※残虐描写及び死亡描写多数につき閲覧注意
現在分割編集中につきお騒がせしております、各種更新完了までしばらくお待ちください
written by 慧斗
僕がナバール達と出会ってから半年、UBとの戦いを続ける中で医療の知識や今のところ世の中の状況も多少は掴めてきた。
とりあえずUBと言っても色々種類がいることやタイプも様々だし、僕からみんなに提案してコードではなく名前を付けて分かりやすくしてみることにした。
・PARASITE…ウツロイド
・EXPANSION…マッシブーン
・BEAUTY…フェローチェ
どうやら他の地方で別の種類の目撃情報もあるらしいし、詳細が分かり次第名前を付けておこう。
今は本格的な医学書で炎タイプの生命線であるコアフレイムについて勉強中。
リザードンの尻尾の炎がヒトカゲの頃からあるように、炎タイプには炎を生み出し、維持するための核となる炎が体内にあるらしい。
それが怪我や病気で炎の精製や維持が出来なくなると外部から炎を取り込まなきゃ命を落としてしまうし、生まれたての炎タイプにコアフレイムがなければ移植しないと死んでしまう…
「僕みたいな水タイプにもそんな器官があるのかな…?」
「何してんだコバルト、そろそろ作戦会議始めるぜ?」
「分かった、すぐ行くよ!」
このタイミングで予定にない作戦会議でナバールに呼ばれたことに何か引っかかるようなものを感じながら、僕も会議に向かった。
「結論から言って、正直今の状況はジリ貧の一言に尽きる。このまま手を打たなければいずれは襲撃がこのエリアを直に狙ったり、UB以外の原因で犠牲者が出かねない」
強襲して物資を調達してるから現状はまだ大丈夫とはいえ、インフラだっていつまで大丈夫という保証もなければ、UBの襲撃がいつこのエンジュを襲ってくるかどうかすら分からない。
「つまり、団長サマは【やられる前に攻勢に出たい】とでも言いたいのかよ?」
「そういうことだ。だからこそ、こうして主力メンバーに集まってもらった訳で…」
シャウトの質問に肯定しつつ、色々準備している様子のナバール。
話の続きを待っている間に見回すと、ヴァイルとユエの姿がない。レガータはあれから元気になって子供たちの面倒見てるからいないのは分かるけど…
「マリンさん、ヴァイルとユエは今どこに?」
「あの二匹なら今は偵察と調達に出かけてる」
とりあえず失踪じゃないなら大丈夫だろう。
「まずは現時点で分かってる情報を整理しようぜ」
「「いやいやいやいや!」」
ナバールの提案に僕とシャウトの制止が重なった。
「今更そんなことして何になるんだよ⁉」
「流石に情報整理するにしても他に先やるべきことあるんじゃないかな?」
「なら聞こう、ポケカのデッキ60枚を裏面を上に置いて山札から一番下のカードを抜いた時、そいつがデッキのエースカードである確率は分かるか?エースカードは分かりやすく1枚で考えろ」
「えっと、60枚中1枚だけだから…」
「60分の1、で合ってる?」
「正解だ、だがデッキ自体が箱から出したばかりの新品だった場合はどうなる?」
「はぁ?それでも60分の1は変わらねぇだろ?」
「確か昔買った時はブラッキー&ダークライのカードが表向いて棚に並んでたけど、表面の一番上がデッキのエースカードってことは裏面の一番下がエースカード…?」
「コバルトが正解だ、大体新品のデッキの配置は決まってるから新品を裏面を向けて置いたら一番下はエースカード、つまり100%だ」
しれっとマリンさんが小さく拍手してくれてる、なんか嬉しい…
「いや滅茶苦茶じゃねーか!」
「情報を知るってのはこういうことだ。知らなきゃ1.7%の確立だって情報を知っていれば100%にすることだってできる。戦力も物資も大事だが情報だって同等に大事だって分かっただろ?」
それだけ言った後、ナバールは置いてあったホワイトボードをひっくり返した。
「これが俺たち月下団が今まで集めた情報だ、要点だけ把握しておいてくれ」
・伝説ポケモンはほとんど過去の戦いで絶滅、一般ポケモンもまた半数以上が絶滅
・敵の目的は世界征服、あるいはフェアリー以外の種族の絶滅
・敵の黒幕はおそらくコガネシティに潜伏、首領を倒せば体制は崩壊する
・敵は強力&市街地であるため正攻法の強襲は危険
・ジョウト以外で月下団に外部協力者は一定数存在
「だいたいこんな感じだ、現状としては戦略を立てながら体制を整えて…」
状況をざっと整理した後でさらにやるべきことをしようとした時、外が騒がしくなった。
「大変だ!ヴァイルさんとユエさんが敵に襲われて傷だらけで帰ってきた!」
「一旦解散、各自襲撃に備えて戦闘体勢に入れ!マリンとコバルトは俺と来い!」
緊急の連絡に対して防衛体制を整えつつ、医療知識のあるマリンさんと僕を呼んだ。
「マズいな、野郎に一手遅れたか…」
「思いの外早かったね、まだあいつのマイペースな性格を考えれば猶予はあると思ったのに…」
「起きたこと考えてもしょうがないぜ。とりあえず【今できる最善手を打ち続ける】、それが俺たち月下団のできることだろ?」
「そうだね、どうにかヴァイルとユエを治療しなきゃ…!」
「野郎とかあいつとか、二匹とも敵の正体知ってるの…?」
先に走っていく二匹の話を聞く限り敵の正体を知っているようにしか聞こえない。
「……答えはYES、俺とマリンだけは敵の正体を知っている。だがその話は後だけどな」
ナバールが扉を開けると、傷だらけでうめいているヴァイルとぐったりして意識のないユエが寝かされていた…
「マリンとコバルトは二匹の救護にあたってくれ!ヴァイル、一体何があった…?」
「悪いね団長、コガネシティへ物資調達と偵察に行ったらUBに襲撃されてこのザマだよ。どうにか物資は無事だったけどユエが重症で…」
「襲撃に遭ったのはどのぐらい前だ⁉60分以内ならどうにかチャンスは…」
「生憎2時間前、優しい団長サマには悪いけど切り札は決戦まで取っておきなよ」
「すまない…」
何かを使おうとして不可能だと分かりナバールは苦悶の表情を浮かべている。一体何を使おうとしたというんだ…
プロのマリンさんが必死にユエさんの治療をしている隣で僕も手当てを進めていく。
「団長、この近くで見たことのないUBが現れた!電撃っぽい攻撃をしてきたらしい!」
「分かった、どの辺りだ?」
「南西の方角、侵入はしてないし近くにいるはずだ!」
「了解、すぐ行く!」
ソードメイス片手に出撃しようとするナバールを見て少しの不安がよぎる。
「ちょっと待って!」
「…どうした?」
「相手が電撃を使うってことは電気タイプかも、一応麻痺治し持って行った方がいいよ」
「了解、ありがたく受け取っとくぜ」
ナバールに救護キットから取り出した麻痺治しを3つ渡すと、しっかり握りしめて走り出していった。
「この辺りに例のUBが、っと…!」
当該エリアに移動して件のUBを探していると、突然の電撃にサイドステップで回避。
「こいつが噂の新種か、配線ケーブルに光る金平糖か?」
多分ライトニングとかいうコードの呼称されてるのがこいつだろう。名前は後でコバルトに考えさせるとして、携帯電話で情報だけ撮影しておいた。
「情報さえあれば後はこいつでぶん殴るだけなんだけどな!」
ソードメイスを中段に構えて胴薙ぎと共に接近、返しながら上段に構えて叩きつける。
重力も合わさった一撃の速度を見誤ったのか、LIGHTNINGは避けきれず胴に直撃。
メイスなので斬れはしないが、手応えからしてダメージはかなり入った。
「もう一撃でお陀仏ってとこだな!」
とどめの追撃を加えようとソードメイスを引き抜いた時、右手に激しい痺れを感じた。
「コバルトの忠告、マジに当たったみたいだな…」
ソードメイスが痺れた右手から離れない。
それを狙っていたかのようにLIGHTNINGは放電を開始した。避雷針にするとこまで計算通りってことかよ…!
左手で麻痺治しを乱暴に取り出し痺れる右手にかけると、ソードメイスはようやく手から離れた。
急いでとんぼ返りでその場を離れると、放電はソードメイスを中心に迸っていった…
「麻痺治しはあと二つ、2回痺れる前に倒さなきゃヤバいな…」
金属製のソードメイスは麻痺すると危険、だったらお望み通り肉弾戦で倒してやるよ…!
接近しながら殴り付けると見せかけて倒立前転の要領で蹴りあげる。地面に仰向けになる前に手の位置を変えて足払いをかけ、距離を取られたらロンダートで再接近しつつローリングソバットを直撃させる。
「手が痺れたら握って離れなくなる、だったら足ならくっつくものなんてないよな!」
蹴りが直撃してふらついてるLIGHTNINGだったが、突如全身に電気を集め始めた。
まさか、自爆…!?
無意識に距離を取ると、さっきまで俺のいた場所を配線ケーブルのような腕のラッシュが襲った。
読みは外れたが離れて正解、だがあんなに帯電してたら下手に攻撃できねぇな…
リーチの長い攻撃を避けながらじわじわと距離を詰められていく。腕の間合いに入りかけた時、手頃なサイズのコンクリート塊を見つけた。
「こっち来んじゃねぇよ!」
少し上に放り投げた塊を殴り砕き、散弾のように飛ばして牽制。
背後に下がって距離を取ろうとしたが右足の動きが重い。
「くっつかないだけマシだが足も痺れるには痺れるんだな…」
正直状況は芳しくないが左足のかかとに触れ慣れた感触、一か八か試してみるか…!
二つ目の麻痺治しを開けて奴の動きに集中した…
散弾に直撃したLIGHTNINGは相当怒っているらしく、接近戦で直接俺を倒すつもりらしい。
だが冷静さを失っているなら思うつぼ。
右手で心臓の辺りを軽く叩いて挑発、奴の狙い目を心臓辺りに集中させる。
あとは接近した瞬間が勝負、3、2、1、今だ!
配線ケーブルのような腕が触れる直前、倒れ込むように右へ移動、ヤツの攻撃は俺の背後に刺して仕掛けてあったソードメイスに直撃する。
地面に流れていく電気を止めようと攻撃を止めたLIGHTNINGだが、その意思とは無関係に電気は地面へと流れていく。
「麻痺治しに感電を治す効果があるなら、メイスに塗って触らせりゃテメーの意思とは無関係に電気は流れてくだろ」
読み通り電気は流れきってLIGHTNINGはパワーダウン、その隙を逃さずベルトから炎を滾らせる。
「これで終わりだ!」
フレアドライブを叩き込み、完全に倒した。
「これで一安心、って訳でもなさそうだな…」
近くで戦闘音がする辺り、まだ敵はいるらしい。
しかも俺の勘が急いで戻れと告げている。まさか奴がエンジュを襲撃したという可能性だって今は笑えない冗談にすらならない。
「メイスが帯電してるが、グリップ付けたら持っても痺れず使えるな…!」
帯電状態のソードメイス片手に崩れ落ちて来そうなグレーの空の下を駆け抜けた…
消毒を済ませたら患部に脱脂綿をあててその上から包帯を巻き付けて固定。
重傷とはいっても、これなら時間をかければ完治するだろうし後遺症の心配もない。
治療を終えて一息付いた時、外がやけに騒がしいことに気づいた。しかも騒ぎはナバールが戦ってる場所より近い。
「マリンさん、これって…」
「ヴァイルとユエのことはなんとかするから、偵察と場合によっては迎撃頼むよ!」
「了解!」
ここからなら窓を通り抜けた方が早い、首にかけていたゴーグルを着けて窓から外に飛び出した。
エンジュ内がちょっとしたパニック状態になっていた。
逃げ惑うポケモン達の動きを見る限り、敵の位置は大体検討が付く。
南東の方には案の定誰もいない。建物が倒壊している様子からして、UBの可能性も否定できない。
足元に壊れたフライパンが転がっている。それもただ壊れたというより半分くらい切り落とされた様な壊れ方だった。
「まさか、斬撃を使うUBがいるのか…?」
曇り空の下、周囲に張り詰めていた殺気が背後で強くなる。
「!?」
咄嗟にしゃがみ込むと頭上を突風が吹き荒れた。
その直後、建物の瓦礫がさらに細かく切り裂かれて砕ける。
背後を振り返ると、空中に小さなポケモンが浮かんでいた。
折り紙を何枚も組み合わせて作った様な、大人向けの折り紙本に載ってそうだし高さも折り紙2枚分…
「…やっぱ検察官が首に付けてるヒラヒラっぽくも見えるし、カミとミツルギでカミツルギ、なんて名前にするか」
「…」
名付けてはみたけど正直反応を見たところで喜んでるかどうかなんて分からない。
「…!」
地面が切り裂かれたような音ののち、砂塵で視界が埋め尽くされる。
ナバールのくれたゴーグルのおかげで視界は確保できているものの一手出遅れた。
ホタチを両手に構えて気配に意識を集中すると、砂塵の中で姿が見えなくても殺気が強すぎて大まかな位置と攻撃の動きが大体予想できた。
左のホタチで袈裟斬りをガードしつつ右のホタチに水流を纏わせて一閃。
シェルブレードも二刀流も半年鍛えたらそこそこ様になってきた気がする。
「…、……!?」
カミツルギが何を言っているのかは分からないが、恐らく僕の攻撃でダメージを受けて驚いているといった感じかもしれない。
砂塵も晴れた中で紙のような刃先とホタチの切っ先を向けて対峙することになる。奴の斬撃は強力だけど、隙をついてシェルブレードで斬りつければ倒せるはずだ…!
「……………、………!」
下段狙いの動きを見て飛び上がった瞬間、再び地面が地面が裂けて砂塵が巻き起こされる。
視界こそ残っているけど気管に入って咳き込むことしかできない。さっきのセリフ、大方【かかったな、アホめ!】的なこと言ってたのか…!
水鉄砲の要領で喉から水流を流して咳き込む要因を洗い流し、砂塵の中を動き回って狙いを絞らせないようにしたおかげで数秒で体勢を立て直すことはできた。
しかし、さっきまで感じていた気配や殺気が忽然と消えてしまっている。
その違和感に気付いたと同時に聞こえる悲鳴。
ホタチに水を滴らせて振り回して視界をクリアに戻すと、少し離れた位置で浮遊する折り紙が見える。
「まさか、カミツルギは僕との戦闘を避けて…!」
悪い予感は的中していた。
ついにあの野郎はエンジュを潰しに来たらしい。出遅れは団長としては失格レベルに致命的なミスだが、日頃から想定しておいたおかげでパニックになりながらも避難は着実にできているようだ。
「どうすんだナバール、このままじゃ全滅だぞ!」
「こういう時こそ俺たちは冷静になるもんだぜ、シャウトは一般ポケモンの避難誘導を頼む!」
「分かった、だが俺様抜きで戦力足りるのか!?ヴァイルとユエは重症で俺様を外したらお前とコバルトぐらいだぞ!」
「俺も因子持ちのスペックはある。一応マリンも体術なら俺と互角だし、今は少しでも被害を減らすためにも避難誘導力があってブロッキング力が高いお前の力が必要だ、頼むシャウト」
「…俺様にしかできない役割ってことね、任せときな!」
多少おだては必要にはなるが、こういう時のシャウトは頼りになるし信用もできる。
今力を使っても根本的な解決にはならないし、起点にする対象もいないからそもそも発動もできないが、戦闘能力なら並の同族のスペックに箔が付いてる以上俺が戦った方がいい。
「てな訳で不法入国者は地獄に帰れってんだよ!」
帯電ソードメイスで背後からウツロイドの頭部を叩き潰し、踏み込みと共に横に薙ぎ払ってUB5匹ぐらいをまとめて倒す。
帯びていた電気も弱くなったので代わりに熱を送り込んで赤熱化、筋肉自慢のしつこいマッシブーンに両手でも重いダンベルに見せかけて投げ渡す。
反射的に掴んだ手が焼けただれた様子に内心ほくそ笑んで股を蹴り上げ燃える右手で貫手、胴を貫き切り裂いた。
「…ったく数が多すぎるな、って今度はなんだ!?」
周辺の地面が爆発、周囲には放電が起こり疾風も吹き抜けてわりとカオスになって来た。
敵はおそらくさっきの金平糖頭とフェローチェ、それにロケット型の竹、爆発要因もコードBLASTERは多分あいつで間違いない。
ソードメイスを赤熱化、刃の向きを90度回して水平にして金平糖頭に押し付ける。
刃物というより焼きごてを押し付けたような音と煙を立てながら、表面に火傷を負った金平糖頭はそのまま倒れた。
「動きは速いが直線的、田楽刺しで決める…!」
瓦礫の中から建材の鉄パイプを引き抜き、コンクリートを払って赤熱化させる。
細身のパイプを右手に構えて目を閉じ、聴覚で現在の位置と動きを捕捉。視認できなくても音を捉えられるなら、目を閉じて隙を作って誘ってやるよ…!
反復移動していた音が正面から大きくなってきた。
「そこだ!」
開眼と同時に槍の様に投擲した鉄パイプは真正面から突っ込んできたフェローチェの胴を貫いてロケット型の竹に突き刺さった。
胴が千切れたフェローチェとパイプから煙を吹き出して溶け始めた竹を見る限り殺せている。
それでもUBの数は半分も倒せていない。
「このままじゃ埒が明かねぇ、いっちょ製作途中のアレ使って蹴散らすか…!」
ソードメイスを拾い上げ、頬の毛の中に隠していた起動キーを取り出して本部に向かって走り出した…
急いで追いかけたが、やはりカミツルギの狙いは戦闘能力の低いポケモンだったらしい。
怯えたポケモン達に迫っていた凶刃は間一髪で防ぐことはできたけど、正直心臓の鼓動が早くなっているのが僕にも感じられた。
「………!」
「残念でした!」
ホタチで防ぎつつ斬り付けようとしたが今度は僕のホタチが空を裂いた。
「……、………!」
カミツルギが何か叫んだと思った時、足元が突然の大爆発を起こす。
咄嗟に体を捻りながらジャンプすることで直撃は避けたが余波だけでもダメージがすごい。
「コバルト!しっかりして!」
「レガータ、こんなところにいたのか…!」
痛みをこらえて起き上がろうとすると、ポケモン達の声に混じって心配そうなレガータの声がする。
なんとか起き上がったが、右手に持っていたホタチは割れてしまった。爆発の原因は分からないが割れたホタチをカミツルギに投げつけて一刀流に構え直す。
また爆発が起きた。それと同時にカミツルギの斬撃を弾いて水流で爆風を相殺。近接攻撃と遠距離からの爆破攻撃、地味に相性補完が高いな…
「コバルト、なにモタモタしてるんだ!早くみんなを避難させるよ!」
「マリンさん!この辺りには斬撃使いのUBと作為的な爆破攻撃が…!」
「…そんなことか、これでも格闘戦ならナバールとは互角だし、そもそも爆発なんかじゃ死なないよ!」
「へ?」
滅茶苦茶な理論に困惑する僕を他所に、マリンさんは辻斬りでカミツルギを牽制しながら間合いを作り、避難できる隙を作った。鮮やかで無駄のない動きに見とれていると、急激な殺気を感じた。
「マリンさん危ない!」
叫ぶと同時にマリンさんが爆発に巻き込まれてしまった…
砲撃みたいな攻撃だと分析できたのはいいけど、それ以前に手痛い犠牲がすぎる。
また僕は目の前で助けることが…
「気を抜くんじゃない、こっちは負傷者の救護に回るから逃げ遅れたその子を守ってやりな!」
傷一つ負ってないマリンさんに驚きながらも背後にいたレガータに気づいて意識を集中する。
「端的に言うとナバールの魔法、危ないコバルト!」
カミツルギが高速で斬撃を放ってきた。
背後のレガータを守るためにも下手な回避はできない。
ゴーグルのバンドが切れて頬を斬撃が掠めながらも一刀のホタチで必死に捌いていると、サイコカッターとシェルブレードが交錯した。
「コバルト…!」
「レガータ、僕なら大丈夫だから早くマリンさんと一緒に逃げて!」
拮抗するホタチに違和感を覚えた。連続での酷使に耐え切れなくなったらしく、サイコカッターに触れていた部分からヒビが走って砕け散った。
「やべっ…!」
アクアジェットで間合いを取ろうとした時、防ぐものがなくなったサイコカッターが僕の全身を一閃していた。
力がぬけていくのしか感じられない…
叫ぶマリンさんの声もレガータの悲鳴も遠くに聞こえる…
夢がどうとか、そんなこと考える前に壁はいつも高くて、今だってそうだ、生きるか死ぬかの壁さえ越えられないんだから…
黒い風が吹き抜けていく。
「やっと目覚めたか…」
「何だこの声、というよりここは地獄…?」
ぼんやりと黒い鳥ポケモンのようなものが見えるがその姿を上手く言い表せない。
「俺はイベルタル、かつて【破壊と死】を司っていた存在、そしてお前はまだ死んではいない…」
イベルタルと名乗ったそのポケモンに会ったことはもちろんないし、司ってるものは危険そのものなのに、不思議と仲間を見つけたような、何故か心が安らぐような感覚を覚えていた…
「結論から言うが、お前には世界を救うため共に戦って欲しい。俺も直接戦うことができない体だができる限りのことはする」
「世界を救うための戦い、ってUBだけでもてんてこ舞いなのに世界を救うなんて僕には…」
「心配するな。UBを使役する元凶と世界を脅かす存在、それは同一の存在だ…」
「つまり、世界を脅かす存在を倒すことでUBの侵略も止まる…?」
「察しがいいな、悪くない提案だろう?」
「…それはそうだけど、僕は誰を倒せば?」
「コガネシティにいる全ての元凶、ゼルネアスを倒せば全ては終わる」
ゼルネアス、確か生命と再生を司るポケモンだったっけ…
「…あまりイメージがピンと来ないんだけど、むしろイベルタルと立場逆の方がしっくり来るかも…」
「言いたいことは分からんでもないし、司ってるものがものだからな…」
苦笑するように、どこか寂しげな声でイベルタルは答えた。
「…分かりやすく例え話でもするか、いつも金がないことに困っている乞食と金を湯水のように使える億万長者、同じ金銭価値の1円を渡したとき大事にするのはどちらか分かるか?」
「それは、1円が貴重な乞食…?」
「正解だ、医者を目指すだけのことはある。そして大体察してるとは思うが、あの馬鹿は命の価値を忘れちまったんだよ…」
「価値を忘れた…?」
「数多のポケモンをなんとなくで生み出せるが故に少しずつ一つ一つの命の価値に尊さを感じなくなり、挙句にフェアリー故の傲慢で愚かな我儘が暴発、それが先の大戦のきっかけだ」
しれっととんでもない真実をカミングアウトされてる気がする…
「奴は自分が気に入らない種族を絶滅させることを目的にアルセウスをそそのかし、最も憎んでいたニンゲンを絶滅させるための戦争を引き起こした。アルセウスの大義名分があればついでに気に入らないポケモンの種族もどさくさに紛れて絶滅させられるからな…」
「それで、イベルタル、様とか付けた方が…」
「頼み事してるのは俺だからタメでいい。当然俺は真実に気づいて一部の正しいポケモン達と離反、第三勢力として少しでも多くのポケモンを生き残らせようと暗躍した結果、アルセウスら主戦力と人間が全滅する相打ちで一旦は終局を迎えた。これがAW1年の出来事だが…」
「だが、ゼルネアスはアルセウスを盾にして生き延びていた」
創造神でガードベントするとはこの話が本当なら相当危険なのかもしれない…
「暗躍故の少数戦力で多勢に無勢だったが犠牲を減らすため立ちはだかったがあとはお察しの通りニンゲンは絶滅、一般ポケモンも半数以上が絶滅したのがこの時だ。」
「そんな、それじゃあアルセウスやニンゲンというよりゼルネアスそのもののせいで…」
半年前の悲劇だって、よく考えたらゼルネアスのせいであんなことになったというのか…
悲しみと怒りのような感覚に悩んでいる僕を横目にイベルタルの目つきは鋭くなった。
「だが、俺も冥界に幽閉され直接戦えなくなったが手は打ってある。一つは細胞の死滅化によるゼルネアスの行動抑制、190年以上は抑えたがそれも4年前に破られた。そしてもう一つの切り札がイベルタル因子、お前の仲間ナバール、そしてお前の中にも眠っているこの世界を救う切り札だ」
「イベルタル因子?そんなの医療マニュアルにも載ってなかったしナバールもそんなこと言ってなかったけど…」
「だろうな、発現条件も奴の干渉を抜けるために複雑奇怪、ナバールについてもあいつの力は特殊故、馬鹿力しか見えないだろうからな…」
自分で因子を作っておきながらおどけた口調だったが、その目は真剣なままだった。
「意識下での会話故現実時間とは関連しないが、この会話が終わった時お前はイベルタル因子に覚醒することになる。力に箔が付くこと以外は目覚めたお前次第だが、お前の心に思い描いた夢を叶える力になってくれるはずだ」
「夢を叶える、力…」
医者になること、あるいは越えられない高い壁を越えて手が届くような力…
越えられない壁や戦いの中で考えてきたはずなのにぼんやりと薄れかけていた夢、それを再認識した時、意識が少しずつ鮮明になってきた。
「そろそろ時間か、最後にこれだけは聞いてくれ、君に戦いを強制する気はないしできないが、俺は救済や罰といった本来の死とはかけ離れた死、つまりゼルネアスの暴虐によって命を奪われるポケモンを一匹でも多く死なせたくないと思っている。もし君が俺の考えに少しでも思うところがあるのなら、この世界の命を救ってほしい」
黒い風は優しく、そして力強く僕の意識を元に戻していった…
爆炎の中に倒れていた体をゆっくりと動かしていく。指も、腕も、体も全部動く。システムもトリアージもオールグリーンって感じだ。
起き上がって炎の中で立ち上がると、少し足がおぼつかない。
「コバルト…?コバルトが生きてた!」
遠くからレガータの喚起する黄色い声、腕を振って飛沫で炎を消した時、手の形状が変わっていることに気づいた。
貝殻の白いアームガードにマウントされたアシガタナ、頬を触ると長くなったマズルに貝殻の白兜…
「僕は、ダイケンキに進化していたのか…?」
「………、………………………!?」
驚いた様子の直後にカミツルギは左腕の刃先を構えて突進して来た。だがフタチマルの頃と違って奴の動きがとても遅くなっている。
「いや違う、僕の動体視力、そしてスピード自体が上昇してるんだ…!」
刺突を横に逸れながら回避、右腕から半回転するように動いたアシガタナを掴んで振りぬく。
僕自身でも視認が怪しい速度でカミツルギの左腕が宙を舞って地面に落ちていた。しかもそれを認識した時点で納刀まで僕は終えてしまっている。
鋼タイプらしい体を絹ごし豆腐同然に切り裂く攻撃力と、尋常じゃない程のスピードを手に入れたのか…?
「コバルト、さらに強くなってる!すごいよ」
「ありがとう、でもここじゃ危ないからレガータも早くみんなの所へ…!」
駆け寄るレガータを安全な場所へ避難させる方法を考えた時、カミツルギが右腕一本でサイコカッターを放ってきてること、そしてさっきの爆発物も遠くから飛来してくるのが分かった。
とは言ってもレガータを守りながらアシガタナで捌くのは困難、せめてナバール達みたいな悪タイプなら無傷で防げるのに…!
両腕をクロスさせてアーマーで防ごうとしたのとサイコカッターが直撃したのは同時、だがサイコカッターは水に触れた飴細工同然に消えてなくなった。
その事実に内心驚きつつもハイドロポンプで爆発物を迎撃、さっきまでに比べると体が重く感じながらもハイドロポンプを振り回して全弾迎撃することに成功した。
今度は物理耐久と特殊攻撃が上昇して、代わりにスピードが落ちたのか…?
聖なる剣を右腕のアームガードで受けた時、手の甲の貝殻が砕けた。流石に限界か…!
左腕で右腕のアシガタナを逆手に抜き放って返すアシガタナで袈裟に切り裂き、さらに切り上げる。
カミツルギはギリギリで後退したため両断とはいかなかったが二撃与えた。
「……、…………………!」
距離を取ったカミツルギだったが、なぜか傷口に刺さっていた棘に苦しみだしてそのまま地面に落ちて死んだ。
「スピードは戻って剣戟速度もさっきぐらい、そして僕の攻撃で棘…?」
「…うそ、噓だよね………!?」
「レガータ、僕がどうかした!?」
悲鳴を挙げて逃げ出したレガータに困惑しながら、ふとアシガタナを見ると刀身が黒くなっていた。アームガードも兜も黒くなっていて、貝殻が直り始めた右手の甲には【Y】の形の痕ができていた…
「…なんで、僕が、絶滅したはずのヒスイ種になってるんだ…?」
ダイケンキヒスイ種、大戦前に絶滅したダイケンキの近親種族で、七支刀を思わせる攻撃的なアシガタナと黒い貝殻の甲冑、そして最大の特徴に悪タイプが追加されていること…
だがその種族は狡猾で残虐だったという言い伝えからダイケンキ族の間ではタブー的存在だったのにどうして僕がヒスイ種に…
「さっきまで普通のダイケンキだったのにどうして急にこんな姿になってるんだ…!?」
ヒスイのアシガタナを落として必死に戻ってくれと願っていると、アームガードの色が薄くなり、本来の白に戻っていった…
「ハハハ、なんだ、僕が疲れて幻覚見てただけか…」
気のせいだったことに安堵しつつふと両腕を見ると、両腕にアシガタナはしっかりマウントされていて、本来ダイケンキでは所持できないはずの3本目になるヒスイのアシガタナと右手の甲に付いているYの痕が現実だと僕を嘲笑っていた…
本部の地下のロックを解除して秘密の保管庫に到着、シャッターを開けるとバイクに似た形状の赤いマシンが格納されている。
バイクには似てるが性能の方はある種の戦略兵器になりうるけどな。
スティック型の起動キーを差し込んでマシンを起動。1からロストテクノロジーを組み立てた俺たちと違って0からロストする前のテクノロジーを作ったニンゲンってのは、技術だけで言えば並のポケモンよりすごいかもしれない。
「寄せ集めパーツから俺が作ったビークル、紅蓮一色もいよいよ初陣だな…!」
スロットルを回してエンジンの起動を確認、ワイヤークローと奥の手は未確認だか基本システムには異常ナシ。
「この紅蓮一色こそが、俺たちの反撃の始まりだ!」
フルスロットルで急発進、走り回るフェローチェを轢き潰しながらUBを倒すため戦場となったエンジュを疾走する。
ビークルの速度を上乗せした勢いでソードメイスを振り回してマッシブーンを粉砕しつつ、投げつけて金平糖頭を串刺しにしてから回収。
「ちょっとは減ってきたような、そこにもいやがったか!」
ハンドルのトリガーを作動させると前輪に装着されたワイヤークローが射出。空中浮遊中だったウツロイドに勢い良くクローの先端が突き刺さり、撃墜する。
「移動補助に付けてみたけど、攻撃にも使えて案外便利だな…!」
試運転でツーリングしたかのような軽い感覚で周囲のUBを一掃できたことに驚きと自作故の達成感を感じつつも、遠くに奇妙な動きのポケモンがいた。
「あのダイケンキ、まさかコバルトが進化したのか…?」
状況整理が落ち着いたら軽くお祝いの言葉をかけるか、なんて軽く考えていたが、突如コバルトと思われるダイケンキのアーマーが黒くなり、また白に戻ったりを不規則に繰り返していた…
黒い装甲を持つ悪タイプのダイケンキがかつて生息していたことは知っている。
だが通常のダイケンキとヒスイのダイケンキを切り替えられる個体なんて聞いたことはない。
可能性は低いが一つ、俺の左胸にあるYの痕と同じようにあいつの体にこれがあれば…
「なんて言ってる場合じゃあないか、一旦フォローしてまずはUB全部倒さねぇとな!」
携帯電話を開いて5を3回入力、短縮であいつの携帯電話に繋がるはずだ…
「やっぱ、やっぱりおかしいよ、なんで僕の身体ヒスイ種になったり戻ったりするのかな…?」
何度か試してみたけど僕の意思のような無意識のような間隔で切り替わっていく。
ヒスイ種の力を持ってるということは普通のダイケンキではいられないという不安、レガータに怖がられた悲しさ、僕のものとは思えないような力への恐怖、その他諸々こみ上げてくるマイナスの感情…
突然鳴り響く音に一瞬ビクッとしたけど、それが携帯電話の着信音だと気づいて電話に出る。
「コバルト、そっちは大丈夫か?」
力強くてどこか優しい声、ナバールの声も今は罪悪感が邪魔して聞くのも辛いレベル…
「うん、大丈夫…」
「そうか、怪我とか大丈夫か?体不調とか…」
「うん、怪我とかはないし、一応大丈夫、だよ。多分ね…」
無意識に出てしまった言葉を少し悔やみつつ、少し間の開いた返答が来るまで携帯電話を持った右手が震えていた。
「そうか、だったらちょっと休みな。その後じっくり話し合ってコバルトがどうしたいか、今後のこと調整しようぜ」
「…!」
訳ありなのはバレてはしまったけど、それでも否定されなかっただけでも嬉しかった…
「とは言ってもこの防衛戦にケリ付けてからにはなるけどな、今はまだ戦力にカウントしてもいいよな?」
優しさから一変して好戦的かつ悪そうな声に変わったのを聞くと、今は頑張ろうって気分になれて少しだけ気分も楽になった気がする。
「うん、僕も頑張る…!」
「大物頼んで悪いがそっちの竹の子雛飾り倒してくれ!雑魚は俺が倒す!」
曇り空の隙間から月明かりが差し込んできたような心でOK、とだけ呟いて通話を切った。
拾い上げたヒスイの黒いアシガタナを両手に構える。
残虐なヒスイ種故にアシガタナも実戦で敵を傷つけるには一番適している、竹の子雛飾りってネーミングに内心笑いつつ、テッカグヤなんて名前を爆撃してきたUBに名付けて速すぎる足を活かして急接近した。
テッカグヤのビーム攻撃を躱しながら道中のUBを斬り捨てて接近を続ける。
火力もスピードも時々切り替わるようだがフタチマルの頃とは比べ物にならない程強くなっている。
「これが、お前たちUBを倒す力…」
テッカグヤの体をヒスイのアシガタナで滅多斬りにしながら、爆撃を破片で相殺しながらアシガタナを投げつけて距離を置く。
この距離なら投擲が適した間合いだが、アシガタナよりホタチがあれば…!
「!」
いつの間にか両手に持っていた二つのホタチを投擲して両腕に突き刺し、通常のアシガタナを抜いてクロスさせながら斬り付けた。
「………!」
テッカグヤが何か小さく叫ぶと共に、ソーラービームのような高出力のビームを放とうとしてきた。反撃も回避もなかったのはチャージ時間か…
咄嗟にハイドロポンプを放ってジェット噴射の様にするとともに、水の反射を活かしてビームの軌道を変えて離脱。
一瞬遅れた的外れな大出力ビームが空の雲を突き抜けていた。
「どうにか直撃は避けたけど、得物全部使っちゃったか…」
ヒスイアシガタナ、アシガタナ、ホタチを2つずつ使い切って実質丸腰。何か鉄パイプか長ネギでも落ちていないか探した時、足元にカミツルギの左腕が転がっていた。さっき斬り落としたやつか…?
とりあえず刃物刃物と割り切って握ったとき、刃先が伸びて全体的に大きくなり、赤黒い両刃の大剣へと姿を変えていた。
「フレースヴェルグ…!」
名前どころか存在も知らなかったのに無意識にそう呼んでいた。
右手で構えると闘いの意思が強くなっていく。奴はこの場で倒してやる…!
高速で接近しながら攻撃を回避、至近距離の爆発はジャンプで回避すると同時に体を横回転しながら力を溜めて上段にフレースヴェルグを構える。
「はああっ!!」
渾身の力で振り下ろし、テッカグヤを文字通り唐竹割りにした。
「ヒスイ種と原種に本来使わないはずのホタチ、挙げ句の果てに存在も知らなかったのに名前は知ってて突然変化する大剣…」
戦いを終えた時には戻っていたカミツルギの腕を持ったまま、ナバールが来るまで呆然と立ち尽くしていた…
エンジュを狙った襲撃への防衛戦から一夜、警戒態勢を強めていたがUBは来なかったため一旦通常の警戒態勢に戻しておく。
被害状況はそこそこ深刻だが、犠牲者ゼロで切り抜けられたのはマリンやシャウト、何よりコバルトの活躍による所は大きいだろう。
とりあえず団長としての仕事兼約束を守るため、コバルトが休んでいる部屋のドアを叩く。
「コバルト、ゆっくり話し合うって約束、今から守ってもいいか?」
数秒の沈黙の後、小さくどうぞと聞こえたのを聞いてドアを開ける。
「お疲れ様、ちょうどソクノの実の缶詰め手に入ったんだが味は好みだったか?」
「ありがとう、美味しかった…」
メンタル的に辛い時は食が細ってないか心配だったが、体が大きくなったことで別の意味で問題なかったらしい。
マリンほど高度な診察もできないが、ざっと見た感じ体調不良はなさそうだ。
「レガータも元気そうだがお前のこと心配してる、無理にとは言わんがトラブルの解決はお早めにってマリンからアドバイスあったぜ」
「そっか、元気そうか…」
落ち込んでいた表情が少し緩んだのが見えた。こんな時代だからこそ、ジョセフとシーザーみたいになっては可哀想ってのは俺も思う。
コバルトも少し元気になったところでそろそろ本題に移るか…
「なんか体に異変があったみたいだが、先に一つだけ確認させてくれ。お前の体のどこかにYの形の痕が浮かび上がってないか?」
俺の左胸に浮かんでいるYを見せながら尋ねると、コバルトはゆっくりと右手のアームガードを外した。
「進化した時、右手にこんなのが…」
サイズや場所は違うが形状からして因子によるものと見て間違いない。
「やっぱイベルタル因子発言してたか、その痕自体は見ての通り俺もあるからそこまで気にしなくていいぜ」
「…じゃあ夢の中にイベルタルが現れたのも?」
「思いっきり発現した証拠だな、俺もあいつと色々話した」
「ってことはまさかナバールも…」
「痕見たら気付け、とは言えないか。俺の力はそう簡単に使えないし…」
「力、なんかみんなが魔法とか言ってるやつ?」
「多分そうだな、種族値が一定数まで底上げされることによる身体強化、そしてそれぞれ固有の能力のようなものがあるんだが、何か変化とかなかったか…?」
「変化、ダイケンキには進化したけど、他は、特に…」
目が泳いでいる、明らかに隠そうと無理してるな…
極力怖がらせないように注意しながらそっとしゃがんで目線を合わせる。
「未知の力が怖いってのはよく分かる、承太郎だって留置場籠ったぐらいだからな、だからこそ力を知っておくことが大事なんだぜ、使いこなすためにも安全に付き合うためにも」
泳いでいた目が少し丸くなって、ほんの少し潤み始めた。
「俺みたいなバケモノ能力持ちだってこうして団長やれてるんだ、力そのものを恐れなくても大丈夫だからな…」
そっとマズルを撫でると小さな嗚咽が聞こえてきた…
「…なるほど、ステータスの大幅強化にヒスイの姿への切り替え、あとは剣を合計7本使えるようになったのが力なのか」
「うん…」
「俺のとは全然違うがイベルタル因子で目覚めたと見て問題なさそうだな、ステータスの強化ってパッシブ的なのかあるいは状況に応じて割り振られてる感じなのか、その辺は分かるか?」
「CとB上がった時S下がったから、多分スライド式…」
「しっかり分析してる辺り医者の素質十分って感じだな、剣が7本というとアシガタナ7本とか?」
「…アシガタナは2本、あとヒスイのアシガタナが2本と本来使わないはずのホタチも2本、それとフレースヴェルグ…」
「…なんだよ最後の格好いい名前の剣!?」
「…剣全部使い切った時、カミツルギの腕を持ったら変化した大型剣。戦いが終わったら戻っちゃったけど」
「モーフィング機能付きの武器、緊急時の予備兵装にしちゃ大型らしいし、どっちかというと必殺武器か…?」
思ってたより戦闘向きの能力らしい、これならコバルトが怯えるのも無理ないな…
「…確かにステータス調整強化に武器のバックアップ、初見でそんだけ戦闘特化ならビビっても無理ないからあんま気にするなよ、というか俺の能力より格好いいから自信もっていいぜ」
「…格好いい?ヒスイ種のダイケンキが?」
「俺はあの黒兜に黒刀の出で立ちも確実に相手を削るクレバーな戦い方も好みなんだよな、…いや俺ホモじゃないからな?」
慣れない冗談でおどけてはみたけど、格好いいって言葉に反応してくれる辺りコバルトも雄で助かった。
「そしてお前はあの子を守るために出来ることやってみて結果的に助けられただろ?」
「でも、レガータには怖がられちゃったし…」
「怖がられただけで済んだんだよ、少なくともお前が頑張ってなければ怖がることもできずに墓の下だろ?だったらまずは助けられたこと自体に胸張るべきだぜ、お疲れさん、覚醒の騎士」
軽く頭を撫でてみる。マリンがよく俺にやるんだがこれ効くんだろうか?
「なんか、ありがとうございます、団長…」
「オイオイ急にかしこまるなよ?なんか堅苦しいから勘弁してくれな?」
「うん、でもお礼ちゃんと言いたくって…」
「…そういう真面目なとこもお前の長所だよ、それとしばらくは防衛以外での戦闘は避けて、医療とか一般的な仕事を担当してくれるか?」
「急にどうして?僕戦えるよ…?」
「コバルト自身から力への恐怖がなくなるまで戦闘は危険だし無理するなって話だ、幸い他の仕事はたっぷりあるからサボりたいなら諦めろよ?」
「…そっか、ありがとう」
「まぁ本当にしんどい時は俺かマリンに応相談、ってことで休憩終わったらユエの看病を頼む。なかなか目を覚まさないし、そろそろマリンも休憩入るからな」
「…分かった、了解!」
根本的な解決になったかは分からないが、声に元気が戻りつつあるのを聞いて一匹安心して部屋を出た。
一通り各作業の状況整理を済ませて団長室に戻る。
被害は大きかったが犠牲がなかったのがせめてもの救い、どうにか士気も落ちずに維持できてるだけでも贅沢は言えない。
だが、この状態では一か月も持たない。この状況は一か八か攻勢をかけるべきか、それとも物資の調達を優先してもう少し情報や戦力を集めるべきか…
コバルトを一時的に戦線離脱させたのは、メンタル不調が原因で上手く戦えず再起不能になるリスクを避けるのもあるが、襲撃をするなら必要ピースなのも事実。
眠気はないが気疲れでソファーに横になる。
「どう動くべきか決め手に欠けるのも現実だがターン延長もできないのが現実…」
「お疲れ様、コバルトの様子どうだった?」
「マリンか、看病と診察お疲れだな。あいつは戦闘以外の要員に回すことにした」
「やっぱ因子に慣れなくて不調そうなの?」
「不調というより不安だろう、時間薬で治ってくれるとは思うが今戦闘に出すには危ない…」
「なるほどね、そう考えるとナバールはやっぱりタフだよね」
ソファーが二匹分の重さに少しきしんだ音を立てる。
「実際はピンチとアドリブの連続だがその点で言えばタフだし、これからも大丈夫…」
「ナバール…」
「…いや、ずっと不安だな、俺たちだけが生き残って月下団始めたあの時から今も…」
「…やっと言えたね」
喋っている口を吐息と密着するぬくもりで塞がれた。
閉じようとした牙をすり抜けるように入り込んで来た舌を追い返そうとしたが、無意識に絡み合わせていた。
互いの歯や牙に触れ唾液が混じり合う、普通なら嫌悪感の塊みたいな行為も今この瞬間は何故か不快感どころかある種の幸福感すらあって…
酸欠になりかけて口を離すと唾液が糸の様に繋がっていた…
「…やっと弱音を吐けたご褒美、時には誰かを頼るのも団長には必要なスキルだからね」
「だからって強引すぎんだろ、悪くはなかったけどよ…」
「そういうとこが成長、一緒にいると感覚麻痺るけどやっぱり立派になってるよね…」
お互い起き上がった時の距離感も30㎝をいつの間にか切っていた。なんか成長も嬉しいようなマリンにこうして言われると照れくさいような…
「仕事は頼んでも頼るとこまでは行けてなかったかもな、決戦近い中で成長イベントはありがたいけどな…」
「やっぱり決戦は近いの?」
「ゼルネアスを倒して因縁の決着付けるにせよ物資を集めて盤石にするにせよ、な…」
「そっか…」
マリンは俺の胸に手を当てて頬を摺り寄せてくる。
「絶対勝てよ団長、みんなのために。そして勝とうね、一緒に戦ってあいつを倒して…!」
「俺は月下団団長、当たり前だ…いや、よろしく頼むぜ」
擦り寄るぬくもりをそっと抱きしめると俺の背中に両腕が回される。
このままぬくもりに溺れて…
「ナバール!例のお客様はそろそろご到着らしいぜ、って何してんだ?」
「シャウトか、仮眠だよ仮眠、黒い毛布でくるまってるだけ、で…?」
「黒い毛布?お前なんもかけてないが蹴とばしたのか?」
ノックなしに入ってきたシャウトに苦し紛れの言い訳をしたはずが、マリンの姿はどこにもない。
抱き着かれてる感覚はあるが、そっか、そういうことか…
「暑くて戻したんだった、どうやら寝ぼけてるらしいな、ハハハ…」
「オイオイしっかりしてくれよ?」
「だから仮眠して立て直すんだろ、何かあれば今度はノックして起こしてくれ」
「へいへい…」
「ドキドキしたね、でも素っ頓狂な言い訳するとこちょっと可愛かったかも」
「イリュージョン使えるなら俺も隠してくれよ…」
「あそっか、最初からそうすればよかったね、ごめんごめん!」
「あのなぁ…」
「たまには気分緩めなきゃね、私も今休憩だし仮眠しようかな」
「だな、眠れるときに眠るに限る…」
…結局お前も同じソファーで寝るのな、男は床で寝ろとか言われないだけマシだが。
「ルトガー…」
「…格好いい名前だがそんな団員いたか?」
「男の子の名前考えてみたよ、女の子はまだ考え中だけどナバールなんかいい案ない?」
「まだタマゴは作らねーよ!」
ナバールに頼まれた通り看病のために離れのドアを開ける。
ベッドの傍にはついさっき飾られたらしい一輪挿しと見慣れた背中。
「レガータ、どうしてここに…」
「コバルト…」
花瓶の水を入れ替えてたのを見る限り看病の交代の繋ぎか、それより看病しているかのどっちかか…
「体温や脈、心拍数も一応安定はしているけどなかなか目を覚まさないな…」
襲撃から時間も経って数値の方も問題ないし目を覚ましてもおかしくないはずなのに、何が原因なんだろう?
「コバルト…」
「レガータ、どうかした…?」
「…この前は逃げちゃったりして、ごめんね」
「それはいいよ、こっちこそ怖がらせちゃったし…」
「ダイケンキに進化したの、それはおめでとうだよね…!」
「…うん、そうだね。ありがとう…」
レガータと仲直りできたのは一応は良かった。
ただイベルタル因子のことやヒスイ種へのフォルムチェンジのことは知らないらしいし言うタイミングも逃してしまった。
僕ですら正直不安だらけなのに、それをレガータに上手く説明できたとしてそこから理解してもらえるような未来がそもそも想像できない。
この前の攻防戦からずっとこんな感じでナバールに戦闘要員から外されたのもきっと…
闇雲に色んなことが不安になったり怖くなったりで膝を抱えたくなるのが現状。
有名アーティストクワッスことハイネなら「違う、そこは笑うトコロ」とか歌ってそうな…
「あれ、新入り君と、オシャマリちゃん…?」
「良かった、ユエさんが起きた!」
さっきまで眠っていたはずのユエさんが目をぱっちり開けて、不思議の具現化みたいな顔で周囲を見回している。
「体温や脈、心拍数も正常、レガータは団長とマリンさん呼んできて!」
「分かった!みんな、ユエさんが目を覚ましたよ…!」
嬉しそうに叫ぶレガータの声がだんだん遠くなっていった。
「新入り君、知らないうちにダイケンキに進化したんだ。おめでとう」
「あぁ、ありがとう、ございます…」
目を覚ましても不思議な感じのする言動の方も健在だったらしい。
「あれ、なんか今まで感じなかった同じオーラ…?」
「同じオーラ、ですか?」
「…もしかしてヒスイの姿になれるの?あるいは悪テラスだったとか?」
「ゑ?テラス?」
「君から悪タイプの安心するオーラを感じる、でも君は普通のダイケンキっぽいし、テラスタルも知らないなら、ヒスイの姿の線が有力…」
不思議キャラあるあるの鋭い洞察力を駆使してユエさんはベッドの上から逆に僕を診察していく。
「君、右手にYの痕あるよね?」
「右手、そんなのあったっけな…?」
「はぐらかさないで、あっても問題ないから正直に答えて」
「はい、あります…」
突然の真剣モードに気圧されてつい本当のことを言ってしまった…
「なるほど、団長と同じ因子持ちのエース枠か…」
「…?」
マイナスの反応されなかっただけありがたいが、その次の答えの予測がまるでできない…
「じゃあ今日から新入り君改めて副団長就任、だね」
「…はい?」
「月下団に副団長いなかったし、因子持ちの君が入るのがピッタリ、こふっ…」
団長もびっくりな任命をしながら咳き込む手に赤い水玉ができていた…
「ユエさん⁉内蔵器官にダメージが…?」
「…大丈夫、襲われた時からお迎えが近かったけど、どうにか悪あがきする力は回復できたから…」
「お迎えって、そんな…」
「ゼルネアスに襲われて生きて帰って来られただけでも贅沢言えない…」
「マリンさんならどうにかできるかもしれないし、僕だってマニュアル見ながらならなんとか…」
必死にマニュアルのページをめくっていく僕の手をそっと止めて優しい表情で僕に首を横に振って見せた。
「私は月下団に勝って世界を救ってほしいから、延命治療よりタロットカード、そこの引き出しに入ってるから、取って…」
「タロットカード、ですか?」
タロットカードで何を占うというんだろう?あ、あった…
「私の占い、よく当たるよ?戦いが近いという危険は察知してるけど、どう動くかの情報がみんなには必要だから…」
さらに咳き込みながらも22枚のカードを取り出してシャッフルとカットを繰り返して並べていく。
「副団長、メモの準備、できた…?」
「携帯電話の録音機能で良ければすぐできます」
「それ一番いいね、じゃあ要点だけ伝えるから…」
深呼吸をしてユエさんは並べたカードを一気ににめくった。
「敵の状況は皇帝の逆位置、ワンポケ政策と慢心状態と推測、こちらの未来は戦車の正位置、つまりこのタイミングで攻勢を開始するのが吉…」
カラフルな絵柄を見てあんなことが分かるなんて…
「そして月下団への行動のアドバイスは正位置の愚者、攻撃はフリーダムにかけろ、つまりストライクフリーダム…」
そこまで言ってベッドに倒れ込んでしまった…
「ユエさん、しっかり…!」
「とりあえず月下団への占いは完了、でもあと一つ占ってあげなきゃ…」
ユエさん自身が言うように、本当にお迎えが近いのかもしれない。諦めたくないけど願いを聞いてあげたくなった…
「使ったカードそのままでいいからデッキを取って…」
「どうぞ…」
「ありがとう、簡単で悪いけど副団長を占ってあげたかったの、悩み事あるんでしょ?」
「気持ち、嬉しいですけど僕は別に…」
「顔に書いてるよ、よく聞いててね…!」
デッキの一番上のカードを爪で弾くと、ベッドの縁に一枚のカードが半分引っかかった状態で止まる。
「なんの、カード…?」
「THE MOON、月のカードです、こっち向いてます!」
「そっか、やっぱり君、迷いの中にいるんだね。因子のことで不安とか…?」
「はい…」
「技の逆鱗と一緒で使いこなせない強すぎる力って怖いからね…」
「確かに似てるかも、とりあえずカードをベッドに載せて、おっと…!」
半分せり出したカードをベッドに載せようと手を触れた時、月のカードは床に落ちて上下逆になっていた…
「落ちちゃった、カードの向きはどんな感じ…?」
「えっと、さっきと違って上下逆です…」
その答えに弱っていく表情が明るくなった。
「そっか、月の逆位置は迷いから晴れて明るい方に動く暗示。つまり君の行動が君自身を救うことになるんだよ…」
さかさまって悪い意味だと思ってた不安の中の僕には衝撃的すぎる。
「そう、なんですか…?」
「これだけは忘れないで、どんなに不安で怖い時でも、最後まで君を救えるのは君自身。夢を叶えるのも未来を切り開くのも君が勇気を出して一歩踏み出すかどうかだよ…」
「ユエさん…」
「大丈夫、私の占い当たるから、安心し、て…」
「ユエさん!」
ドアが開いてみんなが入ってきたとき、僕に一枚のカードを渡してユエさんはそっと目を閉じた。
体温や脈、心拍数を何度見ても、静かになってしまっていた。
渡されたカードを開くとカップの9というカードだった。
後で調べてみたら「ウィッシュカード」と呼ばれる願いが叶うことを暗示するカードだった…
眠っているような穏やかな表情だった。
苦しまなかったのは幸せかもしれないけど、何も出来なかったことや僕だけに告げられたアドバイスを前に、弔いの最中でもヴァイルとやレガータほど涙は流れなかった…
「大事な仲間が、また殺されたのか、俺のせいで…」
ナバールは泣いてこそいないが、怒りとも悲しみともとれる表情を浮かべて歯ぎしりしていた…
「ナバールのせいじゃないよ、悪いのは全部ゼルネアスのせいだってユエさんも言ってたから…」
「そうだな、扇動にはその方が都合もいいか…」
扇動?ナバールは一体何をしようとしてるんだろう…?
「辛い状況だがここが踏ん張りどころだ。シャウトとヴァイルは終わったら整備を頼む、レガータは二匹のお手伝いを。コバルトはエンジュ中のみんなを本部前に集めてくれ。マリンは俺と来てくれ」
何が起こるか分からないけど、とりあえずナバールの指示で全員が動き出した…
想定外の事態だ。
かつて俺とマリンだけが生き残った時に死別なんて慣れていたと思っていたが全然だった…
正直みんなで一週間ぐらい喪に服したいぐらいに落ち込んではいるが、ユエはそれを許さないどころか、決戦の時が近いことを教えていた。
留まるよりも決戦を挑むべき絶好の好機、ならば仕込みを仕上げて一撃必殺を狙うまで…!
「ユエ、お前が拓いた突破口、無駄ではなかった!」
「月下団の団員、及びエンジュに生きる仲間たちよ!」
ユエさんをささやかに弔ってから数時間後の夕方、ナバールの指示で本部前に全員が集められていた。
僕もちゃんとは知らないけど、ナバールの言動を見る限り何か大規模な連絡かもしれない…?
「先日はついにUBの魔の手がこのエンジュを襲い、今し方尊い命がまた一つ奪われた!」
周囲も落ち込むような雰囲気に包まれ、所々から悲嘆の声も聞こえる。無理もないよね…
「俺は悲しい…」
ナバールも悲しんでるし、これはみんなで黙禱を捧げる会なのかな…
「差別と虐殺、振りかざされる強者の詭弁、歪んだまま垂れ流される偽りの真実。それらの行く末にあるのが今も繰り返される惨劇であり、尊い命が一つ奪われた紛れもない事実だ!」
…うん?
「一つの命とて我らの大切な仲間の命、だが邪神ゼルネアスは我が身の都合一つで力と思想を振りかざし、今も世界中で罪のないポケモン達という同じ仲間の命が奪われ続けている!」
エンジュ全体が驚きに包まれる。まさかナバールのこれって…
「我々の願いが【全てのポケモン達が平和に暮らせる世界】であるならば、一つの命が危険に脅かされたとき、それに反対の声を挙げ、いかに強きものが相手でも反逆することは仲間として当然のことだ」
一瞬の同意ののち、高まりかけた興奮は静まった。
「…皆の考えは痛いほど分かっている、先陣を切ることには多くの不安や恐怖があり迂闊な行動はできないと。だからこそ、我々月下団が立ち上がらなければならなかった!!」
僕含めて驚く群衆に間髪入れず、さらにナバールは続ける。
「邪神ゼルネアスが平和と命を脅かし続ける限り、我々は戦い続ける。そして邪神ゼルネアスを倒し真の平和を奪い返すことをここに宣言する!」
叫ぶと同時に両手を広げたナバールの宣言に群衆から歓声が飛び交った。そうか、みんなは事実を詳しく知らなかったから…!
「我らが先陣を切る限りもはや恐れることは何もない、全力で後ろ盾となろう!ならば、今こそ平和への思いを叫ぶ時だ!邪神ゼルネアスの洗脳にかけられたポケモン達の目を覚まし救い出せ!我らの持つべき平和、今こそ取り返すぞ!!」
渾身の叫びの後、群衆の中から小さく声が聞こえ始めた。
「オール ハイル ナバール! オール ハイル ナバール!」
「「「オール ハイル ナバール!! オール ハイル ナバール!!」」」
万雷の如き歓声に包まれて本部に戻るナバールは、どこか悪タイプらしいドヤ顔にも見えた…
「お疲れ様、プロパガンダは初めてか?」
夕日が沈み、興奮状態がエンジュに万遍なく広がった頃、マリンさんが話しかけてきた。
「プロパガンダ…?」
「別に噓はついてないし、ちょっと皆が感じる不安を考えさせてから希望を提示してできる範囲の協力を促しただけだ。ナバールだって伊達に団長やってないだろう?」
「まぁ、メンバー管理とか結構上手いとは思ってたけど…」
「噓も強制もなく、ただ第一歩を踏み出せるかどうかがすべての鍵さ。さっきも私がコールしたらみんな便乗してきただろう?」
「確かにユエさんにもそんなこと言われたけど、ってさっきのコールマリンさんが⁉」
「綺麗な桜が咲いただろ?そろそろ整備に戻るよ」
「これが団長お手製ビークル紅蓮一色か、ワイヤークロー以外は案外モトトカゲっぽいな?」
「ニンゲンのロストテクノロジーの中にあったバイクって二輪車をモデルに作ってるからな」
「にしても何なのレーザーポインターを使った熱線兵器アイデアって、ちょっと面白すぎるんだけど⁉」
「それが回路接続上手くいったら別の意味で面白い兵装になりそうなんだよねぇ、こっちで開発中のアルプトラオムフランメと基本システムは同じみたいだし」
医薬品の整理を手伝いながらナバールが新型ビークルの調整で話しているのを聞いていると、聞き慣れない声がした。
「新しいアイデアにハッピーバースデー!」
「少し上陸に手間取ったがどうにか間に合ったらしいな」
さらに二つの知らない声に驚いて顔を上げると。本当に知らないポケモンが3匹いた。
若いブラッキーに物凄くいかつそうなサザンドラ、それに白衣を着たマスカーニャ…?
「間に合ったようだな、邪神がコガネに棲みついたせいで散らかってて悪いがジョウトにようこそ」
「初めましてナバール、君の噂はよく耳にするし社員たちのモチベ維持に助かってるよ」
「こちらこそバース、君が扱うアンブレオン社製品は俺たちの活動には大助かりだ」
「…あの携帯電話か、試作機ながら有効活用してくれてるおかげでいいデータが取れてるよ」
僕とナバールの持ってる携帯電話について話しながら、ナバールはバースと呼ばれたブラッキーと握手を交わした。
「みんなにも駆けつけてくれた仲間たちを紹介する、バースはニンゲンの使っていたロストテクノロジー製品を扱う唯一の企業アンブレオン社の社長兼開発者、誕生日を祝うのが趣味の実業家だ。白衣着てる彼女がマルジャーリ、バースの秘書兼アンブレオン社専属開発スタッフでマジックの域に近い技術力だ。そしてあのサザンドラがナタク…」
「サントロンだ」
ナタクと呼ばれたサザンドラは本名で訂正してきたがわりとまんざらでもなさそうだった。
「ナタクは俺とマリンだけが生き残った頃、月下団設立まで戦闘や指揮のノウハウとか必要知識を叩き込んでくれた師匠同然ってとこだ、本職は傭兵で今はイッシュでレジスタンスやってる」
月下団メンバーでもあまり知られてなかった情報らしく、シャウトですら驚いた様子だった。
「そんな訳で色々ロストテクノロジーの開発してるんだけど、彼の考えた熱線兵器はレーザーと電磁波による生物への攻撃特化にできそうだし、今開発中の光学兵装と違った使い道できそうで面白そうなんだよねぇ…」
「マジで⁉」
有識者に認められたことに驚くヴァイルを他所にマルジャーリと呼ばれたマスカーニャはアタッシュケースを開く。
「しっかし月下団はボーイズアイドル事務所かってぐらい美形揃いだよね、団長はイケメン、その隣もイケメン、一匹飛ばしてショタ顔の君も結構イケメン…」
「ん?マリンは雌だぞ?」
「ナバールは絶対あげないからね泥棒猫…!」
「オイ俺様飛ばすんじゃねーよ!!」
僕、ショタ顔なのかな…?
でも飛ばされたシャウトよりはイケメンってことで、えへへ…
「はいこれ、イッシュ土産の通信セット、作業これから始めるから先渡すけどスペック超上がるよ」
片耳に付けるタイプの機械らしいが色々アタッチメント交換で様々なポケモンが着けられるようになっていた。
僕は白兜の中に入れて装着するしナバールは左耳ピアスみたいになってる。
色んなポケモンが分け隔てなく使える機構ってのもある意味すごいな…
「ねぇ、こんなので本当に戦闘力上がる訳?」
「上がんないよ?」
「はぁ⁉」
若干キレ気味なヴァイルにマルジャーリはしょうがないわね、みたいな顔で微笑んで見せた。
「連携力が上がるの」
「強襲ってのは少しでも早い方がいい、今夜には整備を終えて明日夜が決戦だな」
「行動早いね…⁉」
「俺もそう思う」
まさかのナバール自身からの同意に磨いて並べていた弾薬を落としそうになった。団長が団長の決断に驚いて大丈夫か…⁉
「けど俺たちにも早いってことはその分ゼルネアスの想定より早く仕掛けられるってことだ、今日の行動だけで考えても気づかれるのは時間の問題、だったら気づかれる前に先に叩く」
「なるほど…」
今日だけでもナバールの団長としての才能みたいなのが色々見えた気がする。
演説でみんなの心を掴んだり、協力者を集めたり、敵の行動を予測して裏をかいたり…
普段陽気に見えても色々考えてたんだろう…
「そういやテレビ放送も全地方に整備したんだっけ?」
「そうそう、ジョウトは早かったけどホウエンの整備に手間取ってね」
「宣伝にも情報拡散にも使えるし、会長的には期待の製品だろ?」
「そうだよ、情報拡散や宣伝、欲望や繋がりの誕生を促す機械だ、ハッピーバースデー!」
ナバールやバースさんとやらは何やらアルプトラオムフランメより大きなものを作ろうとしている。一晩で戦車でも作るのかな?
「コバルト君だっけ、そっちに置いてるラチェットレンチ取ってくれる?」
「ラチェットレンチ、これですか?」
「そうそう、アルプトラオムフランメの調整もするけど一応ソードメイスもメンテしとかなきゃね」
ナバールのソードメイスってそんな分解整備できたのかな…?
「マルジャーリさん、でしたっけ?こんなタイミングで聞くのも変な話ですけど何で実体武器を多く用意してるんですか?ナバールのソードメイスといいこの弾薬や銃火器といい…」
「あぁそれね、ソードメイスはUBとの直接接触を避けるためってのが大きいだろうけど、今回は弱点突くためじゃない?」
「弱点、ですか?」
「ゼルネアスの弱点は毒と鋼、だったら両方突いてあげなきゃ失礼だし武器だって金属製で用意するっきゃないでしょ?」
「なるほど…」
だとしたら僕のアシガタナも金属でコーティングした方がいいのかな?
「コバルト、みんなに飲み物と軽食配るの手伝って!」
差し入れを持って来てくれたレガータを手伝っているうちに、そんな考えもぼんやりと消えていった。
to be continued…