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「そう! 今の君はどんな願いも叶う……そういうチャンスを手にしたんだ!」
「うーん……そう言われてもな……」
まずこのような壮大な言葉が自分に向けられるのも驚きであるが、それが目の前にいる小さなポケモンから出た言葉であるから余計に戸惑うばかりである。人間の頭ほどのサイズで全身となっているジラーチの唐突な言葉に、青年は戸惑うばかりだ。
「何でもいいんだよ?」
ひとまず青年はここまでのジラーチの説明を頭の中で整理することにした。何でもこのジラーチというポケモン、千年という永きに渡る眠りの中でエネルギーを蓄えていき、目覚めた時に縁あった相手の願いを叶えるという性質を持つ。その願いを叶える相手も願いの内容もジラーチ自身がコントロールできるものではなく、あくまでもその時の巡り合わせに流れていくというものらしい。ちなみに同じジラーチでも一応複数匹いるという話で、青年自身も大昔に撮られたジラーチの写真を見たことがあった。そのため今目の前にいるこのポケモンには仰天せんばかりであったのだが。
「とは言っても……まず、過ぎた欲望は身を滅ぼすことに繋がるというのもあるからな」
青年の当惑は二重にも三重にも及ぶものであった。まず本物かもわからないような写真で登場したような伝説のポケモンが目の前にいること。その伝説のポケモンが願いを叶える相手として自分を選んだということがある。その上で仮に願いを叶えて貰ったとして、その願いが裏目に出ないかと言った不安が押し寄せてくるというのもある。
「大丈夫だよ。それこそ不老不死なんかも叶えられるよ!」
「いや、それこそ延々と死ねないまま生かされ続けるとかいう話があるやつ……」
ジラーチの無邪気な提案に、青年はわざと言っているのかと卒倒しそうな気分を抱いてしまう。幼少時に読んだ漫画には「大戦争で人類が滅亡した後も自身は不老不死となっていたため孤独のまま生き永らえさせられる」という内容のものがあったのを思い出す。子供の心を大きく抉ったその作品と同じことを言われては、甘言で地獄へと導く邪の類ではないかと思ってしまいそうになる。
「えー? 人間の世界にはそんな話があるの? 人間って不老不死じゃない筈だよね?」
そんなジラーチの目は純粋だからなおのこと悩ましい。こんな本音を口にして、それこそ願う力で打って変わって祟りでもされたら目も当てられない。まあそもそもこの内心を読み取る能力を持っていたらどうしようもないが。何はともあれ答えに窮し続け、悩みに悩んだ末の青年の結論。それは。
「よし!」
「決まった?」
「一緒に記念撮影がしたい」
「は?」
一瞬、ジラーチの毒が出たのではないかと思った。青年は背筋に若干冷たいものを感じつつも、続けて切り出す。
「うん、君と出会えた幸運を自慢したいんだ」
「うーん……まあ、いいけど。でも、僕の話、聞いてた?」
言われてみて、青年は確かにと少々申し訳なさを感じる。これから七日間の目覚めの間でジラーチはこの青年の願いを叶え、エネルギーを消費することで再び眠りにつく筈であった。記念撮影などジラーチならずとも塵ほどもエネルギーを使わないため、それは即ち眠りにつくことができないということを意味している。
「正直、あんまりにも大きすぎて願いが決めきれないんだよね。七日間で何か願いが見つかればいいし、まあ一日や二日過ぎたところで千年の眠りって考えれば誤差みたいなものだからね」
「あのねえ……。まあ、今だけならそれでいいか」
こうして青年は、ジラーチと並んだ自身にレンズを向けることにした。そのレンズも一般的なスマートホンのカメラのもので、何ら拘った高級カメラのものというわけでもない。或いは青年も一瞬ここで撮影用のカメラを所望してみようかとも思った。だが別のお話では「超常的な存在に欲しい物品を願って取り寄せてもらった結果、届いた物が盗品として扱われ窃盗犯となった」というものを思い出して言うのをやめた。慎重な青年である。
こうして、ごくありふれた森の中、ひとまずの笑みを浮かべる青年と不満げな小さなポケモンの写真が撮られた。この写真はインターネットを経由して世界中に広まり、とんでもない結果をもたらすことになる。青年もジラーチもこの時は知る由もなかったのである。
その日の夜には、青年のスマートホンにSNSアプリからの通知が大量に届くことになる。誰が拡散しました。彼がいいねとリアクションをしました。何某が返信しました。云々……。
「こんなんでいいんだよ」
これだけ大量の反応は、青年にとって初めての体験であった。返答への慌ただしさはあるが、それでもちょっと嬉しい。とはいえSNSの話題など大量生産大量消費の極みである。この盛り上がりも数日を待たずに消え去るのだろうと思う青年。自分にはこれでいい。不老不死とか大それた願いなんて叶わなくても、こうしたちょっとした喜びで十二分であると思う青年であった。
「それで……」
・これどこ?
・俺も願いを叶えてもらえるかな?
似たような返信は既に大量に送られてきており、そろそろ青年も返答に満足して疲れてきた頃である。この辺でいいか。青年はアプリを操作し、この写真投稿への通知を切る。時間も遅くなってきたので、そろそろ入浴して寝る時間かと風呂場に向かう。
・頼み込めば願いを叶えて貰えるかもな!
・そうなると……このジラーチは何処にいるんだ?
・写真に写り込んでいる石碑から予想すると……。
返信の内容が段々と変質していっているのには、青年ももう気付く要素が無くなっていたのである。
翌日、と言うにもまだ早いような気がする未明。青年は宿の外が騒がしくなっているのを感じた。カーテンをめくり外を眺めると。
「うわぁ……」
普段は長閑な……正直閑古鳥が鳴いているのではないかと思えるような観光地なのだが、人、人、人。始発の電車から降りてくる者もあれば、駐車場に車を止めて歩き出す者もあり。当惑するばかりである。何が原因かと調べるまでも無く、口々に「ジラーチ」の単語が繰り返し出ていたことから状況を理解する。
恐らく、昨日自身が投稿したジラーチの写真を見て、願いを叶えて貰いたいと思う人がこれだけ集まったのだろう。場所は某県くらいにしか言っていなかったのだが、青年が投稿した写真をプロファイリングしていきこの場所を特定されたのだろう。だがその「願いを叶えて欲しい」という思いは「欲」であり、その「欲」が人々をそこまで駆り立てている現実に青年は恐怖を覚える。見れば野卑な雰囲気の人物もそれなりにおり、どんな願いを抱えているのかの想像も拒絶したくなる程である。
そして。もしこの中に自分が出て行ったら。少なくとも自分はジラーチとの記念撮影で顔を出しており、良くても地獄のような質問攻めを受けることであろう。本当であれば今日ものんびり観光を楽しみたかったのだが、あまりにも危険すぎる。折角空けた日程であるが、今日は大人しく引き籠るという致し方ない結論に達した青年なのであった。
「見ろ! この石碑は!」
「おお! 記念撮影に移り込んでいたやつじゃないか!」
「ということはジラーチはこの辺にいるんだな!」
「何としても願いを叶えて貰うぞ! 探せ!」
青年がジラーチと記念撮影をした山には、怒涛の如く欲望に駆られた人々が押し寄せていた。石碑のある公園から周囲の森林へと入っていき、その勢いに圧された野生のポケモンたちもなわばりを捨てて一斉に逃げ出す状況。普段は住民も碌に入らない場所だというのに、この日になって打って変わって。この場所が瞬く間に荒れていくのは火を見るよりも明らかである。
「樹が邪魔だな。伐るか」
「願いさえ叶えば、弁償なんて軽くお釣りがくるものな!」
「案外地中にいるかもしれないぞ!」
「よっしゃ! 掘るか!」
しかも集まった人間があまりにも悪かった。ジラーチに願いを叶えて貰うという欲望に駆り立てられた人間は、その願いのためであれば周辺がどうなろうとお構いなしであった。見る見るうちに樹は伐られ地面は抉られ、山も原型をとどめない様相となっていた。ジラーチは戦慄した。いくら自分に願いを叶えて貰いたいからと言っても、周辺をここまで荒してお構いなしだなんて。何はともあれこのまま放っておいてはこの山は跡形も無くなってしまう。とにかくこの人間たちの凶行を止めなければならない。
「やめるんだ!」
ジラーチは閃光を放ち、人間の前に姿を現した。ひとまず捜索のための凶行はこれで止まるだろうが。
「ジラーチだ!」
「いたぞ!」
「願いを叶えてくれ!」
「捕まえるぞ!」
その凶行の矛先は、一斉にジラーチに向かった。手持ちのポケモンも一斉に繰り出し、それぞれにジラーチへと飛び掛かってくる。
「やっぱりか!」
襲い掛かってくるポケモンたちに閃光を放ち、一瞬で打ち倒す。願いを叶える莫大な力はコントロールできないまでも、幻のポケモンとして圧倒的な時間を生きてきたジラーチが弱い筈も無く。人間たちは懲りずにポケモンに飛び掛からせ、ポケモンが全滅した者は最後は自らも飛び掛かるが、ジラーチの閃光を前に勝てる筈も無く。殺さない程度の加減ができるほどには、ジラーチも余裕で構えられていた。
だが。一昼夜戦い明かしても人間たちはポケモンを伴い次から次へと湧いてきて。いつの間にか周囲は死屍累々の様相となっていた。ジラーチの反撃で死んだのではない。反撃で動けなくなり転がっていたところを後続の人間やポケモンたちに踏まれ続け、或いは流れ弾に当たって命を落としたのである。積み重なった骸に何を思うでもなく踏み越え襲い掛かってくる姿に、流石のジラーチも段々と恐怖を抱き始めていた。
「そろそろ疲れてきたんじゃないか?」
「こっちに来るんだ!」
「俺の願い事は……!」
「貴重なポケモン!」
何より、延々と技を使い続けてきたため、ジラーチは自身が疲弊しつつあるのも感じ始めていた。そもそも一昼夜の戦いでようやく疲弊し始めるというのも超越的なのだが、しかし人間たちは新手であるため疲労など無く襲い掛かってくる。積み上がる屍に比例してジラーチも疲弊していき、やがて……。
「ぐっ!」
一匹のポケモンの技に被弾してしまう。通常であれば大したことは無いのだが、疲弊に疲弊を重ねる中での一撃とあってダメージは小さくなかった。そのポケモンには当て身で反撃し崩れ落ちさせたが、これを皮切りに次々と攻撃を受けるようになっていく。そして。
「捕獲、いけるか?」
技に混ざって飛んでくるモンスターボールを躱せなかった。貝の如く開いたボールに飲み込まれ、ジラーチの体は消える。数秒。ジラーチはボールを破ることができなかった。ジラーチは遂に捕獲されてしまったのである。
「やった、やったぞ……! 俺がジラーチを捕まえた……!」
その男はジラーチの入ったボールを拾おうとした。その瞬間。男の上半身が爆ぜ散った。
「渡すわけにはいかない……! ジラーチは私が……うぐっ!」
自らのポケモンに命じて男の上半身を爆ぜ散らせた女は、しかし次の瞬間にはポケモンともども無数の技で打ち抜かれていた。ここからは生き残った者同士でのジラーチの争奪戦であった。ジラーチと違い容赦の無い攻撃の撃ち合いによって、肉が飛び血が吹き上がる更なる地獄の様相となっていた。虚しく転がるジラーチのボールもすっかり血に染まり、ただ屍が積み上がっていく中で佇んでいくことしかできなかった。
こうして夥しい犠牲の末に、生き残った一人がジラーチのボールを拾い帰っていった。ボールの血を拭うのもそこそこにジラーチを出すと。
「ぐっ! ここは……?」
無機質な壁面に囲まれ、部屋の真ん中の拘束器具の中にジラーチは出されたのである。争奪戦の末にジラーチを拾った男は、満面の笑みでジラーチに語り掛ける。
「やあ。うちからも随分と犠牲を出したが、君がここに来てくれて何よりだ。それじゃあ、願いを叶えて貰おうか」
「無理だよ。願いを叶えられる相手は、僕でも選ぶことができないんだ」
男の顔から笑みが消える。ジラーチと見つめ合うこと数秒。首を振ると、傍らから鎖を手に取りジラーチに叩きつける。
「君に拒否権があると思うのか? 考えを変えないのであれば罰を下すまでだ」
「ぐ……!」
打たれた部分がさながら熱を帯びたように。ただの鎖ではなく何かを仕込んでいるのだろうか。尤も今のジラーチは戦った時から疲弊も傷も癒されたわけではなく、普通の人間による殴打でもそれなりの苦痛を感じてしまう状態である。これではどうにもならない。
「私の願いは『全ての人間やポケモンを意のままに操れる力を持つ』ことだ。出まかせで逃げようなどという考えは捨て、一刻も早く叶えるのだ」
「出まかせなんかじゃ……」
もう一発。返すように逆側から打ち据えられ、ジラーチの苦悶が増す。どうやらこの男はジラーチの言葉を「気に入らないが故の出まかせ」程度にしか捉えておらず、気を変えさせさえすれば願いを叶えて貰えると思っているらしい。その考えから「苦悶を与え続けていけばいずれ屈して願いを叶えてくれる」と思ったのだろう。さらに二発。
「ふむ。この程度の苦痛では気が変わらないか。では趣向を変えるか」
「く……!」
小手先「叶える」と嘘を吐いたところで、自らの望む力が得られていなければ解放されることは無いだろう。あらゆる手が失われ、詰んでいる状況。ジラーチは絶望の中、ただ一つ「願いを叶える相手にこの男が選ばれなくて良かった」と思うことを気持ちの慰めとする。実際のところこの男が「全ての人間やポケモンを意のままに操れる力を持つ」ことができたら、この世界はどうなってしまうだろうか。絶望を前に気持ちの慰めに縋った中で聞こえてきた異音。自らを固定する拘束器具が音に合わせて動き出している現実。何を始めようというのか。
「次は水責めだ。そうなる前にさっさと願いを叶えてしまった方が良いのではないか?」
「お前……」
上下が反転したジラーチの前に、水がなみなみと張られたタライが置かれた。ここからどうされるのかなど流石に想像は容易だが、そこから逃れられる手段は皆無である。ジラーチは歯軋りをしたところでどうにもならない現実を知り。一瞬止んだ駆動音が再び鳴り始めると。
「ほらほら! ジラーチが溺死をす!」
「くだらね~www」
顔面から着水したジラーチの聴覚に、粗暴に震える失笑が届けられる。息が詰まる苦悶の中、これは駄洒落であったことだけは理解する。ジラーチ同様宇宙に関わる存在のためか、認知された時期が近いポケモンに「デオキシス」がいる……という詳しい事情までは分からないまでも、そのデオキシスと掛けた駄洒落であるということだけは何となく理解しつつ。そんな駄洒落に笑えない間にも、着実に息が詰まり頭が締め付けられるような苦痛が増していく。
「さあさあ! 答えはどうなのかな?」
「ご……! ご……!」
声はあぶくの中で砕け、用を為さない。尤もジラーチは既にまともに答える気も失くしていたが。そんなジラーチに業を煮やしたのか、男はジラーチの後ろ頭に手を回し、水の中もう少し深く押し込む。拘束器具によって無理矢理水面に顔が突っ込まれている状況で、この一押しにやる意味など全く無い。下らない楽しみ方であるという文句を言うことすらできず。
「あー。ちょっとトイレに行って洗剤取ってきてくれない?」
「あ、丁度買い出ししてきたのがここにあるので」
「本当に丁度いいな」
男は手を引っ込めると、渡されたボトルを掴み蓋を開け。どくどくと重苦しい音。ジラーチが浸けられているタライの水に、別の液体が注がれているのがわかる。数秒。
「ご……! がっ! ががっ!」
悠久の時の中で錬り上げられた願いはさながら鋼の如く、そんな身上が体にも作用したかのようにジラーチ自身も薬毒には強い方であったが。バトルの中での瞬間的な撃ち合いと違い、顔中に延々と纏わりつく強烈な劇薬。目から鼻から口から容赦なく侵入し続けられると、さしものジラーチも痛痒に震えずにはいられなかった。だくだくと零れる涙は、しかし水中で形を成すことは無く。あぶくや飛沫が激しくなったところで、劇薬の水位は微小も下がる様子も無い非情。
「やっぱりつらいか。私の願いを叶えればそれもすぐに終わるのだよ?」
苛烈な苦悶にもだえ苦しむジラーチに囁く。劇薬はジラーチの内からも遠慮なく刺して廻り、声にすることもできない悲鳴を絞り出させる。だがその一方で息が詰まったままの状態は続いているため、段々と意識が遠のいていく。ジラーチの体の震えは徐々に小さくなっていき。
「うーん、気絶したか? 強情だな」
微動だにしなくなったジラーチを眺めることしばし。男はスイッチを操作するとジラーチの顔を水面から引き上げる。水に浸かっていた部分は劇薬に灼けて若干くすんだ色となっている。焦点の合わない半開きの目は激しく充血している。
「流石に死んでないですよね?」
「まあ、起こしてみようか」
若干不安げになる部下とは違い、男は気にせず机の上のライターに手を伸ばそうとする。しかしその瞬間部屋の戸が開き。
「すみません、警察が責任者を出すようにと……」
「またか。仕方ない、一旦休憩だ」
男はため息を一つついて立ち上がると、顔を出した部下に呼ばれるままに部屋を出る。残された別の部下は、ここまでされても素直に願いを叶えない強情さの主を憐みの目線で眺めていたのだった。
どれほどの時間が流れただろうか。体の内も外も駆け巡る痛みと共にジラーチの意識も戻ってくる。そして。
「お、丁度良く目を覚ましたか」
男は変わらない様子で語り掛けてくる。この忌々しい相手へのせめてもの抵抗とばかりに、ジラーチは目線を脇に逸らす。後ろに何やら硬質な箱状の物体が置いてあるのが見える。金属の棒が数本挿されており、その口からは閃光が出ているのがわかる。
「炉が届いたからな。ちょっと試してみようと」
男は分厚い手袋をした手で金属棒の端を握り引き抜く。それはどれほどに苛烈な熱を帯びているのだろうか、炉から漏れる閃光が移ったかのような様相となっていた。
「願いを叶えてくれれば私もこれを君に押し当てなくて済むのだがね」
先端を向けられただけで漂ってくる熱気。鋼のごとき体にはその見た目だけでも熱がよく沁みて。だが何一つ変わらずできることが無い状況、ジラーチは無言のまま痙攣したように首を振る。
「嫌なら、早く願いを叶えるんだ!」
「あっぢゃあああぁぁぁーーー!」
首筋に当てられた高熱。劇薬とはまた違う痛みに刺し貫かれ、ジラーチの絶叫が部屋中に響き渡る。押し当てられること数秒。ジラーチの悲鳴が涸れたのに合わせて金属棒を下げると、溶着したジラーチの体表が表面で焼け焦げ消えたのが見える。抉られたような傷痕。しかし金属棒はまだまだ熱を帯びた色合いをしており。
「早く! 願いを! 叶えろ!」
次は金属棒を振り上げ、何度もジラーチに叩き込む。打撃と同時に焼ける音が響き続け、ジラーチの悲鳴も掻き消される状況。瞬く間にジラーチは瘤だらけ痣だらけ火傷だらけとなり。
「前が見えねェ」
特に顔を中心に殴り込まれたため、目を開くのも難儀するほどの状態となっていた。一方の男も願いを要求する高揚の中でのこの暴れようとあって、呼吸は荒くなっていた。早く願いを叶えて貰い、執拗に声を掛けてくる警察も操れるようにさせて貰わないと困る。その操れる力を得ることで次は部下たちの願いを叶えてやると約束した手前もあるのだ。段々と焦燥の色が出てきていた。
「次は……さあ、お口を開けろ」
金属棒はまだまだ熱を帯びた色ではあるが、先程と比べると若干薄まった様子ではある。男は一旦炉に戻すと、もう一本を握ってジラーチに向ける。目を開けられずとも感じ取れる熱、僅かに開いた目で見て取れる閃光。言われるとそんなものを入れられてなるものかと逆に歯を食いしばり。
「仕方ないですね」
部下の一人が金槌と数本の貫通スクレーパーを手に、ジラーチの前に駆け寄る。スクレーパーの先端を唇からねじ込みかみ合わせに押し当てると、反対側の柄の先端であるグリップエンドに向けて思いっきり金槌を振り下ろし。
「ぐごがっ!」
まず、歯が折れる。そのまま貫通して口元が裂ける。その痛みに悶える間も無く折れた歯が喉に転がり込み、ジラーチは咳き込んで歯を吐き出す。歯はスクレーパーの柄に当たって跳ね上がったのを、丁度良く飛んできた位置にいた男がキャッチする。
「ジラーチの歯か。貴重だろうな」
男はそれを軽く眺めまわすと、後できっちり調べることにして別の部下に差し出す。手際よく用意されていた金属皿が差し出される。今はジラーチに願いを叶えさせること。もう一本のスクレーパーがねじ込まれ、あとはこじ開けた口の中に灼けた金属棒をねじ込むだけとなった状態。
「お連れしました」
唐突に戸が開き、数人が入ってくる。部下たちに混ざって連れてこられたのは……。
「ジラーチ!」
ジラーチから願いを叶えて貰えることになった筈の、あの青年であった。何かに使えないものかと、男は青年を連れて来ることも指示したのである。男の部下たちに押さえつけられて強引だったため、足取りも覚束ない様子である。だが、それさえも。
「ジラー……」
青年は絶句する。機械に拘束された時点でも既に信じたくない光景なのだが、口が二本のスクレーパーで開かされているのも痛々しい。無数の打撃痕や火傷痕も悲惨であり、それ以外にも体表が爛れた部分が見て取れる。これで何故この「ジラーチだったもの」をジラーチだと分かるのだろうか。
「ジラーチ、僕のせいで……」
自慢の代償。青年はただただ後悔を漏らすだけであった。記念撮影をしてそれをSNSに上げなければ、こんなことにはならなかった。ちょっとした自慢を欲として抱かなければ、ジラーチがここまで苦しめられることは無かったし、あの夥しい犠牲も出ることは無かった。過ぎたる欲望が身を滅ぼすとは思っていたが、こんな小さな欲望すら不幸をもたらすなど考えもしなかったという自責の念。
「確かに、ジラーチがここに来たのはあんたのお陰か」
「まあ何であれ、君も願ってくれたまえ。私が全ての人間やポケモンを意のままに操れる力を持つように」
男の言葉にジラーチは一瞬震える。確かに青年が心より願えば叶うであろう。とはいえそれを伝えようにも口がスクレーパーで固定されていて伝えようがないし、この男にそれを知られた先のことなど考えたくもない。男たちは気付かなかったが、青年だけはそのことを気付いてしまっていた。
「ジラーチ……」
「それじゃあ、続きだよ!」
やや間は空いたが、金属棒はまだまだ熱の色を失っていない。男は青年にも見せ付けるように、その灼けた先端をジラーチの口に捻じ込む。熱に弾ける音とともにジラーチは全身をびくりびくりと痙攣させ、一瞬遅れて伝わってくる焦げた臭い。この光景だけで青年はもう駄目になっていた。
刹那、青年の胸中に願いが生まれる。それに反応し、ジラーチの腹部のスリットが開き第三の目が露わとなり。
――こいつらを、消し去って欲しい――僕諸共に――
理解できない。ジラーチは愕然とするが、願いの力は既に流れ出していた。
男が弾け、部下たちが消え、青年が砕ける。最後はこの建物が灰燼と化していた。ジラーチを押さえつけていた機材も全て塵となり、体の傷や爛れも見る見るうちに癒えていくが。
――僕はどこで間違えたのかな?――
青年の思いの残渣。
――僕が消えた後であれば、今更代償を心配する必要なんて無いから――
――ジラーチをこんな目に遭わせた、自分を責めても責めきれない――
そして映りゆく、無数の皮肉の物語。
身に宿った性質であったとしても、誰かの願いを叶えればそれだけ誇らしい思いを抱くことができる、ジラーチはずっとそう思っていた。だがこの願いは、叶えるにはあまりにもやるせなかった。
虚しさの中、ジラーチは抗いようもなく眠気に包まれていき。いつの間にかまた千年の眠りに落ちていく――
毎年訪れる願い星の日。あなたは今年、何を願いますか?