴルフクラブがとてもスローで、痛みに備えてぎゅっと目をつぶることだけしかできないのかよ…


――ガキインッ!

 振り下ろされたゴルフクラブが何か金属とぶつかったような音がする。
 恐る恐る目を開けると、黒い何かが俺を狙ったゴルフクラブの一撃を防いでいた。
 …コバルト?
 にしては青くなくてむしろ赤い…?
「何だこいつ、どこにこんなオモチャ隠し持ってやがった…⁉」
 あいつの驚く様子に目を見開くと、黒の金属の体を持ったおもちゃみたいなポケモンが、僕に背を向けてYの字に翼を広げていた…
「こんなオモチャ叩き壊してやる!」
 ヤヤコマぐらいの大きさしかなさそうなのに、ゴルフクラブでいくら殴られてもそのポケモンはびくともしないどころか、しまいにはゴルフクラブの方が折れてしまった。
「何なんだよ、このポケモン?何しに来たんだよ…?」
 一体何なのかすらも分からず新たな敵に警戒する俺に、そのポケモンはゆっくりと俺の方を向いた。
 背中は黒だったけど、表は赤と黒の綺麗な姿をしていて、灰の煙のような首元や灰と白で輝きを見せない瞳が明らかにただのポケモンじゃないことを示していた。
 得体の知れないポケモン。なのにその姿を見た時、俺は始めから知っていたようにその名前を呼んでいた…
「イベル、タル…?」
「…!」
 俺の呼びかけにイベルタルが反応した…?
「まさか、守ってくれてるのか…?」
「♪」
 ゆっくりと頷くような仕草を見せた時、僕の心に光が差し込んだのが分かった。
 暗く重く固まっていた心がグレースにほぐされて、このイベルタルが内側から繭を砕いてくれたことで見えた光だ。それが業火や返り血の光だとしても、俺は掴んで見せる…!
「一緒に戦ってくれ、イベルタル!」
「!」
 願いに応えるようにイベルタルは翼を広げて飛び立ち、リングマのブレイククローを難なくすり抜けて上昇、旋回しながら黒いエネルギー弾を乱射した…!
「クソがあぁっ⁉」
 イベルタルの悪の波導の乱射の前にリングマは捌ききれずにダメージを受けて膝をついた。

「♪」
 あいつを本当にやっつけた、俺の声に耳を傾けるどころか、聞いてくれるポケモンがいるなんて…
「!」
「…俺が、あいつを殺せってことか?」
 イベルタルの提案らしき反応を確認した時、イベルタルの姿が消えて、その直後に俺の背中に熱が乗り移るのを感じた。
 熱さはあるけど不快感はない、むしろこの感覚が俺の一部だったみたいだ…

「このガキ、急に調子に乗りやがって…!」
 折れたゴルフクラブを短刀のように構えて傷だらけで突進してくる様も、今では滑稽に見える。
 心に浮かんだイメージの通り、口の中に火の粉を蓄えあらゆる思いを乗せて叫ぶ。

「リングマよ、焼け死ね!」

 火の粉がイベルタルの姿になり、リングマの体を貫いて飛び去った。
 ただそれだけのはずだったのに、リングマの全身から俺のものじゃないような赤黒い炎が噴き出して燃やし始めた。
「クソオオッ、なんで俺がこんな目に、こんな目にぃぃっ…⁉」
 炎に焼かれながら狂い悶えていたリングマの動きが叫び声と共に突然静かになり、後には灰の山が残っているだけだった…


「…あれ、ルトくん?」
「良かった、グレースも無事だったんだな…」
「特に怪我もしてないし、さっきのきもいリングマは…?」
「……やっつけてくれたんだ、通りすがりのポケモンが」
 あのイベルタルは姿を消してから全然見えないけど、グレースにはこれでいい。

「それで、ルトくんはこれからどうするの…?」
「…そうだな、俺はこれから旅に出ようと思う」
「旅って、お父さんに相談したらきっとなんとかできると思うから…!」
「いいんだ、これまで助けてくれたおかげで俺も今日まで生きられたとこはあるし、これ以上迷惑もかけられないからな…」
「そんな…」
 また泣き虫モード発動しそうになってるのを、そっと頭を撫でてみる。
 正直どうなるかは分からないけど、ここにいて迷惑かけるぐらいなら俺一匹で生き抜く方法を考えた方がマシなはずだ…
「…じゃあ、ちょっと待っててね…!」
 涙目で慌てて走って行った数分後、ショルダーバッグやらカメラやら色々大荷物を抱えて戻ってきた。
「これ、おうちに置いてあったから持って行って!」
「こんなバッグ、一体どこから…?」
「お父さんが台所に置き忘れてたんだ、色々入ってたから役に立つと思うよ…!」
 中を開けると食料や水の他に簡単な救護キットやお金、色々な連絡先や対処法について書かれたマニュアルも入ってる。
 しかも騎獣クルセイダーのストラップの裏に俺の名前書いてるんだが、これって…?

「あと、一緒に写真撮ってくれる?」
「いいけど…」
 ゲーム機を開いてグレースがボタンを押すと黒い丸の横が光り一枚、さらに四角いカメラで一枚。
「はいこれ、時間経つと写真になるよ」
 渡された写真を受け取った時、体に熱いものが全身に行き渡る感覚がした。
「なんだこれ?体が光って…」
「ルトくん、それって…」
 お互いにこのイベントが進化の兆候だと気付くよりも早く、俺の姿は一回り大きくなっていた。

「なんか、ニャヒートに進化できたな…」
「クラスの男子より進化早いなんてすごいよ!」
「そっか、ありがとう…」
 予想外のイベントが起こったのは、多分あいつを殺して経験値が入ったからだろうけど、行方をくらますなら進化した方が都合もいい。
「元気でね…」
 口元に優しく触れる肌の感覚。
 初めてなのに、もう二度と感じられないのかと思うと今更俺も辛くなってくる…
「グレースも歌手になってね、俺がどこを旅してても歌を耳にするぐらいの立派な歌手に…!」
「うん、頑張る…!」


 泣き声混じりな小さな歌声と共に鰭を振って見送られながら、町の境目まで来た。
 遠くでは大火事が起こっているらしくアパートがあった辺りが炎の光に照らされているがあれでいい。帰る場所のふりをした戻りたくない場所なんてあってないようなものだから…

 いつの間にか写真に変わっていた俺とグレースのツーショットをバッグに戻して、行く先もあてもない冒険への第一歩を踏み出した。


TURN05 寝覚めの一杯と一番搾り


「ナバール、ナバールってば!」
 夢見心地なeasy timeも携帯の着信音と早く起きろとしゃしゃり出て来て騒ぐグレースのデュエットの前に崩れ去った。
 アラームはかけてないし、間違いなく昨日の一件だろう。

「…もしもし?」
 寝起きで機嫌悪いのを隠してなるべく好青年を装いつつ電話に出る。
「昨日一連の事件の解決に強力してくれたのは君だね?」
「ええ、ところであなたはどちら様でしょう?」
「警察組織に所属しているシャウト、今はそれだけ名乗っておこう」
「今はってことは、別の時に全てを話してくれるんですか?」
「ちょっと駅前の喫茶店に来てもらいたい、そこで知っている全てを話すし知っている全てを聞かせて欲しい。もちろんコーヒーぐらいはご馳走しよう、モーニングサービスもある」

「ナバール、早く行こう!美味しい朝ごはん!」
 こういう所だけ聞き耳立てていたらしい。
「分かった、すぐに行く」
 グレースにつられて素が出たことに気付いたが、今更遅いと割り切って電話を切った。


 身支度すら後回しに急いでチェックアウトした後紅蓮を走らせて、指定された喫茶店に入った。
 そんなに大きな店ではなかったが、店主のリングマが穏やかな表情で淹れているコーヒーの香りには琴線に触れるものがある。
「こっちだ、朝早くからすまない」
 奥のテーブル席に座っているタチフサグマに呼ばれて席につくと、既に水のグラスが用意されていた。
「お友達もご一緒か、少し話し辛いな…」
「こいつは昨日の事件の被害者だ、頭悪そうに見えるけど情報を集めるなら役に立つぜ」
「失礼な…!」
 いらない子扱いとアホの子扱いを連続されて流石のグレースも怒ったらしい。
 本編に関係はないのでほっとくか。

「ちょっと待ってくれ、君が、ナバール…?」
 シャウトとか名乗ったタチフサグマは俺の顔を美術館の名画並みにじっくり見つめて来る。
「いや、まさかな。あいつはもう…」
「俺の顔、そんなに気になります?」
「すまない、ちょっと顔も名前も知り合いによく似ていたから…」
「…ポケ違いでしょう?」
「でも、もしかして君って…」

「すみません、私はカフェラテとモーニングパンケーキのセットで!」
 いつの間にかグレースが注文を始めていて会話は強制終了、いらない子認定を内心撤回しつつ目に付いたカツサンドとコーヒーのセットを注文した。


「紹介が遅れたけど俺はシャウト、警察内の対UB特殊組織『TRIGGER』に所属している」
「トリガー?聞いたことない名前だな?」
 先に届いたコーヒーを一口飲む。香りに見合ういい味だ。
「一応は秘密組織だからな、ここだけの話俺はあの月下団の元主要メンバーでな、それで警察にスカウトされてTRIGGERの意見役みたいなことしてるんだ」
「…ナバール、月下団って何?」
「かつてUBの襲撃と世界を守り抜きコガネリベリオンを起こして世界を救った悪タイプの組織だ、あのタチフサグマはそのメンバーだったらしい」
「月下団、TRIGGER、ルナトリガー…」
 …こいつはシリアスやったら死ぬ体質か何かだろうか?

「月下団を知っているうえにその反応、やはり君はまさか…?」
 こいつ、やたら俺のことを詮索ばかりしやがって…
 よりによって月下団とはな…
「普通の親は子どもに当時の英雄の名前を付けて重い期待背負わせるじゃないですか?あれですよあれ」
「そうか、だったらすまなかったな…」
 ちょっと冗談めかして返すとようやく信じたらしい。グレース相手ならまだしもここに来て月下団のメンバーとご対面は想定外だったが、何とか上手く行った。

「話は大きくそれたけど、昨日の話を詳しく聞かせてもらえるかな?」
 咄嗟にカツサンドを頬張り、さりげなくグレースに説明を丸投げする。
 ソースを塗られてもサクサクな衣と食べ応えのあるカツに胡麻を混ぜたソースとほんのり効いた辛子がベストマッチしている。千切りキャベツもいい感じだし、ほんのり焼いたパンはいい感じになって…
「―これが昨日の全てです」
 カツサンドを堪能している間にグレースの説明も終わったらしい。
 俺が話すよりもグレースに喋らせた方がメリットは大きい。
「そうか、ありがとう。ところで君は何か知ってることはないのか?」
「グレースの言ったことが全てだ、分かりやすく説明してただろ?」
「…擬音語と擬態語たっぷりな説明のどこが分かりやすいんだよ⁉」
 どうやら想像以上に酷かったらしい。多分メメタァとか入ってたのかもな…
 仕方ないので簡単に特徴を教えておいた。実質二度手間のような気分…

「そうか、特徴の情報が増えたのはありがたいな」
 さっきまで取り出してもなかったメモに色々と箇条書きで書きこんでいた。
「ありがとう、これから観光らしいけど名物のラーメンは食べたか?」
 どうやらこれで終わりらしい。それにしてもラーメンはかなりの人気らしいな…
「いえ、でも滞在中にはちゃんと食べようと思ってます!」
 食欲旺盛にグレースが答える。とっくにパンケーキの皿もカフェラテのカップも空になっている。
「じゃこれ、調査に強力してくれたお礼だ。あんま外で言いふらすなよ」
 100円引きクーポンを2枚渡された。比較的すぐに済んで助かった。
 コーヒーと水を飲み干してグレースを先に店の外に行かせ、財布から千円札を2枚掴んで渡そうとしたら断られた。
「調査の一環だってゴリ押せば経費降りるから気にするな、じゃ」

 入った時には気付かなかったが店の外の駐輪場には紅蓮の隣に黒いマシンが停められている。
 あれは確か紅蓮錦をモデルに警察や軍用に調整された量産型モデル…
 ってことは原型機が見つかるとかなりヤバいじゃねーか…⁉
 シャウトに気づかれないうちにショップカードを一枚拝借して店を出た。

「ナバール、そんなに急いでどうしたの?」
「ちょっと色々とな、とりあえず観光と洒落こまないか?」
 急いでグレースをタンデムシートに座らせて発進して十数分。
 昨日置き引きされた観光スポットの案内板には確か、この山道を登り切った先にちょっとした絶景スポットがあるとか書いてた気がする。
 町中に行きそうな話の流れで撒くにも好都合だしそこでも行ってみるか…!
「いいね、行ってみようよ!」
「了解!」
 信号が青になったのを見て一気にスロットルを回した。


 天文台のある高台は夜の星空以外にも昼の眺めも良好だった。
 各島を結ぶハイウェイができたり舗装されたルートもできたとはいえ、やはり紅蓮抜きでは来るのに苦戦しそうな場所だったけどな…
「わー、綺麗な眺め!」
 推理アニメ映画ならこの天文台が爆破されそうな台詞と共にはしゃいでいる。
 確かに景色はいいが、こんな程度で楽しめるのがある意味羨ましいような…
 ってこの辺ポケセンもないのかよ、天文台は一応観光スポットらしいがまだ空いてないし…
「こっちに望遠鏡あるんだ、ってこれお金いるんだ…」
 …この際これ使うか?
「ほらよ、見たいんだろ?」
「いいの?ありがとう!」
 喜んで望遠鏡を覗き込んだ隙に、追加の100円玉を投入しておく。
 昨日一日の様子を見ればこの手の望遠鏡に食いつくのは確定。
 時間的に100円を追加しとけば数分は視線と動きを間接的に封じられるはず…

 遮蔽物はなし、どっかで視界は切っときたいが崖下降りるか…
 じんわりと急かされる感覚に駆られて数メートル下にあった崖下の茂みに飛び降りる。
「クソッ、寝起き0秒で駆り出して変に気を遣わされるお荷物同伴とか本当どいつもこいつも…」
 つまるところ寝起きからの一番搾りを未だ出せずにいて、これからあいつに振り回されることを予想すると少々余裕がなくなってきた状況。
 特別な訓練を受けてるとはいえシートに跨ってる時点でもじつきそうで少しヤバかったからこのタイミングを逃すのはかなりヤバい気がする…
 二輪で旅してるからこういう場所でするのは慣れてはいるが、雌ポケモンと同行中なら話は別。だからこうして仕込みをしなきゃいけなかったんだが…
 ホルスターにかからないようにずらしてから毛の中に隠れていた肉棒を取り出し、茂みに狙いを付けてうずく欲望を解放した。

「ふぅ…」
 琥珀色に近い奔流が弧を描いて草に乱反射しながら茂みを濡らしていく。
 追い風で跳ね返る心配もこんな現場を見られる心配もない。
 我慢を重ねていた解放の快感と、マーキングにも近い征服感が本能を刺激して思わず吼えたくなる。
 この辺もガキの頃からの経験で癖になってしまっているのは否定できないが…
 …あんま考えない方がいい、あいつに変に勘付かれても面倒になる。
 なんてことを考えながら一分ぐらいすると完全に出し切れた。
 雫を切ってからホルスターを戻し、望遠鏡の稼働時間を考えつつ元の位置に飛び乗った。
 解放の快感が抜けきらずにちょっとハイになってて飛び上がり方ウッソジャンプみたいになったけど、あいつ見てないうちに内心のハイ戻さねぇと…


「ありがと、すっごくいい眺めだった」
「…そうかよ、けどここなんもないしどっか別の場所行こうぜ?」
「別の場所って、どこかあるっけ?」
「…そりゃ、歌の練習できる場所だろ。夢叶えるなら街頭で歌うのが一番…」
「でも正直なところ今自信なくって…」
「?」
 急に何があったというのか、昨日聞いた感じは普通に好みだったけどな…
「それが昨日、ナバールと話してから少し不安になっちゃって。私の歌でストリートシンガーやってもあんまりお金貰えなかったし、実際今の状態じゃ足りないのかもって…」
「理想と現状の比較、か…」

「だったらストリートシンガーやるより練習してみたらどうだ?」
「カラオケ、行くにはお金もあんまないから…」
「…もういい、早く乗れ」
 シートに跨ってUSB型の起動キーを差し込んでエンジンをかける。
「早く乗れって、まだ話が…」
「いいから早く乗って道教えろ、部屋代ぐらいなら俺がなんとかする」
「やった!」
 そっけないような態度が一変して大喜びで座ってきた。物欲に正直すぎるな…

 下山ルートに入って数分した頃、中腹辺りでグレースが俺に話しかけてきた。
「…ねぇ、ちょっとごめん。この辺で停めてくれる?」
「どうした?ポケストップでも近かったか?」
「いや、そうじゃなくて、からここで停めてって…」
 後半が口ごもるようになって上手く聞こえない。
「どうした⁉運転中聞こえにくいからはっきり言ってくれ!」
「おしっこしたいからここで停めてって言ったの!」
 …なんか、雌ポケモンの口からおしっこって単語を言わせたことについてはは内心謝る…
「この辺なんもないけど大丈夫か?山降りたらコンビニあったから飛ばせば5分で着くけど…」
「ううん…」
 もじつきながら顔赤らめてる辺り5分も持たないらしい、詮索しないがお前も一番搾りな感じか?

「…分かったよ、この辺で待っとくからごゆっくり」
「ナバールも一緒に来てよ…」
 …俺の耳とこいつの頭、狂ってるのはどっちだ?
「なんで」
「…我慢できないけど、こういうとこでするの、誰か見ててくれないと恥ずかしいから…」
「普通逆だろ」
「いいから、お願い…」
「…はいはい」
 本気でヤバいらしいしシートの上で漏らしてシートがぐっしょりされても困るのは俺だ、仕方ないか…


「この辺りでしようかな…」
 この辺り、なんか見覚えある茂みだな…
「この辺の草、朝露に濡れててここならばれないかも…」
 …悪ぃ、それ多分朝露なんて綺麗なモンじゃないと思う。というかこっち向くな。
「離れないでよ!見ててもいいから、というかずっと見てて…」
「離れはしないからごゆっくり!」
 予想外の催促に内心困惑しながらも携帯をいじって待機するか…
「んっ…」
 しゅいーっという水音が聞こえて始まったことを察した。
 気持ちよさそうな顔を見るのも気まずいし、目を背ければ後々面倒なことにもなりそうだし、俺どこ見てりゃいいのか…
 足元でも見てるのが最善かと考えていると、ふわりと柔らかくも力強い風が吹いて、草を揺らした。
 揺らいだ草の隙間から青い下半身が覗き、その隙間から金色の激流がねじれながら勢い良く流れている。
 何か言おうかとも思ったが、あまりにも気持ちよさそうな様子とか諸々を考えてすっきりするまで黙っておくか…


「ありがと、さっきの喫茶店で色々飲みすぎちゃったみたい…」
「我慢させて悪かったな、はぐらかしてもいいから次は早めに言えよ」
 携帯を操作してからティッシュで拭っているグレースに答えておく。
「ナバールもおしっこしたくなったら気にしなくていいからね」
 それならさっきの200円返せよ…
「…何だったらこのお礼に手伝ってあげるからさ?」
「…はいはい、ってなるか!」
 慌てて止めたが、何故かしたり顔から一変して残念そうな表情をしてみせる。
「…別に半分は私の好奇心だから恥ずかしがらなくていいんだけどね、とにかくこのお礼はいずれするから」
「お前見てるとマグマラシのジレンマ理論が崩壊しかねないな…」


 諸々用を足し終えたグレースが戻るまでに携帯の動画と地図をざっと確認しておく。
 ルートと店の時間の条件はクリア、それとなく仕掛けた撮影モードもそよ風のいたずらあるいは恩恵をしっかり受けて例の部分まで鮮明に撮れていた…
「俺もいつかの一件以来だし、あいつと同類かもな…」
 無意識に動画を保存して紅蓮を乗りやすそうな位置に移動させて待つことにした。


TURN06 空っぽの管弦楽を聞きに行こう


 色々精神的に大規模な寄り道もしたが、どうにかいい感じのカラオケボックスに到着。
 というよりショッピングモールの中に店があるらしく、買い物に来たように見えなくもないな…
 ビークル用品の売り場からショッピングモールの中に入り、エレベーターを待っている間にぼんやりしているとツーリング用のヘルメットが並んでるのが見えた。
 後でサイズ調べて買ってやるか、なんて考えている自分に驚いていると危うく乗り遅れかけた…

「フリータイムオトナ2名ドリンクバー付きで頼む」
「かしこまりました、機種はどちらになさいますか?」
「…練習用に採点厳しめの機種で」
「それでは102号室へどうぞ!」


 久々のカラオケボックスに少しテンションが上がる。
「それじゃ私先に歌っていい?」
「なんで許可取る必要あるんだよ、さっさと歌え」
 優しいのか無愛想なのかわからない表情のままデンモクをいじって採点モードを入れて私に渡してきた。しかも一番採点厳しいやつ…
「カラオケの点が全てじゃないにせよ、それなりに点数出せなきゃやっていくのも難しいだろうからな…」
 偉そうに当たり前の知識ひけらかして来るナバールの視線がどこかに逸れて語尾もゆっくりフェードアウトしていく…
「…どうしたの、偉そうなこと言っといて」
「おい、あれ…」
 指差す先を見ると、【アンブレオン社主催 カラオケコンテスト】と書かれたポスターが貼られていた…

「えっ、このコンテスト優勝や社長の目に留まるとデビューに最短ルートで到達できるって噂の…!?」
「ただのカラオケ大会がそんなすごいのか?」
「本当何も知らないんだね、このコンテストはアーティストを目指すポケモンには公開オーディション的なすごいチャンスなんだから!」
 テレビ番組としても高い視聴率もあるし、大物アーティストだってこのコンテストがきっかけだったと聞いてる。それがこんな場所で出会えるなんて、家出してここまで来て良かった…!
「コンテストは明日、当日の昼間でなら飛び入り参加のエントリーもOKらしいな」
「明日か、上手くできるかな…」
 あんなプロだらけの会場でそんなに上手くやれる気がしないよ…
「…だから今日は練習に来てんだろ」
 呆れ半分と言わんばかりの表情で、コーラ飲みながらきっぱり言われた。
「優勝できるかなんてやってみなけりゃ分からないし、参加して世界を知るだけだけでも有意義なんだから今はグレースにできること頑張れよ」
 …無愛想だったり優しかったり、一体本当の姿はどっちなのかな?
 何故かさっきまでの刺々しかった心が丸くなってることに私自身が内心驚きつつ、デンモクで曲を検索した。

「~♪」
 マイクスタンドにマイクを立てて前奏でリズムを合わせて歌い出す。どうせならいきなり好きな曲熱唱して鼻を明かしてやるんだ…!


「ぶれーくあうとめざめよーきのーまでのあたしじゃいられなーい」
 サビもいい感じだし、このまま決めちゃうからね…!
「どんすとっぷびーてんえむあーっぷ!」
 予想に反してナバールは静かに聞いてたどころか歌い終わると静かに拍手してくれてた。
 しっかり聞いてくれてたし、謎に律儀というかなんと言うか…
「声の質は良かった」
「…それは、どうもありがとう」
「けど音程正確率高くないというか、所々外してないか?曲と歌い方の相性が悪いというか、アップテンポで音程激しく変わりまくる曲と合ってないというか…」
「そんなこと貴方みたいなにわかが偉そうに言わないでよ!」
 言い方がいちいち気に入らないと思って言ってはみたけど、終奏後に映し出された採点結果を見て驚いたのは私の方だった…
「ウソでしょ!?あんなに気持ちよく歌えたのに84点なんて…」
「…一回曲変えてやってみな、アップテンポで音程細かく変わりまくる曲よりはテンポが安定してて一音一音が長めなロングトーンを重視する曲なら相性いいはずだぜ」
「…なるほど」
 なんか音技使いそうに見えないのに選曲センスが私より詳しいことに内心驚きだけど、物は試しだし一度ぐらい試してあげようか…?
 頭の中で色々条件に合う曲を探していると、ふと一つの曲が頭をよぎった。
 小さい頃は好きでよく歌っていたけど、悲しい別れの時に歌いながら見送ったせいでそれ以来歌うのが辛くなってしまった曲。
 あの子は今元気かどうかも分からないけど、他にいい曲も思いつかないし歌ってみよっかな。
「翼を広げて、とか歌ってみようかな」
「…ロングトーン多めならいいんじゃないか?」
 エンタメ詳しくなさそうなのにあんな提案したの…?
 とりあえずデンモクで原曲キーを選択して転送した。

「なーつのーおとしーもーの」
 久々でうろ覚えにはなるけど、案外歌詞も忘れてなかった。
「つーばーさーをひーろーげてーたーびだーつきーみにー」
 サビに入った時、ナバールの表情が急に変わった。
 まるで何かを思い出したような、そんな表情の理由が気にはなったけどそのまま歌い続けた…


「89点だって、どう?私だってやればできるでしょ?」
「…そうだな、そしてありがとな」
 認めてはくれたけど二言目が妙に引っかかる…
「?」
「いや、昔聞いてて好きだったけど曲名知らなかった曲、それが今つながったからよ…」
「あぁ、たまにそういうことあるよね…」
「それだけだ、この礼は後でする」
「…そりゃどうもご丁寧に」
 なんかあるあるではあるけど、ここまで律儀な対応されると無愛想からの温度差で火傷しそうなレベル…
「じゃあ次の曲を選ぶから…」
「いや、もう一度だ。音程のズレを修正するためにも音程が正確になるまで続けるぜ」
「そんなぁ…」
 聞きたいだけじゃないかとも内心思ったけど、どこかまんざらじゃないままに練習を始める私がいた…


「ねぇ、私ばっかり歌うのも飽きたしなんか歌ってよ?」
 まだ10回も言ってないのに値を上げたか、俺に言わせりゃ持続力E、やっぱD程度だな。
 だが慣れてないのに喉潰しても困るのも事実か…
 裁量を考えていると携帯が独特の着信音とバイブレーションを刻んでいた。
 このタイミングでUBかよ、距離300メートル北西、数は2体…

「今何曲予約入ってる?」
「えっと、5曲かな…」
 4分強×5、採点結果とか諸々考えれば20分は稼げる。
「そうだな、それ全部歌ったら大サービスで聞かせてやるよ」
「そんなにもったいぶる程上手いの?」
「どうだろうな、適当に昼飯頼んでいいから暇なら先食っといてくれ、じゃ」
「やった、いっぱい食べちゃおっと…!」
「…代金は常識の範囲内で頼む、部屋代払えなくなったらお前の体で払うことになるからな」
「えっ⁉もしかしてエッチな⁉」
「いや腎臓で」
「そっち⁉」
「一つぐらいなら大丈夫だ」
 冗談だ、と言い間違えた気はするが自然な流れで部屋を出られた。余裕はあまりないしさっさと片付ける…!


TURN07 紅蓮と翠矢


 部屋から出てすぐの廊下には監視カメラはなし、外の非常階段は電子ロック付きの扉こそあるが直に外に出られるエリアがあるのはありがたい。
「最も電子ロック自体あってないようなものだけどな」
 携帯を開いて5を3回入力してからエンターキーを叩いて閉じ、扉の電子ロックに触れると、始めから鍵がかかっていなかったように静かに扉を開けて俺の通行を許した。
 アンブレオン社とはいえ携帯にジャミング機能搭載なんてどう考えてもオーバースペックだが、俺にはこの方が都合がいい。
 残念ながら色々詰め込んでるせいでスマホ型にはできなかったけどな…
 自動ドアを通る時に比べりゃ開閉センサーを気にしなくていいだけマシ、外付けの階段から地面に降りて目標ポイントに向かう。

 過去にもUBの出撃データはあったし、月下団がUBと戦った話も知ってはいるが、情報によるとその時よりも異常に強くなっているらしい。
 過去のメンバーが警察に所属しても苦戦しているのもその辺りだとすれば無理もないか…
 両足にホルスターを装着してショルダーバッグから鞘付きナイフを二振り取り出しジョイントにセットする。
 アンブレオン社製の特殊戦闘用ナイフ、ヒートジョーカー。
 合金由来の名前らしいがあんまりナイフっぽくない名前ではある。
 毛深くて毛ふくれもする体質柄普段から装着しても隠してはおけるが、グレースが警察を呼んだせいで外さざるを得なかった。
 素手でも倒せるには倒せるが、時間がかかる手前武器はあった方が楽なのも事実。
 敵は雑居ビルの屋上にマッシブーンとその上空にカミツルギの2体、やっぱ装備して正解だった。

「………!」
 マッシブーンが反応した、奴は遠距離攻撃手段を持たないが俺が下にいるなら物を投げてくるケースもある。
 俺の間合いを考えてもやっぱ懐に潜り込むのが正解だな…!
 空調パイプが投げつけられる直前に外付け階段に向かって飛び移って正解だった。さっきまで俺のいた場所に突き刺さってやがる…
「……⁉」
「一手遅かったな!」
 驚いてる隙に階段を駆け上がってZ軸は同位置にこぎつけた。戦闘力が上がっても知能は上がってないとは所詮脳筋か。
 挨拶代わりに飛んできたインファイトをとんぼ返りで躱しつつ、腕を蹴りつけて牽制。
 並のポケモンなら使い物にならない程のダメージは入る手応えでも少しよろめく程度とは、脳筋なだけのことはある。
 上からの殺気にヒートジョーカーを抜いて逆手に構え、左手でマッシブーンを威圧しつつ右手は順手に投げながら持ち替え、上空からの風の刃を切り払う。
 斬撃特化UBのカミツルギ、遠距離技で援護する程度の知能はあるらしい。
「だが援護する相手が弱いらしいぜ!」
 この瞬間を隙と見てマッシブーンが突っ込んできたがそれも読めている。
 右上の腕を逆手の刃先で内側から横に裂きつつ、左腕を上から重量も合わせて二本同時に叩き斬り、そのままがら空きになった左胴の急所に深く突き刺した。
「あと一匹…!」
 上空に目をやりつつ左手から右手に持ち変えて狙いを絞る。
 刃先をホールドして構える無回転投法、赤熱化させれば一撃で…!
 投げつけたナイフは最短距離で飛び、カミツルギの斬撃にもぶれることなく急所に突き刺さった。


 死体は二体とも爆発、残ったヒートジョーカーが重厚な金属音を立てて屋上に落ちた。
 ジャミングの効果で証拠も残らないしあとは回収したらこのまま…
 ホルスターに戻してこの場を去ろうとした瞬間、遠方からの殺気を感じてサイドステップで移動。
 さっきまで俺のいた場所に何かが直撃して破砕された音がする。
 携帯の様子を見る限りUBの反応はなし、ビルのオーナーが怒り心頭って感じか?
 それなら屋上を砕く理由もないし、敵はUB以外でビルには関係なし。遠距離攻撃とはちょっと厄介だが心理戦で炙り出すか…
「そこにいる奴!大体正体は読めてる、俺を倒したきゃ近づかなきゃ有効打は与えられないぜ!」
 これで何らかのリアクションがあればいいが、できないような低能ならどう倒すか…
 バッグから念のためスタンバイをかけておき、周囲に対して二撃を警戒していると、ビルの下から文字通り飛び上がるような羽音。
「くらえ!」
「⁉」
 飛翔する物体を咄嗟にヒートジョーカーで斬り捌くと周囲から破砕音がした。実体のある攻撃か…
「随分と物騒なご挨拶だな、お前がここの下の階の住民で安眠妨害だって言うなら謝るぜ」
 文字通り飛び上がってきた敵は緑翼に緑のフード、ジュナイパーか?
「僕は翠矢の狙撃手シャルフ、恨みはないが君に勝負を挑ませてもらうよ!」



「…悪ぃがちょっと今急いでてな、しばらくそこで待っててくれるか?カラオケの勝負なら今すぐ受けて立てるが」
「君この後カラオケ行くの?というより目と目が合ったらポケモンバトルは礼儀でしょ!」
「今ちょっと野望用で連れ待たせてんだよ」
「ってさっきからずっと僕に目線合わせてくれてないよね、誰かと目を合わせて喋れないタイプ?」
「余計なお世話だ、あと10分で戻らなきゃ…」
「その心配してる暇はあるのかい?」
 こいつ、俺を意地でも素通りさせるつもりはないらしい。
「…しゃあねぇな、大サービスしてやるが一つだけ教えてくれ。ここからショッピングモールのカラオケボックスまで歩いて何分ぐらいだ?」
「そうだな、君の足なら3分ぐらいだけどそれがどうかした?」
「じゃあ帰りは自販機でなんか買って帰れるな」
「なっ…⁉」
「生憎お前に関わってる時間も倒すのにかかる時間もないんだよ、オレン君」
「…オ、オオオ、オレンだと⁉」
 とどめの一言で表情が一気に怒りに歪んでいくのが見えた。
「しいぃねえぇ…!!」


 私怨のような殺意のこもった矢を切り捌きつつ、次の動きを予想する。
 奴のメインウェポンは強力だが所詮は矢。一撃と射程距離は強力でも連射能力や近接時の迎撃力では弱点が目立つ。
 だったら懐に飛び込んで一撃で決める…! 
「どこで僕のナード時代の蔑称を…⁉」
「顔に書いてるぜ!」
 影を炎で照らして躱しながら接近、ヒートジョーカーで斬りつけようとした瞬間、黄緑の光が刃にぶつかって拮抗する。
「生憎だけど僕は近接戦闘もお手の物なんだよ!」
「リーフブレードか、だが踏み込みは甘いらしいな!」
 ナイフによる攻撃とリーフブレードによる迎撃、刃渡りと間合いの関係も相まって互いの距離は一定に保たれている。やみくもに時間を潰すのは面倒だが俺が間合いに入るには追いかけっこに講じる他ないらしい。
 だがリーフブレードは俺のヒートジョーカー一本で拮抗勝負。もしここで二刀流に変えればそこから先は想像に難くない。
 左ホルスターからヒートジョーカーを軽くホールド、鍔を弾いてリーフブレードを振るう右の羽根にぶつけ、体勢を崩した瞬間に踏み込んで右で一閃。
「…ッ!草の誓い!」
 咄嗟に炎を纏ってダメージは防いだが草の誓いで迎撃するとはな、アウトレンジに逃げられたか…

「これで僕は君を一方的に狙い撃つだけ、勝負あったね」
「そういうセリフは矢を構えて言えよ、折角のムードがしらけるぜ?」
 勝ち誇った様子で矢を構えようとして、目を丸くした驚愕の表情に変わる。
「どうした?撃たないのか?」
「まさかお前、さっきの攻撃は僕の影縫いを封じるために…⁉」
 フードの左紐、つまり利き腕で矢を射るための弦は切れてなくなっている。
「そういうことだ、勝負あったな」
「まだ諦めるものか、リーフブレード!」
 メインウェポンを失っても苦手な接近戦で突っ込んで来たことに内心呆れはしたが、それでも一手でカタを付けられる。
「炎の誓い!」
 草のエネルギーが舞っていた屋上に炎が渦巻き、屋上は一瞬で火の海と化した。

「馬鹿な⁉いつの間にこんな仕掛けを…⁉」
「お前の攻撃だよ、誓い技を連続で撃ったのは初めてだが草と炎で火の海を作れるとはな」
 リーフブレードも炎に阻まれて下手に接近できず、草の誓いを撃っても火に燃料を注ぐだけとなり打つ手もないまま炎から逃れようとするのが精一杯らしい。
「4つ目の技を打てない辺り、大方ポルターガイストだろ?あれ屋内じゃなきゃ使えないからな」
 驚きがさらに追加されたような顔に変わった。動揺を隠すのは苦手らしい。
「お前の打つ手なしだ、さっさと降参しろよ」
「いや、君にだって打つ手はないだろう?」
「おいおい、このフィールドが火の海になっているのを忘れたか?」
 炎が少し激しく燃え上がった。
「火の海は炎タイプ以外に毎ターンスリップダメージを与えるフィールド、このままにらみ合ってもお前が焼け死ぬのも時間の問題だぜ?」
「くそっ、結局僕の負けか…」
 降参を認めたと同時に火の手が消えて少し焦げた屋上に戻った。UB被害よりボヤ騒ぎの方が心配なレベル…

「まぁ寄り道してる余裕がなくなっただけ大したもんだよ」
「…やっぱり君は強い、僕が5年鍛えても君の足元にも及ばなかったのに」
 焼け跡土下座状態で変なことを言い出した、暑さで頭やられたか…?
「俺お前なんて知らないけどな、ポケ違いだろ」
「…それは嘘だ、君たちの種族はタマムシレクイエム事件で戦った英雄であり名優のナバールが死んだのを最後に絶滅したと言われてる。それなのに生きてる個体なんて見間違えるはずないよ」
 こいつ…
「俺がナバールだ、じゃ」
「だったら!英雄の名を持つ生き残りなら、UBからこの町を守るために戦ってくれよ!」
「…」

「…俺は都合のいいヒーローじゃない、名前とか種族が同じだからって勝手にお前らの都合で勝手に期待したり使命を押し付けんじゃねぇ!」
 無意識に奴の首を掴んで叫んでいた。
「…僕だって、僕だってUBと戦うために君には及ばないまでも力を付けたんだ、なのに君が戦ってくれなきゃ戦力が減るのは間違いないじゃないか!」
「…もう疲れたんだよ、戦ったところで何も守れず傷つけるだけの俺自身に」
「そんなことない!君は…!」
「なりたいなら好きにヒーローごっこでもやってろよ、その程度の腕なら警察組織に志願すりゃエース級だろうぜ!」
 白い腹部を一発殴りつけ、ヒートジョーカーを鞘に戻してビルから地面に飛び降りた。

 寝覚め悪くなったがフードの弦も少し休めば再生するだろうし正直可哀想とは思わない。
 色々機嫌が最悪になっちまったが、あいつの前に戻った時、平静を装えるようにしないと勘づかれるとマズい。
 時間に余裕がなくなったことに気づいて、急いで非常階段からショッピングモールの中に入った。


TURN08 デュアル・チューニング


「…上手く歌えてるか?」
「うん、ちゃんと歌ってたよ」
 本当は目を盗んで好きな曲を歌って気分転換したけど、バレてないよね…?
「…そうか、確か俺も何か歌う約束だったな」
 なんか戻ってきた時の表情がすごく機嫌悪そうなんだけど、クレーンゲームで3000円使っても取れなかったりしたのかな?
 気にはなるけど、下手な詮索したら怒ってきそうだしここは我慢しなきゃ…


「…じゃ、これ」
 スピーカーから疾走感のあるシンセサイザーのイントロが流れ始めて、曲の格好良さへの高揚感と共に、本当にうまく歌えるのか疑わしくなってきた…
「乾いた冷たい風」
 マイク越しに響く歌い出しから正確かつ声量あるボイスに疑惑が吹っ飛んだ。
「全てはスタイル飛び方次第」
 サビの高音も見かけによらず表現力もありながら平気で連発してるよ…
「君を忘れない!」
 高音をロングトーンを平然と出し切り、96点の採点結果を見てからナバールはそっとマイクを机に置いた。

「…なんか悔しいどころか自信なくしそうなぐらい上手いんだけど、音楽関係の仕事してたとか?」
「…いや、趣味でコピーバンドやってた時の十八番。TAK枠だったしこれソロ曲だから披露する機会あんまなかったけど」
 確か羽ってTAKじゃなくてKOHの曲だったからあべこべじゃ…?
「そんな訳だ、とりあえず95点はないと大会で好成績は狙えない。昼飯は好きなの食っていいから95点越えるまで特訓だからな」
「えぇ…」
「激しくない曲なら気分転換に歌っていいから、それでお前は何頼む?ここピザもあるらしいぜ」
「ピザ⁉だったらチーズたっぷりか照り焼きのやつ!」
「はいはい、どっちも注文だな」
「えっ…?」
「ただし俺にも食わせてくれ、動機がやけ食いで悪いが一緒にさせてくれるか?」
「…もちろん!」


 カラオケボックス特有の長くて大きなテーブルは料理とドリンクで埋め尽くされた。
 照り焼きピザと3種のチーズピザを同時に頬張るのがたまらない。
 ポテトとから揚げも揚げたてサクサクだし、オムライスもふわふわで最高過ぎる。
 ナバールも無心でジャージャー麺にがっついてるし、高級じゃなくても美味しいもの食べてるこの時間が幸せだなって感じられる。
「そのジャージャー麺って、美味しい?」
「美味いけど、ちょい辛いけど大丈夫か?」
 さりげなく丼を差し出してくれたのでピザの件もあるから迷わず麺をすすった。
 ひき肉が少しピリ辛だけど昨日のチョリソーに比べたら全然いける辛さで美味しい…!
 さっきはケチくさいこと言ってたけど、昨日のファミレスといいなんだかんだ言って気前いいのかな?
「デザートは?」
「ハニートースト!」
「ジャージャー麺もう一つ追加して、俺もアフォガード頼むか」
「もうちょっとジャージャー麺分けてくれる?」
「気に入ったのか?よかろう」
 なんかまんざらでもなさそうな顔してる。無愛想か優しいのか全然分かんないけど、もしもこの時間を楽しんでくれてたら嬉しいけどな。



 3分の1のジャージャーな麺類を分けてもらってハニートーストを待ってる間に気分転換しようかな。
 何ならちょっとおふざけた感じの曲でも…
 危うく曲名を打ち間違えながらもデンモクで転送。曲名にもなってる楽器の前奏が流れて…
「やらないか…」
 しまった、原曲で行くはずがついいつもの癖でやってしまった。
 どうしよう完全に雌としてはしたないとかお母さんに怒られそうなぐらいヤバいことになってるよ…
「よくあるよな、間違えて前奏の間に歌い始めちゃうミス」
「えっ?」
「俺も客の前でやらかしたことあって焦ったからな、明日しないように気を付けようぜ」
 バニラアイスを食べながら優しいフォロー入れないでよ…
 なんか、その、無愛想だって分かってるのに鮮やかさのギャップで余計にドキドキしちゃう…


「なぁ、ちょっと変なこと聞いていいか?」
 失敗してフォローされて複雑な気分になった気分転換の後、練習に戻っていると合間でナバールが聞いてきた。
「変なことって前置きされた質問をされたいと思う?」
「…悪ぃ、やっぱ忘れてくれ」
「…ごめん冗談だから、無理なら無理って言うから言ってみて!」
 結構しゅんとしてる様子に慌ててOKしてみたけど、なんか昨日のデジャヴ…?

「…もし世界を守るために戦ってるヒーローがいたとして、敵の世界征服計画が秒読みで今すぐ戦わないと世界が敵の手に堕ちる状況だがヒーローが満身創痍でまともに戦えない状態だとする。もしお前がヒーローに何か声をかけられるとしたらどうする?」

「予想のはるか斜め上を飛んで行ったというか、道徳の授業みたいというか…」
「道徳?そんな授業あるのか」
 まぁ意外と世間知らずだとは思ってたけど、さっきの反応を考えると多分訳ありだよね…
 どう答えるべきか、そもそも私を試してるのかも分からないけど、思ったこと言ってみるのがいいのかな…

「…だったら、今は休んでねって言うとか、敵の作戦を邪魔して時間を稼げるなら稼いでみるとか、ヒーローがちょっとでも休めるようにしてあげるかな」
「…その理由は?」
「ヒーローだって頑張ってるのも事実で私だって助けてもらったことがあるかもしれない、だったらこんな時こそ何かできることして恩返ししたいかな。少なくともここで急かしたりするのは一番やっちゃいけないことだと思う…」
「…」
 黙り込まれてもこれ以上何かリクエストされてもさすがに限界かも…

「…晩飯は朝聞いたラーメン屋行こうぜ、チャーシュー多めの特製中華大盛りまでなら奢る」
 正解、だったのかな…?
「混むらしいから早めに95点超えてくれよ?ほら写真もあるぜ」
 さらっと流されたことに内心むっとしながらも、携帯で見せてくれたラーメンの写真はこってりしたスープにチャーシューがいっぱいでとても美味しそう…!
「まだ時間あるとはいえ、行列できるらしいから早めに行かなきゃ相当並ぶことになるかもな?」
「…ちゃんと頑張るから、お店空いてる限りは連れてってね」
「当たり前だ、そう時間もかからないだろうし、しっかり苦手なとこ補強しながら行くぜ!」


TURN09 過去から飛んできた刺客


「95.019、頑張ったな」
 もう何回歌ったか忘れたけど、17時前にグレースは95点の壁を突破した。
「やった、私やったよ…!」
 滅茶苦茶嬉しそうに画面を撮影している。あんな暗いの撮影難しいのにな…
「とりあえずお疲れ様だな、フリータイム内で終わったしちょっと買い物したらラーメン食べに行こうぜ」
 受付券を取ってドアを開けた時、二匹揃ってドカ食いしたことを思い出してちょっと財布が痛む未来に胸が痛んだ。
 金銭的な余裕あるとはいえ、5桁行ってなきゃいいけどな…


「まだ時間あるし、ちょっと寄り道しようぜ」
「ここって、モーター機器のお店?」
「あぁ、ここにいい感じのがあったから…」
 カラオケ連れてってくれたから贅沢は言わないけど、私免許持ってないしアルプトラオムフランメもお父さんじゃないから詳しくないんだよね…

「お前のヘルメット買っとこうぜ、こういうのはちゃんとしたの買った方がいいからな」
 ヘルメットか、そういえばナバールは被ってたけど私はタンデムシートに座ったまま直に風を顔に感じてたっけ…
「別にこんなのでいいよ、そんなにお金かけちゃ悪いし…」
 手近なピンク色のヘルメットを取って見せると、ナバールは首を横に振って棚に戻した。
「安全基準がアルプトラオムフランメ用じゃない、それにあの形はマズルきついぞ」
「そっか…」
 安全基準どうこうは分からないけど、マズルきついのはちょっと嫌かも…
「これとかどうだろうか?色とかデザインは後で考えるからちょっと被ってみてくれ」
 被らされたヘルメットは意外と苦しさもなくいい感じだった。声は通るし視界もクリアだけど硬さもしっかりあってぴったりの大きさだった。
「いいかんじ、苦しくないよ」
「そうか、俺のと基準は同規格だから安全性は自信ありだぜ、あとは色とかデザインの好みはどれがいい?そのシリーズはこの棚だが意外とデザインもあって悪くないな…」
 色々棚に並んでいるけどどれも格好いい感じのデザインばかりでいまいち好みじゃない。
 この中から選ぼうと思った時、ふと棚の鏡に写っている私はヘルメットを被ったままだったことを思い出した。
 自然すぎて忘れかけてたそれを脱いでみると、ホワイトのベースにスカイブルーのラインが差し色に入っているデザインだった。被ってることに違和感ないぐらいぴったり…
「最初に被らせてくれたこれが一番好きかも」
「それでいいのか?時間はまだあるからゆっくり選んでくれても」
「…これがいい」
「はいよ、ちょっと待ってな」
 ヘルメットなんてついさっきまで気にも留めなかったけど、選んでくれたのが好きな色だっただけでこんなに親しみ湧くなんて、私どうしちゃったんだろう…?


「すぐ被るから洒落た包装はなしだぜ」
「うん、それでいいよ」
 紙袋に入れられただけだけど、なんかこんなの初めて…
 慌て過ぎたのか大遅刻か怪しいクリスマスがやって来たような気分でショッピングモールを出ようとした時、自動ドアの前に誰かが立ちはだかった。
「よぉ綺麗な嬢ちゃん、俺たちと遊ばねぇか?」
 前方にいるのはゴロンダと、ゴリランダー、だったっけ?
 これってナンパ、ってやつ…?
「悪いけど、これからラーメン屋さん行くから…」
「それなら奢ってやるからもっと美味しいの食いに行こうぜ?」
「うぅ…」
 こんな時の頼みの綱のナバールは私を守るような体勢ではいてくれてるけど、携帯触ってるし…
 5・8・2・1
 警察呼ぶわけでもないのに変なことしてないでよ…
「Crimson Brocade , Come closer」
 変な音声が鳴ったのを聞いた後、そっと耳打ちされた。
「とっととずらかる、俺が奴らを引き付けるからその隙を見て外に出ろ…!」

「悪いがこいつは俺の連れだ、今日を命日にしたくなけりゃ敗北感胸に刻み込んでさっさと回れ右でもするんだな」
 ナバールの挑発に案の定乗ってくれた。もう少し、奴らとの距離が出来ればその隙に…!
 ナンパ男に陽動して隙を作ってくれていたナバールだったけど、背後から何かに羽交い締めにされてしまった…
「ナバール!」
「…伏兵を用意するとは、ナンパ師にしちゃあ股間に血が全部回り切った訳じゃなさそうだな」
 背後からカイリキーにホールドされて、普通なら苦しそうなはずなのに、それでも私を逃がそうと煽る言葉を止めようとしない。これじゃ私が逃げられてもナバールが…!
「ちょっとやめてよ!」
「おやおや自分から来てくれるなんて感心だなぁ?」
 気持ち悪い表情で胸元を覗き込んできたゴロンダを鰭でビンタして先に進もうとしたけど、ゴリランダーに通せんぼされてしまう。
「どいてよ、あんたらみたいな草食の雄は嫌いなんだけど?」
「気が強いのは嫌いじゃない、だが…」
 わりと紳士ぶった表情が一瞬で攻撃的な下衆みのある顔に変わったと同時に腕のスイングが体をかすめた…

「お前が乗るのはタンデムシートじゃない、俺たちの上での騎乗だ」
 両側から腕を掴まれて血の気が引いていく。
 嫌だ、こんな奴らに犯されるなんて嫌すぎる。初めてを捧げる相手はもう決めてるし、あんな草食ホモ野郎に純潔奪われるぐらいならナバールの方が絶対マシ…
 小さい頃、色んなことが怖くなった時の様に心が真っ暗になっていく様な感覚がする…
 もうダメなのかな…
 助けて、お父さん、ルトくん…!
 ナバール………!


「…ったく俺のプレゼントを汚しやがって」
 怖くて黒く滲む思考に炎の光のように声が響いた。
「場所柄荒事は避けたかったが、もうこいつら半殺しにしていいよな?」
「…うん、やっつけて!早くこいつらをやっつけて!!」
「任務了解!!」
 待ってまっしたと言わんばかりの声で、羽交い締めにされていたナバールは足元に転がっていたプレゼントのヘルメットを蹴り飛ばした。
 必殺シュートはカイリキーやゴロツキとも違う方向に飛んで行ったけど、ショッピングモールの壁と天井の縁に二回ぶつかって軌道変更、カイリキーの頭部に勢いよく命中してそのまま夫の字に倒れた。
「すごい…」
「グレース、頭を左、動くな!」
 感動にぼんやりしていると急に叫ばれて、慌てて左に首を傾けると、ナバールの必殺シュートが今度は直線的に飛んできて右腕を掴んでいたゴリランダーの顎を捉えて吹っ飛ばした。

「怖い思いさせて悪かったな、あとヘルも足蹴にしちまって…」
「それはいいよ、ってゴロンダが逃げちゃう…!」
 顔や顎が凹んだ二匹を見て慌てて逃げたらしい。二重の意味で草食か…
「ただで逃がすかよ…!」
 ナバールはまた携帯で何かを入力すると同時に私にヘルメットを被るように指示をだした。
 シュート二発でも傷一つ付かないことに安全性を確認しながらヘルメットを被ると、ゴロンダの逃げようとする出口から紐の付いた何かが飛んできて、ナバールはそれをキャッチした。
「左脇に掴まれ!」
 急いで掴まるとワイヤーが巻き取られて、先端を掴んでいるナバールはショッピングモールの床を水上スキーの様に滑走していく。
「つか、まえ、たっ!」
 逃げていたゴロンダにナバール得意のラリアットが腰を刈り取ってダウンさせ、そのままボードの代わりに乗ってさっきよりも加速しながら滑走、開いていた自動ドアを通り抜けてワイヤーは巻き取られてナバールの愛機にクローもマウントされた。
「早く行くぜ、シートに!」
「うん!」
 指定席になりつつあるタンデムシートに座ると勢いよく駐車場を飛び出した。
 なんかさっきのワイヤークローで立体的なショートカットした気もするけど、ここ無料駐車場だからいいか…



「とりあえずこの辺まで来たら大丈夫だな」
 ナバールに言われてガード越しに見渡すと、昨日私がストリートシンガーやってた辺りまで来ていた。
 風が強かったのがヘルメットに守られて気にならなかったから遠い距離もあっという間に感じる…
「そうだね、あれ何だろ?」
 周囲を見渡すと、暗くなり始めた空に赤黒い炎のような色をした何かが飛んでいた。
 ファイヤーにしてはなんか違うし、ガラル個体かどうか考える前にそもそも絶滅してたっけ。少なくとも私の知ってるポケモンにはあんなのいなかった。
「あのイベルタルみたいなやつか?」
「そうそう、あの赤黒い炎みたいなやつ!」
「……なるほど、俺も、よく分からねぇな。うん…」
 何か気になることを言ってたような気もするけど、信号が青に変わって聞きそびれてしまった。


「いらっしゃい、ご注文は?」
「「特中の大盛り二つ!」」
「あいよ!」

 予定外のトラブルに見舞われまくったがどうにか切り抜けられた。
 …色々羽目を外し過ぎた気もするが、こうでもしなきゃやってられない状況になったのも全部シャルフって野郎が調子に乗ったことを…
 幸い携帯のジャミング効果のおかげでショッピングモールでの乱闘も騒ぎにはなってないが、あまり不用意なことをするのも気を付けねぇとな…
 グレースは美味しそうに卓上の笹にくるまれた寿司を食べている。これ別料金だったような…

 俺も一つ食べようか悩んでいた時、急に外の音がサイレンに包まれた。
 トを付けたいぐらいにうるさいサイレンだが、野次馬の叫びからして近くで誰かが殺されたとかなんとか聞こえる。
「何かあったのかな?」
「何かの事件らしいがとりあえず今は普通に過ごそうぜ、後でニュースにはなるだろうし下手に関わらないのがセオリーだぜ」
「それはそうかもだけど、あっラーメン来るよ!」

 色々気になるのは俺も同じだったが、こってりとした骨と醤油のスープととろけるようなチャーシューのラーメンを堪能しているうちにだんだんそんな感覚も薄れていった。


TURN10 今会いたい、もう眠りたい


「すごいね、カラオケ付きの部屋もあるなんて」
「…俺も初めて知った」
 今日も今日とてお城のような外観のホテル、部屋の都合でカラオケ付きを通常ルームと同額で借りられたけど正直カラオケ自体はグレースはもちろん俺もややお腹いっぱい…
「風呂入るなら先入っていいぜ」
「いいの?じゃあお言葉に甘えて…」
 バスルームのドアが閉まる音を聞いてから携帯を開いてニュースを点ける。
 UB関連のニュースは全国版でもローカル版でも特になし。証拠を残さないようにすることは日頃から意識しているが、今日はイレギュラーがありすぎて少し不安だったが現状は安心できそうだ。
「続いてのニュースです。マリエシティの商店街にある喫茶店で店主のリングマさんが突然焼死する事件が発生しました。今日午後7時ごろ、マリエシティの商店街で喫茶店を営むリングマさんが突然店内で謎の炎に包まれ焼死する事件が発生し、店内の客が慌てて警察や消防に通報したものの、到着した時には既に白骨死体になっていたとのことです」
「…噓だろ」
「店内の客は全員炎タイプや炎技を覚えておらず、被害者以外は何も燃えていないことや、当時店内にいた客の証言のよる炎の怪奇性から、警察は怪奇事件として捜査を進めています」
 

 リモコンをベッドに放り投げたままぼんやりと天井を見上げる。
 あの呪いはまだ続いていた。
 初めてその事実に気付いたのが2年前で、呪いを知ったのは12年前。
 想定もしていなかった事態だが、あの呪いはどうやらリングマを全て焼き殺すまで止まらないらしい。
 あのリングマを倒してくれるはずの呪いはリングマという種族を見分けられても焼き殺すべき個体の識別ができないらしい。
 つまり今日のように善良な個体だろうと見つけ次第焼き殺してしまうし、念願の進化を果たした元ヒメグマだってその日から焼死を恐れなきゃいけなくなる。
 止め方なんて分かる訳もないし、仮に警察に自首したところで理解されるはずもなく刑務所や絞首台より精神病院行きになるだけだ。
 唯一可能性があるとすればリングマという種族がこの世にいない瞬間がこれから先一瞬でもできれば、あの呪いも対象を失い解除されるかもしれない。
 あの時グレースが見たのがきっとそうだ。あいつは見てなくても俺は何度か見ているから間違いない。
 他の呪いはどうにか対象を失って消滅したのはせめてもの救いだし、あのぐらいなら地獄で責め苦を受けてる下衆野郎のせいにできるが、また暴走したら次はどうなるかなんて予想もつかない。
 殺し方はどんどん手が込んでいくのに対して、肝心の制御能力は一向に上がる気配がなく、うっかり暴走すれば個体の区別もできないままに無差別虐殺を繰り返す怪異を増やすなんて正直嫌だ。
 これ以上被害が拡大する前に、俺が早くこの呪いを封印してしまわなきゃな…


 グレースがシャワーを浴び終えたらしくシャワーの音が止まったのを聞いて投げ捨てたリモコンを拾ってテレビを切った。


 リストバンドを着け直してバスルームから戻るとダブルベッドが律儀に半分空けられていた。
「一緒に寝よ?」
「…なんでだよ」
「…だって、明日のこと考えたら緊張して眠れそうにないし、これダブルベッドなのにナバールが床じゃ可哀想だし」
 …なんか床で寝ろと言わないだけマシに思えてきた。
 床で寝ろと言う選択肢が抜けてた俺も大概だがな…
 ボストンバッグから錠剤を取り出してフロントで貰った水と共に流し込む。
 流石に今日は睡眠薬なしで眠れそうにない…


「ねぇ、ナバールって好きな子とかいるの?」
 水を噴き出しかけた、唐突になんだこいつ?
「突然振る話題じゃねーだろ!」
「…へぇ、結構モテそうな顔してるのに意外と付き合ったこととか経験なかったり?」
 その言い方は内心癪に障る、俺だってな…
「……昔はいた」
「昔は、ってことは今はいない感じ?」
「今も、な。みんな空の綺麗な場所に行っちまった」
「なんかごめん、デリカシーなかったかも」
「もう慣れた、それで俺に聞いてきたってことはお前はいるのか?」
 ダブルベッドに横になり背を向ける。今は覗き込まれても顔を見せたくない。

「…いたよ、昔ね。本当に昔でもう死んじゃったかもしれないけど」
「…嫌なら無理に喋るなよ」
「私も寂しいのは慣れてるから、小さい頃好きだった男の子がいたんだけど、本当に騎獣クルセイダーみたいいでね。突然公園に怪我して現れたと思ったら私の困ったことを全部力になってくれて、多分いじめっ子をやっつけてくれたのもそうかもしれない。不思議な子だしお家が大変だったけど賢くて優し子だったんだ」

「その子はお家が火事になって以来いなくなっちゃって、もう死んじゃったなんて思ったけど、一度だけ会えたかもしれないんだ。火事の中で逃げ遅れた私を助け出してくれた、夢のような記憶でおぼろげだけど、それでも何故か生きてるって気がして…」
 …とっくに死んだ男が助けに来る夢か、おめでたい話だな。
「おかげで次は20歳なのに彼氏もできずじまい、なんか君とは親近感湧くかも」
「…一緒にするな、恋愛相談ならあまり王子様を追いかけすぎるなとだけ言っとく」
「そうだけど…」
 背中越しになんか言いたげな、回りくどさを感じる…声がする。
 睡眠薬飲まなきゃ寝れない俺でも時間自体は要るんだから早く寝ろっての…
「まだ起きてるなら一つだけ教えて、あなたを見てから一つ聞きたいことがあるの」
「…質問による、あと何度も【一つ】を酷使するな」

「…あなた、ルトガーってニャビ―の男の子のこと何か知らない?ニャヒートにも進化したけど…」
「……知らねぇよ、そんな奴」
「知らないって、あなたもガオガエンなら個体数少ないんだし家族や同族のことぐらい少しは知ってたりするでしょ⁉」
「お前の好きなルトガーはあの日世界に殺されたんだよ!」
 防音設備の部屋に静寂が響き渡った。
「…シャルフといいお前といい、お前らの理想の幻影を俺に押し付けないでくれよ。俺はヒーローでも王子様でもない、ただの死神だ、命が惜しけりゃ大人しくしてろ…」
 叫ぶ気力も薄れてきた俺の背中に温もりがゼロ距離で寄ってくる。

「ごめん、そうだよね。でもやっぱり、今日はこのままに、させて…」
「…勝手にしろ」
 すすり泣く声に返す言葉なんて今の俺にはない。
 せめてこの呪いを封印するまで、俺は死神のままでしかいられないから…

 7月24日の日記を書きなぐって携帯を閉じた。
 せめて明日、明日のカラオケコンテストでのこいつの優勝を見届けたらそれで…





「やっと見つけた、戦災被害白書…」
 行政発行の戦災被害に関するデータベースにアクセス、個体数データベースの検索を開始する。

№725:LITTEN…………EXTINCTION
№726:TORRACAT……EXTINCTION
№726:INCINEROAR…EXTINCTION

「今年のデータベースで検索しても20年前から種族自体が絶滅済み、それなのに確かに君はこの世界に生きている」
 ゴーストタイプは幽霊かどうかぐらいは見分けられるけど、少なくともあれは生きている。
 かつての英雄亡き後滅びたはずの種族、データには存在しない生き残り…

「フフフ、やはり君で間違いないようだね…!」
 背景事情は分からないけど、僕の夢のためにもここで退くわけにはいかない。
 必ず君を説得してみせる、この町を救うためにも…!


TURN10.20 ファントムエンカウント


 感情が抜け落ちたような冷たく行き交う視線に気づかれない様に走り抜けた。
 逃げ込む様に入り込んだ路地裏でスティックパンを齧る。
 なけなしの所持金で買った貴重な食糧だ、腹の虫は不満を訴えてるけどこれであと3日は持たせないといけない。


 グレースと別れてリングマが焼け死んでからはちょうど3週間経ったぐらいか…
 駅前の電光掲示板や電気屋のテレビで事件のことは何度か放送されてはいたものの、世間では寝たばこが原因による火災事故とみなされて、俺のことは誰も何も触れない辺り始めから“存在しないもの”として扱われているらしい。
 死んだと認定される分には問題ない、下手に俺のことを捜されて万一捕まったら何をされるか分かったもんじゃない。
 何より俺は“リングマの束縛から離れて一秒でも長く自力で生き延びてやる”って決意した矢先。一ヶ月も持たずにギブアップは流石に情けない。

 すっかり昼夜は逆転して、昼過ぎまで廃墟同然になったテナントビルの一室で眠り、目が覚めたら食糧や金を探しに奔走する。
 特に夜は危険も多いが稼ぎ時だ。
 上手く行けばスティックパンに100円の自販機でジュースぐらいは付けられるかもしれない。いや、ここは外の水道を使って節約するか…
 妙に眩しい夕日が沈んで、町の光源は賑やかな照明に変わった。行くか…!


 21時も過ぎると酒に酔わされた奴らがちらほら現れる。
 見る限り歩くのも精一杯な様子で、バッグへの意識なんて存在しないも同然だ。
 早速いい感じに酒に溺れたバクフーンを発見、周囲に警察や防犯カメラの姿もない。
 おまけにバッグのジッパーは半分以上開いて長財布が落ちかけている。

 雑踏に溶け込む様に路地裏から出てバクフーンに接近、長財布を開くと一万円札が5枚入っている。俺が使うには千円札より少々使い勝手が悪い。
 幸い五千円札と千円札も何枚か入っている、紙幣だけ全部抜き取ってバクフーンのバッグに戻した。
 何も知らずに駅へと千鳥足で向かっていくバクフーンを見ると気の毒に感じたけど、どこか滑稽にも見えた。

 それにしても予想以上の大金を手に入れた。これなら一日どころか二週間は生き延びることができる。
 明日はコンビニでお腹いっぱい食べるのも悪くないかもしれない、とりあえずこの空腹を満たすために置いてきたスティックパンを食べきるかな…!


 鼻歌でも歌いたいような気分を抑えて表通りから見えない所まで来た所で、寝床代わりのテナントビルの反対側で騒ぎ声がする。
 声からして雌が一匹と雄が数匹って感じだろう。
「…」
 やめとけやめとけ、関わったらろくなことにならないぞと心の中では思っても、足は自然と騒ぎの方に向かっていた。

「何なんだアンタ達は、それ以上近づくと容赦しないよ!」
「お前が重役なのは知ってる、ここで倒せば形勢も逆転するって訳だ!」 
 物陰に隠れて様子を伺うと、雌のゾロアークがグランブル二匹に襲われそうになっている状況らしい。詳しい事情は知らないけど何か因縁でもある相手同士なのか?

「どっちにせよアンタ達は好みのタイプじゃないね」
 冷たく言い放ったゾロアークを狙う様に二匹のグランブルが同時に攻撃を仕掛ける。
 ゾロアークの方は戦いに慣れているらしく、無駄のない動きで同時攻撃を防いでいるがやや防戦に回りつつある。
 やがて一匹が距離を取ると、何かをバッグから取り出した。
「あれは、拳銃…⁉」
 どうやら只者じゃないらしいけど、このままじゃあのゾロアークは殺されてしまう。
 足音を極力小さくして近くのビルの外付け階段を駆け上がり、一気に飛び降りた。

「これで終わりだな…!」
「させるかっ!」
 グランブルの後頭部を素早く爪で引っ搔く。

「何だこのガキ⁉どこから湧いてきやがった⁉」
 首から血を流しながら俺を引きはがそうとするけど既に後頭部に俺はいない。首から流れた血をさっきのお札に塗り付けて、それを目に貼り付ける。
「何だコレ⁉」
 即席の目潰しを受けたグランブルも交戦中だったゾロアークとグランブルも俺の強襲に驚いているらしい。とはいってもこのままじゃ終わらせない。
 地面に着地、お札を剝がそうと両手が向かった今がチャンスだ…!
 軽く助走を付けてニトロチャージを発動、そのまま下からグランブルの股間を突き上げる。
「…………ッ!」
 声になってない悲鳴を上げてグランブルは股間を押さえたまま悶絶している、あと一匹…!
「このクソガキが!」
 声に反応する暇もなく腹部を硬い物で殴り飛ばされた。
 股間を強襲したグランブルにゴルフのスイングみたいに腹部を殴られたまま近くの壁に叩きつけられたらしい。口から血が垂れている、頭も痛くて視界もぼんやりしている。
「散々コケにしてくれやがって…悪ガキは帰って死んでな!」
 鉄パイプの猛攻を紙一重か紙二重で躱し続け、タイミングを合わせて鉄パイプを殴ってへし折る。

「このガキァ!」
 手にはさっきゾロアークを狙った拳銃、当たれば今の俺は即死だろう。
 けれど俺は、こんなところでくたばってられるかよ…!
 痛む身体を無理やり動かして拳銃や腕の構えを見る。仮に弾を避けられるとしたらあそこしかない…!

 俺は一か八かで突進した。
 遠ざかる動きを想定していたグランブルにとって、逆に俺が接近してくるケースは想定外だったらしく、弾は俺に当たるどころか発砲すら追いつかなかった。
「何でこんなことするんだよ、危ないだろ!」
 鼻面に鉄パイプをへし折れる力のパンチを叩き込み、トドメに左目を爪で瞼ごと切り裂き、右目に爪を突き刺した。

「ぎゃあああああ!」
 グランブルは完全に視力を失った。これで機能停止したはずだ…
「殺してやる、殺してやるぞクソガキ!!」
 両目を失って逆上したグランブルは闇雲に拳銃を発砲し始めた。
 正直肉体の限界を超えた戦闘で、ダメージも負った身体は満足に動けそうにない。弾切れまで逃げ切れば助かるってのに、俺もここまでなのか…?

「さっさとくたばりな!」
 既にもう一匹のグランブルを倒したらしいゾロアークの飛び蹴りがグランブルの首の骨を確実に破砕した。


「坊や、危ないじゃないか!」
 ゾロアークに抱き起こされて強く責められる。坊や呼びは少し癪だけどこの年齢じゃ仕方ないか…
「近くで誰かが襲われてるって思って来たんだ…あのグランブル、拳銃で狙ってたんだよ?」

「あれぐらいなら両方拳銃持ちでも素手で倒せたけど、結果的に坊やに助けられたって事か…」
 飛び蹴りを見て確信したけど、やっぱりこのゾロアークは相当強いらしい。
「でもこれ以上ここにいちゃ危ない、坊やの家はどこ?」
「…家は焼けちゃってないよ」
 嘘は言ってない。
「じゃあ家族は?心配してるよ」
「心配してくれる家族なんていない。心配しなきゃいけない家族は死んじゃったし心配の元は家ごと焼いた」
 これだって、噓じゃない…
「それじゃこの路地裏に住んでるとでも言うのかい?嘘ついてるなら早く本当のことを言いな!」
「つける嘘もない、でも心配しないで、ちょっと休んだら寝床に行けるから…」
 負ったダメージは想像以上に深刻だった。今から歩いてテナントビルに戻れる気がしない…

「ゾロアークさんは無事でよかった、怖いポケモンに狙われたら警察呼んだ方がいいよ?多分助けに来てくれないけど…」
「坊や、しっかり!」

 一匹だけで生き延びる計画、一ヶ月どころか3週間も持たなかったらしい。
 それでも誰かを助けて終わりなら、悪くないよな…?



 普段通り眠っているような感覚。
 でもこれは固くて冷たい床の上じゃない。むしろふわふわで温かいものの中で眠っているのか…?
 というか俺、生きてるのか…?

 目を開けると小さな部屋に寝かされていた。
 ドラマで見かけるホテルの一室みたいにも見えるけど、グレースの部屋みたいに机やキャビネット、本棚まで用意されていた。本棚には藤色の背表紙のマンガが何故か100冊近く並んでいる。
 眠っていたのはベッドの上らしく、ジャンプしても跳ねたりしないけどふわふわで寝心地も良かった。
 そういえば鉄パイプで殴られた腹部には包帯が巻かれていて、痛みはあったけどかなり楽になっていた。

「気が付いたのかい?」
 木製のドアが開いてゆうべのゾロアークがお盆を持って入ってきた。
「ここは?というか俺はどのぐらい寝ていた?」
「気持ちは分かるけど、質問を質問で返すなって学校で習わなかったのか?」
「気が付いたから質問もできると思うんだけどな、あと学校は行ってない」
 それもそうか、みたいな表情を見せてゾロアークはトレーをキャビネットの上に置く。
「丸一日寝てたからお腹空いてるだろう、話は後でするから先に食べるといい」
 お盆の上には白身魚のソテーとクリームシチューの皿が湯気を立てて盛られている。ロールパンも柔らかくて美味しそうだ。

 思わず白身魚のソテーにかぶりつく。ふわふわであったかくて美味しい。
 クリームシチューも少し熱かったけど、いっぱい食べたくなる。
 ロールパンも今まで食べてた硬くなったスティックパンと同じパンだとは考えられない…

「…味はどうだ?」
「美味しい」
「…そうか、なら良かった」
 グラスになみなみと注がれたオレンジュースも無意識に一気飲みしていた…


「食べ終わったようだし、そろそろ始めるか」
 トレーを片付けてゾロアークは話し始めた。
「私はシャイナ、訳あって今は用心棒兼始末屋をしている」
 …あまり詳しくないけど、どうやらその手の業界の住民だったのかもしれない。

「あのグランブルは私が始末する予定だったのだが、坊やを巻き込んでしまったのは完全に手違いだったね。結果的に助けられたのも事実だが」
「あの時は、普通に襲われてるように見えたから…」
「あれは奴らの隙を作るための演技だったんだが」
「演技…」
 あれ演技だったのか、それにしては上手かったな…

「それはそうと、あのグランブルを再起不能レベルまで追い詰めていたが、戦闘経験はそれなりにあったのか?」
「学校で習うのかは知らないけど、何となく攻撃したら効きそうな場所ばかり狙って攻撃しただけだよ?特に経験も何もないかな」
「そうかい…」

「昨日聞いた話だと家族も家もないらしいな」
 ベッドに腰掛けていたゾロアークは立ち上がって話題を変える。
「確かにそれは事実だけど…」
「気づいていないようだけどお前には高い戦闘のセンスとポテンシャルがある、どうだ、私の元で修行してみないか?」
「修行…?」
「今のお前は生きていくための牙を持ってないし私はお前に助けられた借りがある。なに、ちょっと生きていくための牙を教えてやるだけだ」
「牙…」
 確かにリングマを焼き殺したしグランブルに再起不能レベルのダメージを与えることはできたけど、あくまで変な力の加勢を受けてたり不意打ちだったから可能だっただけで、逆に攻撃を受けてしまえば俺はほぼ戦えなくなってしまうのが現状だろう。コバルトみたいにアシガタナを持たなくても戦えるぐらいの強さが必要なのも事実か…

「もちろん牙を身につけるためには健康な身体と高い知能も必要だ。生活の面倒も見てやるし、脳ミソだってバッチリ鍛えてやるよ」
「…お願い、します、シャイナさん」
「さん付けはこそばゆいが、まぁいいか。やっぱり三大欲求を満たしたい気持ちはよく分かるよ」
「いや、そこで選んだんじゃ…」
 俺としては戦闘能力を高めたいつもりでいたけど、食事と寝床を最優先に考えていると思われたらしい。あった方が嬉しいけど。


「とりあえず傷が治るまでは座学メインでやって行くよ、そういえばお前の名前は?」
「ルトガー…」

「!」

 前にも俺を見て驚かれた事はあったけど、名前で驚かれるのは初めてだな?
「まぁいい。後でコードネームを考えるとして、後で技構成とか好きな食べ物とか後で全部聞かせてもらうよ!」
 目に光るものを浮かべてシャイナさんは部屋を出ていった。


「…」
 情報量の多い時間が続いてようやく静かになった。
 特にすることがないうちにベッドに寝転んでゆっくりと情報を整理していく。

・昨夜、戦いの熟練者であるシャイナさんを助けたことで、俺は生きるための牙を教えられることになった

 …情報整理終わり、というかこれ以上整理する情報がない。
 とりあえず1秒でも長く生き延びるって当初の目標からすれば、かなり恵まれた展開なんだろう。
 特に何も考えずに眠れるのはいつぶりか忘れたけど、少しでも体力を確保しておくか…


 翌朝、目を覚ますとパンとスープが用意されていて、それを食べ終わると俺の身体について色々検査された。
 こういうのはコバルトの病院でされて以来だな…
 一通り検査された後、昼食の焼きそばとか言う料理を食べながら診察結果を聞いた。
「年相応で考えても発育不良というか、今まで暮らしてきた場所はあまりいい環境ではなかったらしいな」
「…安定した食事も滅多に食べられなかった」
「やはりそういうことか、いくらセンスがあるとはいえこのまま訓練を始めても身体を壊してしまうな…」
 そう言いながらシャイナさんは本を開いて確認しながら言った。
「よし、まずは本訓練の前に体が出来るまで基礎訓練から始めようか。安定した生活で強靭な身体を作ると同時に基本的な運動能力や基礎学力を付けていこう。今のお前にはそれが一番合っている」
「…分かり、ました!」
「いい返事だ、基礎を確実にすることは無駄ではないし、後々本訓練を始めた時に負担が段違いだからな」
 話しながらすっと腕が俺の方に伸びてきた。叩かれる…!?

「撫でてやろうと思ったんだがそんなに怯えなくても…」
「…ごめん、なさい」
「…よくよく考えればこういうのは苦手なんだったな、すまない」
 優しくひと撫でされたこと自体は嫌じゃなかったのに、無意識に退いてしまう俺の身体が悔しい…
「体質は仕方ないこともある、戦闘訓練では克服できるようにするが普段撫でるときは気を付けるし体罰も避けるのが妥当と早いうちに分かってよかった」
 どこか寂しそうな声に俺も辛い…
「それだけ分かれば十分だ。体調が戻るまではまずは座学から始めよう、それとまだ名前を考えてなかったな…」
「俺の、名前…?」
「この世界ではコードネームを名前同然に扱っている。お前はそうだな、ナバールなんてどうだ?」
「ナバール…?」
「………そう、かつてこの世界を邪神から救い出してくれた救世主の名前だ」


TURN10.40 勇侠・努力・焼却


 俺がナバールという名前を得てから一年、俺はシャイナさんの元で様々な訓練に挑んだ。
 怪我が治ってからは基礎体力を付けるために様々なトレーニングに挑んだり、ポケモンの身体構造について勉強した。
 訓練を始めた頃よりは50メートル走も1秒は速くなれたし、バトルの訓練は本格的にしていないにせよ、あの頃よりは上手く戦えるような気がする。
 他にもグレースがやってたようなことやそれよりも高度な内容だったり、色々勉強もした。
 学校でやるものに近い内容や市井のポケモンの生活、時にはボードゲームや音楽鑑賞もあった。
 こういうことを勉強して何の役に立つのかは分からなかったが、工作員として生きていくには上手く社会に溶け込むことが大事であり、そのためには何気ない知識もある程度知っておいて実践できた方が上手く溶け込めるのだとか。
 あまりよく分からないけど知ってて損はない感じだし、必要というなら必要なんだろう。
 シャイナさんははっきり言って厳しいしハードな訓練続きではあるけど、訓練内容以外で俺を攻撃することはないし、怪我をしたら手当もしてくれて上手くできたら認めてくれる。
 わざとこんな対応取っているのかもしれないが、ゼルネアス並みのゴミクズ野郎だったリングマに比べたら俺にとってはイベルタルだ。厳しくはあるけど優しくしてくれて何より俺を殴らない、こんなオトナコバルトぐらいしかいないと思ってたのに…

「今日は大戦史のおさらいをするぞ、概要を書き出してみてくれ」

・AW1年:伝説のポケモンとニンゲンの間で引き起こされた十年戦争が前年末に両者絶滅で終結。この年から年表記にAW(After War)を使用して表記。
・AW180年ごろ:イベルタルの決死の一撃で力を失っていたゼルネアスはこの辺りで復活、コガネシティに潜伏していたと思われる。
・AW195年:4月7日、ゼルネアスがフェアリー以外の全タイプに宣戦布告しUB(ウルトラビースト)を用いた虐殺行動を開始、特に悪タイプやドラゴンタイプの種族は甚大な被害を受ける。
・AW200年:12月5日、月下団によるゼルネアス暗殺事件(通称「ゴールドリベリオン」)が発生、ゼルネアスの死と真相を知ったポケモン達の反乱もあり事態は平和的に終息する。
・AW202年:7月26日夜から27日朝にかけてタマムシシティがUBに襲われて壊滅。傾向から見てゼルネアスが復活を目論んでいる証拠と推測される。


「流石だな、歴史もしっかり把握できているな」
 ルーズリーフに書いたメモに花丸を付けられた。
「そういえば俺はいつ生まれたんだっけな…」
「r、ナバールはAW202年7月27日の生まれだ。外で言う必要はないが覚えておくといい」
「り、了解…」
今は211年なので俺は今9歳ということになるのか。
 202年の7月27日、なんか引っかかる気もするな…

「歴史の勉強も終わったし次は新たな金属について勉強するぞ。この星に存在する118元素に加えてアンブレオン社がロストテクノロジーを駆使して新たに三つの金属の開発を開発した…」
 …というかシャイナさんはどうやって調べたんだ?
 俺ですら知らなかったのに…
「ほら、集中集中!熱伝導性と耐熱性が高く安定性に優れたヒートメタル、軽量で加工しやすく物理的な耐久力が高いサイクロンメタル、熱を加えることで自在に姿を変える特性を持った形状記憶金属のルナメタル…」
 マテリアル工学の勉強に移行したのでその勉強に移行する。熱に関する特徴も多いし、上手く使えば色々出来そうだな…?


「今日からは中級戦闘訓練に移行しよう。基礎的なバトルならもうプロ相手でも十分倒せる実力になってきたが、想定敵や暗殺を行うにはまだまだ力不足だ」
 AW214年、俺は12歳になり一番最後に始めた基礎戦闘訓練が終わって基礎訓練が全て完了した。
 実力としては同年代のポケモンバトル部と戦ったとしたら、全国大会の優勝者相手でも一方的に攻撃して完全勝利できる程度らしい。
 とは言ってもこの世界で生きていくには足りないならもっと強くなるしかない。
「中級では技の練度や火力制御技術、確実に急所を攻撃できるスキルといったテクニック部分を磨いて行く。これらの訓練を行う理由は分かるか?」
「…一撃で、敵を倒すため?」
「正解だ、よく頑張って勉強している成果だな。これらの訓練はいずれも一撃で敵を倒す、暗殺としての要素もあり、不要なダメージを避けるためでもある。残念ながらここに来てから改善してきたとはいえ発育不良が否めない程度にお前の耐久力は同族と比較しても低さが目立つからな…」
「ごめん、なさい…」
「…暗めなトーンで言って悪かったね、要は先に一撃叩き込んで敵を殺せば問題はないし、そこばかりはゆっくり治して行けばいいさ」
 そう言ってやけに太い金属製のストローみたいなものを手渡して来た。

「これからそれを使って火力制御の訓練を始めよう」
「これは…?」
「熱源直結型拳銃ヒートトリガー、簡単に言えばお前の炎を弾薬代わりのエネルギーにして弾丸を発射する拳銃だ。本来は指や爪で引き金を引いて射撃するのだが、四足歩行のお前が練習に使いやすいよう口で咥えて撃てるような単発式で銃身のみで発射できるようにカスタムしてある」
「素材は、ヒートメタル製?」
「いい質問だし正解だ。炎の伝導が重要になるため銃身はヒートメタル、弾丸は三種の金属を組み合わせて作成している」
 いつか学んだ新金属、こんなところで使われてたとはな…
「火力調整の練習において、弾丸は敵を殺すためには必ずしも最大火力で撃てばいいというものでもなく、適切な勢いで着弾させることや同じ距離でもその瞬間瞬間に応じて調整することが大事になる」
 シャイナさんも重心が同じ形状の拳銃を取り出し斜めに並んだ缶に向かって3発発射すると、3つとも小気味いい音を立てて落ちた。
「ナバール、三つの缶の弾痕はどうなっているか見比べてみて?」
「穴の大きさが、同じ…?」
「正解だ、この銃は威力を調整できるが故に距離に差のある対象でも同じ威力で命中させることができる。火力制御や命中調整など細かい技術が必要になるが、今から鍛えて行けばいずれは貴重な飛び道具になる、やってみろ」
 ヒートトリガーを咥えて的先の缶に狙いを定める。火力を口から送り込んで、これで…!
「うわっ!」
 発射した直後の爆音に驚いてバランスを崩したが、勢いよく銃口から放たれた弾丸は空き缶を吹き飛ばして奥の壁に当たって止まった。

「びっくりした…」
「ふふ、慣れないうちは火力制御も難しいからな。とは言っても初めてにしては的に命中させただけ合格点だよ」
 いいか?と聞かれたのでヒートトリガーを戻して頷くと、そっと頭を撫でられた。

「…よし、火力制御コントロールやエイム調整には少しずつ慣れていくとして今日は10メートル先の的に100発、私が開けた程度の穴を開けられるように挑戦するぞ!」
「はい!」




 あれから3年後の217年、中級訓練が一通り終わったらしく、実力測定の試験をされることになった。
 習得度チェックらしいが、シャイナさんも喜んでくれるしいい成績出さなきゃな…!

・次の単語の意味を答えよ
 
 KCN…シアン化カリウム
 CQC…近接格闘術
 XYZ…もう後がない
 RPM…発射速度
 MIA…戦闘中行方不明
 AXIA…大切なもの
 発火炎…マズルフラッシュ
 閃光魔術…シャイニングウィザード
 神聖衣…ゴッドクロス
 波紋疾走…オーバードライブ
 転生炎獣…サラマングレイト
 自在戦闘走行機…アルプトラオムフランメ

 なんか部屋の漫画に書いてあった文字列もいくつかあるんだが、サービス問題のつもりなのか、それとも色々見識を深めているかのテストなのか…

・通常攻撃や技でも十分戦えるポケモンが何故武器を使用するのか、その理由を3つ以上答えよ
 技のPP節約、直接接触が危険な敵との戦闘を想定、技や通常攻撃ではカバーしきれない技や距離を補うため、フェアリータイプに金属武器の攻撃が有効打となるケースが多いため

・ジョーカー抜きのトランプとタロットカードの小アルカナ、どちらが何枚多いか答えよ
 小アルカナが4枚多い

・ゼルネアスを一箇所攻撃してパワーダウンを狙う場合、どこを狙うのが一番効果的か答えよ
 頭部の角

・ヒートトリガーは通常の銃火器と比較して弾丸に火薬を使用しないことが大きな特徴ですが、それによって得られるメリットを三つ答えよ
 火薬反応が出ないため証拠が残らない、威力をその都度調整できる、敵に奪われてもいきなり発砲されて被弾するリスクが少ない

・3匹がそれぞれ見た目が同じものを同じ場所に入れていたとする。3匹同時に取り出した時、3匹中2匹が自分のものを手にすることができる確率は何%か答えよ
 0%、3匹中2匹が自分のものを手にしたなら残り1匹も自分のものを手にしている

・あなたは100円玉と50円玉2枚を持って買い物に行きました、120円の商品を買った時、お釣りは何円か答えよ
 30円、50円玉は1枚で支払いが可能

・あなたが夕飯に食べたいメニューを答えよ
(回答必須、私も毎晩の献立作りに悩んでいるのでたまにはあなたのリクエストを聞くことにします。応えられない場合もありますがその場合は悪しからず)
 辛い麺類、プレーンクッキー

 一部不安だけどこれで行くか…

「学術試験は全問正解の合格だ、よく頑張ったね!」
「ありがとう、ございます。でもれんりつほーてーしき、とかってやつは解かないまんまで大丈夫?」
「…世の中であんなの使わないから大丈夫!というか私も全然解けない!」
 滅茶苦茶得意げに言われたけど大丈夫なのか…?

「学術試験は終わったから次は射撃試験だ。多数の動く的の中から指示通りに適切な火力で打ち抜け、ランダムに飛んでくる射撃に当たるんじゃないよ!」
「了解!」
「まずは黄の1!」
 真横から飛んできた弾丸を躱しながら黄の的に狙いを絞り火力を調整しながら発射する。
 至近距離的も初めての時とは違って正確かつ一番効果的な威力の時の弾痕ができている。
 敵弾に警戒しながら弾を再装填して次の指示に注意する。
 構造上一発ごとに再装填必須なのは考えものだが、これも練習だと思えば贅沢は言えない。
「次青の2、赤の3!」
 訓練以上の事態を試験で来るってことか…!
 弾丸をかわしつつ、少し遠くにある青の2を狙い撃ち、ゆっくりと動き回る赤の3の動きを確認しながら再装填。適切な間合いを調整して撃ち抜いた。
「紫の4、橙の5、緑の6!」
 今度は三つ一気かよ、だが面白くなってきやがった…!
 状況を把握しながら紫の4に命中させつつ、やけに激しくなってきた攻撃を防ぎながらヒートトリガーに再装填していく。
 残弾は今装填したのを含めて2発、だがここに来て5と6が近いのが気になる。ここは敵弾を活かして節約するか…!
 敵弾の位置を調整、規則的な弾丸のテンポを音楽のイメージで読みながらタイミングを合わせて俺もヒートトリガーを発砲する。
 俺の弾丸が敵の弾丸と空中で衝突して軌道が変化、俺の弾が5、敵の弾が6に命中した。
「いいぞ、ラストは茶の7、黒の8、黄帯に白の9だ、一気に狙い撃て!」

 …流石に指示が変だ、渡された弾を一発節約しても残り三発なのは滅茶苦茶すぎる。しかもゆっくりと不規則な動きを至近距離で繰り返す7に、高速で旋回する8、挙句に9なんて色も数字も存在しない。
 ここに来て変な試験かよ…
 焦る気持ちを落ち着けるように小刻みな深呼吸をしつつ最後の弾丸を再装填する。
 狙撃において大事なのは冷静な精神力と集中力だったな。待てよ、狙撃…?
 そういえば周囲の風が強くなっているのに対して敵弾が止まっている。
 そうか、だったら可能性は見えた…!
 不規則な7と素早い8の重なる瞬間、きっとその先に9だってあるはずだ…
 火力を最大までチャージするように集中しながら構えていると8が裏返えるような機動を見せて、その反対側に黄と白の地に9が見えた、そういうことか…!
「ナバール、目標を狙い撃つ!」
 生物のような機動の7が8と重なる瞬間、7さえ狙えば8と9は連鎖的に撃ち抜ける!
 7の動きが8のタイミングと重なる瞬間に最大火力で発射、7の中心を貫き、8と9を同時に撃ち抜いた。

 思わず勝鬨の咆哮を上げたくなった時、空を裂くような殺気を感じて電撃から飛びのいた。
 サンダース、バリヤード、それにウーラオスか…?
 一体どこから来たかは知らないが、全員俺を敵視してるらしい。
「コレクションにしてあげるよ!」
「お命頂戴致す!」
 バリアを切断攻撃として飛ばして来たのを躱しつつ、水流の連撃にはバリアを逆に利用して防ぐ。
「あたたたたたたたた」
「めるのは俺の役割なんだよ!」
 連撃を躱しつつ、捻りながらジャンプして首筋の急所を斬り付ける。
「しめさばぁっ!」
 変な断末魔と共に連撃が一撃で倒れた。あと二匹。

「君などアチャモの首を捻るように一瞬さ」
「君の戦力は数値化してもスマイル同然だね!」
 白いスーツを着た黒縁メガネのサンダースと赤いアフロにハンバーガー4個分はありそうな靴のバリヤードに同時に襲われる。
 因縁のライバルにすら見える仲の悪そうな二匹だが、どちらかの隙を狙ってもお互いの隙を補い合うゆな絶妙のコンビネーションで逆に俺の隙を突かれる。
 なかなかの強敵だが、サンダースのカバー速度に若干の隙があった…!
 バリヤードのバリアを横向きに発生させるように誘導をかけて駆け上がって空中でムーンサルト、サンダースの背中の急所に爪を突き刺した。
「くりすぴぃっ!」
 こいつも変な断末魔を上げたがあと一匹…!
 サンダースから飛び上がって空中戦をすると見せかけて斜め上に作ったバリアを嘲笑いながら股下を滑りぬけ、背中の急所めがけて炎の誓いを放った。
「ぐりどるっ…!」
 これで、全部倒した…


「お疲れ様、戦闘試験も射撃試験も合格だ、おめでとう!」
 いつの間にかシャイナさんに抱きしめられていた。
「戦闘試験?じゃあさっきの敵って…」
「射撃試験の的含めて全部私のイリュージョン、ちょっとはリアルだったでしょ?」
「確かに本気で焦ったから…」
「まぁ、戦闘において大事なのは程よい緊張感だからな。いい経験だと思うよ」
 なんか俺以上にテンション高くなったシャイナさんに撫でられながら、俺自身の実力が付いたことを静かに認識した。
 グレース、俺もちょっとは成長できたんだよ…!

「さてと、今日は美味しい辛い麺類たっぷり食べよっか!クッキーも一応買って来るから…」
 俺も辛いのは好きなんだけど、シャイナさんはかなりの麺類好きらしい。
 今夜は俺もしっかり食べよっと…!


TURN10.60 助けてニャヒート!


「ヤバいな…」
 路地裏に一旦隠れてやり過ごすことはできたがまだ撒くにはきつそうだ。
 今回シャイナさんに指定されたターゲットだから逃げるわけにはいかないし、真正面から戦いに行くには取り巻きの数が多い。一体どう戦うか…
 それとヤバい不安材料がもう一つ、滅茶苦茶おしっこしたい…
 ターゲットを見つけて慌てて追いかけようとして、半分以上残ってたスポドリを一気に飲んだのがまずかったかもしれない。
 このまま我慢し続けて追跡するのは無理だし今更コンビニへ戻ってると見失うし、その辺はオレンの実の段ボール箱転がってるぐらいだしこの辺でしちゃうか…


 グレーチングに水音が響く。
 それこそ訓練を始める前なんかはたまに外でもしてたけど、我慢に我慢を重ねた解放感と、外のこの辺りが俺の縄張りになったかのような征服感がたまらない。
 しばらく出てるけど、気持ちいい…

 すっきりした解放感に浸りつつも、周囲の音に耳を澄ませる。ターゲットのたまり場はそう遠くない位置にあるらしい…
「あのぉ…」
「⁉」
 突然誰かに話しかけられた?周囲にポケモンいないのにいったい誰が?
「ここです、ここに…」
 足元の段ボールから声がした。しかもちょっと動いてる…?
「ミミッキュのリージョンフォルム?」
「違いますよぉ、一応フクスローって種族名あります…」
 ちょっと縁の濡れたオレンの実の段ボールを被っていたフクスローがぬるりと段ボール箱から出てきた…

「あなたにお願いしたいことがあって…」
「先に俺の質問に答えろ、いつからそこにいた?」
「僕ですか?えっと、あなたがここに来る10分前から…」
「…じゃあ、見たのか?」
「…うん、気持ちよさそうにしてましたね」
「ガン見してんじゃねーか⁉」
 こいつ、オレンの実の段ボール被ってるのってそういう理由で…
「推定名称オレン君、お前を殺す」
「殺さないで⁉後ろ向いたり離れようとして変に動いたら、君が怖くなって我慢してるのにおしっこできなかったら可哀想だから…」
 なるほど、俺に気を使ったのか…
「それなら情状酌量の余地はあるか、だが記憶すれば殺す」
「はい、墓まで持っていきます…」
「…それで、俺に頼みたいことって何だ?聞くだけ聞いてやるよ」

「…単刀直入に言います。僕を助けてください、ニャヒートさん!」


「…まどろっこしいよりいいけどあまりに単刀直入すぎる。もうちょい情報をくれ、オレン君」
「…そうですね、じゃあ三行で話します」
・この辺で幅を利かせているシャンエル(種族はフレフワン)に高額カードを奪われた
・取り返そうとしたけどナードな僕では真正面から戦っても勝てなかった
・さっきオトナに絡まれても余裕で返り討ちにして身ぐるみ剝いでた君に助けてほしい

「どう、ですか…?」
「…大体わかった、要は俺にそいつを倒してカードを取り返してくれと」
「それで合ってます…!」
 シャンエルとかいう奴はシャイナさんの指示にあった奴で間違いない。
 そもそも今回町に出てきた理由もシャイナさんからの特別訓練で、「リストに載っているポケモンを殺せ」という実践的な内容になっていた。
 今更誰かを殺すことに抵抗もないし、シャイナさん曰く所属組織に敵対する危険分子の御曹司とのことで殺す価値は十分にあるが、まさか倒すことを依頼される羽目になるなんて考えもしなかった。
 真正面からタイマンなら楽だが取り巻きが多いのも考えものだし、あまりこういうのを頼まれてボランティアでするってのも如何せん気乗りしないし…
 そうだ、ボランティア回避と敵戦力への対抗策も一手で解決する方法が目の前にあるな…!

「…そいつを倒してカードを取り返すのは構わないが、タダで引き受けるほど楽な作業じゃない。ちょっとささやかな報酬を二つもらおうか」
「二つって、お金とそのカードを…?」
「カードはお前の宝物なんだし大事にしろ、金はいらないし一つはシャンエルでいい。そいつは俺の獲物としてどう倒すかは全て俺に委ねて一切干渉しない、それでいいな?」
「それは全然構わないけど、もう一つは…?」
 不安そうなオレン君の顔を覗き込み、わざとらしくにっこりと微笑んで言った。
「ちょっと戦力が欲しくてな、カードを取り返すまでお前も俺と一緒に戦ってくれ」


「アイエエエ⁉」
 目が文字通り丸くなってる。そこまで驚くことじゃないだろ…
「お前も攻撃技ぐらいはあるだろ、だったら戦力になるだろ」
「そんな、僕が真正面から挑んでも勝てなかった相手に立ち向かったところで戦力にもなれませんって!」
「…そこなんだよな、参考までにお前の技構成どうなってる?」
「えっと、はっぱカッター、エアカッター、なきごえ、草の誓いで…」
「やっぱり、種族のイメージから想像はしてたけどお前真正面から戦うと弱いだろ?」
「確かにそうだけど、それをどうして…?」
「技構成に接触技がないどころか少し距離を取って戦うのに向いてる中遠距離攻撃ばかりだ。そりゃ真正面から挑めば懐に潜られて負けるのは目に見える」
 だからこそシャイナさんは遠距離攻撃の手段が少ない俺にヒートトリガーの射撃訓練をしたんだろう。説明してみると理論がよく分かってきたな…
「じゃあ僕はどうやって戦えば…」
「簡単な話だ。要は後方から援護射撃して敵を牽制したり削ってくれればそれでいい。射撃技なら3つもあるから行けるだろ?あと鳴き声は近距離技入れとけよ…」
「うん、それならできそうだけど、学校のバトルの授業じゃ真正面から戦わないのは卑怯だって…」
 学校のシステムはよく分からないけど、シャイナさんの戦術に比べたら絶対弱くされるポケモンが少なくないことぐらいは想像できる。
「今から俺たちが挑むのは学校の授業じゃなくて殺し合いだ、そこに卑怯なんて存在しない。得意な戦法が使えるならそれを迷わず使え、正々堂々なんて綺麗事に囚われて敵に殺されるぐらいなら卑怯の限りを尽くして勝利する奴の方が正しいに決まっている、何故ならば勝利という結果こそが全てにおいて優先されるからだ!」

 なんか丸くなったままの目が輝いている。
「すごいよ、君の考え方は学校の思想統制よりも正しいよ…!」
 …学校って洗脳所だったのか、今度グレース助けに行くのも手だな。
「…そうか、というか勝手に推定名称オレン君で呼んでたけど本名何なんだ?」
「えっと、僕の名前はシャルフって言います。まぁオレンは本当にナード扱いの蔑称ですけど…」
「…いい名前だな、名前二つ持ってるのもかっこいいと思うけどな」
 なんとなく呟いて、周辺の音に耳を澄ませる。大丈夫、敵はまだ動いていない。
「そう、かな。なんか二つとも褒めてくれたのは君が初めてだから分かんないや…」
 泣きながら君の名前なんだっけとか聞いてきた、そんなに泣くほどのことか…?
「…ルトガー、それが俺の名前だ」
「そっか、君も格好いい名前してるね。騎獣クルセイダーの主役できそうなぐらい…」
「…そうか、それより狙撃手の名を冠するならできるよな?」
「……できるって、何を?」
「お前の苦手な前衛は俺が引き受ける、シャルフは得意の射撃で俺を後方支援しろ。できるな?」
「……イエス、ユア・マジェスティ!」
 泣き濡れた目は鋭い光を取り戻していた。


「ぬわあああああん疲れたもおおおおおん」
「そりゃナードなオレンからカツアゲした帰りにサツに嗅ぎつけられて撒くの大変だったからな…」
「シャンエルさん夜中腹減んないすか?」
「確かに腹減ったなぁ」
「ですよねぇ」
「うーん」
「この辺にうまいホウエンラーメン屋の屋台来てるらしいっすよ、行きませんか?」
「ホウエンラーメン、固め濃いめ多めで食いたいな…」
「じゃあ今夜行きましょう!」


「敵はシャンエル含めて4匹、取り巻き全部グランブルとかあいつボンボンの癖に友達付き合い下手なのか…?」
「うわぁ、香りで誤魔化せない程薄汚れた野獣共と汚い突き合いしてるのが目に見えるよ…」
「?」
「…いや、今流行りのネットミーム並みに汚いなって」
「心配しなくても5分以内に汚物は消毒してやるよ」


「おいワレラー!お前さっき俺が体拭いてた時チラチラ見てただろ」
「いや、見てないですよ」
「嘘つけ絶対見てたぞ、なぁガチー、ホモダー?」
「シャンエルさんが言うなら見てたんだろ!」
「そうだよ」
「いや、本当に見てないから…」
「見たか見てないかで揉めるぐらいなら今後見れない状態になれば揉める必要もない」
「おっ、それいいな!って誰だお前?」
「…この状況なら裁判官兼執行官ってとこかな!」
 ワレラーとか言われたグランブルの困惑する両目に右の爪を突き刺しながら支点にして体を回転、シャンエルの方に飛翔しながら横をすり抜けて近くのドラム缶に置いてあったカードをそっと咥える。
「アッー、目が、目がああぁ!」
「シャルフ、受け取れ!」
 数種の間にパニックになった敵戦力を横目にカードをシャルフにパス、回転しながら羽根にしっかりと受け取られる。
「ありがとう!」
「おぉオレンか、あのガキを倒せ!今ならまた雑用係に戻してやる…!」
 両目を潰されパニックになっている面々がいる中でもシャンエルはシャルフに指示を出した。まさかこいつらグルか…?
「…嫌だよ、僕はもうお前らにこびへつらうだけのナードでいるのはごめんだ!」
「何だと?僕のパパが誰か知ってての台詞かオレン?」
「僕はオレンじゃない、シャルフだ!それに僕は僕に出来ることとそれを信じてくれる救世主を見つけたんだ、お前らみたいなガチホモに振るぼんじりなんてない!」
 事情はよく知らないがシャンエルの驚き様からして、相当覚悟ある言動なんだろう。
「シャルフ、そこまでできたらナード卒業だな!仕上げに散々可愛がってくれたカマホモピンク野郎共に餞別ぶち込んでやれ!」
「分かった、くらえ!」
 目を潰してない方のグランブルが一匹正気に戻って俺を狙って来たがこれどっちだ…?
 名前聞いても同種族じゃあ見分け付かねぇ…

 渾身の草の誓いが放たれる音がしたが音からして手応えはなかったらしい!
「所詮ナードではその程度か、きっちり再教育してやれ!ガチー!ホモダー!」
 俺との交戦中だった方も失明してもがいてる方を看病してた方も両方シャルフの方に向かった。
 結局どっちがどっちだ…?
「…僕は負けない!お前らに殺されても心だけは…!」
 1対3の劣勢で必死に叫ぶ声に俺の心も冷静さを取り戻す。草の誓いは外れたが、待てよ…?
「シャルフ、お前の見せたその勇気、無駄じゃなかったぜ!」
 ふり絞ったひとかけらの勇気に応えるように、そっと炎の誓いを足元に放った。



「何だ⁉周囲が突然火の海に⁉」
「誓い技ってのは二種類を組み合わせた時にを真価を発揮する技。草と炎で組み合わせると、フィールドは火の海と化す!」
 エアカッターと挟み撃ちの形になるようにニトロチャージを合わせて目の潰れていないグランブルを一匹倒す。
「クソっ、あのニャヒートを殺せ!シャルフを殺してでもいい!」
「おっと、下手に動けばそこのグランブル同様に焼け死ぬだけだぜ!」
 炎の中でダメージを受けずに自由に動けるのは俺だけ、そしてシャルフは炎や敵の射程外から一方的に攻撃可能。
 火の海のフィールドが完成した時点でほぼ勝負は決まっているが気は抜かない。
 火の海から出ようとした最後のグランブルははっぱカッターで首筋を切られて背後から鉄骨をへし折る一撃でで骨ごと砕き折る。
 目を潰したのも潰されてないのも火の海の中で踊るように悶えながら焼け死んでいるのを確認、あとはシャンエルだけ…!
「シャルフ、約束通りこいつは俺がもらう!」
 炎の中で螺旋を描くように接近しながらサイコキネシスを躱す。
「よくも、この放火魔め…!」
「多少腕は立つようだが、焼け死ぬ前に殺してやるよ」
「こうなったら、パパに買ってもらったテラスタルオーブで…!」
 同時に切り札を空に放り投げた、勝負は一瞬…!
「こちらシャルフ、目標を狙い撃つ!」
 背後からのはっぱカッターがテラスタルオーブを発動前に弾き飛ばした、ナイス…!
 ヒートトリガーを咥えてオーブを追いかけようとしたシャンエルの眉間に銃口を突きつけ、最適火力で発射した。

「シャイナさんの指令、達成完了…」



「ありがとう、これ良かったら一緒に食べよ?」
「カツサンドって言うのか、結構美味いな…」
 シャイナさんに指令達成と後始末の依頼をして諸々片づけた後、近くのコンビニで一息つく。
 お礼にカツサンドとかいう美味しいのを半分分けてもらってコーラを流し込む。
「悪いが俺はそろそろ行く」
「そうなの?もし良かったら連絡先とか交換しない?」
「…ごめん、気持ちだけ貰っとく。俺は風来坊みたいな身だから…」
 住所は俺もよく知らないし、少なくとも知ってても教えられない。
「そっか、君の強さを見たら訳ありでもおかしくないからね。深くは追及しないよ」
 納得してくれて助かったと内心安堵していると、シャルフは羽根の中に隠していたカードを取り出す。
「これ、良かったらお礼に受け取って…」
「イベルタルGX、これさっき言ってた高額カードなのにいいのか?」
「家にもう1枚あるから、折角なら友達の証にでも…」
「…ありがたく受け取っとく、頑張れよ、未来の狙撃手!」

 振り返ることなく走り出し、一周して尾行の確認をした後シャイナさんと合流した。


「よく頑張ったな。少し派手にやったみたいだがあれなら合格だよ、次はなるべく証拠を残さないようにやってみろ」
「はい!」
 今日はもう休めの声で部屋には俺だけの時間が来た。
 さっきまでの瞬間はグレースといた時とはまた違った煌めきを感じさせる。
「…」
 貰ったイベルタルGXはグレースとの写真と一緒に漫画の単行本に挟んでおいた。
 またいつか、会えるといいな…


TURN10.80 わが愛おしき悪の翼


「ナバール、そろそろ上級訓練に移行しよう」
 暗殺訓練を無事に終わらせてから一週間後、夕食の具沢山豆乳スープを飲んでいたシャイナさんがふと呟いた。
「上級訓練、ですか?」
「あぁ。この前の暗殺訓練も全く問題はなかったし、そろそろ私の仕事に関する知識を教えてやるには十分だろう。今のお前のレベルはどうなっている?」
「確か33でそろそろ34…」
「ちゃんと毎日鍛えてる証拠だな、開始は明日になるが今夜は準備の都合もあるので部屋で待っていてくれ」

 そう言われて現在ベッドの上で待機中。
 準備の都合、って一体何なんだろう…?


 静かにドアが開いてふわりといい香りがする。
「ナバール、これから特別な訓練をしようか…」
「シャイナ、さん…?」
「そう怖がらないで、大丈夫、しっかりリードしてあげるから…」
 ベッドの上に座り込んだシャイナさんからは普段感じる厳しさのようなものが消えてしまっていた。
「これから男の子の身体について、それと雌の身体の気持ち良さについて教えてあげるから…」
 優しく甘い吐息が俺の口ゼロ距離で吹き込まれていく…



 この一晩の特別訓練を経て、俺はガオガエンへの進化を遂げた。
 特別訓練は2回、進化前後で跨ぐ形にはなったけど思い出すだけでもちょっと照れくさいので、詳細については想像に任せる。
 もし入賞でもしようものならその時は俺も雄だ、覚悟決めて話すけど…



 起き上がると見慣れた天井が近くなっているのを見て昨夜の事実を再認識する。
 二足になっても案外動けるもので、ニャヒートの頃から疑似二足できてた恩恵はこんなところであったのかもしれない。
 ベッドから起き上がって体の状態を改めて確認する。
 視界が一晩で1メートル上がったことによる違和感はそこそこあるけど、それ以外は思いのほか影響なし。
 ポージングだって思いのままにできる。天破の構えもアテナエクスクラメーションも、ギャングスターに憧れるポージングも、初代騎獣クルセイダーの変身ポーズだって…
「進化した体にはそろそろ慣れたか?」
 心なしか毛並みが綺麗になってるシャイナさんに言われて慌てて体勢を戻す。
「思いのほかしっくり来たよ、なんか不思議なぐらい…」
「なら良かった、朝食を食べて体の動かし方だけ確認したら少しでかけるぞ」
「了解!」
 普段なら颯爽と行ってしまうシャイナさんが今日はまだ俺の部屋にいる。何かあったのか…?
「それと昨日は少々強引ですまなかった、もし気にするならあれは訓練と捉えて純潔はお前を愛してくれる雌のために置いても構わないからな…」
「…いえ、特別訓練ありがとうございました………」
 なんか頬を染めている。さらにシャイナさんの言動が分からなくなる…
「そうだ、立っておしっこできるか練習してみるといい、失敗しても掃除はするし何だったら特別訓練だって…」
「…そこはわざわざ触れなくていいから!」
 気恥ずかしくて叫んだが直後に不安になって、必要なら俺から頼みますとは付け足しておいた。

 …朝食前に試してみたけど特に問題はなかった。



「近くにあったビルにこんな地下施設があったなんて…」
「そりゃ表向きに見える必要がないからな…」
 近くの高級テナントビルに連れられて、防火扉の奥に合った隠し階段から下に降りていく。
「これから会う方は私の師も同然の方だ。上級訓練では色々お世話になることも多いだろうから粗相のないようにな」
「り、了解!」
 シャイナさんの師匠、いったいどんなポケモンなんだろう…?

「組長、新星をお連れしました」
 畳敷の座敷に連れられてみると、両側には悪タイプのポケモンがずらりと並び、上座には簾で隠されたポケモンが座っている。
「さぁ、組長に挨拶するんだ」
 シャイナさんは後ろで止まってそっと俺の背中を押す、どうやら俺一匹で会えということらしい。
 懐疑の目線でできた見えないバリケードを通り抜けて簾の前に正座する。
「初めまして組長様、ナバールと申します」
 座敷の空気が突然凍り付いた。
「ナバールだと⁉」
 俺のコードネームに驚く周囲の中でゆっくりと簾が上がり、初老に見えるサザンドラが姿を現した。
「ナバールとか言ったな、お主に問おう。何時にとっての悪とは何だ?」
「誇りの肩書き。それぞれの正義が交錯する時代に敢えて悪の名を冠して目の前の敵を打ち倒し守るべきものを守り抜く、それが俺の憧れであり目指すべき誇りの肩書きである悪です」
「………お主、歳はいくつだ?」
「今年で、十五になります」
「そうか、十五年前の種も再び実を結びこの世界に戻ってきたのか…」
 静寂の中でどこかサザンドラの声が明るくなったのを感じた。

「ナバールよ、我が名は新生月下団玉桂組が組長、名をサントロンと言う。お前は気軽にナタクと呼んで構わない」
「ありがとうございます、ナタクさん」
「皆の者よく聞け!この少年は偽りなき未来の英雄、ナバールの名をコードネームにしている理由も得心がいった。彼を玉桂組の若頭として迎え入れる!素性と実力は保証しよう」
 驚愕の静寂の後、座敷は拍手に包まれた。
 全体像は掴めていないが月下団に関わりがあるだけのことはあって、相当大きな組織らしい。
「シャイナよ、ナバールの上級訓練は入念に頼むぞ。戦闘訓練については直々に戦いというものを教えてやろう」
「はい、ありがとうございます!」
 シャイナさんの師匠ということもあって、敬語で答えてるな…
「ナバールよ、身の上の話は理解している。ナバールを育てた身として全てを教えてやるつもりだが、怖がらせることはないようにするから安心せぃ」
「は、はい、ありがとうございます…」
「よし、いい目だ…」
 少しだけ俺に微笑んでみせたナタクさんは簾を降ろして戻って行った。

 玉桂組若頭に組長直々の戦闘指導、先は読めなくなる一方だけど俺は強くなって見せる…!



 あれから三年近く経ち、上級訓練も昨日ついにすべてが終わった。
 特殊ナイフヒートジョーカーを用いた戦闘訓練やアルプトラオムフランメの紅蓮錦を用いた機動戦訓練、ナタクさん直伝の戦略や戦術を理解した上での個人戦や指揮戦訓練、その他指を使えるようになったことによる潜入用技術の訓練…
「いいか、戦略において最も最強とされるのが足場崩しだ。フィールド効果を最も有効活用するのがフィールド全体への攻撃であり、地面の敵を一掃した後は航空戦力を薙ぎ払うだけで倒せるからな」
「ナタクさん、フィールド効果の火の海とかは…?」
「…それも足場崩しの一種と言えるな。フィールド効果で自分側を有利に進めることのできる戦略は全て足場崩しと考えて良いだろう。炎の誓いを基準に考えるなら草の誓いで火の海、水の誓いと合わせれば追加効果発動率倍化の虹だからな…」
 こんな話をしながらも確かに実力は付いてきていた。
 俺が覚えている技も4つから2乗の16になり、単純計算で4匹分の手数を持つことができるようになった。
 肉弾戦用の技を「近接格闘術」で総称することで技のスペースを削減できたのが大きかったのだが、俺的には思い出のある炎の誓いを忘れずに済んだのが大きい…
 伸び悩んでいた耐久力も平均個体程度には成長して、長期戦は苦手なまでもちょっとした被弾でも影響を受けない継戦能力は確保できるようになった。
 そして少し高い物理火力に加えて、速度が同族と比較して倍速というシャイナさんも首をかしげる突然変異に近い速さを獲得した。
 これについては体力維持の観点や、単純な火力や速さだけで押し切るには心許ないため、普段は60程度に抑えつつ攻撃の瞬間的な加速や緊急回避などの切り札として120の本来の速さを開放するスタイルを調整済み。
 押し切れなくても遅れを取らないことが戦闘においては大事であり、多彩な技や急所率を活かすスタイルにはこれが丁度いいらしい…

 そんな感じの講義的な側面を持った上級訓練も終わり、今日は俺自身で日課のトレーニングメニューをこなしていく。
 今までトレーニングも付きっきりだっただけに俺だけでも問題ないにせよなんか新鮮…
 トレーニングを終えて自室に戻った後、密かな楽しみだった本棚の漫画を読み進める。
 終わりのないのが『終わり』、なんか深いな…
 鎮魂歌の余韻に浸りながら単行本を本棚に戻そうとした時、背表紙とカバーの間から写真が一枚床に滑り落ちた。
 若いガオガエンとゾロアークのツーショット写真、シャイナさんは間違いないとして、鏡に写った俺にもどこか似てる気はするけどこんな写真撮った覚えがない。
「裏になんか書いてる、【AW201.12/24.ナバールと自室で マリン】…」
 マリン、シャイナさんの本名か何かだろうか?
 ナバールといい月下団といい点と点が繋がりそうな感覚はある、写真を渡すついでにシャイナさんに聞いてみるか…


「そうか、写真は漫画に挟んで…」
 写真を渡すとシャイナさんは懐かしそうな表情でそっと裏面を撫でていた。
「ナバール、これからの動きを説明する中でお前に写真のことを話しておく。」
 写真を写真立てに飾った後で、シャイナさんは俺に大きめの携帯電話を渡した。
 画面を開くと、7月26日12時34分の表記と共にユーザーズガイドを兼ねた壁紙が開かれる。
「アンブレオン社製の携帯電話?スマホよりは機能性高いみたいだけど…」
「UBサーチャーやジャミングモードに紅蓮錦の遠隔操作機能、その他諸々付いてるからな」
「まるで騎獣クルセイダーのツールだな。ってことはもしかしてニッチな…⁉」
「残念ながら変身機能はない、返信機能はあるから元気出して…」

「もとい、明日からナバールにはこの世界を守るためにUBと戦って奴らを倒してもらう」
「…了解」
「…いきなり言われても困惑するのも無理はない。経緯を簡単に話すと、大体予想は付いてるだろうが私の本名はマリンであり、かつてナバール率いる月下団でUBから世界を守り抜くために戦った…」
 色々興味深いエピソードを話してくれたが、ラストに要点だけ再度話してくれたので書いてみると、
・黒幕であるゼルネアスの死後、月下団は解散したが202年のタマムシシティの件でUBがこの世界に再度出現を確認
・ナバールが命と引き換えに撃退するも、未知のUBやさらなる危険の予兆を感じ、かつての月下団メンバーが再集結して情報収集や戦力の拡充を行う
・その中で偶然育成プログラムに適合する資質を持っていた俺を発見、対UBの戦闘要員として育成する

「なるほど、それで俺を育ててくれたのか…」
「それもあるが、何より私がかつて我が子と生き別れになってしまった後悔からお前を見捨てられなかったのかもしれない、もし生きていればお前と同じぐらいの年だっただろうという思いで決めてしまったが、10年間私の我儘に付き合わせてしまったことを許してくれ、ナバール…」
 今まででも一番悲しそうな声で謝られた、家族ってそんなにいいものなのか…?
「少なくとも俺はあの時シャイナさんに拾ってもらえたからこうして生きてられるんだ、むしろ見ず知らずの俺をここまで育ててくれてありがとう…」
「ナバール…」
「それに、シャイナさんの子ならきっと強いゾロアークになってるだろうからもしかしたらどこかで出会えるかもしれないって…!」
 タマゴからは基本雌の種族が孵るって聞いたし、この場合はぞロアかゾロアークのはずだ…!

「…今夜は例の座敷でお前の門出を祝う宴の席が開かれる予定だ、よく楽しむといい」
 シャイナさんはよく分からないテンションで出ていった、一体何があったんだろう…?



「これより我が玉桂組の若頭、ナバールの門出を祝って、乾杯!」
「「「「「「「「「「「「「「「乾杯!!」」」」」」」」」」」」」」」
 一番下座でありながら若頭待遇というのも少しくすぐったさは感じるが、三年前とは違ってみんなが俺を拒まないどころか暖かく迎え入れてくれる。
 今までこんな場所はどこにもなかった。そうか、ここが俺の居場所なんだ…!
 丁度俺の盃にも酒を注がれた。これを飲めば俺も正式に…!
「アアアアアアアアゴミカスゥー!!シネェェェェェッー!!」
「⁉」
 咄嗟に畳を返して壁を作ったが、突然の爆音で座敷の扉が吹き飛んだ⁉
「コマクブチヤブレロォーーーーッ!!」
 乱入して来た罵声の主は、ニンフィアだと…⁉
 状況が呑み込めないが、攻撃仕掛けて来たってことは、少なくとも俺の敵だ…!
「お前なぁ、ちょっと下品なんだよ!」
 手に持っていた盃をフリスビーの要領で投擲、高速回転しながら喚き散らす音源の首を斬り飛ばして床に転がった。

 盃とニンフィアの頭を拾い上げてみたが、まだ外から敵の気配というか殺気がする。遠距離範囲攻撃が飛んでくる気配は今のところないが…
「気を付けろ、こいつ以外にも敵がいるぞ…!」
 今の襲撃で犠牲者も数名出ている。一体どこのどいつだ…?
「若頭として命じる、総員直ちに退避!戦闘態勢に入りつつ傷病者やナタクさんの護衛に回れ!」
 俺の背後に組員を回すような陣形を取りつつ敵の情報収集を開始する。
 敵の情報は死体になったニンフィアのみ、普通に考えればこれは陽動用の自爆特攻だろうが、自爆じゃなくてスキンハイボだったあたり前衛で殲滅させるのが目的だったか…?
 頭が混乱する。掴んでいた頭部から流れている血を盃に注いで一気に飲み干してようやく冷静さが戻った気がする。こういう時吸血ってドレイン技は乱戦向きで扱いやすい。

 殺気に集中して気を配っていると、蹴破られた扉からパステルカラーなポケモンがぞろぞろと入ってきた。何だこいつら…
「よく聞け劣等種よ!」
 街中で幸せか聞いて来そうなサーナイトが偉そうなこと言い出したな…
「我らは秘密組織テスティモーネ・ファータの副長スタント、カイナシティに本拠地を構える救済組織である!」
 名前聞いたこともないが、フェアリー統一の武装集団ってとこか…?
「ゼルネアス様を信じない月下団のなれの果てを今日は洗礼しに来てやったはずだが、宣教師はどこに行った…?」
 要はこいつらが強襲かけてきやがったってことかよ…!

「…あぁ、なるほど。目覚まし時計が鳴りやまなくて困ることってよくあるよな」
 怒りを必死に抑えながらニンフィアの頭部を蹴り飛ばして奴らの足元に転がす。
「やかましさにお困りだったようなので回路切って止めといたぜ。でもこういうのは今度から時計屋にでも持って行くんだな」
「馬鹿な、組織一の宣教師をここまで残虐に殺すなんて…」
 今更驚かれても、声しない時点で普通気づくだろ…

「もはや手段は選ばない、皆の者、どんな手を使っても断罪してやれ!」
「その一言が聞きたかったぜ、【殺してください】の一言をよ!」
 組員に退避指示を出した以上俺にできることは一つだけ、玉桂組のみんなを守るための最善手、敵を殺して殺して殺しまくって全部死体に変えてやる…!


 先陣を切って飛んできたフラージェスを燃える手で掴んで燃やしながら振り回し、数匹まとめて焼き払いながらムーンフォースをとんぼ返りで回避。
 手の中で消し炭になっていたので、雷パンチの要領で炭に帯電させて槍の様に投げつけてトゲキッスを撃ち落とす。
 難易度の違いはあれど、この程度シャイナさんの初級訓練に比べたら訓練にすらならない。
「次死にたい奴前に出ろ!」
 敵は20かそこら、組員と交戦してるのもいるが幸か不幸か互角程度らしい。
「そう遠慮するなっての、早い方があんま苦しまずに楽に逝けるぜ?」
 戦意が薄れつつある敵に挑発しながらホルスターからヒートジョーカーを抜き放つ。
 俺のいる場所を狙ったドレインキッスを瞬間的な加速で躱しつつ、殴りつけたりラリアットをするような感覚で打撃と斬撃を同時に放ってまとめて攻撃していく。
 クチートは背後の口の接合点をヒートジョーカーで溶断してから頭部を兜割りに裂き、マシェードも傘を蹴り上げてバランスを崩した瞬間に顔を突き刺して抉り取る。
「しかし、俺たちのことはどうやってバレた…?」
 どこかで見たようなフレフワンを十字に切り捨てながらそれを蹴ってとんぼ返りで宙を舞い戦局を確認する。
 まさかとは思うが玉桂組の中に裏切り者が…?

「その金目のナイフだけ遺して死んでけやコラァ!」
 なまっちょろいハンマーを目視で躱しつつ、推理を組み立てていく。
 フェアリー統一の組織に内通できる奴がいるとすれば、そいつは間違いなく奴しかいない…!
「金属渡して死にさらせボケがァ!」
 さっさと裏切り者を始末したいが、この金属泥棒サンドイッチのきゅうり並に邪魔くさいな…

「流石に金属には目がないらしいな、レア金属は欲しいかい金属泥棒くん?」
「ほんならさっさと寄越さんかいボケ!」
「まぁ落ち着けって。デカヌチャンなんてゼルネアスに次いで第2位なんだし、同素材のもっと加工しやすいのやるよ?」
「だったらそれも含めて全部寄越して死ねやクソカス!」
「はいはい、今すぐプレゼントするから…」
 フェアリータイプが似合わない言動のアホ面にゆっくりと穴が開き、ねじれるように醜い顔が潰れていく。
「…ただし、【見るだけで殺したくなるフェアリータイプランキング】の第2位って俺言わなかったっけ?」
 ヒートトリガーもガオガエンに進化してからは装弾数も6発のリボルバーに強化されている。
 それも一番痛みに苦しむ火力で撃ち込んでやった、ざまぁないぜ…!


 ハンマーの柄を切り取って射殺したばかりの死体を突き刺して即席の棍棒に作り変える。
「そういや棍棒型の武器もハンマーって言うけどお前何か違いとか知ってるか?」
 折角ハンマーにしてあげたのに返事もない。やっぱこいつら最低な種族だ。
 押されている組員と戦闘中のエルフーンを背後から身代わりを気にせず薙ぐように殴り飛ばし、上空をややパニック状態で飛び回るクレッフィはジャンプして叩き落す。
 いつの間にか棍棒の棘部分が抜け落ちていた。死体すら使えない事実に呆れつつ、柄を投げつけて死体に墓標代わりに突き刺しておく。
「そんな、なんで記録にないようなガオガエン一匹相手に我がテスティモーネ・ファータは手も足も出ないまま…」
 あのスタントってサーナイトはどさくさに紛れて俺を狙ってはきたが正直相手にもならない。
 このまま仕留めてやr…⁉

 突然背後から全身を縛り上げられた。これは、髪か…?
「油断したな若頭、俺のトゥトゥヘァーからは誰も逃れられない!」
「おぉ、参謀長のザスランか…!」
 締め上げられていく首を動かして敵を補足すると、上座近くに座っていたオーロンゲだった。
「裏切り者はいると思ったが、お前が内通者か…」
「当たり前だ、この、馬鹿野郎!」
 髪を束ねて腹部を殴られる。続けてムーンフォースも被弾した。
 ヒートジョーカーもヒートトリガーも手足を縛られて現状使用不可、今は致命傷を裂けてるけどこのままじゃ殺される…!
 ブラフォードもラブデラックスも、対処法はあったけどこの状況じゃ活かせない。
 待てよ、逆に考える方法で行けば…
「そうか、俺の体質そのまま使えば行けるじゃねぇか!」
 フレアドライブの要領で全身に炎を纏い、拘束していた髪を焼き切り、ついでに髪が導火線の役割を果たしてオーロンゲも火だるまに変わった。
「俺もかつては毛玉を火種にした種族、髪を燃やすなんて造作もなかったんだよなぁ!」
「毛焼けるんだッ⁉」
 火種になっているオーロンゲにローリングソバットを決めつつ、サーナイトの胸にヒートトリガーを撃ち込む。
「お前らみたいなのがいるから、イベルタルは今も地獄で泣いているんだ!」
 道連れを狙うような炎の髪をヒートジョーカーで切り裂き、裁断し、オーロンゲをダルマに変えていく。
「あんたみたいな奴は俺が殺してやるんだ、今日ここで!」
 巻きつこうとする髪より早くヒートジョーカーを急所に突き刺した。
 燃える髪は地面に落ちてそのまま焼け焦げていった。

「よもやこれまでか…」
 副長のサーナイトが構えた石をヒートトリガーで手ごと撃ち砕き、ついでに頭部に残弾を全て撃ち込む。
 薬莢をシリンダーから排出して頬の毛に隠した弾薬を再装填して構えた数秒の隙に、メガシンカを阻止されたサーナイトは顔面にシミュラクラ現象が発生するちぐはぐな死体に変わっていった。
「あと数匹、一気に倒しきる…!」
「総員よく聞け!」
 いつの間にかラスターカノンでバリヤードをバリアごと貫いていたナタクさんが叫んだ。
「これが最後の組長命令だ、総員、何としてもナバールをここから生きて逃がせ!」


「待ってよ、こんな劣勢でもないのにいきなりそんな…」
「「「「「「「「「「「「「「「承知!!」」」」」」」」」」」」」」」
 俺の指示よりも優先される組長命令に抗うすべはない。だとしてもどうして急に…

「…敵の増援が近い。このまま全員防戦を続けるよりも、未来あるお前が生き延びてさえいれば世界はまだ戦える」
「そんな…」
 温かくも無情すぎる一言。従うしかないとしても、折角、折角見つけた居場所がなくなっちまうのかよ…!
 それも俺のせいで、みんなが犠牲に…

「行け!外でシャイナがお前の脱出準備を整えている!」
「………了解!」
 全ての思いを振り切るように叫び、ヒートジョーカーを構えながら扉に向かって走った。


 階段を駆け上がると、シャイナさんは紅蓮錦にアタッシュケースを積み込む作業をしていた。
「シャイナさん!」
「話は聞いているだろうがここから逃げろ、紅蓮錦も熱線焼却機構の応急処置は終えているしアタッシュケースにヒートトリガーとヒートジョーカー用のツールも用意してある。そして試験兵装にはなるが、ヒートトリガーと合体させて射撃する決戦兵器のバスターカートリッジも用意してある…」
「何言ってんだよ、シャイナさんも一緒に逃げよう!シャイナさんにだって子供がいるなら、生きて会ってあげなきゃその子が可哀想だろ!」
 思わず胸倉を掴んで叫んでいたが、シャイナさんの子供だって虐待しない優しい実の母親が生きているなら会いたいはずだ…
「…本当に優しい仔に育ったな、できれば戦いに巻き込みたくはなかったが餞別ぐらい渡そう…」
 今にも泣きそうな表情で俺にリストバンドを渡してくる。
 右腕の傷痕の話をしたら考えておくとは言ってたけど、まさかこんなタイミングで渡されるなんて…
「餞別に私の得意技を授ける、よく見ておけ!」
 中腰の構えから全力疾走、そのまま宙返りで体勢を調整し増援らしいグランブルに右足で強烈な跳び蹴りを叩き込んだ。

「これを原型に自分の色で染めてみろ、お前になら使いこなせるはずだ」
「はい!」
 あの跳び蹴りなら俺にも使いこなせそう、頭の中で色々試作しようと考えていると、周囲に殺気が立ち込める。
「とうとう増援襲来か、煮え切らない思いもあるだろうがせめて敵の組織構成のデータは掴んである。首領さえ落とせば…」
 渡されたデータにはフェアリータイプのポケモンの名前がずらりと並んでいた。こいつらを全部倒せば、今ならまだ間に合うかも…!

「ありがとう、だったら俺は全員殺してみんなを救ってみせる…!」
「今は無茶をするな…!」
 背中に感じる熱に呼応するように叫ぶとシャイナさんに制止されたが、この場に姿を現した「それ」を見て言葉が止まった。

「また、俺を助けに来てくれたのか…?」
「……♪」
 あの日のおもちゃの様なイベルタルが、10年ぶりに俺の前に姿を現していた。
「…そうか、ならば敵を殺して突破口を切り開け!」
「…………!」
 イベルタルが飛翔すると共に弾丸状の悪の波導を乱射、テスティモーネ・ファータの構成員を次々に射殺していく。

「背中の跡、そうか、やはりお前と出会えたのは運命だったか…」
 何かを納得した表情でシャイナさんは全身に手榴弾を巻き付けていく。
「ナバール!イベルタルを信じて戦え!その先でまた会おう!」
「シャイナさん!死なないで…!」
 必死の叫びは届かず、構成員や周囲の建物を巻き込んだ大爆発が起こった。


 無心で紅蓮錦をカイナシティに向かって走らせる。
 リストに載っているポケモンは大体目星がついた。
 敵がどれだけいようと、首長が誰でどこにいようが関係ない。
「俺のすべてを奪った連中だ、町中から炙り出してフェアリータイプ皆殺しにしてでも確実に見つけて殺してやる!」





「………助けて」
 寝言にしてはあまり穏やかじゃないのは無意識の危機感なのか、それともただの偶然か。
 そもそもカイナシティに修学旅行とかで来ていたこと自体が出来過ぎた偶然だったのか…
 いずれにせよ十年ぶりの再会は俺だけにせよ、燃え上がり荒れる俺の心に少しだけ冷静さを取り戻してくれた。
「怖いよ………」
 再びの寝言の後、苦しそうな表情が少しほころんで、青い下半身が琥珀色の水流に濡れていく。
 綺麗に進化してもこの辺は変わらないらしい。

 待ってろ、約束通り安全な場所に助け出してやるからな…




 目を開けると知らない天井が広がっていた。
 携帯電話の日付は7月28日の朝。違和感だらけのあれは夢か…?
 漫画こそ綺麗に引っ越しされているが誰もいないアパートの部屋。シャイナさんが手配してくれていた…
「7月27日、俺何してたっけ…?」
 冷蔵庫に入っていたオレンジュースのボトルを乱暴に開けて一気に半分飲み干しテレビを点ける。
 襲撃を受けて先陣を撃退した後、俺だけが脱出する羽目になって、そこから先が思い出せない。
 奇妙な夢もシーツが濡れてないあたり夢とも考えにくくて…
「⁉」

 チャンネルを変えてもどこもカイナシティが壊滅したとのニュースばかりを繰り返している。 
 何も思い出せないが少しだけ嫌な予感がしてアタッシュケースを開くと、バスターカートリッジも一発発射済みになっていて、シャイナさんがくれたリストも乱暴に種族名が爪で丸を付けてある。
 血の気が失せるような倦怠感に耐え切れず、飲んだばかりのオレンジュースを流しに吐き戻してしまったが、今は胃酸の苦しさよりも情報が欲しい。

 あんな夢みたいな出来事に不安を感じて疲れた体をフル稼働させてる俺だ、テレビなんてこの際あてにならない。携帯電話を開いて検索をかけると「フェアリータイプのポケモンが全滅」やら「この件でヌチャン系列が絶滅」とか色々出てきたがそんなのどうでもいい。
 すがるような思いでアンブレオン社直営のニュース中継を開くと、【フェアリータイプ唯一の生存者確認!】の見出しと共に、困惑した表情のアシレーヌがカフェラテを飲みながらインタビューに答えていた。

「修学旅行でカイナシティに来てたはずなんですが、何故か私だけ気付いたら公園で眠ってたみたいで、それで戦火を免れたみたいなんです…」
 きょとんとする様子と透き通った声は間違いない。グレースは何故かあの場所にいたが無事だった。
 そういえば種族名に印を付けていたリストにもアシレーヌの種族名は存在しなかった。
 抗争については両者組長の死亡により全滅、なお一部玉桂組の組員は失踪とのことらしい。


「…」
 どうすることもできなかったものばかりだが、どうにか夢を守る約束は果たせたな…
 あの助け出した感覚は夢じゃなかった、そしてあの水流だって本当にあった出来事だった…

 無気力状態の体が限界を訴えているのを感じ、ベッドで倒れるように半日眠った…
 そして、目を覚ましてからしばらくして、グレースの無事と俺の腕の中で恐怖失禁していたことを思い出し、狂いかけた理性を噛み殺した本能に任せて、抜いた……


TURN10.9503 蘇る蒼剣


「子供たちはちゃんと家の奥に避難したか?」
「うん、騎獣クルセイダーのVシネマのDVD上映会という名目でポップコーンとピーナッツ出しといたから…」
「それなら二時間は持ちそうだな」
 三匹の子持ちになってもレガータは優しいところは健在だし綺麗さも変わらない。僕の方は40が近くなって少し体力落ちてきた気もしないでもないけど…
 久々の夫婦だけの時間に少し笑い合っていると、携帯電話が奇妙な着信音を鳴らす。回転スライドで開くとUB反応がこの近くに数体。
「しかもアローラにも出たみたいだね…」
 レガータもサーチャーをパソコンで開いて確認しているが、どうやら間違いないらしい。

「せめてこの近辺の平和ぐらい守らせてほしい。いいよな、レガータ?」
「うん、私から守ってとまたお願いしなきゃね…!」
 微笑み合って首から下げていたネックレスに付けていたカギを本棚の両端に隠してあった鍵穴に同時に差し込んで回す。
 本棚が動いて隠し扉が開き、小さな格納庫へと入っていく。

「アロンダイト・エアタービュラー、本当に使う時が来るとは…」
 この前の誕生日になんだかんだ一番交流があるバースから誕生日プレゼントとしてケーキと一緒に送られてきた。
 当時は使わないだろうと思って一度試運転して以来ずっと新築で作った格納庫に隠しておいたが、再びUBと戦うことになった今、使えるものは全て使って守り抜いてみせる。
 もう誰も、失わないためにも。

 アルプトラオムフランメはマルジャーリのおかげで医療機器としても洗練された影響で脳波操作もインカムで可能になった。
 白兜の中に隠した耳に装着して発進準備を整える。
「コバルト、あんまり無茶しないでね」
「気を付ける、準備のアシストありがとうレガータ」

 高窓から覗く月明かりに照らされながら舞い落ちるUSB型の起動キーを掴んで挿入、一気にシステムが起動していく。
「システムオールグリーン、進路クリア。アロンダイト・エアタービュラー、発進!」
「発進!」


 四足状態のタイヤで加速しながら急発進、スピードがついてきた辺りで前輪を後輪に合体させてアシガタナを抜き放ち、攻撃に種族値ステータスを振りつつ高速移動するフェローチェよりも早く移動してアシガタナでぶつ斬りにした。
「この世界をお前たちUBの好きにはさせない!」
 ワイヤークローでウツロイドを撃墜しつつ、ホタチをブーメラン状に投擲してアシガタナをフェイントに振りぬきつつ、ホタチがマッシブーンの足を裂いた瞬間に返すアシガタナで一閃する。
 デンジュモクの電撃は種族値ステータスを素早さと特防に振りつつアシガタナとアーマーを黒く変え、回転しながら攻撃をすり抜けて首と胴体をまとめて切り裂いた。
「コバルト、近くのテッカグヤが市街地を狙ってる…!」
「了解、すぐ倒す!」
 レガータのアシストを聞いてフロートシステムを作動、地面を滑走するスピードで空中を浮遊しながら道中のカミツルギを斬り捨て現場に急行する。
「奴のビームを躱せば町に被害が出る、だったら…!」

 四足モードにアロンダイトを戻してトリガーを作動、腹部から砲身が露出してテッカグヤを狙う。

「コバルト君は、ミライドンというポケモンを知ってるかな?」
「確か、バイオレットの書に載ってる未来ポケモンの一匹でしたっけ?」
「よく知ってるね、そのポケモンのハドロンシステムを開発に成功したからアロンダイトの動力部に使ってみたよ」
「はぁ…」
「おかげでフロート機構と腹部にハドロンキャノンを作れたから、良かったら使ってみてね!」

 相変わらず好奇心の塊みたいなバースさんの試作武器、使ってみるか…!

「ハドロンキャノン、発射!」
 テッカグヤのソーラービームとハドロンキャノンがぶつかり合い、少し拮抗した後、テッカグヤを打ち破った。
「これで終わりだ…!」
 種族値ステータスを攻撃と素早さに移行してアシガタナを構え、アロンダイトを二足モードににしてワイヤークローとフロートを活かして一気に上昇、テッカグヤをクロスするように切り裂いた。

「コバルトストライク!」



「お疲れ様、UBは全部倒せたよ」
「了解、レガータこそアシストありがとう」
 無事にUBを殲滅、戦力にならない警察の部隊が来る前に片付いたならそれでいい。
「それと、家出娘ちゃんは歌手目指して頑張ってるみたいよ」
「…グレースか。元気ならいいんだが…」
「ほら、カラオケで自己ベスト更新だって」
 グレースが見せてくれたスマホの画面には、95点を超えたカラオケの採点結果が映っている。
 見たところ、アローラのショッピングモールに入ってる店か…
「ん?このベゼルに何か反射して…」
 画面の枠、ベゼル部分に赤いものが反射していて、それを最大まで拡大するとギリギリポケモンの姿に見えなくもなかった。
「これって、まさかナバール…?」
 かつて月下団を率いてゼルネアスを倒し、騎獣クルセイダーとして子供たちの希望になり、タマムシシティでもタマゴを守ってその命を失った英雄にして最大の友達…
 彼の死をもって種族自体が滅んだとも言われていたはずだが、見間違いじゃなければ反射しているポケモンはガオガエンであり、ナバールとしか思えない…

「…レガータ、僕はこれからアローラ地方に向かう」
「急にどうしたの?」
「この写真、絶滅したはずのガオガエンの姿があってそれもナバールによく似ている。グレースが何かに巻き込まれているとしたら急いで助けに行かなきゃ」
 拡大した写真を見て、レガータも静かに頷いた。
「分かった、シアンとアズーロは任せて」
「ありがとう、荷造りしたらすぐに出発するよ」
 レガータをそっと抱きしめて、ボストンバッグを取り出した。
 子供たちにも上手い言い訳とお土産考えとくとして、一抹、二抹の希望を抱きつつも最悪の想定をしつつ準備を進めた…


TURN11 You're still alive?


「…起きて、そろそろチェックアウト30分前だって」
 グレースにゆすり起こされて浅いような重い眠りから覚める。
「起こしてくれたのか、別に応対なら俺行ったのによ…」
「昨日睡眠薬飲んでたし、眠れるならギリギリまで眠らせてあげたくて…」
 睡眠薬飲んでるのを気づかれたのはなんか複雑だがその好意はありがたい。

「30分あるなら身支度は余裕持ってできるな、朝飯どこで食べるか考えとけよ」
「私もう終わったから、朝ご飯何しようかな…」
 気合が入ってるのはよく伝わってくる、朝は負担にならない程度ならしっかり食べてもいいと伝えて顔を洗いにバスルームへ向かった。


 グレースの要望で近くのハンバーガー屋に向かう。
 この時間なら朝メニューしかない可能性があると釘は刺しておいたが、問題ないというならそれでいいんだろう。
 店頭にいる赤いアフロのバリヤードに何故か既視感を覚えつつも、案の定モーニングメニューしかないメニューとにらめっこして朝飯を決める。
「本当にあれで大丈夫か?」
「いいよいいよ、私あのハッシュドポテトって好きなんだよね。ナバールこそ大丈夫だった?」
「…あのメープル効いた朝用バーガー、地味に好きなんだよな」
「グリドルいいよね!」
 今のところは不調とかはないらしい。せめて今日、大会まで見届ければ、俺は…

 ローストコーヒーとメープルの香りにぼんやりした感覚もリセットされていく。大会の当日エントリーは10時からだし少し急いだほうがいいかもな…



「なぁ、会場ここで合ってるんだよな…?」
「合ってる、と思うけど…」
 目の前に広がるのは低層ながら床面積の広そうなビルに綺麗な庭園、田舎にありがちな宗教施設の総本山とでもいった感じの施設だった。

「一旦再検索かけるから少し距離取って…」
「お客様ですか、本日はどういった御用で…?」
 フードを被ったいかにもな感じのレパルダスに見つかってしまった、少々面倒か…
「えっと、私この辺りで開催されるカラオケ大会に出たくて…」
「カラオケ大会でしたら、ショッピングモールにカラオケボックスがありますよ」
 グレースが質問しても一蹴された。ちょっと俺が一肌脱ぐか…
「こっちの勘違いなら謝りますが、そのカラオケにポスター貼っていたのを見て来たので、もし良かったら正しい情報教えてくれませんか?」
 ヘルメットのバイザーも上げて、あえて丁寧な言葉遣いで攻める。
 こういう時は丁寧に話した方が向こうも案外親切にしてくれる。

「何今の?ナバールそんな丁寧モードできたんだ…」
「一応最低限な、というかグレースだってそれぐらいできろっての…」

「ナバールの名を持つ神獣にグレース…」
「「……?」」
「グレースさん、でしたっけ。失礼ですがあなたの御父上の種族とお名前を教えて頂いても…?」
「…はい、父はダイケンキでコバルトって言います」
「やはりご家族の方でしたか…」
 何か納得したような表情でレパルダスはフードを脱いだ。

「あなた方は会長より丁重におもてなしするよう会長より言付かっております。カラオケ大会の方は担当に話を通しておきますので、まずはお茶でもどうぞ…」


「改めて私はアンブレオン財団の社会福祉事業担当のマギョーと申します、先ほどはお二匹に失礼な態度を取ってしまったことは申し訳ございませんが、時世柄警戒も必要であるが故の言動とご理解ください」
 出されたアイスティーは特に異常なし、毒薬や睡眠薬の心配もなさそうなので、グレースにサムズアップして安心させようとしたらもう飲んでいた。
「ここはアンブレオン社のバース会長が設立したアンブレオン財団の中でも、慈善事業として地域福祉への貢献のために設立された組織になります。戦災孤児のための孤児院も本部にはあるのですが、ここは基本地域支援が専門になります。今日のお祭りも交流のきっかけや活性化のためなんですよ」
 宗教施設っぽい見た目してますが、特に18タイプが手を取り合うこと以外の信条はないですよ、なんて笑ってみせた。
「なるほど、だがそれなら俺をここに通す理由は謎のままだな?」

「…少し場所を変えましょうか、グレース様にはそろそろカラオケ大会の手続きがありますので別室でどうぞ。良ければ衣装も本番でお貸ししますので」
「ナバール…」
「行って来いよ、俺に構う前に夢への抽選券ゲットしてきな」


 不安そうなグレースの背中が閉まるドアで見えなくなった。
「質問にはお答えしましょう、222年前の戦いにおいてイベルタル様がポケモン達を救うため全てを敵に回した戦い、その中で3匹のポケモンが共に戦うことを決意し、命を落としました。我々は勇敢なるポケモン達の種族を神獣と呼んでいるのですが、その中の一種族があなたなのです」
「…前提として【月下団メンバーの集まりで、押し付ける気はないがイベルタルを信仰している】という解釈でいいんだな?」
「イエス、です。なかなかの洞察力をお持ちなようで…」
 アイスティーを半分ぐらい飲み干す、本当に真意が読めないな…

「それではこちらかも質問を一つ。タマムシシティでの事件で英雄ナバール様は命を落とされ、種族全体が絶滅したと聞いていますが、あなたはこうして生きているどころかナバールの名を名乗っている。一体あなたは何者なんです?」
「…答えは一つだ、俺の名は英雄にあやかろうとして付けられた名前、ただそれだけだ」
 内心苛立つ質問だが、これ以外に答える理由もない。
「…するとあなたは一体?」
「俺も知らない。ただ言えるのは俺はナバールであってナバールじゃない、それだけだ」

「…なるほど、ではあなたの左胸を見せて貰えますか?」
「左胸?」
 俺を刺殺するつもりなのか…?
「神話の中ではイベルタル様は命を落とす直前に世界に力を分け与え、世界に危機が迫るとき、勇敢な少年にその力を託すと言われています。早い話がイベルタル因子であり、イベルタル様同様680の種族値と特別な力を手に入れた存在になれます。彼女の御父上ももちろん、ナバール様も卓越した因子能力に目覚めており、その証であるY字の跡が左胸にあったそうです」
 正直信憑性に欠けるが、シャイナさんの講義で聞いた話とも合致はしている。
「左胸を見せればいいのは分かったがそれだけだ、余計な事をすれば怪我で済むと思うなよ?」
「心得ております…」
 なんか調子の狂いそうな感覚に苛立ちつつ、左胸をそっと触らせる。
「確かに左胸には何もないですね、失礼いたしました。とおや…?」
 いつの間にか尻尾が背に回り込んでいるのに気づいて右の裏拳を脅しに空打ちして左の爪を首筋の急所に添えた。
「背中に触るな!余計な詮索するなと言っただろ?」
「……失礼しました!」
 首筋の攻撃から離れるように飛びのいた、危ないとこだった…

「これで満足か?」
「…はい、これで分かりました。ですが、やはり貴方を丁重におもてなしする許可だけはください」
「……好きにしろ」


 低層でもなんとなく一匹になりたくてエレベーターに乗り込んだ。
 流石にこれを知られたらマズいからな…
 エレベーターの鏡に反射する俺の背中には、毛に隠れながらもうっすらとYの跡が浮かんでいた…


TURN12 歌姫と潮流


 曲名と名前に加えて連絡先を記入してエントリー完了。
 順番は抽選らしいけどいい順番だといいな…
 その後、好意で衣装を選ばせてもらったけど、あんまりよく分からなかったので丈の短いドレス風の衣装にしてみた。
 私の体型が服を着るのに向いてないのもあるけど、服は特殊な防護目的か一部のポケモンがお洒落に着るぐらいだから、内心ちょっと初体験にわくわくしてる。
 反対側には屋台もいっぱい出てるみたいだし、ちょっと行ってみようかな…!
 焼きそばも美味しいし、暑い時のかき氷も外せない。でもスーパーボールすくいも射的もくじ引きもやりたいんだよね…!
「って思ったけどお金ほぼ底尽きてるんだった…」
 朝ご飯まではナバールが色々面倒見てくれてたから忘れかけてたけど、もう自販機も使えるか怪しいとこまで来てたんだっけ…
 一応500円玉はあるけどこれは一昨日…

 焼きそばの屋台を見ながら一匹で葛藤していると、遠くに少し気だるげな表情を浮かべた姿が見えた…!
「ナバール、いいところに…!」
「…こっから先は別料金だからな、歌手デビューしたら印税で払えよ」
「…うん!」


「ねぇ、焼きそば一緒にどう?」
「いいかもな、塩焼きそば2つ!」
「あんちゃんうちソースだけだよ?なんてね1000円」
「…塩対応の焼きそばで塩焼きそばか、今ならウェルダンにするだけで許してやるからさっさと作れ」
「ストップストップ…!」

「射的って撃っても弾のパワー足りないよね…」
「動力が空気だから、コルクを詰める前にコッキングレバーを引いてチャージするとマシなはず」
「すごい、本当にちょっと強くなった!けどクッキーの大箱は倒れないか…」
「下のラムネとの結合部を狙えば行けるな、ちょっと砲身借りるぜ… 今だ!」
「…なんか本物みたいな音したけど、やったラムネとクッキーゲットだぜ!」
「良かったな、おまけ付きで」
「ありがとう、お礼にきゅうりの一本漬けとか食べる?」
「きゅうりは死んでも食わねぇからな⁉」 


 しばらく屋台を堪能していた時、通りの端で怒鳴り声と小さな泣き声が聞こえた。
 何かを怒鳴っているリングマと、必死に泣きながら誤っているコリンク…
 親子っぽいけど、それにしては怒り方と謝り方が普通じゃない。
 周りのポケモン達も遠巻きに見て見ぬふりしてるけど、あれ大丈夫なのかな…

「群衆の声が邪魔でよく聞こえないんだが、あいつら何言ってるか分かるか?」
 一番興味なさそうに思えるナバールがすごく真剣な目をしている。何がここまで駆り立てているのかは知らないけど、結構熱いとこあるのかな…?
「一言一句正確には分からないけどいい?」
「問題ない。あのコリンクの身体に痣と火傷の痕がある以上、虐待阻止への介入には大まかな現行証拠で十分だ」
「いつの間にそんなの見つけて…」
 なんか無愛想なような、おどけて見せてるような様子とも違う、この真剣さはどこかで…?
「早く頼む…!」
「えっと、【何度言ったら分かるんだこの出来損ない、修正してやる】、【ごめんなさい、ちゃんと覚えるから怒らないでください】…」
「ビンゴかよ…」
 舌打ちしながら携帯電話を操作する目線は怒りと悲しみをかつてないほど強く感じる…

「グレース、これから俺は一騒動起こしてあのコリンクを助け出す。騒ぎが起こったらお前はさっきの建物からマギョーなり職員なり呼んできてくれ。ゴタゴタ軽減のためにも、今だけ俺たちは知らないポケモン同士でいろよ」
「…分かったけど、ナバールは大丈夫なの?」
「俺は悪タイプだ。守るべきものは他を全て敵に回してでも守り抜く、それぐらいの長所は持たせてくれよな」
 冗談めかして言っているけど、ナバールの目は真剣そのものだった…
「お願いだけど、下手に手は出さないでね…」
「…心配するな、いきなり手は出さないから」


 今にも殴りかかろうとする
「あの、その子怪我してるみたいですが、僕そこの施設の方へ連れていきましょうか?」
「いえ、お構いなく…」
「あんたに聞いても意味ねぇな、君、どこか痛い?」
 いきなり割って入ったことに内心ひやひやしつつも、ナバールは落ち着いた様子で携帯電話をコリンクに見せている。
「たすけて!」
 画面を見た途端、コリンクは泣き叫びながら私の方に向かって来た。
 何が起こったのかは分からないけど、衝動的に抱きしめて、もう大丈夫だよと落ち着くような言葉を繰り返していた。
 この感じ、どこかで…

「アウラム、他所様に迷惑かけて…」
「待てよ、他所様じゃあなくて俺様の間違いだろ?」
「なんだお前は⁉」
「何大人げなく焦ってんだよ?相手は子供だ。あんまり怖がらせるもんじゃねぇし、ましてお前のサンドバッグじゃないぜ」
 こっちに鬼気迫る勢いで来ようとしたリングマを、ナバールは片手で後ろから腕を掴んでホールドしている。
 軽口を叩きながらも目線から殺気すら感じそうになってる…
「これは教育であり愛の鞭だ、ガキは他所の家の教育にケチ付けんじゃねぇ!」
「何言ってんだ⁉」
 リングマのギガインパクトをさらっと躱しつつ、ナバールの蹴りがリングマの腹部を容赦なく蹴りつけた。
「お前の都合で気に入るように暴力で抑圧して統制するのが教育かよ⁉身内でもやっていいことと悪いことがあるだろ!」
 ナバールは蹴りで下がったリングマのアゴにアッパーを入れ、さらにのけぞった顔面への裏拳叩き落としていく。
「その上お前は自分の外面だけ着飾ってかってに事なかれ主義かよ⁉」
 目線を整えようとする顔面に平手打ちをくらわし、そのまま腹部にストレートを打ち込み股を蹴り上げてダメ押しでアッパーを叩き込んでいく。
「お前みたいな奴はクズだ、二度とあの子や子供に関わるな!」
 グロッキーになってふらついたリングマは容赦ないナバール怒りの跳び回し蹴りで吹き飛ばされ、このコリンクの当面の危機は去った…


 結局私もナバール同様さっきの部屋で色々事情聴取中…
「なんか予定と全然違ったんだけど…」
「お前は無罪だろうしこの埋め合わせはする。だがどうしてもあの子を少しでも早く安心させてやりたかったんだ、その場で合わせてくれてありがとう…」
「あの子に免じて埋め合わせとかはいいよ、それにしてもナバールって結構優しいとことか熱い部分持ち合わせてるんだね…」
 急に格好良く熱い言動をして見せたり、自分のことより見ず知らずのコリンクを助けるために大暴れしたり、ナバールって本当変わってる…
「どうしても虐待とか見るとほっとけなくてな、自己満足の贖罪だと分かってても同じ目に遭ってる奴を見殺しにはできそうにない…」

 その一言で記憶の欠片が潮流の様に流れ込む。
 あのコリンクのように目の前の脅威に心の中で怯えつつも、さっきのナバールように必死に戦い続けていた、それでいて私や弟を守ろうと一生懸命に頑張っていた男の子…
 あの懐かしい姿がなぜか脳裏にフラッシュバックして離れない。
 もしそうだとしたら、にわかには信じられないけど、そうであって欲しいと願っている私がいる…


「ねぇ、一つ聞いてもいいかな?」
「…その台詞何回目だ?」
「無愛想モード戻らないでよ、あなたってもしかして…」
「お待たせしました、手続きが無事終わりましたのでお伝えします」
 質問はここぞというタイミングで遮られちゃった…


「結論から言いますと、お二方ともお咎めなどはなしで済みそうです。うちがイベント用に招集していたボランティアスタッフがトラブル対応、リングマが暴走してお客様に危険が迫っていたので緊急事態につき手荒に無力化、ということで会長が処理してくださいました」
 それなら良かった…!
「それより、あのコリンクは大丈夫なんだろうな?」
「治療も完了して今は眠っています。あのリングマは警察行きにしましたが現状の法制度では虐待自体での対応は難しいため、身の安全が確保できるまであの子は当施設が責任を持って保護します」
「そうか、極力安心できるようにしてしっかり守ってあげてくれ」
「分かりました。それと、会長は今回のお二方の活躍に大層喜ばれており、先ほど【君たちには直々にお礼をしたい】とメッセージも来ております。以上になりますので、カラオケ大会までゆっくりとお過ごしください…」


「それで、さっきの質問だったな…」
 休憩所として案内されたラウンジでアイスコーヒーを飲みながらナバールは携帯電話を操作して画面を見せる。
「一刻も早く安心させたかったんで少し荒技使った、誰にも言うなよ!」
「うん、もちろん…!」
 もしかして口で言えないから携帯にメッセージを入力して…


 おれはきじゅうクルセイダー きみをたすけにきた
 「たすけて」といいながら、あのアシレーヌのほうへにげるんだ!


「…何コレ?」
「さっきのコリンクに見せたメッセージ、あの状況なら正義のヒーローに言われた方が動きやすくて安心できると思ったんだが…」
「…うん、実際上手く行ったから合ってたと思うよ」
 なんか質問内容はっきり言わなかったせいで勘違いされてるよ…
「プランを急に変えたのは謝る、それよりカラオケ大会始まる10分前だし行った方がいいぜ」
「ってもうそんな時間なの⁉」
「まぁあんま俺のことは気にせず楽しんで来な、軽くあくびするぐらいの方が上手く行くぜ」
 さらっと聞きたいことを躱されたようで的確なアドバイスをしてきたナバールのことが気になりつつも、衣装を置いてあった部屋に向かった。



 なんとか会場には間に合ったけど、デビュー狙いな参加者がいっぱいいて緊張する。
 それでも私だって、負けられない…!
 アドバイス通り軽くあくびをして伸びをする。
 確か声の通りが良くなるとかで本当に理にかなってるアドバイスなんだっけ…

「それではエントリーナンバー30番、グレースさんです!」
 絶対大丈夫、優勝してみせる…!


「エントリーナンバー30、私の夢を信じてくれるあの子のために歌います!【翼を広げて】!」


TURN13 The pokemon with no name


 どうにか最後まで歌いきることができて、そこそこ多めなお客さんからの拍手と、合格基準に達していることを示すチューブラーベルが鳴り響いた。
 結果はまだ分からないけど、今できるベストは尽くして第一段階はクリア。
 もし上手く行ったらルトくんに届くといいな…


 合格者席に座ってぼんやりと空を眺めていると、空に花火が打ち上がった。
 みんなが歓声を上げているけど、カラオケ大会のタイミングで打ち上げるとも思えない。
 私が歌ってる時に打ち上げられると集中できなかったかもだから、タイミング今で助かった…
それにしても綺麗な花火…

 もう一発打ち上がらないかな、なんて内心期待しているとさらに打ち上がって綺麗に光った。しかも同時にニ発。
「同時に二発って、かなり豪勢だよね…?」
 そんな事を思っていると、どうやら他のみんなも同じことを思っていたらしい。
 普通に考えたら知ってそうなスタッフも困惑してる辺り、本当に予定になかったのかな…?

 今度は大きく一発、しかも同時に稲光。
 二種類の光が夜空に煌めいている。花火と稲光の共演が…
「ってちょっと待って、稲光!?」
 普通に考えても雷雲もないのに稲光だけあるなんて少しおかしな話だ。
 ただの雷じゃなくて、誰かが起こしてるとしか…

 そう遠くない場所から爆発音と悲鳴が聞こえた。
 ここまで来るともはや花火大会や青天の霹靂どころの騒ぎじゃない。
 本当に一体何が起こっているの…?


「UBだ!UBが攻めて来たぞ!」
 誰かの叫びに思わず空を見上げると、空に穴の様な裂け目ができていて、そこから白いドククラゲのような生物が降りて来ていた。
 お父さんの話にあった通りの出現や驚異的な力、間違いない…
 オトナを中心に会場のポケモン達は大パニックになって逃げまどっている。
 私が生まれた頃にはこんな景色なんて見ることはないと思ってたのに、こんな一瞬で世界が滅茶苦茶にされていくなんて…
「何としても止めるんだ!」
  勇敢なポケモンや警官も頑張って戦ってはいるけど、UBには大したダメージも入らずみんなどんどん倒されていく…
「世界って、こんなにあっけなく滅んじゃうの…?」
 叫んでも答えなんてなく、ただ目の前の景色が全てだった。
 夢も願いも、全ては無慈悲な力の前に壊されちゃうんだ…


「フハハハハハハハハハハ…!」
 突然カラオケ大会用に使われてた音響機材から高笑いが鳴り響く。
 こんな時の高笑いって、まさかUBを操ってる黒幕…?

「…お、おい、あそこに誰かいるぞ!」
 指さすような声に近くの鉄塔を見上げると、鉄塔の一番上に誰かが立っていた。
 UBに破壊された投光器が奇跡的にその姿を照らしていたけど、闇に溶け込みそうな濃紺のレーシングスーツとマントを羽織って、顔もフルフェイスヘルメットみたいな濃紺の仮面で隠されていて、かろうじて二足歩行のポケモンとしか分からない。
 UBといい謎の存在といい、こんな時隣にナバールがいてくれるだけでも幾分安心できるのに…
 あれ?なんで私は無意識にナバールに頼ろうとしてるんだろ…?

 そんな自問を他所にスーツのポケモンは掃除機の筒みたいな大きなものを取り出して何かをすると、筒からものすごい光が放たれた。
 それと同時に空中にいたUBがまとめて倒されていく。あれビーム攻撃だったの…⁉
 騎獣クルセイダーの劇場版かと言われても信じられるレベルの出来事が立て続けに起こっていて、みんなも呆然としている中で、音響機材が再び通電する。

 
「私は、ファイ」
 開口一番の自己紹介に周りも騒然としている。
「ファイって、まさかあの都市伝説になってる…?」
「多分そうだろ、警察でも対応に困る敵を倒す謎のポケモンだとか…」
 私だってファイの話は聞いたことがある。
 仮面とスーツで全身を隠した謎のポケモンで、どこに現れるのかも目的も不明だけど、少なくとも警察の情報ではUBを倒す力を持ってるとか、助けられたポケモンの証言も多いらしい。
 二足歩行のポケモンであること以外は不明だけど、警察もファイの指示に従うと言われる程らしい。最近は姿を見せないとか言ってたけど、まさかアローラにいたなんて…

「会場にお集まりの諸君、ここにはじきに警察の特別組織が救援に来るから安心しろ。UBは私が食い止めよう、皆には安全な場所への退避と傷病者の救護を頼みたい」
 
 淡々としながらも指示にはどこか冷静さと優しさを感じさせる。

「私はこれ以上UBによる被害を増やしたくはないが、そのためには皆の協力が欠かせない。先陣は私に任せるがいい、皆で被害を食い止めるぞ!」
 いつの間にか悲鳴が歓声に変わり、混乱の続く中でも一部のポケモンが勇気を出して避難誘導を始めていた。
 どうやらさっき私たちがいた建物周辺を避難場所にしてるらしい、私もカラオケ用機材を使って声でみんなを誘導しなきゃ…!
「みんな、落ち着いて避難しよう!焦らないで大丈夫だから!」
 上手く言えてるか悩んでる私と対照的に、ファイはその倍ぐらいの速度で空中に飛び出しUBを斬り刻んで軽やかに着地していた。
 バリヤードに似たピエロみたいなUBが頭を派手に爆破して攻撃してきたのを仮面の横から針みたいなのを乱射して迎撃、爆発の被害を食い止めつつ銃で細い胴体を撃ち抜いてバラバラにした。
 そのままエアスラッシュや放電の中を走りながら避けつつナイフで斬りつけ、折り紙みたいなUBもすれ違い様に真っ二つにした。
 門松みたいなUBが砲撃してくるのを高速移動からの減速で予測位置への攻撃を躱しながら銃で関節を撃ち抜いて機能を奪っていく。
 ドククラゲみたいなUBも門松みたいなUBを助けようとして一緒に飛び上がったが、それを逃がそうとはしない。
「装備が重すぎるんだ!」
 門松UBを簡単に切り裂き、ついでにドククラゲみたいなUBも一緒に急所を斬って倒したらしい。

「あれが、ネットで噂の救世主…」
 あらかた避難も済んで無意識に声に出してしまったことに気付いて少し恥ずかしくなった時、目の前に赤と黒のたくましい体が落ちてきた。
「ナバール、じゃない…⁉」
 どう見ても虫タイプみたいな顔してて、ルトくんやナバールとは似ても似つかない。正直キモい…
「あっち行ってよ…!」
 渾身の力でうたかたのアリアを使ってみたけど本当にUBには通用しないらしい。
 見た目からしてせめて等倍でダメージ入ってるはずなのに…
「………!」
 光のない黒い複眼で私を狙ってきた、あの太い腕で殴られて絞殺されて体液吸われちゃうかも…!

 痛みに備えて目をつぶろうとした時、何かを連射する音がしてUBの4つある腕の右側がちぎれ飛んだ…
 その直後に急接近してきたファイがナイフでUBを十字に切って倒していく。
「避難誘導の協力に感謝する、お前も早く避難するんだ!」
「…はい、分かりました!」
 もう避難も大丈夫なら、私も早く避難しなきゃ…!
 遅いながらも必死に逃げようと移動を開始した時、突然行く先の空が明るくなる。
 跳び箱みたいなUBが私の動きを予想してパワージェムで狙ってたんだ、もう避けられない…
「グレース!」
 パワージェムと私の間に濃紺の影が割り込むように入って来て、私の世界が一回転した。


 目を開けてもどこも痛くない。パワージェムを避けられた…?
 足元の視界が少しずつクリアになっていくと、地面に散らばったネイビーの半透明な欠片が見える。
 ネイビーの欠片、何かが割れた…?
 ふと誰かに抱きかかえられた感覚を思い出して左側を見ると、さっきまでUBと戦っていたファイが仮面の左側を抑えていた。
「大丈夫、ですか⁉まさか私をかばって怪我を…」
「仮面がなければ即死だった、一応左目の視界もクリアだから問題ない」
 ゆっくりと立ち上がってUBに対峙するその姿を斜め後ろから見た時、割れた仮面から金色の瞳が覗いているのが見えた。
 ファイ自身は目が外から見えていることに気づかず真剣な様子で銃のリロードをしているが、こんな目をしているポケモンには心当たりしかない。

「あなたってもしかして…」
「⁉ 面割れか…」
 話題を振ったことでようやく気付いたらしい。
「今は何も言うな、その代わり大っぴらにフル装備使って片づける選択肢が使える…」
 銃で跳び箱みたいなUBに射撃しながら見覚えしかない携帯電話を操作している。
 銃弾はUBが細かく分裂と合体を繰り返しているせいで素通りされてしまっているが、携帯電話の方は無事使えたらしい。

「今は安全のため私と行動してもらう、構わないな?」
「はい。それとこれ、良かったら顔隠すのに」
「…ありがたく借りよう、幸い視界に影響もないか」
 薄い布地のハンカチを渡してあげると、割れた箇所を覆うようにセットしていた。
 少し離れた距離ではUBを影の矢で狙撃しているポケモンがいたが、ちょっと素っ頓狂な声がした後、その方角から乗り慣れた赤いマシンが現れた。

「乗れ!」
 無意識にタンデムシートに座ってファイに捕まるとアルプトラオムフランメは急発進、毒液みたいな攻撃を俊敏に躱しながら前輪に付けたワイヤークローを飛ばして鉄塔に引っ掛けて大ジャンプ、筒みたいなさっきのアイテムを拾って銃と連結させた。
「おとなしく焼け焦げろ!」
 右のワイヤークローが紫のドラゴンみたいなUBを拘束、ファイが手元のトリガーを作動させると赤い光と共にUBが焼け焦げて燃えカスが地面に落ちていった。
「あのUBは一点集中より広範囲攻撃で倒す方がいい、しっかり掴まれ!」
 返事する前に左のワイヤークローを飛ばして巻き取りながらジャンプ、跳び箱みたいなUBの斜め上に来た瞬間に大きな銃を構えて引き金を引く。
 とんでもない威力のビームが跳び箱みたいなUBや周辺一帯にいたUBをまとめて倒していった…

 とても私の見て来た世界と同じには思えないUBによる侵略やそれと戦うポケモンの世界。
 それは私が気付かなかっただけで、思っている以上に近くにあったんだ。
 でもその世界で戦い続けてるのが、予想もしなかっただけにどうしてこうなったかが全然分からない…
 分かったことがさらに分からないことを呼んで混乱する頭の中で、サイレンの音が近づいてくるのだけは分かった。



「ウルトラホールも閉じたな。警察の特別組織もご到着らしい、君は早く戻って今日のことは忘れるんだ」
 ハンカチを手早く畳んで渡されるが、その手を思わず鰭で掴んでいた。
「どうして、どうしてこんな世界にいるの、ルトくん…」
 割れた仮面から覗く左目には庇ってくれた時に流した血が涙のように伝っていた。


TURN14 ホテル・アローン


 どういう訳か、財団に電話すると喜んでガレージを使わせてくれて、さらに今夜泊まるためのホテルまで手配してくれた。
 誰にも言いませんとは言ってくれたものの、彼の希望もあって、ガレージでは着替えするだけにして詳しい話は場所を変えてすると言われてしまった。
 今すぐに色々問いただしたい気持ちはあるけど、下手に詮索したら多分マズいことになるし、彼の口から話して貰うのが一番いい気がする。
 仮面を外してマントとレーシングスーツを脱ぐと、数時間前まで見ていた元のがっしりした身体に戻った。
 ファイの時にはCLAMP体型かと思うほど滅茶苦茶スレンダーだっただけに別のポケモンみたい…
「…俺、元が毛ぶくれしてるうえに着痩せする体質なんだよな」
「なるほど…?」
 あんな服着たことないから分からないけど、昔からの痩せてた影響はあるのかな…
「そうだ、ちゃんとした救護キットあるし顔の手当てしとこう?」
「そうだな、ちょっと使わせてもらうか…」
「私やるよ、これでも医者の娘だから傷痕残さず治療できるよ」
「一応俺も、いややっぱ頼めるか?」
「はーい」
 傷口の位置を探して傷薬を振りかけていく。幸い傷口に破片とかもなくて綺麗だったので、洗浄とかはなくて大丈夫そうだった。
 その後は目元まで流れていた血と消毒液を拭き取って、ガーゼを当ててサージカルテープで止める。
「他に怪我してるとことかない?」
「特になしだ、これでも今日はヘマしたぐらいだからな…」
「…一応調べさせてね」
「…信用ないのか俺?」
 呆れられながらもモザイク必要なとこは触るなとだけ言われて体を見せてくれた。
 やや細身ながらもバトルのプロ以上に鍛えられた身体に細かな傷痕、文字みたいな形に少し熱を帯びた背中、こっそり触ってみたいお股の膨らみ、そして、リストバンドの下に隠れた傷痕…
「ガラスだと、やっぱり傷痕残っちゃうんだね…」
「…この傷痕に気づいた時点で薄々勘づいてただろうし、ガラスだと知ってる時点で気づかれてる証拠だよな」
 どこか諦めにも似た表情を私に見せてから、割れた仮面をボストンバッグに入れて普段用の割れてないヘルメットを被った。
「とりあえずホテルに行こう、そこで真実を話す…」


「ナバール、それが俺のコードネームだ」
 そこそこ高級なホテルのダブルルームで、レーシングスーツをクローゼットに仕舞いながら放った念願の一言目はそれだった。
「コードネーム…?」
「要は偽名だ。お察しの通り俺の正体はルトガーで合ってるよ」
 どこかくたびれたような笑顔だったけど、それでもその一言が聞きたかった…!

「ルトくん、無事だったんだね…!」
「…あぁ、グレースも元気そうで良かったぜ」
 もう会えないと思っていたのにこうして抱きしめることができるのが本当に嬉しい…!
 ルトくんは抱きしめ返してはくれないけど、私との再会を喜んでくれてるみたいで良かった…

「…今は訳あってコードネームを偽名として使ってる、他に誰かいる時は変わらずナバールのままで頼む」
「…分かったよ、色々事情もありそうだしね」
 名前を隠す理由なんて正直不穏なことしか思いつかないけど、それを深掘りしない方がいいのかもしれない。

「今日は折角だ。冷蔵庫によさげなアイスコーヒーもあるし、さっきのクッキー食べながら同窓会ってやつでもやってみるか?」


「そうそう、それで頑張っていいとこの高校受かったんだけど受験勉強大変でね…」
「数学とか難しそうだからな…」
「本当に、二次関数とか大変だったよ…」
 ルトくんの提案でちょっとしたお茶会みたいな同窓会が開催。
 コーヒーフレッシュを入れてカフェオレにしながら射的で当てたクッキーをつまんで話に花を咲かせる。
 不安とハチャメチャ続きだった日々の中にこんな日が、本当に来るなんて…

「それで修学旅行でカイナシティに行ったんだけど、その時謎の爆発事故に巻き込まれちゃって。それでよりにもよって私だけがフェアリータイプ唯一の生き残りだってしばらくメディアの引っ張りだこで…」
「…そうか、ごめん」
「?」
 修学旅行の話題をした時、ルトくんは急にテンションが下がって俯いた様子になってしまった。
 修学旅行嫌いだったかな?原因は分からないしその時おねしょしてたらしいことはルトくんにも教えてあげないけど。
 本当は誰かが助けてくれたおかげで被害のない公園に寝かされてたこともぼんやりと知ってるけど、もうこの話題変えた方がいいかな…
「そうだ、そろそろルトくんのこと聞かせてよ…」
「…分かった、コーヒーのお替わり作ったら話す」
 そう言って私のグラスも一緒に持って行った。


「それじゃあその訓練場の教官に面倒見て貰えてたんだ!」
「わりと俗世を離れてみたいな状態につき連絡もできなかったけどな、それでも10年は無事でいられた」
 話題が重くてコーヒーの味が変わったみたい。
 10年も外の世界と隔離状態、私には正直耐えられないけどルトくんにとってはある意味一番安心できる場所だったのかな…
「そこで戦いや諸々におけるスキルを修行してた、音楽知識についてもそこで基礎だけやってた」
「それで警察でも勝てないぐらい強いUBを一撃で倒せたり、あんなにカラオケ上手かったりしたんだ…」

「それでここ2年は仕事の一つとして姿を隠してUBを倒し続けていた」
「なるほど、それで仮面の救世主ファイが…」
「…」
 なんかまたムッとした顔された、やっぱり秘密でいたかったのかな…?

「…でもさ、本当に元気そうで良かったよ、こんなに逞しくなっちゃって」
「あんまり俺に触るなよ、呪われるぜ?」
 触ろうとしたら冗談めかしく避けられてしまった。昨日まではそんなことなかったのに…
「そんな呪いだなんて、あるわけがないよ?」
「本当だよ、俺に関わったらみんな呪いによって死んで行く」
「またまたぁ、そんなに怖い顔して脅かそうとしても私には意味ないよ?」
「…威嚇が通じないのは恐怖心や警戒心を無くした早死にするバカだけだと思ってたが、俺の持論もわりと合ってるようだな」
 ものすごく馬鹿にされた気がするけど、さっきから目が少しも笑っていない…
「俺の呪いは【深く関わったら敵味方関係なくみんな死んで行く呪い】だ、敵自体は俺の呪いでも味方は綺麗すぎるジンクスで死んで行く…」
「…言ってることがよく分からないんだけど、中二病?」
「俺が旅に出たあの日、あのリングマを殺したのも【リングマを殺せ】という俺の思いが引き起こした呪いだが、昨日喫茶店のマスターが焼け死んだのも同じ呪いだ。この呪いは種族の区別はできても個体の区別がつかないらしく、多分世界を飛び回りながら絶滅するまで焼き殺して回るはずだ…」
 滅茶苦茶なことしか言ってないけど、そう考えれば色々奇妙なことに全てのつじつまが合っていく…
「グレース、これだけは分かっておいてくれ。俺はカイナシティでの件と今回の件、二度も危険な目に遭わせた。今は何もなくても、いずれ死ぬことになる…」
「待ってよ、仮に呪いが本当だとしてもカイナシティの話との関連性が見えないよ…?」
「カイナシティで2年前に引き起こされた爆発事件、それを引き起こしたのは多分俺だ」

 部屋には空調の音だけが響いていた…

「あんまり変な冗談言わないでよ、そろそろ怒るよ…?」
「良く考えてみろよ、あの日フェアリータイプで生き残ったのはお前だけ、町は謎の光で壊滅だ。こんな天罰じみたデタラメ事件普通の手口じゃ無理だ!」
「じゃあなおのこと変だよ!」
「俺の呪いが町中のフェアリータイプを焼き殺してしまったとしたらどうなる?あとはバスターカートリッジのビーム照射で町ごと焼き払えばいい。俺もあの時何をしたのかまるで覚えていないが、そうすれば理論上は実行可能だ」
 ファンタジー映画でも見てるような奇想天外すぎる話だけど、話だけ聞けばつじつま合ってるのが怖くなってくる…
 私には重すぎる話の中で頭は悲鳴を上げてるけど、それでも一つだけ、たった一つだけ言えることはあった。
「じゃあどうしてその呪いがあっても私は生きてるの?フェアリーを全部殺す呪いなんて私が確かに生きてる限り、ルトくんのせいじゃないよ!」
 全部殺す呪いなら町の中だけにしたって私が生きてるなら全部じゃない。何か他の力も加わってるならまだしも、そこだけは間違ってると言えるはず…!

「…やっぱり優しいんだな、ありがとう」
 悲しそうな笑顔を私に見せた時、身体から力が抜けていくのを感じる…
「悪いな、呪いには俺の手で決着つけるが、それをグレースには見せたくないんだよ…」
「そんな、まさか、毒…?」
 暗くなっていく視界からの姿がどんどん消えていく。ダメだ、私の視界から消えちゃダメ…!

「さようなら、グレース。ずっと、初恋だった…」
 どうして…




 コーヒーに睡眠薬を仕込んでおいたのは正解だった。
 雌の勘は鋭いというのは本当らしいが手は打っておいて良かった。
 案の定グレースは核心に迫って来て、また俺の呪いが牙を剥くんじゃないかと内心怖かったがどうにか守ることはできたと言える。
「この呪いはきっと死ななきゃ治らない、死に様なんてに見せられるかよ…」
 7月25日を最後の日記兼誰にも読ませない遺書のつもりで入力した後、そっと眠るに呟いてファイの衣装を着て部屋を出た。






 激しく咳き込みながら喉の奥に入っていた液体入りバルーンを吐き出す。
 お父さんに教えられてた【怪しい飲み物飲んだふり作戦】がこんなところで役に立つなんて…
 一口飲んじゃったから少しは寝たけど結果オーライ。
 毒じゃなくて睡眠薬だったのはルトくんの優しさ故だろうけど、ぼんやり聞こえた【死ななきゃ治らない】の一言に不安と心配が加速する。
 もしあれが独り言なら嘘なんて言わないだろうし、死んじゃうのかな…
「不安になってるだけじゃダメだ、何としてもが死んじゃわないように助けなきゃ…!」
 一匹だけの部屋で叫び、ホテルから飛び出した。


TURN15 星屑鎮魂歌


 急いで駐輪場に向かったけどあのマシンだってある訳じゃなかった。
 睡眠薬入りコーヒーで眠っていた時間はそんなに長くないとはいえ、どこに向かったのかも今から追いかける方法も思いつかない。
 何かタクシーでも乗れたら追いかけられるかと思ったけど、指示する行き先もなければ、そもそも乗るお金もない。
 急がなきゃ、ルトくんが死んじゃうかもしれないのに…!

「さっきカラオケ大会で歌ってた嬢ちゃんか、何かお困りか?」
「大変なんです、ルトくんが、ルトくんが…!」
「おうおう一旦落ち着けよ、おっちゃんエスパータイプじゃないから焦る時こそ落ち着いて話してくれ、な?」
 たまたま通りかかったアーマーガアのおじさんに思わず泣きついたけど、優しくなだめられて少しだけ心が落ち着いた…

「…そうか、嬢ちゃんの彼氏が何か思い詰めてて死んじゃうかもしれないってのか」
「はい…」
「この地方で自殺の名所が一箇所ある、一時間は付き合えるし詳しい話は後で聞くからまずはシートに乗りな!」
「おじさんまさか、タクシー屋さん…?」
「しがない子持ちの運び屋だよ!」


「そうか、彼氏がウルトラビーストと戦える戦士だったが嬢ちゃんを巻き込むのが怖いってことか…」
「はい、それとカイナシティの事件も自分のせいかもって思い詰めてて…」
「仮に本当だとしてもその兄ちゃん相当思い詰めてるな…」
 おじさんの運ぶシートに乗って空から探して追跡できることになった。まだ希望はあるのかも…

「嬢ちゃん、もしその兄ちゃんに会えたら【お前の行動は幸せな家族を一つ守った】って伝えてやってくれないか?」
「幸せな、家族…?」
「おうよ。俺たち家族はそのカイナシティの事件以来、怯えることなく飯を食ってぐっすり眠れる日々を手に入れたんだからな」
 羽ばたく音が少し静かになっていく…
「嬢ちゃんの知り合いにいたとしたら悪いが、俺たちの家族、ひいては種族全体はヌチャン系列によって迫害されて強奪におびえながら奴隷同然に生きて来た。夜盗まがいなことしてたせいで鋼タイプの中でも嫌われてはいたがな…」
「確かに私も苦手だったかも…」
「そんなハンマー以外はどうでもいいような下衆野郎共だったんだが、ちょうど二年前、連中はカイナシティでハンマーのコンテストを開いたらしく、全個体総出のイベントだったそうだ」
 二年前、カイナシティってまさか…
「で、そんな日に例の事件が起こったって訳だ!」

「それから一週間は絶滅の見出しと奴らが熔けて金属塊になった写真を囲んで解放されたことを祝ったのは置いといて、俺がこうしてタクシー屋してるのもその事件のおかげって訳だ」
 滅びる側からの側面をみれば怒りも悲しみもあるだろうけど、逆に別の側面から見れば救われた喜びを持ってる面もあるってことかな…
「まぁ一タクシー屋が崇高なこと言えた身じゃないが、その兄ちゃんに会えたら言ってやってくれ。【決断に100%正解なんて綺麗事はない、守りたいものを守れるなら他は気にするな】ってな。もちろんそいつ自身が無事に生き残ることは極力優先すべきだが…」
 守りたいものを守れるなら他は気にするな、全てを救う想いを持てば苦しいし全てを救う力なんてこの世界にはないからできることを、ってことかな…?
「…っとそろそろ例のスポットにご到着だぜ!」
「もう着いたんだ、あそこに停まってるのはルトくんのマシン…!」
「そうか、やっぱ名所に来てたんだな…」
「ありがとうございます、でも私お金が…」
「何気ない平穏を取り戻してくれたお礼だからいいってことよ、運賃の心配する暇あれば早く助けに行ってやりな!」
「はい、ありがとうございます…!」
 優しいアーマーガアのおじさんに助けてもらって、ここまでは来れた…
 待っててルトくん、必ず死なせないから…!




 無駄に明るい綺麗事を書き連ねた看板を通り過ぎ、通報用の防犯カメラはジャミングでそもそも無効化。
崖下には激しい波が渦になっていて、一度飛び込めば二度と浮かび上がれそうにない激しさはここが自殺の名所と言われるのも納得が行く。

元々俺は愛されて生まれた訳でもなく、何気ない原因で殺されてもおかしくない日々だった。
俺を大切に思ってくれた存在だっていたけれど、みんな俺の呪いで死んでしまった。
この呪いだって俺が生きてる限りは消せないだろうし、器でもなければ逆のことしかできないのに救世主扱いされるのもいい加減辛くなってきた。
唯一の心残りだったにもこうして会えたし夢を叶える手伝いをできたとしたら本望だ。
あとはこの呪いに巻き込まないうちに最も確実方法で俺を殺す。
まぁ、未練も悔いもないかと聞かれると正直辛くなるが俺にできることはしたつもり…
「最後に会えて良かった。さようなら、…」
「そんなとこから落ちたら危ないよ…?」

「…よぉ、深夜のお散歩先が一緒とは奇遇だな?」
「お散歩で進入禁止の柵乗り越えたらダメだよ…?」
この場で一番聞こえて欲しくなかった声に焦りつつも平静を装って返してみるが、あんまり平静を装えてない正論に返された。
「一体何しに来たんだ?資金の催促か?」
「そんなんじゃなくて、が死んじゃわないように、説得に来たよ…」
一体どうやったのかは知らないがそこまでお見通しとはな…

「あれから少し考えてみたんだけど、カイナシティの件について今確かに言えることってルトくんが私を助けてくれたことなんじゃないかな…?」
「俺が、グレースを…?」
「本当に呪いがあるのか、それとも別の力が働いたのかは分からないけど、さっき私を庇ってくれた時の感覚、あの感覚をカイナシティの時に薄ぼんやりと覚えてたのと重なったから…」
 まさか、あの時のことも覚えてたのか…?

 不規則な着信音が鳴り響く中でしばらく言葉が途切れる。
 グレースだって言葉が見つからないだろうが、俺だって何を言うべきか考える余裕はない。
 あれは…!?

「だからお願い、まずはそこから離れて…!」
「そこまでだ!」
「⁉」
「そうだ、そのままじっとしててもらおうか、下手に動くと被弾か首筋斬られて死んじまうぜ?」
「…!」
 気づかれないように、そっと携帯電話に打ったメッセージを見せながら静かにさせる。
「大丈夫、一瞬で終わる…!」
 正確に狙いを付けたヒートトリガーの一撃は、突然横から飛んできた斬撃に切り払われる。

「⁉」
「間一髪ってとこだな…」
 俺とグレースの間に割り込み弾丸を切り払ったダイケンキは、白いアシガタナと黒いアシガタナを同時に構えていた…


TURN16 コバルトVSクリムゾン


 アロンダイトで一直線にアローラまで来て正解だった。
 上空でアーマーガアのタクシーに乗ってるグレースらしき影を追いかけてみたら、自殺の名所で撃たれそうになってる現場に遭遇なんて正直内心では冷や汗かいてるが、今はそれどころじゃない。
 ヒスイのアシガタナをガオガエンに向けつつ通常のアシガタナを盾にするようにグレースの前に構える。
 普通なら一刀流でも勝てる相手だが、レーシングスーツとマントを羽織っている既に滅んだはずの種族が相手となると気を抜いてはいけないと心のどこかで警戒している僕がいる。

「ただの不良って訳でもなさそうだが、うちの娘を殺そうとするとは一体何者だ?」
「…俺はナバール、ただそれだけだ」
「ナバール…⁉」
 かつて共に戦い散っていった戦友の名を名乗るどころか同じ種族だなんて…
 確かにあの時彼は死んだはずだ、目の前にいるこいつが亡霊でもない限り…
「ナバールだと⁉僕の知るナバールは既に死んでいるし、君は彼に比べたら筋肉が細いしレーシングスーツ着た姿はさながらCLAMP体k」
 真顔で発砲して来た、予想できずに少し焦ったが気にしてたらしい…
「違うよお父さん、あればナバールじゃなくて、…⁉」
 グレースは何かを伝えようとしていたが、恐怖した表情で喋るのを止めてしまった。

「待っててくれグレース、すぐにこいつを倒して助ける…!」
 アシガタナの二刀流と共にアロンダイトで斬りつけるが、左手に持っていたナイフで交点を抑えられて止められる。
 こいつ、僕の剣戟を見切って最小限の動きで…⁉
「お前、あいつの親なら先にやるべきことがあるだろ!」
「迫っている危険を取り除くことだろう、もう今しているさ!」
 安い挑発に乗る程暇じゃないが、二刀流をナイフ一本で捌いてくるガオガエンの戦闘センスに内心焦りつつ、倒す方法を模索する。

「…ったく親ってのはどいつもこいつも自分の理想論押し付けるだけかよ!」
「親のことなんて何も知らないようなお前に何が分かるんだ…⁉」
「現に今やるべき事に気付いてないだろ!グレースにはいまカミ」
「もう黙ってろ、何も知らないくせに!」
 至近距離から腹部にリボルバーで発砲してきたのをホタチ一枚を犠牲にして、防御に種族値を修正してダメージを軽減する。
 さらに素早さと攻撃に種族値を振り直して高速移動しながら銃の破壊を狙ったが、ガオガエンは瞬間的に銃を地面に手放しナイフに持ち換えてアシガタナを防いでいた。
「瞬間的に効果的なダメージを叩く戦闘スキルに思い切りの良さ、相当の手練れだな…」
 ゼルネアスやUBと戦ったのとは違う、ナバールと模擬戦をしているような頭脳をフル回転させて初めて互角になれるような戦闘だった。
 総合的な火力と持久力に優れているパワータイプでタフな僕の知るナバールというよりは、瞬間的な火力と素早さに優れたスピードタイプでテクニカルという正反対の戦い方だが、それでも強さは同じぐらいの手ごわさと言える。
 アシガタナを防がれて押し返されることはないが、的確に重心を捉えて最小限の力で攻撃を防ぎつつ迅速な反撃がが急所を狙ってくるのは別の意味で怖い。
 だが、手数ならこっちだって負けていない…!
 ホタチをブーメランの軌道で投擲、誘導をかけるためにアシガタナで斬りつけるが、突然肩から釘を乱射されて両手のアシガタナを取り落とした。あのレーシングスーツにマシンキャノンが…⁉
 腕のアーマーのおかげで大したダメージはないが、思いっきり居合のような振りぬきの体勢で既に狙われてる状況で拾ってるだけの余裕がない。
 救いのホタチも左手のナイフを投げられて相殺された、だがアロンダイトのフロートを活かして距離を取ればナイフの間合いなら…!
 ブリッジを決めるような体勢になりながらフロートで後退してナイフの間合いを避けようとした時、ナイフの刃が急に伸びて1メートル程になり、かすめた兜の角が折れて地面に転がった。
 ハイドロポンプで動きを制限して追撃は防いだが、ナイフじゃなくて長剣持ちとなると対応も難しくなってくる。
「テッカグヤを斬ろうと思ったら刃渡り1メートルは欲しいからな」
 さらっと言っているが、まさかあいつもUBとの戦闘経験が…?
 さらに謎は深まるが、グレースのためにも今は倒すしかない…!
「悪いがここからは本気だ!」

 落としたアシガタナを回収してアロンダイトで螺旋状に周囲を旋回しながら方向を読ませずに接近、通常のアシガタナを敢えて弾かせてヒスイのアシガタナの一刀流で切り結ぶ。
「流石にゼルネアスを倒した月下団メンバーなだけのことはあるな…!」
「月下団メンバー、お前が何故それを知っている…⁉」
「さぁな!」
 切り結んでいる中で突然アロンダイト本体を蹴り飛ばされて体勢を崩したが、伏兵として仕掛けておいた弾かせたアシガタナでナイフを一本折ることに成功した。
 本当は串刺しにすることも狙っていたが、あそこで最小限の被害に留めるとは案外思い切りがいいな…
「……やるな」
「そっちこそ…!」
 ヒスイのアシガタナを振るって破片を一気に飛ばしたのをマントを犠牲に防がれたが、流れはこっちに来ている。
 さらに追撃で破片を飛ばすと、釘の乱射で返されて地面に釘と破片が散らばっていく。
 その釘のうち一本がアシガタナに突き刺さり、薄いのもあって砕けたが、ガオガエンのネイルガン式マシンキャノンも弾切れらしい。

「まだアシガタナ二本あるとか歩く武器屋かよ…」
「そっちこそ月下団なら先鋒できそうな火力だな…!」
 いつの間にか拾っていた銃を僕に向けながら携帯電話を操作していたが、突然遠方から何かが走ってくる音がして飛びのくと見覚えのあるアルプトラオムフランメだった。
「紅蓮錦、なんでそれをお前が…?」
 次々と現れるナバールを連想させるアイテムの数々と、ナバールじゃないと分かっていながらもどこかで会ったことがあるような感覚に混乱していくが、今はそれどころじゃない。
 海辺の悪路を二台のアルプトラオムフランメが疾走しながらワイヤークローをぶつけ合い、弾丸とハイドロポンプを撃ちあう。
 立体的な機動性とワイヤークローの数ならアロンダイトの方が上だが、紅蓮錦は直線的な加速度と何より右のワイヤークローに装填された熱線焼却機構が脅威だ。
 接触しなければ大丈夫とはいえ、あれを喰らったらゼルネアスの角だろうと平気で吹っ飛ぶ熱量だろう。
 だが、このアロンダイト・エアタービュラーにはハドロンキャノンが搭載されている、上手くぶつければ相殺できるはずだ…!

「そのアルプトラオムフランメ、どこでそれを手に入れた⁉」
「師匠直々に貰った代物だ、出所なんか分かるか!」
 左のワイヤークローから乱射されるビーム攻撃を四足モードで加速して回避、右のワイヤークローがハドロンシステムを掴んでしまったが隙はできた。しかも砲口を掴んでくれてるとは…!
「「これで終わりだ!」」
 赤黒いハドロンキャノンの光と赤い熱線焼却機構の光が交錯してハドロンシステムが破損して機能停止。
 離脱には成功したが、アロンダイトは動力部を焼かれてまともに動く状況じゃない。
 ガオガエンの方も紅蓮錦自体は軽度の損傷のようだが、熱線焼却機構を搭載した右のワイヤークローはなくなっていた。


「互いに武器も尽きかけて来た、そろそろ決着だな…!」
 ナバールみたいに軽く挑発してみたが特に何か反応も貰えなかった。
「…そろそろリミッター解除するか」
 アシガタナとナイフを一刀ずつ構えて対峙、袈裟に斬りつけたはずがいつの間にか背後に移動していて、ナイフの突きを背中に回して受け止めるのがやっとだった。
「今の僕は素早さに種族値を振ってお前の倍で動いているはずなのに…」
「赤いのは3倍速いって知らないのか?だが180でも決めきれないとは伊達に副団長じゃないか…」
 こいつ、テッカニン並みの速さがあるのか…?
 色々疑問ではあるが、よくよく考えたらアロンダイトを使った高機動の高速戦闘に生身で付いて来られる時点で普通じゃなかった。
 そして530+120による事実を考えた時、こんな力を持てるとしたらイベルタル因子ぐらいしか考えられない。
 能力は分からないが、いずれにせよ早急に倒さなきゃ殺される…!
 素早さを180に調整してアシガタナを高速で切り結び、ナイフとぶつかり合い蹴りや炎を防いていく。
 素の速度がそこまでないだけにここまでの高速戦闘に動体視力が追い付かない…
 左から右に持ち替えていたナイフが切り結びながら柄までスライドして来て、口からの炎で目潰しされた一瞬の隙に柄と刃の繋ぎ目を斬り落とされた。
 手持ちのアシガタナ及びホタチの数、ゼロ。

「これで武器は尽きた、お前の負けだ!」
 息が上がったままでナイフを突き付けられたが、そこまで焦るものでもない。
「そうでもないさ、切り札は最後まで取っておくものだからね…!」
 アシガタナの柄がモーフィングされて行き、赤黒い剣に変わった。

「そんなのあるのか…」
「フレースヴェルグ、僕がイベルタル因子で手に入れたのは680の種族値調整能力と7本の剣だ」
「イベルタル因子?まさかイベルタルの力を…?」
「大方その脅威の速度もイベルタル因子によるものだろう、体のどこかにYの跡があるんじゃないか?」
 戦闘中にレーシングスーツも大分裂けてしまっているようだが、息を荒くしている背中からうっすらと見えるあれが多分そうだろう。

「もはや手加減もいらないだろう、次の一撃で決める!」
 フレースヴェルグを中段に構えた時、空から何かが飛来してきた。
 金属のようなメタリックさはあるが、Yを連想させる形状の赤と黒の翼には見覚えがある。
「これが、お前の因子の能力…?」
「…善意で言ってやるが早く剣を仕舞え!死ぬぞ!」
 今まで不穏な程冷静に戦ってきていたのに、突然焦りを見せた。自分の手の内を見せたがるタイプでもないだろうに急に何故…?
「能力の種明かしとは、随分優しいことしてくれるな?」
「能力というよりもはや呪いだ!俺が一度殺意を抱くと自動発動で殺しに行くし、暴走したら種族単位で殺してしまう!自動発動も発動後も俺の意思と無関係で制御できない…!」
「なんだって…⁉」
 つまり僕の言動で今世界にいるダイケンキが滅んでしまう。実質種族全体を盾にされているようなものだが、あの言動からして嘘どころか過去に前例すらありそうだ…
 何かあればフレースヴェルグは一瞬で出せる、ここは様子見も兼ねて言葉を聴こう…


「分かった、一旦互いに武装を解除しよう…」
「助かる…」
 フレースヴェルグとナイフが地面に転がって落ちる。
 続けて携帯電話を地面に置き、拳銃を外しかけたところでガオガエンの表情が深刻なものに変わった。
「しまった、グレース!」
 瞬間的な早撃ちに反応が遅れた。
「卑怯な手を…!」
 弾の軌道を変えようと放ったハイドロポンプがガオガエンを崖下に押し流したのと、意識外にいたグレースに弾が着弾したのが同時だった。

「グレース!」
 倒れ込んでいたグレースを揺り起こすと普通に目を覚ました。幸い弾は外れたらしい。
「良かった、あいつは倒したからもう大丈b…」
 安心させようとしたら、突然頬を鰭で叩かれた。

「何言ってるのお父さん!あれは敵なんかじゃなくてルトくんなんだよ!」
「ルトくん、ってまさかルトガーって子…」
 遠い記憶がゆっくりと鮮明になっていく。確か12年前にグレースと仲の良かったニャビーの男の子で、虐待から逃れるために旅に出たとか…
 段々記憶や謎が繋がっていく、まさかあの時の子が…?
「だがその子はグレースを銃で撃とうとしていただろう?それをなんで…」
 パニックを起こして泣きじゃくるグレースをなだめながら周囲を見渡すと、ちぎれた折り紙みたいな物体が転がっていた。
「これはカミツルギ、しかしなんで真っ二つになった死体が…?」
「それ、UBってやつだよね?」
「そうだ、あまりサイズは大きくないが…」
「だったらそれ、さっきまで私の首に付いてたやつ…」
 グレースの発言に驚きつつ死体を見ると、丸い焼けたような穴で体を真っ二つにちぎられている。
 このような痕が残るのは弾丸によるもの、だとしたらさっきの銃撃はグレースを殺すためのものじゃなくて、グレースに付いていたカミツルギを撃って逆にグレースを助けるための…

「ほら、ルトくんの携帯にメッセージも残ってるよ…」
 ディスプレイには「首にUBがいる、狙撃して倒すのが最適だからUBを刺激しないためにもじっとしてて」とだけ打ち込まれていた。

「それじゃあ本当にルトガー君はグレースを助けようとして…」
「そうだよ!UBと戦う戦士ファイだってそうだし、出会ってからずっと私を守ってくれてたんだよ!それをどうして…」
 僕の誤解がどうやら最悪の事態を招いてしまったらしい。
 とりあえず今は崖下に落ちてしまった彼を探さなくては…!


 泣きじゃくりながら道具を拾い集めたグレースと共に崖下を探したが、レーシングスーツの布切れすらも見つからなかった…


TURN16.25 閃光の仮面


 カイナシティの壊滅事件から一週間、UBの発生情報もないままぼんやりと過ごしていたが少しは外に出る気力も出て来た気がする。
 玉桂組の生存者を探したい気持ちはあるが下手な行動はかえって危険、こういう時は案外夜の街に繰り出した方が安全だったりするし、ちょっと小銭稼ぎでもするか…


「お願いです、お金はちゃんと払ってますから…!」
「ダメだな、もっと高額の買い手が見つかったんだ」
 路地裏で必死に懇願するマフィティフを一蹴するエルレイドを見ると、平和に見えてかつての戦いの傷が癒えていないことを実感する。
 地上げ屋との交渉だろうがまぁいい、こういうのは下手に関わり合いにならない方が…

「そこの君、助けてくれませんか…?」
 黙って通り過ぎようとしたら気づかれて泣きつかれた。
 これが地上げ屋の方に気付かれたなら上手いこと言って退散できたが…
「なんだお前は?」
「…ただの雇われですよ、そこの方についさっきカツサンドで雇われた」
「そうなんです、ちょっと力仕事をお願いしようと…」
 なんか上手いこと口裏合わせてくれた、後でコンビニのでいいから奢ってくれよとアイコンタクトしつつエルレイドにそっと対峙する。
 敵は奴だけのようだが、クリップボードに挟んでるボールペンに書かれた不動産屋の電話番号からしてこの辺りじゃない。俺の携帯でジャミングかけるから増援は呼ばせないし、楽に行けるか…
「そういう訳でこれから力仕事の予定がありますので、また日を改めて頂けませんか?」
 とりあえず探りを兼ねて脅しを入れた、さぁどう出る?

「ハハハハハ、私を笑い殺そうとでも言うのかね君は?」
「そうだな、そんなにお望みなら一日笑い続けてから笑い死なせてやるよ」
 もちろんハッタリだが、隙を見て一撃で倒すか…!
「分かった、そうする」
 予想とか質問とはかけ離れた回答が飛んできた。
 何かの洗脳にでもかかったか他の奴に何か…?
「ハハハハハハハハハハ!」
 色々推測する俺を横目にエルレイドは突然爆笑しながらどこかへ帰って行った…

「ありがとう、あの社長に地上げされて少し危なかったんだ…」
「そうなのか、本当にヤバくなる前に知り合いとか警察に相談した方がいいぜ」
 明らかに普通じゃない事態が起こったが、幸いそこまで気にしていなかったらしい。
「君は悪い奴をどかす力仕事をこなしてくれたんだ、カツサンドぐらいはご馳走するから私の店においで…」
 本当にカツサンドか、ラッキー…!


 案内されたのは少し広めのバーだった。
 バーカウンターとビリヤード台、ダーツのセットもあり奥ではチェスの対局もやってるらしい。
「これがお礼だよ、飲み物はアイスコーヒーでいいかな?」
「むしろそれがいい、です…」
「分かったよ、それじゃあごゆっくり…」
 用意されたカツサンドにそっとかぶりつく。熱くはないが衣のサクサク感やソースの味も結構いい感じでなかなかいける…
 ぼんやりしていた思考がようやくすっきりして来て、さっきの現象について考察する余力が出来て来た。
 俺の奇妙な呪いじみた能力は恐らく死をもたらす効果がある。今までは相手を焼き殺すことでしか発動しなかったが、さっきは【笑い殺す】という死因を引き起こしたのかもしれない。
 もしそうだとしたら、能力の強化なのか元々あったのかは分からないができることは結構多そうだ。武器を知らずに使うのは危険だとシャイナさんも言ってたし、色々実験して分析しなきゃな…
 UBを倒すこと以外にやるべきことが見えた安心感にアイスコーヒーを飲んで一息ついた時、奥のチェス対局が騒がしくなるのが聞こえた。

「どうする、持ち時間は尽きて一手20秒だが?」
「どうするか…」
 見るからに偉そうにやすりで爪を研いでるブニャットと爪を噛んで次の手に悩んでるレントラーか…
 黒番のレントラーのが旗色悪そうなリアクションしてるが、待てよあの盤面…
 シャイナさんに教えられてチェスの対局もプロに行ける程度はある。
 ちょっと偉そうなデブにお灸据えるついでにあいつを助けてやるか…


「お待たせしました、黒番の代打ちです」
「代打ち…⁉」
「おやおや、敗戦になってからご到着とは君も運がないね…!」
「全くだよ、これから負けるお前がな」
 面食らった表情を見せたブニャットを前に、タイマーの裏に置かれた賭け皿に札を置く。
 わざとらしく財布が空になったのを見せるとニヤリと脂ぎった笑みを浮かべたブニャットも財布から全額賭け皿に乗せた。
「助けてくれるのは嬉しいけど、いくら君が強くてもこの盤面じゃ…」
「君ここのバイト?」
「うん、そうだけど…」
「じゃあ俺の賭けた十万だけくれたら残りは全部あげよう、それで詰めチェスの本でも買って勉強してから賭けチェスやった方がいい」
 持ち時間が尽きて一手20秒になっているが全く問題ない。
「それじゃあ君は…?」
「心配するな、この盤面はMate in 3で黒の必勝だ」
 ブニャットに不敵な笑みを見せてから、タイマーを作動させて左端にいた黒のキングを掴んだ。

「一手目、h6のキングをg6へ」
「ハハハ、キングから動かすとはとんだマヌケ代打ちだな…!」
「本当にね、キングの重要性に気付けなかったヌケサク上流階級さん」
 タイマーを止めて手番が変わるが、向こうもあんま持ち時間ないらしい。
「ビショップ、d2からe1へ!」
 キングの守りを固める動きか?だが遅い。
「二手目、a8のルークをh8へ」
 この一手でブニャットは冷や汗をかいて悩み始めたようだがここでどう動こうが俺の一手ですべてが決まる。
「………c6のポーンでxb7!」
「本来のプロモーション戦法か、だが遅かったな」
 スタンドバトルなら敗北フラグだが、チェスにおいては勝利を確信しているとすがすがしさまで感じるな…!
「三手目、h3のクイーンをh1へ、チェックメイト」
 キングの移動でhの筋を開けて隅のルークを援護に回し、クイーンで逃げ道を封じてチェックメイト、余裕ある勝利だった。

「ぐ ぐーッ! そんな ばかなーッ!」
 格好いい台詞も上流階級にあぐらかいたデブが言うとただの三下というかなんというか…
「ありがとう、本当に君勝っちゃうなんて…!」
「相手も弱かったし、何より君が諦めなかったからだろ」
 UBより手応えのない相手ではあったが、胡坐かいてるやつの喉を噛みちぎって引きずり降ろすのは違った面白みあるな…

 携帯電話が不規則な着信音を鳴らした。UB出現反応か…!
「じゃあ俺はこれで」
 背後でレントラーが何か叫んでいた気はするが、聞こえないままに店を出てUBの出現場所へ急いだ。


「ウツロイドとマッシブーンだけかよ、市街地とはいえ誰もいないうちにさっさと片付ける…!」
 シミュレーションで戦っただけだが、そこまで強い敵ではない。
 ウツロイドは毒とパワージェムに注意してヒートトリガーで攻撃、マッシブーンは筋肉こそあれど下半身は貧弱なのでカイリキーと戦う要領で足を崩すかヒートジョーカーで腕を切断して無力化する、無理なら焼き殺す。
 一番大事なのは恐れず油断せず戦うこと。
 シャイナさん曰く、最近のUBは月下団が戦っていた時より強くなってるらしいが、確実に倒す…!

「………!」
 毒液を躱しながら急所を手早く探して熱をチャージ、足の間にあることを確認したら威力調整を試す意味を込めて中ぐらいの火力で全弾発射。
 6発全弾撃ち込んで倒したが、中2発で倒せてたしこの距離ならフルパワー一発で行けるか。
「……!」
「おっと!」
 物陰でシリンダーに頬の毛から弾を投げ入れてリロードしているとマッシブーンが壁を砕いて襲いかかってきた。
 路地裏でマッシブーンとやり合うには周辺被害も大きすぎるし躱せる場所も少ない。砕かれたコンクリートの破片から身を守るように壁を蹴って飛び上がり、ヒートジョーカーを抜いて熱を送り込んで長剣サイズに変える。
 この距離なら腕、いや胴体ごといける…!
 ヒートジョーカーに熱を送り込んで赤熱化しながら飛び降り、ガードしようとした腕もろとも一気に叩き切った。


「UB反応なし、これで任務完了か…」
 熱を吸い取ってナイフに戻したヒートジョーカーを鞘に戻して帰ろうとした時、背後に気配を感じてヒートトリガーを静かに構える。
「誰だ!」
「君お店にお金忘れて、ってこの近くにUBもいるし、ってあれ…?」
 さっきのレントラーは俺が置き忘れた金を届けに来てくれたらしいが、途中でUBを見て慌てて俺を助けようと来た結果、UBの死体の傍でヒートトリガーを構える俺がいたということで…

「もしかして、君があのUB全部倒したの…?」

「…」
 そっと携帯に【場所を変えよう】とだけ打って見せ、説明を考える時間稼ぎを選択した…


「それじゃあ君はUBと戦うための戦士ってこと⁉」
「…声がデカい、もちろん極秘事項だからな」
 結局このレントラーの住んでるアパートに案内されて色々説明することになった。
 手狭な部屋がさらに狭く見えるぐらい騎獣クルセイダーグッズだらけだな…
 ヒートトリガーをチラ見せして暗に下手な真似できないように牽制はしているが、さっきからの反応は純粋に驚いてるだけなのか…?
「それは分かってるよ、だからもっと詳しく教えて…!」
「へいへい…」
 なんか目を輝かせて来る奴にはつい優しくなってしまうのは何故だろう、シャイナさんにバレたらしばらくトレーニング増量になりそうな気はするが、差し障りのない情報だけ教えるか…

「なるほど、つまり君は秘密裏に世界に侵略して来るUBをポケ知れず倒してるってことか…!」
「…だいたい合ってる」
 なんか騎獣クルセイダーじみてる気もするが、あんま表沙汰にしない方がいいだろうしそういうことに美化しておくか…
「…でもさ、隠れてUBと戦うならパッと見て誰か分からないようにした方がいいんじゃないかな?」
 さっき僕が見て君だと分かった様に、と付け加えられると痛いところを突かれた気がする。
 シャイナさんはUBとの戦闘時に姿を隠すことまでは何も言ってくれなかったからな…
「だからさ、仮面と服を着て戦ってみない?」

「仮面と服?確かに武器使うから問題はないが…」
「そうそう、服を着て仮面を被れば正体を隠すと共に防御力も上がるから君の活動には効果的だと思うんだ。騎獣クルセイダーだって仮面で顔を隠してるんだし…」
「でもあれ顔隠しても体はパーツアーマーだから分かるんじゃないか?」
「そこは作品の都合だろうけど、君は顔も体も仮面と服ですっぽり隠しちゃおうって訳だよ!」
 なんか滅茶苦茶明るいテンションに振り回されていたが、冷静になると色々ツッコミどころが多い。
「…その服はどこで調達するんだよ?」
「僕は趣味の範囲でなら作れるよ。今はまだ服を着るポケモンも専門職の時ぐらいで少ないけど、いつか服を着るのが趣味になるような世界を作るのが僕の夢なんだ」
「…それもそうだが、いきなり信用できるか分からないポケモンの話に乗るってのもな」
「そういや自己紹介まだだったね。僕はネメオスっていうんだけど、家族と将来で揉めて絶賛家出中。バンドもやりたいし格好いい服を作る仕事もしたいしヒーローの力になれる仕事もしたい、そんな夢はあれど今はしがないバイトだよ」
「…本当親ってのはどいつもこいつも、というか最後の夢ちょっと待て!」
「気付いた?僕騎獣クルセイダーシリーズのファンで、小さい頃からヒーローを支えることがしたくて憧れてたところに君に会ったんだ。大体分かると思うけど、折角のチャンスを無下にしたくないから君にとって不利益になることはしないよ」
 …そう言われると妙に説得力がある。下手な綺麗事より利害関係の一致の方がその面については信用できるというか…

「…下手な真似したら即刻射殺だからな」
「信用は勝ち取るから安心してよ、その代わり君の名前とか連絡先ぐらいは教えてよ」
「ナバールだ、番号は俺から鳴らすスタイルで行く」
「それはいいけど、ナバールって君のコードネームじゃないの?」
 こいつ、ガキっぽく見えて案外心理戦強いというか変に鋭いというか…
「ルトガーだ、もちろん外ではナバールにしろ、いいな?」
「それも分かってるから、その物騒な銃を降ろして…?」
 色々奇妙な展開になってきたが、どこか楽しんでいる俺がいるのは否定できなかった。


TURN16.50 死神曰く燃えよフェアリー


 あれから1か月ほど経過して、俺なりに色々動き始めてはみた。
 UBとの戦闘は変わらずだし、服についても採寸して以来なかなかネメオスからの進展もない。
 だが、あいつにも伏せてることは今日少し進展させるつもりで…
「データによると、テスティモーネ・ファータの残党はこの辺りか…」
 綺麗そうな建物だが周囲はゴミが片付けられてない。こういうタイプは決まって性格が噛み合ってないタイプのフェアリータイプの巣窟だとシャイナさんも言っていた。
 外部から防犯システムを探るがジャミング済みなので問題なし、恨みもあるし仕返しがてらちょっと潰すか…!


 門のロックを自動解除して真正面から入ろうとすると、いかにも用心棒らしいフラージェス二匹に止められた。
「何だ貴様!ここはテスティモーネ・ファータの支部だぞ!」
 なるほど、ビンゴか。
「分かった、じゃあ【お前たちは死ね】」
 その一言を声に出した瞬間、背中に熱が駆け抜け炎のイベルタルに変わり、高速でフラージェスを貫き焼き殺した。
 普通に使うと【炎のイベルタルで対象を貫いて灰になるまで焼き殺す】、って感じか。
 幸いまだ実験台はたくさんいそうだし、調べておきたいことを色々実験してみるか。



 一時間で大体のことは分かった。
・一度に出せる命令は6種類まで(ただし命令を出せる総数ではなく一回で同時に出せる命令の数のため、タイミングをずらせば問題なし)
・発動した相手からは発動前後能力に関する記憶が欠落する
・個別発動における対象は俺の五感で認識できていることが条件(吸血と組み合わせれば血の匂いや味の情報でも選定は可能)
・五感は直線的なものが条件、テレビカメラや電話は対象にならないが、望遠鏡や偏光レンズ、鏡といった光学的なツールは使用可能
・五感の射程外でも発動は可能だが条件等は現在不明、今後調査していく予定
・殺し方を指定しない場合は【炎のイベルタルで対象を貫いて灰になるまで焼き殺す】に統一、タイプ相性や特性による影響は受けない模様(それ以外でもイベルタル状の何かが死因を作っている様子を確認済、詳細は不明)
・方法設定は脳内でも可能だが、相手自身に死因を作らせる場合は声に出すことが必要(【転落死させろ】なら脳内で可、【その場で自決しろ】なら声が必要)
・【死の結果をもたらす行動】を強制させることも可能、【一日中笑い続けて死ね】といった命令はもちろん、【最後の一匹になるまで殺し合い、勝者は自決しろ】、【俺の質問に答えて死ね】といった発動も可能
・多重にかけることも可能だが、死が早い方の命令から発動されていく
・一度発動した命令に関するキャンセルや修正は不可能

 今分かるのはざっとこんなところか。
 支部もいい感じに全滅したし、あとは最後の一匹をどうするかだがもう決めてある。
「こ、殺さないで、死にたくない…!」
 完全に戦意を喪失して命乞いをしている青いニンフィアだけだが、そこまで相手にする必要はない。
「安心しろ、すぐには殺さない」
「ひぃっ…⁉」
 たまたま見分けやすい個体だっただけで残しておいたが、返り血に濡れた笑顔で言われても怖いだけだろう。
 記憶の欠落もちょっと怪しいし、一応足しておくか…
「大丈夫、ちょっと俺の実験に手伝ってもらうだけだから…」


 諸々片付けてからネメオス宛の着信が来た。
「久しぶり、元気にしてた?」
「元気そのものだが、今日はどうした?」
「ほら、君にこの前紹介したバンドなんだけどそのギタリストが使ってるのと同じ音の出るギターを知り合いに偶然貰ったから連絡しようと思って」
「…別に俺バンドはしないからな?」
「そう堅いこと言わずにさ、ものは試しだよ?」
 なかなか押しが強いというか何というか、この俺にここまで交渉できる胆力は相当のものだと内心感嘆符を抱きながら空を見上げると、返り血に濡れた青いニンフィアが空を飛んでいたトゲチックをリボンで捕まえて絞殺して微笑んでいた。とりあえずは作動してるらしいがここからが肝心か…

「ねぇ、聴いてる?」
 ぼんやりしていたせいでネメオスに声をかけられたが、丁度携帯から奇妙な着信音も鳴った。ナイスタイミング…!
「悪いがこれから出動だ、一旦切るぜ」
「ちょっと待って、ちょうど完成したんだよ第1号が…!」



 結局出動前にネメオス宅に案内されて着せ替え用ぬいぐるみにされていく。
 レーシングスーツみたいな機能ながらどこか洒落て見える服を着せられて姿見に写る俺の姿は普段よりも細くなってしまっていた。
「結構いい感じだよ!」
「…なんか俺細くなってないか?毛ぶくれする体質なのは知ってたがこれだと細すぎる気も…」
「着瘦せする体質なんだろうね、でも服着てCLAMP体型なら正体分かりにくくなっていいんじゃないかな?」
「そう、かもな…」
 元の骨格雌にモテやすいんだよとフォローはされたが、多分発育不良を未だに引きずってるだけなんだよな…

「まぁ心配しなくても今後も服は新しいの作っていくし、今日は問題なければそれで行こうか!」
 用意されたフルフェイスヘルメットのような仮面を被ると、完全に種族が特定できなくなった。
「これで視界良好なのがすごいな」
「特殊な偏光素材使ってるから、中はクリアでも外からは見えないんだよね」
「なるほどな、今日の出現場所はポケ通り多いし早速役立つな!」
「了解、頑張ってね!」
 服を着る感覚は慣れないが、どこか気持ちが引き締まる。
 ネメオスの服を着て紅蓮錦に跨り、勢い良く現場に急行した。



 市街地にUBが出現したのもあって案の定大パニックになっていた。
 服の重要性を説かれてそれが完成した矢先にこれはご都合主義すぎる気もするが、今は気にしていられない。
 ビルの屋上から紅蓮錦のワイヤークローを飛ばしてテッカグヤの胴体を挟み込み、トリガーを作動させて熱線焼却機構で胴体から一気に焼き尽くす。
 そのまま一気に地上に飛び降りながらヒートトリガーでウツロイドを撃ち抜いて倒していく。
 加速度を上乗せしたヒートジョーカーの斬撃でマッシブーンを横に両断し、返す刃先でフェローチェを斬り捨てる。
 レーシングスーツに隠したスピードローダーで手早く再装填してカミツルギを狙撃してデンジュモクに残弾を一気に撃ち込んで倒した。これで敵UBの反応はゼロ。
 さっさと帰ろうとした時、周囲で怯えていたポケモン達が歓声を上げて駆け寄ってきた。
「助けてくださりありがとうございました!」
「お名前は何て言うんですか?」
 市街地で目撃者が多すぎるが故の弊害というか、これはどうするべきか…
 バスターカートリッジで吹き飛ばす訳にはいかないし…

「あれはもしかしたら都市伝説になってる戦士ファイじゃないのか⁉」
「なんだって!それは本当かい!?」
 なんか周囲が変に納得してる、よく分からないがこの騒ぎに乗じて逃げるか…!



「とりあえず初陣はどうにかなったみたいだね」
「まぁな、正体はバレなかったが都市伝説の話する奴がいなかったら今頃質問攻めだったけどな」
「仮面の戦士ファイ、結構いい名前でしょ?」
「悪くはないが、ってあれまさかお前が…⁉」
 よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの得意げな顔でネメオスは俺に答えた。
「その通り、仮面のデザインした時から決めてたんだけど我ながらいい感じにできたと思ってるよ」
「ナントカ仮面とか付けられるよりは当然いいが、ファイの由来はどこから来た?」
「アンノーン文字の原型になった文字からだよ。数学用語である空集合、つまり空っぽの意味を持つφから来てるんだ」
「空集合、数学はよく知らないが無ということか?」
「そうでもあるよ。そしてφは0に射線を引く形でゼロじゃない、つまり無ではあるが確かに存在するとか、希望への可能性はゼロじゃないとか、そういったイメージで付けてみたよ」
 空っぽで空っぽじゃない、まるで俺のようでもあるし、空っぽじゃない存在でありたいという願いなのか…
「…気に入ったよ、ありがとうネメオス」
「そっか、良かった!」
 色々フレンドリーで微笑むことも多いネメオスが始めて心の底から笑ったような気がする。

「じゃあ服の新作も色々作ってみるね、どうも体内に蓄熱してるみたいだから適度には放熱できるようにしたいし、格好いいアーマーも追加したいよね、局部をガードできるアーマーはあった方がいいけどトイレは行きやすいようにしないと戦闘に支障でるかもだし…」
 互いの目的が一致しただけなのかもしれないが、それでもここまで俺のことを考えて調整してくれることに嬉しさを感じつつ、こんな俺に何かできることがあればいいが…


「ネメオス、さっき話してたギターで練習させてくれないか?」
「それはいいけど、急にどうしたの?」
「弾き方は知ってるけど弾くのは初めてでな、バンド組むならそれなりに使えなきゃだろ?」
「……うん!」


TURN16.75 血染めのネメオス


 夜のストリートも駅前は帰宅ラッシュも多い中でちょっとしたポケだかりができている。
 こういう時の歌についてはかなりピンキリあって大体キリの方だと偏見で見ているが、偶然にも今演奏しているバンドはピンの方だったらしい。
ギターとヴォーカルにデジタルサウンドを組み合わせた王道で新しさのあるバンドで、ネメオスの身体から電力を得たエレキギターでラスサビ手前のギターリフを奏で、動力源&ヴォーカル担当のネメオスはラスサビの歌い出しから高音で攻める。
「「BAD COMMUNICATI〇N!」」
 
 …まさか俺とネメオスで服のお礼も兼ねて始めた趣味のコピーバンドがここまでになるとは思ってなかったけどな!

 ネメオスと知り合ってから一年と3か月ほどが過ぎ、UBとの戦闘も仮面の戦士ファイとしてさながら騎獣クルセイダーごっこLv100みたいなこともしてるし、コピーバンドも予想に反してそこそこ名は知れてる、服の方も色々改良が加えられてある種の兵器じみて来た。
 色々シャイナさんから聞いてた情報による危険予測を忘れた訳じゃないが、ネメオスといる時間は少し心が落ち着く気がする。

「今日もお疲れ様!」
「お疲れ…!」
 ストリートライブ終わりにラーメン屋で軽く水のグラスを交わす。
 何だかんだ今日も上手く行って、投げ銭の額面的にラーメンと餃子足してもおつりが返ってくる成果だった。
「そうだ、例の追加兵装もそろそろ本格的に使えそうだよ」
「ニードルバルカンとネイルキャノンか、使ってみたら意外と便利だったからな」
 ヒートトリガーの機構について聞かれたときは色々不安はよぎったが、結果として熱伝導による空気の膨張を活かした機構のアレンジで放熱と共に射撃できる機構が完成するとは思ってもみなかった。
 試験段階での装備にはなるが、いずれは仮面に迎撃用のニードルバルカン、肩口に追加したマントの留め具に連射用のネイルキャノンを本格的に実装する予定とのこと。
 ヒートトリガー程精密性や威力がある訳じゃないにせよ、手を使わずにそれなりの火力で迎撃や牽制ができて、何より6発単位でリロード必須なヒートトリガーに比べて連射性に優れてるのが大きい。
 迎撃や目潰しとかチャフに使えるニードルバルカンはもちろん、ネイルキャノンは上手く当てればUB倒せる火力あるのが大きい。
 これからも戦えるのは俺だけなら装備もそこそこ必要だからな…
「お待たせしました、シンオウ塩バターラーメンとホドモエラーメンです!」
 運ばれてきた塩ラーメンをに渡して俺も辛口ラーメンをすする。
 辛口ながら旨味もしっかりあって、付属品の卵はもちろん野菜炒めトッピングとも意外に親和性高いのが個人的に好印象。
ふと窓の外を見ると、青いがプクリンをリボンで捕まえて至近距離からハイパーボイスを撃ち込んでいた。なんだ、今日もやってるのか。
「どうかした?」
「いや、思いのほか餃子来るの遅いなって」
「そういやそうだね、っと噂したら焼きたてだよ…!」
「ベストだな、タレとラー油用意するから好物堪能しな!」
「うん…!」


「それなりに食ったな、あの餃子結構美味かったし」
「ここの餃子、実はネットのランキングで上位なんだよね」
「マジか!?もう二匹前食おうかな…?」
「珍しくナバールも食いしん坊モードだな、でも次の楽しみで止めとくぐらいがいいんじゃないかな?」
「…それもそうだな!」
 別れの多い生き方だが、こうして悩まずいられる時間があるのは俺にとっては貴重かもしれない。
もしそんな存在を失くしてしまったら、きっと俺は…

「ねぇ、あれウィルソン議員じゃないかな?」
「…どれだ?」
「あそこで酔っぱらって暴れてるリングマ。あいつあんまいい噂聞かないんだよね…」
「あれか、酒癖悪い奴は嫌いなタイプだ」
 本当酒飲みとかリングマってのはどうしてこうろくな奴がいないのか…
 心の中で毒づいていると、急に空が赤い光に染まる。
 あれは投光器とかの光じゃない、もっとこう炎のような燃える赤…
 その光が点から形に変わる瞬間、リングマの体を貫いて一瞬のうちに焼き尽くした。

「何なの、今のは…?」
「とにかく急いでここから離れるぞ、何か嫌な予感がする…!」
 大パニックになる町の中、ネメオスをお姫様抱っこしたまま高速で駆け抜ける。
 血流と共に加速する思考は最悪の論理思考結果を叩き出そうとしていた。
「あれは俺の能力で作られたイベルタルの形状、そして過去にを狙った命令はたった一度だけ、それも初めて使った時に出したことがある…」
 あの日、グレースを守りたくて願った時に目覚めた死神の力、【リングマよ焼け死ね】のたった一言だけの命令と今の状況を重ね合わせると真実は一つだけ。

「まさか俺の能力は【種族を見分けられても個体を見分けられない】のか…?」

 俺自身も複数匹同じポケモンに並ばれると見分けつかなくなる感覚は前からあったし、敵を確実に撃破しないとどれが敵か混乱してしまうというウィークポイントも自覚はしていたが、能力にもその特徴が反映されていたとしたら、あの命令は未だに達成完了していない判定で、世界中でリングマを見つける度に片っ端から焼き殺していく怪奇現象のできあがり…
 ってことはカイナシティの謎の事件も、もしかして俺がリストに載ってたポケモンを片っ端から指定して【この町のどこかにいる○○を殺せ】と指定したら町中の種族すべてがターゲットに選定されて…
 それで一応謎は半分解けはするが、逆に解決になってない…
 つまり一歩間違えればあの時のグレースも、これからネメオスを危険な目に遭わせてしまう可能性も…?

 次々に不穏な推測が頭を埋め尽くして、ネメオスに家を通り過ぎたと言われるまで走り続けていた…


 あれから数か月後の1月末。
 気分転換や景気づけも兼ねてちょっといいホテルのレストランに俺から食事を誘ってみていた。
 ネメオスには「相談したいことがある」と言ってはみたが、本題の中に混ぜて話すかどうかはその時決めるか…

「ここ、結構綺麗なとこだね」
「まぁ、星付きホテルのレストランだからな」
 シャイナさんにこういう場でのマナーこそ学んで習得済みだが落ち着かないのはネメオスと変わらない。お互い無意識にミネラルウォーターを飲んで一息入れようとしていた。

「便乗にはなるけど、ちょうど今日君の服の10作目が完成したんだ!」
「それはおめでとう、でもファイのスーツは特に問題なかったよな?」
「基本は問題ないけど、着脱の時間短縮とか仮面の装着機構のリニューアルとかね。もちろん放熱機構や射撃兵装のスペックアップもしてあるよ」
「なるほどな…」
 確かに最近はUBの出現率や強さも上がっていて、シャイナさんが警戒していた事態も近いのかもしれない。
「運びやすいようにボストンバッグも新調したけど、装着だけで言えばナバールなら5秒もあれば変身できるから群衆の中でも正体ばれないね!」
「5秒あってもその場で姿変われば普通気づくだろ…」
「それもそうか、やはり変身タイムは0.05秒こそ理想なのか…」
 滅茶苦茶真剣な顔で悩んでる、そのうちヒートメタル製のスーツでも蒸着しかねないぞコレ…

「それで、ナバールの相談したいことって?」
「あぁ、実はこれから各地方を巡ろうと思ってるんだが、そうなるとネメオスとはしばらく離れることになるなって…」
「それはいいけど、各地方に何かあるの?」
「…ウルトラホール、つまりUBの出現箇所になる空間が各地方において出現するエリアに法則性があることや、バスターカートリッジで一発ビーム攻撃を打ち込めばホールを破壊してUBの出現を阻止できるってことが分かってきた。だからそこを叩きに行く」
「なるほど、ついに敵のスポーン自体を止めるって訳か…!」
「そのためにしばらくここを離れることになるんだが…」
「いいよ。でも本当に相談したいことって別にあるんでしょ?」
 フレンドリーかつ純真に見えて鋭く本質を捉えたような瞳、やっぱすごいな…
「ご名答、っとメイン料理来るしそれ食べながらでもいいか?」


「なるほど、つまり君は死神の力に呪われてるってことか…」
「大体合ってる、ネメオスはこれを笑い話として聞くか?」
 メインディッシュの肉料理もあんまり味わえるだけの心の余裕がない。
 割と本気でなんとかしたいとは思っていても、普通に聞いただけなら承太郎の悪霊関連と同じ扱いをされても当然の内容。しかも恐ろしさを証明するには目の前で誰か殺さなきゃいけないので下手な証明はネメオスを変に巻き込むリスクも大きいという現状…

「…ぶっちゃけ事情はよく分からないけど、その表情見たら噓じゃないことは大体分かるよ」
 そんな俺の予想に反してネメオスは承った、とでも言わんばかりの顔で俺の皿から付け合わせのきゅうりを食べていった。
 ありがとな…

「とりあえずコントロールの方法を考えるのが妥当だよね、実質ナバールの力って聞いてる感じ暴走フォームみたいだし」
「暴走フォーム?」
「騎獣クルセイダーシリーズで最近よく出る、強い力と引き換えに制御が難しく暴走してしまうフォームのこと。敵を倒すには最適だけど無関係なポケモンを巻き込んじゃったり、制御が難しいのって本当に暴走フォームみたいだなって」
「ってことは制御方法もそれなりに確立されてるのか?」
「鋭いね。基本な対策は二つあって、一つは制御用のアイテムを追加で使うこと。追加の武器だったりさらなる強化フォームへの布石だったり形状は色々だけど、コントロール用の追加アイテムを組み合わせることで上手く力を使いこなすスタイルだね」
「制御用アイテムか、あったら便利だがぶっちゃけ基本の仕組み自体がよく分かって無くてな、それを解析する方が手間かもしれない」
「確かにそこがミソだよね、僕もそういう方面はさっぱり分からないから現状制御アイテムは作れそうにないね…」
「それは仕方ないな、それでもう一つの対策は?」
 アイテム作戦が成立しないことを悟って、ネメオスはグラスの水を飲み干してから深呼吸した。
「それはね、精神論でコントロールすることだよ」


「せいしんろん」
「うん、精神論。要は気の持ちようというか強い心で暴走しないように抑え込むパターンだね、でもこれが案外多くて…」
「…役に立つのか?」
「意外と何とかなってるね。まぁ冷静さ失ったら対処できることも対処できないし、仲間のサポートとか守りたいって思いとかで…」
 そこから先のセリフは爆発音と重なって聞き取れなかった。


「何今の爆発は⁉」
「UBだ、それもテッカグヤより大型の個体らしい」
 携帯の反応を見ながら紅蓮錦を呼び寄せるスタンバイをしていると、テーブル下に置いてあったボストンバッグが俺の足元にスライドして来る。
「だったら戦士ファイの出番ってことかな!」
「ちょっと待ってろ、どこか隠れられる場所探して着替えてくるから…」
「その必要はないよ、みんなパニックになってるし僕が隙を作るからその間にスーツと仮面だけ装着して!」
 目を光らせて俺に合図してきた、そういうことか…!
「了解、時間稼ぎ頼むぜ!」
 ネメオスが電撃を放って周囲のポケモンの目が眩むほどの光量で発光、それと同時にボストンバッグから取り出したスーツに着替えて仮面を被る。
 光が止む頃にはマントも含めて装着完了していた。


「UBは任せろ、避難誘導を頼む!」
「分かりました、お願いしますファイ…!」
 すっかり戦士ファイへの対応に変えている容量の良さを少し寂しく思いつつ、呼び寄せた紅蓮錦からワイヤークローを窓に打ち込み、窓からワイヤーをジップラインの要領で滑って着地する。
「敵は大型はアクジキング一体とその他雑魚が多数、あの浮遊してるのは新型か?」
 フロント近くにいるUBをヒートジョーカーですり抜け様に斬りながら状況を把握していく。正面入口辺りにアクジキングが外部モニュメントを捕食中、だったら裏口に誘導すれば被害は軽微になるはずだしネメオスもそれを想定して動いてるな…!
 携帯電話に新型のデータ登録も完了、仮称アーゴヨンとでも名付けてみたが結構速いな…!
 毒液を躱しながらヒートトリガーで射撃を繰り返し、リロードしながらアクジキングを踏み台にしてZ座標をアーゴヨンに合わせる。
「下手な攻撃じゃきっと通じない、ならば最大火力で仕留める!」
 ヒートトリガーをバスターカートリッジと連結、牽制の毒液をニードルバルカンで相殺しながら逆にネイルキャノンを乱射して羽根を撃ち抜き空戦機動力を奪う。
 負けじと飛んできた竜の波導に合わせてトリガーを引くと、大出力のビームが竜の波導とぶつかり、やがて一方的に竜の波導をうち破って下のアクジキングごとクレーターを形づくりながら消し飛ばした。


「避難もあらかた終わりました!」
「助かった、あとは雑魚UBを片付ければそれで終わりだ」
 サポートをこなして駆けつけてくれたネメオスと情報を軽く交換する。強敵が多くて多少焦ったがあとは簡単だ。
「だったら簡単だ、ね…」
 ネメオスの声が段々ゆっくりになっていく。
「ルトガー、危ない!」
 一瞬のうちに突き飛ばされていた。
 少しだけ遠ざかる視界に崩れ落ちる鉄筋コンクリートの破片が見える、アクジキングが齧ったせいで崩れたのかよ…


「……ルトガー、ルトガー………!」
 俺の本名が呼ばれてる、一体何がどうなって…
 激痛に耐えながら目を開けると、血に濡れたネメオスが俺を起こしていた。
「良かった、大きなケガ、なさそうだね…」
「ネメオス、お前の方が重症じゃねーか!」
 急いで動こうとしたが俺も瓦礫に下半身が埋まって動けない、紅蓮錦を呼ぼうにも携帯も落とした…
「ヒーローを支える仕事、憧れてたから…」
「でも仕事は選べよ!救助隊呼べばまだ助かるから…」
 ネメオスは俺を庇って突き飛ばした時に瓦礫が直撃したらしく、鉄筋が何本か突き刺さっていた。
 敢えて言わなかったがこれなら急げば助かるのが事実、だからネメオスだけでも助かってくれ…

「…大変だ、裏口の方はホテルの看板が落ちたらしくて犠牲者がたくさん出てる…!」
「何だって⁉」
 透視で救助隊を探してたネメオスが青ざめた。
「みんな怖がって怒ってる、きっとあっちに誘導した僕のせいだ…」
「お前のせいではない、このホテルの設計とUBのせいだ!」
 当たり前とはいえ、必死に頑張って事故に巻き込まれただけのネメオスを責める連中も今の俺にとっては敵同然の存在にすら思える。
「とにかくこの瓦礫どかすの手伝ってくれ、それさえできればあとは俺がこのホテル内の敵を全部殺してやるから…!」
 今できるのは一刻も早く敵を全部殺してネメオスを救助隊に預ける、それだけだ…!


「そうだね、僕はこのホテルにいる敵を全部殺さなきゃ…」
「ネメオス、何言ってるんだ…?」
 急にネメオスの言動がおかしくなった。まるで俺の思考を反射しているような…
 まさか…⁉
「僕はこれからホテルにいる敵を全部殺すんだ、ウルトラビーストも、僕たちを非難する敵も、君と僕以外は全部敵なんだ!」
「ネメオス、それは俺の命令じゃない!忘れろ!」
「待っててねルトガー、敵を全部殺して君を助けてあげるから…!」
「待つんだ、ネメオス!」
 優しい笑顔は俺を置き去りにして消え去り、数分後には裏口から電撃の音と悲鳴だけが響き渡った…


 しばらく瓦礫の中でもがいていたが、左鞘にヒートジョーカーが残っているのに気付いた、これに一気に熱を送り込んで伸ばせば…!
 刃が伸びる勢いで周囲の瓦礫を弾き飛ばして脱出成功。携帯もヒートトリガーも回収して紅蓮錦を呼び寄せてホテルの状況を確認する。
 どうやらネメオスは順調に最上階に向かってUBを倒しながら進んでいるらしいが、あの身体じゃ最上階に着く頃には力尽きてしまう。
 そうなる前にできることはただ一つ、先にUBを全部倒す!
 ワイヤークローを屋上に飛ばして一気に巻き上げ最上階の窓からマッシブーンを轢き殺しながら突入、ヒートトリガーやネイルキャノンで片っ端から倒しながら、面倒な敵はワイヤークローで掴み熱線焼却機構で焼き殺していく。
 階段にUBが湧いてるのに内心絶句しつつネメオスがいないことを祈りながらバスターカートリッジで階段ごとUBをまとめて消し飛ばす。エレベーターのカゴも威力を抑えて撃ち壊し、空になったカートリッジを紅蓮錦に置いてエレベーターのワイヤーをつたって階下に降りていく。
 ちょうど一つ下の階でネメオスを見つけた。返り血かネメオス自身の血かも分からないけど、全身を血に濡らし、必死にUBと戦っている。
「ネメオス!」
 最後の敵と思しきデンジュモクに向かってワイルドボルトで突撃するネメオスとシャイナさん直伝の跳び蹴りでデンジュモクを狙う俺の攻撃が炸裂したのは同時だった…



「ネメオス、ごめん、俺のせいで…」
「いいよ、あれ全部僕の意思だったから…」
 仮面を外して衰弱したネメオスと話しながら紅蓮錦で外に脱出したが、今救助隊が来ても助かる見込みはない程にネメオスは弱っていた。
「仮にそうでも、こんな目に遭わせた俺に恨み言の一つぐらい…!」
「何言ってるの、僕は君のおかげで夢を諦めずに済んだんだ。むしろこれはささやかな恩返しみたいなものだから…」
「なんでそう、前向きに…」
 一気に脱力感が襲ってきて座っていられなくなった、出血こそないが俺も大概ダメージ負ってるんだったな…

「ルトガー、今助けるから…!」
 膝の上で弱っていたネメオスはゆっくりと起き上がってきた。
「確か、君は吸血を覚えてたよね…」
「やめろ、これ以上無茶したら死ぬぞ…!」
「僕の血ってそんなに美味しいかは分からないけど…」
「やめてくれ、死ぬな…!」
 正反対の願いは届かないまま、ネメオスは俺の口にそっと血に濡れた口を重ねた。
 鮮血が俺の口に流れ込み、牙に染み込んで体に力がみなぎっていく。
 無意識に絡め合っていた舌も、ネメオスの力が弱まっていき、自然に口ごと離れていった。


「ネメオス…」
「必ず勝ってねルトガー、ウルトラビーストに、そして、君自身を縛る呪いに…」
 ゆっくりと俺に微笑んで見せて、そっと眠る様に目を閉じた。


 別れの言葉も思いつかず、【さようなら、またいつか】とだけ呟いて仮面を被り直し紅蓮に跨った。
 行こう、この力が呪いだとしても、今はUBを止めることだけを考えて動くだけだ。
 呪いをどうにかする方法はこの戦いの中でなにかしら見つけてみせる。

 場合によっては俺自身を止めてでも呪いを止めてみせるから…
 ありがとう、ネメオス…


TURN17 最後の希望は砕けない


 鉄の匂いを感じた直後、口の中に濃い血の味が広がる。
 牙に染み込み喉を流れていき、朦朧とする意識が少しずつはっきりとしていく。

「残念でした、思い詰めてたみたいだけど君は天国に行きそびれたみたいだね」
 ぼんやりした視界の中で目を開くと、ちょっと汚れた天井が広がっている。
 まるで年季の入った工場の事務所とでも言わんばかりの部屋、こんな場所に来た覚えはない。
 天国に行ける覚えはないし地獄にしては情けない程迫力がない。というか天国に行きそびれたとか言われたしな、って誰だよ今言ったのは…⁉
 横にされていたソファから起き上がって低血圧の頭痛に顔をしかめると、嘴を血に濡らしたジュナイパーが俺を覗き込んでいた。
「無理しない方がいいよ、君はまだ意識取り戻したばかりなんだから」
「お前は…?」
「昨日会っただろう、シャルフだよ」
「…そうか」
「思いのほかあっさりの対応に内心傷つきつつも親切な僕は君が聞きたいであろう事柄について先に答えよう、ここは僕が住み込みバイトしてるアンブレオン社公認のアルプトラオムフランメの修理工場、君はさっきの戦いで海に落ちて流れ着いてたから待ち構えてた僕が君をサルベージ、弱ってても生きようとしてた君に血を飲ませたら見事に息を吹き返したってとこかな」
 なんか要点はざっくりと掴めたが、色々掻っ攫われたような…
「とりあえず君の紅蓮と携帯電話は回収したけど、スーツや仮面は破壊されて流されちゃったみたいだからあんまり贅沢言わないでね」
 テーブルに置かれた携帯と意識を失う瞬間まで握りしめていたヒートトリガー以外は全部流されたと考えて良いだろう、紅蓮錦は奥の整備ルームに保管されてるらしい。

「そして君の質問に答えたんだから、僕の質問にも答えてほしい」
「…質問による、とだけ答えておく」
 ゆっくりと立ち上がり、部屋の両端で矢と銃を向け合う。
「君は何故、ルトガーという名を持ちながら、ナバールという偽名を使いファイとしてUBと戦っていたんだ?」
「…そこまで気づいてたのかよ」
「政府のデータベースでは種族ごと死んだはずの君が生きているのでピンと来た。そんなかつて僕を助けてくれたルトガー、その君が一体何故あんな戦いに…?」
「………俺が、ナバールのコードネームと意思を継いでいるのもあるが、何よりも大切な存在を守りたいからだ」
 無意識に銃を降ろし初めて俺の心を明かす瞬間、外の音すらも静かになっていった。

「俺はかつて虐待で唯一の家族を失い、存在しなかった未来すら奪われた。だがそんな俺であっても信じてくれる存在がいて、俺に近づく度に世界の理不尽に傷つけられる、そんな世界から守りたかった。偶然手に入れた力とかつての英雄の同じ種族に同じコードネーム、それを活かせば俺にという忌み嫌われた存在を隠して守ることができる、かつてタマムシシティで命と引き換えに世界を守ったナバールに俺がなることでUBと戦いに世界を救う、これしか方法が…!」
 誰かに明かすこともなく胸の中で渦巻き続けた叫びを声に変えた時、俺にもよく分からない程の混沌と化していたが、それでも無意識に叫んでいた…

「よく分かるよ、僕もあの時タマムシシティにいたから……」
「ナバールが死んだ戦場に⁉」
「まだタマゴだったけどね。僕の家族はみんな旅行先でUBに殺されて僕が生まれる前に死ぬのも時間の問題だった…」
 被害者は多数だと聞くし、観光客がいてもおかしくはない…
「でもその時助けてくれたのが英雄ナバールだった。数か月後に生まれてから彼のことを知り、騎獣クルセイダーシリーズも全作履修して、あんな英雄に憧れて、その夢を現実に砕かれかけた時に出会ったのがルトガー、君だったんだ…」
「それであの時オレンの段ボールに…」
「あの時君に出会えたからこそ、僕は僕なりの方法でUBと戦ってこの町を守ることで英雄ナバールに少しでも追いつくための行動を始めることができたし、ナバールの様に僕を救ってくれた君に恩返しをしたかった…」
 シャルフもまた、いつの間にか矢を外して胸の内を俺に語っていた。
「再会できるとは思ってなかったし、昨日とかさっきの言動には驚いて僕も内心焦ってたんだけど、名前を変えても仮面を被ってもやっぱり君の優しさは変わってなかったんだね…」
 俺の頬に翼でそっと触れながら泣き濡れた瞳で俺を見る姿はさながら救世主を見つけたとでも言わんばかりだった。
「それで昨日は俺を試すような言動を…!」
「君も辛い思いしてたのに変なことしてごめん、でもこれで、良かった…」
「シャルフ!」
 ゆっくりと血の気が引いたように崩れ落ちるシャルフを抱きかかえ、テーブルの籠にあったオレンの実の果汁を血に濡れた嘴に流し込む。
 俺に血を飲ませるために無理させたところに悪いが貧血の体力回復にはこれで治す…!

「…っはぁっ!」
 水中から顔を出して息継ぎするように深呼吸を始めたシャルフに内心安堵しつつ、果汁を絞りかけたオレンの実をそっと左の翼に握らせる。
「ルトガー…」
「狙撃手シャルフ、UBと戦い町を守るというならむしろこれからが本番だろう、そうだな?」
「…イエス、ユア・マジェスティ!」
 右の翼と右手を静かに握り合った…



「それで、君がそこまで思い詰めることって一体何があったの?」
 意識が逸れていたが肝心なことを思い出した、俺はグレースを巻き込まないために飛び降りようとしたらUBやコバルトが来たせいで色々流れが狂って…
「冗談だと思うなら笑ってくれ、だがこれから話すのは全て真実だ…」


「…なるほど、死をもたらす呪いを持ってるけど制御できなくて種族単位で絶滅した前例もあるからこれ以上誰かを巻き込まないために自殺しようとした、か…」
「笑ってくれても別にいい、冗談にしか聞こえないことは俺もよく分かってる…」
「いや、君の言動は噓をついてるようには見えないし、むしろ笑うよりアドバイスしたいとでも言うのかな…」
 呟きながらシャルフは棚から瓶を取り出して紙コップに中身を注いでいく。
「ここから先は僕の推測を含む話にはなるけど、多分君の呪いは君の優しさ故に目覚めたものだと考えられる…」
「俺の、優しさ…?」
「強くなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がないとはよく言うけど、この世界において君の呪いは存在自体が危険という解釈は間違ってないのかもしれない。例えるならメダルを奪い合うゲーム中にメダルを砕く力を持ったプレイヤーが参加した並の脅威だろう。だからこそ、それを私利私欲で使うやつが持っていたとしたら、この世界は君が悲観するより前に滅んでしまってるよ」
 もし俺以外がこの呪いを持ってた場合か、正直考えたこともなかったが、逆に俺だからこそ制御に悩むだけで済んだという可能性もあるのか…
「それによく考えてみてよ、たまに制御できなくなって種族単位で絶滅しちゃうかもしれない呪いと世界を現在進行形で侵略してくるUBとそれを操ってるであろう存在、どっちが危険かで言えば今危険をもたらすUBの方が危険に決まってるじゃあないか!」
「キッパリ言われるとそんな気もするがそういうものなのか…?」
「いつか来る大災害よりも明日にやって来る月曜日の方が怖い、普通はみんな今迫ってる危険の方が小規模だとしても恐れるものだよ」
 勧められた紙コップの透明な中身に反射する俺は、苦悩のようで驚きと光明を得たような表情にも見える…
「これどんな水、ってウォッカか…」
「君のお腹でリアルなブラッディ・マリーを融合召喚しようと思ってね」
 だったらマトマジュースも寄越せと返しつつ、今は肩の力を抜いておけと言われているような気がした…

「仮に今は脅威じゃなくても、いずれ起こる被害を考えればどう制御するか考えなきゃ結局何も解決してないんだよな…」
「結構真面目だね、封印じゃなくて制御だから協力したいけど現状何も思いつかないんだよね…」
「普通そうだよな…」
「…強いて言えば君がコンディションを立て直すことが一番の対策かもね。今のコンディションが十分でない状態じゃ、制御できるものも制御できなくなるよ」
「それもそうか…」
「そういうものだよ、ちゃんとご飯食べて寝ることができないだけでも上手く行かないこと多いからね」
 根本的な解決は何もしてないけど、それでも思い詰める程追い詰められた感覚は弱くなった。
「だったらそろそろ戻るか、ありがとうな」
「これぐらいはお礼言われる程じゃないよ」
「今更だがこれ、UBサーチャーのアプリとUBのステータスや急所等の戦闘データだ」
「…お礼に君を泊ってたホテルまで送ってくよ、それぐらいはしなきゃね」
 黙って頷き弾切れのヒートトリガーと携帯電話を持って部屋を出た…


「紅蓮錦はこっちて修理してみるよ、熱線焼却機構は直せないかもだけど基本走行ぐらいなら直せるはず」
「よろしく頼む…」
「それじゃあ僕の愛車C-1500で送ってくよ、助手席にどうぞ」
「いやこれシボレーじゃなくて黒く塗っただけのハイゼット…」
「いずれモノホン買うからそういうことにしといてよ」
「へいへい…」
 軽トラだろうとシャルフはピックアップトラックだと思って乗りたいらしい。
 気持ちは分からなくもないが、やっぱこれハイゼット…

「とりあえず君は戻ったらグレースって子に無事を証明した方がいいんじゃないかな。誰にも気づかれずに君をサルベージしたせいで、多分あの子ホテルで泣きながら君の無事を祈ってるだろうから…」
 そうか、グレースは今…
 闇夜を透過して鏡のようになったウィンドウを見ながら携帯を開き、コールボタンを押そうか迷って結局閉じた。
 正直どんな顔して戻りゃいいのか分からねぇ…
「まぁ今夜はしっかりあの子と話して分かり合って、ちゃんとご飯食べて寝るんだよ。コンデション良ければロマンティクスしちゃってもいいかもね?」
「…分かったよ、ロマンティクスって何だ?」
「知らないの?交尾を暗喩する流行のネットスラングなんだけど、この流れでそろそろそういうことしてくれなきゃこの作品非官能部門行きになっちゃうよ?」
「俺の知る問題か…」
 行く先も現状もやや居心地悪いが、最近は居心地いい場所に居過ぎた弊害か…

「デッドオアアライブ続けてたらやる気出ないのも分かるしデリカシーなかったのは謝るよ。ホテルまではもうちょいかかるからちょっと寝てアルコール抜いときなよ」
 特に答えるでもなく黙って目を閉じる。

 シャルフはこう言って結果的に俺を拒まないでくれたが、一番の不安材料は現状不明。
 拒まれて当然だが、俺はあいつの、グレースの近くにいてもいいのか…?


TURN18 闇に風を吹かせるような仕事


「………」
「…怒ってるのか?」
「……別に、怒ってなんかないよ」
「……じゃあなんで黙ってしがみついたまま離れないんだよ?」

「だって、今離れたらルトくんまたどこかに消えちゃいそうだから…」

 シャルフの運転するハイゼットの中で眠っていたらいつの間にか部屋に運び込まれていて、目が覚めたらグレースに黙ったまましっかりと抱きしめられて体感で早30分経過。
 せめて解放するか何か話すかしてくれればまだマシなんだが…
「いい加減話すか離すかどちらかはしてくれないか?」
「…やだ」
「このやりとりもう何回目だよ…」
「さっきだってUBから私のこと助けてくれることを優先してくれたし、誤解してルトくんをいじめたお父さんにはちゃんとビンタしといたけど、ルトくんを苦しめてたことはまだ解決してないはずだから…」
「誤解させた俺も悪かったし、アルプトラオムフランメ壊しちゃったけど怒ってなかったか…?」
「むしろ無事に会えたら謝りたいって言ってたけど、今夜は誰にも無事を教える気はないし私をいっぱい心配させた分離れないから」
 ちょっと拗ねたようなセリフで抱きつく力が強くなった、俺に呪いさえなければ少しはこの状況を喜べたのかな…

「…ちょっとシャワー浴びてくる」
「嫌だ、バスルームで溺死しちゃうから行かせない…」
「…」
 俺だってバスルームで溺死なんてダサい死に方したくねぇよ…
「…つってもさっき海に落ちてから体洗えてなくて気持ち悪いんだよ」
「……じゃあ体洗ってあげるから一緒に行く」
 多分ここまで詰められると、堂々巡りしようが絶対離れないとでも言わんばかりの意思を感じる。
「………来てもいいが、シャワー浴びてるとこは見るなよ」
「分かった……!」
 離れないというかもはや背負われてるといった方が近い体勢でグレースは俺にしがみついたままバスルームまでついて来た…


 最大温度まで上げたシャワーを頭から被って海水に濡れた体を洗っていく。
 尻尾はしっかりと鰭で掴まれてはいるが、それでもカーテンで視界を遮れただけでも気分は少し楽になれた。
 UBのことも呪いのことも根本的な解決なんて何一つできてないのに、こんな気休めで喜んでる俺自身がどこか腹立たしい…
「ルトくん、シャワー気持ちいい?」
「…それなりにな、こんなこと気休めにしかならないって分かってるのによ…」
「気休め?」
「UBの件も呪いの件もどっちも深刻になってるのに突破口すら見えないってのに、こんなの体を綺麗にする以外は気休めにしかならないだろ?」
「呪いって一体どういうこと?」
「昨日喫茶店のリングマが焼き殺される事件あっただろ、あれがどうやら俺の呪いらしい…」
 本当なら話すこともなくお別れのはずだったのに、戦意に満ちたシャルフに一度全てを話したのと尻尾を握る感覚が妙に切なくて無意識に話し続けていた。
「要は自由自在に敵を殺す力だが、個体の区別が上手くつかずに暴走すると種族単位にターゲットが移行するし変更もキャンセルもできないから俺にも制御不能だ」
「それってまさか…」
「初めて使った時もあのリングマを狙ったはずが結果的に種族単位で世界を飛び回り焼き殺して回る怪異のできあがり、カイナシティの事件だって俺が敵をリストから探して片っ端から撃ち込めば怪死事件は半分完成する…」
 真実はグレースをも困惑させたらしく尻尾を掴んでいた鰭も自然と離れていった…

「だから、グレースは早くコバルトと一緒にアローラから脱出してくれ。いずれここはUBの襲撃にも遭うし俺の呪いだって離れたら多少はマシになるから…」
「…そんな、そんなのおかしいよ!」
 完全に閉め切ろうとしたカーテンが半分開けられて半泣きのグレースに叫ばれた。
「確かに事故はあったかもしれないけど、あの時は私を守ろうとしてくれたんだし、カイナシティの時だって敵をやっつけるのも私が無事だったのも、きっと誰かを守るために戦おうとしてるんだよ!それなのにルトくんが悪者なはずないよ…」
 やっぱ、辛くなるぐらいに優しいんだな…
「気持ちは嬉しいがこれを制御できなきゃいつかグレースを傷つけちまう、俺はそれだけは嫌なんだよ、もう大事な存在を俺のせいでこれ以上失うなんて…」

「やっぱり、泣けてくるぐらい優しいよルトくん…」
 出しっぱなしのシャワーと換気が追いつかずに湯気に満たされるバスルームの中で、とうとう核心を話していたことにしばらく経ってから気が付いた…


「でも大丈夫だよ、私、これでも学校のバトルの授業では一番強かったから…」
「あのなぁ、戦闘不能で決着つくような授業レベルで呪いどころかUBにも勝てるかよ⁉」
「…馬鹿にしないでよ、わ、私だって本気出せばルトくんにだってタイプ相性でも勝てるんだから!」
 制止しようとすると取り消せよとでも言いたげな表情でグレースがファイティングポーズを取っている。
 この時点で震えているから結果は見えてるが、現実を知らせるためにもここで退けるかよ…!
「…だったら一発でも俺に攻撃当ててみろよ、逆に俺が一発でも当てれば諦めろ」
 互いに構えを取りながらさりげなく視線を洗面台の方に移動させる。
 洗面台の上にはヒートトリガーを置いてある、あれを取れば…
「先制で行くよ!」
 ハンデ代わりに先制を譲って飛んできた水の誓いをシャワーカーテンを盾にして防ぐ。
 ファイのスーツのマントも防水機能があったからこのぐらいは想定内。
 そのままカーテンを押し返し、視界をくらませながら洗面台のヒートトリガーに手を伸ばす…
「させない!」
 バルーンでヒートトリガーが弾かれて浴槽に落ちていった。
 手を伸ばして無防備な体勢の俺にうたかたのアリアが迫る…
「銃はデコイだ!」
「⁉」
 60から180の速度を瞬間的に解放、指を折り曲げて第二関節でグレースの喉に突きを入れる。

「…、………⁉」
「地獄突きだ、威力は抑えたがしばらく声は出せないぜ」
「………!」
「じゃあな、これが現実の戦いだ」
 拳に雷撃を纏わせ、洗面台を背にへたり込むグレースの顔面目がけて放った。


「………?」
「…馬鹿野郎、戦いはスポーツじゃないんだ。一度負けたら殺されて終わり、半端な気持ちで首突っ込む前にそれをしっかり理解しろ!」
 渾身の雷パンチはグレースの顔の傍をかすめて狙い通り背後の鏡を粉砕、決め手の地獄突きだって普通のより威力を抑えておいたが、それでも少し間違えば…
「俺に関わると危険だってこと、なんで俺がわざわざグレースを危険な目に遭わせて教えなきゃならないんだよ、こんなことしたくもないのに…!」
 怯えて泣いているところにまくし立てても酷だと分かってても叫ばずにはいられなかった。
 少しずつ声も戻ってきたらしいグレースはへたり込んだまま、青い下半身が少しずつ黄色い水脈に濡れてしまっていた。
「………ごめん、だけど…」
「だけど…?」
「私だってルトくんのこと助けたいってこと、それだけは誤解しないで…!」
 俺の心を埋め尽くす闇の様な怒りと悲しみが一瞬動きを止めた。
「…確かに直接何かはできないかもしれない、でも私にできることでルトくんの力になれることなら何でもするから、もし私にどうしようもないUBや呪いが来るのなら、ルトくんが傍にいて守ってよ…!」

 闇に亀裂が走り光が差し込むような感覚、上手くは言えないけどこんな俺を拒まないどころか信じて受け入れてくれようとしている、この感覚が何故かどうしようもなく求めていたみたいな…
「俺はグレースを死んでも守るが、なるべくグレースも生き延びる努力はしてくれ。じゃないと今度こんあ存在を亡くしたら多分俺が現世に生きる理由無くしちまう…」
 伸ばしてかけて迷っている手に対して、そっと両鰭を開いて答えてみせてきた…
「それは頑張るけどルトくん死んじゃ嫌だからね?12年近い初恋とやっと再会できたんだし、ちゃんと一緒にいられて良かったって思わせてあげるから…」
「…俺だって12年前からずっと想ってたんだよ馬鹿」
 伸ばしたかけた手を柔らかな背中に回し、鰭に俺の背中を包み込まれて12年ぶりにゼロ距離になった…



「とりあえず一回シャワー浴び直そうぜ、このままじゃちょっとまずいだろ」
「…うん、ありがと」
 グレースが諸々に濡れてしまっててあんまいい気分じゃないだろうからそれとなくシャワーを浴びる誘導をする。
 泣かせたことは洗面台が解決してくれるがもう一つの方はシャワーじゃないと無理あるからな…
 ボディーソープを泡立ててそっと下半身の辺りを優しく泡を付けるように撫でていく。
 大まかなとこだけしたら細かいのはグレースに任せておく。
「…私もうすぐ20なのにお漏らしちゃったの、お父さんには黙っててね」
「俺たちだけの秘密にしとくよ」
「ありがとう、でも私修学旅行中も例の日におねしょしちゃってたらしいから、もしかして病気なのかな…?」
「心配なら相談はした方がいいが、その二回については心因性だろうしあんまり気にしない方がかえっていいかもな」
「なるほどね、って修学旅行のことはどこで知ったの…?」
「…例の事件の時だから、助け出した後のことはぼんやり覚えてて」
「…ごめん諸々忘れたことにして、もうこのままじゃルトくんのお嫁に行けない…」
「忘れるし他の雄には渡さないから、とりあえず泡すすごうぜ」
 なんかシリアスの香りを感じて一旦すすぎで流れを逸らしておいたが、俺にそんなこと…

「色々優しくしてくれてありがとう、次は私がお礼に色々してあげるから…」
「別に大したことしてないし、気持ちだけで十分だから…」
 色々心の準備とか上手く言い表せない感覚を前に、グレースはそっと両鰭を広げる。
「…おいで」
 その一言で心は無意識に体を動かしぬくもりの中に飛び込んでいた。
「本当に逞しくなったよね、こんなに強くなっちゃって…」
 抱きしめられながら頬や首筋にキスされていく、誰もいないし飛び込んだのも俺からとはいえちょっと気恥ずかしい…
「傷の舐め合いしてもらえるとはな、正直こんなの慣れてなくて…」
「グルーミングって言ってよ、リラックス効果あるってのは共通してるけどね…」
 呟きながら背中に回されていた鰭が腰にゆっくりと移動していく。
「火傷しないように気を付けろよ」
「あったかいぐらいだから大丈夫だよ、それにしてもこんなに元気なんだね…」
 鰭が触れる箇所の違和感に気付いて下を見ると、グレースはいつの間にかビルドアップしていた肉棒を鰭で包み込んでいた。


「…俺、いつからこうなってた?」
「さっきのバトルの後、私のお漏らし見てからずっとこうなってたよ」
「マジか、半年ぶりに反応したせいで完全に失念してた…」
 ちょうどネメオスを亡くしてからはずっと戦闘続きだったりそういう気分にもなれず、気がついたらそういう感覚自体を忘れかけてた結果が今に至る…
「色々大変そうだったからね、それとルトくんってもしかしておしっこ見るの好きだったりする?」
「………昔病院でグレースのしてるのを見てドキドキして以来な、幻滅したか?」
「幻滅はしないよ。むしろ結果オーライというか似た者同士というか…」
 …最後どういう意味だ?似た者同士ってどの辺がだよ?
「…思ってたのとはちょっと違うけど、雌として魅力感じてもらえて嬉しかったしさっきのこととか忘れてって行ったけど思い出していいからね、何だったらまた見せてあげるし」
「お、おう、ありがとう…」
 似た者同士って、まさかな…

「それにしてもあったかくて撫でたくなっちゃうな、可愛がっていい?」
「流石にそれはやめ、丁重にしてくれあと痛いっていう時はマジに痛いからすぐ止めてくれ…」
「りょーかい、にしても半年ご無沙汰のわりには経験あるの?」
「…一応流れだけな、経験にカウントするかは任意レベル」
「じゃあ初めてってことで、私こういうの初めてだから一緒に経験したい…」
 猥談でその上目遣いは反則だろ…
「それで、半年ぶりなら溜まってるだろうし気持ち良くしてあげようか?」
「タマゴ出来たらどうすんだよ、俺戸籍もないし面倒見られる状態じゃないのに生まれた仔可哀想だろ…」
 結構本気で答えたはずがグレースには一笑に付された。
「そこまで考えてくれたのは嬉しいけど、今は軽いのでお願い。私もまだ心の準備できてないしお父さん近くにいるとちょっとね…」
「俺の心配返せよ…」
「ごめんごめん、でも昨日手伝ってあげるって約束したのは守るから…」
 頬を染めたまま昨日の約束は白い方で果たされそうになっていく…
「お礼とか上手くできるか怪しいが、いいのか?」
「気にしないで、これでも白くない方は弟のお世話で慣れてるから!」
 謎に自信たっぷりに返されたが俺も謎に信頼していた…

「じゃあ、よろしく頼む…」
「はーい、半年我慢した分いっぱい出してね…」
 棒を包む鰭がゆっくりと棘を撫でるように動き始めると同時にグレースの口が俺と重なった。
 軽い挨拶のようなキスから舌が口の中に入ってきて、長い間失っていた片割れを見つけたとでも言わんばかりに絡み合う。
 絡み合うぬくもりを伝え合うように唾液が絡み合い、舌が互いの牙をなぞり息が続かなくなるまで交じり合っていた…
「初めてやってみたけど案外上手くできるもんだね…」
「本当にな、血の味しないだけでこんなに違うなんて…」
「?」
 疑問符にはこっちの話と答えておいたがそれでも全然違った。
「キスで忘れかけてたけど、こっちもしっかりやってなかきゃね」
 キスの最中に動きがほぼ止まっていた鰭の動きが再び活発になっていく。
 鰭で撫でるだけじゃなくて玉の辺りを揉まれたりそっと息を吹きかけられたり、あの手この手でもたらされる快感に俺の息も荒くなっていく…
「どう?気持ちよくなれてる?」
「半年ぶりってのもあるけど、かなり気持ちいい…」
「なら良かった、出そうになったら教えてね」
「了解、でももうしばらくはかかりそうだし一旦体勢変えるか?」
「そうだね、体格的には浴槽の縁に座ってくれた方がやりやすいかも」
 グレース的には低い位置の方が楽らしいし俺も座った方が楽なのは間違いないので縁に腰掛ける。
 別に早かった記憶はないが久々すぎて快感に慣れてない反面出す準備できてなかったのか…?

「んー、まだかかりそうな感じ?」
「…そうだな、大分丁寧にしてくれてるおかげで先走りは来てるけど、久々すぎて体が上手く反応できてないのかもな」
「そんな顔しないでよ、もうちょっと気持ち良くなるように私も頑張るから、なんかリクエストとかない?」
 「リクエストか?それなら口で、いややっぱ無理はさせられないし鰭を湿らせてやってみてくれるか?あと先っぽをメインにされるの気持ちいい…」
 一瞬出しかけた欲望を引っ込めながらも今の段階より気持ちよくなれる案を出してみた。
 早速バルーンを割って両方の鰭をしっとりとさせてくれている。
「これで先っぽをメインにするんだね?」
「あぁ、それで頼む…」
「いいよ、確かに滑らかになった…!」
「だろ、………んっ」
 少し温かくなり滑らかに動く鰭で少し強くなる快感に思わず声が出てしまう。
 普通に自分でするよりも気持ちいい気がする…
「やっぱりあったかくて潤ったものに包まれるのがいいんだね?」
「そう、だな…!」
「じゃあ、本当のリクエストも答えてあげるからね…」
 思考が溶けかける程の快感が一瞬離れていき、満たされない寂しさを覚えそうになった時、肉棒に鰭以上にあったかくて潤ったものに包まれる感覚が来た。
「♪」
 それがグレースの口から来る感覚だと気づいた時には、綺麗な声を調整する舌で敏感になった先っぽを優しく舐められていた。
「…っ、それやべぇ…!」
 鰭以上の快感で言葉すら上手く出なくなった俺に対してどこかご満悦なグレースは【私息は続くから我慢せず口に出していいよ】と打ったスマホの画面を見せて来た。そんなとこまで気を遣わせてしまってるなんてな…!
 唾液を纏わせたり舌で敏感な箇所を丁寧に舐めたり空気の密度を減らした口を前後に動かしたりと、グレースは本来歌うために鍛えていたであろう器官を全部俺の快感のためにフル稼働させている。それがどこか嬉しくて、一生懸命に頑張ってるのと相まって半年ぶりの快感は段々と俺の思考を溶かして肉棒に感じる快感に全てが集中していた。
「グレース、そろそろだが行けるか…?」
 ぼんやりする頭で思い出した宣告をしたが問題なしとでも言わんばかりにアイコンタクトしてきた。それと同時にたっぷりの唾液を纏わせて、教えてもないのに一番気持ちよかった箇所をじっくりと舐めた。
「……!」
 強い快感に撃ち出されることを確信し、無意識にグレースの頭を両足でそっとホールドして腰を突き上げて奥まで突っ込んで…
「出るっ…!」
 反応を待つ余裕すらないままに、半年溜め込んだ欲望を12年互いを待ち続けた愛しい口に全て解き放った…


「けほっ、こほっ…」
 快感でぼんやりする思考が少し鮮明に戻った時、グレースは口から白い液体を垂らしながらも必死に飲み込もうとしていた。
「……それ別に美味しくないし、吐き出していいからな」
 無理させないようにしてみたが逆に首を横に振ってから少しずつ飲み干して空っぽになった口を開いてみせた。
「ごちそうさまでした、可愛いとこあると思ってたらしっかり抑えるなんてルトくんも男の子だね」
「…ごめん、無意識にやっちまった」
「今日は手伝ってあげる約束だったからいいよ、気持ち良かった?」
「…すげー良かった、またやって欲しいぐらい」
 思わず言った台詞は取り消せずにちょっと目線を逸らして誤魔化した。
「いいよ、エッチなことって死んじゃうことと正反対の位置にあることだしルトくんがして欲しいならまたしてあげるから…」
 涙目で言われた一言でようやく真実が見えた気がする、少なくともさっきの夜の行動はグレースを悲しませるだけの最悪手だった…
「どっちも解決策は見えないけどなるべく対策は選ぶことにする、基本みんなも俺も死なない選択肢を…」
「それでいいんだよ…!」
 グレースも泣きながら頷いてくれた、多分今はこれが正解なんだろう。

「そうだ、一応夜食にルトくんの好きなものお小遣いでご馳走するから食べよ?カツサンドとバタークッキーに辛いカップ麺…」
「食べられるなら一緒に食おうぜ?俺だけご馳走になるより楽しいからな」
「…うん!」
 頬に軽くふれる吐息のぬくもりを感じながら浴槽から起き上がってバスルームを出た。
 せめて今夜ぐらい、願いに正直になってもいいよな…?


TURN19 夜も朝も恋焦がれ


 開きかけたカーテンの隙間から差し込む光の眩しさに目が覚める。
 隣に寝ているグレースも同じ感覚に目が覚めたらしい。
「おはよう、ゆうべはお楽しみでしたね」
「うるせぇ」
 気持ち毛並みがつやつやしているグレースの冗談を流しつつ、睡眠薬抜きで快眠できたことに内心でお礼を言って起き上がった。

「あ、お父さんから電話だ」
 スマホの電源を入れたグレースが顔をしかめてスマホを眺めていた。
 察するに鬼電入ってるなあれ…
「俺出ようか、多分電話の半分は俺関連だろうし」
「それもそうだね、はい」
 渡されたスマホの着信画面を見て軽く深呼吸してから通話アイコンをスワイプする。

「おはようグレース、昨日は色々誤解でトラブルになっちゃってごめんね。バースさんに捜索協力は依頼したからじきに見つかるはず…」
「こちらこそご迷惑おかけしました、俺は一応生きてますのでご安心を…」
「まさか君、ルトガー君なのか…?」
「えぇ、12年前にはお世話になりました」
「そうか、あの時君を完全に助けられなかったのは僕の力不足で謝ることしかできないが、よくあそこまで逞しくなって生きててくれたね。多分ナバールも喜んでるよ…」
 面識あるのは知ってるがこのタイミングでナバールの名前が出るってことは、コードネーム関連の話だろうか…?
「それで今君たちはどこに?一緒にいるのは分かるけど…」
「アローラにあるアンブレオン財団の運営するホテルです、名前は確か…」
「アルカディアホテルアーカラか、そこなら財団のお膝元だし安全だね、とりあえずバースさんに発見報告入れなきゃ…」
 強さは想像以上だったが性格の穏やかさは健在で少しだけほっとした。
「また改めて情報交換のために話し合う時間を取るとして、一旦電話は切るよ。君を隠して色々したであろうグレースには後でお説教するとして、アルカディアホテルのモーニングビュッフェは全体的に美味しいし、メンタルしんどい時はしっかり寝て栄養あるもの食べて気持ちいい交尾すりゃ多少改善するからね?」
「じ、情報ありがとうございます…」
 医者の情報だから合ってるだろうけどいいのかこれで…?
「それじゃまた後で、オムレツは絶品だから絶対食べるんだよ!」
 温厚なマイペースにどこか微笑ましさを感じつつ、なんとなくリラックスしか感覚でグレースにスマホを返した。

「お父さん、大丈夫だった…?」
「まずはここのモーニングビュッフェ食ってこいってさ」
「ほえ?」
 疑問符を掲げるグレースに悪タイプらしく笑ってみせる。
「ここのオムレツがとにかく美味いらしい、早い者勝ちだろうし早く行こうぜ」
「ねぇ待ってよ、一応身だしなみ整えるから…!」
 お説教の話をグレースに言ってない気はするが、まぁいっか。



 オムレツは本当にアドバイス通り結構美味しかった。
 ラッキーによる生みたてのタマゴを目の前でオムレツに調理していく様はちょっとした新鮮さがあったし、それなりに早い時間に焼きたてのクロワッサンと淹れたてコーヒーをお供にするだけでもちょっとした幸福感は得られた。
 多分夕べまでならこうはならなかった気がするが、栄養摂取以外の意味で食事の意義を思い出せたのも大きいのかもしれない。

「ハッシュドポテト品切れだったんだけど、ルトくんの1個分けてくれない?」
「2個しかないのに頼んでくるとはな、まぁいいけど」
「じゃ、ん…」
「…なんで口開けてんだよ?」
「あーんしてるんだから食べさせてよ」
「そういうことね、ほらよ」
 口開けてねだられるなんて初めての経験だが、リクエストに答えてハッシュドポテトを両断してフォークに重ねて刺し、待ちわびたと言わんばかりの口に放り込む。
 結構美味そうに食った後フォークを自分のトレーに戻してるが、それ俺のだから返せよ…
「ごめんごめん、このフォークは返さなきゃね…」
 トレーのフォークに同時に手を伸ばしていた結果、俺の手にグレースの鰭が重なる。
「あっ」
「おっ」
 何とも言えない空気が流れる、昨日あんなにやってるのになんでお互いこれしきの事で赤面して…

「…ねぇ、ここのオムレツ美味しいとは聞いてたからこの際1800円払ってモーニングビュッフェだけ参加したのに肝心のケチャップがない。オムレツにせよスクランブルエッグにせよケチャップかけて食べる派の僕に塩コショウで食べろと?」 
「それは、大変ですねって貴方昨日の…」
「…ウインナー並んでる辺りとかにないか?ってお前はシャルフ!」
 いつからここにいたのかは知らないが、隣りのテーブルではシャルフがオムレツを前に真剣な表情を浮かべていて、よくよく見ると奥のレジでは入場前の代金を支払っているダイケンキもいた…


「お友達も一緒だったのに同じテーブル座らせて貰ってごめんね」
「本当ごめんで済むわけ…」
「これからお客さん増えるだろうしテーブル一つでも多い方がいいだろうからお構いなく」
「右に同じ」
「二匹ともなんでお父さんの味方なの…」
 いつの間にかシャルフとコバルトも合流して四匹用テーブルは満席になった。
「改めて昨日は娘をUBから助けてくれようとしていたのに誤解して襲ってしまって申し訳なかった。おまけにうちの馬鹿娘がここ数日で大分君にご迷惑をおかけしたみたいで…」
「痛い痛い、頭抑えないでよ…」
 こうして平謝りされるとなんか複雑ではあるが、グレースに対する言動に理不尽さは特にないのでまだ怒りとかはないが…
「それを言うなら俺も、剣壊しまくったりアルプトラオムフランメの動力部壊しちゃったみたいだから…」
 慣れないながら頭を下げると、軽く笑って気にしないでと返された。
「まぁ君のスピードとテクニックには驚かされたよ、流石はナバールの子って感じだしイベルタル因子も発現してるみたいだからな」
「伊達に鍛えてないから、というより俺がナバールの子ってのはどういうことなんだ?イベルタル因子ってのもよく分かってないし…」
「君の生年月日っていつだっけ?」
「AW202年の、7月27日ですが…」
 何故かシャイナさんが知っていた俺の生年月日、それを伝えた時コバルトは妙に納得したような表情を見せた。

「…やっぱりか、おそらくだけど君はナバールとマリンさんの子で合ってるよ」
「俺が、あのナバールの…?」
 噓だ、俺を騙そうとしてるのか…?
 ってことはあの写真はシャイナさん=マリンってことになり、そうなるとあのガオガエンとのツーショット写真の整合性も取れるがその場合シャイナさんは俺の母親ってことで…
 じゃああの特別訓練ってまさか………
「…いや、タマゴの種族って雌に固定されてるはずだから、仮にそうなら俺はゾロアークじゃなきゃおかしくないか?」
「それがゼルネアスが死んだ影響かその制約がなくなったみたいでね、それにAW202年時点で種族としてはナバールは最後の一匹だったから、君が超技術で復活したナバールでもない限りは間違いないはずだよ」
「遺伝学はよく分からないけど、ルトくん騎獣クルセイダーの主人公にそっくりだから多分家族かなとは思ってたけど…」
「グレースは帰ったらお勉強もしなきゃだし、初代の演者がナバールだから似てて当然なんだけどな」
「ええ、ってええっ⁉」
 水タイプ親子の親子水入らず状態にやや声もかけづらくなり、右を見るとシャルフに首を傾げられた。
「レッドリスト調べた時に725~727は絶滅扱いでね、何かしら訳ありで登録されてないだけで身内かなとは薄々予想はしてたよ」
「…もしかして俺だけ自分の家族構成を知らなかったってことか?」
「そういうことになるね。でも宝生永夢だってそんな感じだったしよくあることかもよ…?」
 あれは全部騒音公害社長のせいだろ…
「とにかく、俺があのリングマと血縁関係なかったって分かっただけでも良かった、あんな忌まわしい血が流れてないと分かっただでもスゲー嬉しい……」
 なんとなく呟いた一言にグレースが微笑んで来た。
「当然だよ、こんなに格好いいし優しいルトくんがあんなリングマと同族な訳ないよ!」
「ありがとな、そう言ってくれて」
 なんかシャルフとコバルトの視線にグレースが恥ずかしがってるけど何か照れるとこあったか?

「それでイベルタル因子を知らないってのは?君の出したイベルタルや種族値680クラスの並外れた身体能力はまさしくはまさに因子の最たる例だが…」
「はぁ、確かに本気出したらテッカニン並みに速いらしいし、普通じゃない呪いもあるけどそんな因子と言われるほどの共通項が…?」
 今一つ掴めないままお替わりしたミネストローネを飲む俺に、コバルトは右のアシガタナを抜いて腕を見せた。
「Y字型の、跡…?」
「因子に目覚めると体のどこかにY字型の跡が現れるのが一番分かりやすい共通点だ。他にもY染色体に関連するらしいが今は調べられないし、君の左胸、にはなさそうだしどこか心当たりは…」
「俺の、背中に…」
 目立たないが背中の縞模様とミスマッチな感じがしてあまり知られたくはなかったが、まさか星型の痣みたいなものだったとは…
「確かにこれは因子の特性だね、能力の方は…」
「実は俺なりに調べてはみたが、まだ謎が多くて…」


「任意の手段で敵を殺す炎のイベルタルを精製できるが個体区別ができないから遠距離では種族単位で絞り込む必要があり、五感で捕捉できても感情が荒れると自動的に種族単位になるし制御不能か、デメリットを省けばさながらイベルタルの能力そのものだな…」
 デザートのミニケーキを堪能しているグレース以外は空気と噛み合わないほどシリアスな雰囲気になっている。
「基本使わないようにしても無意識に発動することがあって、そうなったらその範囲内のターゲットを全部殺すまで止まらなくて…」
「確かに早く対策は考えた方がいいだろうが、恐らく君が死んでもこういう能力は止まるどころか暴走するリスクが高い。間違っても命を捨てて止めるなんて選択肢は取らないで欲しい、世界がどうというよりグレースが悲しむからね…」
「はい…」
 今でも突破口は見えずに思考は霧の中の様にぼんやりはしてるが、自殺ルートが最悪手だったのは一晩のうちに忘れかけた欲求を一通り満たされてようやく分かった。

「それにしても、イベルタルからは何か教えて貰えなかったのか?これまで因子持ちの事例は僕含めて2件しか知らないとはいえ両方イベルタルに教えられた経験があるんだが…」
「そういえば僕と会った時は因子、には目覚めてたの?」
「特にイベルタルに教えられたことはないな、因子自体あのリングマを焼き殺したのが多分そうだが本格的に暴れ出したのは2年前だし…」
「ってことは12年前の子供の頃からそんなことに…」
 少し悲しげに見える表情を浮かべてコバルトは飲み干したコーヒーカップをソーサーに戻した。
「…これは仮説だが、君の無意識のうちの生存本能かそれともイベルタルの計らいか、身を守るため緊急措置として能力の一部を子供の頃に手に入れたがまだ本来の力に目覚めたわけではないので現状が不完全、なんて可能性もあるかもしれない…」
「能力が、不完全…?」
「あくまで可能性だけど、実質的に種族の存亡も関わる戦いを経ているイベルタルがそんな能力をそのまま置いておくとは考えにくいし、あるいは君の心次第でさらなる進化を待っていたとしても変じゃない…」
 そこまで言いかけた時、俺の携帯電話が聞いたこともないようなアラート音を立てた。
「なかなかアグレッシブなアラーム、って僕のも鳴ってるようだが…⁉」
 俺たちの携帯電話に入っていたUBサーチャーが鳴らした尋常じゃない警告音、それはラナキラマウンテン近郊におびただしい数のUB発生予測情報と敵の出現予測情報だった。


「あはは、ごめんなさい!僕たちモーニングビュッフェ楽しみ過ぎてアラームかけすぎちゃったみたいで…!」
 コバルトが愛想笑いを振りまきながら、携帯の画面を見せて来た。
【少しまずいことになったね、気づかれないように打ち合わせしよう】
【了解、モールス信号でも会話いけます】
 携帯の画面を見せるとコバルトも頷いてティースプーンでソーサーを軽く叩き始めた。
【12時間後ラナキラマウンテンにUB大量出現、恐らくUB以外も出現すると推定。君の戦力は?】
【先日より半減。ナイフ喪失、銃火器弾切れの拳銃のみ、スーツ喪失、紅蓮錦は修理中だが熱線焼却機構は使用不可、徒手空拳でもUBとの戦闘は可能だが因子能力暴走リスク有。そちらは?】
【各種アシガタナ、ホタチ共に回復、愛刀はモーフィング機構につき武器は心配無用。アロンダイトは新型を受領済み】
 継戦力については俺より上らしい。モールス信号を理解しているシャルフは状況を理解できているようだがグレースは案の定きょとんとしてるな…
【ついにUBを操る黒幕の登場か?】
【配下の可能性はあるが恐らく。少なくとも今夜から攻勢をかけると考えていいだろう】
【了解、グレース含めて伝えたいことがあるので一度場所を変えませんか?】
【了解】
 一通りやりとりをした後、コバルトはそっと立ち上がりモーニングビュッフェの時間の話をグレースに耳打ちして退店する流れになった。


「確かにオムレツ美味しかったけど、なんでみんなシリアスな顔になってるの?」
 それとなく食後の散歩に誘導された後、唯一何も知らないグレースが聞いて来た。
「説明しよう!それはk…」
「シャルフ、これは俺の口から伝えさせてくれ」
 冗談めかしくフォローしようとしてくれたシャルフを遮りつつ、三匹を視界に入れる位置に移動する。

「これから俺は、ラナキラマウンテンでUBの強襲を撃退しに向かう。決戦は今夜20時前後、UB以外も出現予測がある以上、下手をすればこの一戦に世界の運命がかかってるかもしれない」
「そんな…!」
 不安そうに近寄るグレースの肩をそっとなだめるように抑える。
「ナバールの名をコードネームとして与えられた俺はもちろん最前線でできることは全てする、だが正直今の俺では不安なんだ…」
 肩に添えた手を外して俯く顔の前で組み拙くても伝わる様に言葉を必死に選ぶ。
「確かに昨夜から色々支えてもらってなんとか冷静さは取り戻せたが、それでも戦力は不足してるし因子のこととか死んだ家族のこととか聞いて、ぶっちゃけ無理にでも前進しなきゃ不安とか怖さとか動揺とかで今すぐにでも機能停止しそうになってる…」
 考えるのも追いつかなくなり、感覚のままに心に浮かんだ言葉を叫び始めていた。
「だから、みんなにできることをしてくれるだけでいいから、俺と一緒に、戦ってください…」
 正直本心で言っても聞いてくれるとは到底思ってはいないが、俺の心はそう言わずにはいられなかった…
「無理なら今すぐアローラから避難して生き延びてくれるだけでいいので、お願いします…」
 さっきまで好意的に聞いてくれたとしても、この下げた頭を上げる頃にはきっとみんないなくなって…


 俯く頭に昨日ぶりの鰭の感覚が触れる。
「この12年、ルトくんは私を助けに来てくれたのに私は何もできなかった。だからその分できること何でもしてあげるから…!」
「グレース…」
「それにルトくんをここまでいじめた奴らをやっつけられるチャンスなんだよ?ちゃんと仕返ししないと心残りになりそうだからね!」
 予想以上にアグレッシブな一面を見せたことに驚きつつ視線を上げるとコバルトも驚いていた。生まれてからの付き合いでも知らない一面だったらしいな…

「僕もグレースに同感だね、僕は僕にできることをしてこの町を守るって決めたんだから止められても援護射撃してみせるさ」
「シャルフ…」
「それに僕を救ってくれた友達から一緒に戦うお誘いだよ?これ逃してちゃ特オタ以前に友達失格でしょ」
 動機が少し特殊な気もするが、シャルフらしい理由だしどこか信頼できる。

「むしろ僕から君にお願いするべき立場だったのに、丁寧に頼まれたらもちろんとしか言いようがないね」
「…ありがとうございます」
「こちらこそナバー、ルトガー君が負担なく戦えるように財団とも協力しながらバックアップするよ」
 経験者に言われると、二匹とは違った安心感がある…


「そういうことで全員歓迎だよ、今まで一匹でよくここまで頑張ってくれたね」
 あんま実感湧かないけど、俺はもう一匹で戦ってる訳じゃないってことなんだよな…?
「焦る必要はないが悠長にもしてられない、グレースは僕と来てくれ。ルトガー君は紅蓮錦を受け取って…」
 着々と指示を出しながら携帯電話を操作すると、数秒のうちに四足用のアルプトラオムフランメが到着した。
「アロンダイト、にしては新しい…?」
「アロンダイト・レコンギスタ、ハドロン機構全体のスペックアップをされてる新世代機のアルプトラオムフランメだ。エアータービュラーは試作機だったからどのみち乗り換え予定でね」
 さりげなくフォローに内心ありがたく思いつつ、電話番号を交換しておく。

「さっき君の両親が死んだって言ってたけど、君のお母さん、マリンさんはいつお亡くなりに…?」
「シャイナ、って名前の俺の師匠のゾロアークが多分そうなんですが、2年前に俺を守ろうとして自爆して…」
「あー…」
 なんか納得した顔してるが、あの時いたのか…?
「多分だけど、マリンさん」
「他の原因があれば分からないけど、多分マリンさん生きてるね」
「ゑ…?」
「実はマリンさん特異体質で爆死はしない体になってるんだ、他の要因は分からないけど多分自爆だけならマリンさんは無事だね」
「…………はい」

 しれっと別れ際にとんでもない可能性を告げられ嬉しいよりも困惑が勝ちながら、ハイゼットの助手席に乗り込んだ。


TURN20 舞い降りる翼


「とりあえず紅蓮錦の修理は終わったし、機動性に問題はないかな、テストしてみて」
 シャルフに言われるまま紅蓮錦の機動性を確認していく。試運転とはいえ特に操作性は問題なさそうかな…
「熱線焼却機構は完全に壊れちゃってスペアパーツも残ってないからクレセントのワイヤークローに換装して応急処置してるよ、メカニズム分かれば間に合わせで火力あるもの作れたかもだけど…」
「動くだけ贅沢は言えないな、クレセントって紅蓮系列をベースにした量産機だったか?」
「そうそう、警察の特別組織TRIGGERでも採用されてる機体で火器類は外してるけど整備性は悪くないよ」
 熱線焼却機構はロストしたことによって実質火器類は左ワイヤークローのグレネードランチャーのみだが正直心もとない。
 当時の機体はビーム兵装搭載だったらしいが、バスターカートリッジですら試作品なことを考えると信頼性を重視すれば外すのも無理もないか…
 あとはワイヤークローと走り回って轢くのがメインの使い方になるが、やっぱ心許ないな…

 あるもので今できる戦闘スタイルを考えていると、交換したばかりのコバルトの電話番号から着信が入る。
「今アンブレオン社の知り合いと話してるんだけど、君のことを話したらちょうどアルプトラオムフランメ新鋭機の最終調整中でライダーを探してるらしいんだが、君にどうかなって」
 無意識にシャルフの方を見ると静かに羽でサムズアップしていた。
「是非、お願いします」
「分かった、アンブレオン財団支部で待っていてくれたら担当のポケモンが君を迎えに行くそうだ」
「了解です、急ぎます」
「トレーラーの配備もあるからゆっくりで大丈夫だろうって、僕はまだ応援を呼ぶのでこれで」

 電話を切って一息ついたがあまり悠長にしてる余裕もない。
「これからアンブレオン財団の支部に向かう、折角直してくれたのにごめんな」
「別にいいよ、多分クレセントよりはスペック高いから乗り手はつくだろうし、そもそも君は内心新鋭機に心踊らせてないかい?」
「興味は、結構ある…」
「それが男の子ってものだよ。それと、修理してたらシートのトランクからこんなものが出て来たんだけど…」
 シャルフは一枚のカードを俺に渡してきた。
「イベルタルGX、お守り代わりに入れてたけど無事だったのか…!」
「あの時のカード、大事に持っててくれたんだね」
 どこか嬉しそうにしながら俺に紅蓮の起動キーを投げ渡してくる。
「行ってらっしゃい、新鋭機、時間あれば僕にも見せてね」
 僕は試験機の仕上げするから、と言っては紅蓮に似た深緑の機体の調整に取りかかった。
「…そういえば財団支部ってここからはどう行けばいい?」
「あぁ、それうちの隣だよ」
 早く言えよと内心返して走り出した…


「あなたがルトガー様ですね、昨日はありがとうございました」
「こちらこそ、証拠の隠滅とか諸々助かった」
「それが仕事ですから。コバルト様から話は聞いていますが機体の到着にはもうしばらくかかるそうなのでこちらでお待ちください」
 昨日ぶりの財団支部に案内されて、マギョーから気持ち丁重に淹れられたアイスコーヒーと昨日はなかったバタークッキーが用意された。
 昨日も丁寧だったが一気にVIP待遇だな…
 速く届けと念じながらアイスコーヒーをゆっくり飲んでいると、少し施設内が騒がしい。
 ようやくご到着か…?
「なぁ、俺の機体届いたのか?」
「いえ、それならこちらに連絡も来ているはずなのですが、ちょっと失礼しますね」
 何か連絡が入ったらしく、慌ただしくマギョーは部屋を出て行って部屋には俺だけになった。
 それにしても反応が変だったしやけに騒がしい。
 さっきまでずっと静かだったことを踏まえても普通じゃないし、かすかに子供の泣き声もするような…
 さらに続いた小銭の散らばるような音を聞いて確信した。あの特有の金属音は【ねこにこばん】の発動時にする音だから間違いない、下で何らかの敵の攻撃が始まっていたんだッ…!
 ねこにこばんは恐らくの技だと仮定して、UBがここを攻めてきた可能性もある。
 武器がなくても防衛ぐらいやってやるよ…!

 階下に降りたが敵の気配はなく、何匹かの職員がダウンしているだけだった。 
 足元に倒れているマギョーを揺さぶり、反応がないので気付けのツボを突いて起こす。
「おい、一体何があった…!?」
「申し訳ありませんルトガー様。昨日のリングマがここを襲撃してアウラム君を拐ってしまいました…」
「アウラム、それってまさか…⁉」
「昨日ルトガー様が助けてくださったコリンクの男の子です。こちらで保護していたのですが警察から逃げ出した後まっすぐにこちらを襲いに来たらしく、守り抜こうにも私の力及ばず拐われてしまいました…」
 ここまで来ると親という種族が有害なのかリングマという種族が有害なのか分からなくなってくるな…
「このままじゃあいつの命が危ない、急ぎ奴を追いかけて奪還してくる」
「しかし、ルトガー様には新鋭機受け取りご予定もありますしここは私が…」
「俺があいつを見捨てられないんだよ、俺のこと心配する前にあんたはほかの職員を助けてやってくれ」
「かしこまりました!奴らは恐らく南西の方にトラックを使って逃げてます…!」
 了解とだけ呟いて両足を開き、前傾姿勢のまま左腕を斜めに上げて右手を地面に付ける。
 前傾姿勢のまま遥か遠くの守るべき存在と倒すべき敵を見据え、180族相当のフルスロットルで駆けだした。


 携帯電話のUBサーチャーがアラート音を立てると同時に前方で爆炎が上がるのが見える。
 あの位置だとUBと接敵してトラックが壊された可能性だってある、急がなきゃヤバい…!
 駆け付けた時には空き地で横転して炎上するハイゼットと灼熱のダンスを踊っていたであろうリングマの焼死体が転がっていた。
 軽トラの中には焼死体はなし、例のコリンクはどこに行った…?
 やけにUBの気配がしないことに内心警戒しながらコリンクを探していくと、トラックの裏で妙に発光している何かがあることに気付く。
 ピンチで発光って、もしかして…!
 光の方にUBの気配を感じつつ、トラックの裏手に守りたいものと倒すべきものを同時に見つけ、熱した右手を振り下ろした。
 鋼タイプのはずのカミツルギも高温と圧力に潰れたが今はそれどころじゃない、燃えるトラックを背に震えながら発光しているコリンクに手を差し伸べていた。
「こんななりだけど、助けに来たぜ」
「きのうの、おにいちゃん…⁉」
 差し出した手に震える前足がそっと触れた時、少しずつ震えが弱くなっていくのが俺にも分かった。
「また、たすけにきてくれたの…?」
「そんなとこだ。アウラム君だっけ、まずはここから離れないと…」
 多少落ち着いたらしいアウラムを抱きかかえて振り返ると、UBの群れが既に俺たちを取り囲んでいた。
 敵の総数はざっと30、普段なら大したことないが武器もアルプトラオムフランメもなしで防衛戦をやるには少々きついものがある。せめてナイフ一本でもあれば…
「おにいちゃん、こわいよ…」
 だが今はアウラムだっているんだ。無意識に過去の俺自身を重ねたお節介だと笑いたきゃ笑えばいい、だが折角親の魔の手から自由になれた君をこんなところで死なせてたまるかよ…!
「大丈夫、俺が君を必ず守ってみせる…!」
 左腕にアウラムを抱きかかえたまま、ベルトに炎を集中させながらUBに挑発するように右手の人差し指を立てたまま構え、気合いを入れるように一気に半回転させて掌を向ける。
 マッシブーンの動きから避けるようにアウラムを右腕に素早く移し替えて左手に構えを変更、ベルトから炎の壁を作り出して弾き飛ばし、ひるんだ隙に炎の壁を通り抜けながら殴り飛ばした。
 フェローチェの蹴りやデンジュモクの放電を躱しつつ手刀や蹴りで急所を狙って各個撃破していく。アウラムを守りながらな以上片手は使えないしラリアットみたいなプロレス技も体勢次第ではアウラムに危険だ。
 軽トラの車体を剝がして片手剣を即席で形成、右手で振るいながら左腕に抱いたアウラムを守る戦闘スタイルを取る。
 流石に長期戦になると無傷とも行かないがそれでもアウラムは無傷なら今はいい…!
 カミツルギとの鍔迫り合いで刃先を斬り飛ばされるが逆に角度を変えて熱しながらラケットの感覚で熱した鉄を押し当てて倒し、残ったパーツをズガドーンに投げつけて胴を両断した。
 それでも敵の数が多すぎる。足払いで倒したマッシブーンの頭部を踏みつぶして毒液を胴体で防ぎバッシュ、放電をとんぼ返りで躱しながら一撃加えてさらに貫手で反撃、跳び蹴りでフェローチェを背後から不意打ちを仕掛けたが、ウツロイドに背後へ回られた。
 この距離からのパワージェムは避けきれない、だが俺が盾になればアウラムは守れるはずだ…
 ごめんグレース、死なないって約束、早々に破っちまうな…
 パワージェムから庇うような体勢になったが、光の激痛は到達までひどくスローだった…



「ったく、逃げられないなら一思いに来やがれ…」
「焦るな、これはお前の感覚が飛び出ただけだから待ってもパワージェムは当たらない」
「俺の、感覚…?」
 そういえば庇おうとしたはずのアウラムがいない代わりに眼前にはどこかで見たような黒と赤の翼を持ったポケモン、イベルタルが俺の前にいた…

「久しぶり、と言ってもお前には初めましてといった方がいいのだろうな」
「その気遣いは助かる、このところ不眠症気味で夢の中で話しかけられても認識できる気がしない」
「夢じゃなくて現実的に話しかけていたつもりだったが、やはりゼルネアスの干渉を受けていても無理はないか…」
 ため息をついたイベルタルは虚空から金属製のイベルタルを出現させた、あいつってまさか…⁉ 
「そいつはコバルトのフレースヴェルグと同様に俺の思考とコンタクトする作用もあってな、お前の願いを反映した能力の具現ともいえる存在なんだが、何も聞こえなかったのか?」
「何か感情あるのは分かってたが、何言ってるかまでは分かんねぇよ」
「だとしたら俺の構成ミスか?お前の適合率は群を抜いてるんだがな…」
 金属製のイベルタルを確認するイベルタルとかいう謎の構図を見た時、色々聞いていた疑問が一気に押し寄せて来た。
「あんたがイベルタルなんだよな、だったらイベルタル因子とかいう呪いを何故俺にかけた?」
「呪いだって…?」
「とぼけるなよ!お前があんな呪いを俺にかけたせいで感情が荒れる度に種族単位で滅亡の危機をもたらすどころか既にいくつかの種族は絶滅して、あるいは進化すれば死を待つだけになった!」
 こみ上げてくる感情に任せてイベルタルの首を掴んで締め上げながら問いただす。
 仮にこいつが神だろうが、俺の敵だというならこの場で殺してやる…!
「挙句に俺を信じてくれた存在を一匹は失い、さらにまた犠牲になりかけてるんだ!それもお前が制御不能の呪いをかけたからだろうが!」

  必死に叫んでも首を絞められたイベルタルはずっと悲しげな眼をしているだけで、もはや俺もこの先の流れが予想できなくて少し辛い。
「神を絞殺しようとした男だ、さっさと殺せよ。俺よりも殺すのは得意だろ?」
「いや、守りたいもののためなら他を敵に回すことを恐れない意思、良好だ…」
「守りたいもの、良好…?」
「あぁ、本来ルトガーには素質があると目を付けていたが、ちょうどこの辺りで因子の能力を覚醒させるつもりだった。最も能力自体は目覚めてみるまで分からなかったがな…」
「この辺りってどういう意味だよ?」
「時期的な意味だ。君がガオガエンとして十分な戦闘力を得て精神的にも安定してから能力に目覚めさせるつもりだったが、如何せんお前の育ってきた環境はあまりにも劣悪で命の危険が及んでいた。だからそれ故にニャビーの頃の時点で能力を無理やり解放させた」
 それであの時、リングマを焼き殺す力や金属製のイベルタル、背中にYの跡ができたのか…
「本来は守る力を与えたはずだったが、子供のうちだったせいで能力を制御しきれずに今まで辛い思いをさせてしまったのなら俺の責任だ、すまなかった…」
 素直に謝ってきたのを見ると、さっきまでの悲しそうな目が本心で悲しんでいるようにさえ思えてくる…
「…なんか意外だな、神を名乗るやつって絶対謝ったりしないと思ってた」
「俺は死以外のことは普通のポケモンと変わらない、死も全てのポケモンにあるものだからこそ、何かをする時には誰かと力を合わせることだってある。それにあたって俺なりのケジメだ」
 少し遠い目をしているその瞳の奥には、きっとコバルトやナバール以外にも共に戦ってきたポケモンたちがいるのかもな…
「辛い思いをさせてしまった上で君にこんなこと頼むのもおこがましいが、これからラナキラマウンテンに現れるUB軍団やフェアリータイプの幹部、そして奴らを率いている黒幕を倒してほしい」
 今更そんなお願いか、俺の答えなんてとっくに分かってるだろうに律儀というか…
「言われなくても俺はラナキラマウンテンでUBや敵を全て殺して世界を救う。もし…」
「もし?」
「もし俺のささやかな願いを聞いてくれるなら俺の戦う理由、守りたいみんなを守れる力をちょっとだけ手助けしてくれないか?」
 多分これが生まれて初めての神頼みって奴だ、今の俺が切り抜けるためにはもう少しだけ…
「…いいだろう、その願いは基本装備のようなものだから頼みたいことは別で考えておけ」
 案外気さくに答えてくれた神様はゆっくりと翼を広げた。

「これから、君の能力に本当の力を取り戻す。それが切り札になるはずだ」
「本当の、力…?」
「守りたいものを守る力、それが本来君が使うはずの能力だったのだが、どうも最短ルートに固定されてしまっていたらしい…」
「最短ルート?それがあんまり問題なようには思えないが…」
「じゃあ君に質問だ、敵から誰かを守りたいとして、どうするのが一番効率がいいか分かるか?」
「その敵を、倒す…?」
「正解だ、そして君はいきなり最短ルートを見つけてしまった関係で敵を殺す能力に無意識に固定してしまったらしい」
 今思えば、グレースを守りたい一心で殺すことで守る選択肢を選んでたのかもな…
「もちろん最短ルートを通ることが一番効果的なことも多いが、時には回り道をした方がいい時もある。それは君も気づいているが故に俺を責めたんだろう」
「俺も、ちょっと大人げなかったから、さっきはすみません…」
「なに、君が謝ることはない。君に今まで辛い思いをさせてしまった分だけは力になるつもりだ、それが俺にしてやれる唯一のことだからな…」
 少しだけ微笑んでイベルタルは俺を翼で包み込む。
「個体区別が上手くできないことは恐らくゼルネアスの干渉が原因、この戦いが終わる頃には干渉に打ち勝つこともできるはずだ…」
「ゼルネアスって、既に月下団が倒したはずじゃ…?」
「だが奴は地獄から現世に戻ろうとしている、死者を制御できるギラティナ亡き今、カイナシティでお前に干渉することも20年もあれば戻ることもできるだろう…」
「カイナシティ、じゃあまさかあの事件も…?」
「ほぼ確実な可能性だがな、奴がお前を精神的に攻撃することを狙って何らかの干渉をしていたとしてもおかしくない。ゼルネアスはそれだけ狡猾な手を使ってきた経歴もある…」
 普通なら同族を殺すなんて避けるはずだが、それすらもコスト程度にしか考えてないってことかよ…
「だがお前の能力は味方を攻撃対象に入れることはないし、これまで滅ぼして来た種族もリングマはヒメグマがいる限り完全な絶滅はないし、ヌチャン系列は滅ぼしたことで救われた種族の方が多い」
 しれっとあいつらアルセウスも頭抱える失敗作だったんだよなと冗談めかしく言われて苦笑したが、心にのしかかっていた重圧がかなり軽くなっていくような気分だった。
「俺の能力、味方を攻撃対象に入れることはなかったのか…」
「少なくとも殺す対象に入らないだけだがな、無意識にかけたブレーキだったのだろう」
 ネメオスの件はそもそものターゲットではなかったが俺の願いに応えようとしていたとも考えられるし、グレースはカイナシティでフェアリータイプを狙ったとしても初めからターゲットから外されていた。
「俺の行動、何も間違ってなかったのか…」
「そうだ。信じられないかもしれないし嬉しくないかもしれないが、お前は下手な神より優れた思考と行動をすることができる証拠だ」
 お世辞だとしても、これ以上俺の守りたいものを巻き込まなくて済むと分かっただけでも、今はそれだけでも嬉しかった…
「これからはお前の能力は【守るための自由な翼】へと変わり本来の力を手に入れる、最短ルートも回り道も、望む飛び方で飛んでいけ!」
「…気持ちは嬉しいけど、どう使えばいいのかよく分からないな?」
 素直に聞いてみると、世話の焼ける子だとでも言わんばかりに微笑んできた。
「お前の好きな曲と同じで【全てはスタイル飛び方次第】ってやつだ、守りたいものだけでなく、自分を、そして世界さえもその永遠の翼で救ってみせろ!」
 怒りや悲しみを一旦受け止め非を詫びるどころか助言と激励までくれる、これが死を司るポケモンには思えないほどのぬくもりみたいなものを感じた。

「そろそろ戻らないとアウラムも危険だろうから最後にこれだけは教えておく。あくまで心のコントロールは難しく、酷使して疲弊すればまた最短ルートを突っ切ることになるかもしれない。そんな時はお前の守りたい存在を心の中で思い出せ」
 翼がゆっくりと開き、俺とイベルタルの距離が遠ざかっていく中で、初めて能力に目覚めた時から俺といた金属製のイベルタルがゆっくりと飛んで来る。
「お前が大切に想っている存在もまたお前のことを大切に想っているんだ、決して心の中まで一匹になるんじゃないぞ!」

 ゆっくりと力強い羽ばたきに舞い上げられるように、俺の意識はゆっくりとブラックアウトしていく…



 意識が戻ってきたと分かった瞬間、背後からパワージェムが迫っていることを思い出した。
 これをどうにか防がなきゃ元も子もないってことかよ…!
 アウラムを庇う体勢のまま背中にパワージェムが直撃した感覚、だが俺にダメージがない…?
「ベルゥ!」
 戦場には明らかに場違いなほど高いポケモンの鳴き声に振り返ると、さっきの金属製のイベルタルが翼を広げてパワージェムを防いでいた。
 その光景を見て全てを思い出した。
「初めて出会った時も、俺たちを守ろうとしてくれてたんだっけな…」
「ベルゥ!」
 その通りとでも言わんばかりに悪の波導を弾丸状に形成して乱射、ウツロイドを一瞬で粉砕した。
「おにいちゃん、あのこは…?」
「…そうだな、俺の、仲間ってところだな!」
 本当のことを言っても伝わらないし無関係にもしたくない、仲間というのが一番近いかもしれないな…
「ベルゥ?」
「とりあえずこの状況を切り抜けるぞ、手伝ってくれるか…?」
「ベルゥ!」
 指示は分からないが今はどうにか切り抜ける力さえあればいい、UB相手なら高機動で射撃でもできれば十分か…
 そう思った瞬間、イベルタルが俺の両肩を掴み、背中に胴を重ねるように張り付いた。
 これで一体どうしようって言うんだ…?
 困惑しながらも突進してきたフェローチェを躱そうとジャンプした瞬間、今まで以上のジャンプ力を得たかのような推力を受けて飛び上がっていた。
 そのまま目線の合ったウツロイドからのベノムショックを肩口の鍵爪から悪の波導を乱射してウツロイドもろとも一気に撃ち落とした。
「ジャンプというより飛んでるレベルの推力と機動力、それに安定した射撃力、まさか…」
 にわかには信じがたいが俺の守りたいという願いに呼応するようにイベルタルが俺に力をくれた。だったらこれで、まずはアウラムを守るところから始めてみるか…!

 ゆっくり降下しながら悪の波導で残存UBを牽制しつつ、着地と同時に推力を加えた急加速でDDラリアットやインファイトを連続で放つ。
 タイマン用の技すら乱戦用の技に昇華するほどの速度を得て一気に蹴散らしながら、ベルトの炎を右手に収束させていく。
 もしイベルタルの話が本当なら、心次第で殺す能力だって制御できるんだよな…⁉
 願いを込めるように炎を殴りつけるようにUBに向けて解き放った。
「この一帯で俺たちを狙ったUBよ、ただちに燃え尽きて死ね!」
 炎がイベルタルの姿に変化して爆炎を巻き込んだ暴風を起こし、周辺のUBをまとめて焼き尽くした。



「やった、呪いを乗りこなしたんだ…」
 アウラムを抱きかかえたまま宥めながら、全ての呪縛から解放されていく感覚を噛みしめていた。
 昨日は散々弱気になって甘えたりもしたし呪いの呪縛からも解放された、あとは決戦で勝って守りたいものも世界も全部救うだけだ…!


TURN21 Spread Your Death Wings


 瞼を開けるとやけに近くにある知らない天井が広がっていて、何なら寝ている床も振動していた。
 ってなんで俺は眠って…?
 起き上がると車の天井に頭をぶつけて、痛みの中でここが車の中だと分かった。
「残念でした、君はこの車の天井に頭ぶつけられる高身長なんだね…!」
「気が付いたみたいね、そろそろ起こすべきか迷ってたんだよね」
 どこまで見たようなブラッキーとマスカーニャに声をかけられて、これまでの記憶とかが諸々フラッシュバックしてきた。
 確か俺は、アウラムを守ろうとして、それでパワージェムで撃たれそうになった時にイベルタルに出会って、それからイベルタル因子の能力でUBを全部倒して…
「ここはどこの車の中でアウラムってコリンクは?そして俺はどうなってた?」
「落ち着いて、と言いたいけどわりと冷静だね…」
「ここはアンブレオン社のバース社長のリムジンでウラウラ島を走行中、君はアウラム君を守って意識を失ってしまったから社長のリムジンで休憩してるってところかな」
「そうか、俺気を失って…」
 ふとリムジンの隅を見ると、アウラムはホールケーキを堪能していた。この調子なら大丈夫か…
「ルトガー君のことはよく知ってるけど君のために一応自己紹介しとくと、僕がアンブレオン社社長のバース、そっちのマスカーニャは秘書兼研究者のマルジャーリだね」
「よろしくね」
「…どうも」
 そういやシャイナさんからよく名前は聞いてたっけな…
「それで、ルトガー君はこれからどうするのかな?」
 突然バースさんに聞かれて困惑しながらもアンブレオン社の社長であることを思い出して、一種のテストだと考えることにした。
「もちろん、UBを倒すために戦いに行きます」
「君はも十分戦ったんだ、もう休んでも誰も君を責めないよ?」
「使命じゃなくて、守りたい存在がいるから俺は戦うんだ、あんたに止められても俺は行くぜ」
 試すような瞳に敢然と言い返すと、安堵と喜びを感じているような瞳に変わった。
「おめでとう!君はもうメンタルもしっかり回復して僕のテスト合格だね!」
「はぁ…」
「バースさん、面白いことと誕生日を祝うのが大好きなだけだから…」
 マルジャーリさんに色々フォローされながら面食らうだけの余裕ができて来た時、俺の携帯からじゃない着信音が鳴り響く。
「おぉ、ちょうど君が出た方がいい相手だ」
 渡されたスマホの着信に通話アイコンをスワイプして耳に当てる。
「もしもし…?」
「バースさん、こちらにもUB出現してます、そちらの状況を教えてください!」
 この声には聞き覚えがある、2年前に爆発に巻き込まれたはずの懐かしい声…
「シャイナさん、無事だったんだね…」
「その声、ナバールか…⁉」
 コバルトの指摘通り、シャイナさんは本当に生きていたんだ…!

「そうだよ、爆発に巻き込まれても死なないってコバルトさんから聞いて半信半疑だったけど本当だったんだね…」
「そうか、あいつに会ったってことは全てを聞いたんだな…」
「俺も実感湧かないけど、今後はシャイナさんと呼ぶべきかマリンさんと呼ぶべきか…」
「今はお互い本名で慣れて行こう、2年間戦士ファイになってよく頑張ったなルトガー」
「マリンさんも、生きててくれてありがとう…」
 こういう時どう呼べばいいのか分からないけど、いつか普通の親子みたいな呼び方もできるのかな…
「互いの無事を喜びたいが今は戦局の把握が優先だ、バースさんに情報を聞いてくれるか?」
「了解、スピーカー通話にするからちょっと待ってて」
 スピーカー通話に切り替えると二匹の間での会話が始まった。
 こちらの情報は俺も気になる、そういえばウルトラホールが開くまでの時間もそろそろ…
「19時20分現在、アローラ地方ではウラウラ島を中心にUBやフェアリータイプのポケモンがラナキラマウンテンを起点に暴走しています、ルトガー君のお友達だけでなくコバルト君やシャウト君達TRIGGERの部隊も戦ってますが戦局はこちらも防戦一方ですね」
 ゆっくりと頭から血の気が引いていくのを感じた。俺が意識失ってる間にグレースとシャルフ、他のみんなが…
「アローラは分かったけど、もしかして他の地方でもUB被害が…?」
「そうね、ウルトラホールは破壊されてるおかげで被害は軽微とはいえ放っておくには危険、といったところね…」
 それを聞いて無意識にシートから立ち上がろうとして、また頭を打ったが今はどうでもよかった。
「俺が持てる全ての知識を解放してこの世界を救ってみせる、だからみんな手伝ってくれ…!」
 無意識に叫んでいた。
 行動は後手に回り計画も現在進行形で組み立てているが、それでも動きたかった…

「なんか寂しくなるぐらい立派に育っちゃったね、お母さん感激というか…」
「アンブレオン社は月下団メンバーとその家族を全力で支えると決めてるんだ、もちろん全力で応援するよ」
「そういう訳だから、今からルトガー君ののためにマリンさんに頼まれてたもの用意して来るね」
 三者三葉だがこの場でも生きるか死ぬかの戦いの話に快諾してくれる存在に巡り会えたのが奇跡としか思えない。
 昨日の俺にこんな話しても信じることができるか怪しいレベルに…

「とりあえず俺たちだけで他地方のUBは捌き切れない、これからUBの正しい情報を全世界に伝える」
 テーブルに置いてあったメモに即興で組み立てた作戦を書き出していく。
「これはアンブレオン社のテレビ放送をちょっとだけお借りしたい、バースさんとマリンさんにちょっとこの計画を頼みたい、です…」
「なるほど、匿名性を活かせばそんな作戦もできるね」
「それならお母さんに任せといて、声の準備だけよろしくね」
 二匹は頷いて何かの作業を始める音が響き、電話が切れた。

「あとは俺がラナキラマウンテンに出向いて敵を全て殺す、それだけだ…」
「流石だね! マルジャーリ、例の一式を準備して」
「はい!」
 俺とアウラム以外いなくなったリムジンのラウンジでふとバースさんは呟いた。
「やっぱり君はナバール君の子だよ、何か守りたいものとそれを脅かす敵を見つけたら、群衆の協力を得て使えるものは全部使い、自分は本陣に突っ込んで敵を倒す、その最短ルートをバスターカートリッジで撃ち抜くようなまっすぐな激情は本当にそっくりだ…」
「ナバール、父親のことはよく知らないけど、そうなんですね」
 マリンさんとのツーショット写真と騎獣クルセイダー関連でしか見たこともないが、俺にそっくりと言われると少し不思議な感じはするが、悪い気はしなかった。
 親という概念を嫌ってた俺がこうなるなんてな…

「お待たせ、武器一式とネメオスって方から預かってたあなたへのプレゼントを渡すわ」
 マルジャーリさんの持ってきたアタッシュケースには、少しアップグレードされたような形状のヒートトリガーとヒートジョーカーが2つずつ、そしてネメオスの名前とともに預かってたプレゼントとやらが渡される。
「ルトガー君のお友達のネメオス君も社長とは知り合いだったみたいで、色々知ってから貴方に服を用意しておいてくれたみたい。メッセージカードもあるから読んでおいてね」
 服の上に置いてあったメッセージカードには「君が何にも囚われず、素顔でこの服を着られる日が来ますように!」とだけ書かれてあった。
 ファイとしてはずっと仮面で正体を隠し続ける必要もあったが、そうでなく俺が素顔で純粋に服を楽しめるように、なんてことまで考えていたなんてな…
「やっぱネメオスの服着たら気持ちが引き締まるな、今回は着瘦せもマシみたいだし…」
 プレゼントの下に入っていたものを見て、ショーの展開まで想定済みかと内心笑いながら携帯電話の録音ボタンを作動させた。


 ヒートジョーカーとヒートトリガーをホルスターにセットして武器の準備は完了。
「ルトガー君、新型のマニュアルは読めた?」
「大体ですが…」
「流石ね、基本は紅蓮錦のイメージで操縦できるから追加システムの管理だけ気をつけてね」
 起動キーは紅蓮錦のものでOKらしく、そっと取り出して握りしめる。

「ルトにいちゃん、いっちゃうの…?」
 鼻にクリームを付けたアウラムが聞いてきたのを、そっと頭を撫でてみる。
「ちょっとこの世界を救ってくる、もし良かったらここで応援しててくれるかな?」
「うん、おうえんしてるよ…!」
 アウラムが初めて見せた笑顔に内心背中を押されるのを感じて、イベルタルGXをお守り代わりに渡してドアに手をかけた。

「このリムジンも今ラナキラマウンテンに向かっていて、あと15秒後に新鋭機を積んだトラックとすれ違うの。そのタイミングで乗り移るのは最短ルートだけど…」
「今は最短ルートを試してみます、乗り移れたら初期起動のアシストお願いします!」
「…分かった、そろそろランデブーよ」
 今まで散々みんなに助けてもらってるんだ、こっから俺もやってやるよ…!
「来たか…!」
 対向車線にトラックが見えてリムジンがヘアピンカーブを曲がり切ろうとした瞬間にリムジンから飛び降りた。

 トラックの屋根に着地して一度前転してから荷物用のドアに捕まり勢いを停止、落ちないようにドアを開けて車内に入り込む。
 暗い庫内に格納されていた赤いアルプトラオムフランメに起動キーを差し込むとコンソールが発光していく。
「無事に乗り込めたみたいね、早速初期起動を始めようか!」
 マルジャーリの指示とマニュアルの記憶を使って初期起動を進めていく。
「ハドロンシステム及びハドロンブースター反応正常、熱線焼却機構起動確認、管制システムオールグリーン…」
「そういえば機体名まだ決めてなかったのよね、試作名は【クリムゾン・フライトタイプ】だったんだけどあんまり紅蓮っぽくないし…」
「じゃあ、【紅蓮可焼式】とか?」
「君の機体なんだしご自由にどうぞ」
 そう言われてふと思い出した、俺の能力にはまだ名前を付けていなかったことを。
 折角スタンド風な能力になったんだ、これで名前を付けるのはある種の憧れだったからな…
 永遠の翼、【スプレッド・ユア・ウイングス】なんてしてみるか、ついでにあの金属製のイベルタルはベルとでも名付けてみよう。可愛い名前の方が似合うとはな…
 そんなことを考えているうちに起動が完了して、トラックの扉が開き通路が形成されていく。
「システムオールグリーン、進路クリア、発進どうぞ!」
「紅蓮可焼式、行きます!」
「紅蓮可焼式、発進!」
 勢いよくフルスロットルで新たなる紅蓮を発進させた。
 グレース、シャルフ、今行くから持ちこたえてくれよ…!


TURN22 灼熱の旋風


 走行してすぐにさっきまで乗っていた黒いリムジンを追い越した。
 窓からバースさんとアウラムが手を振っていたので軽く振り返してリムジンを追い越す。
 道路上にマッシブーンが妨害してきたが、この加速度ならもはや武器を使うまでもなく轢き潰して頂上を目指す。
 中腹に近づいて来ると明らかに尋常じゃない戦闘音が響いている事実に内心焦りながらもワイヤークローを飛ばして巻き上げる勢いで一気に駆け上がった。

「流石に数が多いな…」
「シャウト、そっちは大丈夫か?」
「悪いが普通の警官サマにも市民を守るって意地があるんだよ…!」
 跳びあがって中腹まで来ると、コバルトとシャウト率いるTRIGGERの部隊がUBの大群と戦っていた。
 中腹の時点でこんなにいるなんてな…
 いつの間にか隊長機になっていたらしい紅蓮錦とアロンダイト・レコンギスタの奮闘のおかげで下までは来ずに食い止められているようだが、それでも敵の数が多すぎる。
「ルトガー君、目が覚めたのか…!」
「ルトガー、ってまさか仮面の救世主がナバールの息子…⁉」
「そのまさかだよ…!」
 ブロッキングでUBの攻撃を捌いた隙にハドロンキャノンでツンデツンデを消し飛ばすコンビネーションを決めながらも雑談できる実力に内心尊敬しつつ、俺もざっと戦局を確認する。
 とりあえずアクジキングだけでも落とせば戦局も頂上への道も開けるはずだ…!
 この紅蓮が通用しなかったらおしまいだが、逆に言えば通用するなら敵がどれだけいようと切り抜けてみせる…!
 ハンドルを操作して右のワイヤークローの角度を調整、この位置なら…!
 トリガーを引いて熱線焼却機構を作動、ロングレンジになり出力も増強された熱線焼却機構の一撃はアクジキングの巨体すらも一瞬で全身を焼き尽くした。
「やれる、この紅蓮可焼式なら…!」
「流石は新鋭機だな、ここはアロンダイトとの同時射撃でラナキラマウンテンへの活路を開こう、UBの足止めは僕とシャウト達に任せて君はグレースの救援と本隊を頼む!」
「了解!」
 アロンダイト・レコンギスタと紅蓮可焼式を並べて頂上の方角に向けてエネルギーをチャージ、TRIGGERの隊員やシャウトの防御の中で射撃に集中できる。
「お前ら、頂上まで撃ち抜け!」
 シャウトの咆哮とともに同時にトリガーを引く。
 熱線焼却機構がUBを片っ端から焼き落とし、ハドロンキャノンが破壊されたルートを綺麗に整地していった。
「これで道は開けた、バックアップは任せて決着をつけてくれ!」
「よろしく頼むぜ、ルトガー!」
「了解、バックアップ頼みます!」
 月下団メンバーの二匹にUBの足止めをしてもらっているうちに紅蓮を発進させる。
 ハドロンキャノンで整地されたルートなら、目玉機能もそろそろ使えるな…!
 コンソールを操作して機体後部に格納されたウイングを展開、スロットルを回して加速すると前輪がふわりと浮き上がり、機体が離陸して飛行モードに移行した。
 軽く飛行状態をテストしてバレルロールを練習しながら空中のウツロイドの群れをヒートトリガーで撃ち抜いて倒していく。
 フライトシミュレーションをやったぐらいだが、我ながら思いのほか空間把握能力はあるらしいな…
 軽く二匹にお礼するべくナイフエッジの体勢で飛行しながら熱線焼却機構を調整してワイドレンジに切り替える。
「さっさとやられちまえよ!」
 ワイドレンジで熱線焼却機構を照射、拡散させたことで即死するほどの威力はなくなったがUBをスタンさせたりデバフをかけるぐらいならできる。
 形勢がやや有利になったのを確認して針路を山頂に向け、後方に搭載されたハドロンブースターを作動させて最高速度で山頂に向かった。




「そんな、敵が多すぎるし聞いてるよりも強すぎるよ…」
「君も予想以上の実力だし、僕もUBを倒すのは平均以上だと自負してるけど、こんなに数が多いとかなりきついね…」
 ラナキラマウンテン頂上で、私はシャルフと共にUBを少しでも食い止めようと戦っているけど正直いつ負けちゃってもおかしくないレベルで追い詰められてる。
 お父さん曰くルトくんは子どもを守ろうとして倒れちゃったみたいだし、目を覚ますまではどうにかして倒さなきゃ…
 うたかたのアリアで牽制しながらダメージを与えてはシャルフの攻撃でとどめをさしてもらう流れを繰り返してるけど、こうしてみると素手でも守り抜くことができたルトくんって本当に強いんだね…
「敵の動きが弱まってきた、今なら一気に…!」
「待つんだ、何か様子が変だ…?」
 一気に攻めようとした時シャルフに止められた。
 反論しようとすると黙ってウルトラホールを指す先を見て言葉を失う。
「何あれ、なんかUBじゃないのがいっぱい出て来たんだけど…」
「ザシアン、ラブトロス、カプ系列諸々、その他既に絶滅したフェアリータイプもうじゃうじゃ…」
「なんなのあれは、たまげたよ…」
 語彙力もなくなりかけてるけど、それ以上に身の危険を感じる状況になってきた。
 なんか、確実にこれどうあがいても死んじゃうやつだよね…?

「ナギハラエーッ!」
 ザシアンが叫ぶと同時に大きな剣を振り回して私たち目がけて斬撃を飛ばして来た。
「この位置じゃ避けられない…!」
「シャボン玉撒いて、僕がどうにか持ち上げるから…!」
「分かった!」
 シャルフの指示通りにバルーンを撒いて斬撃のクッションになるようにしてみたけど次々に割られていって、どうにかシャルフが持ち上げてくれたおかげで斬撃はスレスレで躱せたけど、余波の爆風に吹き飛ばされてしまう。

「これが、伝説ポケモンの力…」
「馬鹿な、既に絶滅してるはずなのに本物と遜色ない実力だ…」
 ダメージを負って上手く起き上がれなくなった私たちの前に、剣を咥えたザシアンがゆっくりと近づいてくる。
「我が名はゼルネアス」
「…いいえ、あなたはザシアンです。あなたの脳ミソはどこですか?」
 シャルフが思ってたことを挑発交じりに言ってくれたけど、剣を突きつけられてそんな余裕もなくなってしまった…

「愚かなポケモン共に教えても理解できないでしょうが、我が体は死するとも技の行使は可能。このザシアンを蘇らせた時に私のやどりぎのタネを植え付けておいたのでこうしてザシアンの肉体に干渉して会話しているのです」
 それって思いっきり肉の芽のパクりじゃん…

「かつて私はこの世界を善良なフェアリータイプのみで構成する【世界浄化作戦イーロソ】を決行しましたが月下団とかいう分からず屋の愚か者たちに妨害されて私の肉体は滅びました。しかし、20年以上の時を経て再び計画を再始動することを決意しました、その名も【極秘世界再生計画イーロソ・マスク】、全ての愚かな命を全てリセットして、私の手で理想の世界を作り直す崇高な計画…」
「…要はこの世界を一度滅ぼすってことだよな?」
「行動は同じですがあくまで再生のための過程、その点をお間違えの無いように」
 いちいち変なこと言ってくるし、伝説ポケモンって私より説明力ないのかな…?

「そのために今夜から本格的にUBやかつて滅ぼされてしまった同志たちを率いてこの世界の再生を開始しようとしていたのですが、通路になるウルトラホールをここ以外破壊する愚か者やあなた達のような邪魔者が現れることは学習済み。ですからこうして前回以上の勢力で殲滅することを想定に入れて活動していたというもの、まずは世界への見せしめ用に若い個体から、おや…?」
 明らかに目線が私を狙っている。一体何なの…?
「あなたはフェアリータイプでしたか、今計画に参加するなら好待遇で迎え入れますがもちろん参加しますよね?」
 ただの勧誘か、でもそんなことで私の考えは変わったりしない。
「そんなのお断り、この世界に生きてる命の価値はあなたごときが決めていいものじゃないし、価値をつけるならあなたが一番最低だよ!」
「このメスガキ、下手に出れば偉そうに…!」
 露骨に怒りを剝き出しにして剣を構えてるけど、今の私にはそれすらも怖くなかった。
「殺したければ殺せば?そうしたところで、あなたのお気に入りのフェアリータイプにすら賛同されなかったってケースを固定するだけだけどね」
 ルトくんの考え方は「守りたいもののためには他のすべてを敵に回しても守る」ってことらしいし、お父さんが言うには月下団と同じ心を持っているって聞いた。
 私は強くもないし悪タイプでもないけど、ルトくんが私を守るために戦っていたように、私だってこんなやつに心で負けたくない…!

「僕も彼女に同感だ、こんな格下の言いなりになる理由なんてこれっぽっちもないね」
 私の必死の叫びを聞いてシャルフもゆっくりと立ち上がる。
「ゼルネアスとか言ったっけ、あんたは僕らの足元にも及ばないってこと自覚してるのかい?」
「はぁ…?」
「とぼけちゃって、あんたの種族ののPi○ivにおけるR-18作品(イラスト、漫画、小説の合計)件数、僕やグレース、ルトガーの種族の半分にも満たないどころか100件もないこと自覚してね?」
 えぇ…
 確かにルトくんのこと考えてムズムズした時に調べたらいっぱいイラストあったけど、ゼルネアスってそんなになかったんだ…

「そ、それが何だと言うんだ…⁉」
「つまりあんたには魅力がないってことじゃあないか、生命を生み出す具現とか銘打ってる癖に生命を生み出す欲望を抱かせられないなんて盛大な誇大広告、この際JAR〇にでも訴えてあげようか?」
「…どいつもこいつも好き放題私を愚弄してくれて…!」
 意外にもシャルフの挑発はクリティカルだったらしく、剣を滅茶苦茶に振り回して怒り始めた。
 そんなシリアスな状況で、私とシャルフのスマホが突然着信音を鳴らし始める。
 ビデオ通話らしいが一体誰から…?
 なんかゼルネアスとザシアンの融合体は我を忘れてるし、ちょっと出てみようかな…
 シャルフを顔を見合わせてから頷き、通話アイコンをスワイプした。

 画面には濃紺のスーツと仮面を付けたポケモンが映っている。そしてその正体を私は知っている…
「私は、ファイ」
 ルトくん、一体何をするつもりなんだろう…?
「聴け、世界に生きとし生ける全てのポケモン達よ、私は悲しい」
 何かに気付いたらしいシャルフはスマホで色々調べているけど、少しずつ表情が驚きに変わっていく。
「この世界はかつて邪神ゼルネアスの陰謀により崩壊の運命を迎えかけたが、勇気あるものたちの行動によって今日までの平和を手にすることができた。だが、邪神ゼルネアスは再び平和を壊そうと今日侵攻を開始している!」
「グレース、これアンブレオン社本社スタジオから全国ネットで生中継されてるよ…」
「じゃあ、ルトくんは今アローラにいないってこと…?」
 衝撃の事実に遠回しな身の危険を感じている一方で、ファイはジェスチャーを加えながら勇敢な演説を続けている。
「だが恐れることはない、皆で力を合わせればUBも倒せない敵ではない!私は皆の信頼と平和を得るために先陣を切って戦うことを誓う証として、まずはゼルネアスに従い私利私欲のためだけに罪なき鋼タイプの仲間達を凌辱し虐殺を繰り返した愚かなるヌチャン系列にたった今、天誅を下した!」
「すごいよ、同接数も100万超えて各地でUBとの戦闘準備が進んでるって…」
 シャルフの解説を聞きながら、ルトくんの狙いはみんなを元気づけることなんだと気付いた。
 指を鳴らしながら過激な言動をしてるのも、みんなのテンションを上げるために…

「これより私はラナキラマウンテンに赴き、愚かなる邪神ゼルネアスを処刑し完全なる平和を取り戻す戦いに挑む。皆にはこれよりUBに関するデータを情報を公開するので共に平和を守り抜くための力を貸してほしい。決して一匹で戦うことをしなければ恐れるに足らず!」

「本当にこの世界は、滅ぼさなければならないらしい…」
 狂気じみた声に気付いた時、ザシネアスは完全に戦闘態勢に入っていた。
「もはや切り刻んで剣の錆にするのも汚らしい、カプ共、こいつらを片付けなさい!」
 島の守り神と呼ばれたポケモン達が四匹で襲い掛かろうと私たちを狙っている。
「グレース、君は下がって…!」
「でもあなたは私より射程距離離れてる方がいいのに…」
 矢を構えていたシャルフに指摘したら思い出したようにリーフブレードに構え直した。
 私だって、勝てないとしても戦うことは諦めないんだから…!

 怖くて逃げそうになるけど必死に勇気を振り絞って攻撃の構えを取っていた時、遠くから赤黒い光の束が飛んできた。
「何あの光…⁉」
「熱線焼却機構だ、だがあんな大出力を遠距離から…?」
 熱線焼却機構とかいう今の光はカプ達に直撃、黄色いやつ以外は全部全身から火を噴きだすように焼けて崩れ落ちていった。
「ええい、使えない連中め、カプ・コケコ、あいつらをさっさと殺しなさい!大体こんな奴ら生かしておくこと自体が間違いでs」
 ザシネアスはまた機嫌悪そうにしていたが、パァンというような乾いた破裂音の直後に胴体の装甲が一つ吹き飛んで体勢も崩していた。


「遅くなってすまない、よく持ち堪えてくれた…」
 聴き慣れた待ちわびた声に視線を向けると、そこにはアルプトラオムフランメで着陸したファイがいた。
「アイエエエ!ファイ⁉ファイナンデ⁉」
 シャルフが滅茶苦茶驚いてるけど、ルトくんは今ファイとして生中継に出ている。じゃあこっちのファイは一体…?
「お前か、この世界を裏で操って私の邪魔をしたのは⁉」
「裏だけではなくて、表でもこれから邪魔してやるつもりだがな」
 アルプトラオムフランメから降りて洒落た返しで挑発する姿は本物みたいだけど…
「だが所詮は野良ポケモンが一匹増えただけ、仮面で姿を隠す臆病者はもろとも切り刻んでくれる…!」
「いいのか?私の素顔を見た時こそお前の最期だぞ!」
 斬撃の嵐が私たち目がけて飛んできた瞬間、それを防ぐように灼熱の旋風が吹き荒れる。
 私たちを庇うように立ちふさがったファイは斬撃に襲われて仮面やスーツが少しずつ切り刻まれていく。
「ファイ、もうやめて!死んじゃうよ!」
「君が僕たちの知る男なのかは知らないが、君はここで倒れていい存在じゃない!」
「ありがとう、グレース、シャルフ…」
 強風の中で、ファイが確かにそう言ったのが聞こえた。
「確かに俺は傷つけることや拒まれることを恐れていた臆病者かもしれない、だがその心配もなくなった…」
 ファイの仮面がゆっくりと外されて、待ち望んでいた素顔が見えて、私と目が合った…
「俺は、素顔の俺自身で戦ってみせる!」


 斬撃の嵐と灼熱の旋風の旋風が互いを相殺して静寂が戻った時、ファイのそれとは明らかに違う赤い衣装に身を包んだ素顔のルトくんがそこにいた…


TURN23 復活のルトガー


 ネメオスは最後の一着を着たうえでその上に着られるファイの予備セットを用意していた。
 実際あの衣装で走ることでプロパガンダ的な演出をできる意味合いもあったが、もしあれが「俺がファイであることを捨てて素顔で戦う」ことを示すための演出だとしたら、そこまでの予測力には脱帽しかない。
 ファイの時には地味にコンプレックスだった着瘦せと毛膨れによるCLAMP体型もコートとズボンスタイルになっていたことで緩和されていて、ブーツとスパイクグローブで格闘戦にも対応、ヒートジョーカーとヒートトリガー用のホルスターも共通規格でセットされてて放熱機構やベルト部分に簡易型熱線焼却機構搭載とかいう、最終決戦専用みたいな至れり尽くせりの一着になっていた。
「ルトくん、どうしてここに…⁉」
「こんな状況で助けに行かない理由があるか?」
「いや、来てくれたのは嬉しいけど、ルトくんは今ファイになって生放送…」
「あれ?生放送のファイもリアルタイムで動いてるけど、こっちはルトガーだし一体…?」
 シャルフの見せて来たスマホの画面を見ると、ちょうどファイの生放送が終了してアンブレオン社直々のニュース放送に切り替わった。
 その直後、俺の携帯電話にビデオ通話の着信が来た。そろそろ種明かしするか…

「これ、母さんです…」
「「ゑ?」」
 通話をオンにして二匹にも画面を見えるようにすると、ファイの仮面を外したように空間の映像が揺らぎ、たてがみを整えているゾロアークの姿に変わる。
「上手くできてた?」
「十分なぐらいだ、目的も達成済だし助かった」
「この方が、ルトくんのお母さんなの…?」
「普通に姉と言われても信じられるぐらい綺麗だ…」
 シャルフのコメントをまんざらでもなく思いつつ、軽く種明かしの流れを考える。
「生放送が始まる前から既にイリュージョンで声は録音。マジックショーでよくある手法だが、UBとの戦闘で信頼のあるファイからの情報提供と現場への急行を同時進行するにはうってつけだな」
 しれっと携帯越しに彼女がどうとかロマンティクスとか交尾とか言い出したので、協力ありがとうとだけ言って一方的に電話を切っておく。
「二匹が混乱してくれたように敵の目を攪乱することも想定していたが、そもそも馬鹿過ぎてお前らの弱点は全世界に公開されてることに気付かなったらしいな」
 突然の罵倒に困惑するザシアンを鼻で笑いながらヒートトリガーを構えて狙いを絞る。
「ルトくん、あのザシアンはやどりぎのタネを植え付けられてゼルネアスに操られてるんだって…」
「肉の芽のパクりか、三下の癖にプライドだけ高そうなヌケサクが思いつきそうなことだぜ」
 俺たちの会話中だけ律儀に待ってる辺りマジのド低能らしいが今はその方が都合がいい。


「全くどいつもこいつも今すぐ滅ぼして欲しいようですね、行きなさいUBと絶滅した再生ポケモン部隊!」
 怒髪冠を衝くとでも言わんばかりに全身で怒りを表現しているザシアンwith肉の芽ゼルネアスもといザシネアスはウルトラホールをさらに展開して大量のUBや絶滅したはずのフェアリータイプを次々に降下させてきた。

「いくら何でも数が多すぎるよ…」
「ざっと500、いや1000はいる、どうしよう…」
 戦い慣れてないグレースは怯え、そこそこ慣れてるシャルフでも焦りを隠せていない。俺も内心冷や汗だが、どうにかして切り抜けなければここで全て終わりだ。
「もっと怯えて命乞いしなさい、やはり数の暴力、数の暴力こそ全てを解決する…!」
 剣を咥えたまま器用に高笑いを決めているが正直ウザい。とは言っても紅蓮可焼式をフル稼働させても半分殲滅するのが精いっぱいで…
 だが俺が弱気になってちゃ負けちまう、ハッタリかましてでも先に進む…!
「数の暴力か、戦術としては悪くないが、戦略の前にはゴミクズ同然だと教えてやるよ…!」
 わざとゆっくりと挑発しながら頭の中で作戦を考えていく。
 ハドロンシステムの奥の手はチャージに問題があるし、スプレッド・ユア・ウイングスで殲滅するには数が多すぎて暴走リスクがデカい、そう考えると俺だけで一手のうちに殲滅は不可能。
 ナタクさんの指導を踏まえるならフィールド効果で盤面を有利に引っくり返せるのが理想だが、生憎ここに爆弾や落とし穴は仕掛けていないから足場崩しをしかけることは不可能。
 せめて一気に焼き払えたら効果的だが、一撃で火の海…
 待てよ、火の海といえば一昨日…
「シャルフ、グレース」
「ん?」
「どうしたの?」
 現状唯一の可能性、俺だけでは無理でも一つだけ策はあった…
「二匹とも、【誓い技】ってまだ覚えてるよな?」

「覚えてるよ、ルトくんと一緒に練習した思い出の技だから…!」
「一昨日披露したっけ、というよりまさかアレをここでするのかい?」
 それぞれ違う歓喜に染まっているが、静かに頷いて炎の誓いをまだ覚えていることを明かした。
「この状況を打開するためにも一緒に誓い技を撃って欲しい、頼めるか?」
 流石にカプの方はそこまで馬鹿じゃなかったらしく、攻撃を開始してきた。
 ヒートトリガーで牽制しながら二匹に提案すると、黙って頷きグレースを中心とした逆三角形の陣形が出来上がっている。
「なんか、アテナエクスクラメーションみたいな構えだね」
「これから神殺しするんだし、あのイベルタルなら笑って許してくれるだろ」
「それもそうだね、ってルトガーはいつイベルタルに会ったことが…?」
 シャルフの質問には何も言わずに少しだけ笑って返しておく。
「まずはシャルフ、次に俺、仕上げはグレースで行く。指示通りの方向に向けたこの三撃によって一撃で決める…!」
「任せて…!」
「了解、まずは僕が…!」
 作戦通り、シャルフが敵に向けて草の誓いを放つ。
「草技でも所詮は低威力、その程度の技を重ねてどうにかなるとでも?」
「…っ!」
 なんか悔しそうな演技をしてる、シャルフの奴案外この戦いをエンジョイしてるな…
「だったら次は俺が…!」
 渾身の特攻を込めた炎の誓いはまっすぐ頭上に打ち上げられて炎が周囲に飛び散った。
「力の入れすぎで空回りですか?滑稽ですね…!」
 安っぽい挑発に黙って睨み返し、スタンバイしているグレースにそっと指示を出す。
「最後は私が…!」
 一番火力出そうなグレースの水の誓いも、グレースが敵の攻撃に体勢を崩してしまい俺たちの背後、つまりは真後ろに飛んで行ってしまった。

「もうダメだぁ、おしまいだぁ…」
 グレースが棒読みで絶望しているのを見て本気で勝ち誇って嘲笑っているザシネアスだったが、さらにそれを嘲笑うかのように周囲に火の手が上がり、たちどころに火の海と化した。
「なんだこの炎は…⁉」
「やっぱり誓い技を知らないらしいな、誓い技は二種類の誓いを組み合わせるとちょっと面白い効果が出せるんだぜ?」
 例えば草の誓いと炎の誓いを組み合わせれば、敵の足元を一瞬にして火の海に変えてしまう効果がある。
 そして炎の誓いと水の誓いを組み合わせると…
「やった、夜なのに空に大きな虹がかかったよ!」
 無邪気に喜ぶグレースの声を聞いて静かにほくそ笑んだ。
「まさか、一撃でバーンダメージと自分たちへのバフ効果をかけるなんて…!」
「だから方向指定したんだよ、これで地上の敵は大分倒しやすくなったはずだぜ…!」
 いくらUBやフェアリータイプの数が多かったとしても、削れてさえいれば攻撃は当てるだけで倒してしまえる。これが数の暴力への対抗戦略なんだよ…!

「ルトくん、空にいる敵はどうするの…?」
「あっちは任せろ!グレースとシャルフは伝説辺りや炎タイプへの牽制だけ頼む!」
 分かったという声だけ聞いて、紅蓮可焼式のハドロンブースターをヒートトリガーと連結させて大型ライフルを二挺用意する。
「飛行戦力を全て落とす、さっきの翼を頼む!」
「ベルゥ!」
 いつの間にか飛んできたベルを背中に装着して高推力のまま大ジャンプ、空中でツインハドロンライフルを片手ずつ水平に構え、トリガーを引いた。
 高威力のビーム兵装によって射線に入っていた敵を一瞬のうちに消し飛ばし、推力を維持したままDDラリアットのイメージで回転すると、射線上の敵は光の壁やオーロラベールの抵抗も関係なく全てを薙ぎ払った。

「これで雑魚敵は片付いた、俺が前衛を張るからグレースは敵の牽制とアシスト、シャルフは後方支援を頼む!」
 連結を解除して紅蓮に再セットし、通常のヒートトリガーで残存する敵を撃ちながらザシネアス状態のターゲットを狙う。

「という訳だ、邪神ゼルネアス、ガワもろともお前を殺す」
「まさかお前は、ナバール…⁉」
「その忘れ形見、ルトガーだ。覚えておいた方があの世で色々役立つだろうぜ」
 剣の切っ先と銃口が互いを狙い合う瞬間、これが最後の戦いだ…!


 あれから十数分、なかなか減らない敵を片っ端から斬りつけながら、ついにザシアンの剣とヒートジョーカーがぶつかり合った。
「どこまでも小賢しい…!」
「こっちの台詞だ!」
 拮抗して互いの体を弾き合い、斬撃の嵐と悪の波導の乱射がぶつかり合う。
 黄色いカプの放電にヒートジョーカーを一本空に投げて電撃を誘導して防ぎつつ、シャルフの狙撃が射抜いて倒す。
 雑魚の進撃をグレースのバルーンが阻んでいるうちに残ったヒートジョーカーに熱を送り込んで刃を伸ばし、左で逆手に構えて高推力のまま突進、ザシアンの振りかぶった剣とぶつかると同時に衝撃を活かして右に飛翔、落ちていたヒートジョーカーを掴みながら長剣の方を投げつけて急接近、咥えた剣で捌こうとした隙に、胴の急所へヒートジョーカーを突き立てた。
「馬鹿な、ガオガエン程度であんな超高速移動が…⁉」
「…これがイベルタル因子の身体強化、そして既に懐に入った時点で俺の勝ちは決まった!」
 ザシアンの体で驚くゼルネアスを他所に、救援に来ようとしたピンクのカプを射殺してヒートジョーカーの柄に熱を込めると、ザシアンの体が沸騰した気泡のようにあちこちが膨張していく。
 改良されたヒートジョーカーは敵に突き刺して熱を送り込むと熱線焼却機構を簡易的に使用できるようになったが、早速金星だな…!
「ぽぺ…」
 全身が沸騰に耐え切れずに爆散、返り血の付いたヒートジョーカーを拾い上げるとかつてないほどの達成感が込み上げてきたが、一連の流れに少しだけ違和感を感じる。
 そういえばさっき雑魚は一通り片付けたはずだし、ピンクのカプだって突入前に熱線焼却機構で焼き払ったはず…
「ルトくん、後ろ…」
「なんか、これはヤバいかも…」
 グレースとシャルフの反応に内心警戒しながら振り返ると、さっき倒したはずのUBやフェアリータイプの再生ポケモン達が生き返っていた…



「ねぇ、これ何が起こっているのさ…?」
「俺も分からねぇけどこれから分析する、多分ゼルネアスが何らかの細工してやがるな…」
 普通ならありえない事態だが奴が絡んでるならわりと想像できなくもない。
「一つ確認してみる、二匹は防御に回って体力を温存してくれ」
 幸い大体の敵には俺の方が早いし、少しならグレースとシャルフを休ませることもできる。
 持って来たらしい回復アイテムで回復し合う二匹を見るとあまりいい気はしないが、今はそこのデカヌチャン辺りで実験してみるか

「よぉ、金属泥棒」
「誰が金属泥棒じゃ殺したろかワレコラァ!」
「お前が死ね!」
 ハンマーを振りかぶる動作よりも早く能力で殺した。これでどうなるか…
 周囲を警戒しつつ心の中でカウントしていくと、ちょうど10カウントで起き上がってきた。
「ワレコラァ!」
「今すぐ焼け死ね!」
 炎のイベルタルが全身を貫き熔解するレベルで焼き殺した。
 10カウントでも再生しない、体の状態、関係ありか…
 もっと殺さなきゃ…
「⁉」
「どうしたの⁉」
「悪い、どっちでもいいから暴走する前に早くメンタルケア頼む…!」
 殺気に思考を飲まれそうになりながらも二匹に声をかけると、羽が俺の頭を撫でて優しい言葉と鰭が背中から翼ごと包み込んでくる。

「大丈夫かい?」
「悪ぃ、やっぱ殺す能力は制御きついな…」
「でも自分でサポート必要って分かるようになったの、きっとルトくんの成長だよ」
 ありがとな、と軽く返しつつ数えていたカウントは30を超えたがまだ再生していないらしい。
 さっき爆発四散したザシアンの再生もまだな辺り、ただ殺すより体を破壊される方が効くらしい。

「とりあえず今の実験で分かったことを伝える」
・ゼルネアスの能力でこの辺りの敵は倒しても再生する
・通常の死亡は体感10カウント、死体の損傷度に応じて再生時間は伸ばせる
・俺の能力で範囲内の敵を種族単位で殺すことは可能だが、再生を考えると暴走リスクが大きいためあくまで保険として基本使わずに戦う方が合理的

「なるほど、敵の再生能力を考えるとしっかりめに倒した方がいいってことか…」
「分かったよ、ルトくんも無理しないでね…!」
「了解だ、メンタルケアさえあれば制御できるから少しでもヤバくなったら無理せず…」
 ヒートトリガーの弾丸をリロードして二挺構えてターゲットを選定していると、遠くからエンジンの駆動音とハドロンシステム特有の駆動音が聞こえて来た。
「待たせたな、増援の登場だぜ!」
「遅くなってすまない、中腹は片付いたからこっちの応援に来たよ」
 コバルトとシャウトの増援が来て俺たちだけで切り抜ける想定が少し楽になった。
 こういう時に警察と医者の援軍は少し心強い。
「こいつらはゼルネアスの影響で殺しても再生します、体に重度の破壊があれば少しは遅らせることができるので把握願います!」
 あんまり上手くない敬語で状況だけ伝えておいて、5匹に増えたメンバーの配置を考える。
「シャルフは後方からの狙撃と遊撃手としての削り担当、グレースとシャウトは牽制及び防御要因としてシャルフと連携、俺とコバルトは前線と火力ソース役で行く!」
 配列指示を出しながらスプレッド・ユア・ウイングスの効果を整理して最適な使用方法を考える。
 前線張りながらでも、イベルタルの翼でみんなを守ってみせる…!


「各イベルタルはこちらの戦闘要員の防御サポートに回れ、何としても敵から守り抜け!」
 俺以外の4匹を防御するためのイベルタルを出現させつつ、同時に2匹をシャルフの背後に迫っていたフラージェスを焼き殺すのに飛ばす。
 一瞬で同時に出せるイベルタルの命令は6種類、総数ではないにせよ効率よく重ねていかなきゃ持久戦ではこっちが不利になる。
 さらに敵情報把握用のイベルタルを連続で出現させながら自動砲撃用にデスウイングで攻撃するイベルタルを俺の周りに旋回させ始めたタイミングで強烈な殺気に襲われる。
「ルトくん、大丈夫だよ、リラックスして…!」
 殺気を制御できずにふらついたところをグレースに支えられ、さらにシャウトやコバルトにも負担をかけてしまった。
「おいおい、あんまり飛ばし過ぎるなよ?」
「ルトガー君も一匹で無茶しすぎるな、君のサポートは優秀だが君が無茶しては元も子もないよ」
「…はい、気を付けます」
 シャウトに手渡されたプレーンクッキーを噛み砕くと、グレースのケアも相まって大分楽になってきた。
 青いカプに悪の波導やデスウイングの一斉掃射とヒートトリガーの弾丸を的確に撃ち込みながら、軽くジャンプしてゆっくり降下しつつ仲間の情報を分析する。
 グレースはシャウトと組めたことで牽制も無理なくできているが、リーフブレードでカミツルギと斬り合うシャウトを見るとやっぱ一匹ではきつそうだ。
「シャウトが攻撃に集中できるようにを解析や防御、回避のアシストをしろ!」
 オレンジのイベルタルがシャルフの方に飛んでいき、爆風でエアスラッシュを相殺してシャルフを守っている。
「シャルフ、ハイゴニトゲキッス!ハイゴニトゲキッス!」
「了解…!」
 シャルフの狙撃精度が大幅に向上して背後のトゲキッスに振り向き撃ちを成功させているのを見て内心安堵した。
 こういうサポートなら、俺にも負担なくできるんだな…!

 背中のイベルタルと自動砲撃用のイベルタルの攻撃ひるんだ隙に緑のカプを滅多切りにして、コバルトのフレースヴェルグとタイミングを合わせてラブトロスをぶつ切りにして倒す。
「敵は減ってきた、さっきのザシアンは爆散して再生に時間がかかってる今、一気に倒せばいける…!」
 紅蓮可焼式を操作して熱線焼却機構を作動させると同時に特殊なイベルタルを周囲に散開、熱線焼却機構の光をイベルタルたちが反射させて残っていた敵に一斉に浴びせて倒す。

「やったな、これで一件落着だぜ!」
「いや、あくまで再生するならまだ油断はできない…」
 今倒し切っても再生するなら、実質的な終わりはどこにあるんだろう?
 正直俺だけじゃなくて他のみんなだってきついだろうし、早く再生を止める方法を考えて…
 なんとなくウルトラホールを見上げた時、奇妙な光の存在に強い殺気を感じて咄嗟に叫ぶのが精いっぱいで…
 ウルトラホールからものすごい威力のビームが俺たちに降り注いだ。


「あれ、何ともない…?」
 咄嗟に防御用のイベルタルを周囲に出せるだけ展開して防いでも防ぎきれないと思っていたが、案外余裕だった。
 黒いアーマーになっているコバルトとシャウトも平気そうだが、シャルフは少ししんどそうで、グレースはそこそこダメージを受けてしまっているらしい。
 そこから大体今のビームの技は分析できたが、あれはエスパー技ってことか…?
「あの火力はテッカグヤ以上でただのポケモンとは思えないけど、エスパータイプのUBなんていたかな…?」
「いや、僕も知らないが、あの火力はまさか…」
 グレースの応急処置をしながら少し焦った様子で答えるコバルトに尋常じゃない気配を感じた時、ウルトラホールから全身を白く光らせたドラゴンタイプみたいなポケモンが現れた。


「ごきげんよう愚か者たちよ、この光で消え失せなさい!」
 肉の芽モドキがどこにあるのか分からないが、こいつはゼルネアスが乗っ取るに相応しいスペックはあるらしい。
 あのビームを連射されると俺は平気でもグレースやシャルフが危険だ、何とかしなきゃ…!
「喰らえ、プリズムレーザー!」
 この位置じゃツインハドロンライフルも連結とチャージが間に合わない、だったら奥の手見せてやるよ…!
 口からの角度を合わせつつベルトから炎を滾らせて熱線焼却機構を媒介させることで増幅させながら放射、真正面からぶつかり合って激しい炎と熱を撒き散らしながら相殺した。

「ルトガー君!」
 受け身を取れずにいたところをアロンダイトのワイヤークローでキャッチされる。
「どうも、とりあえず反動技みたいなんでちょっと立て直す時間できますよ」
 手短に状況を伝えると鮮血の入った輸血パックを渡されて、回復を促された。
 実用的だし吸血できる俺には合理的だが、これ医者として大丈夫なのか?
 おっ、これ新鮮でなかなか美味いな…
 血の味をこっそり堪能しながらベルを飛ばして戦局をざっと確認する。
 二匹の言う通り再生されるのはこの辺りだけ、肝心のゼルネアスもあのポケモンの操作にかかりっきりで再生する余裕はないらしい。
 つまりあのポケモンをどう倒すかが鍵ってことか…
 分析を終えてベルを背中に戻した時、携帯電話で何かを確認していたコバルトが叫んだ。
「みんな、あいつの正体は20年前にタマムシシティを襲った黒いUBのフォルムチェンジと見て間違いないらしい!」
「20年前のタマムシシティって、まさか崩壊レベルの…⁉」
 シャルフの反応を見て思い出したが、あいつにとっても無関係じゃないんだよな…
「そうだろう。かつてナバールが撮ってくれたデータとあいつのデータを照合したら、スペックはこちらの方が上だが個体データはおおよそ一致したので、当時名付けたネクロズマの強化版でありUBの一種であることも考えられるため、【ウルトラネクロズマ】とでも呼んでおこう」
 スペックが低い頃でも月下団メンバーのエース二匹がかりで撃退がやっとだったのに、それがさらに強化されてるなんて、こんなやつ倒し損ねたら本気でアローラどころか世界すら本気で滅んじまう気がする…
「とにかくこんな奴、動けないうちに早く倒してしまわなきゃ…!」
「気持ちは分かるが落ち着けシャルフ!」
 完全に冷静さを失ったシャルフが影縫いを放ちながらリーフブレードで斬りつけにかかったが、動き出したウルトラネクロズマのパワージェムによる迎撃をモロに受けて落ちてしまう。
 ワイヤークローをクッション代わりに用意しつつダッシュして地面に落ちる前にシャルフのキャッチには成功したが、かなりのダメージを負ってしまっている。
「大丈夫か…?」
「なんとかね…」
「…何というか、俺のこと気遣ってくれる側の気持ちが少しだけ分かった気がする」
「奇遇だね、僕も君の気持が少し分かった気がするよ」
 シャルフをゆっくりと起こしている時、一瞬だが俺の視界がブラックアウトした。
 頬についた返り血を舐めて意識を鮮明に保ったが流石に消耗が激しい。
 俺もあんまり持久戦は得意じゃないが2時間をゆうに超えて流石に全員疲れの色が出始めている。
 早いとこ再生への対抗策を立てねばこのままじゃ全滅しちまう…

 小さなイベルタルが複数匹飛んで戻ってきたと同時に、グレースが小さな悲鳴をあげた方を見ると、さっき熱線焼却機構で爆散させたザシアンの体がほぼ再生されかかっている。
 だが別動隊として一回に出せる命令の余りを全て調査に回しておいた甲斐があった。
 イベルタルの反応を見ると、再生のからくりも対策も大体読めた。
「どうやら我が同志ザシアンもほぼ完治、これで心置きなくお前たちを殺すことができるというもの」
 とうとう揃い踏みしたらしい敵の勢力はウルトラネクロズマとザシアンに随時再生されるであろうUBとフェアリータイプ不特定多数。準伝説あたりを先に片付けられただけマシだが、それでもみんな連戦続きで疲弊している。
 だが突破口は見えた、あとは条件を揃えるための一手に賭ける…!
「今から最初で最後の攻勢に出る、全員俺の作戦通りに動いてほしい」
 静かに頷いてくれることに内心感謝しつつ、携帯電話の画面に作戦を入力してそっと見せた。

「俺がネクロズマを倒す、みんなはどうにかしてそれ以外の敵を頼む…」
「これってほぼ策もあってないようなものだね」
 コバルトとシャルフの読み上げにそっと頷いて紅蓮可焼式に跨る。
「これより作戦をファイナルに移行、みんな、死ぬなよ…!」
「「「「了解!」」」」
 騎獣クルセイダーの最終回でもギリギリ言わなさそうな台詞をわざと言って、スロットルを回してウルトラネクロズマに突進した。



 パワージェムを展開したイベルタルに相殺させつつウルトラネクロズマの周囲を旋回。
 周囲を動き回ることで大技で俺を狙いにくくしながらヒートトリガーでやどりぎを狙い撃ち、左のワイヤークローで脚部を固定して飛翔しながら飛び回ることで足と右翼をワイヤーに巻き込んで自由を奪う。
 飛翔しながら戦局を確認すると、やどりぎから解放されて生き生きと剣を咥えたザシアンと、勇者パースの体勢で構えたコバルトのフレースヴェルグがぶつかり合い、アロンダイトと四足の高速戦闘を繰り広げていた。
「あのダイケンキといいナバールといいお前といい、何故イベルタルの血脈は私の邪魔ばかり…!」
 ウルトラネクロズマ越しにまたゼルネアスがブチギレている、そろそろネクロズマの血管切れるんじゃないかと思いながらイベルタルに出す命令を組み立てていると、左のワイヤークローがプリズムレーザーの熱に耐え切れずに千切れた。ハドロンキャノンの直撃でも受けなきゃ切れないレベルの破壊力とはやるな…

「こうなれば全てのポケモンをこの場で再生させてやる、全員とっととくたばりやがれ…!」
 一気に急速度で倒したはずのポケモンが再生されていく。
 それと同時にウルトラホール周辺でスタンバイさせていた調査用のイベルタルに反応があった、やっぱ俺の推理通りだったな…!
 だがその代償がデカすぎる、いくら伝説だからって好き放題しやがって…!
「お前なぁ、ちょっと態度がデカすぎるぜ!」
 ワイヤークローを射出すると同時に防御用のイベルタルを俺たちの周囲に展開させながら熱線焼却機構を最大出力に切り替えてトリガーを引く。
 熱線焼却機構を高出力で撒き散らしながら再生されたばかりの敵ポケモンを一気に焼き払っていく。軌道がワイヤークロー次第で制御不能だが、事前に防御用のイベルタルを展開したことでフレンドリーファイアの心配はない。
「馬鹿な、再生したはずが一瞬で…」
 熱線焼却機構用のエナジーは尽きたが、それと同時にゼルネアスの力も弱まったらしい。
 コバルトの方を見ると、ザシアンに向けて投げつけたホタチがブーメランのような軌道を描いて背後からザシアンの足を斬り落とし、ひるんだ隙にフレースヴェルグで胴を剣ごと袈裟斬りにした。
 他のみんなもダメージを負いながらも無事にらしい、このまま一気に…!
「!」
 突然ウルトラネクロズマが俺目がけてフォトンゲイザーを放った。
 直撃のダメージはないとはいえ可焼式には機体前半分にそこそダメージは入って飛翔は不可能、熱線焼却機構は外れてしまった。
 必要なパーツは残ったとはいえあの戦力は干渉を受けてない素の実力らしい、多少厄介だな…!
 ハドロンブースターを取り外してフルオート走行に切り替えて最高速度でネクロズマに突進させ、拘束したワイヤークローも紅蓮可焼式も全て破壊されたがそこそこのダメージを与えた。

「ルトくん…!」
「待ってろ、こいつは俺が倒す!」
 ベルの推力でイベルタルの目線までジャンプ、ヒートトリガーを向けつつ見栄を切る体勢で威嚇した。


 フォトンゲイザーを躱すような軌道ですり抜け、いつの間にか少しは飛行できるようになっていたことに驚きつつヒートトリガーで射撃しながらパワージェムをスライスターンで躱して悪の波導を浴びせる。
「ちょこまかと動き回って小癪な…!」
 ウルトラネクロズマのやどりぎは外れたはずだが、まだゼルネアス自体はこっちに干渉する気満々らしい。さらにウルトラホールからアクジキングとアーゴヨンを繰り出してグレース達と交戦している。
 弾切れになったヒートトリガーを狙った位置に投げ捨ててヒートジョーカーを赤熱化、流れ弾のベノムショックを躱しながら脇をすり抜け、すれ違いざまに刀身を伸ばして斬りつける。
 そのままもう一本のヒートジョーカーに熱を込めながら炎でイベルタルを形成して投擲、ウルトラネクロズマの胸に突き刺すと同時に熱を送り込ませてダメージを与える。
 ひるんだ隙に頭部を斬り落とせば…!
「……!!」
 ゼロ距離に俺を誘い込んでプリズムレーザーを浴びせる罠だった。
 直撃ダメージこそしれているが、ヒートジョーカーは破損してレーザーで破壊された瓦礫が散弾同然のダメージを与えて吹き飛ばされる。
「大丈夫か⁉」
「ルトくん、しっかり…!」
 駆け寄ってきたシャウトとグレースに大丈夫と言って起き上がったが、瓦礫も俺には思いの外深刻なダメージになったらしく、ネメオスの服がなければ致命傷だった。
「そんな、急いで治療しなきゃ…」
「…けどな、これで前提条件は、全てクリアした!」
 武器は全て尽きたが俺の作戦に必要なアイテムはまだ残してある。
 それを使えば、ウルトラネクロズマはもちろん、完全にこの世界を守り抜くこともできるはずだ…!
「シャルフ!」
「イエス、ユア・マジェスティ!」
 アーゴヨンをリーフブレードで斬りつけていたシャルフが機動を変えてワイヤークローを破壊、内部に残っていた部品を影縫いで俺に渡してくる。
 熱線焼却機構、ちゃんと無事そうだな…
 ヒートジョーカー用のホルスタージョイントを右足の脛に装着して、そこに熱線焼却機構をセット。
 ベルトに付けた熱線焼却機構と右足の熱線焼却機構を連動させればより高火力になる想定、こいつを直に叩き込もうなんて我ながら滅茶苦茶なアイデアだが、それぐらいの滅茶苦茶やってみてワンチャンあるかどうかだからな…!

 プリズムレーザーの反動の隙を突いてセッティングまでは終わった。
 あとはシャイナさんもとい母さん直伝のあの技なら、確実に叩き込んでやる!
 パワージェムで狙われたと同時に脚力と推力を活かした大ジャンプ、だが俺の飛翔を狙った角度…⁉
 パワージェムを広角で狙っていたことに焦った瞬間、強力なハイドロポンプがジェム自体を吹き飛ばした。
「行け、ルトガー!」
 コバルトの援護射撃に心の中で礼を言って、理想的な高度に到達した。
 ベルトの炎を熱線焼却機構で最適化、さらに右足の熱線焼却機構に通して高火力させる。
 そしてこの位置が一番、ウルトラネクロズマに跳び蹴りを叩き込みやすい角度ッ…!

「やれ、ネクロズマ!」
 いつの間にかウルトラネクロズマの頭部にやどりぎは移動してフォトンゲイザーを放たれたが今はその方がいい。
 フォトンゲイザーの白い光と熱線焼却機構の赤い光がぶつかり合って拮抗する。
 放出され続ける熱線焼却機構のエネルギーは正面への行き場を失って周囲に拡散、扇状に拡散されながら回転を始め、再生されつつあったUBやフェアリータイプを光に触れただけで灰に変えていく。
「馬鹿な、スペックはネクロズマの方が上のはずなのに…⁉」
「お前が指示出すとダウングレードすることにまだ気付かないとは脳内お花畑通り越して記念物級の天然だなこの死に損ないのクソババア!」
 熱線焼却機構が拡散するとこまでは想定外だったけど、ここまで来たら勢いで押し切ってやるよ…!
 フォトンゲイザーが少しずつ砕け散るように弱まっていくのに比例して熱線焼却機構の光も円錐状に展開されてさらに突き破り、そのままとどめの一撃を突き刺すような勢いで蹴り飛ばした。




「ルトくん、ルトくん、しっかりして…!」
 グレースにゆすり起されて初めて俺が意識を失っていたことに気づいた。
「俺は、ってネクロズマは…?」
「大丈夫、君の蹴りで灰になったし、アクジキングとかアーゴヨン含めて敵は全部熱線焼却機構の余波で灰になったよ…」
 シャルフの差し出した羽根を掴んで起き上がると周辺一帯は灰の山があちこちに出来上がっている状態だった。
 敵の残存勢力はゼロ、だが日付も変わりそうな時刻なのに空が明るい…?
 違和感に気付いた時、ウルトラホールがさっきよりも巨大化してきていることと、最後に俺がやるべきことを思い出した。

「急いでウルトラホールを破壊するんだ!ゼルネアスの再生のトリックもウルトラホールから生命を供給するのが鍵だった以上、早く壊さないと大変なことに!」
「なんだって、それは本当かい⁉」
 ふらつく足に力を入れて立ち上がっていく中で、ハドロンキャノンが、ハイドロポンプが、斬撃と矢がウルトラホールを攻撃しているが、少しもダメージの入る感じがない。
 ベルトに付けた方の熱線焼却機構で火炎放射を増幅させて撃っても、悪の波導を乱射してもまるで効いていない。
「ウルトラホールを破壊しろ!」
 イベルタルを精製して撃ち込んでもウルトラホール自体を破壊する効果が薄い。生命じゃない相手では命令も通りづらいってのはあるか…
 だが一刻も早く破壊しなきゃいけないのに、あのウルトラホールをすうに破壊できるとしたら…
 やっぱ俺が突っ込んで自爆するか…

「これお前の武器だろ?」
 手段と覚悟を脳内で考えてると、灰で黒い毛並みが白っぽくなったシャウトがハドロンブースターとヒートトリガーを俺に投げ渡して来た。
「使えなかったら悪いが、多分お前の最大火力出せる武器なんだろ?」
 ヒートトリガーも2挺とも問題なし、ハドロンライフルへの移行も無事にできそうだ。
「助かります、あとは俺が…!」
「よろしく頼むぜ、みんな離れろ!」
 シャウトの声にみんなが離れる中、グレースだけは俺に抱き着いて来た。
「ルトくん、絶対死なないでね…」
「…大丈夫だ、どのみちウルトラホールを破壊しなきゃいずれ死ぬなら、俺はやる」
 グレースは静かに頷いて俺の頬に唇で触れてそれからそっと離れていく。

 ベルトと右足の熱線焼却機構を取り外してハドロンライフルにセット、さらにそれを並列に連結させたツイン形態に切り替えて構える。
「ベル、俺を導いてくれ…」
「ベルゥ!」
 シリアスな状況でも鳥ポケモンみたいな高い声で返事されるとちょっと笑ってしまいそうになるが、ゆっくりと飛び上がって自由落下を開始する。
 自由落下の角度でウルトラホールと一直線になったタイミングで最大火力をぶつける、俺が考えておいて滅茶苦茶な作戦だが方法は今までもそれしかなかった。
 上昇する推力をかけながら自由落下を軽減して狙いをつけるが視界が失血で霞んで上手く付けられない。
 全身の傷口からも血が噴き出し始めてライフルを構えること自体このままじゃ…
 意識すら薄れかかっていく中で、確かに俺を呼ぶ声が聞こえる。
 グレースか、そうだ、俺はまだ、俺はまだ…!

「俺は死なない!!」

 咆哮と共に一瞬安定した視界に狙いを定めてトリガーを引く。
 ハドロンライフルの光と熱線焼却機構の光が合わさった一本の光の束はウルトラホールの直径を超えて真正面から撃ち抜き、周囲が昼になったかのような光を撒き散らして完全に破壊した。



 視界がほぼはっきりしないが、みんなの声はぼんやりと聞こえてくる。
 グレースの泣き声に大丈夫だと言いながら鰭を掴んでいるはずだが感覚も分からない。
 それでも聞こえる限りはウルトラホールは無事に破壊できたらしい。
「かならず、もどるから…」
 うまく言えたか分からないけど、それでも言えた。
 応援してるからな、素敵な歌手に、なれよ…


TURN24 特異点と秘密の皇帝


 長い夜から目覚めたような感覚。
 五感の機能は戻りつつあるが、どう見ても世界の色合いが普通じゃない。
 明るいのはいいがカフェオレといちごオレを不完全に混ぜたボトルを下からライトで照らしてるというか何というか…
 ジョジョのアニメでもこんな色背景色にしないだろうとか思いながら俺の手を見ても普通の色でちょっと安心した。
 武器も服も全部なくなっちまってベルもいなくなってるから完全に生身にはなってるけどな…

 だがよく考えたらこんな所に来た覚えがない。確かウルトラホールを破壊してからほぼ動けなくなってそれから…
 そういえば傷だらけで大量出血していたはずなのに傷口も塞がっているし、五感も戻ってるな…?
 違和感に気付いて原因を考えていると、突然殺気を感じて背後に飛びのいた。
「⁉」
 普段ならバックハンドスプリングで回避できたはずなのに、異様に体が重くて背後に倒れるだけになってしまう。
 それでもかろうじて攻撃は避けられたが、今のムーンフォースはいったい誰が…?

「何故自由に身動きも取れないはずのお前に攻撃が避けられた⁉」
「うーわ、またゼルネアスかよ…」
 主犯がヤツだと分かった時点で大体ここが死後の世界なのは推測できた。
 それと、多分俺が死んだことも…


「ふん、いい気味ですね私に歯向かうから罰が当たって死んだというもの…」
「いやお前喚き散らしてただけな夜泣きのどの辺に主義主張が?」
「夜泣き⁉神の天啓を赤子の夜泣き同然とは無礼な…⁉」
「悪いが俺にはただのノイズだった、というか生命司っといて生まれることに関わる夜泣き否定とか随分高等な自虐ネタだな?」
 とりあえずこういう相手には徹底的に煽って論破して精神的な冷静さを奪うのがセオリー、死後の世界なら動き慣れてないのも無理はないが、ユニークなポージングでヤツを煽りついでに体を慣らしておくか…
「ほほう、ということはさっきの言論は私を褒めていたと?」
「心底恐ろしい自己肯定感だな、いいさ、お前の負けだ」
 二代目波紋戦士のジャンプするポージングを再現しながら罠をセットしておく、これでヤツがどう動くか…
「そうでしょうそうでしょう!そこで貴方に提案ですが、私と共に【イローソ・マスク計画】を進めてみませんか?もちろん尖兵として私の力で生き返らせてあげますから…」
 どうやらマヌケは目の前にいたらしいな…!
「いらねーよ、というか【お前の負け】を喜んで肯定した格下が俺に上から目線とは随分偉そうだな?ヌケサク敗北者さん」
 悪タイプらしくとびっきりイヤミな笑みで一字一句丁寧に発音してやると、目に見えて怒りが顔に出始めた。

「…あ、悪タイプ風情が神を煽っていい気になりやがってこのケモホモビチグソがぁーっ⁉」
「……うわぁ、とうとう本性見せやがったこのキチガイババア」
 もしグレース辺りにこいつを見せたら一体どんな直球で罵倒するのかはちょっと興味あるが、そんな現実逃避したくなるぐらいには顔も台詞も思想も三下すぎてドン引きした。
 神名乗って立ちはだかるならもうちょい言動とか思想とか格好良くしようぜ…?
 まぁ、どのみち殺してしまうならこのぐらいのド低能野郎の方が気兼ねなくて助かる。
「…とにかく私の計画に賛同できないというなら、ここで再び死んでもらいましょうかね!」
「喋り方気楽にしろよ、どうせ戦闘中に汚くなるのは予想できるし俺は気にしないからご自由に」
「……神に向かって許可を出すとは頭が高いんだよこのクソ野郎!」
「そういう時は笑顔でお礼言えなきゃ、綺麗な遺影は撮れないぜ?」
 怒りに任せた直線的な攻撃、動きが重くなって本来の力が出せなくても、この位置ならスプレッド・ユア・ウイングスの効果を直に叩き込む…!
「あいつを殺せ!」
 叫ぶと同時に精製されていたイベルタルが高速で飛翔してゼルネアスを貫通、電池の切れたおもちゃのように倒れて動かなくなった。


「勝った…?」
 あまりにもあっけない、けれどもたった一つの揺るぎない真実。
 ついにゼルネアスを殺した、俺の命とは引き換えだったがあまりにもあっさりと殺せている事実に困惑しかない。
「勝った、勝ったんだ…」
 それでも目的は果たせたんだ、俺はこの空間で一匹だけだがまぁそれもまた一興か…

「流石にイベルタル因子は少々厄介ですね…」
 死体になったはずのゼルネアスから声がすると思った瞬間、ゆっくりと起き上がってきた。
「驚いた顔してますが、生命を司る神が永遠の命を持ってることまでは想定できなかったようですね?」
「…ようやくラスボスらしいとこ見せて来たって訳かよ!」
 能力を使って殺しても一瞬のスタン程度、俺の運動能力は異常なまでに低下、使えるのはイベルタルを精製しての射撃と障壁だけ、一気に劣勢にはなったがあがいてみせる…!


「ほらほらどうしました?大分息が上がってるようですがさっきの自身はどこですか?」
「今ジャンプの立ち読みにでも行ってるんだろ、じきに戻ってくるだろうからゆっくり待ってろよな」
 とりあえず軽口を叩いてはおいたが正直ジリ貧の一途をたどっている。
 ただでさえ射程距離の差で防戦一方なうえに再生ポケモンも次々に出現して、一度に6種類の命令では追い付かず運動性能も落ちているせいで捌けなければ全弾直撃という現状。
 ダメージが正直大きくなってふらついて来たタイミングでゼルネアスを一旦死亡させ、再生ポケモンがひるんだ隙に手頃なポケモンを捕まえて首筋を噛み殺し、その血を吸血することでどうにか耐えしのぐ。
 グランブルの血は臭くてまずいが今は贅沢も言えない、とにかくこの劣勢ループを繰り返してでも突破口を見つけなきゃ先に倒れるのは俺の方だ…

「そろそろループにも飽きて来たのでさっさと串刺しになって死にさらせボケが!」
 突然のウッドホーン、しかも再生ポケモン6種類を同時に殺す命令を出すタイミング。
 この位置じゃ背後の敵に集中してるせいで防御も相殺も間に合わない…!

 左胸を突き刺すような痛みが走り、牙の隙間から血が垂れ始めた。
「まさかここまでとはな…」
 再び五感が失われていくような感覚を覚えた時、刺さっていたウッドホーンが突然へし折られて誰かに抱きかかえられた。
 しかも再生ポケモンも次々に倒されていく、これは一体…?

「大丈夫かルトガー?」
 この抱きかかえられる感覚、知らないはずなのにどこかで感じたような…?
「まさかここまでとはな、俺の息子ながら単騎でゼルネアスにここまで戦えるなんてな…」
 何らかの回復アイテムを使われたらしく、視界がだんだんクリアに戻ってくると、俺を支えて安堵の表情を浮かべるガオガエンがいた。
 まるで鏡に写った俺みたいだけど、俺より筋肉質で無骨ながら洗練されたソードメイス、そして月下団メンバーの写真や騎獣クルセイダーで見たその姿は間違いない…!
「あなたは、ナバール、さん…?」
「そうだがナバールでいい、それと…」
「それと…?」
 ナバールは目線をそらしながら少し照れくさそうに一言告げた。
「親らしいこと一つしかできずに死んじまったけど、お前の父親でもある」


「ちちおや」
「そうだ、生まれた日に死んだせいで覚えてなくても仕方ないし、悪いとしたら俺のせいなんだけどな」
「…」
 シャイナさんの時といい実感沸かねぇ…
「とりあえず簡単に必要な情報だけ伝える、幸い俺の仲間か足止めしてくれてるからしばらくは大丈夫だ」
 よく見ると、マニューラやアブソル、サザンドラと言ったポケモン達が戦って防戦してくれているらしい。
「キル!!キル!!斬ル!!斬ル!!kill!!kill!!」
しかも四災とか言われるポケモン達が嬉々として再生ポケモンを乱切りにしている。あれは…?
「月下団ってあんな四災ポケモンも仲間にしてたのか?」
「いや、彼らはのファンなだけだ。パオジアンに頼んだら快諾どころかファン仲間連れて駆けつけてくれたらしい…」
 ちょっとした開戦で集められるぐらいにはかなり信頼されてたってことか…
「これから伝えることは三つ。一つ、お前の状況、二つ、そうなった原因、そして三つ、これからお前が取るべき行動の三本だ」
「想像以上にロジカルだ…」
「分かりやすさ優先したけど面白さ欲しいならじゃんけんもするか?」
 お任せしますと答えながらもスナップを効かせた握り拳に慌てて手を出し返す。
「グーのあいこか、初手グーの癖が一緒ならお前とは上手くやってけそうだよ」
 軽くグータッチをして笑ってみせたに少しだけ緊張がほぐれていくのを感じた。

「そろそろ本題行くか、一つ、お前はまだ死んではいない」
「死んでない、のか…?」
「おうよ!確かにここは冥界の入り口だしあいつも俺も死んではいるが、お前はまだ死んでないけどイベルタル因子の効果で意識だけここに来て戦いに来たってところだな」
「だから俺はここで上手く動けないのか…」
「そういうこと、死んでないからこの世界においてはちょっとした特異点ってところだな」
 違和感を解消されて少しほっとしたが、同時に別の疑問も浮かんでくる。
「…いや、死んでないといっても俺はさっき出血多量で死んだはず」
「それが二つ目なんだが、お前は俺の能力で蘇生されてるからな、ゼルネアスの意思が関わる死因では絶対死なないぜ?」
「…huh?」
 流石に言ってることの意味が分からなかった…

「やっぱそうなるか、事実だけじゃ理解されないことは予想してたとはいえ、俺にも上手く説明できるか怪しいな…」
 ナバールも頭を掻いて悩んでるあたり、事実だとすれば相当難解らしい。
「とりあえず順を追って説明すると、お前はの干渉を受けてコアフレイムのない状態で生まれてきたらしい」
「コアフレイムって、炎タイプにとっては第二の心臓と言われる発熱機関…?」
「そうだ。それが体内にないまま生まれてしまった影響で、お前はタマゴから孵ってすぐに死んでしまった」
 俺、知らないうちに一度死んでたのか…
「そしてそれと同じ頃にシティでUBによる襲撃事件が発生、俺とコバルトは撃退に走ったが対策が遅れて致命傷を負った…」
「まさか、その能力は蘇生と戦闘に使える能力…?」
「ザッツライト!スティル・アライブ、簡単に言えばバイツァ・ダストに近い能力でお前が死ぬ前に時間を巻き戻して生まれた瞬間に俺のコアフレイムを託す。完璧な作戦だろ?」
「けどそれじゃあ、俺のせいで死んでしまったんじゃ…」
 俺がいなければ生きられたんじゃないかと言いたくなった俺の頭を、俺より少し大きな手が撫でた。
「あの時致命傷だったしそもそも病気で老い先短かったから気にすんな。それに一つぐらいは俺にも父親らしいことさせてくれよ、俺にとっては唯一血の繋がった家族なんだぜ?」
「家族…」
 今更考えて傷だらけの日々を消し去ることはできないが、それでもこうして思ってくれてる存在が俺にもいたなんてな…

「そして三つ、あいつを倒せば完全に世界は救われるハズだ、俺たちの仲間も雑魚狩りで協力はするからあいつを倒せ!」
 了解とだけ叫んで走り出そうとして、まだ動きは重いままだったことを思い出す。
「これどうにかする方法とかってあるか…?」
「…それについては俺も何とも、伏せろ!」
 俺めがけて飛んできていたムーンフォースをソードメイスで防ぎ、さらに振り回して叩き切ってみせた。
「俺もそろそろ足止めに回らなきゃヤバいらしい、もう少し時間は稼ぐからなんとか考えてみてくれ!」
 ソードメイスを投擲して身軽になったナバールは、何かを思い出したように手を叩いた。
「この技を餞別に教える、名前はないがコバルトみたいに格好いい名前付けろよ!」
 俺に見せるようにゆっくりと腕を羽ばたき上げるように動かし、頂点からベルトの炎と共に突き出した瞬間、爆風と爆炎が再生ポケモン達を次々になぎ倒し、ジオコントロールをしようとしていたゼルネアスの体勢を崩してキャンセルさせた。
「す、すごい…」
「シンプルな破壊技だしやろうと思えばここからアレンジも効く。確か殺す能力に悩んでると聞いたが、純粋な破壊技も知っておくと案外乗りこなすヒントになるかもな」
 俺のコメントも聴かずにどこかで見たサザンドラの拾い上げたソードメイスを担いで再生ポケモンを蹴散らしに向かっていった。
 彼なりにできることを俺のために頑張ってくれた現状、ここからはやっぱ俺の力で何とかするしか…!
 全てのイベルタルを射撃と防御に回して昨日から考えっぱなしな気がする頭脳をさらにフル回転させていく。
 単純に推力があればどうにか動ける気がするが、推力を確保しようにもベルもいないし、よく考えたら推力も全身になければ移動できても戦闘は不可能。
 全身にイベルタルを配置するか?いや、細かい指示や命令の変更とキャンセルできないから制御不能になって最悪空中ゲッダンしかねない…
 脳内で試行錯誤を繰り返していた俺の隙を狙うように飛んできたウッドホーンを防御用に出現させたイベルタルを重ねて防御する。
 理論上防御自体は鉄壁でも適切な位置を予測して展開するのは考え事しながらは正直きついな…!
 受け止めるよりも受け流した方がいい、そう考えて逸らす咆哮を探していた時、再生ポケモンと戦うポケモンたちの中に俺のよく知るポケモンの姿があった。
「ネメオス!」
「ルトガー…!」
 鈍い速度で必死に近づこうとすると、交戦中だったグランブルの心臓に電撃を流し込んで首の骨を踏み折って俺の方に駆け寄ってきた。
「来てくれてたんだな、俺が不甲斐ないばかりに死なせてしまったのに…」
「ううん、君の能力も受けたけど、何より僕が君のために戦いたかった、それだけだよ」
 変わらない純真な瞳でそう言われると、性善説だって信じられそうなぐらいに本当なんだと思えてしまう。
「そうか、こんな時まで優しくしてくれてありがとうな…」
「むしろ僕は君のおかげで夢を叶えられた、まだ君はこれからなんだから…」
 微笑みの背景が突然カラフルな光を放つ。
 この技って、まさかマジカルシャインか…⁉
「しまった、この位置からじゃ防御も相殺も間に合わない…⁉」
「ルトガー下がって!」
 ネメオスが俺を庇うような位置に割り込んだ。
 このままじゃネメオスはまた死んじまう、だがこの状況で俺にできることは何もないのかよ⁉
「クソッ、あいつを死なせた分こんな時ぐらい俺たちのこと守ってみせろ、イベルタル!」
 込み上げる感情に任せて叫び能力を発動させる。
 もはやビジョンすら見えないが、それでも奇跡の一つや二つぐらい起こしてやるよ…!

 咄嗟につぶっていた目を開いたが俺も、俺を庇おうとしたネメオスも無事だった。
 一体、誰がマジカルシャインから俺たちを…?
「ベルゥ!」
 半日前から聴き慣れた高い声にネメオスの前を見ると、本来のイベルタル並みのサイズになったベルが俺たちを庇うように翼を広げていた。

「これ、君の能力が僕たちを守ってくれたんだ…」
「らしいな…」
 金属質な翼に触れると、これまでにこいつが何度もサイズを変えて俺や大切な存在を守ってくれたことを思い出した。
「そうか、お前はフレースヴェルグみたいに俺にとっての能力を具現化した存在…」
「ベルゥ‼」
 よく気づいたねとでも言わんばかりの嬉し気な声にその顔を見ると、イベルタルの姿ながらとても優しい目をしていることに気づいた。
 幼い頃にグレースと遊ぶ度欲しくても手に入らないと思っていたおもちゃのような金属製に見えるメタリックの体に優しく見守ってくれる存在を求めていたような無意識の願いに応えるような見守るような優しい目、今思えば俺が無意識に欲しかったものの姿になっていたのか…

 その結論に至った時、一つの可能性を感じてその背にそっと触れる。
「⁉」
 金属製の体がパーツに分解されたと思った瞬間、マジカルシャインの比にならないほどの閃光に包まれて、能力を使った時のようなイベルタルのビジョンが俺の全身を突き抜ける。
 その直後に飛翔するパーツが俺の全身にアーマーとして装着されていく。
 閉じていた翼を開いてゆっくりと降下した時には、背中にブースターとしていた時とは段違いな程の一体感を感じる。
 これが本来の姿だったのか、それとも俺の願いに呼応して変化した形態の一つなのかは分からないが、空中でインファイトを今まで以上に素早く打ち込める程には運動性能も回復していた。

「すごいよ、聖衣は本当にあったんだ…!」
「…多分違うと思うけど、俺のイメージに引っ張られたのか?」
 服作りの好きなネメオスにはテンション爆上がりする形態らしいし、俺の方もこれならゼルネアスを倒せる気がする…!
「自分なりの戦い方を見つけたのか、流石だな!」
 遠くから見守ってくれていたナバールはサムズアップしてくれていた。
 行ってくる、とだけ呟いてナバールとネメオスにそっと頷いて炎の翼を背中に生やし、近くの再生ポケモンの塊に急接近して蹴散らしてからゼルネアスに狙いをつけて飛翔した。


「馬鹿な、イベルタルを聖衣化した挙句高速戦闘を仕掛けてくるとは…⁉」
「本当にこれ聖衣だったのかよ⁉」
 槍襖同然のカウンター罠として展開していたウッドホーンを躱してすり抜け様に焼き切りつつ懐に飛び込んで顔面を蹴り飛ばすと、予想以上にあっけなく180度方向転換して逃げ出し始めた。
「攻撃通じないと分かれば即刻逃げ出すとは案外情けないヤツだな!ディアルガより貧相な下半身してる辺りにも情けなさが顕著に出てるぜ!」
 あからさまに挑発しながらディアルガよりも貧相な下半身を鼻で笑って追跡を開始する。
 いくら距離があって奴が速かろうとも速度は俺の方が上、絶対逃がすかよ…!

「どこまでもしつこい、ザシアン!あいつを殺しなさい…!」
 いつの間にかザシアンを蘇生して俺を倒すように持って来たらしい。
「青き清浄な妖精の世界のために、覚悟!」
 剣戟をとんぼ返りの感覚で躱し、肩口から悪の波導をマシンキャノンの要領でバラ撃ちして牽制。
 牽制をものともせず接近してくる切っ先を認識した瞬間、背中の尾羽が2枚ヒートジョーカーに似た片刃剣へと変化して、交差させて受け止める。
「お前さえ、イベルタル因子さえなければ世界はもって平和になるはずなのに…!」
「そんな平和の押し付けで散々殺しといて今更命乞いかよ!所詮は脳内お花畑のやりそうなおままごとだな!」
 激しく切り結びしばらく戦っていたが、やがてどちらともなく距離を取る。
「覚悟!」
「これで決める!」
 正面からの一撃、互いにフルスピードで一撃を放って決着なら…!
 剣を逆手に構えて交差させながら切り上げ、返す刀を順手に持ち替えて同じ太刀筋を逆向きに斬り下ろした。
「コバルトストライクならぬクリムゾンストライクってとこかな」
「そんな、速すぎ、る…
 クロスするような太刀筋を残して4つにカットされて崩れ落ちたのを確認して、再び追跡を再開した。

「あのザシアンが、やられた…⁉」
「ちょっとは時間稼ぎになったがそれが限界だったみたいだな!」
「…ええぃ、残ってるカプとかロス系も総出であいつを倒しなさい!」
 カプ4匹とラブトロスも追加か、今度は撃ち落とすか…
 さらに尾羽が重なったまま姿を変えてライフル状に変化、ツインハドロンライフルに引っ張られたらしいデザインだが性能は上らしい。
 追跡中でローリングする余裕はないので分割して片手ずつみ持ち替えて射線を避けながら反撃に撃ち落とし、相殺し、振り向き様に撃ち抜く。
「ルトガーとか言ったな、お前も世界に傷つけられたはずの身なのに、なぜそんな世界を守ろうとする⁉」
「傷つけられたことは数えきれないけどな、その分俺を大事にしてくれた存在にだって会えたんだよ、嫌われ者のお前と一緒にすんじゃねぇ!」
「だがそんな戦いを続けてればいつかお前は大切なものを失ってさらに傷つくことになる!それでもいいのか⁉」
「失う原因作ってる奴が偉そうに言うな!どんだけ雄弁並べても全部醜い命乞いにしか聞こえねぇんだよ!」
 もはや話すだけ無駄と分かって一方的に無価値と叩きつけ、事務処理のようにカプを全部射殺してからライフルを並列に合体、ゼルネアスとラブトロスを一直線に並ぶ射線を作ってフルパワーで射撃した。
 少し手が痛くなるほどの反動さえありながらラブトロスは存在不明レベルで消し飛ばす火力だったのに、バランスを崩して転倒して少し顔をしかめる程度で済んでるのは流石に伝説やるだけのことはあるというか…

「うわあああ、くるな、くるなぁっ…!」
「情けなく角を振り回して命乞いか、どのみち殺してやるんだからせめて痛くない方法を頼んだ方がまだ同情の余地もあったものを…」
 確実に殺す方法を考え、ゼロ距離から射撃して消し飛ばす方法を選んで着地した時、足元に違和感を覚える。
「ヒャハハハ、かかったなアホが!」
 わりと悪タイプに転職した方が似合いなレベルの下衆笑いを決めたゼルネアスはジオコントロールを発動、足元に散らしてあったやどりぎのタネを急激に成長させて檻を作り出した。
「さっき角振り回した命乞いもそのためかよ…!」
「そうだよ、さっさと大事なものをぶちまけて死にさらせ害獣!」
 完全に身動きも取れないしライフルもこの角度じゃ撃っても檻を壊せない、このままじゃ…!
「最大火力で骨のカケラも残さずここで死にさらせダボが!!」
 ムーンフォースにウッドホーンにその他諸々の攻撃が突き刺さる…




 爆煙が消えてやどりぎの破片とさっきのライフルだけが残っていた。
 憎きガオガエンの姿はどこにもない。
「…やったか⁉」

「…そのセリフ、言ってくれると信じてたぜ!」
 頭上空高くに、倒したはずのガオガエンは炎の翼を広げて私を嘲笑っていた…



「よく考えたらあんな檻は炎の翼で一発なんだよな、俺も使い慣れてないせいで余計な期待抱かせちまってたらごめんな」
 謝る気はこれっぽっちもないが、冷静さを奪うためにあえて言っておく。
「折角ならシャルフに聞いた【やったか⁉】ってフラグを言わせてみたかったのもあるし、そもそもお前が一度俺を殺した時点で今の俺にはお前の意思が入った攻撃では二度と俺を殺せないんだけどな」
「じゃあ、さっき殺されたように見せかけたのは…」
「ただの嫌がらせ、あの程度でイベルタルの翼が奪えるとでも思ったか?」
 炎の翼でゆっくりと飛翔しながら、ナバールに教えられた技の動きをゆっくりと再現していく。

「さっきお前は俺がここで死ぬとか言ってたっけな?それはお前だ!」
 両腕を突き出すと共にベルトから炎を螺旋状に放出、爆風と爆炎でゼルネアスの動きを封じて捕捉する。
 奴が永遠の命を持つというなら、殺しても蘇るというなら、方法はこれしかない…!

「紅翼天焼!」

 心に浮かんだ叫びとともに渾身の力で作り出した炎のイベルタルを飛ばし、因縁の邪神ゼルネアスを汚い悲鳴ごと焼き尽くした。



「ばぁかぁめ!」
 灰になるまで焼き尽くした死体の灰が瞬時に集まり、再びゼルネアスの形を構築していく。
「私はまだ永遠の命があることを忘r」
 その台詞は途中で喉を掻き切られたことによって止まり、やがてイベルタルに全員を切り刻まれて崩れ落ちていく。
「rえたかこのマヌk」
 再び再構成された体は一瞬にしてイベルタルに凍結させられて粉砕される。
 また復活しようとした時には、待ち構えていたイベルタルによって絞殺された。

「変だ、何度蘇ろうとしても瞬時に殺される…?」
 蘇ろうとしては殺されてを何度も繰り返していくうちに、流石の馬鹿もようやく気付いたらしい。
「そうだろうよ、なんたってお前には【何度でも殺し続ける】イベルタルの呪いをかけておいたからな」
「何度でも、殺し続ける?」

「死という状態は永遠でも死ぬことや殺すことといったイベントは一度きり、だがお前は永遠の命を持つというならそれ相応の殺し方があるはず…」
 推理を説明している間にも既に何回か死んでるが、あまり気にせず話し続ける。
「永遠の命が生き続けることなら、永遠に殺すことは無限に殺し続けるってことだよな?」
 悪タイプらしい笑みを浮かべて言ってやった傍らで、透明な閉鎖空間に閉じ込められたゼルネアスはイベルタルの作り出すコンクリート的な何かで固められて窒息死していた。
「そんな、ことが…」
「できるんだよな、お前のせいで能力の練度だけは高いからな…」
 挙句にイベルタルのような模様のタンスの角で足先を潰されて死んでいる様を見るとちょっとレパートリーが気になったが、イベルタルの羽根でくすぐられ始めたの見ると多分何言っても聴く余裕もないまま笑い死ぬだろうと推測して背を向けた。

「死という通過点は救済とも罰ともなるが死そのものは救済、けれどもあんたは自分の力が邪魔して救済を得ることはできない。これが永遠の翼スプレッド・ユア・ウイングス、永遠に俺の翼で殺され続けるといいぜ」





「再生ポケモンも消えたしあっちの世界のUBも消えたらしい、これでゼルネアスの技の効果も封殺されて今度こそ世界は救われたみたいだぜ」
 ナバールは俺の持ってる機種に似た携帯電話を閉じて、誰かからの連絡を話してくれた。
「そうか、これで全部終わったんだな…」
 実感はあんまり湧かないし死んでしまったけども、俺のやるべきことは全部できただけまだラッキーか…
「俺のわがままみたいな戦いに巻き込んでしまってすまなかったが、ここまで戦ってくれてありがとう」
「こちらこそありがとう、助けに来てくれなかったら正直やばかったから…」
 どちらからでもなく差し出していた手を握り合う。これが、俺の…
「ちゃんと雄姿は見届けたが、本当に立派な息子だよ、ルトガー」
「助けに来てくれた時とか、命懸けで助けてくれた行動、格好良かったよ、父さん…」
 あまり大きな声で言えないけど、俺の実の家族が、優しい存在で本当に良かったよ…


「ルトガー、もう一度君に会えて良かった」
「ネメオスも、色々巻き込んじまったけど、服を作ってくれて、俺のこと信じてくれてたおかげで勝てた、ありがとう…」
 イベルタルを身に纏うアイデアだって、ネメオスの作った服を着ていなかったらきっと思いつけないままだっただろうからな…
 そっとネメオスの前足と握手して戻した手が、少しずつ粒子を出すようなエフェクトがかかっている。
「そろそろ、お別れの時間みたいだね…」
「…そういや、俺特異点状態なんだったな」
 ついつい自分がまだ生きていることを忘れそうになるが、それでもこの戦いの中で色んなものを取り戻したり、失ったなりに納得のいく答えは出せた気がする。

「多分もう大丈夫だろうが、そっちの世界をよろしく頼むぜ!」
「分かった、俺なりにやってみる…!」
「雄の顔になったな、俺も何かあればサポートするから一匹じゃないって忘れるなよ!」
 そっとグータッチを交わして何かを耳打ちされた後、互いに背を向ける。
 お前はそっちに行ってやれ、という声が聞こえてネメオスが見送りに来てくれた。
「多分、この先に向かえば戻れるはずだから」
「…ありがとうな」
 頬を舐めてくれる感覚に応えてそっと顎を撫でて首の後ろに左手を添える。



「君が守った世界はきっと、今までよりもいい世界になってるよ」
「あぁ、かもな…!」
 そうであるようにと願うように、そっと左手に能力を発動した…


TURN25 Restart


7月25日
ついにグレースに正体がバレた。
これ以上俺の呪いで傷つける訳にもいかないし、今日俺の命を終わらせることで呪いを止める。
この呪いはきっと死ななきゃ治らないし、概ね最期を楽しめたっちゃ楽しめた。
せめてそのコーヒーで静かな眠りを過ごしてくれ…

7月26日
イレギュラーが連発して生きている。
呪いは未だに止められないが、もう少しだけ手段は選ばないとグレースも悲しむらしいからな…
いつ死んでもおかしくない身だけど、どうにか生き延びてみたい気がしてきた。
(あと口でされるの滅茶苦茶気持ち良かった…)

7月27日
世界救って臨死体験して生還した。
まだ正午でもないけどとりあえずここまでメモとして書いておくか…



「…私を二回も心配させたんだから、その日記恥ずかしかったとしても消さないでよ?」
「そもそも勝手に日記読むなよな…」
 7月27日9時30分現在、バース社長別荘のゲストルームのベッド上、グレースに泣き付かれながら1時間経過したものの生還を確認…

「本当にお父さんの治療が間に合わなかったら死んじゃってたんだって、昨日はあんなに死なないって言ってたのにどうしてこんな危ない真似…」
「危ない真似してやっとだったからな、それはそれとして俺ももう会えないと思ってた…」
「そんなこと言ってくるなんて卑怯だよ、私だってルトくんが目を覚ますまで本当に怖くて心配だったんだから…」
 バックハグの状態でこのやりとりを続けていたが、色々思うところもあって向かい合う体勢に戻る。
「心配してくれてありがとう、俺も会いたかった、ただいまグレース…」
「んもぅ、そんなこと言ったって、おかえりルトくん…」
 こうして無事に抱きしめ合えるなんて、一昨日の俺はもちろん、多分目覚める前の俺に言っても信じられない気がする…

「実は誰もここに来ないようにしてもらってるんだ、もしルトくんの具合悪くないなら、その、ロマンティクスしてくれない…?」
「ロマンティクスって本当何なんだ?意味は察するけど流行ってんのか?」
「…なんか綺麗な表現だから、かな?」
 確かにあからさまに交尾と言うよりは気が楽だろうけど、あんまりみんな言い過ぎたらかえって露骨になりかねない気もするけどな…
 そんな違和感を覚えていると、グレースは俺の手をそっと掴んで下半身に触らせてきた。
「ちょっと、濡れてる…?」
「うん、一昨日から生殺しにされちゃってるから…」
「あー、そういや一昨日は俺ばっかりだっけな…」
「それはいいんだけど、こんなにいっぱい我慢して濡れちゃってるから、ルトくんにグルーミング、してほしいな…」
 囁くようにねだる声に心の中でスイッチの入るような感覚がして、鰭を優しく揉みながら頬に軽くキスをした後で唇を重ねる。
 たっぷり焦らされたっていうなら、口でしてもらったお礼も兼ねて丁寧に楽しませるのが俺なりのお礼ってとこだ。
 拒まないまでも少し受け気味な様子を見てグレースの口に舌を優しく入れ込んでグレースの舌先に触れて口裏を撫でる。
 グレースの鰭から少し力が抜けるまで鰭と口の中を優しくも敏感なところを逃がさず撫で上げ、息苦しくなるまで続けた結果お互い慌てて深呼吸していた。
「なんか、ルトくんも私も結構エッチだよね…」
「お互い様っていうなら、否定はしないな…」
 互いの息切れを笑い合った後、力が抜けてもいいようにベッドの上でお姫様抱っこの体勢にグレースを変えてから、優しく全身を丁寧にグルーミングするように撫でていく。
 グレースは喜んでくれているから構わないが、何気に俺もグレースの反応や声が可愛くて敏感な場所を重点的に狙っている。
 首筋にそっと息を吹きかけたり、胸元を膨らみに気付かないかのように全体を撫でるようにしながら少しずつ近づけて、小さな突起を優しく吸った時には結構可愛い声が出た…
「ルトくぅん、そろそろ、こっちも、おねがぁい…」
「はいはい、ちょっと待っててくださいな」
 少し蕩けた声でねだられて、青い下半身でしっとりと濡れる場所を見ると色々本能が搔き立てられるが今はグレースを最優先だからな…
 敢えてメインの場所を焦らすように周りを丁寧に撫でているが、もしグレースからねだられなかったらこのままか…?
「ここ、なめてよ、おねがい…」
 そんな俺の脳内会議を他所にグレースの方からリクエストが来たのでそろそろお答えするか…!
 濡れる割れ目をそっと肉球で円を描くように撫でながら口の中で下を唾液に濡らしておく。
 ざらついた舌でいきなり舐められたら痛いだろうし、ここはなるべく丁寧に…
「ルトくん……」
「焦らしプレイ楽しんでもらったところで残念なお知らせだ、準備が整った」
 悪タイプらしく笑ってみせて、濡れる割れ目に舌を添わせて撫でるように優しく舐めていく。
「んっ、ゃぁ…っ……!」
 鰭で止めに来ようとはしてるが止めるのは嫌というジレンマを感じるらしく、グレースの鰭は最終的にシーツを掴むことにしたらしい。
「痛かったら言ってくれればいいし、俺のことは気にせず楽しめよ」
 言い忘れた一言を伝えて割れ目全体を舐めながら、グレースが特に気持ちよさそうな声を出した場所を探していく。
 普通なら上の方にある出っ張りが好きな雌が多いらしいけど、グレースもその例に当てはまるらしい。
 焦らすように、舌が痛くないように丁寧に優しく舐めあげていくと、グレースの息が荒くなり、体が小刻みに震え始める。
「ルトくん、私、もう…!」
 眼前にサムズアップして見せ、舌先で出っ張りを転がした後にそっと吸い上げた。
「っ、ゃぁぁぁぁんっ…!」
 声を殺そうとしても隠し切れない快感を伝える嬌声と共に、俺の口に甘い潮のしぶきが入ってきた。


「お疲れさん、焦らしちまった分は満足できたか?」
「うん、ちょっと恥ずかしいとこ見せちゃったけど、肉食なルトくんに優しく食べられちゃうの、良かったよ…」
「なんか照れるからわざわざ言うなよな…」
 お互い赤面すう羽目にはなったが、これも一興だと今なら思える…

 しばらく横になって休んでいたが、急にグレースは起き上がって何か気づいたように呟いた。
「これで私は満足できたけど、ルトくんは物足りなさそうだね?」
「ん、そういや気づかないうちに物足りなさ主張してたな…」
 グレースに指摘されてから咄嗟に背を向けてはみたが、既に仰向けだった時に臨戦態勢になっていた肉棒はしっかり見られていると見て間違いない。
「不用心なことしちまってごめん、しばらく反応しなかった弊害だな…」
「そんなの気にしないよ。それに、私だって折角なら初めて貰ってほしいから…」

 衝撃の一言に一瞬思考がフリーズしたらしい。
「そういうのはもうちょっと冷静に考えて、って目が予想以上に真剣過ぎるな⁉」
「だって私ルトくん以外の雄しかいないとしたらもう結婚しないで処女のままでいるって決めてたから…」
「スタンドバトルなら勝てそうな程の覚悟、しかと受け取ったぜ…」
 勢いに押されて快諾したし、そういうことはグレースとならしてみたかったけど、攻めの流れが雲散霧消しそうな程に流れがグレースの方に行ってる。
 だが俺だってグレースの想いに応える覚悟を見せなきゃな…!

「喜んで頂いちまいたいけど、避妊とかどうする?」
 生憎この部屋にはそんな気の利いたものないし、今から買いに行ったり買いに行かせるのも気が引ける。
 流石に俺の能力でもコンビニへお使い頼めるほど万能じゃないからな…
「お父さんもルトくんとの子なら快諾してくれると思うよ?種族的な絶滅回避のためにもルトくんはいっぱい子作りした方がいいだろうし」
 しれっと世界に交尾推奨されてる現実を突きつけられて内心焦る俺を横目に、グレースは何かを思い出したように鰭を叩いた。
「ねぇルトくん、ちょっとおちんちん触らせて?」
「…随分いきなりだな、乱暴なことするなよ」
 念押しで言ってみたけど、自然にあぐらをかくことができる程度にグレースを信頼してる俺がいるのが我ながら少し微笑ましかった。
「これ、アシレーヌ系統の雌に伝わる秘技2種のうちの一つだからよく見ててね…」
 どこか純真にみえて俺の股に顔を近づけるとかいう大胆なギャップを見せつつ、グレースはバルーンを作り出して俺の肉棒に纏わせ、少しずつ空気を抜いて密着させた。
「どう?好きな雄と交尾を楽しみたい時に使う裏技、これ頑丈だけど温もりとかはそのままらしいし、雌側の意思でしか割れないから安全性もバッチリだよ」
「…それなら、安心だな」
「ちなみにもう一つは好きな男の子に口でしてあげた後、ごっくんしてあげてから【喉を君のために捧げるから、私のこと一生守ってね】って上目遣いで言うって技。あの時はルトくんの心が弱ってたから使わなかったけど…」
「心配しなくても俺が絶対守ってみせる、だから…!」
「ありがとう、でもルトくんの本音は口でして欲しいって感じかな?」
「……どっちもだ」
 思わずムキになって守護宣言しちまったが、それでも悪い気はしなかった。
 愛情深いって考えたら、それはそれで俺には嬉しすぎるからな…


「口ではまた今度してあげるから、そろそろ来て欲しいな…?」
 その一言と共に仰向けに寝転がってスタンバイしているグレースにアイコンタクトを交わす。
「言質は取ったし痛くはしないが遠慮もしないからな?」
「いいよ、ほら…」
 グレース自ら濡れる割れ目を開いてスタンバイしている。肉棒の先端でそっと触れると水タイプながら温かくしっとりとしていて、グレースの言う通り俺を待っていたと言われてもギリギリ信じられそうな気さえする。
 挿れるだけでもヤバそうな気もしたが、俺に快感的な焦らしはないから大丈夫と言い聞かせてゆっくりと進んでいく。
「なんか、慣れないけど、結構いい感じだよ…!」
「俺も、慣れないけど、グレースを直に感じられて嬉しい…!」
 お互い少しずつ快感で思考は溶け始めているらしいが一番深いところにたどり着いた。
「すごい、ルトくんと体でも繋がれたね…」
「先に心か、こんな時に言うのも変だけど、俺もグレースと会えて本当に良かったよ…」
「ルトくん私にデレてくれるの始めてじゃないかな⁉嬉しいから抱き付いちゃう…!」
「そんなこと、ないけどな…!」
 グレースが俺の腰に鰭を回して横になりながらゼロ距離まで近づき、さらに密着する感覚が肉棒から快感として全身を突き抜けた。
「えへへ、この距離ならキスもできちゃうね…!」
「結構欲張りさんだな?いいぜ」
 チョロいというより快感に繋がる欲望に正直とでも言うか、求め続けた互いをしっかりと離れないように結び留めようとしているのか、唇を重ねると共に舌を絡め合わせ、上でも下でも口はしっかりと繋がった。
 動きづらさはあるが、舌で舐め合う感覚と触れ合う温もりに、潤って温かく包まれる快感は確実に俺とグレースを絶頂へと進めている。

「ルトくん、私、そろそろかも…」
「分かった、先でいいからなんかリクエストとかあれば…」
「…じゃあ、ルトくんと一緒にいきたいし、ルトくんとのタマゴも欲しい」
「タマゴしかりタイミングしかり流石にキツいかも、あんま動けてないからな…」
 気持ちは嬉しいので申し訳なく伝えると、少し首を傾げて見せた後、肉棒の周りの熱が一気に密着した感覚に変わる。
「バルーン割っちゃった、もう遮るものもないし今から動けばちょうどいいはずだから…」
 グレースの言葉で、今俺たちを遮るものはなくなって、願望も叶いそうになってることに気づいた。
「本気なんだな」
「うん、だから、一緒にいこう…?」
 ギリギリまで抑えていた本能をその一言の前に解放、快楽を求めるために腰を動かし、愛情を求めるためにグレースと唇を重ねる。
「ルトくん、すごいょぉっ……!」
 グレースも快感に嬌声を隠すことなく俺の名前を呼んでいる。
 その声はさらなる興奮を搔き立てて激しさを増していくのが俺にも分かった…

「ルトくん、本当に私、もう…!」
「良かった、俺も、そろそろ…!」
 完全に蕩けた瞳で頷き合い、肉棒を一気に奥まで進めて鰭が俺の体を抱きしめて密着させる。
 とどめの快感と欲望を解き放つまでの数瞬のタイムラグを前に俺もグレースをしっかりと抱きしめた。
「お願い、私の中に来て…!」
「グレース、行くからな…!」

 欲望と愛情の入り混じった白濁は遮られることなく、俺を離さないとばかりに締め付ける器の中に快楽の中で全てを解き放った……




「ありがとルトくん、やっと一つになれたね…」
「俺こそありがとなグレース、長いこと待たせちまったけど念願叶ったな」
 ゆっくりと抜いて白くなった肉棒をグレースがそっと舐めて綺麗にしてくれる感覚に少しだけ切なさを感じる中で、ここ数日の流れに少しだけ笑えてきた。
「どうしたの?何か面白いことあった?」
「いや、死を前にした後に死と正反対の位置にあること経験するってのがまるで、グレースが俺をこの世界に引きとどめてくれたみたいでさ…」
「…ルトくんが生きられる理由になったなら嬉しいけど、そう簡単に死んじゃったら怒るからね?」
 怒るからねと言いながらもグレースの顔は心の底から嬉しそうだった。
「…もう少しだけ、抱き合ったままでいてくれないか?」
「いいよ、このまま少し休もうよ…」
 ゼロ距離で抱き合ったまま、頬に触れる唇の感覚を認識すると共に快感の後の睡魔に意識を手放した…




 グレースはまだ眠る昼下がりに、俺の携帯に知らないアプリから通知が来た。
「やぁ、アプリの構築に手間取ったけどどうにか完成したよ」
「ネメオス、こっちの世界にいないと思ったら携帯の中に…!」
「多分、僕の体がもうこの世にないからかな。でもこの体はインターネットも自由に検索できるし、携帯をコンピューターミシンに繋げば服作れそうだから、案外不自由ないかも」
 こっちの世界に戻る時に父さんの教えてくれたこと、それは【ネメオスの魂をこっちの世界に連れて行けるかもしれない】ということだった。
 ダメもとでやってみたが、その結果5部ナレフ状態で復活するとはな…
「そんな訳で君の生活を携帯電話からアシストできるようになったし、護身用の放電モードのアップグレードとカメラにX線カメラモードを追加に電子戦方面の機能は全部強化してあるから、これからもよろしくね」
「よろしくな…」
 こんなアップグレードが入って一体俺は何と戦えと言われてるのかは知らないが、こうしてネメオスと会話できるようになっただけでも良かった。
「それと、オトナたちが諸々の件で君と話したいらしくて1階で待ってるみたいだよ」
「なるほどな、俺も言いたいことも聞きたいことも山ほどあるし、この際きっちり時間取った方がいいやつだな…」
「君の言う通り、しっかり話し合った方がお互いのためになりそうだね」
 了解とだけ呟いて携帯を閉じてから部屋を出ようとしたが、まだ寝ているグレースのことを思い出して、テーブルに置いてあったメモに軽く【オトナと話し合う、1階にいます】とだけ書いて枕元に置いてから部屋を出た…


 その後の話し合いというか実質的な俺に対する謝罪会見は、一方的に謝られる俺がちょっと居心地の悪さに気まずくなるぐらいだった。
 「助けられなくてごめん」的なことを全員に謝られても俺の方としては、今までが普通だっただけだからと言ってもなかなか信じて貰えなくて、それだけ大事に思ってくれてたのが嬉しいと返したら逆にしんみりしてしまって、何か間違えたのかもしれないが何を間違えたのかさえも分からない…

 こんな謝罪会見というよりお通夜ムードがしばらく続いたけど、一応意味のあることもいくつかあって、
・俺の過去に関する諸々を話したけど、全部証拠不十分&とりあえずUBとかゼルネアスのせいで処理しておくことになった
・コバルトから「うちの娘をよろしく」メッセージを貰って実質親公認になる(ついさっき交尾したことは話してないけど、大丈夫だよな…?)
・シャイナさんもといマリンさんから「お父さんになった時子供に父親の欄書いてあげて欲しいから」ということで戸籍を登録された…
「両親欄もちゃんと記入されてるし、俺にクリムゾンなんて苗字あったのか…」
「普段使わないけどね、そしてこれで世界から絶滅回避した種族が一つってことかな…!」
 多少荷が重いとは思いつつも、きちんと本名で登録されてるのが少し嬉しかった。
「ありがとう、母、さん…」
「ルトガー…!」
「ちょ、露骨に抱き着くなってマリンさん…!」
 純粋な慣れの問題でまだ上手く呼べないけど、いつかちゃんと家族を家族らしく呼べる日が、俺にも来るといいな…


「さてと、しんみりタイムはこの辺にして今夜は楽しく行こうか!」
 そんなバースの一言でお開きになったけど、まさか本当に楽しく行くつもりとは思ってなかった。
 大破したと思ってたらなんだかんだ直りそうな紅蓮可焼式の修理をプライベートガレージで手伝っていると携帯電話の着信で庭園に呼び出されて、急いで向かうとグレースとシャルフにさっきのオトナ組が俺を待って座っていた。
「それでは、これからルトガー君の誕生日パーティーを始めようか…!」
「俺の、誕生日パーティー…?」
「そうそう、偶然にも当たり日引けたし今までちゃんとしたお祝いもできなかったから…」
 そういえば今日は7月27日だったっけ、色々戦い続きで完全に失念していたし誕生日パーティーなんてフィクションの話だと思っていた。
 それがこうして、大量のカツサンドと辛い麺類が数種類大皿で並ぶ一つ覚えみたいなテーブルを見ると色々納得も行くけど…
「個人的な趣味で誕生日を祝うのが大好きでね、今までの分も含めてちょっと本気出してみたよ」
 そんな一言と共にプレーンクッキーを散りばめた3段のホールケーキがお出しされた…
「すごいなこれ…」
「うん、ウェディングケーキみたい…」
 なんか約一匹違う方向の期待に胸を膨らませているが、みんなから渡されてたロウソクを1本ずつ突き立てていく。
「プレゼントは改めて用意するけど、まずは一発パフォーマンス決めて貰おうかな…!」
 みんなが煽るように拍手する中で何をすればいいかは分からないが、うろ覚えの知識でやることは大体想像できる。
 息を大きく吸い込み、ケーキの最上段に刺した20本のロウソク目がけて一気に吐き出す…!

「やった、一発で全部点火だ…!」
「「「「「「「……」」」」」」」
「…あれ、なんか間違えたか?」
「…ううん、炎タイプなら火は消すより点けるものだよね!」
 苦し紛れとしか思えないグレースのフォローは案外リカバリーになったらしく、少し遅れてみんなも拍手してくれている。
「本当に全て上手くいって良かったよ、改めて誕生日おめでとう」
「一時はどうなることかと思ったけど、こうしてルトくんのお祝いできて良かった…」
「「「ハッピーバースデー、ルトガー…!」」」

 色んなものを奪われ続けて傷だらけの20年だったけど、これからはもう奪われることもない、むしろ20年分を取り返さなきゃな…!
「みんな、ありがとうな……!」
 今はこの瞬間を楽しむことだけ考えることにして、一息で点けたロウソクの火を一息で吹き消した。




 開けたこと自体が奇跡みたいな初めての誕生日パーティーから数日、ゼルネアスの完全封印で直近の世界の危機は去り、222年の7月はほとんどのポケモンにとってはいつも通りに終わり、明日から始まる8月を迎えようとしていた。


 完全に修理も終わった紅蓮可焼式の走行テストも兼ねたツーリング、27日には会えなかったけどアウラムとはこうして時間を取って会うこともできた。
 彼のことはアンブレオン財団が責任を取って育ててくれることになったし、もしあのリングマみたいなのが来たところで今のアウラムなら心で負けることはないと信じてる。
 そうなる前に俺が駆け付けて助けに行くつもりではあるけどな…

「きょうはたのしかったよ…!」
「そっか、そう言ってくれて良かったよ」
 財団前に紅蓮を停めてちょっとしたツーリングは完了、アウラムとはこれでしばらくお別れだ。

「あのね、ルトにいちゃん」
「どうかした?」
「…ぼくも、ルトにいちゃんみたいなヒーローになりたいんだけど、どうしたらなれるかな?」
「俺が、ヒーロー…」
 正直予想外の認定に少々面食らったけど、ずっと怯えていたアウラムに夢が見つかったのならなによりだ…
「そうだな、まずはアウラムの優しさをずっと持ち続けるんだ。それが絶対に必要なことで、あとは今からしっかりお勉強して体を鍛えておくこと、かな?」
「そうなの…?」
「今できることを頑張るってのも、結構大事なんだぜ?俺もそんな形でずっとがむしゃらにやってたし、アウラムの優しさがあれば基本は大丈夫だよ」
「…分かった、ぼく、がんばる…!」
「よし、待ってるからな!」
 そっと前足と握手してから手を振り、ヘルメットのバイザーを下げて発進した。



「ルトガー、あと5分で港での待ち合わせ時間だ」
「了解、ちょっと突っ切るか!」
 紅蓮を一気にフライトモードに移行させて港まで直線距離で飛行、どうにか待ち合わせ1分前に到着した。
「おっ、来た来た」
「待ってたよ…!」
 港で待っててくれていたシャルフとグレースに軽く手を振ってヘルメットを脱ぐ。

「そういえば、二匹はこれからどうするんだ?」
「私はお父さんに怒られたから一旦実家かな、バースさんのはからいで養成学校行けることにもなったけど、まずは帰って来なさいって」
「なるほど、僕はちょっとジョウトへの聖地巡礼に、月下団のことを小説化するのもひそかな憧れだったし、まずはエンジュへ聖地巡礼とね…」
「みんなバラバラか、俺は静養も兼ねてシンオウの温泉地へ行くんだが、何でも両親の住んでた家がシンオウにあるらしくてな…」
「そっか、バラバラになっちゃうけど、君には家族との時間も大事だからね…」
 折角心は繋がれたのにまた離れるのは少し名残惜しいが、グレースは案外平気そうだった。
「実は養成学校、シンオウにあるらしいからすぐ会えるよ…!」
「なるほど、それなら近いな」
「…なんか僕も今から行き先シンオウにしようかな?」

 そんな何気ない話をしていると乗船時間が近づいてきた。
「そうだ、みんなで写真撮っとこうよ!」
「それいいね、ほらルトガーもカメラ係じゃなくてスリーショットで!」
「分かった分かった、自撮り慣れてないけどやってみるか…!」
 誘われるままに俺を中央にしたスリーショット写真のシャッターを切る。

「今から送るけど、これでどうだ?」
「うんうん、いい感じだね」
「みんな笑顔になれてるのが、やっぱりいいよね…!」
 笑顔か、いつの間にか、奪われたものを早速一つ取り戻せてたんだな…


「それじゃ元気でね、名優の息子と未来の歌姫!」
「また今度ね、良かったらこっちに遊びに来て!」
 友達の後ろ姿は搭乗口に遠ざかっていき、後発のシンオウ行きを待つ俺はロビーで一匹搭乗開始を待っていた。



「なぁルトガー、一つ聞いてもいいか?」
「質問によるな」
 携帯を開くとどこかで聞いたような質問をネメオスからされて、どこかで聞いたような返答をしておく。

「君の夢って、何かな?」
 その質問を聞いて少し微笑んでからボストンバッグを持って搭乗口へと歩き出した。
「みんなの夢を守る、とりあえずそれが今の俺の夢かな!」




  Vortice Rovente Fine.


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