writter is 双牙連刃
暑い日々が続いておりますので(見た目だけでも)涼し気で、ちょっとだけ温かい物語でもと書いた作品です。ちょこっとでもお楽しみ頂ければ幸いにございます……。
茹だる様な暑さの熱帯夜を超えてカーテン越しに朝日を感じたので、俺はどんよりとした空気を追い出す為にカーテンを開けた。するとそこには……推定、体を休められる場所を求めて飛来したであろう鳥のポケモンが居た。
とりあえず俺の借りているマンションの狭いベランダでは窮屈そうではあるが、当のポケモンはカーテンを開けた俺の顔を見て慌てて飛び去る。……事も無く『あ、どうも』とでも言うように軽く頭を下げて休憩モードに入った。いや、その……まぁいいか。正直俺と体の大きさが変わらないポケモンに暴れられるよりは大人しくされていた方が万倍マシだ。どうやら休憩がお望みのようだし、十分に休めたら何処かに行くだろうと考えてそのままにして、朝飯の用意をするかと冷蔵庫に向かう。今朝は、TKGにでもするとしようかな。
さっと朝飯も済ませて、俺はスリープにしてたパソコンに向かう。以前は普通にサラリーマンをしようとして、人間関係の軋轢から社会からドロップアウトしてしまった俺の今の仕事は、フリーのプログラマーをしている。今はどっかの会社の社員の勤怠管理ソフトを作ってくれと言う依頼の仕事をしている。タイムカード読み取り機と連動して自動で社員の勤務状況を拾ってくれるソフト作れとか、面倒を言ってくれるもんだ。そういうのはその機器のメーカーに問い合わせて調べて既存のもんを導入してほしいもんだ。これで飯食ってる身分で言う事でもないけどな。
しばしパソコンと睨めっこを続けた後、ふとあの鳥ポケモンはもう行ったかなと気になりベランダを見に行く。するとそこには……日差しを避けるように細くなりつつある影に身を合わせるように細くなっているポケモンが居た。全身煌めく涼やかな水色をしているポケモンが暑さに必死に抗おうとしている姿はなんというか、可哀そうな程の哀愁を感じる。
「えーっと……暑いの嫌な系?」
言葉が通じるかも分からないのに、自然と俺の口からはそんな言葉が漏れていた。どうもポケモンには俺の言葉が分かったらしく、げんなりと見ているだけで分かる表情をしながら鳥ポケモンは頷いた。うぅん、そう反応されるとこのままベランダに放置するのは可哀想だ。どうしたもんか……言葉が通じるなら聞いてみるか。
「部屋を荒らされるのは困るから大人しくしててくれるならって事にはなるけど、涼んでく?」
そう確認すると、開けてる窓から俺の部屋の中を少し確かめるように見た後、ポケモンは大人しく部屋に入り……部屋の中にある物で一番座り心地が柔らかいであろうベッドの上に陣取った。いやまぁいいんだけど、外に居たものがいきなりベッドに乗るのはご遠慮願いたい。今晩寝る前にはシーツは変えないとならないなぁ。
熱気が流れ込んでくるのも嫌だから、一端窓は閉じた。出たくなったら何かしらの合図をしてくれと伝えると、透き通る綺麗な声で一鳴きしたので伝わっただろう。ちょっと驚くくらい頭の良いポケモンみたいだなぁ。
さて、こうなってくるとこのポケモンは一体何なのかというのが気になる。確認するにも、ぶっちゃけ俺はこれまでの人生でポケモンにあまり関わってきた事が無い。ポケモンの種類も、指で数えられる程度うる覚えで知ってる程度だ。が、今の世には他人と繋がるネットワークが幾らでもある。ベッドでクーラーからの風にご満悦なポケモンに、一枚写真撮ってもいいかと尋ねると何やら決め顔になったので承諾と捉えてパシャリ。それをSNSに貼って、なんか凄そうなポケモンと出会った。コレ何? とメッセージを添えて投稿。暫くすれば何か反応があるだろうと思いながらパソコンに向き直そうとしたんだが……普段滅多に反応しない俺のスマホがバイブレーターかと言うくらいに振動し始めた。
え、何事? と思いながらスマホの通知を確認すると、全てがさっきの写真とメッセージについてだった。これフリーザーじゃね? 伝説のポケモンじゃん! 何処に居んの!? そんなメッセージが次々に付いて行く。これは、あれだね? こいつ想像以上に凄いポケモンだね?
「わーお……お前さん凄いポケモンなのね」
俺がそう言うと、なんだか眉を顰めるような顔をした。どうも当事者的には凄いポケモンと言われるのはあまりお気に召していない様子。それならあまり特別視するのも悪かろうと思い、それ以上は触れずに今くらいはゆっくりすりゃいいさと声を掛けてそっとしておく事にした。既に拡散してしまったSNSのメッセージについては伝説のポケモンだって呼ばれてる事に驚きつつ、実は一週間前に撮った写真だったって事にして収束を狙った。どう見ても室内だが? って事に突っ込まれはしたが、知り合いの家に行った時になんか居たという話でゴリ押して何とか火消しは終えた。幸い、と言っていいかは分からないが、俺のSNSアカウントを知っているリアルの知り合いは居ないので身バレの心配は無いだろう。まぁ、休ませてる間の短い時間だからそこまで心配する事は無いだろう。
……なんて考えていたのが三日前。あいつことフリーザーはとっくに出て行って、いなかった。というか、もう既に居候の状態になっている。どうも休ませた結果、この家と俺の距離感が思った以上に居心地が良かったらしく、今も俺のベッドの上でテレビを楽しんでいる。厳密に言えばテレビに繋いだネットから引っ張ってきている動画だが、まぁそれは些末な事だろう。
別にこの状況は俺が生んだ訳ではない。俺としては今でもフリーザーが出ていく素振りを見せたら窓を開け放ってフリーザーを見送る予定だ。が、その素振りを全く見せないのでこうなっている。野生のポケモンってこんなに人間の生活に馴染むものなのかね? いや、トレーナーの世話になってるポケモンが普通に居るんだから出来てもおかしくはないのか。
「んー、はぁ……まぁいいや。そろそろ昼飯にするけど、素麺と野菜炒め丼、どっちが良い? 因みに選ばなかった方は晩飯になります」
三日間で分かった事と言えば、フリーザーは俺が思っている以上に俺の言ってる事も物に対する知識も知っている事だ。今も茹でる前の素麺と空のどんぶりを見せると少し吟味するような仕草をして、素麺をちょちょいと突いて見せた。そういう事なら、昼はさっぱりと行くとしよう。
田舎から上京して帰る事も無く都会で一人暮らしをしている俺としては、毎夏あちこちから送られてくる素麺の消費者が頭一つ増えてくれているのは地味に助かっていたりする。大して金の掛かる趣味も持っていないし、ポケモン一匹くらいを養える程度の稼ぎはあるのでフリーザーを急いで追い出さなければならないという事態には陥っていない。フリーザーも何となく気を使ってるのか、それとも普通に小食なのかは知らないがあまり大飯喰らいではないので、食費で家計が破綻する心配も無い。故に居候をしたいというなら気が済むまでは居させようかとなっていたりする。……なんだかんだ、パソコンに向かい続けるだけの毎日を送っていた俺にとって、会話ではないとは言え尋ねたら反応してくれる相手というのは、ちょっと居て嬉しくもあるのだ。
フリーザーが居るデメリットは先に述べた通り食費問題だが、実はメリットもある。ずばり、フリーザーが纏っている冷気だ。
初日に部屋に入れた直後は疲れていた所為か特に部屋の気温に影響を与える事は無かったんだが、エアコンの冷気と軽食で休ませたところそよ風のようにフリーザーからも冷気が漂い始めて、暫くすると確実に部屋の気温が下がったと言える程の冷気を纏った為にエアコンの設定温度を上げる事が可能になり電気代の節約になったのだ。これは助かる、非常に助かる。三日休ませた今では、エアコンを点けなくても部屋の気温は適温になる程にフリーザーの冷気は調整自在。なんだが、エアコンを止めると気流が無くなるからかフリーザーが嫌がるので送風レベルではエアコンは動かしている。フリーザーがもっと居着くつもりなら、扇風機を買ってくるのも一考の余地があるかもしれないと薄っすらと思っていたりする。
「……なんて、お前さんはその内野生に戻るんだろうし、考えるだけ無駄になるかな」
そう言いながら茹で上がった素麺を水で締めてボウルに二人分持って行くと、フリーザーは首を傾げてる。何でもないよと言うと、言いたい事があるなら言えという表情をされた。別に言う事も無いだろうと、居候のポケモン様はどんな薬味がご所望か考えてたんだよと返す。ネギとゴマとチューブ入りの擦り下ろし生姜を見せると、フリーザーはゴマと擦り下ろし生姜をご所望だ。麵つゆと薬味を素麺入りボウルに放り込み良く絡めてフリーザーの前に置いてやると、なかなか嬉しそうにする辺り用意する身としてはそれなりに嬉しい。俺自身の浸けて食べる麺つゆ入りのお椀も用意出来たし、頂くとするか。
「そんじゃあ揃って、頂きますっと」
合図と共に素麺に取り掛かる。フリーザーは当然啜るという食べ方は出来ないから、適度に嘴に銜えて器用に食べていく。周りを汚さないで食べている辺り、やっぱり頭良いよなーと思いながら俺も素麺を啜る。シャキシャキとしたネギの食感とさっぱりとした生姜の風味がより涼しさを助長してくれている、気がする。夏の風物詩だからというプラシーボもあるだろうが、実際さっぱりとしているのは事実だから良い物だ。
しばし素麺に舌鼓を打てば、そう長く掛からずにどちらも完食。うん、美味かった。
「ご馳走さんで、お粗末さん。満足行ったかい?」
俺の問い掛けに一鳴きしたフリーザーは満足げだ。そう思ってくれたんなら面倒な片付けに向かう足も軽くなると言うものだ。
それから食休みをしばしした後に、いつもは俺のベッドの上で昼寝に興じていたフリーザーが窓に向かい俺に一鳴きした。……そっか、行く気になったのか。
「避暑は十分に出来たか?」
言いながら窓を開けようとする俺の腕に、そっとフリーザーは頬を寄せた。礼のつもりかな? まぁ、悪い気はしないか。
「ははっ、三日間ではあったけど、俺も結構楽しませてもらったよ。ありがとな」
窓を開けると、外は快晴。照り付ける太陽光によって熱された外気に少し顔をしかめながらフリーザーを見ると、同じような顔をしてながら目が合って、お互いに少し笑った。湿っぽい別れより、こうして笑って見送る方がいいだろう。
「大分暑そうだが、無理してトレーナーの前に落っこちたりするなよ? 俺みたいに涼ませるだけなんて奴、自分で言うのもあれだけど珍しいからな? 多分」
知ってるとでも言うように一鳴きして、フリーザーはベランダの縁に飛び乗り翼を広げる。日の光に照らされる水色の翼はまるで水晶のような光沢を纏っているようにさえ見える。ちらりと俺の方を振り向いた後に……翼をはためかせ、フリーザーは飛び立った。マンションから飛び立つフリーザーなんて目立つかなと思ったけど、どうやったか知らないが高度をどんどん上げていく。大丈夫そうだな。
「素麺くらいは出してやるから、また涼みたくなったら来いよー」
近所迷惑にならない程度で言った俺の最後の言葉が届いたかは分からないが、ばさりと羽ばたいてフリーザーの姿は小さくなっていった。……感傷に浸ってないで、また一仕事するか。折角フリーザーが残して行ってくれた涼しさが温くなってしまう前に窓を閉じて、俺はパソコンに向かう。フリーザーが居た余韻を少しだけ長く味わうように、エアコンは……ちょっとだけ、我慢して。
ひたむきに仕事をして時間を見ると、時刻は17時の終わりに近付いていた。そろそろ晩飯にするかと冷蔵庫を開けて、晩飯は野菜炒め丼になるぞとフリーザーに言ったのを思い出した。折角なら暑さの和らぐ夕方に飛び立っていけば、晩飯も食っていけたのになーなんて考えてる自分に思わず笑ってしまった。短い間で自分でも思っていなかった程に俺はフリーザーの事を気に入っていたらしい。寂しくないと言えば嘘になるな。
とは言えもうあいつは自分の居るべき場所に飛び立って行った。そして俺はそれを引き留める事無く見送った。だから、この話はここで終わり。明日からはまた俺の一人暮らしが恙無く流れていく。……何かポケモンを家に迎えるのも、悪くないかもなと思いつつ。
冷蔵庫の中の野菜を適当に取り出しウスターソースと絡めながら炒め、炊いておいたご飯を炊飯器から丼に移し野菜炒めを載せる。後はザクザクと食べていくだけだと思いながら食卓にしてる小さな丸テーブルに運ぶと、不意に窓の方からコツコツと叩く音が聞こえた。
何だ? と思いながら閉めていたカーテンを開けるとそこには……なんかげっそりとした顔をしてるフリーザーが開けてほしそうに俺を見ていた。いや、えー……ちょっと感動的に別れてから数時間で帰ってきちゃうの? やだもうあのしんみり感返してほしい。
「全く、お早いお帰りで」
そう言いながら窓を開けてやると、すっかり定位置となった俺のベッドの上に座って一息という顔をする。
「どうした? 涼んで元気になったからイケるかと思ったら、予想以上にまだ外きつかったか?」
それとでも言うようにフリーザーは頷いた。近年の熱波は、さしもの冷気を纏えるフリーザーでも本気でしんどいものらしい。こりゃ、季節的に涼しくなるまで居候継続かな?
俺がそんな風に思ってたら、不意に何かがフリーザーの方から飛んできて、思わずキャッチしてしまった。手の中にあるのは……なんだこれ? モンスターボール?
「んぉ!? これって……何? 持ってきたの?」
フリーザーは頷く。そして投げて来いとでも言うように、くいっと首で合図を送ってくる。これはつまり……居候じゃなく同居者にしろって事?
「えっとつまり、うちのポケモンになりたい系?」
ダメか? とでも言うように首傾げちゃうんですね。なんとまぁ……ポケモンを迎えるかと考えてたけど、伝説のポケモンを迎える気は無かったんだけどなぁ。
「ははっ、ポケモンから人の所に住まわせるように言ってくるなんて、世にも奇妙な物語にでも投稿出来そうだな。とりあえず俺は飯時なんだが、付き合うかい?」
そう言って先に出来上がってる野菜炒め丼を勧めると、頂こうと言わんばかりにフリーザーはテーブルに着いた。食べ始めるかなと思ったらお前の分はどうしたと言わんばかりの顔をしてるから、さっさともう一つ用意するか。手間はそう掛からないし。
何処から持ってきたか分からないモンスターボールを眺めながら、俺は出来上がったソフトが先方に送られていってるのを眺める。使う前から表面に小さな傷なんかがあった事から鑑みるに、何処かに落ちていたのを見つけて拾ってきたんだろうが、よくこんな小さい物を空中から目聡く見つけてきたもんだと関心する。今このボールにはトレーナーとして俺の名前が、ポケモンとしてフリーザーが登録されている。と言っても、奴は登録する際に入った一度きりだけ入っただけで、その後は俺が散歩に出るのについて来る時でもボールに入ろうとはしないが。ようは家に居る為の免罪符が欲しかっただけで、俺のポケモンになったような気は無いんだろうな。
「まっ、俺も同居者だと思ってるしそれはいいんだけどな」
俺の独り言にどうしたと言うように鳴いてるが、何でもないと言うとまたテレビというモニターに向き直った。結局俺はフリーザーからの要望を飲む形でモンスターボールを使い、晴れてフリーザーは俺のポケモン、という体裁を手に入れた。フリーザーは快適な避暑地を得て、俺は一人暮らしの話し相手を得た訳だ。お互いにメリットがあった訳だし、よしとしようか。
「おっし、納品完了。代金も振り込まれたし、ちょっと良いもんでも食べるか」
耳聡く俺の言葉を聞き分けて、フリーザーは足で器用にリモコンを操作しテレビの電源を消した。そのままチャカチャカと歩いて玄関まで行き買い物に行くぞと一鳴きする。食い気とやる気満々な伝説のポケモン様な事で……元気なのは良い事だけどな。
「へいへい、今行くからちと待ってくれ」
財布や家の鍵をポケットに詰めて、一応フリーザーのボールも携帯する。基本的に出しっ放しではあるけど、スーパーなんかに入る時にひょっとしたらボールに入ってもらうかもしれないからな。ま、いつもスーパーの看板やら屋根の方に飛んで行っちゃうから、さっきも言った通りこのボールが使われたのは一度だけなんだけどな。一応だ一応。
「ほんじゃ行きますか。因みに、焼きそばか焼肉丼ならどっちが良い?」
俺が聞きながら玄関を開けると、フリーザーはどっちも捨てがたいと言うような顔をしながら後に続いてきた。スーパーに着くまでには決めてくれよと言いながら玄関の鍵を閉めて、歩き出す。外は快晴、ではなく雲は出ていて直射日光の中を歩くよりは快適だ。フリーザーの纏ってる冷気の恩恵もあるから、他の人よりは過ごし易いかな。
偶然から始まったこの共同生活だけど、なかなかどうして悪くない。ポケモンらしからぬ程こっちの言う事を理解し、身振りで相槌を打ってくれる相棒は俺には丁度良い同居者だ。まぁ、伝説のポケモンだからしてトレーナーやら何やらに狙われる可能性もあるし、またふらっと野生に帰る事を選ぶかもしれないけど……それまではお互いに居心地の良い関係であり続けたいもんだな。
~後書き~
一羽と一人のちょっとした日常、如何でしたでしょうか? フリーザーは希少さを除けば夏場には一家に一羽居てほしいポケモンだと個人的には思っております。
ここまでお読み頂きありがとうございました! これからも不定期に何か投稿は続けようと思っておりますので、次作もお読み頂けましたら有難い限りでございます!
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