※注意! この作品にはグロテスクな描写と、それとは別に官能的な描写が含まれます。場合によってはグロテスクな官能描写があります。
※注意? でもハッピーエンドです。おそらく。
物好きなガバイトにひと晩中抱きつかれていたメレシーもかくや、と思うまでに磨きこまれた肌艶。まさしく大理石と賛美されるべき美貌に走る横縞は、おれがこれまで出会ってきた中でも抜きん出て麗しい、いなせなイワパレスなら誰だって釘付けになっちまうような別嬪さんだった。
おそらくつい最近まで太陽の
ともすればキッスしようと尖る口をどうにか引っこめて、代わりにトーンを落とした声色で囁いてやる。
「遠くからひと目見たときから、なんて整った立ち姿なのかと見惚れっちまった。近づいてなお、おまえさんの魅力は衰え知らずだな。おれが今まで出会ってきた何処よりも美しい。……誰にだって同じこと言ってるでしょ、だって? おいおい、旅すがら色んな雌に声かけられてきちゃいるが、どの娘もワンナイトで終わらせてきただろ。おまえにかける情熱は、違う。この目を見てくれりゃあ分かるだろ、本気だ。……おれの、ひとつ屋根の下にならないか」
腹の底からとうとうと湧き上がってくる、意中の相手を蕩けさせるような甘い言葉。言葉……というかまあ事実それは溶解液なんだが、分泌腺から搾り出したそれを唾液で練りあげ、目の前の柔肌へと吐きつけた。馴染ませるように鋏のきっさきを
「いい子だ、よし。今日こそおまえを背負ってやるからな」
同じやり口で
どこをどう
だからってヒヨって及び腰になると、ビビってんのが相手に伝わっちまうんだろうな、ざらついた切り口になっちまう。石割りっつーのはそう、雌を口説くときみてえに大胆に、だ。
かぃん! かぃん! かぃん!
乾燥した大地に小気味いい音が鳴り渡る。ボスゴドラの角さえねじ切ったことのある自慢の得物を握りしめ、ステルスロックの頭めがけて水平に振り抜いていく。
熱を帯びたように痺れる鋏から尻尾の先っちょへ走る、背負った古巣を揺るがすほどの反響音。岩盤の奥底まで亀裂を走らせる衝撃が、ビリビリと伝わってきやがる。
ちょうど20発目、目論見通り。かァん! と晴れやかな手応えとともに、ステルスロックのアシストに沿って岸壁が綺麗な細裂をお披露目してくれた。自重に耐えきれなくなった石材が小さな崩落を起こす。
両の鋏を目一杯広げて、ちょうどの幅。
この地に穴場の物件が出されてるってのは、旅先で知り合ったデスカーンから買った情報だった。肢元を見られ珍しいきのみをふんだくられたが、情報屋の肩書きは伊達じゃねえ。こんな豪邸は世界じゅう探したって見つからねえだろう。年代ごとにきっちりと分離した地層。目立った断層も
ワンルーム一戸建て、ロフト付き。イワパレスの理想物件に改装するべく、これから間取りを掘っていく。
目打ち用の溶解液が浸透するのを待っている間、浮かれきった鋏は内装にも手をつけていた。ひと回りデカくなったおれの体でも余裕を持って出入りできる幅の横穴――玄関は、すでにほぼできあがっている。おれの体が収まる1階の居住スペースを
年甲斐もなくニヤけちまっていた。手ずから夢のマイホームを築きあげていく充足感、これが引っ越しの醍醐味だ。
玄関を抜けた先、リビングを造営しようと突き入れた鋏が、堅牢なはずの壁材を呆気なく貫通した。
「――あ?」
状況が飲みこめず鋏を動かすたび、ぼそぼそと壁材がこぼれていく。手抜き工事か? いやそんなはずはねえ。ステルスロックの反響にも、中に空洞があるような手応えなんてしなかった。
――これは、もしや。
たった今まで挑みかかっていた、立方体を切除された岩壁を調べにかかる。見上げると天井にちっぽけな穴が空けられていた。原因はコイツか。……つまり、おれが新居の玄関をくぐる直前、屋根裏から不法侵入した輩がいるってことだ。
おくるみに火のついたクルマユ顔負けの俊敏さで古巣を脱ぎ捨て、いわく付き物件へよじ登った。案の定、岩壁にできた通路と繋がる竪穴が屋根にぽっかりと暗がりを湛えていやがる。
こんな家構えの廃屋を背負っているヤツは、イワパレスの風上にも置けねえ野暮野郎だ。同族からはバカにされること請け合い、いい感じになった雌にだってそっぽを向かれちまう。
どっと疲労が押し寄せてきた。3日かけて進めてきた着工から竣工までの段取り――どこからどこまでを切り出すかの地縄張り、水平を取るための墨出し、加工しやすくするための地盤改良、必要があれば帯水層から排水し、そしてようやく楔を打ってからの石切――を、また初めからやらにゃあならないわけだ。
魂を吸い取られたかのように、おれはふらふらと深淵を覗きこんだ。まさにヌケニンの背中を覗きこんでいる気分だ。それと同時、おれの両目を突き潰さんばかりの勢いで、
「あぶっアブ
「うるさいなあ。なにも壁ドンまでしなくたってさ……」
前肢で寝ぼけ眼を
「あなた、誰……」
「おれが言いてえセリフなンだわ、それは」
シェアハウス113号室
水のミドリ
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縦に並べてゆうに10棟は切り出せるほど高い断崖絶壁の、そのグランドフロア。かつて雨季には大河となっていたであろう涸れ川は、川底の土さえ
それでもここら一帯は潤っている方だった。5日前発ったオアシスとまではいかないが、崖の上には小さな池があって、アイアントどもはその傍に蟻塚をこしらえていた。ヤツらは数本残されたオボンの木をありがたがって、こんな辺鄙な荒地に固執しているらしい。正確に数えたわけじゃねえが、ゆうに100匹を超える大所帯だ。おれも腕っ節には自信があるが他勢に無勢、大群で襲われれば我が家もろとも大顎の餌食となるだろう。それは勘弁願いたい。だからこうして、奴らが行列をなして近場のチーゴの群生地へ出向いている朝方を狙って、採掘作業を進めていた。
崖際の、健気に茂った低木で容赦のない陽差しをやり過ごしながら、3日。3日かかってようやくガードの固い嬢(城か?)を口説き落としたってのに、コイツが先に唾をつけていやがった。
おれが苦心して切り出した岩宿を、コイツは大顎でたやすく粉砕しやがる。アイアントってのはせいぜい地表から4メートルまでの土壌を掘るのがやっとのはず。だのに地層奥深くの岩盤までディグられちゃあ、汗水流して鋏を振り回しているイワパレスはお笑いだ。コイツだけが特別頑丈な顎を持って生まれた異端児なんだと信じたい。
コソクムシばりの逃げ肢で古巣へ退却したおれを見下ろしながら、コイツは眠たそうに大顎をくわぁ、と開いた。150センチ立方で採寸した新居の屋根と比べると、全長は30センチにも満たないほど小柄だ。声変わりしたてのような声質からするに、まだ若い雌なんだろう。
「さっきの、何」
「なんのことだ」
「なんてきめ細かな地肌〜、とか、今日こそひとつ屋根の下に〜、とか」
「聞いてやがったのかよ……」
「まさか、この壁を口説いてたとか」
「……」
「うっそ」
先端が丸っぽくなった触角をつんと立て、アイアントが前肢で顎を隠した。信じられないとでも言いたげに体節を
なにも本気でオトそうとしていたわけがねえ。引っ越しを繰り返すおれが
それをくどくど弁明したところで、アイアントには鼻で笑われるのが目に見えていた。刺すような軽蔑を振り解くようにおれは頭まで古巣に潜りみ、鋏を噛み合わせて玄関を閉じた。
わずかに空いた鋏の隙間から、籠城したおれを物珍しげに覗きこもうとうろつくアイアントが見える。
「……もういい。その岩はやるからどっか行け」
「え」アイアントは怪訝そうに触角を寄せ、今度こそ見下すように呟いた。「今度はわたしを、口説いてるの」
「なんでそうなる」
「……おじさんキモ」
「ちょっと待て初対面の相手におじさんとはなんだ。お前からしたら年上なのは間違いねえだろうが、こう見えても進化してからまだ3度目の引っ越しだからな」
「知らないけど。キモいのは認めるんだ」
「揚げ肢を取るんじゃあない。お前こそどうなんだ、働き蟻なんだろ。こんなとこで油売ってていいのか? お仕置き部屋なんかに閉じこめられて、夕飯を食いっぱぐれることになるかもな」
「おじさんこそ子ども扱いしないで」
「実際そうだろう。今朝もアイアントどもが隊列をなして遠征するの、見ていたぞ。仕事もせんでこんなところで寝こけているようじゃ、群れの誰からも信用してもらえなくなる」
「おじさんは説教が長くてダサいね」
「クソガキは年上に対する敬意がなくっていけないな」
アイアントもといクソガキは勝ち誇ったように顎を打ち鳴らし、二度寝を決めこむべく新居の残骸へと潜っていった。
⬛︎⬛︎⬛︎
⬜︎⬜︎⬜︎
1⬛︎⬛︎
「よ」
「よ、じゃねえよ。おれはお前の幼馴染か。こちとらアイアントに旧知の仲のヤツなんざいねえんだわ」
「ツッコミも長」
「はあ……」
あのやり取りでどうやったら懐かれるのか知らねえが、クソガキはしつこく付きまとってきた。おれが次に取りかかった物件へ先回りし、頼んでもねえのに内装を好き勝手にいじり回してくれやがる。それも
「おい。なんでおれの邪魔をする」
「それはこっちのセリフ。壁ドンがうるさくてまた起きた」
「もっと高い階層で寝りゃいいだろ」
「下まで潜った方が、そうね、寝心地が好き」
「けッ」
適当こきやがって。ふかふかの堆積層よりも凝り固まった岩盤のが夢見がいいなんざ、
しくじった、初対面で怒鳴りつけておくべきだった。クソガキはどこまで悪さしても怒られないか、おれを試して遊んでいやがるのだ。
ガキは嫌いだ。しょうもないことで嘘をつく。わがままを押し通そうと喚き散らし、怒られようともふざけてはぐらかす。そのくせ初対面の相手にも無神経に距離を詰め、不用意に甘えたりもする。無軌道に振り回されるのは、いつだっておとなの方だ。
邪険にあしらわれたのが不満だったのか、クソガキは瓦礫を撤去するおれの背中によじ登ってきやがった。背負って5年は経っている
「今日もこれ? 他になにかくれないの」
「取り壊すしかなくなった廃材を押しつけただけだ。ちっとばかり相手してやっただけで、つけあがるんじゃあない」
「そんなこと言っていいのおじさん。今のうちによくしておいた方がいいかも。だってわたしは
「だったらなおさら働かねえとな。その女王とやらの期待を裏切ることになる」
「ん……、あれ?」
痛いところを突かれてバツが悪くなったのか、クソガキが押し黙った。おれに見栄を張りたいのかなんなのか、コイツは頻繁に嘘混じりの与太話をでっち上げる。1週間も適当な会話を交わしていると、作り話に矛盾が生じることも多々あった。
おれに言い諭されてむしゃくしゃしたのだろう、彼女は顎先でマイホームをザリザリし始めた。さすがに噛み砕くのは大目玉を落とされると判断したのか、磨くように表面を撫でるだけだ。すぐに引っ越し作業を終えるつもりだからさして止めさせるつもりもないが、これが賃貸なら敷金の返還は期待できそうもない。
変に空いた会話の隙間を埋めるのも、どうやらおれの役目らしかった。クソガキの口から出てくるのは嘘か誇張ばっかりだが、アイアントどもについて何か有益な情報を落とすかもしれねえ、ここはいっちょ
「まあ、その顎で岩盤を掘り進めるっては、アイアントらしからぬパワーだな」
「でしょ」途端にクソガキの声色が生意気さを取り戻した。実に分かりやすい。「こんなに深く潜れるのは、群れの中でもわたしだけ」
「そりゃあ女王にも気に入られるワケだな」
「そうなの。
「ンで、群れの中でも一目置かれた特別なお前は、こんな辺鄙な場所でどんな特別な任務を与えられているんだ?」
「え、それは」返答を用意してなかったのかアイアントはあからさまに言葉に詰まり、肢をしきりに踏み替えていた。バチュルが屋根裏に住みついた、みたいな物音が上から響いてくる。「……秘密基地。そうここは、秘密基地になるの。それなのに切り出されちゃった」
「そりゃすまん。確かにお前しか知らないってンなら、秘密も秘密の秘密基地だなあ」
「……そう、でしょ」
皮肉が通じているか怪しいもんだったが、分が悪いと判断したのか、クソガキは強引に話題をすり替えた。
「おじさんは旅をしているの」
「そうだが」
「なにか披露してよ。楽しい話」
「ンでだよ」
「このあたりはどこを見渡しても変わり映えしない。つまらないの」
「そうだな……」
新しい物件の地盤調査を進めながら、おれは涸れ川の下流へ目を細めた。距離が掴めないほど遠くに、湖を中心に湛えたオアシスが
おれも、絶壁相手に口説くのを自粛してから口寂しくなっていた頃合いだった。クソガキに土産話でも聞かせてやることにする。
マイホームを一度脱ぎ、頭から突っこんで鋏を天井裏へ忍ばせる。我が家の1階はおれの自室だが、ロフトは備蓄庫になっていた。保存の利くきのみやら燻製をはじめとした食料が主だ。それに加え、おれみたいに各地を放浪するイワパレスは、価値のありそうなものはなんでも背負いこんでいる。さっき眺めていた補給地点のオアシスでは、タマゴが生まれたばかりだというジジーロンとリザードンのつがいへ、巣を拡張するための建材を分けてやった。返礼に譲ってもらったきのみをどうにか食い繋ぎながら、クソガキの妨害にも耐え建築作業を進めている。
それらを押しやって、ロフトの隅で埃を被った鉱石を手繰り寄せる。あらぬ方向へ体節を曲げ、軋む外殻を労りながら、オレン大のそれをなんとか摘み出した。旅の途中に出会ったフォレトスに頼まれ、彼女の殻に挟まった
取り落とさないよう慎重に後退し、普段通りケツから
「はあ……はぁ。これ見てみろ、ふぃ〜……」
「ダサ……。おじさんすぎ」
「いいから、ほら」
やっとこさ探り当てた鉱石を鋏で摘んで掲げ、屋根上から頭部を投げ出したクソガキの顎に噛ませてやる。呆れて半開きだった双眼は見開かれ「透き通ってる……」なんて感嘆をこぼしていた。おれの見立て通り、こんくらいの年頃の雌ってのは珍しいモンをありがたがるからな。
「メレシーってポケモンは全身が岩でできていて、ところどころ宝石が結晶化して浮き出てンだ。ちょうどお前と同じくらいの体長だったな」
「そんな小さなポケモンを追いつめて、無理やり剥ぎ取ったんだ。……おじさんこわ」
「ひと聞きの
「おじさんは武勇伝も長い」
「……聞いてたか? お前が話してくれってせがんだよな?」
磨けば無類の輝きを放つとされる結晶。クソガキは顎で固定したそれを、食い入るように眺めていた。強い陽射しの元ではそうと判別できない薄光の中に、まだ訪れたことのない鍾乳洞を透かし見ているのかもしれなかった。
「ふうん。ありがと」
「いやなんで貰えるテイなんだよ。返せ。やるわけねえだろ」
「えー。おじさんが持ってても〝墓場のノノクラゲ〟だよ」
「……。〝宝の持ち腐れ〟?」
「そうそれ」
「全然違えじゃねえか。。……えっなに、若いヤツらの間じゃそんな話し方がはやってンのか……?」
あまり期待はしていなかったが、クソガキの興味を引けたってのは
手放すのが口惜しいのか、クソガキはかなり渋りつつも鉱石を返してきた。さすがに噛み砕くなんて暴挙には出れないらしい。
「いいなあ。わたしも行ってみたい」
「そうか。ならいつまでもサボってねえで、まずは与えられた仕事をきちんとこなし、社会ってのがどんなふうに回っているか知るべきだな」
「……おじさんさ」クソガキは呆れたように強膜を持ち上げ、おれを非難する調子で小さく吐息した。「ここは『おれが連れ出してやる』ってカッコつけるところ」
「だァれがクソガキの子守りなんざ進んで引き受けるンだよ」
言ってて虚しくなってくる。この状況が子守り以外の何でもねえって事実が皮肉となって跳ね返り、ステルスロックのようにおれの外殻へ突き刺さっていた。
⬛︎⬛︎⬛︎
⬜︎⬜︎⬜︎
⬛︎2⬛︎
おれの
今でも許しちゃあいねえが、どうやらおれも親父の血は引いているらしい。あの癇癪はなんとなく理解できちまう。目利きした素材を台無しにされて、ムカっ腹の立たねえ職人はいねえってことだ。親父の場合は大樹の葉だったが、おれの場合は石材。無惨な大穴を覗かせた欠陥住宅が、建設現場に5
1軒目に切り出した岩塊を仮に101号室とすると、そのすぐ隣から102号室、103号室と続く。そのどれもに手抜きの内装工事の痕跡が見つかった。施工主はもちろんクソガキだ。4は死を連想させる縁起の悪さを考慮して飛ばし、105号室。これもダメだった。4室立て続けに白蟻の被害に遭ったことを鑑み、切り出す場所をずらし108号室に着手するも、やはりピンポイントで風穴を開けられた。
なぜこんな真似をするのか、おれには皆目見当もつかなかった。クソガキを問い詰めても、のらりくらりとはぐらかされる。しまいにゃ「わたしよりおじさんが早く仕事を終わらせれば」だとか抜かしやがる始末。
初めのうちは、女王とやらが差し向けた目付役なのだろうな、と思っていた。ちょっぴり岩盤を拝借するくらいは黙認されているが、少しでも不審な動きがあればすぐさま機動部隊が駆けつけ、おれは見ぐるみ剥がされて鎮圧される。クソガキをねじ伏せるのは簡単だったが、そうしなかったのはアイアントどもに大挙して差し押さえに乗りこまれちゃ、ひとたまりもねえからだ。
だがどう探りを入れても、それらしい話は出てこない。クソガキはどうも、本当にただサボっているだけらしかった。アイアントどもの習性については、風の噂に聞いたことがある。働き蟻が100匹いたら、そのうちの20匹は女王に忠実な
「これなに」
108号室の穴を塞いでどうにか背負えないか、おれが試着しているときだった。クソガキはおれが脱ぎ捨てていた従来の棲家へ空き巣に入っていたらしい。ロフトから下りてきた彼女の顎に挟まれていたのは、チーゴのみを天日干しで乾燥させたもの。水分を飛ばすことで苦味が薄れ、糖分が凝縮する。1日の栄養に充てるとすると物足りないが、休憩がてら齧るにはちょうどいい。
「今日はこれを貰おっかな」
「……もう5日連続だぞ」玄関から顔を出し、反対側の河食岸を顎で指し示した。ぽつねんと青葉を茂らせる
「面倒くさ」
付き纏われるのはずっとだが、ここ数日クソガキは何かにつけ食料をかっぱらうようになった。サボり続けているせいで信用を失い、群れの中に居場所を失ったのかもしれねえ。
「いいかクソガキ。お前が働かない分、他のアイアントどもが皺寄せを被ってンだぞ」
「わたしは体力を温存しているだけ。もしものときは、働き蟻3匹分だから。それに今はおじさんから貰ってる」
「だからなんでおれがお前の養わにゃならねえんだ」
「それは、あの、住民税ってやつ」
「どういう理屈でお前に納税する義務が発生するんだよ。ってかンな言葉どこで覚えてきやがるんだ」
おれが長々とツッコミを入れている隙に、アイアントは顎の中ドライフルーツをひと口に頬張りやがった。「あ、おい!」咄嗟に伸ばした鋏で奪え返せたのは、
「むぐ……ンぐ。もうなくなった」
「おい……いたずらも大概にしろよクソガキ」
「きゃーおじさんに襲われちゃう!」
巣の中の群集にまで届くよう、彼女はわざとらしく高調子で叫ぶ。おれが触れてもいねえのにすっ転んで腹を晒し、雄に押し倒されたか弱い雌を演じるように3対の肢をわしゃわしゃさせた。
――クソガキめ。
ここでおれがたじろいだり、まして機嫌を取ろうと追加のきのみを渡すのは彼女の思う壺だ。両の鋏で腹部ををすくい上げ居住まいを正させてから「あのな」と真面目なトーンで話を切り出した。
きょとんとするクソガキに言い含めるよう、片方の鋏で川下のずっと向こうを指す。
「そんなに腹を空かせてンなら、あっこのオアシスにまで採りに行け! 今おれの持っている食料は全部あそこで調達した。家出に憧れているならちょうどいい、片道2日も歩けば辿り着くはずだ。たまには働いて、他のアイアントどもを見返してみせろ」
いくらオアシスとて、100匹以上いるアイアントどもの腹をくちくするほど実りが豊かなわけではない。おれが半月以上の備蓄を揃えられたのは、オアシスを根城とするジジーロンとリザードンのつがいに便宜を図ったからであって、クソガキが出向いたところで追い返されるだけだろうが。
そもそも彼女に、2日歩き続けるほどの胆力があるはずもない。
「あんな遠いところ、わたしひとりじゃ無理」
「だろうな。簡単な仕事さえ面倒くさがるようなガキにゃ、とうてい無謀なおつかいだ。そんなんじゃいつまで経っても外の世界なんて見れやしねえだろうな」
「そういうことじゃ、ない。……旅の話、して」
「話じゃ腹は膨れねえぞ」
クソガキはむくれたが、それ以上駄々をこねることはなかった。せいぜいおれの冒険譚を聞いて、外の世界に想いを馳せることしかできないのだ。実際にその肢で出向かなければ、メレシーの宝石は手に入らないっていうのに。
⬛︎⬛︎⬛︎
⬜︎⬜︎⬜︎
⬛︎⬛︎3
崖の上をアイアントどもが数十匹、大行列をなして川下のオアシスへと向かうのが見えた。近場でチーゴを漁るのでは飽き足らず、遠征、といった雰囲気だ。いつもの倍以上は頭数がある。怠け癖のあるクソガキは当然、補給部隊には編入してもらえなかったらしい。
「わたしが教えてあげたの」
さも当然のようにおれの備蓄を齧ってご満悦のクソガキは、自慢げに顎を打ち鳴らしていた。
「オアシスにはまだまだたくさんきのみがあるって。そしたらみんな、張り切って隊列を組んでた」
「そうか」無駄肢に終わるだろう働き蟻どもの疲弊を思うと、クソガキに吹きこんだおれも少し気が滅入る。「お前も志願すればよかったじゃねえか。ここにゃ居たくねえんだろ」
「肢手まといはいらないって。もしわたしがこっそりおじさんに連れ去られても、誰にも気づかれないかも」
「……勘弁してくれ」
諦めたのか飽きたのか、クソガキはおれに対して見栄を張ることはしなくなった。代わりに露骨なアピールが増えた。ことあるごとにおれが彼女を連れ出すように会話を誘導してくる。群れからあぶれた彼女は、ちょっかいをかけても怒られない、というだけでおれに信頼を置き始めたのだろう。蟻塚の外の世界を知らない、世間知らずのお嬢様って感じだろうか。
涸れ川の底を連なって歩く点を遠くに眺めながら、クソガキがぼやいた。
「みんないなくなっちゃえば、わたしだって仕事するのに」
「そういうことは滅多に口にするもんじゃねえ」
「へえ、育ちがいいの。意外」
「そういうこっちゃねえ。保身のためだ」
「わ。おじさんのお説教だ」
逃げ出そうとするクソガキを、鋏で連れ戻して宥めすかす。戯れてもらえると思いこんでいた彼女は、ひと目惚れしたラランテスが己とはタマゴを成せないと知ったストライクみたいな顔で、いつになく真面目腐ったおれを見返してくる。
おれはそのきょとん顔に鋏を突きつけ、声のトーンを落として言った。
「説教ついでに忠告してやる。おれみたいな余所者を、そう易々と信用するんじゃあない。お前みたいな世間知らずは利用されて、都合が悪くなったら切り捨てられるだけだからな」
「……おじさんは、わたしを利用してる?」
「おれがやってんのはアイアントどもから見れば、蟻塚の基礎部を削り出す破壊工作だからな。素人が施工すりゃ群れの潰滅に繋がりかねん。地盤に棲みつく虫どうし、暗黙のうちに見過ごされてるってだけだ。ンで、よしんば女王の腹の虫の居所が悪くなって、兵隊蟻を差し向けられたとしても、お前を差し出せば時間稼ぎくらいにはなるだろ。言っちまえば捕虜ってとこだ」
「ふぅん。最低」
「そういうこった。わーったら真面目に働くンだな」
おれの魂胆に相当こたえたのか、クソガキは切り出されたばかりの110号室へ齧りつくと、おれの目の前で穴だらけにしやがった。内側へ潜りこみ、むしゃくしゃした気分をぶつけるように顎を振るっているらしかった。
工事現場の掘削音がしばらく続いたあと、啜り泣く声が隙間風のように響いてくる。それも引き波のように引っこんでから、あくまで平静を保った掠れ声がおれへ向けられた。
「今日も、話してよ。旅のこと」
「……。おれの説教聞いてたか?」
「聞いてない。だから、聞かせて」
まあ、おれも言いすぎちまった罪悪感はある。岩戸に閉じこもって身を丸めているであろうクソガキまで届くよう、いつもより声を張って話を切り出した。
「季節を3周巻き戻した時分だったか。ひまわり畑で雄のヘラクロスと出会ったんだが、話をしてみりゃそいつは偶然、実家どうしが川を挟んですぐ隣だったンだわ。年が離れていたから顔見知りってわけでもねえのに、同郷のよしみってだけで盛り上がるモンなんだな。お前と同じくらいの年頃だったヘラクロスは、もっとガキだった頃に命を助けられたんだと。ンで、そいつを助けたカラサリスを――今じゃアゲハントに進化してるだろうって呟いていたが――探して放浪中、ってことらしい。旅の先輩として、まあいくつかアドバイスしてやった。見つかるかどうかは運次第だ、それもかなり分の悪いギャンブルをしている。ただ、豪運にも引き寄せられたなら、尻ごみはするな。何度フられたって口説くのを止めるな。当たって砕けろ、じゃねえ。石を割るときみてえに当たって砕くンだ! ……ってな」
連日クソガキに旅の話をしつこくせがまれるもんだから、ロフトの片隅で埃を被った恋愛沙汰のエピソードを引っ張り出してきた。臍を曲げた年頃の雌には、こういう運命的な恋愛譚がウケるもんだと相場は決まっている。
クソガキはまだぐずっていたものの、やはり興味は引かれるものらしい。寝返りを打ったのか、小さな岩の割れ目からぴょこんと触角が飛び出している。
「ヘラクロスとアゲハントは、そのあと出会えたの」
「知らねえなあ。そのあとすぐに、おれはひまわり畑を離れちまったし。まあでも、どこかで巡り会えているはずだ。おれの虫の
「その……、結ばれたとして、ふたりはさ」
「おう」
「交尾、って、してるのかな」
「ッぶ!?」つい吹き出しちまった。「……マセガキめ」
そういや、アイアントってえ種族は女王ただひとりが繁殖に携わると聞いた。働き蟻どもは産卵に忙しい彼女の肢となり、甲斐甲斐しく身の回りの世話をすることで巨大な社会を形成しているとか。怠惰な働き蟻であるところのクソガキが知らねえのも無理はねえ。
泣き腫らしていたのが嘘だったように、クレバスから顔まで出すほどに食いつき、いつになく真剣な目つきでおれを見つめてくる。
「おじさんもしたことあるんでしょ、その、交尾」
「……おいおい、まさか思い出を聞かせろ、だなんて言い出さねえだろうな」
「それセクハラだよ」
「お前が先に話を振ったンだろ……!」
「まあ、気にはなる、というか」
とうとうガキんちょは立てこもっていた110号室から投降すると、胸部と腹部の体節を目一杯
「アイアントは働き蟻どうしで勝手に増えないよう、生まれた雌はお尻に細工をされるの。腹を覆う鋼がまだ柔らかいうちに延ばされて、孔を狭めるように固められる。生まれてすぐされるから、痛かったかどうかも覚えてないんだけど」
これじゃあクソをするのだって難儀だろう。無理にでも交尾しようものなら、ちんぽがもぎ取れちまいそうだった。
てっきり巣の中じゃ、夜な夜な近親相姦の大乱交でも催されているもんだと思っていた。他の種族の生態についてとやかく口を挟むつもりもねえが、雌の働き蟻ってのは処女のまま死んでいくのか。なおのことクソガキの挑発的な言動が虚しく思えてくる。
おれは片方の鋏で乱雑にクソガキを押しやった。
「そうだからって、無闇に雄へ向けてケツを振るんじゃあない」
「おじさん交尾したくなっちゃった? このままだと無理、残念でした」
「バカ言え。クソガキになんざ欲情するかよ」
「……わたしもう立派な働き蟻なんだけどな」
「働いてるとこ見たことねえんだわ」
堂々巡り。遺跡をパトロールするシンボラーみたいなじゅんぐりのやり取りも、不思議と居心地よく感じられるようになってきた頃だった。
クソガキのお守りをなあなあで引き受けて3週間が経ち、食害に遭った建屋は7軒に到達した。オアシスであれだけ用意した備蓄は、いつの間にか底をつきかけていた。
これまでで最も理想的な亀裂を走らせてくれた113号室は、あと内装をくり抜くだけで完成するまでに迫っていた。明日の朝には竣工まで漕ぎ着けられるだろう。コイツに下手な穴を開けられたが最後、おれは手狭な古巣を背負って上流側のオアシスへ進むしかない。それまでにクソガキと折り合いをつけておかにゃならなかった。
⬛︎⬛︎⬛︎
4⬜︎⬜︎
⬛︎⬛︎⬛︎
地鳴りの振動で目が覚めた。前日おれが打ちつけた衝撃が地殻のどこかに眠る
40秒、50秒、1分が経ち、余震らしき気配はしなかった。ほっと胸を撫でおろしかけたとき、幻聴かと思っていた地鳴りが再度、乾いた大地を
その震源が、地盤の奥底というよりもむしろ、崖の上から響いているように感じられて、視線を上げた。綺麗な堆積層を見せる絶壁を数十メートル上った先。丘陵地帯の崖際にある蟻塚が端だけ見えた。
「嘘だろおい……」
燃えていた。
薄明の鮮やかな
地鳴りめいた振動が再度、大地を揺さぶった。つられて視線を朝焼けの空へと戻す。火の粉舞う上空を旋回する影が見えた。それもふたつ。
――何が起きていやがる。
石材をくり抜いた空洞へ急いで戻り、雨宿りするように身を潜めた。帰りしな拾った古巣から眼柄を出して天気を窺う。煙ときどき火の粉の荒れ模様だ。
さっき崖上にちらと見えた蟻塚は、執拗なまでに火炎を浴びせられたらしい、自壊するほど焼きしめられていた。どうやら標的はアイアントどものようだった。おれはこのまま身を潜め、ドラゴンどもの怒りが収まるのを待って、それから――。
クソガキは、どうしている。
毎日飽きもせず隣にいるはずのアイツを思い出した途端、血の気が引いた。探すべきか。いや無謀だ。おれは頭上の岩盤に空いた小さな穴を睨み、唇を噛んだ。働き蟻どもの見分けなんかつくはずなかったし、そもそも蟻の巣に潜りこもうったって、こんな小さな通用口からじゃおれの片鋏を突っこむだけで精一杯だ。
どうにか拡張できないかと
「――こっち! わたしのにおいを辿って、降りてきて」
何やら騒がしく降り立ったクソガキは、おれに見向きもせず今しがた通り抜けてきた勝手口を振り向いた。数秒と待たずして、今度こそ地鳴りが響いてくる。地層を突き破らんばかりに雪崩れこんできたのは、クソガキを爪弾きにしてきた群れのアイアントどもだった。
この緊急時に統率は全く取れていなかった。クソガキがやっと通れるような隙間に、成熟したアイアントが3つ巴になって挟まった。もぞもぞと体節を捻り脱出を試みているも甲斐がない。太りすぎたダグトリオがダイエットしているみたいだった。
「おいっ、引っ張ってくれ!」
「う、うんッ」
クソガキはすぐに救助を開始した。ダグトリオになったうちのひとり、最も下方にいるアイアントの顎と己の顎を組み合わせるようにして、ひとつなぎの輪を作る。力任せに引きずり下ろそうとするも「いでででで! ち、ちぎれるっ!」と叫ばれれば、彼女は怖気付いたように連結を振り解いちまった。
後
「みんな一旦引いて! まずわたしが穴を拡げる。それで、そうしたら、みんな通れるようになるから――」
「何やってんだ早くしろ!」
「重いんですけど、寄りかからないでください!」
「止まってないで進めったら、後ろが
「おいふざけんな61番、俺が先だ!」
「うるさッ!? 耳元で叫ばないでもらえますか!?」
「どーしてあんたがここにいんのよ41番っ!!」
「43番こそくっつくんじゃねー! 勘違いされるだろ!」
「……私を挟んでラブコメしないで……」
「痛い痛い痛い痛い!! 5番さん触角を踏んでるよ!」
「97番は黙っておれ! わしを通さんかこの若造が!」
ボトルネックに阻まれた3匹の後ろにも、
同族の剣幕に圧倒されながらも、クソガキは懸命に叫び続けた。
「みんな、落ち着いて。まだ火の手は迫ってないから。巣の中に、煙が」もがくアイアントの顎が隣の個体と激しく
「おいッ113番!!」
「っゔ!」
ダグトリオのうち最も脱獄しかけた個体が唾を飛ばした。頭と胸部は解放されたものの、ずんぐりとしたウエストが突っかかっているようだった。びくん、と触角を跳ね上げたクソガキを叱りつけるよう、頭ごなしに喚き立てる。
「またお前――またお前かッ! この非常事態に、お前は、お前はこんなイタズラして楽しいか!?」
「あ、ぇ……その、わた、しは、わたしはっ本当に、みんなを助け――」
「うるせえ!! いつもテキトーなこと吹きこんで、迷惑かけて、それをはたから眺めてバカにしているんだろ。この前だってオアシスは収穫期だからとか、しょうもない嘘をついて補給部隊に無駄肢を食わせた! 自分だけが知っている脱出経路があるだって? ふざけるのも大概にしろ! お前の戯言を鵜呑みにしたせいで、みんな
「あ、ぃやっ、ぁ、やぁ、そっそんな、ことは……」
「お前は、お前はいっつもそうだ。
しきりに騒ぎ立てていたアイアントの口から不意に、真紅の液体が溢れ出した。錯乱した彼はそのまま何か叫ぼうとし、口端に鮮血のあぶくが立つ。喉の奥でごぼごぼと、溺れたような悲鳴がくぐもっている。
折り重なるように募った重圧が薄板の装甲をひしゃげさせ、アイアントの腹部を
唐突に喋れなくなったアイアントは、己の身に何が起こったのか理解していない様子だった。前肢が2、3度、あるべき腹部を確かめるように宙を引っ掻き――、動かなくなる。見開かれた双眸はすぐさま鬱血し、進化したてのパラセクトさながら急速に輝度を減衰させていく。
遺骸は
クソガキはその場から1歩たりとも動けず、正面から血反吐を浴びたまま固まっていた。見開かれた眼球の見つめる先で、わずかに空いたハッチから、揉みくちゃにされたアイアントが我先にと身をよじり出してくる。誰かの体液で全身に赤黒い光沢を纏い、落下地点で折り重なるように4、5匹。
岩壁が産卵しているみたいだった。1匹、また1匹、無念にも少なくない数を死産にしているが。片方の大顎を脱落させた者、側頭部を大きく凹ませた者。一見外傷のないような個体も、長時間
続けざまににつっかえたアイアントは、その顎にタマゴを挟んでいた。おおかた女王のこさえた新生児を世話をする産婆の役なのだろう。隘路では外圧から身を丸めるようにして庇っていたのか、脆い卵殻をどうにか守り抜いたらしい。
「これを、先に。頼んだよ、113番」
「あ、あ、ッあ、ああぁ、あ」
何かに弾かれたようにクソガキは歩み寄った。同胞の死骸によじ登り、タマゴを取り上げようと太顎を揃えて掲げ上げる。災禍から逃げおおせ、どうにかここまで繋いできた命が震える彼女へと受け渡される直前、産婆は「ぉ゛ぺ」と短い悲鳴をあげ、大顎を噛み抜いた。
ごしゃ。
命がひとつ潰えるにしては、ひどく呆気ない音だった。
熟達したストライクの居合い斬りを受けたみたいに、卵殻が真っぷたつに弾け飛ぶ。べとんッ、粘性を帯びた白身がクソガキの顎をすり抜けて、生ぐさい
おれはてっきり、産婆が次世代をひとりでも多く残そうと、女王の
その先に、炎が灯ることは
蛋白質の懸濁液に覆われた
「……お前ら」静観を決めこむつもりが、口をついて叫んでいた。「オアシスでなんてもん、くすねてきやがった!!」
クソガキにまんまと担がれた挙句、十分な収穫を得られなかった遠征隊一行は考えた。少しでも損失を補填しようと、リザードンの目を盗み巣によじ登ってタマゴをかっ攫った。そんなところか。軽はずみな判断がこんな顛末を招くとは露とも思わずに。
アイアントどもの命は軽い。
卵液を全身に浴びせられ、とうとう限界を迎えたらしい。クソガキは産婆の亡骸に
「あ、あっ、ああぁ、ぅあ……っあああああぁ――」
「おい! とりあえずここを離れるぞ! ッおいしっかりしろクソガキ!!」
「ああ゛ーーッ! やぁぁあぁあ゛ーーーーッ! ぅあああ゛〜……、やぁ……ぁあ゛あ゛あ゛〜〜〜……!」
ろくに喋れなくなったガキを我が家のロフトへ軟禁し、悲鳴が漏れないようにおれの体で蓋をする。凄惨な事故物件からの退去を余儀なくされ、おれは痺れた肢をしゃかりきに稼働させた。
⬛︎⬛︎⬛︎
⬜︎5⬜︎
⬛︎⬛︎⬛︎
アイアントどもの墓標が立った河食岸の反対側は、比較的なだらかな勾配のある土手になっていた。言葉にならないうめきを絶えず吐き出すクソガキを背中に抱え、小高い丘陵から対岸の火事に目を細めた。
「ひでぇな、こりゃ……」
下草は業火に炙られ踊るように焼き切れ、数本あるオボンは枯れ木同然に枝葉をむしり落とされていた。気のふれたマルヤクデがのたうち回っているかのようだった。
火元となったリザードンとジジーロンは、旋回しながらアイアントどもの捜索を続けている。間違いなくあのタマゴを取り返しにきたはずだ。憎悪の標的となった蟻塚は容赦なく高温を吹きつけられ、炭化して焼き固められていた。唯一ある正面玄関を封鎖されたとあらば、アイアントどもが
「ちったあ落ち着いたか?」
「……。ぅ、う、ゔンっ」
鼻を啜る音に混じり、くぐもった返事がよこされる。このままクソガキを放っぽり出すわけにもいかねえ。見つかったが最後、顎の先さえ残さず消し炭にされるだろう。おれだって岩を背負ってなきゃ、いつ炎を吐きかけられたっておかしくねえ。気のふれたドラゴンから見りゃ、裸になったイワパレスもアイアントも同じように映るだろうから。
頭では分かっている、さっさとこの地を離れるべきだった。せっかく見つけた好物件だからと執着せず、また別の地で引越しすればいいだけだった。クソガキに同情したってンなら、荒野を抜け出した先で降ろしてりゃいい話だった。
だのに、おれはつくづく馬鹿な雄だ。
「ちょっくら様子、見てくる」
「な……、なんで」
「あいつらを鎮められるのは、おれしかいない」
「あの壁を登るつもり」背中にクソガキの悲鳴が反響する。「こんな重たい家を背負いながらじゃ、途中で撃ち落とされる」
「壁を登るつもりもねえし、家を背負って行くつもりもねえ。……殻を破ったエネルギーで、崖から崖まで一気にぶっ飛ぶ」
「……うそだよね」
「おれがいつお前に嘘を吐いた?」
川幅はざっと見積もっても、ホイーガ20回転分はある。家を発破にかけた衝撃だけで向こう岸まで届くかは
それが唯一の現実的手段であることを説明してやるも、クソガキは頑として譲らなかった。
「ひとりでなんて、絶対に無理。もし運よくたどり着けたって、おじさんが勝てっこない。兵隊蟻が束になっても、敵わなかった」
「心配すんな、死にやしねえ。タイプの相性くらいお前も知ってるだろ。アイアントどもは苦手だろうが、リザードンに対してはおれに分がある。2対1だろうが、相手さんも迂闊に手出しはできねえよ」
「でも……! ッでも……!」
クソガキの懇願は鋏に取るようにわかった。間接的とはいえ同族をあれだけの数死なせたんだ、女王からのお咎めなしとはいかねえろう。そのうえおれにまで見限られちゃあ、いよいよ甘えつく先がねえ。
だとしても、おれは行くべきだ。行ってこの、胸に
古巣の中で準備運動を始めたおれに、心細さが限界にまで達したのか、クソガキが縋るように背中を引っ掻いてきた。
「……なんで、そこまでして」
「思い出しちまうからだよ」
おれが故郷を捨てた日のことを。
ここには居たくなくて、どこかへ行きたくて。それが同じ気持ちなのか確かめる間もなく、おれは実家を飛び出していた。ふざけた家族だったが、今でもたまに夢に見る。おれが旅に出て5回ほど季節が回った頃だったか、風の噂で故郷が戦禍に巻きこまれたと聞いた。
森は焼け川は汚され、多くのポケモンが命を落とした。おれの家族がどうなったかは知らない。今さら戻る勇気もない。ただ心残りなのは、実家を飛び出すとき、ひと言だけでも何か声をかけておけばよかった。親父の裁ち鋏から庇ってくれなかった兄姉に「バーカ!」と思いつく限りの罵詈雑言を投げつけて、お袋には「今までお世話になりました」と形だけでも感謝すればよかった。呑んだくれた親父へビシッと立てた1本爪を見せつけ、最低のジェスチャーで「死ね」と吐き捨てておけばよかった。
暴れ狂うドラゴンには見て見ぬふりをし、このままクソガキを連れて逃げちまえばいい。むしろそれが正解なはずだった。死んでいったアイアントどもに情けをかけるつもりもねえし、新築一戸建てにも諦ようやくめがついた頃合いだった。命あっての物種だ、悔いはねえ。
ただ、そうなったとしたら、クソガキは今日のことを引きずって生きていくことになる。引きずって、引きずって、ロフトに引きこもり、おれが追い出そうったって無視を決めこみ、狭い岩戸の中で腐っていく。それは、あまりに救いがないだろう。
分かっている、これはわがままだ。クソガキの可愛らしいわがままとは比にならねえ、誰かの生き様を歪めっちまうほどの、おれのエゴだ。
「おれが戻ってくるまで、そこでじっとしていろ」
クソガキは諦めたように頷いた。チーゴの茂みに押しこまれ、散々喚き散らした挙句、おれの意思が揺るがないのを悟るや、周囲にばら撒かれたステルスロックのひとつを引き寄せ、心細さを埋め合わせるように顎で転がしていた。
小さな頭を鋏で撫でつけて、おれは小高い丘のてっぺんを睨んだ。助走をつけるための滑走路を確かめ、遅いなりに全力疾走をかますべく肢をもしゃもしゃと駆動させる。
長らく連れ添ってきた古巣ほど、取り壊したとき得られるエネルギーが多い……と思う。耐久面は
6本肢をしゃにむにバタつかせ、なだらかな丘陵を駆け上がる。土壌が崩れるほど力強く踏み切り、おれの体が崖から飛び出す寸前――、マイホームを支えていた尾節で天井の一点を突き上げた。家全体のバランスをひとえに担う
マグカルゴさながら赤熱し罅割れ、天井を突き破った尻尾を伝って流れこんでくるエネルギー。コイツで何度もピンチを潜り抜けてきた、ワパレスきっての隠し玉。
おれの体で受け止めきれなかった熱量は、爆発に似た衝撃波となってあたりに放散する。ちょうどおれが鋏の中に礫を挟み、加圧して標的へ向けて射出するのと同じ要領で、身軽になった体が瞬間的な加速度を得た。
「う、お、お、ぉおお――!!」
飛んでいた。慣れない浮遊感に脳がぐらつく。凄まじい空気の抵抗に眼柄をへし折られそうになる。息なんて止めっぱなしだった。強膜をうっすらと開き、着地地点を見極める。
十数秒となかったはずのフライトが、おれにとっちゃ永遠にも思える冗長さだった。大地を掴もうと伸ばした6本肢は衝撃を受け止めきれず、グシャ、と体がつんのめる。まあ、岩壁に激突するよりかはマシか。カッコつけた手前、クソガキにダサいところは見せられねえからな。
「しかし熱っちィな……」
遠巻きに眺めるより遥かに、現地は酷い有様だった。目に見えるものの悉くが焼き尽くされている。火の粉が舞い煙が逆巻き、おれは口元を塞いでいた。
生身の体がどれほどの耐熱性を帯びているのか分からねえし、帰る家を失ったおれにはまともな防御手段がねえ。クソガキにはああ啖呵を切ったが、火を灯されるかドラゴンの息吹に煽られればあっけなくお陀仏だろう。
あれだけ颯爽とスタントを成功させれば、荒れ狂うドラゴンどもも気づいたらしかった。旋回する龍影が力強い乱舞を練りあげ、けたたましい咆哮が大地に衝撃の
タマゴの中身はヒトカゲだったから、リザードンが母親のはずだ。それよりも父親が猛り狂っていた。オアシスで出会ったとき、確かにジジーロンの方がタマゴの将来を楽しみにしていたはずだ。生まれてくるヒトカゲは雄か雌か、父親譲りの技を覚えているかどうか、1時間近くノロけ話に付き合わされた。種族柄子どもを溺愛する分、その未来が断ち切られた際の激昂も凄まじいのなのか。
急接近してくるジジーロンへ、おれは両の鋏を無防備に振り上げた。ひとます戦闘の意思はないことを示す。
「おい!」禍々しく火の粉散る
「貴様は」
ジジーロンはオアシスで挨拶したおれを覚えていたらしい、顔を見るなり濁りきった目を歪ませた。タマゴが生まれたばかりだという彼らに巣を拡張するための建材を贈答してやったのだが、今となっちゃそれもかえって皮肉にしか聞こえない。状況は思ったより深刻だ。
「事情はおおかた見当がついている。……その、アイアントどもは愚かだった。まさかお前の巣からタマゴを奪うなんて。こうなることも知らずに」
「我らの宝を、返せ。どこにいる。言え」
「……」
まるで聞く耳を持たなかった。お前もアイアントどもの肩を持つならば、問答無用で排除する。そんな気迫がひりひりと伝わってくる。
おれは力なく首を振った。途端ジジーロンが「ぉおおおお゛!! 」濁声をせぐり上げる。隠者のような翼を振り乱し、マルヤクデが発熱するように長い首をうねらせた。牙の生え揃った大口がぱっくりと開かれ、その奥で充填されるドラゴンの純然たる破壊衝動。
薙ぎ払うように放たれた竜の波動を、掻い潜って避ける。殻を破っておいたおかげか、俊敏性は格段に向上していた。横ざまに転がって、回避地点を狙いすました一撃を鋏で弾いて逸らす。……案外冷静だ。手当たり次第に暴れているもんだと思っていたが、これは厳しい。
常に視界の中へリザードンを捉えていた。ジジーロンの猛攻に合わせ、火炎放射の追撃を許してしまえば一巻の終わりだろう。
ちょこまかと逃げ惑うおれに痺れを切らしたか、ジジーロンは翼を広げるとおれ目がけて急降下の突進を喰らわせにかかる。そちらから射程圏内に入ってくれるのはありがたい。
決めるなら、ひと想いに。
膨大な質量がおれを吹き飛ばさんと衝突する直前、地面へ突き立てた尻尾をバネにして飛び上がる。おれの腹のすぐ真下を通り抜ける龍の巨体。掠っただけでひとたまりもないであろう破壊の権化を間一髪で
大ぶりの技の後には隙が生まれる。そしてそれを補うよに援護が入る。左の鋏はすでに、死角から接近していたリザードンへと照準を合わせていた。竜が翼を止めてたじろぐのを認めてから――、正面。
開いた刃線の底にはすでに、大ぶりの礫が充填されている。体勢を立て直そうと急上昇する龍の背中めがけて、おれは右鋏へ力を込めた。
――どおおぉオオオ――ッ。
火山が噴火したのかと聞き間違うほどのハイパーボイスを天へ打ち上げながら、巨体が墜落する。救護に入ろうとするリザードンへもう片方の鋏を差し向けつつ、おれは地に堕ちた龍の元へと駆け寄った。
狙い澄ました一撃は翼を貫いたようだった。破壊衝動は収まらないものの、それを振りかざすだけの体力は底を尽きたらしい。気管を吹きすさぶ獰猛な呼気だけが聞こえてくる。
次弾を装填した鋏をジジーロンの
「たった今から、ここは、おれの
一般にイワパレスは縄張り意識が高い。同種がぶつかれば、どちらかの背負うマイホームが倒壊するまで争う輩もいると聞いた。おれはそこまで血の気が多いつもりもないが、代理戦争を受け負っちまったんだからなりふり構っていられねえ。
おれの気迫が伝わったのか、ジジーロンは長い首をのたうち回らせて歯噛みした。
「そんな理屈が、
「これ以上暴れるってンなら、次は脳天に風穴が開くだろうな」
「……」
「命まで奪うつもりはねえ。頼みたいことはひとつだけだ。手を引いてくれ」
地に堕ちたジジーロンは眠る山脈のようだった。戦意を削がれてなお、新緑の体を大きな龍脈が胎動している。そんな気がする。
「恨んでくれるなとは言えねえ。許してくれとも頼めねえ。……それでもどうか、手を引いてくれないか」
「ぬかすな。あの子は、我らの宝だった。希望だった! 憎きアイアントどもを1匹残らず燃やし尽くすまで、あの子は報われない」
「ンなことしたって、虚しいだけだろう」
「お前に何が理解できよう! お前らのような虫ケラどもに!」弱まっていた烈火が再度瞳に灯る。「旅をしていると申したな。この親不孝が! 腹を痛めて貴様を産み落とした母を、我を斬り伏せるまでに育て上げた父を、貴様は想った夜はないのか!?」
「お前が立派な両親のもとに生まれ育ったってのは、
「赦せぬ……、赦せぬ……、赦せぬ……!!」
「難儀なモンだな、家族ってのは」
「消え失せよ」
「――ぅお!!!! ッぉ゛……!?」
不意打ちの攻撃も回避する算段はついていた。だがそれはおれへ向けて放射される火炎だとかであって、広範囲に衝撃を及ぼすハイパーボイスには抵抗する術がねえ。地鳴りを誘発するruby(だいおんじょう){大音声};を真正面からぶち当てられ、おれの脳みそが軽度の脳震盪を起こしたらしかった。
まずった、鋏が持ち上がらねえ。鋏に力が込められねえ。どうにか肢を動かして逃げ――、られねえだろうな。牽制から外れたリザードンがじき、おれにとどめを刺しにくるはずだ。
乾いた大地へ突っ伏したまま、片目だけをどうにか開いた。ジジーロンの背後から、リザードンがゆっくりと降下してくる。丸呑みされそうなほど大口を開き、しきりに喉元を上下させていた。おれを葬る業火を火炎袋で練り上げているのだろう。耳鳴りも併発しているのか、マユルドの
「――ます、どう――!」
リザードンが何か叫んでいる。地獄送りにするおれへの侮蔑か、ジジーロンを傷つけたとこに対する恨み言か。せめて、
「――どうか、もうおやめください!!」
聴覚が震えた。リザードンが声を張り上げ、ジジーロンへ縋りついていた。どうやらおれは一命を取り留めたらしい。
「あなたは、どうして、すぐにそうなってしまうのですか。だから子をもうけるのは、もうやめにしようと申したのです」
「お前……」
「イワパレスさんのおっしゃる通りです。怒りのままアイアントを焼き尽くしたとしても、それは私たちの自己満足にすぎません。あの子のためにはならない……!」
「ぐ、ぅるるるおぉ……!」
なおもジジーロンは暴れていたが、つがいに抱きすくめられると途端にボルテージを弱火へと減衰させていった。翼は当分の間使い物にならねえだろうが、がくつく四肢を持ち上げ神通力でどうにか浮遊すると、おれを見下ろしながら吐き捨てた。
「このような何もない土地を縄張りにするなど、馬鹿馬鹿しい。今すぐ故郷に戻り、両親に顔を見せるがよい」
「随分と世話焼きなんだな。その熱で次の子作りに励めばいい」
「……もう2度と出会わないことを、心より願う」
「気が合うな。おれもだ」
リザードンに庇われながら、ジジーロンはオアシスへと帰っていった。荒涼とした大地にいつもの静けさが戻ってきた。
⬛︎⬛︎⬛︎
⬜︎⬜︎6
⬛︎⬛︎⬛︎
そもそも立ち枯れ寸前だった植物を全て
焦げついた命のにおいが微風に押し流されていく。取り替えられるようにして次第に満ちていく、普段と変わり映えのしない朝間の濃度。それを胸いっぱいに取りこむように、少女は浅い呼吸を繰り返している。血液やら卵液やらで汚れた顔をくしゃくしゃにして、満身創痍のおれよりも憔悴している様子だった。
「――わたしの、せいだ」
クソガキが独りごちる。目の焦点が忙しくぶれている。限界まで押し下げられた触角は震えが収まらず、かちかちかち……、と、顎の根の合わない音が乾いた空気を
「わたしのせいで、みんな燃えた。わたしのせいで、あなたまで死にそうになった。わたしが、あんなこと、言ったから。わたしが、オアシスに食料があるなんて、そそのかしたから。わたしが、避難するように、あんな狭い道へ案内したから。わたしのせいで、みんな死んだ。わたしが、わたしが殺した、わたし……わたしの、せいなんだ」
ぶつぶつと呪いをこぼすアイアント。かけるべき言葉なんてすぐには見つかるはずもなく、濡れる頬へ鋏を沿わせてやることしかできない。焼き炭になった下草を灯芯にしてしぶとく揺らめく残火を眺めながら、それを吹き消してやるつもりで息をついた。ツボツボが長年溜めこんだ果実酒を一気に煽りたい気分だった。
「お前は、お前ができることをしただけだ。それが思いもよらねえ結果を招くことなんざ、生きてりゃ痛いほど経験する。その初めてが、今日だった。それだけだ」
「でも……、ッでも……!」
暴龍の咆哮が遠ざかったからか、黒炭の山と化した蟻塚を内側から掘り返すようにして、アイアントの残党が這い出してきた。がっしりとした体つきからするに、女王蟻の親衛隊だろうか。
クソガキはおれの影へ潜むように身をかがめ、尻尾へと縋りついた。信頼を置いているような側近を左右へ侍らせながら、やけに腹部の膨らんだアイアントがしゃなりと歩み出てきた。おれの陰で怯える一介の働き蟻などは意にも介さず、まるで物語の幕切れまで観測し終えたイオルブじみた、超然とした笑みを湛えている。
「
「まあな」
「
「そりゃどうも」
大顎を最大限にまで開き、頭部を地面へと平伏させる。おそらくアイアントが示す最大限の敬意。親衛隊どもはそれが不服らしく、おれへ
女王は顎をひとつ鳴らすだけでアイアントどもを一喝した。来賓をもてなすかのようにおれを手招き、近づいたおれの耳元で、お茶会を開くビビヨンのように囁いた。
「多くの同胞が焼け死んだ。急速な補填が必要なのだ。……我が城を守り抜きしイワパレス殿、この意味するところが、理解できよう?」
「……チッ」
そんなことだろうな、と思った。
側近らしき2匹のアイアントが恭しく顎を擦り鳴らしながら、おれを籠絡するべく近寄ってくる。女王の
ちらとクソガキを見た。顔からは艶が失われ、無意識なんだろうが、鈍い金属音がするほど顎を食いしばっていた。俯き細められた赤い瞳は乾き、まるでこの場から消えてしまいそうなほど儚げな色をしていた。
まんじりともせず押し黙るおれに、女王がはんなりと息を吹きつけてくる。咄嗟に息を止めた。どうせいかがわしいフェロモンがたっぷり含まれているに違いない。
「くふふ……、存外に強情な殿方よの。汝はこの地に縄張りを宣言し、そして見事に妾から
「あれは方便だ。ああでも言っておかねえと、ジジーロンどもは帰っちゃくれなかったさ」
「もうよい、直に命じよう。――妾の胎を汝の勇敢な子種で満たせ。どれ、中々にいい体つきをしておるではないか。くふッ、さぞ優秀な軍隊ができようぞ」
それに、おれの子が女王の元でクソガキのように捻くれて育ち、あんな惨たらしい死に方をするのはまっぴらごめんだ。
「縄張りだのどうだのが面倒なモンで、この通り根なし草してンだよ。いくら魅力的な物件だろうが、お前が大家のアパートに入居するつもりなんざねえ」
「……ふむ」
親衛隊どもは、女王に恥を掻かせた! 無礼者め! と喚き立てている。飛びかからんと発奮する彼らは、さすがの女王でも統制に手間取るらしい。不敬罪で処刑される羽目にはならなそうで、胸を撫で下ろした。
ちらりと隣に目をやった。クソガキはおれの影で身を縮め、この場をやり過ごそうと気配を消しているらしかった。同情はするが、おれはこのために命を賭してドラゴンどもを退けたのだ。この場くらい体を張ってもらわにゃおれがくたばり損なっただけになっちまう。
縮こまる小さな尻をとん、と押した。6本肢をふらつかせ、クソガキが女王の面前へ跪く。20匹ほどの取り巻きが彼女に気付き、一斉に静まり返った。群れの問題児が次に何をしでかすか、固唾を飲んで見守っている風だった。
声もなくあたふたするクソガキが、おれを振り向いて助けを求めていた。忙しなく地面を引っ掻く前肢へ、地面へ寝かせた鋏を添えてやる。
「お前は、おれと来い」
「え」
「いいから」
「な、んで」
「こんなとこ居たくないって、さんざ言ってたじゃねえか」
「答えに、なってない……」
親衛隊どもからギラついた視線を向けられ、クソガキは力なく触角を項垂れた。あれだけどこかへ行きたいと願っていたくせ、いざその転機が訪れると尻込みしてしまう、まさしくガキみたいな甘っちょろさ。まだるっこしくなって、おれは両方の鋏で軽々しい体を押しやり、女王へ向かって改めさせた。
「か……、
「はっきりと申すがよい」
クソガキの話によりゃ、彼女はどのアイアントよりも女王の
「い、行ってきます……」
消え入りそうなひと言を絞り出すのが、彼女の精一杯だった。それきり推し黙る。誰も何も発しなかった。
静寂をたっぷりと遊ばせてから、女王は悠々と歩み寄り、災害を予見したサッチムシのように怯えるガキへ前肢を伸ばす。
「
女王の言葉は絶対だった。ガキが半泣きの顔を持ち上げた途端、その頬へ女王の御手が触れる。そのまま、一瞬の戸惑いを見せた彼女の頭部がきつく抱きしめられた。
「達者であれ。妾の
抱擁は短いもんだった。それでも女王の腕に包まれている間じゅう、ガキの触角がぴこぴこと交互に跳ねていた。働き蟻ではなく、娘として初めて受け取った愛情を大事そうに噛み締めながら、彼女はおれの元へ戻ってくる。背中によじ上り、腹のくちたアゴジムシのように身を丸めていた。
「新居を拾いに、いったん川底まで下りなきゃならねえ。案内頼むぞ」
「……うん」
7⬛︎⬛︎
⬜︎⬜︎⬜︎
⬛︎⬛︎⬛︎
おれたちは歩いた。正確に言えば歩いていたのはおれだけで、クソガキはロフトに引きこもって出てきやしなかった。時たま壁材を削る固い咀嚼音が伝わってきたが、おれはとやかく言わかった。家もろとも何もかもを失った孤児に向けるべき言葉なんざありゃしねえ。歩行に伴って生じる些細な振動をも押し殺すよう、3対の肢の慎重な運指に気疲れした。邪魔くさい小石を蹴っ飛ばすのさえ避け、いちいち鋏を振るってどかしていった。
丸3日歩き通して、川上のオアシスへ辿りついたのは夜明け方だった。他のポケモンの姿は見えない、波紋ひとつない湖の端へ身を落ち着けた。まだ肌寒い空気が眼柄の間をすり抜けていった。潤った芝草を踏みしめ、背中で眠りこけているアイアントを岩戸ごと揺り起こす。
「オアシスに着いたぞ。水はたらふく飲んでおけ」
「ン……」
のそのそと這い出てきた彼女は、さすがにもう泣いてはいなかった。体に蓄えていた水分は涸らしているらしい、前肢につけた水滴を交互に動かし、しきりに喉へと運んでいる。ワナイダーが古くなった糸の罠を巻き取っているようだった。
涸れ川を下ってずっと遠くに、横縞模様の崖が小さく
「あんなに、ちっちゃかったんだ」
「……そうだな」
実家を遠巻きに眺めたまま、不意に、生ぬるい水に濡れた顎が小さく震えた。クソガキはまた口を閉じ、前肢でぐしぐしと顔を磨き始めた。乾いてこびりついた褐色の跡が、清らかな水に流されては消えていく。
心に刻まれた傷はこうも簡単に癒えちゃくれねえだろうが、何か話すべきな気がして、おれは口を開いた。
「なあ」顔は前を向いたままだった。「お前、群れから113番って呼ばれてただろ」
「うん」
「あれは、なんだったんだ」
「ん……、とね」横目でちらりと窺えば、クソガキも前を向いたまま言葉を選んでいる。「アイアントは働き蟻1匹1匹を区別しないから。
「……そうかい」
ってことは、少なくとも113匹がまとまって暮らしていたってことか。最後に残ったのは20にも届かなかったはずだ。相当な数が業火の餌食になっていて、女王はそれを気にもかけていなかった。割りきったつもりではいたが、思い返すと言葉に詰まる。
岩宿へ首を引っこめかけた俺に、1匹だけになったアイアントは寂しそうに目を細めた。
「ひゃくじゅうさんばん。長いうえに言いづらかったんだよね。ダサいでしょ」
「お前らの生態に口出しする気なんざ、これっぽっちもねえよ」
「うそ。割とショックそうな顔してる」
「……」
己の口からベラベラと嘘を吐いてきたくせ、いやだからなのか、彼女はおれの言葉や仕草に敏感だった。顔に出やすいタイプだとは自覚しているが、こうも手玉に取られると体裁が悪い。
早朝の静けさをその身に宿したまま、彼女はおれへ向き直った。ぶつかった視線を真正面から受け止めながら、アブリーの羽音よりも穏やかな声で囁いた。
「ねえ、名前を呼んでよ」
「……クソガキ」
「あなたに子ども扱いされるのは、悪くなかったけど。……そうじゃなくって」
「ンだよ……」
視線を逸らす。邪険に振り払おうとしたおれの鋏が、大顎でそっと包まれた。夏の日のモスノウそっくりな、消え入りそうな表情のその奥に、揺るぎのない気迫めいたもんがあった。
根負けだった。返答に何を求められているか、分からないほど鈍くはねえ。たった独り残された彼女の呼び名は、クソガキでも113番でもなく――。
「――アイアント」
「んっ」
丸のついた触角が揺れる。彼女の漏らした吐息はこそばゆそうだったが、どこか色っぽい響きも含んでいた。声変わりしたばかりの乙女だと決めつけていたが、一連の事件が彼女を垢抜けさせたのかもしれない。
「ねえ、イワパレス」
「な、んだ」クソガキがおれの名を呼ぶのは、初対面でバカにされて以来だったか。どぎまぎした心うちを悟られないよう、無駄に口が回る。「腹が減ったなら、さっきチーゴを摘んでおいた。苦いのが好きなんだろ。栄養補給にもなるから食べておけ。オアシスを出ればまたしばらく、乾燥したものしか食えなくなるからな」
「抱いて、いいよ」
「は」
思わず見返した。おちょくっているようにも、まして嘘を吐いているようにも見えなかった。
「わたしを連れ出してくれた、お礼……」
「本気で言ってンのか」
その日の飢えを凌ぐため、外敵から身を守ってもらうため、あるいは進化に必要な道具を譲ってもらうため、雄に体を売る。おれだって何度も買ってきた身だが、そいつは己に価値を見出した雌の誘い文句だ。同族から蔑ろにされてきた彼女に、そんな自己承認はねえはずだった。
眉根ひとつ動かさないおれに観念したのか、ささやかな不満を漏らすようにアイアントは顎を小さく打ち鳴らした。
「あなたのタイプじゃないとは分かってたけど、そんなに?」
「クソガキだからな」
「……」
「そう睨むなよ。わぁったわぁった、ガキ扱いは金輪際しねえ」
「……いいの」アイアントは諦念したように俯いて、おれの渡したチーゴを前肢で所在なげに転がしている。「働き蟻なのに仕事もしないで、嘘ついて、責任からはずっと逃げて、それなのに自分のことばっかり押しつけて。わたしはずっと、ずっとずっと子供だった」
「…………」
胸の奥から絞り出すように、彼女は言葉を紡いでいく。ぎゅっと強膜を閉じると、朝風に乗せられた雫が
――羽化。ああ、羽化しようとしているのか。
アイアントはコフーライのように進化はしねえ。だからこれはおれが思いついただけの
「お礼、なんて、また嘘ついた。……だめだね、このままじゃ」
「お前は、そうだな……」じっと見つめてくる灼眼を覗き返す。「嫌でも変わっていくだろうさ、これから。実家に勘当されちまえば、何をするのも勝手だ。それに伴う責任も、自分で背負わなきゃならなくなる。お前はもう、113番じゃ、ない」
「……うん。だから、これはわがまま。わたしのわがままに、付きあって。これは、あなたにしか頼めない」
「交尾すりゃおとなになれる、だとか思っちゃいねえだろうな」
「他の種族がどうかは知らない、けど……」彼女は恨めしげに尻先を震わせる。「少なくともアイアントは、そう、だから」
「……お前がそれで割り切れるってンなら、構わねえが」
「うん」
アイアントはちょっと安堵したように笑うと、おれへ尻先を向けて湖畔の芝地に腹を伏せる。不意の
⬛︎8⬛︎
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マイホームを切り出すため堅牢な岩盤さえ侵食する溶解液。ガードの固い雌を蕩けさせるための口説き文句は、旅すがらつらつら吐いてきたはずだった。分泌腺から搾り出したそれを唾液で練り混ぜ、アイアントの尻へと吐きつける。
「フゃゔ!? ――っああああ゛ッ!?」
急所を狙うドラピオンばりの正確さで狙ったつもりが、黒い地肌にまで粘液を垂らしちまったらしい。アイアントの痛ましい金切り声が張り裂ける。毒物を浸透させない鋼鉄のボディとはいえ、柔肌に塗りこめられれば
沁みる程度に唾液で薄めてやることもできたが、それではアイアントの虫孔を覆う装甲はいつまで経っても融けやしねえ。あらぬ方向へ罅が走るのを恐れて、小刻みに打診するのは臆病なイシズマイだった頃までだ。石割りと同じ、やるんだったらひと思いに。
「ふギ――!! ぶふゔうぅ〜ーーッ、焼け゛、る――ッぅううゔゔ! はぁっはぁ……はゃああぁあッ!!」
「耐えろ。やれるな? 深呼吸を意識しろ」
アイアントの浅い吐息が早朝の芝草に露をなす。無理にでも呼吸のリズムを作って制御しようとする意地と、それに反して不随意に暴れ踊る小さな体。両の鋏で押さえつけ、おれはその身に劇薬を浸透させていった。舌でしつこく塗り広げるように鋼を洗っていくと、次第に表面へ微細な泡粒が立つようになる。引き延ばされた薄板のさらに薄手の地点から穴があき、それが次第に広がって彼女の地肌を
「ゔぁっ、あ゛、ゃあ゛あ゛〜〜〜……ッ! はぁっハふ……、ぅゔぐう゛……!」
「その調子だ、偉いな。もう少しだ」
余分な溶解液は唾液で丹念に洗い流してやる。彼女が貞操の呪縛から解放されてもなお、おれは舌での慰撫を続けていた。酸で爛れ、痛ましく膨れちまった尻先。溶けた鋼が歪に固まらないよう、安定するまで鋏の刃で腹まわりを撫でつける。
火傷の特効薬であるチーゴを咀嚼し、唾に含ませて虫孔周辺を舐め転がしていると、アイアントの喘ぎにも変化が現れた。ミツハニーが助けを招集するようなキンキン声はいつしか鳴りを潜め、艶の乗った熱っぽい吐息を漏らすばかり。
「あ……、ンゃぁ、はぅ……ンっ? ふ、やぁ、ぁ……」
尻先から伝わる痛痒が、いつしかもどかしい違和感へすり替えられていることに気がついたのだろう。厳粛なのか無垢なのか、働き蟻はオナニーさえしないようだから、初めて覚える性感に戸惑っている様子だった。
おれの鋏はなまくらだが、こういうときにはもってこいだ。きっさきを固く閉じ、ふやけて
おれの爪で
あー、なるほど。なんとなく分かった気がする。アイアントどもがスシ詰めにされたあの現場でも、同じにおいがしていたっけな。
へたばる彼女を抱き起こして、おれはしたり顔を作ってみせた。
「おし、準備は整ったぞ。これでいつでも交尾できる。……そんなに痛かったか? ちょっとチビっちまったもんな」
「――うそ!?」
延びていたアイアントは跳ね起きると、慌てて腹を曲げて粗相の形跡を確かめた。尻先から腹部へかけて小便が流れ落ちてはいないか、青くさいにおいがこびりついていないか。まあおれの出まかせなので、虫孔をめくり返しても見つかりっこないが。
きょとんと触角を垂れさせるアイアントに、おれは痺れの残るベロを突き出した。いがいがする舌先はちょっぴり溶かされた気もするが、まあ、これでおあいこか。
「蟻酸って独特な味がするんだな。交尾の最中は分泌腺を絞っておけよ。ちんぽが溶けちまう」
おれが飲んだのは小便ではなく、毒素だった。どちらにせよどぎつい冗談だが、ともかくアイアントは触角を伸びきるほどに逆立てた。黒い地肌が一瞬にして紅潮し、かっ開いた両目が羞恥に潤む。
「の、飲んだの……!? おじさんデリカシーなさすぎ! さ……、最低……っ!」
「そんな表情もできるんだなぁアイアントちゃんは」
「最低、さいてい……! ……。でも……、ほんとに、なくなってる……」
アイアントはようやく融通を取り戻した全身を丸め、身づくろいするように尻まわりを入念にまさぐっていた。チーゴの抗炎症作用が効いてきたのか、溶解液による
「手抜きはしてねえから安心しろ。肌が擦れても荒れないよう、ちゃんと面取りまでしてある」
「……すごい」
己の体を抱きしめるように感涙するアイアントを横目に、おれは芝地を離れて新居を脱ぎ捨てた。暑いくらいだった。久方ぶりの交尾の予感に期待して、全身の体節が
感動もひとしお、施工後の腹部を戻したアイアントは、岩宿を置いて戻ってくるおれへちらちらと視線を寄越していた。
「前も思ったけど、意外とがっしりしてる」
「腕っぷしがねえと持ち家を運べないからな」
「脱いだらすごい、ってやつ?」
「何がすごいのか知らないが……どうにも落ち着かん」
「ならそれ背負ったままでもいいよ」
「バカ言え、潰れるぞ」
アイアントの冗談には取り合わず、おれはわざとらしく「ぬンっ」なんて勢いづいて、体節を割り裂いてちんぽを露出させた。実際は下腹に力を籠めずとも、
かつて群れで暮らしていたイワパレスにとって、交尾している最中に帰る家を盗まれる、なんてのはしょっちゅうだったらしい。だもんでマイホームに片肢をつっかけながらでも交尾できるよう、体格に比べてちんぽが長くなったんだとか。ペンドラーなんかと比べりゃ細身な方だと自覚しているが、どのみちアイアントを相手取るにしちゃあデカすぎる代物だ。
気丈に軽口を飛ばしていた彼女の目線がおれの下肢へと吸いこまれ、釘付けになっていた。ミノマダムの着替えを見てしまったかのように強膜を引き攣らせ、腹を震わせるようにして掠れ声が逃げていった。慌てて逸らした視線はどこへ向ければいいのか分からず、結局盗み見るようにちんぽへと戻ってくる。頑健なイワパレスの体節からはみ出した、生々しい粘膜の赤銅色。初めて目の当たりにする雄の生殖器に興味津々で、けどこれに貫かれると思うとどうにも怯えを隠せないといった様子だった。
「わ、あ……」
「やめとくか?」
「……ッ、いけ、るから」
あれだけお子ちゃまだと嘲っておきながら、尻先をしゃぶっただけでおれも一丁前に興奮してやがる。軽蔑のひとつでも飛んでくるかと身構えていたが、彼女にもそんな余裕はないらしい。
草地へ横たわるアイアントを見下ろした。やはり華奢で、ぎっちりと詰まったおれの片鋏よりも頼りない印象を受ける。重ったるい鋏を除いて比べたって、イワパレスとアイアントの間にゃあ3倍近い体格差が歴然と横たわっていた。素の体重だけでも倍は離れているはずだ。
縮こまる彼女を圧し潰さないよう腹を凹ませ、3対の歩脚で跨ぐようにして覆い被さった。アイアントは身が
中肢で彼女の胸部を把持し、後肢を抱えこんで鋼の尻をそっと持ち上げた。交尾を妨げる鋼鉄も融かしたし、虫孔も十分すぎるほど慣らしたはずだ。だのに蟻塚の勝手口ほど窮屈な虫孔は、おれの先端を咥えさせただけで閉塞感を覚えるほど。イシズマイとして初めてこさえた
ちんぽの先で撫でるように、働き蟻のままでは生涯触れられるはずのなかった処女地を掻き分けていく。体重をかけずにぬぷぬぷと沈んだのは、爪の先ほどにも満たない深さまでだった。これが一軒家なら玄関のドアにつっかえているような格好だ。丹念なクンニに中肉はほぐれ濡れてもいたが、はねっ返すような抵抗感にそれ以上進めなくなる。体はとっくに雄を迎えいれるべく発情している一方、隠しきれない怯えがちんぽを食い締める。
「ゔ、っゔ、ッ! ふ、ぁ……!」
「あまり意識しない方がいい。岩でも挟んでおけ。気が紛れる」
アイアントは素直に従った。近場に突き刺さっていたステルスロックを手繰り寄せて渡すと、湧き上がる震えを誤魔化すように齧りつく。その奥から乱れつつある吐息が漏れ聞こえてきた。ぎりり、悲鳴を封じるように大顎を噛み締める音まで。
このまま先端でちまちまほじくっていようが、彼女の覚悟を鈍らせちまうだけだろう。後肢でアイアントの腹部を迎えるように反らせると、そこへあてがったちんぽをくいくいと押しつけた。下手くそに繰り返される深呼吸に合わせ、体重をじっとりとかけていく。これ以上は
「ああ゛ーーッ!! やあ゛、ッは、ああ゛ーーッ!! ゔあぁあ゛ーーッ!! 」
「……っ、く」
アイアントが岩を噛み砕いた。鋼の表面を溶かされたときの疼痛とは比べものになるはずもない、癒合した肉を無理くり引き剥がされる衝撃。がりりッ、っギし、ごキん! およそ乙女の散花とは思えないような硬い音を響かせ、肢の中の小さな体が打ち悶える。エクスレッグの跳躍みたいな強張りと一瞬の弛緩を繰り返し、忙しない青息吐息を繰り返している。
「ッあ゛! はあぁ、はあッ、はっはっはッふ……ぅ。――ッぐす、ぅううゔ……!」
「……キッツいな、こりゃあ」
ふたつの意味で、なんて付け足そうもんなら、アイアントからまたオッサンぽいだ何だと水を差されることだろう。いよいよ今の彼女は、息を保つのでさえ精一杯な風情だが。
まだ半分も沈んじゃいねえちんぽをギチギチと締めつけながら、肉壺は強烈にうねって子種を搾り取ろうとしてきやがる。これまで抱いてきた雌どもと比べりゃ若さが目立つが、懸命にしゃぶりついてくる健気さがいじらしい。しばらくぶりの交尾快楽に逸る衝動を押しやりながら、胸に敷いた彼女を覗きこんだ。破瓜の衝撃に唾やら涙やらを迸らせたんだろう、発破をかけられたように散らばるステルスロックは暗く湿っていた。
「よく耐えたな。しばらくそのままでいろ」
「ふ、ふーー……、フー……っ、ぐすッ……。からだ、ッちぎれ、そ……っ」
「もうやめとくか」
「や……だッ、つづ、けて……!」
「……そうかよ」
処女を捨てたいだけなら、ここまでで十分なはずだ。なおも先を望んでるってなら、せめて初めての絶頂を味わわせてやろうか。
ちんぽを浅く侵入させたまま動かさず、アブリーが花弁へ着陸するような淡い接触を保ったまま、たっぷり10分は経っただろうか。涙を引っこめた彼女の呼吸に合わせ、肉壺の収縮も穏やかなものへと落ち着いていった。ふれあう粘膜の隙間へ愛液を充満させ、初めて受け入れたちんぽの形や大きさ、硬さや熱なんかを確かめるように肉ひだがおずおずと吸いついてくる。
触角を寄せて苦痛に耐えるばかりだったアイアントも、表情からはずいぶんと苦痛が和らぎ、ちらちらとおれを見上げながら浅黒い地肌に玉の汗を浮かべている。痛みの陰に見え隠れする、尻先を舐められているときよりも色濃くなった性感に再度戸惑っているらしい。ちんぽの先端から噴き出したおれのフェロモンにあてられているのかもしれなかった。
処女ながら交尾には摩擦が必要なのだと、本能として理解しているのか。次のステップへ頑なに進まないおれを催促するように、アイアントがくすぐったげに身をゆする。
「いつまで、こうしてる、の……」
「まだ沁みるだろ」
「もう大丈夫、だから……。このままじゃ、あなたも辛いでしょ」
「変な気を使うんじゃあない。お前のわがままに付き合ってやるって、最初に言っただろ」
アイアントから
「……、いて」
「? 何か言ったか」
「うご、いて……!」
「おれはしばらくこのままが良いと思ったんだが……。お前のわがままってんなら、まあ仕方ねえ」
「……いじわる」
己でも気づいちゃいねえだろうが、彼女は被虐的な
振り上げた尻尾を前に、後ろに。緩慢な前後運動に従って、突き刺さったちんぽをゆすってやる。
「――あ。……っあ、あぅ、……。ンぁッ、はぁっはぁ、あッ! ふ〜……」
おれにとっちゃ前戯にも満たない睦み合いだったが、アイアントは壮絶な刺激を受け止めているんだろう。甘く濁った声を響かせ、体節を反らし腹を掲げ上げている。虫孔が強烈に
全身を鋼に覆われ、器用な前肢もない雌はどのように己を慰めているのか、興味本位で訊いたことがある。なんのことはない、不便な体型をしたイワパレスがそうするよう、すべすべした岩を見つけては虫孔を擦りつけている、とのことだった。健気にも実演してみせたフォレトスは、それが羞恥の引き金になったのだろう、その後おれのちんぽで随分と善がってくれたっけな。
細かな所作に差はあれど、概ねアイアントも同じだろう。ほころんだ虫孔の外縁を
「ああぅ……っ、んぁあ゛ー……ッ? っンゃ、なに、か、ッや゛ぉ、きもちッ、はぅ、ぅあ゛、――?」
「もう痛みは感じねえようだな。無駄な力は抜いておけ」
腹を丸めちんぽを押し下げ、後肢を突っ張って虫孔へ押しつけると、アイアントは感じ入るようにふるふると吐息を細くした。己でも認めざるを得ないほど明確に快感が優ったのだろう、ちんぽで力強く腹を突いてやるたび、打てば響くように鋼の体がきゅんきゅんと引き締まる。
――なんつーか、まんま家を建てているみてえだ。
まずは岩盤のどこをどう切り出すかのあたりをつけ、ステルスロックが安定するよう舌でほじくり壁肌を柔らかくする。経験に裏打ちされた己の勘を信じ、突き立てた楔を厳しく打ちつけ、岩盤の奥にまで衝撃を響かせる。返ってきた手応えをもとにその先どうなるかを予測し、手練手管を用いて理想の形へと近づけていく。
だとしたら、いつもやっているような甘い口説き文句も重要だ。一夜を共にしてきた雌が容姿に自信を持っているようであればその肌艶を、バトル好きなら腕っ節を、翅のある相手ならその可憐さを褒めてきた。彼女が欲している言葉、それは実に単純なはず。
「――アイアント」
「ひゃふっ!?」
名前を呼んだ途端、小さな体の奥底から押し出されるようにして嬌声が漏れ聞こえた。急速に熱をいや増した粘膜でちんぽがぎゅっぎゅと抱きしめられる。うまくいった。脳裏に響く、岩盤の奥底まで澱みなく亀裂が走り抜けたときの
「尻先の方から、だんだんと気持ちよくなってきたんじゃないか? どうだ、アイアント」
「あ! ッあ゛! ゃ、はッふっッ……! な、なに……?」
「いンや、なんでもねえ。そのまま横になっていれば、おれがよくしてやるからな、アイアント」
「う!? ッゔぅ〜……!」
大地を疾駆するマルヤクデのように体節を律動させ、虫孔を支点にしてちんぽの先で小柄な腹の中を大きく掻き混ぜる。吐き気を催しそうな激しい
「や゛、まってッ! ――ゃ、あつ、からだッ熱くて、とけ、そ――っア! ゃあぅ……あ゛! ンゃ……」
「いい声で鳴くようになったじゃねえの。アイアント、その調子だ」
玄人向けの快楽を予習してもらったならば、次はもっと分かりやすいものを。再び掲げあげた尾節を前後に揺らし、まったりとした抽挿に戻る。だがそれも、肉ひだがほぐれていないままされるのと、快感に慣れてきた体で味わうのとではずいぶんと様変わりするはずだ。何度もステルスロックを打ちつけたおかげで、アイアントの感じるポイントは見当がついていた。狙うは虫孔の腹側、彼女が丸まったとき己の口でクンニできそうなところ。
気取られないよう彼女の名前を挟みながら、暴いた弱点を徹底的に擦りつけていくと、アイアントの体が小刻みにぴくぴくと跳ねるようになった。肢を組み替え体節を捻り、どうにか快感を逃そうとのたうち回る背中へ、胸板でそっと寄りかかる。少々体重をかけてやらねば、腹が震えた拍子にちんぽが外れちまいそうだった。
「やぁ、あ゛! ――ッこれ、へん……ンあ゛ッ! あ、あっつッ、熱いよ……。からだ、奥からッ、ちぎれちゃ……ゃああ、あ゛ッ!? ッこ、これこわ、ぃ……!」
「身構えるんじゃあない。おれがいるから安心してイっちまえ、アイアント」
「ふ! はフ、ぁ゛……んゃ、ッぁああああ゛! ン゛! やぅ――、っ〜〜〜!」
びくんっ、びくッ、びくびくびく……っ。アイアントは六肢を放り出すように筋肉を弛緩させたかと思うと、全ての体節を丸めこんで強めに硬直した。腹の奥底から湧き上がる未知の快感にわけも分からず大粒の涙を滲ませ、外れそうなまでに開いた顎を涎まみれにして声にならない声を叫ぶ。芝草を6本肢でくしゃっと掴み直しながら、華奢な体を耽美に痙攣させていた。
初めてにしちゃ、上出来だろう。交尾したことはおろか、まともにおナニーの経験もないおぼこ娘をイかせてやるには少々自信がなかったが、快感のポイントがあからさなのは儲けもんだった。
肉壺があまりに痙攣するもんで、うっかりおれまで射精するところだった。鋏でちんぽの根本を挟みつけるイメージでどうにか耐えた。ぎちぎちと締めたくる虫孔から、緩慢な速度でちんぽを引き抜いていく。初めての交尾だろうが本能は正直で、種を残さずに退散する不義理な雄を責め立てるよう、肉ひだがしつこく絡みついてきた。気の遠くなるような最後のひと擦りに耐えつつ、肢を総動員させてアイアントの体を押しのける。ぬぽ……、と淫靡な水音を立てて脈打つちんぽを取り返した。
根本から3割くらい進んだところに、情熱的な虫孔のキスマークが残されていた。輪になった境目から先端にかけて、キツい肉壺でも拭いきれなかった愛液がべっとりとこびりついている。始める前は半分も進めれば上出来だろうとタカを括っていたが、アイアントに受け止める才覚があるのか思いのほか掘り進めることができた。
「フーーッ、すふぅううぅ、あ……、ンゃああぁ、あぁ〜……」
「ずいぶんとだな。気をやっちまったか?」
「う……、ン」絶頂の余韻に浸った片目を開き、アイアントが触角をくすぐったげに揺らす。「からだ、ばらばら、なってない……?」
「おれが切り出したンだ、なるわきゃねえよ」
「ン……、ふふ……」
快感も引き波になったのか、重ったるげに体を起こしたアイアントは体節を丸め、顎下から通した尻先をまじまじと眺めていた。己で吐き出した愛液の跡を前肢でなぞり、ぴっちりと閉じた虫孔が裂けていやしないかと確かめる。あれだけ太いものを受け入れておきながら元通りに窄まったそこを見、不思議そうにおれへ視線を向けてきた。
何か猛烈に訴えられている気がして、おれは胸を開けてやる。つい先程まで虫孔をほじくり返していたちんぽが、勃起を保ったまま力強く拍動していた。彼女の瞳がそれを捉えた途端、とろり、と再度の熱を帯びて潤む。
「それ、どうするの」
「気にすんな。放っときゃそのうち体ン中に引っこむ」
「こんなのが、わたしの中に、入ってたんだ……」アイアントはおれの胸に潜りこみ、間近でちんぽに見入っていた。羞恥を捨てるのが早くないか?「顎、回り切るかな」
「初めてでフェラはハードル高いぞ、気持ちだけ受け取っておく。っというかその大顎でするとか、恐ろしいことを言うんじゃあない。ちんぽをちょん切られる想像が雄を1番萎えさせるンだからな」
「……ほんとかな」
そう言いつつアイアントを押しやったものの、納得させるには滑稽すぎるほどに剛直を維持したままだった。あと数往復で心地よく精虫をこき出せるはずだったちんぽは、ついさっきまで
まさかとは思うが、この年になってロリコンの気が出てきたか? あるいはおれ自身、アイアントはもうクソガキなんかじゃねえって認識を改めたのかもしれなかった。
アイアントはおれの鋏を避けるように顔を近づけると、狙いがぶれて挟みこまないよう慎重に、大顎の峰でちんぽをつぅ……、と撫で上げた。尾節の先っちょまで快感が遡り、感嘆のうめきが喉元まで
くすくす。胸下からくぐもった笑い声。
「うそがへた」
「……ゔぐ」
お前に言われちゃおしまいだな、とさえ、言い返せなかった。這い戻り憎たらしい顔を見せつけてくるアイアントへ、体を清めるよう顎で湖を差し示す。彼女が離れている隙に岩宿へと戻り、興奮を押し殺す算段だった。ともかく見られたくねえ。ちんぽを庇いながら後ろ歩きで帰宅するイワパレスは、だいぶ滑稽に映るだろうから。
だがおれの目論見は見事に外れた。じりじりと後退するおれと顔を突き合わせながら、アイアントは玄関先まで上がりこんできたのだ。おれが定位置に収まってもなお、ぐいぐいと押しやるように彼女は距離を詰めてくる。
「まず体を洗ってこい。汚れた肢のまま家に上がると、掃除するのが大変だからな」
「あなただって、同じような状態でしょ。ちょっと奥詰めて」
「聞いてねえな……。おい待てって、無理に上がろうとするんじゃあない。1階にふたり収まるスペースはねえ」
「実は改築しておいた」
「いつの間に」
言われた通り確かめると、背中側へ若干のゆとりがある。オアシスへ到着するまで何やらガサゴソやってるな、とは思っていたが、頼んでもないリフォームを施工してくれたらしい。おれが1階で
岩壁から新居を切り出すおれへの妨害工作を的確に遂行してきたあたり、コイツにはかなり高度な空間把握能力と建築センスがある。イワパレスの愚鈍な鋏じゃ届きにくい内装を彫りこんでくれるのは、正直なところ非常にありがたかった。旅先によっちゃ高湿度で尾節が蒸れるから、次は換気口の増設を頼むとするか。
内装を確かめようとおれが腹を曲げた隙に、アイアントが身を滑らせてきやがった。床板と俺の腹とに挟まるようにして収まると、もぞもぞと体勢を立て直している。固い岩盤とおれの外殻に狭苦しく阻まれ、ごり、がぎッ、と鋼の体が鈍い音を家じゅうに響かせる。
6本肢を広げ、ふう、と花崗岩の床にくつろいだ。芝草が床板に変わっただけで、さっき交尾したのと全く同じ体位。熱を帯びた腹部が蠢いて、誘惑するようにちんぽの先端をくすぐってきやがる。
「……抱いて。今度は思いっきり」
「それも、わがままか?」
「そう。わたしの最後のわがまま、だから」
おれは嘆息した。どちらかというと、年下へいいように丸めこまれちまった不甲斐ないおれ自身に対して。
「雄の家に上がりこんで散々煽り散らかしたこと、後悔するんじゃあないぞ」
⬛︎⬛︎9
⬜︎⬜︎⬜︎
⬛︎⬛︎⬛︎
スコルピの尾節は獲物を捉え離さず、仕留めるための毒を送りこむよう作られている。イワパレスは強力な毒素こそ失ったが、代わりに岩をも把持する握力を獲得した。帰宅時には細長く掘った管へ通すことで一軒家の屋台骨となり、バランスをとることで長距離の運搬を可能にしている。
アイアント相手に交尾するときも、コイツが大いに役立ってくれた。尾節を天井裏に引っかけて胴体を支えることで、機動的な肢体の駆使が可能になる。ちんぽの付け根を押し下げ、下からすくい上げるようにくいくいと体節を曲げてやれば、アイアントは面白いように体をくねらせ快感に翻弄されていた。
圧倒的な体格差でもって小さな体を組み敷き、ちんぽを突き立てていく。丸裸で挑むのとは勝手がまるで違う。まさに
「や゛――ッ、これ、きもっち、ぃ――。もっと、やって、もっと――ッお゛! はぁッふふぅ、ゔ――、ゃあ゛あぁ〜〜〜、――ッ!」
「ちっと飛ばしすぎじゃねえか、アイアント。疲れるぞ」
「ふ、ふ、ふうッぐ――、もっど、やっで――、〜〜〜ッ!!」
「……若いヤツの体力ってのは底知れねえな。おれの方が先にバテちまう。――うお!?」
言わんこっちゃない、組み替えようとした肢がもつれて、前方へとつんのめった。鋏で自重を支えようとするも間に合わず、丸い触角を薙ぎ倒すように彼女の頭部へと寄りかかっちまう。リビングを拡張してくれたとはいえ、ひとつの壺に2匹のツボツボが棲みつくようなもんだった。
「ふぎゅッ!? ふッ、ぉ、んぐぅぅぅ〜……!」
「お、すまん。頭を押さえつけたか。今どかす」
「っッ……! ぅンっ、フーっ、ふゔぅ……!」
交尾を中断されたばかりか、アイアントの恐怖心をぶり返すようなことしちまった。てっきり「おじさん頭でっかちだから」くらいは当てこすられるかと思ったが、おれの胸に敷かれた彼女はいやにおとなしい。
おとなしいどころか、おれが
にわかに受け入れられねえが、不意打ち気味な頭部への圧迫が、アイアントの興奮をさらに高いところへと押し上げたようだった。くすぐったさを訴えるような雌声を漏らし、体節を折り曲げようとくねくね身悶えする。引きつれるような胴震いが、ずっぽりと縫い留めたちんぽへこなれた粘膜をまとわりつかせてくる。
これは、もしや――。
寄りかかるまいと踏ん張っていた肢から徐々に力を抜き、華奢な背中へじっとりと負荷をかけていく。おれの全体重が課せられる直前、彼女は何かを諦めたように全身をだらりと弛緩させた。
「ひゃあハっ!? はッ、はッ、はぅあ、ハっ、はっ……ッ!」
アイアントは1度大きく肺へ酸素を送りこんだかと思うと、浅い呼吸をしきりに繰り返した。胸下を覗けば、鉄仮面に赤みが差すほどじっとりと上気し、大粒の涙をぼろぼろと溢す彼女の蕩け顔があった。6本の肢でじたばたともがき、何かへ縋ろうと爪先がきゅっと丸められる。処女を散らしたときよりも切羽詰まった瞳で「しばらくこのままがいい」と訴えてくる。
「……こうされるのが、いいんだな」
「ふっ、フー……っ! はっはっはッあああっ……、んや゛、ぁ〜……!!」
悶えくねる背中へ密着したまま、キャタピーが這い進むように体節を波打たせてやる。アイアントの胸部を保護する鋼板は予想よりもはるかに耐圧性が低く、その奥に詰まった地肌の弾力がおれの腹を受け止めていた。固い外殻がぶつかり合う摩擦音がなければ、気管を通り抜ける酸素の流通や、心臓の拍動まで響いてくる気さえする。存外に抱き心地のいい肉づきを肢で挟みこむと、縋るように彼女の細っちい肢が重ねて絡みついてくる。
頭部と胸部、胸部と腹部の体節を絞るつもりで、中肢と後肢を深々と回して締め上げてやれば、いよいよアイアントは「ん、ゃあ、ぅうッふ〜……、ゃあぁ゛〜……!」と軽イきを白状するような甘泣き声を響かせた。おれにはそれが、どこか己の犯した罪を懺悔しているみたいに聞こえてきて。
――ああ、なるほどな。
ようやっと理解した。
こいつは、赦されたいのだ。
己のせいで圧し潰れていった同族どもの恐慌を、激痛を、無念を、その小さな体へ刻みつけることで、少しでも肩代わりしているつもりになっているのだ。罰を与えられることで罪を
そう思うと同時に、気が楽になった。
のぼせ上がっていたわけじゃねえが、惚れられたな、と思っていた。蟻塚の外を知らないクソガキが他所から来た年上に助けられでもすりゃ、それが恋慕なのだと錯覚するのも無理はない。旅先で一夜の関係ばかり築いてきたおれにとって、恋だの愛だのはマイホームを担ぐよりも重荷だった。つがいヅラして居候を決めこもうなんざ、尻を叩いて追い出してやるつもりだった。
恋仲のように身を重ねつつも、家族のように心安らげる。友と呼べるほど近くはないが、顔見知りよりも多くの顔つきを知っている。おれたちは偶然ひとつ屋根の下に収まった、年も種族も生き様も違うひとりとひとりにすぎない。一軒家の運転と防衛はおれが担当し、備蓄の管理と内装工事は彼女に任せたりして、お互い支え合っているだけだ。たまにゃ交尾くらいするが、今のところつがいになるつもりはない。いつかアイアントは独り立ちするだろうし、そのときにゃ後腐れなく盛大に送り出してやるつもりだ。
ここはシェアハウス113号室。行くあてもないイワパレスとアイアントが身を寄せ合った、荒野を横断する奇妙なキャンピングカー。
「――ふぅぅゔゔッ!! ッあ、くる、しッ! これ、こんな――はあっはッはッはッ、ぐぅぅ……! いき、できにゃ――ッぅゔゔゔ!! っ、ッ……! ふゃあああ゛ぁ〜〜〜〜!!」
「……。いい加減、ここまでにしておくか?」
「ふゃ!? ゔ――、うゔーーーッ! っッうやぁ……っ! 」
目には苦悶の涙を浮かべながら、やめないで、やめないで、と懇願するように首を振る。くぐもった声はもはや歓喜の嬌声にしか聞こえない。体液の循環が妨げられているのか、顔を中心に全身が熱を帯びているかのように真っ赤になっていた。
初めての交尾にして被虐の悦びを見出してしまったアイアント。それが特殊寄りの性癖であることに、彼女自身は知るよしもない。お望み通り、この倒錯しきった交尾を続けてやる。換気口から外へ出した肢はもう地面へ投げ出し、容赦なく全体重を小さな背中へかけられるよう、両の鋏も玄関にほっぽっている。ヤクデの打つ寝返りのようにねちっこく体節をうねらせ、おれたちの間には少しの隙間も許さないつもりでのしかかる。切り出した新居の外壁を磨きあげるように、アイアントを少しずつ研いでいく。
ふと思い立ち、お役御免になっていた鋏を片方回してロフトへ探りを入れる。奥の方に転がっていた、アイアントが散々欲しがっていた鉱物を摘み出した。飛ばした唾ででろでろになった大顎へ握らせる。
「咥えろ」
「ンむっ。――ッ!? な、なに……!」
世界一硬度の高い結晶だ、というメレシーの自慢は本当だったらしい。あの咬合力をもってしても鉱石は粉砕されることなく、アイアントはなんだか揺籠を掲げたベラカスみたいな見てくれになった。口を塞いでいるわけじゃねえから、
鋏の先で結晶を突きながら、おれはアイアントの耳元で囁いた。
「疲れたり、本当に耐えられなくなったら吐き出して叫べ。そこで切りあげる。ただ、これを噛んでいる間は――、お前の原型がなくなるまで、徹底的に壊してやる」
「……ッ!? ふ、ゔゃっ、んむうううぅ゛〜〜〜……ッ!!」
――ぷるぷるぷるっ。尾節で天井を押し上げ、おれの体重を超えてプレスしてやると、アイアントの繊細な背中がぞくぞくと
手持ち無沙汰になった両の鋏を噛み合わせ、唯一の出入り口である玄関を塞いだ。外敵の侵入をシャットアウトする、イワパレスが安心して入眠することのできる防御陣形だ。
バチュルの侵入する隙間さえ許さないように設計されていて、ここを塞いでしまえば陽射しは急速にその光量を減衰させていく。暗がりに浮かび上がる、アイアントの食いしばる宝石の淡い光。お互いの表情を確かめるほどにしか頼りないが、それがアイアントを被虐の深淵へと突き落としたようだった。青白い輝きに浮かび上がるようにして、彼女の両目からぶあっと涙が転がり落ちた。
「ッああ、あぁああ゛!! くら、ぃ、ょおッ!! やぁああ゛ーーー!! せまい、こわいょ――ッぉおおお、お゛ッ!! ふーッふうぅう、ゔゃあ゛あ゛あ゛〜〜〜〜!!」
「大丈夫だ、俺がいる……!」
巣穴へ閉じこめられた働き蟻どもも、こんな気分だっただろうか。同じように詮ない追想をしているのだろう、アイアントはあのときに近い悲鳴を
癒着しかけた粘膜を有らん限りの力で引き剥がし、息つく暇も与えず最奥まで埋め戻す。がつんッ!! がしゅ、ガづ、ガツんッ!! 面取りした鋼板の端とおれの体節とが激しくぶつかり、硬い音を家じゅうに響かせる。柔らかくこなれた尻先を圧し潰し、陥没するんじゃないかってほど全力でちんぽを叩きこむ。虫孔どうしがキスするほど深く突き入れれば、これまでにないほどちんぽの先端をきつく締めあげられた。腹部と胸部の中間にある腹柄節にまで到達していてもおかしくない、峻烈な快感。
大顎を縛られ、不意に視界が奪われ、想定されていない深部まで挿入されて。トランセルのように身を固くすることしかできなくなったアイアントは、唯一自由の利く口から思いのまま叫んでいた。激痛と快感を混線させた哀れな雌の、初交尾とは思えないほどはしたなく蕩けきった、
「こわれ、ッりゅ!! ――ッごぉおお゛ッふ、んゃ゛、ア゛!! っこれ、ほんと、ちぎれぢゃ――や゛ああああああ゛っッッ!!!?」
「このまま、潰れっちまえ! ちんぽで体の内側から壊されて、快楽に揉みくちゃにされて、前も後ろも分からねえで、でたらめにイき狂え!!」
「じ――じぬっッッ! これしんじゃ――ぅヴあああぁ゛っ! たす――たすけでぇッ!! や゛、ぁあああ゛、っあっあっあッあ゛、ゃ――――!!」
「おれも一緒に、いてやるから――ッぐ、いっぺん、死んでこい!」
まさに死に物狂いで助けを
嫌なこと全部、トラウマも何もかも、快楽で塗りつぶしてやれ――。
玄関を閉め多少なりとも防音に努めておいてよかった。こんな絶叫を聞かれた日にゃ、壮絶な家庭内暴力を疑われたって弁明できまい。
「ゃ゛、あ゛〜〜――! ンぎゅ、ッふ――ふぐぅヴっッ!! ッご、お゛、〜〜〜〜ッ、ゃ――、〜〜〜……!」
「ふ……、ッぐ、もういいだろ、アイアントっ! 離してくれ……」
彼女の体力バロメータに決めた宝石も、いつの間にか射精寸前にまで追い立てられたちんぽも。
触角の先から尻先、果てには腹の奥までおれにのしかかられ、溶けるように絶頂を味わうアイアント。魂が抜けるような脱力をした拍子に、顎の中の鉱石がこぼれ落ちた。
対照的に縋るように絡んでくる肉ひだを引き剥がし、乱雑にちんぽを引き抜いた。にゅぼ、と先端が虫孔から外れた途端、壮絶な射精が始まった。数ヶ月ぶりの射精だったせいか、こびりつくような粘りの精虫が床下めがけてうじゃうじゃと吐き散らされる。
彼女の顎にまで飛び散った白濁を眺めながら、こりゃハウスクリーニングが必要だな、と快楽に腑抜けた頭で考えていた。
⬛︎⬛︎⬛︎
⬜︎⬜︎⬜︎
⬛︎⬛︎⬛︎
年甲斐もなく
完全に伸びちまった彼女を抱えたまま、おれは家を担いで湖へ飛びこんだ。下腹部にべっとりとこびりついた愛液と、顎にまで飛び散った精液を丁寧に洗い流していく。背中から下ろした家は浅瀬に固定させ、丸洗いしたアイアントを屋根瓦に寝かせて陽ざらしにしておく。
彼女が意識を取り戻すのを気長に待ちながら、床上浸水した我が家へ頭から突っこんで、アリアドスの棲家みたいに白く煤けた壁と床を
「手伝うこと、ある」
「ようやく起きたか」
天日干しにされていたアイアントは、おれの予想よりも随分と早く意識を取り戻した。それでも体力は十分ではないのだろう、朝の日差しを浴びるアゲハントさながら、彼女は6本肢を広げて暖かさを享受している。
偶然にもおれが顔を上げた瞬間、アイアントの鋼とその奥にある朝陽が重なって見えた。昇りかけた太陽の光を受けたその背中が、磨きあげられた鋼に眩く反射して輝いていて。
彼女を包む光の拡散が、ないはずの翅をそこに生み出していた。おれが口説いてきたどの雌にも劣らない美しさに、おれは鋏を止めて見入っちまっていた。
「なに」
「いや……、なんでもねえよ。まだまともに動けんだろ。休んでろ」
「もう大丈夫。その、肢を出すところとか、大変でしょ。細かい掃除は得意」
「……そんなら、頼みてえんだが」
「任せて」アイアントは躊躇なく浅瀬へ飛びこみ、水飛沫をおれへぶっかける。目に入って顔を顰めるおれに、イタズラっぽい笑みを見せた。「ねえ、イワパレス」
「あンだ」
「ありがと」
蟻だけに。心の中でいらんことを付け足したおれを見透かしたように、アイアントは片目の強膜を持ちあげて玄関へ引っこんでいった。
「そういえば、あなたはなんで旅なんかしているの」
「言っちまえば、家族と馬が合わなかった。親父は呑んだくれでろくでなしだったし、お袋は兄姉びいきでおれに構っちゃくれなかった。んで、実家を飛び出して今日だ。家出だよ。大それた目的ももっていやしねえ。ま、お前とおんなじだ」
「……」
「ガキだろ?」
「ほんと、クソガキ」
「るッせえ」
「自分で言ったのに」
「お前に言われるのは腹が立つンだわ」
オアシスの昼過ぎ、ちらほらと他のポケモンたちの姿が見えるようになった。アイアントがジジーロンの逆鱗に触れ、蟻塚を全焼させられた話はもう広まっていて、彼女は肩身が狭そうにしている。長居する理由もない。
ふたりで協力して、確保できたきのみ類を我が家の備蓄庫へと運びこむ。
「お前こそこれから、どうすんだ」
「……」顎でチーゴを挟んでいた彼女の肢が止まる。「分かんない……」
「だろうな。無理に決めなくていい。決められるはずもねえからな。おれだって決まってねえ」
「なら、さ」肢が止まったついでに、顎の中のチーゴを頬張った。貴重な食料だぞ。「あなたが話してくれた景色を、見に行きたいな。メレシーのいる鍾乳洞とか、ヘラクロスのひまわり畑とか」
「……そうかよ」
おれの思い出話を聞き流していたようで、案外しっかり覚えている風だった。無駄話じゃなかったのかと驚かされた反面、あまり細部を覚えられていると
思い出話には誇張が入る。ガバイトを懲らしめたってのは嘘じゃねえが、決め手となったのはヤツの頭上に偶然大岩が落っこちてきたからであって、おれの得物はヤツの鱗に傷ひとつつけられなかった。ヘラクロスに先輩ヅラして恋愛のなんたるかを語ったってのも恥ずかしながら本当だが、石割りに絡めた上手い言い回しはできなかったはずだ。
散々アイアントの嘘にうんざりさせられておきながら、おれだって似たようなことを並べ立てていたわけだ。もし彼女を鍾乳洞へ連れて行って、当時の状況をメレシーに暴露でもされちまったら。その帰り道、嫌味ったらしいことをねちねち擦られるに違いねえ。
「……まあ、嘘も方便って言うしな」
「なんのこと」
「なんでもねえ。……さ、そろそろ出発するぞ」
ロフトを上っていくアイアントを見送って、背中に一軒家を担ぎ直す。備蓄も期待できねえ、おれたちは野垂れ死ぬ前にとっとと荒野を渡りきらなきゃならなかった。
そしたら、これまでおれが辿ってきた旅路をなぞるのも悪くねえ。ヘラクロスは今ごろアゲハントと幸せになっているだろうか、冷やかしに行ってみるとするか。今度はシェアハウスの仲間も一緒に連れて。
あとがき
2024年8月9日、いわゆるバグの日に合わせて書きました。こちらのイワパレス×アイアント、日ごろX上でよくしてくださっているpumaさんからのタレコミ(?)でして……。キャラや舞台設定などは全部私が決めたのですが、ふたりの関係性を妄想しているうち、5万字を産み落としていましたね。あなや。大会でもないのにこんな長尺で書いたのほんと久しぶり……。勢いって大事だなあ。
バグの日に間に合わせるためかなりの急ぎ肢だったので、しばらくしたら細かな表現とか修正すると思います。いまこんなにもすけべなのにこれからもっとすけべになるのでそのときはよろしくね!
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