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♂×♂、 R-15?、放尿、飲尿に近い描写
エオス島の産業と言えばユナイトバトルやホロウェアがその筆頭に挙がる。
だがここ近年、絶海の孤島でありながらも平穏な気候と明媚な四季に恵まれた名勝としての姿が知れ渡りつつあった。
増加する島の観光客数に応じてポケジョブの案件数も伸び、大会の閑散期に参加する選手ポケモンも珍しくない。
冬の終わり際にユナイトの初陣を飾るや、怒涛の激流と無尽の氷棘でスタジアムの環境を荒らしまくったスイクンもその内の一匹だった。
夏日に光るビーチの白浜が蹴り上げられ、きらりと潮風の中に舞った。
白の菱形模様を浮かべた金春色のポケモンが、観光客の合間を弾む様に駆け抜ける。
海岸線の直前に迫るも一切の減速はなく、弾みを付けてそのまま大きく跳躍。
海遊客が多い浅瀬の数メートルを、緩やかな弧を描いて容易に飛び越える。
曲線の終わり際、その前脚が海面に触れるが、水飛沫一つ上がることはなく。
後ろ脚が海面を蹴り上げると、依然地が続いているかの如く、一直線に駆け出した。
やがて沖合に一番近い水域を泳ぐガブリアスに近づき、声を掛けた。
「ねえ、そこのお姉さん。そこから先は、潮の流れが早くなるよ」
※
「スイッちお疲れ~」
ライフガードの監視塔に戻ると昼時の交代時刻を迎えたらしく、青年の相棒がいそいそと降りて来る。
岩タイプであるにも拘らず、職歴も技能もスイクンより秀でているイワパレスだ。
「お疲れって、先輩は一日中女の子見てただけでしょ」
「監視だ監視。こうやってビーチを一望してんの」
そう言って眼柄を直立させ、誇張気味にぎょろぎょろと左右に振った。
まるで怪物が獲物探すような外連味の強い様相に、スイクンも思わず苦笑いを零す。
「そうやってずっとここでサボってますよね」
「サボりじゃねえ! 視界が広い俺が探して水を歩けるお前が動く。適材適所だ」
「それじゃ一日中動き回ってる俺に昼でも奢ってくださいよ」
「ヤダよ、お前食う量エグいじゃん」
取り留めもない雑談に耽りながら、ビーチ沿いのフードエリアを散策するが、結局は商店街の中にあるいつもの定食屋に落ち着いた。
外の待機列で空きを待つ間に、話題は再び巻き戻る。
「スイッちはどうよ。スイクンになると彼女なんて寄鳥味鳥だろ。タイプとかあるの?」
その質問に、スイクンの返答が詰まる。
確かに、この容姿と珍しさに惹かれて言い寄ってくる女性は少なくない。
だがその中に彼の気を惹く者は一切居なかった。
丁度その時、待機列から車道を挟んで対角にある模型店の前でショーウィンドウを覗き込む、一匹のアブソルに気がついた。
成体よりも2回りほど小さい身体は、アローラ柄のシャツと半ズボンに包まれており、頭にはサングラスも乗っかっている。
確か、ビーチスタイルというホロウェア。
あんな仔がタイプです、なんて言えるはずもなく。
「ガラルのザシアンさんとかっすかね」
当たり障りのない有名人を挙げて、お茶を濁すことにした。
※
数日後。
朝凪から海風に切り替わり、潮の香りが立ち始めた頃合い。
海の家の前で、職員の一列と相対するのは、歪な列を成す幼いポケモン達。
「よォろしくお願ァいします!!」
全員による挨拶も音程や伸びにまるで統一感がなく、中には金切り声を張り上げる仔もいた。
あまりの無秩序ぶりに苦笑いを零すスイクンの横で、イワパレスが萎びた眼柄で虚ろに宙を眺めている。
無論、彼がこの”ふれあい海の教室”のリーダーだ。
子供を対象にした体験型のイベントであるため、女性にしか興味がないイワパレスはリーダーを打診された時に相当抵抗したというが、普段のサボりがちな業務態度からにべなく抜擢されたという。
そんな経緯があってか、上司であるピクシーから進行役を引き継いだ後も半ば投げやりの姿勢だった。
「はーい俺が担任でーす、言うこと聞かないガキはハサミでちょん切りまーす」
「パレスくん」
鋏を鳴らして軽く悪態をつくも直ぐ様ピクシーに諌められ、軽い咳払いと共に仕切り直す。
「嘘でーす。で、注意事項としては、まず熱中症にならないために水分をーー」
「ねー先生はなんで岩を背負ってるんですかー? ウケる~」
「煩いガキに落とすためでーす」
「パレスくん!」
岩を背負っている蟹という見た目が面白いのか、どうにも子供達から甘く見られているらしい。
教室が進むにつれ口答えや楯突く仔もいれば、勝手に遊び始める仔も出てくる始末。
その中でも一匹、飛び切りの悪戯っ仔がいた。
「いえーい、乗れた!」
「降りろこのチビ!」
揺れるイワパレスの岩屋の上で器用にバランスを取る、アローラ柄の上下を纏ったポケモン。
模型屋のショーケースに釘付けだった、あのアブソルだ。
(へぇ)
嬉しさ半分、驚き半分。
また会えるとも思っていなかったし、あんなやんちゃっ仔だとも思いもせず。
不安定な足場にも拘らず、柔らかい四肢の動きで身体の軸を保ち続けていたアブソルは、やがてくるりと宙を一回転してイワパレスの前に降りたった。
そしていつの間にか咥えていた石片を彼の前に差し出し、「取れた!」と破顔一笑。
自身が背負う岩屋の外観とよく似た……というか同一の石を目の当たりにし、イワパレスは暫し硬直する。
そしてその正体を察するや否や、両鋏を振り上げ、
「何やってんだクソガキーーーー!!!!」
と。怒声と共に逃げる少年の背中を追った。
だが種族としての運動性の差は歴然。アブソルの方は余裕綽々にスキップなどを織り交ぜ、遠からず近からずの絶妙な距離を保っていた。
流石に分が悪いため、加勢しようとも考えたが。
(昼飯、奢ってもらえなかったしなぁ)
まぁ良い薬だろうと、他の職員達に倣って放って置くことにした。
そう言えば、教室の開催中こちらで食事を準備する手筈だったが、今日の昼食はどうなっているのだろうか。
※
海の家からそう離れていない場所に立つ、赤レンガの屋根とそれを支える柱だけという至極簡素な造りの炊事棟。
あの後で上司に確認を取ったところ、そのまま料理の準備を一任されたため、言われるがまま用意を進めていた。
だが職員達に加えて教室に参加している生徒たちの分も、となるとそれなりの量がある。
材料の下準備を終えた頃には、朝日で長く伸びていた影が半分ほどの短さになっていた。
「ま、何とかなるか」
半分ほど水が入った寸胴鍋を木製の調理台の真横に置き、二股に別れた帯状の尾を使って炒めた野菜を片っ端から放り込んでいく。
随分と水嵩が増した鍋を尻目に、調味料の袋を入れやすい机の端にどさどさと並べ、開け口を縛っていたクリップを解いていった。
そして竈の火の様子を見るために、少しだけ目を話した瞬間だった。
背後から迫る、地を蹴り上げる音と宙を進む力場の感覚。
数は2匹で相対位置は至近、彼我の距離は約5ストライド。
状況を瞬時に仮定して音のする方角へ首を回す。
ユナイトで培われた察知力は完璧だった。
炊事場に向けて疾走しているポケモンが2匹。
先行は例のアブソル、後追いはイワパレスをおちょくっていたアローラライチュウだ。
速度で劣るアブソルが鋭角を描きながら蛇行して振り切ろうとしている辺り、追いつ追われつの状況か。
5秒と待たず炊事場の直前まで迫った時、ライチュウの手がアブソルの背に触れた。
「タッチ!」と、その一言で攻守が逆転する。
空中を念力で進むライチュウはいとも簡単に反転して逃げに入る。
対するアブソルは炊事場の柱を蹴って方向を変える……様だったが。
「あ」
柱の根元に放置していたジャガイモの麻袋に足を取られ、小さな身体はあっけなく宙を舞う。
その軌道の先は、今し方スイクンが見ようとしていた竈の中でーー
「ッ!」
咄嗟に身体を軌道上に差し込み、間一髪で少年の身体を受け止める。
どん、という衝撃とともに小さなうめき声が漏れ出ると、寸胴鍋の隣に転がり落ちた。
安堵の溜息とともに、腹ばいになっているアブソルに声をかけた。
「大丈夫? 痛いところ無い?」
「うん、平気!」
「鬼ごっこはいいけど、周りはちゃんと見ようね」
「鬼ごっこじゃなくてチェイスタグだもん!」
「……周りはちゃんと見ようね?」
「はぁい」
間の抜けた返事を返して、身体を上げたその瞬間。
頭部の鎌が、机の端に置かれた塩の袋に突き刺さる。
少年は違和感に対して反射的に振り返るが、その動作によって鎌がビニールを切り裂いてしまった。
袋の強度が失われたことにより、大半の塩が詰まっていた上半部は瞬く間に傾いて鍋へと落下。
残された袋の残骸はあろうことかアブソルの鎌に引っかかり、少年の頭上から塩粒の雨をばら撒いた。
たった数秒で混沌と化した状況に、スイクンから嘆息が漏れる。
流石に後ろめたさを感じたのか、塩まみれになった少年は視線を伏せった。
「ごめんなさい……」
「いいよ、わざとじゃないんでしょ」
こんな時は一つ一つ問題を解決していく他ない。
一番悲惨な状態となっているであろう鍋を覗き見ると、水に沈んだ具材の上に大量の塩が積み上がっていた。
ひとまず尾を突っ込んで袋を取り除き、もののついでに付着した水滴を舐めてみると、しっかりとした潮の味。
スイクンを真似して寸胴鍋を覗き込んでいたアブソルも便乗して味見し、「しょっぱ!」と顔を顰めた。
他のポケモンなら絶望的な状況ではあるが、そこはスイクンである。
見ててね、と少年にウインクをくれてやると、そっと口先を水面に近づけた。
唇が水に触れた瞬間、接点から光彩が生まれ波紋状に広がる。
輝きは鍋の縁まで満たした後、わずか数秒で忽然と消え失せる。
スイクンにもう一度飲んでみるよう顎で促され、アブソルは再度一口含んでみる。
塩の存在を露とも感じない真水の味に、少年は驚いて顔を上げた。
「すごっ! なんで?」
「スイクンって種族はね、どんなに汚れた水でも綺麗にできる力があるんだよ」
「へー」
一拍間をおいて、アブソルの期待するような眼差しがスイクンに刺さる。
「おしっこも?」
「いや、それは……」
突拍子もない子供らしい質問に、スイクンは思わず苦笑いを浮かべた。
出来ないこともないのだろうが、出来ればそんな状況に陥りたくないものだ。
「また別の時にね。それより、次は君の番」
※
炊事場は一旦他の職員に任せ、塩に塗れたアブソルを海の家より少し離れた場所にある屋外シャワーへと連れて行く。
薄々勘付いていたが、アブソルの”服”はホロウェアではなく、それを模倣して作成された実物の服らしい。
つまり、洗濯の手間が増えたということだ。
海岸の脇にぽつんと置かれているシャワーまでアブソルを連れてくると、アローラシャツのジッパーを外してやり、
「ほら、ばんざーい」
と、シャワーを支えに立ち上がったアブソルからシャツを抜き取った。
近くで見ると余計に目立つ塩粒を払うため、何度かシャツをばたつかせる。
「ズボンも?」
「うん、置いといて」
「パンツも?」
「うん……?」
聞き返しながら振り返った時には、アブソルは既にシャワーの元栓を開けていた。
その少し手前、水飛沫が掛からない位置に、ズボンらしき花柄の布地の上に一回り小さい白い布が脱ぎ捨てられている。
今どきの仔はパンツなんて履くんだなぁ、と世代のギャップを感じつつ、洗濯物を拾い上げた。
ライフセーバーが事務所としても使用している海の家の裏には、ライフジャケットやタオルを洗うための洗濯機が設置されている。
その洗濯槽に洗剤を適量で流し込み、シャツとズボンを突っ込んだ。
最後に残った布切れも放り込もうとしたが、ふと思い立って広げてみる。
化繊のアウターとは異なり、綿だけで編まれた白の布地。
股下を完全に省略したY字型の形状で、前側には何のためにあるのか判らない前開きもついている。
この形状の名前を思い出そうと記憶を探っていた最中、ほんの出来心が沸いて、布地に鼻先を当ててみた。
まだ履いてから時間が浅いのか、ふんわりとした柔軟剤の香りが強い。
だけどほんの僅かにーー。
「……何やってんだろ」
仕事中にこんなことをしていては、あのイワパレスと同類だ。
独り言ちてパンツも放り込み、蓋を閉めてボタンを押した。
洗濯機の注水音を背に、側に干してあったバスタオルを持ってシャワーに戻ろうとする。
が、そこには既にアブソルの姿はなく。
どこへ行ったと視線を走らせると、遠目にずぶ濡れのまま駆けるアブソルの姿。
少年は暫くして姿勢を落とし、日陰で休んでいるイワパレスに忍び寄ると、思いっきり身体を振って水気を撒き散らした。
「アアッ!? クソガキ!!!!」
※
「ねえスイクン、悪いけどアブソル君を探してきてくれない? あの仔、スイクンには懐いてるから」
炊事棟での一件以来も変わらず、アブソルは腕白ぶりを発揮していた。
だが教室で海泳ぎのコマが増えてからというもの、その間はどこかに姿を眩ませる事が多くなる。
リーダーは気にも留めていないようだが、上司のピクシーは心配気味だ。
ということで、比較的アブソルと交流が多いスイクンに捜索の白羽の矢が立ったいう訳だった。
ビーチから西回りで島の沿岸を進むと、1分とかからず岩礁地帯に入る。
絶海の孤島とあって、恐らく火山の隆起により形成されたこの島は、基本的に岩がちだ。
アブソルがこちら側に進んだと聞いて半刻ほど散策した頃、前方の岩陰から特徴的な尻尾が突き出しているのを認めた。
「アブソル!」
普段から水分補給が疎かになる仔だ。
熱中症で臥せっていると勘ぐり慌てて駆け出すが、アブソルはこちらの声に気がついたのか岩陰から全身を現す。
その口からは、随分と長い木の枝が横に伸びていた。
少年の側に駆け寄って岩陰を覗き込むと、小型のプール程の大きさがある潮溜まりが広がっており、中央付近には赤色の懐中電灯が浮かんでいる。
大凡の状況を察したスイクンは、そのまま海面を歩いて懐中電灯を回収すると、戻ってアブソルに渡してやった。
少年は「ありがと!」と尻尾を振りながら懐中電灯を咥えると、今度は「こっひ!」と青年に目配せしながら崖の方へと駆け出す。
その背中を追って崖際に近づき、波浪の侵食で形成されたであろう洞窟の入口を潜る。
中に入った直後は少しだけ傾斜が掛かっているが、そこを登ればスイクン2匹が寝転がれる広さがあった。
光源は入口と天井の僅かな穴から差し込む陽の光でほのかに薄暗いが、アブソルが懐中電灯で照らすと一気に明るくなる。
「そこに置いてたら流されたの」と少年が指し示す先は、入口付近の壁の窪み。
その付近に潮跡があることから、満潮時には入口を塞ぐ高さまで浸水する様だ。
「ここ見つけて秘密基地にしたんだ! 皆には内緒だからね」
床にはビニールシート敷かれ、隅には水鉄砲といった玩具が転がっている。
汚れ具合からして、すべて拾い物だろう。
「俺は良いの?」
「スイクンは特別!」
「それなら、お邪魔します」
それから二人で寝そべりながら、ちょっとした雑談で時間を潰す。
その流れで一つ、確信を突く質問をした。
「アブソルは、海で泳ぐの苦手?」
少年は少しだけ固まり、おずおずと首を縦に降る。
海泳ぎの時間に抜けることや、潮溜まりの懐中電灯を棒で取ろうとしていた辺りからの推測だが、どうやら的を得ていた様だ。
「プールならちょっといけるけど、海はなんか……生き物がいそうで」
「皆と一緒に練習は嫌?」
「だって、馬鹿にされるもん……」
視線を落として懐中電灯を弄っているアブソルの横に、そっと顔を近づける。
「じゃ、僕の秘密も言うから、内緒にしてね。実は僕も泳げないんだ」
少年の目が丸まり、尻尾がピンと立つ。
スイクンは成体が体高2m, 体重190kgに達する大型獣。
筋肉質かつ短毛である事に加え、水掻きのような特徴も無いため、体重分の浮力を生み出すことは種族として不可能だ。
「水の上を歩けるから、みんな忘れがちなんだけどね。だけど、アブソルなら頑張ったら泳げるようになるよ」
他の人と練習するのが恥ずかしいなら、マンツーマンで練習しようか。
そんなスイクンの提案を、秘密を共有できたことがよほど嬉しかったのか、アブソルは破顔の笑みで肯定した。
※
潮溜まりで練習するようになってから幾日、少しだけアブソルの恐怖心が薄れた頃。
この日は記録的な猛暑となり、食料を買い付けに行っていたスイクンも照り付ける日差しに参っていた。
早めの昼食後にも買い出しを続け、最後のジャガイモを海の家に届け終わった昼下がり。
少し離れた砂浜に職員や子供達が集まっていた。
「何かあったんですか?」
聞けば、 アブソルとライチュウとが取っ組み合いの喧嘩となったらしい。
ライチュウは軽い噛み傷を負ったそうだが、お互いに手を出しならアブソルの傷も心配だ。
「アブソルは?」
「それが、何処にいるか判らないのよ」
「トイレにも海の家にも居なかったぜ」
職員がここら一帯を探したようだが、少年の姿は見当たらないという。
となれば、残るは一つ。
「あの、俺なら場所判ります……夕飯までには戻りますから」
そう言い残し、岩礁地帯へと飛び出した。
※
洞窟の手前についた頃には、潮位が少し上がりつつあった。
「アブソル!」
洞窟に入って少しの登ると、ぐったりと寝そべる少年の姿があった。
慌てて駆け寄り様子を見るが、これと言った外傷は見当たらない。
「アイツの攻撃、全部避けたんだ」
と自慢気に笑みを浮かべるが、どこかぼんやりしている調子。
もしやと思い首筋に肉球を当てると、体温が普段よりも高い。
間違いない、熱中症の初期症状だ。
(どうする?)
背に乗せて海の家まで連れ帰ることも出来るが、外部に出ると炎天下に晒される。
とはいえ洞窟内は比較的気温が低いものの、生憎水分の持ち合わせはなくーー
そこまで考え、青年は自嘲気味に笑った。そうだ、俺はスイクンだ。
※
半分眠りかけていたアブソルの頬を、長い舌がぺろりと舐める。
驚いて眼を開くと、眼前にスイクンの少し膨らんだ顔が迫っていた。
青年は顎を2度軽く触れ、口を開けてと合図を送り、少しだけ開いた短い口元と交差させるようにマズルを被せると、口の中の液体を流し込んだ。
ひんやりとした薄い塩水が、アブソルの口腔を満たしていく。
少年は一瞬だけ混乱するも、水分を欲する身体が有りの儘を受け容れ、嚥下していった。
「海水を浄化して、氷技でちょっと冷やしたんだよ。美味しい?」
「うん」
「もっといる?」
「うん!」
それから計3度の補水を受けたアブソルは、まだ冷気が残るスイクンの前脚を枕に、回復作用の齎す微睡みに身体を預けた。
今朝の重労働の反動で眠気に苛まれていたスイクンも、側で小さな寝息を聞きながら、一瞬だけ、と瞼を閉じた。
※
耳元で波打つ潮の音に眼を覚ます。
はっと顔を上げたその眼前には、満潮の水面が洞窟の入口を塞いでいた。
やってしまった、と天を仰ぐが、見えるのは洞窟の天井と到底出られそうにない小穴だけだ。
洞窟内はやや薄暗いが、懐中電灯を付ければ十分な光源が得られた。
スイクンの動きに釣られてアブソルも眼を覚ますと、飛び切りの伸びを繰り出して大欠伸一つ。
すっかり回復した素振りを見せたが、海水に沈んだ入口を見て判り易い程に意気消沈。
このまま溺れてしまうと涙目になったアブソルのために、有り余る時間を使って潮汐の特別教室を開いてやることにした。
※
「じゃ、後3時間くらいずっとこのまま?」
「そんなところかな」
エオス島の潮汐周期と、この洞窟の入口の高さから弾き出した時間だ。
待てない時間ではない。ましてや、2匹もいるなら話し相手には困らない。
「なんで喧嘩になったんだ?」
「泳げないこと、バカにされて。それで言い合いになって……でもオレ、攻撃全部避けたんだよ! ユナイトでもタイマンなら負けねーもん」
「でも、相手に手を出すのは良くないかなー」
「手じゃないもん、口でやったもん」
「それ、大人じゃ減らず口って言うんだよ」
「違うよ、口達者だよ」
「こいつめ」
「えへへ」
この調子で3時間もあっという間、と思われたが、30分程してアブソルの反応が露骨に鈍り始める。
熱中症が再発したのか、と危惧したが。
「……おしっこ、したい」
慌てて洞窟内を見渡すが、都合よくペットボトルなどあるはずもなく。
仕方なく海にするように促すが、真っ暗な水底が怖いらしい。
中々手詰まりだが、最悪ここで用を足すことになってもビニールシートが犠牲になるだけか、と割り切る。
犠牲者を最小限に減らすべく、いつでも出せる準備をしておくことにした。
「とりあえず、下脱ごっか。ちょっと横になって」
地面に身体を預けたアブソルの腰を帯の尾で少し浮かせ、口でズボンを引っ張った。
その下から露わになったのは、あの時と同じ真っ白の下着。
ズボンを脱がし終わり、次いでブリーフのゴムに口を掛けようとしたとき。
トレイで良く嗅ぎ慣れたような、ツンとする異臭が鼻先を掠める。
既に失禁したのかと慌てて視線を下に向けるが、下着が湿っている様子はない。
その代わりに、白い布地に一際目立つ淡い色彩がスイクンの目を奪った。
首を下げて、アブソルの秘部にまで顔を落とす。
柔らかい綿生地に包まれた、まだ排尿しか己の役割を知らぬ器官。
その努めを十二分に果たしている証は、懐中電灯の白光に照らされて、白い布地にくっきりと浮かび上がっている。
その痕跡の中でも、小さな膨らみの丁度真ん中、一際強く変色している箇所に鼻先を当て、一嗅ぎ。
「ーーフッ!」
スイクンの鼻孔から流れ込む鋭い刺激臭が、長い鼻腔を荒らし回り、脳の奥底を掻き乱す。
二度、三度と息を吸うと、この洞窟を穿った波打ちのように、少年の香りが青年の思考を侵食していく。
洗濯機の蓋と共に封じ込めたはずの本能は、たった一枚の布切れによって強引にこじ開けられ、 鼠径部に膨れ上がった自身重みへと直結する。
スイクンは鼻先をブリーフより離し、落ち着かない様子のアブソルの耳元で囁いた。
「おしっこ、もうちょっと我慢できる?」
スイクンの意図など露も知らぬアブソルはおずおずと頷く。
だが子供の細い下腹部に溜め込める限界点など知れている。
ましてや、薄い塩水の口移しを三度も受けた後など。
少年はしきりに身体を動かして潮のうねりを誤魔化そうとしていたが、それもやがて立ち行かなくなる。
きつく閉じた大腿を震わせ、スイクンの腕をひしと抱え、浅い呼吸を繰り返し、何とか最高潮に達した尿意を耐え忍ぶ。
が。
じわりと、灰色の染みがブリーフに浮かぶ。
瞬間的に広がった尿は、二度三度と拡大を繰り返し、やがて断続的な流れとなって白い布を侵食していく。
スイクンが少年の内股に鼻先を突っ込んでこじ開けると、筋肉の弛緩によって一層潮流が激化する。
布地に激流を叩きつける音を響かせながら、噴出孔のように溢れ出し、白から黄色へと塗り替えていった。
ふと何かを思い出したように、スイクンは潮の源泉である下着の膨らみを口で包み込む。
温かい奔流が口腔に注ぎ込まれる。エグみや雑味などは一切なく、ただ感じるのは。
(しょっぱいなあ)
潮水を口一杯に含みながら、今度はアブソルの顔元に首を伸ばす。
いつの間にか掛けていたサングラスを取り払ってやると、放尿の快楽と羞恥に潤んだルビー色の瞳が出迎えた。
スイクンが数時間前と同じ開口のシグナルを前脚で送り、力なく開いたアブソルの口に覆い被さる。
自身の出したものを飲まされる、と身構えていたアブソルが感じたのは。
「……みず?」
「おしっこも綺麗にできるかって、聞いたでしょ」
ぽかんと開いた少年の口を、再度、大きな口で塞ぎ込んだ。