注意!:この作品は、遅感性未来予知の後日談にあたる作品です。先にそちらを読んでおくことを強くお勧めします。
注意!:さまざまな要素を含んだ官能表現があります。R-18。
注意!:この物語はフィクションです。実在の宗教および病種などとは関係ありません。また特定のそれらを揶揄するような目的で書かれたものではありません。
交感性比翼連理
水のミドリ
鼻から吐きだした息は白く凍りついて、僕の体温で溶けて、鼻頭をべしょべしょに濡らしていく。放っておくとどんどん固まって、そのうち呼吸ができなくなりそうで、舌先を伸ばして何度も拭う。しょっぱい。クマシュンの鼻水はこうやって育つんだろうなあ、なんてどこか遠いところで考えながら、僕は懸命に脚を持ち上げた。雪で滑らないように気をつけながら坂道を上るのが、寝てない体をこんなに消耗させるなんて。もうへろへろ。フルーツに貯めていた栄養もリュウテンちゃんを助けるために使い切ってしまっていて、――そう。そう、なんだ。慣れない雪道の大変さよりも、昨日のことを思い出すだけでもう、すっかり気力が吸い取られてしまいそう。
前を見上げても後ろに首を回しても、雪、雪、雪。僕の額には葉っぱの覆いがあるけれど、純白の絨毯からの照り返しが目を開けていられないくらい眩しい。頭上は雲ひとつないくらいの青空で、そのせいで気温ががくんと落ちているみたいだった。雪が降っていないだけまだマシだったけど、種族柄寒さにめっきり弱い僕は足を止めたら最後、そのまま動けなくなってしまいそうで。
1歩1歩坂道を這いあがる僕の横を、アルクジラたちは楽しげに転がっていた。なんだかのどかな光景だけれど、その奥では、ニューラの群れが爪を研ぎながら僕をじぃっと眺めている。峰々の陰に隠れてフリージオは氷の鎖をじゃらじゃら鳴らし、オニゴーリは冷気のよだれを垂らしながら牙をガチガチ言わせていた。
白銀の世界に溶けこみながら、ナッペ山に住むポケモンたちが僕を遠巻きに窺っていた。珍しがっているのか警戒しているのか、近寄ってくることはないけれど、ちっとも穏やかな気持ちになれやしない。オージャ湖の南の砂漠に住むノクタスってポケモンは、迷いこんだ旅人のあとを何日も何日もつけ狙って、動けなくなるのを待つんだって聞いたことがある。雪山に閉ざされたトロピウスが膝を折って動けなくなるのを、お腹を空かせて待っているみたい。
オージャ湖を出発する前、伝令班のドラパルトさんに頼みこんでドラメシヤの電報を飛ばしてもらったから、ナッペ山を統治するサクラさま、というポケモンには連絡がついているみたいだった。そうでもなければ今ごろ僕はニューラたちの爪で引き裂かれ、フリージオの鎖で吊るし上げられ、オニゴーリの牙で美味しく食べられていたに違いない。
リュウテンちゃんを助けられなかった悔しさだけで、しもやけの脚を奮い立たせる。
僕の前を行くユキメノコさんが、首を傾けて振り返った。風のない日のオージャ湖みたいな、平坦で透き通った声。
「正面の洞窟を抜けはると、そこはもうサクラさまの御前。くれぐれも粗相のないよう、よろしゅう頼んます」
「――はっ、はっ、はぁぁ、ちょっと、きゅうけい、休憩っ! お願いできますかあっ。もう脚、くたくたでっ……!」
「そやなあ、こっからの眺めは絶景やから、お茶をしはるには丁度ええ場所や思います。……脚がくたびれはったら、そのご立派な翼で飛んだらええんと違いますの」
「そんなことしたら、凍えちゃうよっ」
「ほな、洞窟の手前で〝おにび〟でも焚いて、お待ちしとりやすぅ」
「……あ、待ってってばぁ!」
登山を始めてからずっと、葉っぱの翼はお腹に巻きつけて防寒具がわりだった。空を飛ぶ体力なんか残っていないことを分かっておきながら、雪先案内人のアンダエさんはユキメノコの袖をひらり、と揺らして坂の上へ見えなくなる。
ナッペ山の西側登山道入口までたどり着いた僕の前に現れ、サクラさまの従者だって名乗り出たアンダエさん。意地悪……というか、露骨に嫌味を隠そうともしなかった。いくらヌシ様に仕える隠修士だとはいえ、いきなり訪問したから歓迎されていないみたい。「寒いんなら、ほな、〝おにび〟、欲しいんとちゃいます? 火傷しはるだけで、ちぃとも
風を
〝おにび〟を指先で遊ばせているアンダエさんの冷ややかな目線にいたたまれなくなって、小さく首を下げる。役割は終わった、とでも言いたげに彼女はお辞儀をしたまま動かない。ここから先は僕がひとりで進み出ろ、ってことなんだろう。
おずおずと洞窟を抜けるとそこは、周りを峰に閉ざされた広場だった。枝にびっしりと氷柱をぶら下げた針葉樹が数本生えているだけで、他は何もない。……ここが、サクラさまのお住まい?
「寒さに弱いその体で、雪に閉ざされたナッペ山までよくぞ訪れた。道中さぞ苦労されたかと思う。トロピウスのビスとやら、歓迎しよう」
立ち尽くした僕へ、〝ゆきなだれ〟みたいな豪快な声が降り注ぐ。どこから? ときょろきょろ首を振る僕の目の前で、雪山がひとつ盛り上がった。
ぼぁお――ぉおおおぉおおぉ……んっ。
彼女が背中から粉雪を吹き、伏せていた体を持ち上げるまで、雪に半分埋もれたサクラさまはナッペ山そのものだった。小柄なヘイラッシャと同じくらいありそうな体格のハルクジラは、眠たそうに片目を揺らしながら、頭から雪をかぶって凍える僕を見定めるように視線を落としていた。
オージャ湖のヌシ様へ祈るように、四肢を折りたたんで岩場へ首を垂れる。
「突然の訪問と40日の滞在を許してくださって、心からの感謝を申しあげます、サクラさま。僕はビスと申します」
かじかむ僕を労わるように声を丸めて、サクラさまがゆったりと吠える。僕にかぶさった粉雪が風圧で吹き飛んでいった。もうほとんど〝ふぶき〟を正面からぶつけられているみたい。……とても寒い。
「初めまして、わたしはサクラ。この地の象徴であり、ナッペを雪山たらしめる者。改めてよく来たね、ビスとやら。……申し訳ない、昨晩からの雪模様はわたしの〝あくび〟で押し流したのだけれど、気温の落ちこみを抑える手立ては持ち合わせていないのだよ」
「いえいえっ、サクラさまがお天気にしてくれたんですね。晴れているだけで、心強かったです」
「
「えっと、これは……ですね」リュウテンちゃんとの秘密を打ち明ける訳にもいかなくて、僕は1度強く唇を結んだ。「僕の力が至らなかったばっかりに、大切なフルーツを萎れさせてしまったんです。次はそうならないためにも、過酷なナッペ山で修行に励もうと」
「感心なことよ。ここは己の弱さと向き合うのにはまたとない環境。心ゆくまで研鑽を積まれるといい。まずは、極寒の吹雪にその身を順応させることが先決だろうね」
オージャ湖のヌシ様へ
でも、氷にめっぽう弱いトロピウスの隠遁生活だなんて、長らくナッペ山を見守ってきた彼女も初めてのことなんだろう。へっくし、とくしゃみをした僕に気を揉んだような咳払いをひとつして、サクラさまは上顎のツノを震わせた。冷気を抑えてくれている、のかな。
「そのままではじき凍傷になるだろう。堅苦しい挨拶などはいい、寒さに弱い者たちが身を寄せている洞窟がある。アンダエよ、案内を頼むぞ」
「サクラはん、お言葉どすが」いつの間にか僕のすぐ後ろへと待機していたユキメノコさんの瞳が、ぎらり、と鋭い光を帯びる。「ビスはんはあたしら氷タイプと同じく炎に弱い草タイプ。あないに
「生まれも育ちもナッペ山のあなたには理解しがたいだろうけどね、彼は雪に触れているだけでも苦しいはずなのだ。そんな思いをしながら訪れてくれたのだから、わたしらはできる限り丁重にもてなすべきだろう。皮肉は程々にしなさいと釘を刺したはずだよ、アンダエ。分かりきった質問で時間を費やしてはなりません。しっかりと雪先案内人としての責務を果たしなさい」
「……やそうです、ビスはん」アンダエさんは意味ありげに、僕の耳あたりへ〝こおりのいぶき〟を
「え……えっ、どういうこと、ですか。あの世って天国のことなの、それとも地獄……?」
「……やれやれ」
サクラさまのこぼしたため息が僕のすぐ隣をかすめていって、後ろの樹氷をもうひと回り大きくさせた。気温とは別の悪寒に震えあがる僕に向き直って、ナッペ山の統治者は思い出したかのように言う。
「ときに、あなたはオージャの湖を統べる者――フェヴィル殿について、どう思われる」
「ヌシ様は素晴らしいお方です。どこにも居場所のなかった僕に手を差し伸べてくださって、兄弟姉妹に囲まれた穏やかな生活を用意してくださいました。今の僕がこうしていられるのも、フェヴィル様のおかげ、というか」
「ふぅむ」サクラさまが声をくぐもらせて、浮かない顔つきで僕をしげしげと眺めていた。「あなたはわたしの大切な訪客だ。その旨はナッペ山全土へ通達済みではあるが、あまりその立場を言いふらさない方が賢明であろうね」
「……それは、なぜですか?」
「この凍土に息づく者は皆、己を信じ己の利がために生きる。わたしの忠告もどれほど聞き入れられているのやら……。オージャの湖では異なる種族が共同で暮らしていると聞くが、そのような協力関係を快く思わない者も少なくないはずだ。全ては己の生きるためになさい。さもなくばあなたはすぐさま樹氷と化すだろう」
「はいっ、はい……。よくよく心にとどめて、おきます」
ここに至るまで雪化粧された樹々はちらほらと立っていたけど、きのみを実らせているものはまず見当たらなかった。それはつまり、トロピウスが首元にフルーツを育てるなんて、まずできっこない極寒の大地なんだってこと。ということは今までみたいに困っている誰かに料理を食べてもらうことはできないわけで、僕がするべき施しを考え直さなくちゃならない。今できることといえば、遠くからオージャ湖の平和を祈るだけ。トロピウスの慶恩を失った今、僕は誰よりも弱っちい存在だ。
無力さが重なって、鼻の奥からこみ上げてくるものに何度か瞬きした。……ダメだダメだ、僕は昔っから泣き虫なんだから。はみ出した涙が頬っぺたで凍りついて、ぐしぐしと胸元で拭い取る。
坂道を下るアンダエさんが、首だけ小さく傾けて僕へ声をくれた。
「そないにしょっぱい汁こぼしはって、塩分足りんくなると違いますの。そうやビスはん、ぶぶ漬けでも食べていきはります? ちゃちゃっとかっこんでいけますさかいに」
サクラさまからも心配されるような情けない僕に、アンダエさんなりに気遣ってくれているみたい。一刻も早く洞窟で温まりたかったけれど、せっかくの親切を断るわけにもいかなくて、ユキメノコさんの背中に返事をした。
「ぶぶ漬け……って聞いたことないけど、美味しそうですねっ! それ、ナッペ山の名物なんですか」
「なわけあるかいな」
「え……?」ボソッとつぶやいたアンダエさんの言葉が聞き取れなくて、僕は残りの元気を振り絞って声を張った。「え……っと! オージャ湖にも、塩に漬けておく食べ物、あるんです。〝しおづけ〟が得意な友だちがいて、彼の漬けるきのみは味が濃くなって絶品なんですよ」
「そうなんやあ。あたしもいちど、ご相伴に預かりたいもんやなあ。噂に聞きはります。ヌシはんのお膝元では、とても上質な味付けのおばんざい、並べはるそうやないの」
「おばんざい?」
「普段の食事のこっとす。マトマを湯がいて表面の薄皮をぴろん、てえ剥いて、1日かけて手のこんだ食事をぎょうさんこさえるらしいやない。ヌシ様へ祈りを捧げながらそないなことしはるなんて、たいそう手際よろしおすなあ」
マトマのネコブ和えは、トレーナーの手持ちだったっていうドヒドイデくんが得意な料理だった。湯むきすることで口当たりが滑らかになって、辛さも半分くらい抑えられる。実はちょっぴり苦手な味なんだけれど、マトマもこれだけは美味しく食べられた。
僕の料理が褒められているワケでもないのになんだか誇らしくなって、にへ、と顔が崩れてしまう。アンダエさん、心の底まで冷えきってる印象だけれど、本当はいいひと……なのかな。
「手際がいいっていうか……美味しく食べるのが好きだから、そのためには手間を惜しまないんだ。誰かのためにご飯を作るのも、みんなの役に立ててるって思えるから。……そうだ、アンダエさんもぜひ、復活祭の日にオージャ湖まで来てください。僕、腕によりをかけてご馳走します!」
「トロピウスは〝こうごうせい〟で養分を補いはるんやろ。ビスはんがこさえるんやさかいに、さぞ滋味深い味しはるんやろなあ」
「まだどんな料理か説明もしていないのに、アンダエさんそんなことまで分かっちゃうんですか? すごいなあ」
首だけで振り返ったアンダエさんは、口元を袖で隠して微笑んだ。なのに仮面の奥の瞳はやっぱり笑っているようには見えなくて。……誰かを信じることは、ヌシ様に従って生きていく修道士にとって1番大事なことなんだ。親切にも住処まで案内してくれるアンダエさんすら信じられない! ……なんて態度をペス姉に見られたら、説教代わりの〝サイコカッター〟で僕の首元のフルーツを飾り切りにされるに違いない。
「ビスはんあんた、大らかやあ、言われることありまへん?」
「んへへ……、そうみたい、ですね。僕自身じゃよく分からないんだけど……」
「あんさんみたいなあざといもんばっか、わんさかうじゃっとるのかいな。そやさかい、オージャの湖はあないに
「……?」
アンダエさんの言っている意味はよく理解できなかったけど、波打って輝く湖面を思い浮かべただけで懐かしい気持ちになる。昨日の夜に1時間ほどかけて済ませた水浴びも、この先40日近くはできないんだ。リュウテンちゃんとペス姉と食事をしたのが、とてもとても遠い昔の思い出みたい。
澄みきった青空に目を細めて、白い息をひとつ吐いた。
「つい数日前も、謝肉祭っていって、みんなに豪華なご馳走を振る舞ったばかりなんです。今年は給仕班として納得のいく完成度で、どのお皿もすこぶる評判でした。いつも厳しいオノンドの先輩には、『トロピウスの果実がここまで美味しくなるとはな』なんて、太鼓判を押されちゃって。ジオヅムのソルトビーくんなんか、故郷のお姉さまに味わってもらいたいな、って舞い上がっちゃって。……僕がいちばん喜んでほしい相手には、あんまり食べてもらえなかったんだけど」
「……」
「そうだっ、アンダエさんの好きなきのみはなんですか? 僕はナナシのみがお気に入りだなあ。シャリシャリって噛み応えがあって、あの酸っぱさがヤミツキになって、何より〝こおり〟状態にならないのが嬉しいんだ。あ、あと、ヤチェのみも美味しいですよね。これも硬くて酸っぱくて、やっぱり氷に強くなれるから。ソルトビーくんに塩漬けにしてもらうと、おやつにピッタリなんです。こんな天気の日には、どっちも今すぐ食べたい気分! ……なあんて」
「…………」
なんとか盛り上げようとしても、後ろから僕が話しかけるばっかりでアンダエさんは振り向いてもくれない。トロピウスが〝さむいギャグ〟を披露しても雪なんて降るはずもないのに、さっきまで快晴だった空の端っこから灰色の雲が顔を覗かせていた。……降る前に住処までたどり着けるといいんだけど。
つづら折りの峠を下り、道が雪に埋まって見失いそうな窪地へ差しかかったところで、前を行くアンダエさんが急に立ち止まった。途切れ途切れにしゃべり続けていた僕は、どうしたんだろ? って首を傾ける。
アンダエさんは袖を持ち上げて、目元を隠していた。仮面の隙間から覗いた冷ややかな目は、どこか赤みを帯びていて。……泣いているの?
ぎょっとたじろいだ僕を、温度のない声が突き刺した。
「あたしの腹違いの弟は、あんさんとこから来はった伝道師なんやにそそのかされよって、オージャの湖に行ったっきり帰ってこうへんのよ。7年も前の話になるさかいに、もう忘れよ思うとったのやけどね。まさか近況を聞けるやなんて、んなけったいな話もあるもんなんやなあ」
「――あれっ!? もしかしてアンダエさん、ソルトビーくんがいつも言ってる、故郷に置いてきたお姉さまって」
「……ほんに大らかやんなあ、ビスはんは。この期に及んで、あたしの弟の名前、呼んでくれはるなんて。嬉しいわあ」
アンダエさんの言葉とは裏腹に、吊り上がった瞳は恨みに赤く染まっていて。
いつの間にか空の低いところを雪雲が覆いつくして、太陽を遮るように横へ広がっている。はらり、と冷たいものが僕の鼻頭に落ちてきた。このままじゃよくないことになる気がして逃げようと思ったけど、アンダエさんの広げた袖で〝とおせんぼう〟されたみたいに脚が1歩も動かない。
「あたしも頂戴したことあらへん弟の手料理を、なんであんさんが食べてはるん? あの子の体の一部を口にしはったなんて、姉のあたしによう言えたもんやなァ。ええ加減にしよし」
「や……そのッ、ごめんなさいっ! アンダエさんがソルトビーくんのお姉さまだなんて、そんな偶然、思いもよらなくて。弟さん、元気ですよ。え、えヘヘぇ、何も言わずに飛び出してきちゃったから、今ごろ心配させちゃってるかなあ。お姉さま宛の伝言、預かってくればよかったですね、えへへへっへへ」
「はッ、持ち前の大らかさも考えもんやな。けたくそ悪いわ、もう付き合うてられまへん。……目的地周辺に到着してはります。雪先案内を終了します」
「え……えっ、ここどこ……? 待って僕、雪山って初めてだから、どこに洞窟の入り口あるかとか、探せなくって」
「じゅんさいな修道士はんは、偉大なる湖のヌシはんがちゃあんと
「わ――」
ごう、と背後で雪が
「えろうハイカラな死装束やなあ、お似合いやでビスはん。ほな、オージャの湖でのご馳走、楽しみにしときやすぅ」
〝ぜったいれいど〟の挨拶を残して、ふらり――……とユキメノコの影が消えた。
ゾロアークの〝イリュージョン〟に包まれたみたいにぽかんと数秒そのままだったけど、葉っぱのひさしを通り抜けて雪のカケラが目に入ってきて、そのあまりの冷たさに一気に現実へと引き戻された。
「だ――誰かいませんかっ、誰かあっ!」
ケンタロスに氷タイプがいたら、その〝レイジングブル〟はこんな感じなのかもしれない。さまよっているうちに風は横殴りになっていて、叫んだ喉に容赦なく雪が吹きこんできた。息を吸っただけで喉が痛くて、へたりこみそうになる腰をどうにか奮い立たせる。せめて雪をしのげる場所を探そうと必死に目線をさまよわせていたけれど、次第にぼんやりしてきた。……それは視界を遮るホワイトアウトが濃くなったのか、疲れて霞んできたのか、僕が泣いているのか。
ふと、白い闇の合間を迫ってくる1対の目があった。
――さっき僕を美味しそうに眺めていたニューラたちか。もしくはフリージオかオニゴーリ。雪に隠れて近づいて、絶体絶命の僕を我先に食べようとしているんだ!
両脚を動かそうにも、進化して繭になったサナギラスみたいにびくともしない。飛んで逃げようにも翼は凍りついて広げることさえできない。ごめんなさい、ヌシ様。ごめんね、リュウテンちゃん。――ぼく、もう、ダメかも。
寒くて、怖くて、意識が遠くなっていく。ナッペ山の奥地で僕が見た『あの世』は、どこまでも暗く真っ白で誰もいない世界だった。
その年は冬の冷えこみが厳しくって、オージャ湖の北西側に薄く氷が張るくらいだった。当然僕は思うようにフルーツを育てられなくて、謝肉祭でみんなにご馳走した料理も、とうてい絶品とは言えないようなできばえだった。
ウタン島の端っこでどんよりと食べている僕に、数ヶ月前にヌシ様の洗礼を受けたばかりのヤドキングが、声をかけてくれたんだ。
「これを作ったの、あなた?」
「うん、そうだけど……」こんなマズいもの食べられるかっ! なんて文句を言われるんじゃないかって、かなりビクビクしていたと思う。「お口に合わない感じ……だったかな」
「いいえ、とても美味しかった。こんな美味しいもの、初めて食べた。ご馳走さまです」
「え」まさか褒められるなんて思ってもみなかった。素材の悪さに引っ張られて、盛りつけまで失敗したくらいだった。申し訳なくて首を下げる。「ぜんぜん、いいよ、そんな気をつかってくれなくて……」
「気を遣ってるわけじゃ、なくて、その」彼女はちょっと困り気味に目じりを押し下げた。「率直な感想を伝えたかっただけ……なんです。ヌシ様に『あなたの隣人を自分自身のように愛せよ』って、教わったから……こうやって感謝の気持ちを伝えることも、そうなのかなって。料理の味は、本当に美味しかったですよ。私、今までまともに料理と呼べるものを、食べさせてもらえなかったの。きのみをそのまま齧るか、潰して果汁を飲むか。食事なんて生きるために必要な栄養素を摂取するだけで、そこに楽しみなんて見出せなかった。でも、これを作ったあなたの、美味しく食べてほしい、って気持ちが伝わってくるようで。頭痛を忘れるくらい夢中になって、気づいたときには食べ終わっていたの。……こんなこと、初めて」
「……そう言ってもらえると、僕とっても嬉しいよ!」
「ううん、私の方こそ、食べることの喜びを初めて知りました。ありがとう。給仕班の……、えと、ブラザー・ビス、で、合ってたかな」
そう言って微笑んでくれたのが、リュウテンちゃんだった。
後から知ったことだけど、リュウテンちゃんはお父さまとの生活に耐えきれなくなって、楽しいことを楽しめない体質になっていたらしい。僕のフルーツで初めて食べることの楽しさを知ってくれたのは嬉しかったけど、食べることは楽しいんだ、って分かっちゃったから、その後の食事ではあんまり味も感じられなくなっちゃったんだと思う。いつも美味しそうに食べてくれないリュウテンちゃんを見ているうちに、励ましの言葉に助けられた僕が、今度は助けてあげなくちゃ、って、僕自身でも気づかないうちに思いを募らせていたのかもしれない。
ともかく、謝肉祭の日からは会うたびに挨拶するようになって、教育班の見習いをしていた彼女を手伝ったりして、1ヶ月が経った。
翼を伸ばして〝こうごうせい〟する僕のそばで、リュウテンちゃんは小さな池にしっぽを垂らしてまったりしていた。ヤドンだった頃は水辺に近寄れなかった(これも後になって聞いた話だ)し、進化してしっぽが短くなっちゃったせいで何も釣れることはなかったけど、それでもそうしているとヤドン族として懐かしい気持ちになれるんだとか。
生きてきた年数は大して僕と変わらないはずなのに、どこかおとなびて映る彼女の、初めて見せる天真爛漫な姿。どうしてか無性に惹かれていた。「ピクニックなのに断食の期間だから、サンドイッチは食べられないね」って僕が言うと、彼女は残念そうにしながらも小さく笑ってくれた。そうこうしているうちにお昼寝の時間になったけれど、僕は一向に眠くならなかった。木陰で首を垂れて寝たふりなんかして、そっと、まぶたを持ち上げて隣を見た。
リュウテンちゃんが、木の根元に背中を預けて後ろ脚としっぽを投げ出している。見習い先生として子どもたちから立派に見られるように、いつも背筋を伸ばしている彼女からは想像もできない無防備さ。思わず見入っていた。お腹にある横しま模様なんてまじまじ見る機会もないから、耳元でムウマに悪知恵を囁かれてもなお、僕は卑しさを振り払えずにこっそりと眺めていた。
前触れなく春一番が吹いて、リュウテンちゃんの首元を覆うフリルが
フリルに隠れるようにして、リュウテンちゃんの首に小さな切り傷がいくつもあったんだ。
風に
洗礼を受けて修道士になるポケモンのほとんどは、親に捨てられたり群れからあぶれたり、誰にも見せられない心の傷を負っている。まだヌシ様の教えに目覚めていない子は塞ぎこんでいたり、協調性をなくしていたりするけれど、気丈に振る舞っているリュウテンちゃんも、その子たちとおんなじだった。フリルの裏に気持ちを隠すのが上手なだけだった。修道士のならわしには忠実に従い、祈りの言葉も完璧に覚え、教育班のお勤めも真面目にやっている。そんなリュウテンちゃんが
でも、自分ひとりで抱えこんじゃう性格なんだろうな、とは思った。休憩時間にたわいないおしゃべりを続けてきたけど、1ヶ月の間にリュウテンちゃんが打ち明けてくれた悩みは、慢性的な頭痛があるってことくらい。なんでひとりぼっちになったのか、どんな理由で洗礼を受けたのかについては、もちろん話してくれなかった。僕を含めて周りの誰も信じきれず、慣れない共同生活にストレスを感じながらも、他のポケモンを吐け口にすることなんてできなくって、発散するために自分で自分を傷つけているのかもしれない。あるいは理想の姿とはほど遠いところにいる自分を、自分の手で罰しているのかも。どちらにせよリュウテンちゃんは耐えている。孤独に、不安に、無力感に。言葉にも涙にもならない心の叫びが、フリルに隠された消えない傷跡なんだ。
そして、その秘密を初めて知ったのが僕だっていう事実に、ひどく興奮していた。
自分で自分のことが認められなくって、自分は愛されるような存在じゃないんだって決めつけて、自分が傷つくのは当たり前だって思いこんでいる。……それで、その上でなお、ヌシ様に『あなたの隣人を自分自身のように愛せよ』って教わったリュウテンちゃんが、自信をなくしてしょぼくれていた僕に声をかけてくれた。自分自身の愛し方も分からないリュウテンちゃんが、あんなに優しく僕を慰めてくれた!
どうか幸せになってほしい。幸せになってほしい! ――幸せに、してあげたい。初めての友だちとして、僕が、リュウテンちゃんに寄り添って、
まぶたの裏で彼女のフリルがひるがえるたびに、どくん! と心臓が高鳴った。2対の翼が勝手に擦れあって、小さなざわめきが湧きあがった。強すぎる陽射しのもとで〝こうごうせい〟をしていたワケでもないのに、どうしてか息が切れていた。全身が葉っぱの裏側になったみたいにざらざらしていた。いてもたってもいられなくなって、木陰で眠るリュウテンちゃんからそっと離れる。ここなら起こさないかな、と思うとすぐに飛び立った。
オージャ湖西海岸の、荒くれ者のタイカイデンさえ近寄らないような険しい岩壁のくぼみ。僕が屈めば入れるくらいのスペースを見つけると、いそいそとそこに収まった。
翼をたたんで体を横にして寝そべった。ゴツゴツした岩が脇腹に食いこんでいたけれど、そんなのちっとも気にならなかった。前脚を開いて、限界まで首を曲げてそこに突き入れた。
赤と白のフリルの裏に鼻を差しこんで、リュウテンちゃんの隠していた生傷を舐める想像をしただけで、股から生えたフサが痛いくらいに腫れ上がっていた。すでに透明な果汁を滴らせた先っぽを口で咥えて、頭ごとぎこちなく上下させる。味はぜんぜん美味しくないし、辛い体勢を続けなくちゃいけないし、何より『貞潔であれ』っていうヌシ様の教えに反することなのに、途中で止めるなんて考えもしなかった。
その年は特に首元のフルーツへ栄養を回さなくっちゃいけなくて、だからこういうことをしたのは久しぶりだった。あっという間に出していた。勢いもすごくて、口を離した僕の下顎から胸上あたりまでを真っ白に汚していた。1回じゃ治らなかった。1回目を出しきる前にまた咥えて、慣れてきた首の運動に任せて強くしごいた。2回目は飲みこんだ。傷口からにじんだ血を舐める妄想をして、なんだかそれはリュウテンちゃんを食べちゃっているみたいで、2回出したってのに心臓が暴れ回って仕方ない。首の付け根が痛くなるまで、最低でも4回はやった、はず。
びゅう! と岩場に海風が吹きこんで、冷静になった僕をひどく後悔させた。色欲のムウマに魅入られただけじゃなく、なったばかりの友だちを想像してこんなことをするなんて。たまたま見てしまったリュウテンちゃんの秘密をお腹の奥底まで飲みこんで、幸せにしたい、なんて気持ちは勘違いだって決めつけて、もたもたと体を起こした。脇腹に突き刺さった〝ステルスロック〟を振り払って湖まで戻り、大急ぎで汚れを落とす。
慣れない断食に疲れが溜まっていたらしく、幸いなことにリュウテンちゃんはまだ起きていなかった。無垢な格好で変わらずそこにいてくれたことに、どうしてか涙が出そうになるくらい安心していた。隣でうずくまり、音を立てないように翼を展開する。うつらうつらしながら葉っぱに受けた木漏れ陽はいつにもましてあったかくて――。今日のことは胸にしまっておこうと決めながら、そっと目を閉じたんだ。
……あったかい。
ぢッちちち……、ぱちんっ! レアコイルの手が〝じりょく〟でくっついちゃったみたいな音に、重いまぶたを持ち上げる。
広さは医務室の半分くらいで、屈まないと頭をぶつけちゃうくらい天井は低い。コータスの甲羅の内側にいるような、丸く膨らんだ半球状の洞窟。
その中央、丁寧に組み上げられた石の中で、薪が柔らかな炎をまとっていた。暗く赤熱する石釜は、体温を落として冬眠しているセキタンザンみたい。さっきの音は、高温になりすぎて脆くなった石が重みに耐えきれず崩れたときに鳴ったもの、なのかな。しっとりとした静けさの中、ばち……っ、と小さな破裂音が途切れ途切れに響いている。
地中深くへと続く暗がりからはゆっくりと風が流れてきていて、入り口近くで寝そべる僕まで暖かな空気を送ってくれていた。だから、オージャ湖での温かな思い出を夢に見ていたのかも。
「ようやくお目覚めかい」
のそりと首を持ち上げた僕へ、潜められた声が投げかけられた。視線を落とすと、呆れ顔のエンニュートが胸を反らして僕を見上げている。
「吹雪ン中さまよってるとこ声かけたらいきなり気絶しやがって、ここに運びこんでやった途端にグースカ寝入っちまうんだから、あたしゃ面食らったね」
「あ……あっ、その、ごめんなさい。すぐに出ていきますから」
……思い出してきた。
ユキメノコのアンダエさんを怒らせちゃったせいで、吹雪の中ひとりぼっちにされた僕は心細すぎて気を失ったんだっけ。サクラさまが言うことには、ナッペ山のポケモンたちはまず協力的じゃないんだって話だった。ずうずうしく居座り続けていれば、炎で燃やされるか毒に侵されるか。できればどっちも勘弁してほしい。……けど、外に出れば氷漬け。サクラさまが用意してくれた住処を、自分ひとりで見つけだせる自信はなかった。あと10分でいいから体に熱を蓄えておきたいものだけれど、どうしよう。
困ったようにエンニュートさんを見返せば、彼女は肩をすくめて大きなため息をついていた。
「このクソ寒い中トロピウスに出てけ、なんざ口が裂けても言えないよ。サクラの棟梁から話はついてる。大丈夫、ここがあんたの目指してた洞窟だから」
「え。じゃあ」
「そうさあ。今日からここがあんたのねぐらってわけ。あたしはソゥギャリ。ここのみんなは、『ソゥさん』なあんて慕ってくれてるよ」
「ビスです。助けてくださって、ありがとうございます、ソゥギャリ……さん」
「あっはは、ま、おいおい慣れていくことさね。よろしくねえ、ビス。しっかし予報じゃあ夜まで晴れ模様だってのに……あんた、アンダエのヤツにまんまと冷やかされたね? アイツのオージャの湖嫌いは筋金入りだからねえ」
「…………」
からからと笑うソゥギャリさんの顔に、どこか覚えがあった。気絶する寸前に見た……というよりはもっと昔に、確か直接会ったことがあるような。
ソゥギャリさんがしきりに体をくねらせながら言う。
「なに、あたしの顔まじまじと見ちまって……。まさか惚れさせちまった? 悪いねぇ、あたしゃもうつがい持ちなんだよ」
「いえその、僕、あなたに会ったことあるかなって」
「なんだい口説くつもりかい。めげないねえ。熱烈なアプローチは嫌いじゃないさね。あたしも若い頃、同族の雄はみんな骨抜きにしてやったもんだ。調子のいいときにゃ、ひと晩で――」
「そうじゃなくって」不埒な勘違いをしそうな彼女を遮って、僕は声を潜ませた。「僕の知りあいにエンニュートさんはひとりしかいません。……ヤドランのウタラソさん、って、よくご存知ですよね」
「ご存じもなにも、ソイツはあたしの旦那……っああ! アンタ、あのときいたトロピウスかい!」
「はい、そうです! 3年前の壮行会で、料理を作ってました」
かつて医療班に所属していた、ヤドランのウタラソさん。宣教師としてナッペ山へ出向いた際に、重傷で行き倒れていたエンニュートさんを助けたんだって。その縁あってオージャ湖を離れることになって、修道士のみんなで盛大に送り出したんだった。今ごろどこでどうしている、なんて噂も聞かずにそれっきりだったけど、こんな雪山の奥に落ち着いていたんだなあ。
そのとき彼の隣にいたのが、このエンニュート――ソゥギャリさんだ。
「あー、今でもたまに思い出すねえ。あんときの……なんだったか、ナナのみをデカくしたような果肉を使ったメシは、絶品だった」
「それ、僕のフルーツで作ったやつです! あのときは栄養価の調整がうまくいかなくって、味だけは美味しいんだけど、食べすぎるとお腹下しちゃうから、まだまだだったなあ。今ならもっと、頬っぺたが落ちちゃうような味のものを作れるようになったんですよ」
「ナッペ山じゃあそもそも食材を集めらんないからねえ。もう3年前か、懐かしいさね……。壮行会んときゃあ何も手伝えなかったけど、あたしも人間に飼われていた頃にゃ、厨房に立つトレーナーの手伝いをしたもんさ」
「へえ……人間さんが作る料理も、1度食べてみたいなあ。でもそっか、ソゥギャリさん、町暮らしだったんですね」
野生を生き抜くポケモンの中には、縄張りに入って勝手にキャンプしてゴミを捨てていく人間たちを嫌っている者たちも少なくない。当然そんなトレーナーに従うポケモンたちも、彼らから敵視されがちだ。何があったのか分からないけれど〝元〟手持ちとなったソゥギャリさんは、野生に戻ってからも辛い思いをしてきたはず。ウタラソさんに助けられたのも、人間に逃されて失意に沈んでいた頃だったのかもしれない。
……ひとりで生きていけない、って意味じゃあ、ヌシ様の御加護を受けながら暮らしていた僕だって同じようなもの、だろうけど。
昔のことは忘れちまったよ、なんて言うように、ソゥギャリさんは手をひらひらさせる。
「……そ。だからあたしもナッペ山じゃあ肩身狭いのさ。人間に飼われていた弱虫が、野生で生き抜けるなんざ思ってんなよ! ってな具合でね。この洞窟は、あたしらみたいなはぐれ者が、肩を寄せ合って温め合うところ。顔合わせはおいおいにして、みんな歓迎してるさね。今は安心して、さっさと体力を取り戻しとくれ」
「……よかった」
ホッと息が抜けた途端、溜まっていた疲労がずしん、と全身にのしかかってきた。四旬節の間になにをするべきか、これからのことも考えなくちゃ、だけど……、もう少しだけ〝はねやすめ〟してもいい、よね。
それにしても、謝肉祭の日から悪いことばかり立て続けに起きた。
いかにもな感じのウェーニバルのもとへ夜食を届けに行くリュウテンちゃんを、みすみす見送っちゃったことが全ての元凶だった。とてもいやな予感がしていたのに、ヌシ様直々の御命令だからって、あっさりと引き下がったんだ。案の定リュウテンちゃんはアイツに初めてを奪われ、そればかりか色欲のムウマに取り憑かれて帰ってきた。
次の日は教育班のお勤め中リュウテンちゃんが気絶して、介抱する僕にまでムウマが囁いた。そのせいでペス姉には失望されて、流されるまま姦淫の罪を犯すことになった。そしてその次の日には、優しいリュウテンちゃんを取り戻すためとはいえあんなことした挙句、心に閉じこめていた気持ちがあふれて、止められなくなって、膨らんで、弾けて、粉々になって……。けっきょく彼女を助けられずに逃げこんだナッペ山では、雪に埋もれてシャーベットになりかける始末。
フェヴィル様は『ヌシは乗り越えられる試練しか与えない』っておっしゃっていたけれど、これも、そう……なの、かな。もし乗り越えられたとして、その先で僕は何を得られるの、かな。
丸1日は寝ていないし翼の先まで疲れきっているのに、考えごとをしているとなかなか寝つけなかった。枕にできる手頃な岩を探して何度も首を置き直していると、隣で丸まっていたソゥギャリさんが片目を持ち上げて耳打ちしてくる。
「なぁ、眠くなるまででいいから話し相手になっとくれよ。さっきから気になってたんだけどさァ……」
「?」
「あんた、昨日の夜、しこたまヤったんだろう?」
ずい、と寄ってきたソゥギャリさんのにやけ顔。……ここにきて新しい試練がきた。声を絞った彼女の「ヤった」に含まされた意味には、いやでも勘づいた。
種族として性が身近なエンニュートにとっては「おはよう」くらい気さくな話なのかもしれないけど、今の僕はちょっと触れたくない内容だ。意味ありげに自身の胸あたりを撫で回しているソゥギャリさんからなるべく離れるように、僕は思いっきり首をそらしていた。
「……修道士は、そういうこと、しちゃダメ、なんです……よ?」
「嘘がヘタだねえ」ギザギザな口の端を持ち上げて、ソゥギャリさんは甘ったるい吐息をこぼす。「全身こぉんなに雌のフェロモン染みつかせちゃってさぁ。しかもあんた……、この若葉みたいなみずみずしい体臭からして、初めてだったんだろ? 脱童貞はどんな感想か、詳しく教えなよ。こんな山奥だから娯楽が少なくってねえ、あたしゃそういう話に目がないんだ」
「し……知らない、ですっ、そんなこと……。デタラメ言わないでくださいっ」
「へえーぇえ? エンニュート相手にどこまでスケベを隠し通せるか、試してみるつもりかい?」
「だ……大丈夫大丈夫っ、だってあんなに水浴びしたし……」
「おぉい……あんたそれほとんど自白してるけどねえ……。ったく可愛いなあ、このまま味見しちまいたいくらいだよ」
縮こまってぎゅっと目をつぶる僕の体を、エンニュートさんの小さな体がヒタヒタとよじ登る。温かい手のひらはまるで離反者に
「相手はそうさね……。ベースになるこのシズル感ある甘いにおい、これは嗅ぎ慣れてンだわ。ウチの旦那のにそっくりだ。ってなワケでヤドランの雌だろ」
「………………ほっ」
「じゃあヤドキングだ。この知性を感じさせる香りはヤドキングに違いないさね。確かいたねえ、壮行会のときにも、端っこで頭を抱えて痛そうにしていた子、覚えてるよ」
「え゛ッ!? りゅ……リュウテ、んッ、ちゃん……は、かっかかかヵ関係ない、です、……よ?」
「へええぇーえ? ただの修道士仲間の名前を教えてくれるのに、普通そんなつっかえないンじゃないかい? 大丈夫、あたしにゃ分かるよ。普段のほほんとしたヤツが本気になってくれると、こっちまで火ィついちまうんだわ。ついついしつっこく攻めちゃったりねえ」
「だ、だからって、あんなに激しくすることも、なかったんだ……。だからリュウテンちゃんを、満足させてあげられなかったんだ……」
「おー……」ソゥギャリさんの漏らす感嘆の声は、もはや同情の雰囲気まで帯びていた。「初めてだと、加減、難しいさねぇ……。ま、何事も経験経験。次ヤるときにゃ、心ゆくまで満足させてやりゃあいいさ」
「次とか、ありません、ので……絶対にあっちゃ、ダメなこと、なので……。いや、できることなら、本当はあってほしい、けど…………でもそれは、つがいになってくれたらで……。もしつがいになれたら、毎日でもしたいし……ゆくゆくはタマゴも授かったら、嬉しいなぁ……」
「あんたウブすぎてこっちまで若返っちまうよ」
さまよっていたエンニュートの桃色をした指の腹が、僕の胸当ての葉っぱの上でくるくると円を描く。その年のオイルのできばえを確かめるグルメなオリーヴァみたいに、何度も鼻筋を押し当てては離して芳醇な香りを確かめているようだった。
「ここらへん、あんたの汗やら何やらでだいぶ薄まっているけれど……、雌の唾液の名残がするねえ。ヤドキング相手だと、正面から覆い被さってヤったろ? ちょうど口がぶつかるあたりさね」
「うぇっ!?」
「図星かい? にしても彼女、あんたにのしかかられたんじゃあ相当苦しかったんじゃあないか。ダメじゃないか、そんな独りよがりな交尾をしちゃあ。どうせキスで口を塞ぎながら腰を振りたくったりしたんだろ。あれ雌からするとけっこうキッツイんさね。いくら童貞卒業が嬉しかったからって、
「ぅわ、うわ、うわぁあああっ!? なんでっそんなことまで、分かって――ウが!?」
逃げ出そうと慌てて立ち上がったせいで、低い天井に頭を思いっきり強打する。脳みそを揺さぶられる衝撃に一瞬だけ気を失いかけて、バランスを崩したのがダメだった。どたん! と派手に横へ倒れた僕のお腹へ、すかさず小さな
「ひぃッ!?」
丸く突き出たその口先が、僕の後ろ脚の間にズボっ! と差しこまれた。反射的に股を閉じたけど、暖かな吐息が敏感なところをくすぐっていく。
「おー……、思い出しただけでもうおっ勃てちまったのかい。ホントにウブだねえ……。の割にこぉんなにスケベなにおい、こびりつかせやがってさあ。さては1回中に出したあとも、膣をしつっこく掻き回したね? 精液と愛液がぐちゃぐちゃに白く泡立てられて、引き伸ばされたにおい……。おいおいあんた、これで童貞は無理があるだろ。ははん、しかも1回じゃ利かないときた。後ろ脚の爪の方まで垂れた痕跡は、いくつか層が重なってるから……、最低3回は連続で
ソゥギャリさんの言葉は後半、ぜんぜん頭に入ってこなかった。
リュウテンちゃんとの『儀式』の内容をほとんど正確に言い当てられるなんて、そんな僕の記憶を読み取るようなこと、一般のポケモンにできっこない。
――きっと、ヌシ様が見ていらっしゃるんだ。オージャ湖の底にましますヌシ様は、パルデアじゅうを見通すとされる慧眼でもって、告解もせずナッペ山の洞窟で隠れて不誠実を働く僕を咎めてくださっているんだっ。このエンニュートの口を通して、道義を外れようとする僕を戒めてくださっている――そうに違いない!
横倒しになったまま、僕は前脚も後ろ脚も丁寧に折りたたんで、ぎゅっと目をつぶりながら首で十字を切った。
「ご――ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ! ああヌシ様っ、オージャ湖の底から見守りくださるヌシさまよっ、遠く離れた土地だからご加護も届かないだろうと思って、僕はなんて罪作りな態度を! 加えて偽証の罪と隠蔽の罪と姦淫の罪を犯したことを、ここに告白しますっ! 昨日ヤドキングのシスター・リュウテンと、体を重ねてしまいました。それも1回だけにとどまらず、止めるに止められるなくって、確か7回も……! 最後までする必要なんてなかったのに、僕がそうしたいからって、リュウテンちゃんのことも考えずにいちばん奥で気持ち良くなるなんて、そんなの強欲、でしたよねッ。それもこれも、あのウェーニバルに嫉妬したのがいけなかった……。僕を出し抜いて初めてを奪ったアイツに憤怒して、リュウテンちゃんは僕のものだって傲慢になって、色欲に突き動かされるままあんなことして……。それに、最初の方こそリュウテンちゃんを満足させようって頑張っていたのですけれど、5回目あたりでもう半分くらい諦めちゃってて、それが悔しくって、ならいっそ自分の気が済むまで気持ちよくなっちゃえって――もしかしてこれは、怠惰の罪になる……のかなあ!? だって僕、育てたフルーツを食べてもらえなくって、どうにかリュウテンちゃんの力になるんだって言っておきながら、またしても諦めちゃってた……! それで、友だちひとり助けられない自分がイヤになって、自室に戻ってから隠していたヘソクリのきのみ、こっそり暴食したし……。……。あれっ、もしかして僕っ、7つの大罪ぜんぶコンプリートしちゃってる……!? ああっ僕、もうダメだ……すっかりダメになっちゃったんだあああっ! 大悪魔72柱のムウマムウマージハバタクカミたちに、こぞって取り憑かれちゃったんだぁああぁああああんっ!!」
声を張り上げて悔い改める僕の前足の付け根あたりに、ひたり、と慰めるような重みが乗せられた。
「とンでもない自己紹介、ありがとさん……。周り見てみなよ。みんなビックリしちまってるよ」
「へ……?」
胸当ての葉っぱで涙を拭って、首を持ち上げた。寝ぼけていたときは気づかなかったけど、広くない洞窟のあちらこちらでポケモンたちがうとうとしていて、僕の大声で起こされたみんなの目が石釜の炎を揺らしている。そっと身を寄せ合うタツベイとシキジカ。身の危険を察知したように白い花へしがみつくフラエッテ。穴を掘ってそそくさと逃げようとするノコッチ。真剣な表情で見守っているヤドラン。親子連れらしいお母さんのパモットは、まだ幼いパモが心の隙間の汚れを見ないように視線を遮っている。
ついさっき大声で悔い改めた内容を思い出して、ゾッと肝が冷えた。首にフルーツが
「や……、やっぱり僕オージャ湖に帰ります! しっ失礼しました!」
なんとか体を起こして、這うようにして出口へと逃げた。折れ曲がった洞窟の通路にまでうっすら雪が積もっていて、外はまだ晴れていないみたいだったけれど、そっちの冷たさの方がまだマシな気がした。
狭い洞窟から体をひねり出した僕の鼻先に、どさっ! 雪の塊が落ちてきて、もたもたと足掻くのをやめた。暖かな空気にホヤッとした体が一気に氷点下まで引きずり落とされて、出るに出られず僕はそのまま固まった。雪に埋もれた鼻先が、つん、と痺れてくる。岩穴へはまって動けなくなったみたいに立ち往生したまま、わんわんと泣き出しそうだった。
「オージャの湖のヌシ様とやらの教えがどんななのか、あたしにゃ関係ないけどねえ」ソゥギャリさんの呆れたような声が、岩壁と僕との隙間から漏れて聞こえてくる。「思いを寄せていた
全身に走るピンク色をした模様を火照らせて〝かえんほうしゃ〟を撃ち出すときみたいな姿勢――喉元を地べたに
「すまないねッ、本当にすまないことをした! あたしゃバカだったよ。あんたのこと何も知らないでからかって、本ッ当空気読めなかったって思ってる! 誰かの交尾を笑っちゃあいけないって肝に銘じてはいるんだけどね、あんたが可愛い反応を見せるからつい、あたしもエスカレートしちまってねえ……」
「……」
「まさかンな壮絶な修羅場ッから逃げ延びているんだとは、想像できやしなかった! あんたの生傷をこさえたトラウマを〝アンコール〟してもう1回刻みつけるような真似するなんてねえ。あたしゃてっきり観光気分でナッペ山まで来たのかと……」
「トロピウスが雪山になんか遊びに行かない、ですよ」そもそも雪ばっかりのナッペ山に、観光名所があるなんて想像もできないけど。「僕、リュウテンちゃんを――友だちを助けられなかったから、情けなくも逃げてきたんです。あと、その……。色々、心の整理をつけるために」
隠しておきたい恥ずかしい秘密なんてもうほとんど喋っちゃったから、昨日あったことをまるっと話した。話し終えた途端、ソゥギャリさんは血相を変えてぺこぺこ謝ってきたんだ。
命を助けてくれた相手にこれ以上詰め寄る気にもなれなくって、僕は岩場に身を丸めた。……あったかい。けど相変わらず猛吹雪のナッペ山よりも冷たい視線が、洞窟のあちこちから向けられている。ただでさえ新参者ってだけで距離を置かれているのに、挨拶もしないであんなことを叫んだんだ、無理もない。隠修士生活1日目にして、あんまりなスタートだった。
ソゥギャリさんは石釜をぐるっと迂回して反対側へ向かい、そこにいるポケモンへ何やら耳打ちしているみたいだ。
「ほら、あんたからも何か言ってやってくれよう。あたしゃバツが悪いの、苦手なんだよ……」
「…………」
「…………」
「ぅン? お……、おー、私が話すのかい」
「『ヤド聞き』なんかしてんじゃないよ、だらしのない!」
ソゥギャリさんの平手で横っ腹を叩かれたヤドランさんが、きっかり3秒後に「あいたっ」とうめいた。
……へー。こんなところでも『ヤド聞き』を見れるなんて。シェルダーが噛みついているのはしっぽだけど、ヤドランもやっぱり感覚が遅れるものなんだなあ。
なんて思っている僕のもとに、背中を突き飛ばされたヤドランさんがやって来た。ぺこり、とお互い頭を下げる。元医療班のウタラソさん。ある年のバトル会で僕が翼の先まで凍らされたとき、完治するまでの2週間くらいを彼のお世話になった。ヌシ様の御高説をたくさん覚えている敬虔な修道士のひとりで、ベッドから動けなかった僕は彼から聞いて覚え直した記憶がある。
ヤド聞きしていた、っていうことはたぶん、僕のあの告解もバッチリ聞かれちゃっていたってことで。……僕から切り出すべきなんだろうけど、何を話せばいいのかな。というか奥さんのソゥギャリさんが僕に絡んでいたとき、なんで止めに入らなかったんだろ。やりとりを見ている限り、つがいとはいえあんまり強く言えないのかもしれない。
いろいろ思うところを喉の奥へ押しこんで、当たり障りのない言葉を選ぶ。
「給仕班のビスです。お久しぶりですね、ウタラソさん。お元気そうで何よりです。その後、いかがお過ごしですか」
「またこうして、こんなところで、再会できるとはね。……ふふ、これもヌシ様の御摂理、というものかも……しれないな」
「ナッペ山の奥地でも、ヌシ様の
「いいや、ここにいる者たちはみな、ヌシ様の
「え……、どうしてですか。ウタラソさん、以前はあんなに信心深かったのに」
「私はソゥに目醒めさせてもらったからね。正しく言うならば、フェヴィル様の洗脳から目が醒めた、だろうか」
「……っ、洗脳って」
思わず反復した言葉の響きの禍々しさに、僕は目の端っこを歪めていた。
まさかウタラソさんがヌシ様を冒涜するなんて、思いもしなかった。じっと見つめてくる真剣な眼差しは、かつて熱心に祈りを唱えていたときのそれと同じように見えるけれど……どうして。
ウタラソさんは腰を落ち着けて、言葉を詰まらせる僕へ声を優しくしてくれた。アンダエさんみたいな敵意のない穏やかさが、せめてもの救いかもしれない。
「せっかくだ、少し懐かしい話をしよう」
「……そう、ですね」
「君が手酷い凍傷を負って、私が診てやったことがあったな。そのときにした話は、覚えているだろうか。四旬節の起源にもなった、『
「水タイプの干からびてしまう砂漠をヌシ様は40日の間さまよわれて、悪魔の試練を受けたという……」
「荒野の奥地にてヌシ様が空腹に倒れたとき、小さなムウマが現れてこう言った。『もしあなたが湖のポケモンを導く者であるなら、この石に、シャリになれと命じてご覧なさい』と。ヌシ様は答えて言われた。『ポケモンはスシのみにて生きるのではない』と。……いやはや、すっかり忘れてしまったと思ったものだが、こうも流暢に
「お腹がいっぱいになっただけじゃ、僕たちは満たされない……っていう教え、ですね。信仰することの大切さを説いてくださった、湖の教理ともいうべき話です。僕たち修道士は40日間の聖週間と断食を通して、ヌシ様が退けられた試練を追体験するんです」
「その通りだね。――小さなムウマは続けて言った。『パルデア全土の権威と栄華とをみんな、あなたにあげましょう。あなたが擬態してスシとなるならば』と。ヌシ様は答えて言われた」
「『湖の底にあらせられる我を思い、ただオージャの湖にのみ仕えよ』と。大きな権力を欲することなく、オージャ湖を見守ってくださるヌシ様に誠心誠意尽くしなさい、ってことです」
「……そして最後に、ムウマは言った」
「『あなたに従うヘイラッシャへ、指令を出さないようになさい。彼らは困窮し、陳情し、あなたに救いを求めるでしょう』ヌシ様は答えて言われた。『ヌシなる我を試みてはならない』と。ヌシ様を試すっていうのは、ヌシ様を疑うっていうこと。どんな辛いときもヌシ様に心よりの信頼を置いて、その恩恵を受けられるオージャ湖で幸せに暮らそう、ってことです」
「あまりに都合がいいとは思わないか」
「……どういうことですか」
「オージャ湖を統治するのに、あまりに都合のいい
――ああ、ウタラソさんはオージャ湖を離れて、心まで
異郷の地でかつての修道士仲間と再会するのは初めてのことだったし、ヌシ様への忠誠を忘れちゃうことも、有り得ないことだとは思わなかった。利己的な者ばかり巣食うナッペ山で生き延びるのはオージャ湖での暮らしよりもよっぽど大変で、むしろ信仰心を枯らさないでいることの方が難しいのかもしれない。
それに対してとやかく非難する権利は、僕にはない。言いようもない寂しさ、もどかしさ、身勝手な残念さ……みたいなものが喉の奥で渦巻いて、ようやく口から出てきたのは祈りの言葉。
「『汝の敵を愛せよ』というのも、ヌシ様の教えのひとつにあります。……どうか、道をわかつウタラソさんの歩む未来にも、ヌシ様の祝福がありますよう」
「……ふふ、よく勉強しているね、ブラザー・ビス。ヌシ様に見捨てられた私はすでに、〝敵〟というわけか」
この場で何を言われようと、ウタラソさんは湖に戻るつもりなんてないみたいだった。同時に、僕が四旬節を終えたとして、彼の背信をヌシ様へ告発するような真似もしないのだと、どこかで信頼してくれているらしかった。……実際自分のことで手いっぱいで、そんなことする余裕、ないのだけど。
「……ひとつだけ、聞かせてください」
「もう君にものを教えるような立場ではないが、なんでも答えよう」
「ソゥギャリさんと一緒になれて、幸せですか」
「『愛は律法を全うする』――まさに、ヌシ様の
ウタラソさんは話し終えると、反応をうかがうようにじっと僕を見つめていた。「次は君について聞かせてくれるか」って尋ねられているみたいで、僕は唾を飲みこんだ。石釜の火が跳ねる音だけが洞窟に響く。
晩餐会ではリュウテンちゃんがその生い立ちを教えてくれたけど、それはとっても勇気のいることで、だから彼が語ってくれたのも、僕を信頼してくれてのこと、なんだろう。ヌシ様の御許を去ったのに、誰かを無償で信じられるウタラソさんは、根っからの善良ないちポケモンであって――、そっと背中をさすってもらうようにして、僕は口を開いていた。
「……僕は」絞り出した声は震えていて、そのままじゃ続けられなくて、いちど息を吐いて大きく吸った。「僕は幼い頃にお母さまを亡くしてから、ガバイトのお父さまに連れられて列柱洞へ移り住むことになりました。群れに加えてもらえたのはいいんですけど、群れは洞窟の奥の陽が射さないところを根城にしていたんです。〝こうごうせい〟のできない僕はみるみるひ弱になっていきました。……同じ年ごろのフカマルたちは、体は大きいのに僕だけ
「なるほど、ありがとう。よく教えてくれたね、ブラザー・ビス。……そうだ、そうだったな。あのお方は、弱っている者にはよくよく義理堅いことをしてくれる」
「洗礼を受けてオージャ湖の一員になってからは、ブラザー・ソルトビーとか、仲のいい友だちもたくさんできました。フカマルとトロピウス、どちらの群れからものけ者にされた僕にとって、みんなと兄弟姉妹になれることは何より嬉しかった。そのうち給仕班だけじゃなくって、警備班のシスター・ペスカとか、教育班のリュウテンちゃん――シスター・リュウテンとも、仲良くなれて」
「君が想いを寄せたヤドキングか。あの子のことは、私もいくらか知っている。湖が平和そのものになって形骸化していた医療班を、形だけ引き継いでくれることになったからな。……あれほど生真面目で品行方正だった彼女が、まさか色欲のムウマに魅入られるとはね」
「シスター・リュウテンは……、しっかり者に見えて本当は気弱なんです」僕だけの秘密を言うべきじゃないんじゃないかって一瞬思ったけれど、気づけば勢いのまま口走っていた。「赤と白のフリルの裏に、自分の爪でつけた傷を隠していて……。たぶん、ひとりぼっちだった僕と同じで、不安だったんだと思います」
「ほう。それは気づかなかった」
「洗礼を受けたばかりで馴染めなくて、誰のことも信じられなくて、誰からも愛してもらえなくって。それがリュウテンちゃんの根っこにあったから、心の隙間にムウマが潜りこんじゃっても、おかしなことじゃなかったんだなって。……いえ、これはただの、僕が勝手にしている妄想、なんですけど」
「だから、君は彼女に惹かれていった。一緒になりたいと思った」
「はい。でも、リュウテンちゃんは普段の生活でも楽しむと頭痛がしちゃうらしくって。僕の作ったご飯でさえ、味を楽しまないように食べているし。……つがいになってくれたらどんなに嬉しいことか想像もつかないけど、僕との生活が楽しくって、そのせいでリュウテンちゃんが頭痛に悩まされちゃうのは、僕の身勝手を押しつけているみたいで。僕が幸せにしてあげたいけど、これ以上深い仲になるのは、ためらわれて」
「『善きアノホラグサのたとえ』にもある通りの、慈しみからの
「リュウテンちゃんの秘密を知っている僕が、善き隣人にならなくちゃいけないんです。僕が、
「手をこまねいているうちに、あの子は壊されてしまった。君の想いは届かなかった。祈りは聞き入れられなかった。彼女を護りきれなかった。希望も失った」
「……」
「それもヌシ様の崇高な御摂理だと、言うのかい」
「…………」
「きっと君は、この40日の間に、これまでの試練に意味を見出し、己の至らなさを省み、上辺だけの克服を果たし、またオージャ湖へと戻るのだろう。それは一向に構わない。……が、虚しいと思わないか。利用され続け、
「……………………」
リュウテンちゃんを助けるための『儀式』は晩の祈りの時間を過ぎるまで続けられたけど、最後まで彼女が正気を取り戻すことはなかった。あのときにはすでに、僕の手の届かないところまで遠ざかっちゃっていたみたいだった。僕が心の中でどれだけ強く祈っても、ヌシ様は応えてくださらなかった。
医務室を出て別れる間際に見た彼女の最後の顔を、僕はあまり覚えていない。自分の無力さとか、悔しさとか、強すぎる罪悪感に打ちひしがれて泣いていたから。ただ、ぼやける視界の端っこでリュウテンちゃんは、自分だけの宝物を見つけたような、とても満足そうな表情で笑ってたんじゃないか。
今ごろリュウテンちゃんが何をしているのか。それを想像するたび、どうしてか彼女が他の、僕以外の雄に身を委ねている姿ばっかり思い浮かぶ。真面目で優しいリュウテンちゃんに限ってそんなことはない! って何度心の中で念じても、僕の胸に押しつぶされて気持ちよさそうに叫んでいるヤドキングの顔が脳裏に蘇って、また泣きそうになる。
僕がナッペ山で修行を終えたとして、果たしてリュウテンちゃんを助け出せるんだろうか。約束を思い出して、僕と一緒になって、くれるんだろうか。
ぐす……、と鼻をすすった僕のもやもやを拭いとるように、ウタラソさんは声の調子を押し上げた。
「ところでブラザー・ビス。……いいや、ビスくんに、やってもらいたいことがある」
「……これまで話してきて、ぅん……っ、僕が、ふすっ、協力すると、思うんですか」
「ふふ、思うとも。『気ままな者を戒め、小心な者を励まし、弱い者を助け、すべてのポケモンに対して寛容でありなさい』とは、他ならぬヌシ様の御言葉だからな」
なんだかいいように言いくるめられている感じだけど、泣き顔をごまかすために僕も体を起こした。ウタラソさんに促されるまま、洞窟の中央にでんと居座る石釜の前まで進み出る。
僕たちの問答を静かに聞いていたソゥギャリさんは「よしきた!」と息巻いて、石釜に敷かれて
「しみったれた話はそこまでさね。ビス、話しこんでいるうちにちっとは休まったかい。そろそろひとっ働きしてもらうよ。……アンタも『ヤド聞き』なんかしてたら、承知しないさね!」
重々しい雰囲気をかき消すように、ソゥギャリさんは威勢よく平手を打ち下ろした。3秒後、思いっきり尻を
灼熱の〝しろいきり〟を吸いこまないように首をのけ反らせる僕の前脚を、ソゥギャリさんがばしっ! と叩く。
「ほうら、あんたの出番さね。その立派に生えているモンで、1発ぶちかましてみせな!」
「えっどういう、どういう意味ですかそれ!?」
「なぁにスケベな妄想してんだい! 思いっきり羽ばたいてみせろってこった」
「は、ハイっ」
ソゥギャリさんの勢いに流されるまま、2対の翼をゆっくりと上下させた。大きくかき混ぜられた空気がドームの中を対流して、返ってきた熱風が僕の顔を舐め上げた。
「熱ううっ!? や、あつッ、ヒリヒリするっ」
「あっはは、それがいいんさあ。あんただっていっちょ前の雄になったんだろう? ちったあ我慢してみせなあ!」
止めるに止められず羽ばたき続けていると、あちらこちらから、うっ……、とか、熱いっ、とか、小さな悲鳴が上がってくる。たまらず〝しんぴのまもり〟で熱を軽減するフラエッテ。いよいよ地面に埋まって見えなくなったノコッチ。まだ幼いように見えるパモはむしろ得意みたいで、洞窟の出口へと逃げ出そうとするお母さんを、もうちょっと! なんて引き留めている。
ソゥギャリさんが機嫌よく僕の肩あたりをバシバシ叩く。
「いいよいいよっ、その調子さねっ! そのまま、扇いで! あと10回くらい、大きく連続で!」
「そ――そんなことしたらッ、みんな、火傷、しちゃいます!」
「だあーいじょうぶ大丈夫、心配すんな。ぶっかけた水にはあたし特製のアロマが溶かされているからねえ。フェロモン原液じゃあギンギンだろうけど、数百倍に薄めて細かく配合を変えりゃ、疲労回復、血行改善、代謝促進、無病息災……他なんやかんや、いいことづくめさね!」
「それで火傷してたら、元も子もなくないですかあ!?」
「したら旦那が〝いやしのはどう〟してくれるさね! 細かいこたぁ気にすんな!」
ソゥギャリさんは全く聞いてくれていない。調子づいた彼女にひっぱたかれたウタラソさんが、きっかり3秒遅れてまた水を吐いた。石釜に注がれた〝ねっとう〟はたちまち蒸発して、洞窟の中心部には煙たいくらいの熱雲が立ちこめている。たぶん、コータスの甲羅の中よりも熱い。
1回目でもだいぶキツかったけど……これ、本当にやって、大丈夫?
思わず視線を落とすと、ソゥギャリさんは腕組みして「やれ」と命令を下すように顎をしゃくった。尻ごみすることなんて許してくれそうにない迫真さに促されるまま、温暖な気候にしなやかさを取り戻しつつある葉っぱの翼を、思いっきり大きくしならせた。
ぶゎん!
釜の上側に溜まっていた熱気が旋風になって、葉っぱの裏側――クチクラに守られていない葉脈をさらっていく。熱い! 翼の先っぽに火がついたのかと思った。反射的に翼を畳もうとした僕へ、ソゥギャリさんの容赦ない「もっとやれ!」の顎しゃくり。
厳しすぎる冷気は鼻からの呼吸をつらくしたけれど、それは熱気でも同じみたいだった。口から吸って、鼻から吐く。肺を膨らませるたび、ヤンチャなカルボウを飲みこんだみたいな灼熱感。
いつの間にか、全身汗でぐっしょり濡れていた。極寒に閉じきっていた気孔細胞がぱっくりと開ききり、乾燥した空気に余った熱を逃そうと懸命に蒸散を繰り返していた。そのおかげか、焼けるように熱かった葉脈も、翼を振るえるくらいには余裕ができてきた。
ぶゎんっ、ぶぅん! ばさっ、ばっ、ばっばっばッ!
僕もいつの間にか高揚していて、石釜の前で〝かぜおこし〟を繰り返していた。粘膜を焼きつける蒸気にたまらず目を細めた視界へ、丸っこい腕を僕へ伸ばすパモくんが見えて、その子のところまで首を下げる。
「お兄ちゃんすごい、すごいっすごい!」
「お兄ちゃん……って、僕のこと?」オージャ湖の子どもたちからでさえ『先生』って呼ばれていたから、お兄ちゃんはちょっとむず痒い。「辛くなったらいつでも、洞窟から出ていいんだよ」
「違くて! もっと、もっとやって!」
「ええ? 大丈夫? 熱くなかった?」
「うんっ、熱かった! でもそれが、よかった!」
隣を見ると、パモットのお母さんはそそくさと距離をとって、小声で「お願いします」と許可をくれた。パモくんが吹き飛ばされないくらいの風圧で翼を振るう。そのたびに両手を挙げてほっぺたから〝せいでんき〟をピリピリ飛ばしていた。喜んでくれているみたいで、僕も汗を飛ばしながら何度も極熱を送っていく。
「も……、もう限界、かもッ」
始めて10分ぐらい経ったところで、足元がおぼつかずにクラクラしてきた。頭に葉っぱの覆いがなければ脳みそが茹だって、意識を朦朧とさせていたかもしれない。
謎の興奮に包まれたまま、狭い洞窟を飛び出した。アンダエさんの呼びこんだ雪雲はまだ
寒く……、ない。
コオリッポの細かな羽毛は暖かい空気を含んで、北パルデア海の極寒から体温を守ってくれている。そんな感じ。ドヒドイデくんの湯むきしたマトマをお腹いっぱい頬張った後みたいに、体の芯からぽっかぽかだ。ぐつぐつに温められたウタラソさんの湯気と、ソゥギャリさんのアロマが効いているんだろう。10分くらいなら、この寒さを気にせず空を飛ぶことだってできるのかも。
翼を大きく広げて〝ふきとばし〟。空の低いところでぐずぐずしている厚手の雲ごと、ちらつく粉雪を押し流してやった。昼下がり、まだ高い位置にあるお陽さまが、洞窟の暗がりに慣れた目に眩しい。
天から降り注ぐ光を葉っぱで受け止めた。山肌からの照り返しは葉裏にもらって、あの日オージャ湖でリュウテンちゃんと陽なたぼっこしたときよりも、栄養をたくさん蓄えられている気さえした。
風の噂で聞いたことがある。パルデアよりもずっと南にある、アローラって地域に住むトロピウスたちは、温暖な気候でさんさんの太陽を浴び、首元のフルーツを甘く大きく育てるんだって。確かに、翼の隅々までこんなに元気なら、心ゆくまで〝こうごうせい〟もできるんだろうな。
コータスの中にいたポケモンたちも、お尻に火がついたみたいに続々と飛び出してきた。ノコッチやシキジカは雪に飛びこんで、冷たい感触に全身をこすりつけている。僕と同じで寒いのが苦手なタツベイは氷点下の豪雪を走り出して、そのまま崖から飛び降りちゃうんじゃないかってくらいご機嫌だ。まだまだ元気いっぱいなパモは、その小さな背中にぐったりしたお母さんを乗せている。……早く水を飲まないと!
洞窟があったかいからか、すぐ近くに雪解け水が湧いていた。オージャ湖の底から生まれる聖水よりも透き通っていて、口をつけただけでその冷たさが分かる。ひと口飲んだだけで、のぼせていた僕の意識をじりじりと醒ませてくれた。
隣ではソゥギャリさんが頭から潜るようにして飲んでいて、ぷはあっ! と口の端から
「どうだい? あたしが改築した洞窟、すごいだろ。人間の世界じゃあサウナって呼ばれてる。焼いた石に水をおっ被せて立ち上る湯気がロウリュ、その湯気を扇いで浴びるのがアグフグーフ……、あうぐふーす……、ぐふぐふぐふ……。ンまあいい! どれも雪国発祥の、体を
「僕が……、誰かを、助けられるの?」
「そうさあ。あんたにしか! 助けられないんだよ」
「…………」
分かりました! とは、すぐには言えなかった。
どうしたって思い出してしまう、リュウテンちゃんとの最後のやりとり。破滅への1歩を踏み出しちゃったのがまさにその言葉だった。『ビスにしかできないことが、あるよ』――それでリュウテンちゃんを助けられなかった僕が、今さら何をできるって言うんだろ。これまで心の支えとしてきた、トロピウスらしくフルーツを育ててみんなを助けるんだって信条も、けっきょく何の役にも立たなかったんだから。
最後に洞窟から出てきたのはウタラソさんだった。混乱状態になったカラミンゴの〝ちどりあし〟みたいにふらふらと体を揺らすと、樹の根元に積もった雪の塊へ頭から突っこんだ。*1柔らかな深雪はヤドランの体重を支えきれず、上半身が沈むとピンク色の地肌はほとんど見えなくなった。
しょんぼりと落ちこむ僕の目線と、しっぽのシェルダーの目が合った。雪の下からくぐもって響いてくる、調子っぱずれな裏声。
「ビスくぅん! トッテモ良い熱波を、アリガト〜。おかげで元気が出たヨォ! オイラもそろそろ独り立ちして、コイツをヤドンに戻しちゃおっかナ!」
悠揚なウタラソさんから発せられたものとは思えない、おどけた声。さっきまで繰り広げていた堅苦しい問答との寒暖差に、僕は思わず吹き出していた。
「んへ、ふふふっ……っ、ぇへ、ぇへへへっへへ!」
「やっと、その顔が晴れやがったかい」僕のすぐ隣で、ソゥギャリさんが腕を組んでいた。「ニガテなんだよねぇ、しつっこい雪雲じみて辛気臭いツラ見せられんのは」
「んへっ、ふぅ、へへへへっ……。僕そんなに、どんよりしてたかな」
「あんたがどんだけ酷な思いしてここまで逃げてきたか、同情することしかできないけどさあ」何かを思い出すように目を細めて、ソゥギャリさんは言う。「心が追い詰められてると、自分の居場所はどこにもないって悲観に
「ありがとう……、ございます。ソゥさん」
「後悔のないように頑張んなよ。応援してるさね!」
ナッペ山で出迎えてくれたみんなは、初めて体験したサウナよりも温かくって。冷えきっていた僕の気持ちを、一瞬でほぐしてしまった。
ナッペ山から吹き下ろされる風を捕まえると、オージャ湖までは5時間とかからない。サウナで温まったばかりの翼は天然の〝こごえるかぜ〟をものともしないで、僕を順調に故郷へと運んでくれる。
だいたい40日ぶりのオージャ湖は雲もなく澄み渡っていて、上空からてんてんバラバラに散らばる島々を一望できた。耳をすませば聖歌班のチルタリスさんが奏でるメロディまで聞こえてきそうな、穏やかな湖面。待ちに待った
着陸態勢に移って2対の翼を大きくはためかせる僕のところへ、水面を割って一直線に走ってくる水飛沫。小島へ乗り上げる勢いで、湖面からミガルーサが顔を飛び出させた。
「ブラザー・ビス! 戻られたのですねっ!」
「ペス姉っ、久しぶり! 会いたかったよっ。ブラザー・ビス、隠修士生活からただいま戻りました」
「まあ! ご無事で何よりですこと!」
「晴れの日は毎日、遠くの湖を眺めながら〝こうごうせい〟してたんだ。その祈りが届いたみたい。そちらは変わりない様子で」
「本日はこのわたくしが見回り担当なのですもの、オージャ湖は平和そのものですことよ! パルデアの各地へ宣教へ向かった修道士もみなさま、元気に戻られまして。……そうでした、思い出しましたわ、ブラザー・ビス。あなたがここを発つ際は首元のフサまで萎れていましたから、身をそぎ落とすほど心配していたのですわ。なにせ日の出前のキマワリよりも意気消沈したご様子でしたから、わたくし何があったのかお尋ねすることもできなくって……」
「んへへ、あのときは心配かけちゃったね。親切なポケモンさんたちのおかげで、どうにか雪山を生き延びられました」
「『他者にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも他者にしなさい』。常日頃から黄金律を実践なさっているブラザー・ビスだからこその御摂理、なのでしょうね」
「そう……なのかも。おかげで、ほら」僕は首元へたわわに実ったフルーツを揺らしてみせた。「凍らないように、凍らないように! って意識するとね、糖度がぎゅっと凝縮されるんだ。おかげでとびっきり甘い果実に仕上がったんだよ!」
「まあっ、本日のお食事が楽しみですこと!」
そう、今日は待ちに待った復活祭の日。修道士たちは長かった断食生活にお別れを告げ、盛大な宴会を開いて春の恵みに感謝する。それは謝肉祭よりもうんと豪勢だったりして、だから給仕班は朝から大忙しのはずだ。僕も急いで向かわないと、晩餐会までに間に合わないかもしれない。
「ところでさ……、リュウテンちゃんは?」
「あ…………っ、それは、そのですね」
「もしかして……、オージャ湖を離れちゃった、とか」
「いえ、いえっ、そうではございませんの」
あれほどの〝きれあじ〟を誇るペス姉の歯切れが悪い。とても嫌な予感がした。いいや、嫌な予感はずっとしていたけれど、それがもう1歩、暗い確信に近づいたような。
なにも勘づいていないふりをして、僕はのんきな声を出した。
「謝肉祭のときはぜんぜん食べてもらえなかったからね。料理の腕にも磨きを欠けてきたつもりだし、今日こそは美味しいって言ってもらわなくっちゃ。……直接、会いたいなあ」
「シスター・リュウテンに……そうですわね」何かを観念したように、ペス姉は細くて長いため息をついた。「ブラザー・ビスがナッペ山へ行ってしまわれてからすぐ、彼女、教育班から医療班へ正式に異動となりましたの。医療班のお勤めは大変らしくって、晩餐会にいらっしゃるかどうかさえ……」
「そうなんだね。リュウテンちゃんも頑張ってるんだ。ありがと、ペス姉」
「ブラザー・ビス!」背を向けて翼を広げる僕へ、ペス姉は告解するみたいに声を震わせる。「……大変申し訳ございませんわ。あなたがいらっしゃらない間に、シスター・リュウテンを、その。止めることができませんでしたの。ああいう役割は、本来わたくしのものと自負しておりましたのに、それなのに――」
「ペス姉、僕が留守にしている間、いろいろ大変だったんだね。……ありがとう。今晩のご馳走、楽しみにしててよ。ツラいこと全部、忘れちゃうくらい美味しいからさ!」
それ以上は聞くのも言わせるのも心苦しい気がして、切り離されたペス姉のヒレに敬愛のキスを落とした。つぶらな瞳をぱちくりとさせる彼女を残して、僕は小島を飛び立っていく。
僕のように湖へ戻ってきた宣教師のいくらかは、そのお勤めをしっかりと果たしてきた。この時期に洗礼を受ける修道士は多くって、つまり頭数が増えるぶん晩餐会の仕込みは大忙し。「盛りつけ担当のビス、ただいま戻りました!」と声を張りあげるなり、オノンドのライオネル先輩から「遅すぎる!」って大目玉を落とされた。
「いつまで遊び歩いていたんだビス。もう昼を回っているだろ……」
「ごっごめんなさいっ。朝一番に出発するつもりだったんですけど、その……、いろいろと名残惜しくって」
「トロピウスが雪山で修行なんて、うまくいくはずないに決まってる。おおかた親切なポケモンに助けられたんじゃないか。彼らのためにちゃんと祈ってきたよな?」牙より鋭い先輩の直感に、ぎく! と首筋をそり返らせた。いつもみたいにやたら痛い〝みねうち〟が飛んでくるかと思ったけど、それ以上なじられるようでもない。「……でもまあ、よく無事で戻ったな。立派に育ったじゃないか」
「えっ」
「おまえを褒めてる訳じゃない。首にぶら下げたフルーツのことだよ、変な勘違いしないでくれ……」
折れた牙を両手に食材を素早くスライスしながら、ライオネル先輩はふいっと背中を向けた。……珍しいなあ。料理するときは常に〝きんちょうかん〟を放っている厳しい先輩が、僕を気遣ってくれるなんて。例年復活祭のご馳走作りは特に気合が入っているんだけど、なんだか機嫌がいいらしい。よっぽど上質な食材が手に入ったのかな。
僕の担当は盛りつけだから出番はまだ先だけど、もちろんみんなのお手伝いもする。ドヒドイデのリアラムダくんはマトマの湯むきに余念がない。「腕さばきが格段に上達したんじゃない?」って称賛した僕への返事もなく無口だったけれど、ギザギザの牙を並べて嬉しそうだった。僕のフルーツを使った渾身のお皿を味見してもらったジオヅムのソルトビーくんからは、「甘さがぎゅぎゅ〜! って凝縮してるね。ボクが以前食らったアマージョの〝トロピカルキック〟くらい甘かったよお」なんて、独特なお褒めの言葉をもらっちゃった。
いつにも増して和やかな雰囲気のまま、仕込みは夕暮れまでになんとか間に合った。
晩餐会までは休む暇なんて少しもなくって、食事の最中も給仕班のみんなと積もる話をしたりして、お開きになってからの後片付けを終えると、もうすっかり夜の気配。晩の祈りを済ませてから、僕はこそこそと寝床を抜け出した。
あの日と同じ、星空の遠くに浮かぶ少し欠けた月。……いいや、違った。復活祭は春分の日を過ぎて最初の満月の次の安息日だから、今日のはこれから欠けていくもの。40日前のは、次第に満ちていくもの。ぜんぜん違う――そう、リュウテンちゃんを助けられなかったあの日とは違うんだ。
晩餐会の開かれるウタン島に、ヤドキングの姿はどこにもなかった。
ソルトビーくんにアンダエお姉さんのお話をしていても、僕はどこか上の空になっちゃって、美味しいはずのご馳走もいまいち味がパッとしない。僕の目は無意識にリュウテンちゃんを探していて、それが見当たらないことに焦りを募らせていたんだろう。どうか僕の早とちりであってください、って口の中で祈りながら、もうほとんど核心に差し迫った疑念を確かめるため、オージャ湖を西へ飛ぶ。
交尾に対する罪悪感は、ナッペ山のみんなと一緒に生活するうちにすぐ慣れていった。ヌシ様の庇護下に置かれている湖では、修道士たちに厳しい教条が敷かれていたからか、もしくは僕が見て見ぬふりをしていただけかもしれないけれど、そういった行為を認識することはまずない。だけれど戒律のない野生での娯楽といえばまず雌雄のそういうことで、雪原でのそういうことはいやでも目についた。僕もサウナ上がりに何度か誘われたことはあったけど、どうにかはぐらかしてはそういうことに勤しむ彼らを遠巻きに覗き見したりしちゃってた。
そんな僕に「やっぱり興味あるのかい? 若いっていいねえ。あんなイイもん持ってるのに使わななんて、それこそ交尾の神サマに対して罰当たりさね。……なんなら今からどうだい? 不安ならあたしがリードしたっても、いいけどねえ?」なんて絡んできたのは、やっぱりソゥギャリさんだった。「リュウテンちゃんを助けるために、もしかしたら必要になるかもなので」って言葉を濁して伝えると、事情を知っている彼女はスピーディな平謝り。初対面で僕をあんな目に遭わせて、けっこうな責任を感じていたみたいだった。ロウリュのお手伝いにも満足してくれて、見返りに「あたしにできることはなんでもやったげるよ!」なんて豪語する。
なので、お言葉に甘えることにした。見学だけじゃ限度があったし、そういうことのエキスパートであるエンニュートさんを頼らない手はない。面倒見のいいソゥさんは、弱腰な僕にも根気よく付き合ってくれた。
認めたくはないけどたぶん、僕は他の雄に比べて堪え性がない。ペス姉に咥えられて数往復で出しちゃったことを赤裸々に伝えると、ソゥさんは「……まあ、素早さの高い方が先に攻撃できるさね」って、なんの関係もないことを言ってのけた。
模擬訓練は雪山に放り出されるよりも過酷だった。仰向けになったソゥさんの太ももに挟まれて、お腹へ10回ちょっと擦りつけただけであえなくノックアウト。あまりにあっけなさすぎて、思わず自分で笑っちゃうくらいだった。始める前「僕はリュウテンちゃん以外とはしませんよ!」なんて固く約束していたけれど、こんな調子じゃ彼女と再会しただけで気絶しちゃいそうだ。同じタマゴグループなこともあってか、ソゥさんのフェロモンは僕に効果抜群。リュウテンちゃんのフリルから立ち昇るにおいを嗅いだだけで我を忘れないよう、サウナあがりの火照った体にまとわりついて、僕の自制心をみっちりといじめ抜いてくれた。
おかげで長期戦には耐えられるようになったけど、ただ〝のろい〟を積んでタフになっただけじゃダメだ。破滅しちゃったリュウテンちゃんを助け出すために必要になりそうなことを、ソゥさんは1ヶ月かけて僕の体に叩きこんでくれた。それは交尾に臨むときの心構えから、弱いところを相手の反応から探るやり方、ひと月ぶりの再会でも続けられる会話のテクニックや、気持ちよくさせてあげられる体の動かし方まで――ともかくありとあらゆることを。
そんなソゥさんのつがいであるウタラソさんは、奥さんと僕が絡みあって特訓するのに抵抗がないみたいだった。むしろ枯れてしまった自分の欲求を補うよう、暖を求めて訪れた雄とソゥさんとのやりとりを楽しんでいるらしかった。僕はヌシ様の教えを優先して、性にまつわることは一緒くたに遠ざけてきたけれど、それはエンニュートにとっては生きていくうえで切っても切り離せないことで、ウタラソさんはそんな彼女に寄り添うためにオージャ湖を去ったんだって言っていた。最初の頃は打ち解けられないだろうな、って思っていたけど、彼と話しているうちにそれはとても正しいことのような気がしてきて。ヌシ様の御意向を教本としながら、湖を離れて自分の正しいと信じるままに生きる彼の選択が、いつしか崇高で尊敬できるもののように思えていた。
崩れた天上のすき間から斜めに射しこんだ月明かりが、薄暗い洞窟の様子を浮かびあがらせていた。
医務室内の半分は水路になっていて、その川べりはしっかりと固められている。ケガや病気の水棲ポケモンを岸から看病するためだ。水際で半身浴しながら陸地にもたれるリュウテンちゃんの背中へ、大柄なクレベースがのしかかっていた。ばちゃばちゃと水しぶきを荒立てながら、〝ねつこうかん〟したセグレイブみたいな苛烈さで全身を揺さぶっている。縦に重なるふたりの顔がちょうど月に照らされていて、医務室の入り口からでも表情までがよく見えた。
熱い冷気を吐きつけながら、クレベースはいかめしく喉を唸らせていた。
「ドラメシヤの電報を受けて知ったぞ。オメーに誘惑されたせいで、オレの息子は殻に引きこもっちまった、って」
「あ……あっ、あんッ、ン、それは、そのっ」クレベースのお腹に揃った氷山で削られるのが苦しいんだろう、リュウテンちゃんは声をねじ曲げるようにしてうめく。「ホルンくんはっ、確かに私が……ンっ、幼年グループの責任者として、お世話していました。ぁんっ……。っけど、そんな、誘惑なんて、していませ――ヤァんっ!!」
「オメーの犯した罪を赦してやろーかってのに、チンポに犯されながら弁明されちゃあ、それこそ世話がねーよなあ?」赦すつもりなんて最初っからないみたいに、クレベースの口端がいやらしく持ちあがる。「ナッペ山での鍛錬を始めたばっかりに電報が飛んで来てよ、息子が心配で心配でからきし身が入らねー! 今朝ようやっと帰ってこられたかと思ったら、妻は愛想を尽かせて息子を連れて北パルデア海まで里帰りしちまってた! ……オメーどう責任取るつもりだよ、なあ!?」
謝肉祭の翌日、リュウテンちゃんが気絶したときのことは僕も近くで目撃していた。彼女のすぐそばにいたのはカチコールのホルンくん、だったはず。純粋で内省的で、他の子どもたちともうまく馴染めないでいたホルンくんのことだ、リュウテンちゃんのあの絶叫を聞いてトラウマになってしまうのも考えられる。クレベースのお母さまもひどく取り乱していて、その後の家族関係がギクシャクしちゃうことも簡単に想像がつく。
「責に、責任だなんてそんな――ンやアッ!? ゃ、ああああ……っ! 長いっ、カールさんのおちんぽ、やンぁぁぁん……、ツララみたいに、長くて、おっ奥まで、届いてッ……、ぁ、あっ、あッそこ、そこイイ……っ!」
「おうッ……!? オレの息子を誘惑したときのこと思い出してマンコ締めやがって……、まーた〝オレの息子〟を誘惑してんのかこのアバズレ教師ッ! これでまだシスターを名乗っていられるとか、どんだけツラの皮がミミッキュなんだオメーは! オレの〝つららばり〟でその〝ばけのかわ〟を引っぺがしてやるからな、観念しやがれオラっ!」
「や、ぁああっ!? ちっ違うんです、これは、カールさんのおちんぽが、あまりに冷たくて、その」
「うるせェ!!」
「やっあ――!? あっやあッ、ぁん……! ンやぁあああああ゛!!」
ばちゃん! お尻をひっ叩くみたいに荒っぽく腰をぶつけられて、リュウテンちゃんのフリルがざわめき立った。聞いたこともないような濁ってとろけた声が口をついて飛び出して、食いこんだ爪が水路のへりに浅い溝を作る。こんなひどいことをされているっていうのにその顔はどこか、強すぎる陽射しのもと体力を削りながら日光浴する僕たちトロピウスみたいに、お腹の底から沸き立つ喜びを噛み締めているようにも見えて。
「まだ答えを聞いてなかったな……。ヌシ様の教義に背いて、他のガキや雌連中の見てる中で、どうしてオレの息子を誘惑してくれた? おら答えろ、素直に答えやがれこの偽善者マンコっ!!」
「あ……あれはただ、私の、やぁぅッ、頭痛が和らいだせいで……ンっ、ホルンくんの前で、イって、しまった、だけッ、というか」
「なんだそのキテレツな言い草は! 白昼堂々このデカケツを振りたくってッ、ガニ股で横マン筋を見せつけながらッ、純真なオレの息子がまごつくのに気をよくしてッ、みっともなく誘惑しくさったんだろうがッ!」
「やっ、あっ、ンっ、あ゛んッ、 カールさっ、激っし――やぁああああンっ」
「最近になって雌友だちのできたホルンが羨ましかったのか? 教え子にまで発情するなんざ見上げた教育者精神だなあオイ!」
「や、あんっ、ちが……ぁあ、ッふ――ゃああああ、あっあっあっあっ! おちんぽ強っ、おちんぽちゅよいッ、あッ、やあぁーーーーっ」
「くそッ、バカみてぇに締めつけてきやがって……っ。生意気にマンコで返事すんなっ、その口で謝りやがれ! 健全な発育を邪魔した息子に向けて、謝罪の言葉のひとつくらいはねえのかよ!?」
「やお゛っ、お゛ッ、ごめ、ヒんっッッ! ごべんなざ、ホルンくっ、誘惑! 恋を覚えたての生徒に……ゃんッ、おまんこ押しつけて、勝手に性教育ッ! しちゃって、ごめんなさ――ゃああぁぁぁ……!!」本当はそんなことしているはずないのに、リュウテンちゃんはあっさりと罪を認めていた。偽証の罪を犯す罪悪感なんて、どこかに忘れてきちゃったみたいだった。「大切な教え子にっ、色目使って、ぁ、おまんこ教えるなんて――やンっ、教師失格! もし将来、んやあぁぁ……っ、私でしかイけない体に、なったら――ひゃぁああんッ! いッいつでも、医務室に来ていいよっ。お父さんに教育し直してもらった先生おまんこ、何回でも使わせてあげるから――やぉぉぉお゛ンッ! んおぉ、お゛ーっ、お゛ぉぉんッ、お゛ぁぁぁ――」
「だーれがお前みてぇな色欲の悪魔に魂売ったクソビッチを息子に宛てがうかアホ! ヤドキングが『海の賢者』なんて呼ばれるべきじゃねえ、これからは『罪の便女』って名乗れやド淫乱ピンクが!!」
「ひ――ひどッ、んぉ゛っ! カールさ、それ、ひどすぎ――ンやああッ!? あ、これ、すご、すごいっ……ひゃああああんッ!! は、あ、あ、はいっそうです私はっ、私は『罪の便女』ですッ! いたいけな幼児を誘惑してしまう無節操おまんこをどうか、金輪際ナマイキ言わないよう徹底的に躾けてやってくださ――やぉおおおお……お゛ッ、ふーーーッ、お゛ぉん、んゃ、ああ゛ンっ、ふー……、やぁん、ゃん」
「ッくおぉ……ぉおおっ、く……。確かにこりゃやべーな、奥を突いてやるだけでエロ肉が複雑にうねついてきやがる……! ヤドキングに進化するとマンコまで巻貝みてえに渦巻くのかよ、天性の肉便器かコイツは……。警備班といえどスタミナのないヤツらがすぐバテちまったのも仕方ねえ。5分と保たなかった班員にゃあ特訓メニューをやらせねーとな……」
警備班の副班長でもあるクレベースは、ぶつくさと言いながら息を整えている。彼が休んでいる間も、繋がったままのリュウテンちゃんは乱れ声を垂れ流しにしていた。鬱憤を載せて乱暴に叩かれたお尻の痙攣はまだ収まらないみたいで、伝った振動が水面に細かな波紋を描いていた。
「おいカール」ぬらり、と。暗がりからがっしりした体格のカイリューが進み出た。「警備班長の俺が、しんがりを務めてやってるんだ。……壊すなよ?」
「分かってるっての! けどよ、クォンタムさん。コイツこんなに淫乱なんだ、きっちり叱りつけておかにゃ、もっぺんガキを誘惑するに違いねーよ」
「気晴らしするのもほどほどにしておけ。俺の楽しみを奪うようなこと、してくれるな」
カイリューは呆れた様子で、川べりへ縋りつくリュウテンちゃんの真ん前に陣取った。ちょっと腰を落とすように前へ屈んで、シェルダーのてっぺんを掴んでぐいっと顔を上向きにさせる。
「シスター・リュウテン。他の警備班連中から聞いたんだが、どうやら見ただけで絶頂できる特技があるらしいな?」カイリューが変なことを口走って、空いた片手で自分の股ぐらをゴソゴソと漁っている。「やってみせろ」
他の雄のを目にしたのは初めてだった。ぶりんっ、とリュウテンちゃんの目の前へ差し出された、カイリューのひとフサ。上下に割れた蛇腹から伸びたそれは、体内でしっとりと蒸らされて静かに脈を打っていた。ヨロギのみみたいな中ぶくれした形で、見た目はそんなにあくどい感じはしないけれど、ビキビキと筋張ったその奥に、ドラゴン特有の獰猛さをひた隠しにしているみたいで。しかもまだスリットから完全に飛び出していないのに、丈はカイリューの蛇腹3つぶんくらいある。つまり彼よりふた回りは小柄なリュウテンちゃんの中に入ったら3段以上貫いちゃうってことで、蛇腹を通り越してピンク色の胸まで届いちゃうってこと。バトル会負けなしの戦績を買われて警備班長にまで昇りつめたカイリューのことだ、クレベースも真っ青になるくらい乱暴するに決まってる。そんなことされたら内臓がしっちゃかめっちゃかにかき混ぜられて、リュウテンちゃんが立ち直れないくらいダメなところまで堕とされちゃう!
でも、そんな禍々しい凶器を目の当たりにして、リュウテンちゃんは嫌がるような顔ひとつしなかった。息を詰まらせたかと思うと「んゃあ……ッ!?」なんて、べそをかいたような声を喉の奥底から掠れ漏らす。
「ん゛やっ!? あっ、アッ、――っ、――――っッッ!!」湖の底からお告げを授かったみたいに、リュウテンちゃんは目をかっ開いた。「ぉ、お、んゃお――っ!! お、おちんぽかった! 硬すぎっ、テラスタイプはがねっ! ひぎゃあン! お゛っお゛っんおおお゛ぉん、んのぉぉぉ゛……んゃぉあああ゛んッ!!」クレベースの氷山に押しつぶされた後ろ足がもたもたと水を引っかき、元からピンク色だった頬っぺたがみるみる赤く染まっていく。「しかも激し、これはげっしぃ――――ンお゛っ、お゛ッ!? のぉお゛おおおぉぉぉ……! い、1回1回、〝ドラゴンダイブ〟お見舞いする、みたいに――やぁあああっイくイくイく、これイグっ、予知しただけでイっちゃう、脳イきしちゃ――ゃおおおお゛んッ!!」ぐっしょりと濡れた顔を今度は川べりへ押しつけて、足の先までピンっと伸ばして水底を蹴りながら、全身をふるふると痙攣させていた。「ん゛っ……お゛ッ、やぁ……ん、ぉおお゛お゛お゛〜っ……! フーーーっ、はゃあああ゛んッ、ゔ〜……」
「うぉ!? っぐ、班長の見せ槍食らっただけで物欲しそうにマンコ締めやがって、オレのじゃ満足できねえってのかこのドスケベマゾシスターが……!」
背後のクレベースが恨めしげにうめいて、噛み癖の治らないモノズを叱りつけるサザンドラみたいな剣幕で腰の動きを再開させた。あられもない声に気をよくしているらしい、水音に混じって背中の氷河のビキビキ割れる音が洞窟に反響する。
鼻にかかった吐息をいっそう乱れさせながら、リュウテンちゃんはたぐり寄せたカイリューのフサを両手で懸命に撫でていた。
「クォンタムさん、ふぅ……ぅんッ、ゃあぁ……っ! 気遣ってくれそうな雰囲気なのに、交尾は荒々しいんですね……っ。ンあっ、いくら力自慢だからって、自分の強さを教えこむみたいに、やぁアンっ、雌を
「……あぁ゛?」穏やかだったカイリューの瞳に月の光が反射して、ギラついた欲望がリュウテンちゃんをすくませる。「医療班の分際で誰に向かって説教してんだお前。
「あ、その……」
間近ですごまれて怖い思いをしているはずなのに、春分を過ぎて角に桜を誇らせるメブキジカみたいに、リュウテンちゃんの表情がとろり、と喜びの気配に沈む。川べりに恭しく両手を添えて、顔に泥がついちゃうのも気にしない様子で、しずしずと頭を下げた。
「このシスター・リュウテン、誠心誠意、クォンタムさんを癒させていただきます……っ。使徒職で溜まった穢れ、どうぞ遠慮せず私にぶちまけていってくださいね。このままハメられたら私のコイキング級雑魚おまんこは耐えられそうにないので、1発お口でヌかせてもらっても、よろしいでしょうか」
「見上げた従順さだな、シスター・リュウテン」
カイリューからお許しを与えられるとすぐ、リュウテンちゃんは「失礼しますっ」なんて恭順に断りを入れて、ひとかけらの躊躇もなくフサへ口づけた。ちゅ……っぱ。ンちゅ、ちゅ、ちゅっ。まだおねむのヌメラを優しく呼び起こすみたいに、愛情たっぷりに降らされるキスの雨。ちゅにゅ、と肉厚な唇が挟むようにくっつくと、フサのでこぼこを確かめるようにじっとりとなぞっていく。根元の方へ添えた片手が砂を揉むみたいに動いて、スリットから完全に這い出せるようにフサを応援していた、スリーパーの振り子を目で追うと〝さいみんじゅつ〟にかかっちゃうみたいに、フサを見つめるリュウテンちゃんの瞳が次第に、とろん……っ、と丸くなっていく。
「クォンタムさん……ふゃ……ぁ、ンっ、奉仕加減は、いかがでしょう」
「もっと強くしろ。俺の部下どもはこの程度で満足したのか?」
「それでは……」
少食で、謝肉祭のご馳走もちびちびとしか食べられなかったお口をあんぐりと開いて、頑健な殻つきヌメルゴンへ成長を遂げたフサを迎えこむ。頬っぺたの内側を擦りつけるように吸いついて、ゆっくり、きのみ畑をお散歩するムックルみたいに頭ごと前後させた。泡だったよだれに混じって、じゅぽ、ずりゅ、じゅるるッ……。唇のすき間からはしたない音が漏れて響く。口の端っこからたびたび厚めの舌がはみ出して、ラブカスが岩礁を回遊するみたいに泳いでは隠れていった。尖ったフサの先っぽを、円を描くように丁寧に舐めているみたい。
「先ほどは私の無躾な態度が、ンっ、クォンタムさんの〝げきりん〟に触れてしまったみたいで……ふッ、ふーーーっ、ふー……ッ。おちんぽイライラさせてしまって、ごめんなさい。んッ、ちゅ、んむ――っぱ。そうでなくても、我慢強いクォンタムさんは順番を譲られて、1番最後まで待っててくれたんですよね。んちゅ、ちゅ、んちゅちゅるる……っ。部下の方たちが先に気持ちよくなっているのを見せつけられて、俺の方が強いんだぞ! っておちんぽの奥でぐつぐつに煮えくり返った濃ゆぅいザーメン、どうぞ私のお口にコキ捨ててくださいねっ。――んっ、んっ、やううんッ」
「……続けろ」
「おいおい……、オレの息子にはなかなか謝らなかったくせ、班長のチンポには言いなりだなー?」
背後からクレベースに揺さぶられても乱れない、慣れた仕草だった。シェルダーの外殻が当たらないよう丁寧に避けて、リュウテンちゃんの頭が上下する。お預けをさせている雄へお詫びを入れながら「あとちょっとだから、ね」って幼年クラスの子どもをあやすように甘えついていた。上目遣いで相手の反応をうかがいながら、同時に、可愛げのある顔立ちを台無しにしてフサへ奉仕する顔を見てもらっている。
威厳たっぷりの表情を崩さないでいたカイリューが、わずかに片目を細めて喉奥をくぐもらせたのを見逃さなかった。リュウテンちゃんはニヤリと口の端っこだけで笑って、顔を持ち上げて浅く咥えるだけになる。フサの先端部分を八重歯で挟んで固定して、口の中に残ったとんがりへ舌をけしかているみたいだった。んぱ……と頭を引くと糸が垂れて、それを絡め取るようにベロが口もとを1回転。先っぽに空いている穴をほじくるように舌先が踊ると、よだれまみれになったフサは本性を表したみたいにビキビキと膨れあがった。
だらりと投げ出されていた警備班長の腕が筋張って、気持ちよさを噛み締めているんだってよく分かる。いくら体力オバケのカイリューだろうと、普段スリットに収められているそこは〝マルチスケイル〟に覆われていない。さっきまでの涼しい顔には険しげな皺が寄せられ、こめかみには脂汗まで浮かばせていた。
丁寧な舌づかいを惜しげもなく披露するリュウテンちゃんへ、背後から揺さぶるクレベースが愉快そうに口を挟む。
「今日の晩餐会にすら顔を出さなかったくせして、美味そうに班長のチンポしゃぶりやがってよー……。ザーメンで腹を満たすつもりじゃねーだろうな、このナチュラルボーンサキュバスマンコが……!」
「カール……お前が嫁に逃げられた理由、俺にはなんとなく想像つくぞ」品定めするようにリュウテンちゃんを見下ろしながら、カイリューはあくまで穏やかに吐き捨てる。「雌を口汚く貶しながらの交尾、つがいなら受け入れてくれるとでも思っているのか? ……ま、お前みたいな性格破綻者でも修道士でいられるために、こちらの女王様がいてくださるわけだが」
カイリューは鼻息荒いクレベースを片手で押しやって、リュウテンちゃんの背中からちょっと引き離す。彼女の首を動かせるだけのスペースを確保すると、クリーム色の両腕が前へと伸びた。
頭飾りになったシェルダーの、左右に飛び出た上反りの突起。それを掴んで引き寄せると同時に――ずんっ。思いっきり腰を突き出した。
「ごえッ!? んギュ……っ、――――っッッ!!」
大きくえずくリュウテンちゃんを心配する素振りなんかひとつもなく、カイリューは屈強な足腰で下半身を振りたくる。ずろろろッ、と唾液に濡れたフサの先っぽまでが引き出され、ずにゅん! 一瞬にして根元まで口の中へ消えていった。あっ!? と僕が瞬きしたすぐ後にはまた現れている。消えては現れるたび、リュウテンちゃんを窒息させるフサはだんだんと太っている気さえした。このまま限界まで膨らんでいって、きっと最後には破裂して花粉をばら撒いて――、熟練したマスカーニャの〝トリックフラワー〟ショーを特等席で見せつけられているみたいだった。
「や゛あ――あがッ、ええ゛ッ、ぎャ、ぁん゛っ、ごゃ……!」
「クォンタムさんこそよー……。湖イチの実力者なのに、そんなんだからいつまで経ってもつがいができねーんだろ。朝の見回りで、あんたに泣かされた雌を何度保護したことか……。警備班の雑務、増やさないでくれよー」
「あ゛?」
クレベースの冷やかしにカイリューは低く威嚇しただけだったけど、リュウテンちゃんの顔を殴りつける腰つきはあからさまに激しくなった。だしっ! だしっ! だしっ! だしっ! 頬っぺたを張り倒しているみたいな音が途切れることなく鳴り響く。涙を浮かべて耐え忍ぶヤドキングの顔がチラッと見えて、すぐさま出っ張ったお腹に遮られる。
リュウテンちゃんもリュウテンちゃんで、無慈悲な竜の加虐欲求に晒されるんだってあらかじめ分かっていたみたいな従順さだった。顎を砕く勢いでぶつけられるのが痛くないワケないし、気道を塞いじゃう太さと長さで喉奥を虐められているのに、一向に吐き出そうとしない。息を止めて必要以上に苦しげな声を漏らさないのは、カイリューが気持ちよくなるのを邪魔しないと同時に、フサを舌で奉仕しようと懸命に吸いついているからなのかも。憤怒まがいな警備班長の獣欲を受け入れ、癒してあげることこそ自分のお役目なんだって信じ、そのためには迫害されても仕方ないことなんだって諦めちゃっているような。カイリューの腰の動きに合わせてシェルダーの突起物を叩きつけ、フサへ牙を立ててその隙に逃げ出す……なんてことは、思いもよらないみたいだった。
それでも、拷問じみた時間は長く続かなかった。リュウテンちゃんが両手でカイリューの股あたりを押しやると、さすがの警備班長も素直に1歩だけ、後ろへ下がる。〝ほおぶくろ〟に隠しておいたバコウのみを取り出すホシガリスみたいに、ぶりんっ、てフサを吐き出して、潰された肺にありったけの空気を取りこむリュウテンちゃん。
「ッぱは! やあエ゛っ!! かヒュ、ひゅー……っ、ふうううッ! や、やあぁぁ……うっ、んぅ、んゃあ゛〜…………」
「このアマ……! 喉奥滅多刺しにされてマンコ締めてんじゃねッ――ぉおっクソ、もう昇ってきやがった……! クォンタムさんちょっとコイツ借りますわ」
川岸にへばりついたヤドキングの手が、クレベースの〝フリーズドライ〟で氷漬けにされる。水タイプの体からも熱を奪う弱点技に「ひゃああああんっ!」って枯れかけた悲鳴をあげながら、彼女は顔をぐしゃぐしゃにして喘いでいた。滑り止めの利くようになった抱き枕に気をよくして、クレベースがいっそう無造作な前後運動をおっ始める。後ろから打ちこまれる腰の勢いはもう見ていられないくらいで、顔を背けても沸騰しているくらい荒波立った湖面の音が僕の耳にまで届いてくる。
ばしゃ、ばちゃ、じゃば、ざばッ、ざばんッ!
「イき、イきますっイくイくイく、イっグ、やぁぁ――おちんぽに折檻されながらイっちゃいま、す……! っふ、んやぁお゛おぉ……!」
「オレが
「んゃお゛っ!? ま、待ってっ、まっひぇくださ――んのお゛ぉぉぉぉん!! な、やっ、アっ、んぉぉお〜〜〜ッ!! いまむり、イってる、おまんこイってるんですぅっ!」
「イけっ、イきながら悔い改めろ! ヌシ様に無様な告解アクメ晒せっ!」
「おお゛んっヌシ様、のぉぉ――おおお゛ぅヌシ様よッ、湖の底にましますヌシ様よぉおおお゛んッ! こ、このシスター・リュウテン、お仕置きを受けても喜んで喘ぎ、やぁンっ、おまんこを咎められながら深くイってしまう、淫乱極まりないドスケベ修道士なんですッ。全能なるヌシ様、憐れみ深いヌシ様よぉおお゛ッ! おゆるしおゆるし! 私の救い難い原罪おまんこ、どうかおゆるしくださ――あああああ゛っ!!」
「そうじゃねーだろこのビチクソシスター、オレの息子を誘惑したこと謝らんかい!! もう頭ン中チンポのことしか考えられてねーじゃねえかっ!」
「お゛ッ!? ひゃぎぁっ、んお゛、オ゛、やぁあああん゛っ、イっくっ、イってる、まだイく……ん゛っ、やぉぉ゛ん、お゛ぁぁぁ〜〜……」
「ああクソっ、雄食いまくってきたくせなんでこんなに締まりやがる……! オメーなんかにゃヌシ様の御言葉は恐れ多くてもったいねえわっ。代わりにオレのザーメンでもありがたく腹にしまっとけや! う、ぐぉおおおお゛……!」
雪の下に隠されたクレバスが崩落するような咆哮を上げて、クレベースが体をビタっと押しつけた。あれほどうねり狂っていた高波が嘘だったみたいに、重なった姿勢で1分くらい固まったまま、お腹の底からひきつれたようなふたりの息づかいが続く。副班長がリュウテンちゃんの背中から離れると、どぼり、と水の中に白っぽいもやがあふれて、尾を引いた塊が洞窟の入り口にまで流されてくる。
川べりに縫いつけていた氷の束縛も解け、くったりと緩んだリュウテンちゃんの頭を、待ちくたびれたドラゴンの大きな手が傾ける。よだれでコーティングされてますます凶暴に色づいたフサを振りかぶりながら、カイリューは重たげな声で脅しつけた。
「吐き出しやがったな? 俺がまだイってないだろうが」
「あ……」
ふるふるふるっ、と、リュウテンちゃんの潤んだ瞳が不安げに揺れた。竜の怒りをお口で鎮めるつもりだったのに、さんざん〝げきりん〟を逆撫でした挙句お預けのまま。利発で明朗なリュウテンちゃんの頭脳は、お腹を空かせたドラゴンポケモンの生贄になる未来を予知しちゃったらしい。これからされることの恐ろしさに、腰が抜けちゃったみたいだった。
「俺の感じやすいところを見つけて、いい気になってたんじゃないだろうな。女王様だか何だか知らないが、あまり図に乗るな。ただひとりの医療班とはいえ、お前は俺たちがいなきゃ使徒職も満足にこなせない、底辺修道士だってことを肝に銘じておけ」
「あ……その、さっきはごめんなさい……。警備班を指揮するクォンタムさんいつも頼もしいし、バトル会での攻めっ気ある姿は勇ましいのに……、先っぽを舐められるとビクって反応しちゃうの、可愛いくてつい……」
「……なるほどなァ」憤怒の悪魔に魂を捧げたオコリザルが地獄の闘気をまとうように、カイリューはそそり立つフサをさらに硬く
「はひ! っはい……ッ」
リュウテンちゃんはイヤイヤと首を振ることもしないで、酷使した喉を潤すと素直に水路から這いあがった。がくつく手足でヤドンみたいに這い進んで、手近な石のベッドへと体を横たえる。まるで美味しくいただかれる晩餐会のご馳走になったみたいに四肢を投げだし、自分自身を破壊しかねない圧倒的暴力を迎え入れようとしている。膜を張ったように淀んだその顔が、カイリューの巨体に隠れて見えなくなった。
「ま――ってっ」
渇ききった喉を引き剥がして出した声は掠れて、洞窟に響くこともなく消えていった。
このまま僕が手をこまねいて、リュウテンちゃんの顛末を見守っていたとしたら。あの小さな口を容赦なく塞いで、苦しくなることも気にしないような自分勝手さで彼女をいじめ抜いたカイリューのことだから、好き放題暴れまくった結果、リュウテンちゃんが助からないところまで破滅させられちゃうに違いない。
――おんなじだ。このままじゃ、悪魔に魅せられたリュウテンちゃんから逃げ出してしまったあの日と同じ末路へ行き着くことになる。そうならないために僕は今、ここにいるのだから。
ふらつく四肢で洞窟へと踏みこんで、僕は護るべき友だちの元へと向かっていった。
中編は出ないって言ってた気がします。気のせいでした。出ました。
文字数はそんななんですけど、いったん濡れ場に入ったのにこれからビスくんが挑むまで1万文字くらいかかりそうなので、小休止を挟みました。リュウテンが無様な告解アクメをキメるところがNTRれシーンの抜きどころってワケです! ……こんなアクの強い描写で致せるひといたらコメント欄で教えてくださると嬉しいな。素直にすごいなって思うので。
次こそは完結します!(本当)
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