「もう、ほんとに素直じゃないなあっ……」
恋人のように馴れ馴れしい口振りで、カイリューめ、俺の前に立ち塞がっていた。カイリューの縄張りに忍び込んできのみをくすねようとした俺は、ものの見事にしくじっちまったせいで、こうして、詰められているのだった。
「僕からきのみが欲しいっていうなら、素直にそう言えば良かったと思うよ、クリムガン君」
諭すように柔和な態度とは裏腹に、拳を握る力は半端なく、やつの腕は鱗で覆われているはずなのに、そこから血管が浮き出していた。
そりゃ、真正面から頼み込んで、お前がきのみを譲ってくれるもんなら、最初からそうしてたさ!
「黙ってないでちゃんと返事してほしいよ。じゃなきゃ、僕、君のことがわかんないよ」
だから、頼んだってきのみを譲ってくれるわけないから、こうして盗みに来てんだろうが! と、言い返そうにも口に出すわけにはいかなかった。洞窟の壁にピタリと背中がくっつき、翼はひしゃげていた。カイリューはもう目の前までにじり寄ってきてる。命の危険を全身に浴びて、ぞく、ぞく、としてた。
俺より一回りも大きいカイリューのカラダが一歩、一歩、迫ってくる。優しげな、ニッコリ顔は全然崩れない。それが、めちゃくちゃに、おっかなかった。
「クリムガン君、そういえば何度も僕のトコに来て、きのみを盗んでたみたいだね。ううん……僕、君に何か悪いことしたかな? 悪いことしたなら、謝らなきゃいけないと思うんだけど」
カイリューはことさらに悲しげな顔を見せた。演技であるのはわかるのだが、その表情はやたら真に迫ってて、一瞬、本当に同情しちまいそうなくらいなんだ。
「い、いや……決して、そういうわけじゃ」
得も言われぬ迫力に気圧されて、つい俺はそんなことを口走っちまう。カイリューに比べりゃ非力な俺だからとはいえ、つくづく、情けねえ。
「ほんと?!」
ふっくらとした鼻先が、俺の顔に触れる。あまりの迫力に首をのけ反らせてしまう。俺の思考はしびれごなを浴びたようになっちまい、冷静に考えるなんてもっての外だった。
「じゃあ、もっかい聞くけど、どうして僕のきのみを盗むの、クリムガン君?」
「くっ……!」
「『くっ……!』じゃなくて! だから、言ってるじゃない。言葉ではっきり伝えてくれないと、君のコトわかんないって……」
「ひっ!……」
カイリューはにわかに俺の首元を掴むと、ゆっくりと俺の喉を締め上げ始めた。ニッコリしながら。
「がっ! あががあっ!……(や、やめろっ!)」
「ねえ、僕、なんとか言ってほしいよ? ね?」
「がああああああああっ!……(首を絞められたら、喋れるわけがねえだろ!……)」
「クリムガン君、本当素直じゃないんだからさ……話せばわかることのに、どうして何も教えてくれないのかな? だから、君はみんなから勘違いされるんじゃないかな? 僕、心配だなあ、君のこと……」
「はがあっ! はがあっ!……(いや、だから首を絞められてるって!)」
息が出来ない俺は、必死に身じろぎするが、カイリューの握力は手加減していても半端ない強さで、拘束から逃れるなんてできそうもなかった。もがくことさえ辛くなって、俺の意識が徐々に薄れてしまいそうだった。が、気絶する寸前になって、カイリューは腕の力を急に緩めた。その場に崩れ落ちた俺は、必死に胸を収縮させて、酸素をいっぱいに吸い込んだ。俺の口からだらりと垂れる唾液が、カイリューの足にかかりそうになるが、奴はさりげなく避けた。
「ゆ……許してください!」
これ以上、カイリュー相手に下手なことを言っても無駄だと思った。どうせ、きのみは盗り損ねたのだし、もう大人しく引き下がる以外道はなかった。昨日ジュラルドンのやつにコテンパンにのされてしまって、2日連続メシ抜きになるが、死ぬよりは遥かにマシだ。
「俺が悪かった!……もう二度と、お前のとこには盗みに来ないから!」
「……けど、クリムガン君、これで僕のきのみ盗みに来るの6度目じゃなかったかな? それに、このあいだも同じこと言ってたと思うんだ……いや、君のこと、疑ってるわけじゃないんだ……でも、実際にそういうことが何度もあると、やっぱり僕、不安になっちゃってさ……」
言葉遣いは丁重だが、ニッコリ顔のこめかみにまで浮かび上がる血管の厚さを俺が見逃すはずがなかった。間違いない、次こそは本気でコテンパンにするつもりの顔だった。
「うんうん、クリムガン君の気持ちはすごくわかるよ……野生で生きるのってとっても大変だし。僕もミニリュウだった頃は何度も死にそうになったことがある。ハクリューになったってさ、ひもじい思いをしたこともあるんだ。わかる、わかるよ……けど、それが僕たちの世界の悲しい宿命ってこともあるし、あんまり言い訳にしちゃいけないと思うんだけれども……どうだろうね?」
俺は黙っていた。まあ、返す言葉もなかった……いや、それでもちょっと不満だが。
そんな俺の不平顔をカイリューの奴は見逃さなかった。いきなり俺の顔面すれすれに、そのまん丸な拳でパンチを放ってきた。しんそくのような素早さだった。瞬く暇もなかった……奴の拳は落雷よりも早く、俺の頬を掠めて、岩壁に激しく衝突した。はかいこうせんでもぶっ放したのかってくらいの衝撃音のおかげで、俺の聴覚はイカれちまい、しばらく何の物音も聞こえなかった。
「どうかな? ねえっ?……」
カイリューの呼びかけよりも、硬いはずの岩壁に開いたクレーターの方に俺は気を取られていた。今のパンチの風圧がかまいたちのように俺の顔面に切り傷をつけていたのだ。少なくとも、背後の岩壁よりもずっと硬いはずの俺の顔に。
数多くの修羅場を潜り抜けてきた俺とはいえ、流石にこれには血の気が引く思いだった。半殺しの目には幾度となく遭ってきた。昨日のジュラルドンもそうだし、ガブリアスやらオノノクスやらサザンドラやらドラパルトやら、果てはジジーロンやシャリタツにさえ……一通りのドラゴンどもにはノされてきたって自負(?)はある。が、今日のカイリューについては、ちょっと次元が違ってた……悲しみを湛えているように一見見える瞳は、よく見れば見るほど、濁っていた。
ここでグズグズしていたら、最悪の事態になることは明らかだった。こうなったら、考えるまでもなかった。
「……っ!」
隙を突いて、俺は決死の思いでカイリューに体当たりをかましていた。体当たりなんざ、そりゃあ大した攻撃にもならないかもしんねえが、多少の不意打ちにはなってくれる。実際、カイリューは俺が突然攻撃してきたのに驚いて、うまいこと怯んでくれた。これ幸いに、俺は奴の脇を潜り抜けて、洞窟から抜け出した。
森林に入っちまえば、こっちに分があった。狭い道を潜り抜けるのは、数少ないクリムガンの強みだ。できればもっと窮屈な洞穴なら、ワンチャン、対等に戦うことができるのかもしれないが、それができたらこんなに腹を空かしちゃあいねえ。
「クリムガン君! どこー?!」
背後から俺を追うカイリューの声が聞こえてくる。あのタプタプとした腹から放たられる声は、凄まじい地響きだ。後ろを振り返りたくても、振り返るわけにはいかなかった。奴との距離は音だけじゃ測りかねたが、そんなこと考えてるより、早く逃げるが吉だった。
「はあ……はあ……!」
ちょうど隠れるのにピッタリな木の穴を見つけて、俺は即座にそこに潜り込んだ。恐らくはリングマが冬眠にでも使っていたのであろう樹洞は、俺一匹が収まるのでギリギリってところだが、クリムガンの俺にとってはものすごく落ち着く。……あまり居続けてると、俺って本当にドラゴンなのかな、って思っちまうところはあるけど。
「クーリームーガーン!」
まるで迷子のガキを探すかのようにカイリューが叫んでいるが、ここに隠れている限りは見つからずに済むはずだ。流石の奴でも、同じドラゴンともあろうものが、木の穴に潜んでいるだなんて思わないだろう。
カイリューの声はすぐそばまで迫っていた。大丈夫だとは信じつつも、やはり胸の鼓動が高鳴っていく。だが、ここはもうちょっとの辛抱だ。奴を撒いたら、もうこの辺りにいるのは危険でしかないから離れることにしよう。食料のことは……別のところに行ってから考えることにするか。ともかく、このまんまだと遠くに逃げる体力さえ残ってない、なんてことになりかねねえし……とか思っていたら、
ぐうううううううううううっ!……
「……げっ」
俺の腹が、ものすごく痙攣しながらはちゃめちゃな音を立てちまった!
「あっ! もしかして……そっち?!」
「……!!」
し、しまった。そりゃあ、何日も飯にありつけてないカラダだから、腹の虫が起きちまうのはしょうがない。けど、よりにもよって、こんな時に! 静かな森の中にあっちゃ、めちゃくちゃ目立つ音を、カイリューが聞き付けないワケがなかった。
やばい、どうしよう、今すぐにでもここを抜け出さないと——と思いかけたのも束の間、
「クリムガンくううううううん!」
カイリューのはしゃいだような叫びに併せ、突如として、周囲が真っ白になって、何にも見えなくなっちまった。
「?!?!?!……!!!!!!」
俺はワケがわからないまま、凄まじい力に吹っ飛ばされちまった。
「もう、クリムガン君ってばあ……」
気がつけば、俺の目の前に、カイリューが立っていた。
……が、なんだか、そいつはいつも見る姿と違っていて。頭から見慣れぬ白い翼が二枚生えているし、額にはハクリューを思わせるトゲのような角を伸ばしている。何が何だかさっぱりだった……夢を見てるんじゃないかという気がして、目を瞬かせるが、やっぱりこれは、どこまでいっても現実みたいだった。
周囲を見渡すと、何もなかった。本当だ。さっきまで森だったはずの場所には何にもなく、ぽっかりと開けた空間になっちまっていた。木々は根っこから折れちまって、そっから上は片隅の方に乱雑に積み上がってた。ここだけ、カイオーガのなみのりか何かに襲われたかのような惨状だった……俺がさっきまで潜んでいたはずの木も、どっかに行っちまってた。
「逃げ出さなくても良かったのに……僕は、ただクリムガン君に謝ってほしかっただけなんだけどな」
相変わらず、シュンとした口調でカイリューは言うんだが、気になるところは最早そこじゃなかった。
「お前……一体、何なんだよ……!」
「ええっと、何のこと?」
「す、すっとぼけんな……!」
「ああっ、もしかして、これ?」
カイリューは照れくさそうに翼を手で撫でる仕草をすると、いつの間にか首からぶら下げていた石を俺の鼻先に示した。そいつは石とはいえ、まったく見たことのない石だった。琥珀か何かのように透き通っていて、内側に何か模様のようなものが浮かんで、妖しく光輝いている。
「なんていうかな……なんか、こないだたまたまこの石を拾ってから、カラダ中に不思議な力が漲ってくるようになったんだけどね。理由はわからないけど、気持ちがいっぱいいっぱいになると、こんな姿になるみたいなんだ!」
「……?」
聞いた俺が悪いとはいえ、何の話だかさっぱりだった……が、ともかくただでさえ手に負えないカイリューがさらに手に負えない存在になったってことは、奴のカラダ全体から放たれる物言わぬ威圧感だけで十分に感じ取れた。俺の爪が剥き出しになった土を虚しく引っ掻いてた。何度も、何度も。本当は、今すぐにでも立ち上がりたいのに、まるで力が入らないのだ。勝手にガタガタと震えちまって、土を引っ掻いているのでも精一杯だったのだ。
「クリムガン君、それで話の続きなんだけど……もう、僕のところで悪さなんてしないって誓ってもらえる?」
「あっ……ああっ!」
俺は無我夢中で首をブンブンと縦に振っていた。首から下の感覚が、ほとんど感じられなくなって、まるでゴースか何かになっちまったみたいだった。
「本当に?」
俺は首を縦に振り続けてた。カイリューの言っていることは、ほとんど耳に入ってきちゃいなかった。早く、この場所から逃れたかった。
カイリューは透き通った瞳で、俺の顔を覗き込んでた。俺の視界いっぱいに映る、カイリューの顔。無害そうに見えるそのおっとりとした顔つきが、今じゃまるでどデカいレックウザの顔貌のように思えた。怖い、こわい、コワイ……頭の中じゃ、そんな言葉しか浮かばなくなってるくらい、俺の精神は異常なものにヤラレちまってた。
「そっか」
顔を上げたカイリューは、とても悲しげな視線を腰の抜けたままの俺に向ける。
「君の言葉を信じるよ、クリムガン君」
そう言われて安堵しかけた俺だったが、カイリューはすぐに「でも……」と呟いた。
「きっと君は、また別のところで、同じしくじりをしてしまうんだろうね」
「……?」
「クリムガン君って、悪くない奴だと思うけど、何てったってとても鈍臭いからさ、きのみを奪おうとしても、やり方がマズいせいかすぐに撃退されてしまうし、どうせどこで何をやってもうまくいかないんだろう。そのくせ、弱い相手を前にしたら良心の呵責か何かわからないけれど、奪い取るのを躊躇してしまって結局失敗する……力の前には無力なくせに、優しさを前にしたら日和ってしまう……つくづく、この過酷な世界で生きて行くには不向きな……」
「おい、何をブツブツ言って……」
「なら……僕が、君を救ってあげないと」
「?……?……」
「最良の方法はこれしかない……君をあっちの世界へ連れて行ってやらなければならない……そうだ……あっちなら、きっとこの世界みたいになけなしのきのみを奪い合うことはないだろうし……君だってそれなりに、幸せに暮らしていくことができるんじゃないか……」
「え? え? お前、さっきから、何を、言って」
「そうなんだ……そうでなければ……あまりにも世の中ってのは悲しいんだから……」
カイリューの世界にはもはや俺なんて存在しないかのように、よしんば、存在したとしても、もはや大した存在なんかじゃないように独りごちていた。俺は次第に気味が悪くなってきて仕方なかった。が、抜けちまった腰は情けないことに、少しも地べたから浮き上がってはくれないんだ。
「……クリムガン君」
「!!」
「僕は……君を赦そうと思う」
「いや、何の話……?」
「僕は君をこれ以上不幸にさせないと決めたんだよ」
「だから、一体何を言ってんだっての?!」
だが、カイリューはまるで俺の言葉なんか聞こえていないようだった。額から生えた翼をゆったりとはためかせながら、恍惚として、あらかじめ定められたかのような言葉を告げる。
「けれどそのためには、君はほんの一瞬だけ辛抱しなきゃいけないだろう……それは君の世界が全部ひっくり返ってしまうくらいの衝撃ではある……けれど、これから君がこの世界で受けなければいけない苦しみの総和と比べたら、ものの数ではない……」
カイリューの長い尻尾にカラダを締め付けられたのは一瞬のことだった。そもそも、一歩たりとも動けなくなっていた俺は、なすすべもなく、奴の尻尾の餌食になってしまった。
「あっ……!」
俺のカラダは難なく宙に浮き上がり、ちょうどカイリューと目線の合う高さまで持ち上げられた。
「カイリュー、お前、いくらなんでも、おかしいぞっ……!」
俺はもがきつつ叫んだが、俺の言葉はカイリューにはちっとも届いていないようだった。
「少しでも、苦しみがないようにしてあげるから……ね」
「……っ!」
俺のカラダを締め付ける尻尾の力はキリキリと強まっていた。次第に、俺は言葉を発するのさえ一苦労するようになっていた。吐き出した息の分だけの空気を吸い込むことが、どんどん困難になっていく。それに、カイリューの尾の先っぽについた珠が俺の顔を圧迫するので常に首を傾けざるを得なかったのだが、もともと可動域が広くないから、無理やり首筋を伸ばされて、首がもげるんじゃねえかってくらいの痛みだった。このまま解放されたとしても、寝違えたよりもはるかにひどい状態になっちまうこと請け合いだった。
「お……おい……!……おい……!」
「クリムガン君……!」
カイリューは俺の顔を見据えつつ、涙ぐんだ。なぜそんな表情をしているのか、微塵もわからず、俺はただひたすらに恐ろしいって気持ちしか湧いてこなかった。
俺のカラダの内部から鈍く乾いた音が一つ、二つ、した。胸を支える肋骨が粉々になり、一気に潰れていくのが外側からでも感じ取れた。瓦礫のようになった骨がその下にある肺や心臓に食い込んで、俺は叫びにならない叫びを挙げた。少しでもカラダを動かすだけで、バンギラスやボスゴドラの拳骨とは比にならないほどの痛みが全身を貫いた。
「あっ……あっ……(な……なんで、俺はこんな目に……!)」
やばい、やばい、やばい、やばい、やばい、やばい。きのみをくすねるなんて、俺に限らず、どのポケモンだってやってるはずなのに。俺の過ちは、よりにもよってこんなカイリューのきのみを何度も盗もうとしたことだってことに気づくには、もう何もかも手遅れだった。
「……っ……っ……っ!(カ、カイリュー! 頼む! せめて、命だけは!……)」
「ごめんね……だけど、これしか方法がない……どうしようもなく不器用な君を幸せにするためにはね……だから」
俺が最期に目にしたのは、カイリューの渾身の力を込めた腕だった。握りしめた拳からは、およそ理屈に合わないくらいのエネルギーが迸って、光さえ放っていた。こんな光は、カイリューのはかいこうせんでも、ジュラルドンのそれでも、ジャラランガのブレイジングソウルビートでさえお目にかかったことがない。
「あ……あっ……!」
いよいよ全身をキツく戒められて、カラダはペシャンコになっちまってた……苦しみの叫びを上げると同時に、俺の口からはあらゆるものを混ぜこぜにした濁った体液が飛び出していた。
「一瞬で終わるからねっ、クリムガン君……また、今度、どこかで!」
「!!!!!!!」
心許ないかもしれないけど、少し、牙、食いしばってね——奴の握り拳が振るわれた瞬間、俺はこんなにも生を渇望していたことを初めて、痛いほどに知っ
「ああっ……」
カイリューはホッと息を吐いた。意識は少し朦朧としていた。ついさっきまで、夢を見ていたかのような気分だった。
辺りを見渡せば、吹き飛ばされた樹木が隅っこの方に瓦礫のように積み重なっていた。
「あー……これはちょっと、やり過ぎちゃった、みたいだなあ……」
後でオーロットに謝っておかないとマズいなあ、とカイリューは頭を掻く。こんなに大切な木々を倒してしまったからには、小一時間お説教を聞かないといけないだろう、まあ、仕方ないよね。いくらドラゴンといえども、住まわせてもらってる森の守護者には頭が上がらない。
首元にぶら下がった不思議な石の輝きは失せていた。ついさっき、この石が突然光り輝き出してから、カイリューは少しぼうっとしてしまったのである。
「……おっ」
足元には、真っ赤に染まった水たまりが広がっていた。見上げれば快晴で、雨の気配は感じられない。カイリューは記憶を辿り直す。ああ、そうか。
ごつん、と足に何かがぶつかったのを感じ、その辺りを見下ろすと、血溜まりとは対照的な真っ青なモノが転がっていた。生地を伸ばしたパンのように平べったくなっているそれを、足でひとまとめにしてみると、胴体や四肢の形がほんのりと見て取れた。
カラダの周辺には真っ赤なかけらが散乱している。まるでレックウザに掴まれてフリーフォールでもくらいオゾン層の辺りから落とされでもしたのか、そいつはもはや原型をちっとも留めていなかった。
粉々になった赤いかけらから比較的大きなものを一つ摘み上げる。そいつを太陽に照らしてみるが、ただの赤く染まった石っころという以上の感想は、カイリューの頭に浮かんで来なかった。
カイリューは大きな欠伸をした。よくわからない石の力を浴びた後は、地球を全速力で何周したときにも負けないくらいの疲れが、どっと押し寄せてくるのだ。赤いかけらをポイと捨てたら、もう二度とそのことは思い出さなかった。早く寝ぐらにかえって一眠りしよう、ということしかカイリューは考えることができなかった。
首元のメガストーンが鈍く輝いた。悪だくみでもするかのようなきらめきだった。