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ノブナガの城で の履歴(No.1)



※このお話はフィクションです。史跡公園をバイクで走り回らないように。



 緑を切り開いた剥き出しの路面に土埃を蹴立て、丸太を敷いただけの簡素な階段に喉と尻尾の鱗を弾ませて、山道を駆け上っていく。
 鬱蒼と茂る木々の間をくぐり抜け、脇道へと飛び込んだところで、
「グリフィラ、止まって」
 と背中から名前を呼ばれて、慌てて鱗に制動をかけた。
 身体全体を進行方向から真横に捻って傾け、ライダーの足を地に滑らせる。我らモトトカゲ伝統の停止ポーズだ。
「おっと!」
 弾みでライダーが背負っていたクーラーボックスが振り落とされそうになるも、辛うじて掴んで受け止めた模様。
 振り返って行く手を見れば、階段が黄色と黒の縞々ロープと立て札によって遮られていた。
「発掘調査中により、通行禁止、だそうです。まぁ、史跡ですからね」
「どうしましょうか。ここから登れば山頂まですぐだったのに、通れないとなるとかなりの回り道をしなければいけませんが」
 朱く染まり始めた西空を見上げて不安の声を漏らした私に、ライダーはフルフェイスヘルメットの奥から不敵な笑みを向ける。
「こんな中腹で妥協、はしたくないですね。今日中でなければ意味がありませんし。何、大して広い山でもありませんし、急げば日没に間に合いますよ。全速力でお願いします」
「了解!」
 喉と尻尾を猛回転させ、クーラーボックスを振り回して旋回すると、山肌を取り巻く経路を目指して加速を強めた。

 ★

 幾つも階段をよじ登って走り続けていると、木々の狭間に整然と並ぶ石垣の列が見えてきた。
「どうにか間に合いそうですね」
 初夏であるこの時期、日が落ちるのは遅い。まだ青みを残した空が、坂を登り詰めた私たちの四方に広がる。
 切り開かれた山頂の広場。積み上げられた石垣の向こうに、大きな建物が聳え立っていた。 
 麓からはよく見えたものの、登っている最中には木と山壁に阻まれていたその姿。三層に重ねられた緑青葺きの瀟洒な屋根。頂点の両端には、シャリタツにも似た鯱像が向かい合って反り返っている。見るからに古めかしい、古城の天守閣である。
「時間がない。急いで撮影を!」
 クーラーボックスを投げ捨て気味に地面に置き、脱いだヘルメットをその上に重ねると、ライダーはスマホロトムを宙に飛ばす。
「さぁグリフィラ、こっちに」
 差し伸べられた腕に私は身体を預け、徒っぽく科を作って、愛想たっぷりの笑顔をロトムのカメラに向けた
『カシャッ!!』
 シャッター音風の鳴き声が、撮影完了を告げる。
「ふぅ~、明るい内に間に合って良かった。日が暮れてもお城はライトアップされますけど、僕らと一緒の写真を撮るのには難儀しますからね。会社帰りに急いで登山した甲斐はありましたよ。ほらグリフィラ、ご覧なさい」
 差し出された画面を見ると、なるほどスマホロトムはいいカメラワークを振るったようで、城の特徴的な造形をしっかりと捕らえた背景が、照れ混じりの私に頬を擦り寄せ満面の笑みを浮かべたライダーの表情と共に鮮明に撮られている。
 額のラインが後退した白髪交じりのボサボサ髪と、ほうれい線が深く刻まれた頬。年相応の中年顔な割に、二重瞼の円らな眼からはどこか子供じみた愛嬌も感じさせる、我がライダーの素顔。
「さて、と」
 同じ顔を麓に見える町並みの光景へと巡らせると、立ち上がったライダーは高らかな声を夕空に木霊させた。

人間(じんかん)50年、下天の内を比ぶれば、夢幻(ゆめまぼろし)の如くなり……」

 写真以上に、今日この詩をこの場所で詠み上げたくて、ライダーは平日夕方の登山を決行したのであった。
 詩そのものは、遙かな昔に作られた歌劇のひと節。
 けれどその由来以上に、ある人物がこなよく好んで歌い舞っていたという逸話の方が有名な詩だ。
 その人物とは、ランセ地方の英傑、ノブナガ。
 この山に築城したのもまた、そのノブナガである。

 ★

 ノブナガが築いた城、といっても、ここはノブナガの本拠地だったリュウの国ではない。かつてゲンムの国と呼ばれた地の一角だ。サナギの国から侵攻を受けてこれを返り討ちにしたノブナガが、サナギを制圧するための足掛かりとして建造したとされる。ランセ地方中央という交通の要所であるため、その後もフクツとカエンの間で行われた戦でフクツ側の本陣とされた事でも有名だ。
「……といっても、築城から数年後、サナギ制圧の役目を終えた時に城そのものは廃城になったんだそうで、フクツ・カエン間の戦の時には陣が敷かれていただけらしいですけどね」
「じゃあ、現在目の前に建っているこのお城は……」
「近年になって建てられた資料館です。石垣などは本物ですし、山全体が重要な史跡ですけどね。何より資料館も立派な町のシンボルですし」
 広い平野の真ん中にひょっこり聳える小山の城。遠くからでもよく目立つランドマークだ。
「はぁ……つまり本物のお城は、まさしく〝夢幻〟の城だったんですね。〝人の世の50年など、天地の歴史と比べたら、儚い幻のようなもの〟……でしたっけ。詩の意味的には相応しい場所とも言える訳ですか。成る程、詩と場所の関係性は解りました。……けど、」
 一頻り納得した後、私は鋭くツッコミを入れた。
「今日という日付に関しては、実は詩とはあんまり関係ないですよね? 〝人間(じんかん)〟は人の世界って意味であって〝人間(にんげん)〟の事ではない訳ですから」
「そこはほら、単純に数字を合わせただけです。そんな深く考えないで下さい」
 割といい加減だった。
「……とはいえ、ねぇ。実際、光陰矢の如しでしたよ。ここまでの人生」
 いつの間にか、太陽は完全に地平へと沈んでいた。ライダーの声に陰りが混じる。
「妹は幼くして病死。母も父も病魔に倒れ、兄も数年前に病気にかかって通院生活。そんな中、散々落後して挫折した僕だけが、身体だけは入院を必要とするような病気や怪我とは無縁のまま、何を実らせるでもなくダラダラとこんな歳まで生きてしまいました。それこそ、夢か幻でも見続けてきたみたいに……」
 しみじみと語るライダー。天地の巡りでは夢幻の刹那でも、人ひとりには短くない歳月だ。ここまでの道程、選べなかった選択肢への後悔など、数えだしたら無限の如くであろう。
 だが、それでも。
「そんな貴方の見た夢に、私も他の皆も導かれて、ここにこうして居るんですよ」
 煌々と照らされたお城を背にしたライダーの表情は、暗い陰影になってもう見えない。
 そのシルエットへ、私は私の、そしてライダーを慕う皆の想いを伝える。
「だから、貴方の人生が例え夢幻であろうと、それを儚いだなんて私たちは誰も思いませんよ」
 そして、ありったけの祝福を込めて、私は彼の名前を呼んだ。

「満50歳の誕生日、おめでとうございます。狸吉さん」

 ★

「……さて、すっかり暗くなってしまいましたし、さっさと食べて下山しましょう」
 灯り射す石垣の上で、狸吉さんはクーラーボックスの蓋を開いた。
 中には保冷剤と、白い紙箱。
「お弁当ですか?」
「いやいや、今日は僕の誕生日ですよ?」
 取り出した紙箱の封を切り、中身を星空の下に引き出した。
「勿論、バースデーケーキに決まっているじゃないですか!」
 入っていたのは、緑フェチの狸吉さんらしい抹茶ケーキ。淡い緑のホイップクリームが、華やかな装飾を描いている。

 ……そんな幻が、一瞬だけ見えて儚く消えた。

「……………………」
「天地無用品を入れてたんだったら、もう少し慎重に運びなさいよ……」
 山道を登る課程で激しく揺さぶられ、乱雑に振り回されてきたクーラーボックスの中、柔らかなケーキが無事で済んでいた筈もなく。
 当然ながら私たちが目にしたのは、まるで色違いのベトベトンかダストダスにしか見えないような、正視するにも描写するにも堪えない無惨極まりない惨状であった。
「ひと度生を得て、滅せぬもののあるべきか……」
「件の詩の続きを、こんなしょうもないオチに繋げないで下さい!」
 お後が宜しいようで。
 まぁ、崩れていてもケーキはケーキ。夜景を眺めながら分けて食べ合った残骸は、それなりに美味しかった。
 これからもこんな調子で、散々迷ったり躓いたりしながら、それでもなんだかんだで前に進んでいくのだろう。
 狸吉生誕半世紀のまとめには、そんな反省記がお似合いだ。

 ★結★
 ~2024年7月4日~


※ノベルチェッカー結果
原稿用紙(20x20行) 11.3枚
文字数(空白改行除く) 3303文字
文字数(空白改行含む) 3447文字
行数 94行
台詞:地の文 台詞率 32:49行 40% / 1260:2094文字 38%
かな: カナ: 漢字: 他: ASCII 1734: 304: 932: 371: 13文字
文字種% ひら52: カタ9: 漢字28: 他11: A0%


※あとがき
 舞台のモデルは故郷のシンボル、小牧山城です。
 史実としては、登山したのは半月ほど前の日曜日。誕生日にXに上げる写真を、当日である平日に撮るのはきついからとあらかじめ撮っておくために登りました。例によってフィノちゃんとセフィナさんを、〝グリフィンランド〟のスーツケースに入れて。……つまりモトトカゲのグリフィラさんのモデルは、愛用の迷彩柄スーツケースです。
 道中、山頂への近道が発掘のため封鎖されていたため大回りしたのも事実。そして撮影後、ケーキの写真も撮ろうとコンビニで買った抹茶ケーキの封を開けたら……★
 ケーキの写真はその後改めて買い直したレモンケーキのを撮りましたが、せっかくだから失敗談は誕生日記念小説のネタにしてしまえ、と思い至り、『Brothers Costar』の続きを後回しにして描き上げた次第です。
 元々『人間50年~』の詩である敦盛に因んで信長繋がりの小牧山登山だったため、舞台はランセ確定。
 ゲンムの国なのはケンシンさんとは関係なく、小牧山城の歴史から、ノブナガのリュウ・ヨシモトのサナギ間(桶狭間後の美濃攻め)とイエヤスのフクツ・ヒデヨシのカエン間(小牧・長久手の戦い)を結ぶ中心地として選んだものです。実際小牧市って、4本もの高速道路の起点になっている交通の要所ですし。あと、『夢幻の如く』との語呂合わせにもなっています。
『夢幻』ということでラティ兄妹も絡めたかった(写真の方ではフィノちゃんたち共々ぬいぐるみを連れて行っています)のですが、彼らを出すと山頂までひとっ飛びで運ばれてケーキも崩れないため断念。モトトカゲによるバイクアクションで格好良く(?)粉砕しましたw


※お祝いメッセージ
ラターシュ「本来こういうネタは私たちでやる話だったんじゃないんですか?」
・狸吉「スカビオさんは還暦前ですし、まだ10年近く余裕があるかと」
・セフィナ「ほう言ったな! 絶対10年以内に続き描きなさいよ! 10年なんてそれこそ夢幻の如くだからね!!」

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  • お誕生日おめでとうございます!
    まさか干支が自分と一緒だったとは……。 -- P-tan 2024-07-04 (木) 22:18:23
  • ありがとうございます。
    そうなんですよ。丁度一巡差。
    こんなぶっちぎりのおじさんですが、今後も宜しくお願いします♪ -- 狸吉 2024-07-04 (木) 22:57:29
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