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「オロチ、いる?」
私の呼び声が高らかにこだまする。
地下二キロメートルに建設された
私が立つ
内壁はすべて
波長がランダムに変化する光が前後左右上どこからでもやってきて、視神経にけたたましく干渉する。狂う遠近感。
「オロチ、返事してよ」
果たして、私が捜していた竜は――否、捜すまでもなかったが――大空洞のど真ん中にいた。
電磁浮遊しながらゆったり自転する『
「あいつ、
匣は私を嘲笑うように自転軸をふらふらと傾けた。強硬策に打って出るしかない。
「あんまりこれやりたくないんだけどな」
匣までの距離は五〇メートル。尻尾の
もし私がコウベのように飛行機能を持っていたらと思う。なぜ私は鳥型なのに飛行できないのか。私を設計した旧人類は何を思って私をこのような形にしたのか。
百万年前の仕様に文句を言ってもしかたない。
「発射!」
久々の
〈
「……おい」
キレ気味の音声が竜の喉から発せられた。外部刺激による無理矢理な
「なんだ、ちゃんと起きてるじゃない」
「何、私が悪いの? いつもみたいに
私は匣にへばりついた間抜けな体勢のまま、精一杯の虚勢を張った。竜は呆れたように、「充電効率が低下する」とだけ言ってそっぽを向く。
「たかだか数パーセントの充電効率と引き換えに来訪者への
「……用件は」
「外の充電器が壊れた」
「それを早く言え」
匣からブリッジが飛び出て、ゲートまで延伸する。
オロチは即時に
「乗れ、ツツミ」
「振り落とさないでよね」
かっこよく飛び乗るつもりが、前につんのめった。
そんな私にオロチは構うことなく発進する。
彼の肩から延びるハンドルは、私でも握れるよう磁性を持たせている。
「相変わらず座り心地は最高ね」
「そうか」
匣からふわりと飛び降りたオロチは、そのままゲートに突っ込んだ。
〈
オロチそのものが
大空洞に入ろうとするたびに頭の悪い
「速度を上げるぞ」
「はーい」
オロチの青白く光る
この長ったらしさこそが、コウベやカイナが大空洞を訪れない理由だ。私は尻尾の
オロチが大空洞で何に執心しているのかは誰も知らない。そもそも、大空洞が造られた目的すらも分からない。
莫大なエネルギーが満ちていることだけは理解出来る。宇宙線発電システムは私の祖先が
オロチいわく、向こう五千万年は枯渇しないとか。そんなに必要ないと思うけど。
「そろそろ地上だ」
緩やかなカーブは終わり、最後は一キロメートルの直線。時速二〇〇キロメートルを保ったまま、出口にぐんぐんと近づいていく。
〈
一体となった竜と鳥が、
「どう? 久しぶりの外の空気は?」
「この星に空気と呼べる代物は無い。
「はいはいあんたの読解能力に欠陥があることを考慮せずに話しかけた私が馬鹿でした。五年振りに地上に出た感想を述べてください」
「厳密には四年九ヶ月二十五日十一時間五十八分九秒だ。特に感慨は無い」
「……あっそ」
無味乾燥。無風流。いかに機械的でない機械生命体を造るかに苦心した旧人類がこいつを見たら、がっかりすること請け合いだ。
「……あれはなんだ? なぜ
オロチが指摘したのは、上空の異変。地球のように大気や磁気バリアを持たない月に、旧人類が創造した人工のバリア。
旧人類のみならず機械生命体すら脅かす太陽風プラズマの脅威は、そのバリアによって無毒化される。地球外で生活を営みたかった旧人類の叡智の結晶。
私が素晴らしいと思うのは、どんなときも風情を重視した旧人類の気質がそれに表れていることだ。たとえ必要が無くとも、バリアは地球のように青い空を見せてくれていた。
――そんな
「隕石のせいじゃない? 一年ぐらい前に掠めてったでっかいやつ」
「なんだと? 報告は受けていないぞ」
「んまあ、してないし」
「地下の観測機にも引っかかっていない」
「五万年前の機械の性能を過信しすぎじゃない? 前々から言ってるじゃん。引きこもってないで外出なよって」
「……以前よりもノイズが頻出するとは思っていたが。穴が大きすぎて自己修復性も限定的にしか機能しなかったのか」
ここにあるものはすべて旧人類がいた時代の遺物だ。
生命を老化させ、機械を錆びつかせる原因となる酸素分子と水分子。月面にはほとんど存在しないから、ものの寿命は際限なく延びたように思えるけれど。
旧人類は月面での生活に限界を感じて、かつての地球のような住み良い惑星を探しに太陽系外へと飛び出していった。機械生命体は旧人類に比べ月の環境に適応できていたから、一部は月に残ることを選び、旧人類とそれについていく機械生命体たちに別れを告げた。
『いつの日か、君たちを迎えに来る』
彼らはそう言い残した。その時には、きっと彼らは新しい形へと進化している。そして私たちを彼らの築いた楽園へと連れていくだろう。
月の機械生命体たちは漠然とそんな神話を語り継いでいるが、九割九分九厘、月とともに朽ちていくのだということを皆理解している。
「あった、あの充電スタンド」
半径二〇〇メートル、深さ十五メートルのクレーターの中心に、鉄の
クレーターの縁に着陸すると同時に、オロチは
私はかっこよく飛び降り――られずに地面につんのめる。
「呼んできてくれてありがとねェ、ツツミちゃん。オロチくん、久しぶりだねェ。五年ぶりじゃない?」
そんな私を立て直しながら間延びした声で語りかけてくるコウベは、顔面のすべてが量子ドットスクリーンで覆われている。いつでも目の表示が上向きの弓なりとなっている『にこやかモード』なので、コウベのボディには『通常モード』がインストールされていないのではないかと私は訝しんでいる。
「正確には四年九ヶ月二十――」
「ああもうそういうのいいから」
オロチの言葉を遮って、充電器を診るよう促した。
「これでカイナくんも動くようになるかなァ」
「大丈夫。オロチが絶対になんとかしてくれるよ。……今さらだけど、他の充電スタンドで充電すればよかったんじゃない?」
コウベはゆっくりと首を振る。
「カイナくんはここじゃないと充電したくないんだってぇ。電荷の質が違うとかなんとか……」
気のせいに決まっている。充電スタンドなんてどこも同じ規格だ。だが、馬鹿にするつもりはない。
カイナの謎のこだわりの強さは、旧人類のそれに通じるものがある。それは――愛すべきものだろう。
☆
月面にあるもの。
旧人類の住居。一様に白い正方形で、彼らいわく「トーフ」という地球にあった食べ物に似ている。
機械生命体たち。五キロメートル四方の居住可能区域に、それぞれが思い思いの場所にいる。
オートマトン。パラボラアンテナ。充電スタンド。ロケットの破片。月の砂。
見慣れた風景。旧人類がいた時代はもっと色彩豊かだったらしいが、今はどこもかしこも白っぽくて殺風景だ。
――
帳の向こうに薄ぼんやりとしか見えていなかった
「あ、ツツミちゃーん!」
頭上からコウベが飛来する。いつもと変わらない笑顔。
「どこ行くのぉ?」
「オロチのとこ。カイナの充電が終わったあのあとに、三日後に来いって言われて」
「わたしもついてっていーい?」
「ご自由に」
コウベが大空洞に来たがるなんて珍しいこともあるものだ。
「おわっ」
コウベが私の体を持ち上げた。
「こっちのほうが速いでしょお?」
「んじゃあ、お言葉に甘えて」
凸凹した土の上は滑走できない。コウベの言うとおり、運んでもらった方が早い。
大空洞行きの地上ゲートからは役割を交代した。コウベは私のツノに両手で掴まり、私は継ぎ目のない滑らかな通路を時速二〇〇キロメートルで滑走する。
「ツツミちゃんってオロチくんのこと好きなのぉ?」
「何? 藪から棒に」
「だってぇ、
「コウベ、あのね、私たち機械生命体の優れているところは生命誕生の時代から連綿と続いてきた生殖とそれに関わる近傍概念すべてから脱却できたことにあって」
「急にオロチくんみたいなこと言うんだねぇ」
「なっ」
「ああ、急に速度上げちゃだめだよぉ」
なんとか体勢を立て直し、コウベに「変なことを言わないで」と釘を刺した。
「でも、わたしはカイナくんのこと好きだよぉ?」
「……未塗装のボディに生まれ変わっちゃったのに?」
「うん。色が無くなっちゃってもカイナくんはカイナくんだよぉ」
☆
「なんだ、ツツミだけじゃなかったのか」
匣から顔を出したオロチは、開口一番にそう言った。
「だめ?」
「いや、コウベなら構わない。カイナがいなければいい」
ゲートにたたずむ私とコウベは互いに顔を見合わせる。
「どういうこと?」
竜が
「オロチ?」
彼は一つため息をついて、口を開いた。
「カイナのボディの
時が止まったような静寂。大空洞の内壁を埋め尽くす
コウベの顔を見る。『にこやかモード』ではない彼女の表情を見たのは初めてだった。『通常モード』を通り越して『悲しみモード』が表示されている。
「そんな……」
コウベはやっとのことで声を絞り出した。
三日前、カイナを満タンに充電しても、彼の右手は持ち上がらなかった。オロチの診断は、不可逆的な接続不良だった。
カイナの前回のボディ交換は六十年前だった。あまりにも寿命が短すぎやしないかと誰もが思ったが、そもそも初期不良があった可能性も否めない。
結局、古いボディから新しいボディへ換装することになった。旧人類や従来のポケモンは生殖で命を繋いでいくが、機械生命体は体を新品にすることで分子機械化されたDNAを次に繋いでいく。記憶も
カイナは生まれ変わった。ただ、オロチは未塗装のボディしか用意できなかったといい、頭部と足のネイビーブルーが無くなって見栄えが悪くなってしまった。
でも、今なら理解できる。カイナのボディの在庫は、未塗装のものがたった一つだけしか残されていなかったのだ。見栄えなど些末な問題だった。
「カイナだけではない。皆の分の在庫もそう多くはない」
旧人類は、月に残る機械生命体たちのために、莫大な量のストックを造って残していった。しかし、それが底を尽きてしまうほどに時間は経過していたのだ。
「もってせいぜい百年だろう」
オロチが淡々と告げる。
「嘘でしょ?」
「カイナの古いボディの早くにダメになった原因は、おそらく
狼狽、そして悄然。オロチは、そんな私を真っ直ぐに見つめている。
「百年じゃ、来ないよね」
コウベが独り言のように言う。
「何が……?」
「新人類」
彼女の顔は『にこやかモード』に戻っていた。
「わたしね、新人類が迎えに来るっていう預言、けっこう楽しみにしてたんだぁ。……ううん、というより、それだけが楽しみだった。あ、カイナくんとお喋りすることも楽しかったよ? でも、カイナくんもまたすぐダメになって、わたしも、ツツミちゃんも、オロチくんも、休眠してるみんなもダメになるんでしょ? ……なんだが、気が抜けちゃったなぁ」
神話が成就せずに終わるなんて、心のどこかでは分かっていた。けれども、何万年、何十万年、何百万年と月でぼんやりと暮らしているうちに、なんとなく未来は永遠だと思い込んでいた。
「地下で
神話をなおも信じるなら、妥当な提案に思える。しかし、
「それは、嫌だな」
コウベがオロチの提案にはっきりと物申した。
「みんなと話せなくなるのは、嫌。
オロチは長い思案のあとに、「ツツミはどう思う」と私に意見を求める。
「私は……」
私たちは、臆病だった。辛い太陽系外への旅路を拒否して、月での安住を選んだ。
間違いだったとは思わない。最初から旧人類に太陽系外へ連れていってもらえばよかった、なんて言うのは今さらだ。それでも、もし何かを求めていいのなら。
「私は……有意義な終わり方をしたい」
楽園には行けない。せめて、意味のある終焉を。
「有意義な終わり方……か」
オロチの目が閉じる。
「一つ、提案がある」
オロチが翻り、匣に乗り込んだ。
「……在りし日の楽園への片道切符に興味はあるか?」
〈
☆
「オロチ、来たぜ」
三日間かけて、皆に月の事情とオロチの計画を話して回った。驚いたのは、誰も彼もが乗り気なことだった。
大空洞のゲートに呼びかけるのはカイナ。私とコウベが次いで並び、その後ろには大勢の機械生命体たちが控えている。
ゲートが、ゆっくりと開いていく。
「入れ。準備は完了している」
大空洞は、さらに様変わりしていた。
そして、オロチの真上――天頂には、まるでブラックホールのようにすべてを吸い込んでしまいそうなタイムマシンが静かにうなりを上げている。
「各自、壁に沿うように配置してくれ」
オロチを除く百五十体の機械生命体たちが、匣を取り囲むように円形に並んだ。
「皆、ツツミやコウベ、カイナから十全に説明を受けたと思うが。今一度説明を行う――」
なんだか実感が湧かない。月を捨て、神話を捨て、私たちは楽園へ赴く。
オロチの機械的な説明は月面の景色のように単調で、時空の向こう側への憧れを増幅させる。
「――以上、質問のある者は?」
皆、互いに顔を見合わせる。オロチの完璧な説明を理解できない者はいないはずだ。
「質問いーい? オロチ」
ワダチが挙手の代わりに背中から伸びるトレッドを挙げた。
「ぶっちゃけ、これってどれぐらいの確率で成功すんの? わけわかんない時代の宇宙空間に放り出されたりしない?」
どよめきが起こる。今まで一度もその役目を果たしたことのないタイムマシンの信頼性を疑いたくなるのはもっともだった。
「……俺はタイムマシンの管理は行っていたが、設計者ではない。成功確率は俺にも分からない」
思わぬオロチの回答に、さらにがやがやと騒がしくなる。
「だが……これを造ったのは旧人類だ。俺たちがどれだけ彼らの技術の恩恵に預かってきたかは言及するまでもない。俺たちの旧人類に対する信頼性が、そのまま成功確率の数値と言えるだろう」
オロチが具体的な数字を羅列しないのは、らしくない。けれども、これ以上合理的な言葉はない。私たちは旧人類に大して無類の信頼を置いている。ゆえに、タイムマシンを疑うことはあり得ない、ということだろう。
「馬鹿なこと聞いてゴメン。詫びといっちゃなんだけど、オレが一番手行かせてもらいまーす」
ワダチが茶目っ気たっぷりにウインクする。あんなことを聞いておきながら、実は
「他に質問がなければ、時空転送を開始する」
オロチが再度問うが、誰ひとりとして反応はしない。
「……よろしい」
〈
螺旋状の
〈
「ワダチ、行け」
「合点!」
オロチの号令とともに、ワダチは車輪のごとく猛烈な勢いでスロープを駆け上っていく。そこには一切の躊躇はなく、楽園への渇望だけがあった。
ワダチが吸い込み口へと飛び込む。タイムマシンは、しゅん、とわずかばかり赤く光った。ワダチの姿は一瞬にして消えた。
「行っちゃった……」
まるで何事もなかったかのように。時空転送は達成されたように見えた。
しんと静まり返り、タイムマシンの不気味な駆動音だけが
「どんどん行ってくれ。何時間も安定して作動させられる自信がない」
オロチの言葉を皮切りに、堰を切ったように機械生命体たちがスロープへとなだれ込んだ。
「よっしゃ、行くぜ!!」「僕も!」「アタシも!」
次々とタイムマシンに吸い込まれていく仲間たち。非現実的な光景に、私はただただ圧倒されていた。
「カイナくん、一緒に行こう!」
「わわ、押すなよコウベ!」
コウベが重量感のあるコウベを力強く押してスロープへと運んでいく。
「あれ、ツツミちゃんは来ないの?」
「……私は最後に行くよ」
「そっかぁ。じゃ、また地球で会おうねぇ!」
コウベは手を振る代わりに、頭の飾りをちかちかと点滅させた。
☆
百四十九匹目がタイムマシンに吸い込まれ、残るは私と、匣に乗り込んでいるオロチの二匹のみ。
「どうしたんだ、ツツミ。早く行け」
私は、大空洞の端で佇んでいた。
「行かないよ、私は」
「……何を言う」
オロチが怪訝な顔つきをする。
「オロチ、私に隠しごとしてるよね」
「何の話だ」
「タイムマシンの動力源は何?」
「……」
「オロチ自身だよね?」
「……」
私は滑りながら徐々にオロチに近寄っていく。
「おかしいと思った。タイムマシンを動かしてる間、ずっと匣から出ようとしないんだもの」
「……匣の操作盤は、
「どうしてそういう大事なことを先に言わないのよ!」
私はヒステリックに叫んだ。
「……オロチが行けないなら私はここに残る」
「馬鹿を言うな」
「ッ! 馬鹿はそっちでしょ!」
匣を思いっきり叩いた。オロチが体を仰け反らせる。
「全然私の言うこと聞いてくれないし! 何度遊びに誘っても全然外に出てきてくれないし! 色々やることがあって大変だったのは分かるけど! ……分かるけど」
「……すまない」
「……ねえ、私、オロチのこと凄く好きだよ」
「俺もツツミのこと好いている」
「だったら一緒にいようよ。オロチがいるなら私は月で死んでもいいよ」
こんなことになるならもっと早く思いを伝えるべきだった。
「……ツツミ。こっちにおいで」
匣が開く。私は間髪入れずに飛び込んで、オロチの胸に背中を預けた。
「わあ……」
眼前いっぱいに広がるスクリーン。
「ミライドンという名の初代の俺が記録していたものだ。一億年前の地球の景色らしい」
「……綺麗」
「ノイズだらけの映像でもこの美しさだ。実際の景色はいかほどだろうと思わぬ日はなかった」
「うん」
「ツツミ。もし俺の願いを聞いてくれるなら」
オロチに向き直る。
「俺の代わりに、その目でかつての地球の美しい景色を目に焼きつけてくれ」
★
「ツツミちゃーん!」
頭上から見知った影が飛来する。いつもと変わらない『にこやかモード』。
「どうしたの?」
「あっちでブジンくんが変なキノコ見つけたんだってぇ! 見に行こぉ!」
コウベはそのまま高度を上げて、どこかへ飛んでいった。
「あんなにはしゃいだら充電切れしそうね」
従来の生命体の呼吸機構を模した酸素発電機能。月では無用の長物だったが、充電スタンドがない今、これが私たちの命綱だ。
厳めしい岩肌。滝の落ちる音。草木のさざめき。切り取られたような天空の青。
オロチが見たかった景色。
「あれから五年かあ」
感傷的な気分のまま、コウベが飛んでいった方向とは真逆に、下へ下へと滑り降りていく。
私たちが転送されたのは、広大でありながら、どこか閉じ込められていると錯覚させられるような場所。切り立った岩壁に囲まれていて、私たちはその外側の一切を知らない。
けれど、それでも良かった。月の居住可能区域より断然広かったし、何よりも楽しい。毎日のように新しい発見がある。
降りきった先に、大洞窟への入り口があった。
大洞窟の中には、私がとびきり好きなものがある。
地球の神秘が表出したような、大きな
そして、彼を思い出せる。
彼はどうしているだろう。今も匣の中で眠っているのか。いや、今は彼がいた時代の一億年前だ。この時空に彼はいない。
いないはずなのに。
「嘘……」
信じがたい。私のOSがついに誤作動を起こしたか。
「オロチっ!」
洞窟の最下部を見下ろす。誰も寄りつくことのない場所。
蒼い竜が――倒れている。
「オロチっ!!」
脇目も振らず飛び降りる。地面に激突する前に起動しようとした
それが功を奏したのか、蒼い竜はその音で
「ツツミ……?」
オロチの外殻は、驚くほど艶を失っていた。煌めいていたチタン鋼の爪はガサついて、左目の量子ドットスクリーンはほとんど輝度を失っている。
「どうやら……同じ場所に……辿り着いたようだな」
「どうやって……」
言葉にならず、ただ彼に抱きついた。
「ただ神話を信じていただけだ。……
終