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旅の終わりに の履歴(No.1)


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※この作品は健全ですが、死亡、産卵、近親相姦要素を含みます。




 フィオネ達と別れて久々の一人旅が始まってからどれだけの時間が経過しただろうか。
 僕は身体の力を抜き、否、最早力を入れることすら出来ずに重力に引かれて深く深く沈んでいく。
 空間をぼんやりと照らしていた光は段々と薄くなり、辺りは次第に色と温度を失っていく。


 *


 僕は暗い深海の底で生まれた。生まれた、というのはタマゴから孵った場所がそこだったということだ。
 僕たちマナフィは回遊種で、生まれてから数年を掛けて世界中の海を泳いで旅する。そしてそこかしこにタマゴを産み付けて子孫を残すのだ。
 しかし、タマゴを産み落とすのは海の浅い所。ではどうして僕は深海で生まれたのかと言うと、浅瀬に産み付けられたタマゴが海流に流され岩場を転がり、そうして海の深い所へと落ちていったものから生まれたのが僕なのだ。
 通常、マナフィから産まれたタマゴからはフィオネしか生まれないのだが、不思議なことにこのように海底に沈んだタマゴからはマナフィが誕生する。水圧や水温が発生に影響しているのだろうか。

 タマゴから孵ったばかりの僕は微かな光と温かな水の流れを頼りに泳ぎ、水面近くの明るい世界に辿り着いた。近くに迫った水面はキラキラと輝いている。
 それに見惚れながら差し込む光と共に踊りながら泳いでいると、遠くの方からこちらに向かって泳いでくる生き物の影が目に入った。
 影は次第に大きくになり、それにつれてその輪郭を明瞭にし、そのシルエットは僕の身体と酷似した色に色付いていく。
 間もなく、それが二匹のフィオネであることに僕は気付いた。彼等は僕の近くに寄り、まるで昔からの知り合いかのようにいきなり僕の手を握ったり抱き締めたりしてきた。
 彼等の話を聞くところによると、彼等の三代前の先祖が僕の兄弟のフィオネだったらしい。温かな世界に留まったフィオネはマナフィよりずっと早くに孵化し、兄弟同士での生殖を繰り返してマナフィの誕生を待つのだという。そしてこうして僕が誕生した暁には、世界中に散らばった兄弟のフィオネ達の子孫が回遊する僕の身を護る役に就くとのことだった。
 僕とこのフィオネ達のようにマナフィとその兄弟のフィオネ、そしてそのフィオネ達の近親交配による系統を纏めて"ファミリー"と呼ぶ。マナフィとフィオネはこうしてファミリー単位で種を保ってきたのだ。

 しかしながら、マナフィが産んだタマゴからマナフィが生まれるのはそう簡単な話ではない。
 まず、浅瀬に産み落とされたタマゴが孵化する前に深海へと沈んでいく必要がある。上手く海流に乗って運ばれるかどうかという時点でも確率は低いのだが、それだけではない。
 サメハダーやシビルドンのような肉食のポケモンにとってタマゴと言うのは危険を冒す必要も労力をかける必要も無く容易に摂取できる栄養源である。不用心に彼等の目の前を漂ってしまっては即刻捕食されてしまうだろう。
 そして無事に海底に降り立ったとしても、冷たい水の中でフィオネと比べてずっと長い期間無防備なタマゴとしてそこに居続けなければならない。ここでも海底を這うようにして獲物を探しているハンテールと出逢いでもすればそこで終わりだ。
 さらに無事に孵化できたとしてもまだ生命の選別は続く。
 僕らは誕生後、微かな光を頼りに水面を目指すわけだが、生まれて最初に目にした光がランターンの疑似餌であったとしよう。僕らは自ら捕食者の口の中へと飛び込むことになってしまうだろう。
 それに、生まれたばかりの身体で身体を刺すような冷たい深海の底から這い上がるのも当然のこと難しい。実際に僕が生まれた場所のすぐ脇には息を引き取ったマナフィが一匹横たわっていた。きっと、僕の兄弟だった筈が途中で力尽きてしまったのだろう。

 このような理由で兄弟の中でもマナフィとして誕生するのはほんの一握り、下手したらマナフィが誕生せずそのファミリーは次世代を生めないということも頻発するのだそうだ。現に、僕の兄弟の中では僕が最初のマナフィだという。フィオネ達は一緒に泳ぎながら、こうした事情を僕に教えてくれた。


 それから僕は世界中の海を泳いで回った。
 フィオネ達はそこかしこに拠点を持っており、彼らの縄張りから別の縄張りに移る際にはまた別のフィオネが僕の回遊に同行した。

 そうして立ち寄った各所で僕は連日生殖に励むことになった。相手は兄弟ではない、すなわち別のファミリーのフィオネだ。
 フィオネ達はファミリー間での争いはせず、寧ろ敢えてお互いに生活圏を共有することで自分のファミリーのマナフィが誕生した際にすぐに配偶者を紹介することができるようにしている。
 マナフィはフィオネ達と異なり、深海という厳しい環境に晒されて尚生き抜くことができた個体である。より強い遺伝子を次世代に遺すために、ファミリーの世代交代を目的にした生殖はフィオネ同士では行わず、マナフィと別のファミリーのフィオネで交雑が行われるのだ。
 そのようなシステムの中で、僕は来る日も来る日もフィオネに雄性配偶子を注がれて産卵し、またすぐに次の仔を孕まされるという日々を繰り返した。
 そうして産んだタマゴの数は優に千を超える。
 一つ一つのタマゴが気力と体力を消費して産み落とした、大切な僕の仔。彼らを守り抜き、孵る瞬間をこの目で見守りたいという思いはありつつも、僕は一つの場所に留まっているわけにはいかない。
 用意された短い生命の時間の中で少しでも多くの場所に少しでも多くのタマゴを作り、種全体としての生存数を増やさなければならない。
 自分の使命を理解した僕は、せめて外敵から襲われることなく健やかに育ってほしいと願い、我が仔を岩場の陰や海藻の森の中に静置して、後ろ髪を引かれる思いを抱えつつ別れを告げるのだった。


 そんな生活を繰り返して四年が経った今日。僕は世界を一周し、最初に海底から這い上がった海域に戻ってきた。
 僕はマナフィとしての使命を全うした。これから僕の自由な余生が始まる――とはならなかった。
 長距離を泳ぎまわり、毎日のように交接と産卵を繰り返した僕のこの小さな身体は既に限界を迎えていた。丁度世界一周が終わる頃に寿命が来るとは、元よりこれ以上生きる必要のない生命だということを思い知らされる。

 最後に僕にできるのは、死に場所を選ぶことくらいだ。

 僕はこの半生で旅をしてきた世界中の海の景色を思い出す。
 低緯度帯の海は実に彩りに満ちていた。水の世界をケイコウオやラブカスが優雅に泳ぐ。岩場にはサニーゴやカメテテが張り付き、その陰にはヒドイデがサニーゴの枝が抜け落ちるのを待っていたり、オクタンがその身を休ませていたりする。非常にたくさんのポケモンに囲まれた豊かな場所で死ぬのも賑やかで悪くない。
 反面、高緯度帯の海は浅い場所にも関わらず凍り付くような冷たさであった。温かな海を好むフィオネはこの辺りに殆ど分布していなかったのを覚えている。一方でこの環境にはラプラスやホエルオーなど大型のポケモンが雄大に泳いでいた。彼らの穏やかな眼差しに看取られるというのも一興かもしれない。
 しかし、どちらを選ぶにも問題がある。
 最早、そこまで泳いでいくだけの時間が僕には残されていない。持ってあと、精々一日の命。ボロボロの身体では十分な速度で泳ぐことも難しく、それも相まって選べる場所はさらに限られる。
 この辺りで骨を埋めるに相応しい場所といえば――一つしかない。
 僕が誕生した、暗く冷たい深い海の底。周囲にはこれといって何もない。何かがあったとて太陽の光が届かず視認できる物は存在しない。静かで寂しい、孤独な空間。しかし、そんな場所でも僕の生まれ故郷だ。
 命の散り際に、最初で最後の帰郷をすることを僕は決意した。

 フィオネは深海へはついて来られない。あの低い水温と高い水圧に耐え切れるようには身体が作られていないからだ。
 生まれたばかりの僕が初めて彼等と出会ったポイント、まさに丁度その地点までは彼等と一緒に泳いで移動した。誰かと話しながら併泳するのもこれで最後だ。
 フィオネ達は僕にに感謝を告げた。自分のファミリーのマナフィの回遊に同行することができるのは、フィオネにとってはこれ以上の無い幸運なのだそうだ。
 僕だけでなくフィオネ達ももうすぐその生涯を閉じることになるという。
 だが、まだ僕の兄弟が海底で眠っているかもしれない。だから最期に、彼等は交配して仔を成すのだそうだ。ファミリーを支える任を仔に託して死んでいく、それがフィオネの生き方だという。
 それではもしも他にマナフィの候補が居なかったとすれば、マナフィの居ないファミリーがずっと存続してしまうのではないかと僕は問うた。
 近親交配することで敢えて遺伝的多様性を低く保ち、なんらかの環境変化が起きた際にファミリーが丸ごと滅びる仕組みになっているのだと、彼等は答えた。無駄なファミリーはその内淘汰されるのだから、その時が来るまではフィオネは自身の分身を生み出し続けるのだそうだ。
 彼等は僕なんかよりずっと高い視点からマナフィとフィオネという超個体を俯瞰し、その上で自らに与えられた使命を受け入れていた。
 僕は死ぬ前にに尊敬出来る相手を見つけられて、どこか安心感を覚えた。きっとこの世界なら、僕が居なくなっても僕の仔達は育ってくれるだろう。


 *


 ハッと気が付く。
 只管に静かなこの空間を降りていく最中に、僕は生涯を振り返っていた。これが走馬灯と言うものか。
 いつの間にか、周囲は完全な暗闇に染まっていた。足の方に目を向ければ微かに光がそちらの方に存在していることが認識できるが、僕の周囲を照らすことはない。照らされる物が無いからだ。
 家路はただただ殺風景だ。懐かしもうにも思い出に浸る物が何も無い。本当に僕はこの路を通ったのかすらも自信を持つことができない。
 それでももう、僕は手足を動かす気力は残っておらず、いつ訪れるかもわからない故郷への到着をただ待つことしかできなかった。
 もう、目を開けているのか閉じているのかすらもわからない。微かに肌を撫でる水の流れだけが時間というものを、僕がまだ存在していることを実感させる。


 やがて、僕の頭に水ではない物体がぶつかった。それと同時に僕の身体の下降は止まる。背中も、頭が触れたものと同じ物質の上に落ちる。細かい粒子が僕の肌にざらついた感覚を与える。
 どうやら故郷に着いたようだ。

 僕の故郷にはやはり何も無かった。ただただ、どこまでも広大な暗闇が続いているだけだ。否、何かはあるのかもしれない。しかし、僕が知覚できる範囲には何も無いのだから、それは存在しないのと同義だ。ここが故郷である確証すらも無いのだが、ここが故郷であると思い込まなければいけない。そう感じた僕は、それ以上考えることをやめて目を閉じた。

 ――すぐ近くで水流が起こる。僕の頭の触覚が微かに舞い上がり、僕は瞼を持ち上げた。目を開けていようが閉じていようが暗闇に居ることには変わりないのだが、周囲を知覚しようという意思が勝手に瞼を持ち上げた。
 触覚を少し動かして辺りを探ると、何かが僕のすぐ脇にあることがわかった。状況からして、コイツも僕のようにここへ落ちてきたのだろう。
 僕の最期を看取ってくれるその物体を把握しておこうとして、僕は触覚でそのモノの表面を撫でる。
 形は優美な曲面。これは球――いや、楕円体のようだ。だが、その短軸は長軸の中心とは交わらず、少し偏っている。そして、そのモノの表面は固くはなく、やや弾力がある。丁度、僕の肌のような感触だ。

 僕はこの傍らに居るモノに心当たりがある。
 実際にこの目で見たことはない。だが、非常に懐かしい。不思議な親近感を覚える。本能はこれが何かをわかっているのだろう。
 触れている間、このモノは微動だにしなかった。
 僕は僅かに残った力を振り絞って砂の上でずりずりと身体を引き摺って向きを変え、そのモノが顔の真横に来るようにした。そして、ほたるびで僕の近くを軽く照らす。

 視界に映ったのは、タマゴ。
 だがしかし、僕がこれまで産んできたものとは異なり、僕と同じ透き通った青い色。そしてその中心には紅玉のような核が浮かんでいる。
 これは僕の知っているタマゴではない。が、僕の遺伝子はこれが何者かを知っている。その証拠に、僕は自然と次に行うべき行動を理解した。

 僕の身体を構成する細胞すべてを沸き立たせる。"ブレイブチャージ"――微かに残った生命の維持に必要な物質すらも、この一瞬の輝きのためにその全てをエネルギーへと変換する。もう後には戻れない。
 即座に頭の触覚をタマゴに触れさせ、"ハートスワップ"――生成したエネルギーが放散する前にそれを全てタマゴへと送り込む。このタマゴは僕の仔ではないのかもしれない。それでも構わないと、僕は僕の命を全てタマゴへと注ぐ。
 僕とタマゴから発する光が僕らの周りを強く明るく照らす。
 ――ああ、そうか。僕はこんな場所で生まれたのか。
 視界に入るのは複雑な形をした岩々。地面から生えているものもあれば他の岩の上に乗りかかっている岩も居る。色味はグレーを基調に青みがかっていたり緑がかっていたり、寒色で統一されていてお世辞にもカラフルとは言えない。
 そして、それ以外には何も無い。
 だが、想像していたよりもずっと豊かな景色だ。

 光は長くは保たず、すぐに世界は暗闇に戻った。
 僕はもう、触手の一本も動かすことができない。
 そして僕は最期に、生まれた時からずっと勘違いをしていたことに気付き、自分の浅はかさに心の中で苦笑する。



 遠のく意識の中で、タマゴが一つ、トクンと脈打つのを感じた。


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